2013 年 6 月 20 日 サイバー絆研究所 1 シリーズ研究講演会 「薬づくり

2013 年 6 月 20 日 サイバー絆研究所
シリーズ研究講演会 「薬づくりの新しい R&D モデルを探る」
第1回「p-Medicine 時代の薬づくり」
日時:2013 年 6 月 20 日(木) 13:20-17:15
会場:株式会社シード・プランニング 会議室
(文京区湯島 3-19-11, 湯島ファーストビル 4F)
開催趣旨
現在、
「アカデミック創薬」や「創薬への国の積極的な関与」に関する話題が増えていま
す。シリーズの最初であるこの講演会では、まず、こうした動きの中で研究されている方々
に、現在の仕事とこれからの展開について、お話をしていただきます。ここでは、初期の
計算化学の技法を実際の薬づくりに応用されたことから、現在の大学でのスクリーニング
センターに至るまでの30年近くの体験を紹介していただきます。次に、厚生労働省傘下
2つの研究機関のリーダー研究者に、創薬を支援する立場からの現在の研究と、Regulatory
Science の立場からの創薬支援研究について、将来のビジョンを含めて、研究者の立場か
らお話しいただきます。
後半では、DNA シーケンサーと随伴するオミックスの猛烈な進歩が開く、次なる医療と
して注目される p-Medicine に関わる話題を提供します。
p-Medicine とは、
予測的 predictive、
予防的 preventive, 個別的 personalized, 参加型 participatory という p から始まる形容詞
を付けた医療を意味する言葉です(P4 や P5 Medicine とも言われています)。この視点か
ら医薬品開発について考える第一歩として、
「GWAS から GET へ」という新しい潮流を紹
介します。GET とは、病気になるというような性質 Trait は、遺伝子(DNA 配列)だけで
なく、運動、食事などを含めた環境 Environment と相互関係で決まる G x E = T(すなわ
ち GET)という考えを表します。
GET はゲノム解読の新しい基盤概念として注目されています。さらに p-Medicine 時代
に期待される Empowered Consumers の概念と、実践課題として浮上してきている「三次
予防」について、Proactive Professional Consumers(PPC, 進取の気質に富んだ専門家で
ある生活者)からの視点を交えて紹介します。
「p-Medicine」「GET」「三次予防」「PPC」などの用語は、いずれも近未来の医療を理
解する重要なキーワードになると思います。これについて気軽に討議していただく機会を
提供できたらと考えております。得がたい機会だと思いますので、奮ってご参加下さい。
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プログラム
<第1部> 創薬への情報計算技法の活用―これまでとこれから
座長:堀内 正(慶応義塾大学医学部)
、湯田 浩太郎(インシリコデータ)
13:20-13:25
はじめに
13:25-14:05
ひとつの薬を臨床に届けるまでーある抗がん剤を例として
多田 幸雄(東京大学創薬オープンイノベーションセンター)
14:05-14:50
医薬基盤研における創薬支援データベースの開発
水口 賢司(医薬基盤研究所バイオインフォマティクスプロジェクト)
14:50-15:20
新しい計算毒性学への期待:iPSC とインシリコをつなぐ
石田 誠一(国立医薬品食品衛生研究所薬理部)
15:20-15:45
討議および休憩
<第2部> p-Medicine 時代の薬づくり
座長:坂田 恒昭(塩野義製薬)
15:45-16:30
GWAS から GET(Gene x Environment = Trait)へ
田中 博(東京医科歯科大学難治疾患研究所 ゲノム応用医学部門)
16:30-17:00
オミックスと三次予防
神沼 二眞(サイバー絆研究所)
17:00-17:15
討議と次回からの予定
交流会を兼ねた集会「ICA 夏の集い」
2013 年 6 月 20 日(木) 18:00~
古拙(こせつ) ホテル江戸屋 B1F(TEL:03-3835-4992)
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全体解説
シリーズ研究講演会「薬づくりの新しい R&D モデルを探る」について
現在、iPS 細胞への創薬への応用や、アベノミックスの三番目の矢としての成長産業づく
りからの関心もあって、医薬品の研究開発と産業化には、かつてなかったほどの熱いまな
ざしが注がれています。しかし世界的に見ると、製薬企業を取り巻く環境は厳しく、欧米
では、薬づくりの R&D モデルを抜本的に見直す動きが盛んになっています。
そのひとつは、Translational Science あるいは Regulatory Science を使命とする国の研
究機関、あるいは国が支援して設立した研究機関を基盤とした複数のアカデミアと製薬企
業、あるいは Solution 企業を結ぶオープンイノベーションを目的としたネットワーク(コ
ンソシアム)の構築です。また、半世紀以上変わらなかった安全性(毒性)研究の改革で
す。いずれの場合も、ゲノム解読と同じように加速度的な進歩を続けている ICT の活用を
前提としています。ICT の活用と言えば、これまでは、個々の問題解決に応用するという
考えが強かったのですが、現在は、ウェット研究者のパートナーとして、研究開発のすべ
ての局面で、ウェット研究者を支援し、その仕事の効率と効果を高める基盤的な「環境」
を構築することに努力が拡大されています。日本でも個々の課題に取り組んでいる優れた
研究者や研究グループはありますが、こうした使命の遂行を全体的にサポートする仕組み
づくりの発想が欠けており、それが我が国の創薬環境のアキレス腱になっています。
このシリーズ講演会の世話人たちは、主に計算機(現在の ICT)の活用を基盤とした創
薬支援の情報交換や交流に長く関わってきましたが、情報計算技法のような分野から医薬
品の研究開発に興味をもってくださる方々が、製薬企業の行動原理や薬という製品が世に
出るまでの仕組み、とくに規制について、あまりご存知ないことを知って、こうしたこと
を記述した本(T. Bartfai & G. V. Lees, Drug Discovery from Bedside to Wall Street,
Elsevier, 2006)の翻訳を思い立ち、これを「薬づくりの真実」として、CBI 学会より刊行
しました。この訳本の在庫もほとんどなくなってきたこともあって、今回、同じような視
点から、この分野のその後の変化や、現在の我が国で起きている新しい動きを踏まえて、
イノベーションにつながるような新しい R&D のモデルを探ってみたいと考えました。もち
ろん、その主な関心は、情報計算技法の新しい課題の探索やそれを担える人材をどう育成
するかにあります。
そこで、実際に R&D に関わっておられる研究者や、経営的な視点から医薬産業に関わっ
ておられる専門家に、現状と近未来について語っていただき、この問題について考察して
みることにしました。しかし講師としてお願いしたい方々は、大変ご多忙のため、シリー
ズのそれぞれの講演会を、テーマに沿って順序立てて開催していくことは、ほとんど不可
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能です。そこで、お呼びしたい方のご都合を優先して、プログラムを作成することにしま
した。
全部で4回から6回ほどと想定しているこのシリーズでは、講師のお話を聞くだけでな
く、参加者を交えた意見を交換することで、大いに発想を刺激する効果を期待しておりま
す。とくに、Translational Science や Regulatory Science における国の研究所の役割など
に関する立場を異にする関係者の自由な討論を期待しております。また、懇親会を含めて、
この領域に関心のある方々の、新しい出会いの機会をご提供したいと考えております。あ
まり他に類のない機会と思いますので、薬づくりに関わっておられる研究者やマネジャー
や政策担当者など、幅広い関係者が参加されることを願っております。
シリーズの世話人:神沼二眞(サイバー絆研究所)
、多田幸雄(東京大学創薬オープンイノ
ベーションセンター)
、堀内正(慶応義塾大学医学部)
シリーズ企画協力者:佐々木浩二(アドイン研究所)
、坂田恒昭(塩野義製薬)
、田中博(東
京医科歯科大学難治疾患研究所 ゲノム応用医学部門)
、湯田浩太郎(インシリコデータ)
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第1部 「創薬への情報計算技法の活用―これまでとこれから」 背景資料
この研究集会全体の背景解説でも述べたように、第1部は、「Bartfai と G. V. Lees ら
の訳本、
『薬づくりの真実』の続編がもし書かれるとしたら、どのような内容を補充すべき
か?」という視点で行っている、この Visionary Seminar の世話人たちの、問題意識から
発想されたものである。時間と講演者が限られている第1部の内容を補完するために、現
在世話人たちが、行っている調査の中間結果に多少言及したい。
この調査で我々が取り上げたいと考えたのは、以下のような項目である。
(1)医薬品産業界の世界的プレイヤーであるビッグファーマの動向
(2)規制する側の動向、とくに米国の FDA の動き
(3)研究開発を先導する NIH などの動向
(4)とくに近未来の薬づくりを革新するような発見や技術
しかし、その全体についての詳しい調査分析をすることは、我々の手に余るため、自分
たちの身近な世界で見聞したこと、公開情報の収集分析に基づいた考察を中核として、短
時間でまとまられる範囲に目標を限定した。
この連続研究講演会 Visionary Seminar では、我々の調査の中間的な成果を公開しなが
ら、専門家をお招きしてお話をいただき、さらに、参加者を交えた討論によって、考察を
深めることをめざしている。そこでまず、私たちがこれまでの調査や議論で到達した問題
意識を次に要約してみた。
(1)世界のビッグファーマは「閉塞状況」を打破 Breakthrough するために、“Open
Innovation”や“Pre-competitive Research Collaboration”をキーワードとする、製薬企
業とアカデミアと国の研究機関を含む、連係プロジェクトを多数立ち上げている。こうし
た動きと、我が国で言われる、
「オープンイノベーション」
、
「アカデミック創薬」、
「オール
ジャパン体制」
、
「日本版 NIH」
、などとは、何処が似ていてどこが違うのか?
