(AR-13)2009年度版

DRC 年 報 2009
― 目 次 ―
Ⅰ :「 1 ペ ー ジ 提 言 」・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・・ ・ ・ ・ 1 ∼ 16
1.日本の領土問題
2.離島と領域の防衛
3.領域警備の任務付与
4.勝てない戦略「専守防衛」
5.海空優先論を糺す
6.統合運用体制の充実
7.世界に通用しない「武器輸出3原則」
8.インド洋給油活動の評価尺度
9.日本の政府系国際貢献の在り方について
10. MD に 代 わ る レ ー ザ ー ビ ー ム 迎 撃
11. 宇 宙 旅 行 は ロ ケ ッ ト で あ る 必 要 は な い
12. 日 米 の 防 衛 調 達 改 革 の 違 い を 思 う
13. 自 衛 隊 の 社 会 イ ン フ ラ と し て の ユ ー テ ィ リ テ ィ 利 用 の 再 考
14. 外 国 が 核 装 備 に 走 る 際 の 考 慮 要 因
15. 陸 上 自 衛 隊 の 運 用 研 究 等 の 在 り 方 に つ い て
16. 地 雷 処 理 訓 練 の 在 り 方 に つ い て
Ⅱ:安全保障に係わる所論
官 民 関 係 を 良 く す る た め に ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 17
( 財 ) DRC 理 事 長
上田
愛彦
真 の 「 日 米 同 盟 」 確 立 に 向 け て ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 21
( 財 ) DRC 研 究 委 員
岡本
智博
文 民 統 制 に 関 す る 考 察 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 27
( 財 ) DRC 研 究 委 員
安村
勇徳
「 核 兵 器 の な い 世 界 」 と 核 抑 止 力 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 33
( 財 ) DRC 研 究 委 員
高山
雅司
防 衛 戦 略 の 再 構 築 と 防 衛 予 算 の 増 額 確 保 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 41
( 財 ) DRC 研 究 委 員
大串 康夫
脅 威 に 曝 さ れ る 国 境 離 島 と 領 域 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 45
( 財 ) DRC 研 究 委 員
古澤
忠彦
国 境 離 島 を い か に 防 衛 す べ き か ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 53
( 財 ) DRC 研 究 委 員
吉田
曉路
敵 地 攻 撃 能 力 の 整 備 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 59
( 財 ) DRC 研 究 委 員
大串 康夫
中 国 軍 の 兵 器 近 代 化 と 日 本 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 63
( 財 ) DRC 研 究 委 員
江口
博保
中 国 海 軍 空 母 保 有 に 対 す る 我 が 国 海 上 防 衛 構 想 ・ ・・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 73
( 財 ) DRC 研 究 委 員
五味
睦佳
英 国 の 常 設 統 合 司 令 部 の 設 立 に つ い て ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 81
( 財 ) DRC 研 究 委 員
中村
曉
2020 年 の 朝 鮮 半 島 軍 事 情 勢 を 読 む ・・・・ ・・・・ ・ ・・・・ ・ ・・・・ ・ ・・・・ ・ 87
( 財 ) DRC 研 究 委 員
大串
康夫
防 衛 省 の 科 学 技 術 研 究 開 発 ( 政 策 ) に 対 す る 一 考 察 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 93
( 財 ) DRC 研 究 委 員
稲垣
連也
米 陸 軍 に お け る ク ラ ス タ ー 弾 薬 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 103
( 財 ) DRC 研 究 委 員
池田
純一
ス パ イ ラ ル 開 発 の 終 焉 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・123
( 財 ) DRC 研 究 委 員
池田
純一
「 ぢ ゃ ぼ 」と し て の 日 本 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・129
( 財 ) DRC 研 究 委 員
玉眞
哲雄
Prosecution side opening statement of sarin gas attack
on the Tokyo subway system・・ ・ ・・ ・ ・ ・ ・・ ・ 139
( 財 ) DRC 研 究 委 員
大島
紘二
財 団 法 人 デ ィ フ ェ ン ス リ サ ー チ セ ン タ ー の 概 要・・・・・・・・・・・・・・・・・153
DRC 年報 2009
1ページ
提言
日本の領土問題
( 財 ) DRC 研 究 委 員
大串
康夫
日 本 の 領 土 問 題 と 言 え ば 、 多 く の 人 は 「 北 方 領 土 」、「 竹 島 」、「 尖 閣 諸 島 」 を 挙 げ る に 違
いない。しかし、日本政府が公式に領土問題としているのは、ソ連が住民を島から根こそ
ぎ追い出して不法占領し続ける「北方領土」と韓国が一方的に李承晩ラインの中に取り込
ん で 強 奪・不 法 占 拠 し て い る「 竹 島 」で あ る 。中 国 と 台 湾 が 領 有 権 を 主 張 す る「 尖 閣 諸 島 」
は、日本が海上保安庁巡視船を配備して実効支配しており、領土問題は存在しないとの
立場である。しかし果たして、奪われた島々だけが領土問題なのであろうか?
隣 国 の 領 有 権 主 張 は 、「 尖 閣 諸 島 」 だ け に 留 ま ら な い 。 韓 国 が 国 会 決 議 ま で し て 領 有 を
主 張 し は じ め た「 対 馬 」。中 国 が 一 方 的 に 開 発 す る 東 シ ナ 海 の 海 底 ガ ス 田 。中 国 が 岩 礁 の
FEZ(排 他 的 経 済 水 域 )は 認 め な い と す る 「 沖 ノ 鳥 島 」。 ま た 中 国 は 非 公 式 的 な が ら 沖 縄 列 島
について、
「 歴 史 的 に 中 国 に 朝 貢 し て い た 琉 球 王 国 は 、清 朝 の 国 力 疲 弊 に 乗 じ て 日 本 が 吸 収
合 併 し た 。日 本 敗 戦 後 に 占 領 し た 米 国 が 中 国 の 了 解 な し に 日 本 に 渡 し た の は 無 効 。」と ま で
言 っ て い る 。こ の よ う に 狙 わ れ て い る 島 々 も 全 て 日 本 の 領 土 問 題 と し て 認 識 す べ き で あ る 。
領土と国民は国家主権の基盤である。国際的に領土と国民に対する侵害は、国家の統治
権 に 対 す る 重 大 な 侮 辱 で あ り 、 戦 争 挑 発 行 為 で あ る と 認 識 さ れ て い る 。 領 土 は 1 cm も 外
国の不法占拠を許してはならない。国民は1人たりとも外国に拉致されてはならない。
日 本 は 6,852 の 島 か ら 成 る 海 洋 国 家 で あ る 。 小 さ な 無 人 島 で あ っ て も 、 島 を 基 点 と
す る 200 海 里 の 経 済 水 域 は 大 き な 海 洋 権 益 で あ り 、 豊 富 な 海 洋 、 漁 業 、 海 底 資 源 を 有
する。また国境の島々は、国防の最前線であると同時に、隣国との友好の架け橋でも
ある。領土問題は、正に「平和と対立」の分岐点であるだけに、外交交渉では、双方
の国が確信の国益外交を展開するので道は険しく、忍耐を要する。この忍耐外交を支
えるのは変わらぬ国民世論の支持であり国家主権と国益を守る気概である。
その一方で隣国の主張や国民意識などを承知しておく必要がある。韓国では国民教
育として小学生から「独島(竹島)の歌」を通してその歴史的経緯と領土領海の大切
さを教えており、世論は竹島を巡る日本の動きに敏感に反応する。翻ってわが国では
どうか。小学生に至るまで広く主権意識の高揚に努めるべきではなかろうか。
1
離島と領域の防衛
―離島は日本防衛の防波堤ではない―
( 財 ) DRC 研 究 委 員
1
古澤
忠彦
離島の位置づけ
我 が 国 は 、7,000 に 近 い 島 嶼 で 構 成 さ れ る 島 国 で あ る 。排 他 的 経 済 水 域 EEZ は 、島 嶼 沿
岸 200 マ イ ル の 広 大 な 海 域 に お け る 権 益 を 管 理 す る 権 限 と 責 任 を 認 め て い る 。海 洋 技 術 の
発達は、水産資源のみならず石油・ガス・メタンハイトレード・希少金属等の採取採掘に
よって将来の我が国発展の更なる可能性を期待させる。同時に島嶼を含む広大な海域は、
我 が 国 の 生 命 線 で あ る 海 上 交 通 路 と も 一 体 で あ る 。2007 年 成 立 の 海 洋 基 本 法 で は 、我 が 国
にとっての海洋と離島の重要性と政策の実行を促している。にも拘わらず国境離島の防衛
は 、「 本 土 の 防 波 堤 」「 隣 国 に 脅 威 に な ら な い 」 と し て 、 敢 え て 態 勢 整 備 を 控 え て き た 。
2
国境離島防衛の現在
1953 年 に「 離 島 振 興 法 」が 制 定 さ れ て 60 年 、高 度 経 済 成 長 を 経 た 今 日 、 産 業 基 盤 や 生
活環境の格差は広がる一方であり、有人離島の過疎化・空洞化に加えて外国資本の進出や
公然とした主権侵害事案が後を絶たない。周辺諸国との摩擦や刺激を回避することを優先
してきた我が国の政治姿勢を見透かした外国の強かな侵害行動に、国境離島は脅かされて
いる。国家の責任である国境離島の安全保障・防衛は、冷戦時代と殆ど変わりがなく放置
されていることに、島民は「見捨てられるのでは」と不安感を拭えないでいる。その原因
の 一 つ は 、政 経 の 中 央 集 中 が も た ら し た 地 方 離 島 へ の 無 関 心 で あ ろ う 。EEZ の 資 源 の 価 値
と国益追求の競合は、領域・島嶼の占有争奪の危機を増大させている。先人が汗と血で守
り通してきた国家主権を失うのは安いが、一度奪われた主権と権益を取り戻すことは不可
能に近いことは、北方領土や竹島が示すとおりである。
3
離島防衛・防人の歴史
我 が 国 の 離 島 防 衛 「 防 人 」 は 、 633 年 の 白 村 江 の 戦 い に 敗 れ た 後 、 唐 及 び 新 羅 の 来 寇 に
備 え て 設 け ら れ た 。 以 来 、「 大 君 の 任 け の ま に ま に 島 守 に 我 が 立 ち 来 れ ば ・ ・( 万 葉 集 )」
の 如 く 全 国 か ら 多 く の 兵 士 が 西 国 に 赴 任 し 国 防 の 任 に 当 た っ た 。 1019 年 の 満 州 女 真 族 に
よ る 対 島 ・ 壱 岐 等 へ の 「 刀 伊 来 寇 」、 1274 年 ( 文 永 の 役 ) 及 び 1281 年 ( 弘 安 の 役 ) の 2
度にわたる元寇では、地域の武士や住民のみならず全国から馳せ参じた武士団の決死の防
衛戦が行われた。中でも「刀伊来寇」と「文永の役」では、事前の備えが十分でなかった
ので敵の上陸蹂躙を許し甚大な被害と撃退に多大の犠牲を強いられた。また幕末のロシア
軍艦ポサシニカの対馬不法占拠事件には、海防力のない我が国に代わってイギリスの軍事
力 外 交 力 が 対 処 し た 。 こ の 教 訓 は 1945 年 の 沖 縄 戦 ま で 、 離 島 を 「 我 が 国 一 体 の 国 土 」 防
衛として維持し続けてきた。
4
先制的な国土・領域防衛へ
先ごろ与那国島地元の強い要望で自衛隊の配備が積極的に検討されていたが「
、周辺国に
刺激を与える」ことを理由に沙汰止みになったという報道があった。先に述べたように戦
後の我が国は、過剰に防衛問題を抑制的に扱ってきた。その結果国境や離島・領域の積極
的な防衛を回避してきた。紛争の全てを「外交交渉」のみで解決できないのが今日の国際
関係の現実である。国境離島とその周辺領域を「本土防衛の防波堤」とすることなく国家
を挙げて「先んじて」守り通すことが必要である。
2
DRC 年報 2009
領域警備の任務付与
( 財 ) DRC 研 究 委 員
安村
勇徳
将来自衛隊に期待される新たな役割で考慮すべきは、中国の軍事力増強に伴う海洋進出
や北朝鮮の武装勢力などによるわが国領域における不法行動等への対処である。わが国に
対する武力攻撃事態における対処や周辺事態における米軍に対する協力については、一定
の法的整備がなされてきたが、将来「防衛出動や周辺事態に至らない情勢下でこのような
事態にわが国独自で対処する場合に、自衛隊がいかなる権限でどのような行動をとるか」
は、早急に検討すべき重要な課題である。
このようなわが国領域における様々な事態に対処する際に特に重要なのが、自衛隊に対
する明確な任務の付与であり、自衛隊法3条に領域警備を自衛隊の任務として新たに追加
する必要がある。朝鮮半島の統一や台湾海峡問題が将来どのような進展をみせるかで、予
想されるわが国周辺の情勢は大きく異なるが、武力衝突を含む大きな混乱が生起すれば、
領空・領海の侵犯にとどまらず、武装工作員・工作船によるテロ・ゲリラ活動や離島・沿
岸部の占拠など、国外勢力による大規模な犯罪や、わが国領域に対する主権侵害行為が予
想される。この時点での米政権のコミットメントがどの程度のものかにもよるが、領土・
領海にかかわる小規模な紛争や国家間の対立に、米国は原則として関与しないことを考慮
すれば、このような情勢下では、わが国が独自の対応をすることを前提に準備しておく必
要があろう。領域警備は基本的に警察作用であり、領域における秩序維持行動として警察
と海上保安庁が第一義的に対応する責任を有する。この能力を超える事態については、こ
れを補完する立場である自衛隊が協力・支援するか、或いは、命令による治安出動、又は
防衛出動として自衛隊が対応することになる。一般的に領域警備は、①警察(海保含む)
による対処、②警察に自衛隊が協力して対処、③自衛隊が警察作用として対処(海上警備
行 動 ・ 治 安 出 動 )、 ④ 自 衛 隊 が 防 衛 作 用 と し て 対 処 ( 防 衛 出 動 ) の 4 つ に 区 分 で き る 。 し
か し 、現 行 法 に お い て は 、② の 段 階 に お け る 自 衛 隊 の 協 力 は 、
「 省 庁 間 協 力 」の 範 疇 で の 支
援・協力、及び治安出動下令前の情報収集程度にとどまることになる。また③の段階にお
ける自衛隊の行動は、あくまでも警察作用としての対応に限定され、事態が拡大すれば防
衛作用としての自衛隊の参加は不可避である。特に、重武装のゲリラ・特殊部隊等への対
応は警察の能力・権限を超えるものと考えられるが、防衛出動を発令するには慎重な考慮
が求められ決断のハードルは高い。他方、治安出動では武器使用の制約があり有効に対応
で き な い こ と が 予 想 さ れ 、ま た 、9.11 の テ ロ を 受 け て 新 た に 定 め ら れ た「 自 衛 隊 の 施 設 等
の警護出動」についても、その対象は自衛隊や在日米軍施設に限られている。
このようなことから、将来予想される各種の事態に対し、有効に対処できるよう領域警
備に関する法制を整備することが求められる。この中で、領域警備について国家としての
対処方針を明確にし、領域におけるわが国の主権を確保・堅持する自衛隊の責任と権限を
明確に与えることが重要である。このため、自衛隊法3条に領域警備を自衛隊の任務とし
て付加し、平時から有事に亘って連続的に領空・領海及び領域における国家の安全保障に
つ い て 自 衛 隊 の 役 割 を 明 確 に す る こ と が 必 要 で あ る 。こ の よ う な 法 制 面 で の 根 拠 を 確 立 し 、
陸・海・空自衛隊を統合部隊として事態に有効に対処できる実力を平素から保持すること
で大きな抑止力ともなるのである。
3
勝てない戦略「専守防衛」
( 財 ) DRC 研 究 委 員
庄野
凱夫
1.確固たる防衛戦略の欠如
第2次世界大戦後のわが国では、軍事に係るあらゆることをタブーとして忌避してしま
い 、国 家 観 や 安 全 保 障 と い っ た 国 の 基 本 的 な 部 分 を 子 弟 の 教 育 か ら 削 除 し て し ま う と 共 に 、
政治経済指導者たちの頭の中からも消去してしまったかのように見える。
このように国家としての基本的成立条件を空疎なものにしてしまい、現実に生きている
国民へ現在将来にわたって大きな禍根を残す結果を招いてしまって良いのだろうか。
過去の因果関係などを一旦白紙に戻して国家安全保障の中核である防衛戦略を現実的
に考えてみれば、科学技術が急速に進展している現代社会の中で、わが国は現在将来にい
かなる軍事的脅威に直面することになるのか、それはいつどこから来るのか、それをどう
いう手順・態勢で回避して国家国民の安全を確保するのか、そのための防衛力として最も
効 率 的 な 自 衛 隊 の 姿 を ど う 求 め る の か 、 ま た 100 年 の 将 来 を も 見 通 し た 同 盟 国 ・ 友 好 国 は
どこなのか、有事にその支援協力をどう得るのか、国家安全保障確保のために国際協調を
進めるとすればこれらの国々への支援協力をどう行うのか、国連の平和維持活動に依存す
るとするならばその基本となる加盟国としての集団的自衛権と集団安全保障をどう確立す
るのか。
こ れ ら の 重 要 な 国 家 防 衛 構 想 に つ い て 、内 外 の 論 者 が 多 く の 議 論 を 積 み 重 ね て き て は い
るが、国防力をコントロールすべきシビリアンである政治主体あるいは執行機関として責
任 あ る 政 府 ・防 衛 省 は 、具 体 的 で 直 接 的 な 国 家 の 行 動 方 針 と し て こ れ ら を 確 立 し 広 く 国 民 一
般 に 明 示 し た こ と が な い 。昭 和 32 年 以 来 不 変 の 「国 防 の 基 本 方 針 」や 、「防 衛 計 画 大 綱 」、毎
年 発 行 の 「防 衛 白 書 」は 十 分 に 具 体 的 で 誰 に で も 理 解 で き る 内 容 に は な っ て い な い 。 一 言 で
言うならば我が国には国家防衛戦略が無いのではないかとさえ考えられる。
2 .「 専 守 防 衛 」 の 欠 陥
海 洋 国 家 日 本 が 位 置 す る 北 西 太 平 洋 地 域 の 安 全 保 障 環 境 は 、不 安 定 な 韓 半 島 情 勢 と 大 陸
中国の強力な軍事力拡大によって大きな変転を迎えつつあるが、北方領土・竹島・魚釣島
など懸案の領土問題、中国・韓国がことあるたびに持ち出す歴史問題、主権国家に侵入し
て無辜の市民を連れ去る北朝鮮の拉致問題など国家主権に係る重要事項が放置状態にされ
たままであり、軍事的には日本全土を何十回も破滅させうる中国の核兵器や実験を喧伝し
保 有 を も 顕 示 し て い る 北 朝 鮮 の 核・化 学 ・生 物 戦 力 に 対 応 し て 国 土 国 民 を 防 衛 す る 具 体 的 な
防衛構想はなく、唯一「専守防衛」構想と日米安全保障によって周辺国家を刺激せずに基
盤的防衛力を整備すればよいということになっている。
し か し 敵 に 脅 威 を 与 え る こ と の な い「 専 守 防 衛 」は 万 全 で あ っ た と し て も た だ の 守 勢 戦
略であって、有事に際し敵の侵略を抑止・排除して勝利する防衛戦略では決してありはし
ないことを銘記しておく必要がある。
4
DRC 年報 2009
海空優先論を糺す
( 財 ) DRC 研 究 委 員
吉田
曉路
日 本 は 四 面 環 海 、EEZ を 含 め る と 広 大 な 領 域 を 有 す る の で 陸 地 で 戦 う の は 被 害 も 大 き く
得策ではなく、海空防衛力によりなるべく遠くで侵攻する敵を撃破すればよい、というの
が海空優先論者の幻想である。この幻想が如何に現実離れをしているのかについて、以下
3点について糺したい。
第1:防衛戦略と防衛力の構成
いかなる防衛力を保有するかを決めるのは、国家としての防衛戦略である。すなわち、
戦 略 的 に 攻 勢 ( 先 制 ) か 防 勢 ( 迎 撃 ) か の 選 択 で あ り 、 日 本 は 「 専 守 防 衛 」、「 攻 撃 的 兵 器
の 保 有 禁 止 」、「 自 衛 権 行 使 は 必 要 最 小 限 」、「 集 団 的 自 衛 権 の 行 使 禁 止 」 と い っ た 制 約 を 設
けていることからみて明らかに極端に萎縮した戦略的防勢を採っている。
ところが、隠れる場所のない広大な海空域を戦場とする海空戦闘力は、持久戦に馴染ま
ず、至短時間に勝敗が決まる決戦戦闘力であり、敵基地への先制攻撃と圧倒的戦力による
制海・空権の確保が至上の課題となる。他方、陸上防衛力は得られた準備時間と地形を利
用して戦力の不足を補い、長期間に亘って持久でき、住民を保護し、侵略者による土地の
支配を長期にわたって峻拒できるという特性を保有している。以上のことから、数千の大
小の島嶼と広大な周辺海域からなる日本領土の防衛は、海空の支援を得て陸上防衛力が主
体とならざるをえないのである。
第2:既に海空優先の自衛隊組織
ミ リ バ ラ (2007 年 版 )か ら 試 算 す る と 世 界 の 近 代 国 家 の 陸 海 空 軍 の 構 成 割 合( 兵 員 数 )は 、
下 表 の よ う に な る 。米 国 を 除 く 欧 州 主 要 国 の 陸 軍 は 55∼ 65%で あ り 、強 大 な 陸 軍 を 擁 す る
中 国 、朝 鮮 半 島 国 家 及 び ロ シ ア か ら 被 包 囲 の 態 勢 に あ る 日 本 の 62%は 既 に 有 数 の 海 空 優 先
の組織であると認識すべきである。
国名
米国
英国
フランス
ロシア
日本
ドイツ
中国
韓国
陸軍(構成比)
45.1%
55.0
55.4
56.7
62.1
65.4
71.0
81.5
海軍(構成比)
28.5%
21.4
18.2
20.4
18.6
9.9
11.3
9.2
空軍(構成比)
26.3%
23.7
26.4
23.0
19.2
24.7
17.7
9.3
総兵員数(万人)
132.0
19.1
24.1
69.7
23.9
24.6
225.5
68.7
第3:防衛予算の急増
仮 に 英 仏 並 み に 構 成 比 を 変 え る と す る と 、陸 か ら 7%( 約 17,000 人 )程 度 を 海 空 に 振 り
向 け る こ と に な る 。 自 衛 官 1 人 当 た り 経 費 は 海 空 が 陸 の 約 3.0 倍 ( 筆 者 推 定 ) な の で 防 衛
予 算 は 約 10%増 加 し 、海 空 戦 力 主 体 で 国 土 防 衛 を 行 う 場 合 に は 戦 場 環 境 を 戦 力 化 で き な い
海空戦闘力はその性能と保有量において侵略軍のそれを上回ることが絶対条件なのでいよ
いよ予算は膨れあがる。なお、申すまでもないことだが、海空優先論が、ばらまき予算捻
出のために防衛費を削る便法として陸上防衛力だけを大幅に減らして海空の構成比を見か
け上増やそうとする企みであるならば論外の沙汰である。
5
統合運用体制の充実
( 財 ) DRC 研 究 委 員
安村
勇徳
2006 年 統 合 幕 僚 監 部 を 新 設 し 新 た な 統 合 運 用 体 制 が 整 備 さ れ た が 、そ の 後 統 合 レ ベ ル で
の具体的な部隊運用の経験がほとんど無いことから、各種の事態に迅速かつ効果的に対応
するためには、統合運用にかかわる研究、演習・訓練を推進するとともに、統合司令部の
新設など、体制を更に充実することが必要である。
統合演習・訓練については、自衛隊統合指揮所演習、統合防災演習、国際平和協力指揮
所演習、日米共同統合実動演習、多国間訓練への参加などを継続実施するとともに、これ
らをより一層拡大かつ実戦的な内容へ発展させることが重要である。特に統合実動演習で
は、離島防衛などわが国の領域警備をシナリオにした、陸海空実動部隊が参加する本格的
な演習を、現地について実施することが考えられる。この種演習では、陸海空の主要な部
隊が全国の駐屯地・基地から作戦の焦点となる緊要な地域に様々な移動手段を駆使して迅
速 に 集 中 す る こ と( 戦 略 機 動 )、及 び 陸 海 空 部 隊 の 保 有 す る 遠 距 離 か ら の 精 密 誘 導 火 力 を 要
点に集中発揮する(火力集中)要領を演練し、有事における事態対処能力を向上させると
ともに、内外に自衛隊の実力を示すことで、わが国の領域に対する主権の侵害や不法行動
を抑止する効果が期待できる。
統合運用研究については、現在最も立ち遅れた分野であり、統合運用ドクトリンの開発
や統合戦力評価シミュレーションによる検証など、各種事態における対処を統合的見地か
ら 準 備 し て お く 必 要 が あ る 。こ の た め の 研 究 体 制 は 、現 状 に お い て は は な は だ 弱 体 で あ り 、
専門の運用研究組織を設立する必要があろう。このような統合運用のドクトリン開発専門
機関は、ドクトリン検証のための演習を計画指導するほか、海外における自衛隊の活動に
関しても統合的な見地から活動要領を研究し、関係する陸海空部隊に普及徹底するなどが
重要となろう。
統合運用にかかわる統合部隊の指揮については、陸上自衛隊の方面総監部のような上級
部隊の指揮所が、特定の作戦における統合司令部として機能するよう平素から準備してお
くことが重要である。このような上級部隊の指揮所は、平素から統合運用に必要な陸海空
の要員を司令部要員として確保し、各種の演習・訓練を通じ、統合運用に習熟しておく必
要 が あ る 。し か し な が ら 、統 合 司 令 部 と な る 上 級 部 隊 の 指 揮 所 は 、陸 だ け で も 5 個 方 面 総
監部があり、この全てに予め統合運用のための要員を確保しておくことは、効率的ではな
いことから、特定の方面を優先するか、或いは、必要な司令部に有事に増援できる態勢を
整えておくことが必要となろう。常設の統合司令部を将来設けることとなれば、米軍の統
合 戦 力 軍 ( US Joint Force Command; USJFCOM) を モ デ ル に 、 国 土 防 衛 に お い て は 重
要正面の方面総監部を増援し、離島防衛、領域警備など特定の防衛作戦を担当するほか、
国際貢献や邦人輸送などの任務において実動部隊を直接指揮できるよう準備しておくこと
が考えられる。また、この様な機能を持つ司令部は、平時は統合ドクトリンの研究開発や
検証を担任し、統合演習・訓練の実施に中心的な役割を果たすよう幅広い任務付与が可能
である。統合強化のための具体的な施策の検討が望まれる。
6
DRC 年報 2009
世界に通用しない「武器輸出3原則」
( 財 ) DRC 研 究 委 員
庄野
凱夫
1 .「 武 器 輸 出 3 原 則 」 の 制 定 と 例 外 規 定
「 武 器 輸 出 3 原 則 」は 、佐 藤 内 閣 総 理 大 臣 が 昭 和 42 年 4 月 政 府 の 運 用 方 針 と し て 、① 共
産国向けの場合、②国連決議により武器等の輪出を禁止されている国向けの場合、③国際
紛争の当事国又はそのおそれのある国向けの場合は武器の輸出を認めないこととし、紛争
に 関 わ ら な い 自 由 圏 諸 国 等 は 対 象 外 と し た が 、 同 51 年 2 月 三 木 内 閣 総 理 大 臣 が 憲 法 等 の
精神から3原則対象以外の地域へも武器輸出を慎むこととしたことから、すべての外国へ
の「武器禁輸原則」となったものである。
これは政府の政策であって法律に定められたものではないが、その運用のため外国為替
及び外国貿易法及び輸出貿易管理令など関連法令を定めて厳密な執行を行ってきている。
しかし、わが国の安全保障の確保に関して米国の強力な支援協力を得る必要や国際テ
ロ ・ 海 賊 対 策 の 必 要 性 か ら 、 昭 和 58 年 1 月 以 降 の 対 米 武 器 技 術 供 与 、 平 成 10 年 12 月 以
降 の 弾 道 ミ サ イ ル 防 衛 ( BMD) に 係 る 日 米 共 同 技 術 研 究 ・ 開 発 及 び 平 成 18 年 6 月 以 降 イ
ンドネシアへの巡視艇の供与に限って禁輸対象から除外することとしている。
2 . 外 交 ・安 全 保 障 上 の 問 題
武器の禁輸は国際平和を追求する我が国の姿勢を世界に顕示するには有効な政策では
あるが、武器輸出は以下のメリットがあることから国際的な常識となっているのである。
(1)優れた兵器を持っている国が同盟国や友好国からの要請に応じて武器(その運用・
整 備 ・教 育 訓 練 を 含 む )を 輸 出 し て そ の 国 を 軍 事 的 に 支 援 し 、抑 止 力 の 向 上 に 寄 与 し て
良好な国際関係を維持し向上できる
(2)武器の国際的な共同研究・共同開発・共同生産を行うことによって、専門技術、資
源 ( 研 究 者 ・資 金 ・器 材 施 設 ) の 多 重 投 資 を 防 止 し 、 取 得 に 要 す る 時 間 を 短 縮 で き る
(3)重要な貿易手段として国家経済に寄与するとともに、量産効果によって自国分の取
得・調達経費も節減できる
(4)要すればライセンス国産やオフセットを認めて相手国の国家経済・国防産業に寄与
することができる
( 5 )対 象 国 と 同 一 の 兵 器 を 共 有 す る こ と に よ り イ ン タ ー オ ペ ラ ビ リ テ ィ ー( 相 互 運 用 性 )
を拡大するとともに、教育訓練、改善改造の共同化を含め国際的統連合が強化される
(6)対象国や周辺の国々に対して軍事的・外交的に自国の影響力を維持拡大できる
外交や国家安全保障を充実確保することは国家としての最重要命題であり、武器輸出が
紛争当事国における内戦あるいは紛争激化の誘因となりうるというデメリットがあるとし
ても、これを超える多くのメリットを確保するために武器輸出を実行するのが世界に通用
している政策となっているのである。
7
インド洋給油活動の評価尺度
―「中止」は日本を孤立困窮に導く―
( 財 ) DRC 研 究 委 員
菊田
愼典
9.11 以 降 、日 本 政 府 は 海 上 自 衛 隊 を イ ン ド 洋 に 派 遣 し 、ア フ ガ ニ ス タ ン に お け る 国 際 テ
ロ組織「アル・カイーダ」などのテロリストや、武器の移動を監視する各国艦船に燃料と
真水を供給してきた。海上交通路(シーレーン)防衛に貢献することで、日本は「テロと
の 戦 い 」 に お け る 国 際 的 な 責 任 を 果 た し て き た 。 そ の 活 動 の 根 拠 と な る 法 律 が 平 成 22 年
(2010)1 月 で 切 れ る 。 「 継 続 」 か 「 中 止 」 か 。 そ の 意 思 決 定 を 左 右 す る 給 油 活 動 の 評 価 を
めぐって、次の見解がニュースとなった。
(A)「 世 界 は 多 大 な 利 益 を 得 て い る 」 ( 米 国 防 省 ジ ェ フ ・ モ レ ル 報 道 官 09.9.9)
(B)「 感 謝 さ れ て い る と い う 声 も 聞 く が 極 め て 限 定 的 だ 。 評 価 は 低 い 」
( 北 沢 俊 美 防 衛 大 臣 09.9.17)
(A) (B)の 評 価 は 正 反 対 で あ る 。シ ー レ ー ン 防 衛 の 重 要 度 を 、異 な っ た「 尺 度 」で 測 っ て
い る か ら だ 。 前 者 が 生 き る か 死 ぬ か 、 世 界 や 国 家 の 存 亡 を 決 す る 「 死 活 Vital 尺 度 」 で 高
く 評 価 し て い る の に 対 し 、後 者 は 洋 上 給 油 を ア フ ガ ニ ス タ ン の 人 び と に 直 接 喜 ば れ な い「 非
重 要 Minor 尺 度 」 で 低 く 評 価 し て い る 。 と 、 わ た し は 思 う 。
し か し 、 島 国 日 本 に と っ て シ ー レ ー ン 防 衛 は Vital な 問 題 な の で あ っ て 、 決 し て Minor
な問題ではない。そこのところを勘違いすることをわたしはとても心配する。自衛隊を指
揮 統 率 す る 最 高 の 権 能 者 が 、 イ ン ド 洋 給 油 活 動 を 「 非 重 要 Minor 尺 度 」 を も っ て 「 中 止 」
することをとても心配している。
な ぜ な ら 、 わ が 国 は 、 第 二 次 世 界 大 戦 に お い て 「 死 活 Vital 尺 度 」 を 適 用 し た ア メ リ カ
の 「 オ レ ン ジ ・ プ ラ ン 」 ( War Plan ORANGE ア メ リ カ 合 衆 国 の 日 本 破 滅 戦 略 ,1897-1945) の 発 動 に
より、シーレーンを完全に遮断され、孤立困窮敗北へと追いやられて、前線の将兵はじめ
銃後の国民が筆舌に尽くしがたいつらい苦しみをなめたからである。その最大原因は、国
家 の 基 本 方 針 ( 帝 国 国 防 方 針 ・ 用 兵 綱 領 ) が 、 シ ー レ ー ン を 守 る こ と に 「 非 重 要 Minor 尺 度 」
による甘い空想的な判断をしてしまったことにある。この判断の甘さが戦争に突入する原
因となり、また敗戦の原因ともなった。日本は、シーレーンが確保されていなければ国家
と国民が生きていけない宿命にあるのだから、この苦い教訓を忘れてはならないと思う。
現下の情勢において自衛隊がやるべきこと、やらなければならないことはたくさんある。
何からやるか。日本の国益と国際社会の利益が一致し、国力に見合った実行可能なものの
中 か ら 、「 死 活 Vital 尺 度 」を 適 用 し て 判 断 す べ き で あ ろ う 。そ う い う 思 考 過 程 を 踏 め ば 、
インド洋における海上自衛隊の給油活動の評価は優先順位がきわめて「高い」。今こそ、
次の戦略発想を礎石として、同活動を「継続」すべきである。
「日米両国はいかなることがあっても、未来永劫、お互いに敵視してはならない」
「海空を制した後でなければ、決して陸上部隊を輸送してはならない」
( 佐 藤 鉄 太 郎 『 帝 国 国 防 史 論 抄 』 明 治 45 年 )
8
DRC 年報 2009
日本の政府系国際貢献の在り方について
( 財 ) DRC 研 究 委 員
1
新名
進
日本の政府系国際貢献の現状と問題点について
現 在 、外 務 省 が 中 心 と な り 各 種 政 府 系 国 際 貢 献 を 実 施 し て い る が 、日 本 の 顔 が 見 え な
いとの批判を聞く。その原因を考えてみると「現地目線」の置き方にも一つの問題が
あるのではないかと推察される。
例えば、カンボディア地雷・不発弾処理事業では、昨年から地雷・不発弾処理地を
農地に改良するとともに、道路・溜池・学校等のインフラ整備を行い高い評価を受け
ている。現地の方々は、地雷処理よりも農作物を作り売って、子供を学校に行かせら
れる経済基盤が一番の希望であったようである。我々はえてして
また、その貢献による日本への利益が何であるのか?心情的な「可哀相だから!」
「困っていそうだから?」というお涙頂戴で本当に良いのであろうか?
傍 や 、 他 国 政 府 系 国 際 貢 献 の 狙 い は 、 明 確 で あ り 「 石 油 ・ 希 少 金 属 の 獲 得 」「 輸 出
の増加」等経済的なメリットを求めるため被貢献国の要望に基づく事業を展開してい
る。
政府系貢献策の国益を明確にしていない点が一番の問題点ではなかろうか?
