MARKETING HORIZON November 2015 特集: 教養をつける CONTENTS イラスト 小田桐 昭 TOP INTERVIEW 教養は、集って学ぶ力をつけること 静岡文化芸術大学 学長 …… 4 熊倉 功夫 氏 special lecture 世界の中の日本人―世界が分かると日本が分かる― 駐スウェーデン大使、前外務省儀典長 山崎 純 氏 …… 8 FEATURE Liberal arts 教養 ―より高く広く深い視点を― ── 田口 佳史 …… 13 ── 安田 登 …… 15 ── 三宅 宏 …… 18 ── 野田 稔 …… 22 …… 26 Tradition 教養を磨く “ものまね” F o o d c u l t u re 江戸は食のワンダーランド ― 食文化の教養 ― Marketing a carrier : An Interview キャリアを「マーケティング」する ― 期待に応えるキャリア成長、そして教養とは ― ADVERTISING 株式会社 ビービット 『カスタマージャーニーを捉え、チャネルの役割を再定義する』 ★MARKETING NEWSトピックス★ 大坪 檀 MARKETING EYES 女性マーケターの眼/クリエーターの眼 28 …… …… 30 BOOKS 『「学力」の経済学』 『小売企業の基盤強化』 …… 31 Introduction Be equiped with 教養を 近年、リベラルアーツとか教養という言葉を聞く機会が増えたような気がし ます。何気なく耳にし、何気なく口にするこの” 教養” という言葉。 ちょっと立ち止まって、では教養って何だろう (What) 、なぜ教養をつけるこ とが必要なのだろう(Why)と考えると、はたと行き詰まってしまいます。 また さらに進んで、どうやったら教養がつくのか (How) 、教養がつくとどんないい ことがあるのか(For what)、などと考えていくとますます泥沼にはまっていく 感は拭い去れません。 世論に流されるな、世論の流れを疑え、という本誌の趣旨からいうと、世間が 改めて教養に注目し始めているのは看過できない現象です。 一方、 海外のそれなりの方々と話をすると、 仕事の要件以外に文化・哲学・宗教 などが話題に上り、日本の文化について鋭い質問を受けることは少なくありま せん。そのような場合に、先方が自国の文化について語れるのと同じレベルで日 本文化について語れるかというと、私を含めて甚だ怪しいというのが現状では ないでしょうか。 問題は、どうも文化を語れればそれでいいというものでもなさそうだという 点です。 胸を張って自国の、世界の文化を語る方々には、ただ知識があってそれ を披露しているだけではない、何か人格的説得力とも言うべきものを感じてし 2 MH November 2015 liberal arts つける まいます。 「ビジネス人はもっと教養をつけるべきだ」 と説く富士フイルムホールディン グスの古森重隆会長兼 CEO は、そのご著書『魂の経営』の中でそのような人間 力のことを「基盤になる力」と呼び、「社会や会社で体験するあらゆる機会を学 びにする」 だけでなく、哲学・歴史・文学を学びなさいと説いています (同書 165 頁)。 ただ単に書を読み知識をつけるのが 「教養をつけること」 ではないことが分 かります。 では真に教養をつけるとは何なのか。 さまざまな分野の先達たちにこの問いをぶつけて、ご自身の思いを語ってい ただきました。単に教養書を読むことを超えて、 その上で何をすべきかをご自身 でお考えいただく。今回の特集がそのヒントになれば幸いです。 MH November 2015 3 TOP INTERVIEW Interview 熊倉 功夫氏 静岡文化芸術大学 学長 教養は、 集って学ぶ力をつけること 経営はますます迅速な判断が求められ、大きな意思決定であればあるほどそのリーダーの 相手に対して持つ人格的説得力が問われることになる。また、海外との交流が盛んになるに つれて海外の要人とのやり取りも増え、仕事はもとよりそれを超えて一人間として相互の 文化や価値観を理解し合う能力が問われるようになってきている。これらはみな「教養」に 関係しているように思える。 いま、ビジネス人、ひいては日本人としてどのような教養が求められるのだろうか。 今回は、日本文化史・茶道史を専門とする歴史学者、文学博士でいらっしゃる熊倉功夫氏に 本号テーマである「教養を身につける」ことの意味についてお話を伺った。 ◎ Interviewer and text 片平 秀貴 本誌編集委員長 教養と文化 ると語れるものを何も持っていないことに気づき ます。これは困った事態です。私は外務省の研修 ─── 今回のマーケティングホライズンでは「教 所でこれから海外に出る公務員の方の研修をする 養をつける」というテーマで先生のお話をお伺い ことがありますが、日本文化について「知らない」 したいと思います。日本の企業人も近年海外のそ とは言えませんよ、と申し上げています。 れなりの地位の方々とお付き合いする機会は飛躍 京都の南禅寺のあたりに立派な和風のお屋敷が 的に増えていると思います。食事の席などでは自 並んだところがあります。「南禅寺界隈別荘」と 国の宗教、文化、歴史がよく話題になりますが、 呼ばれる1 5 邸くらいの別荘ですが、最近そのう 特に欧州の方はそのような話題についてしっかり ちの一つを米国のお金持ちが買ったことがニュー とした自説を持っていて感心させられます。それ スになりました。また、ワシントン在住の米国人 に引き換え、私を含めて日本の人はそのような話 で自宅に日本から大工を呼んで本格的な茶室を立 題にはまったくお手上げで話が続かなくなること てた人がいます。その人たちと話をすると日本文 がよくあります。自国の文化について語れるとい 化への理解の高さに舌を巻きます。 うのは仕事のお付き合いを始める最低条件だとい 日本の人が不勉強で知らないでいる日本の良さ う人さえいます。 を海外の知識層が気付き始めているのです。以前 熊倉 おっしゃるとおりですね。ある程度のレベ も一部の日本通と言われる人はいましたが、今は ルの日本人なら日本の経済や政治のことは話がで それが相当広い範囲に広がってきています。知ら きます。ところが、日本の宗教や美術のことにな ないのはむしろ日本のエリートだけというのは寂 4 MH November 2015 TOP INTERVIEW しいことです。 湯を「やって」みると、そのお蔭でいろいろなこ ─── 日本のことは歴史や文化を知れば知るほ とを実感でき、またいろいろなご縁を広げること ど本当にいい国だ、ここに生まれてよかった、と ができました。 思います。先生はこの分野に進もうと思われたき っかけは何でしたか。 教養とは“集う”こと 熊倉 私は6 0 年安保の世代です。高校生の頃も 何か社会のためになることができないかと考えて ─── 今回は「教養」がテーマです。一口に「教 いました。大学で何を勉強するかいろいろと迷い 養」と言っても漠としていて、言う人によってそ ましたが、結局日本史をやろうと決めました。そ の意味するところは多岐にわたります。先生にと の当時、東京教育大に和歌森太郎、家永三郎、京 っての教養とは何でしょうか。 都の立命館大に林屋辰三郎という錚々たる先生方 熊倉 一般に教養というと本を読むことになりが がいましたが、この先生方の書いたものを読んで ちです。一人で本を読んで知を獲得する。これで 「歴史は民衆がつくる」という考え方に強く共感 は不十分です。私は、教養とは集うこと、異分野 したのが動機でした。特に林屋先生の「中世文化 の人が集って刺激し合う中で自分を高めていける の基調」からは大変な影響を受けましたね。結局 能力だろうと思います。本を読むことだけではな 京都は遠いので教育大に進み、そこで和歌森太郎、 く、耳学問も大いにアリでそこで刺激を受けると 芳賀幸四郎、西山松之助の各先生にお世話になり 新しい分野に入っていけるようになるのです。そ ました。林屋先生にはのちに研究者になってから こで大切なのはすぐに役に立つかどうかではな 弟子入りすることになります。 く、面白いかどうか、知識欲を刺激するかどうか ─── 最初から素晴らしい先生方に巡り合うこと です。日本文化はその領域の一つに過ぎませんが、 ができたんですね。この先生方との出会いが先生 日本人なら先人たちの残してくれた素晴らしい知 のその後の考え方にどう影響したのでしょうか。 的財産に触れて何も感じないはずがありません。 熊倉 日本史と言っても、和歌森先生は柳田國夫 これについては2 つご紹介したいお話がありま のお弟子さんだったということもあり民俗学の色彩 す。一つは私が大学院を出て就職した京大の人文 の濃い方でした。歴史は文献から学ぶこととフィー 科学研究所の話です。当時は、河野健二先生をは ルドから掬(すく)い上げてくることと両方ありま じめ会田雄二、梅棹忠夫、私が師事した林屋辰三 す。この後者のフィールドから掬い上げてくる本質 郎などなどの各先生がいらして専門的にも西洋も がわれわれの知の境界を広げてくれるのだと思いま 東洋も日本も入り混じって大変興味深い空気があ す。研究室に籠ることなく様々なジャンルの方々と りました。大学院を出たばかりの私にとっては知 交流することの大切さを学びましたね。 らないことだらけで、そこで行われていた研究の もう一つ、文化史を勉強することは文化の現象 あり方に夢中になりました。 をただ勉強するだけではなく、あるべき文化のか そこでは、一つの大きなテーマのもとに特にそ たちを引き出してくるような、そういう力を持た れが専門でない研究者も集まって活発な議論が行 なくてはいけないということを学びましたね。知 われていました。私はそこで異分野の人が集って っているだけでは不十分で、その知から何が動く 知の交換をするという共同研究の楽しさを知りま か、何を動かすかが重要だと思います。 した。例えば、会田先生の研究会は朝まで続きま 茶の湯を始めたのも、林屋先生が「茶の湯は中 した。午後 2 時から5 時までが本番の研究会、そ 世の民衆の文化だ。あそこに民衆のエネルギーが のあと楽友会館で食事をして祇園に繰り出して飲 結集している」と説かれていて、さらに大学の恩 みます。2 軒回ると朝の4 時になっていたという 師でユニークな学風の芳賀幸四郎、西山松之助両 こともありました。単なる飲み会ではないのです 先生もともに茶の湯をやっていたからです。茶の が、リラックスして本音で語る知の交換が楽しか MH November 2015 5 教養は、 集って学ぶ力をつけること 熊倉 功夫 くまくら いさお 1943年東京生まれ。東京教育大学( 現 筑波大学)卒業。文学博士。 1989年、筑波大教授となり、国立民族学 博物館教授、総合研究大学院大教授 な どを歴任。 2004年、林原美術館長に就任し2010年 から静岡文化芸術大学長。 茶道史を中心に、寛永文化、日本の料理 文化史、民芸運動など幅広く日本文化を 見据え、旺盛な評論活動を展開。 ったですね。 目立ちすぎます。そのあたりが教養の衰退につなが もう一つは、味の素が1 9 8 2 年に始めた食の文 ってきているのではないかと思うのです。 化フォーラムです。石毛直道先生がリーダーをさ れていましたが、年に3 回シンポジウムを行って 教養とは結果を求めないこと 全国から分野を問わず食文化に関心のある熱心な 参加者が集まりました。当時は4 0 代が中心でし ─── 教養とは結果を求めないこと、とも言え たね。皆で熱心に議論して最後は石毛先生のホテ ますか。 