ブラックホール直接観測の原理、方法と問題 / 斉田 浩見

ブラックホール直接観測の原理、方法と問題
斉田 浩見(大同大学) / saida@daido-it.ac.jp
Earth
light si
gnal
BH
gas cloud
BH 磁気圏研究会, 2014.3.3–5 at 熊本大学
1. 光による BH の直接観測
• これまでの「BH 候補天体」
:ニュートン重力に基づいて推定
→ 曲がった時空の効果を見ない限り「候補」のまま
• BH を見るとは · · ·


定性的:



 曲がった時空の効果の観測 で BH 地平面の存在を確認すること

定量的:



 曲がった時空の効果 から質量・角運動量(・電荷)を測ること
O
ct
gravity
Black Hole
(Trapped Region)
RBH
Grav. Doppler
Light Cone
Light Cone
r
Singularity
Singularity
ct
O
Trapped Region
(Black Hole)
RBH
world sheet
of a wave
r
source
• どんな「曲がった時空の効果」を狙うか?
→ 強い重力レンズ効果 Strong Gravitational Lensing (SGL) に注目
SGL の空間的情報
(見た目の画像)
→ BH シャドー
(右図は理論計算)
幾何光学近似
← (光の測地線)
で描いた画像
→ BH シャドーの「波動版」も計算されつつある(南部さん)
SGL の時間的情報(電波の時間的な振動パターン)
→ 一つの電波望遠鏡で得る時系列データの中から
BH の質量と角運動量を読み出すことを考える。
今日の話はこの時間的情報の利用方法
補足:現在の天文観測技術では,

電波による観測 → 光を 電場の振動 としてアンテナで捉える
それ以外の観測 → 光を フォトン として CCD で捉える
→ 光を波動として捉える天文観測は,現在の技術では電波観測のみ。
→ 今回の提案では光の波動性が重要になるので,
実際の応用は電波観測を想定。
2. 一つの望遠鏡による BH 直接測定の原理と方法
2.1 設定と基本原理
{
光源から同時に放射された 2 つの光線(瞬時的発光)に注目
光源からみて同じ強度とスペクトルをもち,可干渉な 2 つの光線
W0
BH
source
xxx
xxx
xxx
xxx
W1 earth
→ BH の強い重力レンズ効果による
最短距離を通る「0 巡光 W0 」と BH を巡る「1 巡光 W1 」の
{
到達時間の差
で『BH 直接観測(MBH, JBH 測定)』を狙う
強度の比
2.2 時系列データから 0 巡光と 1 巡光を探し出す方法
( Time Delay Self-interferometry , TDS 6= Tokyo Disney Sea)
• この話のキーワードの一つ:火面 caustic
→ 光の「交差点」の集まり · · · 独立した一点のときは「焦点」
幾何光学近似が破綻。波動性を考える必要あり。
BH
caustic
ex. non-rotating BH
• 2 つの光 W = 0, 1 が,1 つの電波望遠鏡にどう表れるか?
考察 1:正弦波の場合
E
Oscillation of observed wave at ONE telescope
Τ0
Τ
1
∆E
obs
tobs
W=0
W=1
∆tobs


:主に,BH の強い重力レンズで決まる
∆tobs
→ ∆Eobs
:主に,BH の強い重力レンズで決まる


T0 6= T1 :光源の速度による運動論的ドップラー効果
∗ 厳密には, ∆tobs と ∆Eobs も BH だけでなく光源運動 にも依存。
考察 2:ガウス型発光の場合(YouTube にシミュレーションを載せている人がいる)
→ 波形の変化に注意!
E0
1
0.8
0.6
W0
-0.5
0.4
0.2
0
oscillation of bserved wave
at ONE telescope
E
__1 Hilbert Trans. of W
0
tobs − ∆tobs
E0
E
0.4
0.2
1
0.5
t
0.5 obs
-1.0
-0.5
-0.2
∆tobs
4
2
-2
-4
source
BH
1.0
W1
W0
10
20
W1
earth
参考文献(Zenginoglu and Galley PRD86(2012)064030)の波形だけ再現
→ 波動光学の Gouy Phase Shift による波形変化
火面では幾何光学近似が破たんするので,
火面近傍であることを尊重した近似で波動方程式を解き直す。
補足:任意の波動場 f (xµ) (例えば,f = 0 )

[
]
µ
µ

波動のアイコナール表現 : f = A(x ) exp iΨ(x )

