わが国における第三者の関わる生殖技術の動向 と

日本社会福祉学会
第59 回秋季大会
わが国における第三者の関わる生殖技術の動向
とソーシャルワークによるアプローチ
中部学院大学
宮 嶋
淳 (4662)
キーワード:第三者の関わる生殖技術、ソーシャルワーク、アプローチ
1.研 究 目 的
人口減少社会に移行したわが国において、体外受精・胚移植法(IVF-ET)およびその関
連技術である生殖技術(ART)は、不妊に悩むカップルへの福音をもたらす生殖技術として、
その推進並びに推進体制の法的整備が当事者並びに医療関係者から求められてきた。
ART 実施に伴う多胎妊娠や減数手術、代理母や借り腹、胚提供並びに余剰胚の取り扱い
等多くの未解決の課題が顕在化している。ART の在り方、ART により出生した子の法律上の
取り扱い(=法的地位)については、多くの議論があり、事実が先行しているものの、国
としての明確な方向付けがなされていない。
国は 2006(平成 18)年 11 月 30 日付けで法務大臣並びに厚生労働大臣の連名により、
日本学術会議に対する ART に関する審議を依頼し、2008(平成 20)年 4 月 8 日、対外報告
「代理懐胎を中心とする生殖補助医療の課題-社会的合意に向けて-」が発表された。こ
の報告では代理懐胎を中心とする ART に関する諸問題 10 項目の提言がなされている。
提言は 3 部構成
1 部~代理懐胎の規制の是非
2 部~代理懐胎により生まれた子と代理懐胎者・依頼者夫婦との親子関係
3 部~生殖補助医療に関する諸問題への対応
提言7:出自を知る権利については、子の福祉を重視する観点から最大限に尊重
するべきであるが、それにはまず長年行なわれてきた夫以外の精子による人工
授精(AID)の場合などについて十分検討した上で、代理懐胎の場合を判断すべ
きであり、今後の重要な検討課題である。
提言8:卵子提供の場合や夫の死後凍結精子による懐胎など議論が尽くされてい
ない課題があり、今後新たな問題が出現する可能性もあるため、引き続き生殖
補助医療をめぐる検討が必要である。
提言9:生命倫理に関する諸問題については、その重要性にかんがみ、公的研究
機関を創設するとともに、新たな公的な常設の委員会を設置し、政策の立案な
ども含め、処理していくことが望ましい。
提言 10:代理懐胎をはじめとする生殖補助医療について議論する際には、生まれ
る子の福祉を最優先とすべきである。
ここでも両論併記の態をとり、わが国の ART に関する状況は、技術が先行する中、社会
的合意の形成や法の制定を含む社会システム化に関する議論が世界の動向から遅れを取っ
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ているといわざるを得ない状況にある。
世界の動向
多くの国では、生殖補助医療の推進が女性の権利として認められている。
例えばニュージーランドでは、
“Human Assisted reproductive technology Act 2004”
〇同法の 目的 として規定されていること
(a)
人間の再生医療に関わる研究の活用と個人の権利
(b)
禁止事項
(c)
商行為の禁止
(d)
研究のガイドライン
(e)
研究成果の利用のためのガイドライン
(f)
提供精子・卵子で生まれた子どもの遺伝情報を知る権利(出自を知る権利)
〇同法の 原則 として規定されていること
(a)
生まれてくる子どもの“health&Well-being”の優先
(b)
現在並びに将来の人間の“health&Well-being”の保持
(c)
女性の“health&Well-being”の保護
(d)
クローン技術の人間への適用の禁止
(e)
ドナーの情報へのアクセス
(f)
マオリの文化、価値、信念に敬意を表すること
(g)
社会的な価値、精神的文化的展望(拠り所)の尊重
本 研 究 の 目 的 は 、 わ が 国 に お い て 第 三 者 が 関 わ る 生 殖 技 術 に 関 す る 当 事 者 の human
well-being が保障された法律が早期に制定され、当事者の人権擁護のための社会的システ
ムが構築されるために必要な枠組みを組み立て、かつ、そのためのエビデンスを蓄積する
ことをめざすものである。
報告者のこれまでの研究成果により、第三者が関わる生殖技術に関する当事者の human