2
政府系国際貢献の在り方についての一案について
(1)国益を明確にした国際貢献の推進
国民の血税を使うという観点からも、国益にどう繋がるかの説明が出来、かつ被貢
献国からの要望を踏まえた貢献策を実施するべきである。例えば、現在アフリカで推
進している様に、経済界と一体となった地下資源開発のための貢献策を更に推進する
必要があり、心情的な貢献策は、民間ボランテイアに任すべきであり、限られた国家
予算を効率・効果的に使うためにも必要である。
(2)元気な高齢者を有効に活用した国際貢献の推進
少子高齢化が更に進む我が国において、有用な若い労働力は国内産業に活用し、6
0歳前後で定年を迎えた世代は、戦後の厳しい時代で国土復興のために各分野で活躍
された方々である。戦後の状況は、現在アフリカ・アジア等の低開発各地の現在の状
況に似ており、その時代を乗り越えてきたノウハウは、政府系国際貢献策で生かされ
るのではないかと思われる。また、高齢者雇用の場を提供するとともに、高齢者に生
きがいを付与できるのではないかと思われる。
9
MD に代わるレーザービーム迎撃
( 財 ) DRC 研 究 委 員
杉山
徹宗
2009 年 現 在 、日 本 や 米 国 は MD( ミ サ イ ル 防 衛 )シ ス テ ム に よ っ て 国 家 防 衛 を 行 な う べ
く、既に実戦配備を行なっている。この迎撃システムは、弾道ミサイルが発射されるブー
スト・フェイズ、成層圏を飛翔中のミッドコース・フェイズ、そして最終突入をするター
ミナル・フェイズの3段階に分けて迎撃する方法を採り、これまでの迎撃実験において5
割以上の命中率を誇っている。
し か し な が ら MD が 仮 に 90% 以 上 の 命 中 率 を 達 成 し た と し て も 、な お 完 全 と は 言 え な い
のは以下の弱点があるからである。①標的をハズした場合、直ちに第2のミサイルを発射
し な け れ ば な ら な い こ と 、 ② 囮 の ミ サ イ ル を 多 数 発 射 さ れ た 場 合 、 MD の 数 量 が 底 を つ い
て し ま う こ と 、 ③ 敵 と の 距 離 が 1000 キ ロ ほ ど の 場 合 、 迎 撃 に 失 敗 す る と 敵 弾 道 ミ サ イ ル
は た ち ま ち の 内 に 自 国 領 域 内 に 到 達 し て し ま い 、仮 に BC 兵 器 を 搭 載 し て い た 場 合 は 、PAC
3で撃墜しても被害が避けられないこと、等である。
ところが、以上の3つの弱点を完全に補うことが出来るのがレーザービーム照射による
迎 撃 方 法 で あ る 。 米 国 は レ ー ザ ー が 発 明 さ れ た 1950 年 代 か ら 軍 事 用 と し て 、 レ ー ザ ー ビ
ー ム を 開 発 し 、80 年 代 に は 戦 闘 機 発 射 の サ イ ド ワ イ ン ダ ー ミ サ イ ル を 撃 墜 し て い る 。事 実 、
MD の ブ ー ス ト フ ェ イ ズ で は 航 空 機 搭 載 の レ ー ザ ー ビ ー ム で 対 応 し て い る 。
これまでに米国が開発して実用化している軍事用レーザービームとしては、①炭酸ガス,
②化学、③フッ化クリプトンガス,④自由電子などがある。いずれのビームも、弾道ミサ
イ ル の 迎 撃 は 可 能 で あ る が 、5000 キ ロ 彼 方 の ミ サ イ ル を 撃 墜 す る に は 、フ ッ 化 ク リ プ ト ン
ガスレーザーか自由電子レーザーが適している。問題は飛翔するミサイルを探知し照準す
る 能 力 と 、連 続 照 射 を 続 け る だ け の エ ネ ル ギ ー 供 給 が 確 実 に 行 な え る か が ポ イ ン ト で あ る 。
レーザービームはミサイルと異なって、目標物体への照射をハズしても直ぐに修正が利
くことであり、物体の動きに合わせて数秒間ビームの照射を続けなければならないが、そ
の 場 合 、 追 跡 の た め に 必 要 な 精 度 は 、 0.6 マ イ ク ロ ラ ジ ア ン で あ る 。
1ラジアンとはビームの照準が目標物体を追うに従って動く角度を表わす単位のこと
で 、 地 上 か ら 狙 う に は 約 60 度 で あ る 。 1 マ イ ク ロ ラ ジ ア ン と は 、 1 ラ ジ ア ン の 100 万 分
の 1 で あ り 、0.1 マ イ ク ロ ラ ジ ア ン と は 、1000 万 分 の 1 に 当 た る 。つ ま り 、ビ ー ム の 照 準
と 追 跡 は 、 約 60 度 の 1000 万 分 の 1 の 精 度 で ビ ー ム を 導 く 必 要 が あ る 。
この照準と追跡を正確に行なうためには、極めて精度の高い羅針盤と照準計を合わせた
よ う な ジ ャ イ ロ ス コ ー プ が 要 求 さ れ る が 、 米 国 で は 既 に 90 年 代 初 頭 に 実 験 室 段 階 で こ の
技術を完成したと言われている。このレーザービーム照射による技術は、日米共同なら5
年で、日本単独でも7年あれば完成が可能である。
10
DRC 年報 2009
宇宙旅行はロケットである必要はない
( 財 ) DRC 研 究 委 員
杉山
徹宗
ロケットエンジンを推進力としたカプセル型宇宙船や、スペースシャトルで宇宙旅行を
しようとする場合、2つの大きな欠陥があるが、それは第1に、巨大ロケットのサイズと
形 態 と い う 「 構 造 上 」 の 欠 陥 で あ り 、 第 2 に 、「 飛 行 上 の 安 全 性 」 で あ る 。
ロケットの構造は、数メートルごとに輪切りにされた状態のものを繋ぎ合わせて出来て
おり、この繋ぎ目から燃料が漏れないよう、O リングと言われる特殊ゴム(ゴムのパッキ
ン )を 挟 ん で い る が 、氷 点 下 の 温 度 に 対 し て は 固 ま り 易 く 柔 軟 性 が 落 ち る 欠 点 が あ り 1986
年 1 月 に 、 打 ち 上 げ 73 秒 後 で 大 爆 発 し た チ ャ レ ン ジ ャ ー 号 は 、 こ の O リ ン グ か ら の 燃 料
漏れによる事故であった。ロケットを使用する限り、O リングの問題は解決していない。
第2の欠陥は、打ち上げ時につきまとう安全上の問題である。打ち上げ物体の重量が増
えれば、その分ロケット本体と巨大な燃料タンクを必要とすることである。スペースシャ
ト ル ( 80 ト ン ) の 打 ち 上 げ の た め に 使 用 す る 化 学 燃 料 は 1300 ト ン 近 く が 必 要 で あ る し 、
日 本 の 人 工 衛 星「 か ぐ や 」
( 約 6 ト ン )を 月 へ 送 り 込 む た め に 使 用 し た H2A ロ ケ ッ ト で も 、
打 ち 上 げ に 消 費 す る 化 学 燃 料 は 300 ト ン を 超 え て い た 。
ロケットが巨大であればあるほど、打ち上げの際の化学燃料の燃焼による巨大なストレ
ス(振動)によって、燃料タンクや宇宙船の表面に貼り付けている断熱材が剥がれ、その
破 片 が タ ン ク や エ ン ジ ン な ど を 傷 付 け る 危 険 が あ り 、 2003 年 2 月 に コ ロ ン ビ ア 号 を 襲 い 、
7人が犠牲となった。
し か し ジ ェ ッ ト 機 の よ う に 翼 を 使 え ば 地 上 15 キ ロ ま で は 簡 単 に 達 す る 訳 で あ る か ら 、
そ の 先 は 個 体 ロ ケ ッ ト を 噴 射 す れ ば 容 易 に 100 キ ロ ま で 到 達 で き る と 考 え た 企 業 が あ る 。
そ れ が 英 国 の ヴ ァ ー ジ ン グ ル ー プ( VG)で あ る 。VG グ ル ー プ は 04 年 10 月 、カ リ フ ォ ル
ニ ア 州 で 宇 宙 船「 ス ペ ー ス シ ッ プ 1 」の 飛 行 実 験 を 行 な い 、高 度 100 キ ロ に 到 達 し て 無 重
力 状 態 を 数 分 間 続 け る こ と に 成 功 し た 。2009 年 に は 7 人 の 乗 客 を 載 せ た ス ペ ー ス シ ッ プ 2
で 地 上 100 キ ロ に 達 す る 計 画 を 進 め て い る 。
要 す る に 、 200 キ ロ ほ ど の 重 量 の あ る 巨 大 宇 宙 船 で あ っ て も 、 地 上 か ら 15 キ ロ ま で は
ジ ェ ッ ト エ ン ジ ン と 翼 で 簡 単 に 到 達 出 来 る が 、15 キ ロ か ら 先 の 宇 宙 へ の 入 り 口 と な る 100
キ ロ 付 近 ま で 到 達 で き る 新 た な エ ン ジ ン が 開 発 さ れ れ ば 、 100 キ ロ 先 か ら は 小 さ な ロ ケ ッ
トで簡単に宇宙へ飛び出せる訳である。
そ し て 光 明 が 見 え て き た の は 、 現 在 、 戦 闘 機 が 飛 行 で き な い 高 度 30 キ ロ 以 上 を 高 速 で
飛行できるエンジンが日米などで開発されてきていることである。その1つが「スクラム
ジェットエンジン」であり、もう1つが「極超音速ジェットエンジン」である。スクラム
ジ ェ ッ ト エ ン ジ ン は 空 気 吸 い 込 み 式 エ ン ジ ン の 1 種 で あ る が 、マ ッ ハ 2 ほ ど の 速 度 か ら 最
大 マ ッ ハ 16 ま で の ス ピ ー ド で 、高 度 15 キ ロ か ら 100 キ ロ ほ ど ま で 到 達 が 可 能 な エ ン ジ ン
で あ る 。一 方 、極 超 音 速 ジ ェ ッ ト エ ン ジ ン は SST( 超 音 速 旅 客 機 )と し て 、日 本 が 開 発 中
のエンジンで成層圏を飛行するものである。
11
日米の防衛調達改革の違いを思う
−なぜこれまでのやり方で困るのか改革が必要なのか、発想の原点の違いを考察する―
( 財 ) DRC 研 究 委 員
稲垣
連也
公 共 調 達 は 、私 企 業 間 の 契 約 と は 異 な り 、そ の 発 注 先 選 定 や 性 能・価 格 等 の 納 入 結 果 に
ついて、公平性・透明性を求められ国民への説明責任を負う。中でも複雑な技術の使用や
開発要素を含みやすい防衛調達は、調達機器・システムの複雑性が増すとともに調達の成
果に問題が生じることが多く、これまで各国で改革が行われてきた。ここでは日米の現状
(特に最近の状況)を比較しその背景についての考察を行う。
米 国 の 改 革 の き っ か け は 、 一 言 で い え ば 調 達 案 件 の 成 果 と し て 、 当 初 の 予 定 /推 定 よ り 、
コ ス ト が 超 過 し 、納 期 /ス ケ ジ ュ ー ル が 遅 れ 、期 待 性 能 が 十 分 発 揮 さ れ な い 場 合 が 続 出 す る
ようになり、それを防ぐにはどうすればよいかの対策を分析し対策を立てたいとするもの
で あ る 。2006 年 か ら の い く つ か の 検 討 グ ル ー プ 報 告 書 の 勧 告 の 主 点 で 最 近 本 格 的 に 米 国 議
会 や 政 府 /国 防 省 実 行 さ れ よ う と し て い る( 一 部 実 行 済 み )内 容 は 、月 並 み な が ら 、要 求 設
定の仕組みを(戦闘コマンド等の意見も取り入れ)見直し強化する、当初からしっかりし
たシステムエンジニアリングとコスト推定と開発試験をプロブラムサイクルの初期に正し
く行うことである。ライフサイクルにわたる競争の一層の強化等に関連することも言われ
ている。プロジェクト管理、ライフサイクルコスト管理等現在日本の防衛省が試みようと
し て い る こ と の 多 く は 、2006 年 以 前 の 改 革( 1986 年 の Packard Commission 以 来 128 回
の改革が行われている)ですでに立案され実行されているにもかかわらず、である。
日 本 の 防 衛 省( か っ て の 防 衛 庁 )の 改 革 で は 、2000 年 ご ろ の 改 革 や 2007 年 こ ろ か ら の
主 要 な 改 革 は 、い ず れ も 防 衛 省 /庁 調 達 に 係 る 不 祥 事 を き っ か け と す る も の で あ っ た 。も ち
ろん予算の問題から安く調達するにはどうするかも問題とされたが、主体は不祥事再発防
止のための、
( 調 達 の 透 明 性・公 明 性 確 保 の た め の )対 策 を ど う す る か で あ っ た 。実 際 に は
我が国における政府調達でも成果に問題があるケースも多々あるのではないかと思われる
が、関係者で傷口をお互いになめ合い失敗を公に(滅多に)しない風習からか、米国防省
の よ う な 、プ ロ グ ラ ム /プ ロ ジ ェ ク ト の( 当 初 予 定 か ら の )大 幅 な コ ス ト 超 過 、ス ケ ジ ュ ー
ル遅れ、性能未達成などを公に(あるいはそれに準ずる)し、その反省から調達の仕組み
を 根 本 的 に 変 え よ う と す る 動 き は 見 ら れ な い 。 調 達 規 模 が 米 国 の 10 分 の 1 以 下 で あ る こ
と、米国ですでにできるとわかっているものしか調達することはないので、失敗も少ない
し騒ぎ立てることもないとみるのはうがちすぎであろうか。
このような背景から、仕様書が明確でない、あるいは明確にする仕組みやチェック機構
がないことで、コスト・スケジュール・性能の問題が実際には発生しているが、それを是
正する仕組みを作る調達改革が重要という方向に行きづらいのではと思われる。また透明
性・公明性を掲げるなら、米国並みにあるいはそれ以上に政府の取得調達関連要員を増や
さねばならないという議論が何ら行われないのも奇妙に感じられる。これらはいずれも防
衛 省 の 調 達 改 革 が 防 衛 省 内 の 主 導 で 行 わ れ 、厳 し い 外 部 第 3 者 の 意 向 反 映 が 少 な い せ い で
はあるまいか。内部改革のみでは米国のような本質に迫る調達改革は難しいと思われる。
12
DRC 年報 2009
自衛隊の社会インフラとしてのユーティリティ利用の再考
―ネットセントリック時代のユーティリティコンピューティング利用について−
( 財 ) DRC 研 究 委 員
稲垣
連也
自衛隊は自己完結型の組織でもって任務を達成しなくてはならないという。従って任務
遂 行 に 必 要 な 装 備 品 の 入 手 性 が (性 能 と あ わ せ て )最 も 重 要 視 さ れ 、 入 手 困 難 な も の は 買 い
だ め (備 蓄 )を 必 要 と す る 。 し か し 自 衛 隊 固 有 の 装 備 や サ ー ビ ス 及 び 移 動 部 隊 の 装 備 は 別 と
し て 、社 会 的 に 共 通 な 装 備 ・サ ー ビ ス 、い わ ゆ る( 電 気 、ガ ス 、水 道 、通 信 等 の )ユ ー テ ィ
リ テ ィ と 呼 ば れ る も の は 、 自 前 で 装 備 せ ず と も 必 要 時 に 必 要 な だ け 使 用 す る (入 手 す る )事
が考えられる。基地部隊では国家的リソース有効利用の点から社会インフラであるユーテ
ィリティ利用は当然であるが、通信等は非常時を考えてのあるいは秘密保護上の理由から
自 前 と の バ ラ ン ス が 重 要 と さ れ る 。し か し こ の バ ラ ン ス は 特 に 脅 威 の 実 態 の 世 界 的 な 変 化 、
非対称戦やテロリスト対策が主となってきている現在、再考が必要となってきていよう。
ネ ッ ト ワ ー ク 時 代 の 到 来 と と も に 、こ れ ま で の 通 信 /ネ ッ ト ワ ー ク と い う ユ ー テ ィ リ テ ィ
とともに、
( そ の 利 用 の 上 に 立 つ 、例 え ば イ ン タ ー ネ ッ ト 利 用 を 前 提 と し た )コ ン ピ ュ ー テ
ィ ン グ 機 能 /能 力 が ユ ー テ ィ リ テ ィ と し て 認 識 さ れ る 時 代 と な っ た 。 す で に 民 間 で は (特 に
携 帯 電 話 の 各 種 サ ー ビ ス の 利 用 形 態 が そ の 典 型 で あ る が )、狭 義 の 計 算 や デ ー タ の 保 管( ス
ト レ ー ジ ) や 各 種 検 索 等 の サ ー ビ ス が 、 い わ ゆ る 雲 (ク ラ ウ ド )な る ネ ッ ト ワ ー ク の ど こ か
先に備えられている能力を利用して必要なときに使用した分の料金を払うことで入手可能
となり、手元に大規模な器材や設備を置く必要がなくなっている。これを最近クラウドコ
ンピューティングの利用と称する。このコンピュータの利用をユーティリティのごとく可
能にするのは人類の長年のいわば夢であったが、インターネットと分散コンピューティン
グ等の技術の到来により実現したのである。
防衛分野はネットワークセントリック指向を高め、情報への依存度を高めることで、ま
すますコンピューティング機能が需要になり高い能力を求められてきている。情報量の莫
大な増大傾向とその高度な利用技術の進展は防衛分野でも著しく、巨大なストレージと計
算能力を持つコンピューティングシステムの需要は高まる一方で費用効果の重要性が論じ
られる。防衛分野でもユーティリティ的感覚でのクラウドコンピューティングの利用が考
えられよう。その場合に電気や通信のユーティリティの場合と同様に、最も懸念されるの
が、情報保護、セキュリティの問題である。このためいわゆるパブリッククラウドとして
のコンピューティング利用は、現在まではあまり実現していない。
し か し 費 用 対 効 果 や そ の 便 利 さ の 点 か ら 、民 間 で は Amazon の S3 や EC2 そ の 他 の 巨 大
データセンターの企業利用等は増大傾向であり、セキュリティ問題の対策により公共機関
や政府のクラウドコンピューティング利用が進んでいくであろう。一般情報処理分野では
政 府 諸 官 庁 の 共 同 利 用 (管 理 系 ほ か リ ア ル タ イ ム 性 の 厳 し く な い 分 野 )が そ の う ち 実 現 し よ
う 。 防 衛 分 野 等 で も 少 な く と も プ ラ イ ベ ー ト ク ラ ウ ド (コ ミ ュ ニ テ ィ 内 の み で の 共 同 利 用 )
としてクラウドコンピューティング技術の利用が大いに考えられよう。すでに米軍の
DISA で は そ の 方 向 に 走 り 出 し て い る 。
13
外国が核装備に走る際の考慮要因
( 財 ) DRC 核 兵 器 問 題 研 究 会
外国が核装備に走る際に考慮する要因を検討した結果、次の要因が考えられると
の結論に達した。
1 政治的要因(軍事要因を除く)
(1)
世界的政治環境
世界世論とその国の世界的位置づけ
その国が締結している国際条約(2 国間、他国間)
(2)
国内的政治環境
国民世論
その国の過去の外交・通商・産業政策及び過去の防衛政策
2 経済的要因
„
国家予算において防衛費に割ける割合
„
防衛費において通常兵器と核兵器との均衡
„
核兵器を装備することに伴う、通常兵器の近代化に必要な経費
„
核兵器を装備することに伴う、市民防衛等に必要な経費
3 軍事的要因
„
国家戦略中における軍事に期待する役割
„
世界的軍備管理の状況
„
核兵器及び原子力産業の拡散現況
„
核兵器に期待する軍事的・政治的役割
„
装備した核兵器を使用した場合の影響と戦後復興
4 地 理 的 ・地 形 的 要 因
„
地政学的の位置及び国土の脆弱性
„
その国が保有する資源(天然資源、産業規模、人的資源)
5 技術的要因
„
核弾頭及び運搬手段の開発能力
z
設計能力(ウラン濃縮装置、核弾芯、安全機構、爆縮機構)
z
原料獲得能力(ウラン、プルトニウム、リチウム、ベリリウム等)
z
精密加工技術、誘導技術及び性能検証能力
„
核兵器の運用能力(核兵器の効果と付随する被害の回避技術)
„
維 持 ・管 理 能 力
14
DRC 年報 2009
陸上自衛隊の運用研究等の在り方について
( 財 ) DRC 研 究 委 員
1
新名
進
運用研究の現状と問題点について
(1)調査研究の総合・一元化のため研究本部が創設され、従来各職種学校が果たしてき
た戦闘機能・戦闘支援機能・後方支援機能毎の運用研究については、全て研究本部に
移管されたが、果たして正常に機能しているか疑問である。従来、各職種学校が担当
してきた膨大な各種研究成果・データーの有効活用、ましてや各種学校が、果たして
来た機能への責任感・使命感が、研究本部にあるとは考えられない。設置目的に、運
用のコンバインド化及び装備のシステム化に対応するためとあるが、各運用の機能別
実相・様相分析があって始めてコンバインド化が出来、装備の内システム化するべき
装備が案出されるのではないかと思われる。戦闘・戦闘支援・後方支援で実際に戦う
戦士の実相・様相を把握し戦いのノウハウを有している各種学校の利点を活かしてい
るとは思えない。
(2)防衛産業に携わる企業においては、新装備等の提案について総合研究部に提案する
システムであるが、責任ある回答は得られず企業独自の開発研究に踏み込めず暗中模
索状態が近年続いており、企業の研究開発に携わる研究者の苦悩が続いている。従来
は、各職種学校が責任ある回答をし、関係する陸幕・技本・他校への働きかけをして
道筋をつけた後、各企業に要求性能等の指針を示して研究開発に着手してきたと思わ
れる。
2
運用研究体制への一提案について
(1)全般体制の改善について
まず、各職種学校の位置付けを明確にし、運用研究の分担責任を担わせ格上げする
ことである。そして各種学校の研究成果を調整・統合する部門を研究本部に作り、研
究本部に配置している各機能別の研究員を各職種学校に配置変換する。
このことにより、研究本部としての設置目的も達成できるとともに、各職種学校の
活力をも活かせることが出来るのではないかと思われる。
(2)研究本部の改編について
部隊の組織・編成及び運用(作戦・戦闘要領)に関する研究並びに部隊運用を支え
る各種機能の運用に関する研究部門と装備体系と装備に関する研究部門を廃止し、各
職種学校の研究の方向性の指針作成と各学校の研究成果の総括・調整し、陸幕への答
申業務部門を強化拡充する改編が必要ではないかと思われる。
(3)各職種学校の改編について
運用研究員を配置増員し、研究本部の指針に従った研究を分担させる必要がある。
15
地雷処理訓練の在り方について
( 財 ) DRC 研 究 委 員
1
新名
進
陸上自衛隊の地雷処理訓練の現況と課題について
(1)地雷処理訓練の現況について
地雷の特性、特に信管部分・活性化装置については独特の構造機能を有している。
陸自の地雷処理訓練では、予想される世界各国の地雷を使用した訓練を実施するべき
であるが、自衛隊保有の対人・対戦車地雷を使用した訓練を実施しているのでは、な
い か と 思 わ れ る 。( 現 在 、 日 本 で の 不 発 弾 は 米 国 製 が 多 く 構 造 ・ 機 能 等 に 関 す る 情 報
が あ る た め 、 そ の 不 発 弾 処 理 は 地 雷 処 理 に 比 し て 比 較 的 安 全 で は な い か と 思 わ れ る 。)
(2)地雷処理の課題について
現 在 、 陸 上 自 衛 隊 は PKO 活 動 に お い て は 、 地 雷 処 理 を 行 う 活 動 は 認 め ら れ て い な
い が ( 自 衛 隊 の 宿 営 地 造 成 に 伴 う 地 雷 処 理 は 認 め ら れ て い る 。)、 JMAS が カ ン ボ デ ィ
アで行っているコミュニテイ総合開発プロジェクト(地雷を処理した跡地に農地・学
校・応急道路を構築する事業)では、地雷処理訓練を受けた自衛官がいないため現地
人による地雷処理に依存している。
将来的には、地雷処理を伴う国際貢献活動が要求されるであろうし、実戦的訓練の
必要性から、現在行われている地雷処理訓練を改善する必要があると思われる。
2
地雷処理訓練の在るべき姿について
前項で述べたとおり、遭遇が予想される全ての地雷を使用した教育訓練を行う必要が
ある。
すなわち、予想される世界各国の保有・過去に使用された対人・対戦車個々の構造・
機能・埋設要領等に関する教育を行う必要がある。また、外国の地雷運用の基本的な事
項についても調査・研究し教育する必要がある。訓練においては、予想される世界各国
の地雷の模型及び地雷原を使用した訓練を行うべきである。
3
陸上自衛隊の取るべき対策等について
(1)世界各国の地雷及び運用の調査・研究の実施
(2)世界各国の実地雷の輸入
(3)実地雷を使用した教育訓練の実施
特に、中央即応集団・施設学校・施設科部隊での教育訓練の実施
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DRC 年報 2009
安全保障に係わる所論
官民関係を良くするために
( 財 ) DRC 理 事 長
目次
上田
愛彦
1.問題はなにか
2.官尊民卑と装備取得改革
3.防衛産業界との相互信頼の実現
4.国民レベルとの相互信頼への発展
5.おわりに
1.問題はなにか
日本は本質的に技術立国である。これら技術の研究にはじまり、装備の生産、調達、
補給、整備のすべてで日本はアジアにおけるトップレベルにあるが、こうした能力が日
本の国防のため大きく貢献しているのかといえば、自らが過度の自己抑制に陥り、周辺
諸国からは首を傾げる言葉が聞こえるほか、日本を押さえ込もうとしている場合にはこ
れら日本の慣習を見抜き、成り行きを冷ややかに見ているというのが現状ではなかろう
か。
その慣習とは何か、日本人自身がさほど気にしていないうちにどんどん悪化し今やこ
れらを自らの力で克服してゆくことが大変困難になっていることの一つに日本の官と
民の関係があり、中でも官尊民卑の考え、そしてこれから派生し今尚残る多くのならわ
しがある。国家の防衛、すなわち国防とは当然のことながら国家が責任をもって行うべ
きことであり、多くの国では民間、企業、そして国民も国家の行う国防の何がしかを分
担し、共に推進することが義務となっている場合が多い。
日本においてはどうなっているか。国家が自らの国防について国家の責任と権限、そ
して民間の義務、責任の一部等を全く決めかねている間に、慣習としての官民関係等を
うまく操って、表向きはうまく成し遂げられているかのようにみえるが、官民関係の良
い面と悪い面とが明確に区分けされるに及んで、調達、契約問題等、目にみえにくい部
分での行きづまりが大きな問題となりつつある。
2.官尊民卑と装備取得改革
いずれの国でも多少の官尊民卑の考え方は古くから内在しているが、わが国の場合、
国土全体が島国で他国とは隔離され、加えて伝統墨守の傾向が強く、国民の税金である
国家予算を執行する段階での官民関係は悪い面のみが強調され、結果として本来の在り
方からはずれた世界で官尊民卑の考え方だけが強調されるということになる。
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古くから官は常にお上であり、すべて強大な権限をもち、絶対的存在として民から口
を差し挟むことは許されず、これらを調整するなどという考え方は排除され、民はひた
すら官に従うのみといったことが続いてきた。今日ではこうした極端な例は少なくなっ
ているが、表沙汰にならない裏世界では今尚、官尊民卑の発想が抜けきらないことが多
い。
官は知らず知らずのうちに官尊民卑の考え方による古いしきたりに頼る傾向があり、
民はまた面倒な手続きよりも官の起案した考え方を逆手にとり、従順なる民を装って実
は 官 の 上 前 を は ね る と い っ た こ と が 起 こ り 易 く な る 。す な わ ち 実 体 と し て 民 尊 官 卑 の 逆
現象すら懸念されることになる。
安全保障、国防という国家の基本的重要政策は例え政権が交代しようとも大きく変化
するものではないが、その裏方ともいうべき後方支援、装備品の取得という最も重要か
つ本質的に民間企業の生産力なしに成し遂げることのできない分野で、国家予算の執行
という点だけで官尊民卑の悪い点だけが発揮されるとしたら、どのような結果が生じる
ことになるであろうか。
装備品調達のすべてが官尊民卑の悪い面で成り立っているなどというつもりはない
が、中に悪い例があるとしたら、これらを徹底的に洗い出して他山の石とするため極端
な例を考えてみる。
装備品の取得における官民関係で最初に出てくるのが、当該装備品に関する仕様書で
ある。科学技術の発達によりちょっとした装備品でもその仕様を正確に定めるのは並大
抵のことではない。場合により民間の支援を受けなければ難しいこともあり得る。でき
る限り官は独自に調査し、独自の必要性に基づき仕様を決め民に提案するべきものでは
あるが、一部の情報を部外の情報会社に聞くか、最悪の場合はこれから製造を依頼する
かもしれない会社に聞いて複雑な仕様書を完成させようとするとき、官民関係がどのよ
うに作用し、貸し借りがその後どのような事態を招くことになるか、ならないか微妙な
問題が発生する。官尊民卑の手法で片付けられた民側はいつか取り戻す機会を窺うこと
になるであろう。特に装備品開発の最初の段階、すなわち研究的要素の大きい段階での
官民関係は官のみが官尊民卑の発想で上から情報の要望を出すのみならず、逆に民側か
ら実は民尊官卑としての過度の情報提供も数多く、これらを鵜呑みにした片寄りのある
仕様は後に競争相手がある場合には問題の種となり易い。すなわち官たるもの痩せても
枯れても自らの信念に基づく一つの基準を持ち続けなければならないのである。
次に契約において重要なことは原価がいくらかの目安を得ることであり、これを民側
に聞いても正しい答えが出てくる筈が無い。飽くまでも官側が独自に判断すべきことな
のである。その手法は種々あるが、少人数、短期間で不可能であれば資金を投じて第3
者機関に妥当な原価を割り出してもらい、官はこれを基礎に検討すべきである。これを
官尊民卑の発想で原価を出せ、監査を行うといっても結局は狐と狸の化かし合いでどう
にもならない状態に陥るだけである。昔は事が簡単で官ができたことでも、情報化の進
んだ今日、必ずしも官のみでできることは少なくなってきている。専門能力のある、公
正、中立な機関により、自らはこの契約に関与しないことを前提とした支援機関を部外
に持つことが重要である。そこでは官尊民卑とは無関係に一定の規範に従って本質的な
支援のための情報を提供することにより今の官民関係に新風を送り込み、官民双方の化
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DRC 年報 2009
かし合いに終止符を打ち、国防再建への新たな道を開拓することに一石を投じることが
期待される。
3.防衛産業界との相互信頼の実現
装備品の取得、調達における官民関係の改善は結果として性能の良い信頼性の高い装
備品をできるだけ安く、早く世に送り出し、日本の国防力を高めることに大きく貢献す
ることになる。そこでの一つの鍵は官尊民卑の考え方から脱却し、官民イコールパート
ナーとなることである。それでも官の方は少しだけ上位に立つことになるであろうが、
先ず双方がお互いに信頼関係を保ち、差支えない情報を共有し、それぞれの持ち分で責
任を果すことが大前提である。官尊民卑でのさりげない押し付け、それが当たり前であ
るとする双方の考え、そこに生じる無形の貸借関係、御利益といったものはできる限り
排除し、公明正大にして本質を見失わない官民関係が構築されるべきである。情報保全
の立場から、一部の情報が官側から出ないという事態は当然あり得ることであり、一定
の規範を設けることが必要となろう。
こうして得られた官民関係こそ装備の取得のみならず国防そのものの本質的遂行のた
めには必要欠くべからざるものであり、今日の日本に最も欠落した事象の一つである。
すなわち官尊民卑からの脱却、国民レベルでの信頼を基礎とした官民関係の改善こそ、
今日のわが国に求められている日本人自らによる英知の具現化の一つであり、装備品の
取得という最も重要な目に見えにくいところから切り込んでゆくためにどうすればよ
いかを論じてみる必要がある。
表 向 き の 官 尊 民 卑 、あ る い は 裏 方 か ら み て 民 尊 官 卑 を 排 し 、相 互 信 頼 に 立 つ イ コ ー ル
パートナーの実現は先ず官民双方の対話から始めることが現実的である。すなわち双方
の事情に通じた中立的司会者を立て、小人数(10名程度)による官民対話を2時間程
度、何回も連続して行い、あるテーマにつき一応の相互理解を得るところから始めるこ
と が 経 験 上 、 手 っ 取 り 早 い と 考 え る 。( 4 年 前 、 2 0 0 5 年 に 防 衛 省 に お い て 1 3 回 連
続実施)これを各分野に拡大してゆくことは容易にできるであろうが、夫々の対話にお
いて全員が守らなければならないポイントがいくつかあるのでこれを例示してみる。
・事情に通じた公正、中立な司会者、または司会グループの存在
・発想柔軟な寛容力ある官側参加者(5名位)
・ 専 門 知 識 豊 富 な 民 側 参 加 者 ( 5 名 位 )、 官 民 同 数
・議事録は残すが発言者の名前は伏せる
・相手の発言を否定したり、封じ込めることは絶対に慎む
・一つの中テーマにつき、1週間に1回(2時間位)ずつ最小限3回(3週間)以上
実行し成果をみる。
4.国民レベルとの相互信頼への発展
官民対話を忍耐強く継続的に行うなどということは通常の発想では官として耐え難
いことであるかも知れない。しかし過去の経験(連続13回の実行例)では3回目を過
ぎる頃から相互に成る程そういうことかという本質的理解に入ることができ、さらに建
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設的論議に進むことができる。こうした障害を自らの力で突破すること以外に官民関係
を自然的に良い方向へ向かわせることは到底不可能であり、今日どんどん悪い方向へ降
下しつつあると思われる。官民相互の努力によって構築する以外に道は無く、既に対話
という形ではなく、実行されている向も多いことと思われるが、敢えて装備取得改革を
例に取るならば、事がやや複雑であるため一同に会する対話会が手っ取り早い方法であ
り、これを契機に国防そのものについての官民対話にも同じ手法が活用できるとの確信
を得ているものである。既に若手学生等の夜間塾(参加者の時間的都合を配慮)として
昨年、2008年より毎月1回、計14回安全保障セミナー形式の率直対話を行い、防
衛における現場、現実の姿と法制的理論とのギャップを埋め、国民的レベルでの理解と
信頼増進に成果が得られている。
5.おわりに
防衛関係のみならず日本の広範な分野(恐らくすべての分野)において官民関係の改
善、あるいはより積極的に活用を考え、実行すべきである。特に日本の防衛において、
他の周辺諸国も認めているようにわが国の優れた技術力、生産力を保有する産業界の協
力なしに国産装備の開発、調達、補給は全く不可能であり、代って同等品を外国から輸
入し、一時的に穴埋めがなされたとしても、次の瞬間にはたちまち独占的値上げ、部品
補給の終焉に伴う不要部品の大量買付け、その貯蔵等、本質的に必要な場合は別として
一般的に不利益ばかりが目立ち、一層の衰退が加速され、人的資源を失って再起不能の
事態に追い込まれることになる。こうした状態を先見洞察し、官民双方の努力によって
旧来の陋習を打ち破り新たな局面へ挑戦する知恵と実行能力が必要である。当然のこと
ながらこれを民側から自発的に立ち上るなどということは全くあり得ないことであり、
国家、防衛省が主導すべきことである。しかし、当たり障りの無いやり方、抽象的な論
議、裏方を含む現実の実態には手を染めない状態、予算取りのみに終始しその結果につ
いての厳しい評価が全くないに等しい現状等、先ずは官民関係の本質的改善を手始めに
大きく動き出すことを期待するものである。
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DRC 年報 2009
真の「日米同盟」確立に向けて
( 財 ) DRC 研 究 委 員
岡本
智博
はじめに
国 内 治 安 を も 米 軍 に 委 ね て い た 昭 和 26( 1951)年 の 日 米 安 全 保 障 条 約 (旧 安 保 条 約 )が 改
定 さ れ 、 日 米 同 盟 の 根 幹 と し て 意 義 付 け ら れ た 新 安 保 条 約 が 締 結 さ れ て か ら 間 も な く 50
年が経とうとしている。この間に発足した自衛隊では、旧軍関係者はすでに全員退官して
おり、その人々から直接の薫陶を受けた人々もほぼ退官し、現在の自衛隊は戦後教育を受
け、したがって世界一般の軍人としての基礎知識・哲学からまったくかけ離れた、官僚化
した人々たちで運営されている。
警 察 予 備 隊 と し て 発 足 し た 自 衛 隊 は 、 警 察 予 備 隊 と し て の DNA を し っ か り と 保 持 し つ
つ 、ま た 、50 有 余 年 に わ た っ た 政 府 の 安 保 政 策 を 反 映 し た 自 衛 隊 は 、軍 隊 的 要 素 と 警 察 的
要素を併せ持ち、結果として、現在の自衛隊は鵺のような存在として国際的にも国内的に
も 認 識 さ れ て い る 。 こ の 傾 向 は 、 「働 く 自 衛 隊 」と し て 部 隊 が 海 外 展 開 す る に つ れ 具 体 的 な
制 約 が 自 衛 隊 に 課 せ ら れ 、そ の た び に 警 察 予 備 隊 の DNA が 掘 り 起 こ さ れ て い く 感 が あ る 。
このような状況下、日米同盟の根幹として締結された新安保条約の、真の同盟としての
深化・確立を図るには、どのような問題・課題が存在するのかを考察することは、きわめ
て喫緊かつ重要なことと考える。以下、そのような問題意識に従い筆をすすめることとす
る。
存在する自衛隊から働く自衛隊へ
平 成 4(1992)年 9 月 17 日 、 自 衛 隊 が 初 め て カ ン ボ ジ ア に お い て 平 和 維 持 活 動 ( PKO) を
実 施 し て か ら 既 に 17 年 の と き が 流 れ よ う と し て い る 。こ れ が い わ ば「 存 在 す る 自 衛 隊 か ら
働 く 自 衛 隊 へ 」の 変 化 の 始 ま り で あ っ た 。ま た 平 成 16 年 3 月 、自 衛 隊 及 び 統 合 幕 僚 会 議 設
立 50 周 年 を 迎 え た 記 念 式 典 に お い て 石 破 防 衛 庁 長 官 ( 当 時 ) は 、「 た だ 存 在 す る だ け の 自
衛隊の時代は終わった。いよいよ機能する自衛隊になった」という訓辞をされた。これも
また、自衛隊によるイラクにおける公共施設の復旧・整備等ならびに米軍に対する輸送支
援の開始という変化の始まりであった。
自 衛 隊 の か か る 変 化 の 背 景 に は 、 冷 戦 の 終 焉 、 伝 統 型 脅 威 ( State-actor) か ら 非 伝 統
型 脅 威 ( Non-state‐ actor) へ と い う 脅 威 の 変 化 が 存 在 し た 。 こ の よ う な 変 化 は 、 本 来 警
察に付与されるべき任務と軍隊に付与されるべき任務の重なりを必然的に大きくすること
を促し、世界各国は、拡大された脅威のパラダイムに効率的に対応すべく、それぞれの国
内法理に従って警察活動として対応したり、あるいは軍隊活動の一部として対応したりし
て 今 日 に 至 っ て い る 。 こ う し た 経 緯 の 中 で 多 用 さ れ た の が 、 MOOTW( Military Operation
other than War) と い う 言 葉 で あ っ た 。
しかしその半面、
「 存 在 す る 自 衛 隊 」の 時 代 で は 演 習 や 教 育 訓 練 が し っ か り と 行 き 届 き 、
行往坐臥の間に
軍人とは
と 自 問 自 答 す る 余 裕 が あ っ た が 、 「働 く 自 衛 隊 」に な っ た 現 在
は、当面の実任務の遂行に追われて国家防衛のための訓練が行き届かず、軍人魂を磨く余
裕がなくなっている。
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自衛隊は軍隊なのか警察なのか
そしてこのような変化は、自衛隊という実力組織に極めて深刻な問題を引き起こした。
国際貢献の必要性から、自衛隊は海外において前述のような活動を実施してきたが、その
都度、
「 本 格 軍 隊 で は な い 自 衛 隊 」の 軍 隊 活 動 を 何 処 ま で 容 認 す る の か と い う 議 論 が 国 会 論
議の中心となった。
も と よ り 我 が 国 は 、 憲 法 第 9 条 第 2 項 に 示 す と お り 、「 前 項 の 目 的 を 達 成 す る た め 、 陸
海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」のであり、
自衛隊は「専守防衛に徹した自衛隊」なのであって、世界各国の常識に従った軍隊ではな
い。たとえば、日本の自衛隊には軍法、軍法廷、軍営倉が存在しない。敵前逃亡など軍の
規 律 違 反 に 対 す る 法 的 措 置 は 、 自 衛 隊 法 第 123 条 に 示 さ れ る 「 懲 役 7 年 以 下 の 懲 役 ま た は
禁固」といった類のものである。この条文も防衛出動が下令されている状態においての防
衛出動命令を受けた者に対しての罰則であり、防衛出動下令以前であれば、依願退職は可
能となっている。こうした法体系が採られているのは、自衛隊が「警察予備隊」として発
足したことに淵源する。自国民の犯罪者の取締りを任務とする警察の、しかも警察予備と
しての自衛隊であるから、世界に共通の軍隊としての文化は全く存在しない。まず、日本
国憲法には「国民の国防に対する義務」規定が存在しない。また、警察予備を創設すると
いう意図が発足当初から存在したことから、
「 武 器 の 使 用 」に つ い て も 自 国 民 を 対 象 と す る
警察よりも更に低い程度に抑えられている。その根本的な諸問題を抱えたまま、自衛隊は
現在、多くの国際貢献に赴いているのである。
鵺のような存在の自衛隊
このような経緯から、自衛隊は時には軍隊として、またある時には警察予備隊として活
動することを余儀なくされる。現在ソマリア沖で実施されている「海賊対処」活動では、
「自衛隊は行政警察権を行使できるが司法警察権は行使できない」とされている。したが
って「司法警察権を保持する海上保安官が自衛艦に同乗して警察活動を実施する」のであ
る。まさしく、自衛隊は警察予備隊なのである。
任務を通じて海外に生活する機会が多かった筆者が所見するところ、世界各国の人々か
らすれば、まず全員が「自衛隊は軍隊である」と理解している。こういう筆者もそのよう
な 誤 解 を 助 長 す る こ と に 図 ら ず も 加 担 し て い る 一 人 で あ っ た 。そ れ は 、
「英語で説明する自
衛 隊 は 完 全 な 軍 隊 と な っ て し ま う 」 か ら で あ る 。 た と え ば 自 分 の 身 分 を 「 Lieutenant
General」 と い っ た り 、「 Infantry」「 Artillery」 と い う 職 種 説 明 を し て し ま っ た り す る 。
現実では自衛隊には「中将」も「歩兵」も「砲兵」も存在しない。しかも数年前に海上保
安 庁 が 「 Japan Coast Guard」 と 英 語 名 を 変 え た も の だ か ら 、 あ る 米 軍 高 官 は 「 い よ い よ 日
本に準軍隊が整備されたね」と反応してきた。自衛隊は本格軍隊と理解していたからであ
る。このような自衛隊であるから、前述のように「日本の自衛隊には軍法、軍法廷、軍営
倉 が 存 在 し な い 」と 知 っ た 米 軍 中 将 は 、
「 本 当 に そ れ で 軍 隊 な の か 」と 真 面 目 な 顔 で 質 問 を
返してきた。
我が国のなかでも、憲法 9 条が厳然として存在しているにもかかわらず、自衛隊は本格
軍隊であると認識している者が大多数である。そして時の政府は、鵺のような自衛隊の存
在 を 利 用 し て 、我 が 国 の 安 全 保 障 戦 略 ―「 あ い ま い 戦 略 」
( Ambiguity Strategy)を 採 り 続
け て い る 。 し か し 自 由 民 主 党 は 、 平 成 15 年 7 月 に 自 衛 隊 を 本 格 的 な 軍 隊 と し て 位 置 づ け 、
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DRC 年報 2009
国 際 貢 献( 国 際 活 動 )新 た な 任 務 に 加 え 、軍 事 裁 判 所 の 設 置 、国 家 緊 急 権 の 明 示 等 を 含 む 「安
全 保 障 に つ い て の 要 綱 案 」を 提 言 し て い る 。ま た 民 主 党 の 一 部 で も 、自 衛 隊 を 本 格 的 な 軍 隊
として位置づけるとともに、通常戦レベルでの日本防衛の任務を段階的に自衛隊が主体的
に実施していくなかで、施設・区域提供規模の低減やいわゆる「思いやり予算」の見直し
を実施していく方向を採ることで、日米安保条約の第 5 条に示された米国の日本防衛義務
と第 6 条に示された日本の米軍に対する施設・区域の提供という日米両国の義務のバラン
スを健全化していこうとする考えを打ち出そうと検討しているようである。
い ず れ に せ よ 、 国 家 防 衛 を 「あ い ま い 戦 略 」に 委 ね る 方 法 に は す で に 限 界 が 透 け て 見 え て
いるし、このような戦略は、国家としての威信をあまりにも蔑ろにしている。自衛隊は鵺
のような存在から脱却すべきときが来ているし、その方向が真の日米同盟化の第一歩であ
ると考える。
そ し て こ の よ う な 方 向 に 従 っ て 日 本 が 「あ い ま い 戦 略 」を 放 棄 す る 場 合 、 自 衛 隊 を 本 格 軍
隊と認知する方向が、真の日米同盟化につながることは言うまでもない。逆に自衛隊を警
察 予 備 隊 DNA を 堅 持 し た ま ま の 組 織 と す る の で あ れ ば 、 米 国 の 日 米 同 盟 に 対 す る 姿 勢 は
決して積極的にはならないであろう。
真の同盟のための「西太平洋相互防衛」構想
さ て 、 自 衛 隊 を 本 格 軍 隊 と し て 位 置 づ け る こ と が で き れ ば 、「 同 盟 」 の 本 質 と し て 日 本
及 び 米 国 が 個 別 的 自 衛 権 を 行 使 す る こ と は も と よ り 、集 団 的 自 衛 権 を 行 使 す べ き こ と は 「国
連 憲 章 」を 引 用 す る ま で も な く 明 ら か と な る 。し か し な が ら 、米 国 の 軍 事 戦 略 の 展 開 は 地 球
規模であり、日本が米国と同一歩調を取って地球規模で米国との集団的自衛権行使を追及
することになれば、これは日本の国家戦略を危うくすることにつながる。自衛隊の軍事力
は国家防衛と東アジア・太平洋地域の平和と安定に貢献することに専念すべきであり、我
が 国 が 米 国 と 一 体 と な っ て 地 球 規 模 で 「同 盟 の 本 質 」を 全 う す る 考 え 方 は 、 米 国 と し て も 望
ましいとは思っていないであろう。
こ れ ら を 考 慮 し て 「 日 米 間 の 真 の 同 盟 」を 追 及 す る た め に は 、 昭 和 26 年 9 月 8 日 に 「日
米 安 全 保 障 条 約 」(旧 安 保 条 約 )が 締 結 さ れ る ま で の 間 に 、我 が 国 と 米 国 が 重 ね た 議 論 を 改 め
て 思 い 起 こ す 必 要 が あ ろ う 。 す な わ ち こ の 件 に 関 し 、 ア チ ソ ン 国 務 長 官 (当 時 )は 「 日 本 は
グアムまで防衛する。米国は日本を防衛する。その双務性が基本ではなかろうか」と提案
し た 。我 が 国 が 決 し て 他 国 を 侵 略 し な い と い う 決 意 を 斟 酌 し て 、ア チ ソ ン は 、双 務 性 を 「西
太 平 洋 地 域 」に 限 定 し た の で あ ろ う 。
もしこの議論をよしとするのであれば我が国は、自衛隊の海・空戦力を西太平洋におい
て 発 揮 し 、 米 国 と の 「同 盟 の 双 務 性 」を 全 う す る と い う 選 択 肢 が あ る 。 そ し て 自 衛 隊 の 陸 上
戦力は日本領域及びグアムにおいてのみ発揮され、米国の軍事力展開が地球規模であって
も こ れ を 限 界 と し 、 日 本 が 米 国 の 実 施 す る 軍 事 力 行 使 に 「巻 き 込 ま れ る こ と 」を 阻 止 す る 方
向を考慮すべきであろう。
「戦闘の最終的な決は陸上戦力が定める」ことは、先のイラク戦争の例を引くまでもな
