情報学教育論考 Disquisition on Information Studies Education 2016 第2号 目 次 まえがき:情報学教育フォーラムについて 実行委員会 (i) 巻 頭 言:情報学教育フォーラムへの期待 小玉重夫 (ii) 1 第 1部 第 2回 情報 学教 育 フォーラムのまとめ 実 3 プログラム 実行委員会 4 第2回情報学教育フォーラム 重点課題 実行委員会 5 第2回情報学教育フォーラム 実施概要 横山成彦 6 講演1:情報学教育 河添 健 8 講演2:情報科目の今後の在り方について 鹿野利春 9 情 報 学 教 育 の 第 2 ス テ ー ジ ~ 教 職 実 践 を 視 野 に : K-12 か ら K-18 へ ~ 松原伸一 11 第2回情報学教育フォーラム 実行委員長挨拶 第2回情報学教育フォーラム 齋藤 21 第 2部 論 考 情報という分野および情報教育の多様性 和田 勉 23 インターネット上の誹謗中傷に関する法的問題 高橋 惇 27 情報学ことはじめ 芳賀正憲 29 生田研一郎 35 必履修教科「情報」の基本的視座 情報科教育を考察する2 齋藤 実 37 「情報社会に参画する態度」の充実の必要性 横山成彦 39 情報学教育フォーラム (運営 情報学教育研究会) 情報学教育論考 第 2 号 まえがき 情報学教育フォーラムについて ※「第2回情報学教育フォーラムのご参加に際して」より はじめに ... ... 新しい時代に対応した新しい情報教育の在り方の検討を目指して,2015 年 5 月 31 日に,第1回情報学教育 フォーラムを開催しましたところ,多くの皆様のご関心を頂戴しましたので,第2回情報学教育フォーラムを 開催できる運びとなりました。お忙しいところ,参加申込をして頂きましてありがとうございます。本フォー ラムは,個人が自由に参加できる形態とし,公募による懇談会としています。従いまして,その人数には自ず と限度がありますが,工夫を施して,結局,第1回の約 1.5 倍の参加者数となりました。 ご参加に際して 本フォーラムは,会場大学のセキュリティの関係で,事前に参加登録をされた方のみが入場できます。参加 申込(事前登録)のない方は,入場・入室ができませんのでご注意ください。また,会場は, 「指定席」とする 予定ですので,ご自身のお名前を確認してご着席下さい。なお,懇談会の重点項目などについて,簡単なご意 見を頂戴したいと思います。着席の後,ご意見(票)にご記入いただきまして,スタッフにお渡し下さい。ま た,ご意見(票)は,Web サイトに掲載しておりますので,あらかじめご記入頂いて当日ご提出されても結構 です。 情報学教育フォーラムについて 今回のフォーラムは,①関係する内容の講演と,②公募による懇談会がセットになった新しい方式の会議で す。講演は2件で,1件あたりの時間は短いですが,その後にて展開する懇談会の序章になります。今回の懇 談会では,キーノートとして2名程度の先生のコメントを頂戴する予定です。また,今回の懇談会では,3つ の重点項目を設定し討論(懇談)をお願いする予定ですが,結論を出すことを目的としていません。しかしな がら,この時期に本研究会の活動に関心をお持ちいただき,多忙な中でもフォーラムへの参加を希望されたご 厚意に対応することが重要だと考えております。そのためには,一定の見解や知見(方向性)を示すことは必 須ですが,それは本研究会の今までの実績を活用することができるかもしれません。重要なことは,課題の整 理とその解決の方向性の確立(指針やガイドラインなど)にあると考えております。情報学教育研究会では, 既に多くのプロジェクトを立ち上げ,一定の研究成果をあげています。時にはその成果を示しながら,評価を 頂戴して整理することも重要かもしれません。 今後は, ・・・ 数ヵ月後を目途に,懇談会での展開をベースに成果をまとめて, 「情報学教育論考」第2号(以降では,論考 と呼ぶ。 )を発行する予定です。これは,懇談会にて貢献された方々を中心に協議しながらまとめるとともに公 募による原稿も頂戴するとともに,情報学教育研究会の成果も加えて,まとまったものといたします。論考の 内容は単なる実践報告ではなく,フォーラム(懇談会)の重点項目を中心に「まとめ(その2) 」を作成すると ともに,それをベースに, 「指針(その2) 」を示すことに力点を置きたいと考えております。なお,今回のフ ォーラムは前回に続いて新しいイベントとなりますが,工夫しながら効果的な運営を模索したいと考えており ます。引き続き,皆様のご理解とご協力を賜れば幸いです。 【情報学教育フォーラムのサイト】 http://www.mlab.sue.shiga-u.ac.jp/isef/ (i) 情報学教育論考 第 2 号 巻頭言 情報学教育フォーラムへの期待 東京大学大学院教育学研究科教授 小玉重夫 昨 年 ( 2015 年 ) の 6 月 に , 公 職 選 挙 法 が 改 正 さ れ て , 選 挙 権 年 齢 が 満 18 歳 以 上 に 引 き 下 げ ら れ ま し た 。こ れ に よ っ て ,今 年( 2016 年 )に 予 定 さ れ て いる参議院選挙から,高校 3 年生が有権者として選挙権を行使することにな ります。これは単に選挙権年齢が2歳引き下げられたというにとどまらない 重要な意味をもっていると私は考えています。すなわち,これまで生徒を社 会から保護し,知識を中心とした教授を行う場であった学校が,選挙権を行 使する市民となった高校生を媒介として社会や政治とつながる学校へと転換 する時代に突入したという歴史的な転換を,選挙権年齢の引き下げは象徴的 に示しているのではないでしょうか。 このような時代の変化を念頭におきつつ,私は昨年,東京大学教育学部の 同 僚 と 共 同 で 『 カ リ キ ュ ラ ム ・ イ ノ ベ ー シ ョ ン 』( 東 京 大 学 出 版 会 , 2 0 1 5 年 ) という著書を出版しました。この本では,アカデミズムを起点として生産さ れた知を学校教育に下ろしていく従来のカリキュラムの構造を,社会や政治 との関係をより重視したカリキュラムの構造へと転換するという提案をして います。そうしたカリキュラム・イノベーションのプロジェクトにおいて重 要な意味を持つのは,一つには,政治に参加する市民を育成するシティズン シップ教育です。 そしてもう一つ,このシティズンシップ教育と密接に関連するものとして 重要なのが,メディア環境の変化に対応する情報リテラシーを育成する情報 教育であると考えます。そうした意味での情報教育は,情報メディアに関す る技術や知識の習得だけでなく,社会や政治と情報との関係を批判的に読み 解くリテラシー(判断力)の養成を不可欠の要素として含み,文理融合型の 性格をも有するものであるといえます。そこに理論的な基盤を提供する一つ の場として,情報学教育フォーラムに期待する次第です。 (ii) 情報学教育論考 第 2 号 ☆ (iii) 第1部 第2回情報学教育フォーラム のまとめ 1 ここ では , 第 2 回情 報学 教育 フ ォー ラム ( 2015/10/18 開催 )の まとめとして下記の情報を掲載している。 (1)第2回情報学教育フォーラム 実行委員長挨拶 (2)第2回情報学教育 フォーラム(プログラム) (3)第2回情報学教育フォーラム 重点課題 (4)第2回情報学教育フォーラム 実施概要 (5)講演1:情報学教育 ※ ISEF ニ ュー ズ レ タ ー第 2 号 よ り 引 用 (6)講演2:情報科目の今後の在り方について (7)まとめ:情報学教育の第2ステージ ~教 職 実 践 を視 野 に:K-12 から K-18 へ その他の情報については,情報学教育フォーラムのサイト (下記)を参照されたい。 http://www.mlab.sue.shiga-u.ac.jp/sig_ise/isef2015/ 2 情報学教育論考 第 2 号 第2回情報学教育フォーラム実行委員長挨拶 埼玉県立大宮高等学校 齋藤実 2015 年 5 月 31 日早稲田大学西早稲田キャンパスでの第1回情報学教育フォーラムに続き,同年 10 月 18 日に 同じ場所で第2回を無事に開催できました。多くの関係の皆様方のお陰だと思っております。快く場所の提供と 手続きをして頂きました早稲田大学,筧研究室の方々,並びに来賓,講師,そして,多くの参加者の皆様方に, 実行委員会を代表しまして,この場をお借りして厚く感謝申し上げます。 新しい時代に対応した新しい情報教育の在り方の検討を目指して,情報学教育フォーラムを開催することにし たところ,第1回及び第2回共に多くの皆様のご出席を頂きました。 情報科教育学のさらなる発展のためには,大学などの 研究者,高校などの実践教育者,企業や組織などの情報 関連者など,様々な立場の方々との緊密な連携が必要で す。特に,この第2回は,先行予約の形で,高校の先生 方の出席を優先させて頂きました。 フォーラム開催の意義は,フォーラム議長松原先生の お言葉を引用すると以下の通りです。 『情報学の研究分野は非常に広範囲に渡っています。 さらに, それぞれが深遠なる学問の歴史を有しています。 このような背景を尊重し,自然科学系のみならず,人文 社会系や芸術系などのあらゆる分野の専門家の皆様の知 見を拝聴し,濃厚な知識群の中で,教科教育の視点で, 情報学の考察を施すことが重要であると考えています。 そのためには,教科教育学の学問的な発展や充実が必須 となりますが,そのためにも,皆様のご協力を賜りたい と切に願っております。 』 今回,第2回情報学教育フォーラムにおける重点項目 については, (a)情報学教育における高大接続と連携 (b)文理融合の情報学 (c)高校で教えるべき教科「情報」の内容 の3つでした。 フォーラムの後半は,この3つのテーマに分かれて, 分科会毎に研究協議を行い,最後にそれぞれまとめの発 表をして頂きました。大学関係者,高校関係者,その他(弁護士,出版社等) ,様々な立場で,忌憚なく意見交換 ができました。人数は,それぞれ2:3:1の割合で,当初55名の予定でしたが,当日欠席があって実際には 44名の参加でした。 このフォーラムの開催を契機に,引き続き皆様方のご支援ご協力を頂ければと思っています。さらなる情報学 教育の発展を祈念しています。 3 情報学教育論考 第 2 号 第2回 情報学教育フォーラム Information Studies Education Forum 日 時:2015 年 10 月 18 日(日)13:00~17:00 場 所:早稲田大学 西早稲田キャンパス(東京都新宿区大久保 3-4-1) 55 号館 S 棟 2 階 第3会議室 (http://www.sci.waseda.ac.jp/campus/) ※ 第1回のフォーラム会場とは別の会議室となりますので,ご注意ください。 テーマ:情報学教育における高大接続と連携 協 賛: (一般社団法人)情報システム学会 (http://www.issj.net/) 運 営:情報学教育研究会(SIG_ISE) (http://www.mlab.sue.shiga-u.ac.jp/sig_ise/) プログラム 13:00~13:30 開会 (挨拶等) 松原伸一(情報学教育フォーラム議長,滋賀大学 教授) (来賓挨拶) 高田信夫(情報システム学会 基礎情報学研究会事務局長) 前迫孝憲(教育システム情報学会前会長,大阪大学教授) 伊藤 守(社会情報学会 前会長,早稲田大学教授) 13:40~14:10 講演1 (講 師) 河添 健(慶應義塾大学 総合政策学部 学部長) <大学の視点から> 高大接続と入試(仮) 14:10~14:40 講演2 (講 師) 鹿野利春(文部科学省 教科調査官,情報) 15:00~17:00 懇談会 齋藤 実(埼玉県立大宮高等学校) <行政の視点から> 我が国における情報教育政策(仮) ※司会 本フォーラムは,個人が自由に参加し,情報学教育※に関心を持つ者が一堂に会して懇談を行うものです。 ※情報学教育とは,自然科学系の内容だけではなく,人文社会系の内容をも積極的に取り入れ,いわゆる“文理融合でバランスのよい情報学”の教育 のことである。これは,従来の情報教育の概念を発展させたもので,親学問との関連を考慮して,学習内容を明確化(再構成)する点に特徴がある。 第2回情報学教育フォーラムでは,(a)情報学教育における高 大接続と連携,(b)文理融合の情報学,(c)高校で教えるべき教 科「情報」の内容,の3つを重点項目といたしました。 懇談会では,効率よくすすめるため,3つのセッションで構 成し,下記のように進めたいと考えておりますが,状況により (適宜,皆様のご希望にあったものとするため) ,変更になる場 合がございます。 予めご理解とご協力を頂戴できれば幸いです。 第2回情報学教育フォーラムでの課題 重点項目 (a)情報学教育における高大接続と連携 (b)文理融合の情報学 (c)高校で教えるべき教科「情報」の内容 その他の課題 (d)大学における情報学教育 (e)情報社会のモラルと安全 (f)日本独自の先進的な K-12 カリキュラム (g)親学問としての「情報学」と学校教育 (h)その他, 「文理融合の情報学」の教育に関する諸事項 セッション1(50 分程度) : (全 体)全員による共通セッション ・キーノートスピーチ Keynote1 西垣 通(東京経済大学教授,東京大学名誉教授) Keynote2 筧 捷彦(早稲田大学教授) ・全体における懇談・討論等 セッション2(40 分程度) : (分科会)による懇談のセッション ・重点項目などの関心のあるテーマに分かれての懇談・討論 セッション3(30 分程度) : (全 体)まとめのセッション ・各分科会からの報告(情報提供による共通認識) ・第2回情報学フォーラムにおける課題整理 ・ニューズレター2号,論考2号に向けての案内, ・・・,など。 4 情報学教育論考 第 2 号 第2回情報学教育フォーラム 重点課題 実行委員会/情報学教育研究会事務局 (sigisesec@gmail.com) 1.はじめに 第2回情報学教育フォーラムの重点項目は, (a)情報学教育における高大接続と連携 (b)文理融合の情報学 (c)高校で教えるべき教科「情報」の内容 の3つといたしました。懇談会を効果的に進める ために,これらに関係して少しだけ問題提起をさせ て頂きます。フォーラムで,又はフォーラム終了後も ご検討願えれば幸いです。 2.問題提起の一例 2.1 まず,基本事項として 各所にて何度も言及してきた事項ではありますが, 改めて記しておきたいと思います。 ①教科教育としての情報学 情報学教育とは,自然科学系の内容だけではなく, 人文社会系の内容をも積極的に取り入れ, いわゆる “文 理融合でバランスのよい情報学” の教育のことである。 これは,従来の情報教育の概念を発展させたもので, 親学問との関連を考慮して,学習内容を明確化(再構 成)する点に特徴がある。 ここで特記したいことは,初等中等教育に一貫した 情報学の教育は,教科教育としての位置付けが求めら れている点である。つまり,小学校から高等学校まで の 12 年間における学習内容としてのまとまりを示す ことが重要で,必ずしも研究分野の情報学に一致する ものではない。むしろ,私たち学校教育に関わる(関 心のある)者が皆で協力して学校教育における学習対 象としての“情報学”を確立したいものである(1)。 ②情報学を学習することの意義 この課題はいささか複雑である。つきつめれば,陶 冶(die Bildung)なる「人間形成」の在り方に関係し, そこには,形式陶冶(formale Bildung)と実質陶冶 (materiale Bildung)をめぐる議論が思いだされる(2)。 筆者は両方の考え方を肯定している。 そして, 特に, 情報学教育に限定すれば, 「教育の新科学化」及び「教 育の新情報化」に加え, 「教育の新国際化」という視点 で,教職実践研究の立場で論じたいと考えている(3)。 2.2 重点項目について ①情報学教育における高大接続と連携 5 高大接続と連携の目的について,高校および大学の それぞれの立場から考察したい。そしてそれが,高校 教育および大学教育の充実につながり, 理想を言えば, 情報学に関心を寄せる者が増え,情報学の発展につな がれば幸いであるが, ・・・。 ②文理融合の情報学 ここでの「情報学」とは,学校教育における「学習 内容のまとまり」を示し,筆者は, 「情報学修」という 表現を使用している。 文理融合とは,学習内容のまとまりが,自然科学の みならず人文社会系などの広範な学問分野に依拠する ことを象徴的に示している。従って,高校の理系コー ス生徒向き,或いは,文系コースの生徒向きという考 え方とは無関係であることを特記しておきたい。 ③高校で教えるべき教科「情報」の内容 この項目はまさに前述の①および②の考察の結果と して形成されるものであり,体系的な広がりの中で教 育学(教科教育学)の枠組みで説明されるべきで,そ れがカリキュラム(教育課程)と言える所以となる(2)。 3.おわりに 情報学の研究分野は広範におよび,それぞれが深遠 なる学問の歴史を有している。筆者はこのような背景 を尊重し,自然科学系のみならず,人文社会系や芸術 系などのあらゆる分野の専門家の皆様の知見を拝聴し, 濃厚な知識群の中で,教科教育の視点で情報学の考察 を施すことが重要であると考えている。 そのためには, 教科教育学の学問的な発展や充実が必須となり,その ためにも皆様のご協力を賜りたいと切に願っている。 参考文献 (1)松原伸一:情報学教育の新しいステージ~情報 とメディアの教育論~,開隆堂,2011. (2)吉田成章:学校カリキュラム構成論としての 「一般陶冶(Allgemeinbildumg)」論~ノイナ ーとクラフキーの比較を通して~,広島大学大 学院教育学研究科紀要,第3部,第60号, pp.37-46, 2011. (3)松原伸一:ソーシャルメディア社会の教育~マ ルチコミュニティにおける情報教育の新科学化 ~,開隆堂,2014. 情報学教育論考 第 2 号 第2回情報学教育フォーラム 実施概要 大阪学院大学高等学校 教諭 横山成彦 (yokoyama@ogush.jp) 1.はじめに 今回は「情報学教育における高大接続と連携」との 2015 年度より, 情報教育に関心を持つ個人が一堂に テーマで,表1に示すとおり,進行した。 会し,講演をベースとした情報学教育の充実に向けて また,第2回情報学教育フォーラムにおいても,前 の公開の懇談を行う場として, 「情報学教育フォーラ 回と同様に個人が自由に参加できる,公募の形態によ ム」を開催している。これまでに2回,開催した。 り参加者を募った。募集については,2015 年8月 10 初回となる,第1回情報学教育フォーラムは,2015 日および翌 11 日に宮崎公立大学にて行われた,第8 年5月 31 日日曜日に早稲田大学西早稲田キャンパス 回全国高等学校情報教育研究会全国大会(宮崎大会) (55 号館N棟1階第1会議室)にて開催した。