ルの部屋にまで押しかけて議論を続けるという具 熊倉 本学の理事長をやっていただいている有馬 合でした。日本の食文化研究の基礎はあそこでで 朗人先生(元東大総長、文部大臣、科学技術庁長 き上がったのだと思います。私もこの集まりに参 官;物理学者にして俳人)がその昔、カミオカン 加して改めて和食と日本の食文化についていいご デの大プロジェクトをやるときに当時の担当大臣 縁と刺激をいただきました。 に「1 0 0 億円の予算をつけて欲しい」、と言って 人文研も食のフォーラムもみな純粋な知識欲、無 「ノーベル賞が二人出るから」と言ったら7 0 億円 性に知りたいという動機で集まってきました。その つけてくれた、という話があります。そうしたら 結果新しい刺激を受け新しい知の機会を授かるので そのあと小柴さんが取り、そして3 0 年近くたっ す。今この熱気はどこに行ってしまったのでしょう。 た今年梶田さんがお取りになりました。 いま日本人は忙しすぎます。そして「・・・のため このことからも分かるのは、いま出ている目に に効果がある」とか、おカネになるとかいう動機が 見える成果は3 0 年、4 0 年前に仕込んだものだと 6 MH November 2015 TOP INTERVIEW いうことです。明日すぐに成果が出るかどうかで その後何かが変わり始めると思います。和食の文 振る舞っていると本質を見失います。結果はいつ 化はいま絶滅の危機に瀕しています。いま子供た 出るか分からない、最後まで出ないかもしれない ちに仕込んでおかないと間に合わないのです。 という所まで許容すべきだと思います。有馬さん ─── 先生のおっしゃる教養が何かを動かすダイ は「今仕込んでおかないと種切れになるよ」と言 ナミックなものであることがよく分かりました。 っています。歴史と人間をしっかり勉強してゆく 最後に、読者に何かメッセージをお願いします。 とそのような知恵が実感できるようになります。 熊倉 繰り返しになりますが、 「集って学びなさ 本学の理念は「ふり返れば未来」です。これは初 い」と申し上げたいですね。本を読むのも大事で 代学長の木村尚三郎氏がつくりました。 すが、自分の専門外のそれなりの人に会うのが一 ─── 今の教育のあり方にも関係していると思 番大きな学びになります。人はその人の人生の集 えますが。 大成です。思いもよらない良い刺激が詰まってい 熊倉 そうですね。短期的損得やカネ勘定で動く ます。いつどう役に立つかなど考えずに飛び込む 傾向は元をたどると団塊の世代に行きつきます。 と新しいものが見えてくるはずです。そして領域 そこから始まって、すぐに役立ちそうなもの、成 的には、自分の専門が何であれ日本、日本人、日 果が見えやすいものに飛びつく傾向は年々顕著に 本文化を学んでほしいですね。自分たちの根っ子 なってきていますね。もともと、日本の伝統的な を知ると本業でも元気が出るものです。皆が集っ 教育の考え方は、本人が悟るものであって、教え て学びあうという日本古来の学びの文化がもう一 るものではないというものでした。がむしゃらに 度息を吹き返すことを期待したいですね。 やってあるとき突然分かる。分かったなら次に行 ─── 本日は誠に有難うございました。 ける、というものです。結局分からないかもしれ い。進まないと何も始まらない、という考え方で す。鶴見俊輔氏は昔、理想の学校は「メダカの学 校」だとおっしゃっていました。先生も生徒もな い、自分で考えて皆が皆から学ぶ。これが理想の 学校でしょうね。 暗い話ばかりではありません。若者たちは少し ずつ感じてきていますね。私は2 ヶ月に一度京都 の大徳寺のある塔頭(たっちゅう)で講話をして います。朝集まって草取りをし、皆でお昼を作っ て、お茶を飲んでという集まりですが、多くの若 者たちが集まってきて嬉々として参加しています。 寺の空気に触れたい、日常じゃない論理に触れた いというのだと思います。日常とは違うお寺には 別の風が吹くので自分の思考回路が変わってきて、 本業でも元気が出るようになるのだと思います。 また、1 1 月 2 4 日は「和食の日」なんですね。 全国 1 8 0 0 余りの小学校で天然のお出汁でお椀を 出します。そうすることで何%かの子どもたちが 「天然のお出汁のおいしさ」に気づいてくれれば S RE S IO N 初は違和感がありながらとにかく触れてみなさ IM P ないのですが、しないことには次にいけない。最 熊倉先生にお目にかかるのは正 直気が重かったです。千利休を はじめとする日本文化について 多くのご著書があり、今日わが 国の茶道や食文化における第一級のご意見番 でいらっしゃる先生と、運動部上がりの無粋 な私とではどう考えても話が噛み合うとは思 えなかったからです。ただ実際にお会いして みて私なりにいいお話が聞けたと思っていま す。聞き手のレベルに合わせてくださる、こ れもまさに教養ですね。 いろいろと刺激的なお話がありましたが、特 に印象に残ったことは「教養とは集うこと」 というお言葉。一人で静かに書を読んでいる だけでは何もならない、という力強いお言葉 に大いに共感を覚えました。私にもう少し「教 養」があればさらに深いお話が聞けたのでは と悔やまれますが、私も遅ればせながら集っ ては読む、読んでは集うで教養をつけなくて はと痛感した次第です。 MH November 2015 7 誌上講演会:日本人と教養 世界の中の日本人 世界が分かると日本が分かる 2015 年 9 月 15 日、 丸の内ブランドフォーラム (MBF) にて、 外務省 山崎 純氏による講演 「世界の中の日本人:世界が分かると日本が分かる」 が催 された。これは 「日本人と教養」 というテーマについて国際的視野からご 講演いただきたいという趣旨でお願いし実現したもので、 内容はあくま で山崎氏個人の見解としてお話されたものである。 ◎ speaker 山崎 純 氏 駐スウェーデン大使、前外務省儀典長 山崎 純(やまざき じゅん)氏 1980 年 3 月 東京大学教養学部教養学科卒業 1980 年 外務省入省 1998 年 アジア局南東アジア第二課長 1999 年 在インドネシア日本国大使館 参事官 2011 年 国際連合日本政府代表部 大使 2014 年 大臣官房儀典長 大使 2015 年 駐スウェーデン特命全権大使 旧ユーゴスラビアが現在複数の国に分かれている のを見てもその難しさが分かる。その点、日本は比 較的ばらつきのない社会であり、これは世界でも ごく少数派であることを知るべきだ。 また、最近では、「国」という単位だけではなく、 個人や、個人で構成されるグループとして付き合 う時代へと変わりつつあり、「個人」という単位を 無視することはできなくなっている。日本から外 「国」 という構成単位 へ出ると、異なる言葉や文化などを持つ人たちが ひとつの国に共生、努力していることが分かる。個 世界へ出て行くことで、日本の良さや、ほかの 人である一人一人が色々なことを考え、研鑽を積 国々との違いが分かる。共有する部分とそうでな み、魅力ある人になることで、国全体の、さらには い部分を認識することが大切であり、改めて日本 世界全体の魅力が上がると思われる。 を知るきっかけともなる。 現在の世界は「国」という単位で付き合うことに 日本の良さ なっており、国連加盟国は 193 カ国に及ぶ。 国のな かには、恣意的に線引きをされた領域や、ひとつの インドネシアやニューヨークなど海外に勤務し 国でも異なる言葉、宗教、文化、人種が複数存在す 多くの違う国の人々と接しているといやでも日本 る国がある。 言葉や文化は異なれど、ひとつの国と を意識させられる。そんな時、改めて日本をいい国 して manage しなくてはいけないという現実があ だと思う。そのとき思い浮かぶのは、季節感、四季 る。国境と文化が 1 対 1 対応しないことは常識で、 があること、文化・歴史のすばらしさ、食べ物への 8 MH November 2015 こだわり、 技術、 清潔さ、 などである。 日本人としての振る舞い方 特に季節を感じられるということは、一年のサ イクルがわかり、ものごとのけじめをつける機会 日本人の国際舞台での振る舞い方としては、つ 物へのこだわりは、フランスにもあるが、これも ぎの各点に留意するとよい。 日本の価値あるもののひとつである。スイスにい ●人の話をよく聞く。話を聞いた上で、必要なこ くと、フランス語文化圏では食に関心が強く、ド とを言う。 イツ語圏に行くとそれほど食にこだわりがなくな ●相手に謙虚である。と同時に、自信を持って り、そのかわりホテルのシーツがピシッとしてい 接する。 る。日本にはその両方が備わっているのが凄い。 ●相手にわかる言葉や logic や順序で話す。結 文化については、日本の文化である「俳句」をあ 論を最初に話し、なぜなら、と続けていく。 えて取り入れる米国の学校があるなど、他の国が ●他人に対する思いやりを持つ。これは、日本 日本文化を広めてくれているということもある 人としての美徳である。 が、肝心の日本人自らが歴史や文化について知識 ● respect を行動から勝ち得ていく。肩書きで を深める努力を怠らないことが重要である。 はなく、日々のどういう問題にどういう風に これら以外に、誠実、謙虚、勤勉、忍耐力、継続は 考えているか、ぶれない姿勢、間違えた時の対 力なり、人との和、安全、などなどの素晴らしい点 応などの行動などが respect に繋がっていく。 は日本人はもっと自覚して大切に伝えて行かな ●言葉とともに中身の勉強が必要である。言葉 ければいけないだろう。 伝統に加えて、近代化、 で伝えたい中身は、日々研鑽することが大切。 工業化をバランス良く取り入れているところも日 ●ユーモア、ウィットを忘れない。 本の魅力の一つである。日本社会のあり方につい ●家族を大切にする。仕事は長くやればいいも ては、アラブの複数の大使が、日本人はコーランの のではない。社会全体として勤務時間を少な 教えていることを実践している (嘘を言わない、謙 くし、家族にも割く時間を持つようにする必 虚である、など) という話をしてくれたこともあっ 要がある。 た。このような発想は指摘されないと湧いてこな ●健康に気を付ける。 い。 といったことが挙げられる。 コミュニケーション・スキル まとめとして コミュニケーションする上で、言葉は大切であ 外への関心を持つことが、行動につながってい る。中身を正確に伝えること、書くこと、含意を理 くものである。また、個々人が interact する社会を 解する、といったことだけでなく、logic が大事で 築いていくことは、さらなる可能性の追求へと繋 ある。 とりわけ、異なる文化、宗教、考え方の人たち がる。 と誤解が生じないようにするには、論理的に物を 外交は、細かいことの積み重ねであり、手間隙が 説明しないと理解してもらえないことが多い。コ かかるものである。目に見えて成果が出るもので ミュニケーション・スキルを磨き、 言葉の背後にあ はなく、長い目で見て、日本の国益となっていく。 る考え方、関心などを理解したうえで、論理をきち 一方で、一時勤務していた国連事務局では、日本の んと組立てて簡潔に考えを相手に伝える訓練が必 国益だけにとどまらないで仕事をしていた。地球 要だ。このことの重要性は日本人同士だけで話し 上で生きていく上で何が重要か、考えながらやっ ているとあまり認識しない点である。 ていく必要がある。 (text:前田るり) MH November 2015 9 special lecture になるなど、日本固有の財産と言えるだろう。 