く当然のことである。このような選択肢であるならば、自衛隊は陸上も、海上も、そして
航 空 も 、 し か る べ き レ ベ ル に そ れ ぞ れ の 戦 力 を 向 上 さ せ 、 米 国 と の 「共 同 戦 闘 」を 可 能 に し
なくてはならない。そして、このような方向が我が国の防衛・安全保障の基本として位置
づ け ら れ る の で あ れ ば 、 真 の 「日 米 同 盟 」化 は 確 立 さ れ 、 日 米 関 係 は さ ら に 強 固 に な っ て い
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くこととなろう。
「周辺事態」対応措置の強化
我が国が有事を迎える前段階、すなわち、周辺事態に対する対応措置を実施するための
「 周 辺 事 態 安 全 確 保 法 」 は 、 平 成 11(1999)年 3 月 24 日 に 施 行 さ れ た が 、 自 衛 隊 が 本 格 軍
隊として位置づけられるのであれば、当然、新たな「周辺事態安全確保法」の制定が必要
となる。すなわち、自衛隊が正規の軍隊であれば、あえて後方地域と戦闘地域といった区
分を考慮する必要もないし、公海上の捜索・救難も可能である。戦地に向かう戦闘機に対
しても給油・弾薬補給・整備も可能となる。加えてこれまでのような制約を一切払拭し、
国際基準に依拠した武器使用基準を制定し、米軍再展開部隊の受け入れのための民間空
港・港湾の指定、戦闘機及び艦船に対する給油支援を含む物資の補給・輸送支援等後方支
援 な ら び に 弾 薬・武 器 の 提 供・整 備 の 実 施 に か か る 全 面 協 力 、航 海 を 含 む 機 雷 の 除 去 な ど 、
さらにはこれらを踏まえた「周辺事態下における日米実動演習」を具体化することができ
る。
そしてまた、周辺事態において日本が主体的に実施する活動、すなわち、難民の保護、
捜索・救難、船舶検査、海外邦人の救出についても公海上は当然のこと、敵の領海であっ
ても実施できるし、実施しなければならない。加えて、航行する船舶に対する臨検も国際
法に基づいて実施しなければならない。さらに、海外在住の邦人救出についても、事前の
外交交渉によって各国と邦人救出のマニュアルを確立しておき、当該国との軍事的連携を
確保することができるであろう。
また、周辺事態として蓋然性が高まり始めている
第二次朝鮮戦争
が生起した場合、
日 本 が 締 結 し て い る 所 謂「 国 連 軍 地 位 協 定 」、す な わ ち 、朝 鮮 戦 争 参 加 10 カ 国 (現 在 8 カ 国:
米・英・仏・豪・加・泰・比 な ど )に 対 し 、国 連 軍 基 地 と し て 指 定 さ れ て い る 横 田・座 間 ・
横 須 賀 ・ 佐 世 保 ・ 嘉 手 納 ・ 普 天 間 ・ ホ ワ イ ト ビ ー チ の 7 カ 所 (現 在 は 在 日 米 軍 基 地 )の 使 用
を、政府の確固とした施策として推進することができる。
そ の 他 、 自 衛 隊 と 米 軍 の 協 力 と し て 考 え ら れ て い る 「情 報 交 換 」、 「機 雷 の 除 去 」、「 海 ・
空 域 調 整 」 に つ い て も 具 体 的 な 検 討 が 可 能 と な る 。 そ し て 、 特 に 「電 波 管 理 」の 権 限 に つ い
ては、有事を基本とした形態に改めて日米の通信にかかる相互運用を高める施策が推進さ
れることとなろう。
米 国 は か つ て 、「 周 辺 事 態 安 全 確 保 法 」 の 成 立 を き わ め て 高 く 評 価 し た 。 し か し 具 体 策
を追及する過程において多くの障害がその先に広がっていることを認識して落胆した。し
た が っ て 米 国 は 、本 格 軍 隊 と し て の 自 衛 隊 の 下 に 成 立 す る 「新 周 辺 事 態 安 全 確 保 法 」が い か
に 東 ア ジ ア・太 平 洋 地 域 の 安 全・安 定 に 寄 与 す る か を 十 分 理 解 し て い る 。
「新周辺事態安全
確 保 法 」の 成 立 と こ れ に 基 づ く 対 応 措 置 の 具 体 化 は 、
「 日 米 同 盟 」の 真 の 同 盟 化 に 大 き く 貢
献することとなろう。
兵 器 の 相 互 共 同 運 用 性 ( Interoperability) の 進 化
平 成 4( 1992) 年 7 月 、 冷 戦 終 結 に 伴 う 「 ア ジ ア ・ 太 平 洋 地 域 の 戦 略 的 枠 組 み 」( EASI)
が米国政府から公表された。これに示された 4 項目は、我が国が通常戦力レベルでの自衛
能力を獲得し、あわせて真の日米同盟化を推進する上で、極めて貴重な視点を与えてくれ
る。すなわち、①可能な限りの在日米兵力の削減はあっても、北東アジアにおける安定と
抑止に不可欠な基地を米国は確保する、②日本の領海防衛能力と千哩海上交通路能力の向
24
DRC 年報 2009
上は容認しても、日本のパワープロジェクション能力の造成は拒否する、③日米間の技術
還 流 は 促 進 す る が 相 互 補 完 性( Non-Complementary)の な い 兵 器 体 系 の 開 発 は 抑 制 す る 、④
日米のハード及びソフト面の相互運用性の向上を図るというものであるが、これら 4 項目
は 米 国 側 か ら 発 信 さ れ た と は い え 、我 が 国 が 取 る べ き 方 向 を 考 え る 上 で 、ま た 「日 米 同 盟 の
深 化 」を 考 え る 上 で 、 極 め て 重 要 な メ ル ク マ ー ル と な る と 考 え る 。
特に、東アジア・太平洋地域有事において日米共同作戦の実施が不可欠となる状況に至
るのであれば、自衛隊及び米軍の使用する兵器体系における相互運用性の確保は絶対に必
要 で あ る 。た と え ば 海・空 戦 力 の 造 成 に あ っ て は 、F-22 な ど 第 五 世 代 戦 闘 機 の 導 入 は 必 ず
実現させなければならないし、潜水艦などによる米軍と自衛隊の役割分担なども考慮しな
くてはならない。そして、定められた役割分担に応じた兵器体系の導入も、また、米国軍
が推進するトランスフォーメーションにも可能な限り追随することも考慮しなくてはなら
ないであろう。加えて、相互運用性は単に兵器体系のみに留まらず、作戦思想・教義(ド
クトリン)
・軍 事 教 育・訓 練 の 分 野 に ま で 深 化 さ せ る 必 要 が あ る 。こ れ ら を 効 率 的 に 実 現 す
るためには、日米防衛協議などを利用して日米間の軍事戦略にかかる協議が必要不可欠で
あ る と と も に 、通 常 戦 力 レ ベ ル を 超 え た 、い わ ゆ る「 米 国 の 核 の 傘 」の 運 用 に つ い て も 更 な
る具体化が進捗するであろう。
国家として国防につぎ込むべきマンパワー
最後に、我が国が現在の日米安全保障条約体制下で、どの程度のマンパワーを国家防衛
につぎ込んでいるのかについて、米国、ロシア、欧州のフランス及びイギリス、極東の韓
国及び中華人民共和国を最大の脅威と見ている台湾の状況を比較しつつ、検討を加えてみ
たい。
一般にそれぞれの国家がどの程度のマンパワーを国防に当てているかについては、それ
ぞれの国が置かれた地政学的な特徴、隣国から及ぼされる脅威感、地域的・歴史的な背景
など、総合的かつ包括的な検討が不可欠ではあるが、他方、これらを一切排除して、単純
にどの程度のマンパワーで国防を果たそうとしているのかといった切り口で、比較するこ
とも一つのメルクマールともなると考える。
そ の よ う な 前 提 か ら 考 え る と 、 た と え ば ロ シ ア が 憲 法 で 、「 軍 事 力 の 規 模 は 人 口 の 1 %
以 下 と す る 」 と し て い る こ と も 意 義 あ る こ と で あ ろ う 。 ロ シ ア の 正 規 軍 の 規 模 は 約 102.7
万 人 、準 軍 隊 と し て の 国 境 警 備 隊 及 び 内 務 省 軍 の 総 計 が 約 36 万 人 、こ れ ら を 総 計 す れ ば 約
139 万 人 で あ り 、そ れ は 総 人 口 約 1.4 億 人 の 0.99%と な り 、憲 法 が 示 す 枠 内 に 収 ま っ て い る 。
米 国 は 2009 年 5 月 31 日 現 在 で 正 規 軍 が 約 146 万 人 、 準 軍 隊 は 州 兵 陸 軍 ・ 空 軍 が 約 46
万 人 、 沿 岸 警 備 隊 が 約 4 万 人 で 総 計 は 約 196 万 人 で あ り 、 そ れ は 総 人 口 約 3 億 人 の 0.65%
に当たる。
現在、冷戦時代からは比較にならないほど実質的な脅威感が低下している欧州における
フ ラ ン ス の 例 で は 、 正 規 軍 が 約 33 万 人 、 国 家 憲 兵 隊 が 約 10 万 人 、 総 計 約 43 万 人 で あ り 、
こ れ は 総 人 口 約 6100 万 人 の 0.70%に 当 た っ て い る 。他 方 、欧 州 大 陸 か ら は 北 海 を 擁 し て 離
隔 し て い る イ ギ リ ス は 、 正 規 軍 及 び 準 軍 隊 の 総 計 が 約 19.3 万 人 で あ り 、 こ れ は 総 人 口 約
6000 万 人 の 0.32%と 、ロ シ ア 、米 国 、フ ラ ン ス に 比 較 し て 半 分 ほ ど で あ る 。北 海 の 存 在 が 、
いかに国防に割くマンパワーを低くしているかを顕著に示している。
さて極東に目を転ずると、冷戦構造が未だに残っており、脅威感が欧州に比較して大き
25
い極東の現状はどうであろうか。まず、北朝鮮と陸続きで朝鮮戦争が終結していない韓国
の 場 合 は 、正 規 軍 約 69 万 人 、準 軍 隊 が 約 6 万 人 、総 計 75 万 人 で あ り 、そ れ は 総 人 口 約 4850
万 人 の 1.55%と 、 こ れ ま で 挙 げ た 国 家 と 比 較 し て 2 倍 の 規 模 と な っ て い る 。 ま た 台 湾 は 、
正 規 軍 30 万 人 、準 軍 隊 3.5 万 人 、総 計 約 33.5 万 人 で あ り 、総 人 口 約 2300 万 人 の 約 1.46%
を占めており、台湾海峡が存在するとはいえ中国大陸からはさほど離隔していない台湾の
特徴が如実に示されている。
翻って我が国の場合であるが、地政学的にはイギリスの例にあたるといえる日本海とい
う存在があるものの、正規軍でもない、準軍隊でもない自衛隊及び海上保安庁の総計が約
25 万 人 で あ り 、そ れ は 総 人 口 の 0.196%と な っ て お り 、そ の イ ギ リ ス と 比 較 し て も 相 当 低 い
こ と が 理 解 で き る 。 換 言 す れ ば 、 我 が 国 は 米 国 に 国 家 防 衛 を 委 ね る こ と で 、 約 40%マ ン パ
ワ ー に し て 約 15 万 ∼ 20 万 人 程 度 を 国 防 に 当 て る こ と な く 、 日 米 安 保 条 約 に 示 す 米 軍 に 対
する施設・区域の提供と思いやり予算で購っているということが出来よう。
加えて比較の対象とした国家は全て、国民の国防に対する義務がそれぞれの憲法に記さ
れており、国家と国民の間の権利と義務が明確にされている。他方日本の場合はそのよう
な規定は存在せず、戦後は、決して聖職ではなく教育者も自衛官も職業のひとつと教えら
れてきた。
残念ながら米国では、このような日本の国防の現状を知悉していない人々のほうが圧倒
的に多い。そのような中にあっての日米安全保障体制であるし、我が国は約半世紀にわた
り当該体制を変えようとしていない。
こうした我が国国防の実態を米国の軍人に説明すると、日本人は米国からそのような憲
法と体制を与えられていると言い張るが、なぜ半世紀もその枠組みを堅持しようとしてい
るのか、それは国民が現在の憲法と安保体制をもっとも好ましいと判断しているからでは
ないか、変更したいのであればもっと主体的に動くべきであるし、それが自由民主主義の
国家ではないか、と反論された。我が国は、国防の在り方に関し根本的に考え直さなけれ
ば、日米同盟の進化、深化どころか、我が国の防衛そのものを全うすることさえ出来ない
のではないかと危惧されるところである。
以上、日米同盟の真の同盟化のために考慮すべき課題について縷々述べてきたが、現在
の自衛隊は、どう見ても軍隊の本質を欠いた、準軍隊でもない、単なる準軍事組織でしか
ないし、その規模も世界の常識からは大きくかけ離れているし、国家として国民に要請す
べき義務としての国防という規定がない中での存在なのである。このような自衛隊の実態
が 日 米 両 国 民 の 間 で 次 第 に 明 確 に な る に つ れ 、 日 米 両 国 は 、 必 ず や 、 根 本 的 な 「日 米 同 盟 」
の再検討を余儀なくされるであろうことをここに改めて指摘し、読者の考察の参考に供し
たい。
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DRC 年報 2009
文民統制に関する考察
( 財 ) DRC 研 究 委 員
安村
勇徳
はじめに
かってないほどの高い関心を呼んだ衆議院議員の選挙が終わり、民主党の率いる新しい
政権がスタートした。国民の関心は各政党のマニフェストに集まり、政権交代の是非が問
われたが、大方の予想通りの結果となった。問題はこれから新しい政権が、日本をどのよ
うに導いてゆくかにある。特に安全保障政策に関しては、選挙中の論議は極めて不十分で
あり、今後の国会での論議に注目する必要がある。
一方、わが国の安全保障環境は、引き続き、大量破壊兵器などの拡散や国際テロなどの
新たな脅威や多様な事態が課題であることに加え、国際平和協力活動への積極的な取組へ
の期待がさらに高まっており、今後、このような安全保障環境により適切に対応していく
ことが必要である。これらの課題に取り組むためには、まず、防衛計画の大綱の見直しや
新たな中期計画の作成を通じて、新政権としての明確な指針が明らかになることが期待さ
れる。
国 会 に お け る 安 保 論 議 の 足 か せ と な っ て い た 55 体 制 が 名 実 と も に 終 焉 し 、 わ が 国 の 安
全保障が大きな節目を迎えつつある現状において、脱官僚依存を目指す民主党政権が、わ
が国の安全保障の中核となる防衛省自衛隊をどのようにコントロールしようとするのか、
その手法についても大きな関心がある。
本稿は、このような視点から文民統制を概観し、将来あるべき方向について考察を試み
るものである。
1. 欧 米 諸 国 の 文 民 統 制 に 関 す る 歴 史 的 経 緯 ・ 背 景
わが国の文民統制に関する議論は、自衛隊の行動や海外への自衛隊の派遣に国会承認
が要るとの考え方のほか、自衛官の表現の自由を制約することの正当化としてシビリア
ン・コ ン ト ロ ー ル が 語 ら れ た り 、防 衛 省 内 に お け る( 制 服 組 に 対 す る )統 制 の 問 題 と し て
捉 え ら れ た り す る こ と が あ り 、と か く 防 衛 省 に お け る 内 局( 背 広 )と 幕( 制 服 )の 関 係 の
議 論 に 収 斂 さ れ る 特 異 性 が あ る 。一 方 、欧 米 諸 国 の 文 民 統 制 制 度 は 、わ が 国 の 現 状 と は 大
き く 異 な り 、そ の 制 度 確 立 に い た る 歴 史 的 経 緯 や 背 景 に 大 き な 違 い が あ る こ と か ら 、現 在
の制度やその運用にそれぞれ特色がある。
イ ギ リ ス で は 、伝 統 的 に Royal Navy と し て 海 軍 の 存 在 は 幅 広 く 認 知 さ れ て い る が 、陸
軍 は 強 固 な 統 制 が 必 要 で あ る と し て 、厳 格 な 議 会 の 統 制 の 下 に 置 か れ て き た 。軍 隊 の 指 揮
監 督 権 は 国 王 に あ る が 、実 質 的 な 国 防 軍 事 の 最 高 責 任 者 は 首 相 で あ る 。国 防 の 責 任 は 、首
相 と 内 閣 に あ り 、国 防 大 臣 を 含 む 閣 僚 は す べ て 文 民 で 、閣 議 に は 必 要 に 応 じ て 国 防 参 謀 総
長 と 各 軍 参 謀 総 長 が 出 席 す る 。議 院 内 閣 制 で あ る こ と か ら 国 防 に 対 す る 責 任 は 議 会 に よ っ
て最終的に統制される。
アメリカは、このようなイギリスの伝統を継承したのに加え、植民地時代の経験や開
拓 時 代 の 民 兵・市 民 武 装 の 伝 統 が 文 民 統 制 の 原 点 で あ る 。議 会 と 大 統 領 で 戦 争 権 限 が 分 割
27
さ れ 、そ の 配 分 を め ぐ っ て 争 わ れ て き た 経 緯 が あ る 。軍 の 最 高 指 揮 官 は 大 統 領 で あ り 、国
家 安 全 保 障 会 議( NSC)と 統 合 参 謀 本 部( JCS)が こ れ を 補 佐 す る 体 制 が 確 立 さ れ て い る 。
ド イ ツ は 、敗 戦 に よ っ て 旧 憲 法 に よ る 統 制 の 反 省 を 土 台 に 基 本 法( 新 憲 法 )を 制 定 し 、
議 会 に よ る 軍 の 統 制 を 明 確 に 規 定 、更 に 、安 全 保 障・国 際 政 治 の 環 境 に 応 じ 、基 本 法 の 改
正 を た め ら っ て い な い こ と に 特 色 が あ る 。ド イ ツ に お け る 文 民 統 制 は 、い わ ば 、議 会 に よ
る 統 制 で あ り 、軍 隊 の 行 動 は 憲 法 に 基 づ か な け れ ば な ら な い と し て 、制 度 化 を 進 め る こ と
で軍に対する政治の優位を示している。
フランスは、国民主権を確立させたフランス革命を経て、文権優位を原理とする軍制
を 明 文 化 し た 。軍 の 指 揮 監 督 は 、大 統 領 、首 相 、内 閣 の 文 民 機 関 が 行 う こ と が 、憲 法 原 理
と な っ て い る 。大 統 領 は 、軍 権 の 長 で あ り 、安 全 保 障 の 最 高 責 任 者 で あ る 。憲 法 の 規 定 で 、
国家緊急権が認められており、事態に応じて必要な措置をとることとなっている。
文民統制の鍵は、立憲民主主義の確立にあるとされるが、いずれの国も、民主的なプ
ロ セ ス を 踏 ん で 、憲 法 や 法 律 に よ っ て 、現 在 の シ ビ リ ア ン・コ ン ト ロ ー ル の た め の シ ス テ
ムが構築・運用されている。各国のシステムは、第 2 次世界大戦の終結から冷戦を経て
今 日 に 至 る 間 に 、そ れ ぞ れ の 国 の 内 外 の 政 治 や 安 全 保 障 環 境 の 変 化 の 中 で 常 に 、進 化 し て
いるといえよう。
冷戦期にハンチントン 1 やスミス 2 によって古典的なシビリアン・コントロールの理論
が 確 立 さ れ 、そ の 後 の 情 勢 は め ま ぐ る し く 変 化 し て き た 。以 下 、文 民 統 制 を め ぐ る 最 近 の
論点はどのようなものがあるか、その将来の方向性はいかなるものかを考察する。
2. 文 民 統 制 を め ぐ る 最 近 の 論 議 ・ 論 点
第 2 次世界大戦が終わり東西対立という冷戦構造の中で生まれた古典的なハンチント
ン を は じ め と す る 文 民 統 制 理 論 は 、冷 戦 の 終 焉 に 伴 う 戦 略 環 境 の 変 化 に よ り 改 め て 注 目 さ
れ、新たな現代的理論ともいうべき論議を呼んでいる。
冷 戦 終 焉 以 降 の 変 化 に は 、冷 戦 時 代 に 維 持 し た 軍 事 力 の 再 編 と 軍 事 力 の 果 た す べ き 役 割
の 変 化 ( 任 務 の 多 様 化 )、 I T を は じ め と す る 軍 事 科 学 技 術 の 進 歩 ( ネ ッ ト ワ ー ク 中 心 の
戦 い 方 へ の 変 化 )、9.11 同 時 テ ロ 以 降 に お け る 脅 威 の 対 象 の 変 化 な ど 、安 全 保 障・戦 略 環
境 の 変 化 が あ る が 、こ れ ら が 文 民 統 制 の あ り 方 に ど の よ う な ど の よ う な 影 響 を 及 ぼ し て い
る か 。戦 い の 様 相 の 変 化 と 任 務 の 多 様 化 の 視 点 で 見 て み る と 、大 き な 課 題 を 提 起 し て い る
ことは明らかである。
その 1 つは、在来兵器による通常型の戦いが中心であった戦争形態そのものが、脅威
対 象 の 変 化 と 軍 事 科 学 技 術 の 進 歩 に よ っ て 、フ ル ス ペ ク ト ラ ム と な り 、か つ 、ハ イ ブ リ ッ
ド 化 し た こ と で あ る 。こ の こ と は と り も な お さ ず 、従 来 に も ま し て 、軍 令 、軍 政 両 方 の 分
1
『 軍 人 と 国 家 ( The Soldier and the State: the Theory and Politics of Civil-military
Relations)』 1957 年 、 サ ミ ュ エ ル P . ハ ン チ ン ト ン ( Samuel Phillips Huntington)、 ア メ リ
カ の 政 治 学 者 ( 1927– 2008)、 市 川 良 一 訳 『 軍 人 と 国 家 ( 上 ・ 下 )』 原 書 房 、 1978 年
2
『 軍 事 力 と 民 主 主 義 ( American democracy and military power: a study of civil control of
the military power in the United States)』 1951 年 、 ル イ ス ・ ス ミ ス ( Louis Smith)、 ア メ
リ カ の 政 治 学 者 、 佐 上 武 弘 訳 『 軍 事 力 と 民 主 主 義 』 法 政 大 学 出 版 局 、 1954 年
28
DRC 年報 2009
野 で 、高 度 な 軍 事 専 門 家 の 知 識・技 能 が 求 め ら れ る こ と で あ る 。プ ロ フ ェ ッ シ ョ ナ ル な 軍
事集団を、どのように育成・維持・管理・運用していくのかが大きな課題である。
2 つ目の課題は、軍事集団に国家として何を期待するのかを明らかにすることである。
軍 事 力 の 果 た す べ き 役 割 が 拡 大 し 、任 務 が 多 様 化 す る 大 き な 流 れ の 中 に あ っ て 、政 治 の 決
断によって明確な根拠を示すことが求められている。
安 全 保 障 環 境 が め ま ぐ る し く 変 化 す る 中 で 、立 憲 民 主 主 義 国 家 と し て 軍 事 力 を 引 き 続 き
維 持 管 理 す る な ら ば 、よ り 現 状 に 見 合 っ た 文 民 統 制 制 度 を 確 立 す る た め に 、検 討 す べ き 課
題 は 少 な く な い 。現 代 理 論 と さ れ る 文 民 統 制 に 関 す る 論 文 で 提 起 さ れ て い る 議 論・論 点 の
主要なものを、列挙すると以下のようなものがある。
( 1) 軍 の 再 編 と 任 務 の 多 様 化 に 伴 う 新 た な 議 論 ・ 論 点
①
②
③
④
⑤
3
志 願 兵 制 移 行 と 非 戦 闘 任 務 へ の 参 加 に 対 す る 軍 人 の 意 識 改 革 。新 た な 全 志 願 制 へ
の対応、非戦闘的任務に軍を仕従事させる文民の要求に対しては、上級将校を
動 機 づ け る エ リ ー ト 主 義 を 発 展 さ せ る こ と が 必 要 で あ る 。( ラ ン グ ス ト ン 3 )
任務の多様化に伴い、低強度の多様な平和活動に従事させられる軍人には複雑
な職業的ゆがみが生起。この点について軍と文民にギャップはあるが、平和維
持 任 務 に 公 民 は 歓 迎 、 軍 人 も 肯 定 的 に 受 け 止 め て い る 。( D.ア ヴ ァ ン ト 4 )
文 民 と 軍 人 の 関 係 の 変 化 。民 と 軍 の 隙 間 が 増 大 し て い る こ と か ら 、総 合 的 、個
別的、自発的、強制的な手段、或いは、公選の代表者によるギャップを埋める
努 力 が 必 要 。( P .D .フ ィ ー ヴ ァ ー / R.H.コ ー ン 5 )
任務の多様化に伴う政府の役割と課題。軍に期待される広範多様な役割と任務
に対応するため、軍事機構の創設・改編など民主主義政府としてなすべき重要
な課題がある。この課題には、軍事教育、インテリジェンス、防衛予算、徴兵
の 文 民 統 制 等 が あ る 。( T .ブ ル ノ ー / S.D.ト レ フ ソ ン 6 )
民生協力活動への参加。広く社会の利益に資する民生的平和的任務に従事させ
る た め に は 、軍 の 民 政 目 的 使 用 の 基 準 の 確 立 が 必 要 で あ る 。
( L .W .グ ッ ド マ ン 7 )
『 容 易 で な い 均 衡 : 1783 年 以 降 ア メ リ カ に お け る 平 時 の 政 軍 関 係 ( Uneasy Balance,
Civil-Military Relationship in Peacetime America since 1789)』 2003 年 、 ト ー マ ス S . ラ ン
グ ス ト ン ( Thomas S. Langston)
4
『 Military Perspectives and Civilian Control in Post-Cold War Operations』 デ ボ ラ D .
ア ヴ ァ ン ト ( Deborah D. Avant)
5
『 軍 人 と 文 民 : 民 軍 の ギ ャ ッ プ と ア メ リ カ の 安 全 保 障 ( The Civil-Military Gap and
American National Security)』 2001.年 、 P . D . フ ィ ー ヴ ァ ー / R . H . コ ー ン ( Peter D.
Feaver and Richard H. Kohn )
6
『 誰 が ど う や っ て 番 人 の 番 を す る の か : 民 主 的 政 軍 関 係 ( Who Guards the Guardians and
How: Democratic Civil-Military Relations)』 2006 年 、 T . ブ ル ノ ー / S . D . ト レ ン ソ フ
( Thomas C. Bruneau and Scott D. Tollefson)
7
『 軍 の 役 割 − 過 去 と 現 在 』 L . W . グ ッ ド マ ン 、 力 久 昌 幸 訳 、 刀 水 書 房 、 2006 年
29
( 2) 軍 事 技 術 ( 戦 い 方 )・ 脅 威 な ど 、 安 全 保 障 ・ 戦 略 環 境 の 変 化 に 伴 う 議 論 ・ 論 点
①
新 し い 軍 事 技 術 の 発 達 と 普 及 、全 面 戦 争 の 可 能 性 の 減 少 に よ っ て 軍 隊 と 社 会 と
の関係が変容している。徴兵制は減少傾向にあり、市民と兵士、人民と軍隊の
同 一 化 が 進 ん で い く 。( ラ リ ー ・ ダ イ ア モ ン ド / マ ー ク ・ プ ラ ッ ト ナ ー 8 )
② 国際環境の変化。国際環境が軍民間の争いの帰結を決定する重要な役割を果た
す。外部の安全保障環境を脅威にさらすことによって文民統制は支持される。
冷戦終結は歓迎すべきこと、ただシビリアン・コントロールが弱まる可能性が
あ る こ と を 無 視 し て は な ら な い 。( M.デ ッ シ ュ 9 )
3. 文 民 統 制 の あ り 方 に 関 す る 今 後 の 方 向 性
冷 戦 が 終 焉 し 安 全 保 障 環 境 が 大 き く 変 化 し 、軍 事 力 の 果 た す べ き 役 割 が 戦 争 以 外 の 軍 事
行 動( MOOTW)に ま で 拡 大 し た こ と で 、軍 事 力 の 運 用・統 制 に 関 す る 新 た な 枠 組 み( 法
制)の整備・確立が不可欠となり、軍民の関係の再構築が求められている。更に、テロ
やミサイル、大量破壊兵器など脅威の多様化と、軍事科学技術の進歩による戦い方の変
化は、軍事集団のプロフェッショナル化を、より一層推し進めることとなった。
高度に専門化した戦闘遂行に文民が介入するには軍人同様の専門知識が必要であると
同時に、テロ対処や治安維持活動、国際貢献などに軍事集団が従事するには、軍人特有
の軍事専門の知識・技能だけでなく、より幅の広い外交、政治、経済、社会、歴史、文
化など、総合的な専門知識の導入が不可欠である。
こ の よ う な 軍 事 力 の 新 た な 役 割 や 任 務 遂 行 の 環 境 に 適 合 す る た め に は 、文 民 統 制 の あ り
方についても、新たな考え方が必要になってきている。文民統制の基本は、軍事の専門
集団を民主主義のルールの下でどのようにコントロールするかである。将来にわたり文
民統制を有効に機能させるためには、様々な視点から総合的に制度を見直し、運用を改
善することが必要であるが、そのための焦点となるのは以下の 2 つであろう。
( 1) 統 合 運 用 体 制 の 整 備 ・ 強 化
軍 事 力 を 統 制 す る た め の 基 本 は 、指 揮 系 統 の 確 立 で あ る 。こ こ で 重 要 な の は 、国 王 、
大統領、首相などいずれが最高指揮官であったとしても、実質的な指揮権を誰が持っ
ているか、最高指揮官に対する補佐は誰がどのようにするか、の 2 つである
実 質 的 な 指 揮 権 を 持 つ の は 、そ の 定 義 は 別 と し て 、民 主 的 な 手 法 で 選 ば れ た 文 民( 指
揮官)でなければならないが、この指揮官を補佐する体制には様々のものがあり文民
統 制 制 度 の 論 議 の 焦 点 で も あ る 。補 佐 す る 体 制 と し て 、「 文 民 に よ る 補 佐 」と「 軍 人 に
よる補佐」を「どのようにバランスして取り込むか」が重要であり、いずれか一方を
排除することは、それを望むことがしばしば見られるが、論外である。ハンチントン
8
『 シ ビ リ ア ン・コ ン ト ロ ー ル と デ モ ク ラ シ ー 』ラ リ ー・ダ イ ア モ ン ド / マ ー ク・プ ラ ッ ト ナ
ー 、 中 道 寿 一 監 訳 、 刀 水 書 房 、 2006 年
9
『 文 民 統 制 : 変 化 す る 安 全 保 障 環 境 ( Civilian Control of the Military: the Changing the
Security Environment)』 1999 年 、 M. デ ィ シ ュ ( Michael C. Desch)
30
DRC 年報 2009
は 、政 軍 関 係( civil-military relations)を 3 つ に 分 類 10 し て お り 、わ が 国 に 適 し た あ
り方を考える上で参考となろう。
欧米諸国における統合の体制整備・充実強化は、文民統制の発展過程の中で重要な
役割を果たしてきた。軍事科学技術の発達に伴い現代戦の遂行には陸・海・空の戦闘
は密接不可分となったが、更に、軍事専門集団として多様な任務・脅威に対応し確実
に そ の 実 力 を 発 揮 す る た め に は 、統 合 運 用 体 制 の 整 備・強 化 は 必 須 の 要 件 で あ る 。第 2
次世界大戦の終了後に空軍が創設され欧米諸国で統合の動きが始まったが、統合強化
の 最 先 端 を 行 く ア メ リ カ で さ え 、 実 質 的 な 統 合 体 制 を 整 え る こ と が 出 来 た の は 1986
年になってからのことである。統合の重要性を語ることは出来るが、実質的な効果の
ある統合体制の構築には更に時間がかかるのである。
作 戦 の 遂 行 が 統 合 の 下 で 行 わ れ る な ら ば 、軍 事 最 高 指 揮 官 に 対 す る 補 佐 に つ い て も 、
陸・海・空の特性を把握したうえで、情報・運用・後方支援などを統合(総合)して
行えるシステムにする必要がある。アメリカの情報機関が、かつて、ストーブパイプ
(大統領に垂直に情報は上がるが、横の連携が取れていない)と、批判されたような
制度であってはならない。
( 2) 議 会 に よ る 統 制 の 確 立 ・ 強 化
民主的な文民統制の中心は、議会である。軍隊が何をすべきか、何をすべきでない
か を 決 め る の は 、国 民 の 意 思 の 代 表 で あ る 立 法 府 の 責 任 で あ る 。脅 威 の 対 象 が 不 透 明 、
不確実な戦力環境の下で、如何にして国家国民の安全を守るか、国家安全保障政策の
中で軍事力に何を期待するのかなど、軍事力の運用・統制の基本的となる事項は、明
確な根拠となる法整備が必要である。また、それを実現するための予算措置も議会の
責任である。
ドイツでは文民統制は政治指導にほかならず、とりわけそれは議会による統制であ
り 、制 度 化 を 心 が け て き て い る 。そ れ は 、
「議会の執行府に対する統制の一部としての
議会の軍に対する統制」で、軍に対する政治の優位を示している。
10
政 軍 関 係 の 分 類( 3 形 態 )① 均 衡 型( balanced pattern)国 防 長 官 の 下 に 行 政 と 軍 事 の 2 系
統 に 分 か れ る 。参 謀 総 長 は 、全 軍 の 指 揮 者 で あ る と 同 時 に 文 民 に 対 す る 最 高 の 軍 事 助 言 者 で あ
る 。こ れ に よ り 、シ ビ リ ア ン の 責 任 と 軍 の 責 任 が 明 確 に 区 別 さ れ る と と も に 、軍 の 責 任 は 最 終
的 に は シ ビ リ ア ン ( 国 防 長 官 ) の 責 任 と な る こ と が 明 確 に さ れ る 。 ② 同 格 型 ( coordinate
scheme) 大 統 領 の 下 に 国 防 長 官 と 参 謀 総 長 を 並 列 す る 。 長 官 の 責 任 は 、 非 軍 事 の 行 政 マ タ ー
に 局 限 さ れ 、参 謀 総 長 は 、大 統 領 の 命 令 の 下 、軍 事 機 能 を 直 接 執 行 す る 。ア メ リ カ 憲 法 の 理 論
に 合 致 す る と す る 。し か し 大 統 領 と 直 接 接 触 す る 軍 首 脳 は 、政 治 的 決 定 も 下 さ ざ る を 得 な く な
り 、 シ ビ リ ア ン ・ コ ン ト ロ ー ル を 侵 食 す る 。 ③ 垂 直 型 ( vertical pattern) 大 統 領 の 下 に 、 長
官 、次 い で 参 謀 総 長 の 順 。長 官 と 参 謀 総 長 に 軍 に 対 す る 同 じ 監 督 責 任 を 負 わ せ る 。し か し 、長
官 が 軍 の 最 高 司 令 官 で あ る 大 統 領 の 副 指 揮 官 の 地 位 を も ち 、軍 の ハ イ ア ラ ー キ ー( hierarchy;
上 下 階 層 関 係 に 整 序 さ れ た ピ ラ ミ ッ ド 型 の 秩 序 な い し 組 織 )に 位 置 づ け ら れ 、軍 首 脳 も 政 治 的
行 政 的 責 任 と と も に 軍 の 機 能 も 負 わ さ れ 、そ の 能 力 を 超 え る こ と に な る か ら 、シ ビ リ ア ン・コ
ントロールからは望ましくない。
31
議会がこのような文民統制機能を発揮するためには、議会へのアカウンタビリティ
( accountability;説 明 の 義 務・責 任 )が 特 に 重 要 で あ る 。こ の た め に は 、文 民 統 制 の
中心となる議会に対しても、最高指揮官に対する補佐と同様に、文民と軍人の連携の
とれた活動が重要である。
アメリカは、軍と行政、或いは政治の分業が行われ、最後に政治が統轄する仕組み
が確立している。それは、軍人が高度のレベルで軍事政策を決定する地位に置かれ、
軍 の 政 策 へ の 影 響 力 を 強 大 に す る こ と に も な る か ら 、 と の 批 判 も あ る 。 C.W.ミ ル ズ の
『 パ ワ ー エ リ ー ト 』 11 に よ れ ば 、 軍 の こ う し た 影 響 力 の 背 景 に は 、 次 の よ う な も の が
ある。まず戦争の複雑多様化、専門化である。つまり戦争が技術的軍事専門的になり
過ぎて文民の手に負えなくなり、どうしても軍のプロフェッショナリズムに依存せざ
るをえなくなる。軍事が政治や経済といった政策面の要素も持つことから、政策形成
過程に軍の関与を否定できなくなるというのである。そして、文民がこれを口実に軍
事政策を軍人任せにする傾向が生まれる。
高度に専門化した軍事に関するプロ集団の専門知識は、国防政策の策定や議会にお
ける立法措置・予算制定に適切に反映されることが必要である。この際、軍人の知識
を反映させるシステムについて、文官統制とのそしりを受けることのないよう、軍人
と文民のパートナーシップをどのように発揮するか、工夫が求められる。
おわりに
今回の衆議院議員選挙では、民主党政権誕生による「変化」への国民の期待が、歴史的
な政権交代をもたらした。民主党は、参院では単独過半数を持たないことから、新政権は
連立政権として発足したが、懸念されるのは、自衛隊の国際平和協力活動など、安全保障
の基本にかかわる政策をめぐって、民主、社民両党間に大きな隔たりがあることである。
わが国を取り巻く情勢は引き続き不透明かつ不安定であり、中国の急速な経済・軍事大
国化をはじめとする東アジアの激動にどう対処していくのかが最も重要な課題である。対
応を誤れば、日本が営々と築いてきた平和と繁栄の基盤が揺らぐ恐れがある。ここで重要
なことは、わが国の自衛隊が新しい時代に適応して安全保障の中核としての役割を果たせ
るよう、新政権としての明確な方針の下に、自衛隊の変革を継続することである。
自 衛 隊 の 変 革 の 鍵 は 、21 世 紀 の 様 々 な 課 題 に 対 応 で き る よ う に 、文 民 統 制 の あ り 方 を 含
め、国家の安全保障体制を改革することがその原点である。この点に関し新政権に求めら
れるのは、連立政権としての安全保障に関する方針と目標の前提となるべき国家安全保障
戦略を確立すること、そして、この安全保障戦略に基づき定めた目標を達成するために軍
事力(自衛隊)をどう使うのかを明確にすることである。このことが、文民統制の最高責
任者である内閣総理(文民)の果たすべき重要な役割であるといえよう。
11
鵜 飼 信 成 / 綿 貫 譲 治 訳 、 東 京 大 学 出 版 会 、 1958 年
32
DRC 年報 2009
「核兵器のない世界」と核抑止力
( 財 ) DRC 研 究 委 員
高山
雅司
はじめに
オ バ マ 大 統 領 は「 核 兵 器 の な い 世 界 」を 掲 げ 2009 年 度 ノ ー ベ ル 平 和 賞 を 受 賞 し た 。 鳩
山 由 紀 夫 首 相 は 2009 年 9 月 24 日 国 連 総 会 に お い て 、核 廃 絶 に 向 け「 日 本 は 先 頭 に 立 た な
け れ ば な ら な い 」と 述 べ た 。 続 い て 、国 連 安 全 保 障 理 事 会 首 脳 会 合 で オ バ マ 米 大 統 領 が 主
導 し て 「 核 兵 器 の な い 世 界 」 決 議 を 採 択 し た 。 2009 年 10 月 15 日 、 国 連 総 会 第 1 委 員 会
( 軍 縮 ・ 安 全 保 障 ) で 日 本 は 、 米 国 な ど 41 カ 国 と と も に 核 兵 器 全 廃 を 目 指 す 決 議 案 を 提
出 し た 。 同 種 の 決 議 は 1994 年 か ら 毎 年 、 日 本 が 提 出 し て 総 会 で 採 択 さ れ て き た が 、 2000
年に米国は初めて賛成し、今回は共同提案国に入った。核兵器国が共同提案国に入ったの
はこれが初めてである。世界は核廃絶に向かう趨勢にあるが、問題は山積し、その実現は
容易ではなく不可能に近い。オバマ大統領も核兵器が完全になくなるまでは、核抑止力は
維持すると述べている。
ここでは核兵器の現状と従来の核軍縮の流れと日本の核抑止力の維持のための核持ち
込みの密約問題等に触れ、日本の将来の貢献の可能性とその道筋を探る。
1. 核兵器の現状
冷 戦 時 代 の ピ ー ク に は 米 は 3 万 2 千 発 、ソ 連 は 4 万 5 千 発 上 の 大 量 の 核 弾 頭 が 生 産 さ れ
た。その量は地球を何十回も破滅させるだけのものであった。もし全面核戦争が始まれば
勝者なく敗者だけの大量破壊・殺人と同時に地球の自然環境は破壊され生物は死に絶え地
球滅亡が危惧された。冷戦後、米露の核兵器は大幅な削減に向かい全面核戦争の恐れは遠
のいたが一方、核兵器拡散は密かに進み、新たな核の恐怖は静かに拡大しつつある。
(1) 米国の核兵器とその戦略
米 国 の 戦 略 兵 器 の 核 弾 頭 は 約 2,200 発 で 、 ICBM
550 基 の ミ ニ ッ ト マ ン Ⅲ , 14 隻 の
SSBN に 搭 載 さ れ た ト ラ イ デ ン ト Ⅱ 336 基 並 び に 戦 略 爆 撃 機 B52 及 び B2
114 機 で あ る 。
2009 年 5 月 7 日 、米 国 の 戦 略 態 勢 の 最 終 答 申 が 上 院 軍 事 委 員 会 の 公 聴 会 で 報 告 さ れ た 。
ペリー元国防長官を委員長、シュレシンガー元国防長官を副委員長とする戦略態勢委員会
は イ ク レ 氏 、 ハ ル ペ リ ン 博 士 等 の 超 党 派 の 専 門 家 12 人 で 構 成 さ れ 、 執 筆 陣 に は 実 力 者 が
揃 い 、顧 問 に は 在 米 大 使 館 日 本 公 使 を 含 む 内 外 の 有 識 者 を 集 め 1 年 間 か け て 審 議 し た 。こ
の内容は近く出される米国の核態勢報告に採用されると考えられる。その内容は、米国は
抑 止 力 と し て 核 兵 器 の 3 本 柱 (原 子 力 弾 道 ミ サ イ ル 潜 水 艦 (SSBN: Nuclear ‒Powered
Ballistic Missile Submarine)搭 載 の 潜 水 艦 発 射 戦 略 弾 道 ミ サ イ ル ( SLBM: Submarine
Launched Ballistic Missile)、 大 陸 間 弾 道 ミ サ イ ル ( ICBM: Inter Continental Ballistic
Missile))、 戦 略 爆 撃 機 )を 継 続 維 持 し 、 ミ サ イ ル 防 衛 及 び 精 密 誘 導 兵 器 の 巡 航 ミ サ イ ル 等
に よ る ほ か 、 非 戦 略 核 兵 器 (戦 術 核 兵 器 )に つ い て も 配 慮 し 、 敵 の 核 攻 撃 を 思 い と ど め ら せ
る。もし敵が攻撃する場合は核を含むあらゆる手段で反撃・撃破することによって自国及
び同盟国の安全と平和を守るとしている。抑止力と同時に核兵器、核関連物質・技術の拡
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散 の 防 止 は 、 核 不 拡 散 条 約 (NPT: None Proliferation Treaty )体 制 を 強 化 し 、 北 朝 鮮 、 イ
ランの核開発を断念させ、特にテロリストの手に渡ることを阻止することで同盟国等との
協力を求めている。
非 戦 略 核 兵 器 (戦 術 核 兵 器 )も 含 め た 核 兵 器 の 削 減 は 、オ バ マ 大 統 領 の「 核 兵 器 の な い 世
界 」を 目 標 に 、米 国 自 ら が 推 進 し 、核 不 拡 散 条 約( NPT)の 6 条 に あ る 核 兵 器 国 (米 露 中 英
仏 )の 軍 縮 へ の 約 束 に 従 い 他 の 核 兵 器 国 に も 削 減 す る よ う 説 得 す る 。特 に 米 露 間 で は 、戦 略
兵 器 削 減 条 約( START)、戦 略 攻 撃 兵 器 削 減 条 約( SORT:Strategic Offensive Reductions
Treaty)に 代 わ る 戦 術 核 も 含 む 新 し い 核 兵 器 削 減 条 約 を 締 結 す る こ と に 加 え 、 6 条 に 反 し
増強を続ける中国等にも核軍縮を求めることを期待する。
(2)ロシアの核兵器とその戦略
ロ シ ア の 戦 略 兵 器 の 核 弾 頭 は 約 2,780 発 で 735 基 の SS-18 ほ か の ICBM,13 隻 の SSBN
に 搭 載 さ れ た SS-N-18 ほ か の 252 基 、及 び 戦 略 爆 撃 機 Tu-95 及 び Tu-160 等 79 機 で あ る 。
2009 年 10 月 14 日 付 の イ ズ ベ ス チ ヤ 紙 に 掲 載 さ れ た ロ シ ア の 新 軍 事 ド ク ト リ ン で は 、
核兵器による先制攻撃を行う条件として地域紛争への対応を新たに加える方針を明らかに
した。ロシアの国防政策の基本文書である軍事ドクトリンの中で自国や同盟国が核をはじ
めとする大量破壊兵器による攻撃を受けた場合と、通常兵器による大規模な侵略を受けた
場合に核を使用できると従来から核兵器の先制使用を明記している。
(3)中国の核兵器とその戦略
中 国 の 核 兵 器 は 、 不 明 の と こ ろ が 多 い が 、 戦 略 戦 術 兵 器 の 核 弾 頭 は 約 400 発 と 推 定 さ
れ 42 基 以 上 の ICBM, 3 隻 の SSBN に 搭 載 さ れ た JL-1 12 基 及 び JL-2 24 基 合 計 36 基
並 び に 核 爆 弾 運 搬 可 能 な 爆 撃 機 H-6(Tu-16 の コ ピ ー )は 180 機 で あ る 。
核 兵 器 国 の 中 で 唯 一 増 強 し て い る 国 で あ る 。中 国 は 最 小 抑 止 戦 略 と 言 い 相 手 に 攻 撃 を 受
ければ相手の都市を狙える最小限の核兵器を保有する戦略で核兵器小国が取る戦略である
と 考 え ら れ る 。 SSBN の 増 強 に よ り 米 露 に 対 抗 で き る 核 態 勢 を 目 指 し て い る と い え る 。 核
の先制不使用を公言しているが中国の軍関係者のそれを否定する発言は絶えない。
(4)英国の核兵器とその戦略
英 国 の 核 兵 器 は 、米 国 か ら 借 り て い る 185 発 の 核 弾 頭 を 4 隻 の SSBN に 搭 載 の 58 基 の
SLBM に 搭 載 し て い る だ け で あ る 。4 隻 の SSBN を 3 隻 に 減 ら す 計 画 で あ る 。比 較 的 早 い
段 階 か ら 第 2 撃 能 力 で あ る SLBM だ け に 限 定 し て い る 。
英 国 の 役 割 は NATO の 枠 組 み で 欧 州 の 核 と し て の 存 在 価 値 と し て 今 後 も 核 兵 器 を 維 持
するが、米国の核の傘を補完する役割になっている。
(5)フランスの核兵器とその戦略
フ ラ ン ス の 戦 略 核 兵 器 は 、 約 300 発 の 核 弾 頭 を 4 隻 の SSBN に 搭 載 の 64 基 の SLBM
に搭載している。航空機搭載の戦術核は保有しているが地上ミサイルはすべて廃止した。
SSBN4 隻 の う ち 3 隻 ま で 新 型 に 更 新 し た 。 残 る 1 隻 は 2010 年 に 更 新 さ れ る 。
フ ラ ン ス は 、欧 州 に お け る 指 導 的 立 場 を 維 持 す る た め に 独 自 の 核 兵 器 を 開 発 し 最 小 限 抑
止 戦 略 を 取 っ て き た が 、 NATO と の 連 携 も 強 め 米 国 の 核 の 傘 の 一 翼 と な ろ う と し て い る 。
(6)イスラエルの核兵器とその戦略
イ ス ラ エ ル の 核 兵 器 は 、不 明 の と こ ろ が 多 い が 、核 弾 頭 は 100− 200 発 と 推 定 さ れ IRBM
及 び 核 爆 弾 運 搬 可 能 な 戦 闘 爆 撃 機 は 約 300 機 で あ る 。
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DRC 年報 2009