情報学 参加者向け,高等学校関係者向け,および一般向けの 教育フォーラムは,個人が自由に参加できる形態(公 3段階に分けて行った。 募)をスタンスとしており,情報学教育フォーラムの なお, 第2回情報学教育フォーラムの実行委員会は, Web サイト上で 2015 年 5 月 3 日から受付を開始した 表2に示すとおりである。総合司会および進行は,実 参加申し込みは,同年 3 月 16 日には募集定員に達す 行委員長である齋藤が担当した。また,2015 年 12 月 るなど,当初から情報学教育への関心の高まりを窺わ 20 日に発行した「情報学教育フォーラムニューズレタ せていた。そのような中,2015 年 10 月 18 日日曜日 ー」第2号,および本誌である情報学教育論考第2号 に早稲田大学西早稲田キャンパスにて第2回情報学教 の編集委員会を実行委員会が兼ねることとし,編集委 育フォーラムを開催した。本稿では,第2回情報学教 員長を音野,副編集委員長を横山が担当した。また, 育フォーラムの実施概要について述べる。 本誌発行人は松原が担当した。 表1.第2回情報学教育フォーラム プログラム 時間帯 内容 13:00~13:30 開 会 挨拶 13:40~14:40 15:00~17:00 講 演 講師 表2.第2回情報学教育フォーラム実行委員会・編集委員会 松原 伸一(議長,滋賀大学) 高田 信夫(情報システム学会) 前迫 孝憲(大阪大学) 役職 氏名 所属 編集委員長 音野 吉俊 滋賀県立日野高等学校 春日井 優 埼玉県立川越南高等学校 実行委員長 齋藤 実 埼玉県立大宮高等学校 藤岡 健史 京都市立西京高等学校 河添 健(慶應義塾大学) 鹿野 利春(文部科学省) 論考発行人 懇談会 議 長 松原 伸一(滋賀大学) 司会進行 齋藤 実(埼玉県 立大 宮高校) セッション1(全体会) 開始宣言 齋藤 実 趣旨説明 松原 伸一 Keynote 1 西垣 通 Keynote 2 筧 捷彦 セッション2(分科会) 懇談および討論 セッション3(まとめ) 各分科会からのまとめ 議長による全体のまとめ 副編集委員長 松原 伸一 滋賀大学 柳澤 実 埼玉県立妻沼高等学校 山川 拓 京都教育大学附属桃山小学校 横山 成彦 大阪学院大学高等学校 3.開会 第2回情報学教育フォーラムの議長である松原が開 会の挨拶を述べ,その後,来賓を代表して高田氏が挨 拶された(表3) 。 表3.第2回情報学教育フォーラム 来賓 2.概要 第2回情報学教育フォーラムは,2015 年 10 月 18 日日曜日に早稲田大学西早稲田キャンパス(55 号館S 棟2階第3会議室)において開催した。 6 氏名 所属 高田 信夫 情 報 システム学 会 基 礎 情 報 学 研 究 会 事 務 局 長 株式会社高陵社書店 社長 前迫 孝憲 教育システム情報学会 前会長 大阪大学 教授 第2回情報学教育フォーラム 実施概要 キーノートスピーチとして,西垣先生および筧先生が 4.講演 発表した(表5) 。情報学教育の充実に向けた,多々あ 2名の講師(表4)から, 「大学の視点」および「行 る関係する課題のうち以下のものを例示した(図3) 。 政の視点」それぞれの視点で講演された。 表4.第2回情報学教育フォーラム 講師 講演 氏名 講演1 河添 所属 健 慶應義塾大学 総合政策学部 学部長 講演2 鹿野 利春 文部科学省 教科調査官 河添先生は,大学の視点から講演された(図1) 。慶 應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)に所在する総 合政策学部および環境情報学部の2学部は, 2016 年度 一般入試より教科「情報」を導入する。2016 年度一般 入試では, 「数学」あるいは「外国語」あるいは「数学 図2.鹿野先生の講演 および外国語」あるいは「情報」の4つのうちから1 つを選択し,受験する形態となっており,いずれも同 表5.第1回情報学教育フォーラム 話題提供者 一試験時間内に実施される。また,このほかに「小論 文」が出題される。これまでに実施した参考試験をも 氏名 とに,試験問題,得点傾向などについて述べた。 西垣 筧 所属 通 東京経済大学 教授,東京大学 名誉教授 捷彦 早稲田大学 教授 重点項目 A) 情報学教育における高大接続と連携 B) 文理融合の情報学 C) 高校で教えるべき教科「情報」の内容 その他の課題 D) 大学における情報学教育 E) 情報社会のモラルと安全 F) 日本独自の先進的な K-12 カリキュラム G) 親学問としての「情報学」と学校教育 H) その他,「文理融合の情報学」の教育に関する諸事項 図1.河添先生の講演 鹿野先生は,行政の視点から講演された(図2) 。 図3.第2回情報学教育フォーラムでの課題 2016 年度文部科学省予算の概算要求について触れ, 今 後の行政の取り組みについて述べた。情報通信技術を このうち,重点項目として, 「情報学教育における高 活用した教育振興事業においては,確かな学力を育む 大接続と連携」 , 「文理融合の情報学」および「高校で ためには ICT の特徴を活かした効果的な活用を通し 教えるべき教科『情報』の内容」の3点を挙げた。 た教育の推進とともに,情報教育推進校(IE-School) セッション2では,先述の重点項目ごとにグループ を指定し,教科横断的な育成を目指した実践的な研究 を作り,懇談および討論を行った(図4,図5,図6) 。 を実施すると述べた。また,ICT を活用した教育推進 自治体応援事業においては,ICT を活用した教育を推 進するために,各自治体による取り組みへの支援なら びに ICT 環境の整備および充実を図る取り組みを支 援するために,ICT 活用教育アドバイザーの自治体へ の派遣などを実施していくと述べた。 5.懇談会 今回の懇談会は,セッションを3つに分けて実施し 図4.情報学教育における高大接続と連携 た。セッション1では,松原による趣旨説明ののち, 7 情報学教育論考 第 2 号 図5.文理融合の情報学 図6.高校で教えるべき教科「情報」の内容 参考文献 6.発行物 ・ISEF ニューズレター第2号 2015 年 12 月 20 日, 紙媒体および電子媒体にて, 「情 http://www.mlab.sue.shiga-u.ac.jp/sig_ise/isef2015/ISEF 報学教育フォーラムニューズレター」第2号を発行し -Newsletter-2_v17.pdf. た。最後に,講演者の河添先生のメッセージを ISEF ・横山成彦(2016) : 【特集2】レポート情報学教育フ ォーラム (第1回及び第2回) , 情報学教育研究 2016. ニューズレターより引用したい。 ※ISEF ニューズレター 第2号(2015 年 12 月 20 日発行)より引用 情報学教育 河添 健 慶應義塾大学 総合政策学部 学部長 学生時代に計算尺を使ったのが懐かしい。大型計算機は大部屋に鎮座し,まだ学生とは距離があった。そ の内にルート計算ができる電卓が登場し,やがて Mac512 を購入する。インターネットはまだまだだった が,瞬く間に IT,ICT,IOT とまさに指数増大。こうなると 2045 年問題もうなずける。ところで情報学は どうなるのだろうか?情報教育をいかに設計するかは大きな課題である。大学の教育に限れば,やはり理 系・文系の区別無く,情報の基礎教育は必要であろう。私は数学者なので情報の基礎として何を教えるべ きかの専門的な意見は持たないが,限られたカリキュラムの中で,数学・統計・情報を効率よく教育する プログラムが望まれる。「微積分」,「線形代数」,「離散数学」,「確率・統計」,「統計解析」,「デ ータ構造」,「アルゴリズム」あたりは基礎として必要だろう。しかしプログラミング教育となると微妙か も知れない。「情報リテラシー」は中高校生あたりから始めたい。もっとも情報化社会がこのペースで進 化すれば,教育環境も大きく変わるだろう。大学やそこでの学習自体が今とは大きく違う世界になるのか も知れない。 ところで情報の伝達量や伝達速度は飛躍的な進化を遂げているが,人間の理解する力はさほど変わって いないようにも感じる。学会発表におけるプレゼンテーション・ツールは常識となったが,セミナーなど ではむしろ板書を要求されることが多い。数式や定理の証明をスライドで見せられても脳が拒絶反応する ようだ。もともと人間はアナログ好みなのかもしれない。それとも我々の知性や創造性までもが 2045 年に 向けて進化するのだろうか?あるいは退化するかも知れない?一抹の心配を感じるのは私だけだろうか? 8 情報学教育論考 第 2 号 情報科目の今後の在り方について 国立教育政策研究所教育課程研究センター 鹿野 利春 (kano@nier.go.jp) 展的な内容を扱う選択科目についても検討を行う」 としている。 1.はじめに 教科「情報」は, 「情報 A」 , 「情報B」 , 「情報C」 の3科目で始まり,現行学習指導要領で「社会と情 報」 , 「情報の科学」の2科目になった。次期学習指 導要領では,これを大きく変えていくことが検討さ れている。 3.次期学習指導要領の教科「情報」の内容 中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程 部会情報ワーキンググループ(第4回)では,下図 のように「たたき台案」を示した。 論点整理では,教科名も示されず,共通必履修科 目については項目だけであり,発展的な選択科目に ついては,項目もなかったが, 「たたき台案」では, 仮称ではあるが科目名と項目・内容も示した。 教科「情報」の内容は,他教科の学びに影響を与 える可能性が大きいため、できるだけ早い時期にそ の内容を示す必要があった。今後のワーキンググル ープにおける検討で内容が変更となる可能性はあ るが,一定の形を示したことで,各教科での議論も より具体的に進んでいくものと考えている。 2.新科目について 中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部 会教育課程企画特別部会における論点整理(平成 27 年 8 月 26 日)では, 「情報科においては,高等 学校教育における共通性を明確にし,情報の科学的 な理解に裏打ちされた情報活用能力を身に付ける ため,統計的な手法も含め,情報と情報技術を問題 の発見と解決に活用するための科学的な考え方等 を育成する共通必履修科目の設置を検討すること とする。あわせて,当該必履修科目を前提とした発 図 中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会情報ワーキンググループ(第4回)資料より 9 4.大学入試における教科「情報」 高大接続改革については,初等中等教育から大学 教育までの一貫した接続をイメージしながら,高校 教育と大学教育の接続はどうあるべきかについて 検討が進められている。 その中で,現在の「センター試験」に替えて「大 学入学希望者学力評価テスト(仮称) 」を導入する ことを検討しており,次期学習指導要領における共 通教科「情報」については, 「中央教育審議会の検 討と連動しながら対応する科目を実施する」として いる。 高校では,次期学習指導要領は平成 34 年度から 学年進行で導入されると予定されているため,平成 36 年度には,教科「情報」の大学入試が行われる と想定される。これは,遠い将来のことではなく, 現在の小学校4年生以下が対象になるという極め て現実的な話である。 「大学入学希望者学力評価テスト(仮称) 」では CBT(Computer-Based Testing)が検討されてお り,キーボード操作などの基本的コンピュータ操作 技能は,他教科の試験を受ける際にも必要になる。 また,いくつかの教科を合わせた合科型の試験も検 討されており,その中に教科「情報」が含まれる可 能性もある。 5.教科「情報」の現状 全国に約 5,000 校ある高校において, 「社会と情 報」の履修が8割, 「情報の科学」の履修が2割と なっている。これを教える教員は, 「情報」の免許 を持つ選任教員が2割,他教科と兼任している教員 が5割,残りの3割が免許外の教員である。 ただし,教科「情報」の教員を採用していない自 治体もあり,そうしたところでは,免許外の教員の 割合が多いことが想定される。教員採用を行ってい る自治体と,そうでない自治体の間での差は毎年広 がっている。 6.次期学習指導要領に向けた準備 一方,3によって次期学習指導要領における教科 「情報」の学習内容は,情報の科学的理解に関する 内容が増え,プログラミングなども含まれたものに なる。また,発展的な内容の選択科目では,より高 度な内容が教えられることになる。 教科「情報」を教える教員は,できる範囲でその 準備を行っておいた方が良い。たとえば,中学校の 技術・家庭の内容である計測・制御におけるプログ ラミングなどを研究するなど,現在教えている生徒 への理解を深めつつ,次期学習指導要領への対応を 兼ねた準備を行うなどの方法が考えられる。 また,都道府県教育委員会等においては,計画的 10 な教科「情報」の教員採用を行うとともに,教科「情 報」を教える教員への研修,情報提供をできるだけ 行っていくことが望ましい。 6.他教科と兼任する教員の負担について 教科「情報」と他教科を兼任している教員の場合, 次期学習指導要領が実施されると,情報以外の教科 の授業をしながら情報Ⅰ(仮称)を教え,さらに情 報Ⅱ(仮称)の準備をする必要に迫られる。その負 担はかなり大きいと予想される。 これを和らげるには,教科「情報」を教える教員 を徐々に専任にしていくという方法も考えられる。 7.まとめ 前頁の図には改訂の必要性として, 「高度な情報 技術の進展に伴い,文理の別や卒業後の進路を問わ ず,情報の科学的理解に裏打ちされた情報活用能力 を身に付けることが重要」と記した。そのために, 情報Ⅰ(仮称)では,情報の科学的理解に関する内 容の比重を多くし,全員がプログラミングを行うよ うにした。また,発展的な選択科目である情報Ⅱに は,データサイエンスなど最新の内容も教えること を考えている。 教科「情報」を教える教員の現状を考えると,新 科目を教えるためにかなりの研修が必要になるこ とが想定される。しかし,これからの世界を生きる 子どもたちに必要な資質・能力をつけることが学校 教育の役目であり,それを果たすためには教員も自 らの資質・能力を向上させなければならない。 これを実現するためには教員の養成,研修にあた って教育学部,および情報系学部を持つ大学の先生 方の力が必要である。次期学習指導要領の実施に向 けて足並みを揃えて進んでいきたい。 情報学教育論考 第 2 号 情報学教育の第2ステージ ~教職実践を視野に:K-12 から K-18 へ~ 滋賀大学 松原伸一 (matsubar@edu.shiga-u.ac.jp) ィア社会」と呼び,多様な視点で分析と考察を行 い,新しい価値観の創出と共有を期待して,情報 安全や情報人権をキーワードに,「教育の新科学 化」を提案している(松原 2014)。 野村総合研究所(2013)によれば, 「第5章 産業セ クターごとに見たビジネスチャンス」において,レイ ヤーを超えた戦いの中で,コンテンツレイヤーのプレ イヤーが,スマートフォンの普及によって急速に存在 感を増し,OTT(Over the top)と呼ばれるサービス は,携帯電話事業者がこれまで提供してきた分野にお いても,それ以外のプレイヤーが提供するサービスの 存在感が増していることである。ソーシャルメディア の普及は,消費者によるコミュニケーションのスタイ ルに変化をもたらし,知人との関係構築や関係維持が 容易になり,情報が大量かつスピーディに多くの人に 伝わるようになる。その結果,購買行動や消費行動に 大きな影響を与えることになるという。 情報通信ネットワークを介して情報機器・情報端末 (ソーシャルメディアを含む)により生成される大量 のデータは,big data(ビッグデータ)と呼ばれるが, 齋藤(2013)によれば,ビッグデータの捉え方として 「小規模ではなしえないことを大きな規模で実行し, 新たな知の抽出や価値の創出によって,市場,組織, さらには市民と政府の関係などを変えること」とまと めている。 以上のように,新しい社会では人間の意思決定や判 断に大きく影響を与える環境変化の時代であり,人と 人との関わり,人とモノとの関わりが限りなく連携さ れる時代なのである。 1.はじめに 情報教育は現状のままで良いのだろうか? こ れが筆者の問題意識であり課題でもあった。その 着地点の1つが情報学教育である。 ここでは,その経緯の詳細を割愛せざるを得な いが,要点を簡潔に述べれば,新しい時代に対応 した情報教育は,コンピュータの操作やアプリケ ーションソフトの利用だけでなく,もっと本質的 で普遍的な内容をコアに置き,情報に関する広い 見方・考え方を育成することである。 そして,多様な視点による学習活動により育ま れる資質・能力こそが,新しい社会をよりよく生 き抜くための糧となると考えている。 2.新しい時代,新しい社会とは 人類は2つの“価値ある空間”で生活している。 その営みは,現実社会の物理空間と限りのない仮 想空間とが重畳したマルチコミュニティの中で成 立している。すなわち,私たちの生活圏は,もと もと,質量のある物が支配するリアルな空間(物 理空間)において,限りある資源とエネルギーを 消費して成立し,この点では今も変わりがない。 しかし,人類の発明したコンピュータは,既に電 子計算機としての域を超え,質量のない情報が支 配するヴァーチャルな空間(仮想空間)を創出し ている。その後のネットワークの進展は,知識の クラウド化に貢献し,情報機器のモバイル化は, SNS(Social Networking Service)を登場させ, 社会への影響を多大なものに変貌させている。 結局のところ,社会の情報化は,メディアの社 会化とともに,情報の社会化という現象を生じ, ソーシャルメディアとしての存在感を顕著にして いる。その結果,ネットワーク上に形成された複 数の仮想世界との多重化した空間(マルチコミュ ニティ)にまで影響が及んでいる。 したがって,私たちは,ソーシャルメディアを 介して,現実世界と仮想世界が多重化する新たな 世界であるマルチコミュニティを新しい環境とし て受け入れるとともに,関係する新たな知識を整 理して共有する必要がある。 このように,ソーシャルメディアによりマルチ コミュニティを形成する社会を「ソーシャルメデ 3.教育課程の改善 教育内容や教育課程の改善に関する事項は,ま さに学習指導要領の改訂に象徴される。これは, およそ 10 年毎に繰り返される重要な教育行政の 営みであるが,今から 10 年前もそのような時期に あったのである。