波数ベクトル
dΨ
: kµ =
dxµ
→ 幾何光学近似:Ψ ' kµxµ+ const. · · · 火面ではダメ
(
→ 火面近傍での評価:Ψ ' w xµxµ + kµxµ+ const.
→ 2 次の項を火面を通過する前と後で比べると · · ·
(火面での forcusing による重ね合わせを評価)
波面の形で
w=
決まる係数
)
◦ 光線が火面 caustic を 1 回通過する毎に,

π

正の周波数成分 :位相が − ずれる
2

負の周波数成分 :位相が + π ずれる
2
→ 数学的には,Hilbert 変換で表現することも可能。
◦

f (t)
:火面通過 前 の時間変動
とるすと,
H[f ](t) :火面通過 後 の時間変動
∫ ∞
f (z)
dz
· · · 次頁に例
Hilbert 変換: H[f ](t) ∝ Re
t−z
−∞
{
数学的には f (t) を解析接続して複素積分で計算し,実部をとる。
···
実際の時系列データを Hilbert 変換する技術・装置があるらしい。
◦ Hilber 変換の計算例
∗ f (t) = cos(ωt) の場合( = sign(ω) )
(
(
)
π)
H[f ](t) = π cos ωt − = sin |ω| t
2
∗ f (t) = sin(ωt) の場合
(
(
)
π)
H[f ](t) = π sin ωt − = −sign(ω) cos |ω| t
2
( t2 )
∗ f (t) = exp − 2 の場合
σ
( t2 ) ( t )
H[f ](t) = π exp − 2 erfi
σ
σ
∫
ここで,erfi(x) = −i erf(ix) = −i
0
ix
( 2)
dz exp −t
◦ 注意点: Gouy phase shift (Hilbert 変換)でスペクトルは不変
• 2 つの光(電波)W0 と W1 を如何にして同定するか?
→ 同一光源が同時放射した 2 つの光 W = 0, 1 は coherent なはず。
→ 自己干渉 “Self-interference” によって
2 つの光 W = 0, 1 を同定できるのでは?
→ 一人時間差干渉( Time Delay Self-interferometry , TDS )
E
手順 (1):観測データを 2 つコピー(A, B)
original data (A)
手順 (2):データ B にヒルベルト変換,
定数倍(E1/E0 に相当),
W0
W1
tobs
光源運動のドップラー効果の矯正
を施す
coherence
1
0.8
0.6
0.4
0.2
1
手順 (3):元データ A と変調データ B の
0.2
3
W1 tobs
W0
1
干渉部分を探す
2
2
3
modulated data (B)
→ W = 0, 1 が分かり,∆tobs , E1/E0 , T1/T0 を得る。
-0.2
• お試し計算:Gouy phase shift の偏光への影響は?
( (in)
(in) )
(in)
~
火面通過の前の電場:E
= Ex , E y
y
E
(in)
→ 火面通過で偏光が変わるか?
考察 1:正弦波(単色波)発光の場合

E (in) = f cos(ωt)
x
例えば円偏光
Ey(in) = f sin(ωt)
x
caustic
(out)
E
z (light propagation)
π
→ Gouy Phase shift で位相が − だけずれる。( ω > 0 )
2

