イギリスにおける離婚と年金−年金分割制度の紹介

年金レビュー 2001 年 11 月号
<解 説>
イギリスにおける離婚と年金−年金分割制度の紹介−
年金研究所 有森 美木(03-5644-1651)
marimori@nrc.nikko.co.jp
要
約
日本では現在、厚生労働省の「女性と年金」検討会において、離婚時の年金分割が
議論されている。本稿では、昨年の 12 月から Sharing という年金分割制度を施行した
イギリスにおける離婚と年金に関する規定を紹介する。
イギリスにおける離婚時の年金の取扱い方法には、Offsetting(年金権を含めた財産
分割)
、Earmarking(年金給付金の分配)
、Sharing(年金権の分割)の 3 つがあり、
当事者は、他の財産、将来受け取る年金額の現在価値を算定するための割引率、夫の
予想寿命、妻の再婚の可能性、税金、コスト等を考慮した上で、最も望ましい選択肢
を選ぶことができる(下表参照)
。
裁判所が離婚時の年金を取扱う権限を持たなかった当初は、Offsetting という選択
肢しかなかった。96 年 6 月に導入された、裁判所が年金を取り決める Earmarking は、
イギリスの離婚で重要視されている clean break1原理に反するため、あまり活用されな
かった。2000 年 12 月に導入された Sharing は clean break が可能であるため、今後
Sharing を選択する割合がどれだけ大きくなるのかが注目されている。
イギリスにおける Sharing という年金分割導入までの経緯から分かるように、離婚
と年金に関する取り決めを作ることは容易でない。イギリスの制度は、日本で年金分
割をはじめとした離婚と年金の取扱いを検討していく上で参考になるであろう。
Offsetting
Earmarking
Sharing
1
離婚時の年金の取扱い方法
財産分割の対象に年金権を含める方法。
年金権以外に、年金権に相当する価値の
家や現金等で受け取ることができる。
裁判官がトラスティに対して、夫の退職
時に支給される年金の一部あるいは全
部を、年金権のない妻に対して支給する
ように命令する方法。
裁判官が夫の年金権について、夫と妻へ
の分割割合を決定する方法。
特徴
・年金以外の資産があって、将来年金とい
う形で受け取るよりも、離婚時に現金や
家を得たい人に適した方法。
・年金権の名義は夫にあるため、夫の死亡
によって妻への支給命令は無効になる。
・妻は離婚後も前夫の転職等を追跡する
必要があり、clean break ができない。
・clean break ができる。
・妻は自己名義の年金権を得る。
clean break = end one’s relationship completely (出所:Cambridge International Dictionary)
係わり合いを完全に止めることを意味する
日興フィナンシャル・インテリジェンス 年金研究所
年金レビュー 2001 年 11 月号
目次
1.はじめに
2.イギリスにおける離婚と年金に関する規定
2.1 年金制度
2.2 離婚時の年金を巡る 3 つの解決方法
2.3 年金権に関する 2 大改革:Earmarking/Sharing の導入
2.4 年金の評価方法
3. 離婚と年金の取扱いをどう実行するか
3.1 ソリシターの年金権に対するアプローチ
3.2 当事者にとって望ましい選択
3.3 問題点と注目すべき今後の動向
4.おわりに
1.はじめに
年金は老後の所得を保障するものであるため、離婚2をする夫婦
日本で見られる、離婚した女
性の年金を巡る問題は、離婚
時の年金を取扱う制度がな
い点と、離婚した女性は額の
低い基礎年金だけで生活を
送らなければならない点で
ある
間で年金を巡るトラブルが生じやすい。日本では公的年金が高齢世
帯収入の約 6 割を占めており、年金が老後の所得保障として大きな
役割を果たしている一方で、離婚時に年金を取扱うための特別な措
置はない。このため、離婚した女性は老後を基礎年金だけで生活を
送らなければならず、かつ、加入期間が短いためその額も低いこと
が問題となっている。3この現状を受けて、現在「女性と年金」検
討会4で離婚時の年金分割が議論されている。年金分割が求められ
ている理由は、妻5が専業主婦の場合は、夫と妻の年金額に通常大
きな差があるからである。
外国の様子を見ると、ドイツ、カナダ、イギリスにおいて、離婚
時の年金分割が実施されている。本稿では、このうち、昨年 12 月
から Sharing という年金分割制度が実施されているイギリスにお
2
日本では離婚率が増加している。
1960 年 0.74%→70 年 0.93%→80 年 1.22%→90 年 1.28%→2000 年 2.10%
離婚率(人口千対)=(年間離婚届出件数÷10 月1日現在日本人人口)×1,000
