シリーズ:成長戦略としてのコーポレートガバナンス 日本

EY Institute
20 January 2015
シリーズ:成長戦略としてのコーポレートガバナンス
日本企業のROE再考
~EY総合研究所による新たな分析手法の提案~
安倍政権は日本経済の再生に向け、金融・財政政策に続く第三の矢として成長戦略を掲げて
執筆者
おり、その中でコーポレートガバナンス改革を打ち出している。これは日本企業のグローバル競
争力強化に資本市場の力を生かそうとする同政権の意図を反映しており、企業(経営者)に資本
市場との良好な関係の構築を促すものと考えられる。これを踏まえてEY総合研究所では、「シ
リーズ:成長戦略としてのコーポレートガバナンス」として関連する情報を発信している。
今回は、自己資本利益率(ROE)に注目する。ROEは機関投資家が最も注目する指標であり、
成長戦略もコーポレートガバナンス改革の目安としてROEを挙げている。本稿ではROEについて
新たな要素分解の手法を提案する。ROEを分解する手法として有名なデュポン・システムをベー
スとして、分解要素を三つから五つに発展させたものだ。いわゆる「伊藤レポート」はデュポン・シ
ステムを使って日本企業のROEが欧米企業に比べ低迷している要因を分析しているが、本稿は
この新たな手法を用いて分析を行い、独自の示唆を導出する。
深澤 寛晴
EY総合研究所株式会社
未来経営研究部
上席主任研究員
<専門分野>
► コーポレートガバナンス
► IR
► 敵対的買収対応
日本企業の現状
最近、企業にROE向上を求める声が広がっている。成長戦略(日本再興戦略2014※1 )がコー
ポレートガバナンス改革の成果を測る目安としてROEを挙げたことに加え、2014年8月に公表さ
れた伊藤レポート※2 は、日本企業のROEが欧米企業に比べて低水準にあることを指摘した上
で、グローバルな投資家と対話する際の最低ラインとして8%という水準を掲げている。また、議
決権行使助言機関最大手のISS(Institutional Shareholder Services Inc.)は14年11月に公
表した新ポリシーにおいて、5年平均のROEが5%を下回る場合には経営トップの選任議案に反
対推奨するとしている※3。
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日本企業の実績を見てみよう<図1>。過去5年、10年、15年といずれの期間で見ても伊藤レ
ポートが掲げる8%を超える企業は少数派であり、ISSが掲げる5%を下回る企業が半数近くを占
めている。日本企業のROEが短期でも長期でも低迷しているという事実は受け入れざるを得な
いようだ。14年2月に日本版スチュワードシップ・コードが公表されたこともあり、今後は企業と投
資家の対話が活発化することが予想されるが、ROEおよびその向上策が対話における重要テー
マの一つとなることは間違いないだろう。
図1 日本企業の平均ROE (社数、2013年度まで)
►
過去5年間の平均ROE
8%以上,
46
►
過去10年間の平均ROE
8%以上,
58
5%未満,
65
5%-8%,
46
5%未満,
58
5%-8%,
41
►
過去15年間の平均ROE
8%以上,
41
5%未満,
76
5%-8%,
40
出典:QUICKよりEY総合研究所作成
(対象)日経平均株価指数採用企業のうち、金融・電力および上記期間中連続してデータを取得できない企業・決算期を
変更した企業を除く157社
ROEの要素分解:新たな手法
伊藤レポートはROEを要素分解して具体的に「見える化」することを提案している。ROEを分解
する手法として有名なのが、ROEを(1)財務レバレッジ(自己資本比率の逆数)、(2)総資本回転
率、(3)売上高利益率の3要素に分解するデュポン・システムだ。伊藤レポートもこれを採用して
日米欧の企業を比較し、日本企業のROEが低水準に止まっている最大の要因は(3)の低迷に
あると結論付けている。
デュポン・システムはROE向上のための経営改善策を検討する手法として開発されたもので、
米国をはじめ広く経営の現場において普及しているが、資本市場の視点からは不十分な面も指
摘される。主なものを挙げると以下の通りだ。
1. 財務レバレッジの分子(総資本)には有利子負債だけでなく運転資金などが含まれるため、
そのままでは企業の資本構成や財務戦略を判断できない。
2. 総資本回転率の分母(総資本=総資産)には金融資産や遊休不動産など事業との関連性