E (out) = f sin(ωt)
x
火面通過の後の電場
Ey(out) = −f cos(ωt)
→ 円偏光に変化なし(左回りは左回りのまま)
考察 2:ガウス型発光の場合(その 1)
( t2 )
(in)
(in)
Ex = Ey = exp − 2
σ
→ 火面通過の前後の “リサージュ図” を書くと
1.0
0.6
0.4
0.5
0.2
-1.0
0.5
-0.5
1.0
-0.6
-0.4
0.2
-0.2
-0.2
-0.5
-0.4
-0.6
-1.0
~ (in)
E
=⇒
~ (out)
E
0.4
0.6
考察 3:ガウス型発光の場合(その 2)
こんな発光の仕方はあり得ないかもしれないけど · · ·
[ (t − kσ)2 ]
( t2 )
(in)
(in)
Ex = exp −
, Ey
= exp − 2
2
σ
σ
1.0
k = 2 での “リサージュ図”
0.6
0.4
0.5
0.2
-1.0
0.5
-0.5
1.0
-0.6
-0.4
-0.2
0.2
0.4
0.6
0.2
0.4
0.6
-0.2
-0.5
-0.4
-1.0
1
k = での “リサージュ図”
2
~ (in)
E
~ (out)
=⇒ E
-0.6
1.0
0.6
0.4
0.5
0.2
-1.0
0.5
-0.5
1.0
-0.6
-0.4
-0.2
-0.2
-0.5
-0.4
-1.0
~ (in)
E
~ (out)
=⇒ E
-0.6
単色波でなければ,
観測の時系列データから 0 巡光と 1 巡光を探す上で,
{
波形の一人時間差干渉(メインの方法)
Hilbert 変換を用いた
偏光の一人時間差干渉(上の結果のチェック)
の 2 つが考えられる。
∗ 電波望遠鏡の受信機にも受信周波数に幅がある(∆frec ∼ 数 GHz)
→ 電波望遠鏡で受信される電波の波形は,
バンド幅 ∆frec の範囲の重ね合わせ波形
→ 「偏光の一人時間差干渉」で「波形の一人時間差干渉」の
結果をチェックできるかも?
2.3 「振幅比」と「時間差」の計算式
• 状況設定の確認
{
光源から同時に放射された 2 つの光線(瞬時的発光)に注目
光源からみて同じ強度とスペクトルをもち,可干渉な 2 つの光線
→ 時系列データから「振幅比」と「時間差」を
一人時間差干渉の解析方法で読み取り,
BH の質量 MBH と角運動量 JBH を得たい。
W0
BH
source
xxx
xxx
xxx
xxx
W1 earth
以後,背景時空は Kerr 計量を仮定:Boyer-Lindquist 座標 (t, r, θ, ϕ)
ds2 = gtt dct2 + 2gtϕ dt dϕ + grr dr2 + gθθ dθ2 + gϕϕ dϕ2
• 一本の光線( W0 や W1 )をどう扱うか?
{
瞬時的な発光(継続的発光の場合は 1 周期): ∆ts , ∆to GMBH/c
十分小さな光源(大きい場合はある一部分)
: [光源サイズ] GMBH/c2
→ 適当な代表的ヌル測地線 RNG (Representative Null Geodesic) に注目
⇓
伝播時間は RNG で評価 to − ts
m
a
e
b
ts
∆ts
observer
· · · 強度は Specific Flux [J/s·m2·Hz]
を採用する。計算は工夫が必要。
ce
強度は RNG からの「摂動」で評価
∆to
to
sour
· · · 測地線方程式を解けばよい。
( W0 と W1 で ts は同時刻とする。)
time
RNG
space
ヌル測地線の運動方程式: k α∇αk µ = 0 with k 2 = 0
→ 放射事象 (ts, rs, θs, ϕs) と観測事象 (to, ro, θo, ϕo) を繋ぐ積分形:
{
∫ ro
∫ θo
εr = sign(k r )
εr
εθ
dr √
=
dθ √
εθ = sign(k θ )
R(r)
Θ(θ)
rs
θs
∫ ro
∫ θo
εr a X(r)
εθ Y (θ)
cto − cts =
dr √
−
dθ 2 √
R(r)
sin θ Θ(θ)
rs
θs
(
JBH
a=
cMBH
)
∫ ro
∫ θo
2
2
εr (r + a ) X(r)
εθ a Y (θ)
√
ϕo − ϕs =
dr
−
dθ √
R(r)
Θ(θ)
rs
θs
(
)
∫ ro
∫
µ(λ)
θo ε a2 sin2 θ Y (θ)
εr r2 X(r)
dx
λo − λs =
dr √
kµ =
+
dθ θ √
dλ
R(r)
Θ(θ)
rs
θs
ここで,R(r) , X(r) , Y (θ) , Θ(θ):衝突因子 と r や θ の関数
• 光線 W0 と W1 の到達時間の差
µ
→ 放射事象 xs と観測位置 (ro, θo, ϕo) は共通,観測時間のみ異なる
]
∫ ro [
ε
a
X(r)
ε
a
X(r)
(W0)
(W1)
r
r
√
√
=
dr
− cto
cto
−
R(r) W1
R(r) W0
rs
]
∫ θo [
εθ Y (θ) εθ Y (θ) √
√
−
dθ
−
2
2
sin θ Θ(θ) W1 sin θ Θ(θ) W0
θs
補足 1:被積分関数は,衝突因子が異なる項の差
(1)
補足 2:[r-積分の上限] → O
as ro → ∞(遠方の観測者)
ro
• 一本の光線の Specific Flux
複数のヌル測地線が RNG と同時刻 to に
b
source
m
a
e
望遠鏡上の一点 ~xo に入射:
BH
ΦW
(図の ΦW は巻付き角 winding angle )
→ 位置 ~xo で受ける Specific Flux は,
∫
Fo(νo) =
d2no Io(νo, ~no) [J/s · m2 · Hz]
∆Ωo
∆Ωo
Po
∆Σo