食べ --------------------------------------------《講演を聞いて:前田るり》 ひとつひとつ言葉を選びながらお話をされる様 子から、 非常に真面目で、 且つ、 ご自身がおっしゃ られていたように、 謙虚で誠実であることが受け 取れた。 細かいことの積み重ねが国益につながる といった内容には、 国を支える一外交官としての 使命感の強さが伝わり、 いま一度、 日本の良さにつ いて考えるきっかけともなる素晴らしい講演で あった。 ---------------------------------------------◎ text 前田 るり (まえだ るり) フリーランスのクリエイター。社名、商品名など商標登録を前提としたネーミング (名称)の開発を行う。東京大学経済学部経営学科卒業後、三井物産株式会 社に入社。多摩美術大学造形表現学部デザイン学科卒。アイデックス株式会社 (CI /ブランドデザイン専門会社)に転職後フリーに。主なネーミング開発事例: メタウォーター株式会社、きらやか銀行、富士フイルム 「すっとね」 など。 山崎氏のお話を聞いて 1. 北野弘則(関西電力㈱) 国際舞台で長年に亘って活躍されている方から ご本人の実体験に基づいた「日本の素晴らしさ」 「海外に学ぶべきこと」などを伺うことができ大変 勉強になりました。ついつい当たり前と思いがち な日本の特徴(安全性・文化など)が世界的に見て も非常に素晴らしいものであるということを今一 度認識するとともに、海外の国々では日本では考 えにくい様々な問題を解決することが当たり前の ことで、それをベースにして国が成り立っている という現実を知り、日本がそういった国々と渡り 合っていくために個人のレベルを上げていくこと がいかに重要であるかを学ぶことができました。 2. 長田祥(東京大学 経済学部 4 年) 日本人の海外との関わり方として、大抵どこか で聞いたことのある話でありながらも、山崎さん の実際の経験に基づくお話として他とは異なる重 みを感じました。最近テレビ等でやたらと日本人 を自画自賛する姿勢が目立ち、時に恐ろしくも感 じているのですが、その中で適切な自国愛や誇り を持つことについてお話を伺う中で考えることと なりました。 3. 岩井亨 (東京大学 経済学部 3 年) グローバルに活躍するためには自国や相手方の カルチャーの勉強が欠かせないということを再確 認できてよかった。カルチャーの理解は自分が大 学生活で最も力を入れてきた勉強の一つなので、 自分の大学生活が正当化された気がした。 10 MH November 2015 4. 坂井菜摘(東京大学 経済学部 3 年) 日本らしさの要素として季節感を挙げられたこ とについて、非常に納得がいくと同時に「日本人で よかった」と強く感じた。最近の少し冷たくて澄ん だ空気や夕方の空の暗さは私に秋だなと感じさ せ、感情を動かす。思い出にも必ず季節感がある。 こういうものがない世界は考えられないし、お陰 で豊かな暮らしができているのだと思った。また 日本人の気質はコーランの教えを忠実に守ってい るということについて、驚きがあった。日本人の思 考習慣の根底には仏教や儒教の教えがあると思っ ていたが、それはコーランと似通っているのだろ うか。宗教間で共通の視点があることは興味深い と感じた。海外の日本に対する誠実さや謙虚さの イメージは現代の日本人の先輩が築き上げてきた ものであるから、その恩恵を受けながらそれを失 わないように私たちは世界に出ていかなければい けないと思う。 5. 水野昌彦(㈱本田技術研究所) 外務省、国連代表部次席大使、儀展長、そして此 度のスウェーデン大使と、日本の代表としてのご 経験からみた日本のウチとソト。納得です。 単一民族・単一国家である日本こそ、世界的に見 れば少数派。それゆえ他国からみればオドロキの 国だったり、残念な国だったり。「日本を知るため に日本でないものを知る」 。ソトに出てわかる日本 の良さ。「日本人はコーランの教えを実践してい る」とはアラブの国の大使の感想と聞けばちょっ とは親近感がわきますね。「他人からの尊敬は行 動を通じて勝ち取るもの」 。今や国ではなく個人の つながりが重要になってきているから「最終的に は、個人の力量を磨くことが重要」と山崎さん。以 前お話を伺った松浦さんも緒方さんも同様のこと を仰られていた様なおぼえがあります。今までは ソトに出て行く日本人は(パックツアーの団体さ んはともかく)それなりの覚悟をもっていたと思 います。2020 年を契機として、ウチに多くのお客 様が訪れることでしょう。もうひとごとではあり ません。人と人とがすべてを越えて理解しあえる ために何が大切か。襟を正し、覚悟を決めて、でも 寛容に、我々一人一人が日本代表としてふるまえ てこそ真のグローバル化「ザ・プライド・オブ・ジャ パン」の完成です。 6. 吉越文(東京大学 経済学部 3 年) 非常に勉強になった。個人や民間の団体同士の 直接的な交流が盛んになった現在、やはり国とい う枠組みは依然として重要なのだと感じる。知ら ない相手を判断する上で、国籍という属性は、よ くも悪くも大きな指標になってしまっている。そ のため、日本という国のブランディングを行うこ とは非常に大事であり、日本の国民や団体が、海 7. 今田純(日経 BP 社) 人もブランドだ、 というのは MBF の長年の主 張だったと思う。 それを全く畑違い (外交) の世界 から、 経験を通じて語られたので、 非常に入りやす かった。 くるま+京都+秋葉原。 こんな多面なアイ デンティティを持った国民は、 ほかのどこにも居 ない。 技術・知性+伝統・おもてなし+アイドル・エ ンタメ。 今、 世界からいただいている評価を子ども たちにつないでいくことが、 我々の責務であり矜 持であろう。 8. 東野祐香里(東京大学 経済学部 3 年) 国の概念やコミュニケーションなど、普段生活 の一部になっていて意識しないでいることについ てのお話を伺えて、これらのことを考え直す大切 な機会になりました。日本人はコーランの教えを 実践しているなどということは考えたこともな く、様々な国の人とお仕事をされている山崎さん ならではのエピソードを数多く聞くことが出来て 大変興味深かったです。お忙しい中貴重な講演を ありがとうございました。 9. 沢田美怜(東京大学 経済学部 4 年) 日本製品、 文化だけでなく、 日本人の謙虚さ、 勤 勉さ等の姿勢を含め、' 日本 ' をブランドとして発 信するという視点からお話していただき、 非常に 興味深かったです。 ただ途上国で日本が未だ根強 い人気をもっているという点に関して、 たしかに インフラ輸出や経済協力の経験から日本は好感を 得やすいとは思うのですが、 一方で中国のプレゼ ンスが如実に高まっているようにも感じます。ま た外交上での日本のプレゼンスは依然高いのかも しれませんが、先進国(欧米)においても、自分が 旅行・留学した際には民間レベルでの日本のプレ ゼンス・人気はあまり高くないように感じてしま いました。だからこそ、「10 年後の日本ブランド の説得力を作るのはあなた達です」という最後の お言葉には考えさせられるものがあり、BRICs, NIES 等の新興国の存在感に負けない、' 日本 ' ブ ランドを発信できる者になりたいと思いました。 日本製品、サービスで信頼や存在感を高めるだけ でなく、日本人として存在感を出していければと 思います。 10. 土屋りさ(東京大学 経済学部3年) 世界を舞台にご活躍なさってきた山崎様のお 話は、広い視野から日本人というものを見つめ直 す機会を私たちに与えてくださるもので、非常に 勉強になりました。中でも私にとって一番印象深 かったのは、日本人としての理想の振る舞い方の お話です。冒頭に、文化によって価値の置き方が異 なるというお話がありましたが、そうした多様な 文化に触れてこられた山崎様がご自身の肌感覚を 基にお考えになる「日本人としての振る舞い方」 は、どの文化でも通用するに違いないと思わせら れる説得力がありました。どの舞台においても、他 者と恊働するためには、まずは一人の人間として、 考え方の多様性を認める思いやりの気持ちを持 つことが一番重要だと再確認させられました。そ の上で、日本人としての誇りを持ちながら自信を 持って考えを発信することで、より良い社会を実 現していくことが出来るのだと分かりました。個 人としても、他者の意見を幅広く受け入れつつ、自 分でも臆せずに発信して、より高い価値を生み出 せるような人材になりたいと思いました。 11. 佐藤雅士(東京大学 経済学部3年) 山崎様のお話、とても楽しくきかせていただきま した。「自国の誇りを持ちつつも、人としての交流 を重んじる」そして「一人一人が魅力を持つことが 日本という国の魅力につながる」という山崎様の価 値観にうなずいてばかりでした。日本人か、アメリ カ人か、はたまた台湾人か。ある種のアイデンティ ティー・クライシスに陥ってしまっている私です が、まずは一人の人として、「佐藤雅士」としての魅 力を見つけよう、と前向きな気持ちになれました。 12. 宮崎幸一(森永製菓㈱) 今の仕事をするきっかけとなった小学生時代の お話に感銘をうけました。日本という国を世界に 知らしめたいという想いが原点であり、原動力で ある点、自分自身にあてはめて、今後の仕事の中に 活かしていきたいという想いをもちました。 MH November 2015 11 special lecture 外でどのような扱いを受けるかに、大きく影響を 及ぼす。安倍首相のスピーチライターをなさって いた谷口智彦氏が、学生によるインタビューの中 で、「日本の外務省は、国益を担って日本のマーケ ティングをしている組織でもある」とおっしゃっ ていたことを思い出した。目に見える効果で出に くいだけに、時折批判の対象となる文化外交や国 際協力も、その一環だと感じる。 同時に、国民自身 がマーケティングの主体であることも事実だと思 う。我々一人一人が、山崎さんがおっしゃったよう な様々なポイントに留意する必要があるだろう。 中でも印象的だったのは「日本は異なるものとの 共生を学ぶべき」というご指摘である。 私自身の実 感として、日本人は排他的だという認識が外国人 の間では強いように思われる。 実際、日本人は、自 分たちが持っている価値観が、世界共通の常識だ と考えている部分も多いような印象がある。外国 に、このように認識されていることは、日本にとっ て不利益であるし、日本人にとっても、外国に対す る無用な嫌悪感を抱く一因になる。異文化への寛 容性は、オリンピックを目前に控え、観光客の増加 も見込む日本にとって、 重要な課題になるだろう。 FEATURE 教養をつける 真に教養をつけるとは何なのか。 さまざまな分野の先達たちにこの問いをぶつけて、ご自身の思いを語って いただいたた。 ただ単に書を読み知識をつけるのが「教養をつけること」ではないことが 分かる。単に教養書を読むことを超えて、その上で何をすべきかを読者ご 自身でお考えいただく。 FEATURE 教養をつける FEATURE >> Liberal arts 教養 ― より高く広く深い視点を ― Text 田口 佳史 定年を迎えた人々ばかりでなく、こうした先輩 を見ている現役組も、豊かな人生を得ることもあ 近頃はブームといわれるほど、社会全般で「教 り、いまから教養を身に付ける必要を痛感してい 養」の重要性がいわれています。 るのです。 教養などは、昔からあるもので、何故今頃いわれ もう一つは、グローバル社会、ダイバーシティ ているのか、 理由は二つあると思います。 (多様性)を乗り越えるための欲求です。