well-being が保障される必要があり、そのためには、当事者が主張する人権を擁護し、当
事者を苦悩から解放する道筋を明らかにし、その道筋に沿ったソーシャルワークの様々な
アプローチが、わが国の福祉社会をデザインしていくために駆使されることが重要となる
ことが示唆された(1)。
この示唆を本研究の出発点として、本研究では当事者の範疇を第三者が関わる生殖技術
に関わるすべての者-提供精子・提供卵子・胚提供・代理懐胎で生まれた者とそれを選択し
たカップル並びに提供者等-に拡大し、当事者の human well-being を擁護する理路と福祉
社会構築のためのデザインをソーシャルワークにより探求していくものである。
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2.研究の視点および方法
本研究では具体的に動き始めている国内外の提供精子で生まれた者等によるセルフ・ヘ
ルプ・グループの動向をアクションリサーチの手法により把握し、そうした動きと有機的
に結びついた、諸外国の当事者運動の実態をレビューする。
またソーシャルワークの国際的機関である IFSW は、2006 年の総会において英国ソーシ
ャルワーカー協会からの「生殖ツアー」に関する提案を“Appendix A”として議論し、続
く 2008 年の総会にて”Cross Border Reproductive Service(国境を越えた生殖サービス
に関する国際方針文書)
“を取りまとめている。この政策文書を取りまとめたメンバーへの
書簡並びにインタビューによる調査を行い、同文書が採択される経緯と議論の内容を把握
し、質的な分析を行う。
3.倫理的配慮
アクションリサーチ、書簡並びにインタビュー調査への応答者には、同調査が上記の目
的による研究活動の一環であり、応答内容を研究に活用することを口頭並びに文書で説明
し、同意を得ている。
4.研 究 結 果
1、2010 年 3 月 11 日にわが国で初めて、提供精子で生まれた者等によるセルフ・ヘルプ・
グループ「第三者の関わる生殖技術について考える会」が設立され、Web サイトやメー
リングリストの運営、啓発用冊子の作成、第三者の関わる生殖技術関連の情報の収集、
公開講座の開催、各種関連学会や報道機関への趣旨説明、国会議員への働きかけなど
様々なソーシャルアクションが伸展している。
会の概要
目
的:第三者の関わる生殖技術について、様々な立場から現状と課題を明らかにし
社会に対して訴えかける。また、現状追認型の制度・施策化に反対する
構成員:AID によって生まれた者、AID で親になった当事者、研究者、大学院生、
ジャーナリストなど約 30 名
活
動:不定期に開催される勉強会、HP の運営、メーリングリストの活用、国会議員
に対するアンケート調査、会員個々人による啓発活動、研究活動
問題意識(問題の本質とは何か)
1)
告知・・親が子どもに告知しない、もしくは告知が遅くなることで、子どもは事
実が隠されていると感じ、家庭内に秘密があると気づき、家庭に違和感を覚える。
秘密が漏洩した時、子どもはアイデンティティの喪失を体験し、アイデンティテ
ィを再構築し精神的な安定を図る必要性が高い。しかし、信じていた親が嘘をつ
いていたということへのショックは大きい。
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2)
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出自を知る権利がないこと・・自分の中の空白を埋めることができず、遺伝上の
兄弟姉妹との恋愛や結婚の可能性に脅えることになり、高度な医療を受けなけれ
ばならない場合に、遺伝情報が分からないために治療が遅れることが懸念される。
3)
社会的認知・・生殖補助医療の概要や生まれた当事者への理解、相談できる場所
などの情報が少なく、孤独に悩むことが多く、かつ悩みがなかなか理解されない。
4)
倫理的問題・・これまでなされてきた生殖補助医療が「正義」にかなうことなの
か、振り返ることができない。また、なされたことは次世代に連続している。
5)
第三者の関わる生殖技術の問題の本質は、①秘密裏の医療であること、②当事者
を増やし続けていること、③生まれた子どもの視点での意見・議論が社会化され
