分生研ニュース 第30号(2005年9月発行)

東京大学
分子細胞生物学研究所
IMCB
University of Tokyo
広報誌
9 月号(第 30 号)2005.9
IMCB
Institute of Molecular and Cellular Biosciences
University
Tokyo
The of
University
of Tokyo
目
次
豊島近教授 米国科学アカデミー外国人会員に選出される………1 〜 3
お店探訪 ……………………………………………………………………20
教授に聞く(豊島近教授)……………………………………………4 〜 9
生命科学総合研究棟銘板設置 ……………………………………………20
所内研究発表会・新人歓迎会(秋本千央) ………………………10 〜 14
受賞者紹介 …………………………………………………………………21
分生研シンポジウム ………………………………………………………15
留学生との懇談会 …………………………………………………………21
オープンキャンパス ………………………………………………………16
知ってネット ………………………………………………………………22
国際会議に出席してみて(宮本重彦) …………………………………16
Tea Time-編集後記(梅田正明、川崎善博)……………………………22
OB の手記(薬師寿冶)……………………………………………………17
研究紹介(芳賀直実、北島智也) ………………………………………23
海外ウオッチング(江指永二) …………………………………………18
研究最前線(情報伝達研究分野、分子遺伝研究分野) ………………24
研究室名物行事(核内情報研究分野) …………………………………19
豊島近教授 米国科学アカデミー外国人会員に選出される
2005 年5月3日に開催された米国科学アカデミー(NAS, National Academy of Sciences)第
142 回年次大会において、生体超高分子研究分野の豊島近教授が、米国科学アカデミーの外国
人会員に選出された。
2+
豊島教授グループは、筋小胞体 Ca -ATPase(カ
ルシウムポンプ)の反応サイクル全体をカバーす
る5つの状態の X 線結晶構造を 2.3 〜 2.9 Å分解能
で解き、イオンポンプ機構のほぼ全貌を原子レベ
ルで明らかにした(図1、2)。これらの結果は、
2000 〜 2004 年に4つの Nature article として発表
され、大きなインパクトを与えた。
研究成果
カルシウムポンプは 10 本の膜貫通ヘリックスと
3つの細胞質ドメイン(A, actuator : N, nucleotide :
P, phosphorylation)を持つ分子量約 11 万の膜蛋白
質である。その役割は、筋収縮に伴って筋肉細胞
内に放出された Ca2+ を筋小胞体内腔へ取り込むこ
2+
とにより細胞内の Ca 濃度を下げ、筋弛緩を引き
起こすことである。カルシウムポンプは反応サイ
クル中で P ドメインの Asp 残基が燐酸化されるこ
とから、Na + , K + -ATPase や胃酸分泌に関わる H + ,
K+-ATPase と同じく P 型 ATPase に分類される。P
2+
図 1 筋小胞体 Ca -ATPase(カルシウムポンプ)の4つの基本状態の構造。細
胞質の3つのドメイン(A,P と N)と 10 本の膜貫通ヘリックス(M1-M10)
からなる。膜内に結合した Ca2+ は紫色の円で囲ってある。
2
型 ATPase によるイオンの能動輸送は、膜内の
図 2 Ca2+-ATPase のイオン輸送に伴う構造変化の模式図
イオン結合部位が細胞質から運び出されるイオ
ンに対して高親和性の E1 状態から低親和性の
E2 状態へと変化することにより行われている
と考えられていた。
豊島研究室による一連の研究によりその実体
が、原子レベルで明らかになった(図1、2)。
2+
Ca の運搬に伴うポンプ分子の構造変化は、図
に示すように極めて大きく複雑である。ここで
は、構造変化の詳細については述べないが(分
生研ニュース 2005 年1月号「研究分野紹介」
参照)、重要なのは A ドメインの運動である。A
2+
ドメインは膜内 Ca 通路のゲートの開閉を制御
するアクチュエーターである。残る2つの N と
P ドメインは ATP の結合や燐酸化によって A ド
メインとのインターフェースを変え、それによ
って A ドメインの位置と向きを制御している。
つまり、基質の結合と解離により引き起こされ
る A ドメインの運動が膜貫通ヘリックスを操つ
り、カルシウムイオンを能動輸送するのである。
ATP の加水分解反応によるエネルギーを使ってどこかが押されているのでなく、ドメインを動かしているのは熱エネルギー
である。ATP の役目は、結合した時のみ実現できる構造をポンプ分子がとるためにある。そして、ADP や燐酸基等が外れる
ことで 110 °にも及ぶ回転といった大きな構造変化が起こる。
熱運動は本来方向性のないものであるが、反応が正方向に行ったときのみ、より安定になる構造ができることによって
反応は正方向に進むのである。逆反応が起こらないよう、随所に構造的工夫が凝らされているが、最終的に逆反応を抑えて
いるのが ATP の加水分解による自由エネルギー差であり、ADP の濃度が低く保たれている理由はここにある。
米国科学アカデミーとは
米国科学アカデミーは,米国の科学及び国民の福祉のため、科学利用の推進を目的として 1863 年に設立された非政府、非
営利の組織である。科学と工学分野に関し、連邦政府の諮問機関として機能を果たすことが求められている。
アカデミーの会員は、およそ 2000 人の米国人と 360 人の外国人会員(Foreign Associate)からなり、190 人以上がノーベル
賞を受賞している。アカデミーは経済学や社会学、数学、医学など 31 の部門から構成されている。日本在住の会員は 29 人
おり、現役の東大教授では医学系研究科の谷口維紹教授と豊島教授の2人である。
会員の選出方法
会員に選出後、よく聞かれる質問のひとつに「アカデミー会員になるには、どのような選考があるのか?」というのがあ
る。選考過程における推薦資料や候補者リストは極秘であり、知られていないのは無理もない。
アカデミーの会員と外国人メンバーは、彼らの独創的な研究による優れた業績を認められ、毎年選出される。選出される
ことは、科学者や技術者に与えられる最高の名誉の一つとして考えられているが、毎年、72 人の米国人会員と 18 人の外国人
会員が選ばれる。
アカデミー会員(米国人)のみが、正式な候補者を推薦できる。候補者の選定、評価そして投票は様々な段階で一年を通
して行われ、通常4月に開催される年次大会時にアカデミー会員による最終の無記名投票が行われ新会員は選出される(図
3)
3
図 3 アカデミー会員に選出されるまでのフローチャート
会員選出への流れは、
1.アカデミー会員の推薦により、正式な候補者になる
2.各部門等において検討、投票し候補者を段階的に絞る
3.各クラス(複数の部門から構成)で投票し候補者の優先順位を決める
4.年次大会で最終投票
今回の選考過程
豊島教授を会員に推薦する書類は、2年半前に米科学アカデミーに提出された。候補者の推薦から決定までには丸2年を
要するらしい。外国人会員の場合、最終的に国家間のバランス等も考慮される。
Johann Deisenhofer 博士(1988 年ノーベル化学賞を受賞)を含め、国内外の数多くの科学者から祝福のメッセージが寄せ
られたが、ここでは H. Ronald Kaback 博士からのメッセージを紹介しよう。
"As George Pallade wrote me when I was elected: election to the NAS is a nice honor. Although it doesn't last forever, it does
last a lifetime."
実際には、会員名簿の後半は物故者の名簿であり、何年に選出され死亡したかも記されている。一番古いメンバーは実に
1863 年に選出されている。
4
−教授に聞く−
生体超高分子研究分野
豊島近教授
略歴
1978
東京大学理学部物理学科卒業
1983
東京大学理学系研究科物理学専攻修了(理学博士)
1984
東京大学理学部助手(物理学教室)
1986
米国スタンフォード大学細胞生物学教室博士研究員
1988 英国 MRC 分子生物学研究所研究員
1989
理化学研究所・国際フロンティア研究員
1990
東京工業大学理学部(生命理工学部)助教授
1994
東京大学分子細胞生物学研究所教授
学生時代、下宿先にて
I:そういう時代なのですか。
新たな技術を求め留学へ
A:それで最初の予定よりも早く、86 年にアメリカに行く
ことになったわけです。行ってみたらすごくびっくりする
I:はじめに、留学されたきっかけからお聞かせください。
ことがいくつもあって、例えば電子顕微鏡の軸あわせなん
A:その頃は電子顕微鏡を用いて構造研究をしていたので
てろくにやらないんですね。もちろん軸をちゃんと合わせ
すが、氷包埋法という新しい技術が台頭してきていたので
ないと性能は出ないわけだけど、そういうことをやらない。
それを身につけたいというのが一つで、もう一つは「世界
のスタンダードから遠いのでは」という気持ちがあったか
I:なぜですか?
らです。
A:今やっているサンプルは、そんなに分解能が出るよう
なものではない。だから調整をしてもしなくても結果は一
I:日本でやっていた研究が?
緒だろう。そんな無駄なことに時間をかけてどうする、と
A:ええ。イギリスのグループと激しい競争をしていてそ
いう考えだったのでしょうね。
れ自体はよかったけれども、違うことをやりたいという気
持ちもあったし、「ここにいたのでは駄目だよな」という
I:なるほど。考えが合理的ですね。
思いも強かったですね。電子顕微鏡で筋肉フィラメントの
A:要は 80 点のサンプルでパーフェクトを目指しても意味
三次元像再構成という仕事をしていたのです。普通の方法
がないというわけです。無駄なことに時間を使わず大事な
では試料を酢酸ウラニル等の重金属塩に埋めるというネガ
ことをやるべきという考えで、一つのカルチャーショック
ティブ染色をして観察するのですが、試料を乾かす過程で、
でしたね。
蛋白質は表面張力でぺちゃんこになってしまうのです。
I:そうですね。日本だったら完璧な状態にしてから、と
I:本当の構造ではなくなってしまうわけですか?
いうのがありますね。
A:そう、つぶれてゆがんだ構造になってしまうわけです。
A:サンプルの作り方もすごく荒っぽくてね。筋肉フィラ
当時それを克服するために試料を氷に埋めるという方法が
メントの場合はちゃんと精製したのですけど、アセチルコ
開発されて、論文がいくつか出てきた。それがまっとうに
リンリセプターの場合は、電気エイをフランスから空輸し
できるところはスタンフォード大学の Nigel Unwin のとこ
て、発電器官を解剖し、2―3回遠心してそれを放ってお
ろぐらいで、二次元結晶もやっていたからそこに行きたい
くだけなんです。
と考えたわけです。で、MDA (Muscular Dystrophy
Association)から奨学金をもらうために筋肉のプロジェク
I:それできれいになるのですか?