(データ出所:「人口動態調査」厚生労働省)
3
基礎年金は 1985(昭和 60)年に導入された。現行の基礎年金給付額は、40 年間加入した場合、満額で約 67,000 円/
月である。加入期間が短い場合等は減額される。例えば、2010 年に 65 歳になる人で、30 歳(1975 年)で結婚して専
業主婦であった場合、基礎年金の加入期間を 25 年、カラ期間を 10 年として計算すると、約 47,470 円/月となる。
4
正式名称は「女性のライフスタイルの変化等に対応した年金の在り方に関する検討会」。2000 年 7 月に厚生労働大
臣の検討会として発足し、2001 年末までに検討内容がまとめられる。これまでの検討会で扱われたテーマは、女性
のライフスタイルの変化等の現状、年金の個人単位化、第 3 号被保険者の基礎年金の負担を巡る問題、遺族給付、パー
トタイマーの年収調整、離婚の取扱い、子育て支援等である。
5
表現を簡素化するために、「配偶者」を「妻」と示す。本稿では、専業主婦と夫という世帯の離婚について取り上げ
る。妻は基礎年金のみに加入しており、夫だけが基礎年金の上乗せに当たる年金制度に加入しているものとする。
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ける離婚時の年金分割を紹介する。イギリスでは、離婚時の年金を
巡 る 解 決 方 法 と し て 年 金 分 割 (Sharing) の 他 に 、 Offsetting 、
本稿では、昨年 12 月に年金
分割を導入したイギリスに
おける離婚時の年金分割と
その他の年金の取扱い方を
紹介する
Earmarking があり、当事者は他の財産、将来受け取る年金額の現
在価値を算定するための割引率、夫の予想寿命、妻の再婚の可能性、
税金、コスト等を考慮した上で、最も望ましい選択肢を選ぶことが
できるようになっている。年金の評価方法や年金分割のコスト等に
課題が残るものの、イギリスの制度は日本で年金分割を導入する際
の参考になると思われる。
本稿では、2 章において、まずイギリスの年金制度を確認し、離
イギリスにおける離婚時の
年金の取扱い方を見ること
は、日本で年金分割の導入を
検討する際の参考になる
婚時の年金の取扱い方に関する規定を紹介する。3 章で、ソリシ
ター(事務弁護士)6の年金権に対するアプローチ方法と、離婚を
する当事者がどのような判断材料で解決方法を選ぶのかを整理す
る。4 章では、日本で年金分割を導入する際のポイントを考えたい。
2. イギリスにおける離婚と年金に関する規定
日本と同様に、イギリスにおいても離婚と年金を巡る問題があり、
イギリスでは離婚時の年金
の取扱い方に関する法改正
が重ねられてきた
解決方法について法改正が重ねられてきた。問題が簡単に解決され
なかった背景には、イギリスの年金制度が複雑である点と、離婚が
稀であった 1920 年代に確立した年金制度の原理が基本となってい
るため、年金制度に離婚を取扱う規定がなかった点が挙げられる。
2.1 年金制度7
イギリスの年金は、公的年金と私的年金の 2 つに分類される。公
的年金には、基礎年金と報酬比例年金があり、後者は、国が行うも
の (contract-in, SERPS8) と 、 職 域 年 金 制 度 9 や 個 人 が 行 う も の
6
イギリスには、ソリシターとバリスターという 2 つのタイプの弁護士がいる。原則として、まずソリシターが依頼
を受けて相談・事件を整理し、必要に応じてバリスターの意見を仰ぐという形で処理される。ソリシターには幅広い
法律知識が問われる一方、バリスターには専門的な法律知識が問われる。医師にたとえると、ソリシターは一般医、
バリスターは専門医のような存在に当たる。(出典:Lawdas Law Dictionary)
7
イギリスの年金制度の中で、事実婚(籍は入れていないが同棲している状態)について規定を作っている制度はあま
りないが、トラスティの裁量で事実婚の妻にも年金給付を与えるケースが一般的である。また、イギリスの法律で認
められていない重婚については、年金制度は後述する裁判所による Earmarking や Sharing の命令に従う義務がない。
実際、裁判所が法律婚の妻に対してのみ支給するよう命令したのに対し、職域年金制度は法律婚と事実婚の両方の妻
に等分した年金を支給したという例がある。なお、日本の判例を見ると、年金は事実婚に対して支給されている。
8
SERP: State Earnings Related Pension Scheme
5 年間で段階的に State Second Pension(S2P)に置き換えられる。
9
企業年金制度では、Final salary(Defined Benefit (DB) schemes:確定給付制度)と Money purchase (Defined