(2)欧米では、医薬品が世に出ることを加速するために、国の支援を強めている。具体
的には予算(資金の援助)と国の研究機関の機能強化があるが、最近は、とくにゲノム解
読の成果を国民への健康医療サービスに還元しようという Translational Research の支援
とそれを Mission とする研究機関の設立する動きがある。また、こうした国が支援してい
る研究機関が上記の“Open Innovation”, “Pre-competitive Research Collaboration”に
おいて重要な“触媒役”を果たしているように見受けられる。このような動きと我が国の
動きは、何処が似ていて何処が違うのか?
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(3)最近、世界的な市場で、新しく承認される薬の中のバイオ(抗体)医薬が占める割
合が、5割から6割と大きくなっている。この傾向を、バイオブームの復活に結びつける
論調もある。しかしながら、我々の訳本の原著とほぼ同じ時期に出版され、同じ時期に訳
本も出された本(池村千秋訳、サイエンス・ビジネスの挑戦、日経 BP、2008;原著は、
G. P. Pisano, SCINCE BUSINESS, Harvard Business School, 2006)の著者、P.ピサノ
は、
「幾度も株式市場で囃されたいわゆるバイオ企業は、アムジェンを除いては、全体とし
ての売り上げは伸びているが、利益は上がっていない」
、と指摘している(この論調の要約
は、G. Pisano, Can Science Be a Business, Harvard Business Review, Oct 2006, pp.
114-125 でも読める)
。果たして抗体医薬は、低分子化合物を駆逐するのか、また、それに
投資して儲けがことができるのか?もし、そうだとしたら、バイオビジネスの構造がどの
ように変わってきているのだろうか?
(4)医薬品の研究開発を革新する可能を秘めているのが、胚性幹細胞と iPS 細胞
(ESC/iPSC)の技術である。とくに、iPS 細胞技術に関しては、再生医療だけでなく、低
分子化合物の医薬品開発の基盤となるスクリーニングへの応用への関心が高まっている。
しかしながらここでも、自然に分化した細胞と、ESC/iPSC 技術で誘導した細胞との「微妙
な違い」が、実用化に向けた議論の的になっている。さらに、最近ヒトの卵子を使ったヒ
トの胚のクローン化の成功が発表されたが(M. Tachibana et al., Human Embryonic Stem
Cells Derived by Somatic Cell Nuclear Transfer, Cell, 153: 1–11, 2013)、その論文では、
それぞれの技法による「微妙な違い」が、さらに詳しく分析されている。果たして、こう
した微妙な違いを解明しなければ、実用化への突破口は開かれないのか、それとも現在の
技術で、今後あまり大きな障害なく、したがって Breakthrough 開発を必要とせず、実用
化に進めるのだろうか?
(5)現在、我が国では医療機器の承認を薬事法から分離する方向に進んでいる。このこ
とは、医療機器の海外への輸出を加速することも含めた振興につながるのか?一般に、我
が国のものづくりは、改良を重ねた高品質の製品を生み出すのは得意だが、顧客のニーズ
を考慮した、新しい市場を形成するような製品づくりが苦手と言われるが、先端的な医療
機器の場合こうした心配はなく、国際的に競争力のある製品を生み出せるのか?
(6)ヒトゲノム解読計画が、2003 年に成功裡に完了したと報告されてより、画期的な医
薬品の登場が期待され続けているが、それはまだ実現されていない。しかし、 DNA
Sequencer の進歩は、指数関数的で、ムーアの法則として知られる半導体(計算機)の指
数関数的な進歩を、凌駕する勢いである。この技術は、個人ゲノム解読の実用化を可能に
しつつあるだけでなく、腸内細菌叢などこれまで培養が不可能であった、ヒトに共生して
いる微生物の同定を劇的に進歩させた。一方で、遺伝学の基本命題である、遺伝子型と表
現型の対応 Genotype vs. Phenotype を探るという研究は、Gene x Environment = Trait
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(GET)という概念で捉え直すべきであるという考えが急速に広がっている。GET とは、
病気などのヒトの特徴が、遺伝子だけでなく、環境(この場合は、食事、運動、腸内細菌、
・・・
など)でによっても左右されるという考え方である。しかし、GET の視点から疾患を解明
し、医薬品を開発するためには、個人ごとの環境情報を提供してもらうことが必要になる。
このことは、こうした研究へ参加する生活者を、これまでのように被験者と見るのではな
く、研究のパートナーとして受け入れるという発想の転換を迫るものである。こうした発
想の転換は、日本の研究が現場ですでに受け入れられているのだろうか?
(7)ゲノムとそれに随伴するオミックスなどが進歩することで開かれてくる新しい医療
を特徴づけるのは、predictive, preventive, personalized (individualized), participatory だ
と言う意味で、P4 Medicine と言う言葉が使われるようになってきた。これには、他の p、
例えば political, proactive, psycho-cognitive などの形容詞の一つをとった、P5 Medicine
や 、 p-Medicine と バ リ エ ー シ ョ ン も あ る 。 い ず れ に し て も 個 別 化 personalized
(individualized)を進めようとすると、できるだけ多くの人に、検査に参加してもらうこと
participatory、を奨励しなければならなくなる。
したがって、
生活者(英語では Consumers)
の役割が必然的に増大する。とくに、ネット上に公開されている専門情報を解読できる知
識を身につけた行動的な生活者 Proactive/Empowered Consumers の役割が重要になって
きている。果たして p-Medicine の思想はどれだけ我が国の研究者に受け入れられているの
でろうか?
(8)Empowered Consumers の台頭を加速しているのは、スマートフォンやタブレット
PC など、ネットの第2革命の基盤となっている ICT の道具の劇的な進歩である。こうした
道具を使いこなす生活者たちは、当然、Self-Medication にも関心をもち、自己のゲノムデ
ータに基づいた継続的な健康対策にも、関心をもつだろうと思われる。これらの医療サー
ビスの受け手は、薬物応答の個人差、Pharmacogenomics(PGx)への関心も当然高いだろ
う。このような「すでに始まっている未来」は、どの程度の速さで社会に広がっていくの
か、またそうしたことは、医療や医薬品開発にどのような影響を与えるのだろうか?
(9)経済の流れから見た場合、欧米先進国に対して、中国、韓国、台湾、インド、シン
ガポールなど、東アジアの国々の台頭が顕著になってきており、ともすれば我が国が埋没
しがちである。こうした変化は、先端的な研究開発や産業における人材面でも起きている。
欧米に留学し、その企業で働いた経験のある研究開発に関われる日本以外の東アジアの人
材の急増は、我が国の研究開発に関わる、とくに若者たちの仕事の機会を狭めている可能
性がある。こうした怖れはないのか、また、あるとすれば、どんな対策が為されているの
か、あるいは、為されるべきか?
(10)我が国のアカデミアは、伝統的に、変化に対する対応が遅い。とくに同質性を重
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んじ、異質な分野からの参入を嫌う傾向がある。いまや情報計算技法の活用は、生物医学
の進歩においても、健康医療の良質なサービスのためにも、重要な柱になっているが、我
が国では、そうした人材を養成したり、そうした人材が活躍したりするような機会が限ら
れており、職の機会も乏しく、例え一時の助っ人的求人はあってもよい Carrier Path を描
けるような仕事の機会は、少ないように思われる。こうした状況に積極的な対応をしなく
てよいのだろうか?