トを考えて彼に送ったら、テレックスで「ここをこう、直
A:それで結晶として並ぶのですけど、そういうプレパレ
せ」というのが来たので仰天して(笑)。君らはテレック
ーションだからそんなに分解能は出ないのです。私はそん
スなんて名前も知らないかもしれませんね。慌てて直して、
なプレパレーションで活性が残っているかどうかわからな
当時日本に入ってきたばかりのフェデックスで送りました。
いから、少なくとも蛍光ブンガロトキシンでラベルして光
5
るかどうか調べないといけないのでは、と言ったら、「生
意気な」という感じで、最初は冷遇されてましたね(笑)。
I:そうですか(笑)。
A:そのころは単粒子解析という、結晶を使わずに三次元
像を得る技術ができつつあったので、そっちもやりたいと
言って、半ばボスに立てついたわけです(笑)。それでも、
一緒にやるようになったのは、Unwin と同じ程度に電子顕
微鏡を扱えて写真がちゃんと撮れるということを証明した
留学時代、Nigel Unwin 博士と
からですね。別に何も教えてくれるわけではないんですよ。
「Nigel 語録」というのがあってね、例えば「Everyday
氷に埋める技術にしても彼が実験するときに「見ていてい
counts」毎日が数の内、というのがあります。「電気泳動を
いですか?」と聞いて、実際にやるのを見て、習得したわ
やらない」というから、「自分もできるよ」と言ったら、
けです。そういう意味では徒弟と一緒です。プログラムの
方は読めばわかりますが。
「プロがいるからそっちにやってもらえばいい。おまえが
やるべきではない」と怒られました。自分でできることは
限られているから、本当に大事なことをやらないといけな
I:実験の方は見て覚えてやってみる。
い。毎日が数の内だ。彼は今何が一番大事なのかというこ
A:そうですね。それで同じ程度にできると思ったから向
とを常に考えた感じですね。それもやはりショックでした
こうは信用してくれたのでしょう。彼も電子顕微鏡の前に
ね。他には、「Good scientists listen to others」とかいうの
長時間すわって写真を撮るわけで、夕食に家に帰るので私
もあります。
がその後を引き継ごうとすると、ボスが「夜また来ようか」
と言うわけです。「何のために?」と聞いたら、「モラルサ
イギリス MRC へ移る
ポートのために」と言うわけです。
A:そうこうしているうちに Unwin はイギリスのケンブリ
I:モラルサポートとは?
ッジ Medical Research Council(MRC)分子生物学研究所
A:ここでいうモラルというのは、「道徳」とかではなく
に帰ることになる。Francis Crick がラボに来ていましたが、
て、意識を高めるというか、元気づけるという意味です。
そのときに「おまえ戻れ」と言ったらしいんですね。Crick
もちろんそんなものは必要なかったけれど(笑)、そうい
が住んでいた家に Unwin が住むことになったのですが、
うやりとりは、お互い信頼関係があるということで、すご
Crick の家というのはケンブリッジの町の中心部にあって、
く励まされましたね。
地下1階・地上3階〜4階の典型的なイギリス風の家で、
長屋みたいに隣とつながっていて道に面した外の壁に有名
I:そうですね。Unwin さんとのエピソードをもう少し聞
ならせんのオブジェがあるんです。らせん階段があり、そ
かせて下さい。
この壁には Crick の奥さんが描いた絵がいろいろ飾ってあ
A: Unwin は、自分が理解できないことはやらせないし、
ってなかなか面白い家
1回こうと決めたことは変えない、という人でした。例え
です。
ば画像をプリントアウトするプログラムを一度決めたら、
その仕事が終わるまで他にもっと良いプログラムが出来て
I:では一緒にイギリ
も使い続けるという人でした。彼は FORTRAN しか理解し
スに行くことに?
ないのですが、私はチューブ状結晶の解析プログラムを C
A:いや、私の方は半
言語で書いたのです。それに関して彼は一言も文句を言わ
年ぐらい遅れてイギリ
なかったし、「お前のやることをそっくりそのままやる」
スに行くことにしたの
と言ってノートをとりました。そうやって成果を出そうと
です。ラボができてい
いう姿勢には打たれましたね。
ないわけですから、そ
ういう時に移ったら共
I:変なこだわりとか、変なプライドが無く、凄いことで
倒れになる、と。その
すね。
ころは仕事がうまく行
A:そう。本当に大事なことは何か、ということですよね。
きかけていてですね、
MRC の建物。階段にタバコモザイクウィル
ス構造のオブジェ
6
それまでは太いチューブ状結晶を膜の上につぶして二次元
です。それだけ感激してくれるのだということは予想もし
結晶として扱うという方法で解析していたわけです。そう
てなかったので、自分もとても感激しましたね。
ではなく、チューブの上ではリセプター分子はらせん状に
並んでいるわけだから、細いチューブをそのままらせん対
I:そうですよね。
称性を利用して解析することができるのではないか、と思
A:今やアセチルコリンリセプターもアトミックモデルを
ったわけです。実際には、カーボン膜の上では駄目なので
作るまでに至ったわけですが、Unwin でないとできなかっ
膜に穴をあけてその上に氷を張ってそこにチューブを埋め
たろうなあと思います。だからサイエンスのやり方という
るということをしたのです。そういう技術は彼にはなかった
意味では随分学ぶことがありました。研究にはパターンが
のです。
3つあるってね、一番いいのは相手をやっつけることで、
中くらいは競争がないこと。最悪なのは相手にやっつけら
I:その技術は先生が導入したわけですか。
れることだというわけです。そういう意味で Unwin は、一
A:膜穴の技術は日本でやっていたので簡単でした。私は、
番競争相手にしたくない人ですね。論文の書き方もずいぶ
らせんの理屈をかなりわかっていたから、それを応用して、
ん勉強になりましたね。
これまでとは違う方法で解析したのです。その結果、もっ
ともらしい格好はある程度出てくるけれど、確信はなかっ
I:どのようにですか?
たですね。半信半疑でした。Unwin が偉いなぁと思ったこ
A:論文を書くところは、一番個性が出るわけです。
とは、それを見て「これは素晴らしい。これはぜひ追求す
Unwin は言葉に厳しい人で、一語にほとんど一日をかけた
べきだ」と言ったところです。
りする人なのです。「同じことを言うのだったら最少のワ
ード数で書く」というのが彼の方針で、独特のスタイルが
I:そういう見る目があったわけですね。
あります。前に進む力というか、そういうものが非常に大
A:私は使ったプログラムにいろいろ欠点があることはわ
事であるといいます。私が書いた論文は、reads very well
かっていましたから、チューブ状の結晶を解析するプログ
と言ってくれるのですが、 crystal clear にすると言って完
ラムを全部書いたのです。これがさっき話した C 言語で書
全に書き直すのです。ですから、それはすごく勉強になり
いたプログラムで相当大変でした。だけど、その結果、ア
ました。
セチルコリンレセプターの構造が解けて、脂質二重膜はち
ゃんと二重膜であり、膜のところでチャネルがちゃんと閉
I: MRC で印象に残ったことは他にありますか?
じて膜を出たらぱっと開くということがはっきり見えたわ
A: MRC は非常にいい所で、そのころノーベル賞学者が、
けです。そのころ京都大学の沼正作先生グループがミュー
Max Perutz、Aaron Klug、John E. Walker、Cesar Milstein、
テーションの結果からどこの残基が大事でこういう感じに
Sydney Brenner の5人いました。そういう人達が同じ食堂
なっているのではないかというモデルを出していました。
で食事をしているわけです。イギリスでは朝 11 時にコーヒ
それがちゃんと説明できて、ネイチャーに出したのです。
ータイム、1時ぐらいはランチタイム、4時ぐらいにティ
その前にアメリカで Nigel が講演したのです。そのとき、
ータイムがあるのです。Perutz はその頃とっくに停年を過
司会をやっていたのがチャネルの教科書で有名な Bertil
ぎていたと思いますが、背中が悪いというのでセミナーで
Hille で、彼はその構
も立っているし食べるときも立っていて、すごいなーとい
造を見て非常に感激し
う印象でした。
て、「イエローボック
スだかブラックボック
I:そのたびに人々が集まるのですか。
スだか何かわからない
A:ところが Unwin はそんなところに行ったら捕まって大
ようなもので、チャネ
変だといって、病院の売店に行ってパンを買ってラボに戻
ルとはこういうものだ
る間に食べてしまう。私はそれに付き合ってましたから、
と話をしてきた。今初
いろんな人としゃべるという経験は積みませんでしたね。
めて膜の中でチャネル
チャネルの電子顕微鏡断面像を重ね合わせて
がどうなっているかが
I:ボスのスタイルに合わせたのですね。
見えた。この感激はど
A:イギリス英語はよくわからないというのもありました
う表現したらいいかわ
ね。バスの運転手が何を言っているかが一番よくわからな
からない」と言ったの
い(笑)。日本に帰ってきてから英語はうまくなったよう
7
な気がしますね。冬になると午後4時にはもう真っ暗で、
た人が同時に5人もいるような研究所です。いい仕事をし
だけど電顕室は地下の小部屋で真っ暗ですからね、当然。
た人が世界中から来て最新の話をしてくれるので、「自分
ケンブリッジは天気が悪くて、他にすることがないから研
はサイエンスの中心にいる」という感じがすごくありました。
究が進むのであるとか。
日本に戻りカルシウムポンプの構造を解いて
I:ラボのメンバーはどんな感じでしたか?
A:私がいた研究室は国際色がとても豊かで、ボスはニュ
I:どのような経緯で日本に戻ってこられたのですか?
ージーランドうまれ、私が日本人、ポスドクがスイス人と
A:理化学研究所のフロンティアというのがあって、日本
アメリカ人1人ずつで、イギリス人はいませんでした。隣
にいたときのボスの若林健之先生がそちらにも拠点を作っ
の研究室のボスはリヒテンシュタイン人でした。リヒテン
たので、そこに戻るかという話があったのです。そうこう
シュタインには大学がないので、大学で学ぶためには必ず
しているうちに、東京工業大学で助教授に応募してそれが
外国にいかないといけないそうです。ポスドクはイタリア
通ったので、半年だけ理研に籍を置く形になりました。
人とフランス人の女性でとても国際色が豊かで面白かった
です。
I:研究の対象は変わったのですか?