の乏しい資産(非事業資産)が含まれるため、「バランスシートの効率性」と「事業の効率性」
が混在する指標になっている。
3. 売上高利益率の分子(純利益)には金融資産や不動産の売却損益や減損など事業との関
連性の乏しい損益が含まれるため、イレギュラーな要素が混在してしまい、純粋な事業の成
果を表す指標になっていない。
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02
日本企業のROE再考
そこで本稿では、資本市場の視点からデュポン・システムの発展型として①修正財務レバレッ
ジ(投下資本÷自己資本)、②投下資本の有効活用度、③事業資産回転率、④売上高営業利益
率、⑤金利・税負担等の五つに要素分解する手法を提案する。数式で示すと以下の通りだ。
▶ デュポン・システム
ROE=
総資本
自己資本
×
売上
×
総資産(総資本)
(1)財務
レバレッジ
(2)総資本
回転率
純利益
売上
(3)売上高
利益率
▶ 本稿が紹介する同システムの発展型
ROE=
投下資本
自己資本
①修正財務
レバレッジ
×
事業資産
投下資本
②投下資本の
有効活用度
×
売上
事業資産
③事業資産
回転率
×
営業利益
売上
④売上高
営業利益率
×
純利益
営業利益
⑤金利・
税負担等
① 修正財務レバレッジ:投下資本(自己資本と有利子負債の合計) の自己資本に対する比率
を用いるため、資本構成や財務戦略に直結する。企業の立場から見ても、財務部門が直接
的にコントロールできる指標でもあり、従来指標より管理しやすいと考えられる。
② 投下資本の有効活用度:投下資本の内、事業資産(=投下資本-非事業資産)に投じられ
た比率を示す。資金を本業において有効に活用することを求める資本市場の視点を強く反
映した新たな指標と言える。
③ 事業資産回転率:事業の効率性を示す。従来指標である(2)総資本回転率との違いとして、
非事業資産を除くこと、運転資金などの資産項目を総額ではなく買掛金などの負債項目と
相殺した純額で扱っていること、などが挙げられる。②同様、資本市場の視点を強く反映し
た指標と言える。
④ 売上高営業利益率:事業の利益率を示す。事業と関連性の乏しい損益を除いているため、
事業そのものの成果を反映しやすい。
⑤ 金利・税負担等:営業利益に対する純利益の比率。支払金利、特別損益、税率などさまざま
な要素が含まれる。
①と②は財務戦略、③と④は事業の成果に直結した要素と整理できる。⑤は財務・事業両方を
含むやや雑多な要素であり、解釈する際にはより詳細な分析が必要となる。
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03
日本企業のROE再考
なぜ日本企業のROEは低いのか?
前章で示した新たな分析手法を用い、日本企業の低ROEの原因を探ってみよう。分析対象とし
て本稿では、TOPIX500に採用される食料品セクター26社を取り上げてみることとし、これらを
欧米の大手食料品企業4社と比較する<表1>。
ROEは欧米企業が10%を超えるのに対して、日本企業は7.0%と低水準となっている。各要素の
内、最も大きな差がついているのは④売上高営業利益率だ。日本企業の同数値は欧米企業平
均の約3分の1、最も低いB社と比べても半分に満たない水準に止まっている。この結果は前出
の伊藤レポートにおける分析と一致している。
次に差がついているのは②投下資本の有効活用度であり、欧米企業の平均に比べて2割以上
低い水準になっている。欧米企業が保有する非事業資産は運転資金として必要とされる現預金
などに限定されるのに対し、日本企業は余資運用の有価証券、政策保有株式、および事業と関
連性の乏しい不動産※4などを相当程度保有するケースが多いことが影響している。
日本企業における③事業資産の回転率は非常に高水準となっており、(非事業資産を除く)事
業資産の効率性は、欧米企業よりも高くなっている。一方、⑤金利・税負担等は欧米企業とほぼ
同水準であり、①修正財務レバレッジもD社※5を除く欧米企業3社と大差ない水準だから、ROE
低迷の要因にはなっていないように見える。
表1 ROEの要素分解:日米欧企業の比較
日本企業 欧米企業 欧米企業 欧米企業 欧米企業 欧米企業
(平均)
平均*
D社
C社
B社
A社
7.0%
25.7%
(13.6%)
16.2%
12.4%
12.1%
62.0%
1.37
1.87
(1.41)
1.40
1.65
1.17