日本企業 一つは、真なる生き甲斐を求める人の要求の声 は増々世界中に進出し、多様な民族や宗教、言語 が多いのです。 高齢社会になり、平均寿命が伸びて や文化に接し、これ等の人々を、これまでの相手 長寿社会になってきました。それは 60 才で迎え であった日本人同様に、仲間とし顧客としなけれ た定年の後の人生がとても長くなったことを表わ ばなりません。その様なことを現実に行ってみる しています。 定年後もう「一(ひと)人生」生きなけ と、様々な対処能力の必要性を猛烈実感するもの ればなりません。まだまだ元気で意欲もある。しか です。その必要とする能力のベースに、 「アイデン し生き甲斐の源泉である仕事も職場も失って、今 ティティ」の確立というものがあり、その先にわが 度は自分でその源泉をつくれといわれているので 国伝統の教養という広がりがあります。 す。 つまり仕事の話しかできないのでは、こちらの ところが仕事人間、職場人間ですから、他の社会 人間性すら理解してもらえない。もっと仕事以外 や仕事以外の分野のことも知らない。ましてや生 の話で、心を通わせることができなければという き甲斐を一(いち)からつくれといわれてもと戸 思いが、心を教養に向かわせているのです。 惑っているのです。 その解決策の一つに、何か「教 さてそこで、教養を身に付けようということに 養」といわれている分野にヒントがあるのではな なりますが、その為には教養とは何かをはっきり かろうかと思っているのです。 させなければなりません。 MH November 2015 13 Be equiped with liberal arts 西洋では教養を、リベラル・アーツといいます。 て行われてしまう恐ろしさを、庶の階層の人々は そもそも大学とは、 基本的にはリベラル・アーツを 常に感じているのです。 教えるところでした。 ではリベラル・アーツとは何 したがって公正を忘れてはいけないという意味 かといえば、 ラテン語の 「アルテス・リベラレス」 の で、わが国では永らく朝廷や幕府、政府のことを 英訳で、古代ローマにおいて奴隷に対する階層と 「公儀」と呼びました。公儀のメンバーとしての個 しての「自由人」が身に付けるべき技芸を意味して 人に要求されることは、常に公正感を忘れないこ いました。 中世になって、自由人が身に付けるべき とでしたから、そうした役割や任務を目差す人に 技芸を 「自由七科」 とします。 それは、文法、論理学、 必須の資質や要素として、「教養」がありました。 修辞学の三科と算術、幾何学、天文学、音楽の四科 逆にいえば、教養とは、公正感をしっかりと保持 を合わせた七科で、三科を修得した者を学士、更に する為のものといえます。 四科修得すると修士の学位が与えられました。 私の愛読書に、肥前国平戸藩九代藩主の松浦 ( ま 教養といえば「哲学」となりますが、哲学はこれ つら ) 静山がまとめた「甲子夜話」があります。こ ら自由七科を統合する学問でした。この修得者を、 の中に「水雲問答」というものがあります。安中藩 「PhD」 (博士) という Ph とは、Philosophia(フィ 主板倉勝尚(白雲山人)と幕府大学頭林述斎(墨水 ロソフィー) の意味です。 漁翁)との学問や政治に関する問答集です。 こうして見てくると、西洋においても、教養を指 板倉侯がこう訊(き)きます。 す領域の真ん中には、物事のより良い判断、より良 「国家経営の要点に『公儀』ということを挙げた い発言と行動の為の基準、規範があること。 そうし いと思います。国家の禍(わざわい)は君主の私欲 た見識を持った人間の人格を表わしているものだ から起こり、大臣の私心から起こり、臣下の徒党を ということがいえます。 組むことから起こるからです。」 一方東洋ではどう考えているのでしょうか。 と言って、国家経営においては、私心や私欲を 何といっても紳士の嗜(たしな)み、士大夫階級の しっかり排除し、上司部下一体となって「公儀のみ 必須の教養としては、 「六(りく)芸」というものが ある」ようにすれば、国政も安定して行われると思 ありました。 その内訳は、 「礼、楽、射、御、書、数」 の うが、いかがでしょうと問います。 6 科目と、 「易、詩、書、春秋、礼、楽」 の六経を意味 対して述斎がこう答えます。 するといわれています。 六経とは、儒家の思想でい 大いに賛成、その通りです。しかし一つ注意すべ う五経の前の姿が六経です。したがって古典全般 きは、「人品の高下にて公にも高下之あり。」 を修得すること。 特に礼と楽を重視しており、更に 人格の高い人から見れば、いまいわれている公は、 弓と馬の技術や礼儀作法、 書と数の心得です。 まだまだ私に見えるもの。したがって、もっと では、 何の為にこれらを身に付けたのか。 もっと幹部連中の人格を高めないと、危ういです 士大夫階級といえば、社会や組織を運営する側 よ、というのです。教養とはこういうものなので の人々です。いまでいえば、国家や地域経営に携 す。人格を高める為にあるものなのです。 ( たずさ ) わる政治家や役人、企業経営でいう幹部 社員のことをいいます。 こういう人々に要求されるのは何か。 大多数を占める庶の階級の人間からすれば、た だひたすら求めるのは「公正」ということでしょ う。私利私欲による偏(かたよ)りのある自分勝手 な権力の行使や、好き嫌いによる不公平な差別に よる法の解釈や施行などが、ごく普通のこととし 14 MH November 2015 田口 佳史 (たぐち よしふみ) 老荘思想研究者。一般社団法人「日本家庭教育協会」理事長。一般社団法人 「東洋と西洋の知の融合研究所」理事長。 「杉並師範館」前理事長。株式会社イメージプラン代表取締役社長。 昭和17年東京生まれ。昭和47年株式会社イメージプラン創業。以来30数年 2000社に渡る企業変革指導を行う。中国古典思想研究四十数年。永年にわ たり研鑽された中国古典を基盤としたリーダー指導は多くの経営者と政治家を 育てた。東洋倫理学、東洋リーダーシップ論の第一人者。企業、官公庁、地方自 治体、教育機関など全国各地で講演講義を続け、 1万名を越える社会人教育の 実績がある。 教養をつける FEATURE FEATURE >> Tradition 教養を磨く “ものまね” Text 安田 登 物だ。漁師はそんなものは着ない。リアリティとい う点でいえば失格だ。 『ショア』という映画がある。ユダヤ人絶滅政策 だが、「ものまね」という点ではまったく問題な に関わった人々への淡々としたインタビュー集 い。「ものまね」の「もの」ということばは英訳が難 で、上映時間 9 時間 30 分という大作だ。 しい語のひとつだ。本居宣長は『源氏物語』を評し その中に「ユダヤ人は聖書を読む民である」とい て「もののあはれ」といった。その「もの」である。 うセリフがあった。 それを聞いたとき、この「ユダ 「物の怪」なんて言葉もあるし、「もの思い」という ヤ人」を「日本人」に変えたらどうなるだろうかと 言葉もある。「もの思い」をしている人に「何を考 考えた。 私たち日本人が国土を奪われ、言語も奪わ えているのか」と問えば「別に何かを考えているわ れ、名も奪われ、数千年間に渡って世界中を放浪し けではない」と答えるだろう。 続けなければならなくなったとき、日本人は何を 「もの」という言葉は、「これだ」とはいえない、 もって日本人たり得るのか。 ある漠とした状態をいう。言語化される以前の状 これは日本人が単身、外国に滞在するときにも 態、それが「もの」である。そして、それこそが「本 直面する問いであるし、そしてそれは日本文化と 質」なのである。 は何かを考えることにもつながる。 能の漁師はリアルな漁師ではなく、漁師である 日本文化の特質のひとつに「ものまね」がある。 こと、漁師の本質、それを演じる。日本人の「ものま 文字をはじめとして、日本には独自の文化は少な ね」は本来、それであった。この「ものまね」は誇る い。多くが外国の文化の「ものまね」である。しか べきものであり、そしてそれによって日本人は日 し、ものまねは猿マネとは違う。 たとえば私は能の 本文化を築き上げ、近年でいえば近代日本・現代日 舞台に漁師の役で出ることがある。そのときに着 本を造ってきた。 る能装束は高度な技術によって織られた高価な着 MH November 2015 15 Be equiped with liberal arts 高密度・高質量な文化の形成へ かの理由があるが、そのひとつに「初心」というア このような「ものまね」が可能なのは、日本に高密 イディアがあった。 度な文化を築く土台があったからだ。日本人は外来 「初心忘るべからず」という句は能を大成した観 の文化を輸入するときに、独自の方法を取った。 阿弥・世阿弥父子が残した言葉の中でもっとも有 仏教という壮大な宗教体系が入ってくる前に、 名なものだろう。だが、世阿弥らは現代使われる 我が国には「カミ」を中心としたやんわりとした ような意味でこの言葉を使っていない。「初心」 宗教(のようなもの)があった。 聖徳太子らは仏教 の「初」という文字は「衣」に「刀」である。古代の辞 を日本に輸入したが、しかしそれまであったカミ 書『説文』に「初は裁衣の始めなり」とあるように、 を抹殺することはなかった。カミのレイヤーの上 「初」とは新たな着物を作るときに布地にはじめて に、仏教という新たなレイヤーを重ねたのだ。 しか 鋏を入れることをいう。布地がどんなに美しくて もそのレイヤーの地は透明で、下が透けてみえる。 も、着物を作るときには鋏を入れて裁断をしなけ そうしてカミと仏とのゆるやかな共存関係が生ま ればならない。人が変化するときも同じである。過 れた。これは宗教だけではない。文化にしろ、建築 去にどんなにすばらしい栄光があろうと、古い自 にしろ、政治手法にしろ、新たなものを入れるとき 分はバッサリ切り捨てる。それが変化への道であ に、私たちの祖先たちは前代のものを抹殺したり、 る。人も制度も共同体も変化が止まれば衰退する。 絶滅させたりはせずに、その上に新たなレイヤー 常に変化することを忘れるな、それが「初心忘るべ を重ねたのだ。 これが日本文化である。 からず」であり、日本の継承文化とは常に変容する 日本はユーラシアの終着点である。さまざまな 継承文化なのである。 文化が、これまたさまざまな文化のふるいにかけ 「どんなに切り捨てても、自分のものは自分の中 られて最後に到達する淀(寄止)である。 前代のも に残っている。だから安心して切捨てよ」とも世阿 のに新たなものを重ねる手法は、無数の文化のレ 弥はいう。 イヤーを積み重ねていった。その積み重なった透 表層で変化していく事項の深奥には変化しない 明レイヤーは(比ゆ的にいえば)質量をどんどん増 ものがある。だからこそ安心して変化ができる。俳 していく。 聖・松尾芭蕉のいう「不易流行」もそうである。 結果、日本という狭い国土に、きわめて高密度・ その「不易」を担っているものが高密度・高質量 高質量な文化が出来上がったのだ。まるでブラッ な文化の土台だ。それに支えられつつ常に変容 クホールのような高密度・高質量の文化は、 さらに し、常に生成する。それが日本文化である。冒頭の 多くの文化を引き寄せ、そしてそれらは既存の日 『ショア』のユダヤ人を日本人に変えれば「日本人 本文化に取り込まれて日本流に変容し、新たな日 とは高密度な文化に支えられ、常に生成変容する 本文化となっていった。 日本の文化は、このように 民である」となる。高密度な文化を体していれば、 自然に生成する文化である。それはユダヤの神が どこにいても日本人は日本人たり得るのである。 