A:日本に戻ってくるあたりから Ca 2+ -ATPase をやりだし
I:いろんなところから来ているんですね。MRC のポスド
ました。さっき言ったチューブ状の結晶を解く技術を開発
クになるには大変なんですか?
したので、それを使ってもう一つぐらい違う構造をやりた
A:大変ですね。違うラボに来るポスドクでも、受け入れ
いという話をしていると、MRC の他のラボでポスドクをし
るかどうかをみんなで議論をするのです。つまり Institute
ていた David Stokes が、Ca -ATPase のチューブ状結晶を持
として認めるかどうか。MRC には国から大きな予算がくる
っていたわけです。今までとは違う構造だから、答えがあ
ので、特にグラントをもらわなくても研究ができる。ただ
っているかどうかを考えるのに随分時間がかかりました。
成果を出していないと場所は制限される。だからポスドク
89 年に出来たのかな。
2+
も雇えなくなったりするわけです。
I:ポンプはチャネルと造りが違いますしね。
I:そうでしたら、よいポスドクを雇って常に結果を出さ
A:チャネルというのは大きい入口があって、ぱっと開く
ないといけない。
から構造として正しいだろうか判断するのは割と簡単なわ
A:いや、ポスドクがいてもシニアのスタッフはちゃんと
けです。一方、ポンプがどういう構造をしているべきかと
実験を自分でやるわけです。Unwin もずっと実験をしてい
いうことは、最初は分解能も低いから皆目わからなかった
たし、Perutz も自分で顕微鏡をよく覗いていました。です
のです。でも何も構造の情報がなかったわけですから、か
から、技術やテーマの蓄積があって、学生でもすごくいい
なりのインパクトがありました。そこで分解能を上げる努
仕事ができるわけです。そこはやはり伝統が違うなという
力をしているうちに三次元結晶ができたのです。すごく近
感じです。道具を作ってくれるワークショップやエレクト
くまで行っていたグループは他にあったのですが、何が違
ロニクスのワークショップもすごくしっかりしている。
ったかと言うと、彼らはちゃんと精製をしなかったし、も
う一つだけ鎖の長い沈澱剤を試さなかった。匂いがすごい
I:そういうバックアップ体制があるわけですね。
せいかも知れませんね。そこで得た教訓は「やることは徹
A: MRC だと研究所に売店があって、そこで試薬を買え
底的に系統的にやらないといけない」ということです。
るのです。ストックを持っているので普通のものなら直ち
に手に入ります。特別な道具が要るなら別ですけど、共同
I:そうやって、X線で解析できる結晶ができたのですね。
の機器がちゃんと整備されているので、MRC に行くとすぐ
A:最初はすごく薄い三次元結晶でした。薄い三次元結晶
仕事ができるのです。コンピュータルームがあって、シス
から構造を得る技術は未だにないのですね。それをどうや
テムマネージャがすべて管理をしています。そういうサポ
って解こうか、何かやりようがあるだろう、と思いました。
ート体制が日本とは別ものという感じですね。
一つは、技術開発は得意だから電子線で解く技術を開発し
ようと。もう一つは、何とかして薄い二次元結晶にしたい。
I: MRC は研究するのに適した環境だったのですね。
あるいはもっと厚くしてX線にかかる三次元結晶にしよう
A:本当に優秀な人たちだけを集めてやるので、分生研の
と。その3本立てで研究を進めたわけです。そうやった事
本棟ぐらいしかない小さいビルなのにノーベル賞をもらっ
が実は非常に良かったのです。
8
I:というのは?
う快感はなかったですね。そうではなくて、蛋白質があま
A:最終的には、標準的に重原子置換した三次元結晶で構
りにも精妙にできていることに圧倒されたというか。こう
造を解いたわけですけど、電子顕微鏡での位相情報があっ
いう複雑、精巧なものを人間がデザインできるとはとても
たおかげで重原子が入っているかどうかがわかったし、解
思えないわけです。じゃあ、誰が、といったら、神様とい
析がうまく進んでいるかよくわかったわけです。前に学生
うのが一つの考えですよね。そして、神様がいないのだっ
の小川治夫君がやっていた小さい電子顕微鏡レベルの結晶
たらそれは時間が作ったしかないわけです。
の情報ともよく合いました。チューブ状結晶の情報があっ
たから構造変化が最初から見えていましたし。いろんな方
I:進化の過程で作られたと。
向で進めてきたことが集約してきて正しい答えに行き着く
A:つまり、何十億年かしらないけど、それだけの長大な
という、そういう経験ができたわけです。研究者をやって
時間が自分の前にある、そういう感覚に圧倒されたわけで
いて良かったという感激でしたね。
す。今、自分はそういう1つの蛋白質を見ている。これか
ら何個見られるのかというと、たかだか数個でしょう。だ
I:いろいろな結果が結びついて最終的に一つの答えを得
けど人間の体をつくっているタンパク質は圧倒的多数ある
る、それは快感でしょうね。
わけです。そのたかが1個を理解するのにこれだけの時間
A:それにしても「なぜこういうことがわからなかったの
を費やしている、自分の前にあるはずの時間に比べたら、
だろう」という発見がたくさんあるわけです。「わかった
自分の生命は単に点でしかない。そういうことは頭ではわ
なあ」と思えるようになるまでいい論文は決して書けない
かっていても本当にはわかっていなかったわけです。だか
と思うけど、何がわかったかというと、自分が既にスライ
ら、一つの衝撃でしたね。一つの宇宙観というか時間観と
ドを作っていたりするわけです。だけどその意味を正しく
いうか。多分アトミックな構造をやっている人はみんなそ
認識できていない。構造を見て、どこが大事で何故そうな
う思うんだと思います。構造がわかる前と後で自分の人生
のかを理解するのにすごく時間がかかる。つまり「わかる」
観は変わったなあとも思いますね。
ということと「見える」というのは全然違うことです。そ
こがやはり個性というか、「直感」なり「ひらめき」なり
アカデミーの会員に選出
が出てくるところですね。
A: NAS(National Academy of Sciences)の選挙では、
I:見えているものから、正しい意味を「理解」していく
David H. MacLennan が最初に動いてくれました。「これか
わけですね。
ら書類を送ろうと思うけれど、どういう知り合いがいる?」
A:例えば読んでいて感激するような、insight に満ちた論
というメールが来たのは2年前で、何の音さたもないから
文はそんなに無いけれど、そういうものを書けたと思える
うまくいかなかったのだろうと思っていたのですが。第一
ときは素晴らしいね。
段階は分野での投票です。第二段階で生物学全体のセクシ
ョンにいきます。他の分野のことはよくわからないから、
I:カルシウムポンプ構造の一連の論文には、どのような
第一段階で他の人に圧倒的差をつけていることが大事なん
想いがありますか?
だそうです。第三段階は外交部門みたいなところにいきま
A:例えばカルシウムポンプの構造を見て何を思うかとい
す。国のバランスとかが、考慮されるのだそうです。
2+
うことだけど、1個目のカルシウム結合型(E1 ・ 2Ca )
のときは、「ふーん、こうなっているのか」しかなかった
I:外国人会員というのはすごいことですね。
(笑)。2個目のカルシウム解離型(E2)のときは、動きが
A:まあ、集中していい仕事ができてラッキーだったと思
非常に大きくて、今までの常識を破るということで、びっ
いますし、ある時点までは独走していましたからね。外国
くりだけど、まあそれだけでした。3個目は MgF(E2P ア
人会員の東大の現役の教授は医学部の谷口維紹先生がいる
ナログ)ですが、その時点では E2 との違いはあるのですが
だけです。外国人会員に選出されるのはすごく大変で、発
その意味はよくわからなかった。最後の4つ目が ATP 結合
表されたらすぐにお祝いのメールを沢山頂いたのですけ
状態(E1 ・ ATP)で、解いてみて、こんなことが起こって
ど、イギリスからのもあったので、私は「そういう小さな
いるのかで、またびっくり。そこで、それだけではなくて、
ニュースが世界を駆け回る速さにはびっくりする」と返信
E2P 構造の意味がわかって、いろいろな生化学実験から得
したら、「外国人会員を選ぶのにどれぐらい時間をかけて
られてきた情報ともぴたりと合ったわけです。そのときで
いるのか知っていたら、そうは言わないだろうよ」と返事
すね、こういうことを知っているのは今、自分だけだとい
が来ました。アメリカ人が選出されるのは、そんなに大変
9
ではないみたいですが、それでもすごく立派なパーティー
をやるらしいですね。
I:その理由は何でしょうか?
A:読んでいる暇がないということもあるかもしれないけ
これからの研究に向けて
れど、自分がいま何をやらないと駄目か、それが明らかに
なってきたからじゃないでしょうか。
I:もちろんこれからも研究を発展されると思いますが、
今後はどういう方向に?
I:論文を読むということがすべきことの中には入らなく
A:やさしいことはやってしまったという感じはあります
なったのですか。
ね。これまでの経験から言えることに、違うシステムを同
A:知識を得てそこから考えようということではなくなっ
時にやると、わかることがぐっと増えるということがあり
ています。読んでいなくて損したなと思うこともあります
ます。例えば NaK-ATPase のホモロジ−モデリングをやっ
けど、今本当にやらないといけないということがあったら、
たおかげで理解が全然違ったわけです。だから違うポンプ
それを集中してやらないといけない。だから余計なことを
をやることは本質を理解する役に立つでしょう。例えば、
切り捨てていくようになったという感じはあります。言い
1個カルシウムがついたときの状態はわからないわけです
訳かもしれないけど(笑)。
けど、それを明らかにするにはミュータントを作る、シミ
ュレーションを徹底的にやる、それから別のシステムを探
学生さんにメッセージ
すという、これも多分3本立てがあるわけで、それがまた
同時に進んでいって結局はただ一つの答えに結びつくのだ
I:最後に、今の分生研の学生に期待するもの、研究の進
ろうと期待をしています。
め方についてアドバイスをお願いします。
A:何が大事なのかを常に考えないといけないし、別の見
I:そうですね。正しい解だったら一つになるわけですか
方を考えることがすごく大事だと思います。いろんな可能
ら。新たに研究を始める上で、どんな事が必要になるので
性を考えれるということはサイエンスをやっていく上での
しょうか?