3.28
66.1%
87.6%
(86.9%)
85.0%
81.7%
94.0%
89.8%
③事業資産
回転率
2.60
1.48
(1.50)
1.26
1.38
1.87
1.41
④売上高
営業利益率
4.6%
14.4%
(10.8%)
14.2%
10.0%
8.3%
25.2%
64.2%
68.3%
(71.3%)
76.6%
66.8%
70.6%
59.1%
ROE
①修正財務
レバレッジ
②資本の
有効活用度
⑤金利・
税負担等
* 単純平均。( )内はD社を除く。
出典:QUICKおよび各社資料よりEY総合研究所作成
(対象)日本企業はTOPIX500採用企業のうち、食料品セクターの26社。欧米企業は食品総合企業のうち時価総額上
位4社。
(注)事業資産は投下資本から非事業資産(現預金・(投資)有価証券・賃貸等不動産)を除いて算出。その他有価証券
については含み損益に関する税効果を調整している。営業利益からは賃貸等不動産の利益を除く。日本企業平均
は幾何平均。13年12月から14年9月までに期末を迎えた決算期。
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04
日本企業のROE再考
③事業資産回転率と⑤金利・税負担等についてはもう少し詳細な分析が必要だ。順に見てみ
よう。
③事業資産回転率について:
欧米企業では、M&Aに伴うのれんが事業資産に占める割合が高い。<表2>に示す通り4社
平均で57.3%、D社を除いても46.5%に達しており、日本企業の11.7%に比べるとはるかに高い
水準だ。のれんを除く事業資産回転率を計算すると、日本企業はD社を除く欧米企業の平均とほ
ぼ同水準となる<同表③’>。日本企業における事業の効率性が高いというより、欧米企業では
積極的なM&Aにより生じたのれんより事業資産が膨らんだ結果、回転率が低下している、という
方が実際のようだ。
表2 事業資産回転率
日本企業 欧米企業 欧米企業 欧米企業 欧米企業 欧米企業
(平均)
平均*
A社
B社
C社
D社
11.7%
57.3%
(46.5%)
43.4%
74.0%
22.0%
89.7%
③事業資産
回転率
2.60
1.48
(1.50)
1.26
1.38
1.87
1.41
③’事業
資産回転率
(のれん除く)
3.07
5.91
(3.30)
2.22
5.30
2.40
13.72
のれん÷
事業資産
出典など:<図1>参照
(注)のれん÷事業資産の日本企業(平均)は単純平均。
⑤金利・税負担等について:
さまざまな要素が混在するが、見逃せないのが実効税率だ。少数株主利益の扱いが難しいた
め要素分解式には組み込んでいないが、ROEに直結する要因となっている。<表3>に示す通
り、日本企業の実効税率は36.9%と欧米企業平均の27.2%に比べると高く、ROEを13.4%
(=(1-36.9%)÷(1-27.2%))押し下げる要因になっている。高い実効税率が日本企業の低
ROEの一因になっているのは明らかだ
ただし、欧米企業の平均を67.8%下回る④売上高営業利益率や同24.6%下回る②投下資本
の有効活用度と比べると、実効税率は同13.4%下回る程度であり、これらに比べるとROEへの
影響は小さい点に注意する必要がある。昨今、法人税率の引き下げが議論されているが、こと
ROE向上に与える効果は限定的であり、欧米企業並みのROEを達成するためには自助努力に
よる②や④の向上が不可欠であることを忘れるべきではないと言えよう。
表3 実効税率
日本企業 欧米企業 欧米企業 欧米企業 欧米企業 欧米企業
(平均)
平均*
A社
B社
C社
D社
実効税率
36.9%
27.2%
(25.0%)
23.8%
28.0%
23.2%
33.6%
出典など:<図1>参照
(注)実効税率=1-(純利益+少数株主利益)÷税前利益
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05
日本企業のROE再考
前述の結果をまとめると以下の通りだ。
1. 日本企業のROEは欧米企業に比べて低い。
2. 低ROEの最大要因は売上高営業利益率。次いで投下資本の有効活用度、実効税率の順。
3. 事業資産回転率は高いが、(M&Aの結果として生じる)のれんを除くと欧米企業と大差ない
水準となる。
ふかん
これを俯瞰して解釈すると、次のようになろう。
日本企業は売上高営業利益率が低いため、売上の低下が赤字転落につながりやすい、つまり