Contribution (DC) Schemes:確定拠出制度)の 2 種類がある。2001 年 10 月からは、新たに Stakeholder Pensions(DC)
が導入された。企業年金の加入者の 93%は Final salary に加入している。Money purchase のみに加入しているのは
2%であるが、新しい制度や新しい加入者は、Money purchase やハイブリッド型の制度に加入する傾向が見られる。
Money purchase の利点は、加入者はいつでも積み立てた貯蓄額を見ることができる点である。ハイブリッド型の制
度は、規模の小さい企業で採用されることが多い。その理由は、Final salary 給付の約束をするのが難しいが、約束
をする努力をしたい小規模の企業の事業主に向いているからである。
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(contract-out)に分類される。SERPS は所得の 20%前後に相当す
イギリスの年金制度は公的
年金(基礎年金と報酬比例年
金)と私的年金(個人年金と
職域年金)に分類される
離婚した女性は、離婚後の自
身の基礎年金について前夫
の所得記録を使用できる
る年金を支給している。10これらの公的年金はあまり多額ではない
ため、私的年金の重要性が増している。私的年金は、個人拠出によ
る個人年金と、事業主による職域年金11がある。
基礎年金は稼得の記録を基に社会保障給付として支給される。妻
は、基礎年金では離婚後も自分の年金権について前夫の所得記録を
使うことができるが、12SERPS では用いることができない。
年金権は、2000 年 5 月以降の自己破産については原則として破
産対象とされない。従って、年金は差し押さえや取り立ての対象か
ら外される。
2.2 離婚時の年金を巡る 3 つの解決方法
イギリスでは、基礎年金は離婚において分割等の対象として考慮
イギリスにおける離婚時の
年金の取扱い方法には、
Offsetting 、 Earmarking 、
Sharing の 3 つがある
されない。一方、上乗せ部分の年金については、Offsetting、
Earmarking、Sharing の 3 つの解決方法がある。13
Offsetting は、離婚時に財産分割をする際、分割対象財産に年金
権を含めて調整する方法である。
Earmarking は、裁判所が年金基金のトラスティやプロバイダー
に対して、夫が将来退職する時に受け取る年金額の一部あるいは全
額を妻に支給するように命令する方法であり、1996 年 6 月に導入
された。
Sharing は、離婚時に裁判所の命令によって年金権を分割し、妻
は離婚時に権利の一部あるいは全部を得るというやり方である。
Sharing が導入されたのは 2000 年 12 月である。
2.3 年金権に関する 2 大改革:Earmarking/Sharing の導入
離婚時の年金を解決する方法として当初から年金分割が導入さ
れなかったのは、1996 年 6 月に Earmarking が導入されるまでは、
国税庁の規定や職域年金等で採用している保護責任(protective
10
2000 年 1 月現在、SERPS からの支給額は、低所得者の下限は 67 ポンド/週、高所得者の上限は 535 ポンド/週
である。一方、基礎年金の支給額は、満額で 67.50 ポンド/週となっている。
11
職域年金は、事業主が単独であるいは大部分の拠出を行うが、従業員も拠出を行ったり拠出を増やしたりするケー
スも見られる。
12
夫は自分の所得記録だけを使うことができ、元妻の所得記録を使うことはできない。
13
Field(2000)によると、98 年においては Offsetting が最も頻繁に利用されており、イングランドとウェールズでは
夫の年金権の 70%と妻の年金権の 44%、スコットランドでは夫・妻双方の年金権の 33%が離婚時の財産分割の対象
として考慮されている。なお、スコットランドでは相手の年金権を婚姻期間に比例して評価することになっているた
め、比率が同じになっている。一方、Earmarking は非常に少なく、夫の職域年金について Earmarking が行われた
ケースは、イングランドとウェールズでは 17%、スコットランドでは 8%に過ぎない。
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trusts)14によって、裁判所は加入者の年金権を配偶者に分けること
裁判所が年金権に関する権
限を持たなかった当初は、
Offsetting による解決方法
しかなかったが、利用体制が
十分に整っていない等の問
題があった
ができなかったからである。
このため Offsetting による解決方法がなされていたが、年金権
を評価するメカニズムがないことや、年金を分割する体制が整って