非常に大事な能力の一つです。あと「うまくいったらネイ
A:私が得だったなと思うことは、小さい頃に電子部品み
チャー」というのを一つは持ちましょう。そればっかりや
たいなもので遊んだという経験ですね。私が小さい頃はプ
っていると死んでしまうけど(笑)。健全な野心というか
ラモデルにしても飽き足りなくて、板を切ったりして作り
大望というかね。とにかく人とは違う「売りになる物」を
ました。
持って欲しいと思います。人と違うことをしないと良いサ
イエンスにはならないわけですから。それに、正しいこと
I:もともとある部品じゃなくて自分で部品を作って。
をやっていると「運は必ず巡ってくる」ので、大切なのは
A:自分で木を切ったりして、そういう工作の遊びを随分
それをうまくとらえられるかどうかが実力だと思うので
やりました。そういう雑学的なことは今にしてみれば非常
す。あと、さっきも言いましたが、オルターナティブを考
に役立っています。そういうのは君たちの年代ではあまり
えれる能力、こうでなかったらどうしようという、違った
ないのではないですか。
発想をする能力を身につけて欲しいと思います。
I:あまりないですね。
インタビュー後記
A:そういうところで楽しみながら知識が増えたという
ご存じの方も多いと思いますが、現在も豊島先生は実験
か、発想が湧くわけです。何か新しいことをするときには
操作を行っています。例えば、蛋白質結晶を選別し凍結保
新しい技術をつくらないといけないわけです。カルシウム
存する際は、一時間以上も低温室の中で一緒に作業をされ
ATPase の結晶ができたのも、精製なんかは難しいことは何
ます。わたしたちは、操作や判断の仕方を見て覚えて行く
も無いわけで、何が違ったかといえば非常に簡単なことだ
わけですが、これは留学中の経験に基づいて行っているの
ったのです。そういうことを発想できるかというところが
かもしれません。分生研の学生さん等は、教授と実験結果
違うわけで、やはり詰めて考えるということが必要だと思
以外の会話をする機会があまり無いのかもしれません。担
います。すると、ひらめくこともあるわけです。
当者は編集作業で大変だと思いますが、これからも「教授
に聞く」の記事を期待しております。
I:学生の時から変わったことはありますか?
A:昔に比べれば論文は全然読まなくなったですね。
10
所内研究発表会−新人歓迎会
核内情報研究分野
秋本 千央
去る6月1日(水)に 2005 年度分生研所内発表会・新人
歓迎会が開催されました。今年度は核内情報研究分野が幹
事(幹事代表:三木ひろみ)を勤めまして、会の運営に当
たらせていただきました。多くの方のご協力とご参加を頂
きましたことに、核内情報研究分野一同、心より御礼申し
上げます。ここに簡単ですが報告させていただきます。
所内発表会の開催は今年で7回目を迎えまして、例年と
同様総合研究棟2階会議室を会場に午前 10 時 30 分から午
後 17 時 45 分まで行われました。今年度は新しく創生研究
分野も加わり、16 研究分野からそれぞれ代表者による研究
バイオリソーシス研究分野 / 細谷 祥一(博士3年)
海洋細菌の分離と系統分類に関する研究
成果の発表が行われました。審査員をはじめ来賓の先生方、
聴衆の方々との間で活発な質疑応答が行われ、分野の垣根
を越えて多くの意見交換がなされていました。以下、発表
情報伝達研究分野
/ 吉松
剛志(博士3年)
STAT3 による神経系前駆細胞の未分化性制御
者の方と来賓の先生方のご紹介をさせていただきます。
核内情報研究分野
発表者(発表順、敬称略)
細胞機能研究分野
/
吉永
/ 馬場
敦史(博士1年)
FXR 新規共役因子複合体の同定と解析
恵子(博士3年)
生体有機化学研究分野 / 細田 信之介 (修士2年)
動物因子 Bax による植物細胞死誘導系の構築と細
非セコステロイド型ビタミン D3 誘導体の構造展
胞死制御機構の解析
開と抗アンドロゲン作用の発見
〜ビタミン D3
を抗アンドロゲン薬に変える〜
形態形成研究分野
/
村上
智史(博士2年)
ショウジョウバエ視神経の投射経路である optic
stalk 形成における Dfak と新規遺伝子 corset の役割
染色体動態研究分野
/ 横林
しほり(博士研究員)
機能形成研究分野
/ 伊藤
寛明(博士3年)
胸腺樹状細胞の機能解析および分化誘導系構築の意義
細胞形成研究分野
/ 宮本
重彦(博士3年)
減数分裂特異的な還元型染色体分配の新規制御因
ABC トランスポーター LolCDE のリポ蛋白質選別
子 Moa1 の解析
機構に与えるリン脂質の影響
発生分化構造研究分野
/ 栄徳
勝光(博士1年)
創生研究分野 / Amutha Ramaswamy(博士研究員)
転写、複製、修復反応に関与する進化的高保存因
Structural Dynamics of Nucleosome Core Particle:
子ヒストンシャペロン CIA の立体構造解析
application of coarse grained dynamics
細胞増殖研究分野
/ 田中
浩(博士1年)
PDK1 による IKK βのリン酸化を介した NF-κ B 活
性化機構
分子情報研究分野
/ 新井
健明(博士3年)
APC 結合タンパク質 Neurodap1 の機能解析
11
高次構造研究分野
/ 大綱
英生(博士研究員)
所内発表会終了後、農学部生協食堂にて新人歓迎会が開
ショウジョウバエの低次視覚中枢と高次視覚中枢
催されました。歓迎会は 200 人以上という非常の多くの皆
を結ぶ視覚情報経路の詳細な解析
様にご参加頂き、宮島所長のご挨拶を皮切りに、和気あい
あいとした雰囲気の中、所内発表会の表彰や、様々に趣向
分子遺伝研究分野
/ 丸山
真一朗(博士3年)
原始紅藻における光シグナル伝達経路の解析
を凝らした新人の方の紹介が行われました。新人紹介は
年々加熱し、今年もそれぞれの研究分野がダンスや二人羽
織、コントなど、積極的に芸を披露して場を沸かせていま
生体超高分子研究分野
/ 金子
雅昭(博士3年)
した。
プロテインホスファターゼ耐性 p38 α変異体の単
会を終え省みると、発表時に映写の色や大きさのトラブ
離と解析
ルなどいささか不備があり、関係された方にはご迷惑をお
来賓の先生方
かけしてしまったことをこの場を借りてお詫び申し上げま
東大名誉教授・財団法人 応用微生物学研究奨励会顧問
す。また、会終了後に各研究分野の連絡係を通して書いて
田中信男先生
頂いたアンケートの結果、所内発表会については審査によ
社団法人 日本農芸化学会評議員
坂口健二先生
る点数を表彰時に公表してほしかった、審査員には質問を
義務づけるべきなどのご意見を頂きました。また、新人歓
発表者の方には例年通りプロジェクターを用いたプレゼ
迎会についても、例年言われる事ですが、会場が狭かった、
ンテーションを発表 15 分、討論5分で行っていただきまし
声が聞こえにくかった、新人芸の持ち時間を決めておくべ
た。各研究分野より2名ずつの審査員を選出して頂き、1
き、全体として時間が短いので、他の場所で長く借り切っ
発表者に対して5研究室 10 名の審査員による審査と致しま
た方が交流が深まるのではといったご意見を頂きました。
した。審査基準を変更し、従来通りの採点に加えて産業界
会場については企画段階で本郷キャンパスの第二食堂など
への応用性を新しく評価項目に入れ、特別賞の選定に用い
も考慮しましたが、場所が遠いなどの理由で断念致しまし
ました。
た。今後ますます多くの人数が参加されることを考慮しま
審査の結果、2005 年度所内発表会優秀賞および審査員特
して、各研究分野に事前アンケートをとるなどして、より
別賞は以下の方々に決定しました。入賞者には奨励会より
皆様に納得して頂けるような会場の選定を、来年度以降の
盾と副賞としてリラクゼーショングッズが贈られました。
課題として頂ければ幸いです。
末筆ながら、今回の会を執り行うにあたり多大なるご協
おめでとうございます(敬称略)
。
力を頂きました各研究分野の発表者、審査員、連絡係、そ
して参加して頂いた全ての皆様、お忙しい中お越しいただ
所内発表優秀賞
1位
吉松
剛志(情報伝達研究分野
博士3年)
いた来賓の先生方、格別なるご尽力を頂いた(財)応微研
2位
吉永
恵子(細胞機能研究分野
博士3年)
奨励会事務局長の山口千秋様、ならびに宮島所長にこの場
3位
伊藤
寛明(機能形成研究分野
博士3年)
を借りて厚く御礼申し上げます。最後に発表会入賞者の受
賞の言葉を添えさせて頂き、幹事からの報告とさせて頂き
ます。
審査員特別賞
細田
信之介(生体有機化学研究分野
修士2年)
12
第1位
所内発表会において研究室の代表として発表する機会を
頂き、さらに優秀賞までもらえることができて大変嬉しく
STAT3 による神経系前駆細胞の未分化性制御
情報伝達研究分野
吉松
剛志(博士 3 年)
思っています。今回、優秀賞を頂けたのも、私のつたない
発表を根気よくご指導して下さった後藤先生や、発表練習
に付き合っていただき多くの改善点を指摘して下さったラ
今回の所内発表会では、脳
ボの皆様のおかげであると深く感謝しております。分生研
が発生する際にどのくらいの
にはたくさんの素晴らしい研究室があり成果を挙げられて
数の神経系前駆細胞が存在し
いる中で、私の発表をさせて頂くのは非常に恐縮していま
て自己複製(未分化なまま増
したが、多くの方々に発表を聞いていただき評価していた
殖すること)し、その中から
だけたことは大きな励みとなりました。今後もさらにいっ
どれだけの細胞が分化するか
そう研究にはげみたいと思います。
が、どのように制御されてい
最後になりますが、所内発表会の幹事研究室のみなさま、
るかを解析したので発表させ
発表を聞いて下さった皆様に感謝いたします。さらに、本
ていただきました。脳を構成
研究を進めるにあたり多大なるご指導、ご協力を頂きまし
する主要な細胞(ニューロン、グリア)は多分化能を持つ
た諸先生方、共同研究者の方々に心より御礼申し上げます。
共通の神経系前駆細胞に由来します。脳発生において、こ
ありがとうございました。
の制御が破綻すると必要な数の分化細胞が得られなくなり
ます。しかし、神経系前駆細胞の自己複製能や分化がいか
第2位
にして制御されているかについては未だ明らかでない部分
