米大統領選、共和党候補者の景気対策案

ワシントン情報 (2008 / No.003)2008 年 1 月 25 日
三菱東京 UFJ 銀行ワシントン駐在員事務所長
Tomoyuki Oku 奥 智之
(202)463-0477, toku@us.mufg.jp
米大統領選、共和党候補者の景気対策案
~バラマキなしで減税一本やりの共和党~
米国大統領選挙の争点が「イラク」から「経済」へと移り、後退懸念の増す米国経済を目の
当たりにして、民主党、共和党候補者たちは景気対策案の打ち出しに躍起になっている。
共和党の景気対策案は、財政支出拡大ではなく減税によって景気を刺激すべきであると言う
点が特徴。民主党が減税に加えて失業保険の拡大や食糧配給券の割当額増加などの財政支出
を景気対策案に盛り込むべきとしている一方で、「小さい政府」を基本理念とする共和党の
候補者たちは減税に的を絞っている。景気後退を警告し、討論会でも経済問題を論じる民主
党候補者に比べて、共和党候補者たちは米国民の関心が経済に集中し始めたため、重い腰を
上げたという印象は否めない。Hillary Clinton 候補が 1 月 11 日に対策案を発表したのに対し、
共和党で最も早かった McCain 候補は 1 月 17 日に発表し少し遅れた。
民主党の派手な景気対策案アピールの陰に隠れて、共和党候補者の景気対策案はあまり注目
されていない。大統領予備選挙はなお混戦状態であり、両党とも指名確実者は見えていない。
世論調査によれば、本選挙での民主党の優位は続いているが、正式候補者が決まってからの
情勢変化はあるかもしれない。
そのため当レポートでは、財政支出増加をせずに徹底して減税を、とする共和党候補者の景
気対策案を紹介する。
<共和党各候補者の景気対策案>
現在、共和党候補者では、Romney 元知事、McCain 上院議員、Huckabee 元知事、Giuliani 前
New York 市長 4 名がほぼ一律に並び、乃至は世論調査により結果がまちまちであり、本命不
在の状況である。全体的に共和党は米国景気に対して楽観的であり、候補者は皆企業向けの
減税案を提唱。特に Romney 元知事は元企業経営者の肩書きを生かして、積極的に対策案を
訴えている。
Romney 候補の景気対策案
Romney 候 補 は ビ ジ ネ ス マ ン と し て の 実 績 ( ベ ン チ ャ ー キ ャ ピ タ ル を 設 立 ) お よ び
Massachusetts 州知事時代の同州の財政改善、失業率低下への貢献を強調。
個人への対策
 所得税最低適用税率を 7.5%まで引き下げ(現在は 10%)
Washington D.C. Representative Office
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 65 歳以上の従業員に対する給与の所得税廃止
 年収 20 万ドル以下の個人の貯蓄、資産売却益(キャピタルゲイン)、配当への課税を廃
止
法人への対策
 過去 2 年間の設備投資を即時に 100%償却可能とする
 法人税率を 2 年間で 35%から 20%まで引き下げ
住宅保有者への対策
 連邦住宅局の保証対象住宅ローン額を引き上げ、住宅保有者支援を拡大
Bush 減税
 Bush 政権の 2010 年末期限の減税措置を恒久化
McCain 候補の景気対策案
McCain 氏は以下の対策実行によって長期的に米国 GDP の 10%拡大を目指すとしている。
 法人税率を 35%から 25%に引き下げる
 企業の設備投資や技術投資を 1 年目で一括償却可能にする
 研究開発に費やした賃金の 10%を恒久的に税控除(tax credit)とする
 Bush 政権の 2010 年末期限の減税措置を恒久化
Huckabee 候補の景気対策案
Arkansas 州知事時代の減税実績をアピール。Huckabee 氏は非現実ともいえるユニークな税制
案を提案。所得税を廃止。消費に税金を課し、労働へのインセンティブを高めようとしてい
る。
 連邦所得税(個人・法人)および給与税を全面的に廃止
 消費税のみを徴収。生活必需品および中古品には税をかけないため、貧困層は税金を払
う必要がなくなる。
 これにより所得税徴収事務を行っていた IRS(連邦歳入庁)を廃止、政府をスリム化
Giuliani 候補の景気対策案
 税率区分を 6 つから 3 つに減らし、税金申告手続きを簡素化
 法人税を 35%から 25%に引き下げ
 キャピタルゲイン税を 15%から 10%に引き下げ
 研究開発へ税控除を適用
 Bush 政権の 2010 年末期限の減税措置を恒久化
このように、足元の景気対策というより、中長期的に米国企業の競争力を高め、雇用を拡大
して個人所得を増やすことに主眼がある。
景気対策においては Romney 候補と McCain 候補が優位に立っており、Huckabee 候補と
Giuliani 候補は存在感を明確にしきれていない。有権者もそれを感じ取っており、図表に示す
通り Wall Street Journal 紙の世論調査でも現れている。
Washington D.C. Representative Office
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図表 1:有権者の経済への関心の高まり
出典:1 月 23 日付 The Wall Street Journal
<争点が変われば有利な候補者も変わる>
争点が移るに従い、有利になる候補者も変わる。2007 年前半、イラクに話題が集中していた
大統領選キャンペーン開始当初、民主党では Hillary Clinton 上院議員(民 New York)がイラ
ク戦争開戦に賛成したことが非難の的となっていた。しかし焦点が経済に移った結果、経済
政策を得意とする Clinton 議員に追い風となり、対抗する Barack Obama 上院議員(民
Illinois)には不利な流れとなった。米国経済が好調だった Bill Clinton 大統領時代を思い出す
ためだと解説される。
一方共和党では、Rudolph Giuliani 元 New York 市長が、米国同時多発テロ後にリーダーシッ
プを発揮したことで、安全保障や対テロ戦争に強そうだと人気を得ていた。しかし現在では