以上は、決して十分とは言えないこれまでの調査の暫定的な感触である。ただし、それ
は結論ではない。また、上で言及してないことも多い。それでも、上記の結果から、浮か
び上がってくるのは、我が国には、極めて優れた研究をしているグループが少なくなく、
世界的に評価され利用されている実験データも産生されており、データベースも開発され
ているが、そうした個々の成果を統合して、健康や医療に関わる革新なサービスを生み出
すような仕組みづくりに関しては構造的な問題を抱えており、欧米に遅れているといるの
ではないかという印象である。
言ってみれば、素晴らしい道具をつくり磨いでいる人たちは多いが、その割に、サービ
スに当たる実際の料理は、あまり進歩がないように見える。そのよい例は、世界一を争っ
たスーパーコンピュータ、
「京」の薬づくりへの活用の現状である。
こうした事情の根底には、日本の生活者には、健康医療(さらには介護)のサービスは、
公から与えられるものであり、自ら生み出していくものではない、という「控えめな風土」
があるように思われる。このような風土を打破しなければ、現在の閉塞状況は打ち破れな
いような気がする。今回の講演会に関心をお持ちの方々は、どう考えられるだろうか。
なお、私たちの調査に関心のある方々、あるいはご協力いただける方々は、ぜひご連絡
(mail@join-ica.org)いただきたい。
(文責:神沼二眞)
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第2部「p-Medicine 時代の薬づくり」 背景資料
p-Medicine とは
現在、生物医学は、猛烈に進歩している。それを牽引しているのは、DNA の解析、すな
わち Genomics と、それに随伴する他のオミックス Omics(転写物の網羅的解析、プロテ
オミックス、メタボロミックス)と ICT である。ICT の加速度的な進歩は半導体微細加工
技術の進歩に関すムーアの法則 Moor’s Law として知られている。これは素子の性能が、約
1年半ないし2年ほどで、2倍になるという法則である。現在、DNA 配列読み取り装置
DNA sequencer の性能は、それを上回るペースを向上していると言われている。こうした
驚異的な基礎生物医学の進歩を、現実の医療(臨床)サービスの向上につなげようという
のが、Translational Research である。
ヒトゲノム解読計画で、先導的な役割を果たした米国の NIH は、Translational Research
においても、やはり先導的な計画を打ち出した。それが NIH Roadmap for Medical
Research である。その骨子は、複雑な生命系の解明を進めること、既存の研究の間の連係
をうまくるすこと、基礎と臨床とその間の Translational な研究をうまく繋ぐ仕組みをつく
ることの3つの政策だった。そして、このような革新的な取り組みの先にあるのは、
「predictive, personalized, preemptive, participatory という 4 つの P で特徴づけられる医
療だ」
、とする目標を立てた。その後、preemptive が preventive に置き換わり、今では P4
Medicine やもうひとつ p を加えた P5 Medicine あるいは単に p-Medicine と呼ばれるよう
になった。この最後の p は、political, proactive, psycho-cognitive などいろいろに使われ
ている。いずれにしても、先進的な研究者や医療政策者の間では、こうした新し概念が次
の医療のあるべき姿を示唆しているという考えが広がっている。
ここで predictive とは、biomarker などの同定による精密な検査で起こりうる変化を予
測し、できるだけ早期に、できれば予兆の段階で、介入することを意味する。また、
personalized とは、個々の生活者(患者)の違いを考慮した対応をするという意味である。
これを individualized と表現すべきだという専門家(E. Topol)もいる。また、preemptive
あるいは preventive は、predictive なデータ収集に対応して、先んじて介入することを意
味する。Participatory とは、こうしたサービスに、顧客である利用者あるいは患者たちが、
こうした仕組みを信頼し、自ら積極的に参画することが期待される、という意味である。
・Zerhouni E. Translational and clinical science-time for a new
vision. N Engl J Med 2005;353:1621–3.
・E.A. Zerhouni and B. M. Alving, Clinical and Translational Science Awards: a
framework for a national research agenda, Translational Research, 148(1), 4-5. 2006.
Hood と EU の p-Medicine
新しい医療の概念としての p-Medicine の内容は、専門家の間でも合意されているもので
はなく、先読みをする研究者たち Visionary Scientists が、それぞれの立場から、未来の医
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療に抱く革新的かつ理想的なイメージを語る便利が用語だという見方もできる。その典型
が L. Hood のいう P4 Medicine である(Hood11)
。医師である Hood は、ゲノム解読技術
の進歩を踏まえて、チップによる分析技術の進歩を未来に投影すれば、ヒトの体を細胞レ
ベルから個体に至る様々なシステムと捉え、これまで経験的だった診断や治療手段の選択
を、限りなく理論的にできるという旗を振っている。
この思想をさらに進めているのが EU の Virtual Physiological Human
(VPH)initiative
である。VPH は、簡単に言えばヒトの生理学的な現象を計算機モデルを作成することをめ
ざしたプロジェクトである(Samson)。そうした試みの初期の例は、心臓の簡単なモデル
であるが、今や、より計算力を必要とする複雑なモデルが数多く提唱されている。それら
を、臨床研究に役立てようという長期プロジェクト(2012-2015)が、EU を基盤に始まっ
ている。そうした研究の対象になるのは、もちろん、多くの研究費が投じられているがん
である(Maria11)
.
VPH 計画は、理想論であるが、基礎研究はともなく現実の臨床を変えるまでには、まだ、
時間が掛かると思われる。
・L. Hood, and S. H. Friend, Predictive, personalized, preventive, participatory (P4)
cancer medicine, Nature Reviews Clinical Oncology, 8: 184-187, 2011.
・ C.Sansom, M.Mendes, P.V.Coveney, Modelling the virtual physiological human.
BioTechnologia, 92:225–229. 2011.
・P. Hunter et al., A vision and strategy for the virtual physiological human: 2012 update,
Interface Focus 6 April 2013 vol. 3 no. 2.
K. Maria, et al. Clinically driven design of multi-scale cancer models: the
ContraCancrum project paradigm. Interface Focus, 1:450–461, 2011.
個人差
ゲノム解析の進歩が明らかにした新しい事実は、ヒトにおける(DNA の塩基)配列の違
いが、予想より大きかったことである。血縁関係がないような個人間の配列の違いは、偶
然 incidental に支配されることが多い。このことからも、
(近)未来医療では、individualized
medicine を志向することは、必然的に participatory を志向することになる。こうした認識
が広がるにつれ、ゲノム研究者は、DNA 検査対象者たちを、単なる被験者だけでなく、自
分たちの研究のパートナーであると考えるべきだという提案もなされるようになった。そ
れが、両者の信頼関係づくりを促し、研究を促進することになるというわけである。
もちろん、完全な個別化医療も一つの理想であり、未来医療の聖(杯 Holly Grail)であ
るが、現実には、なかなか実現できにくい。Individual Medicine の数歩前にあるのが、層
別化医療 Stratified Medicine である。これは例えば、同じような特徴をもった患者集団を
ひとまとめにして対応するという思想である。例えば、ある種の抗がん剤は、それが効果
あるか否かを判定する Companion Drug で診断してから、使うことになってきている。ま
た、薬の候補の臨床試験において、あらかじめある特徴をもって患者のみを対象として、
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その効果を判定する、というようなやり方である。
医療および健康のイノベーション
生物医学と ICT が相乗した進歩からは、新しい健康や医療や介護のサービスが生まれる
だろうと期待するのは、自然である。しかし、Digital Medicine も p-Medicine も、現時点
では、未来に対する期待であり、起きている現実の、未来への楽観的な投影であって、約
束された未来ではない。例えば、個人のゲノム解読は、数年先には、1000 ドル以下ででき
るようになると思われるが、そのことが医療のサービスを革新するという保証はない。科
学研究としての成果と、日常のサービスの革新とは、一体ではない。既得権益が守られる
現状を維持とする抵抗は、いつでもある。
とくに我が国では、産業の育成には、熱心であるが、消費者の側に立った便利さを追求
することを使命とする省庁は存在しない。したがって生物医学が進歩しても、それだけで
サービスが革新するという保障はない。米国の循環器医であり、ゲノムの研究者でもあり、
Translational Research の研究者でもある E.トポルは、医療のイノベーションを論じた本
の中で、医師たちはどうしても保守的だから、イノベーションは、サービスの受け手に期
待せざるをえないと言っている(Topol12).