が多く残されています。これまでに初代培養系において
動物因子 Bax による植物細胞死誘導系の構築と細胞死制御
fibroblast growth factor-2(FGF-2)が神経系前駆細胞の自己
機構の解析
複製を促進することがよく知られていたのでそのメカニズ
細胞機能研究分野
吉永
恵子(博士 3 年)
ムの解析を中心に行いました。
本研究では、FGF-2 による神経系前駆細胞の自己複製促
多細胞生物の生命は、個体を構
進効果に JAK2-STAT3 経路が必要であり、この時 STAT3 は
成する種々の細胞群の増殖と分化
Delta1 の発現を促進することで細胞非自律的に神経系前駆
によってのみ維持されているので
細胞の分化を抑制していることを明らかにしました。FGF-
はなく、細胞が自ら死ぬ現象(プ
2 は細胞外因子であり、それが作用する範囲において均一
ログラム細胞死)によって巧妙に
に働き STAT3 を介して Delta1 の発現を誘導することで神経
制御されている。植物におけるプ
系前駆細胞の未分化状態を維持し、神経系前駆細胞の数を
ログラム細胞死の例としては、維
制御していると考えられます。さらに、その中から一部の
管束形成、雌雄分化、葉・種子形
細胞が選択され分化するメカニズムについての解析結果も
成、病原菌感染時にみられる過敏感細胞死(HR)などがあげ
報告させていただきました。これらふたつの要素により、
られる。動物のプログラム細胞死の研究では、制御因子が
脳が形成される際に正しい数のニューロンとグリアが生み
複数同定され解析が進められている。しかし、植物に関し
出される仕組みの一端を説明できるのではないかと考えて
ては細胞死の制御因子の同定はほとんど行われておらず、
います。
未解明の部分が多い。そこで私は動物の細胞死制御因子で
13
ある Bax を利用し、植物細胞死の分子機構を解明すること
を目的に研究を行った。
DEX 誘導系ベクターを利用した Bax 形質転換シロイヌナ
ズナでは、Bax 発現後、生育は停止し、4日目には葉が白
色化を起こす。C 末端側 14 アミノ酸を欠損した Bax タンパ
ク質を、同様に DEX 誘導系で発現させても細胞死は起こら
ない。このように、植物に動物タンパク質である Bax を発
現させたヘテロロガスシステムでも細胞死が誘導されるた
め、このシステムを植物細胞死の解析に利用した。
植物が病原菌の感染やストレスを感受した時に、まず活
性酸素(ROS)の発生が起こることが知られている。Bax タ
ンパク質の発現後、すぐに ROS 発生が起きていることが
NBT 染色によりわかった。また、ミトコンドリア及び葉緑
体移行シグナルを有する GFP を恒常的に発現している形質
<受賞者の声>
転換シロイヌズナ(mt-GFP および pt-GFP)と Bax 形質転換
今回、この様な評価をいただきましてありがとうござい
体のかけ合わせ体を作成した。そして Bax 発現後の細胞内
ました。私には身に余る賞で、とてもうれしく思います。
の変化を共焦点レーザー顕微鏡や電子顕微鏡により観察を
日頃から御指導いただいております内宮教授、川合(山田)
行った。その結果、ミトコンドリアの形態変化、原形質流
先生をはじめ、何かと御協力いただいております研究室の
動の停止、葉緑体のチラコイド膜の歪みが早期に見られた。
皆様には深く感謝しております。
その後、液胞の膨張、崩壊が観察された。このように、植
発表させていただきました研究は、植物細胞死誘導系の
物には存在しない動物因子である Bax により誘導される細
構築についてでした。植物においては、現在でも細胞死制
胞死と同様の変化が、過酸化水素
(H2O2)
、パラコート
(Pq)、
御機構の詳細はわかっていません。そこで私は、動物細胞
メナジオン(MD)といった ROS 誘導薬剤による細胞死にお
中においてアポトーシスを促進する因子として知られてい
いても引き起こされていた。すなわち、mt-GFP を材料に
る Bax を植物に導入してやることによって、人工的に細胞
各種薬剤を処理したシロイヌナズナ葉でも、ミトコンドリ
死を起こす系を構築しました。そうすることによって、余
アの形態変化、および原形質流動の停止が起こっていたの
計な環境要因などが排除され、簡単に植物細胞死のスイッ
である。また、H2O2 処理後のミトコンドリアのサイズを計
チを押すことができ、本来植物が有している細胞死カスケ
測したところ、断面積、最大直径ともにコントロールより
ードを解析していくのに有用であると考えたからです。植
も半減していることがわかった。近年の研究から、動物細
物と動物は全く違う生物種ですが、Bax という動物にしか
胞や酵母において、Bax 発現によりミトコンドリアの形態
存在しない因子が植物の細胞死も誘導するという事は、私
変化がみられることや、ミトコンドリア分裂に関わる因子
に生物の太古の時代を教えてくれているような気がしまし
が細胞死の制御に関与している可能性が示されている。植
た。動物細胞で研究をされている方が多い分生研の所内発
物細胞死においても、Bax の遺伝子ホモログが存在しない
表会におきまして、植物を扱っている私の研究に多少なり
にも関わらず、細胞死が誘導されることから、動物と植物
とも興味をもっていただけたら幸いです。
において類似する細胞死カスケードが存在することも考え
分生研では様々な研究分野の方々が集まっていらっしゃ
られる。そのため、植物のミトコンドリア分裂に関わる
いますが、この所内発表会で様々な方のお話を聞かせてい
DRP3B のドミナントネガティブ変異体に対して薬剤処理を
ただくのはとても刺激になりました。私はつまずいてばか
行った。DRP3B ドミナントネガティブ変異体では、ミトコ
りの研究生活を送っていますが、先生方に支えていただい
ンドリアが分裂できずに、極端に長いミトコンドリアが細
てなんとかここまでこれました。また、分野は全く違うも
胞内に存在する。その結果、数珠状に繋がったミトコンド
のの他研究室の方々と接することは、私にヒントや活力を
リアが観察されたものの、イオン漏出量の測定による細胞
与えてくれました。どうしたらわかりやすく自分の考え方
死検定では、コントロール植物との間に差はみられなかっ
を伝えることができるのか、ということも日頃の何気ない
た。このことから、植物細胞においては、細胞が死ぬ際に
会話という実践から養われるのではないでしょうか。
ミトコンドリアの分裂が促進される可能性はあるが、細胞
死の制御には関与していないことが示された。
最後になりましたが、幹事、審査員、発表を聞いて下さ
った方々、どうもありがとうございました。
14
第3位
<追記>
今回の優秀賞の3人(吉松・吉永・伊藤)は、
いつも遊んでいる同期の仲間ということもあり、私たちに
胸腺樹状細胞の機能解析および分化誘導系構築の意義
機能形成研究分野研究分野
伊藤
寛明(博士 3 年)
とって大変良い思い出になりました。このような同期の3
ショットはなかなかないと思うので、勝手ながら3人で記
念撮影をさせていただきました。イェイ!やったぜ
ポスドク・博士3年の発表者が
い!!!(左:吉永;中央:吉松;右:伊藤)
大半を占める今回の所内発表会
で、私の発表が表彰されたことに、
大変うれしさを感じております。
私の研究対象としている免疫学と
いう研究分野は、分生研ではほと
んど馴染みの無い研究分野である
にもかかわらず、多くの方々に評
価して頂いたところに喜びを感じています。この結果は、
宮島先生をはじめ、たくさんの宮島研究室のメンバーの協
力があってこそのものだと思っております。ここに深く感
謝致します。また、表彰の際に一緒に喜びを分かち合って
いただいた後藤由季子先生、山口千秋様にも深く感謝致し
ます。恥ずかしいことに、これまで研究活動「以外」で何
かと分生研を騒がせていた私にとって、本業の研究活動で
表彰されたことに大変感動しております。でも結局、その
直後の新人歓迎会でいつもの「自分らしさ」(一気飲み)
を全開してしまいましたが。(笑)誠に申し訳ありません
審査員特別賞
でした。
私が発表させていただいた研究は、T細胞の分化を制御
非セコステロイド型ビタミン D3 誘導体の構造展開と抗ア
している胸腺樹状細胞(DC)の性状・機能解析と、その in
ンドロゲン作用の発見
vitro 分化誘導系の確立というものでした。胸腺は免疫系で
薬に変える〜
重要な働きを担うT細胞の分化・成熟を誘導する極めて重
〜ビタミン D3 を抗アンドロゲン
生体有機化学研究分野
細田
信之介(修士 2 年)
要な器官で、胎児期から発生します。胎児期の胸腺はT細
胞の分化と胸腺構造(微小環境)が同時かつ劇的に成熟す
現在、前立腺癌のホルモン療法
る非常に重要な時期です。私は胎児期の DC が、成体型 DC
薬として用いられている各種抗ア
とは全く異なる表現型を示すものの、活性については成体
ンドロゲン薬は、その薬剤耐性が
型と同等であることを初めて見いだしました。この胎児型
問題となっている。一方で活性型
DC は未成熟なT細胞と効率よく結合することから、T細
ビタミン D3 が前立腺癌細胞の増
胞分化を制御する能力があるだろうという結果を得ること
殖抑制に寄与していることが近年
が出来ました。さらに私は、この胎児型 DC の分化誘導系
明らかになっている。そこで私は、
の構築に成功し、胸腺上皮細胞から分泌されるサイトカイ
活性型ビタミン D3 の非ステロイ
ンによって胎児型 DC の分化を誘導することを突き止めま
ド型誘導体をリードとして、ビタミン D 受容体(VDR)に
した。これにより、詳細にT細胞と DC との相互作用が in
対する親和性を抑え、アンドロゲン受容体(AR)への親和
vitro で解析できることから、未だ解明されていないT細胞
性を高めた新規誘導体を創製することで、新しい骨格を有
分化のメカニズムの解明に大きな足がかりとなる研究が出
する抗アンドロゲン薬になりうると考えた。各種の含窒素
来たと思っております。
ビスフェニル型誘導体を合成し、構造活性相関を種々検討
最後になりましたが、今回の幹事である加藤研究室の
した結果、ジオール/トリオール構造を有する1や2が、
方々、いつも支援して下さっている応微研奨励会の方々に、
リード化合物に比べ AR への親和性が選択的に上昇してい
心より感謝致します。
