J. Jpn. Bot. 91 Suppl.: 396–411 (2016) 薬園から学ぶ漢方生薬の国産化 ―薬用植物の効率的栽培とその将来性― 渡辺 均,新藤 聡,松原紀嘉,池上文雄* 千葉大学環境健康フィールド科学センター Domestic Production of Kampo Herbal Medicines in Medicinal Plant Gardens during the Edo Period —Efficient Cultivation and the Future Potential of Medicinal Plants in Japan— Hitoshi Watanabe, Satoshi Shindo, Kiyoshi Matsubara and Fumio Ikegami* Center for Environment, Health and Field Sciences, Chiba University, 6-2-1, Kashiwanoha, Kashiwa, Chiba, 277-0882 JAPAN *Corresponding author: ikegami@faculty.chiba-u.jp (Accepted on January 9, 2016) Kampo (traditional Japanese) herbal medicines originated from ancient Chinese medicines, are almost all based on plants. During the Edo period in particular, many medicinal plant gardens were created in Japan and the domestic Kampo herbal medicines from these gardens were used for human health care. However, domestic production has decreased recently in Japan due to an inflated economy. Therefore, we studied the economic production techniques used for growing some medicinal plants. We identified some suitable cultivation techniques, such as the systematic and efficient seedling production of Japanese Angelica (Angelica acutiloba, “Toki”) and ginseng (Panax ginseng), that could be used to domesticate these plants in Japan. A combination of genetic analysis (based on combined cpDNA and ITS sequences) and conventional methods can be used to practically and accurately authenticate Angelica species. Our method will be useful during raw material production processes and for quality control of “Toki” produced for use in Kampo herbal medicines. Further studies are required to identify an efficient cultivation system for ginseng; however, our results showed that the period of cultivation could be shortened if environmental controls were introduced. In this review, we describe efficient production methods and environmental controls for Japanese Angelica root and ginseng, which are the natural resources for Kampo herbal medicines. Our research suggests that the domestic production of Kampo herbal medicines from cultivation to utilization will be significant in the future and will form an important part of a healthy lifestyle. Key words: Angelica acutiloba, efficient cultivation, environmental control, ginseng, Japanese Angelica root, Kampo herbal medicine, medicinal plant, Panax ginseng. 薬草栽培を起源とする植物園は世界に数多くあ るが,我が国では大和時代(554 年)に百済より 採薬師・潘量豊と丁有陀が来日して薬用植物の採 集法とその加工法を教え,593 年(推古天皇)に 聖徳太子が薬草栽培をしたといわれている(上田 1930, 1972). —396— 410 The Journal of Japanese Botany Vol. 91 Centennial Memorial Issue タネニンジン栽培における強光照射は,栽培期間 を短縮させて栽培の効率化に寄与することが示さ れた. 3-4. 