ていないこと、④家庭内のみで解決できる問題ではないこと、⑤施された技術行
為の是非を振り返ることが極めて難しいこと、とまとめることができる。
メール:donorconception@hotmail.co.jp ブロク:http://daisansha.exblog.jp/
2、米国で卵子提供を受けて出産した著名人を取り巻く報道活動が活発化し、第三者の関
わる生殖技術に関する映像化がなされ、わが国における制度・政策化が加速する可能性
が示唆される。しかし、東日本大震災が直後に起こり、話題性も鎮火した。
野田発言
■ 2005 年 10 月
資料
第 57 巻 10 号「産婦人科の世界」(医学の世界社)
「政府法案に物申すー野田聖子議員に聞く」http://www.hh.iij4u.or.jp/~iwakami/sanf4.htm
■ 2006 年 12 月 1 日
日 経 BP ネット/野田聖子議員に聞く:代理出産は認めるべき
http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/person/interview/061127_noda1/
■2006 年(平成 18 年) 6 月1日衆議院にて「不妊治療の保険適用に関する再質問主意書」野田聖子
http://www.noda-seiko.gr.jp/column/?itemid=34&catid=16
■ 2008 年 2 月1日/野田聖子公式メルマガ「キャサリン通信」第 89 号 (乳児院視察の様子。日本学
術会議の代理出産禁止に「問題がある」と書く)
http://archive.mag2.com/0000127727/20080201232853000.html
■ 2010 年 6 月1日
シンポジ ウム「養子縁組あっせん法成立を目指して」での野田氏の挨拶
http://c-faculty.chuo-u.ac.jp/~okuda/symposium_proceedings.html
■2010 年 8 月 25 日
産経 ニュース「野田聖子氏が体外受精で妊娠
週刊新潮に手記発表」
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100825/stt1008251850016-n1.htm
■ 2010 年 8 月 26 日
諏訪マ タニティークリニックのコメント
「野田聖子さんの妊娠報道に関して」
http://news.e-smc.jp/topics/201008262105.php
■ 2010 年 9 月 19 日
現代ビ ジネス
FRIDAY より「パートナーの過去と妊娠」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/1202
■野田聖子氏自身が書き込んでいる掲示板
babycom「高齢出産 VOICE」野田聖子スレッド
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http://www.babycom.gr.jp/pre/h_voice/index.html
■2010 年 10 月9日
産経 新聞「おなかには男の子」
妊娠中の野田聖子氏が地元集会で報告
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/101009/stt1010091747003-n1.htm
■2010 年 10 月 11 日
毎日 新聞
東京朝刊/不妊治療に関する法制化が進みません:野田聖子さん
http://mainichi.jp/select/opinion/approach/news/20101011ddm004070059000c.html
■ 2010 年 10 月 18 日
毎日新 聞
東京朝刊/不妊治療の 30 年をどう振り返りますか?:吉村泰典さん
http://mainichi.jp/select/opinion/approach/news/20101018ddm004070007000c.html
■ NEWS ポストセブン(小学館サイト)
より
「野田聖子議員の『卵子提供』は新しい選択肢を与えたと専門家」(女性セブン9月 16 日号)
http://www.news-postseven.com/archives/20100928_1379.html
