左室補助人工心臓(LVAD)装着時の三尖弁閉鎖不全症(TR)に対 する

●第 51 回日本人工臓器学会大会 Presidential Award 受賞レポート
左室補助人工心臓(LVAD)装着時の三尖弁閉鎖不全症(TR)に対
する治療戦略 ∼予防的三尖弁形成術(TAP)は必要か?∼
大阪大学心臓血管外科 / 循環器内科
吉岡 大輔,戸田 宏一,吉川 泰司,斉藤 哲也,大谷 朋仁,坂田 泰史,澤 芳樹
Daisuke YOSHIOKA, Koichi TODA, Yasushi YOSHIKAWA, Tetsuya SAITO,
Tomohito OHTANI, Yasushi SAKATA, Yoshiki SAWA
1.
10,HeartWare:9,Jarvik 2000 ®:4 であった。
はじめに
術後 TR の有無は定期的な心臓超音波検査(UCG)で測定
左室補助人工心臓(LVAD)を装着する重症心不全症例に
し,TR が moderate(Ⅲ / Ⅳ)以上を TR 有りと定義した。右
おいて,右心機能は予後を規定する重要な因子である。
心不全の定義は,入院および強心剤点滴を必要とする右心
LVAD 装着を必要とする重症心不全症例において,約 50%
機能低下による LVAD 不全および循環不全と定義した。
の症例で三尖弁閉鎖不全症(TR)が合併するといわれてい
る 1) 。
術前 TR の grade および TAP の有無,術後 follow up 期間
中の TR の有無,右心不全発症症例,時期について検討した。
LVAD 装着患者の TR は,放置すると右心不全をきたし,
予後を悪化させるとの報告もある 2),3) 。しかし,これらの
3.
結 果
報告は周術期を含む急性期の右心不全については検討され
術 前 患 者 デ ー タ を 表 1 に 示 し た。78 例 中,術 前 TR の
ているが,慢性期の右心不全に対する予防効果については
grade は 2.2±1.1( Ⅳ:7,Ⅲ:22,Ⅱ:24,Ⅰ:19,0:5)
不明である。また,TR を認める症例に対する三尖弁形成
であった。
術(TAP)の有用性が報告されているが,TR を認めない症
原因疾患として虚血性心筋症(ICM)および非虚血性心
例に対する右心不全予防目的での予防的 TAP の有用性に
筋 症(non-ICM)は TR ≧ 3,TR ≦ 2 の 両 群 で 差 を 認 め な
ついても報告がない。
かった。また心臓再同期治療除細動器(CR T-D)や植込み
本研究においては,当院で LVAD 装着を行った重症心不
全症例の TR 合併頻度,および TAP が慢性期の右心機能に
与える影響について検討した。
2.
型除細動器(ICD)などのデバイスの有無についても 52%
vs 49% (P = 0.99)と有意差を認めなかった。
TR ≧ 3 の群では TR ≦ 2 の群に比べ,術前の拡張期左室
内径(LVDd)
,収縮期左室内径(LVDs)
,左室駆出率(LVEF)
方 法
は 68.9 v s 73.1 m m(P = 0.13),64.0 v s 66.7 m m(P =
2006 年∼ 2013 年 8 月に大阪大学で重症心不全に対して
0.34),21.7 vs 20.2%(P = 0.44)であった。一方で拡張期
temporary VAD を除く LVAD を装着した症例は 94 例であっ
右室内径(RVDd)
,三尖弁輪収縮期移動距離(TAPSE)に関
た。94 例中,両心補助人工心臓(BiVAD)が必要となった
しては,46.9 vs 39.4 mm(P = 0.02),14.5 vs 16.3 mm/s(P
12 例および 3 か月以内に死亡した 11 例を除く,78 例(男性
= 0.32)と右心系の拡大および収縮力の低下を認める傾向
58 例,平均装着時年齢 38.8±14.8 歳,合計観察期間 148 人・
にあった。また,右心カテーテルデータに関しては,肺動
年)を対象とした。使用デバイスはニプロ(東洋紡)VAD:
脈楔入圧(PCWP)25.1 vs 22.7 mmHg(P = 0.32)
,平均肺
31,DuraHear t ®:16,Hear tMate Ⅱ®:8,EVAHEAR T ®:
動脈圧(mean PAP)34.3 vs 29.1 mmHg(P = 0.05),右房
圧(RAP)11.9 vs 8.9 mmHg(P = 0.03)と TR ≧ 3 群 で 高
■著者連絡先
大阪大学心臓血管外科 / 循環器内科
(〒 565-0871 大阪府吹田市山田丘 2-15)
E-mail. yoshioka@surg1.med.osaka-u.ac.jp
かった。また CR T-D や ICD などのデバイスの有無につい
ては 52% vs 49%(P = 0.99)と有意差を認めなかった。
また,術前血液生化学所見では脳性ナトリウム利尿ペプ
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33
