35: 21-26 (2011) ヤマトシロアリ Reticulitermes speratus を用いた釣り出し法 による土壌からの昆虫病原性糸状菌の分離 大海 1)・飯山和弘 2)・青木智佐 2)・清水 進 2), * 西 1) 九州大学大学院生物資源環境科学府,2) 九州大学大学院農学研究院 (2011 年 1 月 21 日受付;2011 年 2 月 25 日受理) Isolation of entomopathogenic fungi from soil by using bait method with termite, Reticulitermes speratus OUMI NISHI, KAZUHIRO IIYAMA, CHISA YASUNAGA-AOKI and SUSUMU SHIMIZU Soil-inhabiting entomopathogenic fungi have been isolated from soil using bait method mainly with Galleria mellonella. However, some species of entomopathogenic fungi were reported to be poorly isolated by this method and various and more susceptible insects should be used to understand the diversity of entomopathogenic fungi in soil. We thought termite as effective insect bait for fungal pathogen in soil because it was reported to be susceptible to a wide range of entomopathogenic fungi. Therefore, we evaluated the potential of termite as insect bait for isolating entomopathogenic fungi from soil. From 31 soil samples collected in Japan, we isolated entomopathogenic fungi by using worker of Reticulitermes speratus Kolbe as bait for fungal pathogens. As a result, fungi belonging to at least 8 genera, Aspergillus, Beauveria, Fusarium, Lecanicillium, Metarhizium, Paecilomyces, Pochonia and Verticillium are isolated from 31 soil samples. Most of the isolates belonged to Hypocreales and Metarhizium is the most frequently detected genus. The isolates identified as Pochonia bulbilosa, Pochonia chlamydosporia and L. psalliotae were closely related with fungi isolated from small animals, such as Acari, Collembola and Nematode. Key Words:Entomopathogenic fungi, Soil fungi, Bait method, Reticulitermes speratus Kolbe 緒 言 土壌中には多くの昆虫病原性糸状菌が存在して おり,野外の昆虫の密度制御において重要な役割 を担っている(KELLER and ZIMMERMANN, 1989; JACKSON et al., 2000) 。土壌中の昆虫病原性糸状菌の多様性 を明らかにすることは,自然界における昆虫と病 原菌の関係のより詳細な知見を得ることの他,害 虫防除のための新たな生物的防除資材の探索にお いても重要である。 これまで,土壌からの昆虫病原性糸状菌の分離 は主に選択培地やハチノスツヅリガ Galleria mellonella を用いた釣り出し法によって行われてきた (ZIMMERMANN, 1986)。選択培地は Beauveria 属や Metarhizium 属などの一部の昆虫病原性糸状菌に対 し て開発さ れている だけであ り( YAGINUMA and TAKAGI, 1986; SHIMAZU et al., 2002) ,土壌中の昆虫病 原性糸状菌の多様性を明らかにするには,現状で は釣り出し法がもっとも有効であると考えられる。 しかし,釣り出し法は用いる昆虫の種類によって 分離される糸状菌の種が異なることが指摘されて おり,ハチノスツヅリガでは分離されにくい種が 存在する(KLINGEN et al., 2002) 。