つまり,筆者は 2005 年 8 月に 中山文部科学大臣より中央教育審議会の専門委員 の任命を受け,情報教育の新しい在り方について 検討を行うことになった。 情報教育の在り方を考察する際に,現在にも通 じると思われる各種の課題は,情報社会をよりよ く生き抜くための資質・能力の探求であったと確 11 情報学教育の第2ステージ~教職実践を視野に:K-12 から K-18 へ~ 信している。したがって,情報教育のイノベーシ ョンとして,情報学の教育という構想は,2006 年 には既に出来上がっていたのである(松原 2006)。 筆者の研究成果がそのまま直ちに教育行政に反 映することは残念ながら無かったが,「情報とメ ディアの特徴」,「情報社会の課題とモラル」, …などは,情報学や社会学などのベースを視野に 入れており,新しい学習内容の萌芽として見るこ とができるだろう。 あれから 10 年が経過し,更なる新しい時代に向 けて,情報教育の在り方が問われている。筆者は, このような時期において,情報学教育の研究は, 第2ステージを迎えるべきであると考えている。 今までのステージと円滑な接続を図り,効果的 な情報学教育の在り方を早急に検討する必要があ るのではないかと判断している。 また,日本学術会議において「情報学分野の参 照規準」の策定に向けて努力されていることを承 知し,情報学教育に関心を寄せるひとりとして大 いに期待しているところである。 しかしながら,高等教育は大学や大学院におけ る高度な専門教育であり,その専門性は深遠でか つ広大であるため,それ自体を情報学教育の第2 ステージの中心にはしていない。 したがって,情報学教育の第2ステージは,高 等教育の中でも,特に,教職実践を専門とする分 野(研究分野を含む)を中心とすることで,第 1 ステージとの接続を効果的かつ円滑に進めること ができるものと考えている。 4.情報学教育のステージ 筆者は,情報学教育のステージを次の4つに分類し ている(松原 2016b) 。表1は,情報学教育のステー ジを分類して表記したものである。 表1 情報学教育研究のステージ 情報学教育の 各ステージ ①バックステージ 段階 構想の段階 ②新しいステージ 提案の段階 ③第1ステージ 充実の段階 ④第2ステージ 発展の段階 およそ の時期 2006~ 2009 2009~ 2011 2011~ 2015 2015~ 関係の文献 松原(2006) 松原(2009,2010) 松原(2011, 2014) 松原(2015, 2016a, 2016b, 2016c) (1) 情報学教育のバックステージ(2006~2009) 学校教育における情報学の位置づけについては,筆 者が 2005 年 8 月 8 日に中央教育審議会の専門委員と して文部科学大臣より任命を受け,第 4 回の専門部会 (2006 年 7 月 20 日)の開催後に執筆している。この 12 頃はちょうど学習内容についての審議が熟した頃で, 中等教育資料(文部科学省教育課程課編集)2006 年 12 月号に「これからの情報教育~情報学をベースに, メディア教育・情報安全教育を視野に~」と題する「論 説」を発表し,情報科教育のベースを情報学に求める ことを提案している(松原 2006) 。 その後,2 回の専門部会や関係する会議等が開催さ れ審議内容を確定して,高等学校学習指導要領が, 2009 年 3 月 9 日に改訂・公示されている。その直後, 「学習指導要領の改訂と情報科教育の展望-文理融合 の情報学をベースに-」と題する講演を行い,改訂さ れた高等学校学習指導要領において「情報学」の内容 が「情報とメディアの特徴」などとして明記されたこ とに言及し,筆者の思いを明らかに示している。それ は,2009 年 3 月 14 日,情報処理学会の高校教科「情 報」シンポジウム 2009 春(ジョーシン 2009 春)の招 待講演であった(松原 2009) 。情報学教育研究会がそ の前身(情報科教育法研究会)から再発足したのは 2009 年 11 月 11 日で,新教科の設置から 6 年余りが 経過した時点である。当時は文理融合の情報学教育と いう表現は, まだ学校教育に馴染まないものであった。 (2) 情報学教育の新しいステージ(2009~ 2011) 文理融合という表現で情報学を説明する際に,文系 や理系という視点で捉えることの問題を指摘されたこ ともあるが,ここでは,文系と理系という典型的な概 念を明示的に示すことでその本質を明確にし,それら を融合するという視点を導入することで,新たな概念 を形成できるものと考えている。 つまり,自然科学系の情報学としては,コンピュー タに関わる原理・理論や技術に加えて,それらの活用 技能が含まれるが,その内容は複雑・困難で一般には 理解されにくいため,具体的な内容は空白に近いが, 最近では,プログラミング教育が注目され,小学校か らの導入が議論されるに至り,局所的ではあるが,部 分的な理解として浸透しつつある。 また,人文社会分野の情報学は,今まで学校教育の 中にまとまった形での展開がなかったために,その具 体的な内容については,一般に空白気味であり,その 内容を明確に説明したり,学校教育においてその重要 性を指摘したりすることは困難な状況で,敢えて言え ば,この分野で例示が容易な項目としては,情報モラ ルに関する表面的なところに留まっている。そこで, 筆者は, 情報学教育のコア・フレームワークを提案し, K-12 カリキュラムを既に提案している(松原 2011) 。 そこで,情報学教育の新しいステージの特徴をあげ れば,次のようになる。 ①情報学教育のコア・フレームワーク (文理融合の情報学としての学習内容を項目ごとにま とめたもの) 情報学教育論考 第 2 号 ②情報学教育 K-12 カリキュラム (初等中等教育段階における一貫した情報学教育のカ リキュラム) (3) 情報学教育の第 1 ステージ(2011~2015) 上記の①及び②を踏まえ, 構想と提案のステージは, それを充実・実現させるために,新たな視点として次 の項目が付加され,ソーシャルメディア社会の教育と して形成された(松原 2014) 。これを筆者は第1ステ ージと呼び,主な視点は下記の通りである。 ③ソーシャルメディア社会への対応 (社会の情報化,情報の社会化,メディアの社会化, ソーシャルイメディア社会の特徴) ④教育の新科学化 (新しい教育手段,新しい教育方法,新しい教育内容) ⑤情報教育の科学 (情報教育の歴史,情報教育のターミノロジー,情 報教育のレベルとストランド,新しい情報学修 1, 新しい情報学修 2,情報教育と問題解決) ⑥情報とメディアの科学 (情報の科学, メディアの科学, 大学における情報学, メディア論,情報とメディアの基礎能力,メディア の社会化) ⑦情報学修 (情報安全と教育,交通安全と情報安全,情報倫理と モラル,情報人権とイクイティ,情報社会とコミュ ニティ,情報経済とビジネス,情報法規とコンプラ イアンス,情報健康とダイナミズム,情報公開とデ モクラシー) (4) 情報学教育の第2ステージ(2015~) 構想から 10 年の年月を経て,そして高等学校学習 指導要領の改訂から 8 年目になろうとしているこの時 期において,文理融合の情報学教育は,次の点で追い 風となっている。例えば, ・インターネットの普及・充実 ・社会の情報化/情報の社会化 ・メディアの社会化/日常化 に加えて, ・日本学術会議における情報学分野の参照規準の策 定の動き ・文部科学省の通達により,大学教育の各分野にお いて, 「文理融合」の再認識と小流行 ・次期学習指導要領の改訂の動き ・大学入試センター試験の廃止の動向 ・アクティブ・ラーニングなどの新しい教育方法 などなど,あげればきりがないほどである。 以上のような状況を踏まえれば,情報学教育の第2 ステージとしての次なる展開としては,教職実践のた めの情報学(松原 2016c)を指向し,その具体化と定 着化である。したがって,情報学教育の第2ステージ とは,高等教育への拡大と教職実践としての展開を意 味する。 すなわち,情報学教育のコア・フレームワーク,情 報学教育の K-12 カリキュラムのような新しいステー ジの充実とともに,ソーシャルメディア社会への対応 や,教育の新科学化をめざした初等中等教育の第1ス テージからの円滑な接続も重要である。 筆者は,これまでのステージを生かすとともに,第 2ステージに展開することで, K-18 の効果的な教育課 程を構想することができるものと考えている。 5.教職実践のための情報学 (1) 教職実践 もともと教職実践という用語は,学校教育に関わる ものにとって共通の関心事といえるだろう。中央教育 審議会の「今後の教員養成・免許制度の在り方につい て」 (答申,2006 年 7 月 11 日)では,①教職課程の 質的水準の向上,②「教職大学院制度」の創設,など に加えて,その他関係する広範で具体的な政策の提示 が行われ,その後,関係する法令(例えば,教育職員 免許法施行規則の一部を改正する省令など)が施行さ れ現在に至っている。 筆者は教員養成学部及びその大学院における教育を 担当する立場にあり,特に ・初等中等教育における「文理融合の情報学教育」 の構築 ・大学教育(特に,教養教育,共通教育)における 「文理融合の情報学教育」の展開 ・大学院教育(特に,教員養成を目的とする大学院 教育学研究科,及び,教職大学院)における「文 理融合の情報学教育」の実践 ・我が国だけでなく諸外国における「文理融合の情 報学教育」の教育課程論とカリキュラム開発 などの点に関心がある。 (2) 教職実践における情報学:K-12 から K-18 へ 筆者は,初等中等教育における情報学教育をテーマ に,いわゆる「情報学教育としての K-12 カリキュラ ム」の構築を進めてきた。現時点では,カリキュラム 開発研究として,コア・フレームワーク(学習の全体 骨子) ,ストランド(学習項目)を分析整理して,情報 安全,情報倫理,情報人権,情報社会,情報経済,情 報法規,情報健康,情報公開,・・・などの各項目につい て具体的な提案を行っている。 本稿では,これらの更なる発展形として,K-12 を K-16 へ,さらには,K-18 への展開を念頭に情報学教 育の充実を進めたい。現時点では,筆者の身近なとこ ろから始め,およそ(図1,及び,図4)のように整 理している。 13 情報学教育の第2ステージ~教職実践を視野に:K-12 から K-18 へ~ K-12 から K-18 へ K-12:幼及び小中高(12年間)が対象 いわゆる「学校教育」で,教育要領(幼稚園),学習指 導要領(小中高)が重要な意味を持つ。 K-16:上記に大学を加えた16年間が対象 K-12との接続を考慮して教養教育を対象とし,教員 養成,教員研修,地域貢献などを視野に入れる。 K-18:上記に大学院(教職大学院)を加えた18年間 が対象 例えば,学校教育が直面する諸課題の構造的・総合 的な理解に立って幅広く指導性を発揮できる教員(スク ールリーダー)の養成を視野に入れた情報学教育。 図1 K-12,K-16,及び,K-18 の概要 筆者は,情報学教育を検討する際に,情報学の基礎 を位置付けたいと考えていた。 ニ木(2009)によれば,経営工学科に着任して, 講義をしていて困ったことは,情報学に関する統一的な入門 書・専門書がないことである。これは日本語の書籍に限ったこ とではなく,英語で書かれた本にも適当なものが見当たらない。 としている。氏はさらに続けて, 「情報学」と名のついている理系の本の多くは,最も重要視さ れるべき「情報の内容」に無関心な通信工学の人達の書いたも のである。 と言及し, 情報学とその最大の応用である統計科学は,数学的な背景をも つと同時に,情報という個人によってその意味が異なる対象を 扱うため,理系(数理科学,物理学,通信工学など)と文系(文 学,言語学,哲学,心理学,経済学など)の広い範囲の学問を 基礎としている。 という。 また,西垣(2004)によれば, 6.新しい資質・能力 6.1 教職実践における 21 世紀型スキル 情報教育における能力については,一般には情報活 用能力と呼ばれ,情報リテラシ-と同一視されること もあるが, メディア・リテラシーなどの用語とともに, 歴史的経緯を踏まえて考察することが望ましい(松原 2011) 。能力に関する用語は,アビリティー,コンピ テンシー,リテラシー,フルエンシーなど,多様な表 現で諸機関等において使用されている(松原 2014) 。 松下(2010)によれば,多くの経済先進国で共通し て教育目標に揚げられるようになった能力に関する諸 概念を「 〈新しい能力〉概念」と総称し,以下のような ものが含まれているとしている。それは,基本的な認 知能力,高次の認知能力,対人関係能力,人格特性・ 態度であり,これらの〈新しい能力〉概念に共通する 特徴は,①認知的な能力から人格の深部にまでおよぶ 人間の全体的な能力を含んでいること,②そうした能 力を教育目標や評価対象として位置づけていること, にあるとしている。 三宅(2014)によれば,21 世紀型と呼ばれるスキ ルは,今の世界の経済的技術的発展の先端を見据え明 確にそれを牽引しようとする高度に知的なスキルとし て提唱されているとしている。ATC21S(21 世紀型ス キルと学びの評価)プロジェクトの文脈の中で, 「情報 を操作し活用するうえで必要なスキルも 21 世紀型ス キルとして分類しなければならず,…」と記されてい る。そして,21 世紀型スキルのリストとして提案され たものは以下の通りである。 ・思考の方法:1.創造性とイノベーション,2.批判的思考,問題解 本書は情報学についての入門書でも概説書でもない。既存の情 報科学や情報工学,メディア論,コミュニケーション論などと な異なる観点から,情報/メディア/コミュニケーションとい うものをラディカルに捉えなおすことが本書のねらいである。 決,意思決定,3.学びの学習,メタ認知 ・働く方法:4.コミュニケーション,5.コラボレーション(チーム ワーク) としているが,筆者にとっては,情報学教育を構想す る上で,新しい視点を見出すきっかけとなった。 一方,米山(2011)によれば, ・働くためのツール:6.情報リテラシー,7.ICT リテラシー ・世界の中で生きる:8.地域とグローバルのよい市民であること (シチズンシップ) ,9.人生とキャリア発達,10.個人の責任と社 哲学や数学を代表として多くの学問分野に通じ,最後の普遍的 な人(uomo universale)とまで言われるドイツのライプニッ ツ(Gottfried Wilhelm Leibniz, 1646-1716)の独創的な哲学 体系である「モナドロジー」 (単子論,la monadologie)と現 在まさに形成されつつある「情報学」という学問とを密接に結 びつけて,その情報学に新たな展開をもたらすことをめざして いる。 会的責任(異文化理解と異文化適応能力を含む) としている。さらに,氏によれば, 理系的学問を偏重する雰囲気,言い換えれば「西高東低」なら ぬ<理高文低>の雰囲気が世の中に漂っている としている。つまり,学問のバランスを欠いているた めに問題が生じているとし,そうしたバランスという ものについて真剣に考えてみようとしない研究者たち の態度に原因があると示唆しているのである。 そして, 「文理融合」と表現されるものを真面目に目指そうと するのなら, 「情報」という切り口は有望であるとして いる。筆者も同感であり情報という切り口から始める のが文理融合の情報学教育に不可欠であると考える。 14 6.2 教職実践におけるアクティブ・ラーニング アクティブ・ラーニング(AL)の概念については, 一見簡単そうに見えるが,その実は複雑(松原 2016a) である。 西川(2015)によれば,AL を次のように分類でき るとしている。それは,手段としての AL と目的とし ての AL である。手段としての AL については,達成 したいものによって,学力向上のための AL と人間関 係向上のための AL に分かれるとしている。 梶田(2015)によれば,AL は操作的に定義されて いる用語であって,それらの意義を外すと,個人がた だ学習課題に積極的に関与するという,いわゆる「主 体的な学習」と同義になってしまうという。 情報学教育論考 第 2 号 溝上(2014)によれば,AL は包括的な用語である とし,一方的な知識伝達型講義を聴くという(受動的) 学習を乗り越える意味での,あらゆる能動的な学習の こと。能動的な学習には,書く・話す・発表するなど の活動への関与と,そこで生じる認知プロセスの外化 を伴うとしている。 小林・成田(2015)によれば,AL は,もともと大 学教育から入ってきたものであるとし,その際の AL とは,生徒が学生が「深い学び」をすることが一番重 要なポイントになるとしている。 知識の獲得ではなく, 剥落することのない思考の方法を身につけること。 「深 い理解」や「構造化された知識」とは, 「学生自ら新た に得た知識を既有の知識と結びつけ,新たな全体像を 構築する」こととしている。 松下(2015)によれば,学習者の「外的活動におけ る能動性」だけで捉えるのではなく, 「内的活動におけ る能動性」 と関連させることが重要であるとしている。 そこで,ここでは,文部科学省を含めて各所におけ る考え方(定義を含む)について分析し,これらを踏 まえて,情報学教育におけるアクティブ・ラーニング の在り方について考察したい。 (1) 辞書的な意味 辞書的な意味としては,アクティブ・ラーニングは, Active(能動的な)Learning(学習)のことであり, 学校教育においては,従来から重視されてきた概念で もある。特に,教育活動においては,児童生徒の学習 が「主体的に」行われるように配慮することが常識的 であり,本学の教育実習などにおける学習指導案の作 成に当たっては,必須の事項と言ってもよいだろう。 それでは,なぜ,学校教育において当然とも思える 語が,昨今において注目されているのだろうか。この 点を解明しないと先に進めることができない。 (2) 文部科学大臣による中央教育審議会への諮問 下村博文文部科学大臣による中央教育審議会への諮 問「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方 について(諮問) 」 (平成 26 年 11 月 20 日)の影響が大 きいものと思われる。学校教育の関係者にとって,学 習指導要領の改訂は最大の関心事である。この諮問の 中において,アクティブ・ラーニングという用語は, 5000 文字程度の中に,4 カ所に記述されている。それ ぞれを引用して示せば, 究的な学習活動,社会とのつながりをより意識した体験的な活動等の成 果や,ICT を活用した指導の現状等を踏まえつつ,今後の「アクティブ・ ラーニング」の具体的な在り方について・・・ 第3カ所 育成すべき資質・能力を子供たちに確実に育む観点から,学習評価 の在り方についてどのような改善が必要か。