イ ス ラ エ ル は 核 兵 器 保 有 を 公 言 し て い な い が 、事 実 上 保 有 を 暗 黙 に 認 め ら れ 、敵 対 的 な
関係にある周辺諸国に対する軍事的な抑止効果を期待していると考えられる。
(7)インドの核兵器とその戦略
イ ン ド の 核 兵 器 は 、核 弾 頭 は 50− 60 発 と 推 定 さ れ SRBM、IRBM 及 び 核 爆 弾 運 搬 可 能
な 戦 闘 爆 撃 機 は 40 機 で あ る 。 既 に SSBN 建 造 に 着 手 し て い る と の 報 道 が あ る 。 中 国 に 対
する抑止力として開発したが、パキスタンの核開発成功の後はパキスタンに対する抑止力
も兼ねている。
(8)パキスタンの核兵器とその戦略
パキスタン の 核 兵 器 は 、 核 弾 頭 は 60 発 と 推 定 さ れ SRBM、 IRBM 及 び 核 爆 弾 運 搬 可
能 な 戦 闘 爆 撃 機 は 32 機 で あ る 。 パ キ ス タ ン は 過 去 に 3 度 イ ン ド と 戦 争 し い ず れ も 敗 れ て
いる。インドが核武装に踏み切ったのでインドとの軍事バランスをとるため中国・北朝鮮
等の支援を得て核兵器の開発に踏み切った。イスラム国家で唯一核兵器を持つ国である。
(9) 北朝鮮の核兵器とその戦略
北 朝 鮮 の 核 兵 器 は 、強 が り と 誇 張 も 考 え ら れ る が 、核 弾 頭 は 10 発 と 推 定 さ れ SRBM、
IRBM を 保 有 し 米 国 に 届 く ICBM の 開 発 に 努 力 し て い る 。日 本 に 届 く ノ ド ン は 既 に 200 基
以上保有するのは脅威でありこの問題で国際的に孤立しているがその瀬戸際政策を継続し
ている。
(10)イランの核兵器開発疑惑とその影響
イランの 核 兵 器 開 発 疑 惑 は 濃 厚 で あ る 。ウ ラ ン 濃 縮 を 行 い 、北 朝 鮮 か ら IRBM を 導 入
するほか核兵器開発でもその支援を得ているとみられている。イランが核兵器を保有すれ
ばイスラエルだけでなく欧州にも脅威を与えることになる。
2.核軍縮の経緯と今後の動向
( 1) 核 競 争 の 時 代 − 冷 戦
1945 年 8 月 、 広 島 、 長 崎 で 核 兵 器 が 使 用 さ れ た 。 第 2 次 世 界 大 戦 が 終 了 後 、 1946 年 6
月国連原子力委員会で米国バルーク代表は核兵器の国際管理を提案したがソ連と対立し実
現 し な か っ た 。 そ の 後 1949 年 ソ 連 が 核 実 験 に 成 功 し 米 国 の 核 独 占 は 崩 れ 、 冷 戦 と 米 ソ 間
の 核 軍 備 競 争 が 始 ま っ た 。1952 年 に は 英 国 、1960 年 に は フ ラ ン ス 、1964 年 に は 中 国 が そ
れぞれ核実験に成功し核兵器国となった。東西対決の冷戦の中では、核兵器競争は熾烈で
あった。
(2)先ずは核兵器の制限から始まった。
1963 年 に 成 立 し た 部 分 的 核 実 験 禁 止 条 約 ( LTBT The Limited Test Ban Treaty) は 世
界最初の核兵器を制限する条約である。
核 拡 散 を 防 ぐ た め の 核 不 拡 散 条 約( NPT: Nuclear Non-Proliferation Treaty)は 核 兵
器 国 と 非 核 兵 器 国 と の 不 平 等 が 問 題 と さ れ た が 紆 余 曲 折 の 結 果 、 1968 年 に 成 立 し 日 本 も
参 加 し て い る 。1969 年 に 米 ソ 間 で 核 兵 器 の 拡 大 を 防 ぐ 戦 略 兵 器 制 限 交 渉( SALT:Strategic
Arms Limitation Talks)が 始 ま り 、1972 年 に 戦 略 兵 器 制 限 条 約( SALT1:Strategic Arms
Limitation Treaty 1)、対 弾 道 ミ サ イ ル( ABM:Anti-Ballistic Missile)条 約 が 妥 結 し た 。
この条約は結果としては、米国が足踏みしソ連が追いつき追い越す形なりソ連の軍事力の
強 大 さ が 目 立 つ よ う に な っ た 。1979 年 SALT2 条 約( 未 発 効 )が 署 名 さ れ た が 、核 兵 器 の
35
競 争 は 止 ま ら ず 、 ピ ー ク 時 1987 年 に は 米 国 約 3 万 発 、 ソ 連 約 4 万 発 合 計 約 7 万 発 の 核 兵
器が存在し地球を何度となく全滅させるものであった。
(3)核兵器の削減がはじまり冷戦が終了する。
1982 年 米 ソ 間 で 第 1 次 戦 略 兵 器 削 減 交 渉 が 始 ま り 、1983 年 レ ー ガ ン 大 統 領 の 戦 略 防 衛
構 想 い わ ゆ る ス タ ー ウ オ ー ズ は 当 時 、世 界 中 で 勢 の あ っ た ソ 連 の 動 き に ブ レ ー キ を 掛 け た 。
1985 年 に 米 ソ の 軍 備 管 理 交 渉 が 始 ま り 、 1987 年 米 ソ 間 で 初 め て の 核 兵 器 削 減 と な る 画 期
的 な 中 短 距 離 核 兵 器 全 廃 条 約( INF:The Treaty on the Elimination of Intermediate and
Shorter Range Missiles) が 署 名 さ れ た 。 1989 年 の 米 ソ 首 脳 会 談 で 冷 戦 終 結 を 宣 言 し た 。
1992 年 に 米 露 と も に INFの 完 全 履 行 を 発 表 し 、当 時 の ブ ッ シ ュ・パ パ 大 統 領 は 、海 外 に あ
る米国の戦術核兵器をすべて撤去しその完了を発表した。
1991 年 に 第 1 次 戦 略 兵 器 削 減 条 約 ( START1 : Strategic Arms Reduction Treaty 1)
が 署 名 さ れ 戦 略 核 兵 器 を 半 減 す る こ と が 決 ま っ た 。 1993 年 に は 核 兵 器 を 3000-3500 発 に
削 減 す る 内 容 の 第 2 次 戦 略 兵 器 削 減 条 約( START2)が 署 名 さ れ た が 未 発 効 の ま ま で 終 わ
っ た 。す べ て の 核 実 験 を 禁 止 す る 包 括 的 核 実 験 禁 止 条 約( CTBT:The Comprehensive Test
Ban Treaty) は 、 1996 年 に 署 名 さ れ た が 未 発 効 の ま ま で あ る 。 今 ま で に 、 米 国 は 批 准 し
てこなかったがオバマ大統領は批准すると発言している。
(4)ミサイル防衛と核テロの恐怖
米 国 は 1983 年 の 戦 略 防 衛 構 想 以 来 、 核 兵 器 を 使 用 し な い で 飛 ん で く る 弾 道 ミ サ イ ル を
撃 破 す る 技 術 を 開 発 し 、1991 年 湾 岸 戦 争 で ペ ト リ オ ッ ト が イ ラ ク の ス カ ッ ド 弾 道 ミ サ イ ル
をある程度撃墜したことで弾道ミサイルを撃破するミサイル防衛システムの本格的な開発
に 乗 り 出 し 、 そ の 障 害 と な る 対 弾 道 ミ サ イ ル ( A B M : Anti Ballistic Missile) 条 約 を ロ
シ ア の 反 対 を 押 し 切 っ て 2001 年 に 脱 退 し た 。 以 来 、 米 国 は 効 果 的 な ミ サ イ ル 防 衛 シ ス テ
ム の 構 築 に 努 力 し て い る 。2001 年 の 同 時 多 発 テ ロ 以 降 は 核 兵 器 が テ ロ リ ス ト に わ た る 危 険
が懸念されることになった。
米 露 間 で の 核 兵 器 削 減 交 渉 の 結 果 、 2002 年 に 締 結 さ れ た 戦 略 攻 撃 力 削 減 条 約 ( モ ス ク
ワ 条 約 ) で は 2012 年 末 に 700-2200 発 に 削 減 す る こ と が 米 露 間 で 合 意 さ れ た 。 2009 年 7
月 6 日 、 オ バ マ 米 大 統 領 は ク レ ム リ ン で ロ シ ア の メ ド ベ ー ジ ェ フ 大 統 領 と 会 談 、 2009 年
12 月 に 失 効 す る 第 1 次 戦 略 兵 器 削 減 条 約 ( START1 ) に 代 わ る 後 継 条 約 の 締 結 に 向 け 、
両 国 が 保 有 す る 戦 略 核 弾 頭 数 の 上 限 を 1500~1675 個 に 削 減 す る こ と で 合 意 、弾 道 ミ サ イ ル
や 戦 略 爆 撃 機 な ど 核 弾 頭 の 運 搬 手 段 も 上 限 を 500~1100 基 に 制 限 す る こ と で 一 致 し 共 同 文
書に署名した。
(5)核兵器廃絶の動きが活発化している。
日 本 に お け る 核 兵 器 廃 絶 の 運 動 は 広 島 長 崎 の 原 子 爆 弾 禁 止 運 動 と し て 始 ま っ て い る 。冷
戦中は左翼が中心となり共産主義陣営を助ける反米運動として米国には反対、ソ連・中国
には黙認の偏ったものであった。冷戦後、核廃絶は多くの日本の市町村のスローガンに発
展 し 日 本 政 府 も 国 家 の 方 針 と し て 取 り 上 げ 、1994 年 以 降 毎 年 の 国 連 総 会 に「 核 兵 器 の 究 極
的廃絶に向けた核軍縮に関する決議」を提出し圧倒的多数で決議されている。
海 外 で も 核 廃 絶 の 動 き は 顕 著 に な り つ つ あ る 。 1957 年 以 降 、 核 廃 絶 で 活 動 し ノ ー ベ ル
平和賞を受賞したアインシュタイン等の科学者のパブウオッシュ会議、豪州の「キャンベ
ラ委員会」米国の「大西洋評議会」「ヘンリースチムソンセンター」等は核廃絶の研究活
36
DRC 年報 2009
動 の 報 告 書 や 声 明 を 行 っ て い る 。1996 年 17 カ 国 、59 人 の 退 役 将 軍 提 督 は「 核 兵 器 の 存 続
は 世 界 の 平 和 と 安 全 を 危 う く す る 」 共 同 声 明 を 出 し た 。 1998 年 に は カ ー タ ー 元 米 大 統 領 、
ゴ ル バ チ ョ フ 元 ソ 連 大 統 領 等 47 人 の 大 統 領 、首 相 経 験 者 を 含 む 46 カ 国 117 人 は 核 廃 絶 に
関 す る「 世 界 の 文 人 指 導 者 の 共 同 声 明 」 を 発 表 し た 。 2000 年 の NPT 再 検 討 会 議 の 最 終 文
書 で は 「 核 兵 器 国 に よ る 核 廃 絶 の 明 確 な 約 束 」 が 盛 り 込 ま れ た 。 2007 年 1 月 、 キ ッ シ ン
ジ ャ ー 元 国 務 長 官 ( ニ ク ソ ン 政 権 )、 シ ュ ル ツ 元 国 務 長 官 ( レ ー ガ ン 政 権 )、 ペ リ ー 元 国 防
長 官 ( ク リ ン ト ン 政 権 )、 ナ ン 元 上 院 軍 事 委 員 長 ( 民 主 党 ) の 4 人 が 共 同 し て 「 核 の な い
世 界 」 の 実 現 を 訴 え た 。 2007 年 10 月 オ バ マ 大 統 領 候 補 が 、 「 核 兵 器 の な い 世 界 」 を 表
明 し た 。 2008 年 8 月 米 民 主 党 全 国 大 会 で 核 兵 器 の な い 世 界 を 政 策 綱 領 と し て 採 択 し た 。
(6)オバマ大統領の「核兵器のない世界」とは
2009 年 4 月 5 日 、 オ バ マ 米 大 統 領 は 米 大 統 領 と し て 初 め て 核 使 用 国 の 責 任 と 「 核 兵 器
のない世界」に向う方針をプラハで宣言している。その内容は①米国は核兵器のない世界
に向けて具体的措置をとる。② 冷戦思考を終わらせるため、核兵器の役割を低下させる。
③ ロ シ ア と 新 た な 戦 略 兵 器 削 減 条 約 を 交 渉 し 、今 年 中 に 合 意 す る 。④ 包 括 的 核 実 験 禁 止 条
約 ( CTBT) の 米 国 に よ る 批 准 を 追 求 す る 。 ( 米 は 1996 年 条 約 署 名 、 1999 年 米 国 上 院 が
批 准 拒 否 )⑤ 兵 器 用 核 分 裂 性 物 質 の 生 産 を 禁 止 す る 条 約( FMCT:Fissile Material Cut-off
Treaty)を 追 求 す る 。オ バ マ 大 統 領 は 記 者 団 の 質 問 に 対 し て「 私 が 生 き て い る う ち に は 達
成されないであろう。」「核兵器が存在する限り、安全で、確かで、効果的な核戦力を維
持する。」「米国が一方的に核廃絶をするのではない。」と述べている。
(7)核の廃絶は可能か
核 廃 絶 を ス ロ ー ガ ン と か 目 標 に す る の は 結 構 で あ る が 、そ れ を 実 現 す る 道 程 は 極 め て 難
しい。核兵器を地球上からなくすことは現実に可能かというと常識的には不可能といえよ
う 。核 兵 器 と そ の 技 術 は 拡 散 し 、国 家 で な く て も テ ロ リ ス ト の よ う な 非 国 家 団 体 で も 資 金 、
技術、資源等の条件が整えば比較的容易に製造が可能であり、それを隠すこともでき、こ
れらを根絶することは極めて困難であるからである。廃絶に至る具体的な道程として警戒
態勢の解除、核の先制不使用、核の使用を核使用の反撃に限定、ミサイル防衛の推進、核
弾頭と運搬手段との切り離し、核兵器の安全な国家施設での厳重な保管、核兵器製造に必
要な核分裂物資の生産の停止、核実験の中止、核兵器の拡散防止、核兵器の削減、国際的
な査察体制の整備等を軍人・有識者・専門グループがいろいろと提案はしている。既に実
行できる施策は行われているが、すべての核兵器国や疑惑国に同じように適用すること自
体も困難である。これらは核兵器の脅威を減少させる効果はあるが、いずれも完全廃棄に
たどり着くことは難しい。
冷戦中の世界を巻き込んだ核戦争の恐怖から解放されたが、
新たに、核拡散等による核テロの脅威が懸念される今、一層の効果ある核兵器の管理体制
の確立が期待される。そのためには世界が一致して同じ目標に向かって進む必要がある。
そ の 意 味 で は オ バ マ 大 統 領 に よ る「 核 兵 器 の な い 世 界 」発 言 は 画 期 的 で あ り 有 意 義 で あ る 。
3.核抑止力と核の密約問題との関係
(1)日本周辺の核の脅威の存在とそれに対する核抑止力の必要性
核 の 廃 絶 と 核 抑 止 力 の 関 係 は ま さ に 米 国 の 大 統 領 が 述 べ て い る よ う に 、核 兵 器 が 存 在 す
る限りそれに対する抑止力と対処能力は必要である。周辺に中国、ロシア、北朝鮮等の潜
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在的核の脅威が存在する限り日本にとって核抑止力は必要不可欠である。その核抑止力は
どのようにして得るのか、選択肢はいろいろ考えられるが、今まで、そして今後も最善の
選択と考えられるのが、米国の拡大抑止力即ち核の傘である。この米国の拡大抑止力をい
かに効果的にするかは日本を核の潜在的脅威から守るために極めて重要である。米国は、
十分な拡大抑止力を提供できる能力を保有していると考えられ米国の核抑止態勢は、核兵
器 の 3 本 柱 (潜 水 艦 発 射 戦 略 弾 道 ミ サ イ ル 、 大 陸 間 弾 道 ミ サ イ ル 、 戦 略 爆 撃 機 )を 保 有 し 、
ミ サ イ ル 防 衛 及 び 精 密 誘 導 兵 器 の 巡 航 ミ サ イ ル 等 に よ る ほ か 、 非 戦 略 核 兵 器 (戦 術 核 兵 器 )
についても配慮し、敵の核攻撃を思いとどめらせる。もし敵が攻撃する場合は核を含むあ
ら ゆ る 手 段 で 反 撃・撃 破 す る こ と に よ っ て 自 国 及 び 同 盟 国 の 安 全 と 平 和 を 守 る と し て い る 。
米 国 は 1992 年 に は 海 外 に あ っ た 核 兵 器 は 艦 載 の も の も 含 め す べ て 米 国 内 に 撤 去 を 完 了 し
保管している。米国にとって現状では日本国内に核兵器を持ち込む必要性はほとんどなく
核の密約問題は米国にとって今や重大な問題ではなくなってきていると考えられる。
(2) 非核三原則 と核の密約問題
非 核 三 原 則 は 1967 年 12 月 11 日 の 衆 院 予 算 委 員 会 で 、当 時 の 佐 藤 栄 作 首 相 が 小 笠 原・沖
縄返還をめぐり、「核兵器は保有しない、製造しない、持ち込ませない」と答弁したこと
か ら 、日 本 の 基 本 政 策 の 一 つ と 考 え ら れ て き た 。 鳩 山 由 紀 夫 首 相 は 先 の 国 連 安 保 理 会 合 で
の 演 説 で 、「 非 核 三 原 則 」を 堅 持 す る と 表 明 し た 。ま た 、鳩 山 首 相 は「 非 核 三 原 則 」を 法
制化する意図が伝えられている。
「 非核三原則 」の一つの原則「持ち込ませない。」に反する 核の密約 は少なくとも 2
つ 以 上 は あ る と 考 え ら れ て き た 。 第 1 の 密 約 は 1960 年 の 日 米 安 保 条 約 改 定 の 際 、 米 軍 の
日本への核持ち込みは「装備における重要な変更」として、日米間で事前協議することと
なったが、米軍艦は核を搭載していても寄港や領海通過は事前協議の対象外として黙認す
る内容であるらしい。軍艦は国家主権である不可侵権、治外法権を持ったまま入港するの
で艦上は軍艦の国家の法律が適用される特権を持つ。したがって米軍艦が核を搭載して入
港しても日本に核兵器を持ち込んだことにはならないと解釈できる。密約の伏線にはこの
ことがあるかもしれない。とすれば、密約というより日米の解釈の違いで日本側の政府答
弁 に 問 題 が あ っ た と も い え る 。非 核 三 原 則 に 初 め て 重 大 な 疑 問 が 生 じ た の は 1974 年 9 月 、
米 議 会 公 聴 会 に お け る ラ ロ ッ ク 退 役 海 軍 少 将 の「 核 兵 器 積 載 能 力 の あ る 艦 船 は 核 兵 器 を 積
載している。日本など外国へ寄港する場合に核兵器を外すことはない」という証言がきっ
か け だ っ た 。1981 年 ラ イ シ ャ ワ ー 大 使 は 当 時 毎 日 新 聞 の 古 森 義 久 記 者 の 取 材 に 対 し て「 日
米間の了解の下で、 アメリカ海軍 の艦船が 核兵器 を積んだまま日本の基地に寄港してい
た 」と 発 言 し た こ と を 受 け 、「 非 核 三 原 則 」違 反 を 元 ア メ リ カ 大 使 が 認 め た と し て 日 本 国
内 で 大 騒 ぎ に な っ た 。 1999 年 に は 、 日 本 の 大 学 教 授 が ア メ リ カ の 外 交 文 書 の 中 に 「 1963
年 に ラ イ シ ャ ワ ー が 当 時 の 大 平 正 芳 外 務 大 臣 と の 間 で 、日 本 国 内 の 基 地 へ の 核 兵 器 の 持 ち
込みを了承した」という内容の 国務省 と大使館の間で取り交わされた通信記録を発見し、
この発言を裏付けることになった。また、村田良平元外務省事務次官は回想録(ミネルバ
ア 書 房 、 2008 年 ) の 中 で 第 2 次 岸 内 閣 (改 造 ) 当 時 に 結 ば れ た 、 持 ち 込 み を 黙 認 す る 密 約
は 外 務 省 で 文 書 に し て 管 理 さ れ て い る こ と を 認 め て い る 。そ の 後 、 大 平 正 芳 ・ 橋 本 龍 太 郎
・ 小 渕 恵 三 な ど 一 部 の 内 閣 総 理 大 臣 や 外 務 大 臣 に の み 、官 僚 の 判 断 で 伝 え ら れ 、彼 ら も ま
た 密 約 を 了 承 し て い た と の ア メ リ カ の 文 書 が 2009 年 5 月 に 確 認 さ れ て い る 。ま た カ ー ト・
38
DRC 年報 2009
キ ャ ン ベ ル 国 務 次 官 補 も 2009 年 9 月 に 来 日 し た 際 、 持 込 み に 関 す る 密 約 は 事 実 存 在 す る
こ と を 言 明 し た 。 当 時 か ら 1991 年 ま で は 横 須 賀 等 に 寄 港 す る 米 軍 艦 艇 の ほ と ん ど は 核 兵
器 を 搭 載 し て い た こ と は ま ず 間 違 い な い 。1991 年 以 前 の 米 空 母 は 核 爆 弾 を 搭 載 し て い た で
あ ろ う 。巡 洋 艦・駆 逐 艦 ク ラ ス の 対 空 ミ サ イ ル( タ ロ ス 、テ リ ア )、対 潜 ミ サ イ ル (サ ブ ロ
ッ ク 、ア ス ロ ッ ク )に も 戦 術 核 弾 頭 の 使 用 が 公 表 さ れ て い た 。私 は 1961 年 当 時 最 新 鋭 の 米
海軍ミサイル駆逐艦プエブルで対空ミサイル(テリア)の核弾頭を見たことがある。
し か し 、INF に よ り 米 国 が 海 外 及 び 海 上 の 戦 術 核 を 撤 去 し た こ と で 1991 年 情 勢 は 大 き
く変わる。その後、米海軍の艦載兵器システムから戦術核はなくなり戦術核撤去とも符号
が 合 う 。 私 は こ の 10 年 間 に 米 海 軍 の ロ サ ン ジ ェ ル ス 級 原 子 力 潜 水 艦 、 原 子 力 空 母 ジ ョ ー
ジワシントン、上陸指揮艦ブルーリッジ、イージス巡洋艦、イージス駆逐艦などを見学す
る 機 会 が あ っ た が 、 核 兵 器 は 全 く 見 当 た ら ず 気 配 も な か っ た 。 原 子 力 潜 水 艦 SSN で は 従
来潜水艦の主力武器であった魚雷は一部で、大半が地上攻撃用トマホーク巡航ミサイルで
あった。対艦ミサイルのハープーンも幾つか見られた。すべて魚雷発射管からの水中発射
で あ る 。核 抑 止 力 の 中 核 で あ る 戦 略 核 ミ サ イ ル 潜 水 艦 SSBN は 米 国 本 土 に い て 海 外 に 出 る
ことはない。現在、横須賀に在籍する米軍艦艇はすべて、核を使用しなくても任務が遂行
できる兵器システムを搭載しており、核兵器は搭載していないし、またその必要がないと
思われる。
も う 一 つ の 密 約 は 、 1969 年 に 当 時 の 佐 藤 栄 作 首 相 と ニ ク ソ ン 米 大 統 領 が 合 意 し た 沖 縄
の「 核 抜 き・本 土 並 み 」返 還 を め ぐ り 、沖 縄 有 事 の 際 、核 の 持 ち 込 み を 認 め る も の で あ る 。
佐 藤 首 相 の 密 使 を 務 め た 若 泉 敬 が 著 書 「 他 策 ナ カ リ シ ヲ 信 ゼ ム ト 欲 ス 」 ( 文 芸 春 秋 1994
年)で明らかにしている。この時は、返還に米国内でも反対が多く密約の内容がなければ
返還が実現できなかった可能性があった。そのため返還後も沖縄の米軍の基地内に核弾庫
が存在するのが報道されたことがあったが、中は空であっても有事のために残しておくの
は 当 然 で あ る と 考 え ら れ る 。 当 時 ド イ ツ で は ソ 連 の SS-20 の 脅 威 に 対 し て 米 軍 の パ ー シ ン
グⅡの配備を求めたことと対照的である。
こ の 2 つ の 密 約 に 共 通 す る と こ ろ は い ず れ も 、有 事 に は 必 要 が あ れ ば 協 議 に よ り 核 の 持
ち込みを述べており、国家を防衛する緊急の場合には当然のことと考えられる。
4.日本の核抑止力を強化するために
日 本 で は 従 来 か ら 核 に つ い て は 誤 解 や 曲 解 が 多 い 。代 表 的 な の が 原 子 力 機 関 と 核 兵 器 の
区別がつかない曲解のケースで、その典型的な例は原子力空母ジョージワシントンの横須
賀配備に対して横須賀市議会は当初、全会一致で反対した。その後は実情が分かるにつれ
賛成多数に変わったが、基地を抱える横須賀の市議会議員にして、核について無知に近い
有様であった。今でも横須賀に在籍するまたは寄港する米軍艦艇が核兵器を搭載している
と思っている人は意外と多い。核武装論にしても同様の傾向がみられる。核についてはマ
スコミも世論も意図的な誤解も含め感情的に動く場合が多く注意を要する。
日本はオバマ政権との核廃絶の理想に向けての積極的な協力の中で日本の 核抑止力を
強 化 す る た め の 方 策 も 同 時 に 確 実 に 実 施 し な け れ ば な ら な い 。一 部 や 左 翼 は 核 の 傘 と 非 核
は矛盾し両立しないと主張するけれども決してそうではない。オバマ大統領が「核兵器の
ない世界」を目標としながら最後の核兵器がなくなるまで抑止力は維持すると述べている
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とおりである。核廃絶を目指しながらミサイル防衛の強化に努め、米国の拡大抑止力(核
の 傘 ) の 信 頼 性 を 高 め る た め に 、 今 後 、 日 米 間 で も NATOで 実 施 し て い る よ う に 核 戦 略 と
その方策をしっかり共有し、互いの理解と信頼を高める方策が必要である。今まで述べた
核の密約問題もそのような考え方で解決しなければならない。前記密約の内容は政戦略的
観点から核抑止力を効果的にするためだけでなくこの地域の戦争抑止のためにも必要なも
のである。
冷戦時代から、日米安保に基づく米国の抑止力がソ連(ロシア)中国にとっ
て目障りな障害であったことは間違いないであろう。密約は、核アレルギーの存在する日
本は容易に反米運動につながる核の問題を避けるために取った当時の日本政府の苦肉の策
ともいえる。有事と平時では状況は極端に違う。有事と平時を一緒にしていけないし、有
事のことを平時の感覚で討議してはいけない。その意味で密約は否定しないで暗黙の肯定
が望ましいと思われる。
密約を明らかにしても、その内容を否定することがあってなら
な い 。非 核 3 原 則 は 検 討 し 有 事 に は 持 ち 込 み を 認 め れ ば 日 本 の 防 衛 の 抑 止 力 が 向 上 す る こ
とは間違いない。米国にとっては、戦術核を国内に引き上げ、ミサイル防衛、精密誘導兵
器等の活用を優先し核の使用は極力避けるような態勢の変化から、密約の必要性は低下し
ていると考えられる。
密約問題は、これを明らかにしても米国側の国益に影響は少ない
が、一般的に核が感情論に走り易く核の常識に欠ける日本では、左翼陣営が唱える反米感
情を刺激する可能性が高く、いたずらに国内に有害な混乱を巻き起こすことになろう。
終わりに
核 の 廃 絶 は 理 想 と し て は よ い が 、現 実 に は 実 現 不 可 能 な 目 的 で あ る 。し か し な が ら 、世
界から少しでも核の脅威を減少させるために、米国と核廃絶に向けた共同歩調を取るべき
である。同時に核抑止力を維持強化する必要がある。そのために、非核 3 原則は見直し、
密 約 の 一 つ で あ る 有 事 の 持 ち 込 み は 認 め る べ き で あ る 。勿 論 、密 約 の ま ま で も 効 果 は あ る 。
核兵器搭載艦艇の寄港や領海通過は原則として認めるべきである。
現 実 に 1991 年 以
降、日本に在籍する又は寄港する米艦艇は核を搭載していないと考えられ、この密約は事
実 上 有 名 無 実 で あ る 。日 本 の 一 部 の 港 で は 核 兵 器 搭 載 艦 艇 の 入 港 を 拒 否 す る と こ ろ が あ る 。
米軍は艦艇に核兵器搭載の有無は明らかにしない方針である。日本の防衛に自衛隊の能力
が低い分野、特に敵基地攻撃能力などで日本の防衛に貢献している米軍艦艇の入港を拒否
す る こ と は や め る べ き で あ る 。 1984 年 に ニ ュ ー ジ ー ラ ン ド で ロ ン ギ 労 働 党 政 権 が 誕 生 し 、
米 国 の 核 搭 載 艦 船 の 入 港 を 認 め な い 「 非 核 政 策 」 を 取 っ た た め 、 以 来 、 米 国 は ANZUS 同
盟に基づく対ニュージーランド防衛義務を停止している。くれぐれもその轍を踏まないよ
うに教訓とするべきであろう。
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DRC 年報 2009
防衛戦略の再構築と防衛予算の増額確保
( 財 ) DRC 研 究 委 員
大串 康夫
1.寒心に堪えない我が国の防衛予算
我が国は、節度ある防衛予算ながら長期間の経済成長に支えられ、列国に比肩し得る防
衛態勢を整備できた。しかし近年、周辺諸国の軍備強化の中にあって、わが国の防衛予算
は減額され続け、防衛力近代化は大きくペースダウンしている。この状態が続けば、これ
までの周辺国に対する装備優位、技術優位は失われてしまい寒心に堪えない。
中 国 の 軍 事 力 増 強 、 北 朝 鮮 の 核 ・ミ サ イ ル な ど 脅 威 が 顕 在 化 し つ つ あ る に も 拘 わ ら ず 、
わが防衛力は相対的に低下し続けている。防衛計画大綱の見直しのこの機に、防衛戦略を
再構築して必要な抑止力と対処力を明らかにする必要がある。然る後に、充当し得る国家
財源と防衛リスク(危険度)を綿密な分析、評価、検討を行い、防衛力整備構想を見直し
て防衛予算を増額確保することが強く望まれる。
列 国 は 冷 戦 終 焉 後 の 安 全 保 障 環 境 の 変 化 と 新 た な 脅 威 の 出 現 、IT な ど の 先 端 技 術 を 応 用
し た RMA( 軍 事 技 術 革 命 ) 兵 器 シ ス テ ム の 飛 躍 的 発 展 、 そ れ に 伴 う 戦 争 形 態 ・ 戦 闘 様 相 の
変 化 、軍 事 力 の 役 割 拡 大 に 対 応 し て 軍 事 態 勢 の 近 代 化 を 進 め て い る 。 RMA( 軍 事 技 術 革 命 )
によるハイテク兵器システムは、在来システムに比べ極めて高価格化しており、各国とも
軍備近代化に伴う国防予算の増大に悩まされている。各国の安全保障環境はそれぞれ異な
るが、この 5 年間の国防予算の推移を見ると、厳しい財政事情にも拘わらず世界平均で年
6%と顕著な伸び率を示している。
近 年 の 経 済 発 展 を 背 景 に し た 中 国 の 軍 事 予 算 は 、 1989 年 か ら 21 年 連 続 で 毎 年 10% 以 上
の 伸 び 率 で 、20 年 前 の 約 10 倍 、5 年 前 の 約 2 倍 の ス ピ − ド で 急 増 し て い る 。2008 年 は 4177.69
億 元( 約 5 兆 8490 億 円 )と 日 本 を 抜 き 去 っ た 。し か も 外 国 か ら の 兵 器 調 達 費 や 研 究 開 発 費
な ど は 軍 事 費 に 含 ま れ ず 、 実 際 に は 2∼ 3 倍 で 、 米 国 、ロ シ ア に 次 ぐ と 推 定 さ れ る 。
またロシアは依然、米国に次ぎ、中国を凌ぐ強大な軍事力を抱えており、ソ連邦が崩壊
した後軍事態勢がかなり低下していたがプーチン前大統領の「強いロシア」復活政策と豊
富 な 地 下 資 源 高 騰 化 に よ る 経 済 好 況 な ど に よ り 、 こ の 5 年 間 の 国 防 費 は 年 平 均 25%の 伸 び
を示しており、国防力近代化への研究開発、装備更新が急激に進もうとしている。
しかしわが国の防衛予算は、近年の安全保障環境変化に伴い自衛隊の役割、任務は、海
外派遣、ミサイル防衛、海上警備行動など任務は多様化・増加の一途を辿っているにも拘
わらず、平成9年度以来4兆9千億円台から4兆8千億円台へとの微減状態にあり、わが
防衛力・態勢は周辺諸国に対して相対的に低下しつつある。国家財政が厳しい状況にあり
国家予算規模も据え置き状態にある事情も理解しなければならないが、現場の国防の第一
線では最早このまま看過できない窮状に至っている。
長年に亘る防衛予算の制約によっ
て、防衛力の近代化、即ち装備品の研究開発、新規装備システムの導入、老朽装備品の更
新等が著しく圧迫され遅滞している。また陸海空自衛隊の第一線部隊では、一般物件費の
不足のため装備品の可動率は低下しており、教育訓練は縮減せざるを得なくなり部隊・隊
員の練度は低下し、駐屯地・基地の運営にも支障が生じているのは大きな問題である。
41
わが国は今、周辺軍事情勢の変化、とりわけ隣接脅威の顕在化に直面しているにも拘わ
らず、わが国の防衛力が相対的に低下しつつあり、質的優位が急速に失われつつあること
を深く認識すべきである。
確 か に 総 額 予 算 規 模 に お い て 、わ が 国 の 防 衛 予 算 は ド ル 換 算 で は 世 界 屈 指 と 言 わ れ る が 、
そ の 大 半 は 、 人 件 ・ 糧 食 費 が 45% 、 基 地 対 策 費 が 10% を 占 め て い る 。 正 面 の 装 備 品 等 購
入 費 は 約 18% の 9000 億 円 余 に 過 ぎ な い 。加 え て 有 機 的 な 防 衛 力 の 発 揮 に は 防 衛 産 業・ 技
術基盤確保が必要との観点からライセンス生産を含む国産装備品を優先採用している。ま
た自縄自縛の武器輸出三原則があり、製造量が自衛隊向けに限られるため、装備品の製造
単価は極めて高価になり、予算効率を著しく低下させている。國際社会は多国間安全保障
協力の枠組みの中で兵器共同開発、共同生産により開発経費、生産単価の低減化を図ると
ともに同一兵器システムの装備、運用により平時の兵備量を抑えながら戦時には同盟国か
ら緊急取得する方向へと進んでおり、我が国の防衛予算の特殊性への配慮とともに武器輸
出三原則、或いは防衛産業の保護措置の見直しが強く望まれる。
2.列国の軍事戦略と軍事態勢整備
一国の国防戦略と軍事態勢は、安全保障環境の変化とともに新たな脅威・戦争形態の現
出 、軍 事 技 術 と 兵 器 シ ス テ ム の 進 化 な ど に 応 じ て 不 断 に 見 直 し が 行 わ れ る べ き も の で あ る 。
欧米諸国は、現有の国防戦略と軍事態勢の有効性のみだけではなく中長期の将来に亘り生
起し得る緊急事態、戦争事態に対する彼我の戦略・軍事態勢の優劣や事態の帰趨、自国の
戦略・軍事態勢の有効性、不備欠陥性について評価、分析検討する国家的なシステムを構
築している。
米 国 で は 、CIA( 中 央 情 報 局 :Central Intelligence Agency)、DIA( 国 防 情 報 局:Defense
Intelligence Agency) 、 NSA( 国 家 安 全 保 障 局 : National Security Agency) な ど 15 の
国家情報機関が連携して十数種の緊急・戦争事態の国防計画シナリオを作成して国防戦
略・軍事態勢を構築し、かつ評価している。陸海空、統合軍はもとより国務省など全ての
国家機関がこのシナリオに基づいて、ウオーゲーム、シミュレーション、指揮所演習、部
隊戦闘実験などの様々な手法をもって分析評価を行い、戦略環境に即した当面の課題と将
来の課題に適切に対処しようとしている。そして分析結果を共有して、指摘された国防戦
略と戦力構成の不備欠陥と安全保障リスクに関する共通認識こそが、新国防戦略と軍事態
勢構築の原動力となっている。そしてそれが、広範多岐にわたる米軍変革の主要目標の優
先順位として各軍種の戦力規模と戦力構成を決める基礎となり、最良の総合戦力としての
組織・要員・訓練・装備を決める原点となっているのである。
このように列国は軍事態勢の近代化に取り組んでいるが、何れの国にも国家財源には限
りがあり、軍事戦略に基づく所要の軍事予算を確保することは難しい。従って、可能な予
算範囲内での軍事態勢整備となり、所要軍事力に満たない部分は、安全保障リスク(危険
度 )と し て 認 識 ・甘 受 せ ざ る を 得 な い 側 面 が あ る 。そ し て 再 度 、前 述 の ウ オ ー ゲ ー ム 、シ ミ
ュレーション、指揮所演習、部隊戦闘実験などの手法をもって分析評価を行い、国防戦略
の見直しと軍事態勢の再構築を行うのである。厳しい国防予算の制約の中で如何にして効
率的、効果的なケーパビリティベースの軍事態勢を構築するかに取り組んでいる。
ま た 列 国 は 、 IT・ RMA先 端 技 術 の ス ピ ー ド 化 と 高 価 格 化 に 対 し て 、 如 何 に し て 軍 事 力 近
代化に取り込んで作戦・戦闘能力を高めるのか?を分析検討して、新たな軍事戦略と作戦
42
DRC 年報 2009
概念の再構築に取り組んでいる。多国間の安全保障協力、共同作戦の実施には、ネットワ
ー ク に よ る 情 報 及 び 意 思 決 定 プ ロ セ ス の 共 有 、 ネ ッ ト 活 用 し た 作 戦 ・ 戦 闘 ( NCO: Network
Centric Operation) 能 力 が 必 要 不 可 欠 で あ り 、 こ れ が 軍 事 費 増 大 の 要 因 と な っ て い る 。
その一方で列国は、軍事予算の効率的な使用、軍事態勢の経済性を追求する軍のスリム
化 を 推 進 し て い る 。 各 国 の 対 応 施 策 に は 、 軍 の 編 制 ・任 務 ・役 割 の 見 直 し 、 基 地 の 閉 鎖 ・統
合 使 用 、情 報・作 戦 体 制 の 統 合 強 化 、各 種 業 務 の 統 合 運 営 化 な ど に よ る ダ ウ ン サ イ ジ ン グ 、
行 政 、基 地 業 務 、航 空 機 整 備 、教 育 訓 練 な ど の 民 間 へ の ア ウ ト ソ ー シ ン グ 、そ の 他 の 省 人 ・
無人化努力など広範な努力指向が認められる。しかし各国とも軍のスリム化は、単なる人
員削減、予算削減としてではなく、軍事態勢を高めるための変革(トランスフォーメーシ
ョン)として取り組んでいる点に注目すべきであろう。
3.防衛戦略と防衛態勢の策定システムの再構築
翻ってわが国の防衛戦略と防衛力整備構想の策定システムを考察すると、国家はもとよ
り防衛省・自衛隊全体にわたる防衛戦略策定のための共通認識、共有の分析検討基盤が極
めて薄弱である。国家的、統合軍的なウオーゲーム、シミュレーション、指揮所演習、部
隊戦闘実験などの機会が極めて少なく、かつ、その脅威シナリオも政府あるいは防衛省・
自衛隊の情報機関が総力を挙げて分析検討したものではなく、縦割りの各自衛隊それぞれ
が戦闘正面に立つように設定、もしくは独自の防衛力整備構想に必要な理論を裏付けする
結論リード型のものが多いと言わざるを得ない。国家としての各種の緊急事態に対して、
統合軍としての組織的な対応態勢、対処能力の分析評価が不十分なままに、各組織の所掌
部署の幕僚、部員によって将来に亘る防衛構想、防衛力整備ビジョンなどが案出され、官
僚社会的な検討を経て、最終的に防衛省として統合調整して取り纏めているのが実情であ
ろう。それを多角的な検討、客観性を持たせるとして幅広の各界で活躍する有識者を集め
ての懇談会などの意見を聞き入れながら決定されて行くのであるが、より専門的な退官将
官、外交官、軍事アナリストの活用が必要ではなかろうか。
このように、防衛構想の指針に関する統合調整、陸海空の戦力組成に関する統合的な分
析評価が不十分なままに防衛力整備見積もり作業、予算編成が推進されているため、統合
軍的な重要度、優先度が極めて不明瞭となっている。日本社会は縦割り行政の悪弊がある
としばしば指摘されるが、防衛省・自衛隊にあっても全く同様で決まらず紛糾しがちであ
る。このため陸海空自衛隊の予算比率による均等縮小が常態化しており、陸海空自衛隊内
にあっても同様な状態が現出している。特に近年の防衛予算圧縮により、主要事業の均等
縮小による先送りやペースダウンが顕著であり、防衛力整備をいびつなものにしている。
わが国も縦割り行政の悪弊を脱して省庁間、陸海空自衛隊の横断的な連係協力により国家
的、組織的な防衛戦略と防衛諸計画の策定システムを再構築するのが急務であろう。
即 ち 、 ① 政 府 の 情 報 収 集 ・分 析 力 を 結 集 し て 緊 急 事 態 、 戦 争 事 態 に 関 わ る 共 通 ・共 有 の 脅
威シナリオについて見積もり作成する。
②作成した多種多様なシナリオ事態に基づいて、陸海空、統合自衛隊あるいは政府レベ
ルでのウオーゲーム、シミュレーション、指揮所演習、部隊戦闘実験などを実施する。
③多角的な手法をもって分析評価を行い、わが国の抑止・対処戦略と防衛力、防衛態勢
の有効性、不備欠陥性について評価、分析検討する。
④ こ の 分 析 結 果 を 共 有 し て 、 防 衛 戦 略 と 防 衛 力 ・態 勢 の 不 備 欠 陥 に 関 す る 認 識 共 有 を 浸
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透させる。この共通認識があってこそ国家的、統合自衛隊的見地からの防衛戦略の構築が
円 滑 に な り 、 重 要 度 ・優 先 度 を 明 確 に し た 防 衛 力 整 備 構 想 の 策 定 が 可 能 と な る 。
⑤そして、必要な組織・体制を構築するとともに、所要の人材、ツール、器材・施設な
どを確保し、かつ、教育訓練、研究開発を強化してレベルアップを図る必要があろう。
わが国は今や中国の軍事力増強と覇権追求の動静や北朝鮮の核・ミサイル脅威の顕在化
などに直面しており、まさに、安全保障環境の激変期に差し掛かっている。また、東アジ
アにおける米国の軍事優位は退潮傾向にあり、わが国の安全保障リスク(危険度)は高ま
りつつある。防衛力整備を怠ってきたツケは決して小さくなく、遅れを取り戻すには多大
な努力を要する。装備兵器システムを近代化には多大な防衛予算だけではなく、要員を教
育 訓 練 し て 人 員 ・装 備 と も 作 戦 可 能 態 勢 に 到 達 す る に は 長 期 間 の 時 日 を 必 要 と す る 。
4.防衛計画大綱の見直しと防衛予算の増額確保
「防衛計画の大綱」は、日本の安全保障の基本方針と防衛力の役割、自衛隊の体制を含
む 防 衛 力 整 備 に つ い て の 将 来 指 針 と 必 要 な 予 算 規 模 を 示 す も の で あ る 。 2004 年 12 月 に 策
定された現防衛大綱は、5 年後または情勢に重要な変化が生じた場合には必要な修正を行
う と さ れ て い る 。 近 年 の 安 全 保 障 環 境 の 変 化 と 技 術 動 向 な ど を 踏 ま え て 、 防 衛 省 は 2008
年 9 月 に「 防 衛 力 の 在 り 方 検 討 の た め の 防 衛 会 議 」を 設 置 し 、政 府 は 2009 年 1 月 に 有 識 者
による「安全保障と防衛力に関する懇談会」を設置している。
今後の国際情勢を見通して、わが国の安全保障戦略と今後の防衛構想、防衛力のあり方
などについて幅広い視点から総合的な検討を行っており、防衛予算の増額も取り沙汰され
て い る 。 見 直 し 作 業 は 殆 ど 最 終 段 階 に あ り 2009年 12月 に 改 定 さ れ る 予 定 で あ っ た が 、 2009
年 8月 に 誕 生 し た 民 主 党 政 権 の 防 衛 政 策 が 少 な か ら ず 変 更 さ れ る 動 き が あ り 、先 送 り さ れ る
可能性が高い。
い や し く も 民 主 国 家 で あ れ ば 、 2大 政 党 の 政 権 交 代 で 国 家 の 防 衛 政 策 や 戦 略 構 想 が 軽 々
しく変わることがあってはならない。また、一層厳しさを増す日本の財政事情であるが、
財政難を理由として防衛戦略部門への投資を怠ってはならない「
。 兵 は 、国 の 大 事 」で あ り 、
平和と独立、国民の生命と安全は最優先の国家的課題である。顕在化しつつある核・弾道
ミサイルを含む脅威への抑止と対処には、先端軍事技術の活用と防衛力の近代化が必要で
ある。今こそ正に国家防衛に資源を投入しなければならない時である。
長年にわたる防衛予算の縮減で蓄積された歪を是正するには、単に多大な防衛予算を注
ぎ込めばすむ問題ではない。前述したように防衛力、戦闘力の造成には、兵器の導入、運
用 ・整 備 シ ス テ ム の 構 築 、 教 育 ・訓 練 な ど に 、 そ れ 相 応 の 努 力 と 時 間 の 積 み 重 ね が 必 要 で あ
り、ライフサイクルを考えた維持運用体制が必要となる。従って前項で述べた「防衛態勢
の策定システム」に則って充当すべき防衛予算を見積もらなければならない。政府には、
政争に明け暮れることなく、真っ当な防衛論議を喚起して防衛予算を適正に増額して、国
民 が 安 心 で き る 防 衛 力 ・防 衛 態 勢 の 構 築 を 推 進 す る よ う 強 く 望 み た い 。
44
DRC 年報 2009
脅威に曝される国境離島と領域
( 財 ) DRC 研 究 委 員
1
古澤
忠彦
忘れられつつある国境離島
日 本 は 6,852 の 島 で 構 成 さ れ 、 本 州 、 北 海 道 、 九 州 、 四 国 、 沖 縄 本 島 を 除 く 6,847 島 は
離 島 と さ れ て い る 。 422 の 有 人 離 島 に 対 し て 、 無 人 島 は 6,425 も あ る 。 一 般 に 北 海 道 、 本
州、四国、九州を所謂「本土」とし、外洋に面した多くの島嶼は遠く離れた存在であり、
戦後の我が国においては、安全保障上は本土の「防波堤」の位置づけにあった。しかし、
1994 年 に 、国 連 海 洋 法 条 約 に よ っ て 領 海 1 2 マ イ ル 、排 他 的 経 済 水 域 EEZ200 マ イ ル の 沿 岸
国の権益が認められてから、島嶼周辺の海域に豊富な資源が存在すること、その探査と採
掘技術が発展するにつれて小島の持つ経済的価値は極めて大きくなった。また、離島の水
産 出 荷 は 、 価 格 で 10%以 上 を 占 め て お り 食 糧 自 給 率 確 保 の 一 翼 を 担 っ て き た 。 更 に は 、 灯
台 等 の 航 路 ・ 航 空 標 識 は 、 全 国 設 置 の 30%以 上 を 占 め て お り 、 航 行 船 舶 ・ 航 空 機 の 安 全 な
運 行 に 大 き な 役 割 を 果 た し て い る 。 海 難 で の 救 助 船 舶 ト ン 数 で は 、 全 国 の 54%を 離 島 が 行
っ て い る 。こ の よ う に 四 面 環 海 の 我 が 国 領 土 の 2%、全 人 口 の 0.5%し か 占 め な い 離 島 が 、大
き な 価 値 と 役 割 を 担 っ て き た 。 12
反面、「本土」と離島の社会的、経済的格差は拡大し、人口及び産業の過疎化と急速な
高齢化で一層政治的社会的関心も薄れてきている。代わって周辺諸国の経済的発展によっ
て豊かになった外国人の来島が急増して島民人口をはるかに超え、外国資本による不動産
買 収 が 目 立 っ て 増 加 し て い る 。島 民 人 口 8 万 人 だ っ た 国 境 の 島「 対 馬 」は 、今 で は 3 万 7,000
人 と な り 、 毎 年 約 1,000 人 が 減 少 し て い る 。 代 わ っ て 韓 国 か ら の 来 島 者 は 、 4 万 2,000 人
( 平 成 1 8 年 度 )で あ っ た が 今 年 は 10 万 人 に 達 す る こ と が 見 積 も ら れ て い る 。国 境 の 領 域
であるがゆえに漁業の不法操業や密漁のトラブルが絶えず、生産活動に深刻な影響を落と
していると言う。また情勢によっては、政治難民や偽装難民の漂着、不法入国の増加も予
想され、島民の生活の安寧を脅かしかねない。当に我が国の安全保障上の脆弱性が、国境
離島に潜在している。戦略的価値が向上する国境離島が、反対に我が国の安全保障から取
り 残 さ れ つ つ あ る 。 13
平 成 2 1 年 6 月 、 日 本 青 年 会 議 所 JCI 主 催 で 対 馬 に お い て 行 わ れ た 「 対 馬 フ オ ー ラ ム 」
において、出席した対馬市長及び沖縄県与那国町長の自治体の首長は、国境離島の社会的
経済的空洞化、外国人と外国資本の進出及び安全保障上の危機感を強調していた。離島島
民 は 、今 や「 本 土 と 離 島 」の 関 係 で は な く「 国 土 一 体 」と し て の 繁 栄 と 安 全 を 求 め て い る 。
2
我が国にとっての島嶼の重要性
(1) 島嶼群に沿った海上交通路
12
13
「海洋白書2009」日本財団
「 対 馬 が 危 な い 」( 産 経 新 聞 平 成 20 年 10 月 21 日 ∼ 24 日 )
45
我が国は、有史以来、沿岸航路の海運によって発展してきた。
我が国の発展を海外貿