た。またこれらはテストステロンに対する拮抗作用を有し
15
ており、1では既存の抗アンドロゲン薬 hydroxyflutamide
<受賞者の声>
に比べ約 20 倍もの強い作用が見られた。一方でビタミン D
博士課程やポスドクの発表者の皆さんが慣れた様子で発
活性は上昇が見られず、抗アンドロゲン活性のみが選択的に
表している中、修士課程の私は今回が初めての口頭発表で
高められたと考えられる。
した。そのうえ我々の研究分野は有機合成化学を武器にし
た研究展開を行っているので、生物系がほとんどの分生研
の方々に研究内容を理解してもらえるのかという不安もあ
りました。ですが蓋を開けてみると、たくさんの方に発表
を聞いていただき、また予想外に多くの有益な質疑応答が
できたことで、自分なりに十分満足できる発表になったと
思います。しかもそれにとどまらず、審査員特別賞という
高評価まで頂いてしまい、正直驚きました。
今回私を発表者に指名して下さった橋本教授をはじめ、
スライドチェックなどに協力して頂いたスタッフや学生の
皆さん、さらに応微研奨励会や幹事の皆様にこの場を借り
て感謝を申し上げます。
分生研シンポジウム開催報告
分子細胞生物学研究所主催
高校生のための生命科学シンポジウム
7月 29 日(金)13 時 30 分から、弥生講堂一条ホールにおいて、分子細胞生物学研究所主催の、高校生のための生命科学
シンポジウムが開催された。この企画は、大学の研究所で行われている研究内容を広く社会に知ってもらうために、高校生
および一般市民の参加を呼びかけて開催された。
最初に、宮島篤所長から、東京大学および分子細胞生物学研究所の紹介がなされ、その後に細胞の分化のメカニズムにつ
いての簡単なイントロダクションがあった。続いて、後藤由季子教授からは、生物の体が作られる過程で多くの細胞が意図
的に死んでおり、その意義あるいはそこに関わるメカニズムについて大変分かりやすい講演があった。特に、会場に来てい
た高校生に適宜質問を投げかけ答えてもらうという対話形式の講演がリズミカルで印象的であった。また、多羽田哲也教授
からは、動物の体がどのような原理にもとづいて形成されるかについて、昆虫からヒトまで統一された原理があるという大
変造詣深い講演があった。最後に、秋山徹教授から、がんの原因と
その克服について、基礎研究から薬の開発にいたるまで幅広い内容
の講演があった。とくに、がんは細胞のもつ生命力あるいは老化と
背中合わせの問題であり、また我々にもっとも身近な病気であるこ
とから、聴衆の関心も高かった。シンポジウムには約 70 名の方が来
場し、講演の合間には活発な質問も出され、生命科学のおもしろさ
が十分伝わった有意義なシンポジウムであった。
16
オープンキャンパス
8月2日(火)に東京大学のオープンキャンパスが開催
され、分生研は「研究所施設
見学コース」として参加し
た。宮島所長の挨拶の後、後藤教授(「細胞の死と個体の
生存」)、川崎助手(「癌と分子生物学」)、中村助手(「遺伝
子からみた、がん細胞が発生するしくみ」)が研究内容の
紹介を行った後、生命科学総合研究棟に移動し、各研究室
の紹介及び見学を行った。
国際会議に出席してみて
<細胞形成研究分野
宮本重彦
博士3年>
蛋白質の選別にはリン脂質との極性基が重要であることを
発表しました。海外の多くの研究者に話を聞いていただき、
会 議 名 称:Gordon Research Conferences, Protein Transport Across Cell Membranes
開
催
地:アメリカ合衆国、ニューハンプシャー州
ディスカッションすることができたことは非常にエキサイ
ティングで貴重な経験となりました。国際会議への参加は
もちろん、海外を訪れるのも初めてであったため英語での
開 催 期 間: 2005 年 6 月 12 日〜 6 月 17 日
コミュニケーション能力の未熟さを痛感しましたが、英語
発 表 演 題:Effects of phospholipids on lipoprotein sorting
の重要性を再認識する非常に良い機会になりました。本会
by an ABC transporter LolCDE(ポスター発表)
議に参加したことは今後の自分の研究生活において大きな
糧になることと確信しています。改めて、このような有意
この度、Gordon Research Conferences, Protein Transport
Across Cell Membranes に参加するにあたり、財団法人応
用微生物学研究奨励会から格別の御援助を賜り、心から感
謝致します。
本会議では真核細胞、原核細胞および様々なオルガネラ
での蛋白質輸送に関する最近の進展について発表および議
論がなされました。様々な分野の研究者が一堂に会したた
め、蛋白質輸送の普遍性と多様性を学ぶことができ非常に
興味深い会議でした。また、国内学会に比べて議論が非常
に活発になされることがとても印象的でした。
私は大腸菌 ABC トランスポーター LolCDE のリポ蛋白
質遊離活性は non-bilayer lipid により促進されること、リポ
義な国際会議に出席する機会を与えてくださった応用微生
物学研究奨励会と徳田教授に深く感謝致します。
17
OB の手記
名古屋大学大学院理学研究科
薬師
寿冶
(細胞形成研究分野出身)
私が分生研の門(そんなものありませんが)をたたいた
「あきらめ」が良薬ではないでしょうか。目の前のサイエ
のは 1995 年の春でした。この手記を書きながら、10 年の速
ンスに取り組むことで、自身を無理やり研究者モードに切
さに驚かされています。私はドクターコースからお世話に
り替えたものです。
なりましたが、学位をいただいた後に1年ほど研究を続け
させていただいたので4年間在籍したことになります。当
時、水島昭二先生(故人)が退職されたばかりの徳田研究
室は、若い研究室が成熟していく中途段階だったのではな
いでしょうか。徳田元先生は教授に昇進されたばかりで、
松山伸一先生(現・立教大学理学部)は当時助手を、西山
賢一先生は学振のポスドクをされていました。私の記憶で
は、五人のスタッフと美人秘書(写真の一番左)、私を含
めた三人の D1、三人の M2、二人の M1 から構成されてい
ました。最近の徳田研究室では想像できないほどのミニサ
イズではないでしょうか。
私は現在、名古屋に職を得て、バクテリアの走性の研究
を行っています。私たちは綺麗な人を見るとついていって
しまうという習性を持ちますね(!?)。これは受け取った視
写真は何かの宴会のひとコマですが、顔ぶれを見ると私
覚情報を処理して運動器官に命令を下しているわけです。
にとっての最後の年のようです(筆者中央)。私は分生研
このような感覚・運動システムに似たものがバクテリアに
を離れてすぐに某製薬メーカーの研究所に職を得ました。
もあるのです。皆さんが DNA を増やす道具としてしか使っ
底辺で研究を支えている研究員の方々はいい人ばかりでし
ていない大腸菌も、ある特定の化学物質(誘引物質)に向
たが、研究の方向性や文化の違いに息苦しくなり一年で退
かって健気に泳いでいきます。今度、顕微鏡で見てあげて
職してしまいました。今こうしてアカデミズムにどっぷり
ください。
浸って暮らしているのは、自分のことながら不思議な気分
思い出というものは美化されてしまうものですが、当時
です。運とか巡り合わせとか、普段考えないようなことを
のことを振り返ってみたいと思います。私にとっての分生
考えたりします。写真の中に写っている当時学生だった連
研時代は、最もサイエンスに没頭できた「楽しかった時」
中は、象牙の塔で研究を続けていたり、企業や研究所で研
です。まさに朝から晩まで「三度のメシより…」という状
究を続けていたり、各方面で活躍しています。当時は将来
態で、自分の時間をほぼ全て自分の興味に注ぎ込むことが
どうなっていくのか不安だった人たち(自分も含めて)も、
できた輝かしい時代でした。今現在、私の周りにこんな人
今では立派な社会人になったようです。この背景には分生
がいるというわけではありませんが、「萌え」系などの強
研という恵まれた教育・研究環境に由るところが大きいと
力な誘引物質の方に走性を示す若い人がいると聞いて、も
思います。皆さんも、今は自分を信じてサイエンスに没頭
ったいない気がしてなりません。「萌え」ないでサイエン
してください。あのころは輝いていたなあ、と思う日がす
スに燃えてほしいものです(こう書くとなんだか薬師も偉
ぐに来るのですから。思い出が美化されるだけなのかもし
くなった感じがしますね)。ドクターコースにもなると学
れませんが。
部時代の友人が就職したり結婚したり、人生の主要イベン
トを次々とこなしていくのが見えてしまい、焦ったり不安
になったりしたことを思い出します。ドクターコースやポ
スドクの時代に悩まない人なんていないと思います。でも
サイエンスも進めなくてはなりません。そんなときには
18
海外ウオッチング
ドクター後の道〜ヒューストンへ
MD アンダーソン癌センター 免疫部門
江指 永二
激しい雷雨が止み、痛いほどに暑い日差しが照りつけて
方が新しく良
きました。ここテキサス州ヒューストンは南国の様相です。
いモノが揃っ
日本では NASA の所在地として有名で、乾いた砂漠の街と
ていたかもし
いうイメージを持っている方が多いのではないでしょう
れません。ア
か。しかし、実際には熱帯雨林に囲まれた緑豊かな町です。
メリカに来て
驚いたことにヒューストンはシカゴに次ぐアメリカ第4の
感じたこと
都市であり、「偉大なる田舎」と言われています。
は、ハードウ
さて、約7年間の宮島研究室での研究生活を終え、ヒュ
ェアよりもソ
ーストンに移動してからもう半年が経ちました。渡米して
フトウェアが
から半年の間に様々な経験をし、やっと生活にも慣れてき
充実しているということです。洗い物、オートクレーブ、
たところです。しかし、正直なことを言えば、わずか半年
ケージ交換等の仕事はすべて研究所で雇用している職員が
の滞在で海外生活を語るなんて、、、ちょっと恥ずかしい。
行ってくれます。また、掃除やゴミ捨ては毎日夕方になる
ですが、きっとテキサス州に留学している人の話なんてあ
と清掃の職員が行ってくれます。というわけで、かなり安
んまり聞いたことないでしょ?西海岸ばっかりでしょ?と