「創造する」 神なのに対して、日本のカミが 「自然に 生成する (成る) 」 カミであることにも似る。 日本文化の本質 この高密度な文化を体することこそが、日本人 常に変容し、 常に生成する にとっての教養を身につけることであった。具体 前代の文化を破壊しない日本文化は、これまた 的には漢籍と日本文学を習得することだった。た 日本独自の継承文化を生んだ。私のしている能は、 だ読むのではない。文字通り「身」につけた。「身」 650 年以上前から現在にいたるまで一度も途切れ ということばは、表層の身体を意味する「からだ」 ずに演じ続けられてきた世界に類がない芸能だ。 に対する深層の身体をいう。日本人は教養を深く 能がこんなにも長く継承されてきたのにはいくつ 身体化したのだ。 16 MH November 2015 FEATURE 教養をつける そのひとつが漢籍だ。中国のものとはいえ漢籍 相対性理論について大いに論じたりしたそのすぐ は日本文化の血肉となっていた。江戸時代までの あとで、能の謡を謡った。高密度で確固たる土台の 武士を始めとする知識人は日記や文章を漢文で書 上に、最先端の物理学の知識を乗せるからこそ、そ き、漢詩も作った。 もうひとつの日本文学は能 「謡」 れに乗っ取られることはなかった。 や「舞」を通じて身体化した。 声に出して和歌や『源 これこそが日本文化の「ものまね」であった。だ 氏物語』 を謡い、全身を使って 『平家物語』 の武将と が、いまこのような教養の土台がなくなりつつあ なって舞を舞った。 これは武士だけではなく、市井 る。身体化された教養がなくなった日本人が、ただ の寺子屋でも同じような教育がされた。このよう の猿マネに堕してしまうのを私は恐れる。 な教養があったからこそ、西洋文明が大量に押し さて、そろそろ紙幅が尽きたので、詳述している 寄せて来た明治という時代を日本人は乗り切り、 余裕はないが、私はいま(あるいは近い将来)こそ また植民地化もされなかったのであろう。 日本文化の力を世界が必要としているときだと 漢文の読み書きができれば英語もラテン語も古 思っている。特にインターネットの世界、特に検索 典ギリシャ語も習得は容易だ。新渡戸稲造は古典 エンジンにおいてはその必要性が叫ばれるときが ギリシャ語を用いて『中庸』の誠について論じ、そ 来るのは必至であろう。 れを英語で書いてアメリカ人を瞠目せしめた。そ このことについては、いつかまたお話しよう。 の力の土台は漢籍だ。 また、夏目漱石は寺田寅彦とともに光は量子 (粒 子)であることを立証するために、帝大で光の放射 圧の測定実験をしたり、アインシュタインの特殊 安田 登 (やすだ のぼる) 能楽師、ワキ方、下掛宝生流。公認ロルファー(米国のボディワーク、ロルフィ ングの専門家) 。著作に『異界を旅する能』 『身体能力を高める「和の所作」』 『身体感覚で「芭蕉」を読みなおす。』『体と心がラクになる「和」のウォーキン グ』 など多数ある。 三井農林㈱ MH November 2015 17 Be equiped with liberal arts FEATURE >> Food culture 江戸は食のワンダーランド ― 食文化の教養 ― Text 三宅 宏 房を質に入れても初鰹」などという不埒な川柳が 読まれたのである。和食の原点に立ち戻り、江戸の 和食の原点 庶民の食事(以後江戸食と略す)を見てみたい。そ 国内出張すると今どこもホテルが取れない。特 こは食のワンダーランドである。 にひどいのが東京、大阪、京都。福岡、金沢もしか 江戸の初期は、それまで寒村であった一田舎が り。外国人観光客がどこも目立つ。2009 年、来日目 日本の中心地となる一大土木事業であった。まず 的の一番がショッピングから、日本食に変わった。 水の確保のための上水路と資材と食料を運搬する 和食が世界遺産に登録されたのは記憶に新しい。 ための堀を縦横にめぐらした。と同時に、高台を崩 和食はもはや世界的ブームから、定番に変わり し東京湾の埋め立てを次々にした。古地図を見る つつあるといえよう。 その一方、本家日本から旬が と、はじめは江戸城の目の前の日比谷まで海が来 失われ、和食を食べなくなってきているのはなん ていたのだから驚かされる。 とも皮肉である。現代の食は何でも揃っている。現 まあ想像を逞しくすれば、葦が生える湿地と海 代は飽食の時代。四季折々、72 侯の旬を美味しく が迫る砂埃が舞い上がる大いなるのどかな原風景 いただくかつての和食とはかえって日本人は縁遠 が広がっていたに違いない。全国から男衆が集ま くなっているといえよう。 り土木工事が進み、武士は勿論、職人と商人などの 貝原益軒は 『養生訓』 の中でこう言っている。 「諸 町人がどんどん集まり、一大都市に膨れ上がった。 (もろもろ)の食物、皆新しき生気ある物をくらう だから西部開拓当時のアメリカと同じで、江戸 べし」 (巻第三の 31) は女性が少ない男社会であった。18 世紀中旬の 江戸っ子は旬を大切にした。 「初物 75 日」とい 町方の人口比率は男性 30 万に対し女性 16 万から う諺が示す通り、その年の走り、つまり初物を食べ 20 万人前後で推移していたようだ。肉体労働の男 れば 75 日間長生きすると信じていた。だから「女 が多い初期の江戸では当然塩気の多い塩っぱい味 18 MH November 2015 FEATURE 教養をつける が必要とされたであろう。また江戸は世界でも有 魚、秋から冬にかけては鮭に代表される寒流系の 数の巨大都市であった。最盛期は、100 万人を優 魚が南下してくる。あらゆる川湖水ではあゆ、うな に超えていたといわれている。 ぎ、どじょう。春の山菜、夏秋冬の近郊野菜。これら の走りの味をこよなく愛したのである。 江戸食の革命 次に白米革命である。江戸っ子の自慢のひとつ 江戸の食事は男の仕事であった。江戸城も大名 は水道水の産湯と白米である。今まで特権階級し 屋敷も料理をするのは男性だった。 まあ、女子厨房 か食せなかった白米が元禄になると庶民にまで拡 に入らずという感じだったのであろう。しかし庶 がった。白米は美味しいばかりでなく蛋白質のお 民の食事をしていたのはやはり女性。ただ長屋住 かずとの相性もいい。主食が炊いた白米、それに味 まいの庶民の台所は狭く、火口は限られており、ご 噌汁、漬物、副菜の野菜やおかず。いわゆる一汁三 飯を炊く、汁を温めるなどであった。 元禄以前の初 菜である。ただ白米は旨いが栄養分を捨てている 期江戸食は、雑穀や玄米を中心とする質素な食事 ので白米ばかりを常食にしていると脚気、当時の であった。 それに野菜や海藻、江戸前で漁れる魚介 江戸煩いに陥った。これを補うのが糠漬けである。 類が並ぶ食事であった。 栄誉分豊富だが捨てていた糠の再活用である。 江戸食に革命をもたらした契機はいろいろ考え だし革命。日本料理はだしが決め手である。上方 られるが、 次のものが重要であろう。 は北海道の昆布が北前船で日本海を運ばれてきた まず第一が、海と川に囲まれた江戸とその後ろ アミノ酸文化である。この昆布のだしで関西は薄 に控える広大な関東平野という恵まれた自然であ い味でも旨い食文化である。江戸にはなかなかこ る。春から夏にかけては鰹に代表される黒潮系の の良い昆布が入ってきにくかった。江戸は黒潮に ㈱TBSテレビ MH November 2015 19 Be equiped with liberal arts 乗った鰹節のイノシン酸文化圏である。この両方 一方、外食産業も人口の増大と調味料の発達と を使うと合わせだしといって旨みが倍増する。 ともに激増していった。蜀山人の書いた随筆集に 現在の鰹節が作られるようになったのが江戸時 は『一話一言』には「五歩に一楼、十歩に一閣、みな 代の初期。カビを付けることによってタンパク質 飲食の店ならずという事なし」(五歩歩けば店が を発酵させうまみを増幅させた日本の知恵であ 一軒、十歩歩けば大きな店が一軒、これみな飲食店 る。燻煙法の発明により安価な鰹節が庶民にも普 である)とある。 及していった。 冷奴やお浸しに添え、だし汁をとる 刮目するのは屋台文化である。濃口醤油の出現 など庶民の食卓を豊かにした。 によりまず屋台の蕎麦屋が、そして屋台の天麩羅、 調味料革命。大豆を発酵させたのが味噌と醤油 おでん、寿司屋と、江戸時代はファーストフード である。味噌は元々、戦の非常食として発達した。 のオンパレードであった。比較的高価だった酢が、 だから強い武将の居る土地は旨い味噌がある。醤 廃物利用の酒粕から三河で酢を作り出すと江戸後 油は大豆と小麦を発酵させた調味料である。江戸 期には一気に寿司屋台が爆発した。粕酢は安価な のはじめは何でも京都・大阪の上方からのくだり 上に自然な甘味が砂糖を使わずにすし飯に適した ものであった。 のだった。3秒の芸術と言われる握り寿司。江戸前 江戸から上方へ逆流するものはくだらないもの の海で漁れるシラウオ、穴子、ハマグリ、コハダ、海 である。当初は上方流の薄口醤油しかなく、高価な 老、マグロの醤油づけ・・・まさにさあさあ、江戸前 下り醤油であった。江戸の初期の庶民の調味料は の寿司喰いねぇなのだ。 手に入りやすい塩と味噌。肉体労働の多かった江 それと、うな丼も忘れてはならない。醤油と味醂 戸庶民はしょっぱい味を好んだのであった。17 世 のたれに浸けて焼いた蒲焼は江戸食文化の傑作で 紀の終わりから 18 世紀にかけて、江戸は全国から ある。これも野田と調子の濃口醤油と流山の白み 商人や職人、参勤交代の武士らが集まり発展した。 りんのおかげでもある。 ここで登場するのが上方の薄口醤油に対して、 最後に江戸グルメを眺めよう。歌川広重の描い 江戸好みの濃口醤油である。初期にはほとんどの た月見の名所高輪『東都名所 高輪二十六夜遊興 醤油が上方からのものであったが、このころにな 之図』をみると、すぐ向こうが船の浮かぶ海。海岸 ると野田や銚子など関東の地廻り濃口醤油が主流 縁にはござを敷いた今で言う茶店風海の家が並 になり、一気に庶民に広がり、これが江戸食の基本 ぶ。そして数々の屋台。果物を売る水菓子屋台、寿 となった。 司屋台、砂糖と白玉が入った冷水屋台、いか焼き屋 台、天麩羅屋台、二八蕎麦屋台、麦湯屋台、団子屋 江戸グルメの開花 台、汁粉屋台、などなど。そこには楽しげな粋で通 これと時を同じくして外食産業が花ざかりとな な江戸っ子が集う。現代を凌ぐ江戸グルメである。 る。江戸のはじめは外食できるお店はまったくな まさに江戸は食のワンダーランドなのである。 かった。 家庭で食べるか、雇われているお屋敷かお 店のまかない飯を食べるかであった。しかし次第 に天秤棒にしじみ、あさり、塩魚、野菜、漬物、醤油、 酢、納豆、豆腐、煮豆、佃煮などを載せた棒手振りの 商売が繁盛した。彼らは長屋にまで入り込み調理 を済ませた惣菜を売る菜屋も重宝がられた。かよ うにご飯を炊き、味噌汁を温め、おかずは出前コン ビニの菜屋や棒手振りに家まで運んでもらう便利 な社会だった。 20 MH November 2015 参考文献: 『養生訓』 (貝原益軒 現代講談社芸術文庫) 『逝きし世の面影』 、 (渡部京二 平凡社) 、 『大江戸 食べ物歳時記』 (永山久夫 グラフ社) 、 『江 戸は美味い』 (竹内誠 小学館) 、 『江戸グルメ誕生』 (山田順子 講談社) 、 『江戸めしのススメ』 (永山久夫 メディアファクトリー) 、 『江戸の暮ら し春夏秋冬』 (歴史の謎を探る会) 、 『実見江戸の暮らし』 (石川英輔 講 談社文庫) 、 『大江戸生活事情』 (石川英輔 講談社文庫) 、 『歴史地図大 江戸探訪」 (大和書房) 、 『江戸散歩・東京散歩』 (成美堂出版) 、 『大江戸 今昔マップ』 (新人物往来社) 三宅 宏(みやけ ひろし) キッコーマン飲料㈱ 執行役員 ドライ営業本部長 兼 副プロダクト・マネジャー室長 慶応大学大学院修士課程修了後、 キッコーマン㈱入社。