学術論文賞受賞について - 日本フルードパワーシステム学会

築地
解
徹浩:学術論文賞受賞について
説
学術論文賞受賞について*
築地徹浩**
*平成 23 年 6 月 1 日原稿受付
**上智大学理工学部,〒102-8554 東京都千代田区紀尾井町 7-1
1.はじめに
この度は名誉ある「平成 23 年度日本フルードパワーシステム学会賞
学術論文賞」を受賞し,大変光栄に
存じます.
本解説記事では,受賞論文「アキシアルピストンポンプ内のノッチからのキャビテーション噴流の可視化
解析」1)の内容に関して解説する.
2.研究の背景と目的
斜板式アキシアルピストンポンプ(以下ピストンポンプ)は,高圧に使用でき,高効率であり,可変容量
化が容易であるなどの長所を有するため建設機械などの油圧システムの作動油の供給源として多く使用され
ている.回転中のピストンポンプにおいて,ピストンが吸い込み行程から吐き出し行程へ移る際にピストン
内の圧力の急上昇を抑えるために,ノッチ(V 字形の刻み目)といわれている溝が弁板に通常切込まれている.
吸い込み行程から吐き出し行程へ移る際に,吐き出し側の高圧の作動油がノッチを通りシリンダ室に高速噴
流で流入し,キャビテーション現象を引き起こす.このキャビテーション現象を伴う噴流は,シリンダ室の
壁面に衝突し,壁を侵食するエロージョンの原因になる.したがって,キャビテーション現象の発生時期,
発生範囲やキャビテーション噴流の方向などを解析することは,油圧ピストンポンプを設計する上で重要な
ことである.
従来,運転中のピストンポンプ内のノッチ付近のキャビテーションの可視化解析は行われているが,軸方
向からの解析のみであった
2)
.さらに,側面方向(軸と垂直方向)からの可視化解析も行われているが,ピ
ストンが静止している状態でこれも一方向からの解析であった 3),4).
本研究では,軸方向と側面方向の二方向から可視化可能な実機とほぼ同形状の三次元ピストンポンプを製
作し,高速度カメラを用いて,ポンプ運転時のノッチ付近でのキャビテーション噴流の可視化撮影を二方向
から行いキャビテーション現象を三次元的に捉える
5)
.つぎに,キャビテーションモデルを取り入れた三次
元乱流の DES(Detached Eddy Simulation)モデルを用いた CFD(Computational Fluid Dynamics)解析を行い,キャ
ビテーションの発生領域などにおいて両者の比較を行い,シミュレーション手法を確立する.最後に,可視
化実験等が容易でない実機の運転状態である流入圧力 24MPa,回転数 2400rpm の時のシミュレーションを
行い,エロージョン現象を含めた考察を行う.なお,CFD 解析においては,FLUENT Ver.6.3 を使用した.
3.実験について
本研究で製作したピストンポンプの断面図を図 1 に示す.可視化実験では,吸い込み行程から吐き出し行
程に切り替わる際に,吐き出し側の高圧側から油がノッチを通ってシリンダ内に流入する流れを撮影するた
め,その場所が可視化できるようにケーシング(a)とリアケースの一部(b)をアクリル材料で製作した.図は T
方向から可視化可能な場合を示している.そのために,さらにシリンダブロックの弁板付近の一部(c)を透明
アクリル材料で製作した.軸方向から可視化する場合には,シリンダブロック全体(c,d)を鉄(S45C)に,弁
板(バルブプレート)(e)を透明アクリル樹脂のものと交換する.可視化するために,本来の材料を透明アクリ
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ル樹脂に交換したために生じる漏れ等の対策には,シール材を必要に応じて用いたが詳細は省略する.
図 1 の T 方向から撮影する範囲を図 2 に示す.同様に図 1 の S 方向から撮影する範囲を図 3 に示す.図 3
に示すように,ノッチ開度 h は曲率半径が 32.5mm の弧の長さで定義しているが,本研究での最大ノッチ開
度は 2.5mm であるから,直線距離としても誤差は 0.2%以下である.
4.CFD解析について
本解析では乱流モデルとして,LES( Large Eddy Simulation)モデルと k-ε モデル(k は乱流運動エネルギー,ε
はその散逸率)を連成させた非圧縮性の非定常 DES(Detached Eddy Simulation)モデルを用いる.この方法では,
壁近傍では k-ε モデルにより,それ以外は LES モデルにより計算される.すべて LES モデルで行うと計算負
荷が増えるので,壁近傍と壁から離れたところとで使用モデルを分け,計算負荷を低減する方法である.離
散化手法は,有限体積法で二次精度風上差分法を用いた.キャビテーションモデルとしては,気泡含有率を
未知数にしたモデルを使用した.以上により,連続の式,運動方程式,乱流運動エネルギーの輸送方程式,
乱流散逸率の輸送方程式および気泡含有率の輸送方程式を用いて,速度,圧力,乱流運動エネルギー,乱流
散逸率および気泡含有率を求める.紙面の都合上,方程式は割愛する.
