1 JAWS2012 JAWS2012 エージェントシミュレーションによる 電力買取制度への価格変動制導入の影響分析 Analysis of the price fluctuation in the acquisition of the surplus electric power by a multi-agent simulation 川口 将吾 名古屋工業大学大学院工学研究科情報工学専攻 Shogo Kawaguchi Department of Computer Science and Engineering, Nagoya Institute of Technology kawaguchi@itolab.nitech.ac.jp 金森 亮 名古屋工業大学しくみ領域, 名工大グリーン・コンピューティング研究所 Ryo Kanamori Nagoya Institute of Technology,Center for Green Computiong kanamori.ryo@nitech.ac.jp 伊藤 孝行 名古屋工業大学大学院産業戦略工学専攻/情報工学科, 名工大グリーン・コンピューティング研究所 Takayuki Ito School of Techno-Business Administration, Nagoya Institute of Technology, Center for Green Computiong ito.takayuki@nitech.ac.jp keywords: multi-agent simulation, framework Summary In recent years, deregulation of electric power trading is progressing all over the world. Europe created the standard of electricity transaction liberalization. Moreover, 33% of the electricity market is moved to the free competitive market by 2003. Japan is also undergoing such deregulation. In Japan, electric power dealing liberalization has reached 62% of electric energy. Moreover, it started that an electric company buys the electric power of the surplus which occurred in solar power from 2009 at Japan. The price at which an electric power company buys electricity is defined by law. However, in this paper, the agent simulation from which the sale price of electric power changes is performed. Change of a price is analyzed and influence to which the price fluctuates is clarified. 1. は じ め に [自由化].しかしアメリカでは競争激化のために送電シ ステムの管理・計画更新が疎かになり,また電力卸売価格 近年,世界的にスマートグリッドが注目されている.ス マートグリッドは電力の効率的な制御,再生可能エネル ギーや電気自動車の導入による環境に配慮した社会の構 築など様々な社会的貢献が期待されている.特にスマー トグリッドにおける情報技術の果たす役割は非常に重要 である.スマートグリッドの核となるコンセプトの一つ は既存の電力網と通信設備の融合によるより高度な電力 網の構築である.そこで,電力網内のあらゆるデバイス を情報技術を用いて適切に制御する必要がある. 現在,スマートグリッドに関係する様々な分野で研究 が行われている([Jennings10, Jennings11, Reddy11]). しかし,既存研究の多くは電力の需給バランスの安定を 目的としており,再生可能エネルギーの導入や蓄電池の 効率的な利用に関する研究はあまり行われていない. が投機的な操作によって乱高下するといった事例も見ら れるため,電力売買の枠組みには注意が必要である.ま た,太陽光発電パネルや家庭用蓄電池の低価格化が進ん でおり,今後各家庭への普及率は大きく増加すると予想 される.従って,複数の電力事業者との売買,各家庭に 設置された太陽光発電パネルの発電状況及び蓄電池の蓄 電状況と電力使用状況を考慮した最適量の電力売買,電 力料金のリアルタイムな変化など電力売買は複雑化する 事が考えられる.従って人間の負荷軽減や,社会全体の 電力負荷及び環境問題へのアプローチとしてエージェン トを導入することは有用である.本論文では各家庭に設 置された太陽光発電パネルの発電状況及び蓄電池の充電 状況と電力使用状況を考慮した最適量の電力売買を行い, 蓄電池の安定利用を行うエージェントについて述べる. 