バレエ「ジゼル」参考資料(舞台・背景・登場人物・音楽・場面解説) バレエ「ジゼル」は全 2 幕の比較的演奏時間の短いバレエです。第 1 幕はのどかな農村を舞台に、現実的な楽 しい踊りと裏切りの悲劇が展開されます。一方で第 2 幕は、真夜中の奥深い森を舞台に、妖精(ウィリ)達に よる幻想的な踊りと、美しくもはかない愛のドラマが展開されます。 <時代と場所> 原題:ジゼル又はウィリ達(Giselle, ou Les Wilis) 時代:中世(14~15 世紀頃) 場所:スラブ・シレジア地方のある農村 (ドイツの東方、ポーランド-チェコ国境近辺) ポーランド ドイツ ちなみにシレジア地方は、その大部分がポーランド国内に あり、スラブ系民族の土地でありますが、古くからドイツ (ゲルマン)系民族も多く移住していました。 チェコ (左の地図の中心にある濃い部分がシレジア地方です) <ストーリーの背景> ・バレエ「ジゼル」で重要な役割を果たす妖精ウィリの元ネタは、 スラブ民話に出てくる風の妖精「ヴィラ」【右写真参照】に有ると 言われます。 ・ドイツの詩人ハインリッヒ・ハイネ(1797~1856)は、自身の 著書「ドイツ論」の中の「精霊物語」(1835)で、スラブ民話に 由来するオーストリアの一民話として、結婚前に死んだ踊り好き の若い娘の幽霊「ヴィリス」を紹介しています。 おそらくスラブ民話の妖精と、(中世以前のヨーロッパに広まっ た)ケルト民話の幽霊伝説や吸血鬼伝説等がいろいろ混ざって、 この様な話になったと思われます。 (風の妖精ヴィラを描いた絵) ・ハイネの著書を読んだフランスの劇作家テオフィール・ゴーティエ(1811~ 1872)【右写真参照】は、そこからストーリーを膨らませて、バレエ「ジゼル」 (1841 年初演)の基本的なシナリオを組み立てました。 ちなみに、彼がこのバレエのシナリオを書いた理由として、彼が心から愛し たイタリアのバレリーナであるカルロッタ・グリジ(1819~1899)に主役 (ジゼル役)を踊って貰いたいという思いがあったとのことです。 (グリジはその後、見事にバレエ「ジゼル」初演時の主役を演じました) ・ちなみにハイネが紹介した「ヴィリス」はオペラにも登場します。 (テオフィール・ゴーティエ) 有名なものは、ジャコモ・プッチーニの処女作「妖精ヴィッリ」(1884)です。 (オペラでは、妖精達の恐ろしさが、これでもかというほどドロドロに描かれております) <登場人物紹介> ジゼル(Giselle): 踊り好きの農村の娘 農村に住む純朴な娘で、恋人のロイス(下記)と婚約を交わしています。 何よりも踊り好きなのですが、心臓が弱いため、そんなに長くは踊れません。 バレエの第 1 幕で、ロイスや村人達との楽しい踊りを披露しますが、横恋慕する森番のヒラリオンの策略により、ロ イスの裏切りが発覚し、絶望と狂乱の内に落命します。 第 2 幕では、ウィリとして甦りますが、ロイスへの愛は失わず、ウィリの女王ミルタの魔力に翻弄され、幻想的な踊 りを披露しながらも、彼をけなげに守り抜きます。 アルブレヒト公爵(Prince Albrecht): シレジアの若き貴族、ジゼルの恋人「ロイス」 ジゼルとの恋を楽しむため、農民に扮して「ロイス」と名乗っていますが、実はれっきとしたシレジアの公爵(Prince は英国以外では「公爵」を意味します)で貴族です。 しかも、自分の「主君」に当たる大領主クールランド大公の娘バディルド姫と正式に婚約しているので、ジゼルとは 「単なる遊び」のはずでした。 しかし、いつしか本気でジゼルを愛してしまったため、第 1 幕の最後でジゼルの死に悔恨の叫びを上げ、第 2 幕では ジゼルと共に死の寸前まで踊り続けることとなります。 ヒラリオン(Hilarion): 無骨者の森番 ジゼルの幼馴染み。