その際,特に,「アクテ ィブ・ラーニング」等のプロセスを通じて表れる子供たちの学習成果 をどのような方法で把握し,評価していくこと・・・ 第4カ所 「アクティブ・ラーニング」などの新たな学習・指導方法や,このような新 しい学びに対応した教材や評価手法の今後の在り方について・・・ とあり,改めてアクティブ・ラーニングについて,キ ーフレーズを連結して表現すれば, ・ 「課題の発見と解決に向けて主体的・協働的に学ぶ学習」 として, ・ 「ICT を活用した指導の現状等を踏まえつつ」 , ・ 「学習評価の在り方や学習効果」を考慮した, ・ 「新たな学習・指導方法」 として取り入れる必要があるとまとめておきたい。 (3)大学教育における中央教育審議会の答申 中央教育審議会では,平成 26 年の文部科学大臣に よる諮問の前に答申が出され,この中にアクティブ・ ラーニングという用語が登場している。これは,学習 指導要領に関係するものではなく,大学教育への働き かけ(答申) (平成 24 年 8 月 28 日)であった。 この要点は,大学教育において, 「教員による一方的 な講義形式の教育とは異なり,学修者の能動的な学修 への参加を取り入れた教授・学習法の総称。学修者が 能動的に学修することによって,認知的,倫理的,社 会的能力,教養,知識,経験を含めた汎用的能力の育 成を図る。発見学習,問題解決学習,調査学習等が含 まれるが,教室内でのグループ・ディスカッション, ディベート,グループワーク等も有効なアクティブ・ ラーニングの方法である。 」と記されている。 このような答申が必要とされた背景には,大学にお いて, 「教員による一方的な講義形式の教育が行われて いる」との認識からであり,ここに至って,辞書的な 意味である「アクティブ」という用語の使用の背景を 伺うことができる。また,このような新しい教育方法 の展開は,文部科学省が以前より重視している「生き る力」の育成,ICT 活用,学力の向上,新しい資質・ 能力,…に繋がるものである。 6.3 アクティブ・ラーニングによる資質・能力 アクティブ・ラーニングは,「学修者の能動的な学 修への参加を取り入れた教授・学習法の総称」であり, いわゆる, 「教授学習の方法」である。岡田(2014)に よれば,オックスフォード大学で受けた授業経験を振 り返り,日本人に欠けている能力として,6 つの力を 指摘している(表2)。 第 1 カ所 「何を教えるか」という知識の質や量の改善はもちろんのこと,「どのよう に学ぶか」という,学びの質や深まりを重視することが必要であり,課題 の発見と解決に向けて主体的・協働的に学ぶ学習(いわゆる「アクティ ブ・ラーニング」)や,そのための指導の方法等を充実させていく必要が あります。 第2カ所 育成すべき資質・能力を確実に育むための学習・指導方法はどうある べきか。その際,特に,現行学習指導要領で示されている言語活動や探 15 情報学教育の第2ステージ~教職実践を視野に:K-12 から K-18 へ~ (3) 学際的で共通要素としての情報学の再構成 次に,文系と理系とに共通する内容として,問題解 決をおいているが,これに思考を加えて,「問題解決 と思考」と表現することとし,今後極めて重要となる 「思考(力),判断(力),表現(力)」を念頭に, 問題解決の科学を位置付けたい。これらをコア・フレ ームワークとの対応関係を示せば, 図2のようになる。 表2 日本人に欠けている6つの能力 資質・能力 説明 補足 ①統率力 自然に人の上に立ち,他の者 をリードする力 模倣を繰り返し,そこから斬 新な発想を生む力 相手の意思を尊重しながら, 結果的に自身の主張を通す力 問題解決の近道として問題の 所在を分析する力 試練や苦難を糧として邁進す る力 自身を深く印象付ける力 人と集団を成功 へと導く 非連続の発想を 実現する チームワークで 勝ち抜く 正解のない問題 に向き合う 慣例や予定調和 を打破する 相手に最高の印 象を与える ②創造力 ③戦闘力 ④分解力 ⑤冒険力 ⑥表顕力 情報学 文 系 の 情 報 学 また,岡田(2015)によれば,「自分の頭で考え, 伝える技術」として,「思考・伝達プロセス」を次の 5 つの流れによって構成されるとしている(表3)。 共通 理 系 の 情 報 学 表3 思考・伝達プロセスと生産流通管理システム 思考・伝達プロセス(技術) ①「自分の頭で考え,伝える」ために必要な 「準備の技術」 ②自由な学習環境の中で培われる「自分の頭 で考える技術」 ③厳しい知的鍛錬によって考えたことをもと に「言語を作る技術」 ④多様な人々とのコミュニケーションを通じ て養われる「伝える技術」 ⑤自身の行動を振り返り, 改善につなげる 「フ ィードバックの技術」 生産流通管理シ ステム 準備 (計画) 考える (生産) 言語化する (包装) 伝える (流通) フィードバック (アフターケア) コア・ フレームワーク 情報学修の新しい ストランド(再構成) 情報 → メディア → 情報技術 → 情報社会 → 問題解決 → ハードウェア → ソフトウェア → ネットワーク → キー・ コンセプト 情報学基礎論 科学論 情報社会・技術論 技術論 問題解決と思考 思考 判断 表現 コンピュータ科学 科学 情報通信技術 技術 図2 文理融合の情報学(再構成) 6.4 アクティブ・ラーニングを取り入れた情報学教育 (1) 文系(人文社会系)の視点による情報学の再構成 筆者は,文系の情報学には,情報,メディア,情報 技術(歴史を含む),情報社会をストランドとしてき たが,これらを,情報とメディアを組み合わせ,関係 する諸事項も新たに加えることにして 「情報学基礎論」 を構成したい(松原 2016b)。また,情報技術(歴史 を含む)と情報社会を組み合わせて,「情報社会・技 術論」としたい。これで,文系の情報学は,「○○論」 という表現でまとめることができる。 (2) 理系(自然科学系)の視点による情報学の再構成 理系の情報学に際しては,議論や提案が沢山見受け られるので,ここでは,簡潔に留めたい。 これに関しては,筆者は,ハードウェア,ソフトウ ェア,ネットワークの3つのストランドを提案してい る。これらを再構成すれば,ハードウェア及びソフト ウェアに関わる諸科学として「コンピュータ科学」を, コンピュータネットワークやこれを利用した情報シス テムに関する各種の技術として「情報通信技術」を位 置付けることができる。昨今,話題となっているプロ グラミングは,コンピュータ科学に属する。 筆者は,情報学教育を,①バックステージ(構想の 段階),②新しいステージ(提案の段階),③第1ス テージ(充実の段階),④第2ステージへ(発展の段 階)に分けて論述し, (a)情報学教育のコア・フレームワーク (b)情報学教育の再構成 を示してきた。 文理融合の情報学教育 文系の情報学 (情報の)科学論 (情報の)技術論 理系の情報学 (コンピュータ)科学 (情報通信)技術 ↓ ↓ 科学論と科学 技術論と技術 培われる資質・能力 培われる技術 ①統率力:自然に人の上に立 ち,他の者をリードする力 ②創造力:模倣を繰り返し,そ こから斬新な発想を生む力 ①「自分の頭で考え,伝える」 ために必要な「準備の技術」 ②自由な学習環境の中で培わ れる「自分の頭で考える技 術」 ③厳しい知的鍛錬によって考 えたことをもとに「言語を 作る技術」 ④多様な人々とのコミュニケ ーションを通じて養われる 「伝える技術」 ⑤自身の行動を振り返り,改 善につなげる「フィードバ ックの技術」 ③戦闘力:相手の意思を尊重し ながら,結果的に自身の主張 を通す力 ④分解力:問題解決の近道とし て問題の所在を分析する力 ⑤冒険力:試練や苦難を糧とし て邁進する力 ⑥表顕力:自身を深く印象付け る力 図3 アクティブ・ラーニングを取り入れた 情報学教育で培われる資質・能力と技術 16 情報学教育論考 第 2 号 そしてここでは,これらの成果を踏まえて, (c)アクティブ・ラーニングを取り入れた情報学教育 により培われる資質・能力及び技術については,図3 のように構成した。これは,表2の「資質・能力」と, 表3の「技術」を組み合わせたものである。 要約すれば,理系(自然科学系)の情報学を「学習 の対象」として,「科学」と「技術」を配置し,文系 (人文社会系)の情報学では,その対象に対して「論」 として位置付けているところが特徴的である。 ンシップ教育) ,など広範に渡るものである。 筆者は,人文社会系の情報学の教育に際しては,哲 学教育やシティズンシップ教育を欠くことはできない ものと判断している(田中 2015,上野ほか 2014) 。 ここでは,各項目にて取り扱いたい事項について, 拙著から引用して示したい(松原 2014) 。 ①情報倫理とモラル これは,倫理学をベースとする内容で,教職実践と して関係する事項を例示すれば, ・道徳と倫理の共通点 ・道徳と倫理の相違点 ・「道徳」概念に与える「道徳教育」の影響 ・「倫理」概念に与える「倫理学」の影響 ・「道徳」と「倫理」の概念の図式化 ・「情報モラル」と「情報倫理」 7.学習内容としての情報学(人文社会系) 情報学教育のコア・フレームワークは,再構成する ことにより,分かりやすく表現することができる。こ こでは,特に,人文社会系の情報学に限り,その内容 について多少の考察を施したい(松原 2014) 。 また,理系の情報学については,文系に比べて多く の文献があるので,本稿では割愛したい。 (1) 情報学基礎論 ここでは,拙著に詳細を記しているので,そこから 若干を紹介したい(松原 2011) 。 ①ターミノロジーⅠ:情報とメディア ここでは, 「情報とは何か」 , 「メディアとは何か」と いうテーマに対する考察となる。 また,情報社会にキーワードを移せば,情報のエコ ロジー(吉井 2000)も範疇となり,メディア論なども 対象となるが,東京大学社会情報研究所(1999)によ れば,メディアのコード,及び,メディア・コミュニ ケーションについて論述され,特に学校教育において は, メディア・リテラシーを検討する際に重要である。 また, 情報化をキーワードと考えれば, 「社会の情報化」 の構造と論理において, 「情報化」概念が整理されてい る(児島 1999) 。 筆者は, 「社会の情報化」から「情報の社会化」 , 「メ ディアの社会化」という視点を新たに導入し,情報学 としての幅を広げたいと考えている。 ②ターミノロジーⅡ:リアルとヴァーチャル ここでは,リアルとヴァーチャルの同義性と相違性 が対象となる。特に,ヴァーチャル論とも言うべき考 察もある(レヴィ 1995/米山監訳 2006)ので,学習 内容の構成には十分な題材が準備できるだろう。 ③ターミノロジーⅢ:アナログとディジタル ここでは,アナログとディジタルの双対性,2つの ディジタルなどがテーマになり,アナログとディジタ ルの本質に迫ることが重要である。 (2) 情報社会・技術論 これは,情報社会論や技術論が主な内容であるが, その対象とするものは,倫理学(哲学) ,社会,経済, 法,健康学(医学) ,市民性教育・民主教育(シティズ 17 などをあげることができる。 また,情報倫理に関する文献は沢山あるが,特に, 基礎情報学からの展開(西垣・竹之内 2007)は,情報 学をベースに考察を行う上で好都合である。 ②情報人権とイクイティ これは,現実世界における人権と同じように,ネッ ト社会における人権(一定の基本的な権利)について 考察を行うことで,筆者は, ・情報安全と情報人権 ・情報人権の基本的な考え方 ・情報のイクイティ などを取り上げている。 ③情報社会とコミュニティ これは,情報社会をコミュニティという視点で捉え ることの重要性を示し,それを考察することの意義を 示している。筆者は, ・コミュニティの広域化・狭域化 ・地域社会のコミュニティとモチベーション ・コミュニティの種類と機能・影響 ・友だち概念の変化 を取り上げている。 ④情報経済とビジネス これは,情報社会における経済活動の特徴や問題点 を考察するもので,学校教育としての学習内容として 配慮すれば,児童・生徒・学生など,学習者の視点に 立った展開が求められる。筆者は, ・物流と情報流 ・価値の創造 -情報学的価値- ・電子商取引と電子決済 ・経済活動における信用情報とブラックリスト を取り上げている。 ⑤情報法規とコンプライアンス これは,情報に関わる法とコンプライアンスに関す るもので,筆者は, ・情報に関する法規 ・権利の再考 (例)著作権の教育に際して重要な視点 報道の自由と知る権利,忘れられる権利,など を取り上げている。 情報学教育の第2ステージ~教職実践を視野に:K-12 から K-18 へ~ ⑥情報健康とダイナミズム これは,健康に関する事項を考察するもので,多様 な視点からの検討が重要となる。筆者は, ・健康と健全 ・ダイナミズム という視点で考察を施し例示している。他にもデジタ ルストレス(鐸木 2001)などをあげることもできる。 ⑦情報公開とデモクラシー これは,民主主義の教育に関わるもので,極めて重 要な内容を含んでいる。筆者は, ・情報公開と守秘義務 ・デモクラシー などを取り上げている。特に,多様性の意義を理解す ることは,望ましい情報社会の構築に重要なことであ るが,その本質的な理解も同時に求められている (Page2007/水谷 2009)のである。 ⑧情報学的想像力とインフォ・シンキング 筆者は, 社会学的想像力という考え方を参考にして, 情報学的想像力という表現を用いている。その際の思 考を情報思考(Info-thinking)と呼んでいる。 また,思考は外部からは見えないので,その評価に 際しては,特別な視点や手法が求められる。例えば, 子どもの思考と表現を評価するために,パフォーマン ス評価とは何か,パフォーマンス評価の方法,パフォ ーマンス評価の特徴と課題,学校でこそパフォーマン ス評価を,と表現され,教職実践として分かりやすく 紹介されている(松下 2007) 。また,成功のためのシ ンキングの在り方に関する考察(泉 2012)もあり,パ フォーマンスに関係して考慮に入れるとよいかもしれ ない。 8.教育課程論~カリキュラム・イノベーション カリキュラム・イノベーションについては,小玉重 夫先生(東京大学大学院教育学研究科教授)の考え方 に大きく影響を受けている。氏の著書「カリキュラム・ イノベーション~新しい学びの創造へ向けて~」(東 京大学教育学部カリキュラム・イノベーション研究会 編 2015)の中から,筆者が情報学教育を再構成する上 で重要と思われる点を取り上げて論述したい。氏はカ リキュラム・イノベーションの課題について, ①何をイノベーションするのか ②イノベーションの視点 ③どのようにイノベーションを進めるのか という項目を立てて,明確に説明している。 筆者は,情報学教育の第2ステージに向けて,上記 の3項目において次のように認識している。 ①については,学校のカリキュラムのとらえ方をめ ぐり,種々に渡り2つの見方が対立してきたことであ り,このような2項対立的なとらえかたの枠組みを超 える, 新しいカリキュラムの視点が必要であるという。 その際,アカデミズムが頂点となって,そこで生産さ 18 れる学問を下していくという従来のやり方ではなく, 社会との関係の中で社会的レリバンスを備えたカリキ ュラムの構築をうたっている点が重要である。すなわ ち,カリキュラムは,アカデミズムを頂点とするヒエ ラルキーの中で独占的に形成されるのではなく,これ に新しい視点を付け加えることにより,“新しくて意 義のある”カリキュラムの構築が可能となる。 筆者は,学校教育の現場から,今の情報教育(PC の操作を主とする教育)を脱し,学校教育において意 義のある「情報学」を構築し,研究としての専門分野 としての「情報学」の構築に寄与するくらいの意気込 みが必要である(松原 2006)と述べている。 ②については, 小玉先生は3つの視点を示している。 それは, (a)誰がカリキュラムを決めるかという視点 (b)どのようにして教えるかという視点 (c)何を教えるかという視点 であるが,筆者の考え方と照合すれば,(a)は学習内容 としての情報学を教育現場から策定すること,(b)は新 しい教育方法の開発,そして,(c)新しい教育内容の策 定に対応するものと考えられる。 ③については,日本学術会議などで学問領域ごとに 議論を進めれば,既存の学問分野の枠を保守する方向 に傾倒しやすく,教科の統廃合を行い,新しい教科を 新設するという動きには,抵抗が生じる恐れがあるこ とを指摘している。その際,カリキュラム・イノベー ションを成功に導くには,従来の進め方に固執するの ではなく,日本学術会議などのアカデミズムとの新た な協力の在り方が模索されるべきである。 カリキュラムとそのマネジメントに際しては,広範 に渡り取扱いが困難とされてきたが,筆者のめざす教 職実践に向けての情報学(カリキュラム)を検討する に際して,教職実践における教育課程論を取り扱うも のも出てきており, 大いに期待できる (古川ほか 2015) 。 また,学力向上へのアクションプランとしてカリキ ュラム・マネジメントを位置付け(田村 2014) ,情報 学教育の第2ステージにつなげたい。 9.おわりに 本稿では,情報学教育の第2ステージと題して,今 後の方向性を示した。その際,教職実践をキーワード に, 「K-12 から K-18 へ」というフレーズで象徴し, 第1ステージからの円滑な接続に配慮した。 特に,情報学教育のコア・フレームワークの再構成 では,第2ステージとして,文理融合の情報学教育の 新しいフレームワークを示した。 筆者は,情報学教育カリキュラムに関する一連の研 究を通して, 情報に関する学問の深遠に痛感している。 情報学教育を第2ステージに進めるには,皆様のご理 解とご協力を引き続き賜りたい。 情報学教育論考 第 2 号 K-18 K-16 K-12 ©2016 滋賀大学教育学部松原研究室 協力:SUDA 設計室(東京,赤坂) 図4 K-12からK-18へ 19 情報学教育の第2ステージ~教職実践を視野に:K-12 から K-18 へ~ 参考文献 古川治,矢野裕俊,前迫孝憲(2015)教職をめざす人 のための教育課程論,北大路書房. 松下佳代(2007)日本標準ブックレット No.7:パフ ォーマンス評価,日本標準. 松下佳代(2010)<新しい能力>は教育を変えるか- 学力・リテラシー・コンピテンシー―,ミネルヴァ 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(wadaben@acm.org) 1.情報という分野 情報という言葉が指す分野は幅広く,情報と聞い た時にどのような分野を思い浮かべるかはその人 (ないしはコミュニティ:以下では簡単のためにた だ「人」と書く)により大きく異なる,ということ 自体はいまさら言うまでもない。