■ 2010 年 10 月 28 日〜11 月 1日
その1
読売新聞
「だから私は卵子提供を受けた」
■ 2010 年 11 月6日
朝日新 聞
夕刊
こころ元気塾
野田聖子さんインタビュー
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=32645
卵子提供、日本も整備を
野田聖子さん
http://www.asahi.com/special/hug/TKY201011060166.html
■
2011 年 7 月 2 日
朝日新聞
逆風満帆
「『お嬢様』の枠に収まらない」(抜粋)
米国で第三者の卵子提供を受けて体外受精をし、妊娠。今年 1 月、50 歳で念願の
母になった報告を、初めて地元で直接した。帝王切開で出血多量になり、一時、意
識不明に陥ったこと。息子は臍帯ヘルニアや食道閉鎖症などで、生まれて 5 ヶ月の
間に 5 回もの手術を経て、今も集中治療室にいること-。
「3000 グラムの人間が一生懸命、生きようとしている。『こうした命を守るため
に頑張らないと』と日々、息子から言われている気がする」
「皆様が幸せに生きてい
けるような政治ができるよ、将来の日本の肝っ玉母さんになれるよう、頑張りま
す!」
3、IFSW 政策文書を取りまとめた英国のエリック・ブライスは、政策文書の内容が広く
周知され、ソーシャルワーカーがこの領域に関心を持ち、各国・地域における同領域に
対する倫理基準が構築されることが重要であると指摘する。
IFSW の立場
1)
人の生命、人間の精子・卵子・胚が商品化または商取引になってはならない
2)
歴史的に女性と子どもたちが基本的人権、保護、資源、サービスに対して等
しいアクセスを与えられてこなかったことを認める。人はすべて、人の生殖能
力に影響を及ぼすところを含むあらゆる形の差別と搾取からの保護を受けるこ
とができる
3)
人々の命に影響を及ぼす決定と行動のすべての面で、人々の権利の拡大を促
進し、自己決定の権利を支持する
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政府、組織、専門職、家族等の圧力を受けないで、生殖及び政敵保険医療の
4)
アドバイスとサービスを受ける権利を支持する
個々人の遺伝子の遺伝についての全情報が、提供された生殖補助医療の結果
5)
として妊娠される個人の権利であることを支持する
国境を越えた生殖サービスに対する国内専門職団体の倫理基準と倫理綱領の
6)
適用を支持する
IFSW が推奨するアクション
生殖補助医療によって影響を受けるすべての個々人、特に生殖サービスを求
1)
める人、提供者、代理母、子どもの必要な保護を確実にするために、個々の地
区での立法や規則を促進すること
2)
生殖サービスを監視したり、規制する団体への代表を送ること
3)
安全で入手可能な生殖ケアサービスの発展を促進すること
4)
受精あるいは生殖ケアの問題に対するコミュニティ教育を促進すること
5)
国境を越えた生殖医療のための国士的なガイドラインを展開するために、世
界保健機関のような国際組織とのかかわりを促進すること
* わが国の 4 つの職能団体も IFSW に加盟しているにもかかわらず、こうした政
策文書への対応が遅々として進まない。この例のような対応の遅れは、ソーシ
ャルワーカーの倫理綱領やソーシャルワークの倫理に反しないのか、疑問であ
る。
* さらにいえば、わが国のソーシャルアクションが政府や官庁に対する「要望」
「提案」に終始し、その後のフォローがなされていないことも、グローバルな
ソーシャルワークの倫理原則・基準(例えば、「社会正義」という価値)に照
らして妥当だといえるのか、疑問である。
4、以上のことから、報告者はわが国のソーシャルワークが第三者の関わる生殖技術に関
心を寄せ、あらゆる視角からみた当事者へのアプローチ-支援や協働-方法を構築し、
倫理上の基準や実践上のガイドラインとして明示されていく必要があるという結論に
至った。
参考(1)
宮嶋
淳(2011)『DI 者の権利擁護とソーシャルワーク』福村出版
宮嶋
淳編著(2011)『生殖ケアソーシャルワーク論』ヘルスシステム研究所
才村眞理編著(2008)『生殖補助医療で生まれた子どもの出自を知る権利』福村出版
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