東京販売部、 マーケ ティング部流通企画課、京都支店量販営業担当、酒類事業本部輸入酒類企 画室、 マーケティング室宣伝課、 プロダクト・マネージャーなどを経て、 現職。 ㈱インテージ Marketing a carrier : An Interview キャリア・マーケティングと教養 キャリアを 「マーケティング」する ー期待に応えるキャリア成長、 そして教養とはー 野田 稔 氏 インタビュー 自分をマーケティングする 頑固で融通が利かず、しかも給料が高いからだとい われています。しかし、給料が高くても給料以上の 酒井 今日はまず社員から見て、 「期待に応え続 価値を出す人だったらその給料は安いし、頑固だと けるキャリア成長論」 、そして「マーケティング組 いってもその人の高い専門性で価値が生まれると 織としての人事」というトピックについてお話を するならば、それは「頑固」なのではなく「一徹」です 伺えればと思います。 よね。なので、結局中高年の転職が難しいといって 野田 まず、自分というものをどのようにマーケ いるのは、期待に応えられない程度のキャリアしか ティングしていくかという点に関連すると思うの 積めていないということが原因だと思います。 ですが、中高年の転職が難しいと言われる理由は、 もう一歩踏み込むと、果たして本当に価値が低い のか?という疑問に至ります。私は社会人材学舎の 明治大学大学院 グローバル・ビジネス研究科 教授 野田 稔氏 Minoru Noda 仕事をする中で、自分の価値を伝えきれていないが ために評価されていない人をたくさん見てきまし た。そもそも自分という商品のスペックをわかって いないし、自分という商品を全体のバリューチェー ンの中でどう位置づけるかということの提案も出 来ていないのです。つまり、年を取るにつれてだん だんと自分の価値が高まるようなキャリアをいか にして積むかという問題と、そうはいっても今ある 価値を正しく伝えるというマーケティング上の問 題がこの中にはあると思います。 私は科学が好きなので、東急ハンズに行くと必 ず実験器具売場に寄ります。ある時品薄になって いたことがあり、店員さんに理由を聞いたら、女性 誌でフラスコで花を生けるという用途が紹介され たのだそうです。フラスコは実は耐熱性もあるし、 落としても比較的割れにくいし透明度も高く、歪 みがなくきれいなんですよ。そういうスペックが 実は科学実験に有効なだけではなく、インテリア としても有効であるということが女性誌で取り上 げられて売れたという話でした。私は、ある意味、 組織の中で人はいかに行動するか。リーダーシップ、イノ ベーション、ミドル等、小さな組織から大企業グループの意 思決定まで研究フィールドは広い。 講演、研修の他、キャスターとして TV 出演も多い。組織と 人の実践的研究者。 22 MH November 2015 人間もこのフラスコのようなものだと思ってい て、科学実験の道具として有効であるという諸要 素(耐熱性が高い、衝撃に強い、透明度が高い等)を 昨今、会社と社員の関係というのが今までのような終身雇用、年功序列に象徴されるような “親と子” のよう な関係から、“パートナー”関係になってきている状況の中で、社員は自分のキャリアを戦略的にマーケティ ングし、自分の価値を創造する必要性が出てきた。また、その一方で会社の人事部門も社員に対してマーケ ティングし、事業創造に結びつく人材育成をしていくことが求められている。 そこで、「マーケター自身が自分をどうブランディングし、自分をどうマーケティングするのか」 ということ が予想以上に考えられていないことを危惧する野田氏に、キャリアをセルフ ・ ブランディングすることやこ れからの「人事」のありかた、そして様々なものを「マーケティング」 から捉える意味についてお話を伺った。 スペックに落とし込むと、実は「インテリア」とい 思いますが、これらのように時間がかかって大嫌 う別のラベリングができるわけですよね。 いなものを 35 歳までに克服するということが重 人間もまったく同じで、一回要素に分けてそれ 要だと思います。ただ、それ以上の年齢になって弱 を用途に合わせて再構成し、さらに転職先の会社 点があったとしても、そこに注力したところで良 のバリューチェーンの中に価値を位置づけられる くて人並みまでしか上がりません。なので、35 歳 提案ができると良いですよね。 を超えたら弱みを埋めるのは諦めたほうがいい。 酒井 それは、自分の価値を因数分解して新たに そこから先は強みを強化・拡大していくのみです。 再構成し、再提案するというプロセスだというこ 実は多くの会社で 30 歳まではちゃんと育てて とですね。 くれる環境が用意されています。なので、「○○ 野田 人間も自分の価値をしっかりと訴えかける ためには、マーケティングで使っているような基 本的な概念が極めて有効であるといえます。ただ、 皆なぜかこれをやろうとしないのです。しかも構 成要素というと、皆さん大体スキルや知識系のも 株式会社電通 人事局 次長 酒井 章氏 Akira Sakai のをいいますけれども、実はマインドセット系の ものもあって、これも含めて要素として再構成す ると、たぶん自分でも驚くほどの無限の可能性が あるはずなのです。 酒井 マーケティングというのはまさに市場を 開発することだと思いますが、フラスコの立場に なったら新たに女性市場を開拓したわけですよ ね。そういう意味では価値創造ということですね。 弱みを埋めるのではなく、強みを強化する 酒井 では、若いうちからどのようなキャリア成 長の経路を辿っていけばよいのでしょうか。 野田 いつになっても自分をしっかりと見つめる ことは大事なのですが、とりわけスタートアップ 時は自分の構成要素をちゃんと把握しておくこと が必要です。特に将来的にこれが足りなかったら 致命的だと思う要素を見つけ、埋めていくことが インタビュアー 電通ダイバーシティ・ラボ キャリアカウンセラー(CDA) 重要です。多くの日本人は英語や数字が苦手だと MH November 2015 23 Marketing a carrier : An Interview キャリア・マーケティングと教養 さんと言えば△△さんだよね」という自己承認欲 提案すべきだと考えています。残念ながら会社と 求が満たされてしまい、そこで安心してしまいま いうのは人をそこまで見ていないので、売り込む す。ところが、30 歳を超えるとそのような環境は 側からしっかりと「私はあなたに○○という期待 なくなります。そこ止まりの人というのは、40 歳 をしてもらっていいんですよ」ということを発信 になった時に物足りない人ということで、期待さ する必要があります。 れなくなってしまうはずです。これが今多くの会 酒井 そうすると、社員自身もセルフ ・ マーケ 社のマーケターに起きていることです。40 代以 ティングであり、セルフ ・ ブランディングである 降になっても期待されるには、客観的に見て期待 ということですね。ということは、逆に今度は会社 されていることがわかるような価値をつくること からの視点で“社員の愛し方”を考える必要がある が重要です。 それはまず一人では無理なので、必ず と思うのですが。 誰かを巻き込まなければなりません。 「巻き込む」 野田 人事は何をすべきところなのかということ ということは、リーダーシップを発揮するという を再考する必要があると思います。今の人事は、社 ことです。40 代のキャリアテーマをちゃんと成 員のやる気の源泉がどうなっているのかというこ し遂げようと思ったら、マネジメント能力とリー とをあまり考えていないような気がします。やる ダーシップは必要不可欠なのです。 気の起こし方については動機付け理論で研究され 酒井 外から見える価値というのは、ある種自分 ていますが、私は、自らが 120% 能力発揮をしてい を客観視することだと思いますが、そのための て、そのことが承認されているという状態の時に ツールや戦略とは何でしょうか。 動機付けられない人はいないと思っています。な 野田 会社の中だけにいると自分の弱みは自然と ので、動機付けを踏まえても“能力発揮”というの 補正されます。 なので、客観視できないことに加え が人事のやるべきことだと思います。その時に、そ て、実は強みも見えていないのです。 自分を認識す の人の能力とは何なのかということをちゃんと把 るためには相対性というものが重要ですから、外 握し、さらにはその人自身がどういう能力の発揮 部で評価されることが本当に重要なポイントだと の仕方をしたいと思っているのかを把握すること 思います。それもただ遊びに行くだけでは意味が が必要です。なので、社員も主張するべきだし、人 なく、そこで仕事をするのが必要です。 仕事の場で 事も話を聞くべきですよね。そこで、言う側と聞く 自分の能力を再確認するために、 “留職”のような 側の中間にいるのがミドルマネジメントです。で ことをぜひやってほしいですね。一回外に出て真 すから、ミドルマネジメントがハブになって社員 剣に働くという経験を通じて自分を理解する、と と人事がどうやってリンクしていくのかという観 いうことを目的としているのが “留職” です。 点がないと、せっかくの能力を無駄にすることに なります。特に大企業ではこの傾向が強いです。 組織は人をどのように育てるべきか 酒井 では、展開させていくためにはどうしたら よいでしょうか。 酒井 外で経験することで、より運用が活きてく 野田 これを可能にするのは“成長”です。成長す るということですね。 る中で、例えば海外支店を自力で立ち上げるとか、 野田 自分を見つめ直せば自分の可能性を知るこ 新たな製品や事業を立ち上げる等のベンチャー とができますし、自分の可能性を理解すればそれ 企業を立ち上げるような経験が必要です。ベン を使って会社にもっと貢献できます。実は会社は チャーというのは、誰も人がいないから始めから それを口には出さないけれども求めています。で 終わりまですべて自分でやらなければなりませ すから、それを満たせると感じて初めて期待につ ん。ある種ホリスティックにビジネスというもの ながるわけです。ですので、もう 40 歳を超えたら を見るという体験が非常に重要です。さらには海 会社に対して自分の生き方を提案していく必要が 外支店を出すならば異文化とのぶつかり合いもあ あります。さらに私は、 “会社からの愛され方”を りますし、このような体験が昔は自然にできたの 24 MH November 2015 に今はできていない。 ですから、今もそういう状況 酒井 今後の日本に必要とされているのは、知恵 をつくればいいんですよ。 例えば、組織を小分けし を使う人材=社会人材ということでしょうか。 て少人数ですべてビジネスを回さなければならな 野田 そのとおりです。社会課題を解決するため い状況に追い込んでしまうとか。そうするとその に自分の持てる能力を最大限に発揮する、もしく うち 7 ~ 8 割はたぶん潰れます。でも残った 1 ~ はそのモチベーションを持っている人が社会人材 2 割の中から明らかにリーダーが生まれてくるし、 です。まさに社会の幸福の総量を増やし続ける行 事業そのものも生まれてくるでしょう。ある種の 動ができる人のことを社会人材というので、そう 確率論的な人材育成であり、確率論的な事業育成 いうモチベーションを持った人が増えて欲しいで ということを考えると、問題をかなり解消できる すね。 