しかしそこには, ただ広いというだけにはとどまらない問題がある と私は考える。 例えば数学分野について考えると,数学と聞いて 純粋な数学をイメージする人,それよりも実際的な 応用分野を考える人,あるいはただ数値を計算する ことだと考える人などがいる。それは多様ではある が,しかしその上位概念として「最広義の数学」と でもいうべき範囲が多くの人の共通認識としてあ り,上記のそれぞれは,その中のどのあたりをどの 程度に重視するか,という差異と言えると思う。 しかし情報(学)分野と言った場合,ある人はシ ャノン等に始まる「情報理論」の上に構築された分 野を考え,またある人はコンピュータやディジタル ネットワークの構成などのソフトウェア技術ない しは電子技術を考えるが,一方で「マスコミ」 「報 道」などをイメージする人や,図書館情報学など「情 報」を人が取扱い整理する分野をイメージする人な ど,お互いきわめて異質な様々なものが存在する。 これらは,上記の数学の場合ようにそれらを包括 する「最広義の情報(学) 」と呼ぶべきものがあり, それぞれはその中のどのあたりをどの程度に重視 するかという差異にすぎないと言えるだろうか? 私はそのような「最広義の情報(学) 」は実は存在 せず,もしそれをむりやり考えようとすると,それ は「あらゆる分野をすべて含んだ集合体」になって しまうと思う。 このことに関して,私はいくつかの場で以下のよ うな(ある意味自嘲的な)比喩を用いて述べている: 「橋」と「箸」は,たまたま同音なだけで全くか け離れた概念である。日本語でこの 2 つが(勘違 いで間違えられることはあっても)混同され同一 視されることはまず無い。しかしもしもそうでな く,たまたま同音であるため混同して同一の概念 「ハシ」として認識され,ある人はハシで食事に 使う道具をイメージし,別の人はハシとは川など に掛ける土木構造物だとイメージする。そして, ともにハシである以上それを包括する「最広義の 23 ハシ」という概念が存在するはずだと考えるあま り「ハシとは食事に使う道具も含みまたある種の 土木構造物も含むきわめて広い概念」であるなど という説が唱えられる。 もちろんこれはまったくおかしな話であり, 「箸」と「橋」はたまたま同音であるにすぎない 無関係な概念である。ここで言いたいのは,いま 使われている「情報(学) 」という言葉もある意味 これと同じなのではないか,複数の概念なのに誤 解されて単一の概念だと思われているだけなので はないか,ということである。 もちろんこれは言い過ぎであることは承知であ えて言っているのであり,たとえばマスコミとコ ンピュータ技術の間にも多少の関連性はある。言 いたいのは,そういう側面が相当程度あるのに, それに気づかず(あるいは故意に無視して)いる のではないか,ということである。 おりしも,萩谷昌己先生(東京大学)を中心と した方々のたいへんな御努力により,日本学術会 議で「情報学分野の参照基準」がまとめられつつ ある(萩谷(2014)) 。情報の科学や情報工学だけで なく,文系の情報学をもとりこんだ「情報学」の 体系を定義が確立されたということから貴重な業 績である。筆者も情報処理学会情報処理教育委員 会の一員として検討課程ではわずかながら協力し たが,これをまとめる際に御苦労なさっていた大 きなことのひとつは,関連分野どこまでを含みど こからは除外するか,だった。およそ現代の分野・ 学問領域で「情報」という言葉と全く無縁なもの は無いと言ってよく,ある領域特有の「情報学」 が多くの領域に関してそれが存在し,これを同参 照基準では「領域情報学」と呼んでいる。もしこ れらすべてが情報学の一分野であると定義すると, 情報学とは学問領域全体にまたがる巨大ななもの になり,一方で情報学たる性格づけが困難になっ てしまう。 そこで慎重な検討の元,何を含め何は除外する か検討されて現在の参照基準案ができた。言い換 えれば,ここに含まれるものが情報学であり含ま れないものは(関連はあっても)情報学以外のも のである,と区別する基準ができたといえる。や や乱暴であることを承知で書けばこれは, 「ハシ 学」とは橋梁に関係するこれこれの分野を言うの 情報という分野および情報教育の多様性 であり,それに含まれない箸製作の職人芸のこと は含まないのだという基準を決めた,と例えるこ とができる。今後,この参照基準を軸として様々 なもの,たとえば高等学校情報科(共通教科およ び専門教科:以下も同様)の学習指導要領の改訂 の際も,何を含め何を除外するべきかについて基 盤となる統一した共通認識のもと編纂されること が期待される。 やや過激に言えば,情報学から除外された分野 は「情報」という字句を他の字句にあらためるよ うお願いすることも考えていいかもしれない。も ちろんこれは,それらの分野の価値・重要性をど ういう言っているのでは全くない。そうではなく, 上記の「橋」と「箸」の例えがあたっている面が あるなら,つまり不幸にも同音同字異義語である ために本質的でないところで馬鹿馬鹿しい混乱が 生じているということであり,それを今後は無く したいということである。 もちろん,情報教育の場にも前節で述べた「混乱」 はおおいに持ち込まれていると考える。たとえば現 行の学習指導要領(2013 年度実施)やその前のも の(2003 年度実施-高等学校情報科の学習指導要 領として最初のもの)を前節の内容を踏まえて思い 起こすと,情報科のカバーする範囲が不可避に広か った大きな理由でもある。学習指導要領および同解 説の文面に書かれたことの範囲だけでなく,それに 対して様々な人が下した解釈や行なった実践の範 囲についてはなおさらである。 現在具体的検討の前段階にある次期学習指導要 領においては,そのカバー範囲として情報学の参 照基準が示すものを的確に踏まえ,その範囲内の 事項はきちんと扱う反面でそれ以外の分野は他教 科でカバーすべきものだという, 一貫した枠組み のもと構成されることを期待したい。 2.情報教育の目的 この情報科がカバーすべき範囲に関する広さと 同時に情報教育には「なぜそのような教育を行なう 必要があるのか,目的は何なのか」ということに関 しても多様なものが見られる。 誰から見てもわかりやすいのは専門技術教育と しての情報教育,すなわち情報(情報処理)技術者 をめざすことを前提とした教育である。典型的には ソフトウェア開発作業にかかわる技術者を目指す 学生生徒を対象にしたものである。そこでは例えば プログラミングに関する教育が必要であることに 疑問の余地は無く,検討すべきことは教育内容の細 部や効果的な教育方法といったことである。 これに対して,初等中等教育(高校の専門学科や 高等専門学校は除く)での情報教育は,まずその目 的から議論しなければならない。それには大きく分 けて四つの立場・考え方がある。 第一は, 「情報リテラシー」とも呼ばれる内容で ある。現代ではどのような社会生活・職業生活を送 るにしても情報機器や情報ネットワークを使うこ とになる,その際にそれらが問題なく使えるように する技能や知識を教える必要がある,という立場で ある。 またこれと関連する第二として,将来様々な立場 として情報分野の専門家とかかわったときに「専門 家と正しく付き合うための素養」は,万人が身につ けておくべきだ,という立場もある。 第三は, 「情報専門教育の最初の段階」としての 考え方である。初等中等教育段階では(高校専門学 科等に所属する者を除き)まだ将来の特定の進路は 想定されていない。その彼らに対し,情報専門分野 に関する知識教養を伝授することで,卒業後に情報 分野を志望するよう誘うとともに,その際の学習の 基盤となる最初の段階を教えておく,というもので ある。当然,将来その進路に進まない者・はじめか ら進むつもりのない者も同じ勉強をするわけで,そ の彼らにとっては無駄なことだという面もあるが, そのように入り口を学んでみてはじめてその分野 が多少ともわかりその道に進むかどうかの選択が 的確にできるのでやむをえない,とも言える。 第四は,実用面ではない教養として「万人が学ん でおくべき学問の初歩段階」だという立場である。 第三との違いは情報分野の専門家になるかどうか にかかわらず身に付けておいて欲しい素養だとと らえていることであり,第一や第二との違いは具体 的に将来必要になるからではなく学問的素養だか らという違いである。これは様々な教科あるいは学 問分野に関して存在することであり,たとえば歴史 分野は,社会生活において具体的に必要になる技能 修得でもなければ生徒が将来に歴史学の研究者に なることを(全くではないにせよ多くの生徒には) 期待しているわけでもない。 なお上記の各段落冒頭の「」をつけた部分は,次 節以降でそれぞれの立場を表す言葉として引用す る。 3.情報教育の多様性 以上,二つの面から情報分野および情報教育の目 的がどのように多様かについて述べてきた。言うま でもないが,現在の日本の情報教育の制度や内容・ それを教えている現場は,これらの多様性を反映し て少なからず混乱し,場合によっては望ましくない 相互反目を生んでいる。本節では,実際に情報教育 をどうとらえ考え主張し実践している人たちがい るのかということを,私の知る範囲で述べてみる。 24 情報学教育論考 第 2 号 私自身を含むコミュニティ,つまりしばしば「情 報処理学会系」と呼ばれるコミュニティは,もとも とコンピュータの科学・技術に立脚点を持つ者たち のコミュニティである。もちろんそこにかたくなに こだわっているつもりは無いが, 「情報教育」の看 板のもとで,少なくとも万人に一定程度は情報の科 学(プログラミングを含むコンピューティング科 学)の教育が行われるべきだと考えている者たちの コミュニティである。その理由は(人により多少異 なるが)それが「万人が学んでおくべき学問の初歩 段階」だからであり,付随して「専門家と正しく付 き合う」ことと「情報専門教育の最初の段階」とし ての意味も含めたいと考えている。 「情報リテラシ ー」に関しては,もちろん必要だがそれだけで十分 だと言ういう意見には絶対に賛成できない立場で ある。1.で述べた「情報」という言葉の意味につい ては,情報とは「コンピューティング科学」 「情報 の科学」 「情報工学」などの名で呼ばれているたぐ いの分野であってほしいが,ある程度は現状を受け 入れざるを得ないと(少なくとも私は)考えている。 以上の自分のコミュニティのことについては書 きやすいが,他のコミュニティ(というより他の 方々の考え方)についてはいろいろな意味で書きに くく,以下は十分な網羅でないことはお許しいただ きたい。 まず,情報教育とは「情報リテラシー」で十分だ という考え方がある。いわゆる「ワード,エクセル」 と言われる日常用いるアプリケーションソフトウ ェアの使い方,著作権・個人情報・情報危機管理な どに関する実践的知識を教え,それ以外のことは一 般の生徒学生向けには必要ない,という立場である。 それ以上のことというのは難しい個別科学技術で あり,専門家を目指す者以外は学んでも何も意味が 無いと考えている方もおられるようである。 これらの方に対し我々は,決してそうではないと 様々な機会をとらえてそのことをわかっていただ く努力をしているつもりであるが,なかなか困難で ある。その際「専門家と正しく付き合うための素養」 としての情報分野の必要性も強調しているが,本当 はそれは小さな一面にすぎず, 「万人が学んでおく べき学問の初歩段階」としての意味のほうがずっと 重要だと考えている。しかしある意味この努力は 「鶏と卵」であり,それが本当に広く理解されるの は「万人が学んでおくべき学問の初歩段階」として の情報教育がしかるべき内容で広く実施され,それ を受けた人たちが成人し社会の構成メンバーの多 くを占めて初めて実現することだろう。 さて先日,ある研究会に初めて出席した。人文社 会系の情報学を立脚点とする方々の集まりであり, いままで私にはまったく縁が無かったところだが, 25 情報教育を専門とする者としてこのような分野も 勉強する必要があると考え出席させていただいた。 その中で,社会学を基盤としメディア論を専門とす る先生から御発表があった。配布資料(伊藤(2015)) の中には「ハイデガー」 「ユクスキュル」 「ソシュー ル」 「マクルーハン」などの名前が並んでいたが, 私には聞いたこともない名前だった(ハイデガーだ けは遠い昔にそれを専門とする先生と御縁があっ たので名前だけは知っていたが,それと情報分野・ 情報教育分野とは何の関係もないものとその時ま で考えていた。 ) 1.で述べた「橋」と「箸」のたとえは以前から私 が思いついて使っているものだが,この研究会から 帰ってあらためてこの例えを思い浮かべて考えた。 ここまでほとんど無関係と思われる分野どうしを 「情報(学) 」という言葉でくくることは本当に適 当なのだろうか?(例えば,コンピュータの機械語 命令と「集合的な知覚」論の間に,どんな関連があ るのだろうか?) ここまで異質なものの寄せ集め であるなら,やはりいっそ,これまでは「橋」と「箸」 を混同していたのだと認め,どちらか(あるいは両 方)が今後は「情報」でない違う言葉を用いる,ぐ らいのことに踏み切ったほうがいいのではないか, ともあらためて考えた。もちろん親しんだ「看板」 を変えることは誰しも大きな抵抗があるし,もしも そのようなことをしないでも「橋」と「箸」のよう に誰しも別のものだと認識するようになるなら同 音同字でもかまわないのではあるが。 4.諸外国では 私は「情報教育の国際比較」を研究テーマとして おり,また中国語と韓国語がある程度わかることを 利用して,10 年ほど前から東アジア諸国を中心に いくつかの外国の情報教育のようすを滞在・訪問な どにより見聞きしてきた。ここでは,その経験の中 から本稿の主題に関係することをいくつか記す。 発展途上国を含むある範囲の国では,情報教育の 目的がある意味はっきりしており,重点は「情報専 門教育の最初の段階」である。もちろんその前段階 として「情報リテラシー」の教育もあるが,教える 方も教わる方も実学重視であり,将来の職業のため に教育を受けているのだという傾向が強い。例えば シンガポールでは,図 1 に示すように Polytechnic (技術短大と訳したが,日本の工学部や職業訓練大 学校に相当するものと考えられる)へ Secondary School 終了者の 40%もが進学する。もちろんすべ てが情報技術分野を目指すわけではないが,見学し た限りでは技術者になるための教育が重視されて いる印象を受けた。 情報という分野および情報教育の多様性 社会人 Degree 編入 Diploma Certificate Polytechnic (3 年) Institute of Technical Education (2 年) 5% University (3-4 年 またはそれ以上) 25% Junior College(2 年) 40% 30% Secondary(4/5 年) Primary(6 年) 図 1 シンガポールの教育制度(図中の百分率表記は進学等の人数比)(和田(2013)より) ) 5.おわりに 中国では限られた施設しか過去に見学していない 本稿は特に新規に調査研究結果を公表するため が,それと私の中国人の先生方や留学生とのつきあ に書いたものではなく,雑多な内容になってしまっ いその他個人的な経験から,やはり技術教育を含む たことは承知している。例えば 2.に述べた四つの分 実務・職業志向の教育がさかんだという印象を持っ 類も今回初めてまとめてみたものであり、修正や追 ている。学生生徒はまじめに(あるいは盲従的に) 加は当然あり得ると思っている。しかし研究発表や 勉強するが,それは(乱暴に言えば)立身出世のた 論文としては書きづらい内容が書けたという面も めである。技術を身につければ高い収入が得られる 職に就くことができ,それによりよい生活ができる, ある。論文をお読みになるのとは違う目で見ていた それこそが学資を投じ汗水流して学ぶ目的である, だければ幸いである。 という考え方が多いように認識している。 参考文献 もちろん,大学の先生など学問をする研究者はお られるのだが,私の知っている例では日本語学専門 和田勉(2013) シンガポール訪問記-政府教育省・技術 の先生が日本人相手の旅行案内会社を持っている 短大・中学校・小学校-, 情報処理, Vol.54 など,やはり実利に走るのが当然である(ないしは No.4(Apr. 2013), pp.390-393. そうせざるをえない)という印象を持っている。こ 萩谷昌己(2014) 情報学を定義する―情報学分野の参 れは 2.の 4 つの目的のうち「情報専門教育の最初の 照基準, 情報処理, Vol.55 No.7(July 2014), 段階」の要素が強いと考える。 pp.734-743. 伊藤守(2015) 高校「情報」ならびに大学教養課程にお 韓国は上に述べた 2 か国よりずっと日本に似た状 況だが,少なくとも政府レベルでは, 「情報教育を ける情報教育~人文社会系情報学の視点から~,基 さかんにしなければ将来国がほろびる」という認識 礎情報学研究会資料, 2015/11/29. を当然のこととして持っている。これもやはり学問 というより実務指向といえる。 「情報リテラシー」 に加え「情報専門教育の最初の段階」の要素が強い ように思う。 26 情報学教育論考 第 2 号 インターネット上の誹謗中傷に関する法的問題 法律事務所アルシエン 高島 惇 (takashima@alcien.jp) 1.はじめに 現代社会において,インターネットを中心 に膨大な情報が流通している。かかる情報を どのように取り扱うかは,社会の一員として 生活すると共に,予測できない未来へ対応す る上で必要不可欠な能力である。 本論文は,インターネット上の情報,特に 誹謗中傷への対応に関する法的問題を指摘す るものである。情報教育の在り方を検討する (資料 1)aguse のトップページ 管理者を特定後,管理者に対する削除依頼 上で,本論文が一資料になれば幸いである。 を講じていく。削除依頼は,裁判外の手段と 2.誹謗中傷の削除 裁判上の手段とで区別される。 ①インターネット社会の発達に伴い,口コミ ③ サイトやいわゆる「学校裏サイト」にて,根 制限法第3条に基づく送信防止措置依頼が挙 も葉もない誹謗中傷の投稿が頻出するように げられる。送信防止措置依頼は,管理者に対 なった。かかる投稿は,名誉権やプライバシ し任意で削除するよう依頼するものであって, ー権を侵害するものであって,損害賠償請求 強制力を伴うものではない。もっとも,後述 のみでなく,刑事事件へ発展する危険が存在 するとおり,裁判に移行した場合には,管理 する。 者にも弁護士費用などの経済的負担が生じる そこで,具体的な法的措置について,手続 ため,一部の管理者を除き,削除に応じるケ ースは多い。 