電力の利用に関して,電力自由化は世界各国で進んで また日本では,平成 21 年より低炭素社会の実現に向 おり,ヨーロッパでは EU 加盟国に対して電力自由化の けて太陽光発電の余剰電力買取制度が開始された.現在 基準を制定し,2003 年までに各国は電力市場の 33 %を では,電力会社が家庭の太陽光発電設備で作られた電気 自由競争市場に移している.日本でも規制緩和が進んで の余剰電力を買い取る場合,その価格は法令で定められ おり,電力自由化の対象は電力量の 62 %にも達している る条件により設定される.しかし,本論文では電力会社 JAWS2012 予稿集 2 が動的に電力の売買価格を変動させる事を想定したエー 文献 [Reddy11] は,ブローカーエージェントによる電 ジェントシミュレーションを行い,買取価格の変動を分 力売買モデルを提案している.供給者側と需要家側の両 析し,オークションにより買取価格が変動する場合の影 者が電力の購入も売却も出来る設定である.そして,需 響を明らかにする. 要家側と供給者側の間に,Tariff Market と呼ばれる関税 を用いた市場を定義して,市場においてブローカーエー 2. 関 連 研 究 ジェントが電力の売買を仲介している.文献 [Reddy11] は,電力売買に対して市場やブローカーエージェントを スマートグリッドにおける電力マネジメントに関す 定義してとても興味深いメカニズムを提案している.し るアプローチは多岐に渡る.例えば,ゲーム理論など かし,文献 [Reddy11] は Power TAC と呼ばれるブロー 用いた経済分野に近いアプローチ [Perukrishnen10, 藤田 カーエージェントの競技会向けの論文あるため,電力の 12] や電力売買や価格決定に対するアプローチ [Reddy11, Thomas11] など様々である.本論文では,情報分野の技 消費傾向や再生可能エネルギーの有無などの現実的な設 術の中からエージェントに基づいたアプローチの有効性 に注目した. 定が不十分である. 文献 [藤田 12] では,スマートグリッドにおける電力配 分問題に対して分散協調最適化とポテンシャルゲームの また,スマートグリッドでは各家庭にスマートメーター 2つの手法が紹介されている.文献 [藤田 12] は,スマー と呼ばれる高性能な電力メーターが設置されることが想 トグリッドに対して理論分野からアプローチが行われて 定されているため,スマートメーターにソフトウェアを いるが,本論文はより現実に近いデータを用いたエージェ インストールして利用することが可能である.ソフトウェ ントに基づく電力マネジメント手法であるためアプロー アとしてエージェントをインストールすれば,スマートグ チの方法が異なる. リッドのあらゆる場面でエージェントに基づくアプロー 文献 [Perukrishnen10] は,分散した小型蓄電池の需給 チは有効である.よって,本論文では住宅での太陽光発 バランス調整のためのオークションに基づくメカニズムを 電や蓄電池の有効利用に向けて,エージェントに基づく 提案している.文献 [Perukrishnen10] では,Continuous 電力マネジメントモデルを提案する.そこで,以下では Double Auction(CDA)を用いて,市場での異なるエー 本論文の提案手法に近い手法としてエージェントに基づ ジェント同士のバランス調整を行ない,電力の需給バラ く需要家側のマネジメント手法に関してもいくつかの関 ンスを適切に整えている.文献 [Perukrishnen10] は,複 連研究を取り上げる. 数の蓄電池の需給調整には有効な手法を提案しているが, 文献 [Jennings10] は,エージェントに基づく蓄電池の マネジメント手法を提案している.文献 [Jennings10] は, 個々の住宅での電力マネジメントや再生可能エネルギー の不安定さへの対策は不十分である. 電力の自由化の進んだイギリスの実際の電力消費データ 文献 [Jennings11] では,住宅内部の需要コントロール やリアルタイムで変化する電気料金モデルを用いてシミュ に関して述べられている.文献 [Jennings11] は,家庭内 レーションが行われている点が特徴である.しかし,文 の電力需要をいくつかに分類して,電力使用のタイミン 献 [Jennings10] のモデルでは再生可能エネルギーは想定 グを変更出来る場合は使用開始時間を変化させることで, されておらず,リアルタイム料金制におけるより経済的 需要の回避している.本論文は文献 [Jennings11] とは異 な蓄電池の有効利用や電力購入戦略に主眼が置かれてい なり住宅内部の需要のコントロールによる電力負荷分散 る.本論文は,文献 [Jennings10] と同様にエージェント ではなく,太陽光発電の余剰電力の有効利用による負荷 に基づく電力マネジメントを扱うが,太陽光発電の安定 の軽減を目指す. 利用を考慮している点や日本のデータを扱う点が異なる. 文献 [Thomas11] は,文献 [Jennings10] をさらに発展 3. 電力マネジメントエージェント させたモデルに関する論文である.