と思います。 酒井 そうすると、マーケティング的なものが組 織開発に活かされていくということですね。 野田 間違いないですね。 そういう意味では、組織 開発を伴わない人材育成の良い仕組み作りはおそ らく成し得ないと思います。しかもこれがうまい ことに、ただの人材育成目的ではなく、多くの企 業が求めている事業創造とリンクしているはずで す。ですから、事業創造と人材育成を両方同時に行 うという発想が今の日本企業にとって一番重要だ と思います。 酒井 なるほど。 そうすると事業創造について、野 田さんがずっとおっしゃっているように、日本は これから人口減少社会になっていき、税収が減っ ていくとなると、民間企業に社会課題を解決する 能力が求められていくということですね。 野田 日本の場合は人海戦術が出来ないので知恵 を使うことが求められます。なので、本当に技術 力、知恵が必要になってきます。 今までのやり方に こだわらないで、まさにチャレンジしていかなけ 今回お話をうかがった野田氏については、テレビのコ メンテーターなどでも有名であり、ユニークな視点で ミドル問題に新たな知見を示し、注目を集めている。 野田氏のプロフィールについて下記に紹介する。 野田 稔 (のだ みのる) 明治大学大学院 グローバルビジネス研究科 教授 社会人材学舎 塾長 【社会人学舎 URL http://gakusya.org/】 1957 年生まれ 1981 年一橋大学商学部卒業後、( 株 ) 野村総合研究 所入社 1987 年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了 1992 年野村総合研究所経営戦略コンサルティング室長 2000 年同経営コンサルティング一部長 2001 年 に同社を退職後、多摩大学経営情報学部教授、 (株)リクルート 新規事業担当フェローを経て 2008 年より明治大学大学院 (MBA コース ) グローバ ル・ビジネス研究科教授 2013 年 9 月一般社団法人社会人材学舎を設立、我が 国ビジネスパーソンの能力発揮支援に取り組む 専門分野は組織論、経営戦略論、ミーティングマネジメ ント ればならないと思います。 日清オイリオグループ㈱ MH November 2015 25 カスタマージャーニーを捉え、 チャネルの役割を再定義する 株式会社ビービット チャネルを横断する顧客の行動をどのように捉え Tracking)調査と呼ばれるチャネル横断の顧客行 るのか? 動を把握する調査手法です。 近年のユーザーはオンラインとオフラインの RET は簡単に言えば、ユーザーに一定期間ある チャネルを実に軽やかに行き来します。テレビ CM テーマに関する毎日の行動をメールや Twitter な や新聞広告を見ながら、同時にスマホサイトで気に どのサービスを利用して記録・報告してもらう調査 なることを調べたり、事前にネットで調べた情報を です。例えば、自動車販売会社の RET 調査であれ 元に店舗で店員と交渉をしたり、店舗に居ながらに ば、自動車購入を検討中のユーザーに対して以下の して比較サイトや口コミサイトを見るといった具 出来事を Twitter や LINE でリアルタイムに報告 合です。このチャネルを横断したユーザーの行動を してもらうのです。 的確に捉え、タッチポイント間のコミュニケーショ ●自動車に関する広告に接触したら、広告の写真 ン連携によりマーケティング効果を高めることが と、できれば簡単な感想を報告 強く求められるようになってきました。 ●自動車に関して情報収集をしたら、調べた画面 一方で、チャネルを横断する顧客行動を捉える方 の写真やスクリーンショットを報告 法が今まではなく、また企業側もチャネル毎に組織 ●自動車に関して誰か(家族、友人など)と話をし がサイロ化しているために効果的な施策を展開す たら、話の要約を報告 ることが難しいこともまた現実です。この状況に風 ●自動車販売店に行ったら、どんなことをしたの 穴をあけるべく注目をされているのがカスタマー かを報告 ジャーニーマップと RET(Real time Experience RET 調査のイメージ beBit RET 調査で明らかになった保険会社におけるカスタマージャーニー この方法により、デジタルチャネルに関わらず ジを持っておらず、他社と比較したいとも思ってい ユーザー行動を横断的に把握することができるの ないため、ユーザーはどこを見てよいか分からず、 です。 サイトを訪問した後すぐに閲覧をやめてしまって いたのです。 RET 調査で分かった TVCM とスマホの関係 調べるのをやめてしまったユーザーがどうして ある大手保険会社の事例をご紹介しましょう。当 いるかというと、数日以内に保険に詳しい友人、ま 社では TVCM からサイトへ来訪したユーザーに たは来店型保険代理店に話を聞き、自分に必要な保 どれだけ資料請求数をしてもらえるかが契約数に 険がなんとなくわかったところで、今度はスマート 大きく影響を与えるため、TVCM とそのクリエイ フォンではなく PC サイトで候補となる保険会社 ティブ品質の磨きこみにマーケティング予算の大 の比較検討をします。PC サイトでも最終的には判 半が投下されていました。 断がつかず結局 2 ~ 3 社で資料請求をします。そし ところが、TVCM の効果検証結果の推移をみる てその届いた資料を見ながら、分からないことがあ と購買意向の後押しに関して効果減少の傾向がみ ると今度はまたスマホで調べようとするのです。 られ、当社としてはマーケティング予算の再配分を こ の 結 果 を 踏 ま え て、 こ の 大 手 保 険 会 社 は どのようにして行うかが大きなイシューとなって TVCM と連動する形でスマホサイトの役割を再定 いました。TVCM に割いていた予算の一部をウェ 義し、テレビ CM からの受け皿として「保険選びの ブや店舗、コールセンターなどに振り分けること 判断軸を提供し自社を検討候補に残してもらう」こ で顧客の獲得効率を向上させるチャレンジです。 とを目的にコンテンツを見直すとともに、「資料送 TVCM 中心の従来の勝ちパターンをいきなり変え 付後のフォローアップツール」としてスマホ施策を ることは難しいため、チャネルを横断するカスタ 強化する方針を立てました。従来は PC サイトとス マージャーニーの実態を可視化するために RET 調 マホサイトは同一のコンテンツを提供していたの 査を実施したのです。 ですが、この調査を機に同じデジタルといえども全 まず、ユーザーの具体的な検討行動のスイッチを く違う役割のものとして構成されることになりま 押しているのは依然として TVCM でしたが、多く した。 のユーザが TVCM を見ながら、あるいは見た直後 RET 調査を通じてチャネルを横断するリアルな にスマホを取り出して保険について調べようとす カスタマージャーニーを明らかにしたことで、チャ ることが分かりました。しかし、そのタイミングで ネルの役割が明確になり役割に即した資源配分が スマホサイトを見ても何らアクションを起こせず できるようになった好例です。 にすぐに離脱してしまうことも明らかになりまし た。 TVCM を見てちょっと興味をもったくらいの段 階のため、保険種別や商品について具体的なイメー 【お問い合わせ先】 株式会社ビービット http://www.bebit.co.jp/ メール:info@bebit.com TEL:03-5210-3892 G NEWS MARKETIN ★ TOPICS ★ アメリカマーケティング協会(AMA)の機関誌マーケテ レンタカー代金などの割引をするキャンペーンを採用。質 ィングニューズ誌2015年8月号が到着。今回の特集は 問にはカナダ人が使用する言葉(ダブル・ダブル)に関す 前回のアメリカのマーケット・リサーチ会社トップ 25社に続 るものなど。カナダ人はイギリスブランドに対する好感度が く2015年世界のマーケット・リサーチ会社トップ 50社とい 非常に高いがカナダ人はカナダ人として認められることを う名の特集号。世界のマーケット・リサーチ会社の活動 重視しているのだという。これに着目したキャンペーンがど 状況をリポートする。この2つのリポートはAMAの定番記 のような結果を生むか。 事。本号にはグローバル化するマーケティングの中で文 ②格差の激しい社会でのマーケティングでは、プレステ 化人類学的な視点から論じたマーケティングに有用な情 ージ感やうらやましい感を提供するリレーションシップ・マ 報がいくつも登場する。その論文をいつものように独断と ーケティングやロイヤルティ・プログラムはアプローチにより 偏見で選んでリポートしたい。 成功の可能性は高まるとリサーチの結果をリポート。格差 特集記事 世界のマーケット・リサーチ会社のトップは がひどい社会ではどのようなことが起こるか。 “みんなと同 依然としてアメリカのニールセン社。世界中で活躍する職 じ”がリレーションシップ・マーケティングやロイヤルティ・プ 員は42,000人。 トップ 50のうちアメリカに本拠を置く会社 ログラムに有効で、力の格差の大きい社会では比較を促 は32社。 トップ50社に入る会社はアメリカのほか、 イギリス、 進し特別扱いを示唆するプログラムが効力を上げるという オランダ、 フランス、 ドイツ、 カナダ、 日本、ブラジルに活動の 調査結果もある。 本拠を置く。日本からはインテージグループ、マクロミル、 ビ ③英語とはどこの国でしゃべる言葉か。グローバル化 デオリサーチの3社が登場。この50社の2014年の総収 時代、英語不可欠論が強いがどこの英語をしゃべるの 入は238億4,640万ドル。前年より10.6%増。アメリカの か。インドでもオーストラリアでも英語をしゃべるが英語のア リサーチ会社がこの中で占めるシェアは28.9%、オランダ クセントがイメージ上重要な働きをするというリポート。イギ は26.4%。日本は3.8%。多くの会社は、活動の中心は本 リス英語は重み、知性、 さらにはセックスアピールを与える 拠を置く国だが、 ビッグ 5は世界の主要市場に子会社や が、アメリカ英語のアクセントは訴求力に欠けるというレポ 事務所を設けている。一時低成長に悩まされていたマー ートもある。オーストリア人は社交的であり友好的なイメー ケット・リサーチ産業も成長を始めたようだが、世界経済 ジを与えるのでオーストラリアのアクセントは文化的な結合 の回復が反映しているようだとしている。マーケティングに を脳裏に抱かせると。アクセントはブランド構築に非常に はリサーチ情報が不可欠だが日本のリサーチ産業はどう 重要な役割を果たす。声優がCMで果たす役割は大きい なっているのだろうか。 と強調。 関心・注目記事 本誌のEサリバン編集長は “マーケ ④インドとアメリカで携帯電話の使用法を新世代(Y世 ティングや広告からその国について学ぶことが多い。優 代)で調査したところ、アメリカのY世代は7700万人、そ れたキャンペーンには文化の真髄を反映したもので、個人 のうち85%がスマートフォンの使用者。インドのY世代は 的、感性のレベルで目標とする消費者と結びつけるうえで 6,000万人、スマートフォンの使用者は50%。アメリカ人は ユニークなものが見出される” という趣旨のことを述べてい アプリを検索、買い物、ニュース、ローカル情報の入手に るが、マーケターには異文化に関する教育が重要でクリ 使用。インドでは色々な生活ニーズに対応するために活 エイティブなインスピレーションを促進してくれるとコメント。 