易に依存する明治以降の日本は、南西列島(薩摩諸島・沖縄諸島・先島諸島)および南東
列島(伊豆諸島・小笠原諸島)に沿った航路帯を生命線としてきた。海に囲まれた我が国
にとって、海上交通の安全確保、及び周辺海域の安定にともなう領土と国民の安全は極め
て 重 要 な 国 益 で あ る 。 我 が 国 に 関 わ る シ ー レ ー ン は 世 界 に 広 が り 、 貿 易 の 99.5%を 海 上 輸
送に依存しているが、とりわけ中東・インド洋・南シナ海に繋がる南西列島線とマリアナ
諸島・南太平洋・オセアニアに繋がる南島列島線に沿った航路帯は重要である。石油輸入
の 90%を 中 東 地 域 に 依 存 し て お り 、 中 東 か ら 日 本 ま で の 約 7,550 マ イ ル の 海 上 交 通 路 に は
常 時 75 隻 の タ ン カ ー が 連 な っ て お り 、 10 万 ト ン 石 油 積 載 タ ン カ ー が 5 時 間 に 1 隻 日 本 の
どこかに入港している計算になる。エネルギー、食糧、鉱物資源のほとんどは、この2つ
の列島線に囲まれた海域を航行している。
これらの島嶼群は、船舶の航行支援、荒天時の避難、海難救助、燃料・水・食糧等の補
給等を提供し、有事にあっては付近海域航路帯の安全確保のための軍事基地の役割を果た
すことができる。
(2)島嶼周辺の海洋資源
1994 年 に 発 効 し た 国 連 海 洋 法 条 約 は 、「 海 洋 は 全 人 類 の も の で あ り 、国 家 は 海 洋 に つ い
て義務を有する」という基本精神を建前にしており、海洋は沿岸国の主権と海洋の航海自
由の原則が競合することになった。また、海洋技術の進歩は、海底の資源探査と採掘の可
能性を大きくしている。我が国の周辺海域、特に島嶼周辺には、夢のエネルギーと言われ
るメタンハイドレートの他、石油・天然ガスの埋蔵の可能性があり、更にはニッケル、マ
ンガン、コバルト、銅をはじめとする希少金属を多く含む海底熱水鉱床等が確認されてお
り、将来の「資源大国日本」への期待が大きく膨らんでいる。
3
我が国周辺の島嶼及び海洋権益への脅威と紛争
(1) 侵害された我が国の安全
我が国が、大陸に近接した海洋に囲まれた島嶼国家であることから、歴史的に中国、
ロシア、朝鮮半島及び東南アジア諸国とは複雑な国際関係を醸してきた。特に、第2次
世界大戦及び冷戦時代の国際情勢に起因する安全保障環境は、我が国の国境、とりわけ
国境島嶼を巡る領域紛争事案を起している。ロシアとの北方領土、韓国との竹島、中国
及び台湾との東シナ海と尖閣諸島問題は、いずれも軍事力をもって領域主権を侵し、侵
そうとしている。更には、中国の中華帝国再興と海洋覇権を狙った海軍力の急速な増強
は、台湾の統一、南シナ海の西沙・南沙諸島領有権争いを挑発し、その成り行きは我が
国のシーレーンの安全と安定的運航に大きく影響する。
領域・領土紛争では、権限ある政治家や国家機関が紛争相手国の権原を明示的に認め
る こ と ( 承 認 )、 抗 議 す る べ き 時 に し な か っ た こ と で 承 認 が 推 定 さ れ る こ と ( 黙 認 ) に
よって権益の所属が確定される。即ち、政府が侵害された権益に対して公式な抗議行動
を行わなかった場合には、後日になって反論してもその法的根拠は希薄になる。侵害を
受けた時に、合理的期間内に何らかの反応をすべきであり、継続的に抗議の言明や行動
46
DRC 年報 2009
を起すことが義務であり、それをせずに沈黙した場合には、国際法上同意したものと見
な さ れ る 。 戦 後 、 我 が 国 は 、 周 辺 諸 国 の 「 権 益 侵 害 」、「 言 い 掛 か り 」、「 一 時 棚 上 げ 」 に
対 し て「 友 好 」を 重 視 す る 余 り 強 固 な 主 張 を 怠 り 慎 重 に 過 ぎ て き た の で は な い だ ろ う か 。
北方領土も竹島も、外交的話し合い解決の目途は付いていないのが現実である。
我が国周辺での島嶼や海洋権益の紛争問題は、北方領土、竹島、東シナ海、尖閣諸島
および沖ノ鳥島に関わる事案があるが、何れもソ連・ロシア、韓国、中国、台湾といっ
た周辺外国からの一方的な侵攻、仕掛けであり、我が国にとっては降って湧いた受動的
紛争事案である。前二者は、終戦直後の混乱に乗じての侵攻であり、後二者は海底資源
埋蔵の可能性が判明して以降の事後主張である。
(2)国境離島及び領域への脅威
国境離島自身が持つ安全保障上の内的脆弱性は、人口過疎化、高齢化及び産業の空洞化
に加えて、台風及び地震等の大規模災害の直撃、情報通信、医療、交通物流等のライフラ
インの高コストについて言える。従って、巧みな宣伝戦・心理戦・経済戦や少数の特殊工
作部隊の侵入、破壊工作が、致命的な結果を生む可能性もある。
図 1 国境離島及び周辺領域への脅
威
国境離島及びその周辺
領域に対する外的脅威は、
高烈度
軍事力
軍事力によるものと非軍
核攻撃
非軍事力
事的なもの、及びその中
パンデミック
島嶼軍事侵攻
間的な正体不明なものが
海上テロ
弾道ミサイル攻撃
海賊
島嶼工作
シーレーン攻撃
海難・大規模災害
非軍事力
大規模油流出
島民拉致
海上封鎖
サイバー攻撃
難民流入
麻薬密輸
漁業妨害
なろう。図1の第2・3
島嶼不法占領
武装難民侵入
象現は、非軍事力による
軍事力
領域侵犯
海底資源開発妨害
軍事演習・示威
複雑の絡み合ったものに
脅 威 が 主 体 で あ る が「 敵 」
「 意 図 」「 時 期 」「 場 所 」
「規模」等が特定困難で
あり、対処方法や終結時
期等に決め手がない場合
が 多 い 。な お 、海 上 テ ロ 、
大規模土地買収
島嶼工作や武装難民の実
低烈度
態は軍人が偽装して侵攻
するものであるが、国境離島のように縦深性が浅く警備態勢が薄い地域に対しては、破滅
的な打撃を受ける場合もある。軍事演習、領域における交通や作業の妨害侵犯行為は、組
織的に明確で「敵」は目的・意図と計画性を持って実施するであろうが、対処する側はそ
の予兆や規模を掌握することは困難な場合が多い。また難民流入、密輸、油流出、大規模
災害等は、非組織的で予測できないが、離島の孤立化や混乱と大規模被害をもたらす可能
性がある。
いずれの場合も国境離島は、遠隔、狭あいで人口少なく抗坦性乏しいことから、外から
の非軍事的侵害に対しても脆弱である。既に占領されている北方領土、竹島のほか利尻・
礼文島、奥尻島、佐渡、隠岐、対馬、五島、尖閣諸島、八重山諸島、沖の鳥島等の国境に
47
接する有人・無人の島嶼とその周辺領域は、常に脅威に曝されていると認識する必要があ
ろう。
4
国境離島と領域の保全
2007 年 4 月 に 制 定 さ れ た「 海 洋 基 本 法 」の 第 26 条「 離 島 の 保 全 」に お い て は 、我 が 国
の 領 海 及 び EEZ 等 の 保 全 、海 上 交 通 の 安 全 確 保 、海 洋 資 源 の 開 発 等 に 重 要 な 役 割 を 担 う 離
島について、保全の措置、施設の整備、生活基盤の育成を国家の責務と規定した。離島を
「国土一体」として位置づけて、国境離島とそれに連なる島嶼群の安全と周辺領域の警備
保全を一層重視する必要がある。島嶼離島は、本州等4島のいわゆる「本土」防衛のため
の「防波堤」と考えるのではなく、国境離島とその周辺領域を含む「国土一体」の安全保
障策を一層強力に構築する必要がある。
我が国周辺の領域の安全保障上の特徴に従って区分すると、図2のA領域は南東列島線
及び南西列島線に沿った我が国のシーレーンが輻輳し、また米軍の西太平洋へのアクセス
に対する中国海軍のアクセス拒否が予想される我が国安全保障上重要な領域である。B領
域は大陸に隣接し我が国に脅威が直接的にアクセスできる最も縦深性が浅く、北方領土及
び竹島のように既に不法占拠された島を含めて危機管理上重要な領域である。C領域は大
圏航路によって北米大陸とつながっており商業的のみならず軍事的に太い絆を持つ領域で
図 2
ある。
周辺領域の区分
A及びC領域及び島嶼への脅
B領域
B領域
周辺主要航路帯
①沿岸防備展開
①沿岸防備展開
②広域哨戒警備
②広域哨戒警備
③ミサイル防衛
④敵地監視攻撃
④敵地監視攻撃
⑤島嶼防衛奪還
⑤島嶼防衛奪還
A領域
A領域
①高速機動展開
②広域哨戒攻撃
③島嶼基地機能
④水上水中打撃
⑤沿岸防備警備
⑥島嶼防衛奪還
⑦島民保護避難
B
威は、海軍力を中心とした伝統
的な攻撃の可能性、または海上
C領域
C領域
①広域哨戒監視
②ミサイル防衛
②ミサイル防衛
③重用船舶防護
からのテロ、ゲリラ・コマンド
ウ攻撃を受ける可能性も高い。
南北に離隔散在した列島線であ
り、攻めるに安く守るに難い特
C
北中
A
米
性を持っており、警戒監視・情
報通信のネットワークと防衛力
の高速即応展開能力が求められ
る。B領域及び島嶼は、大陸諸
ッカ
マ ラ ンド洋
イ
国の直接的な脅威に曝され、軍
豪州
南米
海峡
事力による伝統的な侵攻・攻撃
のみならず、非軍事力による複
合的な脅威を受ける蓋然性が極めて高い。従って国境離島及び領域の防衛については、島
嶼に沿った海の防衛を重視するとともに島嶼群の保全体制を整備する必要がある。陸海空
自衛隊の統合運用に加えて海上保安庁、警察、自治体の総合的ネットワークの構築と必要
な装備と先制即応の運用態勢が必要である。
(1)
「 海 か ら 島 を 守 る 」・ ・ ・ 島 嶼 防 衛 か ら 領 域 防 衛 に
領域の防衛警備を重視した海から島を守る態勢整備が必要である。島嶼の防衛は、狙わ
れる「島」自身を直接的に防衛することも必要であるが脅威が島嶼に迫る前、即ち先ず海
上で脅威を排除する態勢を整えることで侵攻を阻止する。島の価値は、島自身の存在と共
48
DRC 年報 2009
に周辺海域の海洋資源、沖合いを通るシーレーンの安全も含まれる。従って領域を守るた
めに必要な陸海空の統合機動戦力をもって領域防衛にあたる。島嶼防衛は、満遍なく各島
嶼に部隊を配備することは、運用、訓練、管理上は非現実的であるので主要島嶼を中枢に
集中配備し、島嶼群を含む周辺領域を危機管理のネットワーク化することで、広域に対応
できるようにする。また、危機対処時の離島住民の安全確保や退避移送等業務の円滑な実
施 に も 、領 域 全 体 の 保 全 体 制 整 備 が 必 要 に な る 。既 に 米 国 、NATO で 整 備 が 進 ん で い る「 船
舶港湾等情報管理システム」に離島情報も組込んで自衛隊、海上保安庁、警察、自治体等
の 統 合 的 対 処 の 態 勢 を 整 備 す る 。 そ れ が 機 能 す る た め に は 、 C4ISR の 整 備 と 事 態 の 徴 候 を
的確に掴んで「先制的防衛の態勢」の体制つくりが必要であろう。
(2)
「 島 か ら 海 を 守 る 」・ ・ ・ 海 を 守 る 拠 点 と し て の 島 に
我が国に関わるシーレーンは、南北に長い列島線に沿って日本と中東、東南アジア及び
オーストラリア、南北米大陸と繋がっている。従って、南西及び南東列島線は、我が国周
辺の海域を通る船舶群に対して要所における島嶼からの運航支援や継続的な海空戦力等の
警戒監視が提供できる。例えば、薩南諸島以南の南西列島線には、島嶼伝いに軍民飛行場
が 30 ヵ 所 ( 旧 空 港 ・ 建 設 中 を 含 む ) 在 り 、 危 機 時 に 多 様 な 活 用 が 期 待 で き る 。 ま た 拠 点
島嶼に陸上部隊が常駐し、地方自治体と地域社会が島嶼ネットワークを形成することで離
島に対する危機情報を共有することが可能になり、大災害等の危機が顕在した時には、住
民保護や救急対処を円滑かつ効率的に実施することが可能になる。そのことは他国からの
侵害・侵攻の情報収集配布や即応体制へのスムーズな移行にも繋がる。このように拠点と
なる島嶼相互に危機管理体制を構築することで島と島の関係が密になり周辺海域の保全に
繋がる。現在、有人の島においても過疎化が急速に進み無人島化の危機さえある。また無
人島への国民の関心は低く、膨大な国益が危機に瀕している現状から脱するためにも、島
嶼群のネットワーク化と「島と周辺海域」を一体とした島嶼の保全と領域の権益保全を考
える必要がある。
(3)
官民一体の「防人」体制
離島への侵攻は、所謂「本土」の政経中枢への侵攻と異なり限定的で小規模かつ奇襲的
な侵攻シナリオが想定される。それだけにその徴候を早期に察知することが重要であり、
即応的な対処と排除撃退が求められる。島嶼が占領された後には、島嶼奪還の作戦が実施
されることになり、その場合に損害出血は極めて大きいことが予想される。一旦奪われた
島嶼が、外交的話し合いで返還されることは期待できないばかりか、侵略国の実効支配が
定着してしまえば不可能なことは竹島、北方領土の事例でも明らかである。従って島嶼の
保全と防衛は、領域防衛として広域に捉えて常続的な警戒監視と「先制的防衛」体制が必
要である。米国は、同盟国といえども国境の小島の領土紛争への介入に慎重であろうし、
そ の 時 の 国 際 関 係 に よ っ て は 消 極 的 に な る こ と も 考 え ら れ る 。で あ る か ら こ そ 最 小 限 の「 領
域防衛の能力」を整備する必要がある。
また、島嶼の実効的防衛警備や治安は、地域社会・住民の生活の安定と活性化にかかっ
ているが、防衛警備、治安、交通通信、教育、医療等については、国境離島に対して特別
な国家的施策が必要である。更に、国境離島の無人島については、国家の直轄管理下に置
49
くことが必要である。
(4)国境離島及び周辺領域防衛に必要な施策
ア
国内機関の役割分担
国 境 離 島 及 び 領 域 の 警 備 監 視 及 び 危 機 事 態 に 対 処 す る こ と を 目 的 に 、EEZ に つ い て の 権
限を円滑に行使するための自衛隊、海上保安庁、警察及び自治体の役割分担を明確にする
ことで、国境離島および領域の保全に隙間のない態勢を構築する。
国際法上軍艦として扱われている自衛隊の艦艇を、軍艦として権限を行使できるよう国
内法で規定する必要がる。公海における不法行動に対する臨検、拿捕の権限を付与するこ
とによって、自衛隊が法的に「何もできない」という見透かされた防衛力を払拭し、領域
の効率的な監視警備が実行でき、抑止効果を期待することができる。また、有事における
海上保安庁の軍事的活動を円滑に遂行するためには、保安庁法の改正も必要である。
図 3
領域・離島保全の役割分担
自治体
島民保護・防災訓練・資材整備・災害救助・避難救護
情報収集配布・港湾空港管理・航行安全・密航密輸監視
警察
情報収集
治安警備
犯罪予防
国土防衛 領域防衛
犯罪捜査
国民の生命財産の保護
弾道ミサイル防衛 離島防衛
領空侵犯対処
海洋監視
シーレーン防衛
海洋情報データ収集
災害救助
海難救助救護
機雷排除
海上テロ対処
船舶運航統制
海洋資源保護
治安維持
海賊対処
PSI
自衛隊
消防
災害救助
防火消防
救急救助
中央政府
危機管理
システム
海上保安庁
領海警備
海上治安維持
犯罪捜査
航行安全
港湾安全
密輸密漁取締り
環境保全
国際平和協力活動
イ
高速即応展開能力
国境離島に急速に部隊を展開できる「統合任務部隊」を整備する。地理的に接近し事態
の推移が早いことから、国境離島の時間的地理的な状況に対応するために統合任務部隊を
常設する。
佐 世 保 ・ 与 那 国 島 間 は 直 線 距 離 で 640 マ イ ル 、 横 須 賀 ・ 与 那 国 島 間 は 、 1,100 マ イ ル 離
れ て い る 。沖 縄・与 那 国 島 間 も 290 マ イ ル で あ り 、18kt で 急 速 展 開 し て も 1 6 時 間 か か る 。
国境離島の危機時に部隊を急速展開(パワープロジェクション)及び島嶼防衛・奪還する
た め の 機 能 を 整 備 す る 。そ の た め の 輸 送 ヘ リ・水 陸 両 用 艇 搭 載 の 高 速 輸 送 艦 、大 型 輸 送 機 、
多目的空母と攻撃機、高速補給艦、病院船等が考えられる。
ウ
早期警戒監視情報通信システム
島嶼群及び周辺領域を含む広域の警戒監視・情報収集を行い中枢センターとのネットワ
ークにより効率的で的確な部隊運用対処に資する。特に、先制的に離島・領域の防衛態勢
50
DRC 年報 2009
を敷くためには、早期警戒監視のための情報衛星、広域偵察航空機、海洋監視艦艇を整備
す る 。 14
エ
離島ライフラインの確保態勢
島嶼における民間空港、港湾を整備することで、緊急時に艦艇、航空機の運航支援が可
能なシステムとし、電気、水、人と物の輸送、医療等のライフライン確保のほか、燃料、
弾薬、作戦資材、食糧、医薬品等の保管備蓄のためのインフラを整備する。
5
あとがき
長 崎 県 対 馬 市 は 、2009 年 年 初 の 市 議 会 で 対 馬 の 防 衛 体 制 が 不 備 だ と し て 、自 衛 隊 の 増 強
などを求める要望書を防衛省に提出した。同市は「対馬はロシアや朝鮮半島、中国と対峙
する国境最前線で、防衛の要であり、普段から有事の核となる態勢をとっておく必要が重
要である」として、陸海空自衛隊の増強を具体的な要望書として提出したと報じている。
更 に は 、韓 国 資 本 に よ る 対 馬 の 土 地 買 収 と リ ゾ ー ト 開 発 等 を 許 し た り 、「 外 国 人 参 政 権 」
を付与することになると、韓国による対馬の実効支配が進む恐れもあり、これが現実のも
のとなれば、対馬を揺るがすだけでなく、国家を揺るがす事態にもなりかねないだろう。
ま た 、2009 年 の 夏 に は 与 那 国 島 町 長 が 直 接 防 衛 大 臣 に 自 衛 隊 の 配 備 に つ い て 要 請 す る と
ともに、町長選挙では、やはり安全保障上の危機感から自衛隊の配備の是非が問われた結
果、自衛隊の配備必要の住民の意思が明確になった。国境離島の島民にとっては、近接す
る隣国との緊密な経済的社会的関係醸成もさることながら、中国・台湾及び韓国の脅威を
ヒシヒシと肌で感じての首長及び島民の実感の結果であろう。狭い島内に異質の文化や犯
罪を持ち込む外国人が増加し、平穏な社会生活や円滑な行政を阻害することになれば住民
の安寧を脅かすのみならず、島嶼自体が「平和的」に外国の主権下になるという国益を損
なうことも予想しなければならない。当に、「国土一体」の安全保障についての切実な叫
び で あ ろ う 。 「 い た ず ら に 隣 国 を 刺 激 す る 」 15 と 言 う 理 由 で 国 境 の 防 衛 体 制 整 備 を 躊 躇 す
る国際感覚と現地現場の実感は大きな隔たりがある。そのような状況の中で、次のような
報 道 が な さ れ た こ と は 、今 後 の 離 島 や 領 域 の 安 全 保 障 の 充 実 に 大 き な 期 待 が 持 た れ る 。
「政
府が国境付近の離島や無人島の管理強化に乗り出す。自然保護の研究拠点や灯台などの設
置、周辺海域での漁業・エネルギー資源の開発拠点としての活用も検討する。これまで管
理に消極的だった無人島にも行政の目を行き届かせ、排他的経済水域(EEZ)内での隣
国との海洋資源などを巡る権益争いを予防する狙いがある。内閣官房や国土交通省が中心
となり、年度内にも「海洋管理のための離島の保全・管理のあり方に関する基本方針」を
策定する考え。国交省はこれに先立ち、有識者委員会で今後の海洋管理施策の指針をまと
め た 。 」 16
中国が尖閣諸島や東シナ海ガス田開発に厳しいアクセスを行って久しいだけ
に、早急なアウトプットが期待される。
国の政治的社会的経済的だけでなく防衛上の無関心故に、国境の島民の「日本人として
の国民意識・帰属意識」を退化させるような事態だけは断固回避しなければならない。
14
15
16
「 我 が 国 の 外 周 離 島 保 全 の あ り 方 」( 東 京 財 団 研 究 報 告 書 2004-4)
「 こ う 変 わ る 北 沢 防 衛 大 臣 」( 読 売 新 聞 平 成 21 年 9 月 25 日 朝 刊 )
「 政 府 、無 人 島 管 理 を 厳 格 に 海 洋 権 益 争 い 対 策 」( 日 経 新 聞 平 成 21 年 9 月 23 日 )
51
島民自身が自分の島の歴史とアイデンテイに誇りを持ち、積極的に領域を保全することに
関心を高める支援施策と環境の醸成に努める必要がある。今や竹島や尖閣諸島が何処にあ
るのか解らない国民が世代を超えて多い。先ずは日本国民に、国境の島々の実情と領域の
国益上の価値について教育を充実することから始めなければならない。
52
DRC 年報 2009
国境離島をいかに防衛すべきか
( 財 ) DRC 研 究 委 員
吉田
曉路
はじめに
日本は、図1のようにユーラシア大陸の東端のサハリン、沿海州、朝鮮半島そして中国
大陸と狭い海洋を隔てて隣接する弧状に展開する島嶼列島です。ロシア、朝鮮半島に所在
す る 韓 国 と 北 朝 鮮 そ し て 中 国 と い っ た 周 辺 諸 国 は 、地 政 学 的 に い え ば い ず れ も 大 陸 国 家( ラ
ンドパワー)であり、北東アジアにあって日本と台湾が海洋国家(シーパワー)というこ
とになる。
図1
EEZ を 含 む 日 本 の 領 域 と 主 要 な 島 嶼
ロシア、中国、朝鮮半島に所在するこれ
ら の 大 陸 国 家 は 、大 陸 ま た は 半 島 に 位 置 し 、
陸の国境線において他の大陸国と隣接し、
また海洋を隔てて日本と接触している。一
般的に、大陸国は領土や領域に執着し、自
己の安全のために少しでも国境線を遠くに
拡大しようとする本能を持ち、また経済面
では生存に必要な資源、たとえば食糧、エ
ネルギーなどを自給自足しようとする欲望
が強いといわれる。その上、ロシア、北朝
鮮 、中 国 な ど は 実 質 的 に は 独 裁 国 家 で あ り 、
日本と相容れない統治機構によって支配さ
れている。
これに反して、日本などの島嶼から成る
海洋国家は、海洋ルートを使用して他国と
の自由な交易、国際分業による相互依存を
基調としての発展を希求する。また海洋国は、合理的かつ自由民主主義的な体制を選択
し、国民の権利は最大限に尊重される。したがって、国家の安全保障は、その国の特性
に応じて陸海空軍の適正な保持と、他の海洋国との同盟関係の構築による達成を志向す
る。こうしたことから、海洋国としては国民の安全、領域の保全、自由民主主義の擁護
及び世界の海洋の自由航行を確保することが基本的な国益になるといわれる。
1.日本の安全保障上の特色
上に述べた地政学的特性から見た日本の離島及び海洋の安全保障上の宿命的な特色は、
以下5点のように要約できる。
○大陸国家であるロシア、中国及び朝鮮半島から被包囲の状態にある
大 陸 国 の こ れ ら 3 ∼ 4 ケ 国 は 、 戦 後 60 年 間 総 じ て い え ば 日 本 と は 非 友 好 的 で あ り 、 経 済
的援助を受け入れてきた一方で頑なに対日強硬姿勢を崩していない。また、大陸国の特徴
53
である専制的な政治体制を維持し、領土領海の拡大と資源獲得の欲望が強く、軍事力の増
強にも余念がなく、これらの国々から日本はこれまで多くの主権が侵害されてきた。日本
国民にとって大切なことは、これからも領土や資源などが様々な形で侵害される危険が高
まってくるという基本認識を共有することと言える。
図2
中国の第1,第2列島線
特に注目すべきは、中国が自国の防衛を名目に図2の
ように第1(最終確保線)及び第2(米軍の進出抑止
線)という列島(防衛)線を設定し、北東アジアにお
ける近海海洋戦略の基本としていることである。まさ
に、日本列島と離島を含む海洋のすべてが包含すると
いう驚愕すべき帝国主義的拡大政策が軍事力の増強と
相まって露わになってきているのである。
○離島を含め広大な領域の存在
日 本 の 領 海 (内 水 を 含 む )は 約 43 万 平 方 km、 排 他 的 経
済 水 域 ( EEZ) を 含 め る と 約 447 万 平 方 km で あ り 、
陸 地 国 土 面 積 の 12 倍 、 領 域 の 広 さ は 世 界 で 6 番 目 と
な る 。 こ の 広 大 な 海 洋 に 総 数 7,000 近 い 島 嶼 が あ り 、
こ の う ち 有 人 島 数 は 327 に 上 る 。こ れ ら の 島 嶼 の 一 般
的 な 特 性 は 、外 周 が 海 に 囲 ま れ( 環 海 性 )、そ の 面 積 は
狭小であり、多くの島嶼は経済的、社会的条件において低位(後進性)にある。さらに、
有人島には大小の港湾あるいは空港が存在するが、本土から空間的時間的に離隔し、わが
国 領 域 の 最 先 端 に 位 置 し て 断 続 的 に 陸 地 の 国 境 線 を 形 成 し て い る 。ま た 、北 か ら 宗 谷 海 峡 、
津 軽 海 峡 、東 西 の 対 馬 海 峡 及 び 大 隅 海 峡 と い う 領 海 3 マ イ ル を 宣 言 し た 特 定 海 峡 が 存 在 し 、
海峡内の公海部分では他国の潜水艦を含む軍用船舶の自由航行を許容している。
こうしたことから、日本の離島の多くは周辺国との接触点であるが、反面本土から孤立し
た存在のために安全保障上極めて脆弱といえる。特に、沖縄本島を除く全ての離島は殆ど
無警戒無防備であり、外部からの様々な危機事態に対応できない存在であるといえる。
○紛争潜在要因としての領土、資源問題の存在
図3
日本の海底資源(資料源:読売新聞)
過 去 の 戦 争 原 因 の 60%以 上 は 、領 土 、資 源 問 題 と い
われる。日本は北方4島、竹島、尖閣諸島という3
つの領土問題を抱え、北方4島及び竹島は現に不法
占拠されており、尖閣諸島は中国系民族による侵犯
が繰り返されている。また海洋法に基づく漁業、海
底資源問題も少なからず存在し、図3のように日本
の 排 他 的 経 済 水 域 ( EEZ) 内 の 天 然 ガ ス に 替 わ る ク
リーンなエネルギーといわれるメタンハイドレート、
天 然 ガ ス 、海 底 鉱 床 な ど が 消 費 量 の 約 100 年 分 の 埋
蔵量といわれるが、中国をはじめとする周辺国は、
これらに対して虎視眈々と獲得の機会を狙っている。
54
DRC 年報 2009
と こ ろ が 、 日 本 の 排 他 的 経 済 水 域 ( EEZ) に お け る 度 重 な る 中 国 調 査 船 の 明 ら か に 主 権 侵
害である資源探査活動に対してこれまで実効性のある方策が採られてこなかった。こうし
た主権侵害に対する消極的姿勢は、かえって侵害行為をなし崩しにエスカレートさせる危
険をはらんでいるのが国際関係の歴史の教訓である。
○経済活動は海上ルートに依存
日 本 の 輸 出 入 総 量 の 99%以 上 は 船 舶 輸 送 に 依 存 し 、 原 油 輸 入 量 は 1 億 数 千 万 ト ン で あ り 、
中 東 産 油 国 と 日 本 の 間 を 約 90 日 か け て 往 来 す る 20 万 ト ン 級 タ ン カ ー は 、毎 日 300 隻 前 後
と い わ れ る 。日 本 の 1,000 マ イ ル 以 内 で は 、南 西 と 南 東 の 2 つ の 海 上 交 通 路( シ ー レ ー ン )
が使用されているが、地理的に南西航路帯は南西諸島、南東航路帯は小笠原諸島とほぼ平
行した航路帯であり、相互に安全保障上密接な関係があるといえよう。
○紛争危険地域(朝鮮半島及び台湾海峡)に近接
朝鮮半島あるいは台湾海峡で紛争事態が生起した場合、在日米軍が関与する公算は極めて
高く、安保条約に基づき米軍への後方支援が直ちに要請されよう。この場合、紛争地近傍
の有人離島は、後方地域支援活動の拠点とならざるをえず、相手国からの攻撃の対象にな
り、最悪の場合離島への侵攻、テロ・ゲリラ攻撃などを想定する必要がある。また、紛争
が近傍の海上ルートの杜絶、民間航空機の飛行の不安全、大量難民(密入国者)の発生、
在日同胞による騒擾などに波及することも考えておかねばならない。
2.予想される危機事態とその影響
○予想される危機事態
予 想 さ れ る 危 機 事 態 は 、概 念 的 に い え ば 軍 事 と 非 軍 事 的 危 機 に 区 分 で き る 。軍 事 的 危 機
は、周辺国から日本の領域(離島及び権益を有する海洋)に対して軍事力が直接間接的に
行使される場合と朝鮮半島有事や中台紛争といった周辺事態から波及してくる場合がある
が、殆ど類似の形式態様になると考えられる。
非 軍 事 的 危 機 は 、人 為 的 危 機 と 自 然 発 生 的 危 機 が あ り 、そ の 発 生 源 と し て は 領 域 外 か ら
のものと島嶼自体を含んだ領域内からのものに分けられ、その態様は多岐多様にわたる。
表1は、自然発生的危機(地震、津波、火山活動、感染症その他)を除く外部から切迫す
る危機事態の一例である。
表
危機事態の一例
これらの危機事態の特徴は、以下のように指摘できる。
① 離島への危機は海洋を経由して発生する。
55
② 離島と海洋への危機は多くが共通的危機となる。見方を変えれば、離島(海洋)の安
全が海洋(離島)の安全に繋がるという両面性がる。
③ 大部分の危機が島民の生命、財産、生活基盤に即時かつ直接的に影響を与える。
④ 非軍事的危機と軍事的危機は前後し、あるいは複合して生起する場合がある。すなわ
ち、危機の態様が曖昧複雑であり、いかなる脅威に進展するかの認定が難しくなる。
⑤ 危機は突発的に生起する場合が多く、また領域が広大なため危機事態発生の探知捜索
に時間遅れが生じる虞が大きい。
○危機事態の及ぼす影響
危機事態が発生した場合、離島あるいは日本が権益を持つ海洋にどのような影響を及ぶの
だろうか。
離島についていえば、
① 住民の生命、財産に直接的に危険が及ぶ。
② 当該離島ばかりでなく、周辺離島も本土から孤立する。
③ 生活基盤(ライフラインなど)が崩壊または使用不能に陥る。
海洋は、
① 日本領域内であっても、船舶の自由な航行が困難になる。
② 現 在 の 竹 島 周 辺 の 日 本 の EEZ で の 漁 業 活 動 の よ う に 、 中 断 の や む な き に 至 る 。
③ 海底資源の放棄に繋がる。
こうした様々な影響は、結果的に日本の領域の一部が実質的に占拠され、既成事実化した
北方四島や竹島のように「日本の独立が侵害され、権益の放棄」というまさに「基本的国
益の喪失」を招きかねないことを意味している。
3 . 離 島 及 び 海 洋 に 関 わ る 現行 法 制 の 安 全 保 障 上 の 問 題 点
現 在 ま で の 離 島 及 び 海 洋 に 関 わ る 法 制 ・ 諸 計 画 は 、 前 者 は 「 離 島 振 興 法 」、 後 者 は 「 海
洋基本法」が主体となり諸計画が策定され、必要な措置が進められている。これらについ
て、安全保障の観点から早急に改正を必要とする重要と思われる諸点は、以下の4点にま
とめられる。すなわち、
① 両 法 制 と も 外 部 か ら の 危 機 に 対 す る「 安 全 保 障 」と い う 視 点 が ほ ぼ 欠 落 し て い る こ と 、
また「武力事態対処法」とか「国民保護法制」との関連性が窺えないこと。
② 離島と海洋とは密接不離の関係にあるが、一体として捉まえた施策に乏しいこと。
③ 折角「国境離島」という概念を導入したが、利尻・礼文・奥尻、佐渡・隠岐・壱岐、
五島列島、小笠原諸島などの位置づけが曖昧、またどの程度まで無人島を指定するの
かが不明であること。
という3点が大変気になる点であり、
更に元外務事務次官村田良平氏がその著書で明らかにした、
④
特定海峡の領海3マイル(宗谷、津軽、大隅、対馬の東西の海峡中央部に公海部分を
残したこと)も将来禍根を残す問題といえる。
こ れ ら が 防 衛 上 の 問 題 で あ る 理 由 は 、端 的 に い え ば そ の ま ま 放 置 し 続 け れ ば 日 本 の 防 衛
そのものが成り立たないと考えるからである。
① に つ い て は 、 先 ず 「 国 境 離 島 」 が 日 本 防 衛 の 「 防 衛 線 」( 防 衛 の 最 前 線 で あ る こ と ) で
あ り 、同 時 に「 生 命 線 」( 島 民 の 生 命 の 万 全 を 図 る と 共 に 日 本 国 と し て 死 守 す べ き 最 終
56
DRC 年報 2009
ラ イ ン で あ る こ と )と い う 認 識 と 覚 悟 を 政 府 と 国 民 が 共 有 す る こ と が 基 本 で あ る こ と 。
但し、最近になって衆院法制局が対馬を主対象にした国境離島問題を解決するための
「 防 人 ( さ き も り ) の 島 新 法 」( 通 称 ) の 素 案 を 作 成 し て い る こ と は 、 将 来 の 抜 本 的 改
革の端緒となりえる朗報といえる。
② についての具体的施策の一例は、次3項で申し述べる。
③ 離島を軍事的に見た場合、周辺の海洋を支配し、また軍事侵攻基盤や補給中継点とし
ての価値が高く、彼我にとっての重要拠点となること。したがって、利尻や五島列島
も本土からの離隔距離に関係なく「国境離島」であり、対馬や先島諸島と同様に重視
する必要があること。
④ 昨 2008 年 に 中 国 の 潜 水 艦 が 津 軽 海 峡 を 潜 水 し た ま ま 通 過 し 、 日 本 国 内 を 震 撼 さ せ た 。
だが、中国から言わせれば国際法に基づく正当な権利を行使しただけで、何ら問題は
ないということになる。問題は、安全保障の鉄則を無視して何らかの理由(村田氏の
著書では、米軍の核搭載艦が「非核3原則」に抵触しないようにしたという)で公海
部分を残したこと。
以 上 要 す る に 、日 本 の 領 域 の 安 全 を 保 障 す る に は 、こ れ ま で 各 省 庁 が 断 片 的 に 制 定 し て
きた法律を総合的に見直し、必要ならば新たな法律をつくり、真に役立つ安全保障体制を
確立する外ないといえる。
4.危機事態対処の基本的考え方
○危機対処の基本目標
離 島 の 特 性 で あ る 隔 絶 性 、環 海 性 、狭 小 性 は 、安 全 保 障 面 か ら い え ば「 脆 弱 」で あ る こ
と を 意 味 す る 。本 来 、保 全 と は「 保 護 し て 安 全 で あ る よ う に す る こ と( 広 辞 苑 )」と 解 さ れ
る が 、保 護 の た め に は「 内 な る 充 実 」が 必 要 で あ り 、安 全 の た め に は 的 確 な「 外 へ の 対 応 」
が不可欠である。
「 内 な る 充 実 」は 、本 第 4 章 で 述 べ ら れ た こ と や 離 島 振 興 法 に 掲 げ ら れ る 振 興 策 の 具 現
により達成することができよう。
「 外 へ の 対 応 」は 外 部 か ら の 危 機 事 態 を 抑 止 、防 護 、排 除
して離島と海洋の安全を確保することであり、①離島の直接保全と②海洋を含む日本の領
域 全 般 の 保 全 、 の 両 面 か ら 達 成 す る こ と が 必 要 と な る 。 こ の 際 、「 海 洋 の 自 由 航 行 の 確 保 」
を除き日米同盟に頼ることなく、日本独力で臨む気構えと必要な体制を整備することが肝
要である。
以上のことからその基本目標は、
①離島の領域保全並びに島民の生命の保護と生活基盤の確保、
② 領 域 ( EEZ を 含 む ) に お け る 海 洋 の 安 全 と 国 家 主 権 の 堅 持 、
③危機事態の抑止、迅速な排除、
ということになる。
○危機対処のための基本方策
基 本 目 標 を 達 成 す る た め の 主 要 な 方 策 ― 多 く の 国 が 保 有 す る 不 可 欠 な も の で あ る が 、現
在のところ法律も実行体制の片鱗さえない―は、①平時からの領域防衛、②ネットワーク
システムの構築、③全体防衛(トータル・ディフェンス)の導入、ということになろう。
領域防衛(仮称)
現 在 平 時 に お け る 日 本 は 、海 上 保 安 庁 が そ の 僅 か な 船 舶 量 で 世 界 6 番 目 と な る 広 大 な 海
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域を巡視しているが、不審な外国船舶を漏らさず監視することは残念ながら覚束ない。と
ころが、海上自衛隊には海保と類似の役割はなく、艦艇は訓練や特別任務以外は基地に停
泊しているにすぎないし、陸上自衛隊にも役割は付与されていない。
日 本 政 府 は「 武 力 事 態 対 処 法 」で 平 時 と 有 事 を 明 確 に 区 分 し て い る が 、1 項 で 述 べ た よ
うに離島や海域への危機事態は明確に有事を判定できるような態様は少ない。事態の事前
の抑止や早期排除を基本目標とするならば、いわゆる平時から自衛隊に領域防衛の任務を
明確に付与しなければならないのである。この際、チョークポイントとなる海峡防衛に大
いに着目する必要があり、特定海峡の領海3マイルの見直しも検討すべきであろう。
ネットワークシステム
現 在 、離 島 と の 高 速 通 信 ネ ッ ト ワ ー ク 、航 路 整 備 等 が 整 備 さ れ つ つ あ る よ う だ が 、広 大
な海洋そして本土から離隔して点在する島々の安全保障に即応するには、更に危機対応の
ための各種のインフラ
各システムなど
―すなわち通信、情報、ライフライン、物資の備蓄、緊急輸送の
―を整備して、これらがネットワークとして相互連携されていることが
不可欠となる。警察、海保、自衛隊などの危機事態対応組織間ばかりでなく個別システム
相互間、船舶相互間、船舶と離島間、周辺の離島相互間、そしてこれらと中央統制システ
ムとのネットワーク化である。
全体防衛(トータル・ディフェンス)
平 時 か ら 実 施 す べ き 離 島 及 び 海 洋 の 保 全( 本 章 で は 、
「 領 域 防 衛 」と 仮 称 し て い る )は 、
警察・海保・自衛隊のみでその役割の全てを達成できるものではない。欧米の多くの国で
は 、領 域 防 衛 に お い て は 民 軍 協 力( CIMIC・・・ シ ビ リ ア ン ・ ミ リ タ リ ー ・ コ ー ポ レ ー シ
ョ ン )が 主 流 に な っ て い る 。す な わ ち 、軍 隊( 自 衛 隊 )、警 察 、海 保 の み で な く 、地 方 自 治
体 、住 民 、医 療 機 関 、消 防 、鉄 道・港 湾・空 港 、ラ イ フ ラ イ ン 関 係 企 業 、NPO な ど が そ れ
ぞれの能力に応じて役割を分担して領域防衛を全うする制度の整備に余念がない。特に、
ス ウ ェ ー デ ン で は「 全 体 防 衛( ト ー タ ル・デ ィ フ ェ ン ス )」と 呼 称 し 、数 年 前 か ら 国 防 省 の
全般統制下に治安維持から危機事態の抑止・排除・回復までの全てのプロセスが効率的に
機能するように確立されているという。
権限行使の曖昧性と極端な抑制の緩和
防 衛 力 の 行 使 に 関 わ る 法 制 は 、保 有 す る 防 衛 力 が「 張 り 子 の 寅 」に な ら ず に 、事 態 に 即
応しかつ国際的に許容される合理的な行使を可能にするように細大漏らさず再検討を必要
とする。現在の日本の領域主権への侵犯行為に対する権限行使は、犯人を拿捕または逮捕
する警察行為に準拠し、その使用の判断も個人に委ねられ、国家として敵性武装集団へ対
抗するという法体制として整備されていない。たとえば、工作船に対する武器使用につい
て い え ば 、1999 年 の 北 朝 鮮 不 審 船 取 り 逃 が し の 教 訓 か ら 海 上 保 安 庁 法 及 び 自 衛 隊 法 を 改 正
し、領海内なら不審船の乗組員を傷つけても刑事事犯を問わない「危害射撃」を認めるこ
と に な っ た が 、2001 年 の 奄 美 沖 工 作 船 対 処 の 武 器 使 用 で は 、巡 視 船 が 工 作 船 を 発 見 し た の
は領域外、このため漁業法違反による威嚇射撃のみを行い、事後工作船から射撃を受けた
ため「正当防衛」の武器使用に移行した。この様に、現行法制による武器の使用は、未だ
に極めて抑制されており、将来の領域防衛の足枷になることが心配される。
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DRC 年報 2009
敵地攻撃能力の整備
( 財 ) DRC 研 究 委 員
大串 康夫
1.弾道ミサイル脅威
わ が 国 周 辺 の 軍 事 情 勢 を 見 渡 せ ば 、 中 国 は 21 年 に も 亘 っ て 軍 事 力 の 増 強 に 奔 走 し て お
り、海空軍増強と西太平洋への覇権追求とともに、台湾・日本をターゲットにと推測され
る各種弾道ミサイル、核戦力の充実が著しい。また北朝鮮は平壌宣言、6者会談の申し合
わせにも拘わらず核兵器の開発と弾道ミサイルの増強を続けるばかりでなく、国際社会の
反 発 を も の と も せ ず 2009 年 4 月 に は 弾 道 ミ サ イ ル 発 射 を 行 い 、続 い て 5 月 に は 2 度 目 の 核
実験を実施した。これらは国際社会の平和と安定を大きく損なうものであるが、敵視政策
を顕わにする無頼国家と隣接する日本にとっては極めて深刻な正面脅威である。
とりわけ中国、北朝鮮などの核・ミサイル脅威に対する日本の防衛態勢は、平和憲法の
自 縄 自 縛 に よ る 「専 守 防 衛 」政 策 と し て 戦 略 爆 撃 機 や 攻 撃 型 空 母 だ け で は な く 弾 道 ミ サ イ ル
などの自主的な拒否力を有していない。このため敵の攻撃排除・拒否については全面的に
米軍の攻撃力に依存せざるを得ない状況にある。日本が自国防衛に有効な自主的対抗手段
を保有していないことは、相手に日本には恫喝が通用するという誤った認識を与え、日本
の防衛を不安定にしている。このことが力の背景を必要とする国際交渉の上で日本の外交
交渉の弱点となっている。
確かに日米安保条約に基づく米国のコミットメントと核の傘は、大きな抑止力になって
い る と 言 え る が 、本 来 、日 米 の 国 益 、優 先 度 は 本 来 、固 有 の 別 個 の も の で あ る と こ ろ か ら 、
日 米 の 国 家 政 策・戦 略 、防 衛 ・軍 事 戦 略 に は 当 然 に 差 異 、く い 違 い が 生 じ る こ と を 否 定 で き
ない。特に近年の国際社会における米国パワーの長期凋落傾向が顕在化している状況下に
あって、かつての強大な軍事力を背景に世界の警察官を自負していた米国のコミットメン
トの信頼性は低下し続けていると言って過言でない。
2.弾道ミサイル防衛
日 本 は 、 日 米 防 衛 協 力 に よ る 弾 道 ミ サ イ ル 防 衛 ( BMD) シ ス テ ム の 導 入 ・ 開 発 整 備 を 進
め て い る 。 し か し 、 BMD シ ス テ ム は 、 な お 、 改 良 途 上 に あ り 、 現 段 階 で は 撃 墜 を 十 分 に 保
障する状況に至っていない。また迎撃には有効でも防衛にしか使えず、相手のミサイル攻
撃 の 反 復 ・続 行 に 対 し て 有 効 な 抑 止 力 と は な ら な い と 言 っ た 防 護 シ ス テ ム 自 体 の 問 題 も あ
る 。 現 在 、 BMD シ ス テ ム 構 築 の 前 倒 し が 検 討 さ れ て い る が 、 北 朝 鮮 か ら の ミ サ イ ル が 極 め
て 短 時 間 に 日 本 に 到 達 す る 事 態 に お い て 、同 シ ス テ ム の 信 頼 性 向 上 と そ の 効 果 的 運 用 に は 、
なお、時日を要することを留意する必要がある。
ま た 今 後 、 海 自 イ ー ジ ス 艦 の SM-3 に よ る ミ ッ ド コ ー ス 迎 撃 と 空 自 高 射 部 隊 の PAC-3 に
よ る タ ー ミ ナ ル フ ェ ー ズ 迎 撃 に よ る 弾 道 ミ サ イ ル 防 衛( BMD)シ ス テ ム の 信 頼 性 が 高 ま っ て
も 、 ミ サ イ ル 攻 撃 か ら 防 護 で き る 地 域 は 極 め て 限 定 的 で あ る 。 BMD シ ス テ ム は 極 め て 高 価
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であり、限られた防衛予算では調達できる数量と配備地域には限界がある。ハリネズミの
ように日本全土をカバーすることは不可能で、多くの地方政経の中枢や日米の防衛施設は
ミサイル攻撃に晒されざるを得ない。
さらに近年の弾道ミサイル技術は、移動型、固体ロケット、多弾頭、弾道コース変更技
術など著しく発達している。遠距離の秘匿場所から奇襲的、かつ、多様な攻撃が可能とな
る時代にあって、日本は近隣の無頼国家の弾道ミサイルに対して地理的に近距離、かつ、
縦深性が浅く極めて脆弱な状況にある。
3.敵地攻撃能力の必要性
弾 道 ミ サ イ ル 防 衛 ( BMD) シ ス テ ム に よ る 抑 止 力 を 補 完 す る 能 動 的 な 対 応 策 と し て 、 弾
道ミサイルの策源地に対する攻撃能力を保有すべきである。元来、効果的な防衛力とは、
攻撃力も併せ持つ攻防のバランスの取れた体制、即ち敵側に攻撃すれば自国のバイタルな
重要施設も破壊される危険が伴うと認識させる体制に他ならない。従って敵地攻撃能力の
保有こそが、相手の攻撃意志を思い止まらせる有効な抑止力となる。
敵地攻撃能力の保有については、昭和31年、鳩山内閣において「急迫不正の侵害が行
われ、その手段としてわが国土に対し、誘導弾等による攻撃が行われた場合、座して自滅
を待つべしというのが憲法の趣旨とするところだとはどうしても考えられない。
( 中 略 )誘
導 弾 の 基 地 を た た く こ と は 法 理 的 に は 自 衛 の 範 囲 に 含 ま れ 、可 能 で あ る と い う べ き だ 。」と
いう統一見解を明らかにした。その後も防衛環境の変化に応じて何度か議論されたが、そ
の都度「他国を攻撃する兵器を持つことは憲法の趣旨ではなく専守防衛構想の見解に反す
る」として見送られ今日に至っている。
政府は長年に亘って「専守防衛とは、相手から武力攻撃を受けたときにはじめて防衛力
を行使し、その態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また保持する防衛力も自衛のた
めの必要最小限のものに限るなど、憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢をい
う 。」と し て い る が 、近 年 ま す ま す 核・ミ サ イ ル 脅 威 が 顕 在 化 す る 中 に あ っ て は 、被 害 甚 大
な攻撃を受けてからでは余りにも遅く、かつ、引き続く敵の攻撃を拒否しようにも対応で
きる防衛力が無いのでは国民防護の責任を全く果たせないと言わざるを得ない。
このように、弾道ミサイル脅威に対するわが国の防衛体制の不備は明らかである。これ
を是正するためには、弾道ミサイル防衛システムの整備とともに、策源地を含む敵地攻撃
能力の保有が不可欠である。相手方の重要防護目標を破壊できる敵地攻撃能力を保有する
ことによってこそ、弾道ミサイル防衛システムの効果が倍加し、敵の弾道ミサイル攻撃を
踏み止まらせる強い抑止力となると言えよう。
4.敵地攻撃能力の整備
北朝鮮の核・弾道ミサイル、中国の軍事力増強などの重大な防衛環境の変化と脅威の顕
在化に鑑み、敵地攻撃能力に関する態勢整備は正に焦眉の急である。現有の装備品を基礎
に整備可能なものから早期に着手しつつ、中長期に亘って段階的に充実すべきであろう。
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DRC 年報 2009
(1)現有航空機の対地攻撃能力の強化
① 支 援 戦 闘 機 F2 の 行 動 半 径 延 伸
② 要 撃 戦 闘 機 F15 の 空 対 地 攻 撃 機 能 、 航 空 制 圧 能 力 の 付 与
③ GPS 誘 導 爆 弾 ( JDAM)、 レ ー ザ ー 誘 導 爆 弾 ( LGB) な ど 精 密 誘 導 武 器 の 取 得
④ 空 中 警 戒 管 制 機 ( AWACS) 及 び 空 中 給 油 機 の 増 勢
(2)遠距離ミサイルの装備化
①水上艦・潜水艦への巡航ミサイル(トマホーク)の導入
② 航 空 機 発 射 誘 導 ミ サ イ ル ( JSOW) の 導 入
③長距離誘導弾の開発・装備化
(3)次世代戦闘機への更新促進
① F22 な ど の 最 新 鋭 次 期 戦 闘 機 の 導 入 促 進
②次世代戦闘機の開発・装備化
(4)情報機能の強化
わが国は、戦略・戦術情報に関して米軍への依存度が極めて高く独自の情報機能の整
備が遅れている。特に敵地攻撃を効果的に実施し目的を達成するためには、必要な情報
の収集・分析、伝達・保全機能の総合的な能力強化を図らねばならない。このため、敵
戦 力 の 重 心 と な る 指 揮 所 、ミ サ イ ル・航 空 基 地 、集 結 部 隊 を は じ め 重 要 目 標 の 所 在 位 置 、