ぜいじゃく
売上変動リスクへの耐性が脆弱になっている。リスクに備えるため金融資産などの非事業資産
を多めに保有する一方、リスクの高い大型M&Aは回避する傾向がある。結果として業界再編が
遅れ、過当競争により売上高営業利益率の低迷からの脱却も進まないという悪循環に陥ってい
る。
一方、欧米企業は積極的なM&Aを通じて業界再編を進め、過当競争を回避することで売上高
営業利益率を高めている。その結果、リスクへの耐性が強化され、さらなる積極的なM&Aが可
能になるという好循環につながっている<図2>。
以上の解釈は、食料品セクターに限ったことではなく、広く日本企業、産業界に共通しているよ
うな気がしてならない。このことがグローバル競争において日本企業が劣後している大きな要因
の一つになっていると言って過言ではないのではないか。
図2 日本企業と欧米企業の現状
▶ 日本企業:低ROEの悪循環
低い利益率
業界再編の遅れ
→過当競争
リスク耐性が
脆弱
非事業資産を
多く保有
低いROE
リスク耐性が
強固
非事業資産は
最低限
高いROE
リスクの高いM&A
に消極的
▶ 欧米企業:高ROEの好循環
高い利益率
業界再編の進展
→過当競争を回避
積極的なM&A
出典:EY総合研究所作成
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06
日本企業のROE再考
企業に求められる対応
成長戦略は「コーポレートガバナンスの強化により、経営者のマインドを変革し、グローバル水
準のROEの達成等を一つの目安に、グローバル競争に打ち勝つ攻めの経営判断を後押しする
仕組みを強化していくことが重要」と述べているが、本稿において述べてきた日本企業の現状を
踏まえると、極めて適切かつ時宜を得た問題意識と言える。
現在、コーポレートガバナンス・コードがパブリック・コメントを募集する段階に入るなど、一連の
コーポレートガバナンス改革は大きな節目を迎えている。今後は、日本企業がコーポレートガバ
ナンス向上を通じた「攻めの経営判断」により、ROE低下およびグローバル競争力低下の悪循
環を断ち切ることができるかが試されよう。そのためには企業自身が現状を把握し、ROE向上策
を検討・実施し、さらに資本市場に対する説明責任を果たす必要がある。本稿で提案した新たな
要素分解の手法が、企業経営において有用なツールとなることを期待する。
※1
「日本再興戦略」改訂2014-未来への挑戦-
※2
正式には「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクト「最終報告
書」
※3
ただし、直近年度のROE が5%以上なら「改善傾向にある」と見なして反対推奨はしない。
※4
ここでは会計上の賃貸等不動産を「事業と関係性の乏しい不動産」としている。賃貸等不動産とは、棚卸資産に分
類されている不動産以外のものであって、賃貸収益またはキャピタルゲインの獲得を目的として保有されている不
動産と定義される。従って、物品の製造や販売、サービスの提供、経営管理に自ら使用している不動産は含まれな
い。
※5
D社は過去に大型のM&Aを行ったこともあって資本構成などについて他社と異なる特徴が見られる。そのため、本
稿の表ではD社を除く平均値を参考のため併記している。
EY総合研究所では、企業が資本市場との関係を「面」で構築するためのご支援するため
のサービス・メニューをご用意しています。弊社担当者あるいは表紙の”Contact”までお
問い合わせください。
<サービス・メニューの例>
• コーポレートガバナンス強化
• IR戦略の策定・実行
• 被買収リスク対応
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日本企業のROE再考
EY | Assurance | Tax | Transactions | Advisory
EYについて
EYは、アシュアランス、税務、トランザクションおよびアドバイザリーな
どの分野における世界的なリーダーです。私たちの深い洞察と高品質
なサービスは、世界中の資本市場や経済活動に信頼をもたらします。
私たちはさまざまなステークホルダーの期待に応えるチームを率いる
リーダーを生み出していきます。そうすることで、構成員、クライアント、
そして地域社会のために、より良い社会の構築に貢献します。
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