の流れや注意点を検討する。 ② 裁判外の手段としては,プロバイダ責任 投稿に対する法的措置であるが,損害賠 償請求前の段階としては,大きく削除と発信 者情報開示が挙げられる, まず,削除について,対象となるウェブサ イトの管理者に対し法的措置を講じることに なる。管理者の特定方法は,対象サイトのU RLを「JPRS whois サービス」 (http://whois.jprs.jp/)や aguse (https://www.aguse.jp/)に入力すると,検 索結果として表示される。 (資料2)送信防止措置依頼書 なお,書式はインターネット上でも公表し ており(http://www.isplaw.jp/p_form.pdf), 容易に利用可能である。また,請求権者は被 権利侵害者のみであって,投稿者が送信防止 27 インターネット上の誹謗中傷に関する法的問題 措置を依頼することはできない(これは裁判 れている危険があるため,発信者の特定手続 上であっても同様である。)。 を迅速に行う必要性は高い。 その他,一部の管理者においては,依頼書 ③ その後,取得した IP アドレスやタイムス ではなくメール送信にて対応してくれるケー タンプに基づいて,経由プロバイダ(主に, スが存在する。 NTT ドコモや KDDI といった通信会社である。) ④ に対し,発信者情報の開示を請求する。かか 次に,裁判上の手段としては,削除の仮 る法的措置を経て,ようやく発信者の氏名, 処分が挙げられる。 これは,裁判所に対し権利侵害を主張する 住所といった個人情報を特定できるのである。 ことで,管理者に対し仮に投稿記事を削除す ④ るよう命じるものであって,強制力を有する。 ーネット上で公表されていることが要件であ また,審理期間はせいぜい1ヶ月と短く,多 る。したがって,LINEや電子メールのよ くの管理者は,一旦削除仮処分が下されると うな非公開の通信サービスについては,発信 不服を申し立ててこないため,終局的な解決 者情報開示の対象外である。 も期待できる(ただし,ヤフーなど特定の法 なお,発信者情報開示の対象は,インタ その一方で,いじめに利用されたと疑われ 人は,仮処分後も徹底的に争う傾向がある。)。 る場合には,いじめ防止対策推進法第19条 対象となる管理者であるが,かつてはツイ に基づいて,法務局(東京都であれば人権擁 ッターや Facebook といった外国法人につい 護局)の協力を得ることが可能である。かか ては,管轄の不存在など様々な理由で削除措 る協力によって,LINEや電子メールにつ 置を講じることができなかった。しかし,現 いても発信者を特定できる可能性は存在する。 在は,特定の法的手続を経ることで,いずれ 4.さいごに も削除仮処分を得ることが可能である。 インターネット上の誹謗中傷は,安易な動 3.発信者情報の開示 機で投稿するケースが圧倒的に多い。そして, ① かかる投稿を原因として,損害賠償請求にと 投稿に対する法的措置として,削除以外 どまらず,刑事告訴や失職といった社会的制 に発信者情報の開示請求も考えられる。 当職の経験としても,クラス内でのいじめ や学校・教師に対する誹謗中傷について,発 信者情報の開示を請求したところ,当該学校 裁を受けるケースも決して少なくないのであ る。 インターネット上での情報の利用は,全世 の生徒が投稿していたとの事例は散見される。 界に向けて半永久的に公表されるため,慎重 発信者情報の開示は,まずコンテンツプ に行う必要がある。情報教育にあたって,安 ロバイダに対し,発信者情報開示の仮処分を 易な利用による不利益を十分確認しなければ 申し立てる必要がある。かかる申立てによっ ならない。 ② て,コンテンツプロバイダから,対象となる 投稿の IP アドレスとタイムスタンプを取得 できる(審理期間は,削除仮処分同様に,長 くて 1 ヶ月程度である。)。 なお,プロバイダによっても異なるが,IP アドレスの保存期間はおおむね3ヶ月程度に なる。すなわち,せっかく仮処分を得たとし ても,一定期間の経過を理由にログが削除さ 28 参考文献 清水陽平(2015)「サイト別ネット中傷・炎 上対応マニュアル」弘文堂 総務省総合通信基盤局消費者行政課(2014) 「改訂増補版プロバイダ責任制限法」第一 法規 情報学教育論考 第 2 号 情報学ことはじめ 情報システム学会 芳賀正憲 (cqa12715@nifty.com) 1.はじめに 情報社会になって少なくとも四半世紀以上経つ のに,わが国では専門家の間で共通認識された情報 学がいまだに存在しない。このことが,小中高・大 学を通じて適切な情報教育ができず,120万人に も膨らんだ情報システム産業が労働集約的になり, 情報社会の深化とともに,工業社会で5年間確保し ていた国際競争力世界一の座から,日本が30位に まで転落した主要な原因になっていると考えられ る。 本稿では, 「情報とは何か」という原点に立ち返 り, 「人間は情報を基本的にどう取り扱っているか」 「応用的にどう取り扱っているか」 「組織的にどう 取り扱っているか」 ,考察を積み重ねることにより, 関係者の間で共通認識が可能な基本的な情報学の わく組みを提案したい。 2.情報とは何か 情報社会が深化したにもかかわらず,情報概念は 専門の学者の間でさえ誤解の中にある。 典型的な誤解は, 「情報は形がない」というもの で,大学の教科書にもそのように書かれたことがあ る。これは, “情報”という言葉が翻訳語であるこ とに起因している。元の単語の information を見る と,中に form という文字があるので,まちがう人 は少ない。一方, “情報”という漢字に“形”を見 出すことはできない。 わが国では,情報に近縁の概念である「思考」や 「言語」のメタファが, 「よい考えが浮かぶ」 「立て 板に水」などと表現されているように,気体や液体 になっている(柳谷啓子(2007)) 。そこから連想し て,情報も「形がない」という思い込みがなされた と考えられる。 そのほか,データと知識の間の狭い領域に情報カ テゴリを設定したり,IT(情報技術)に関わる情 報のみに“情報”の意味を限定して用いるなど,不 適切な概念設定が多くみられる。情報教育がテーマ の会合では,情報教育とIT教育が混同されたまま 議論が進むのが一般的である。情報システムをコン ピュータシステムと同義とする専門用語辞典さえ ある。 29 このように“情報”の理解の仕方が錯綜する中で, これらの統一を可能とする画期的な情報概念が西 垣通によって提唱されている。西垣(2004)によると, “情報”は,生命情報,社会情報,機械情報の3種 にカテゴリ分けされる。 人間は生命体であり,社会を形成し,太古の昔か ら広義の情報技術(例えば粘土板に楔形文字を刻む のも広い意味で情報技術と考える)を用いてきたこ とから,上記のカテゴリ分けは直観的にも必然と考 えられるが,従来の情報教育で生命情報が取り上げ られることは皆無で,また社会情報から独立して機 械情報が取り扱われることもなかった。しかし上記 の分類は,人間が現実に情報を取り扱い,情報行動 をしていく上で重要な意味をもっている。 従来一般的に“情報”と呼ばれていたのは社会情 報のことで,典型的には言語である。社会情報は, 記号とその表わす意味内容が一体となったもので ある。ここで,記号に対して意味内容を形成するの は,生命情報のはたらきである。 生命情報は従来情報のカテゴリとして取り上げ られることが少なかったが,どのようなものなのか, 1例として次のようなケースを考えると直観的な 理解がしやすい。 今,電波が見えるかという問題を想定する。一般 的に電波は,ラジオやテレビなど受信装置を用いな い限り,人間が直接認識することは不可能である。 しかし400テラヘルツ台の電波が目に入ってき たとき,人間は,これを赤色として感じることがで きる。700テラヘルツ台なら紫である。この赤く, あるいは紫に見える感覚が生命情報である。 人間のDNAはほとんど共通であるから,400 テラヘルツ台の電波に対して,ほぼすべての人間が これを赤く感じる。したがって,同じ集団内では, これを同じ言葉,例えば“aka”, “red”等 と呼ぶことにすればコミュニケーションがとりや すい。このようにして成立したのが社会情報である。 ここで“aka”等の音素の組み合わせ,またそれ に“赤” , “あか”等の記号を当てて会話や記録を可 能にしたものが機械情報である。 生命情報は,人間の情報行動において,きわめて 情報学ことはじめ 重要なはたらきをしている。 経営学の分野で 1980 年代,野中郁次郎等(1996) が企業の知識創造を,暗黙知と形式知の相互作用に もとづくものとしてモデル化した。暗黙知は,生命 情報によって形成されている。生命情報への着眼で, 経営学は情報学に大きく先行している。 野中等の知識創造モデル以外にも,歴史的に次の ような重要な人間の情報行動が,生命情報の喚起・ 発掘プロセスとして位置づけられる。 (1) 弁証法における止揚 (2) 現象学の本質直観 (3) 内観法 (4) 発想法 (5) ブレインストーミング (6) デザイン思考 このように見てくると,人間が問題解決や設計, 発見や知識の拡張など重要な情報行動をする上で, 生命情報が決定的に重要なはたらきをしているこ とが分かる。生命情報が独立したカテゴリとして位 置づけられるゆえんである。 情報から成り立ち,情報機器によってのみ実行が可 能な,人間の情報行動のキャパシティを飛躍的に拡 大させる,新しい知識の形態である。機械情報を独 立したカテゴリとして位置づけることが,いかに重 要であるかが分かる。 3.人間は情報を基本的にどう取り扱っているか このプロセスの基本は,< 情報の認識 ⇒ 推論 ⇒ 情報の発信 >である。 情報の認識プロセスについて理解するには,今日 記号論の説明が役立つ。記号論のルーツは,古代ギ リシャにさかのぼり,ヒポクラテスの医学における 徴候学が始まりとされている(有馬(2001)) 。推論 の進め方に,演えき,帰納,発想の3つの方法があ ることは,ギリシャ時代から知られている。情報の 発信の基本は,言語技術であるが,言語技術のルー ツは,ギリシャ時代にさかのぼり,ローマ時代にす でに標準体系ができていた。 このように見てくると,情報の基本的な取り扱い 方は,西欧では,ほとんど2千年以上前,ギリシャ 時代に整理がなされていたことが分かる。わが国と の驚くべき相違である。 (しかしキャッチアップは 上記したように,従来一般的に“情報”と呼ばれ 可能である。科学技術の場合,19世紀半ば,西欧 ていたのは社会情報のことで,記号とその表わす意 味内容が一体となったものである。人間は当初から, との歴史的な較差は同様に大きかったと考えられ るが,研究と教育への体系的取り組みにより,20 記号と意味内容をいったん切り離し,記号だけを流 世紀後半には,国際競争力世界一に到達した。情報 通させて時間と空間をまたがる意味内容の伝達を 系の場合, 1960 年代から情報化社会の到来が叫ばれ してきた。もちろん,物理的に意味そのものを伝え ていたのであるから,本来は当時から準備を始める ることが不可能で,記号しか伝えられなかったから べきであった。しかし今からでも決して遅くはない。 である。この記号部分を西垣は,機械情報と名づけ 早急に研究と教育の体系化努力を開始すべきであ ている。 る。 ) 機械情報を伝達,蓄積,処理するのが,広義の情 報技術である。 広義の情報技術には,会話や半鐘など自然の空気 記号論から学ぶことは多いが,重要な考え方の1 振動,のろしや手旗など光を利用する伝達があるが, つは, 「人間はその時点までに獲得している概念構 到達距離や複雑な内容の伝達に限界があった。機械 造(情報構造)で対象世界を見ている」ということ 情報の記録と蓄積は,初期の粘土板への刻印,筆写, である。同じ親から生まれた男子を見るとき,日本 印刷等発展してきたが,伝達するには記録された媒 人なら兄・弟と区別して認識するが,英語圏ではど 体を直接持ち運ばざるを得なかった。 ちらにしても brother である。日本人なら,鳥取砂 電話や無線通信などエレクトロニクスの発展は, 丘で見ても動物園で見てもアラビア半島で見ても, 機械情報の高速・遠距離伝達に飛躍的な進歩をもた ラクダにしか見えない動物を,ベドウィンは,その らしたが,20世紀の半ば以降始まった,コンピュ 成長段階や用途などにより,200近い単語に分け ータとネットワークの大発展は,伝達と蓄積の時間 て呼んでいる。 的・距離的・量的な限界を取り払っただけでなく, サブプライム問題が起きたとき,情報システム関 さらに Plan-Do-Check-Act サイクルを回す,人間の 係者は情報システムのわく組みで対象を見るので, 情報行動の一部代替を可能にするという,時代を画 問題の根源がサブシステム設計の誤りにあること するイノベーションをもたらした。 がすぐに分かったが,経済関係者はほとんど,閣僚 コンピュータやネットワークなどの情報機器に, 経験者でさえ,従来の経済のわく組みでしか問題を 人間の情報行動の一部代替をさせるためには,その 見ることができず,バブルの崩壊,あるいは強欲の ために開発したソフトウェアが必要である。ソフト 結果等としか説明できなかった。この場合,なぜバ ウェアは,社会情報の意味と1対1に対応する機械 ブルが生じたのか,なぜ強欲を誘発したのかまで解 30 情報学教育論考 第 2 号 明されなければ,真の解決策は得られない。 推論は,付加価値の高い情報を新たにつくり出す プロセスである。 人間の情報行動の目的は,付加価値の高い情報を つくり出し,それを,製品を含む技術連関,芸術的 作品を含む文化環境に具体化した上で,それらの価 値を享受していくことにある。したがって推論こそ, 人間の情報行動の目的を実現するキーになるプロ セスということができる。 推論には,演えき,帰納,発想の3つのプロセス があるが,その中で,付加価値の高い情報を新たに つくり出すのに最も役立つのが発想法である。人類 の文化と文明が原始時代から今日まで発展してき たのは,主として発想法にもとづくとみてよい。す でに記しているように,発想は生命情報を喚起・発 掘することによって得られる。 発想法については,その厳密性に疑問が呈される ことがある。発想の代表的な成果である科学的発見 について,ほとんどの学者が,それは幸運な偶然の 思いつきやひらめきによるものと考える傾向があ る。それに対して,発想法を現代に復活させた祖と も言えるパースは,偶然に見えるひらめきなどのア ブダクティブな洞察力が,実は人類進化の過程の中 で自然に適応するために人間精神に備わるように なった「自然について正しく推測する本能的能力」 であり,人間精神の合自然的(合理的)働きである という見方を示している(米盛(2007)) 。 もちろん発想の結果は,そのあとの重要な情報行 動である検証プロセスを繰り返すことにより逐次 あるいは大幅に改善し,必要レベルまで妥当性を高 めていくことができる。 発想法に次いで,帰納法も付加価値の高い情報を 新たにつくり出すのに役立つ。帰納法では,有限の 具体的な情報から,一般的に何が言えるかという新 たな情報を導き,知識を拡大・発展させる。発想法 で得られた仮説の実証では,有限な情報しか得られ ない。そのため仮説の論証は,やむを得ず帰納法で 行なっている。 演えき法は,すでに獲得している情報の中に潜在 的に含まれている内容を,明確化する方法である。 獲得している情報が真であれば,抽出された内容も 必ず真であることが保証されている厳密な方法で ある。一般に演えき法により,新たな情報が得られ るわけではないとされているが,現実には,明確に なった内容から高い有用性が得られる可能性が高 い。 三角形の内角の和が180度であることは,前提 としている定義や公理から自明であるが,知識とし て有用である。数学や物理学では,このようにして 多くの知識が得られている。情報学においても,分 31 野やプロセスにより,同様の側面があることが考え られる。今後,情報学の研究で,留意すべきことと 思われる。 情報の発信の基本になるのは言語技術であるが, これは伝統的にレトリックと呼ばれ,ローマ時代に すでに標準体系が完成していた。論理学などとなら び,現代に至るまでリベラルアーツの中核をなして いる重要な技術である(世界大百科事典(1985)) 。 わが国では修辞学と訳されたり,弁論術として伝 えられたが,それは翻訳の誤りで,レトリックの1 側面しかとらえていない。 1世紀に,ローマの教育家クインティリアヌスに よってまとめられた標準体系は次のようなプロセ スになっている。 (1)発想:主題をめぐる問題点を見つけだし,そ れにふさわしい論証の材料や方向を探し出す 技術 (2)配置:発想によって見出された内容を適切な 順序に配列する技術 (3)修辞:前の2段階で整理された思想内容に効 果的な言語表現を与える技術 (4)記憶:口頭弁論のために仕上げられた文章を 記憶しておく技術 (5)発表:実際に公衆の前で発表するための発 声・表情・身振りなどの技術 これを見ると,レトリックには推論に相当するプ ロセスまで含まれていることが分かる。 レトリックが修辞学または弁論術として定着し たのは,標準体系のうち表面に現れた(3)以降にの み注目したからであると考えられる。外国から他の 多くの概念を移入したときと同様,言語技術の基礎 として重要な(1)(2)は,論証など,対応する概念が わが国に乏しかったため,見過ごされてしまった可 能性が高い。 言語技術では,推論と情報発信が統合されている が,欧米では今日の情報社会発展の前に,2千年以 上にわたって言語技術の体系化と教育の歴史があ った。それと対照的に,わが国の学生・社会人は, 言語技術を学ぶ機会のないまま情報社会を迎えて しまった。このことは,わが国における真の意味の 情報革命を遅らせ,また必ずしも今日,情報技術の 導入が十分に効果を挙げ得ていない原因になって いると考えられる。 4.人間は情報を応用的にどう取り扱っているか 次に明らかにすべきは,情報の取り扱いの基本を 応用した人間の情報行動モデル(情報行動の基本モ ジュール)は何かということである。この基本モジ ュールが階層構造的に,あるいは並列に組み合わさ 情報学ことはじめ れ,組織・社会が構成される。 人間が生存目的を実現するため実効性をもって いるのは行動だけである。行動がなければ,現実に 何も進まない。 人類は誕生当初,情動(推論や知識ではなく,本 能や直観にもとづく意思や行為の決定)をもとに行 動していたと考えられる。推論力も知識もまだ乏し かったからである。しかし,情動のみで行動したの では,不適切なプロセスが実行され,不満足な結果 に終わることがしばしばあることが避けられない。 そこで行動目標と行動の進め方について検討し,最 適と考えられる計画を立てた上で,その計画にした がって行動することにした。 