イシル・クラスター(石川県工業試験場の取組み)

Food Marketing Research & Information Center
食料産業クラスター ~関連情報(ルポ)~
イシル・クラスター(石川県工業試験場の取組み)
~品質安定化と機能成分の確認~
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石川県工業試験場の概要
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石川県金沢市にある石川県工業試験場は明治 9 年に勧
伝統食品へのアプローチ
石川県は現在 15 種類ほどある伝統野菜を積極的に支
業試験場として設立され、昭和 37 年に繊維工業試験場、
援している。例えば加賀野菜を認定してブランド化し、
機械工業指導所及び工芸指導所を統合した総合試験場と
その消費拡大を支援している。
なり現在に至る。この間、企業の技術振興を図るために
石川県工業試験場では、伝統食品などの素材から有効
「中小企業の試験室・実験室」として、技術相談・指導、
成分(機能性成分)を抽出したり、他の加工食品の原料
依頼試験(測定、分析)
、設備開放、研究開発、技術情報
素材に利用しやすいように、粉末化・液状化・抽出・濃
提供を行ってきた。現在では中小企業の技術の高度化、
縮・乾燥などの技術開発を行ったりしている。
能登半島には約 40 あまりの漁港があり、
そこで水揚げ
国際化などを支援するため、技術交流を国内外に広げて
されるイカやイワシを塩漬けしてできる魚醤油が「イシ
活躍している。
ル」といった名称(この他イシリ、ヨシル、ヨシリとも
呼ばれる)で今も残っている。これらは伝統食品である
が、家庭用の調味料として利用されてきたに過ぎず、我
国の場合は大豆醤油が一般的であるため、魚醤油の消費
量は多くない。
日本の 3 大魚醤油は秋田のハタハタを原料とした「シ
ョッツル」
、
香川のイカナゴを原料とした
「イカナゴ醤油」
と能登の「イシル」であるが、生産量は「イシル」が最
も多い(表 1)
。
表 1 3 大魚醤油の生産量(2001 年)
魚醤油の名称
写真 1 工業試験場の外観
石川県の産業は機械(精密加工・素形材)、繊維(繊
生産量(t)
イシル
200
ショッツル
50
イカナゴ醤油
10
その他
800
伝統的魚醤油
維製品・繊維加工)
、電子機器(システム技術・情報技術・
福祉科学)
、化学(工業材料・セラミックス・環境)
、そ
して食品(発酵食品、菓子、水産練り製品)などを中心
に構成されている。このような産業を支援するのが本試
験場の役割としてあった。
食品産業は石川県の製造出荷額で 2 位に位置し、重要
な産業である。中小企業が 99%を占める本業界の技術レ
ベルを向上させる目的で、平成 4 年に食品加工技術研究
室ができた。ここでは主に、県内で生産される食品・食
品加工物等の付加価値を高め、試験場が保有する技術シ
ーズをつかったオリジナル商品開発や品質管理を支援す
るため、研究開発・技術相談を行う拠点機関としての役
割を担ってきた。そして、食品関連全般の技術相談のワ
写真 2 伝統的な製造風景
写真 3 いしる
ンストップウインドウ機能(総合相談窓口機能)の強化
を図るため、食品コーディネーターを設置し、食品の新
表 1 を見るとイシルが 200t であるが、昭和 62 年(1987
規開発や機能性発掘につながる加工を支援している。
年)頃は 33t 程度しかなかったようである。しかし、石
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川県工業試験場でのイシル研究により、徐々にその機能
徐々に消費量は減っていった。
性の確認や、食品への利用方法が考え出されると、徐々
に消費量が増えていった。
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イシルに係わる研究開発
石川県工業試験場とイシルとの係わりは平成 4 年頃に
遡る。平成 4 年の年に山形県酒田市で魚醤フォーラムが
開かれ、石川県のイシルについては石川県工業試験場に
講演の依頼がきた。講演をするため、資料を調べてみる
とイシルに関して研究された文献等がほとんどないこと
がわかり、これをきっかけに石川県の伝統食品としての
本格的な研究が始まった。
そして、能登でイシルを製造している地元商工会やイ
シルメーカーと連携を図り、伝統的な製造と各工程での
写真 4 魚醤油の研究を進める道畠研究員
機能性成分などの生成メカニズムを調べる作業が始まっ
た。さらに、食品の原料として利用するためには安定し
4
た品質が欠かせないと考え、製造方法の研究も同時に進
イシル・クラスターの課題
めた。これが、他県で製造されている魚醤との差別化に
イシルの研究はうま味成分や機能性成分などの特定
なり、加工食品企業などへの安定した品質の原料供給の
からスタートし、その後、食品原料としての利用を見据
道筋がついた。
え、イシルの品質安定化を目指した製造方法の構築を行
研究や事業の流れを表 2 に示した。
ってきた。さらに、乳酸菌などを利用した発酵技術の開
発を進め、より付加価値の高い商品化を目指している。
表 2 イシルの生産量と研究・事業の推移
年
生産量(t)
(生産者数)
昭和 62 年
33
(7~8 社)
平成 4 年
150
5年
8年
300
一方で、能登のイシルをジャパンブランドとして海外
に輸出することも検討されているが、
現在 14 社位あると
試験場の係わり
いわれているイシル生産者の取りまとめも必要となって
くるだろう。現在、イシル生産者はそれぞれ独自に企業
酒田市でイシルの講演で調査
活動をしているため、イシルを拡販するにための戦力が
県立大学と共同研究開始
分散しているようにも見受けられる。さらにイシル・ク
成分・機能性確認
ラスターが大きく発展するためには、産学官の連携は欠
(抗酸化能・ACE 阻害活性)
かせない。
石川県工業試験場の今後の活躍に期待したい。
脱塩技術開発
(文:有限会社食品環境研究センター 新蔵 登喜男)
(電気透析膜技術開発)
15 年
*社団法人食品需給研究センター 客員研究員
おもいっきりテレビ放映
(イシルの機能性)
17 年
18 年
ジャパンブランド事業に認定
◇
200(14 社) 水産総合研究センターと共同研究
(イシルの乳酸菌発酵の研究)
20 年
地域資源活用事業計画認定
◇
平成 8 年に生産量が 300t と急激に伸びていたのは、エ
スニックブームなどにより、海外の調味料(ベトナムの
ニョクマムやタイのナンプラーなど)が使用されるよう
になったからである。これら魚醤油がブームとなった背
景には、それまで日本で使用されていた調味料はカツオ
や昆布、更に大豆や小麦から作った醤油が一般的で、消
費者は他の味を求めていたのではないかと、道畠研究員
は分析している(写真 4)
。しかし、ブームが去るとその
消費量も減少し、これら魚醤の品質が一定しないため使
用するたびに味が異なり使いにくかったことも手伝って、
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