無骨な性格で、森番(森の番人)を生業としています。 幼い頃からジゼルを愛していますが、当のジゼルはロイスに夢中のため、恋敵のロイスが憎くてたまりませんでし た。第 1 幕の中盤でロイスの正体を知り、それをジゼルや村民達に明かすことで、その恨みを晴らしますが、結果、 ジゼルの死という悲劇を招いてしまいます。 そして、自身もジゼルの墓前でウィリ達の犠牲となり、死の寸前まで踊らされた挙げ句、悲劇の死を迎えます。 (なお、森番は当時(農民以下の)被差別的職種であったため、ジゼルに嫌われたのもそれが遠因かもしれません) ミルタ(Myrtha): 妖精ウィリの女王 妖精ウィリ達を支配する女王です。この世のものと思えぬ美貌と抜群の容姿を誇りますが、 性格は極めて冷酷で、人間では到底逆らえない強大な魔力を有します。 その魔力はウィリ達(かつての踊り好きの未婚女性)にかりそめの生命と身体を与えて、愛と踊りに対する渇望を解 放させる(自由に踊らせる)ことが可能です。 また、人間の男達を思いのままに操り、死の寸前まで踊らせることも可能です。 但し、その能力は、墓の十字架の持つ聖なる力の前では無効化されます。 (↑ 古来の民話・伝承と無関係なはずのキリスト教の考え・優位性がストーリーの中で出てきています) 魔力の媒介となる「魔法の杖」として、ローズマリーの枝を用いますが、この花言葉が「私のことを忘れないで」と いう意味で、かつ他のウィリと同様に物質的な身体を持たず、朝の訪れと共に力とその姿を失うことから、彼女もま た「愛ゆえに悲劇的な死を遂げた踊り好きな娘」の一人だったのかもしれません。 ウィリ(Wilis): 妖精化した「男に裏切られて死んだ踊り好きの娘」 ミルタによって支配される妖精ですが、生前は「踊り好きの未婚女性」でした。 結婚前に男達に裏切られて死んだことで、愛と踊りへの渇望、そして男達への憎しみ(現世への執着)が、肉体を失 ってなお、その魂と精神に宿ります。 それが一種の精神体(アストラル体)となり、女王ミルタの魔力で生前の肉体に似た姿に実体化したのが、このバレ エにおける「ウィリ」と考えられます。 (ちなみに、女王ミルタを始めとするウィリ達が着ている真っ白なドレスは、彼女達が生前に着られなかった「ウエディングドレス」を模したも のと言われ、彼女たちの結婚(愛の幸せ)への渇望が具現化したものと考えられます) 上記の欲望と憎しみがミルタの魔力によって解放され、自由闊達に踊ったり、男達を取り囲んで離さず、取り憑く様 に踊らせて殺す力となります。但し、その力は真夜中の午前 0 時から午前 4 時までしか持続しません。 ジゼルも第 2 幕でその一人となりますが、甦ったばかりで、ロイスへの強い愛がその精神に残っていたため、彼を庇 う様になったと思われます。 ベルタ: ジゼルの母 ジゼルの母親で、おそらく年齢が 40 代後半と思われる女性です。 心臓が弱いのに踊り好きなジゼルを(踊り過ぎないよう)度々たしなめます。 また、古来の伝承に詳しく、ジゼルへの戒めとして、ウィリの伝説を語ります。 恋人のロイスに対しては、怪しいと思いつつも、彼への愛に焦がれる娘の姿を見て何も言えないでいましたが、第 1 幕の最後でその疑念と裏切りが明白となって、娘の死を目の前にした瞬間、彼への憎しみが一気に噴出します。 ウィルフリード: アルブレヒト公爵の従者 アルブレヒト公爵の従者で、主人の農民コスプレと恋愛ごっこ(と彼は考えている)をたしなめつつ、彼の命には 忠実に従いますが、第 1 幕の最後では機転を利かせて、公爵を凄惨な現場から引き離します。 一般的に(公爵よりも)若い男性が演じることが多い役ですが、若き公爵をたしなめる立場から、年配の方が演じる ことも有ります。 クールランド大公: シレジアの大領主 シレジアの大領主で、アルブレヒト公爵の「主君」に当たります。 (「公爵」は貴族の五等爵(公・侯・伯・子・男)の最上位に当たりますが、大公はそれらの五等爵を支配する程の絶大な権力を有します) 第 1 幕の最後で、アルブレヒト公爵がジゼルをあっさり裏切って大公父娘に釈明したのも、ひとえに大公の(公爵家 をたやすく滅亡させる程の)絶大な権力がなせる業でしょう。 バディルド姫: クールランド大公の娘、アルブレヒト公爵の婚約者 クールランド大公の娘にして、臣下であるアルブレヒト公爵の婚約者です。 貴族然とした格式と美貌を兼ね備えた美女で、庶民にとっては眩いばかりの存在です。 しかも優しくフランクな性格で、気に入った娘には庶民であってもアクセサリーを下賜したり、(演出によっては) ジゼルの哀れな死に涙するなど、非の打ち所のないお姫様です。 第 1 幕の後、アルブレヒト公爵とこのバディルド姫が無事に結婚できたのかどうかは不明ですが、おそらくお互いに ジゼルの狂乱と死を目の当たりにしただけに、暗く重たいものがのしかかったことでしょう。 <場面説明> (注 意) この解説は 1841 年に作成されたジゼルの台本(ド・サン=ジョルジュ、テオフィール・ゴーティエ、コラリの 3 氏に より作成)に基づいていますが、公演時の音楽構成の関係で多少順番を入れ替えています。 また、実際の公演内容とは一部異なる可能性が有りますので、ご注意ください。 (この様なロマンティック・バレエの内容は、バレエ制作者や振付師等の解釈により、一部が本来の台本と違った 展開になることが常日頃です) ≪第1幕≫ 山間の農村 No.1:山間の農村の情景 時は中世、シレジア地方(現在のドイツの東方にある ポーランド-チェコ国境近辺)の緑豊かな農村と、実りの 時期を迎えた広大なブドウ畑の風景が広がっている。 舞台にはヒロインの村娘ジゼルの家、その向かいにジゼルの恋人である農民ロイスの小屋がある。 村民達が行き交う中、ジゼルに片思いする森番のヒラリオンが出てきて、ジゼルの家を愛おしく見つめる一方、 恋敵ロイスの小屋を忌々しく見つめる。 小屋の扉が開く音がしたため、ヒラリオンは急ぎ離れて物陰に隠れる。 No.2 ENTRÉE du PRINCE:ロイス(アルブレヒト公爵)の登場 小屋からロイスが従者ウィルフリードと共に登場する。 農民ロイスは世を忍ぶ仮の姿で、その正体は貴族のアルブレヒト公爵だが、それを知るのは村では従者ただ一人。 ウィルフリードはロイスを引き留めようとするが、ロイスは聞く耳を持たず、引き下がるよう命じ、ウィルフリ ードはそのまま小屋の中に入る。 ロイスの正体を知らないヒラリオンは、その様子を見て不思議に思う。 ロイスはジゼルの家の扉をノックし、急いで扉の陰に隠れる。 No.3:ジゼルの登場 ノックの音に反応して、家からジゼルがうきうきと可愛らしく出てくる。 ジゼルは辺りを見回すが、すぐに愛しいロイスの姿を見つけ、彼の腕に飛び込む。 彼女は彼を愛おしく見つめつつも、自分が昨夜に見た夢の話をする。それは「ロイスは自分よりも美しい貴婦人 を愛している」というものだった。ロイスは驚きつつも「愛するのは君だけだ」と改めてジゼルに愛を誓う。 ジゼルは「あなたに裏切られたら死んでしまう」と言いたげに胸に手を当て、安堵する。 続いて、ジゼルは 1 本のヒナギクの花を取って花占い(「愛してる」 「愛してない」と言いながら、花びらを 1 枚 ずつ取る)を始める。 「愛してない」のところで花びらが無くなると分かった瞬間、花を投げてしまうが、そこで ロイスが花に細工して彼女に再び渡し、無事花占いは「愛してる」で終わる。 それに喜び勇んで、ジゼルとロイスは二人で仲良く軽やかに踊り出す。 そこへ一部始終を見ていたヒラリオンがたまらず「二人で何をやってるんだ!」と割って入る。