イオン交換膜におけるイオンの選択透過性

Res. Reports Asahi Glass Co., Ltd., 64(2014)
イオン交換膜におけるイオンの選択透過性
Ionic Permselectivity of Ion-Exchange Membranes
正司信義*・戸田洋**・青木亮之***
Nobuyoshi Shoji, Hiroshi Toda and Ryoji Aoki
日本では、1950年代に海水からの食塩製造を目的として炭化水素系イオン交換膜の開発が行わ
れた。その開発過程において、電気透析槽の濃縮室で濃縮された海水中の2価イオンの析出を防ぐ
ために、2価イオンの透過を抑制し1価イオンを選択的に透過する、陽・陰の1価イオン選択透過
膜が開発された。このような、同符号イオン間でのイオン交換膜の選択透過性の違いは、電気透析
プロセスにおけるユニークな分離を可能にしてきた。本報文ではこのような、イオン交換膜におけ
る同符号イオン間での透過性の違いを利用したプロセスについて紹介する。
In Japan, hydrocarbon-ion-exchange membranes were developed in the 1950s for the
purpose of manufacturing table salt from seawater. During the course of their development,
monovalent-ion permselective ion-exchange membranes for both cations and anions were
developed to prevent the precipitation of bivalent-ions in concentrate chambers of the
electrodialyzer. Such ionic permselectivity among same-sign ions of an ion-exchnge
membrane enables unique separation processes for electrodialysis applications. Some
examples of utilizing ionic permselectivity of ion-exchange membranes are introduced in this
article.
*AGCエンジニアリング株式会社 取締役 メンブレン事業部長 (nobuyoshi.shoji@agc.com)Board Member, General Manager, Membrane Div.,
AGC Engineering Co., Ltd.
**AGCエンジニアリング株式会社 メンブレン事業部 副事業部長 (hiroshi,toda@agc.com)Deputy General Manager, Membrane Div., AGC
Engineering Co., Ltd.
***AGCエンジニアリング株式会社 メンブレン事業部 主席技師 (ryoji.aoki@agc.com)Manager, Membrane Div., AGC Engineering Co., Ltd.
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旭硝子研究報告 64(2014)
1. はじめに
1950年代に米国においてイオン交換膜の合成に成
功したことが報告(1)されると、国内においてもイオ
ン交換膜の開発が開始された。イオン交換膜の開発と
ともに、陽・陰イオン交換膜を対で用いた電気透析槽
の開発も同時に行われ、海外では海水やかん水脱塩に
よる飲料水製造に、国内では海水濃縮による食塩製造
に主として用いられてきた。海水中にはCa2+,Mg2+,
SO42-などの2価イオンも存在するため、そのまま濃縮
を行うと石膏などが析出し電気透析槽を閉塞させてし
まう。そのため海水濃縮には2価イオンの透過を抑制
する1価イオン選択透過膜が開発・利用されてきた(2)。
海水濃縮では避けられない、同符号イオン間での透過
性の制御技術が日本のイオン交換膜技術の発展に大き
く寄与してきた。本稿では、このような同符号イオン
間での選択透過性を利用した、炭化水素系イオン交換
膜の利用例をいくつか紹介する。
2. イオン交換膜
2.1 イオン交換膜の製造法(3),(4)
織布、不織布、高分子多孔体シート等を補強体とし