[W/Hz]
(
)
c
∫

[Hz]:観測者が計る RNG の振動数
νo =


2x F
λ


power:
P
=
d
o
o o



望遠鏡上の点 ~xo から
∆Σo
∆Ωo [sr]:
見た光源の立体角




望遠鏡面上の一点 ~xo から見た

2


Io(νo, ~no) [J/s · m · Hz · sr]: ~n (∈ ∆Ω ) 方向の Specific Intensity
o
o
→ [光源サイズ] GMBH/c2 より( ~no 依存性は無視できる)
( ν )3 (
)
o
Fo(νo) '
Is νs(νo) ∆Ωo [J/s · m2 · Hz]
νs(νo)
(νs [Hz]:光源の共動系で計る RNG の振動数)
I(ν)
注意 1:ヌル測地線束が占める 4 次元領域の中で 3 はスカラー量
ν
注意 2:RNG の 4 元運動量 k µ
µ
µ
→ νo = −kµuo , νs = −kµus
→ νs(νo) の関数形を得る。
→ 重力的ドップラー,運動論的ドップラー(ビーミング含む)
など全てを含む。
→ 立体角 ∆Ωo の積分変数を (1) → (2) → (3) と変換:
(1) 天球(celestial sphere)内のスクリーン上の座標 (α, β)
(2) 光の測地線の衝突因子 (b, q) · · · ”Toroidal”成分と”Poloidal”成分
(3) 光の運動量に垂直な断面 (η, ζ) · · · 光源の断面積 As [m2]
∫
∆Ωo =
∂(α, β) ∂(b, q) ∂(α, β) ∂(b, q) As
dη dζ '
∂(b, q) ∂(η, ζ) ∂(b,
q)
∂(η,
ζ)
image
∫
dα dβ =
image
(bo,qo)
RNG
∆Ωo
image
(η,ζ)
BH
As
source
celestial
sphere
xo
(α,β)
→ まとめて,一本の光線の Specific Flux は,
( ν )3 (
)
q
∂(b,
q)
o
o
2 · Hz]
√
Fo(νo) '
I
ν
(ν
)
A
[J/s
·
m
s
s
o
s
νs(νo) ro2 sin2 θo Θo ∂(η, ζ) 

~xo = ( ro , θo , ϕo ) :望遠鏡上の一点




)2
(


b
o

2 − a sin θ −

Θ
=
q

o
o
o

sin θo




 ∂(b, q)
= ごちゃごちゃした積分で書ける
∂(η, ζ)



JBH


a=
[m]:Kerr BH の回転パラメータ



MBHc


√



Kµν k µk ν
k
ϕ


[m] , q =
[m] (K µν :Killing tensor)
b =
−kt
−kt
• 光線 W0 と W1 の観測される電場の ”specific” な振幅比
v
u (W1)
(W1)
u Fo
Eo (νo)
(νo)
t
∝
(W0)
(W0)
Eo (νo)
Fo
(νo)
v
⇓
u (W1)
u Fo
(W1)
(W 0)
t
− to
は
と to
(W0)
Fo
{
BH のパラメータ:MBH , JBH
の依存性を持つ。
µ
µ
光源の運動
: xs , us
→ TDS で MBH , JBH を精度よく得るには,光源運動の情報が不可欠。
3. 強い重力レンズに関する根本的な問題点
{
BH シャドー → 光の不安定円軌道の影
• 厳密には
TDS の光
→ 光の不安定円軌道に巻きつく効果
?
→ これらの強い重力レンズ効果 = BH 地平面の存在 · · · ???
→ BH 地平面が存在すれば光の不安定円軌道も必ず存在するか?
BH shadow is associated with this !
Unstable Circular Orbit of Null ray
(UCON)
BH
source
Telescope
4. まとめ
• BH を「見る」とは「曲がった時空の効果」を捉えること
{
見た目の画像 :BH シャドー
→ 強い重力レンズ効果に注目
電波の時間変動 :一人時間差干渉 TDS
{
M (∆tobs , E1/E0 , T0 , T1)
• TDS の測定量と BH 質量・角運動量の関係:
J(∆tobs , E1/E0 , T0 , T1)
→ この『対応表』を作る。
(これから数値計算をする。)
• Gouy phase shift による電波の波形変化の計算。
→ Kerr 時空上の Caustic の把握と,Caustic を通過する回数の計算式。
• 重力理論の問題 · · · 肯定的な解決が得られたところ
BH 地平面が存在すれば光の不安定円軌道も必ず存在するか?