文献 [Jennings10] で は,電力の経済的な購入戦略を提案していたが,文献 3·1 想 定 す る 環 境 [Thomas11] では需要家側からの電力の売却も扱ってい 本章では,太陽光発電パネルと蓄電池を備えた住宅に る.そのため,需要家だけでなく供給者側にも戦略を定 対する電力マネジメントを行うエージェントについて述 義して,供給者,需要家および市場の三者における電力 べる.提案手法は,スマートグリッドにおける需要家側 の価格決定モデルを提案している.文献 [Thomas11] は, の電力マネジメントに関する課題に対してエージェント スマートグリッドの主要な課題の 1 つである電力の価格 技術を用いて解決を目指す.エージェントは適切に定義 決定を扱う点が優れている.しかし,文献 [Thomas11] すれば自律的な問題解決能力を持つことが可能であるた の需要家側の設定は本論文よりも簡略化されており,再 め,スマートグリッドにおける問題解決手段として相性 生可能エネルギーの導入も行われていない.また,文献 が良. [Thomas11] は電力売買を主題としておりと需要家側の マネジメントを扱う本論文とは目的が異なる. 開発したエージェントの特徴としては,日本の現実的 な消費電力データの利用,太陽光発電の導入,学習によ エージェントシミュレーションによる電力買取制度への価格変動制導入の影響分析 3 る電力マネジメントである.エージェントの基本的な動 も好ましくない.なぜなら,消費者は無料で発電した電 作は,太陽光発電の利用により電力購入を抑制し,電力 力を無駄にしてしまうことになり,電力会社にとっては 負荷の軽減や分散を目指す.太陽光発電による余剰電力 逆潮流を招く危険性がある.そこで,エージェントは余 が発生した場合には蓄電池に蓄電し,消費電力の増加す 剰電力を住宅に備え付けられた蓄電池に蓄電して,電力 る時間帯や天候の悪い日に利用する. 消費の多い時間帯や天候の悪いの日に有効活用する. 開発したエージェントの特長は以下の 3 点である, • 日本の現実的な電力消費データの利用 • 太陽光発電の導入と蓄電池を用いた不安定さに対す る対策 太陽光発電量のモデルは日本気象協会の太陽光発電用 標準気象データ METPV-11[METPV] を用いて作成した. 日射関連資料は太陽エネルギー利用技術の開発,計画, 立地,設計等の基礎資料として欠かすことが出来ず,日 • エージェントの学習に基づくマネジメント 本気象協会は 1974 年以降,通商産業省のサンシャイン 日本の現実的な電力消費データの利用に関しては 3·2 計画の開始当初から各種の気象調査研究を実施しており 節及び 3·3 節に,不安定さに対する対策に関しては 3·4 毎時の気象データを収録した METPV(MEteorological 節に,学習に基づくマネジメントは 3·6 節に示す. Test data for PhotoVoltaic system)シリーズについては 開発した電力マネジメントエージェントは,スマート グリッドにおける需要家側,特に住宅での電力マネジメ 関係機関で広く利用されている. おいてスマートハウスという構想が存在するからである. METPV-11 は,太陽光発電システムの時刻別運転状況 シミュレーション用に整備された,1990 年から 2009 年 の全国 837 地点の時別の標準気象・日射量データベース スマートハウスは,次世代型の電力マネジメントを行え である.本シミュレーション実験では,日射量が平均的 る住宅のことであり,詳細な需要情報の収集と需要に即 であった月のデータを一年分並べた平均年データの,特 した最適な電力制御を目的としている. に名古屋市のデータを使用した.図 1 は名古屋市の日照 ントに注目する.なぜなら,将来のスマートグリッドに 以下にスマートハウスの特徴をまとめる. 量の一年間の推移を表している.横軸は日の経過を,縦 • リアルタイムでの詳細な需要状況の把握 ◦ スマートメーターの導入 ◦ 家電のスマート化(スマートメーターに接続) ◦ 住宅内の家電や照明の一括制御 • 最適な電力制御 ◦ 取得した需要情報に応じた制御の実現 ◦ 太陽光発電,蓄電池および電気自動車の有効活用 軸は日照量を示している.棒グラフは一日ごとの日照量 以上のような特徴を備えた住宅の実現が将来予想され ために,実際の住宅の消費電力傾向を反映したデータを ている. の合計を表しており,折れ線グラフは 30 区間つまり約 一ヶ月分の移動平均を示している. 3·3 電力消費モデル 本項では電力消費モデルに関して述べる.電力売買シ ミュレーションにおいてより現実に近い状況を想定する 用いる.現実の電力消費データを利用する意義は,スマー そこで,本論文が想定する住宅は,スマートハウスの トグリッドの特徴としてリアルタイムで電力消費を把握 ようにリアルタイムでの詳細な需要の把握と需要に応じ して,需要に応じた適切な制御を行うことが予想される た制御の反映が可能な住宅を想定する.また,太陽光発 ため,実際の需要状況を反映したシミュレーションの実 電や蓄電池が住宅に備えられていると仮定する. 施が必要である.そこで本論文のシミュレーションにお 提案手法の全体の基本的な概要としては,以上のよう いても実際の推計から求めた電力消費データを用いる. なエージェントの行動や住宅設定の基で電力マネジメン 各家庭の電力消費モデルは,経済産業省資源エネルギー トを実施する. 