楽な研究環境といえます。研究者の生活スタイルも日本と
いうわけで、ヒューストンでの生活や研究環境について僕
は大きく違うと思います。諸先輩方から聞いてはいました
の知る限りのことをお伝えしたいと思います。
が、こちらの人は帰宅するのが早いです。夕方六時を過ぎ
どこで研究しているの?という疑問がそろそろ皆さんの
ると建物の中が閑散としてきます。その分もちろん朝は早
中に湧いてきそうなので僕の所属する研究所について紹介
いようですが、研究時間は明らかに日本の方が長いでしょ
したいと思います。ヒューストンには約 50 の研究所や病院
う。どうしてアメリカで研究が早く進むのか?僕にはその
が集中している地域があり、テキサスメディカルセンター
極意はまだ掴めていません。
(TMC)と呼ばれています。TMC は世界最大のメディカル
最後に、ヒューストンでの生活について。住環境は非常
コンプレックスであり、世界中から医師、研究者、患者が
に恵まれています。東京や西海岸の大都市に比べ、家賃は
集まっています。TMC 全体では職員が5万人、そのうち研
驚くほど安いです。しかも、どのアパートにもトレーニン
究者は1万人といわれています。僕の所属する MD アンダ
グジムやプールがついています。休日にプールサイドに行
ーソン癌センターは TMC の中でも最大規模を誇り、二年
けば、まるで南国のリゾートで休暇を楽しんでいる気分に
連続で全米一の癌研究施設として表彰されています。MD
浸れるでしょう。近くには大きな公園もあり、池の周りを
アンダーソン癌センターの病院は高級ホテルのように綺麗
ジョギングしている人や BBQ を楽しむ人もたくさんいま
で、ロビーには噴水があったり、お洒落なカフェが併設さ
す。治安はアメリカの大都市としては非常に良い方で、
れていたりします(その分、治療費なども日本とは比べよ
TMC では犯罪は非常に少ないと言われています。ただ東京
うもないくらい高いようですが)。さて、話を僕の所属す
のように安全なわけではなく、暗くなってからの外出はし
る免疫部門に移します。免疫部門は 2003 年に新築されたビ
ない方が無難です(酔ってふらふらと根津近辺を徘徊して
ルにあり、病院からは少し離れています。建物はちょうど
いたのが懐かしいです)。また、車がなければ生活が成り
分生研の新棟と同じくらいでしょうか。その中で数百人の
立たず、歩いていける距離には病院しかありません。ここ
研究者が働いています。日本の研究室との違いは一つの研
では昼間でも歩いている人は皆無です。たまに道路で人を
究室の規模が非常に小さいことです。多くても 10 人程度、
見かけるとほぼ間違いなく手術着を来ているのはここの特
少ない研究室では3人というところもあります。学生も一
徴かもしれません。
つの研究室に一人以上は在籍していないようです。一概に
海外で研究することに利点があるか?と問われれば僕に
数だけで判断はできませんが、研究を指導するという意味
はまだ明確な答えが見つかりませんが、海外で生活するこ
では良いシステムだと思います。研究機器等は日本と比較
とで得られることは多いと思います。悩んでいるそこのあ
して特に優れている点はないと思います。むしろ、日本の
なた!「偉大なる田舎」はなかなか楽しいですよ。
19
研究室名物行事
核内情報研究分野 佐々木康匡
核内情報研究分野では、毎年春〜初夏にかけて新人の歓
がりました。男性がチアガールの格好でエアロビをしたり、
迎会をかねて一泊二日のラボ旅行を行っています。今年は
普段物静かな秘書さんが不思議な振り付けつきの洋楽独唱
日光へ行って来ました。
で場を沸かせたり、影絵でのストリップショーもあり盛り
50 人を超える大所帯、どこにいって何をするか意見が一
だくさんでした。東京農大名物大根踊りを加藤教授、武山
つにまとまるはずもありません。そのため例年初日は「17
助手を巻き込んで全員で踊ったりと観客参加型のショーも
時に宿に集合」だけを通達し、いくつかのグループに分か
あり、例年以上に笑いの絶えない宴会となりました。ショ
れて好き勝手に行動するという自由奔放なスケジュールを
ーの後は新人を別部屋に移し厳正なる審査が行われます。
くんでいます。今年は日光江戸村を観光したグループや、
今年の優秀賞1位2位はチアガールの男性と秘書さんで、
戦場ヶ原のハイキング組、朝早くからゴルフに向かうグル
賞品とトロフィーが贈られました。得票数の低いメンバー
ープなどがありました。
には罰ゲームが待っています。今年は青汁ザクロミックス
私はゴルフ組だったのですが、前日まで連絡が取れず集
グリーンカレーペースト入りを飲んでもらいました。年々
合時間に現れない人がいたり、レンタカーがあまりに古く
芸のレベルが上がっていくので、来年うちのラボに入って
狭くて足を真っ直ぐに置くことも出来ない状態だったり
くる方は覚悟しておいた方がいいですよ(?)。
と、ゴルフ場にたどり着くまでに早速波乱含みでした。ゴ
翌日は、全員でソフトボールを楽しみました。我々は分
ルフ場では、回ったショートコースが自然豊かでかなり満
生研、農芸化学ソフトボール大会両方に参加しており、教
足。近くには馬や牛もいるような場所でしたよ。
授をはじめ、みな気合いが入っています。グラウンドを広
さぁ、初ゴルフ。初心者の私が打っても、当然真っ直
く使えたので、普段は応援に回ることの多い女性陣もゲー
ぐ飛んではくれません。ティーショットで一人だけとんで
ムに参加し、血液型別にチームを組んで性格の特徴がしっ
もない方向に飛んでいってカートに乗れずに一人歩いて回
かり表れた死闘を繰り広げました。その成果か今年の農化
ることが多々ありました。カートで移動出来る人たちは大
春季ソフトボール大会では強豪を抑え準優勝!
爆笑でしたが…。それでも、たまにグリーンまで真っ直ぐ
こんな感じで一泊二日のラボ旅行は終了。解散後は、ま
飛んだときは気持ちがよかったですね。経験者はさすがに
た例の狭くてクッションのないレンタカーに揺られての帰
上手くて、淡々とコースを回る人や、プロはだしのドライ
宅となりました…。思い出深い充実したラボ旅行でした。
バーでの飛ばし屋などいました。逆に未経験者の中にはア
イアン使っているのにゴロしか打てず、パターを使った方
が早いんじゃないの?と思わず突っ込みたくなる人など個
性的で見ていて楽しいものでした。ゴロで池越えする(ぐ
るっと池の周囲を回る)テクニックには周りもびっくり
(笑)。和気藹々とした雰囲気でのコース回りで、ゴルフ未
経験者にとっても十分楽しめるものとなりました。また来
たいと思った人も多いんじゃないかな?
夜はラボ旅行のメインイベント、新人による一発芸大会
が行われました。このイベントは毎年恒例で皆心待ちにし
ています。新人は必ず何か記憶に残る芸を披露しなければ
ならず、先輩たちに評価されるのでプレッシャーもかなり
のものです。これを乗り越えたとき、ラボの一員として完
全に受け入れられると言っても過言ではないかもしれませ
ん。年々ヒートアップしていく新人芸大会ですが、今年も
2週間ほど前から新人たちが打ち合わせや練習、買い出し
を行うという気合いの入れよう。当日は司会進行から全て
新人によるショータイムがくりひろげられ、大いに盛り上
20
お店探訪
セブン-イレブン
生体超高分子研究分野 冨田啓子
東大農学部正門前にセブン-イレブンがやって来ました。
私は最近二種類の試験監督をしました。二回とも同様の
朝日堂パン屋の隣のマンションの1 F に鎮座しています。
監督指導要項の訓示を受けました。「受験生が鉛筆、消し
このコンビニの名に纏わるある話が私の脳裏から離れませ
ゴム、その他を忘れても、万人の平等の原則に基づいて、
ん。時は 30 数年前のことです。生化出身の学生が、古巣へ
決して貸出ししてはいけない。一番近くのコンビニを教え
遊びに行って、某教授に「今の学生は Eleven Seven だ。朝
ることはできる。」と。きっとここのセブン-イレブンは農
遅く来て、気がついたら僕(某教授)より先に帰っている。
学部試験会場御用達のコンビニに指定されていることでし
全然、実験をしていない。僕らの学生(某教授)の頃は
ょう。
Seven Eleven だった。朝早く来て、夜遅くまで実験をした
ものだ。嘆かわしいことだ」とのたまわれたそうです。当
の学生は「僕は 12 時から 12 時まで、12 時間仕事をしてい
るのに」といたく憤慨して、戻って来ました。当時はコン
ビニそのものが珍しく、どこかにあるらしい、という程度
で利用することはほとんど考えられませんでした。今はも
うどこにでもあり、何でもそろっているようです。HB の
鉛筆や消しゴムまであります。
生命科学総合研究棟に銘板設置
7月 19 日(火)に「生命科学総合研究棟」の銘板を設置
しました。当日は、好天に恵まれ、宮島所長と會田農学生
命科学研究科長をはじめ関係者が多数参加しました。
21
受賞者紹介
平成 17 年3月以降で、新たに下記の方々が賞を受賞され
ましたので、ご紹介致します。(①受賞された賞名、②受
賞年月日、③受賞題目)
武山
健一(核内情報研究分野・助手)
① BBB 論文賞
②平成 17 年3月 28 日
③ヒトアンドロゲンレセプター N 末端転写活性化領域を
活性化する転写共役因子の遺伝学的解析
中村
貴(核内情報研究分野・派遣研究員)
①第 23 回日本骨代謝学会学術集会 奨励賞
②平成 17 年7月 22 日
③アンドロゲンの骨増強作用は破骨細胞内 AR を介して
発揮される
留学生との懇談会
7月 15 日(金)18 時より農学部生協食堂において平成
17 年度分子細胞生物学研究所留学生との懇談会が開催さ
れ、留学生、教職員、応用微生物学研究奨励会役員など併
せて約 70 名の参加者があった。和やかな会食の中、途中各
国留学生からのスピーチなどで盛り上がり、楽しいひとと
きを過ごすことができた。
22
掲示板
〈知ってネット〉
職員の異動等について
研究助成等公募(2005.9.1現在)
以下のとおり異動等がありましたのでお知らせします。
最新の情報は分生研研究助成係までお問い合わせください。
○平成 17 年3月 31 日
TEL : 03-5841-7803 / E-mail : kenjo@iam.u-tokyo.ac.jp
〈辞
職〉葛原
隆
助手(発生文化構造研究分野)
教員公募(2005.9.1現在)
:徳島文理大学へ