いない場合は実行できないという問題を抱えており、Offsetting が
実行できない場合は納得できるような結果が得られていなかった。
■Earmarking 導入(根拠法:PA199515 MCA197316)
裁判所に対して年金に関する権限を与えることが求められる中
PA1995 で裁判所に年金権の
命令を下す権限を与えた
Earmarking の 導 入 が決 定
し、96 年 6 月に施行された
で、PA1995 において Earmarking が言及され、翌 96 年 6 月に導
入された。PA1995 は MCA1973 の一部を改正したもので、裁判所
がトラスティに対して、夫の年金の一部あるいは全部を年金権のな
い妻へ支給するように命じることを可能にした。なお、PA1995 で
は、後述する年金権の評価方法(CETV)も導入された。17
Earmarking の適用対象は、96 年 7 月以降の裁判上の別居と離
婚である。Earmarking 命令を得た妻が最初に給付を受けるのは、
前夫の退職時である。しかし、Earmarking 命令が効力を持つのは、
夫が年金を持っている間だけであるため、夫が元妻に年金を支払う
前に死亡すると命令が無効になる。
裁判所は、夫の退職時に一時金として一括払いするか、退職後の
Earmarking では遺族年金が 期間を通じて定期的な支払をするかを命令する。18後者を選択する
考慮されないが、 Death-in- 場合は、業務上の死亡に対する給付(Death-in-Service Benefits)に
Service Benefits を考慮する
対しても権利を得ておくと、定期的な支払に対する保険として有効
ことは可能である
になる。なぜならば、Earmarking では遺族年金が考慮されず、19
前述のように夫が死亡すると Earmarking 命令が無効になるから
Earmarking は、前夫が死亡
した場合と妻が再婚した場
合は無効になる
である。20また、妻が再婚21した場合も命令が無効になる。命令は、
2001 年 12 月以後は割合(%)で示されている。22
Earmarking 命令を受け取った夫や妻は、住所や銀行口座の変更
14
保護責任(protective trusts)とは、トラスティ資産に対して裁判所の権限が及ばないことを目的としたものである。
保護責任は、離婚時に夫の年金の一部を妻に割り当てることを妨げるものではないが、年金制度の加入者が年金資産
の給付を第 3 者に割り当てることを禁止するものである。現在は PA1995 において、夫婦の手続に係る保護責任は無
効とされており、裁判所が直接年金制度に命令を下すことができる。
15
PA1995: Pensions Act1995
16
MCA1973: Matrimonial Causes Act1973
17
参考文献の著者、R. Ellison による。
18
夫が退職年齢か退職年齢に近い場合、裁判所は定期的な支払を命令しない傾向が強い。
19
基礎年金も Earmarking の対象外である。
20
従って、Earmarking を選択した妻は、夫の死亡による年金権の喪失に備えて、夫に保険をかけるかどうかを検討
する必要がある。
21
離婚時に再婚を考慮する人は殆どいないが、数年後に心境が変化する人は多い。
22
2001 年 11 月末までは、Earmarking の命令は金額か割合(%)のどちらか一方によって示されていた。
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を年金制度のトラスティあるいは管理者に知らせる必要がある。年
金制度間で移管があるときは、新しい制度に命令の内容を知らせる
必要がある。
Earmarking は裁判官が年金について権限を持つという点では
Earmarking は clean break
ができない点や妻に不確実
性が生じるという問題があ
るため、あまり利用されてい
ない
画期的な改革であったが、様々な問題点を抱えていた。まず、妻は
様々な不確実性を抱えることになる点である。Earmarking によっ
て妻が得られるものは将来年金を受け取るという「約束」に過ぎず、
Earmarking した後も年金権の名義は夫のままであるため、年金の
「権利」は得られていないのである。そして、夫の死亡や自身の再
婚 に よ っ て 命 令 が 無 効 に な る 。 23 次 に 、 全 て の 年 金 制 度 で
Earmarking 命令に対応できるとは限らないという、実行面での困
難さも問題である。この背景には、年金制度が命令を理解し実行し
得る制度を整えるには、追加的なアクチュアリー・法律・管理コス
トがかかり、その額が多額になることが挙げられる。最後に、
Earmarking を選択すると離婚後も夫婦間で金銭的な関係が継続
し、イギリスでは離婚時に重視される clean break 原理が達成され