庁が公表している東京電力管内の夏期最大電力使用日の 需要構造推計 [meti] を元に作成を行った.本資料 [meti] 3·2 太陽光発電モデル は平成 23 年 3 月 11 日に発生した東日本大震災により, 本節では本手法における太陽光発電モデルに関して説 電力の供給力が大幅に減少したため,政府が電力需給緊 明する.まず,本手法が対象とする住宅は太陽光発電設 急対策本部にて,東京電力管内の産業・業務・家庭の各 備と蓄電池を備えているものとする.住宅での太陽光発 部門において,夏期電力需要がピークを迎える場合の需 電がピークを迎える昼間は,住宅での電力消費はそれほ 要構造について推定を行った物である.電力需要のピー ど多くないため,余剰電力が発生する.よって,昼間の ク値に関しては,2010 年 7 月 23 日に東京電力管内で最 太陽光発電による余剰電力の蓄電池を用いた効率的な利 大電力需要を示した際の需要に対応し,6000 万 kW 程度 用がエージェントの重要な目的である. が想定されている.本シミュレーションでは特に家庭部 例えば,天候が晴天であれば,住宅での昼間の電力消 門の需要カーブからモデルを作成し,各時間帯毎に変動 費は全て太陽光発電で賄うことが可能であり,さらに余 をつけることで異なった需要カーブを生成した.基本的 剰電力が発生する.しかし,使い道のない余剰電力をそ な家庭の需要カーブを図 2 に示す. のままにするのは,消費者にとっても電力会社にとって 家庭の需要カーブの推計の前提として [meti],世帯数 JAWS2012 予稿集 4 MJ/m^2 35 30 25 20 15 10 5 日 0 1 31 61 91 121 151 水平面全天日照量 181 211 241 271 301 331 361 30 区間移動平均 (水平面全天日照量) 図 1 名古屋市の日照量の推移 は東京電力管内の 1900 万世帯,世帯類型によって家電 機器の保有率やライフスタイルが異なることから,一人 世帯,二人世帯,三人以上世帯に分けて推計を行ってい • 電気の購入 • 太陽光発電により発電された電気の利用 • 蓄電池内の電気の利用 る.また気象条件については 2010 年の最大ピーク需要 基本的にエージェントは可能な限り電力購入量を少な 5999 万 kW を記録した 7 月 23 日の気温条件を想定して く抑える事で各家庭にとって利益となる行動を取ること いる.さらに時間毎の気温変化によるエアコン,冷蔵庫 を目指す.そのため,蓄電池を利用し昼間の太陽光発電に の負荷率変化を考慮し,各機器の世帯保有台数は内閣府 よる余剰電力を有効活用する事が重要な戦略となる.設 の消費動向調査等をもとに想定が行われており,世帯類 置料を除けば比較的安価にで手に入る太陽光発電による 型別の在宅率やテレビ視聴,家事などの生活時間をもと エネルギーを最大限活用することで,家庭は電力購入量 に,時間別の機器使用率を推計している. を抑える事ができ,消費者にとってメリットがある.ま 電力需要 1000 荷が軽減したり,ピークが分散する事で電力会社にとっ 900 てもリスクの回避や安定供給の実現といったメリットが 800 考えられる.また,再生可能エネルギーの利用拡大は, 700 電力量W た,電力購入量が減少することによって,電力網への負 CO2 排出量の削減などにも繋がる. 600 500 エージェントの基本的な行動原理を以下に示す. 400 太陽光発電の有効活用 300 晴天時の昼間はできる限り太陽光発電で賄い,発生 200 100 した余剰電力は蓄電池に蓄える. 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 時刻 蓄電池の有効活用 蓄電された電力を有効に放電して利用する. 図2 家庭の需要カーブ 具体的には,電力消費の多い時間帯や天候が悪く太 陽光発電の発電量が期待できない場合に利用する. 電力購入量の抑制 3·4 エージェントの戦略 本項では 3·2 節や 3·3 節で述べた太陽光発電モデルや 電力消費データを用いたエージェントに基づく電力マネ ジメントモデルについて述べる.本手法では,各家庭毎 電気料金の削減が消費者の効用を高める行動である ため,電力購入量を抑えるように太陽光発電や蓄電 池を活用する. 太陽光発電の不安定さへの対策 にエージェントが人間の代わりに電力マネジメントを行 再生可能エネルギーの最大の課題である不安定さに う場面を想定する.エージェントは家庭の電力需要を満 対応する. たすために,以下の行動を取ることが可能である. 太陽光発電は天候に応じて発電量が大きく変化する エージェントシミュレーションによる電力買取制度への価格変動制導入の影響分析 5 ため,電力購入量や蓄電池の蓄電量が非常に不安定 学習無し demand であるという課題がある.そのため再生可能エネル solar ba6ery buy loss 2500 ギーの不安定さを補完できるように蓄電池の充電容 2000 電力量(W) 量に余裕がある状態を作るようにする. 3·5 エージェントが扱う環境 家庭用エージェントが扱う変数を以下に示す. 