表 1 Patients’ characteristics(pre LVAD)
Overall
TR ≧ 3(n=29)
TR ≦ 2(n=49)
38.8±14.8
58(74%)
45.1±12.8
23(79%)
35.1±14.7
35(71%)
< 0.01
0.59
Ischemic CM, n(%)
non-ischemic CM, n(%)
8(10%)
70(90%)
4(14%)
25(86%)
4(8%)
45(92%)
0.46
INTERMACS profile
profle 1, n(%)
profle 2, n(%)
profle 3, n(%)
profle 4, n(%)
36(46%)
29(37%)
12(15%)
1(1%)
13(45%)
12(41%)
3(10%)
1(3%)
23(47%)
17(35%)
9(18%)
0(0%)
IABP, n(%)
PCPS, n(%)
ventilation, n(%)
pacing device, n(%)
30(38%)
16(21%)
30(38%)
39(50%)
13(45%)
5(17%)
8(28%)
15(52%)
17(35%)
11(22%)
22(45%)
24(49%)
0.47
0.77
0.15
0.99
LVDd(mm)
LVDs(mm)
LVEF(%)
RVDd(mm)
TAPSE(mm/s)
TRPG(mmHg)
71.6±11.7
65.7±12.0
20.8±8.3
43.1±8.6
15.3±4.5
38.1±16.7
68.9±11.5
64.0±11.9
21.7±7.3
46.9±6.3
14.5±4.4
43.1±19.5
73.1±11.6
66.7±12.1
20.2±8.8
39.4±9.2
16.3±4.7
33.8±12.4
0.13
0.34
0.44
0.02
0.32
0.04
PAP systolic(mmHg)
PAP diastolic(mmHg)
PAP mean(mmHg)
PCWP(mmHg)
RAP(mmHg)
44.6±14.5
22.8±8.2
31.1±10.2
23.8±8.5
10.2±5.2
48.8±17.2
24.6±8.0
34.3±10.8
25.1±9.5
11.9±5.4
41.7±11.8
21.6±8.2
29.1±9.3
22.7±7.7
8.9±4.8
0.06
0.16
0.05
0.32
0.03
BUN(mg/dl)
Cr(mg/dl)
Ccr(ml/min/m2)
T-Bil(mg/dl)
BNP(pg/μl)
27.0±18.3
1.34±0.83
59.5±33.3
1.76±2.00
875±658
29.2±18.7
1.50±0.89
55.2±38.5
1.47±0.98
907±744
25.6±18.0
1.24±0.78
62.9±28.6
1.94±2.41
855±607
0.39
0.16
0.41
0.22
0.03
Age
Male
P value
0.44
BNP, 脳性ナトリウム利尿ペプチド ; BUN, 尿素窒素 ; Ccr, クレアチニンクリアランス ; CM, 心筋症 ; Cr, クレアチニン ; IABP, 大動脈内バルー
ンパンピング ; INTERMACS, Interagency Registry for Mechanically Assisted Circulatory Support; LVAD, 左室補助人工心臓 ; LVDd, 拡張期左
室内径 ; LVDs, 収縮期左室内径 ; LVEF, 左室駆出率 ; PAP, 肺動脈圧 ; PCPS, percutaneous cardiopulmonary support; PCWP, 肺動脈楔入圧 ; RAP,
右房圧 ; RVDd, 拡張期右室内径 ; T-Bil, 総ビリルビン ; TAPSE, 三尖弁輪収縮期移動距離 ; TRPG, 三尖弁圧較差。
チド(BNP)が有意に TR ≧ 3 群で高かったが,肝機能,腎機
100 %,100 %,TAP な し(n = 37):88 %,88 %(P = 0.27)
能については有意な差は認めなかった。
であった(図 1B)。また,TR ≧ 3 の 29 例では TAP 有り(n
LVAD 装 着 時 の TAP 同 時 施 行 例 は TR ≧ 3 群 で 18 例
(62%)
,TR ≦ 2 群で 12 例(25%)であった。人工心肺離脱
時に,TR 増悪を認め TAP を追加した症例が,TR ≧ 3 群で
は 2 例,TR ≦ 2 群では 6 例あった。
= 18):100%,86%,TAP なし(n = 11):89%,71%(P =
0.44)であった(図 1C)。
経過中に慢性期右心不全を 3 例に認め,2 例は拡張相肥
大型心筋症(dHCM)で,残りの 1 例は不整脈原性右室心筋
TAP 施行群 30 例と TAP 非施行群 48 例の LVAD 経過中の
症(ARVC)で あ っ た。dHCM の 2 例 は 術 前 TR は mild で