ヒラリオンは「俺 だってお前を愛してるんだ」とジゼルに纏わり付くが、ジゼルは「私はロイスを愛してるの。あなたは愛してな いのよ」と拒絶の態度を取る。ロイスもヒラリオンを押しどけながら 「いい加減にしろ! 酷い目に遭わすぞ!」と脅す。ヒラリオンは苦々しい顔で舌打ちして去って行った。 「あの男は何者だ? 村の者とは思えない・・・」とロイスへの疑念を残しつつ・・・ No.4:ジゼルと村娘達の踊り 村娘達の一団がやってきて、ジゼルに「ブドウの収穫に行こうよ」と誘うが、陽気なジゼルは「それよりも踊り ましょうよ!」と踊りながら誘い、ついには皆まで釣られて陽気に踊り出す。 No.5 Variation de Giselle:ジゼル・ロイスと村民達の踊り、ジゼルの母ベルト登場 ジゼルは「さぁ、貴方も踊ってよ!」とロイスを誘い出し、ロイスと共に楽しく踊り出す。 それに釣られて、村民達も楽しく踊り出す。 そこへジゼルの家から母ベルトが現れ、ジゼルに「あんたは心臓が弱いんだから、あまり踊っちゃダメよ!」と 諭す。ジゼルは「私はロイスと一緒なら平気なの」とロイスの方を指差してステップを踏む。 呆れたベルトは「踊りすぎて死んだ娘はウィリとなって、死んでもなお踊るようになってしまうよ・・・」と古の 恐ろしい伝承を聞かせる。村娘達は怖がるが、ジゼルはあっけらかんとしている。ロイスもベルトをなだめるた め、労りの姿勢を見せる。 遠くで貴族達の狩りの音が聞こえてくると、ロイスは慌てて村娘達を仕事場(ぶどう園)の方へ追い立てる。 ここでようやく自分達の仕事に気付いた村民達はロイスと共にぶどう園へ向かう。ジゼル親子も家の中に入る。 誰も居なくなったところで、ヒラリオンが現れ「ロイスはきっと村の者じゃない。あいつの正体を突き止めて やるぞ!」と息巻いて小屋の中に忍び込む。 No.7 MARCHE DES VIGNERONS、Peasant Pas de deux、Variation I,II,III、CODA :村民達の踊り ブドウの収穫から戻ってきた村民達は、収穫の喜びを踊りで表現する。 (村民達の踊りは、たいてい以下の編成で踊ります。ジゼルとロイスは入りません) MARCHE DES VIGNERONS:男女混合の団体 Peasant Pas de deux, CODA:男女一組 Variation I, III:男性一人 Variation II:女性一人 No.5 bis La Chasse:クールランド大公一行の入場 狩りの最中だった シレジアの領主クールランド大公が、娘のバディルド姫や多くの貴族達を伴って現れる。 村民達は華やかな貴族の来客に色めきだつ。 狩りの疲れから、飲み物としばしの休憩を欲した大公は、目の前の家にいたベルトとジゼルにそれらを所望した。 バディルド姫は大公に飲み物を注ぐ同じ年頃のジゼルに親近感を持ち、彼女にいろいろ話を聞く。 そこでお互いに将来を誓った恋人がいることが分かって意気投合し、姫はジゼルに自身の首飾りを与える。 ジゼルは贈り物に喜んでステップを踏むが、母ベルトは「あまりはしゃぐと心臓に悪いよ」と心配する。 No.7 bis Variation de Giselle:ジゼルの踊り 母の心配をよそに、ジゼルは御礼とばかりに、大公と姫の前で華やかな踊りを披露する。 No.5 bis-bis:クールランド大公一行の休憩(退場) 踊り疲れたジゼルは疲労の色を見せるが、程なく回復する。 そうこうしている間にジゼルの家の準備が整い、母ベルトは大公と姫を家に招き入れる。 大公は貴族達に「合図の角笛を鳴らすまで狩りは続けよ」と狩りの続行を命じた後、しばらく休憩すべく姫を 連れてジゼルの家に入った。ベルトとジゼルも供をする。 貴族達は皆退場し、狩り場へ戻り、村民達もまた退場していく。 