1500 1000 500 • 電力需要 (demand) • 太陽光発電状態 (solar) • 蓄電池の充電容量 (battery) • 電力購入量 (buy) 家庭のエージェントは以上の 4 つの変数を扱い,状態の 更新は式 (1) で表す.式 (1) は時刻 t + 1 の蓄電池充電容 量 batteryt+1 は時刻 t での蓄電池充電容量 batteryt ,太 陽光発電量 solart ,電力消費量 demandt ,電力購入量 buyt によって計算される事を示している.この変数の中 で,太陽光発電量 solart と電力消費量 demandt は観測 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 時刻 図3 学習無しの場合の蓄電池容量の推移 Q(St , at ) ←Q(St , at ) + α[rt+1 + γ max Q(St+1 , at+1 ) − Q(St , at )] αt+1 (5) によって決定される為,エージェントが各時間帯で決定 しなければならない変数は電力購入量 (buy) である. batteryt+1 = batteryt + solart − demandt + buyt (1) 電力購入量 buyt は,式 (2) と式 (3) によって定義される. Q 学習においての報酬は式 (6) で表される条件を満た した場合に与えることとしている.これは時刻 t での蓄 電池容量 batteryt が同時刻での需要のみならず,次時刻 での需要 demandt+1 をも満たす,つまり蓄電池容量に 式 (2) は次の時間帯に必要となる電力量 demandt+1 と蓄 余裕のある状態である場合に報酬が与えられることを意 電池の充電容量との差,つまり最低限の購入量 buymin を 味している. 示しており,時刻 t においてエージェントが決定しなけれ エージェントの行動について,学習が無い場合は式 (2) ばならない電力購入量 (buyt ) は最低購入量 buymin と購 を用いて最低限の購入を行い,学習が進むにつれて蓄電 入量調整変数 α を用いて式 (3) によって表現される.こ 池の充電容量,電力需要,太陽光発電量をモニタリング こで α は正の値である.最低購入量の計算には時刻 t + 1 し,それらの数値から電力購入量を調節し,蓄電池を安 での太陽光発電量 solart+1 が含まれていない.これは太 定して運用できる行動を獲得していく. 陽光発電量が 0 であったとしても需要を満たすことが出 batteryt > demandt + demandt+1 (6) 来るようにである. エージェントの行動を図 3 及び図 4 に示す.図 3 は学 buymin =demandt+1 − (batteryt + solart − demandt ) 習無しの場合の,図 4 は 1 万日の学習後のエージェント (2) の行動である.それぞれの図には家庭の需要,太陽光発電 量,蓄電池充電量,電力購入量,ロスが示されている.こ buyt = buymin + α (3) ただし,購入量調整変数 α については,時刻 t + 1 で こでロスとは蓄電池の最大容量を超えてしまった量を表 している.横軸は時間経過,縦軸は電力量を示している. の太陽光発電量 solart+1 を考慮し,式 (4) で表される制 学習無しの行動(図 3)の場合でも,太陽光発電量に 約を満たさなければならない.これは蓄電池容量の最大 反応し,電力購入量を削減させているが,蓄電池の充電 値を超えてはならないことを意味している. 容量にはまだ余裕が無い.しかし学習が進んだ場合(図 batteryt+1 + solart+1 < batterymax (4) 4)では蓄電池の充電容量に余裕がある状態で推移してい ることが分かる.またこの状態であっても電力購入量は 増加しておらず,このことからもエージェントの学習が 3·6 エージェントの学習 効果的であることが示されている. エージェントは現在の電力需要と太陽光発電状態及び 蓄電池の充電容量から,適切な電力購入量の学習を行う. エージェントの学習は Q 学習で行う,Q 学習とは各状態 において,可能な行動の中で最も行動評価関数の値が高 い行動をとるように学習を行う方法である.Q 値の更新 には式 (5) を用いる 4. 電力売買シミュレーション 4·1 ダブルオークション ダブルオークションとは,同じ種類の財に関して,買手 と売手がともに複数存在する場合の取引方法であり,外貨, JAWS2012 予稿集 6 入札データの格納については,第一に各入札に UUID 学習10000日 demand solar ba6ery buy loss 2500 を割り当て,その UUID をキーとし,値段,数量,売り 買いの種類,ユーザー ID をハッシュとして登録する.次 電力量(W) 2000 に各値段の売り買いそれぞれの種類について,入札をリ 1500 ストで管理する.このことで時間優先原則を満たすこと 1000 が出来る.さらに売り買いそれぞれの種類について入札 があった値段をソート済みリストで管理を行う.このこ 500 とで価格優先原則を満足させる. 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 時刻 図 4 1 万日学習後の場合の蓄電池容量の推移 オークションシステム全体の構成を図 5 に示す.