Mitt Romney 元知事(共 Massachusetts)がベンチャーキャピタリストであった経歴を生かし、
経済政策を大々的にアピールし、有権者からの支持を集めている。
<議会下院と Bush 政権が景気対策案で合意、早期に法案通過の見込み>
1 月 24 日、議会下院両党と Bush 政権は 1500 億ドル規模の景気対策案で合意に達したことを
発表。主な内容は以下の通り。
(1) 300 ドル以上の所得税を払っている個人へ最高 600 ドルの税金払い戻し小切手を送付。
共働き夫婦には 1,200 ドル。子供一人につき 300 ドル追加。
(2) 所得税を支払っていなくても 3,000 ドル以上の収入があれば 300 ドルの払い戻し。
(3) ただし個人で 75 千ドル以上、夫婦で 150 千ドル以上の年収がある場合は対象外。税金
払い戻しは計 1 億 1700 万人が対象となる。
Washington D.C. Representative Office
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(4) 企業の設備投資に対し、50%追加の減価償却が認められる。対象は 2008 年の投資。
(5) Fannie Mae や Freddie Mac などの住宅ローン債権買取機関と連邦住宅局の買取対象住宅
ローン限度額を一時的に引き上げる。
今回は異例の速さの合意である。下院民主党、共和党共にすばやい対応を重視し、内容には
一定の譲歩を示した。民主党は、中低所得者を意識した失業保険の拡大および食糧配給券の
割当額増加を諦め、共和党は所得税を支払わない人にも税金払い戻しを行うことに同意した。
すでに上院の民主党議員の間でも景気対策案に盛り込む条項について話し合いが始まってい
る。下院は 1 月 28 日の週にも法案を可決する見込み。Harry Reid 上院院内総務(民 Nevada)
は 2 月 15 日までに上院を通過させ、大統領の署名を求めたいとしている。
<有力な保守系・共和党系シンクタンクの見方>
当地ワシントンで保守系シンクタンクの代表格である American Enterprise Institute の Kevin
Hassett 上級研究員は、議会で提出される景気刺激案は景気後退にある程度の保険となり、タ
イミングも適当であると認めつつも、実行には消極的である1。その理由として、税金払い戻
し小切手送付および企業投資への減税を中心とした景気刺激案は、コストの割りに効果が小
さいと主張している。それよりも税制改革によって経済の建て直しを図るべきとしている。
なお、同氏は McCain 候補の上級経済顧問を務めている。
また、他の保守系シンクタンク The Heritage Foundation の Rea Hederman 上級政策アナリスト
は、下院での景気対策案に賛否両論を唱えている2。唯一好ましい項目として、設備投資する
企業向けの減価償却促進を挙げている。企業投資が増えることにより、雇用が増加し、経済
が好転する。さらに Bush 政権の 2001-2003 年減税(資産売却益や配当への減税)の恒久化の
必要性も唱えている。
一方、税金払い戻し小切手の送付については、人々は中長期的な年収増加が約束されていな
ければ予定外の収入を消費に回さないため、長期的な景気成長にはつながらないとして懐疑
的である。さらに、連邦住宅局の保証対象額引き上げに関しても、政府は住宅ローン市場へ
の介入を減らすべきであると反対している。
<景気対策論議は今後も続く>
異例の速さで議会と政府が景気対策に取り組んでいるが、税金払い戻し小切手送付は早くと
も 5 月以降となり、景気浮揚効果を生むには時間がかかる。この間は、予備選挙が進んで両
党の候補者が固まり、夏の党大会へと盛り上がっていく時期に当たる。
1
Kevin Hassett. “
Forget Economic Stimulus, Fix the US Tax Code.”AEI. January 22, 2008.
http://www.aei.org/publications/filter.economic,pubID.27385/pub_detail.asp
2
Rea S. Hederman, Jr. “
The House Stimulus Package: The Good and the Bad.”The Heritage Foundation. January 24, 2008.
http://www.heritage.org/Research/Economy/wm1778.cfm
Washington D.C. Representative Office
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目先では 2 月 1 日の 1 月の雇用統計発表が注目される。世界の株価の動揺、米金融機関の決
算発表と資本増強、金融保証保険(モノライン)会社の経営問題など、経済ニュースが続い
ている。引き続き米国民の関心すなわち大統領選での争点は経済となるだろう。
2007 年のサブプライム問題勃発以降、米国政権や中央銀行の対応について too little, too late と
の批判もあるが、日本のバブル崩壊時の対応などと比べるならば、民間金融界や州の監督当
局、議会、大統領候補者、シンクタンクなども含めて、早期に、互いによく相談し一斉に動
いてきて、早めに損切りし、短期間に一定の効果を上げたと言えるかもしれない。
識者の発言の中に、日本の停滞を他山の石として挙げる発言が散見されるのは悔しいが、当
時に比較しても世界の金融市場規模が何倍にもなり、米国景気動向が市場変動を増幅する傾
向がある中で、米国の当局は勿論、大統領選挙ブレーンの一部までもが経済や金融をたびた
び論じている。大統領選挙での点数稼ぎのみならず、世界経済の行方に影響する議論である
ことは認識しておいてほしい。
(担当:龍野裕香)
(e-mail address:ytatsuno@us.mufg.jp)
以下の当行ホームページで過去20件のレポートがご覧になれます。
https://reports.us.bk.mufg.jp/portal/site/menuitem.a896743d8f3a013a2afaaee493ca16a0/
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