No.6 Scene d’ Hilarion:ヒラリオンの策略 皆がいなくなったところで、ヒラリオンが小屋から出てくるが、その手にはロイスが隠した公爵の紋章入りの剣、 そして同じ紋章の角笛があった。 それら 2 つのアイテムで、ヒラリオンはロイスが村の農民ではなく、貴族だと確信する。 彼はそのことを皆の前でばらしてやろうと思い、ひとまずその場を離れる。 それと行き違うように、物陰で貴族達の退場を見届けたロイスが戻ってくる。 また、一旦退場した村民達がブドウの収穫祭を行うべく場に戻り、ジゼルも家から出てくる。 No.8 Galop:村民達とジゼル・ロイスの踊り 収穫祭が始まる。村民達は軽やかなステップから、人数を増やしながら軽やかに踊る。 そして、「収穫祭の女王」に選ばれたジゼルが担ぎ出され、ロイスも一緒に華やかな踊りを披露する。 まさに至福の一時であったが・・・ No.8 bis Scene Finale:暴かれたロイスの正体、ジゼルの絶望・狂乱・死 そこへヒラリオンが割って入り、 「ロイスは農民じゃない、貴族だ!」と皆の前で紋章入りの剣を見せびらかす。 一同皆騒然となり、ロイスは一瞬ギョッとするが、不安がるジゼルに「違うよ、そんな訳無いよ」と その場で しらを切る。ジゼルはホッとしてロイスに身を委ねようとする。 しかし、小屋の中で大公の指示を盗み聞いていたヒラリオンは、持っていた紋章入りの角笛を鳴らし、狩りに出 ていた貴族達を呼び寄せる。 狩りの終了と思った貴族達が続々と入場し、角笛の音に驚いた大公や姫、ベルトも家から出てきた。 クールランド大公やバディルド姫は、農民姿のロイスを見るなり「アルブレヒト、なぜそんな格好を?」と一目 で彼がアルブレヒト公爵と見抜いてしまった。 ついに観念したロイスことアルブレヒト公爵は大公の前でひざまずき、自身の婚約者である姫の手にキスをした。 驚愕するジゼルは言葉が出ない。彼女のひ弱な心臓が震える鼓動を刻む。 正気に戻ったジゼルは姫と公爵の間に割って入り、「彼・・・ロイスは私の婚約者よ!」と激しく主張する。 しかしバディルド姫は「何を言ってるの? 彼はアルブレヒト公爵、私の婚約者よ」とジゼルに諭す。 ジゼルは公爵にすがろうとするが、公爵はうつむいて目をそらしたまま何も言わない。彼の裏切りが明白となる。 絶望の衝撃を受けたジゼルは、しばし呆然となる。 呆然としたまま ジゼルは目を見開き、かつてのロイスとの愛の思い出をたぐるように踊り出す(幸せだった頃 の踊りの旋律が、断片的に次々と出てくる) 。 その踊りは徐々に激しさを増し、綺麗に束ねられた髪はバラバラになり、狂乱の様となる。 それが絶頂となったとき、狂乱と踊りで弱り切ったジゼルの心臓はついに限界を迎える。 一旦は母ベルトの胸元に倒れ掛かるが、すぐに離れて発作的にアルブレヒト公爵の元へ駆け寄る。 そこで限界に達した心臓が致命的な発作を起こし(H 5 小節前~)、ジゼルは公爵の目前で倒れ、絶命する。 これまでの光景とジゼルの突然の死で、その場の一同が騒然となる。 ジゼルの母ベルトは、娘の亡骸へ覆い被さるように倒れ 込み、断腸の思いで泣き叫ぶ。 アルブレヒト公爵はヒラリオンに「お前のせいでジゼルが死んだ!」と責めるが、ヒラリオンは怯むこと無く 「騙したのはお前だろ!」と公爵に食って掛かる。 図星をつかれた公爵は愕然となりながらもジゼルの下に行くが、亡骸にすがるベルトが「もう私達に構わないで 下さい!」と拒絶の姿勢を見せる。 公爵は悔恨の叫びを上げて崩れ落ちるが、従者のウィルフリードが公爵にマントをかけ、「もうこの場を出ま しょう」と諭して公爵を引き連れ、一緒にその場を去る。 一同が驚きと悲しみに暮れる中、幕が降りる。 ≪第2幕≫ 真夜中の森 No.1 Introduction:前奏曲 No.3:真夜中の森の情景 村の外れ、大きな池の畔にある森の奥深く、多くの木々と多い茂った草が森の陰鬱さを一層醸し出している。 