て、補強体にモノマー溶液を含浸させて熱重合させる
ことによりイオン交換膜のベースとなる重合膜が得ら
れる。重合膜はさらに化学反応によりイオン交換基が
導入され、陽・陰イオン交換膜が製造される。このよ
うにして製造されたイオン交換膜は均質膜と呼ばれ
る。
また、既にイオン交換基を有するイオン交換樹脂を
粉砕して、他のプラスチックと混練してシート状に押
出成形して製造されたイオン交換膜を不均質膜という。
モノマー溶液の調整やイオン交換基導入反応による調
整が行える均質膜がイオン交換膜の主流であるが、輸
率や膜抵抗といった電気化学的な性能よりも機械的強
度やコストが重視されるEDI(電気透析超純水製造
装置)や電着塗装では不均質膜が多く用いられている。
2.2 イオン交換膜の樹脂組成
イオン交換膜に用いられている、代表的な樹脂組成
をFig.1に示した。国内で製造されている均質膜の大
半が、スチレン、クロロメチルスチレン、ビニルピリ
ジン等のイオン交換基導入部位となるモノマーと、架
橋剤としてのジビニルベンゼン、さらにシートとして
のハンドリング性を向上させるエラストマー成分を混
合した溶液を補強布に含浸・重合して製造されている。
重合膜はスチレン系以外の樹脂組成としては、アクリ
ル系のイオン交換膜も製造されているが、電気浸透水
が多く濃縮用途には適していない。
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Fig.1 Polymer structure of ion-exchange membranes
また、従来のスチレン系イオン交換膜の弱点を補う
ものとして、耐熱・耐酸化性に優れたポリスルフォン
系の陰イオン交換膜や(5)、クロロメチルスチレンの
代わりにブロモブチルスチレンを使用して、耐熱・耐
アルカリ性を改善した陰イオン交換膜も開発されてい
る(6)。また、後述される水素イオン選択透過膜のベ
ースとして、コーティングによる複層製膜が可能なフ
ッ素系の陽イオン交換樹脂が用いられている。重合に
より得られたシート状の重合膜は、後反応によりスチ
レンにスルフォン酸基を導入したり、クロロメチルス
チレンのクロロメチル基にアミンを反応させることに
より、それぞれ陽イオン交換膜と陰イオン交換膜が得
られる。
2.3 イオン交換膜の同符号イオンの透過性差
水溶液中におけるイオンの透過性の違いは水溶液中
での各イオンのイオン伝導率差に他ならない。一方
で、イオン交換膜における同符号イオン間での透過性
の差は、イオン交換膜を構成する樹脂の種類や架橋度
等により影響を受ける。陽イオン交換膜における陽イ
オン間での透過性差についてはナトリウムイオンを基
準として、また、陰イオン交換膜における陰イオン間
の透過性差については塩化物イオンを基準として、選
択透過係数:Tとして表される。
TBA =(JB/JA)/(CB/CA)
TBA:Aイオンを基準としたBイオンの選択透過係数
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Ji:イオン交換膜を透過したiイオンの電気当量
Ci:供給液中のiイオンの電気当量濃度
陽イオン交換膜、陰イオン交換膜の代表的な選択透
過係数は、山邊らにより報告されている(7)。水溶液中
での各イオンの無限希釈時におけるモル電導率(λi∞)
と、ナトリウムイオンあるいは塩化物イオンで規格化
したλi∞を、イオン交換膜における選択透過係数とと
もにTable 1に示した。
Table 1. Comparison of ionic conductivity and ionicpermselectivity of ion-exchange membranes
カリウム等の1価イオンやカルシウム、マグネシウム
等の2価イオンのストークス径が0.33∼0.43nmの範
囲であるのに対し、3価のアルミニウムイオンのスト
ークス径は0.48nmである。一般的なイオン交換膜は
十数%程度のDVB架橋がおこなわれるため、Table 2
から明らかなように、イオン交換膜の有効径に近いス
トークス径を有するアルミニウムイオンとの間では相
互作用が強くイオン交換膜内での透過が阻害されるも
のと推定される。陰イオンに関しては、水酸化物イオ
ンを除いてストークス径は0.33∼0.35nmの範囲にあ
り、水溶液中の伝導度には大きな差はないが、イオン
交換膜透過性には大きな違いが見られ、イオン伝導度