対空火網、掩蔽・隠蔽、移動などの不断の情報収集態勢と分析評価体制の整備が不可欠
である。センサーとしての無人機や偵察衛星などの装備化による情報の収集力を拡充す
るとともに、情報の分析評価・伝達・保全能力に資源を投入して飛躍的な能力アップが
不可欠である。その上で日米共同の相互補完の実をさらに高めることができよう。
5.着意すべき事項
(1)日米の緊密な共同体制
これまでは、日米安保条約により、日本への攻撃に対する抑止力は米軍に全面的に依
存してきた。今後も多くを期待せざるを得ない。しかしながら、日米同盟の全体の流れ
は不均整性を縮小させる方向に動いており、特に極東における事態への対応において、
日本がより主導的に対応せざるを得ない事態が多くなると想定される。
2006 年 5 月 の 日 米 戦 略 協 議 の 合 意 に よ り 、両 国 は そ の 任 務・役 割 の 分 担 を 明 確 に す る
とともに、必要な能力を整備するとして日米防衛協力を一層、高度化する方針を明らか
に し て い る 。 今 回 2009 年 4 月 6 日 の 北 朝 鮮 テ ポ ド ン ミ サ イ ル 発 射 に 際 し て は 、 ミ サ イ
ル防衛における日米の緊密な情報・運用協力が実証された。策源地攻撃に関しても、両
国間での協力を一層高めることが望ましい。
また米国には、攻撃武器の整備促進や情報収集・分析能力の向上の他にも幅広い分野
について、十分な協力支援体制の構築を依頼して、日米協力の実を高めることが重要で
ある。
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(2)国民、国際社会への理解促進
敵 地 攻 撃 能 力 の 保 有・整 備 は 、こ れ ま で の 専 守 防 衛 政 策 か ら み れ ば 大 き な 変 化 で あ り 、
また、実現のためには多くの努力と経費が必要である。しかしながら、日本の誇りある
生存のためには必須のものであることを強調したい。種々の世論調査などからみて、国
民の北朝鮮弾道ミサイルなどへの危機意識も高まっているが、防衛力の現状は弾道ミサ
イルへの反撃能力もない状況である。政府は敵地攻撃能力の保有が、いわゆる先制攻撃
のためではなく、自衛力の向上を通じて脅威、敵の攻撃を抑止するためだという点につ
いて、国民の理解とともに、国際社会の理解を得るためにも十分な説明努力を行って施
策を進める必要がある
(3)敵地攻撃能力の実効性
日本を取り巻く国際的な緊張が高まる中にあって相手側が恫喝などの行動に出るよ
うな場合には、わが国は先ずは外交努力を尽くして平和的に制止を図ることになる。そ
して万が一、弾道ミサイルなどの攻撃が行われるとなれば主権国家固有の自衛権を断固
として行使し敵地攻撃を行う旨を繰り返し警告して、敵地攻撃能力保有による抑止効果
を発揮するべきである。
また日本への攻撃準備がなされていると判断される場合には、国連安保理をはじめ外
交ルートを通じて国際社会に訴えて制止を強く求めるとともに日米安保条約に基づき、
米国との意思の疎通と十分な協議調整の上、日米の作戦準備・防衛態勢を高めるととも
に敵地攻撃への発進態勢を整えて断固とした決断姿勢を示すことが必要である。
日本に向かってのミサイル発射が切迫した場合や武力攻撃そのものが生起した場合
の敵地攻撃の発動は、先制攻撃をも含めて、国内外の全般的な情勢判断を踏まえた政治
判断に委ねられるべきであるが、状況に即応できる意思決定体系の確立と段階的発動基
準 ( ROE) に つ い て 平 時 か ら 定 め て お く こ と が 肝 要 で あ ろ う 。
6.おわりに
古 来 、 国 家 の 軍 事 力 は 、「 槍 と 盾 」、 攻 撃 力 と 防 護 力 の バ ラ ン ス を 踏 ま え て 整 備 さ れ る も
のであって、どちらかの一方に偏った軍備はやがて国家の存亡を危うくした歴史を枚挙す
る に 暇 は な い 。我 が 国 の 防 衛 力 は 、第 2 次 世 界 大 戦 の 敗 戦 に よ る 軍 事 ア レ ル ギ ー と 平 和 憲
法による自縄自縛の縛りが強く、余りにも防護力のみに偏っている。近年の日本周辺の脅
威が顕在化しつつある軍事情勢の変化に鑑みて、我が国は、攻撃力を強化して攻防のバラ
ンスを図り抑止効果を高めることが焦眉の急であろう。
62
DRC 年報 2009
中国軍の兵器近代化と日本
( 財 ) DRC 研 究 委 員
江口
博保
中 国 軍 の 兵 器 は 、欧 米 諸 国 の 兵 器 に 比 し て 約 20 年ぐらい遅 れ て い る と は よ く 聞 く 評 価 で あ
る 。実 際 に 日 本 を 訪 問 し た 中 国 艦 艇 を 見 学 し て 、20 年 以 上 遅 れ て い る の で は な い か と の 海
上 自 衛 隊 の OB の 感 想 も 聞 こ え て い る 。勿 論 我 が 国 の 装 備 は 欧 米 並 み と い う 前 提 で あ ろ う か
ら 、 日 本 と 中 国 の 兵 器 の 技 術 格 差 は 20 年 ぐ ら い と い う こ と に な る 。
1 . 中 国 兵 器 は 20 年 遅 れ て い る の か
20 年 前 と い え ば 丁 度 平 成 元 年 ( 1989 年 )、 冷 戦 構 造 の 崩 壊 時 期 で あ る 。 こ の と き の 我 が
国 の 装 備 は 近 代 化 と い う 観 点 か ら は 微 妙 な 時 期 に 当 た る 。 陸 上 自 衛 隊 の 最 新 式 戦 車 は 90
年 に 制 式 化 さ れ て い る の で 91 年 か ら 配 備 が 始 ま っ て い る 。海 上 自 衛 隊 の イ ー ジ ス 艦 は こ れ
よ り 少 し 遅 れ て い る 。 航 空 自 衛 隊 の F-15 は 89 年 に は 既 に 120 機 程 度 が 配 備 さ れ て い る 。
自 衛 隊 に と っ て も 20 年 前 と い う の は 新 装 備 が 出 現 し た か 目 前 か の 微 妙 な 時 期 で あ っ た 。
代 表 的 な 兵 器 で 20 年 前 を 比 較 す る と 、 中 国 の 戦 車 で 89 年 に 確 認 さ れ た の は Type-88 で
あ る が 、125 ミリ砲 を 塔 載 し 、複 合 装 甲 を 施 し て い る 。日 本 の 90 戦 車 の 出 現 時 期 と 大 差 が な
く 、 の ち に 中 国 は Type98/99( 性 能 は 後 述 ) を 開 発 し て お り 、 あ ま り 差 は な い 。 海 軍 の 最
新 式 駆 逐 艦 広 州 ・ 蘭 州 は 『 ミ リ タ リ ・バ ラ ン ス 』 で は 2007 年 に 登 場 、 蘭 州 は 中 国 版 イ ー ジ
ス 艦 と 言 わ れ る ( 但 し 『 ミ リ タ リ ・バ ラ ン ス 』 は Aegis と 注 記 し て い な い )。 蘭 州 の イ ー ジ
ス の レ ベ ル が は っ き り し な い が 、20 年 前 に は 日 本 も ま だ イ ー ジ ス 艦 を 保 有 し て い な か っ た
こ と を 思 え ば 、 20 年 も 差 が あ る と は 思 え な い 。 空 軍 の 最 新 戦 闘 機 J-10( 殲 撃 -10) が 『 ミ
リ タ リ ・ バ ラ ン ス 』 で 確 認 さ れ た の は 2004 年 で あ り 、 ア メ リ カ の F-16 フ ァ イ テ ィ ン グ ・
フ ァ ル コ ン と 較 べ ら れ て い る 。日 本 が F-15 を 導 入 し た の は 80 年 代 半 ば だ か ら 20 年 近 い 差
が あ る 。 し か し 1984 年 に は Su-27 を 輸 入 し て い る か ら 装 備 能 力 上 の 差 は ほ と ん ど な い 。
結論的には、陸海空の主要3兵器の比較では戦車はほぼ同時期でレベルは小差、駆逐艦
は 10 数 年 、 要 撃 戦 闘 機 は 中 国 の 国 産 機 と は 20 年 だ が 輸 入 兵 器 を 含 め ば ほ と ん ど 差 は な い
と言えるのではなかろうか。かつて潜航したまま南西諸島を抜けてグアムの米軍事基地周
辺まで進出した中国の潜水艦は、騒音を撒き散らしていたと軽蔑の眼で見られたが、その
後、米空母機動部隊に対して魚雷発射可能位置まで発見されずに接近した潜水艦も存在す
る。差が大きいのは、上記のような火器のプラットフォームではなく情報・電子技術であ
って、情報と火力のシステム化がどの程度進んでいるかということであろう。
そ れ に し て も 20 年 は 差 が あ る と 安 心 し て い る と 、 い つ の 間 に か 追 い つ か れ 追 い 越 さ れ
るかもしれない。特に現状のように毎年防衛予算が削減されている情勢では、防衛産業の
能力も衰退して追いつかれる時期は意外に早いかもしれないと危惧する。
2.中国兵器の近代化の経緯と類型
中国兵器技術の源流はソ連との蜜月時代に大量に供与されたソ連製兵器である。ソ連と
のイデオロギー対立でソ連からの技術導入の道を断たれた中国は、ソ連製兵器のコピーを
63
生産しこれを開発途上国等に廉価で輸出し、あるいは供与・貸与し、生産を重ねることで
技術を習得していった。勿論この間にはソ連が中東諸国等に移出した兵器を隠密裏に取得
するなどして、技術の向上を図っている。
冷 戦 時 代 に は 、ソ 連 と の 仲 違 い と は い え 共 産 国 家 で あ る 中 国 に 対 す る 西 側 か ら の 輸 出 は
コ コ ム ( Coordinating Committee for Export Control to Communist Area) の 下 で 規 制 さ
れ て い た 。し か し 1979 年 の 米 中 国 交 正 常 化 を 経 て 、ア メ リ カ は ソ 連 へ の カ ウ ン タ ー バ ラ ン
スとして中国兵器の近代化に積極的姿勢を見せていた。しかし規制の対象から中国を外す
ことはせずに、欧州諸国も含めてココム規制スレスレに、また民需品を通じて兵器や兵器
技術が中国に提供され始めた。
そ こ へ 、1989 年 6 月 4 日 に 天 安 門 事 件 が 起 き て 状 況 は 一 変 し た 。ア メ リ カ は 中 国 に 制 裁
を 科 し 、 そ れ に 歩 調 を 合 わ せ る 形 で EU の 前 身 で あ る 欧 州 共 同 体 理 事 会 は 同 年 6 月 27 日 、
政 治 的 宣 言 と し て 対 中 兵 器 禁 輸 を 表 明 し た の で あ る 。天 安 門 事 件 の 衝 撃 が 遠 の く 2000 年 代
半ばには、欧州諸国の中にはドイツのシュレーダー政権やフランスのシラク政権を中心と
して、中国への兵器禁輸措置を解除すべきだとの意見が勢いを増し始めた。
し か し 、中 国 の 人 権 問 題 が 改 善 さ れ て い な い こ と を 重 視 す る 北 欧 諸 国 や ド イ ツ に 親 米 的
なメルケル政権が誕生したことと最も強硬なアメリカの反対などで、今日に至っている。
欧 米 兵 器 の 魅 力 を 知 っ た 中 国 は EU に 対 中 兵 器 禁 輸 措 置 解 除 を 働 き か け る と と も に 、冷 戦
終結によってロシアとの関係修復に成功してロシアから兵器及び兵器技術を盛んに導入し
た。それでもロシア兵器は欧米の一流の兵器に較べると情報・電子技術などの分野で追い
ついていない面があり、しかも長大な国境を接することの警戒心もあってロシアは最新の
技術を中国に提供することには特に軍が反対していた。一方、中国はロシアの兵器をすぐ
さ ま コ ピ ー 生 産 し て 中 東・ア フ リ カ・中 南 米 諸 国 に 安 く 売 り つ け る の で 、ロ シ ア と し て は 、
やや性能の劣る兵器をロシア名で売られることによるイメージ低下が悩みの種であった。
そ の よ う な 情 勢 の 中 で 中 国 は EU に 働 き か け を 続 け 、 EU 側 も 対 中 兵 器 禁 輸 措 置 に 法 的 拘
束 力 が な か っ た た め に 、 実 際 に は 中 国 へ の 兵 器 輸 出 が 行 わ れ た ( 表 -7 参 照 )。
輸入に一切頼らず完全に国産化したと思われる兵器分野は弾道ミサイルである。次に例
えばエンジンなど兵器の特定部分を輸入に頼っているが、自力で国産化を進めた兵器分野
は戦車、装甲車、自走砲などの陸戦用の兵器である。潜水艦、駆逐艦・フリゲート及び戦
闘機(要撃機・攻撃機)などは、大量生産によってある領域までは到達したものの特定の
技術領域を克服することができずそれをロシア兵器の輸入に求め、その結果一段と国産化
能力を向上させることができたように思われる。
そうかと思うと、ある時期までは国産化の追及に努力してはみたがモノにならず、やむ
を得ずおおむね輸入に依存しているのが地対空ミサイルシステム、対戦車ミサイル、空対
空ミサイル・空対地ミサイルなどである。最後に残ったのが国産化に努力はしているがほ
とんど輸入に依存している兵器分野が、ヘリコプター、大型航空機(これは輸送機だけで
はなく電子機器を搭載する空中警戒管制機、電子戦機、哨戒機などを含む)である。
近代化のレベルとは国産化の能力を指すのか、現有兵器の能力で評価するのか、二通り
の考えがある。それは読者の判断に任せるとして、ここでは軍事的統計資料から抜粋して
作成した表を中心に近代化の実態をみることにする。
3.国産化に成功したとみられる兵器
64
DRC 年報 2009
表 -1 は 、中 国 の 弾 道 ミ サ イ ル の 発 達 の 実 態 を 表 し て い る 。こ れ ら は 全 て が 国 産 で あ り 、
部品等については承知していないが、ほぼ純国産と言ってもよいであろう。
弾道ミサイルの近代化の推移
表1
種
別
大陸間弾道
ミサイル
型
式
88 年
95 年
02 年
08 年
数量
数量
数量
数量
ミサイル
潜水艦発射
弾道ミサイル
考
東 風 5A (CSS-4)
20
射 程 13,000Km
(液)
東 風 4 A( CSS-3)
20
射程
5,470Km
(液)
6
射程
8,000Km
(固)
射 程 12,000Km
(液)
射程
(液)
射 程 2、500Km
(固)
射 程 4,700Km
(液)
射 程 2,500Km
(液)
射 程 1,250Km
(液)
東 風 31( CSS-9)
東 風 5 ( CSS-4)
8
2
7
東 風 3A( CSS-2)
中距離弾道
備
東 風 21( CSS-5)
24
32
2
10
60
33
20
東 風 4 ( CSS-3)
4
10
東 風 3 ( CSS-2)
60
60
東 風 2 (CSS-1)
50
巨 浪 2 (CSS-NX-4)
巨 浪 1 ( CSS-N-3)
12
12
12
12
射 程 8,000Km、 ( 固 )
12
射 程 2,150Km、 ( 固 )
註 1:東 風 4 号 は 射 程 の 関 係 で 当 初 は 中 距 離 ミ サ イ ル の 位 置 付 け で あ っ た が 、後 に 大 陸 間 弾
道ミサイルと位置付けられた。
2:備考欄の(固)は固体燃料、(液)は液体燃料を表す。
( 暦 年 の 『 ミ リ タ リ ー ・ バ ラ ン ス 』 を 基 に 筆 者 作 成 。)
この表の見方は、兵器は古いものが下に、新しいものが上に並べてある。数量の欄にお
いて数字が左下即ち旧式兵器を表す数字から、右上の最近の最新兵器へと右肩上がりにつ
な が っ て い く の が 近 代 化 の 理 想 的 な 姿 と 言 え る ( 表 -7 を 除 き 以 下 の 各 表 も 同 じ )。
中 国 の 弾 道 ミ サ イ ル の ル ー ツ は 、 ソ 連 か ら 提 供 さ れ た ド イ ツ の V− 2 ミ サ イ ル の コ ピ ー
で あ る R-1 ミ サ イ ル ( 射 程 270Km) で あ る 。 更 に ソ 連 か ら R-2 ミ サ イ ル を 受 領 し こ の コ ピ
ー 生 産 か ら ミ サ イ ル の 開 発 が 始 ま っ た 。 や が て 中 ソ 対 立 に よ り 自 力 開 発 が 始 ま っ た 。 1960
年 に 東 風 1 号( DF1)の 試 射 に 引 き 続 き 、64 年 に そ の 改 良 型 で 沖 縄 の 米 軍 基 地( 日 本 本 土 )
を 狙 う 射 程 1,250Km の 東 風 2 号( DF2)が 核 弾 頭 搭 載 ミ サ イ ル と し て 初 発 射 に 成 功 し た 。次
に東風2号では保存できなかった燃料を保存可能燃料方式に改良した東風3号を開発して
1969 年 に 実 戦 配 備 し 、フ ィ リ ピ ン の 米 軍 基 地 を 射 程 に 収 め た 。70 年 に は 、グ ァ ム 島 の 米 軍
基地を射程下に収める東風4号で人工衛星の打ち上げに成功し、培われたミサイル開発技
術 に 慣 性 航 法 装 置 を 組 み 合 わ せ て 本 格 的 ICBM と し て 完 成 し た の が 東 風 5 号 で あ る 。
1960 年 代 か ら 液 体 燃 料 の 欠 点 を 補 う た め 、潜 水 艦 発 射 の 巨 浪 1 号 の 開 発 を 契 機 に 固 体 燃
料 ロ ケ ッ ト の 開 発 に 着 手 し 、80 年 代 の 初 め に は 戦 域・戦 術 弾 道 ミ サ イ ル の 開 発 に 着 手 し た 。
冷戦期においては通常兵器の開発に優先して弾道ミサイルの開発が行われた。その成果
が 2000 年 代 に 結 実 し て 、 遂 に 米 本 土 を 射 程 内 に 収 め る 域 に 到 達 す る こ と に な っ た 。
65
4.部分的輸入品があるが大部分国産の兵器
表 -2 は 主 要 な 戦 闘 車 両 の 近 代 化 を 表 し て い る 。
戦闘車両の近代化の推移
表2
種
別
88 年
94 年
01 年
08 年
数 量
数 量
数 量
数 量
80
160
主 砲 125 ミリ
Type-96
800
1,200
主 砲 125 ミリ
Type-88A/B
900
1.000
主 砲 125 ミリ
型
式
Type-98A/99
主力戦車
性
能
等
(この中間の品目、数量は省略)
Type-59
装甲
戦闘車
6,000
6,000
5,000
5,000
主 砲 100 ミリ原 型 T-54
WZ-501 Type-86A
〇
800
1,000
73 ミリ砲、HJ-73、原型 BMP-1
WZ-551
○
600
600
25 ミリ機 関 砲 ( 装 輪 )
WZ-523
○
100
100
12.7 ミリ機 銃 ( 装 輪 )
500
500
500
500
Type-89( 122 ㎜ )
自走
榴弾砲
Type-83( 152 ㎜ )
〇
〇
Type-85( 122 ㎜ )
○
○
原型(ソ)D-30、車体 YW-534
Type-70( 122 ㎜ )
Type-54( 122 ㎜ )
200
○
200
原 型 (ソ)M-1938
車体は YW-531 装甲車
○
註:〇は存在するが数量が不明なものを表す。以下の表も全て共通。
( 暦 年 の 『 ミ リ タ リ ー ・ バ ラ ン ス 』 を 基 に 筆 者 作 成 。)
中 国 に と っ て の 初 の 国 産 主 力 戦 車 で あ る 59 式 戦 車 は 、 中 ソ の 国 交 が 断 絶 す る 前 に ソ 連
が 供 与 し た T-54 の 部 分 品 の ノ ッ ク ダ ウ ン 生 産 で 、の ち に 各 種 部 品 も ラ イ セ ン ス 生 産 で 量 産
された。その後ソ連とのパイプが切れたが、中東諸国や友好国(ルーマニアと思われる)
を 通 じ て ソ 連 の T-55 や T-62 の 技 術 資 料 を 入 手 し 、こ れ を 基 に 69 式 戦 車 を 開 発( 表 か ら は
省 略 )、 80 式 、 88 式 と 改 良 を 重 ね 、 ほ ぼ 西 側 諸 国 の 戦 車 に 近 い 機 能 を 保 有 し た と 思 わ れ る
96 式 戦 車 、 更 に は 98 式 戦 車 に 改 良 を 加 え た 99 式 戦 車 に 到 達 し た 。
99 式 戦 車 は 砲 塔 正 面 装 甲 の 防 御 力 の 強 化 と 中 国 の 道 路 イ ン フ ラ で の 運 用 の 可 能 性 お よ
び射撃統制装置や暗視装置の信頼性の改善などが目標とされた。装甲防護能力向上として
は砲塔前部に楔型の増加装甲が取り付けられて外見上の顕著な特徴となり、車体前面と砲
塔側面の籠状ラックにも爆発反応装甲が装着され、成型炸薬弾と徹甲弾双方に対する防御
効 果 を 有 し て い る 。 搭 載 エ ン ジ ン で あ る 150HB エ ン ジ ン も タ ー ボ チ ャ ー ジ に よ る 出 力 強 化
( 1,200HP→ 1,500HP) を 施 し た 改 良 型 に 変 更 さ れ 、 重 量 増 加 に も 拘 ら ず 最 高 速 度 80km/h
を確保した。暗視装置は、フランスの技術支援の元で開発した第二世代の赤外線暗視装置
に 換 装 さ れ 、 暗 視 シ ス テ ム は 熱 線 映 像 式 で 目 標 の 有 効 識 別 距 離 は 125mm 滑 空 砲 の 最 大 有 効
射 程 を 上 回 る 3,100m、 最 大 探 知 距 離 は 7,000∼ 9,000m に 達 し 、 有 視 界 が 100m を 切 る 劣 悪
な 気 象 条 件 下 で も 4,100m の 探 知 距 離 を 確 保 し て い る 。戦 場 で の 情 報 化 の 流 れ を 受 け て 、戦
場 情 報 シ ス テ ム の 導 入 が 行 わ れ 、 衛 星 航 法 装 置 ( GPS/GLONSS)、 通 信 シ ス テ ム 、 観 測 装 置 、
計算機などにより構成されており、データリンクによる部隊間での情報共有を可能とし、
66
DRC 年報 2009
指揮官の戦場情報の掌握度を高め、作戦効率を大幅に改善する効果がある。これらの改善
の全てが中国独自の技術で行われたとは言い難いが、戦車に関しては概ね欧米諸国の技術
水準に達しているのではないかと考える。
戦車に較べれば、装甲戦闘車や自走榴弾砲の近代化は遅れている。
真 に 装 甲 戦 闘 車 と い え る の は 、ロ シ ア の BMP-1 の コ ピ ー で あ る WZ-501( 73 ミリ低 反 動 砲 、
ロ シ ア 製 対 戦 車 ミ サ イ ル AT-3 サ ガ ー 〈 中 国 名 HJ-73〉 を 装 備 ) の み で あ る 。
自 走 砲 は 旧 式 で 、 野 戦 砲 を 装 甲 車 の 車 体 に 乗 せ た 程 度 の も の で あ る 。 表 -7 に 出 て く る
自 走 砲 PZL-45 は 1988 年 に 試 作 車 が 公 開 さ れ 、 ク ウ ェ ー ト に も 輸 出 さ れ 中 国 軍 も 装 備 し て
い る と い う 情 報 は あ る が 、『 ミ リ タ リ ・バ ラ ン ス 』に は 確 認 さ れ て い な い 。ソ 連 系 の 装 備 に
は 珍 し く 155 ミリ砲 を 塔 載 し 半 自 動 装 填 装 置 が 装 備 さ れ て い る 。
ヘリコプターや地対空ミサイルなどを除く伝統的な陸上装備は一応国産である。
5.ロシア兵器の輸入により技術力を高めた兵器
この項では、国産兵器の製造に努力したが技術的能力の限界に達し、ロシア製兵器を輸
入することにより能力を一段高めたと思われる兵器について実態を提示する。
(1)潜水艦の近代化
表 -4 は 潜 水 艦 の 近 代 化 を 表 し て い る 。 中 間 に ロ シ ア の キ ロ 級 潜 水 艦 が 導 入 さ れ て い る
ことに注目して欲しい。
潜水艦の近代化の推移
表−4
種
別
型
式
88 年
数量
攻撃型原潜
(SSN)
巡航ミサイル
(SSG)
94 年
01 年
08 年
数量
数量
数量
商 ( Shang) 級
(SSK)
2
魚雷
載
兵
漢 ( Han ) 級
3
5
5
4
SSM(YJ-82)、 魚 雷
明 ( Ming ) 級 改
3
1
1
1
SSM(YJ-6)、 魚 雷
2
魚雷
元 ( Yuan) 級
通常動力型
搭
器
宋 ( Song ) 級
3
13
ASSM(YJ-8-2)、 魚 雷
Kilo 級 ( 636 型 )
2
12
ASCM(SS-N-27)、 魚 雷
Kilo 級 ( 877 型 )
1
2
3
10
16
19
魚雷
Romeo 級
84
33
35
8
魚雷
Whiskey
20
明 ( Ming ) 改 級
魚雷
魚雷
(暦年の『ミリタリー・バランス』を基に筆者作成)
1959 年 の 中 ソ 海 軍 技 術 引 渡 し 協 定 に お い て 、中 国 は ロ メ オ 級 の 通 常 型 潜 水 艦 と そ の 技 術
を 入 手 し た 。中 国 は ロ メ オ 級 を 以 後 87 年 ご ろ ま で 大 き な 設 計 変 更 を す る こ と な く 、延 々 20
年 に わ た っ て( 最 初 の 艦 が 完 成 し た の は 69 年 )100 隻 近 く が 建 造 さ れ た( 明 級 は ロ メ オ 級
の 中 国 版 と 思 わ れ る )。そ の 後 原 子 力 潜 水 艦 漢 級 や 夏 級 も 建 造 さ れ た が 故 障 が 多 く 、静 粛 性
67
に 欠 け て い た 。そ こ で ロ シ ア か ら キ ロ 級 通 常 型 潜 水 艦 を 93 年 に 発 注 す る と と も に 、宋( Song
ソン) 級 デ ィ ー ゼ ル 推 進 潜 水 艦 の 建 造 を 開 始 し た 。 キ ロ 級 潜 水 艦 は ロ シ ア の 数 少 な い 商 品 価
値の高い輸出品であり、その後に完成した原子力潜水艦の商級及び晋級、通常動力型の宋
級及び元級は、キロ級の技術の習得の結果と思われる静粛性にも優れた潜水艦である。
(2)駆逐艦の近代化
表 -5 は 駆 逐 艦 の 近 代 化 を 表 し て い る 。 中 間 に 存 在 す る 杭 州 (Hangzhou)級 ( 実 は ロ シ ア の
ソブレメンヌイ級)駆逐艦が導入されていることに注目して欲しい。
駆逐艦近代化の推移
表 -5
種
別
型
式
88 年
94 年
01 年
08 年
性
能
等
数量 数量 数量 数量
駆逐艦
旅 州 (Luzhou)
2
SSM(YJ-83)、 Grumble SAM
広 州 (Gangzhou)
2
SSM(YJ-83)、 Grizzly SAM、 hel
蘭 州 (Rangzhou)
2
SSM(YJ-62)、 HHQ-9SP SAM(VLS)、 hel
杭 州 (Hangzhou)
2
4
SSM(SS-N-22)、 Gadfly SAM、 hel
旅 海 (Luhai)
1
1
SSM(YJ-8)、 Crotale SAM、hel
旅 大 (Luda)Ⅲ
1
1
SSM(YJ-8)
旅 滬 (Luhu)
1
2
2
SSM(YJ-8)、 Crotale SAM、hel
旅 大 (Luda)改
2
2
4
SSM(HY-1)、 Z-9C hel
15
13
10
旅 大 (Luda)
16
Anshan
2
SSM(HY-2)
SSM(HY-2) (ソ 連 Gordy)
註 : 艦 艇 塔 載 ヘ リ コ プ タ ー は 、 Ka-28、Z-9A、 Z-9C の 各 対 潜 ヘ リ で あ る 。
(暦年の『ミリタリー・バランス』を基に筆者作成)
1957 年 の 中 ソ 海 軍 技 術 引 渡 し 協 定 に よ り 、中 国 は コ ト リ ン 級 と 呼 ば れ た 駆 逐 艦 と そ の 技
術 を 入 手 し た 。中 国 は こ れ を 基 に 独 自 に 設 計 変 更 を 行 っ て 、旅 大( Luda)級 と し て 68 年 か
ら 建 造 に 着 手 し て 16 隻 を 完 成 し た 。 そ の 後 旅 大 改 、 旅 大 Ⅲ 、 旅 滬 (Luhu)、 旅 海 (Luhai)を
建造したが、結果は思わしくなかったようで少数に止まっている。そこへロシアのソブレ
メンヌイが輸入された。ソブレメンヌイの特徴は米空母機動部隊に対抗するために開発さ
れたとする対艦ミサイルサンバーンを搭載していることである。
サ ン バ ー ン は 射 程 120Km、 ラ ム ジ ェ ッ ト 推 進 、 マ ッ ハ 2.5 の ス ピ ー ド で 巡 航 高 度 は 20m
であるが、海面上を7m の超低空で飛行できる。アクティブ・レーダー・ホーミング方式
であるが、電磁波にもホーミング可能と言われている。終末段階で回避運動を実施し、効
果的な対策を講じていない他の海軍にとっては厄介な兵器であるといわれる。
中国はその後、中国版ステルス艦といわれる広州級、中国版イージス艦といわれる蘭州
級 及 び 旅 州 級 を 矢 継 ぎ 早 に 送 り 出 し て い る が 、 こ れ ら は 06 年 に 登 場 し た 江 凱 ( Jiangkai )
級ミサイルフリゲートを含めて、いずれもソブレメンヌイ級から習得した技術が取り込ま
れてのことと思われる。ただしミサイルの射程に応じた遠距離の目標を正確に把握し、そ
の情報が正しく伝わり、射撃諸元が正確に算定されるという、トータルシステムの技術が
68
DRC 年報 2009
どこまでロシアから中国へ提供されたか否かについては不明のようである。
(3)要撃戦闘機の近代化
表 -6 は 要 撃 戦 闘 機 の 近 代 化 を 表 し て い る 。 中 間 に ロ シ ア の Su-27、 Su-27UBK が 導 入 さ
れていることに注目して欲しい。
要撃戦闘機の近代化の推移
表−6
種
別
型
式
88 年
94 年
01 年
08 年
数量
数量
数量
数量
J-10( 殲 撃 )
84
J-8B/D/E/F/H
要撃
戦闘機
234
352
J-8Ⅱ A
40
68
J-7E/G
200
192
J-7Ⅱ/ⅡA/ⅡH/ⅡM
374
288
Su-27UBK
Su-27
4
20
22
70
原
型
等
純国産機といわれる
ロシア製(複座)
116
ロシア製
J-8( 殲 撃 )
30
100
32
MiG-21 の 発 展 型
J-7( 殲 撃 )
250
500
24
MiG-21
J-6( 殲 撃 )
3,000
3,000
MiG-19
J-5( 殲 撃 )
400
400
MiG-17
(暦年の『ミリタリー・バランス』を基に筆者作成)
2000 年 頃 ま で の 要 撃 戦 闘 機 は 、 MiG-17 の ラ イ セ ン ス 生 産 版 で あ る J-5 、 MiG-19 か ら の
J-6 及 び MiG-21 か ら の J-7 が 大 半 を 占 め て お り 、 こ れ ら は 第 1 、 2 世 代 機 で あ る 西 側 の
F-86 ま た は F-104 に 相 当 す る と い わ れ て い る 。J-7( 殲 撃 7 )は 1961 年 頃 に MiG-21 の 設
計図を提供されてライセンス生産の準備に入ったところから始まるが、中ソ対立で自力開
発 を 余 儀 な く さ れ た 。 そ の 結 果 66 年 に 初 号 機 が 完 成 し た が 信 頼 性 は む し ろ MiG-19 の ラ イ
セ ン ス 版 J-6 の ほ う が 勝 っ て い た 。そ こ で J-7 の 発 展 型 が 模 索 さ れ て 出 現 し た の が J-8 で
あ り 、 F-4 並 み の 第 3 世 代 機 と 言 わ れ た が 生 産 開 始 は 1988 年 と 遅 れ た 。
そ こ で 導 入 さ れ た の が 機 動 性 に お い て 国 際 的 評 価 が 高 か っ た ロ シ ア 製 の Su-27 で あ る 。
中 国 は そ の 後 J-10( 殲 撃 10)と い う F-16 に 似 た( 中 国 は パ キ ス タ ン か ら F-16 を 入 手 し た
と い わ れ る )、性 能 も 対 比 さ れ る 戦 闘 機 を 開 発 し た 。中 国 は こ れ を 中 国 技 術 が 欧 米 の 技 術 と
肩を並べたと自賛しているが、どこまでが国産技術なのかは不明のようである。
6.中国国産兵器に取り込まれた輸入品
表 -7 は 中 国 が 国 産 と 称 す る 主 要 兵 器 に 組 み 込 ま れ た 欧 米 諸 国 か ら の 輸 入 品 で あ る 。
中国の場合は国産兵器といえども要所には外国からの輸入品が組み込まれている。欧米
諸 国 の 一 流 主 力 戦 車 に ほ と ん ど 引 け を 取 ら な い と い わ れ た Type-98/99 主 力 戦 車 、最 新 鋭 と
言 わ れ た 潜 水 艦 や 駆 逐 艦 、国 産 技 術 の 勝 利 宣 言 ? を 行 な っ た 戦 闘 機 J-10 も 、そ の 原 動 力 で
あ る エ ン ジ ン の ほ と ん ど が 輸 入 で あ る と い う 状 況 を『 ミ リ タ リ ・バ ラ ン ス 』や『 SIPRI 年 鑑 』
69
は数字で表している。また、搭載兵器の能力を左右するレーダーやソナーなどもかなりの
部分を輸入に依存していることが分かる。
表−7
輸入元国
イタリヤ
兵器の主要構成品の輸入状況
品
目
射 撃 管 制 レーダー
型
式
年度
Orion
数量
用
途
水 上 艦 艇 搭 載 40 ミリ機 関 砲 用
91-01
17
MTU-883
BF-12L413
98-05
96-05
160
50
BF-8L
82-05
3,900
MTU-1163
94-05
14
MTU-493
99
4
1は宋級潜水艦用
MTU-396
01-05
40
11 は 宋 級 潜 水 艦 用
射 撃 管 制 レーダー
Caster-2B
94-02
14
駆 逐 艦 ・ フリゲートの SAM 用
捜 索 レーダー
DRBV-15
87-99
6
各種駆逐艦用
水中探知機
DUBV-23
91-99
7
各種駆逐艦用
ディーゼルエンジン PA-6
04-05
8
ミサイルフリゲート用
97-05
66
1994
2
旅 滬 (Luhu)級 駆 逐 艦 用
96-99
4
旅 滬 (Luhu)、 旅 滬 (Luhu)用
04-05
8
広州・蘭州級駆逐艦用
01-05
74
04
8
RTN-20S
ドイツ
フランス
ディーゼルエンジン
イギリス
アメリカ
ターボファン
Spey
ガスタービン
LM-2500
ウクライナ
ガスタービン
DT-59
ロシア
ターボファン
AL-31FN
射 撃 管 制 レーダー
MR-90
Type-98/99 主 力 戦 車 用
自 走 砲 PZL-45
各種装甲車用
駆逐艦(広州・蘭州等)
戦闘機用
J-10( 殲 撃 10) 用
広 州 ・ 蘭 州 塔 載 SAM 用
註 1 : 自 走 砲 PZL-45 は 、『 ミ リ タ リ ・バ ラ ン ス 』 は 確 認 し て い な い 。
2 : 各 種 駆 逐 艦 と あ る の は 、 旅 大 ( 改 、 Ⅲ を 含 む )、 旅 滬 、 旅 海 で あ る 。
( 暦 年 の 『 SIPRI』 年 鑑 か ら 抜 粋 し て 筆 者 作 成 )
7.現状における輸入兵器への依存
この項では、ある時期まではソ連兵器のコピー生産等により、国産化への努力を継続し
たものの、限界に達したのか輸入に依存しつつある兵器について述べる。
表 -8 は 地 対 空 ミ サ イ ル の 近 代 化 の 状 況 を 表 し て い る が 、 1990 年 代 ま で は ほ と ん ど 国 産
で あ っ た も の が 90 年 代 の 末 期 か ら 輸 入 が 増 加 し て い る 。こ れ と 同 じ よ う な 傾 向 を た ど っ て
いるのが対戦車ミサイルや航空機塔載の空対空・空対地ミサイルに見られる。勿論全く国
産化を諦めたとはいえず、国産化に努力しているのは事実のようである。
地 上 発 射 式 の 地 対 空 ミ サ イ ル の 原 型 は 、1960 年 代 の ソ 連 を 代 表 す る 地 対 空 ミ サ イ ル で あ
る SA-2( ガ イ ド ラ イ ン ) で あ る 。 射 程 は 30Km( 改 良 型 は 40Km の も の も あ る ) で 中 ソ 同 盟
時 代 の 末 期 の 1959 年 に HQ-1 の 名 称 で ラ イ セ ン ス 生 産 の 予 定 で あ っ た が 、 中 ソ 対 立 に よ る
ソ 連 の 撤 退 で 、 中 国 は こ れ を 基 に 苦 心 の 末 作 成 し 、 HQ-2 へ と 引 き 継 が れ た 。
70
DRC 年報 2009
地対空ミサイルの近代化の推移
表−8
種
別
型
式
88 年
94 年
01 年
08 年
数 量
数 量
数 量
数 量
36
60
陸
射 程 25km、 2 目 標 同 時
144
144
空
SA-10C/D グラディエーター
120
850
空
SA-10B/C グランブル
72
24
空
260
260
陸
200・ 空 軍 60
SA-15(Tor-M1)
S-300PMU2
地対空
ミサイル
S-300PMU1
○
HQ-9
HQ-7/7 A
性
能
等
HQ-61/A
○
○
○
24
陸
二連装自走式
HQ-2/2B/2 J
○
○
500
500
空
SA-2ガイドライン派生型
注:空軍の対空戦闘部隊が装備する兵器を含んでいる。
( 暦 年 の 『 ミ リ タ リ ー ・ バ ラ ン ス 』 を 基 に 筆 者 作 成 。)
そ の 後 HQ シ リ ー ズ の 製 作 を 継 続 し た が 、 中 ロ 提 携 時 代 を 迎 え た 1994 年 、 ロ シ ア の
「 S-300」と 称 さ れ る 対 戦 術 弾 道 ミ サ イ ル を 発 注 し た 。
「 S-300」は 、ロ シ ア が 米 国 の パ ト リ
オットシステムよりも高性能と豪語する戦術弾道ミサイルの迎撃ミサイルシステムであり、
対 航 空 機 用 の「 SA-10 グ ラ ン ブ ル 」と 対 ミ サ イ ル 用 の「 SA-12 グ ラ デ ィ エ ー タ ー 」に 分 か れ
る。
陸 軍 は 更 に ロ シ ア 製 の 「 SA-15(Tor-M1)」 を 導 入 し 逐 次 増 加 し て い る 。 装 軌 車 両 に 3 次
元 捜 索 レ ー ダ ー ( パ ル ス ・ ド ッ プ ラ -式 、 有 効 探 知 距 離 25km) 、 目 標 追 尾 ・ ミ サ イ ル 誘 導
用 レ ー ダ ー( フ ェ -ズ ド ・ア レ イ 式 、有 効 距 離 25km、2 目 標 同 時 追 尾 可 能 )及 び 射 撃 統 制 装
置 と と も に ミ サ イ ル 8 基 が 搭 載 さ れ て い る 。 射 程 は 12km で あ る 。
8.全面的に輸入に依存している兵器
最後に提示するのは国産化の意志がないのかどうかは分からないが、当初からほぼ全面
的に輸入に頼っている兵器について述べる。
表 -9 に 示 す ヘ リ コ プ タ ー が そ の 代 表 的 な も の で あ る が 、 他 に は 大 型 航 空 機 ( こ れ は 輸
送機だけではなく電子機器を搭載する空中警戒管制機、電子戦機、哨戒機などを含む)が
これに該当する。
攻 撃 ヘ リ コ プ タ ー と 汎 用 ヘ リ コ プ タ ー に は WZ-9 や Z-11 な ど 中 国 兵 器 の 型 式 番 号 が 付 せ
られたものがあるが、これには全て原型がありライセンス生産または最終組み立てが中国
企業という種類のものであり、今日までの状況では国産といえるヘリコプターはないよう
で あ る 。 輸 入 先 は ロ シ ア ( 大 型 主 体 )、 フ ラ ン ス 、 ア メ リ カ ( 中 型 ・ 小 型 主 体 ) が 主 体 で 、
もともと民間用に開発されたものを軍用に転換したものもある。
日本から違法に輸出されたヤマハ発動機社製の無人ヘリコプターが、原型(塗装も)の
ままで運用されていたというニュースもあった。
表−8
ヘリコプターの近代化の推移
71
種
別
攻撃ヘリ
型
式
88 年
94 年
01 年
08 年
数量
数量
数量
数量
30
48
8
8
30
53
4
4
4
空
アメリカ製
6
6
6
空
欧州協同
WZ-9
SA-342 Gazelle
8
Z-11
Bell 214
汎用ヘリ
AS-332(Super Puma)
○
SA-316(AlouetteⅢ )
○
Z-9A/B
○
80
Z-5/6
○
200
6
80
輸送ヘリ
陸
フランス製
陸 (AS-550)
国際協同
フランス製
陸 ・ 空 (AS-565) 国 際 協 同
ロシア製
4
陸
ロシア製
105
95
陸
ロシア製
22
19
陸 ( UH-60) ア メ リ カ 製
S-70C2
20
S-70
24
Mi-17 (Hip)
28
23
40
Mi-8 (Hip)
55
82
108
3
3
Mi-6 (Hook)
等
陸 (AS-565)フ ラ ン ス 製
陸・空
80
型
空 ( Mi-4)
Mi-26 Halo
Mi-171 (Hip)
原
陸 ( UH-60) ア メ リ カ 製
陸
ロシア製
陸 ・海 ・空
陸
ロシア製
ロシア製
注:捜索・救難及び対潜ヘリは同様の傾向を示しているので省略した。
(暦年の『ミリタリー・バランス』を基に筆者作成)
むすび
以上具体的な技術には言及していないが、中国の兵器の保有状況の推移とその主要な構
成品を含む輸入の実態から中国の兵器の近代化のレベルを概観した。
近代化のレベルを国産能力という点から見れば、純国産と言えるであろう兵器は弾道ミ
サイルだけのようである。欧米に匹敵する能力と思われる主力戦車もエンジンはドイツ製
であり、その他の主力兵器にしても必ずと言ってよいほど輸入品に依存している。しかし
装備されている兵器のレベルは、いまだ旧式装備を大量に抱えてはいるが、比較的最近の
兵器については欧米の兵器に対してそれほど遜色はないように感じる。
我が国の状況を振り返ってみれば、情報技術や電子技術あるいは精密加工や塗装技術な
ど中国よりも優れた民生技術は多いかもしれない。しかし軍事技術の分野においては、陸
上 装 備 で は 例 え ば 90 戦車 の 戦 車 砲 は ド イ ツ の ラ イ ン メ タ ル の ラ イ セ ン ス 生 産 で あ る な ど 火
砲関連に弱いが、かなりの部分が国産である。しかし海空装備をみると主要装備である護
衛 艦 の イ ー ジ ス シ ス テ ム や 塔 載 ミ サ イ ル は 輸 入 か ラ イ セ ン ス 生 産 、F-15 に し て も ラ イ セ ン
ス生産であり、国産装備は補助的装備品に過ぎない。
こ れ で 中 国 兵 器 は 20 年 遅 れ て い る な ど と 嘯 い て い ら れ る の で あ ろ う か 。
72
DRC 年報 2009
中国海軍空母保有に対する我が国海上防衛構想
( 財 ) DRC 研 究 委 員
五味
睦佳
はじめに
今回の衆院選挙において、民主党が圧倒的な勝利を収めた。中国に関して自民党の
マ ニ フ ェ ス ト は「 中 国 の 軍 事 費 は 21 年 間 連 続 し て 2 桁 の 伸 び 、必 要 な 自 衛 隊 の 予 算 、
人員を確保する。また尖閣列島には領土問題は存在しないものの、東シナ海問題が存
在するため、今後とも毅然とした態度で対処する」と述べていた。他方民主党は「ア
ジア・太平洋地域の域内協力体制を確立し、東アジア共同体の構築を目指す。中国、
韓国をはじめアジア諸国との信頼関係の構築に全力を挙げる」とのべ、中国の軍事力
増強に全く言及しておらず、中国ベッタリの姿勢である。もともと長期間民主主義を
実施してきた国は対外政策において妥協と宥和を好む弱点がある。古くて安定した民
主 主 義 国 で あ る 英 国 は 、1871 年 以 降 、 ド イ ツ の 軍 事 力 拡 大 に 対 し て 、 有 効 な 対 策 を 採
らなかった。英国民はドイツとの平和共存を望んだ。対岸に強大な覇権国が出現しつ
つあると叫んでも国民の大部分は馬耳東風であり、次のような享楽的現象がはびこっ
た。すなわちこの時代の若者は海外勤務を嫌うのに、海外旅行は大ブーム。インテリ
−は古典を離れて、軽薄な芸術及び博覧会やスポーツにうつつを抜かす。健康への異
様 な 関 心 、 及 び 美 食 へ の 過 度 の 傾 斜 や 温 泉 ブ ー ム 。 英 国 は 1030 年 台 も ヒ ッ ト ラ ー に
対して同じ過ちを犯した。現代の日本はこの英国の過ちを繰り返しているといっても
過言ではない。現在の我が国を取り巻く戦略環境はあたかも日露戦争前夜にも匹敵す
る厳しい状況にあるにもかからず、民主党を支持し、民主政権を成立させた大方の日
本国民は中国が大軍拡をし、核兵力及び海空軍大増強し、原子力推進の大型空母の保
有が現実のものになろうが全く関心を示さない。ただただ生活優先、個人の権利追求
が最優先であり、いくら麻生元総理が日本の安全保障の重要性を強調しても、聞く耳
を持たなかった。このまま中国の軍備増強が続き、日本が軍縮を継続すれば、尖閣諸
島、東シナ海の利権は言うに及ばず、沖縄も中国に併呑され、さらには日本そのもの
も 中 国 に 飲 み 込 ま れ て し ま う で あ ろ う 。 本 論 に お い て 、 中 国 の 空 母 が 出 現 す る 2010
年代後半以降を見据えたこれに対抗する方策について述べることとする。
1
中国及び米国の戦略
(1)中国の覇権追求
中国の政治指導者、外交官、学者等は常に「中国は平和愛好国であり、国際関係に
おいて覇権を求めない。近隣諸国は中国の強大化を恐れる必要はない」と強調する。
しかし現実には中国はアジアでナンバーワンの覇権国になることを明確な国家目標
としている。この覇権願望は一般の中国人にとって、自然な感情である。また中国を
擁護する人々は中国の領土保全を犯すような脅威は存在しないのだから、国土を拡大
する必要はないと主張する。しかし中国政府の見方からすれば、自国領土はこれまで
も、これからも常に脅威にさらされている。台湾が分離しているだけではない。次図
73
に示すように、東南アジア、中央アジア、モンゴル、ロシアとの国境地帯、韓半島、
南シナ海、東シナ海、沖縄、樺太等も中国にとっては奪われた土地ももとは中国に属
していたものであり、これを解放、奪回するべきと考えている。
この国境線はその
時々の関連する国家の勢力状況で決まるものとする戦略的辺橿論を唱えている。もし
仮に中国がこのような中国領土であったと主張する前述の地域をすべて奪回したと
しても、それで、領土的野心が止まり、中国が平和愛好国家になるとは考えがたい。
中国はさらに遠方に目を向ける可能性も否定できない。たとえば、中東、アフリカに
介入しさらにはグローバルな覇権を狙うことも十分に考えられる。
したがって、中国の覇権国への道は、次の 3 つの段階を経ることになるであろう。
①
当面の覇権・・・・・台湾併呑と南シナ海、東シナ海の完全支配
②
アジアの覇権・・・・清朝最大版図までの中華帝国の拡張
③
グローバルな覇権・・米国と世界全体で覇権を競い、パックスアメリカーナに代
わる
(2)覇権獲得のための中国の戦略
米 国 国 家 情 報 会 議( NIC)が 2008 年 11 月 20
日 発 表 し た 2025 年 の 世 界 情 勢 予 測 に よ れ ば 、
中 国 は 2025 年 ま で に 世 界 第 2 の 経 済 大 国 に な
り、米国と経済、軍事面で、影響力を競い合う
と予想している。今回の世界的同時不況が中国
等の新興国に危機は及ばないことはありえない。
し か し な が ら 、OECD の 成 長 見 積 も り で は 、09
年 度 に 8 % 前 後 ま で 下 が る が 、10 年 に は 9 % に
回復し、右肩上がりになると予想している。マ
イナス成長が予想される米国をはじめとする先
進国に比べれば、依然として、高成長である。
相対的には米国との経済力・軍事力の懸隔が縮
小する時期は早まるものと予想される。したが
って、今後の中国の国家戦略はつぎのようなも
のとなろう。
①
第1段階
中 国 は 中 国 の 覇 権 願 望 が 米 国 の 嫉 妬 、反 感 、猜 疑 心 を 招 く こ と を 十 分 に 認 識 し て い る 。
し た が っ て 、 鄧 小 平 の 24 文 字 戦 略 、 冷 静 観 察 、 站 穏 脚 跟 、 沈 着 対 付 、 韜 光 養 晦 、 善
干守拙、絶不当頭(冷静に観察せよ、足元をしっかり固めよ、沈着に対処せよ、己の
能力を隠せ、目立つな、頭を低くし決して自分が一番と言うな)を今後も当面遵守し
次のような戦略をとるであろう。
*
2020 年 頃 ま で は 、 米 国 と 本 格 的 な 衝 突 を さ け 、 中 国 に と っ て 有 利 な 国 際 シ ス テ
ムを維持する.