・Eric Topol, The Creative Destruction of Medicine, Basic Books, 2012
鍵を握るのは”賢い生活者 Empowered Consumer”
Topol だけでなく、次なる時代へのビジョンをもち、実験的な試みを展開している米国や
欧州の専門家が注目しているのが、サービスの受け手 client の役割である(それと同義語
のように使われるのが、消費者 consumer、市民 citizen、国民 people、納税者 taxpayer な
どである。以下では、そうした人々を総称して生活者(英語では consumer)と呼ぶことに
する)
。
現在のインターネット、とくにいわゆるツイッター twitter やフェースブック facebook
に代表されるソーシャルメディア SNS を駆使する生活者が、時の権力に対して破壊的な力
を発揮できることは、アラブの春や我が国の原発反対デモの急拡大で実証されているが、
創造的な手段としての効用は未知である(Schmidt13)
。
新しい健康医療介護の仕組みをつくるためには、現状の(よい意味での)創造的な破壊
(すなわちイノベーション Innovation)が必要である。しかし健康医療介護のイノベーシ
ョンは、基盤となる知識と道具なくしては推進できない。その知識とは生物医学の知識で
あり、道具とは MUC(Mobile/Ubiquitous/Cloud)技術が組み込まれた多様な機器である。
それらは文字通り、日進月歩で変化し、発展している。そこで生活者が如何にそうした進
歩を吸収し、活用するかが課題となる。そのような知識と道具を使いこなす生活者は、英
語では、力をつけた生活者 Empowered Consumer と呼ばれているが、我々は敢えて”賢い
生活者 wise consume 呼びたいと考えている。
・E. Schmidt and J. Cohen, The New Digital Age, John Murray, 2013.
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ハイクラウド計画
ICA は、以上のような認識の下に、健康医療介護に係わる現在の状況を打破するために
は、力をつけた賢い生活者をまず増えなければならないと考えている。また、もちろん例
外はあるが、そうした生活者は実践によってしか生まれないと考えている。NPO 法人サイ
バー絆研究所(Institute for Cyber Associates, ICA)は、こうした健康イノベーションを、
クラウドで象徴されるネットの第2革命の道具によって、推進することを構想している。
これはクラウド技術による健康イノベーションの実践という意味で、ハイクラウド(HII
Cloud)計画(あるいは事業)と呼んでいる。
もちろん、こうした実践は、さまざまな組織によって行われうるし、すでに行われてい
ると想像される。この点におけるハイクラウド事業の特徴は、その推進に関与する者たち
が、ICT を医療、医学、医薬品開発、化学物質の安全性など幅の広い領域に活用する仕事
に長く関わってきたことである。したがって ICA が主宰するハイクラウド事業は、そうし
た経験と(内外の)専門家の人脈を踏まえて展開しようとするところに特徴がある。米国
には、すでに我々が手本とするような実践例が多数ある(Swan09/12, Smarr12)
。
・M. Swan, Emerging Patient-Driven Health Care Models: As Examination of Health
Social Networks: International Journal of Environmental Research and Public Health,
6: 492-525, 2009.
・M. Swan, Scaling crowdsourced health studies: the emergence of a new form of
contract research organization, Personalized Medicine, 9(2): 223-234, 2012.
・ Larry Smarr, Quantifying your body: A how-to guide from a systems biology
perspective, Biotechnology, Journal, 7, 980–991, 2012,
GET Conference の試み
遺伝学の基本命題は、Genotype と Phenotype の間の関係を明らかにすることであった。
しかし、こうした問題設定は現在、修正を迫られている。新しい課題は、Genotype と
Phenotype の関係をしらべる時に、その個体の置かれた環境の影響が無視できないという
視点に立っている。これを端的に表現したのが、Genome x Environment = Trait という
図式である(ここでは Genes x Environment = Traits という表現もある)
。この関係を
GET と略すことがある。
ヒトの場合、Environment にあたるのは、食事、運動、その他の(生物学的な)生活様
式 Biological Lifestyle、生活環境因子などである。G と比較すれば E は、明らかに標準化
しにくい要因であり、その個人差は、大きい。さらに Traits には、疾患や身体的な特徴も
含まれるが、その記述も難しい。なぜなら、例え変化するにしも、DNA は一意的に決まっ
ているが、Phenotype や Traits は、何に注目するかに依存しているからである。
したがって GET 研究には、多数の生活者の協力が必要である。そのために、研究の発表
には、研究に積極的に協力してくれる生活者の参加も歓迎しなければならない。米国の GET
Conference も、最初はゲノム解読の専門家の会合という色彩が強かったが、次第に社会の
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2013 年 6 月 20 日 サイバー絆研究所
中でゲノム科学をどう受け入れていくかに関わる発想をもった専門家(Visionary People
の参加が多くなっている。
こうした視点に立った研究では、Phenotype あるいは Trait だけでなく、生活や環境の記
述も、非常に重要であり、これはヒトを対象にした従来の遺伝学研究やこれまでのゲノム
研究が余り踏み込んでいなかったところである。
・GET Conference については、
(http://www.getconference.org/)を参照、
p-Medicine 時代の薬づくり
経営学者として我が国でも人気のある P. Drucker の言葉を借りれば、近未来医療である
p-Medicine 時代は、
「すでに起きている現実」と言える。しかしまだそうした認識は一般的
ではない。この講演会の第2部では、その一端を紹介することを目的としている。
P-Medicine 時代の薬づくりに関係した文献はまだ多くないようであるが、ここでは一つだ
け挙げておく(Shublaq13)
。
・N. Shublaq, C. Sansom and P. V. Coveney, Patient-Specific Modelling in Drug Design,
bDevelopment and Selection Including its Role in Clinical Decision-Making, Chem Biol
Drug Des, 81: 5-12, 2013.
(文責 神沼二眞、田中博)
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2013 年 6 月 20 日 サイバー絆研究所
「ひとつの薬を臨床に届けるまでーある抗がん剤を例として」
多田 幸雄(東京大学創薬オープンイノベーションセンター)
ひとつの薬を臨床に届ける確率を少しでも高めるために創薬研究者が為すべきことは、
ベストな医薬品候補化合物の創出を目標に化合物のデザインをできる限り論理的に実施す
ることだと思われる。例え、論理的な思考に基づいた医薬品開発の方法でのプロジェクト
が失敗に終わったとしても、その経験は次のプロジェクトに生かされるものと考えている。
また実際の薬の開発の成功確率の低さを思えば、如何に失敗に学ぶかが創薬の成功の秘訣
と思われる。結果的に薬になった場合の開発経緯を振り返ってみると、創薬のアイデアか
ら、リード化合物創製、その最適化、前臨床試験、臨床試験の各ステップでの課題を乗り
越えることができたのは、それらに寄与した個人の力が大きいと思われる。従って、創薬
の成功確率を上げるには、各分野におけるレベルの高い個人の集団を構築することが重要
と思われる。
しかし、必ず薬になるという方法は存在する訳でなく、当該プロジェクトに合わせて応
用可能な創薬関連テクノロジーを最大限に活用して、プロジェクトを進展させる以外に方
法はないと考えている。今回、例に挙げた新規抗悪性腫瘍薬 TAS-102 は Fragment-based
drug design (SBDD) の原理的な方法である GRID 法(1985 年 Peter Goodford)と
Hansch-Fujita 法(Classical QSAR)を利用したものである。現在、TAS-102 は日米欧で
フェーズ III 試験中であるが、国内では今年 2 月に「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直
腸癌」の適応症で厚生労働省に製造販売承認申請を行っている。
ここでは、できる限り論理的に進めた TAS-102 の開発プロセスの説明と、溶媒の水の解
析を含めて現在の創薬テクノロジーに基づいた事後考察および、量子化学レベルの相互作
用解析によるこれからの創薬への期待に関しても述べる予定。
-----略歴-----1975 年
岐阜薬科大学 厚生薬学科 卒業
1977 年
岐阜薬科大学 薬学研究科 修士課程 終了
1977-2009 年
大鵬薬品工業株式会社
2009 年
東京大学 化合物ライブラリー機構
東京大学 創薬オープンイノベーションセンター(2012 年 改称)
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2013 年 6 月 20 日 サイバー絆研究所
「医薬基盤研における創薬支援データベースの開発」
水口 賢司(医薬基盤研究所)
臨床試験開始後の新薬候補の開発中止の大きな理由の一つが、ターゲットの選択、評価
が適切でないためと考えられている。そのため、創薬研究のなるべく早い段階で、なるべ
く正確にターゲットを評価したり、安全性を予測することが望まれる。遺伝子、タンパク
質から疾患情報に至るまで幅広い情報が公共データベース上に蓄積されてきている中、集
積された大規模なデータからの知識発見や意思決定を通してこれらの問題に挑戦すること
は、創薬支援のバイオインフォマティクス研究の重要な課題であろう[1]
。医薬基盤研究
所では、創薬支援情報の集積拠点となるべく、データベース開発やデータ統合の方法開発
と応用を行なっている。本講演では、安全性バイオマーカー探索のためのトキシコゲノミ
ク ス デ ー タ ベ ー ス ( http://toxico.nibio.go.jp ) や ア ジ ュ バ ン ト デ ー タ ベ ー ス
(http://adjuvantdb.nibio.go.jp)などの個々のデータベースと共に、創薬の早期研究にお
ける支援を目的とした統合データウェアハウス TargetMine(http://targetmine.nibio.go.jp;
[2]
)について紹介する。TargetMine は、遺伝子、タンパク質から化合物、疾患関連に
至る幅広いデータを再加工して統合し、知識発見を可能にする解析の枠組みを提供するツ
ールであり、その有効性について、幾つかの新規創薬ターゲット発見に向けた具体的な実
験検証を含めて示す[3−6]
。
参考文献
1) 水口賢司, SAR News No. 24 (Apr 2013)
(http://bukai.pharm.or.jp/bukai_kozo/SARNews/SARNews_24.pdf).