左手には大理石製の新しい十字架・・・ジゼルの墓が建っており、墓標には「Giselle」の名が刻まれている。 そこへヒラリオンら森番達が見回りでやってくるが、ヒラリオンだけはジゼルの墓に近づき、悲嘆に暮れる。 真夜中を告げる教会の鐘(鐘が 12 回鳴る)が聞こえる。 No.4:妖精ウィリ達の目覚め 前にジゼルの母ベルトが語った「ウィリの伝承」の通り、森に潜む夜の妖精ウィリ達が、真夜中の鐘を期に目覚 め始める。 木々の間で無数の鬼火(人魂)が出現し、森番達を追い立てる。 森番達は騒然となって、一目散に逃げていくが、ヒラリオンだけ仲間とは違う方向に逃げていく。 No.5 Apparition et scene de Myrtha:ウィリの女王ミルタの登場 森に白い靄(もや)が立ちこめ、幻想的な雰囲気が醸し出される。 靄の奥から真っ白なドレスと背中にヴェールの様な羽根を纏った美しい女性が現れる。 強大な魔力でウィリ達を束ねる女王ミルタである。その表情は美しくも蒼白でこの上無い冷酷さを滲ませる。 彼女はただ一人で佇み、自分達の時間と住処の森を讃えるように踊り出す。 No.6~No.7:ミルタの踊り 他のウィリ達と同様に物質的な身体を持たぬミルタは軽々と宙を舞い、あちこちを飛び回るように踊る。 No.8:ウィリ達の登場 ミルタは(魔法使いの「魔法の杖」に当たる)ローズマリーの枝を手に取り、それを方々で振るうと、振るった 先で次々と(ミルタに似た)真っ白なドレスと背中にヴェールの様な羽根を纏ったウィリ達が召喚されてくる。 ウィリ達はミルタの前で頭を垂れて整列し始める。 No.9:ウィリ達の踊り 勢揃いしたウィリ達は、自分達の女王ミルタを讃えるが如く、真っ白なドレスが映える様なアラベスクを見せ ながら華やかな踊りを披露する。 ウィリ達やミルタは一通り踊ると、静かにゆっくりとジゼルの墓の前に集まる。 No.10 Apparition de Giselle:新たなウィリ・ジゼルの誕生 ウィリ達は何かを呼び寄せる様な、歓迎する様な不思議な仕草をする。 そこへミルタがローズマリーの枝を振るって、墓の方へ魔力を注ぎ込む。 墓の前から新たなウィリが一人 静かに現れる・・・ ジゼルである。 ジゼルは一歩、また一歩とミルタの方へ近づき、彼女の前で頭を垂れる。 No.11 Pas de deux:軽やかなジゼルの踊り 女王ミルタがローズマリーの枝を 2 回振るうと、ジゼルは吹っ切れた様に活発に踊り出す。 他のウィリ達と同様に物質的な身体を持たないジゼルは、妖精が飛び回る様に軽やかに踊る。 No.12 Entrée des paysans:ウィリ達の散開(退場) 人間の気配を感じ取ったミルタはウィリ達に探し出すよう命じ、ウィリ達はミルタと共に「獲物」となる男を捜 しに散開(退場)する。 No.13 Entrée d’ Albert:アルブレヒト公爵の墓参(登場) ジゼルを騙し、結果死なせたことを悔いていたアルブレヒト公爵は悲壮な表情を浮かべ、ジゼルの墓参りに来る。 墓前に花束を供えると、これまでの思い出が頭をよぎり、悲しみのあまり頭を抱えてむせび泣く。 ふと公爵は背後に何かの気配を感じる。振り返って辺りを見回すと、すばしっこく動く白い影が見えるが、その 雰囲気に抑えきれない愛おしさを感じる。 「まさか・・・ いや、そんなはずは・・・」と思いつつ、辺りを駆け巡って白い陰を追うが、一向に捕まらない。 公爵は追うのに疲れ、膝をついてうなだれてしまう。 そこへウィリとなったジゼルが公爵にゆっくりと近づいてくる。 公爵がまた気配を感じて顔を見上げると、蒼白でかつての生気は見られないものの、紛れもない愛しいジゼルの 姿があった。公爵は愛しい彼女に再会できた喜びで一杯になり、腕を伸ばして胸に抱こうとするが、彼女はその 腕をするっと抜けて、重力を感じさせない様な軽やかさで、公爵の周りを踊り廻る。 