低温処理によるオタネニンジン苗の休眠打破 オタネニンジン苗の休眠は,露地栽培において 一定期間の低温に遭遇することによって打破さ れ,春季の適温下で出芽する.上述の結果から, 休眠を短期間のうちに打破できる環境条件を解明 することにより,さらなる栽培期間の短縮,施設 栽培による周年生産が可能になると考えられる. そこで,休眠導入直後のオタネニンジン苗を用い て休眠打破に必要な温度と期間について検討した (松本ら 2011). 試 験 区 は 処 理 温 度 0,3,5,10,15°C, 処 理 期間 30,60,90,120 日の組合せ,および無処 理(自然条件下)とし,処理後は発芽適温とされ る 10°C 下に置いた.その結果,無処理区では出 芽に 151 日を要したが,3°C および 5°C 下で 120 日処理した試験区では,処理後 10 日前後で 96% の出芽率に達した (Fig. 7).一方,30 日処理およ び 15°C 処理ではいずれの試験区においても出芽 が確認されなかった.90 日処理では 3°C におけ る出芽率が他の温度処理区と比較して有意に高く なった.出芽日数は,120 日処理において出芽ま での日数が短くなり,特に 3°C および 10°C 処理 では 10 日前後で出芽し最短となった (Fig. 8).以 上の結果から,3°C,120 日処理では出芽率が高 く,出芽日数も短いため,オタネニンジンの休眠 打破に有効と考えられた.また,3°C,90 日処理 の場合でも 70% 以上の出芽が確認されたことか ら,低温処理は休眠期間の短縮化に有効であると 考えられた.すなわち,上述の強光照射に加えて, 低温処理を行うことで,オタネニンジンの栽培サ イクルは 1 年 1 サイクルから最大 1 年 2 サイクル まで可能となり (Fig. 9),栽培期間の半減と苗の 周年供給が実現可能となることが明らかとなった (新藤ら 2015). 自然が生み出す健康の源である身近な薬草や伝 承民間薬そして漢方薬,それは「緑の贈り物」, すなわち自然の恵みであると共に,長い経験と知 恵によって生み出された人類の英知の賜物,知的 文化財である. 1500 年余前,我が国にはすでに中国の伝統医 学が導入されていた.歴史を経て,江戸時代には 国内で採集・栽培されて加工された生薬が流通し, かつ輸出産業としてまで発展していた. かつて国内に自生していたものを含めた薬用植 物を最新の技術で栽培することは今後の課題であ る.東洋の叡智により長い歳月を経て築かれてき た漢方の普及と進展,さらには品質向上と安定供 給,そして,西洋医学との統合を図るためには, 園芸学的視点から生薬資源の国内生産を目指し, 優良個体の選抜と交雑による品種改良を進め,そ の研究の一端として,施設栽培を含めたより効率 的な栽培技術の確立が必要とされる. 著者らは,園芸学的手法によるトウキとオタネ ニンジンの効率的栽培法を提案した.トウキの遺 伝子解析では,系統間や近縁種との交雑の可能性 が遺伝子レベルで明らかになってきた.また,セ ル成型苗による育苗法,環境制御による育苗法で は,著しい育苗期間の短縮化効果が認められた. これは園芸学的手法の適用による生産技術体系の 見直しや再構築が薬用植物生産に与える影響が極 めて高いことを示したものである.特にオタネニ ンジン栽培では 1 年で数サイクル(数年分)の育 苗が可能となり,近い将来,オタネニンジン苗の 周年供給や施設園芸化が急激に進展することが考 えられる.新たな生産技術体系の導入により,生 薬資源としての薬用植物生産の活性化はもちろん のこと,高機能性などの付加価値を高める技術開 発も進展することが予想される.漢方生薬の国産 化をさらに進めるには,継続的な薬用植物の栽培 研究が望まれ,その実用化が急務である. 我が国の漢方医学において,使用する生薬が入 手できなければ,この医学は存在そのものが危う くなり,1500 年余の伝統は烏有に帰すであろう. 摘 要 江戸時代の薬園が担った漢方生薬の国産化政策 を再考し,我が国における生薬資源の現状を踏ま えた上で,著者らが取り組んでいる薬用植物にお ける園芸学的栽培研究の実例として,トウキとオ タネニンジンの効率的栽培法を提案した.トウキ の遺伝子解析では系統間や近縁種との交雑の可能 性が明らかになり,環境制御によるセル成型苗育 苗法では著しい育苗期間短縮化の効果が認められ た.これは園芸学的手法の適用による生産技術体 系の見直しや再構築が薬用植物生産に与える影響 December 2016 渡辺 他:漢方生薬の国産化 は極めて大きいということを示したものである. 一方,オタネニンジン栽培では環境制御により 1 年で数サイクル(数年分)の育苗が可能となり, 近い将来にオタネニンジン苗の周年供給や施設園 芸化が急激に進展することが考えられる.生薬資 源の国内生産を目指すには,園芸学的視点から優 良個体の選抜と品種改良を進め,さらに施設栽培 を含めたより効率的な栽培技術の確立が必要とさ れる. 引用文献 遠藤正治 1996. 尾張藩薬園の成立と変遷.日本医史学雑 誌 42: 503–520. 福田浩三,村田和也,松田秀秋,谿 忠人 2009. 大和当 帰の栽培生産の歴史と現状.薬史学雑誌 44: 10–17. ヒキノヒロシ 1958. 当帰の研究 5.仙台当帰,越後当帰, 伊吹当帰の部見(セリ科植物の生薬学的研究 第 5 報).生薬学雑誌 12: 21–25. 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