したがって,昆虫 病原性糸状菌の多様性を明らかにするには様々な 昆虫を釣り出しに用いる必要がある。 社会性昆虫のヤマトシロアリ Reticulitermes speratus Kolbe およびイエシロアリ Coptotermes formosanus Shiraki は昆虫病原性糸状菌に対して,グルー ミングなどの集団による防御機構を持つが,単独 * 〒812-8581 福岡市東区箱崎 6-10-1 Tel: 092-642-3031,Fax: 092-642-4421 E-mail: sshimizu@grt.kyushu-u.ac.jp 21 飼育では非常に感受性である(SHIMIZU and YAMAJI, 2002; YANAGAWA and SHIMIZU, 2005) 。したがって,シ ロアリを 1 個体ずつ隔離して釣り出しに用いた場 合,高い効率で昆虫病原性糸状菌を土壌から検出 できると考えられる。また,宿主特異性の高い Metarhizium majus ( M. anisopliae var. majus) や Lecanicillium lecanii(Verticillium lecanii)などの昆 虫病原性糸状菌の種に対して高い感受性を示すこ とから(SHIMIZU and YAMAJI, 2002; YANAGAWA and SHIMIZU, 2005; NISHI et al., 2010a),幅広い種の昆虫病 原性糸状菌を分離できる可能性がある。 そこで,シロアリによる釣り出し法の有効性に ついて知見を得るため,ヤマトシロアリを用いて 土壌から分離される昆虫病原性糸状菌の調査を 行った。 材料と方法 シロアリ:ヤマトシロアリ Reticulitermes speratus は 2009 年 10 月および 2010 年 9 月に福岡県福岡市 の雑木林で倒木に営巣していたコロニーの一部を 採集し,倒木ごとブラスチックケース内にて,25 ˚C, 暗条件で飼育した。ヤマトシロアリは釣り出し法 に用いる 1 日以上前に湿らせたろ紙を敷いたタッ パーに移し,職蟻のみを供試した。 土壌:福岡県と鹿児島県で土壌の採取を行い, 31 サンプルを採取した。土壌表面の土や落葉等を 軽く払った後,未使用のビニール袋で約 0~10 cm の深さの土壌を採取した。採取した土壌は釣り出 しに用いるまで 4 ˚C で保存した。 土壌からの昆虫病原性糸状菌の釣り出し:各土 壌サンプルについて,土壌を 24 穴プレート(直径 1 cm×深さ 1 cm)のウェルに深さ約 3 mm まで入 れ,その土壌表面にヤマトシロアリ職蟻を筆で 1 ウェルに 1 匹ずつ移した。土壌 1 サンプルに 1 プ レート(24 ウェル全て)用いた。保湿のため, ウェル間の溝に滅菌蒸留水を入れ,シャーレの周 囲をラップで包んだ。25 ˚C 暗条件下で保護し,3 日おきにヤマトシロアリの死亡と死亡個体上の菌 糸の叢生を確認した。土壌に埋もれた状態で死亡 している場合は,菌糸の叢生を観察しやすいよう に死亡個体を滅菌した楊枝で土壌の表面に移した。 菌糸の叢生が確認された死亡個体については,そ の糸状菌の胞子とその形成様式の形態を光学顕微 鏡(×200 または×400)で観察し,滅菌楊枝また は白金枝で L-broth 寒天培地(ペプトン 1%; 酵母 エキス 0.3%; スクロース 2%; NaCl 0.5%; 寒天 2%)に移した。25 ˚C 暗条件下で 5 日以上培養し, 形成されたコロニーについて,光学顕微鏡で形態 観察を行い,死亡個体上から直接採取して観察し た糸状菌の形態と同一であることを確認した。 リボゾーム DNA の internal transcribed spacer (ITS)領域の塩基配列による菌の同定:各分離株 について,顕微鏡下での形態およびコロニーの形 態からタイプ分けを行い,rDNA の ITS 領域の塩基 配列による同定を行った。L-broth 寒天培地で純粋 培養した菌糸体を TE に懸濁し,その懸濁液を DNA サンプルとした。ITS1 及び ITS2 を含む 5.8 S rDNA を PCR 法によって増幅した。 プライマーは,ITS1<5' -TCCGTAGGTGAACCTGCGG3' >,および ITS4 <5' -TCCTCCGCTTATTGATATGC-3' > (WHITE et al., 1990)を使用した。一部の分離株には ITS1 の代わ りに TW81 <5' -CTCTCCAAACTCGGTCATTT-3' > (CURRAN et al., 1994)を用いた。反応組成は KOD FX(TOYOBO)0.02 U/μl,2×buffer for KOD FX (TOYOBO),dNTPs 混合液 0.2 mmol/l,プライ マー ITS1 5 μmol/l または TW81 0.5 μmol/l,プライ マー ITS4 0.5 μmol/l およびゲノム DNA サンプル 5~10%で行った。