TR(TR ≧ 3)回避曲線を図 1 に示す。全体では,1 年,2 年
あり,経過中も TR 増悪は認めなかった。また ARVC の 1 例
TR 回 避 率 は : 100 %,92 %,TAP な し : 88 %,82 %(P =
は 術 前 TR が moderate で あ り,TAP を 併 施 し た が,TR
0.16)であった(図 1A)。サブセット解析を術前 TR の有無
moderate(≧Ⅲ / Ⅳ)の再発を認めた。いずれの症例も 6 か
別で行うと,術前 TR ≦ 2 の 49 例では TAP 有り(n = 12):
月後の UCG で LVDd は 28,35,44 mm と著明な左室の縮
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(A)
(B)
(C)
図 1 TAP 施行群と TAP 非施行群の LVAD 経過中の TR 回避曲線
小,圧排を認め,右心系の拡大を認めた。
4.
dHCM,ARVC であり,経過から考慮しても,右室心筋その
ものの障害であり,TAP による右心不全予防はできないと
考 察
考えられた。
LVAD 装着を必要とする重症左心不全は,右心不全も合
併することが多い。右心不全の原因として,①左心不全に
5.
まとめ
伴う二次性肺高血圧症による右室後負荷の増大,②心筋症
今回の検討では TR の原因として肺高血圧による二次性
そのものによる右室心筋障害や右心機能低下,③ CRT-D や
TR を示唆するものではなく,左室サイズに差があること
ICD などペーシングデバイスによる医原性 TR による右心
から左心/右心の geometr y による可能性も示唆された。
不全,などが臨床的に認められる。
LVAD 装着症例の TR に関しては TAP を同時施行すること
今回の研究では,術前 TR ≧ 3 群において肺動脈圧系が高
で TR のコントロールは長期的にも良好であった。一方で,
く,また右心系の拡大も認める傾向にあった。また一方で,
術前 TR が mild 以下の症例に関しては TAP 施行の有無にか
ペーシングデバイスの使用頻度は差がなく,TR の原因と
かわらず,左室の unloading 後も TR のコントロールは良好
しては二次性肺高血圧症,および心筋症そのものによる右
であり,予防的 TAP の必要性については懐疑的であった。
心拡大が原因と考えられた。
右心不全が LVAD 装着後の予後を左右することは議論の
余地がなく,TR が術後の右心機能に悪影響を及ぼすこと
は想像に難くない。しかし,TR および右心機能が LVAD 装
着後の急性期に影響を与えることは,これまでに文献的に
報告されてきている 1),3) ものの,慢性期に与える影響につ
いては現時点では不明である。特に,術前 TR が mild 程度
の症例について,慢性期に TR 悪化を認める頻度について
は報告がなかった。ひいては,慢性期右心不全を予防する
ための,予防的な TAP の必要性については不明である。
今回の検討では,術前 TR の有無,および TAP 施行の有
無にかかわらず,急性期を乗り切れば,慢性期の TR の再発
頻度は低く,さらに予防的 TAP の必要性についてはないと
本稿のすべての著者には規定された COI はない。
文 献
1) Piacentino V 3rd, Troupes CD, Ganapathi AM, et al: Clinical
impact of concomitant tricuspid valve procedures during left
ventricular assist device implantation. Ann Thorac Surg 92:
1414-8, 2011
2) Piacentino V 3rd, Ganapathi AM, Stafford-Smith M, et al:
Utility of concomitant tricuspid valve procedures for patients
undergoing implantation of a continuous-flow left ventricular
device. J Thorac Cardiovasc Surg 144: 1217-21, 2012
3) Deo SV, Hasin T, Altarabsheh SE, et al: Concomitant
tricuspid valve repair or replacement during left ventricular
assist device implant demonstrates comparable outcomes in
the long term. J Card Surg 27: 760-6, 2012
考 え ら れ た。 ま た,慢 性 期 に 右 心 不 全 を 認 め た 症 例 も
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