2) Chen, Y.A., L.P. Tripathi, and K. Mizuguchi, (2011) PLoS One, 6, e17844.
3) Tripathi, L.P., et al., (2010) Mol Biosyst, 6, 2539-53.
4) Ihara, S., et al., (2012) Cancer Res, 72, 2990-9.
5) Tripathi, L.P., et al., (2012) J Proteome Res, 11, 3664-79.
6) Tripathi, L.P., et al., (2013) J Proteome Res in press.
-----略歴-----1995 年
京都大学大学院 博士(理学)
1995 年
ロンドン大学バークベック校 JSPS 研究員
1996-2000 年
ケンブリッジ大学生化学科
2000-2006 年
HFSP 長期フェロー及び博士研究員
ケンブリッジ大学生化学科及び理論物理/応用数学科 グループリーダー、
講師
2006 年-現在
医薬基盤研究所 プロジェクトリーダー
2007 年-現在
大阪大学生命機能研究科 招聘教授
(詳しくは、http://mizuguchilab.org/)
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2013 年 6 月 20 日 サイバー絆研究所
「新しい計算毒性学への期待:iPSC とインシリコをつなぐ」
石田 誠一(国立医薬品食品衛生研究所 薬理部)
ヒト iPSC を出発材料とし、各種臓器細胞に分化させ、創薬スクリーニングへと役立てよう
とする機運が高まっている。In vitro での細胞応用であるため、再生医療など人体へ適用す
る場合より実現性が高いとの見方も多い。しかしながら、分化誘導された細胞の評価にた
ずさわってみると、細胞の品質の安定性や臓器での薬剤応答性と同等であることの担保な
ど、見過ごされがちではあるが、超えるべきハードルがまだ決して低くないのが現状であ
るという印象が強い。
創薬スクリーニングにおける iPSC 由来細胞の利用には大まかに分けて、2 通りの場面が想
定される。
一つは、薬効の評価である。これは、製薬企業ごとに標的があるため、用いる細胞も候補
化合物の標的への効果を評価するという使命を果たせればよく、それぞれの利用目的に応
じて細胞の適、不適を判断するという各論になる。
もう一つは、薬物候補化合物の安全性評価である。こちらは、標的疾患のいずれに関わら
ず、全ての医薬品開発で評価をしなければならいない項目である。そのため、創薬全般に
わたる共通基盤であり、iPSC 由来細胞を活用した品質評価法の確立は創薬プロセス全体の
効率化にとって非常に重要である。そのため、製薬業界からの注目度も高い。
体内に接種された薬物は、局所投与の場合を除き、血流に乗り全身に回り、肝臓にて吸収、
代謝、排泄を受ける。経口投与の場合は、小腸で吸収されたのち門脈に乗り、まず肝臓で
代謝を受けてから、全身をめぐることになる。このような理由から、薬物の安全性を考え
るうえで、投与化合物の肝臓における代謝、排泄と肝細胞に対する毒性を評価することは、
もっとも重要な評価項目の一つと位置づけられている。
肝臓の機能は多岐にわたり、脂質、アミノ酸代謝や胆汁酸合成、外来異物の解毒代謝など
が知られているが、その多くは肝臓の 70%を占める肝実質細胞が担っている。候補化合物
の評価において重要とされる薬物の吸収、代謝、排泄とそれに伴う毒性発現においても、
まずは肝実質細胞を用いた評価が重要とされる。
肝臓における薬物の吸収、代謝、排泄は種差が大きく、現在ではヒト初代培養肝細胞が比
較的容易に入手できるようになったこともあり、新薬安全性評価において多用されている。
しかしながら、初代培養細胞ゆえに安定した供給や再現性の確保が難しく、また、細胞の
供給源をドナーに頼るため倫理的問題も孕んでいる。そのため、より安定した再現性の高
い in vitro 評価系の構築が望まれており、iPS 細胞由来肝細胞への期待も高い。
すでに幹細胞から肝実質細胞を分化誘導する試みは相当の歴史があり、様々な分化誘導法
が報告されてきた。しかしながら、多くの報告で分化誘導して得られた細胞の肝機能は、
アルブミン産生や尿素合成能を指標とすると十分であるにもかかわらず、薬物代謝酵素活
性などの発現は未成熟な点も多く、初代培養肝細胞と同等とは言い難いのが現状である。
そのため、肝臓が担っている様々な生理機能を in vitro で再現するために三次元培養など培
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2013 年 6 月 20 日 サイバー絆研究所
養法の工夫や共培養細胞系の樹立などの取り組みがなされてきた。我々もいくつかの手法
を試してきたが、中には改善がみられる場合もあるが、初代培養肝細胞と肩を並べられる
だけの効果は期待できず、培養方法の工夫だけではない何らかの新しい手法の出現が待た
れていた。
肝毒性評価というと、in vitro の場合、細胞死の評価が長らく行われてきていた。しかしな
がら、最近はメカニズムに基づく(mechanisumed-based)毒性評価が求められるようにな
ってきている。背景には、オミクス解析の普及やハイコンテントアナリシスの実施が可能
となってきたという技術的な進歩がある。いずれも、多変数からなる網羅的データの集積
が期待されるものであり、その情報処理には計算機の助けが必須となっている。このよう
な解析技術から導かれるメカニズム-多くは一連の細胞内イベントが連鎖したパスウェイ
-は、細胞毒性というような一点をエンドポイントする指標と異なり、毒性評価への堅牢
性が高いと考えられる。
iPSC 由来肝細胞は、分化誘導に関してはまだ技術的に未成熟な部分もあるが、安定供給の
可能性やヒトの個人差を反映した細胞を評価に用いることのメリットを考えると、現段階
の細胞を受け入れつつ活用する道筋を拓いていく必要がある。そのような中で、オミクス
やハイコンテントアナリシスから出てくるデータとそれを解析する計算機の能力を有機的
に組み合わせていくことで、iPSC 由来肝細胞では不十分な細胞機能を補完しつつより予測
性の高い新たな毒性評価手法が創り出せるのではないかという期待がある。肝臓には、ゴ
ールデンスタンダードというべき初代培養肝細胞で培われたデータの蓄積もあり、心筋や
神経細胞などと比べ、評価系の目指す基準が明確にしやすい点で、他の臓器の毒性評価系
開発に対するモデルケースとしても優位にあると考える。
本発表では、我々の取り組みとその背景を紹介して、“新しい計算毒性学”への道筋につい
て議論してみたい。
-----略歴-----東京大学薬学部を卒業後、同大学大学院薬学系研究科で博士課程を修了。博士(薬学)。
博士課程修了後、癌研究会癌研究所、米国 Duke 大学 Medical Center, Howard Hughes 医
学研究所でポスドク。2000 年に帰国後、国立医薬品食品衛生研究所勤務。
現職は国立医薬品食品衛生研究所 薬理部第三室長。
専門は薬物動態学、分子薬理学。
研究テーマは、幹細胞由来肝細胞の安全性評価系への応用、肝細胞の機能解析、肝細胞の
機能を維持する培養法の開発。GeneChip 解析は米国留学時代から 15 年来のお付き合い。
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2013 年 6 月 20 日 サイバー絆研究所
「GWAS から GET(Gene x Environment = Trait)へ」
田中 博(東京医科歯科大学
難治疾患研究所 生命情報学 /
東北大学 東北メディカルメガバンク機構)
1.GWAS と Missing Heritability
ゲノムワイド関連分析(Genome-wide association study)は、疾患感受性遺伝子に関す