計画の検討により,実行結果が満足のいくものに 近づくことが期待されるが,それでもまだ目標が達 成されなかったり,プロセスが適切でない可能性は 残る。そこで行動結果を分析して,目標未達やプロ セスが不適切だった場合,修正計画をつくって再実 行する。 このようにして,計画⇒実行⇒検証⇒再実行 (Plan⇒Do⇒Check⇒Act:PDCA)のサイクルが 成立したと推測される。基本的な4つのプロセスか ら成るPDCAサイクルは,論理的に人間の情報行 動の基本モジュールとして,妥当性が高いと考えら れる。 たものが,いわゆる法則や理論である。したがって, 科学的な知識である法則や理論は,さらに観察や調 査が進み,新たに反例が見つかると,いつでも否定 される運命にある。このため,法則や理論と言われ ているものも,長い目で見てつねに仮説とみなされ ている。 ここでPDCAと仮説実証のサイクルを比較す る。PDCAの最初の Plan は計画であるが,計画 とは,このような進め方(A)をすれば,目標(B)が 達成されるだろうと演えき的に考えた仮説である。 次の Do-Check は,実際にその仮説(計画)を実行 し検証するプロセスである。検証した結果,目標 (B)が達成されていなければ,進め方が悪かったの で,修正計画をつくり再実行する必要がある。これ が Act であるが,仮説をつくり直して再検証するプ ロセスに相当する。目標どおりの結果が得られてい れば,仮説としての計画(進め方)の妥当性が帰納 的に実証されたものとして,その進め方を標準化す る。目標が達成できても,次からさらに高い目標が 達成されるよう仮説(計画)を見直すことも,一般 的に行われている。 このように業務を推進するため国際標準的に実 行されているPDCAサイクルと,科学的な知識を 獲得していくための仮説実証サイクルがまったく 同等であるということは,このサイクルが人間の情 科学的な知識の獲得も,仮説実証サイクルとして, 報行動のモデルとしていかに基本的かつ普遍的な ものであるかということを示している。また,この PDCAとまったく同等のサイクルで行われてい サイクルには,人間が情報を取り扱うときの基本で る。 ある,発想,演えき,帰納の推論プロセスがすべて 今,発想法等により仮説として知識Aが想定され 組み込まれている。もちろん,情報の認識,情報の たとする。次に,このAから何が言えるか,演えき 発信プロセスも,サイクルを回していく中で実行さ 的に考える。AからBが言えるとする。次に,実際 れる。 にBになっているかどうか,実験,観察,調査など 人間は生存目的を実現していくため,自然・技術 により検証する。ここで,2つの場合が考えられる。 連関・文化環境からなる生圏(人間の生息圏のすべ 第1は,観察したところBになっていない場合であ て)を対象に,もっている知識を活用し,また他の る。この場合,AならばBで,実際にはBではない 人間と情報の授受を行ないながらPDCAサイク のであるから,演えき的にAは否定される。すなわ ルを回しているが,その過程を通じてさらに新たな ち,仮説としてAはまちがっていた,ということに 知識を獲得し蓄積していく。その様子を端的に図1 なる。そこで,あらためて仮説をつくり直して再検 に示す。 証する。 第2は,調べたところ演えき的に推論したとおり, H Bになっていた場合である。このときは,判断がむ PDCA ずかしい。AならばBで,実際にBになっていた。 生圏 だからといって,仮説Aが正しいと,演えき的には 知識 言えない。逆は,一般的には正しいと言えないから D である。これでは仮説Aは,第1の場合で否定され, 第2の場合肯定されないのであるから,永遠に証明 F できないことになる。そこで,第2の場合は演えき 法を断念して,Bの否定例がなければ,帰納的に仮 図1 人間の情報行動モデル 説Aを認めることにする。このようにして論証され 32 情報学教育論考 第 2 号 図1で,Hの四角は,複数の人間の存在を前提に 1人の人間を表わしている。Dは,他の人間との直 接対話による,各自が得た情報の交換である。Fは, 文書等を通じての非同期の他者との対話である。 先に挙げた野中郁次郎等の提唱した知識創造モ デルでは,現場の暗黙知を形式知化し,組合せて付 加価値を高めた上で,再び現場の暗黙知に内部化す る。暗黙知が基盤になっていると考えられる。しか し今日現場の知識は,現実には次のような構成にな っていると想定される。 生命情報によって形成された暗黙知の広範な基 盤はもちろん存在するが,技術標準,作業標準,数 学モデルなど社会情報レベルの形式知も,すでに厳 然と存在していて運用されている。さらに,技術標 準,作業標準,数学モデルなどの中で,人間の代わ りにコンピュータによって作動させた方が,メリッ トが大きいと考えられる範囲について,ソフトウェ アが開発され,実装,運用に供されている。すなわ ち,現実に現場の知識は,すでに生命情報,社会情 報,機械情報の3層構造になっていると考えられる。 3層構造の知識を前提に,PDCAサイクルの推 進にともなう新たな知識の創造は,図2で示すプロ セスで行われている。 暗黙知 5.人間は情報を組織的にどう取り扱っているか 人間は生存目的を実現していくため基本的に図 1に示す情報行動をしているが,個人のなしうる範 囲には限界がある。組織とは,この限界を克服する ため,個人よりはるかに多岐にわたる情報行動がと れるよう,1つの情報システムとして形成されたも のである(サイモン H.A.(1989)) 。 組織の情報行動は,全体として図1と同じモデル で表すことができる。それと同時に,組織の場合, 大きさにもよるが何段階かの階層的な入れ子構造 で,また階層のある段階では並列にいくつの小組織 または個人が,図1と同じモデルでPDCAサイク ルを回しながら知識の創造と蓄積を続けている。 社会学者のルーマンは社会システムとして組織 がどのように分化・形成されていったか,3 つの段 階に分け説明している(クニール G.等(1995)) 。 最も単純な分化の原理が,環節的分化である。こ れは原始社会のように単純な社会の分け方で,その 原理は,1つの社会を家族,種族,村落など,同等 の部分に分けるものである。どの部分システムも, ほとんど類似の活動をしている。 分化の第2段階は成層的分化である。農耕牧畜の 発展にともなう,より複雑な問題に対応するため, 聖職者,貴族,農民など身分階級制度が成立した。 第1次概念化 第2次概念化 第1次概念知 言語 第2次概念知 ソフトウェア 図2 3層構造の知識創造プロセス 一般的に人間は,まわりの世界をまず感覚でとら え(生命情報),次にそれを分析して概念化してい くのであるが,ある段階で内容を言語(社会情報) に結晶させる。この段階を第1次概念化と名づけよ う。生命情報のまま知識として蓄積されたものが暗 黙知であり,技術標準,作業標準,数学モデルなど 社会情報レベルで蓄積される知識が第1次概念知 である。コンピュータの登場以来,さらに概念化が 進められ(第2次概念化),ソフトウェアとして運 用に供されるようになった(第2次概念知)。この ようにして,PDCAサイクルの推進にともない, 3層構造の知識が創造され蓄積されていると考え られる。 33 16世紀,宗教改革と宗教戦争を契機に,宗教的 な行為のパターンと政治的な行為のパターンが隔 たりをもつようになり,政治が主体的・自律的に機 能するようになった。さらに教育が成層的な秩序モ デルから切り離され,科学も分化,家族の私的領域 が独立し,法が政治から分離,経済が宗教と道徳か ら解放されるなど,分化の第3段階として,近代の 特徴である社会の機能的分化が進んでいった。この ようにして,真理,貨幣,権力,愛などの概念を中 心に,コミュニケーションを継続しながら秩序を形 成し,それぞれの機能を果たしていく,学問システ ム,経済システム,政治システム,家族システムな どの社会システムが成立していった。 現代は,課題の複雑さがさらに著しく増大したた 情報学ことはじめ 有馬道子 (2001) パースの思想,岩波書店 米盛裕二 (2007) アブダクション,勁草書房 世界大百科事典 (1985),平凡社 社会システムの中で,経済システムは人々の生活 に深く関わり,他の社会システムへの影響も大きい。 サイモン H.A.,松田武彦ほか(訳)(1989) 経営行動, ダイヤモンド社 この経済システムに理想状態が2つ存在し,ともに クニール G.,ナセヒ Z.,舘野受男ほか(訳) (1995) 均衡状態が存在し,どちらのモデルも最適状態に到 ルーマン社会システム理論,新泉社 達させることが可能で,いずれも完全に機能するこ コルナイ J.,盛田常夫(訳)(2006) コルナイ・ヤー とが判明している。完全集権化計画経済と完全分権 ノシュ自伝,日本評論新社 化市場経済である。 (コルナイ J. (2006)) め,機能的分化も極端に進んだ社会になっている。 しかし現実には,2つの理想状態は,どちらも実 現しない。ときとして両者とも破たんする。ソ連の 崩壊やサブプライム問題を起因とする未曾有の経 済危機がその端的な事例である。 理想実現の最大の制約条件になっているのが,い ずれのケースでも情報の流れである。情報が正しく 処理され伝達されないので,理想状態に近づくこと がむずかしくなるのである。 情報が正しく処理され伝達されない最大の要因 は,サブシステム設計の不備である。いずれのケー スにおいても, 「凝集度を高く結合度を低く」とい う,サブシステム分割の原則からの逸脱が,人間の 認知能力と善意の限界を露呈させ,それがシステム の破たんを招いている。 現在,社会的な問題の多くがマクロ経済と(マク ロとミクロの中間の)メゾ経済の領域で起きている。 最大の要因が情報の流れにある以上,この問題を克 服し最適な社会システムをつくっていくことは,こ れからの情報学の最大の使命と認識すべきであろ う。 6.おわりに 情報社会になって久しく,マクロ経済をはじめ, 情報学が解決しなければならない課題が山積して いるにもかかわらず,わが国の専門家の間で情報概 念さえ共通認識ができていないことは大きな問題 である。 本稿では, 「情報とは何か」という原点に立ち返 り, 「人間は情報を基本的にどう取り扱っているか」 「応用的にどう取り扱っているか」 「組織的にどう 取り扱っているか」 ,考察を積み重ねることにより, 関係者の間で共通認識が可能な基本的な情報学の わく組みを提案した。大方のご批判を頂ければ幸い である。 参考文献 柳谷啓子 (2007) メタファーで世界を推しはかる,< はかる>科学,中公新書 西垣通 (2004) 基礎情報学,NTT出版 野中郁次郎,竹内弘高,梅本勝博(訳)(1996) 知識創 造企業,東洋経済新報社 34 情報学教育論考 第 2 号 必履修教科「情報」の基本的座視 - その内容と接続先を見据えて - 中央大学杉並高等学校 生田研一郎 (ikuta@tamacc.chuo-u.ac.jp) 件数も絶望的に少ない【1】のが実情である。 また、統計学や認知科学、メディア研究といった 学際的な領域や情報学のような基礎学問もあるが、 これらも統計などの「理系的」な学問領域を意識し た教育実践【2】に偏っているのが実情であろう。 CEC の調査【3】によれば、情報科教員のうち理 数系を元教科とする教員は半数以上である。このこ とも「理系的」な学問領域を意識した教育実践に偏 る要因であろう。 このように、教科情報の授業に熱心に取り組んで いるコア教員の多くは理系的学問領域を強く意識 した授業を実践している。理系的学問領域を強く意 識した教育実践の重要性が高いのは論を待たない .. が、理系的学問領域以外を意識した授業実践が少な く平衡はとれていない。このような授業実践は生徒 達に「情報社会は技術決定的である」という誤解を 与えかねず、情報社会を総合的に理解することを阻 害する可能性を否定できない。 情報社会に様々な側面があることを踏まえ、教科 情報の親学問を幅広くとらえることを提案する。 1.本論考の観点 必履修教科「情報」の目的は何か。この問いに対 する自分の回答は、 『親学問や実社会と接続するよ うに、情報社会の基礎知識や基礎技術の涵養を目指 す』 (図1)である。メタ的な位置づけとしては親 学問≒真理(抽象) 、実社会≒実践(具体)であり、 教科情報の教授内容はそれぞれに対応する内容を 想定している。 (図1 教科情報とは) ここでの親学問とは情報科学や情報技術といっ たものだけでなく、法学や社会学、歴史学、心理学、 保健衛生、基礎情報学など多岐にわたる専門分野と してとらえる。同様に、ここでの実社会とは情報技 術の実務的な取り扱いだけでなく、ビジネスや社会 現象、健康管理、社会的資本の形成など多岐にわた る広い概念としてとらえる。 この観点から教科情報の現状と目標について論 じたい。 3.実社会と教科情報 情報社会はビジネス実務や消費行動、行政、日常 生活など様々な分野に影響を与えている。ビジネス 界隈では SNS やビッグデータで消費をとらえ、消 費者は様々な情報機器を利用して情報サービスを 活用し、行政サービスは電子化が進み、多くの企業 や個人が SNS などで様々なコミュニケーションを とっている。教科情報では生活指導的な内容や情報 機器の取り扱いもあり【4】 、消費者教育的な授業実 践報告は多い。新入生への生活指導上の観点から第 2.親学問と教科情報 情報科学や情報技術、これらを支えている基礎学 問が情報社会に大きな影響を与えており、 「情報の 理系的学問領域とその基礎」が重要であることは論 を待たない。教科情報では「情報の理系的学問領域 とその基礎」を意識した教育実践には 10 年程度の 積み重ねがあり、学会や研究会での報告も多い。 一方、 「情報の理系的学問領域とその基礎」以外 には情報法や社会情報学といった社会科学系の領 域や歴史学や心理学といった人文科学系の領域が ある。教科情報ではこれらの領域を意識した教育実 践報告は極めて少なく、学会や研究会における発表 【1】自分が参加した日本情報科教育学会全国大会(第 .. 2 回~第 6 回)では、いわゆる理系的学問領域以外の 発表件数は 283 件中 13 件(約 4.6%)である。 【2】 必履修科目の数学Iに「データの分析」が導入 された影響は大きいが、数学の授業を情報が肩代わり するといった未履修問題を起こしてはいならない。 【3】 一般財団法人 コンピュータ教育推進センター (2009)高等学校等における情報教育の実態調査 実 施報告書、p18 【4】 パソコン教室的な授業に終始している例もある ようだが、本論考とは別論である。 35 必履修教科「情報」の基本的座視 - その内容と接続先を見据えて - 、科目の履修状 1 学年に開設されることも多く【5】 況は「社会と情報」が 8 割、 「情報の科学」が 2 割 6 7 【】 【 】という調査結果もある。 一方、企業側や行政側を扱った授業実践報告に出 会うことが少ないのが個人的実感であり、実社会で 起きていることを企業側や行政側から理解するこ とが不足しているのではないかと危惧する。 現代社会の様々な分野において情報化の影響が 及んでいることを踏まえ、様々な立場からの内容を 扱う事を提案する。 4.親学問を意識した内容(例示) 親学問を意識した授業内容として以下のものを 例示する。 《1》理系的な学問領域(統計学含む) デジタル化やネットワーク技術、アルゴリズム、 プログラミングなど数多くの指摘と実践事例があ り論を待たない。 《2》法学 情報法分野を中心に、法と倫理を区別して扱うこ とが肝要【8】である。法律論よりも立法趣旨や法 と経済、法と技術、判例を扱うのが現実的である。 《3》社会情報学 コミュニケーションやうわさなど、生徒にとって 身近な話題を中心に扱う。人間社会における「情報」 の役割やその影響について理解することを目指す。 《4》歴史学 情報技術に関する歴史のみならず、情報社会に関 わる歴史的経緯を扱うことで理解を深めることが 可能だと考える。 《5》メディア研究 音声言語や文字といったメディアからスマート フォンまで、メディアは人類に様々な影響を与えて きた。その経緯と特徴を扱う。 上記以外にも様々な視点があり、実践報告が待た れる。 【5】 中央教育審議会>教育課程企画特別部会(第 7 期) (第 8 回)資料 3-1 高等学校の教育課程等に関す る資料(データ集) (1)p.43、PDF 【6】 中央教育審議会>情報ワーキンググループ(第 1 回)資料 8 情報教育に関連する資料 p.15、PDF 【7】 専門外(臨時免許状や免許外教科担任)教員が 教科情報を担当する場合、その内容から「社会と情報」 を選択せざるを得ないが、本論考とは別論である。 【8】 著作権やプライバシーなどを「情報モラル」と 称して道徳的に取り扱う授業実践も散見するが、法と 倫理は明確に区別すべきである。この区別が曖昧だと 「法的問題を倫理的に問題解決する」授業になり、生 徒たちの混乱は必至である。 36 5.実社会を意識した内容(例示) 実社会を意識した授業内容として以下のものを 例示する。 《1》生活指導的な内容 パスワードの管理やSNSなど過去に起きた 様々な事例を踏まえ、現在の状況を取り扱うこと。 実践的であることを重視し、学生や社会人としての 情報倫理の基礎を習得することを目指す。 《2》タッチタイピング 正確で高速なタッチタイピングは学生や社会人 にとって必須の技術と考える。e-Learning や学習 支援ソフトなどを活用しながら習得させることを 目指す。 《3》Word や Excel【9】 Word や Excel といったオフィスソフトは実社会 でのデファクトスタンダードであるため、基本操作 の習得を目指す。 《4》プレゼンテーション ソフト利用の有無を問わず、実技による情報伝達 は実社会では必須の実務である。 《5》情報デザイン カラーデザインやフォント、図解、図記号など、 実務的な内容は数多い。理論と実技を合わせて扱う 必要があると考える。 上記以外にも様々な視点があり、実践報告が待た れる。 6.留意点 本論考は教科情報の「教授内容」に注目した私論 である。小中学校を含めた K-12【10】との関係や学 習指導要領で示された3観点【11】との関係性につ いては触れていない。様々な角度からの論考が必要 だと考える。 7.まとめ 教科情報で学ぶべきは情報社会の多様な側面で ある。教科情報は様々な分野から情報社会を広く学 ぶ横の専門性が基本的座視であり、数学や歴史のよ うな一つの分野を深く学ぶ縦の専門性ではないと 考える。 【9】 基本操作という常識を教える事に対する批判も あるが、常識を身につけさせることも学校教育の役割 である。また、特定企業のソフトウェアを扱うことに 対する批判もあるが、デファクトスタンダードの強力 さを教える生々しい教材である。 