PCR 条件は 94 ˚C 5 分・38 サイ クル(98 ˚C 10 秒, 55 ˚C 30 秒, 68 ˚C 1 分) ・72 ˚C 10 分で行った。この増幅断片を鋳型とし,PCR で用 い た プ ラ イ マ ー を 用 い て , ABI PRISM BigDye Terminator Cycle Sequencing Ready reaction Kits によ りダイレクトシークエンスを行った。塩基配列の 決定には ABI PRISM 377DNA Sequencer(Applied Biosystems)および DNASIS ver.3.6(HITACHI)を 使 用した。 得られた 塩基配列を DDBJ (http:// www.ddbj.nig.ac.jp/)の BLAST 検索により植物カテ ゴリ(菌類を含む)の塩基配列データの中から相 同性の高い塩基配列を検索した。各分離株につい て,塩基配列の相同性(Identity)が 97%以上の データの分類群と形態情報を照合し,分離株の属 または種を決定した。 22 結 果 87.1%(27/31)の土壌においてヤマトシロアリ職 蟻の死亡個体上に,菌糸を叢生する糸状菌の存在 を確認できた。それ以外のヤマトシロアリの多く は体が軟化して死亡していたため,死因は糸状菌 感染以外であると考えられた。死亡個体上の糸状 菌について形態観察により,Aspergillus 属,Fusarium 属,Metarhizium 属数種および Paecilomyces fumosoroseus が同定された。形態のみで同定が困難で あった分離株について形態的特徴によってグルー プに分け,それぞれについて数株ずつ rDNA の ITS 領域の塩基配列による同定を行った。 6 グループ(A, B, C, D, E および F)について ITS 領域の塩基配列 を決定した(Table 1) 。同一の形態タイプは塩基配 列が類似しており,近隣結合法で樹状図を作成す るとそれぞれクラスターを形成した。得られた塩 基 配列の BLAST 解 析 の結果 ,グループ A は Pochonia 属(Pochonia bulbillosa または Po. chlamydosporia) ,グループ B は Paecilomyces lilacinus,グ ループ C は Lecanicillium psalliotae,グループ D は Beauveria bassiana およびグループ E は Verticillium leptobactrum に同定された。グループ B は釣り出し 時に先端がピンク色の針山状のコロニーをヤマト シロアリ死亡個体上に形成し,この特徴によりほ ぼ同定が可能であると考えられた。円形連鎖胞子 をもつグループ F は BLAST 検索された中に相同 性 97%以上の登録データは無かった(最大で 90%) 。 グループ A, B, C および E について,BLAST 検 索で高い相同性を有する分離株データの内,分離 源が明らかなデータの分離源を以下に記述する (括弧内は Accession No.)。 グループ A の Po. bulbillosa に同定された分離株 kr-12t と 97%以上の相同性 をもつ登録データの分離源はヒメトビムシの一種 Cyclograna sp. ( AB378552 , AB378553 ), 植 物 ( AB37855, AY354265, AY787728, GQ996181, HQ166345, HQ392594 ), 菌 類 ( AB369454, AB378551)および土壌(DQ132810, DQ88874)で あった。Po. chylamydosporia に同定された分離株 kj1-19t と 97%以上の相同性をもつ登録データの分 離 源 は 土 壌 ( AB214654, AB378543-AB378547, AB378549, AB378550, AY555966 ), セ ン チ ュ ウ (AJ291800-AJ291806) ,コウチュウ目(AF108468, HM770972),ササラダニ(AB378548)および植物 (AY555964)であった。 グループ B の Pa. lilacinus に同定された分離株 k1-5t の ITS 領域の塩基配列と 97%以上の相同性を もつ登録データの内,Score と E-value が最も高い 13 データの分離源は土壌(AB558285, AB558286, AM158216, AM158217, EU553319, HM004103, HM032028, HM439952,) ,イラクサ科植物 Cecropia insignis の 種 子 ( FJ612703 FJ612711, FJ612713, FJ612834, FJ612836 ),アブラゼミ Graptopsaltria nigrofuscata の幼虫(AB084157)であった。Pa. lilaci- nus 同定された分離株 mh3-24t と 97%以上の相同性 を も つ 登 録 デ ー タ の 分 離 源 は 土 壌 ( EU553286, EU553303) ,植物(DQ287248, HM852075) ,ツチカ メムシの一種 Aethus sp.