ないという最大の問題点である。このため、Earmarking はあまり
利用されなかった。
■Sharing(根拠法:WRAPA199924 MCA1973)
Sharing は、FLA199625と 98 年の Pensions Sharing Bill で導入
WRAPA1999 で clean break
が可能な Sharing の導入が
決定し、2000 年 12 月に施行
された
が試みられたが失敗に終わっている。2 度の失敗を経て、
WRAPA1999 で導入が実現し、2000 年 12 月に施行された。
WRAPA1999 では MCA1973 の改正が行われ、裁判所に年金権を
分割する権限が与えられた。Sharing 導入で最も注目された利点は、
clean break ができる点である。
Sharing の適用対象は、2000 年 12 月以降に生じた離婚26である。
Sharing では、遺族年金や既
に Earmarking した年金等
は考慮されない
裁判上の別居には適用されない。夫と妻への分割割合は、法律に
よって定められているのではなく、裁判所が決める。27裁判所が下
す命令は割合(%)で示され、全ての年金が同じ割合で分割される。
イギリスの大部分の年金は分割できるが、基礎年金、遺族年金、
23
このため、Earmarking が行われると、年金制度の支払給付額は減る傾向にある。
WRAPA1999: Welfare Reform and Pensions Act1999
25
FLA1996: Family Law Act1996
26
NAPF(2000)によると、イングランドとウェールズにおいては、協議離婚による Sharing は FLA1996 の該当部分
が施行されるまではできないため、Sharing 導入当初は裁判所が関わることになる。北アイルランドでは協議離婚に
よる Sharing はできない。また、スコットランドでは協議離婚による Sharing が一般的になるだろうと述べている。
27
参考文献の著者、R. Ellison によると、Sharing を行う際、年金の分割割合に関する特定の規定(例えば、Sharing
を選ぶと自動的に夫の年金が 2 等分される)がないため、分割割合がどのように決まるかは、専ら裁判官の命令に委
ねられることになる。
24
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Purchased Pension、Graduated Pension、Earmarking した年金
は分割対象から除外され、Discretionary Benefits も通常は除外さ
れる。
年金権が分割されると、2 つの別々な年金権が生じることになる。
年金分割によって年金権を
得た妻は、internal scheme
option か external scheme
option によって自分の年金
権をどこに置くのかを決め
る
分割された年金権を得た妻は、自分の年金権を夫と同じ年金制度に
置 く (internal scheme option) か 、 別 の 年 金 制 度 に 移 管 す る
(external scheme option)。28但し、妻が既に持っている年金制度に
移管することはできないので、妻が元々持っていた年金権と離婚に
よって得られた権利は別々のままになる。どちらを選ぶかは、年金
制度の特徴等によって決まる。
妻が Sharing を通じて得た年金権に関して給付を得る時期は、
元妻が Sharing で得た年金
権から受給し始める時期は、
夫の退職時ではなく、元妻の
年齢による
Earmarking が前夫の退職時であるのとは異なり、妻の年齢で決ま
Sharing のコストは高い
におく必要がある。また、妻が夫の退職年齢前に死亡すると夫は妻
る。元妻に対する支給開始年齢は各制度の規定によって異なるが、
多くの場合は 50 歳としている。
年金権は非課税であるが、分割にかかるコストが高いことを念頭
への債務から解放されるが、年金制度に規定がない場合は妻の債権
が制度に残ることになる点にも注意を払う必要がある。
Sharing は既存の解決方法の追加案に過ぎず、Earmarking の代
Sharing の有用性が期待さ
れている
替案ではない。従って全てのケースにおいて Sharing が望ましい
とは限らないが、政府は有用な解決方法になり得ると期待している。
2.4 年金の評価方法29
最も一般的に利用される年金権の評価方法は、CETV30である。
最も一般的な年金権の評価
方法は、CETV である
CETV とは、年金制度の加入者が他の制度へ移動する際、移管すべ
き額として定められる額を評価する方法である。CETV を離婚時の
年金権を評価する方法に定めたのは、Earmarking の根拠法と同じ