オー クションシステムは Web アプリケーションフレームワー クに Ruby on Rails を用いて開発を行った.また Rack ア プリケーションサーバには Unicorn を用いた.Unicorn アーキテクチャの特徴としては,slave プロセスが共通の 証券,株等の取引に広く用いられている([Friedman91, ソケットを通じてリクエストを受け取り,暇なプロセス P.R. Wurman 98]). が処理を開始する事である.従って,重いリクエストを ダブルオークションには様々なタイプが存在する.連続 処理している worker にあたることがなくなるので,全体 時間オークション(continuous-time auction)では,取引 のスループットの向上を見込むことが出来る.これは多 期間中の任意の時刻に取引が可能であり,オークション くの入札を高速に処理する事につながる. の結果は二者間の取引の集合となる.一方離散時間オー データベースには先に挙げたインメモリ key-value デー クション(discrete-time auction, call-market)では,全て タストアである Redis の他に,ドキュメント指向データ の取引は単一のステップで行われる.また取引される財 ベースである Mongo DB を利用している.Mongo DB に関して,買手,売手の需要,供給が単一ユニットか複 の特徴としては,あらゆる属性でインデックスが作成で 数ユニットか等の様々な場合が存在する. き,レプリケーションやデータベースの分散構成である ここで本システムでは連続ダブルオークションを採用 シャーディングが容易であることが挙げられる.高速性 している.連続ダブルオークションとは売り手と買い手 が求められる入札情報の処理にはインメモリの Redis を, の提示価格が合致すると,当該価格で直ちに取引が成立 その他ユーザー情報や,約定した取引情報は Mongo DB する方式である. に保存を行っている.取引情報の格納に Mongo DB を用 オークションにおいて売買注文を処理する際,売買契 約を締結させる際のルールとして以下に示す価格優先と 時間優先と呼ばれる二つの優先原則が存在する. 価格優先原則 いた理由は,データベースを分散させることで膨大な数 になる取引情報も扱えるようになるからである. また,クライアントに対するレスポンスの向上を目的 として,入札には非同期処理機構を用いている.非同期 売り注文については値段の低いものが値段の高いも 処理には Resque ライブラリを使用している. のに優先して売買契約が締結され,逆に買い注文に Resque の大きな特徴は Job queue を RDBMS ではな く Redis 上に作るところにある.クライアントからの入 札は Redis 内の Job queue に貯められ,約定管理エージェ ントはアプリケーションサーバとは非同期に入札を Job queue を先頭から取り出し順に処理を行う. Job の処理のルールを以下に示す. • エージェントは自分が担当する Job queue の中から ついては値段の高いものが値段の低いものに優先し て売買契約が締結されること. 時間優先原則 同じ値段の注文については,時間的に先に出された 注文の売買締結を優先して行うこと. 4·2 ダブルオークションに基づく電力売買システムの 実装 オークションシステムの実装にはオープンソースのイ ンメモリの key-value データストアである Redis を用い た.Redis と MemcacheDB 等の KVS との違いは,格納 する値ががデータ構造である箇所である.つまり,リス ト・セット・ハッシュなどのデータ構造で格納できるの で,値に対してアトミックな操作が可能となっている. 実装したオークションシステムでは,入札を異なるデー タ構造を用いて管理する事で価格優先原則と時間優先原 則を満足させつつ高速に入札を処理する実装を行った. 優先度の高いものから優先的に処理する • queue に登録された job は登録された順にエージェ ントで処理される • 1 つのエージェントは 1 つずつ job を実行する • 複数のエージェントが同じ queue を担当することが できる • 1 つの job は全体で一回しか実行されない • 複数の物理サーバでエージェントを動かすことがで きる 次に約定を管理するエージェントの動作について示す. 約定管理エージェントの動作は第一に,売り入札の場合 エージェントシミュレーションによる電力買取制度への価格変動制導入の影響分析 Mongo DB ・ユーザー情報 ・取引記録 電力会社 Rails Server Rails View 余剰電力 約定管理エージェント Rails Model Rails Controller 7 電気 Worker 余剰電力 電気 電気 Redis Bid Rails Router 入札情報 Job queue 太陽光発電装備の家庭 一般家庭 Client 図6 図5 シミュレーションの構成 オークションシステム構成図 は入札価格を下限として買いの Bid データを,買い入札 消費需要規模 の場合は入札価格を上限として売りの Bid データのソー 太陽光発電規模 ト済みリストを検索する.