I ICG Report

I
ICG Report
2014年08月20日発行 第386号
発行:ICGインベストメント
ICGレポート編集部
沢井智裕/山本信幸/藤居玲子
ユーロ圏のキャピタルフライト?
~ロシアとの消耗戦により本格的なデフレ経済に突入か~
ウクライナ情勢の悪化を受けて、ロシアと欧米間の経済制裁が活発化している。ロシアの通貨
ルーブルは、7 月初旬に 1 米ドルに対して 33.63 ルーブル前後で取引されていたロシアルーブル
は 8 月 8 日時点で 36.28 ルーブルへ、7.8 %も下落するルーブル安となった。
ロシアに大ダメージ
この間、株式市場もロシア株価指数が 6 月 24 日の高値 1421 ポイントから 8 月 7 日には、22.7
%下落の 1158 ポイントにまで下落した。現在でもロシア株式市場は先行き不透明感が漂い、株
価の先安観が拭えないでいる。ロシアは欧米に対して「売り言葉に買い言葉」で経済制裁合戦に
陥った経緯を後悔していることだろう。
しかし欧米との対決姿勢を強めるロシアのプーチン大統領の国内における人気は高く「プーチ
ン T シャツ」まで販売されるほど国民からの支持がバックにある。直近の世論調査でもプーチン
大統領の支持率は 64 %に達しており、ウクライナの併合を機に国民の高い支持を維持している。
欧米による経済制裁の中でもロシアの国有銀行への制裁は、ロシア経済に最大の脅威をもたら
す。米通信社ブルームバーグによると VTB、ズベルバンク、ガスプロムバンク、開発・対外経済
銀行(VEB)の 4 行合わせて、ドル建て、ユーロ建て、スイスフラン建ての債券約 150 億ドル相
当が 3 年以内に満期を迎えるという。これら金融機関の海外における資金調達の道が閉ざされる
ことになる。早かれ遅かれロシアの金融機関は経営危機に見舞われることになるだろう。
ロシアの金融機関の対外債務残高は 4 月末時点で 2140 億ドルもある。また欧米諸国からロシ
アの石油産業、軍事産業が必要とする技術の輸出も禁止される。ただでさえ施設の老朽化が激し
く、かつ産業の育成が遅れているロシア経済の立て直しは容易ではない。外資の技術が導入出来
ないとなれば隣国・中国との差もどんどん開く一方である。
ユーロとロシアの消耗戦
プーチン大統領は米国と欧州連合(EU)からの農産品の禁輸や輸入制限を発動する大統領令に
署名し、短くとも 1 年間、輸入を禁止する物品の一覧表の作成を命じた。ロシアの動植物検疫局
(VPSS)はすでに米国からの鶏肉の輸入停止を決定。国営ロシア通信(RIA)は VPSS が米国から
のすべての食料、EU の果物と野菜の輸入を禁止することを伝えた。
ロシアの昨年の食料輸入は 430 億ドル。欧州産果物と野菜の主要な輸入国で、EU の輸出のう
ち野菜の 21.5 %、果物の 28 %はロシア産である。反面、米農産物食糧輸出にロシアが占める割
合は 1 %にも満たない。ロシアの対欧米制裁は、ユーロ圏にとって厳しいものとなると同時にロ
シア自体にとっても痛み分けに等しい苦渋の選択となった。
金融市場もユーロ圏とロシアとの比較では、「正しい判断」を下しているようだ。ロシアルー
ブルは、対ユーロで 7 月上旬に 1 ユーロ= 48.07 ルーブルであったのが、8 月 7 日の時点でも 48.