公爵は何とかジゼルを捕まえようと追いかけるが、ジゼルは辺りに花を落としながら、すばしっこく逃げ回り、 公爵の視界から消える(退場する) 。 公爵はジゼルが落とした花の香りを嗅いで、そこに彼女の愛を見出す。そして彼女の後を追う(退場する)。 No.14 Scene des Wilis:囚われたヒラリオンの死、囚われたアルブレヒト公爵とジゼルの愛 森の中を逃げ回っていたヒラリオンとウィリ達が踊りながら入場する。 ヒラリオンはウィリから逃げ回る段階でかなり疲れているが、ウィリ達の踊りの輪(輪の外へ逃げられぬ結界) に囲まれ、ついに逃げられなくなった。疲れて死にそうになりながらも、ミルタやウィリ達の魔力で踊ることが 止められず、彼は妖精との「死の踊り」を激しく踊る。 ヒラリオンは息も絶え絶えに、ウィリの女王ミルタへ「お願いだ・・・ もう許してくれ!」と許しを請うが、 ミルタは眉一つ動かさず、冷酷に彼へ「死」を宣告する。 そして、ウィリ達に命じて、疲れで足のおぼつかない彼を底なし沼へ誘い、そのまま沈めてしまう。 ヒラリオンを葬ったミルタやウィリ達は、「第二の獲物」を捕らえるべく、更に森の奥へ入る(退場する)。 ウィリ達は程なく「第二の獲物」アルブレヒト公爵を捕らえ、舞台へ引きずり出す(入場する)。 ミルタの強大な魔力に囚われた公爵は、逃げることすら叶わず、ミルタの前で許しを請うも、当然ながら許され ない。ミルタはローズマリーの枝を振るい、ヒラリオンと同様にウィリ達と共に「死の踊り」を踊らせる。 そこへジゼルが公爵をかばう様にミルタの前に立ちふさがる。 ジゼルは公爵の助命を懇願するが、ミルタは許す気配を全く見せない。 ジゼルはウィリとなっても公爵への愛を失ってなかった。ミルタが一瞬怯んだ隙に、ジゼルは公爵を自分の墓の 前に導く。墓の十字架の持つ聖なる力は、ミルタの強大な魔力すら寄せ付けない。 ミルタはローズマリーの枝を公爵に向けて振るうも、逆に枝の方が聖なる力に負けて砕け散る。 しかし、老獪なミルタは眉一つ動かさず、一旦墓からは退いて、別の枝を手にし、今度はジゼルに命を下す。 「この上なき妖艶さで踊り、あの男を墓から踊りの場へ誘うのだ」と・・・ No.15 Grand Pas de Deux:ジゼルとアルブレヒト公爵の踊り(グラン・パ・ド・ドゥ) ミルタの魔力に逆らえないジゼルは、命のままに舞台の中央でゆっくりと妖艶な「誘う踊り」を披露する。 その妖艶さに魅せられた公爵は、ついに墓から離れて舞台の中央に出てきてしまう。 そしてミルタの魔力とジゼルの踊りに囚われ、お互いの愛を確かめる様なゆっくりとしたデュオを披露する。 ミルタはじわじわと公爵を追い詰めるべく、ローズマリーの枝を振るい、二人の踊りのテンポを上げる。 その最中でもジゼルはミルタに公爵の助命を嘆願するが、その度に冷酷にあしらわれる。 Variation.:アルブレヒト公爵の踊り ミルタは続いてアルブレヒト公爵に勇壮な踊りを命じる。 勇壮なファンファーレに続いて、公爵は命じられるまま、男性的な躍動した踊りを披露するが、その直後に力尽 きて倒れてしまう。 Variation de GISELLE:ジゼルの踊り 力尽きたアルブレヒト公爵を庇う様に、次にジゼルが優雅なワルツを踊る。 (その旋律は生前(第 1 幕で)の彼女の踊りとほぼ同じもので、生前と同じ愛情を持つことを伺わせます) その際に自分の墓前に供えてあった花束をミルタに差し出し、公爵の助命を懇願するが、冷酷な女王は無駄だと 言わんばかりに全く動じる気配を見せない。 CADA:ウィリ達の群舞、アルブレヒト公爵とジゼルの踊り アルブレヒト公爵の体力が限界近いと知ったウィリ達は、一層激しく踊り、公爵の踊りをますます激しくさせる。 