次に得られた価格のリストを 蓄電池容量 順に処理し,各価格のリストの先頭から順に数量のチェッ 家庭 1 家庭 2 家庭 3 10kW 4kW 10kW 8kW 2kW 4kW 8kW 無し 無し 表 1 家庭の構成 クを行う.約定した取引は Mongo DB に記録し,該当価 格が存在しなくなったもしくは数量が処理しきれなかっ た入札は Redis の Bid データに格納される. 5. シミュレーションの結果 3 章で述べたエージェントと 4 章で述べた電力売買シ 力事業所は利益がマイナスになった場合にその分を翌日 の電力販売価格に転嫁する事が可能である.シミュレー ションの結果として,電気事業所の利益及び,電力販売 価格の推移をそれぞれ図 7, 図 8 に示す.図 7 は横軸に日 数の経過を,縦軸は利益を示している.また棒グラフは ステムを用いてシミュレーションを行った.本シミュレー 一日当たりの利益を,折れ線グラフは 30 区間つまり約 ションは電気事業所と家庭の電力売買を想定しており,家 一ヶ月分の移動平均を示している.図 8 は横軸に日数の 庭は太陽光発電装備がある家庭と無い家庭の両方が混在 経過を,縦軸は販売価格を示している. している.各家庭は電気事業所から電力を買い取り,太 陽光発電装備がある家庭は余剰電力を電気事業所に売る ことも出来る.図 6 はシミュレーションの構成を示して いる. シミュレーションで想定している家庭の種類について 5 章に示す.家庭 1 と家庭 2 は太陽光発電装備が配備されて おり,家庭 3 には太陽光発電装備は無い.消費電力規模に 関しては 3·3 節で示した経済産業省資源エネルギー庁の データから一日の合計消費電力が 10kW と 8kW の規模の 円 30 25 20 15 10 電力販売価格 5 0 日 1 31 61 91 121 151 181 211 241 271 301 331 361 需要カーブを生成した.太陽光発電に関しては 3·2 節で 示した日本気象協会のデータを用いた.太陽光発電規模 図8 電力販売価格の年間推移 の表記は,1kW の規模の場合,年間発電量が約 1000kW であることを示しており,4kW のシステム規模の場合は 結果としては年間の日照量の変化の影響を受け,一月 一日当たり約 11kW の発電量となる.従って家庭 1 は自 から徐々に利益が減少し,梅雨の影響で日照量が減少す 身の需要をほぼ満たすことの出来る太陽光発電装備があ る季節には一端利益が回復,その後冬に向けて大きく回 る家庭を,家庭 2 は太陽光発電では全ての需要を満たす 復する傾向が見られた.しかし利益がマイナスになる日 ことが出来ない家庭をそれぞれ想定している.また,太 は数えるほどであった.日照量変化の影響を強く受けた 陽光発電装備のある家庭については,蓄電池の充電状況 原因については,本シミュレーションで想定した家庭 3 件 が一日の総需要の 1 割以上になった場合にそれを余剰電 のうち 2 件という多い割合の家庭が太陽光発電パネルを 力と見なすようにしている.また家庭の電力マネジメン 装備していた事と,想定した太陽光発電規模が大きかっ トエージェントは,事前に一万日の学習を行わせており, たことが原因である.電力販売価格の変動については, シミュレーション中の学習の更新は行っていない. 電力事業所の利益にマイナスが出た場合について翌日の 電力事業所の電力販売価価格は 1kW あたり 20 円,余 販売価格に転嫁する方式を採用したが,価格変動は少な 剰電力買取価格は 1kW あたり 40 円を開始価格とし,電 かったため,今後は価格転嫁の方式を改める必要がある. JAWS2012 予稿集 8 利益 円 30 区間移動平均 (利益) 600 500 400 300 200 100 0 1 31 61 91 121 151 181 211 241 271 301 331 361 日 -‐100 図 7 電力事業所の利益の年間推移 6. まとめと今後の課題 いる. 本論文では,需要,太陽光発電状況,蓄電池充電状況 から電力購入量を学習し,安定して蓄電池を運用するこ とが出来る家庭用エージェントの開発及び,ダブルオー クションシステムの開発を行い,その上で電力売買のシ ミュレーションを行った.シミュレーションの結果とし て,日照量の変化を受けて電気事業所の利益が変化する ことを確認した.これは太陽光発電パネル及び蓄電池を 装備している家庭が増加した場合,電気事業所の利益が 大きく減少することを示しており,現在のような一定額 での余剰電力の全量買い取り制度は見直しが必要になる と示唆している. 今後の課題として,電気事業所が余剰電力買取に要し た費用を電力販売価格に転嫁する方式の考慮や,家庭の 数を増やした大規模なシミュレーションの実行などが考 えられる.また,現在は家庭のエージェントはそれぞれ に個別の学習データを保有しているが,太陽光発電パネ ルや蓄電池の規模が近しい家庭などが協調して学習する 仕組みを構築中である,これは単一の家庭では無く複数 の家庭のエージェントが協力して学習を行うことによっ て,よりよい行動を選択できる可能性が増加するため有 効である. さらにスマートグリッドでは,地域ごとに小規模な分 散発電を行い,地方で消費するモデルを最終的な理想型 としている.