○ 平成 17 年 7 月 1 日
〈昇
任〉山田
真紀
最新の情報は分生研研究助成係までお問い合わせください。
講師(細胞機能研究分野)
TEL : 03-5841-7803 / E-mail : kenjo@iam.u-tokyo.ac.jp
:同研究分野助手より
Tea Time−編集後記
2年間、分生研ニュースの編集委員長として編集作業に携わ
分生研ニュース編集委員として迎える最後の号になりました。
ってきました。この間、教授の先生のインタビュー記事や新任
二年間務めさせて頂きましたが、その間には誌面に新しい企画
教官の研究紹介を新たに始めて、研究最前線では研究分野単位
が加わるなど、より興味深い広報誌になってきたのではないか
の持ち回り方式を採用しました。また、積極的に速報記事を掲
と考えています。編集委員を経験出来たことによって分生研ニ
載するように努めてきました。その結果、少しでもスマートで
ュースは多くの人の協力によって作成されていることが分かり、
読み応えのある内容に変わってきたと感じて頂けたら幸いです。
編集委員をする以前とは別の視点で読むことができるようにな
インタビュー記事では、予想以上に編集作業に労力がかかるこ
ったと感じています。
とがわかりましたが、記事そのものはたいへん好評を博してい
(分子情報研究分野
川崎
善博)
ます。今後も魅力的な紙面を提供できるように、次期編集委員
の先生方に頑張って頂きたいと思います。
(細胞機能研究分野
梅田
正明)
分生研ニュース第 30 号
2005 年9月号
発行 東京大学分子細胞生物学研究所
編集 分生研ニュース編集委員会(梅田正明、三浦義治、田中稔、成田新
一郎、川崎善博、石橋輝信、大久保幸子)
お問い合わせ先 編集委員長 梅田正明
電話 03 − 5841 − 7845
電子メール mumeda@iam.u-tokyo.ac.jp
23
研究紹介
アポトーシス制御におけるミトコンドリア凝
集の意義
(2)
。亜ヒ酸は
急性前骨髄性白
血病(APL)に
細胞増殖研究分野
芳賀
直実(助手)
有効な化合物
で、既存の抗が
ミトコンドリアはアポトーシス誘導において重
ん剤が効かない
要なオルガネラである。抗がん剤処理により、が
難治性固形腫瘍
ん細胞はミトコンドリアからチトクロム C 等のア
の治療にも用い
ポトーシス誘導因子を細胞質に放出する。カスパ
られることが期
ーゼと呼ばれるプロテアーゼ群がこれらの因子に
待されている。
より活性化され、細胞内の様々な基質を切断し、
亜ヒ酸によるアポトーシス誘導の引き金である活性酸素種(ROS)の
がん細胞は死に至る。ミトコンドリアは自身の分解および融合により
産生は上記2種のヒト脳腫瘍細胞株において認められるが、ミトコン
恒常性を維持しており、その制御分子は複数明らかにされている。興
ドリアの凝集とミトコンドリア膜電位の消失(DYm ↓)が起きるの
味深いことに、ミトコンドリアの動的変化を制御するこれらの分子は
は A172 細胞のみである。凝集することが膜電位の消失に必要であり、
アポトーシスの制御にも関与することが報告されている。
T98G 細胞においては ROS を感知してもミトコンドリアが凝集せず、
我々は、抗がん剤誘導アポトーシスの際、ミトコンドリアが凝集す
ることを見出した(1)。(A)写真は、抗がん剤の刺激によりヒト繊
それ以降のプロセスが進行しないものと考えられる。
現在は、ミトコンドリアの凝集を制御する分子ががん細胞のアポト
維肉腫細胞内のミトコンドリアが凝集する様子を示したものである。
ーシスの制御にも関与する可能性を検討しており、がん治療の新たな
この凝集はミトコンドリアからチトクロム C が放出されるよりも先に
分子標的となることを期待している。
起きる現象であることから、アポトーシス進行の制御に関与している
可能性が高い。(B)ミトコンドリアに作用する化合物である亜ヒ酸
(As2O3)と2種類のヒト脳腫瘍細胞株(A172、T98G)を用いた研究
では、ミトコンドリアの凝集とアポトーシス誘導に相関が認められた
姉妹セントロメア間の接着を保護するシュゴ
シン
References
1. Haga N, Fujita N, Tsuruo T. Oncogene 2003;22:5579-85.
2. Haga N, Fujita N, Tsuruo T. Submitted. 2005.
hSgo1 を RNAi によりノックダウンしたところ、分裂前中期にセント
ロメアの接着が保護されず、姉妹染色分体の早期分離を引き起こすこ
とが分かった。このことから、hSgo1 は哺乳細胞においては減数分裂
染色体動態研究分野
北島
智也(助手)
のみならず体細胞分裂においてもセントロメア間接着のプロテクター
として機能していると考えられる。
細胞は、遺伝情報の運び手である染色体を複製
今後の課題としては、シュゴシンがどのような分子メカニズムで姉
して、それらを娘細胞へ均等に分配するというサ
妹セントロメア間を保護しているのか、また、どのような制御を受け
イクルを繰り返すことによって増殖している。染
ているのかなど、いまだ多くの問題が残されている。世界中の研究者
色体の分配はきわめて厳密に行われる必要があ
たちとの競争に頭を悩ませながら、いろんな分野の方々と意見交換を
り、もし染色体の分配にミスが起こると、その結
したり新たな技術を取り入れたりしつつ、研究を楽しんで進めていけ
果生まれる細胞では染色体数が異常となり、それ
ればと考えている。
は死に至るか癌化、もしくは生殖細胞であればダウン症などの先天性
疾患の原因となり得る。我々はこれまでに分裂酵母を用いた研究から、
減数分裂において姉妹セントロメア間の接着を保護する「プロテクタ
ー」としてシュゴシンを同定し、これが正確な染色体分配に必須であ
ることを示してきた(Kitajima et. al., Nature 427, 510 - 517, 2004)。
現在、私はヒト培養細胞を用い、シュゴシンのヒトホモログ hSgo1
について解析している。免疫染色を行ったところ、hSgo1 は体細胞分
裂の分裂前期から中期にかけてセントロメアに局在していた。哺乳細
胞においては、分裂前中期に姉妹染色分体間の接着が腕部では失われ、
セントロメアでは保護されるということが知られている。そこで、
24
研究
究最
最前
前線
線
研
JNK による 14-3-3 タンパク質のリン酸化が細胞の生死
シグナルのバランスを制御する
質のリン酸化と JNK による 14-3-3 のリン酸化は、それぞれ生存
シグナルと細胞死シグナルを担っており、両者の拮抗的なバラ
ンスの関係が生死の判断に寄与する可能性が示された。
砂山潤、鶴田文憲、増山典久、後藤由季子(情報伝達研究分野)
J. Cell Biol. (2005) in press
細胞の生死は細胞死シグナルと生存シグナルのバランスによ
って制御されると考えられるが、それらのシグナルがいかに統
合され、生死の判断に結びつくのかは依然として謎である。広
範なストレス刺激で活性化する JNK は、ミトコンドリア上流に
おいて細胞死制御に重要な役割を果たすことが示されてきたが、
JNK が細胞死を誘導する機構はその大部分が未だ不明であった。
一方で Akt はさまざまな増殖因子や細胞接着の刺激によって活
性化し、細胞の生存促進において中心的な役割を果たしている。
Akt の基質としては Bad、FOXO、Nur77 などが知られているが、
これらの基質がリン酸化を受けると 14-3-3 タンパク質と結合し、
アポトーシス誘導活性が抑制されるという共通のメカニズムが
報告されている。われわれは 14-3-3 タンパク質が JNK によって
リン酸化されることを見いだした。さらに 14-3-3 がリン酸化さ
れると、Bad や FOXO などの 14-3-3 結合分子が解離することを明
らかにした。したがって JNK が 14-3-3 をリン酸化することで多
くのアポトーシス誘導分子が 14-3-3 から解離し、細胞死の誘導
に貢献する可能性が示唆された。Akt による 14-3-3 結合タンパク
葉緑体分化における tRNAGlu を介した2種の RNA ポリ
メラーゼの活性調節機構
ゼカスケードが観察される。PEP のシグマ因子の1種である
SIG2 は、葉緑体ゲノムにコードされた数種 tRNA の転写を正に
調節しているが、SIG2 の欠損植物ではこの分化に伴った NEP 活
華岡光正、田中寛(分子遺伝研究分野)
性の抑制が見られない。今回、我々はこの葉緑体への分化に際
EMBO Rep. 6, 545 - 550 (2005)
した NEP ・ PEP 間のスイッチング機構に着目し、in vitro 転写系
を利用して解析を行った。その結果、SIG2 に依存して発現する
Glu
真核細胞に見られるオルガネラのうち、ミトコンドリアや葉
tRNA の1種である tRNA が、NEP に直接結合して転写活性を
緑体は太古のバクテリアの細胞内共生により生じたと考えられ
抑制することを見出した。これは、SIG2 に依存して蓄積する
ている。そして、これらオルガネラには、現在でもそれぞれ固
Glu
tRNA が、葉緑体への分化過程で転写装置のカスケードに中心
有のゲノムや情報発現系が維持されている。特に植物細胞に見
的な役割を果たすことを示唆しており、転写制御因子としての
られる葉緑体には、祖先バクテリアの性質が現在でも多く残さ
全く新しい tRNA の機能が明らかとなった。
れ、バクテリア型 RNA ポリメラーゼ(PEP)が転写装置として
機能している。これに加え、高等植物の葉緑体では進化の過程
で異なるタイプの RNA ポリメラーゼ(NEP)が導入されるよう
になり、2種の RNA ポリメラーゼによる複雑な転写調節系が構
築されている。高等植物の葉緑体は組織や器官の分化に対応し
て多様に分化する。中でも緑葉組織の発達過程における原色素
体から葉緑体への分化ステップは、地球上の全生命を支える光
合成を司る器官への分化という意味もありその重要性は高い。
原色素体から葉緑体への分化プロセスを RNA ポリメラーゼの
動きから捉えると、まず分化初期には NEP の一過的活性化が起
こり、続く葉緑体の成熟過程では、PEP が徐々に活性化され光
合成遺伝子群の発現が誘導されるという一連の RNA ポリメラー
Glu