用。買い物の前の探索に使用する。ところ変われば品変 そこで今月の関心・注目記事の①はブリティッシュエアウ わるというのか、アプリの利用も国によって、世代によって ェイズ (BA)がカナダ人の旅行者がアメリカ人と間違えら 違うようだ。 れることに気を悪くしていることに着眼、 カナダ人であるこ とに対する質問に正確に答えられればホテル代や、運賃、 28 MH November 2015 (大坪 檀 静岡産業大学総合研究所教授・所長) ㈱ ADK MARKETING EYES 女性マーケター の眼 ひらめきの創造 「集団的」ということ 橋本智恵子 柴田常文 先日、日本の大手外食産業が「日本の定食」を食べ 「信ずるという力を失うと、人間は責任を取らなくなるので ることが出来るお店を売りとして海外に店舗を拡大して す。そうすると人間は集団的になるのです。自分流に信じな エイゴン・ダイレクト&アフィニティ・マーケティング・サービシズ㈱ いるという話を聞いた。日本食=ヘルシーというイメージ は世界的に浸透してきているが、 ここではこれに加えて、 日本人が健康で長生きできる理由の一つとして定食と ㈱リンクエス いから、集団的なイデオロギーというものが幅をきかせるので す。だから、イデオロギーは常に匿名です。責任を取りませ いう食文化が存在しているからということが付け加えら ん。責任を持たない大衆、集団の力は恐ろしいものです。」 れているらしい。本当に日本人が定食にこだわっている これは小林秀雄が学生たちに語った言葉です。「集団 かと問われたら、個人的には到底そうとは思えないのだ 的」は諸刃の剣だ。この後に、合意や援助、絆などの言葉 が、物事は言い様だし、使い方次第で普段こだわりの が付けば、人は一人では生きられない、みんな仲良く民主的 ない認識がひらめきやアイデアに変わるのだと感じた。 私はマーケティング会社に所属しているが普段このよ うなマーケティング的アイデアを考える機会もないので、 ということになるが、一方、暴行とかイジメ、あるいは最近流 行りの自衛権のような言葉が付くとエライ事になる。 少し考えてみることにした。先日ある外国人が「海外旅 我々広告に携わる者は、つねに「時代の集団的意識、 行をするなら日本だよ」 と言っていたのを思い出した。確 価値感、動向」というものに敏感にならざるを得ない。「何 かに日本は食べ物の品質やお店でのサービスが良い となく、何物かに押されつつ、ずるずると、 日本は戦争に突入 のにチップを払う必要もなく、分単位のスケジュールで 電車は動いているし、他の国と比較して快適なことがあ たりまえに存在している部分が多い。何故だろう。ここ していった。日本では主体的な責任意識が成立するのは難 しい。誰もその責任を取らない」これは政治学者・丸山真 で、日本人=万人から喜ばれることが好きな優等生とい 男の言葉だ。 うイメージが思い浮かぶ。少し古い流行語と結びつい 戦後70年。安保法案成立後のこの国の「集団的」をし てしまうのだが、このイメージの良い部分を「日本人は相 っかり見つめていきたい。「集団的」といえばアートディレク 手を選ばないおもてなしが好き」という言葉に置き換え ターの長友啓典さんを編集長に「クリネタ」という季刊誌を てみた。これは文化に属するものと思うが、この「相手 を選ばないおもてなし」をなんらかの形で商品化できれ ば、海外の商品やサービスを差別化するツールとして需 発行している。平均年齢60歳、日本一の高齢編集団を自 認し、 創刊して8年になる。クリエイトのネタを提供するからク 要が生まれるのではないだろうか。これを今回のひらめ リネタ。「早くしないと、みんな死んじまうで」という編集長の きとしたいと思う。 危機感をコンセプトにアート、 写真、 広告、 映像、 ファッション、 大したひらめきが生まれるかどうかはさておき、無関係 音楽…さまざまなジャンルの忘れちゃいけないネタを編集して と思える物事を結びつけて一つのアイデアを創り出し てみようという心掛けがあればマーケターとしての能力 のブラッシュアップもさることながら、日々の物事の捉え 方にも影響を与えることが出来るのではないだろうか。 はしもと・ちえこ エイゴン・ダイレクト&アフィニティ・マーケティング・サービシズ株式会社 事業企画本部・施策統括部 シニアマネージャー 30 クリエーター の眼 MH November 2015 いる。 興味のある方は、ぜひ定期購読で。1冊¥750のところ ¥500です。お申し込みはcrineta@crineta.jpまで。 しばた・つねふみ ㈱リンクエス 代表 クリエイティブディレクター コピーライター BOOKS Editor's Choice Professor's Choice 『「学力」の経済学』 中室牧子 著、ディスカヴァー・トゥエンティワン 著者はまだ日本では馴染みの薄い「教育経済学」 の研究者である。教育という 「聖域」に対して経済的 観念を持ち込むことに批判的な感情を抱く向きもある だろうが、そうした態度が日本の教育政策を歪めてい る可能性がある。例えば、教育現場における「少人 数学級」はアメリカでの研究の結果、費用対効果の 非常に薄い教育政策としてすでに認識されている。し かし、日本では少人数制により高い教育効果が得られ るかのような錯覚がいまだまかり通っている。 また子育てに関する方法論においても、誤った思い 込みが多いことを著者は指摘する。例えば、 「ご褒美 で釣ってはいけない」 「褒めて育てるべきである」など の通説がまことしやかに語られているが、それらは科学 的には正しくない。勉強をさせるためにご褒美を与える ことは、実際の成果も上がるうえ、学ぶためのモチベー ションを失わせることもないことがすでに研究で確認さ れているのだ。また無闇に子どもを褒めることは、努力 することを怠らせ、自己評価だけの高いナルシストを生 み出す可能性もあるのだ。 また個人的に興味深かったのは、小学校入学前の 幼児教育の重要性である。教育を「投資」として考え る場合、その成果がもっとも高く出るのは就学前の期 間だそうだ。ここでいう幼児教育はいわゆる勉強のこと だけではなく、 しつけや健康増進なども含んでいる。こ の時期に十分な教育を施すことは、高い学歴やそれ に基づく所得の向上にそのまま繋がっていく。さらに単 なる学力アップにとどまらず、 自制心ややり抜く力などの 「非認知能力」を高めることにも関係があるのだ。幼 児教育の意義を知っているかどうかで我が子への向き 合い方はおそらく変わるだろう。 本書を通じて著者が繰り返し訴えているのは「科学 的根拠」に基づいて判断をしていくことの大切さだ。 教育に関しては、個人的体験をあたかも正論のように 語る傾向があるが、そこには客観性や再現性は伴って いないことが多い。経済学の良き一面である科学的 視点をしっかり持つことで、教育に対しても正しい判断 を下せるのではないだろうか。 (本誌編集委員 子安大輔) 『小売企業の基盤強化』 流通パワーシフトにおける関係と組織の再編 高嶋克義 著、有斐閣 最近、PB(プライベート・ブランド)商品の増加、新規 出店の加速、企業連携や合併等の記事が日々の新聞 や商業雑誌の紙面を賑わせ、ネット上でも話題となって いる。小売市場での競争が激しさを増し、小売企業が さまざまな戦略的行動に出ていることがわかる。しかし、 個々の小売企業の戦略的行動を見ているだけでは、今、 小売市場で何が起きているのかを正確に掴むことはでき ない。いったい何が小売企業で起きているのか?著者は、 小売企業のさまざまな戦略的行動は氷山の一角であり、 この氷山の水面下で小売企業の基盤強化の動きが進 んでいることを、理論的に整理しながら質問票調査と企 業データベースを用いた実証分析に基づき明らかにして いる。 本書では、小売企業の基盤強化の動きを次の二つの 局面に絞って検討している。 一つ目は、小売企業の仕入先との企業間関係の構 築である。市場シェアを拡大させている特に大手小売企 業の動きは、NB(ナショナル・ブランド)のコモディティ化 と相まって、小売企業の仕入れ先に対するパワーを一層 強化し、積極的なPB導入を行える立場を強くしている。 小売企業はこのパワーにより仕入れ先からPBの協力を 引き出せる関係を持つことができるようになってきている。 二つ目は、特に興味深い基盤強化の一面である。仕 入れ先との企業間関係を管理するため、小売企業のパ ワーを有効に活用できる組織構造へと再編が進んでい る。PB開発の専門部署を設けることや、集権的なMD (マーチャンダイジング)体制をとることでバイヤーに革 新的な行動を促し、仕入れ先企業からは有効なMD提 案を引き出している。 このような水面下での小売企業の基盤強化の動き と、新聞や雑誌で目にするさまざまな小売企業の戦略的 行動との繋がりを明らかにしたこの研究の面白さを、本書 を手に取り味わっていただきたい。また、本書は、日々業 務に追われる実務家が日常業務を大きな流れの中で整 理する助けとなるのはもちろん、今後の仕事のヒントも詰 まった一冊である。 (流通科学大学 商学部 教授 岸本徹也) MH November 2015 31 広告掲載会社 「マーケティングホライズン」編集委員 編集委員長 片平秀貴丸の内ブランドフォーラム サントリービジネスエキスパート㈱表4 編集委員(五十音順) ㈱電通 子安大輔㈱カゲン GMOリサーチ㈱ 松風里栄子㈱センシングアジア 三井農林㈱ ツノダフミコ㈱ウエーブプラネット ㈱TBSテレビ 中島聡㈱明治 ㈱インテージ 中塚千恵東京ガス㈱ 日清オイリオグループ㈱ ㈱ビービット 本荘修二本荘事務所 見山謙一郎㈱フィールド・デザイン・ネットワークス ㈱アサツーディ・ケイ 吉田けえな㈱RBK 表2 表3 17 19 21 25 26 ,27 29 吉田就彦㈱ヒットコンテンツ研究所 エチエンヌ・バラールジャーナリスト 編集後記 教養をつける」という特 語で言うと「業(わざ) 」とか「腕」でしょうか。 まさ 集で一番勉強させてい に筋肉に滲みこませて自分の動きにならなくては ただいたのはほかなら いけないのです。そのためには、PDCA ではあり ぬ私でした。教養をつけ ませんが、 読むだけでなく 「読む・集う・考える・動 るということは文化、文 く」のサイクルを回す必要があるようです。 このよ 学、哲学の古典を読むこ うな気づきは書だけからでは得られないものでし とと何が違うのかとい た。 この中でも今一番欠けているのは「集う」では うのが当初の問題意識 ないでしょうか。スマホばかり覗いていないで皆 でした。 改めて気づいたのは、教養とは立ち居振る 集いませんか。 熊倉さん、山崎さん、田口さん、安田 舞いであり、人との付き合い方であり、物事への対 さんをはじめ今回インプットしてくださった皆様 処の仕方だということです。田口氏が言うように、 に心から感謝いたします。 英語の「Liberal Arts」とは Art なんですね。 日本 (片平秀貴) マーケティングホライズン 11号/ NO.688 2015年12月1日発行© 発行者:塚田宗紀 発行所:公益社団法人日本マーケティング協会 〒106 -0032東京都港区六本木3 -5 -27六本木YAMADAビル 9 F TEL.03 -5575 -2101 FAX.03 -5575 -0626 http://www.jma-jp.org 定価:1部200円(送料別) (購読料は会員費に含まれています) 印刷所:大日本印刷㈱ 表紙ロゴ/柳沢光二 表紙デザイン・本文編集/松熊慎一郎 無断複写・転載を禁ず。 32 MH November 2015
© Copyright 2024 Paperzz