電力の地産地消を実現するために,コミュ ニティで蓄電を行い、融通し合うまでの一連の流れをモ デルに含めることが望まいため,複数の家庭からなるコ ミュニティに大型の蓄電池がある環境を想定することも 今後の課題である. 謝 辞 本研究の一部は,内閣府の先端研究助成基金助成金(最 先端・次世代研究開発プログラム)により助成を受けて ♦ 参 考 文 献 ♦ [Jennings11] Perukrishnen V, Thomas D. Voice, Sar vapali D. Ramchurn, Alex Rogers, and Nicholas R. Jennings: Agent-Based Control for Decentralised Demand Side Management in the Smart Grid, Proc. of the 10th International Joint Conference on Autonomous Agents and Multi-agent Systems (AAMAS-2011) (2011) [Friedman91] D.Friedman, J.: The Double Auction Market: Institutions, Theories, and Evidence, Addison-Wesley (1991) [METPV] 日本気象協会:太陽光発電用標準気象データ METPV-11, 独立行政法人新エネルギー産業技術総合開発機構 年間時別日射 量データベース (2012) http://app7.infoc.nedo.go.jp/ [Jennings10] Perukrishnen V, Thomas D. Voice, Sar vapali D. Ramchurn, Alex Rogers, and Nicholas R. Jennings: Agent-based MicroStorage Management for the Smart Grid, Proc. of the 9th International Joint Conference on Autonomous Agents and Multi-agent Systems (AAMAS-2010) (2010) [Perukrishnen10] Perukrishnen Vytelingum, Sarvapali D. Ramchurn, Thomas D. Voice, Alex Rogers, and Nicholas R. Jennings: Trading Agents for the Smart Electricity Grid, The 9th International Joint Conference on Autonomous Agents and Multi-agent Systems (AAMAS-2010) (2010) [P.R. Wurman 98] P.R. Wurman, W. W. and Wellman, M.: Flexible double auctions for electronic commerce: theory and implementation, Decision Support Systems, Vol. 24, pp. 17–27 (1998) [Reddy11] Prashant P. Reddy, Manuela M. Veloso: Learned Behavior of Multiple Autonomous Agents in Smart Grid Markets, Proc of the Twenty-Fifth Conference on Association for the Advancement of Artificial Intelligence (AAAI-2011) (2011) [Thomas11] Thomas D. Voice, Perukrishnen Vytelingum, Sarvapali D. Ramchurn, Alex Rogers and Nicholas R. Jennings: Decentralized Control of Micro-Storage in the Smart Grid, Proc of the Twenty-Fifth Conference on Association for the Advancement of Artificial Intelligence (AAAI-2011) (2011) [meti] 経済産業省資源エネルギー庁:夏期最大電力使用日の需要 構造推計 (東京電力管内) (2011), http://www.meti.go.jp/ setsuden/20110513taisaku/16.pdf [自由化] 経済産業省資源エネルギー庁 電力・ガス事業部電力市場 整備課:電力小売市場の自由化について (2012), http://www. enecho.meti.go.jp/denkihp/genjo/seido.pdf [藤田 12] 藤田政之, 畑中健志:システム科学技術のための分散協 調最適化とポテンシャルゲーム, 計測と制御, Vol. 50, No. 1 (2012)
© Copyright 2024 Paperzz