5.実験結果とCFD解析結果および考察
キャビテーション噴流の発生の様子を以下に示す.図 2(T 方向)からの流れを撮影した結果を CFD 結果と
ともに図 4 に示す.撮影速度は 4500FPS(0.0002sec 間隔)であり,ノッチ円弧の半径が 32.5 mm であるから,
600rpm 時のノッチ開度で±0.23mm の誤差がある.図 4 の左側が実験結果であり,黄色に光っている雲のよ
うな部分がキャビーション気泡である.気泡の可視化を容易にするため油を多少着色しているため鮮明に高
速度撮影されている.ノッチ開度が 0.68mm から 2.50mm の間の各ノッチ開度における撮影結果である.対応
する CFD により得られた噴流の中心断面での気泡含有率を図 4 の右側に示している.実験結果の画像より,
ノッチ開度が 0.68mm から 1.13mm の間は,キャビテーション噴流が弁板に対して約 20 度程度の角度を持っ
て流入しているが,ノッチ開度が 1.59mm 付近から弁板に付着してノッチ開度が 2.04mm から 2.5mm 付近で
シリンダポート壁面に衝突する様子がわかる.この現象を CFD 結果の気泡含有率の分布はよく表している.
ノッチ開度が 3.4mm の時に吸い込みポートが閉じるため,気泡含有率が 3~10%の気泡がシリンダポート壁
面に衝突していることが予想される.高速度撮影時の光の当て方により,キャビテーション気泡の見え方が
微妙に変わることもあり,実験結果の画像から気泡含有率を推定することは容易でない.
つぎに,図 3(S 方向)から撮影した結果を図 5 に示す.図 5 の左側には撮影結果,右側には CFD 結果を示し
ている.CFD 結果において,実験結果との比較を容易にするため,気泡含有率が 30%の等値面を示している.
実験結果より,ノッチ開度の増加とともにキャビテーション噴流が太く長くなっていく様子がわかる.この
様子を CFD 結果もよく捉えていることがわかる.
つぎにキャビテーション噴流がピストンポートの壁面に及ぼす影響を知るために,壁面上の圧力分布を図
6 に示す.ノッチ開度が 2.50mm の時のキャビテーション噴流が発達した時の気泡含有率 30%の等値面を示し
ている.キャビテーション噴流が衝突している壁面上の圧力が他の壁面のそれに比べて上昇していることが
わかる.したがって,この圧力が上昇しているあたりで,キャビテーション気泡の崩壊とともにエロージョ
ンを起こすことが予想されるが,詳細は今後の課題としたい.
これまで,代表的な可視化結果として,5MPa, 300rpm の場合の実験と CFD 結果を示したが,他の 3 パラ
メータの実験と CFD 結果から,つぎのようなことがわかった.キャビテーションの発生範囲は,本回転数の
範囲ではほぼ変化なく,流入圧力が大きい方が大きい.回転数が変わってもノッチからの噴流の速度はほぼ
同じため,ノッチ開度が同じ時,回転数が低い方が流入開始からの経過時間が長いので噴流がシリンダポー
ト壁面に早く到達する.以上の実験と CFD 結果を比較することにより,本シミュレーション方法は妥当であ
ることがわかった.
本アキシアルピストンポンプは,通常,吐き出し圧力が 24MPa, 回転数が 2400r.p.m.で使用されることが多
い.この条件でポンプ内部のノッチ付近のキャビテーションを観察したいが,この条件に耐えられる透明な
材料で可視化用ポンプを製作することは強度上困難である.そこで,ここでは前述の結果で信頼性が得られ
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ている本 CFD 解析を用いて,この実際の条件でのキャビテーション噴流のシミュレーションを行った.
気泡含有率の等値面(h=2.50mm)の分布を図 7 に示す.流入圧力が増加することにより,5MPa の場合(図 4(e))
に比べて,全体的に気泡含有率が増加している.ピストンが弁板にもっとも近づく位置を図 7 に破線で示す.
ピストンとシリンダの摺動面(破線より上の直線実線)付近での気泡含有率はほぼ 3%以下であり,キャビテ
ーション気泡の衝突の影響がほぼ無いと考えられ,エロージョンがしゅう動面で起こっていないことが予想
される.気泡含有率が 30%でノッチ開度が 2.5mm の時の壁面圧力を図 8 に示す.流入圧力の増加によって,
壁面の圧力が増加している.圧力が最大付近の場所は,5MPa の場合(図 6)とほぼ同じ場所である.実際のポ
ンプの運転に大きな支障が出るのは,キャビテーションに伴うエロージョンであり,その場所を設計段階で
予測することは重要である.本シミュレーションで,エロージョンの発生が予測される高圧でのシリンダ内
壁での場所が,5MPa の場合と 24MPa とで変わらないことより,ノッチ形状をも含めたシリンダやシリンダ
ポートの形状で壁面での高圧な場所すなわちエロージョンの発生箇所が予測できると考えられる.したがっ
て,5MPa 程度の流入圧力での可視化実験で高流入圧力でのエロージョンの発生箇所が予測可能であるし,本
CFD 手法で予測可能であると思われる.