PA1995 であり、96 年から施行されている。CETV の計算は、夫
の給与に基づいて行われ、退職後に再評価することもできる。
利点は、評価コストが安いか無料である点と、年金制度にとって
CETV の利点は、低コスト
(又は無料)と計算のし易さ
にある
計算しやすい点にある。欠点は、将来期待される給料の上昇、遺族
給付、Discretionary Benefits が考慮されないこと、離婚時に加入
者が制度から去ることを仮定するため、本人が退職まで制度に残る
28
非積立型の公的制度については、外部への移管ができない。
Field(2000)は、イングランド、ウェールズ、スコットランドにおける職域年金の評価について、CETV の普及率が
70-90%になっていると述べている。また、CETV の計算に要する時間は 4 週間以内、コストは殆どの場合が無料で、
有料の場合は 100-149 ポンド程度であることを指摘している。
30
CETV: Cash Equivalent Transfer Value
29
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と仮定した場合の価値よりも低くなること、年金の現在価値を測る
CETV の欠点は、将来期待さ
れる給料の上昇、遺族給付が
考慮されないこと等である
ものに過ぎないため、妻の離婚による遺族給付の実質的な損失額を
測るには適していないことが挙げられる。
CETV は制度の種類によっても結果が異なる。Money-purchase
(DC) 制度では、加入期間が比較的短い場合、加入者が実際に拠出
した額よりもかなり少なくなる傾向にある。Final-salary (DB) 制
CETV は年金制度によって
も結果が異なる
度では、資産評価の変動に従う傾向がある。両制度を比較した場合、
Money-purchase 制度よりも Final-salary 制度の方が、夫の予想寿
命年数の影響を強く受けている。
夫婦の婚姻期間がある程度長い場合や夫の所得が高いときは、
CETV を使うとミスリードすることがあり得るので、別の方法31も
検討することが望ましい。
3. 離婚と年金の取扱いをどう実行するか
3.1 ソリシターの年金権に対するアプローチ
前述した 3 つの解決方法を選ぶ前に、離婚時に年金権を考慮する
かどうか、また、考慮する場合はどの年金権を対象とするかを決め
る必要がある。具体的にソリシターがこの過程においてどう判断し
ていくのかについて、Arthur & Lewis (2000)に即して述べる。
離婚に対してソリシターがまず着手することは、財産の取り決め
ソ リ シ タ ー は ま ず clean
break の達成を念頭に置き
ながら、財産の取り決めを扱
う
である。財産の取り決めで考慮することは、当事者の婚姻期間、夫
と妻の年齢、子供の年齢と養育費等の要望、所得や家に関する夫婦
の要望、所得、稼得能力、その他の財産である。重要視するものは
家や所得といった当面の要望であり、退職年齢までの期間や重要度
の低い要望は考慮の対象から外される。また、ソリシターは clean
break の達成を最も重要な原理と捉えている。
次に、離婚に年金権を考慮するか否かを判断する。32一般的に年
ソリシターは次に離婚に際
して年金権を考慮するかど
うかを判断する
金権を考慮しないケースは、子供のいない若い夫婦、退職年齢まで
の期間が長い、婚姻期間が短い、夫と妻がそれぞれ持っている年金
権が等しい、年金権が小さい時である。
最後に、年金権を考慮する場合は、どの年金権を対象とするかを
年金権を考慮する場合はど
の年金権を対象とするかを
決めるが、一般的に SERPS
は対象外とし、個人年金と職
域年金を対象に入れる傾向
がある
31
32
決める。取扱い対象の年金のうち、SERPS は少額なので通常は考
慮せず、職域年金と個人年金を考慮する傾向にある。職域年金の場
合は婚姻期間が長く、他の資産が多いほど、個人年金の場合は婚姻
期間が長く、年金の価値と他の資産価値が高い場合ほど考慮してい
別の評価方法には、過去の勤務に対する積立金(Past Service Reserve)、ファンド分割(Share of fund)がある。
ソリシターの報告によると、夫、妻、双方とも、年金権を含めた離婚の取り決めに対する認識は低い。
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る。反対に職域年金や個人年金を考慮しない場合は、年金権の価値
が小さい、年金権を考慮しないことで双方が同意した、年金権より
も他の資産の方が重要とみなす時である。
以上のプロセスを経た後に、解決方法の選択という問題が生じる。
3.2 当事者にとって望ましい選択
年金を巡る 3 つの解決方法のうち、どれを選択するのが望ましい
かはさまざまな要因によって異なる。ポイントは、いつ、どのよう