47 ルーブルをキープしている。わずか 0.8 %のルーブル安といったところから読み取ると、ユー
ロ圏の対ロシア経済制裁は、金融市場の判断でも前述の通り「痛み分け」といったところであろ
う。
ユーロ圏がロシアの経済制裁に踏み込むのを躊躇っていた理由は、自らの景気に返り血を浴び
1
ると悟っていたからだろう。アメリカ経済にはあまり悪影響は及ぼさないが、これからはユーロ
圏とロシアがお互いに消耗戦に入ることになる。
日本をカードにする理由
ロシア政府の経済見通しでは2014年の実質成長率はプラス0.5%で、15年以降は2%以上の成長
を見込んでいた。しかし欧米による経済制裁の影響で、今年の上半期は1.0%成長に留まり、来
年以降はマイナス成長に落ち込む恐れが出て来ている。ロシアはこの経済危機を脱却するために
――世界最大の経済大国・アメリカやユーロ圏との経済関係を縮小させるのだから――経済規模
で2位の中国と3位の日本とのビジネスを拡大させる必要がある。
ところが日本は欧米との関係を重視し、対ロシアで農林水産物、食品の輸出を凍結すると発表
している。しかしその輸出額は日本円でわずか37億円程度、ロシア経済には大きな打撃とならな
い。ロシア側も日本に対して不快感を表しながら、近い将来のプーチン大統領の来日に含みを持
たせている。ロシアは日本とは北方領土における共同開発の問題や大口のエネルギー資源の買い
手としての戦略的パートナーとしての待望がある。
また5月、ロシアの国営ガス供給会社ガスプロムは隣国・中国の中国天然気集団(CNPC)と天然
ガス供給の長期契約を“結んでしまった”。期間は30年間で総額4000億米ドルの大型契約である。
中国の年間ガス消費量の約20%に当たる最大年380億立法メートルをパイプラインで輸出する。
しかし中国には不安が多い。政権内の権力闘争が激化の兆しを見せ、ウイグル族のイスラム過激
派のテロが活発化、各地で起こる民衆の不満を源泉とする暴動やテロが社会不安に発展しないと
も限らない。
ロシアはそんな不安定な隣国だけでなく、日本も手の内に入れておきたい存在と考えている。
欧米とは当面関係が悪化しても日本や中国とは逆に関係を強化しておかなくてはならない。
ユーロはデフレとインフレの分岐点
ユーロ圏は経済自体は需要に対して完全に供給過剰であるから、物価下落圧力が強まり、デフ
レ懸念が付きまとう。デフレ圧力はかつての日本同様に通貨発行量が抑制されるからユーロの買
い要因、つまりユーロ高の圧力が掛ることになる。ところが同じ経済的観点から見てロシアから
投資が逃避している状況は、「明日のユーロ圏」とも言えるだろう。
ユーロ圏から資金が引き上げ、あるいはユーロ圏内の地元資金がユーロ圏からキャピタルフラ
イトする自体に悪化すれば、今度は通貨ユーロの売り圧力が強まり、ユーロ安の前提条件が整う。
現時点で考えられるのは、本格的なキャピタルフライトが起こらず、ヨーロッパ中央銀行(ECB)
の追加金融緩和によって金融不安寸前で持ちこたえ、ユーロ圏企業も手元資金の流動性を高めて、
域外でも投資を控えるようになるだろう。
ユーロ圏は金融緩和という「切るタイミングを逃したカード」があるので、金融緩和に固執し
て政策を遂行してくるはずだ。つまり日本がかつて歩んできた長期デフレを甘受しながら金融シ
ステムを再構築したり域内各国の財政再建を進める方法である。それらと引き換えにユーロ高=
輸入デフレを受け入れる必要がある。それを示すべくドイツ国債は、8月中旬に一時、年利回り1
%を割った。
それは同時にユーロ圏が本格的なデフレ経済に突入するという合図でもある。一時的な調整は
あるにせよ、まだまだ債券バブルも株式バブルも続くだろう。
2
Q&A
Q. NY株は更なる下落はありますか?
A. イスラエルのガザ地区の問題、アルゼンチンの債務不履行問題、ロシアのウクライナ問題等、
1年前と比較して株式市場にとってマイナス要因はあります。しかし逆にそれらがテーパリング
(量的緩和縮小)の停滞を生み、フォローの風になってくるかもしれません。
Q. 香港のHSBC口座から送金が出来なくなりました。何か良い方法は?
A. 恐らく「口座へ」の送金実績はあったと思いますが、「口座から」外への送金実績がなかっ
たのではないでしょうか? その場合、ご本人が窓口に出向いて個人情報を更新する必要があり
ます。一方で「口座へ」の送金は継続して出来ます。
Q. 航空会社の事故が多いのですが、市場への影響は?
A. 例えばマレーシア航空の株価が低調ですが、これは以前から低収益体質が問題でした。あく
まで個別企業の問題だと思います。アジアではタイ航空やインドネシアのガルーダ航空が赤字体
質です。マレーシア航空に関しましてはイスラム過激派との因果関係も取り沙汰されていますが、
少々神経過敏なところがあると思います。
NEWS
フロンティアマーケット旋風
エマージングマーケットとは新興国のことで、アセアン諸国や南米、東欧、アフリカ等のマー
ケットを指すが、最近「フロンティアマーケット」という言葉を耳にする。フロンティアマーケッ
トとは、エマージングマーケットの中でも、アルゼンチンやベトナムのような国々を指す。 エ
マージングマーケットでもより小さなマーケットで、あまり知られていないマーケットを指す。
従って情報も不足しており、投資リスクも高い。反面、リターンは大きくなる傾向にある。
年初から8月初旬までに、米モルガンスタンレー社が算出する指数、MSCI Frontier Markets I
ndexは19%上昇した。同時期のMSCI Emerging Markets Indexは6%の上昇に留まった。ちなみに
世界の株価指数を示すMSCI World Benchmarkは2.2%の上昇となっている。
海外からの資産がこれらフロンティアマーケットに22億ドルの資金流入した一方で、エマージ
ングマーケットからは7億2000万ドルの資金流出があった。1230億ドルの資産運用規模を誇るファ