(AY624190)およびコウ チュウ目幼虫(HM770963)であった。 グループ C の L. psalliotae に同定された分離株 fr5-2t の ITS 領域の塩基配列と 97%以上の相同性を もつ Genbank 登録データの分離源は,トビムシ ( AB360364, AB360365, AB378518 ), 土 壌 (AB360366, AB360367) ,センチュウ(EF513019, EF513020) ,カメムシ目腹吻亜目 Sternorrhyncha の 一種(AB378519)であった。 グループ E の Verticillium leptobactrum に同定され た分離株 sg4-24t と ITS 領域の塩基配列と 97%以上 の相同性をもつ Genbank 登録データの分離源は, 植物(AB214657, EU888619)および土壌(EF641868) であった。 同定された Aspergillius, B. bassiana, Fusarium, L. psalliotae, Metarhizium, Pa. fumosoroseus,Pa. lilacinus,Pochonia spp.および V. leptobactrum について, それぞれの土壌ごとおよびシロアリ個体ごとの検 出率を算出した(Table 2) 。同一形態タイプは同一 の種または属に属すると見なした。土壌ごとのそ れぞれの検出率(各糸状菌が検出された土壌サン プル数/全土壌サンプル数(=31) )は,3.2,9.7, 6.5,6.5,70.1,3.2,25.8,25.8 および 6.5%であっ た。シロアリ個体ごとのそれぞれの検出率(各糸 状菌が検出されたヤマトシロアリ個体数/釣り出 し法に用いたヤマトシロアリ個体数(=744) )は, 0.3,0.7,0.4,0.4,18.3,0.1,1.7,2.3 および 0.4% であった。 Table 1. Identified species of isolated fungi detected in soil by using bait method with Reticulitermes speratus. Morphology type A B C D E F Isolates kr-12t kj1-19t kj2-2t hy-2t hy-20t mh6-18t sg1-12t kj1-5t sd2-13t mh4-17t mh3-24t fr5-2t mh4-1t sg3-24t sg4-24t fr4-6t hy-9t Best match in Genbank (Accession No.) Pochonia bulbillosa (AB378554) Pochonia chlamydosporia (AY912487) Pochonia chlamydosporia (AB378547) Pochonia chlamydosporia (AB378550) Pochonia chlamydosporia (AB378550) Pochonia chlamydosporia (AB378550) Pochonia chlamydosporia (AB378550) Paecilomyces lilacinus (EU553319) Paecilomyces lilacinus (HM004103) Paecilomyces lilacinus (EU553319) Paecilomyces lilacinus (EU553286) Lecanicillium psalliotae (AB378519) Lecanicillium psalliotae (AB378518) Beauveria bassiana (DQ153026) Verticillium leptobactrum (AB214657) Verticillium leptobactrum (AB214657) Fungal sp. (HQ392598) Identity (%), length (bp) 98, 564 98, 559 97, 550 98, 550 98, 559 98, 559 98, 545 97, 393 98, 419 98, 405 98, 540 99, 554 99, 538 100, 526 98, 445 97, 531 90, 592 Table 2. Occurrence of identified fungal species detected in soil by using bait method with Reticulitermes speratus. Taxon (morphology type) Aspergillus Beauveria bassiana (D) Fusarium Lecanicillium psalliotae (C) Metarhizium Paecilomyces fumosoroseus Paecilomyces lilacinus (B) Pochonia (A) Verticillium leptobactrum (E) 考 Occurrence by soil (%) 3.2 9.7 6.5 6.5 70.1 3.2 25.8 25.8 6.5 察 Occurrence by termite (%) 0.3 0.7 0.4 0.4 18.3 0.1 1.7 2.3 0.4 ことが報告されており(SHIMIZU and YAMAJI, 2002), 土壌中の主要な昆虫病原性糸状菌である (ZIMMERMANN, 2007) 。