公爵は体力の限界が近いにもかかわらず、足の動きを止めることが出来ない。 それを見たジゼルは公爵を庇うべく、自身も公爵と共により一層激しく踊り、できる限り公爵の体力が奪われな いよう尽力する。 No.16 Final:ウィリ達の総攻撃、朝の訪れ、永遠の一瞬 ミルタやウィリ達はアルブレヒト公爵の命を奪うべく、周りを取り囲んで総攻撃を仕掛け、彼に「死の踊り」を 踊らせる。公爵は風に舞う木の葉の様にフラフラと踊り回り、そして倒れ、力尽きようとする。 朝(午前 4 時)を告げる教会の鐘(鐘が 4 回鳴る)が聞こえる。 ・・・ジゼルの踊りと助命嘆願が奏効して、思いの外 余計に時間が過ぎていたのだ。 その途端にミルタやウィリ達は魔力を失い、次々と消え去っていく。 最後に残ったジゼルはアルブレヒト公爵の元へ行き、倒れた彼の身体の上から愛おしく覆い被さる。 公爵は虫の息ながらも生きている。ジゼルは公爵の命を守ったのだ。 公爵は力を振り絞って身体を起こし、ジゼルをその腕に抱こうとする・・・ が、無情にも腕は消えかかった彼女の 身体をすり抜ける。 ジゼルの身体は薄くなりながら、墓に引き寄せられる様に移動し、公爵もその後を追って手をさしのべるも、 もはや彼女の身体には触れることすら出来なくなる。 ジゼルは一輪の花を公爵に託し、朝日の光の中へ消えていく。 公爵が受け取った花はローズマリー、その花言葉は 「私のことを忘れないで」・・・ 公爵は「ジゼル、この一瞬は永遠なんだよ・・・」と墓の方を愛おしく見つめ、花に託された彼女の思いをその心へ 永遠に刻もうとする。 昇りゆく朝日がジゼルの墓と公爵を優しく照らす。 < バレエ「ジゼル」 完 > <おまけ(蛇足)> さて、朝の光に消えたジゼルはその後、どうなるのでしょうか? ・・・おそらく、もう二度とウィリにはならず、その魂は永遠の安らぎを得るでしょう。 ウィリは娘達のこの世に残した未練(愛や踊りへの渇望、自分を捨てた男への憎しみ等)がミルタの魔力で(夜中の 4 時間だけで すが)実体化し、永遠にその支配下で欲望のまま踊って男を殺すことしか出来ぬ哀れな存在です。 ジゼルは公爵の愛を確かめ、自らの思いを一輪の花に託したことで、この世への未練を断ち切り、その精神を浄化させたと考えら れます。 <さいごに> このバレエ「ジゼル」は、バレリーナに通じる「何よりも踊りが好きな娘」が主人公であり、それを彩る数々 の素晴らしい踊りのあることが魅力の一つですが、ストーリーについても、「生」と「死」、「光」と「闇」、「現実」と 「幻想」、「悲劇」と「救済」、「偽り」と「真実」が二つの幕で見事な対比を見せている点で非常に秀逸です。また、アド ルフ・アダンの(当時としては最先端の)魅惑的な音楽が、それらのドラマを見事に際立てています。 そして、他のバレエに比べて演技の幅(感情の振れ幅)が非常に大きく、重厚なドラマを有するため、バレリ ーナがジゼルを演じきることは極めて難しいことです。 それゆえ、ジゼル役は経験の浅いバレリーナにとっては「限界への挑戦」であり、また経験豊かなベテランの バレリーナにとっては「バレエ人生の集大成」であるのです。 この資料が皆様のバレエ「ジゼル」の理解に少しでもお役に立てれば幸いです。 ご高覧誠にありがとうございました。 以 上 (2016.4 作成、2016.5 一部改変) 文・構成:岩田 倫和(関西シティフィルハーモニー交響楽団 チェロパート) 参考資料:流刑の神々・精霊物語(ハインリッヒ・ハイネ著、岩波文庫) ジゼルという名のバレエ(シリル・ボーモント著、新書館) バレリーナへの道 vol.5 巻頭特集「ジゼル」(文園社) 世界バレエ名作物語「ジゼル」(新藤弘子著、汐文社)
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