る患者対照分析で、疾患群において健常群に比べ有意に頻度の高い SNPs を検出する。近
年、世界の各地で大規模な調査・解析が行われ、165 以上の多数の疾患の発症リスクに関係
する 1200 以上の遺伝子座の多型性が見出されている。しかし、これまでの common disease
– common variant 仮説に基づいた SNP のオッズ比はいずれも 1.1〜1.5 程度で、疾患発
症予測的には大きな貢献はない。
最近、家系調査によるリンケージ解析によって見出された希少メンデル型遺伝疾患(オ
ッズ比は非常に高いが頻度が非常に低い疾患)と GWAS で求められる糖尿病や高血圧など
の「ありふれた疾患(common disease)
」の SNPs(頻度は 1-5%あるが、オッズ比は非常
に低い)の遺伝継承性を合計してみても、一卵性双生児などから求められる遺伝力
(heritability)の全部、大規模な GWAS 調査で 20~30%良くても 50%しか説明していな
いことが問題となっている(Missing Heritability 失われた疾患遺伝性:欠失遺伝力[1])
。
この状況は Manolio のダイアグラム(図1)で明快に示されている[2]。
Lander らは、この missing
heritability は、分母である全体と
しての疾患遺伝力の過大評価では
ないかと考え(phantom
heritability)
、genetic interacton
が見かけ上の遺伝力を増加させて
いるとみる理論を展開してい[1]。
著者らは、この欠失遺伝力の原
因を、<疾患の発症リスクを「単
独の」遺伝子の多型や変異に帰属
図1 Manolio のダイアグラム(著者改変)
させる方法によっては検出できない、
遺伝子-遺伝子相互作用、遺伝子-環境相互作用において、単一遺伝子以外を他の遺伝子
効果や環境効果を通分することによって遺伝子の影響性が消去されている>と考えている。
遺伝子-遺伝子相互作用は疾患が「細胞分子ネットワークのレベルでの摂動(perturbation)
や(著者らの言葉で)歪み(distortion)
」が基底となって起こるとするシステム分子医学
の概念に適合するものである。もう一方の遺伝子-環境相互作用に関しては、現在多くの
研究がその相互作用について報告している。本講演でもいくつかの著名な研究例を紹介す
るがまだ明確な方法論は存在しない。
本講演では、GxE 理論を GET と総称してみる。GET (Genome X Environment=Traits)
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2013 年 6 月 20 日 サイバー絆研究所
という会議がハーバード大の Church らの Personal Genome Project(PGP)[3]によって
開催されているが、ここではこの会議の趣旨(個人的ゲノムと健康・生活習慣情報の公開
コホート運動、現在約 2000 人が参加)と関係なく、環境を取り入れた網羅的な疾患発症リ
スク解析の総称として GET という言葉使用してみる。
2.Le Marchand と GxE 特異組合せ効果
遺伝子環境相互作用が単なる相加的あ
るいは相乗的現象ではなく、組合せ特異
性があることを明確に示したのが、Le
Marchand のハワイオワフ島での大腸が
ん Colonrectal Cancer(CRC)における生
活習慣(喫煙と well-done meat 食習慣)
と代謝酵素(CYP1A2,NAT2 の各 rapid
type)の組み合わせに特異的リスク増大
図2 Le Marchand の大腸がんリスク
効果があった。
これは複素環式アミン(heterocyclic amine: HCA)が焦げた肉に含まれる発ガン物質で
あるが、これは CYP1A2 や NAT2 によって代謝活性化されて DNA に結合するという機構
を反映している。焦げた肉や NAT2、CYP1A2 単独では、大腸がんと有意な関連がなかっ
たが、
それらが特異な組合せ、
すなわち、
NAT2、
CYP1A2 が両方とも rapid type で well-done
meat を食し喫煙者である対象は、個々の因子の相対リスクの積ではなく、それらを遥かに
上回る 8.8 倍の相対リスクになった[4]。
3.疾患発症の GxE 理論と Butte の EGWAS
GWAS に対抗して、環境因子の疾患リスクへの寄与を GWAS 式の結果表示(Manhattan
プロット)に記載するものとして、Butte らが EWAS(Environment-wide association
study)を提案している。これは GWAS と同様に個々の環境因子の疾患発症への応用を、
として年齢・性別の影響を取り除いたロジスティック
回帰式における回帰係数βの統計的有意性の p 値に
ついて
を Manhattan プロットする方法を考案
した[5]。
さらに、Butte らのグループは、GWAS で得られた
リスク SNPs と EWAS で得られた環境リスク因子を
組 合 せ false discovery rate (FDR 、 1.5%) と
Bonferroni 補正(補正 p=0.006)を使用して、2型糖
尿 病 に 関 す る 有 意 な GxE 項 目 と し て 、
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2013 年 6 月 20 日 サイバー絆研究所
SNP(rs13266634)と trans-β- caroten の組を見出している。このことによって SNP 単独
のエフェクトサイズを 40%上昇させ、EGWAS のアプローチを実証した[6]。
おわりに
疾患発症における GxE 理論は、まだ始まったばかりである。著者らは組合せ最適化手法
による機械学習理論の応用を検討している。現在東北メディカルメガバンク計画が進行し
ており、ゲノム情報(次世代シーケンサによる WGS)と生活習慣などの環境情報(検診情
報、アンケート情報)が膨大に収集される。我が国において、GxE=T 解析が発展する可能
性は高い。
文献
[1] Zuk, O.; Hechter, E.; Sunyaev, S. R.; Lander, E. S. (2012). "The mystery of missing
heritability: Genetic interactions create phantom heritability". Proceedings of the
National Academy of Sciences 109 (4): 1193–1198.
[2] Manolio, T. A.; Collins, F. S.; Cox, N. J.; Goldstein, D. B.; Hindorff, L. A.; Hunter, D.
J.; McCarthy, M. I.; Ramos, E. M. et al. (2009). "Finding the missing heritability of
complex diseases". Nature 461 (7265): 747–753.
[3]Church G.M. (2005). The Personal Genome Project. Molecular Systems Biology, doi:
10.1038/msb4100040
[4] Le Marchand L, Hankin JH, et.al (2001). Combined effects of well-done red meat,
smoking, and rapid N-acetyltransferase 2 and CYP1A2 phenotypes in increasing
colorectal cancer risk. Cancer Epidemiol. Biomarkers Prev. 10(12):1259-66.