に、どれだけ貰えるかという点にある。当事者がどのように選択す
るのかについては、第1図のフローチャートを参照されたい。また、
妻の立場から見た 3 つの選択肢の長所と短所は、第1表のようにま
とめることができる。
第1図
3 つの解決方法の選択
年金の取り決めの対象となる年金権の決定
判断材料
いつ
・将来の年金受給時
or
・離婚時
どのように
どれだけ
・現金や家等の他の財産
・婚姻期間
・年金権
・夫の期待将来所得
・clean break
・夫の予想寿命
↓
・夫の死亡リスク
割引率を用いて比較
・妻の再婚の可能性
・租税等のコスト
Offsetting
Earmarking
Sharing
適性
Offsetting
Earmarking
Sharing
・ 家や現金等の年金以外の資 ・ Offsetting するための他の ・ clean break を望む場合
産を得られる場合
資産を持たない場合
・ 家や生活費をすぐに必要と ・ 夫の長寿が見込まれ、妻が再
する場合
婚をしない場合
・ 夫が退職年齢に近い場合
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第1表
Offsetting
Earmarking
Sharing
妻の立場から見た 3 つの解決方法の長所と短所
妻から見た長所
・ clean break が可能
・ 現金でも受け取ることができる
・ 夫の退職後に年金が支給される
・ clean break が可能
・ 自己名義の年金権が得られる
・ 年金権は非課税
妻から見た短所
・ 現金で受け取る場合は手続き上のコストに
よって価値が減少する
・ clean break が不可能
・ Earmarking の実行に対応する体制が整っ
ていない年金制度もあり、実行が難しい
・ 夫の死亡や自身の再婚によって妻の権利が
無効になる
・ 年金権の名義は夫
・ コストが高い
Offsetting は、年金以外の資産があり、将来年金という形で受け
Offsetting は離婚時に現金や
他の資産を希望する場合、
Earmarking は夫が退職年齢
に近くて健康な場合、
Sharing は clean break を望
む場合に、それぞれ適してい
る
取るのではなく、離婚時に現金や他の資産で受け取ることを希望す
る場合に適した選択肢である。Earmarking は、年金以外の資産を
持たない場合や、夫が退職年齢に近く、かつ、長寿が見込まれる場
合に選択され得る。Sharing が適しているのは、妻が自己名義の年
金権の獲得を希望する場合や clean break を望む場合であろう。
この他にイギリスで行われている解決方法を 3 つ紹介する。
この他の解決方法として、離
婚しないという方法、2000 年
12 月よりも前の離婚に対し
て年金分割を可能にする年金
制度の名義書換、Earmarking
と Offsetting の併用がある
まず、離婚しないという方法である。特に再婚を望まない老齢夫
婦にとっては、最も良い解決方法が別居しても結婚したままでいる
ことになり得る。33しかし、これが実行可能な選択肢になるケース
は少ない。離婚しない利点には、夫が死亡した場合に妻は遺族給付
を得ることができることや、別居では遺族給付や業務上の死亡に対
する給付34を得ることができるが、離婚では必ずしもそれらの給付
の埋め合わせを得ることができるとは限らないこと等がある。
次の方法は、年金制度の名義書換である。これは、Sharing の適
用対象外である 2000 年 12 月よりも前の離婚について年金分割を
可能にする方法である。年金制度の名義書換を行うと、妻は前夫の
死亡による Earmarking 命令の無効を阻止することができる。こ
の方法は、書き換える年金が唯一の資産の場合には可能であるが、
様々な承認を必要とする等の理由で実行が難しいため実際に行わ
れる傾向はない。
最後の方法として、Earmarking と Offsetting の併用がある。こ
33
年金の観点では、別居(separation)と離婚(divorce)は異なる。別居では、裁判所が全ての財産的な命令を下すこと
ができ、その中には Earmarking 命令も含まれるが、Sharing 命令は含まれない。また、遺族給付も支給される。
34
但し、夫は業務上の死亡に対する給付に関して指名することができるので、必ずしも自動的に未亡人となった妻に
は支払われない。
日興フィナンシャル・インテリジェンス 年金研究所
年金レビュー 2001 年 11 月号
れは、資産を相殺によって即座に入手できる点では有用だが、clean
break は難しいという問題点がある。
3.3 問題点と注目すべき今後の動向
問題点を整理すると、Earmarking では原理面と実行面等の問題
制度を導入して間もない
Sharing に関しては、利用状