Metarhizium 属糸状菌が最も 多く分離されたのは,その病原性の高さと土壌中 における存在率および密度の高さによると考えら れる。 本研究において,最も多くの土壌から分離され たのは土壌サンプル数および感染個体数の両方に おいて Metarhizium 属であった。Metarhizium 属糸 状菌はヤマトシロアリに対する高い病原性をもつ 23 Beauveria 属と Metarhizium 属は土壌中の主要な 昆虫病原性糸状菌であり,両属ともにハチノスツ ヅリガを用いた釣り出し法では高い頻度で土壌よ り検出される。ハチノスツヅリガを用いた釣り出 し法による Beauveria 属と Metarhizium 属の検出率 は, カナダでは 61.2%と 66.7% (BIDOCHKA et al., 1998), 中国では 47.9%と 48.3%(SUN et al., 2008)およびイ タリアでは 64.3%と 29.1%(QUESADA-MORAGA et al., 2007)であった。しかし,本研究におけるヤマト シロアリによる釣り出し法では,Beauveria 属の検 出率が低かった。ヤマトシロアリとハチノスツヅ リガの両方を釣り出しに用いると,Beauveria 属は ハチノスツヅリガによる釣り出し法でのみ分離さ れたことが報告されている(NISHI et al., 2010b)。こ れらは,ヤマトシロアリによる釣り出しでは,ハ チノスツヅリガによる釣り出し法よりも, Beauveria 属が分離されにくいことを示唆している。 接種試験では,Beauveria 属はヤマトシロアリに対 して高い病原性があることが報告されている (SHIMIZU and YAMAJI, 2002) 。それにもかかわらず, ヤマトシロアリによる土壌からの釣り出しで Beauveria 属が分離されにくい原因として,土壌中 における他の病原性糸状菌との競合や土壌細菌な どによる静菌作用が考えられる。特に,分離頻度 の高い Metarhizium 属糸状菌との競合により,分離 されにくくなっていると考えられる。 Beauveria 属以外の糸状菌においても Metarhizium 属糸状菌よりも病原性が低いまたは密度が小さ い場合には,土壌中に存在していても,シロアリ を巡る競争に負けて分離されにくい可能性がある。 これは,土壌中に存在する昆虫病原性糸状菌の多 様性を明らかにするにおいて望ましくないが,釣 り出し時の条件を変えることによって,Metarhizium 属以外の昆虫病原性糸状菌も分離可能であるか もしれない。ハチノスツヅリガによる釣り出し法 において Beauveria 属は Metarhizium 属と異なり, より低温,またはより高湿度の条件下で釣り出し を行う場合の方が分離されやすいことが報告され ている(BIDOCHIKA et al., 1998; SOOKAR et al., 2008) 。 したがって,釣り出し時の温度や湿度の調整をし た時に分離される糸状菌各種の分離率についても 調べる必要がある。 今回同定された分離株の内,Aspergillus 属以外は 肉座菌目(Hypocreales)に属していた。肉座菌目 は Cordyceps 属などが含まれ,昆虫病原性菌類の内 の大部分の種が含まれる目であるが,植物,菌類, センチュウおよび昆虫以外の節足動物の寄生性菌 類も含まれ,進化的に様々な位置で大きく異なる 分類群の宿主への宿主転換が起ってきた事が指摘 されている(SUNG et al., 2007) 。本研究で分離され た肉座菌目の内,Metarhizium 属,Beauveria 属およ び Pa. fumosoroseus は昆虫病原性糸状菌として多く の報告があるが,その他については,昆虫への病 原性に関する報告例が少なく,自然界の中で昆虫 24 病原性糸状菌として存在するのかは不明である。 それらの分離株と ITS 領域の相同性が高いデータ の分離源を参照すると,Po. bulbillosa,Po. chlamydosporia,Pa. lilacinus および L. psalliotae は昆虫か らの分離株と相同性が高かったが,他に土壌や植 物からの分離株とも相同性が高かった。同定され た種について,Po. chlamydosporia はセンチュウの 病原菌,Pa. lilacinus は昆虫およびセンチュウの病 原菌,L. psalliotae はダニおよびセンチュウの病原 菌であることが報告されているが(GUPTA et al., 1993; KERRY, 2000; YANG et al., 2007) ,これらは本研 究で同定された系統と分子系統学的に同一系統で ある確証はない(ITS 領域の塩基配列が調査されて いないためである) 。