6.おわりに
本研究においては,運転中のアキシアルピストンポンプ内のノッチからのキャビテーション噴流の三次元
の実験的および CFD 解析を行った.可視化実験においては,ノッチ付近の流れを軸方向と軸と垂直方向の二
方向から撮影可能な可視化用ピストンポンプを製作して,吸い込み行程から吐き出し行程に移る際のキャビ
テーションの発生の様子を高速度カメラを用いて撮影した.つぎに,キャビテーションモデルを取り入れた
三次元非圧縮性乱流の CFD 解析を行うことによりキャビテーション現象を解析し実験結果と比較した.さら
に,本 CFD 解析の信頼性が得られたので,実際の運転状態での 24MPa, 2400rpm での CFD 解析を行った.
本研究で得られた主な結論を以下に示す.
1) 流入圧力が 3MPa, 5MPa,回転数が 300rpm,
600rpm の本可視化実験で,ノッチからのキャビテーショ
ン噴流の発達が三次元的に捉えられた.
2) 本 CFD 計算手法で得られた結果を可視化結果と比較することにより,キャビテーション噴流の方向や範
囲が捉えられることが分かり,本 CFD 手法がキャビテーション噴流を解析するのに有効であることが分
かった.なお,本実験範囲では,回転数よりも流入圧力がキャビテーション領域に及ぼす影響が大きか
った.
3) 実際の動作条件である 24MPa, 2400rpm の場合のシミュレーションを行い,実際の状態にも本 CFD 手法
が有効であることが予想される.エロージョンの発生場所がある程度予測できることが期待される.
実験に協力された当時上智大学大学院生池ノ谷健太君と現在大学院生の池本貴正君に謝意を表す.
参考文献
1)
築地徹浩,高瀬拓也,野口恵伸:アキシアルピストンポンプ内のノッチからのキャビテーション噴流の
可視化解析,日本フルードパワーシステム学会論文集,Vol.42,No.1,p.7-12( 2011)
2)
Kazumi Ito, Kiyoshi Inoue, Keiji Saito : Visualization and Detection of Cavitation in V-Shaped Groove Type Valve
Plate of an Axial Piston Pump, Proceedings of the third JHPS Int. Symposium on Fluid Power, YOKOHAMA,
p.67-72 (1996)
3)
Hiroshi Kosodo, Masayoshi Nara, Shizuhiro Kakehida, Tasuhiko Imanari : Experimental Research about
Pressure-flow Characteristics of V-Notch, Proceedings of the third JHPS Int. Symposium on Fluid Power,
YOKOHAMA, p.73-78 (1996)
4)
築地徹浩,佐倉青蔵,永田精一,野口恵伸:アキシヤルピストンポンプ内のノッチからの噴流に関する
研究,日本フルードパワーシステム学会論文集,Vol.38, No.4,p.12-16 (2007)
5)
池本貴正,池ノ谷健太,築地徹浩,野口恵伸:油圧ピストンポンプ内で発生するキャビテーションの可
視化解析,平成 21 年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.44-46 (2009)
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著者紹介
つ き じ てつひろ
築地徹浩君
1983 年上智大学大学院理工学研究科機械工学専攻博士後期課程修了.同年上智大学
理工学部助手.1997 年足利工業大学教授,1999 年上智大学教授,現在に至る.油
圧工学,流体工学,機能性流体の研究に従事.米国機械学会,日本フルードパワー
E-mail:t-tukiji@sophia.ac.jp
URL:http://www.me.sophia.ac.jp/fluid/Lab/tsukiji.htm
Transparent
observational
window(b)
Acrylic casing(a)
Acrylic
Piston Cylinder Cylinder
Swash plate
block(d)
block(c)
T
S
Rear case
Drive shaft
Valve plate(e)
Front
case
図1 Cross section of the piston pump
Inside of cylinder
Suction kidney
Notch
Cylinder port
Valve plate
図2 Visualization domain viewed from direction T in 図1
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Notch opening h
Suction kidney
Notch
図3 Visualization domain viewed from direction S in 図1
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From direction S
図6 Pressure distribution (5MPa, 300rpm, vapor 30%, h=2.5mm)
Piston
surface
7.4mm
3%
40%
30%
Valve
plate
Fig.12 Isosurface of vapor content for 24MPa-2400rpm
(h=2.50mm)
図7 Isosurface
of vapor content for 24MPa, 2400rpm (h=2.50mm)
From direction S
図8 Pressure distribution on wall surface (24MPa, 2400rpm, vapor 30%, h=2.50mm)
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