やストークス径からイオン交換膜透過性を類推するこ
とはできない。
3. プロセス例
3.1 海洋深層水からのミネラル濃縮液の製造
深度200m以深に分布する海洋深層水は、国内に既
に数ヶ所の取水設備が設置され研究利用されている。
海洋深層水の特徴である清澄性・富栄養性を生かして、
主として養殖に利用されているが、食品原料への利用
も行われており、海洋深層水から可能な限りNa+を除
去し、2価イオンのCa2+、Mg2+をより多く残したミ
ネラル濃縮液製造に関する要望が多い。このような海
洋深層水の脱塩・濃縮プロセスとしては、2段電気透
析プロセスが用いられる。本プロセスでは、1段目の
電気透析槽では通常膜を用いた脱塩・濃縮を行い、脱
塩水の製造とミネラル濃縮液製造のための濃縮海水を
製造する。さらに2段目の電気透析槽では、1価陽イ
オン選択透過膜を用いて、1段目の濃縮海水を処理す
ることにより、脱塩水側にCa2+,Mg2+の2価ミネラ
ルを高濃度で残すことができる(Table 3参照)
。
陽イオンに関しては、ナトリウムイオンで規格化し
た水溶液中での極限モル伝導率と、陽イオン交換膜に
おけるナトリウムイオン基準の選択透過係数TiNaは、
ほぼ一致しているが、アルミニウムイオンに関しては
大きくずれている。イオン交換膜には他の分離膜のよ
うに明確な細孔径という概念はないが、固定イオン交
換基の水和による膨潤を抑制するためにジビニルベン
ゼン(DVB)等による架橋がおこなわれており、ジ
ビニルベンゼン量とイオン交換膜内の有効孔径の関係
(Table 2参照)
。
が山邊らにより報告されている(8)
Table 3. Material balance of Deep sea water desalination
by the two-stage Electrodialysis
3.2 梅干調味液の脱塩・脱クエン酸
Table 2. Relation between DVB content and effective pore
size in an ion-exchange membrane
水溶液中における各イオンの大きさは水和イオンと
してストークス径により評価されるが、ナトリウム、
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炭化水素系イオン交換膜を用いた電気透析プロセス
の一つの分野として食品脱塩があり、減塩醤油の製造
や、アミノ酸含有液からの脱塩、グルコサミン等の機
能性薬品の製造等に広く利用されている。
日本の伝統的な食品である梅干には、単に塩漬けす
るだけでなく、塩漬け後に調味液に漬けた独特な旨味
を有する商品も生産されている。このような調味液は
旭硝子研究報告 64(2014)
繰り返し使用により、塩漬け梅から食塩とクエン酸が
溶け込み、やがて使用できなくなるが、調味液そのも
のが高価なことに加えて、有機物である廃調味液処理
により梅干工場の排水処理設備への負荷が大きくなる
こともあり、電気透析による調味液の脱塩、脱クエン
酸が行われ、再生利用されている。Fig.3aに示したよ
うに、一般的なスチレン系の陽・陰イオン交換膜であ
る、セレミオンCMV・AMVを用いた電気透析脱塩
では伝導度の高いNaClが優先的に脱塩され、NaClの
脱塩がほぼ終了してからクエン酸の移動が始まるた
め、調味液中の食塩・クエン酸のバランスが崩れてし
まうという問題があった。しかし、スチレン系の陰イ
オン交換膜であるAMVに代えてポリスルフォン系の
陰イオン交換膜であるAPSを使用することにより、
弱酸であるクエン酸も脱塩開始当初から、NaClに対
して常に一定比率で脱酸されるため、食塩とクエン酸
を一定比率で除去する梅干調味液の再生が可能となっ
た(Fig.3b参照)
。
デンサーに用いられる、アルミの陽極酸化処理廃酸か
らの硫酸回収や、ステンレス表面処理(ピックリン
グ)廃酸からの硝フッ酸回収に利用されている。しか
し、リン酸回収に関しては弱酸であるために、リン酸
のイオン膜透過の流束が小さく、これまでは拡散透析
プロセスの適用範囲外であった。スチレン系の陰イオ
ン交換膜の代わりに弱酸に対しても十分な流束を発現
するポリスルフォン系の陰イオン交換膜であるAPS
を用いることで、リン酸イオンの透過流束を大幅に改
善し拡散透析によるリン酸回収が可能となった
(Scheme 1参照)
。
a)
b)
Scheme 1 H3PO4 recovery by diffusion dialysis.