*
米 国 政 府 及 び 要 人 に 対 し て 、中 国 は 米 国 と 覇 権 争 い を す る つ も り の な い こ と を 宣
伝する。己の能力を隠し、隠忍自重し、好機到来を待つ戦略の保持を企図する
74
DRC 年報 2009
*
日本を物心両面にわたり、まともな国にさせない
*
ロシア、韓国、東南アジア諸国を中国の友好国にしておく
②
第2段階
軍事力の基盤は経済力にある。中国の経済力が米国を凌ぐ時、中国の軍事力もそれ
に 伴 い 早 晩 世 界 一 に な る 。 い ろ い ろ の 予 測 が あ る が CIA の 経 済 統 計 資 料 に よ れ ば 、
2005 年 で 既 に 中 国 の 実 質 GDP は 名 目 GDP の 4 倍 の 8 兆 ド ル 、米 国 は 12 兆 ド ル 、日
本 は 4 兆 ド ル で あ る 。I MF の GDP 成 長 率 に よ れ ば 、09 年 、10 年 に 一 時 的 に 8 ∼ 9 %
に お ち る も の の 11 年 か ら は 10% 付 近 で 推 移 す る と し て い る 。 他 方 米 国 、 日 本 な ど は
高 く て も 2 %そ こ そ こ の 成 長 率 で あ る 。 し た が っ て 先 進 諸 国 の 大 不 況 の 影 響 を 考 慮 す
れ ば 2025 年 頃 実 質 GDP で 米 国 と 肩 を 並 べ る か 凌 駕 し 、軍 事 支 出 規 模 に お い て も 米 国
に 匹 敵 す る 状 況 に な る と い う 予 測 は さ ら に 信 憑 性 を 増 す も の で あ る 。し た が っ て 、中
国 が 米 国 の 背 中 を 明 確 に 見 据 え る 2010 年 代 後 半 に は そ れ ま で の 隠 忍 自 重 の 戦 略 か ら 、
覇 権 追 求 の 戦 略 に 路 線 を 変 更 し 、清 朝 最 盛 期 の 領 土 の 復 権・ア ジ ア の 覇 権 確 立 に 向 け
ていよいよ傍若無人な行動に取り掛かるであろう。
(イ)米国の動向
前 述 し た 2008 年 11 月 20 日 は 発 表 の 2025 年 の 世 界 情 勢 を 予 測 し た NIC 報 告 で は 、
米国の長期衰退傾向は避けられないことを表現している。このような状況下前述した
よ う な 中 国 の 戦 略 に 対 し て 、米 国 の 対 中 戦 略 は 次 の 3 つ の 中 の い ず れ か に 収 斂 す る で
あろう。
①
アジア太平洋地域において、米中両国の覇権は共存できる
この考えはキッシンジャー、ブレジンスキーらの親中派に多い。その基調は「中国
が民主的・経済的に発展すれば、安定を求める現状維持国となり、米国と軍拡競争
はしなくなる。したがって、経済発展のため、一層の関与政策を推進する。米中両
国は東アジアにおいて、日本だけには核武装させず、自主防衛できないようにして
おき、米中両国の利益になるように日本を共同支配すればよい」とする対中国宥和
戦略であり中国の戦略の①段階での日本をまともな国にしないことと相通ずる考え
である。
②
過 去 100 年 間 続 い て き た 米 国 国 家 戦 略 の 原 則 「 米 国 の 覇 権 を 維 持 す る た め 、 ヨ
ーロッパとアジアで覇権国となりそうな国をたたく
中国は日本をはじめとするこの地域の周辺国が敢えて中国に対して挑戦しようとす
る気を起こさせないないほどの強力な軍事力を保有し、これらの国を支配しようと
する。また嘗てのモンロードクトリンのように、米国が他の大国にたいして、西半
球への不干渉を明確に宣言したように、中国も米国のアジア干渉を許さないであろ
う 。中 国 の 恐 ろ し さ は 20 世 紀 に 米 国 が 直 面 し た ど の 大 国 よ り も は る か に 強 力 な 潜 在
力を持つことである。ワイマール時代のドイツ、ナチスドイツ、大日本帝国、ソ連
でさえ、米国に対抗できる軍事的潜在力は持っていなかった。ところが、このまま
行けば、米国をはるかに凌駕する軍事力を持ち、圧倒的な超大国となる。このこと
は米国にとって、当然脅威であり中国の経済成長を何とかして鈍化させることが米
国の国益である。
③
米国の世界覇権を維持するため、ヨーロッパとアジアで覇権国となりそうな国
75
をたたくことをあきらめる。米国はアジアにおける覇権を中国に引き渡す。
最 近 (2008・12)他 界 し た サ ミ エ ル・ハ ン チ ン ト ン を 中 心 と す る 考 え で あ る 。米 国 は ア
ジア地域の覇権を維持することをあきらめる。米国は同盟国(日本、台湾)を守る
ために核武装国である中国と戦争するような愚かなことは絶対にしてはならない。
中国の経済力・軍事力の増強及び覇権帝國化は米国が押さえつけておくことができ
ないほど巨大なものになってしまう。すなわち米国民は中国の経済力、軍事力の巨
大化に対抗してまで、アジアにおける米国の覇権を維持したいとは考えない。中国
の覇権は東アジアにおける米国の勢力を駆逐し、日本は中国の支配下に入る。アジ
ア は 1840 年 以 前 と 同 様 中 国 の 覇 権 に 従 う よ う に な る 。知 日 派 の カ ー ト キ ャ ン ベ ル 元
国防副次官補が次期国務次官補(アジア・太平洋担当)に指名されたもののバイデ
ン副大統領、ヒラリー国務長官等の親中派人物が主流を占めるオバマ政権はブッシ
ュ政権と同様上記のうちおそらく①の米中覇権共存戦略をとるであろう。最近目に
す る「 G2」す な わ ち「 米 中 が 世 界 経 済 を 牛 耳 る 」
「世界のルールは米中がきめる」
「米
中は平等なパートナー」と言う議論がしばらくは幅をきかすであろう。しかしなが
ら 米 国 の 長 期 衰 退 傾 向 の 中 で 、中 国 が 世 界 的 大 不 況 に も か か わ ら ず 、着 実 に 経 済 力 、
軍事力を発展増強させ、米国を凌駕することが早晩現実味を帯びてくる。経済的発
展が進めば、中国も民主主義化し、先進国と同じ価値観を共有することができるよ
うになるということは幻想に過ぎず、平和的発展を標榜し隠忍自重してきた中国が
いよいよライジング・ドラゴンとして牙をむき出し始めたと米国民が実感として感
じ 始 め る 。 2010 年 代 の 後 半 に は ① の 戦 略 か ら ② の 戦 略 へ の 転 換 を 模 索 し 始 め る か 、
または米国単独での対処をあきらめ、東アジアから撤退する③の戦略への転換も考
え ら れ る 。 何 れ に し て も 、 2010 年 台 の 後 半 あ る い は 2020 年 台 の 半 ば ま で は 、 米 中
協同の時代となり、米国は中国にかなり妥協した政策をとり、腫れ物に触るような
慎重な対応をするであろう。したがって、尖閣諸島及び東シナ海での中間線及び天
然ガス採掘の問題、東シナ海の中国内水化の問題に関し、米国の支援を期待するこ
とはかなり難しいことになろう。
2
中国海空戦力の増強
(1)海上戦力
①
水上艦艇
2009 年 8 月 現 在 中 国 海 軍
の主要水上艦艇数は駆逐艦
約30隻、フリゲート約50
隻と見積もられる。このうち
特に注目すべきものは、ロシ
ア製のソブレメンヌイ級駆
逐艦4隻である。そのうちの
2隻は杭州級と呼ばれ、射程
160 k m 、 速 力 2.5-4.5 の
3M80 ミ サ イ ル を 装 備 し て い
76
DRC 年報 2009
る。その他の注目すべきものとして、元パワー・パラゴン社技術主任麦・大智らの中
国系アメリカ人が米国から盗み出した技術情報に基づいて開発された蘭州型駆逐艦
( 052C )2 隻 が あ る 。特 徴 は ア ク テ イ ブ・フ ェ ー ズ ド ア レ イ シ ス テ ム を 装 備 し た 本 格
的 な 艦 隊 防 空 能 力 を 持 ち 、ま た 射 程 280k m 以 上 と い わ れ る YJ-62 対 艦 ミ サ イ ル を 装
備 し て お り 、 中 華 イ ー ジ ス と 呼 称 さ れ 、2004 年 に 就 役 し て い る 。
②
潜水艦
中 国 海 軍 の 増 強 の 中 で 、特 に 注 目 す べ き は 潜 水 艦 の 急 激 な 増 強 で あ る 。2010 年 ま で
に は 、海 上 自 衛 隊 の 2 倍 以 上 の 近 代 化 さ れ た 通 常 型 潜 水 艦( SSK)を 保 有 し ,第 2 世 代
の 原 子 力 潜 水 艦 ( SSN) が 更 に こ れ に 加 わ る 。 こ れ に よ り 、 そ の 行 動 力 、 機 動 力 、 攻
撃力が飛躍的に向上する。中国潜水艦の増強見積もりは次図のとおりである。
約 7 0 隻 は 兵 力 的 に 日 本 を 大 き く 引 き 離 し て い る 。晋( Jin)級 原 子 力 潜 水 艦 は 射 程
8000k m の JL2 弾 道 ミ サ イ ル 1 2 基 搭 載 す る 。 商 ( Shang) 級 は 旧 式 化 し た 漢 (Han)
級潜水艦の後継艦として開発したもので、既に2隻就役していると思われる。宋
( Song) 級 に つ い て は 、 中 国 国 産 の 通 常 動 力 型 潜 水 艦 で 、 2009 年 現 在 1 6 隻 就 役 し
て い る 。元( Yuan)級 は 空 気 独 立 推 進( AIP)方 式 で あ り 、4 隻 就 役 し て い る 。キ ロ
級潜水艦はロシアからの輸入潜水艦で静粛性にすぐれている。他方米海軍潜水艦部隊
は 2008 年 に 時 点 で 、攻 撃 型 原 子 力 潜 水 艦( S S N )57 隻 、戦 略 核 弾 道 ミ サ イ ル 潜 水
艦 ( SSBN) 14 、 巡 航 ミ サ イ ル 潜 水 艦 (SSGN)4 隻 の 計 7 5 隻 を 保 有 し て い る 。 米 海
軍は大西洋、太平洋を含む全世界を作戦海域としているのに対し、中国は西太平洋海
域を作戦海域としており、この海域での中国の潜水艦勢力は隻数において米国の2倍
の勢力を有している。
(2)航空戦力
中 国 空 軍 の 総 兵 力 は 約 40 万 人 、 作 戦 機 役 2300 機 を 運 用 し て い る 。 数 年 前 は 4000
機 以 上 の 作 戦 機 を 運 用 し て い る と 見 積 も ら れ て い た が 、 ミ グ 15 な ど の 旧 式 機 が 大 量
に退役したので、機数は激減した。しかし質的向上は目覚しく、大半の航空機が新鋭
機 で 構 成 さ れ て い る 。海 軍 航 空 隊 は 2 万 6 千 人 、戦 闘 機 200 機 を 含 む 作 戦 機 700 機 を
保有している。現在新規開発中または生産中の航空機には次のとおりである。
①
J 11: ロ シ ア か ら S U 27SK4 8 機 の 購 入 に 引 き 続 き 、 こ れ の ラ イ セ ン ス 契 約 を
結 び 、 こ れ を J11 と 称 し 、 96 機 が 納 入 さ れ た 。 99 年 以 降 SU27UBK が 契 約 さ
れ 、 SU2 7 系 列 172 機 が 取 得 さ れ て い る 。 近 年 、 J11 の 改 良 型 で 国 産 の フ ェ ー
ズ ド ア レ イ レ ー ダ ー を 有 す る J11B の 生 産 が 開 始 さ れ て い る 。な お 海 軍 空 母 搭 載
機 と し て は 、 SU27 系 列 の SU33 が 最 も 有 力 視 さ れ て い る 。
②
SU30MKK:1999 年 に ロ シ ア に SU30MKK を 発 注 し は じ め 、ま た 海 軍 用 と し て 、
SU30MK2 も 取 得 し て お り 2010 年 に は 約 200 機 程 度 保 有 す る で あ ろ う 。こ れ ら
の ラ イ セ ン ス 生 産 は 今 後 と も 増 加 し 、中 国 海 空 軍 の 航 空 戦 力 は 飛 躍 的 に 向 上 す る 。
③
F-XX: 中 国 は ス テ ル ス 性 を 追 求 し 、 一 段 と 性 能 を 向 上 さ せ た J-XX 戦 闘 機
を 開 発 中 で あ る 。ロ キ ー ド マ ー チ ン 社 の F-22 に よ く 似 た ウ エ ポ ン 内 臓 の 空 中 戦
を 重 点 に お い た ス テ ル ス 戦 闘 機 で あ り 、 導 入 は 2015 年 頃 に な る と 推 測 さ れ る 。
77
3
中国が航空母艦を保有する狙い
こ の よ う な 中 国 の 軍 備 増 強 下 、2008 年 12 月 末 日 本 の 各 大 手 紙 は 中 国 が 空 母 建 造 計
画を公式に認めたと報じた。朝日新聞は「中国、初の空母建造,中型 2 隻来春着手」
と 報 じ 、さ ら に 本 年 (2009 年 )2 月 13 日 に は 朝 刊 1 面 ト ッ プ「 中 国 2020 年 以 降 原 子 力
空 母 2 隻 建 造 、遠 洋 展 開 狙 う 」と し 、こ の 空 母 建 造 は 既 に 昨 年 12 月 30 日 の 軍 主 催 内
部 検 討 会 議 で 、 軍 幹 部 が 「 2009 年 か ら 空 母 の 建 造 を 開 始 し 、 2015 年 を め ど に 完 成 さ
せ る 」 と 説 明 し た と 報 道 し て い る ( 就 役 は 2012 年 と い う 香 港 か ら の 報 道 も あ る )。
この通常型中型空母に先立ち中国はロシアから購入したワリヤークを回収した空
母を空母建造計画の第一歩として、施琅(シラン)と命名し、練習空母として運用し
ようとしている模様である。中型2隻の空母はワリヤーク型かあるいは英海軍のクイ
ー ン ・エ リ ザ ベ ス を モ デ ル と し た 40000 か ら 50000 ト ン と み つ も ら れ 、 原 子 力 空 母 に
つ い て は カ タ パ ル ト 方 式 で ニ ミ ッ ツ 型 の 90000 ト ン 以 上 の も の と な る こ と も あ り う
ると考えられる。以上述べた状況下で中国が空母を保有する狙いは次のようなことが
考えられる。
①
西太平洋での米海軍の動きを牽制する
台湾に対する牽制も含めて、米軍の中国本土への近接を阻止する
②
海上権益の獲得
東シナ海、南シナ海を中国の内水とし、尖閣諸島等の領土の獲得、石油、天然ガス
等の海底資源を獲得する
③
シーレーン防衛
中東方面から、インド洋、マラッカ海峡、南シナ海にいたる石油ルートは確保中国
の生命線といっても過言ではない。このシーレーンの安全を確保する必要がある。
4
我が国が特に注意を要する事項
前項で述べた中国の狙いのうち、①項の米海軍と対決し、かってのミッドウエイ海
戦のような、空母決戦を中国が実施しようとは強力な米海軍の戦力を考えれば少なく
とも予見しうる将来考えていないであろう。我が国として特に注意しなければならな
いのは②の海上権益の獲得及び③のシーレーン防衛に及ぼす空母の影響力である。
空母は遠隔の海域で機動的に作戦を行うための攻勢的兵力であるが、外洋に展開し
国家の意思を強硬にアピールする、いわゆる砲艦外交、プレゼンスのための政治的戦
力でもある。これに関し特に注意する点は、中国の主権に対する考えが極めて独善的
であり、自己中心的であり,その指向が極めて傍若無人であることである。主権とは
国内の統治から対外的な利権の確保にいたるまでに有する国家の究極的な権限のこ
とである。
中国が国連に海洋法条約を批准いていながら、そこで規定された排他的経済水域
( EEZ)が 沿 岸 か ら 200 海 里 と い う 線 引 き を 認 め ず 、大 陸 棚 延 長 線 論 に 固 執 し て 、譲
ろ う と し な い 。EEZ の 上 空 は 国 際 的 空 域 で は な く 、領 空 と 主 張 す る 。海 洋 に 関 す る 係
争についての、国際海洋裁判所、国際司法裁判所への関与は一切しないとし、国際裁
判所の決定も受け入れない。また領空の上空の宇宙空間も自国の主権下にあるという
独善的主張をしている。空母機動打撃力を保有していない現在の状況でもこの有様で
78
DRC 年報 2009
あ る 。2008 年 12 月 中 国 国 防 省 の 報 道 官 は「 空 母 は 国 家 の 総 合 力 の 体 現 で あ る 」と い
ってその政治的影響力を評価している。中国の軍事力が空母保有により更にこの地域
で卓越したものとなり、米国でさえもこれにクレームをつけるのに躊躇するようにな
れば、日本の尖閣諸島や東シナ海の中間線の問題への主張などは鎧袖一触、歯牙にも
かけないであろう。
1 項 で 述 べ た と お り 、 米 国 は 少 な く と も 2020 年 ま で は 、「 対 中 国 宥 和 ・協 調 」 政 策
をとらざるを得ず、中国に対し、腫れ物にでも触るような慎重な対応をし、尖閣諸島
の 領 有 の よ う な 日 中 間 の 2 国 間 の 問 題 に 積 極 的 に 介 入 し な い で あ ろ う 。日 中 中 間 線 の
問題を含む、東シナ海の経済水域の設定、天然ガスの採取の問題等については、日米
安保条約の範囲外の問題であり 2 国間で解決すべき問題として傍観するであろう。
このような米国の態度に孤立感を持つ日本は中国の空母の出現で戦意を喪失し、中
国の要求に譲歩し尖閣諸島及び東シナ海の天然ガス問題から撤退してしまうことは
今の民主政権及び主権の重要性を理解しない一般日本人の思考性行を考えれば十分
にありうる。
5
我が国防衛戦略の見直し
(1) 主体的防衛戦略の構築
日本の民主党政権の対米姿勢は「けんか腰」で親中政策に一層傾いていくようであ
る。党内にも連立政党内にも「親中」を外交信条とする議員、秘書、党職員が闊歩し
ている。それに呼応するようにオバマ政権も「親中排日」政策に大きく舵を切ること
が懸念される。
そのような悪夢が現実のものとならないようにするには、日米安保を我が国の安全
保障の基軸と捉え、これを再定義し、日米合い協力して、急速な軍備増強を継続して
いるライジングドラゴンに対応していく姿勢を明確に示す必要がある。このためには、
まず自分の国の主権及び領土,領海はまずもって、自分で守るという確固たる気概を
持ち、自主的防衛戦略、体制を整えなければならない。その上で、集団的自衛権の問
題を解決し、非核3原則の見直し等を実施し、真に信頼に足る同盟にしていくことが
肝要である。これについては紙面の関係もあり、後日別の稿で述べることとする。
(2) 中国空母への対抗策
東シナ海での日中間の軋轢に対し米国の日本に対する支援はほとんど期待できな
い。したがって、不退転の決意で我が国独自で中国に対抗することが肝要である。空
母 は 強 力 な 破 壊 力 、攻 撃 力 を 有 す る が 、一 方 で 脆 弱 性 も あ る 。空 母 は Floating Target,
Sitting Duck と 第 2 次 世 界 大 戦 の 時 代 か ら 言 わ れ て い る 。筆 者 の 知 人 の 米 海 軍 の 高 官
もいかに旧式潜水艦であっても、空母作戦海域内にその潜水艦が存在することは、空
母作戦の実施にかなりの制約を与えると述べている。
フォークランド紛争時、アルゼンチンの巡洋艦は英国原潜の魚雷攻撃で轟沈され、
逆 に 英 海 軍 空 母 部 隊 は ア ル ゼ ン チ ン の ド イ ツ 製 潜 水 艦 1 隻 の 存 在 で 、著 し く 作 戦 を 阻
害された。東シナ海等での中国の空母の傍若無人な行動を阻止し、要すればこれを無
力化するには、日本は強力な潜水艦隊を整備する必要がある。
現在の海自の潜水艦勢力はわずか16隻で何れも通常動力型であり、原子力推進潜
79
水 艦( SSN)は 1 隻 も 保 有 し て い な い 。SSN と 通 常 型 潜 水 艦 と で は 、機 動 力 、攻 撃 力 、
抗堪性等あらゆる面において格段の差がある。まず海自としては、16隻という隻数
制 限 を 撤 廃 し 、 少 な く と も 4 0 隻 程 度 に 潜 水 艦 部 隊 を 増 勢 す る ( ち な み に 韓 国 は 20
隻 の 潜 水 艦 を 保 有 し 既 に 日 本 を 凌 駕 し て お り 、更 に 増 強 す る 計 画 で あ る )同 時 に SSN
の開発に着手し、早期にこれを戦力化する。その上で旧型を更新する過程で速やかに
SSN を 増 勢 す る 。 可 及 的 速 や か に 2 0 隻 程 度 の SSN と 2 0 隻 程 度 の 通 常 型 潜 水 艦 を
保有する潜水艦隊を作り上げる。
他 方 中 国 は 2025 年 以 降 、 米 海 軍 に 対 抗 し う る 空 母 機 動 部 隊 を 中 心 と す る 大 海 軍 に
変貌していくであろう。日米安保条約が存続するか否か将来のことは完全に予測でき
ないが、仮に存続したとしても、先に述べたように米国の国益上、日本への支援を躊
躇することも十分に考えられる。
したがって、空母機動部隊の持つ機動打撃力をすべて米国に依存することは、中国
に対して決定的に劣勢な事態を招くことになる恐れがある。それ故我が国も空母保有
に踏み切る準備を早急に開始する必要がある。アジアにおいて、インド、タイは既に
空母を保有しており、韓国も空母建造に早晩踏み切るであろう。何故各国は空母保有
を目指すのか、それは機動打撃力のない専守防衛の海上戦力は戦力としては片端であ
り所望される任務を達成できないからである。原子力潜水艦はある意味では攻撃力は
あるが、攻撃力、機動力の主役にはなり得ない。したがって、増強、拡張を続ける中
国 海 軍 に 対 抗 し て い く た め に は 、 SSN と 空 母 が 必 要 で あ る 。
あとがき
イ ン ド は 原 潜 の 建 造 費 と し て 630 億 円 を 支 払 っ た と い わ れ て い る 。ま た バ ー ジ ニ ア 級 原
潜 の 建 造 費 は 1200 億 円 か ら 1500 億 円 と い わ れ 確 か に 高 価 な も の で あ る 。今 の 民 主 党 の 生
活優先をキャッチフレーズにする政策では、防衛省、海上自衛隊の関係者はこのような話
を持ち出すことに踏み切れないかもしれない。しかしながら、我が国が中国の属国になら
ないためには、まずもって、国民が自国の領土、領域は自らが死守するとの気概を持ち、
主 体 的 に 防 衛 力 を 整 備 、維 持 、運 用 す る 鉄 の よ う な 確 固 た る 意 志 を も つ こ と が 必 要 で あ る 。
これがあって初めて米国も支援する。自らの血を流さないような国との同盟は必ず崩壊す
るし見捨てられる。その意味で、インドは非常な努力をし、原潜を建造し、空母を保持し
ている。費用がかかるといって、何も行動を起こさなければ、永久に実のある海上戦力は
もてないし、中国の属国化に向けて確実に坂を転がり落ちることになる。速やかに原潜第
1 号の保有に向けて決断し行動を起こすこと及び空母建造の研究を速やかに開始するが必
要である。
参考文献
1
SSN-774 Virginia-class Program
Global Security Org
2
アジアを読む
3
大国政治の悲劇
ジョン・ミヤシマイヤー
4
中国の核が世界を制す
伊藤
5
中国の主権と共同体の断絶
古森義久
2008.12.1
NHK 解 説 委 員 室
80
貫
DRC 年報 2009
英国の常設統合司令部の設立について
( 財 ) DRC 研 究 委 員
中村
曉
はじめに
1980 年 代 後 半 か ら 東 西 の 冷 戦 構 造 が 崩 れ 、社 会 で は 情 報 化 が 進 展 す る な か で 、英 国 で は
財 政 の 厳 し い 制 約 を 受 け て 、軍 は 半 ば 強 制 さ れ つ つ 効 率 化 、合 理 化 に 迫 ら れ 統 合 に 向 か
っ
た。その結果常設統合司令部を中心とする統合運用体制が整備され、即応態勢が強化され
た。英国がたどった経緯をわが国の現状に重ね合わせてみると統合運用体制の改善のため
に参考になる点が多々あると思う。
1.冷戦終結までの協同体制
1)10)
英 国 軍 は 1980 年 代 の 半 ば 頃 ま で 、各 軍 は 独 自 に NATO の 防 衛 正 面 及 び 英 国 本 土 の 防
衛に貢献していた。3軍はそれぞれ独自の構想で予算を獲得し、自軍の機能と資源の確
保 に 努 め た 。1980 年 代 後 半 か ら 国 家 戦 略 及 び 軍 事 戦 略 が 現 実 的 な 政 策 に 変 わ っ て い っ た
が、統合のコンセプトが展開されることはなく、作戦レベルで3軍の協同を調整する効
果的なドクトリンや手順書も存在していなかった。国家及び作戦レベルでの指揮統制能
力の価値が注目されることもなかった。
常設統合司令部が設立される以前の3軍の協同作戦の指揮組織は、3軍の最高司令官
の内から指名された指揮官が協同作戦を指揮し、指揮官自らの司令部を協同作戦司令部
にするというその場限りの対応であった。協同作戦の指揮官になる各軍の最高司令官は、
通常内閣が部隊の展開を決定するまでは任命されることもなかった。このような体制の
下で3軍の異なった最高司令部が同時に複数の作戦を遂行する場面があったが、各司令
部がどの様な作戦をどの様に行うのかということで司令部間の抗争や混乱を生じたり、
その場限りの統制になっていたと言われている。
2.フォークランド戦争の突然の生起
(1)不測事態への対応
2)3)
こ の よ う な 体 制 の な か で 、1982 年 突 然 ア ル ゼ ン チ ン 軍 が フ ォ ー ク ラ ン ド 島 を 占 領 し た
ことに端を発し、英国が面目にかけて同島を奪回するというフォークランド戦争が生起
した。
( 1982 年 4 月 2 日 ∼ 6 月 14 日 ) 英 国 政 府 は 自 国 の 軍 隊 が 本 国 か ら 12,000km も
離れたフォークランド島に進出して占領部隊を排除することなど全く考えておらず、同
島に対する不測事態対処計画も策定していなかった。
フォークランド島奪回の作戦は当然海軍が主導的な役割を果たすことになった。政府
よって海軍艦隊司令官が急遽協同作戦の最高指揮官に任命され、ロンドン郊外ノースウ
ッドの海軍艦隊司令部から作戦を指揮することになった。次いで現地で作戦する空母機
動部隊の指揮官に誰を選ぶかということになった。英国軍最上位の国防参謀総長は、局
面を左右する重要な接点になるため海軍中将を充てようとした。しかし海軍艦隊司令官
は 南 大 西 洋 で 事 態 が 急 展 し て い る 状 況 か ら 、 そ の 当 時 地 中 海 で 実 施 さ れ る 「 Spring
81
train」演 習 に 参 加 す る た め 艦 隊 を 指 揮 し て い た 海 軍 少 将 が 最 適 で あ る と 主 張 し 決 定 さ れ
た。海軍少将に戦域における全ての指揮権が付与された。協同作戦部隊は原潜及び空軍
の 航 空 機 、 第 3 海 兵 旅 団 、 陸 軍 第 5 旅 団 に 支 援 さ れ た 空 母 機 動 部 隊 と な り 90 隻 以 上 の
軍艦と徴用した数十隻の民船による大規模な編成になった。戦後の国防省の教訓では、
このような大作戦に投入した空母機動部隊の指揮官に 2 つ星の司令官とその司令部を指
定したことは如何なものか将来に向かって考察する必要があると述べられている。
図1南大西洋における英国軍の当初の態勢
(2)現場で作戦する部隊の指揮統制
2)3)
現場指揮官の海軍少将には計画段階では最大限の運用の融通性が与えられていた。し
かしながら国防参謀総長と海軍艦隊司令官の二人は不測事態対処計画を策定していな
かったことで慎重になり、出来得る限り広範な指示をロンドンから現場指揮官に与え続
けようとした。国防省本部は現場の指揮官が適時に重要な意思決定ができるようにする
ことが必要であると認識していたにもかかわらず、大部分の主要な現場の決定に対して
最終の承認権を手放さなかった。国防省が必要以上に部隊の行動全般にわたり監督する
ことになった。英本国に留まっていた海軍艦隊司令官は作戦に対して全て指示しようと
した。現場指揮官の海軍少将とその幕僚は、衛星通信電話でロンドンと作戦調整するの
に多大の時間を費やした。彼らが注意を払わなければならない多くの任務に更に負担を
加重することになった。
部隊が南方へ航行するにつれて、政府や国防省の意思決定者は事態対応のために全般
状況を把握しようとした。議会及びメディアに対して南大西洋における事態を早く正確
に知らせようと作戦部隊から詳細な状況報告を要求するようになった。しかし強圧を受
けていた現場の指揮官は状況を常に報告できるような状態ではなかった。
82
DRC 年報 2009
最 高 レ ベ ル の 政 治 統 制 と 作 戦 指 導 の た め に 、英 本 国 と 12,000Km の 遠 方 に 離 隔 し た
空母機動部隊との間には大容量の通信が必要であった。本作戦では衛星通信が決定的
に重要であったが、空母機動部隊に対する通信量が使用可能な容量を超え通信に長時
間を要した。現場の作戦指揮官の行動に相応の権限と裁量の余地が与えられていれば、
意思決定に必要な時間が大幅に短縮されたと考えられる。
(3)軍種間の相互理解及び協同訓練
4)
空母機動部隊によって多くの協同作戦が遂行された。水陸両用作戦、陸上作戦に対す
る艦艇火力支援、ヘリコプタ及び艦船による戦闘部隊の投入等であった。しかしその当
時は陸軍の酷寒地訓練や海軍と陸軍との上陸訓練が欠如していたと言われている。また
本国と現地作戦部隊及び陸・海・空の作戦部隊間の通信能力も不足していた。このよう
な 問 題 点 を 抱 え て の 作 戦 に な り 、 協 同 作 戦 の 一 部 で 錯 誤 や 混 乱 が 生 じ た 。 例 え ば 1982
年 6 月 5 日 夜 、東 フ ォ ー ク ラ ン ド 島 ス タ ン レ ー 奪 回 作 戦 に 参 加 し た 増 援 部 隊 第 5 旅 団 の
輸送ヘリが、駆逐艦によって撃墜されるという悲惨な事故が生起している。陸軍と海軍
の不十分な調整と協同訓練の欠如から誤爆の傷害を受けたもので、訓練していれば当然
避けられたであろう危害であった。受動的で場あたりの作戦計画並びに準備及び実施が
非効率で現場の部隊に犠牲を強いるものであることを物語っている。
3 .協 同 か ら 統 合 に 向 か っ た 背 景
1)
国 防 省 及 び 軍 の 防 衛 計 画 担 当 者 の 間 で は か ね て か ら 協 同( Jointly)の 構 想 は あ っ た が 、
冷戦後の社会の変革によりそれが大きく進展されることになったと言われている。
その一つは、情報通信技術の革新によって現代の戦争が劇的に変化したことである。
情報通信技術によって 3 軍の指揮官がそれぞれの観点から戦域の作戦や情報を共通して
把握できるようになった。同時に兵器の精密化、システム化が促進された。これによっ
て 3 軍 を 調 整 し て 協 同 す る こ と 以 上 に 、3 軍 の 能 力 を 統 合 す る と い う こ と が 主 題 に な っ
た。
二つめは厳しい資源の制約に直面して、防衛計画担当者には節約と有効性の両面を追
求 す る 新 た な 方 策 が 要 求 さ れ た こ と で あ る 。 英 国 で は 1980 年 代 半 ば 頃 か ら こ の 目 的 を
達成するために多くの行政上、管理上、手続き上の改革がなされてきた。節約を進めな
がら有効性を改善することは困難であったが、その分野を「統合」に見出し、防衛計画
から装備の取得に至るあらゆる無駄な重複や冗長さが追及された。
三 つ め は 3 軍 の 固 定 的 な 区 分 が 効 率 的 な 計 画・実 行 の 障 害 に な っ て い る と 予 て か ら 考
えていた防衛関係者は協同の促進を狙っていた。各軍がやむなく倫理上或いは義務とし
て受け入れたことにより、固定的な機構、組織上の境界によって防衛機能の効率的な発
揮が阻害されている部分が明らかにされた。
4.常設統合司令部設立への動き
5)10)
冷戦が終わり政府は平和への配当を求める世論及び国家の財政難を背景に、効率の悪
い軍事組織に対してコスト削減をしながら改善することを政治的に企図した。
1991 年 の 研 究 、「 Options for Change」 で は 、 政 府 内 の 「 国 防 省 本 部 の 責 任 の 中 心 は
政 策 で あ っ て 、 作 戦 の 機 能 は 国 防 省 本 部 か ら 分 離 す べ き で あ る 。」 と い う 強 い 見 解 を 背
83
景 に し て 、国 防 省 本 部 の 人 員 が 1998 年 ま で に 12,700 名 か ら 3,750 名 ま で 削 減 さ れ る こ
とになった。
1994 年 に 政 府 は 各 省 庁 を 横 断 し た 抜 本 的 な 財 政 支 出 見 直 し を 行 っ た 。 国 防 省 は
「 front-line first」と 称 さ れ た「 The Defence Costs Study」研 究 に お い て 大 幅 な 見 直 し
を行った。この研究で冷戦後の安全保障環境の変化と新たな軍事力運用に関する見解が
出されると共に防衛行動における多くの重大な欠陥が明らかにされた。厳しい経費削減
を受け入れるにあたり、正面強化の経費は充当したうえで年度ごとに節約を捻出するよ
うにした。長期的な施策に結びつかなかったフォークランド戦争の貴重な経験と教訓が、
この研究でようやく反映されることになった。特に単一軍種により計画、実施されるそ
の 場 限 り で 受 動 的 な 協 同 作 戦 に 焦 点 が 当 て ら れ た 。有 効 な 将 来 作 戦 遂 行 の た め に は 3 軍
の統合が決定的に重要になることが認識された。そして政策と運用を分離して作戦の効
率性を追求する必要性が明らかにされた。それは政治及び軍事戦略レベルの役割と作戦
レベルで達成すべき軍事作戦遂行との間を適切に律することにあった。
これらの成果から常設統合司令部は作戦の有効性を高めるために必要であると認識
された。常続的に人員が配置された司令部組織によって、先を見越して計画・準備し、
生起する可能性のある危機の初期段階から円滑に行動に移行し、統合作戦を遂行し、戦
力を回復し、戦訓を積み上げていくことの重要性が認識され支持された。
5.常設統合司令部の役割
6)7)
常設統合司令部設立の狙いは、政府の政策及び軍事戦略の役割と作戦レベルにおける
作戦遂行との間に適切で明確な疑義のない関係を形成することにある。
冷戦後様々な外交目標を追及するために軍隊が多用されるようになり、作戦が及ぼす
影響に利害関係のある政治的関係者が増えてきた。その結果国防参謀総長は各種要望や
利害関係、更には戦略レベルの多数の政治指導者の様々な意見を頻繁に背負わなければ
ならなくなった。そのため国防参謀総長が常設統合司令部の間に明確な関係を築いて、
軍事戦略上の指針を示し、作戦は常設統合司令部に任せることが必要になった。
政治指導者と作戦を遂行する指揮官は自らの厳密な責任範囲の上に立ち、そこに自ら
を制限しなければならないと言われている。
6.常設統合司令部の編成等
6)
国防大臣は、作戦の計画、実施を国防省本部から新しい常設統合司令部の機能に移管
することを研究の成果として議会に報告した。国防大臣は危機管理とその対応のために、
一 人 の 統 合 作 戦 部 長 ( a chief of joint operation( CJO)) の 下 に 一 つ の 常 設 統 合 司 令 部
( a single, permanent joint headquarters( PJHQ)) を 創 設 し た 。 1996 年 か ら 約 330
名 の 幕 僚( 文 官 、専 門 家 、科 学 及 び 医 学 幕 僚 、3 軍 の 要 員 )で 運 用 を 開 始 、2000 年 頃 に
は 約 440 名 に 増 強 さ れ た 。
常 設 統 合 司 令 部 は 基 本 的 に は 国 家 の 作 戦 の た め の 指 揮 所 で あ る が 、NATO 条 約 5 条 の
下で英国統合司令部を編成する役割も有している。国際間のパートナーの作戦司令部と
も相互に連携する。
84
DRC 年報 2009
[注 ]
DCMO: 国 防 危 機 管 理 組 織
MOD: 国 防 省 本 部
PJHQ: 常 設 統 合 司 令 部
JTFHQ: 統 合 任 務 部 隊 司 令 部
図―国防省本部・常設統合司令部・統合任務部隊・
軍種部隊の関係
統合作戦部長の責任には、作戦指導、展開、維持、部隊の戦力回復が含まれている。
作戦責任に加えて、常設統合司令部は統合能力を開発するための焦点となる重要な役割
を担っている。それには統合戦ドクトリン及び手順、統合訓練及び演習の開発並びに統
合作戦標準の整備が含まれている。
統 合 作 戦 部 長 を 、 幕 僚 長 と 統 合 部 隊 作 戦 準 備 及 び 訓 練 部 長 ( a chief of joint force
operational readiness and training(CJFORT))の 二 人 の 2 つ 星 の 幕 僚 が 補 佐 し て い る 。
幕 僚 長 の 指 揮 を 受 け る 各 幕 僚 部 は 、NATO 同 盟 と の 相 互 連 携 を 容 易 に す る よ う 米 国 及 び
NATO の 幕 僚 組 織 に 準 じ て い る 。
統 合 部 隊 作 戦 準 備 及 び 訓 練 部 長 ( CJFORT) の 責 任 は 、 即 応 態 勢 の 確 立 に あ る 。 統 合
緊 急 対 処 部 隊( JRRF)及 び 統 合 部 隊 司 令 部( Joint Force Headquarter( JFHQ))を 予
め準備すると共に、即応態勢及び各軍種を横断した統合訓練を点検する。
統 合 緊 急 対 処 部 隊 の 指 揮 官 に は 陸 軍 又 は 海 兵 隊 の 1 つ 星 の 准 将 が 当 て ら れ る が 、大 規
模作戦の場合は、2 つ星の指揮官が当てられる。全軍種の2つ星将官グループは統合任
務部隊指揮官として内定されている。
常設統合司令部は戦域に展開できる指揮所機能を保持している。訓練された幕僚を有
し、統合部隊司令部を迅速、効率的に戦域内に開設できる。
おわりに
わ が 国 で は 、2006 年 3 月 統 合 幕 僚 監 部 が 設 立 さ れ 新 た な 統 合 運 用 体 制 に 入 っ た 。統 合 幕
僚長は軍事専門的観点から内閣総理大臣及び防衛大臣を補佐する重責を担っている。国土