V. leptobactrum はセンチュウ の病原菌として報告されているが(REGAIEG et al., 2010) ,そのセンチュウからの分離株と本研究の V. leptobactrum 分離株とは相同性は低かった(Identity = 91%)。これらの肉座菌目(Hypocreales)の分離 株には,野外においては昆虫病原性ではない種や 系統も含まれていると考えられる。しかし,宿主 転換が頻繁に起ってきたと考えられる肉座菌目に おいては,野外では昆虫以外のものを主な栄養源 としていても,他の土壌菌類に比較して優先的に ヤマトシロアリを栄養源として利用できる能力を 潜在的にもつのかもしれない。 ヤマトシロアリを用いた釣り出し法では,Lecanicillium 属および Pochonia 属が分離され,特に Pochonia 属は高頻度で分離されたが,これらはハ チノスツヅリガによって土壌から分離された報告 は少なく,分離されにくい属であると考えられる。 13 サンプルの土壌についてハチノスツヅリガとヤ マトシロアリによる釣り出し法を行った結果, Lecanicillium 属はヤマトシロアリによる釣り出し 法のみで 4 サンプルの土壌から分離された(NISHI et al., 2010b) 。これら 2 属の宿主は共通してアブラム シ,カイガラムシ,コナジラミ,ダニおよびセン チュウなど体サイズの小さな宿主である。今回の 分離株についても,L. psalliotae の分離株はトビム シからの分離株と,Pochonia 属の分離株はトビム シおよびセンチュウからの分離株と相同性が高 かった。多くの昆虫では外骨格クチクラの乾重量 は体サイズに対して等尺的に変化するため(LEASE and BLAIR, 2010) ,体サイズの小さな昆虫ほど薄い外 皮構造をもつ傾向があるが,Lecanicillium 属および Pochonia 属の糸状菌はそのような薄い外皮でなけ れば経皮的な感染が成立しにくいのかもしれない。 このことから推察すると,シロアリは体サイズが 小さくクチクラが薄いため,これら 2 属に対する 感受性が高く,2 属が比較的分離されやすかったと 考えられる。Lecanicillium 属の L. psalliotae につい ては,チチュウカイミバエ Ceratitis capitata の幼虫 を用いた釣り出し法により 8.4%の分離率で分離さ れ,ハチノスツヅリガを用いた釣り出し法では同 じ土壌から分離を試みても全く分離されなかった ことが報告されているが(GOBLE et al., 2010) ,これ も同様の理由が考えられる。 本研究では,土壌中の昆虫病原性糸状菌相の解 明におけるヤマトシロアリを用いた釣り出し法の 有効性を検討した。この釣り出し法では Metarhizium 属が最も高い頻度で分離された。ハチノスツ ヅリガと比較すると,Beauveria 属が分離されにく く, Pochonia 属が分離されやすい傾向が示唆され た。この傾向をより詳細に調査することで,土壌 中の昆虫病原性菌類の多様性解明におけるシロア リを用いた釣り出し法の役割がより明確になると 考えられる。そのためには,さらに多くの土壌に ついて複数の釣り出し法を併用して分離を行うと ともに,釣り出し時の異なる温度や湿度の条件に よる分離率の比較も行う必要がある。 摘 要 土壌中の昆虫病原性糸状菌は,主にハチノスツ ヅリガを用いた釣り出し法によって分離されてい る。しかし,土壌中の昆虫病原性糸状菌の多様性 を網羅するためには,多様な昆虫およびより感受 性の高い昆虫をもちいて釣り出しを行う必要があ る。シロアリは昆虫病原性糸状菌への感受性が高 く,多様な種への感受性が報告されており,昆虫 病原性糸状菌の釣り出しに適当であると考えられ る。そこで,シロアリを用いた昆虫病原性糸状菌 の釣り出し法の有効性を評価するため,ヤマトシ ロアリを用いて 31 の土壌サンプルから昆虫病原性 糸状菌の釣り出しを行った。その結果,少なくと も Aspergillus, Beauveria, Fusarium, Lecanicillium, Metarhizium, Paecilomyces, Pochonia および Verticillium の 8 属の糸状菌が分離された。大部分の糸状 菌が肉座菌目(Hypocreales)に属し,Metarhizium 属が最も高頻度で検出された.Pochonia bulbilosa, Pochonia chlamydosporia および Lecanicillium psalliotae に同定された分離株はダニ,トビムシおよび センチュウから分離された糸状菌と近縁であった。 文 献 青木襄児(1989) 昆虫病原菌の検索.全国農村教 育協会,pp112. 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