3.4 電気透析による濃縮酸回収
イオン交換膜を用いた酸回収プロセス(9)としては
陰イオン交換膜による拡散透析酸回収が長年にわたり
利用されてきた。拡散透析では酸回収の駆動力が陰イ
オン交換膜を介した濃度差であるため、陰イオン交換
膜の片側に廃酸を流し、その反対側に廃酸とほぼ同量
の純水を流す必要があり、廃酸と添加される純水とで
全体の液量が廃酸の2倍になることと、得られる回収
酸の濃度が廃酸より低くなるという短所があった。電
気透析を利用すれば、回収酸側への添加水も不要とな
り、回収酸濃度を高くすることができるが、そのため
には、陽イオン交換膜として金属イオンの透過を抑制
し、水素イオンを選択的に透過する水素イオン選択透
過膜が必要となる。
Fig.3 Electrodialysis of Plum pickling licour. a)
CMV-AMV,
b)
CMV-APS
3.3 拡散透析による“リン酸”回収
拡散透析による酸回収は陰イオン交換膜を利用した
重要なプロセスであり、窓用アルミサッシや電解コン
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このような水素イオン選択透過膜は陽イオン交換膜
の片面に金属イオン排除層として正の固定電荷を有す
る陰イオン交換樹脂の薄層を積層することで実現され
る。アルミニウム陽極酸化後の硫酸廃液から、90%以
上の遊離酸が回収・再利用されるだけでなく、硫酸回
収後の最終廃液は高濃度の硫酸アルミを含むため、製
紙工場における水処理用の凝集沈殿薬剤として、有価
物として外販されている。また、廃酸抜き取り、酸回
収、回収酸利用の陽極酸化液makeupと陽極酸化槽へ
の供給が連続的に行われる為、陽極酸化プロセスの品
質が安定するというメリットもある。
現在では本プロセスはアルミサッシや電解コンデン
サー用アルミ箔の陽極酸化硫酸の標準的な回収プロセ
スとして利用されている(Scheme 2参照)
。
̶
参考文献 ̶
⑴ W. Juda, W. A. McRae, J. Am. Chem. Soc., 72, 1044(1950)
⑵ 正司信義, 製塩 , 日本イオン交換学会編「図解最先端イオン交
換技術のすべて」
, 104-107, 工業調査会(2009)
⑶ 山邊武郎, 妹尾学, イオン交換樹脂膜 , pp3-16, 技法堂(1964)
⑷ Y. Tanaka, Ion Exchange Membranes Fundamentals and
Applications, pp3-15, Elsevier(2007)
⑸ 特開2003-155361
⑹ 特開2002-114854
⑺ 山邊武郎, 妹尾学, イオン交換樹脂膜 , p142, 技法堂(1964)
⑻ 山邊武郎, 妹尾学, イオン交換樹脂膜 , p20, 技法堂(1964)
, 23, 229-234(1998)
⑼ 正司信義, 膜(Membrane)
Scheme 2 H2SO4 recovery by the Electrodialysis.
4. おわりに
国内において海水濃縮製塩に端を発した炭化水素系
イオン交換膜は、単に陽・陰イオン間の異符号イオン
選択透過による脱塩・濃縮に留まらず、同符号イオン
間での価数やイオンサイズ、さらには素材特性による
透過性の差を利用した選択分離の領域にまで達してい
る。リサイクル技術が重視される中で、素材技術や製
膜技術の進展に伴い、今後より精緻な分離・濃縮技術
がイオン交換膜により開発・進展していくことを願う。
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