【10】 松原伸一(2015)ソーシャルメディア社会にお ける情報学教育(指針) ,情報学教育論考,第 1 号, pp19-26 【11】 いわゆる3観点そのものを批判的に議論する可 能性は十二分にあるが、本論考とは別論である。 情報学教育論考 第 2 号 情報科教育を考察する2 埼玉県立大宮高等学校 齋藤実 (saito.minoru.0b@spec.ed.jp) 1.はじめに 日本の情報科教育はどうあるべきかを考える上 で,現時点での特徴を分析することは極めて重要で ある。日本での情報科教育の方向性が見えてくる。 実際に日々,教育に携わっている現場の高校教員と いう立場から,前回に続きその2を発表させて頂く。 2.教科「情報」について 2.1 課題について 1999 年に改訂された高等学校学習指導要領で, す べての高校生が必修で学ぶ普通教科「情報」が新設, 2003 年 4 月入学生から高校における情報科教育が 開始された。その後,10 年間が経過し,2013 年 4 月入学生から新学習指導要領の下で共通教科情報 科が開始された。この間,教科「情報」に関わる様々 な課題が見えてきた。例として,次が考えられる。 ・情報機器等の操作の方法等,情報技術の習得に 重点を置いた指導に多くの時間が割かれている。 「情報教育とはコンピュータの使い方」であると の誤解からくる「操作技能教育」の偏重。 ・さらに, 「情報」の必修科目不要論に代表される 社会及び教育現場における「情報教育」に対する考 え,理解の欠如,教育の内容と方法の未整備未確立。 ・それらによる他の教員への不適切な考えの流布, 及び将来を担う生徒のさらなる悪循環の危険性。 ・ 「情報」の担当教員であることから,学校の情報 化についても任される情報教員ICT支援員化。 ・教科「情報」に専念できる環境作りの必要性。 教科「情報」を巡る状況は,かつての未履修問題や教 員採用試験で,情報の免許のみでの受験が認められな いなど様々な課題が存在している。 との必要性について考察を始めた。 3.共通教科情報科の両面性 日本学術会議が, 「新しい学術の体系」の中で, 「認 識科学」と「設計科学」を車の両輪とする新しい学 術の体系を構築することは,社会のための学術を実 現すると提唱している。 前回は,考察するにあたって,まず,共通教科情 報科を「認識科学」と「設計科学」に整理すること を試みた(1)。 共通教科情報科は, 「認識科学」と「設計科学」 の両面性を持ち備えている。情報科の中でお互いに 協調・補完しつつ,1つの教科として構成されてい る。その意味において,情報科は新しい学術の体系 に照らし合わせたときの2つの領域の「融合」され た教科である。 従って, 「情報科を学ぶことによって形成させた い固有の資質・能力は何か」を考察するとき, 「科 学的知識-認識科学」と「情報技術-設計科学」の 2つの領域に根ざした資質・能力の設定が必要であ ると考えられる。すなわち,科学的知識から裏付け された情報技術によって,人類が直面する深刻な課 題を解決できる社会を構築することを目的に, 「科 学的知識」と「情報技術」の両面において必要とさ れる資質・能力であると考えられる。 前回は, 「科学的知識」←→「情報技術」の対比 で考察した(1)。今回は,さらに具体的な内容例を付 け加えて整理してみた。 4. 「認識科学」と「設計科学」の対比と具体例 4.1「情報のディジタル化(情報の定義と表記) 」 情報とデータ,アナログとディジタル,コ ンピュータ,2進数,ビット,バイト,文 字コード,16進数,A/D変換,標本化, サンプリング周波数,量子化,量子化誤差, 符号化,標本化定理,音のディジタル化, 音楽CD,画像のディジタル化,光の3原 色,加法混色,色の3原色,減法混色,解 像度,ラスター表現とベクトル表現,3D CG,立体視,動画のディジタル化,ディ ジタル化した情報の特徴,圧縮,可逆圧縮, 非可逆圧縮,ランレングス符号化,トレー ドオフ,ストリーミング,アーカイブ,B 2.2 問題の背景について こうした問題の背景には,情報科の教育目標が他 の教科を学習することで達成できるのではないか という誤解,言い換えれば,他の教科から独立した 教科固有の普遍的な目標を確立し得ていないとの 認識が意識の底にあると考えている。 これらの状況を改善するためには, 「情報科を学 ぶことによって形成されるべき固有の学力は何か」 を広く受け入れられる形で提示し,認知される必要 があるとの問題意識のもと, 「情報を学ぶ教育的意 義は何か」という素朴ではあるが,本質的な問いの 下で,教科固有の資質・能力の育成を明確にするこ 37 情報科教育を考察する2 MP,JPEG,GIF,MPEG,MP 3,ZIP,LHA ←→「情報機器の特徴と役割」 「情報の統合化」 文字フォント,文字サイズ,プレゼンテー ション,情報の収集と加工・統合,情報の 表現の工夫・評価・改善 4.2「情報通信ネットワークの仕組み」 LAN,ハブ,通信回線,転送速度,bp s,プロバイダ,パケット通信,通信プロ トコル,階層モデル,TCP/IP,IP アドレス,サブネットマスク,ルータ,ク ライアントサーバシステム,P2P,ドメ イン名,DNS,WWW,HTTP,UR L,HTML,電子メール,SMTP,P OP,IMAP,TO,CC,BCC ←→「情報セキュリティ確保の方法」 情報資産,機密性・完全性,可用性,情報 セキュリティポリシー,セキュリティホー ル,コンピュータウイルス,不正アクセス, ワンクリック詐欺,フィッシング詐欺,ソ ーシャルエンジニアリング,キーロガー, PDCAサイクル 4.3「情報が処理される仕組み」 コンピュータ,OS,アプリケーションソ フトウェア,順次構造,分岐構造,反復構 造,アルゴリズム,流れ図,プログラミン グ,活版印刷,腕木式通信機,電信,電話, 無線通信,ラジオ,テレビ,ENIAC, パソコン,インターネット ←→「情報が表現される方法」 順次探索,二分探索,並べかえと検索のア ルゴリズム,音声処理ソフトウェア,画像 処理ソフトウェア,動画処理ソフトウェア, 表計算ソフトウェア 4.4「情報化が及ぼす影響」 ルール,マナー,モラル,メディアリテラ シー,情報操作,知る権利,情報公開法, 知的財産権,産業財産権,著作権,著作隣 接権,引用と参照,個人情報,人格権,プ ライバシーの保護,個人情報保護法 ←→「望ましい情報社会の在り方」 「社会に生活に果たす役割と影響」 ネットショッピング,電子マネー,ネット バンキング,e-Learning,サイ バー犯罪,匿名性,情報格差,なりすまし, テクノストレス,メール依存,誹謗・中傷 4.5「情報システムの種類や特徴」 情報システム,POSシステム,電子マネ ー,電子商取引,CAD,FA,ITS, GPS,カーナビ,VICS,バスロケー 38 ションシステム,ATC,AMEDAS, 緊急地震速報,電子政府,WBL,e-L earning,電子カルテ,遠隔医療, ATM ←→「情報技術の適切な活用」 ユーザビリティ,ユーザインタフェース, CUI,GUI,タッチパネル,アクセス ビリティ,ユニバーサルデザイン,バリア フリー,フェイルセーフ 4.6「モデル化とシミュレーションの考え方」 モデルの役割,ハードウェアモデル,ソフ トウェアモデル,モデル化,シミュレーシ ョンの役割と留意点 ←→「モデル化とシミュレーションの方法と 問題解決への活用」 コンピュータシミュレーション,釣り銭問 題,モンテカルロ法,問題解決の流れ,テ キストマイニング,ブレーンストーミング, KJ法,情報共有,ロールプレイ,データ の分析 4.7「データベースの概念」 データベースの概念と設計方法,データベ ースの機能・仕組み・設計及び操作 ←→「データベースの活用」 図書館の蔵書管理,友人の住所・電話番号 の管理,商品の在庫管理在庫管理システム, 文書管理システム,会計システム 5.まとめと今後の課題 前回はトップダウンから,今回は具体的な実践内 容を中心にボトムアップから共通教科情報科を「認 識科学」と「設計科学」に整理することを試みた。 整理・検討した結果,基本的な考え方の側面から 類似点の多いイギリスのナショナル・カリキュラム 「Computing」が1つのモデルとして浮かび上がっ てきている(2) 。イギリスは,汎用的能力や汎用的な スキルの育成を早くから取り入れたカリキュラム を実施してきたが,その振り戻しとして,近年は教 科固有の知識やスキルを重視する方向へ向かって いて,情報科学が持つ認識科学と設計科学の両面か ら教科固有の資質・能力の育成を示している。 今後の検討課題としては,具体的な資質・能力は 何かを提示することである。期待して頂きたい。 参考文献 (1)齋藤実(2015)情報科教育を考察する,情報学論考第 1号,情報学教育フォーラム,Vol. 1, pp. 31-32. (2)中條道雄(2014)“Shut down or Restart?”-イギリ スにおける情報科教育再生の試み- 日本情報科 教育学会第 2 回研究会報告書 情報学教育論考 第 2 号 「情報社会に参画する態度」の充実の必要性 大阪学院大学高等学校 教諭 横山成彦 (yokoyama@ogush.jp) 1.はじめに 3観点をそれぞれ重視した3科目が設置された(表 現在,次期学習指導要領の改訂に向けての動きが 2) 。また,共通教科情報科においては, 「情報活用 活発化している。このような中,政府は「日本再興 の実践力」を重視した科目が発展的に解消し, 「情 戦略 – JAPAN is BACK –」(1), 「世界最先端 IT 国 報社会に参画する態度」および「情報の科学的な理 家創造宣言」(2), 「教育再生実行会議第七次提言」(3) 解」を重視した2科目が設置された(表3) 。 といった政府方針を打ち出し,情報教育の目標にお 表1.情報教育の目標における3観点 ける3観点のうち, 「情報の科学的な理解」の重要 性が指摘されている。 一方で,今後,児童生徒,とりわけ高校生につい 3観点 内容 情報活用の実践力 課題や目的に応じて情報手段 ては 2015 年の公職選挙法の改正などを受け,従来 を適切に活用することを含め と比べ,より社会と直接的な関わりを持つ機会が増 て,必要な情報を主体的に収 大すると考えられる。従って, 「情報の科学的な理 集・判断・表現・処理・創造 解」とともに, 「情報社会に参画する態度」の充実 し,受け手の状況などを踏ま も併せて不可欠であると考える。 えて発信・伝達できる能力 本稿では,学校教育における情報に係る教育を振 情報の科学的な理解 情報活用の基礎となる情報手 り返りつつ, 「情報社会に参画する態度」に主眼を 段の特性の理解と,情報を適 置き,その充実の必要性について考察を行う。 切に扱ったり,自らの情報活 用を評価・改善するための基 2.情報教育の目標における3観点 礎的な理論や方法の理解 1997 年,情報化の進展に対応した初等中等教育 情報社会に参画する 社会生活の中で情報や情報技 における情報教育の推進等に関する調査研究協力 態度 術が果たしている役割や及ぼ 者会議が「体系的な情報教育の実施に向けて(第1 している影響を理解し,情報 次報告) 」を公表した。その中で,情報教育の目標 モラルの必要性や情報に対す を示し,それを「情報活用の実践力」 , 「情報の科学 る責任について考え,望まし 的な理解」および「情報社会に参画する態度」の3 い情報社会の創造に参画しよ つの観点にまとめている(表1) 。我が国の学校教 うとする態度 育において行われる情報教育は,この目標が礎とな っている。 表2.普通教科情報科の各科目と3観点の関係 2003 年度入学生から年次進行で実施された普通 科目 重視する3観点 教科情報科,2013 年度入学生から年次進行で実施 情報A 情報活用の実践力 された共通教科情報科においてもこの目標に沿っ 情報B 情報の科学的な理解 た学習内容の編成が行われている。 情報C 情報社会に参画する態度 従前の普通教科情報科ならびに共通教科情報科 では,いずれも「情報活用の実践力」 , 「情報の科学 表3.共通教科情報科の各科目と3観点の関係 的な理解」および「情報社会に参画する態度」を相 科目 重視する3観点 互に関連づけ,バランスよく身につけさせることが 社会と情報 情報社会に参画する態度 情報活用の 求められているが,生徒の多様な実態にあわせ,普 情報の科学 情報の科学的な理解 実践力 通教科情報科においては,情報教育の目標における 39 「情報社会に参画する態度」の充実の必要性 なお,共通教科情報科に設置されている「社会と 情報」および「情報の科学」は選択必履修科目であ る。この選択は「生徒が主体的に選択できるように することが望まれる」(4)としている。このうち, 「情 報社会に参画する態度」に重点を置いた「社会と情 報」の履修率が約8割であり, 「情報の科学的な理 解」に重点を置いた「情報の科学」の履修率は約2 割に留まっている(5)。このことから,現行の学習指 導要領下においては,政府方針に対し,需要が乖離 している現状が窺える。 図 1.不 正 アクセス禁 止 法 違 反 に係 る検 挙 者 の年 代 別 割 合 3.高校生を取り巻く昨今の社会背景 高校生を取り巻く昨今の社会背景や高校生自身 の立場も大きく変容してきている。例えば,2015 年6月 17 日,参議院本会議において公職選挙法等 の一部を改正する法律が可決・成立した(平成 27 年法律第 43 号) 。この改正において,選挙権年齢が 従来の満20歳以上から満18歳以上に引き下げられ ることとなった。これにより,従来と比べ,より社 会と直接的な関わりを持つ機会が増大すると考え られる。また,この改正法には選挙権年齢の引き下 げに伴い,民法,少年法などの規定を検討し,必要 な法制上の措置を講ずると明記されている(第 11 条) 。そのため,今後,従来よりも高校生を大人と して見る風潮が高まることが予想される。 そのような中,看過することができない事態も生 じている。情報学教育の係るところでは,警察庁ら の発表(6)によると,不正アクセス禁止法違反で検挙 された者が 2010 年から 2014 年までの5年間で累 計 710 人となっている。このうち,14 歳~19 歳の 年齢に該当する検挙者が 237 人であり,全体の 33.4%にあたる(表4) 。また,14 歳~19 歳の年代 における5年間の推移を見ると,2011 年に 44.7% となって以降,割合においては減少しているが,全 体の検挙者数は増加傾向にあるため,依然各年にお いて約3割が 14 歳~19 歳の年代となっている(図 1) 。 以上の結果を踏まえ, 「情報社会に参画する態度」 の一層の充実,とりわけ義務教育期間における充実 が必要であると考える。 4.おわりに 本稿ではまもなく学校教育が迎えることになる 選挙権引き下げに伴う変化,あるいは情報学教育の 学習内容の範疇における法令違反の推移から, 「情 報社会に参画する態度」の充実の必要性について述 べた。 今後,初等中等教育を一貫し,体系的な形での学 習内容などについて検討を進めていきたい。 参考文献 (1) 日本経済再生本部:日本再興戦略 – JAPAN is BACK –,2013. (2) 高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部:世 界最先端 IT 国家創造宣言,2013. (3) 教育再生実行会議:教育再生実行会議第七次提 言,2015. (4) 文部科学省:高等学校学習指導要領解説情報編, 2010. (5) 文部科学省:教科書制度の概要,2015. (6) 警察庁,総務省,経済産業省:不正アクセス行 為の発生状況及びアクセス制御機能に関する 表4.不正アクセス禁止法違反に係る年代別検挙者数の推移 (6) 年次 区分 2010 2011 2012 2013 2014 14 歳~19 歳 29 51 64 44 49 20 歳~29 歳 39 30 34 30 43 30 歳~39 歳 35 19 21 37 45 40 歳~49 歳 17 10 28 27 25 50 歳~59 歳 5 2 6 8 5 60 歳以上 0 2 1 1 3 125 114 154 147 170 計 技術の研究開発の状況,別紙1,2015. 40 情報学教育研究会(SIG_ISE)について ご承知のように,新設された教科「情報」は,2003年度より年次進行により実施されています。本研究会は, その前年の2002年3月16日に発足した「情報科教育法研究会(JK研) 」を前身としています。その後,実施から2 年を経過した時点で,教育課程改訂の時期を迎えることになり,代表の松原は,2005年8月8日に文部科学大臣よ り中央教育審議会専門委員の任命を受け,教育課程の改訂に関わることになりました。当時は,各教科を専門とす る教科教育系の学会が,ほとんどの教科で設置されていたにもかかわらず,情報科の場合はそれがありませんでし た。したがって,情報科の教育に関して一定の見解を集約したり学術的な支援を行ったりすることが困難な状況で した。この問題を解決するため,JK研は,教科「情報」を専門とする教科教育の学会の発足(2007年12月23日発 足)に加わることとし,事実上その活動を休止しました。その後,教科「情報」の教育は,文理融合の“情報学” の教育としての機運を生じ,高等学校の新しい学習指導要領が2009年3月に告示されるとともに,教科「情報」の 学習指導要領解説は,2010年1月29日に文科省のWebページにおいて公表されました。そこで,本研究会は,2009 年11月11日に「文理融合の情報学教育」をコンセプトに再発足し,その名称を「情報学教育研究会(SIG_ISE, ISE研) 」に変更して,会誌「情報学教育研究」を2010年から毎年発行しています。 ※情報学教育論考は,ピアレビュー制度を導入しています。 ※この冊子は,JSPS 科研費(代表:松原伸一,課題番号:25381187)の助成を受けて印刷しています。 情報学教育論考 DISE (Disquisition on Information Studies Education) 2016 第 2 号 発行日 2016 年 2 月 1 日 発行人 松原伸一 情報学教育フォーラム 運 営 情報学教育研究会(SIG_ISE) 情報学教育研究会事務局 住 所 〒520-0862 大津市平津 2-5-1 滋賀大学教育学部松原研究室 http://www.mlab.sue.shiga-u.ac.jp/sig_ise/isef2015/ http://www.mlab.sue.shiga-u.ac.jp/sig_ise/ sigisesec@gmail.com http://www.mlab.sue.shiga-u.ac.jp/ 情 報 学 教 育 フォーラム (運 営 情 報 学 教 育 研 究 会 )
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