[5] Patel CJ, Bhattacharya J, Butte AJ(2010). An Environment-Wide Association Study
(EWAS) on Type 2 Diabetes Mellitus, PLoS One. 2010 May 20;5(5):e10746. doi: 10.1371
[6]Patel CJ,Chen R, Kodama K, Ioannidis JP, Butte AJ (2013). Systematic identification
of interaction effects between genome- and environment-wide associations in type 2
diabetes mellitus, Hum Genet. 2013;132(5):495-508. doi: 10.1007/ s00439-012-1258-z
-----略歴-----1981 年 東京大学医学系大学院博士課程修了 医学博士
1982 年 東京大学 医学部 講師
1983 年 東京大学工学系大学院より 工学博士
1982 ~1983 年 スウェーデン ウプサラ・リンシェーピング大学客員研究員
1987 年 浜松医科大学 医学部附属病院 医療情報部 助教授
1990 年 米国マサチューセッツ工科大学 客員研究員
1991 年 東京医科歯科大学 難治疾患研究所 生命情報学 教授
1995 年 東京医科歯科大学 情報医科学センター センター長 併任(~2009)
20
2013 年 6 月 20 日 サイバー絆研究所
2003 年~ 東京医科歯科大学大学院 疾患生命科学研究部教授 へ異動
2006 年~2010 年 東京医科歯科大学大学院 生命情報科学教育部 教育部長・
大学教育研究評議員併
2012 年
東京医科歯科大学難治疾患研究所生命情報学分野 教授へ異動
2012 年
東北大学 東北メディカル・メガバンク機構 客員教授 兼任
学位:医学博士 工学博士
受賞歴:
1985 年 木村栄一賞(日本心電学会)
2008 年 情報通信業績賞(総務省) など
主な著書:
「岩波講座 応用数学3 逆問題」岩波書店(1993)
「生命と複雑系」培風館(2002)
(単著)
「生命―進化する分子ネットワーク」パーソナルメディア(2007) (単著)
「Bioinformatics for Omics data」(B.Mayer.ed.)Springer(2011)
(分担)
「先制医療と創薬の為の疾患システムバイオロジー」培風館(2012)
学会活動:
2003 年~ 2007 年 日本医療情報学会 理事長兼会長
2008 年~ オミックス医療研究会会長
2011 年~ CBI(情報計算化学生物学会)学会長
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2013 年 6 月 20 日 サイバー絆研究所
ICA Visionary Seminar: p-Medicine 時代の薬づくり「オミックスと三次予防」
神沼二眞(サイバー絆研究所)
P-Medicine と三次予防
P-Medicine は、predictive, preventive を指向するが、この場合の preventive、すなわち
予防には、ワクチン接種のような一般に知られている予防(一次予防、primary prevention)
だけではなく、体の異常の予兆を感知して特定の疾患を発見するための検査を受ける二次
予防(secondary prevention)や、すでにある慢性疾患になってしまった人を、より悪くし
ないように努力する三次予防(tertiary prevention)が含まれている。
エマニュエル E. Emanuel は、Science 誌の疾病予防特集号の巻頭で、医療経済の視点か
ら言えば、もっとも力を入れるべきは、三次予防だと述べている(Emanuel12)。なお米国
の統計では、50%の人は、ほとんど何の医療費のやっかいにもなっていないが、わずか 10%
の人が、医療費の 3 分の 2 を消費している、とも述べている。それらの人というのは、心
臓病、糖尿病、がんなどのいわゆる慢性疾患のうちの一つ、あるいは複数の疾患をもつ患
者である。
こうした慢性疾患の場合の三次予防においては、患者の自覚と主体的な取り組みがなに
より重要である。また、患者と利用している医療機関あるいは医師との関係が良好である
必要がある。しかし、こうした関係をより効果的にしようとする作用は、第3者からは働
かせにくい。治療方針に関しては、セカンドオピニオンを求めることがまれにあっても、
それによって医療機関と患者の関係がよりよいものになるわけではない。したがって三次
予防は、参加型 Participatory Medicine にならざるをえない。
三次予防においては、患者はすでに診断を受け、治療が行なわれている。その状態をさ
らに改善するには、患者個々の特性をより正確に把握し、状態の推移に適応したさらなる
診断と治療法を探索するのと同時に、患者の側では、食事、運動、睡眠、仕事など生活様
式の工夫を防ぐ、さまざまな介在法(Non Drug/Pharmacological Intervention)を試みる
ことが選択肢となる。状態の推移を把握するために有用なのがバイオマーカー Biomarkers
である。理想的に言えば、計量できる Biomarker の推移によって、対策の有効性を検証す
るような精密な対応策が必要である。これは Predictive Medicine の一例である。
このように、三次予防は、p-Medicine の特徴を備えた象徴的な領域であり、研究的な投
資をするのにも、最適な領域でもある。
・E. Emanuel, Prevention and Cost Control, Science, 337: 1433, 2012.
三次予防の実践
三次予防の対象となる疾患としては、主要な慢性疾患 Major Chronicle Diseases、すな
わち心(循環器)疾患、がん、肥満と糖尿病、Metabolic Syndrome に関係した疾患、血圧
と血流の障害、免疫性疾患、うつ病、アルツハイマー疾患などが考えられる。必要な研究
開発や実践努力の内容は、こうした疾患ごとに大きく異なる。したがって実践組織は、疾
22
2013 年 6 月 20 日 サイバー絆研究所
患や関連する疾患群ごとに立ち上げなければならない。その中には心筋梗塞や脳梗塞の術
後患者のための「心臓のリハビリテーション」のように、すでに三次予防の実践が広がっ
ている疾患もあれば、努力が顕在化していない疾患まで、いろいろな発展段階がある。
しかし一般には、この問題領域が un-met health/medical needs だとはあまり認識され
ておらず、また研究開発の領域としても、まだそれほど注目もされていない。また、ここ
では生活者(患者とその家族)と、医師を始めとする医療サービス(臨床)の専門家や研
究者、医薬品や健康医療機器の企業など、幅広い関係者の協力が必要となる。そのために、
これらの関係者 Stakeholders を結ぶ、非営利の活動組織も必要になる。
研究開発と技術的な課題
三次予防の実践は、疾患領域ごとの臨床医学と基礎生物医学、さらに、それらを結ぶ橋
渡し研究(Translational Research)を推進することが前提となる。そこでの問題はそれぞ
れ個別的になるが、そうした疾患全体に共通する課題もある。それらは、例えば、DNA の
配列解析技術、
(Trancriptome、Proteome, Metabolome などの)オミックス、ヒトに共生
する(腸内細菌叢のような)微生物叢 Microbiome などの網羅的計測技術や、精密な画像診
断 技 術 、 Biomarkers の 探 索 、 薬 に 依 存 し な い 介 在 法 Non Drug/Pharmacological
Intervention(NPI)の研究などである。
なかでももっとも重要な課題は、慢性疾患患者の状態を時間と共に精密に計測、記録し
ていく技術である。こうした目的で期待されるのは、個人を対象とした経時的なオミック
ス計測である(Chen12, Chen13)
。
三次予防にオミックス、とくに Metabolomics の活用が期待されている具体的な疾患の例
としては、2 型糖尿病を挙げることができる(Skyler 13, Bauman13)
。糖尿病の診断には、
血糖値 glucose や HbA1c、インシュリン抵抗性などの指標が使われているが、脂肪酸、ア
ミノ酸(組成)
、胆汁酸などの代謝物が、さらに精密な状態把握に役立つのではないかとい
う知見が得られている(Friedrich12, Dunn13)
。
・R. Chen et al., Personal Omics Profiling Reveals Dynamic Molecular and Medical
Phenotypes, Cell 148, 1293–1307, 2012
・R. Chen and M. Snyder, Promise of personalized omics to precision medicine,
Advanced Review, 5:73-81, 2013
・J. S. Skyler, Primary and secondary prevention of Type 1 diabetes, Diabetic Medicine
30(2):161-169, 2013.
・A. Bauman & A. St George, Diabetes: T2DM—will tertiary prevention solve the
problem? Nature Reviews Endocrinology, 9: 190-192, 2013.
・N. Friedrich, Metabolomics in diabetes research, Journal of Endocrinology, 215: 29–42,
2012.
・W. B. Dunn, Diabetes - the Role of Metabolomics in the Discovery of New Mechanisms
and Novel Biomarkers, Curr Cardiovasc Risk Rep, 7:25–32, 2013.