ンド運用会社の米系インべスティックアセットマネジメント社や、8860億ドルの資産運用規模を
誇るノルウェイ政府系ファンド等がフロンティアマーケットでプレゼンスを発揮し始めている。
ただ一方で問題は、市場規模が小さいため、当該国が認める外資系企業による出資比率の上限
に抵触するケースが目立ち、投資余力を残しながらも投資金額を増額することが敵わないケース
も出ている。株式時価総額もMSCI Frontier Markets Indexが1090億ドル程度で、MSCI Emerging
Markets Indexの4兆ドルよりも遥かに小さい。しかしながら高いリターンを求めて市場は拡大
傾向にある。今後はフロンティアマーケットも要注目である。
(ICGヨーロッパ ヨハブ・リウィット)
地盤沈下のシンガポール証券取引所
2011年の新規株式公開(IPO)企業の時価総額は73億3000万米ドルであったが、この年を最高
3
に12年、13年は通年でそれぞれ40億米ドル、そこそこのIPOであった。シンガポール証券取引所
(SGX)の今年の上半期の純利益も-12%となり、ライバルの香港証券取引所(HKEx)の+4%
FUND
米経済の不安定がバブル生む
オバマ政権の政策が非常にちぐはぐでアメリカに対する信用は失墜している。2015年末までに
アフガンから米軍を撤退させることが、中央アジアと国境を接する中国内部のイスラム過激派を
テロに走らせる遠因になっている。またイラクを撤退するとしながら、いきなり空爆を始めたり、
ウクライナ紛争では、ロシアはアメリカの意見をほとんど無視する状態となっている。さらに
「アジア重視」を打ち出しながら、中国の海洋進出を抑えることがほぼ不可能に見える今日、ア
メリカの世界におけるプレゼンスは消えうせた。そのアメリカの不安定さ、リーダーシップの欠
如が、世界の金融市場における債券、株式バブルをコントロール出来ないのかもしれない。
運用会社別「ファンドトップ10(年初来)」
ピクテ銀行
スイスの大手プライベートバンク・ピクテ銀行のファンドパフォーマンス(米ドル建て)の1
-3位までインド株ファンドが並ぶ。1位はインデックス連動型ファンドで、2位がインド株投資
型、3位は同じインド株でも配当型である。パフォーマンスは3本とも年初来22%で差はない。イ
ンド株は高値警戒感が拡大するものの、中国に変わる市場として国際機関投資家の期待が大きい。
4位、5位には後発医薬品株に投資しているファンド。アメリカのバイオ関連株が好調であったの
が背景にある。以降、日本株ファンド、南米株ファンドが続くが、ブラジル、アルゼンチン勢の
景気回復が鈍く、今後は国際ポートフォリオ上の循環物色として資金の流入が期待出来る。
ICGファンドの運用成績
Gold Nugget Fund
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
Jan
Feb
5.20%
-2.51%
-6.94%
10.81%
-0.52%
-2.92
1.91%
2.35%
5.07%
0.21%
-5.46%
5.83%
Mar
-6.86%
-2.24%
0.43%
1.56%
-5.90%
0.57%
-3.41%
Apr
-6.39%
-4.92%
5.31%
6.37%
-1.11%
-9.09%
-0.54%
May
Jun
1.66%
4.59%
13.13% -6.33%
1.54%
2.35%
-1.69% -3.22%
-6.03%
1.79%
-5.44% -14.68%
-3.40%
5.48%
Jul
-3.11%
1.06%
-5.94%
6.80%
0.86%
9.64%
-2.71%
Aug
Sep
Oct
-9.07%
3.10% -19.72%
0.79%
5.67%
2.45%
6.78%
4.89%
3.03%
8.99% -11.26%
5.36%
2.02%
7.15% -3.27%
6.15% -5.61% -1.07%
Nov
Dec Year-to-date
12.17%
8.28% -17.89%
11.28% -6.08% 21.75%
3.02%
1.72% 24.75%
0.45% -10.17% -1.30%
-0.58% -3.84%
0.73%
-5.97 -4.45% -32.26%
May
0.00%
-10.54%
-5.73%
-6.70%
13.29%
3.37%
Jul
-0.33%
4.30%
-5.35%
-7.20%
6.82%
-7.19%
Aug
Sep
-0.86%
0.25%
-4.31%
6.56%
-8.96% -15.17%
2.42% -0.45%
-4.66%
5.06%
Nov
-0.46%
-4.97%
-3.63%
0.23%
-1.29%
Clean Tech Fund
2009
2010
2011
2012
2013
2014
Jan
Feb
Mar
Apr
-2.73%
5.00%
5.28%
4.21%
3.99%
-1.71%
-1.66%
-0.71%
-3.37%
8.97%
1.30%
2.42%
-3.46%
-1.01%
0.63%
1.03%
-3.59%
-5.06%
16.00%
-6.77%
Jun
-0.70%
-2.16%
-1.92%
1.89%
-3.62%
2.81%
Oct
-2.03%
-2.06%
-0.67%
-0.64%
0.47%
Dec Year-to-date
-0.57% -4.62%
3.60% -12.17%
-6.45% -39.19%
5.92% -9.09%
3.20% 37.72%
本レポートは十分に注意深く編集していますが、完全に誤りがないことを保障するものではあり
ません。本レポートはあくまで投資決定上のひとつの材料とお考えください。
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