況や協議離婚でどのように
実行されるのか等について、
今後の動向が注目される
を抱えており、年金権の評価では CETV における遺族年金の取扱
い方等を検討する余地があると思われる。Sharing に関しては、導
入前から有用性が期待される一方で、高コストになることが指摘さ
れていた。制度を導入して間もない Sharing が、実際にはどれだ
け利用されているのか、実行面で問題が生じていないか、協議離婚
における年金分割はどうなっているか、手続に要する時間とコスト
はどうかについて、今後の動向に注目していきたい。
4. おわりに
イギリスと日本では法律や離婚形態も異なるため、イギリスの制
日本で年金分割を導入する
際に問題となり得る点がい
くつか考えられる
度をそのまま適用することはできないであろう。日本で年金分割を
導入する際に問題となり得る点は、次のものが考えられる。
(1)
年金分割という方法が広く受け入れられるか
イギリスでは、Sharing という年金分割制度を、離婚時の年金の
取扱いに関する法改正を経て導入したので、導入時に年金分割制度
を受け入れる体制が整っていたと思われる。一方、日本では今まで
離婚と年金に関する取り決めがなく、年金分割制度が広く受け入れ
られるかという問題がある。
(2)
年金分割の対象として企業年金をどう扱うか
イギリスでは職域年金においても遺族給付が支給されており、年
金分割の対象に含まれている。日本の企業年金では遺族給付がない
ため、企業年金を年金分割の対象として含めるかどうかが問題にな
ることが考えられる。企業年金の支給額は多額になる場合もあるの
で、公的年金の報酬比例部分に併せて企業年金も分割対象に含める
ことが望ましいと言える。企業年金を分割対象に含めないと、妻が
分割によって得られる額が少額になる傾向が出てくるであろう。
(3)
年金及び年金分割の評価方法をどうするか
イギリスでは、年金について CETV の他、過去の勤務に対する
積立金(Past Service Reserve)、ファンド分割(Share of fund)等の
評価方法があり、必ずしも一意的に年金評価が確定しない。また、
日興フィナンシャル・インテリジェンス 年金研究所
年金レビュー 2001 年 11 月号
CETV には遺族年金が考慮されていない。夫と妻の分割割合につい
ては専ら裁判所の決定に委ねられており、例えば夫と妻で 2 等分す
るというような分割割合は法律で定められていない。
(4)
裁判所の関与しない協議離婚による年金分割は可能か
日本では離婚全体の 9 割が協議離婚であるが、裁判所が関与しな
い年金分割制度を導入することは難しいのではないだろうか。しか
しながら、裁判所の命令のみによる年金分割は、コストと時間が多
大にかかり、実行しにくいものになる可能性がある。
(5)
年金債務を負う夫への問題はないか
年金分割を議論する際、とかく妻の立場から判断しがちであるが、
年金債務を負う夫の負担について考えることも必要であろう。特に
夫が低所得者の場合は少ない年金を分割することになり、夫も妻も
年金だけでは生活できなくなる可能性ある。
イギリスの制度からも分かるように、年金分割の制度設計は容易
でない。日本で導入する場合も、利用しやすくて時間とコストがか
からない望ましい年金分割を目標に、少しずつ改良していく方法が
年金分割以外に、別の方法の
導入を検討する余地もある
現実的と思われる。一方で、Offsetting といった別の方法の導入を
検討する余地もある。離婚時における財産分割の対象の 1 つとして
年金を入れることが現実的であり、そのような判例が重なれば離婚
「女性と年金」検討会におい
て、離婚と年金の取扱いにつ
いてどのように検討してい
くのかが注目される
時の年金の取扱いに関する制度が早い時期に実現するであろうと
いう意見もある。
「女性と年金」検討会において、離婚と年金の取
扱いについてどのように検討していくのかに注目したい。
参考文献
Julia Field [2000] “Pensions and Divorce: The 1998 Survey” ‘DSS Research Report’ No.117
National Association Pensions Funds (NAPF) [2000] ‘Pension Sharing on Divorce made Simple’
Robin Ellison and Maggie Rae [2001] ‘Family Breakdown and Pensions 2nd Edition’
Butterworths
Sue Arthur and Jane Lewis [2000] “Pensions and Divorce: Exploring Financial Settlement” ‘DSS
Research Report’ No.118
日興フィナンシャル・インテリジェンス 年金研究所