23
2013 年 6 月 20 日 サイバー絆研究所
ICT の活用
三次予防を考えると、従来の「患者と医師(診療機関)との関係」を、孤立したもので
はなく、より広い人のネットワークあるいはコミュニティに埋め込むことが視野に入って
くる。そこでは、サービスの受け手とその支援者、サービスの提供者とそこへの(例えば
薬剤のような)Solution の提供者を共に抱合した、利益関係者 Stakeholders のネットワー
クが考えられる。学会や消費者団体、保険組合、生命保険会社なども、その構成員の候補
である。こうしたコミュニティを構築し、維持していくことは、一昔前では、大変な経費
が掛かったと想像されるが、安価で大容量の高速ネットワーク、クラウドサービス、スマ
ートフォン、タブレット PC、ソーシャルメディア(SNS)などが普及した現在では、十分
現実的である(Wake13)
。さらに家庭や携帯で使える簡便な生体計測装置の進歩は、個人
が自分で計測できる生体計測計の普及を加速している(Smarr12)
。ここでは、ICT と生物
医学境界にいる専門家への期待が大きい。
・D. J. Wake and S. G. Cunningham, ‘Digital Diabetes’- Looking to the Future, The
British Journal of Diabetes & Vascular Disease, 13(1) 13–20,2013
・ Larry Smarr, Quantifying your body: A how-to guide from a systems biology
perspective, Biotechnology, Journal, 7, 980–991, 2012,
パイオニアとしての進取の気性に富んだ専門家である生活者
三次予防の推進には、生活者への良質な情報と知識の提供とその活用を支援する仕組み
づくりが必要であり、これにはネット学習など、新しい技術を応用しならければならない。
また、健康状態をモニタリングできる家庭で個人が扱える簡便な生体計測装置や、自分の
健康状態を記録管理する PHR(Personal Health Record)の機器と扱い方を普及させる必
要がある。
ただし、こうしたことはまだ一般の生活者には、不可能でないまでも、最初に試みるに
は抵抗があるだろう。そこで NPO 法人であるサイバー絆研究所(ICA)では、研究や開発
に携わった経験のある退職世代の中で、こうした実践に関心のある 方々、Proactive
Professional Consumers(PPC)に呼びかけたらどうかと考えている。PPC を日本語で言
えば、
「消費者つまりサービスを受ける側にいる人のうち進取の気性に富んだ行動的な専門
家」を意味する。現在 ICA では、生活者が先導した健康イノベーション(Health Innovation
Initiative, HII、ハイ)を構想している。その場合の生活者として最初に行動する人たちを、
PPC と想定している。ICA では、このような PPC のゆるいネットワーク(Club)をつく
ろうとしている。退職あるいは準退職世代が、健康イノベーションに関与することは、そ
の世代の医療費を抑制し、新しい仕事や雇用の機会を増やし、経済の活性に寄与する、一
石三鳥の効果が期待される。
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2013 年 6 月 20 日 サイバー絆研究所
健康医療相談
知識支援者
潜在顧客
健康診療情報会社
データ解析支援者
Club PPC:専門知識のある行動的な同好会
健診センター
診療機関・病院
薬局
検査サービス施設
通信クラウド環境サービス
生体計測解析機器メーカー
健康医学専門知識源
CRO
製薬企業
介在手段提供企業
生活者が先導する健康イノベーションの中核概念
鍵を握るのは、 PPC (Proactive Professional Consumers)。
おわりに
三次予防は患者の自主的な参加が前提条件となる。三次予防への本格的な取り組みは、
こらからであるが、その前提となるのは、オミックスなど p-Medicine の基盤となっている
技術のさらなる進歩である。とくに Biomarker の探索が最重要な研究課題である。こうし
た事業の先導役として期待されるのは Proactive Professional Consumers である。
全体の参考文献
・神沼二眞、p-Medicine”の主役は進取の気性に富んだ専門家である生活者, CBI Forecast
No.11, 2012 年 10 月 10 日 (http://join-ica.org/hiicomp/fore.html)
-----略歴-----1964 年国際基督教大学自然科学(物理学専攻)を卒業後、米国のイェール大学、ハワイ大
学大学院に留学、物理学で Ph.D.(博士号)取得。日立製作所の研究員を経て、1976 年か
ら東京都臨床医学総合研究所研究室長、1989 年から国立医薬品食品衛生研究所部長。2001
年 3 月定年退官。パターン認識、医学人工知能、医療情報システム、生命情報工学、環境
化学物質の安全性などの研究に従事。この間、東京大学医学部、奈良先端大学院大学、東
海大学開発工学科などで非常勤講師を兼任。1981 年には、CBI 学会の前身となる研究会の
設立に関与、2001 年(株)バイオダイナミックスを沖縄県に設立、2011 年に、NPO 法人サ
イバー絆研究所の設立に関わる。また、2004 年から現在は、広島大学大学院および東京医
科歯科大学大学院で、特任教授および非常勤講師などとして学際領域の人材養成に当たる。
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2013 年 6 月 20 日 サイバー絆研究所
ICA Visionary Seminars 「薬づくりの新しい R&D モデルを探る」追加資料
1、ICA の事業の俯瞰図
2013年6月10日
基 盤となる ネット 環境
情 報を探 す
・推薦 情報源 と談話 室
・求人 求職
ネット時代 の教養
若い 世代との 交流 で ITC
Literacy を 高 める
会 員の コミュニティ
・楽 講楽学
・私 の挑戦
世 代間連 係事業
・退職 世代の 事業機 会
・若い世 代との連 係事業
複 合領域 の独習 者支援
自 由大学 Free Univ.
ディ ジタル工 房
・ 自然科学と情報計算技法
・ 計算化学か ら計算創薬へ
・ 創薬イン フォ マティクス
・ 退職者の ネット講義
・ 研究成果の掲載
・ 起業のための出会いづくり
・ 3D プ リン ター教室
・ 開かれたネット工房
オープン アカデミア
オープン アカデミアの 潮
流
・推薦 講座・教材
・ 医薬領域の新しい専門家教育
医 薬品 R&Dの 新しいモ デル
医 薬品 R&Dの 潮流
・ p-Medicine 時 代 におけ
る 医薬品 の研究 開発
代替モデル
・ 計算毒性学 ポータル
CADU Platf orm 構築
・医薬 品の研 究開発 と適正 使 用への 計算機 の利用 案内
研 究プロジェ クト
・ XenoRCC
・ Aging & Diseases
・ ESC/iPSC ポ ータル
・モ デル 生物 ポ ータル
・ Psycho-Cognitive Res
健 康イノベ ーショ ン活動
ハイ クラウド事業
・ p-Medicine へ の生活 者
の積極 的関与
学 術啓蒙 集会
・バイ オマ ーカ ーとヘル スメト
リッ クス 研究会
実 践事例 紹介
・ ディジタ ル健康 術
・主要 疾患の 三次予 防
有 用天然 素材の 探索
・ ゲノムからの探索
・ハ ニー、ハ ーブ 、ワイン
・日本 G ET 会議
・心的 ストレス への対 処
環 境問題 と農水 産業 (AG T: Aqua-G reen Technology)
環 境問題 と農水 産業
・ミ ドル メディア 機能
AGT フォーラム
・土 壌改良
・養 蜂、養 蚕、・・・
高 次農業
・農水 産業の 六次化
・新しい流 通ネット
環 境と健 康
・環境 メタ ゲノム
・健や かな 住い
2. CADU Alliance と CBI 学会からの引継ぎ事業との関係(ネット部分)
ICAのTop Page (13年3月7日版)
CADU
Courses
CADU
Courses
cbi.or.jp
これまでのサイト
CADU
Platform
・・・・・・・・・・・・・・・
リンク
ESC/iPSC
修正
モデル生物
削除など
上林氏管理
CYBERACADEMIA.ORG
バイオマーカー探索
XenoRCC
CADU Alliance の事業 (薬のR&Dの新モデルの探索)
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2013 年 6 月 20 日 サイバー絆研究所
3.薬の研究開発と健康と Non Pharmacological Intervention 研究の橋渡し
ICA オープン アカ デミア事業
ICA 健康イ ノベーショ ン事業
( HII Cloud Project)
ネッ ト上の講座と教材開発
生活者主体の健康への対処
日本版 G ET 会議
The CADU Platform 構築
予備調査課題例 CADU (キャドウ)アライ アン ス
薬の研究開発と適正使用 ポータル
バイ オマーカ ーとヘル
スメトリッ クス研究会
・健康医学知識の伝達
・健康診療記録の自己管理
・先端 ICT(MUC+BAN)調査
効能試験の倫理と評
価の委員会
・ ・・・・
ス クリーニングセン ター構想
iPS細 胞技術
健康実践課題例 線虫、ハ エ、ゼブラ フィッシュ、・・・
ICT自動化 、画像技術など
ICA 地域振興事業
・ Metabolic Syn.改善
農水産業の 6次化
・ Fish Oilと 炎症改善
健康によい天然素材
・身心ス トレス制御(睡眠)
・健康と美容
ICA 健康イ ノベーショ ン事業
・ ・・・・
関連する 学会など との連係
目 標は、「基 礎研究 の成果を 臨床や 家庭へ !」
鍵 は統合 Omics から B iomarker や Healthmetrics への 橋渡し 研究と教 育事業 にあり!
4.既存の学会と ICA との関係
毒性(安全性)
薬づくり
食の効用
CBI学会・他学会
M icrobiome
CompTox
The CADU Platform
懇談会(研究会)
薬の研究開発と適正使用 ポータル
GWAS to GET
New Bioinformatics
キャドウアライアンス
XenoRCC 計画
CompTox ICT自動 化、画 像技術 など
Open Collaboration 場の構築
研究会
Aging & Diseases
バイオマーカーとヘル
スメトリックス研究会
Psycho-Cognitive
Research
三次予防の実践
ES C/iPS C技術
線 虫、ハ エ、 ゼブラ フィッシ ュ、・・・
Nuraceutical
ハイクラウド計画
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女性の健康美