防衛はもとより国際平和協力活動で自衛隊がより困難な任務で多用されると考えられる。
統合幕僚長は政治と軍事の間において英国の国防参謀総長と同様に多岐にわたる軍事戦略
レベルの問題に専念せざるを得なくなる。統合幕僚監部は統合幕僚長を補佐して、政府、
国会、関係機関、マスコミ等に対する軍事的観点からの対応に忙殺され、同時に作戦を指
85
揮する統合司令部の機能を発揮することは極めて困難になるであろう。
英国が狙いにした政府の政策と軍事戦略レベルの役割と作戦レベルの作戦の遂行を適
切に律することも重要である。そのため平時から情勢を監視し、危機を想定して計画、訓
練し、統合作戦を遂行する常設の統合司令部が必要である。
英国は実戦の経験から常設統合司令部を設立したのであり、有事の経験が無いわが国は
このことを熟考すべきではなかろうか。
参考文献:
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OPERATION
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11. The Government’s Expenditure Plans 2001/2002 to 2003/2004
86
2001.4
DRC 年報 2009
2020 年の朝鮮半島軍事情勢を読む
( 財 ) DRC 研 究 委 員
大串
康夫
1.全般情勢
朝鮮戦争から半世紀を経た今もなお、朝鮮半島は南北に分断された状態のままである。
金大中、盧武鉉と続いた左派政権では金正日との南北首脳会談が実現し、南北和解と民族
統 一 の 希 望 が 芽 生 え た か の よ う に 見 え た 。し か し 、 韓国 から 北朝 鮮へ の経 済協 力、エ ネ
ルギ ー・食 糧支 援が なさ れた のみ で、そ の間 に北 朝鮮 は、核 ・ミサイ ル 開発 を進 め、
弾道 ミサ イル 発射 や地 下核 実験 を強 行す るに 至っ た。韓国 内で は、一方 的に 譲歩 し
てき た 対 北 太 陽 ・ 包 容 政 策 へ の 批 判 が 高 ま る 中 、 2008 年 の 大 統 領 選 挙 で 保 守 政 権 が 復 活
した。李明博政権は、北朝鮮に対して厳しくており、敵愾心あらわな北朝鮮の非難攻勢や
最近の微笑接近策への転向にも極めて冷静に対応している。
今後再び左派政権が出現することによって、再び同胞擁護の対北接近政策が推進され、
南北和解、統一志向のコリアナショナリズムが高まる可能性は否定できない。しかし、現
下 の 情 勢 推 移 の 基 軸 と 動 向 か ら 判 断 し て 、2020 年 ま で の 間 に 朝 鮮 半 島 が 南 北 統 一 さ れ る こ
と は も と よ り 南 北 和 解 進 展 の 蓋 然 性 も 低 い と 予 測 さ れ る 。ま た 北 朝 鮮 の 米 朝 2 国 間 交 渉 へ
の積極的なアプローチにも拘わらず、朝鮮戦争を終結させる平和協定の締結も在韓米軍の
撤退問題が絡み成立困難であろう。結局、朝鮮半島は南北の大軍事力が直接対峙する休戦
状態を持続せざるを得ず、現在の構図から大きく変わることはないであろう。
北 朝 鮮 の 核 問 題 解 決 に 向 け た 6 カ 国 協 議 は 、平 和 的 交 渉 に よ る 非 核 化 努 力 を 重 ね た が 北
朝鮮に核・ミサイル開発の時間を稼がせるだけのものとなっている。北朝鮮は欺瞞と瀬戸
際の外交を繰り返しながら弾道ミサイル発射と核実験を強行し続けている。参加国はこれ
に翻弄されながら何ら抑止することが出来ず、国際社会全体としての制裁措置も確たる効
果を発揮し得ず手詰まり状態に陥っている。
北 朝 鮮 は 、 核 ・ミ サ イ ル 問 題 に 対 す る 国 際 社 会 の 制 裁 措 置 を 逆 恨 み し て 6 カ 国 協 議 を ボ
イコットしているが、その一方で米国に対しては米朝 2 国間協議の推進に奔走しており、
か つ 中 国 と の 緊 密 な 関 係 は 保 持 し て 行 こ う と し て い る 。米 国 も 中 国 も 北 朝 鮮 に 6 カ 国 協 議
に戻るように働きかけているが北朝鮮は応じる気配がない。この状態を放置すれば北朝鮮
の核問題解決は未解決なまま、核兵器保有の既成事実化だけが進む可能性が極めて高い。
し か し な が ら 6 カ 国 協 議 の 枠 組 み 自 体 は 、朝 鮮 半 島 お よ び 東 ア ジ ア の 安 定 の た め の 国 際 協
議の場として重要認識が高まっており、北朝鮮がボイコットしても主眼を転向させながら
継続される可能性が高い。
北朝鮮が弾道ミサイル発射と核実験の強行や恫喝を繰り返せば、国際社会は国連安保決
議による制裁措置を講じ、事態悪化によっては多国籍軍による武力行使措置も提議される
可能性がある。しかし地政学的な戦略思考のため中露の足並みが揃わない場合には、米韓
連合軍による先制攻撃が考えられよう。ただ韓国世論による反米・反戦のデモ・妨害活動
が高まると予測され米韓連合軍としての作戦実施が困難になる恐れがある。それでも米国
87
が先制攻撃の必要性を認めた場合には、米国が朝鮮半島の外から単独で敢行する可能性も
あ る 。 こ の よ う に 、 こ れ か ら 10 年 の 朝 鮮 半 島 は 、 南 北 対 峙 の 構 図 を 引 き ず り つ つ 、 核 ・ミ
サイル問題の進展如何によっては緊張が一気に高まる可能性を否定できない。
2.北朝鮮の情勢
(1)ポスト金正日体制の行方
北朝鮮は、国内的には金正日による独裁支配体制を厳しく維持し、外交的には核・ミサ
イル問題を巡る瀬戸際外交により体制保証を確保しようとしている。しかし、金正日体制
の 終 焉 は 迫 っ て お り 、 こ の 10 年 の 間 に は ポ ス ト 金 正 日 の 体 制 に 移 行 し て い る で あ ろ う 。
先 ず 、金 正 日 自 身 の 健 康 悪 化 に よ る 突 然 死 、も し く は 退 位・交 代 の 可 能 性 が 極 め て 高 い 。
北朝鮮では金王朝として国家指導者の世襲制が暗黙の内に国是となっていると言われる。
三男のジョンウンが有力との情報があるが、三人の異母兄弟はいずれも年若く、経験、力
量とも不充分と判断され後継者は未だ定められていない。また後継者争いの進展によって
はその後ろ盾となる側近グループの間での権力闘争が展開される可能性が高い。また世襲
困難などの事由により金正日の側近が後継者として登場する場合には、核心階層や軍首脳
が そ の 正 統 性 を 巡 っ て 、後 継 者 争 い よ り も 熾 烈 な 内 部 権 力 抗 争 、粛 清 な ど が 展 開 さ れ よ う 。
次に考えられるのは、宮廷革命、クーデターなどによる内部崩壊である。国際的な孤立
の中で核・ミサイル開発の強硬姿勢を取り続ければ、厳しい経済制裁により戦略物資・エ
ネルギー・食糧の供給が途絶し、更に社会主義体制下の経済改革の失敗も加われば、現在
以上の厳しい経済困窮・食糧難に晒されよう。そうなれば体制内部で指導層の内外政策の
失政に対して軍と核心階層の不満が高まるであろう。金正日への人心が離れ統治能力に陰
りが出れば、エリート層による内乱を誘発し金正日とその側近を排除する宮廷革命、クー
デターの可能性を否定できない。民衆蜂起も考えられるが、社会監視、住民統制が厳しく
保持されており、蓋然性は低い。
北 朝 鮮 の 内 部 崩 壊 が 生 起 す れ ば 、難 民 が 30 万 名 程 度 発 生 し 、約 20 万 名 が 中 朝 国 境 沿 い 、
約 10 万 名 が 陸 上 及 び 海 上 の 休 戦 ラ イ ン を 超 え て 韓 国 に 流 入 す る と の 予 想 も あ る 。 米 韓 連
合 軍 に は 北 朝 鮮 の 崩 壊 ・混 乱 に 備 え た 「 作 戦 構 想 計 画 5029」 が あ り 、 事 態 の 進 展 に よ っ て
は韓国軍のみが人権保護の見地から同胞救援、救護に介入することがあっても米軍は北朝
鮮領域内には入らないと推定されている。これは国益を追求して積極的に関与しようとす
る中国、ロシアに対する牽制措置として考えられたもので事態生起後早い段階で提議する
ものと思われる。このように北朝鮮混乱の収拾困難事態は朝鮮民族の問題として、韓国の
みが同胞として対応し、周辺の大国は相互に牽制し合うことになり直接的介入はし難い状
態になると思われる。日本も含めて各国とも自国への波及、人道上の問題などが生じなけ
れば事態を静観することになろう。
従って金正日体制の終焉に伴い、権力抗争、戒厳令、粛清など、かなりの国内混乱が予
測されるものの、周辺大国の介入もなく見守るなかで事態は収拾されよう。また、新政権
の首脳陣は恐らく現在の核心層によって構成される可能性が高いと考えられ、金正日路線
を踏襲した国家体制を存続させて行くであろう。新政権が立ち上がれば中国は伝統的友好
関係に絡ませて影響力を行使して接近する可能性が高く、韓国は同胞援護として積極的支
88
DRC 年報 2009
援を展開し南北和解、南北統一への道を模索し新たな南北関係の構築を試みるであろう。
しかしながら大勢としては、朝鮮半島の安定、北朝鮮の存続・現状維持を望む大国の狭間
で一応の小康状態を維持するであろう。
(2)北朝鮮の軍事態勢
ア.根本的な軍事戦略は不変
新 政 権 の 政 治 ス タ イ ル は 、金 正 日 路 線 と も 言 う べ き「 主 体 思 想 」、「 強 盛 大 国 」、「 先
軍政治」が踏襲されるであろう。建国以来の「四大軍事路線」をもって朝鮮半島を「武
力赤化統一」するとする対南軍事戦略は基本的に変わることなく、先軍政治をもって国
家予算を優先的に軍事態勢の強化に投入し続けるであろう。軍事態勢強化の主体は、如
何ともし難い劣勢な通常戦力を補う上で核・ミサイル戦力増強と特殊作戦などの非対称
戦力の維持強化となろう。
新政権の統治統制能力が低下して内政が不安定化すれば、この軍事力をバックに内外
の危機感を煽る瀬戸際外交、対南恫喝に出る可能性がある。日本に対しても矛先を向け
る危険性があり、核・ミサイル戦力を有するだけに深刻に受け止める必要があろう。
イ.核装備は既成事実化され核保有を誇示
北 朝 鮮 の 核 問 題 解 決 の 6 カ 国 協 議 は 不 透 明 な ま ま 行 き 詰 ま り 、非 核 化 に つ い て は 有 名
無実化してしまっているであろう。北朝鮮は、国際社会の反発と制裁措置にも拘わらず
「核・ミサイル戦力の保持は、国家主権による選択、自衛的な戦争・核抑止力、朝鮮半
島非核化のためのもの」と強弁して開発し続けよう。北朝鮮は核・ミサイルの保有が、
①国際社会の反対を押し切っても自国の安全保障と体制維持に極めて有効であると認
識し、かつ、②米国を初めとする国際社会は北朝鮮の意思を砕く攻撃、戦争に踏み切れ
ないと判断し、そして③武器輸出、技術輸出による外貨獲得の実益をもたらすため、開
発 ・保 有 を 放 棄 す る こ と は あ り え な い 。
こ の ま ま 北 朝 鮮 の 核・ミ サ イ ル 開 発 を 放 置 す れ ば 、2020 年 ま で に は 、核 弾 頭 の 小 型 化 、
ミサイルの固体燃料化、移動型などへと質・量ともに充実させ、ウラン型核爆弾や米国
に 届 く ICBM(「 テ ポ ド ン 3」? )な ど も 開 発・保 有 に 至 る 可 能 性 が 高 い 。ま た 、日 本 全
域を射程圏内に収める「ノドン」ミサイルにも小型核弾頭の搭載が可能となり、数量も
500 発 を 超 え る と 見 積 も ら れ る 。 日 本 に と っ て は 重 大 な 脅 威 で あ り 、 防 衛 戦 略 を 根 本 的
に見直さなければならなくなるであろう。
ウ.通常戦力の近代化は停滞
核・ミサイル戦力の造成への優先的予算使用、大戦力の維持経費などに起因する予算
不足、加えて制裁措置などに伴う中露からの武器導入の困難性などで通常戦力の近代化
は停滞し、かつ部隊運用の燃料不足などから将兵の訓練練度も低レベルで推移しよう。
しかし、南侵を前提とした初動戦力としての大規模な兵力と前方配備は依然として大
き な 脅 威 で あ る 。陸 軍 は 、27コ 師 団 100万 規 模 、戦 車 3,000両 を 含 む 機 甲 戦 力 及 び 長 射 程
砲 火 力 の 主 力 部 隊 を 38度 線 付 近 に 配 備 し ソ ウ ル を 脅 か し 続 け る で あ ろ う 。 ま た 師 団 ( 1
万 人 )を 2 個 軽 歩 兵 師 団( 5000人 )に 改 編 し て の 機 動 性 強 化 が 更 に 進 む で あ ろ う 。海 軍
は、小型艦艇、潜水艦による沿岸作戦行動能力程度で大きく変化するとは考えられない
が 、特 殊 部 隊 用 の 小 型 潜 水 艦( 現 在 約 60隻 )及 び エ ア ク ッ シ ョ ン 揚 陸 艇( 現 在 約 130隻 )
89
な ど は 増 強 さ れ て い よ う 。 空 軍 は 、 現 在 保 有 す る 約 600機 の 作 戦 機 の 老 朽 化 が 進 ん で 航
空 攻 撃 、 防 空 戦 闘 の 能 力 低 下 が 著 し い と 考 え ら れ る 。 国 際 的 制 裁 に も 拘 わ ら ず 第 3国 経
由での航空機導入や近代化改修などが進む可能性も高い。
エ.非対称戦力の強化
北 朝 鮮 の 特 殊 部 隊 は 約 18万 人 に 達 し 世 界 最 大 の 規 模 を 誇 っ て い る 。対 南 侵 入 工 作 、ゲ
リ ラ 戦 、 敵 陣 後 方 に 浸 透 し て の 第 2戦 線 構 成 な ど を 主 任 務 と す る ほ か 、 住 民 に 混 じ り 込
ん で の 破 壊 ・ 撹 乱 の 非 正 規 戦 を 展 開 す る と 推 測 さ れ 、 核 ・ミ サ イ ル 戦 力 と と も に 北 朝 鮮
戦 力 の 主 体 と し て 強 化 さ れ る で あ ろ う 。ま た 、相 当 量 の 化 学 剤 の 保 有 と と も に 炭 疽 菌 、
天然痘等などの細菌兵器の生産基盤を保持し続けており、生物・化学兵器による攻撃も
あり得ると危惧される。
ま た 2020年 ま で に 、衛 星 シ ス テ ム 、コ ン ピ ュ ー タ へ の 依 存 度 を 高 め る 敵 対 国 の C4ISR
( Command Control Communication Computer Surveillance Reconnaissance : 指 揮
管制通信監視偵察)システムに対する物理的攻撃やコンピュータソフトに対するハッカ
ー攻撃などコンピュータ攻撃能力などが相当なレベルに到達すると予測され大きな脅
威となろう。
3.韓国の情勢
(1)保守、左派勢力の対立構造の存続
保守復活の李明博政権によって日米との関係も修復され、日米韓が緊密に連携して対
北政策を初め安全保障や経済協力を行っているのは望ましいことである。しかし、金大
中、盧武鉉政権の間に親北反米反日の左派勢力が大きく成長した。盧武鉉前大統領の自
殺を巡って組織的な反政府運動を展開したが依然として大きな力を有していることを
見せ付けた。大統領選挙、国政選挙や突発事態如何では、保守、左派勢力が激しく対立
す る 国 論 分 裂 状 態 が 現 出 し よ う 。 2020 年 ま で に は 2 度 の 大 統 領 選 挙 が 行 わ れ る が 、 保
守、左派政権の繰り返しによる対北政策、外交姿勢の転換が韓国国内のみならず北東ア
ジアの重大な不安定要因となると懸念される。
しかし政権交代が行われても根本的な対北国防戦略、朝鮮半島の非核化、戦争抑止な
どの戦略姿勢は変わらないであろう。特に北朝鮮の暴発南侵事態と体制崩壊による内政
混乱事態の両面に対応する軍事戦略を構築して態勢を保持し続けるであろう。
(2)新たな米韓共同防衛体制へ
朝 鮮 戦 争 以 来 、一 貫 し て 在 韓 米 軍 司 令 官 が 掌 握 し て い た 戦 時 作 戦 統 制 権 は 、2012 年 に
韓国に移管される。同時に米韓連合軍司令部は解体され米韓の指揮関係、任務・役割分
担 は 大 き く 変 化 す る こ と に な る 。作 戦 統 制 権 が 移 管 さ れ た 後 も 在 韓 米 軍 は 約 3 万 人 規 模
に 縮 小 さ れ た 現 水 準 を 維 持 し て 継 続 駐 留 し 、米 陸 軍 第 2 師 団 の 主 力 部 隊 は ソ ウ ル 南 方 の
平澤に移駐する。在韓米軍は、これまでの対北拘置戦力としてではなく朝鮮半島域外へ
も機動できる「戦略的柔軟性」を保持することになる。米軍に代わって韓国軍が全面的
に 休 戦 ラ イ ン DMZ を 挟 み 北 朝 鮮 軍 と 対 峙 す る こ と に な り 、 相 当 の 軍 事 力 近 代 化 と 能 力
90
DRC 年報 2009
強化が要求されよう。ただし、在韓米軍の偵察部隊などは、国連軍の一員として平時か
ら停戦協定の監視任務を継続することになる。
米韓は連合軍司令部が解体された後も米韓の指揮所に連接する共同調整所を常設す
るとしており、更に即応性が要求される空軍にあっては、これまでどおり烏山基地に米
韓共同の空軍司令部を併設して連合作戦体制を維持するとしている。しかしながら北朝
鮮 の 武 力 侵 攻 に 対 応 し て 作 戦 ・戦 闘 を 展 開 す る の は 第 一 義 的 に 韓 国 軍 で あ り 、 米 軍 は 同
盟 条 約 に よ り 支 援 す る 立 場 で 米 韓 共 同 作 戦 を 展 開 す る こ と に な る 。 作 戦 情 報 、 C4ISR 機
能など米軍依存度が高い状態で、韓国軍主導の作戦調整による作戦体制は、日米共同作
戦体制に近い。指揮の一元性と米韓一体の軍事合理性を誇った米韓連合防衛体制の即応
態勢と作戦遂行機能の低下は否めない。
朝鮮半島有事の場合は、これまで米韓連合軍が主体となって国連軍もしくは多国籍軍
が形成されると予測されていたが、将来生起すれば自尊心の高い韓国軍が主導しようと
するであろう。多国間の調整は複雑化し、軋みが出ることが懸念される。有事に於ける
増援戦力の主体は米軍であるが、これまでの大規模な地上軍に代わって、より迅速な空
軍、海軍中心へと転換されよう。
(3)韓国の軍事態勢
ア.韓国軍の自主国防体制は進展
戦時作戦統制権移管に伴う韓国軍の任務・役割の拡大に対応して自主国防体制を強化
し て い る 。 2005 年 に 策 定 さ れ た 「 国 防 改 革 2020」 で は 、 2008− 20 年 の 国 防 予 算 を 、 毎
年 9.9% の 伸 び で 総 額 約 621 兆 ウ ォ ン( 50 兆 円 )と す る 一 方 で 、兵 力 を 68 万 か ら 50 万
名に削減するとした。韓国軍の骨格と能力を根本から変える画期的な戦力増強計画であ
った。しかし、国防予算急増による国家財政圧迫と在韓米軍との機能重複の観点から見
直 し 作 業 が 行 わ れ 2009 年 6 月 に 総 経 費 が 4%( 3 兆 円 ) 削 減 さ れ た 。 そ れ で も 2020 年
には、韓国の国防予算は実質的に日本の防衛予算を上回ることになる。
原則 的に は 、最 先端 兵器 の確 保に よる 戦力 近代 化を 優先 し 、兵 力 の ス リ ム 化 な ど
の 部隊改 編は 後に する とし てい る。 早期 に北 朝鮮 軍脅 威に 対応 でき る軍 事態 勢 を
推 進 して 、兵 力削 減、 部隊 の統 廃合 は段 階的 プロ セス で実 施す ると して いる 。
「 国 防 改 革 2020」で は 、単 に 北 朝 鮮 に だ け 備 え る の で は な く 地 域 内 の 潜 在 的 脅 威 に も
備えるとして海軍の外洋作戦能力、空軍の遠距離作戦能力を充実させて 韓半島周辺の
海 ・空 域 を 作 戦 区 域 と し て 行 動 半 径 の 拡 大 を 図 ろ う と し て い る 。 そ の 背 景 に は 中 国 の 軍
事力増強への対応ととともに日本との竹島(韓国名・独島)問題を巡る紛争事態も念頭
に 入 れ て い る と 考 え ら れ 、 島 嶼 防 衛 ・上 陸 攻 撃 能 力 も 強 化 し よ う と し て い る 。
ま た 注目 すべ きは 、自 主 国 防 体 制 の 強 化 策 と 相 俟 っ て 最先端 兵器 の 兵 器 技 術 と 生 産
基盤が急速に充実発展していることである。これらの武器は海外輸出も積極的に行われ
ており貴重な外貨獲得源になっている。
イ.陸軍の近代化は進展し精強性を維持
朝鮮戦争以来の陸軍中心の軍事態勢の見直しで海空戦力の強化の陰で兵力は削減され、
こ れ ま で の 3個 軍 、10個 軍 団 、47個 師 団 、56.0万 人 か ら 3個 軍 、7個 軍 団(2個 機動 軍団 )、
20個 師 団 、 37万 人 に ス リ ム 化 が 進 め ら れ る 。 し か し 装 備 面 で は 、 韓 国 型 新 戦 車 ( K 2 )
91
、 韓 国 型 機 動 攻 撃 ヘ リ ( KAH」) を 初 め 韓 国 産 の 装 甲 車 、 自 走 砲 、 短 距 離 地 対 地 ミ サ イ
ル( 地 対 地 ミ サ イ ル 司 令 部 創 設 )な ど に よ る 機 動 戦 力 と 火 力 の 強 化 が 織 り 込 ま れ て い る 。
無 人 偵 察 機・ロ ボ ッ ト を 活 用 し た 将 来 戦 闘 の 研 究 、戦 闘 実 験 も 積 極 的 に 実 施 さ れ て お り 、
韓国陸軍の近代化は着実に進むと思われる。
そ の 一 方 で 「 国 防 改 革 2020」 の 修 正 案 で は 、 新 型 戦 車 K 2 を 2 個 機 動 軍 団 分 ( 約 600
輌 ) か ら 1 個 機 動 軍 団 分 ( 約 300輌 ) に す る な ど 陸 軍 関 連 経 費 が 大 き く 切 り 込 ま れ た 。
兵力は削減しても最先端兵器の装備と郷土師団の統廃合などの軍組織の整理統合で戦
闘力は倍加するとしているが、その部隊改編も予算カットで大幅に遅れると見込まれる。
しかし伝統的な韓国陸軍の精強性は、北朝鮮と直接に対峙する地上軍として、また韓
国産の最新兵器の充実と相俟ってより高まり、兵力削減されても北朝鮮脅威の緊迫に応
じる兵力動員体制は更に強化されよう。
ウ.海軍はバランスの取れた海上作戦能力を向上
こ れ ま で の 3 個 艦 隊 、1 個 潜 水 艦 戦 団 、1 個 航 空 戦 団 、2 個 海 兵 師 団 、6.8 万 人 の 編 成
か ら 、3 個 艦 隊 、1 個 機 動 戦 団 、1 個 潜 水 艦 隊 、1 個 航 空 戦 団 、2 個 海 兵 師 団 、6.4 万 人
に改編される。1個機動戦団は、済州島に新たな海軍基地が建設されるのに伴い仁川と
済州海域防御司令部を解体して機動戦団を創設するものであり、潜水艦隊司令部は、潜水
艦 増 強 ( 18 隻 ) に 伴 う 作 戦 能 力 の 強 化 の た め 格 上 げ 新 設 さ れ る も の で あ る 。
装備面では、国産のイージス艦、潜水艦、大型輸送艦を増強配備するとともに対潜哨
戒 機 の 充 実 強 化 を 図 る で あ ろ う 。秘 匿 性 ・伝 送 能 力 の 高 い「 リ ン ク 16」の 整 備 も 含 め て
水上艦、潜水艦、航空機の連係による総合的海上作戦能力の向上と作戦海域の拡大化を
目指している。これは対北朝鮮よりは、対中国、対日本を念頭に置いた戦力増強である
と判断される。また、イージス艦搭載の迎撃ミサイルによる弾道ミサイル防衛能力の向
上や、海兵隊による島嶼防衛、攻撃・上陸作戦能力の強化などを重視して戦力強化を図
るであろう。
エ.空軍は米韓連合作戦体制を維持
これまでの1個作戦司令部、1 個方面戦闘司令部、1 個防空砲兵司令部、9個戦闘航
空 団 、 1 個 防 空 管 制 団 、 6.3 万 人 の 編 成 か ら 、 1 個 作 戦 司 令 部 、 南 部 戦 闘 司 令 部 ( 4 飛
行 団 )、 北 部 戦 闘 司 令 部 ( 5 飛 行 団 ) の 2 個 方 面 戦 闘 司 令 部 に 改 編 さ れ る 。 戦 時 作 戦 統
制権が移管された後も烏山基地に米韓の空軍司令部を併設して連合作戦体制が維持さ
れるが、これまで米軍が保持していた陸上作戦支援の戦術航空統制部隊を韓国空軍に新
設されることになった。
戦 闘 機 数 は 500機 か ら 420機 程 度 に 縮 減 さ れ る が 、F-15K、F-16、AT-50な ど の 第 4世 代
戦闘機を揃えて戦力は強化される。北朝鮮の弾道ミサイルに対して早期警戒レーダーと
迎 撃 ミ サ イ ル ( SAM− X) の 導 入 が 優 先 的 に 進 捗 し よ う 。 国 防 予 算 の 制 約 と 在 韓 米 軍 の
機能活用の観点から早期警戒管制機、空中給油機、無人偵察機(UAV)の導入が先送
り さ れ た が 2020年 に は 取 得 配 備 し て い よ う 。ま た 韓 国 型 ス テ ル ス 戦 闘 機( KFX)、統 合 戦
術 デ ー タ ・ リ ン ク ・シ ス テ ム ( KJTDLS)、 空 対 地 巡 航 ミ サ イ ル も 研 究 開 発 を 進 め て お り 、
装備されれば戦闘能力は飛躍的に向上すると予測される。
92
DRC 年報 2009
防衛省の科学技術研究開発(政策)に対する一考察
―防衛科学技術研究開発の国の研究開発における位置づけと、
何を重点的に研究開発すべきなのかについて−
( 財 ) DRC 研 究 委 員
稲垣
連也
「概要」
現代社会においては科学技術研究開発の重要性が高いことから、それが国力の大きな要
素となることの国際的共通認識が高まり、国としての科学技術研究開発政策を定め重点的
な投資が進められる傾向にある。そして最近はデュアルユース技術の興隆から防衛と非防
衛技術の境は定かでなくなってきているが、日本においては国として防衛の科学技術研究
開発の位置付けはこれまで別扱いとされ、いまだに国の科学技術研究開発におけるその総
合的位置づけが明確でない。しかし最近はニーズベースからも防衛と非防衛の境目が曖昧
となり、その一例としての安全に資する科学技術研究開発の必要性を契機に、国の科学技
術研究開発の一分野としての我が国防衛科学技術研究開発の在り方の再検討が望まれる。
す な わ ち 防 衛 ・非 防 衛 共 通 の 国 と し て の( 知 的 ノ ウ ハ ウ を 含 む )リ ソ ー ス の 有 効 投 入 と 活 用
及び国際的な協力体制が望まれる方向にある。この背景から、時代の流れの後追いであっ
ても必要となる従来型の開発中心の防衛研究開発活動をある程度継続しつつ、米国との差
は認めた上で我が国の総合安全保障の観点や国際的な貢献をも考慮した(技術シーズベー
スではなく)ニーズベースでのいくつかの課題の中から、重点的な防衛分野での科学技術
研 究 開 発 を 行 っ て い く こ と の 提 案 を 行 う 。( 我 が 国 の 防 衛 科 学 技 術 研 究 開 発 の 第 2 次 大 戦
後 の 歴 史 的 背 景 か ら や む を 得 な い 点 は 是 認 し た う え で の 変 革 で あ る 。)そ の 背 景 と し て 最 も
重要なことは、防衛分野における科学技術研究開発の戦略の策定(改定は適宜行われると
して)である。そして総合科学技術会議の科学技術基本計画を参考とした他省庁との連携
を 考 慮 し つ つ 、防 衛 分 野 の 科 学 技 術 研 究 開 発 の 優 先 度 項 目 の 設 定 を 行 い 実 施 す る 勇 気 と( 予
算等リソース配分を含めた)鋭意決断と努力とが必要である。国の研究開発重点事項との
整合から、昨近の我が国防衛分野の研究開発優先度項目をあえて具体的に挙げれば、爆発
物検知と処理、サイバー戦対応、ロボットセンサー等が考えられることを示した。
1.はじめに
―防衛研究開発の背景環境変化と国の研究開発における位置づけの変化―
第2次大戦及びその後の冷戦期を通じ、防衛の科学技術研究開発力は国の安全保障と国
力を担うものとしてその重要性が認識され、米国を中心に民間の科学技術研究開発では行
いづらい多くの人的物的資源が防衛分野に投入されていった。しかし防衛環境の変化と民
間 商 用 分 野 で の 技 術 進 歩 に よ り 、1980 年 代 以 降 は 防 衛 と 民 間 の 技 術 の 差 が な く な り つ つ あ
る 。1990 年 代 に は デ ュ ア ル ユ ー ス 技 術 の 重 要 性 が 喧 伝 さ れ( ス ピ ン ア ウ ト 、ス ピ ン オ ン の
技 術 相 互 乗 り 入 れ )、現 代 で は デ ュ ア ル ユ ー ス 技 術 の 防 衛 及 び 非 防 衛 分 野 で の 相 互 利 用 は 当
たり前となっている。一方で、防衛脅威の変化及び(非防衛)一般分野での安全・安心要
求の高まりから、機能ニーズの面でも防衛と非防衛分野での共通点が生まれ始めている。
93
例 を 挙 げ れ ば 、爆 発 物 探 知 、サ イ バ ー 攻 撃 対 処 、無 人 セ ン サ ー /ロ ボ ッ ト に よ る 情 報 収 集 と
危険環境下での活動、さらにはエネルギー節約等環境問題対応など、デュアルユース技術
に加え、デュアルユースサブシステム(研究開発)の必要性である。従って現代では国と
しての資源有効活用のため、防衛分野と非防衛一般分野を総合した科学技術研究開発戦略
とそれに沿っての各省庁の科学技術研究開発の方向づけと予算優先度決定が重要となる。
デュアルユース技術の重要性が叫ばれた時代は、技術の実用化実証・検証までは防衛と
非防衛分野で共用であるが、その後のシステムへの適用と検証・評価は、背景や使用目的
の違いから別であった。特に大量生産・販売を狙う自動車産業や製薬分野等の研究開発と
少量で特殊目的の防衛システム研究開発では、現在でも大きな違いがある。それは大量生
産を期待される分野では、いわゆる狭義の開発は企業の戦略に結びつくものでその資源投
入は企業のリスクに任されるのに対し、防衛分野では狭義の開発(実証試験・評価)まで
国の資金(資源投入)でやらざるを得ないという違いからも明らかである。つまり防衛研
究開発は民間あるいは商用研究開発とは異なる面を有している。しかし先に示したデュア
ルユースサブシステムともいう分野は、システムニーズ面からも防衛・非防衛一般の研究
開発の違いがなくなり、共用性が増してきているといえよう。そこでは国としての資源有
効利用の観点から、防衛と非防衛の科学技術研究開発の協調が望まれる。
科学技術の総合力からみれば(特にわが国においては)防衛分野での科学技術研究開発
力はごく限られたものであるが、最近話題になりつつある上述のデュアルユースサブシス
テム分野は本来防衛分野に関係が深く主体的に取り扱ってよい分野でもあり、システムの
背景となる脅威の設定、それを意識したシステム環境のシミュレーション設定、及びシス
テムの検証・評価といった面で、防衛分野の科学技術研究開発のこれまでの経験等が活か
されると考えられる。防衛の科学技術研究開発は特殊である(そうした面がないとは言え
ないが)という概念に閉じこもらず、安全・安心の確保といった分野をきっかけに、国と
しての科学技術研究開発では防衛と非防衛分野での協調関係が築かれること、特に防衛分
野からも積極的な取り組み姿勢を示すことが必要なのではないか。そうすることで防衛科
学技術研究開発への国民への理解がより深まると期待される。
2 . 国 の 科 学 技 術 研 究 開 発 費 支 出 に おけ る 防 衛 科 学 技 術 研 究 開 発 費 の 位 置 付 け
科学技術の研究開発は、国の経済発展や安全保障(やさらに最近では環境対策)の問題
の対処に大きく貢献してきている。米国での調査によれば、過去半世紀の米国経済成長の
50%か ら 80%、 最 近 の 数 十 年 間 の 米 国 の 生 産 性 向 上 の 2/3 は 、 科 学 的 及 び 技 術 的 進 歩 が 直
接 的 に 影 響 し て い る と い わ れ る 17 。 残 念 な ら が 我 が 国 に は こ の よ う な 調 査 を 行 っ た 例 は 見
当たらない。そして安全保障のための科学技術研究開発の在り方、少し範囲を具体的にし
ていわゆる防衛分野における研究開発、特にわが国の防衛省の研究開発の在り方、位置付
け等はどうなのかを、ここでは考察しようとするものである。
科学技術研究開発の重要性の認識は国際的なものであり、国としての総投資額、及び政
府 と し て の 総 投 資 額 は 各 国 と も 近 年 増 大 し て お り 、 い わ ゆ る 新 興 国 (中 国 、 韓 国 )の 伸 び は
17
OSTP局 長 Dr. Holdrenの 米 国 上 院 で の 議 会 証 言
94
2009 年 2 月 12 日
2
科学技術白書
DRC 年報 2009
際 立 っ て い る 18 。そ の 中 で 国 全 体 の 投 資 に 対 す る 政 府 投 資 の 割 合 は 、米 英 国 で 約 30%、仏
国 で 40%、日 本 は 約 20%で あ る 。こ れ は 日 本 で は 防 衛 分 野 に お け る 政 府 投 資 額 が 少 な い こ
と が 影 響 し て い る と み ら れ る 。(科 学 技 術 研 究 開 発 費 統 計 と し て み れ ば 、総 額 で は 米 国 が 圧
倒 的 で あ る が そ の 世 界 中 に 占 め る 割 合 は か っ て の 50%近 く か ら 現 在 は 1/3 程 度 と な っ て い
る こ と (し た が っ て 米 国 も 国 際 協 調 を 重 視 し て き て い る )、 GDP比 で は 日 本 の 投 資 が 世 界 1
であること、近年中国の研究開発費の伸びが目覚ましく、絶対額では間もなく日本の研究
開発費を抜くだろうと見られることなどが注目される点である。)
い わ ゆ る 防 衛 分 野 へ の 研 究 開 発 投 資 の 在 り 方 /政 策 は 、国 の 安 全 保 障 の 考 え 方 と 政 策 、及
び 国 力 や 国 の 総 合 安 全 保 障 に 対 す る 科 学 技 術 進 歩 の 意 義 の 見 方 /科 学 技 術 政 策 に よ っ て 変
わ っ て く る 。米 国 で は 第 2 次 大 戦 中 の 経 験 か ら 、防 衛 技 術 研 究 開 発 力 こ そ が 国 力 の 要 と い
う 認 識 で も っ て 、戦 後 及 び 冷 戦 初 期 で は 国 の 科 学 技 術 研 究 開 発 費 全 体 の 約 60%を 防 衛 科 学
技 術 研 究 開 発 費 が 占 め る 時 代 が あ っ た 。 現 在 で は そ の 比 率 は 低 下 し て 約 16%程 度 で あ る 。
その最大の理由は、民間の技術投資と開発が進み、デュアルユース技術の興隆に見られる
ごとく、防衛と民間の技術の差や境界がはっきりしなくなったことにあろう。しかし依然
と し て 国 の 科 学 技 術 研 究 開 発 費 に お け る 防 衛 分 野 の 比 率 は 高 く 、国 全 体 の 投 資 の 50%強 が
防 衛 分 野 に 投 じ ら れ て い る 。 こ こ で 米 国 で は 科 学 技 術 研 究 開 発 費 全 体 は R&D 費 と 呼 び 、
基 礎 研 究 や 応 用 研 究 の FS&T( Federal Science & Technology) 費 (い わ ゆ る 実 証 試 験 評 価
の 開 発 費 を 含 め な い )と は 区 別 し て お り 、 政 府 の FS&T 費 支 出 に お け る 防 衛 分 野 の 割 合 は
約 10%で あ る (政 府 の FS&T 費 支 出 約 の 1/2 に 当 た る も の は NIH 国 立 衛 生 研 究 所 関 係 が 占
め る )。 最 近 の 重 点 課 題 は こ の FS&T が 中 心 で あ る 。 (も ち ろ ん そ の 実 用 化 が 大 切 で あ り 、
そ の 意 味 で は R&D の 開 発 部 分 も 重 要 で あ る が 、 防 衛 分 野 や 宇 宙 開 発 ・ 環 境 問 題 な ど 公 共
性 の 強 い も の は こ の 開 発 費 も 政 府 が 負 担 せ ざ る を 得 な い 場 合 が あ る が 、IT・製 薬 な ど そ の
他分野では開発費は民間負担である。)
最 近 の 米 国 防 省 予 算 の R&D 関 係 費 用 の 中 身 を 見 れ ば 、国 防 省 の FS&T 費 の R&D 全 体 (約
$75B~$80B)に 占 め る 費 用 割 合 は 7.5%程 度 で あ り 、国 防 省 で よ く つ か わ れ る 尺 度 の( 予 算
費 目 BA3 の 先 端 技 術 開 発 を 含 め た )S&T 費 の R&D 全 体 に 占 め る 割 合 は 、15%程 度 で あ る 。
一 方 我 が 国 の H20 年 度 の 科 学 技 術 予 算 は ( 特 別 会 計 分 も 含 め て ) 約 3.57 兆 円 で あ り 、
そ の う ち 防 衛 省 関 係 費 は 1,841 億 円 で 約 5.1%で あ る 。
( H21 年 度 予 算 案 で は 増 額 さ れ て 約
4 兆 円 に 増 え 、 防 衛 省 部 分 は 1,855 億 年 の 約 4.6%で あ る 。) こ こ で 注 意 す べ き は 、 日 本 の
数 値 は 米 国 の R&D 予 算 に 相 当 し て お り 、 米 国 の FS&T 予 算 相 当 の 統 計 値 が な い こ と で あ
る 。し か し 防 衛 省 以 外 の 省 庁 の 研 究 開 発 費 は 、開 発 の 多 く は 民 間 研 究 を 想 定 し て い る か ら 、
米 国 で い う FS&T/S&T 相 当 に 近 い 費 用 で あ る 。問 題 は 防 衛 分 野 に つ い て は R&D 全 体 の 中
で い わ ゆ る (実 用 化 評 価 試 験 費 用 項 目 で あ る )開 発 費 の 割 合 が 高 い た め に 本 来 米 国 の よ う に
分 離 す べ き で は な い か と い う こ と で あ る 。 防 衛 省 内 で も 、 FS&T( 基 礎 研 究 と 応 用 研 究 )
あ る い は S&T に 相 当 す る 予 算 が ど の く ら い か は 把 握 さ れ て い な い よ う で あ る 。 し か し 日
本 の 防 衛 R&D 費 の
大 部 分 は 開 発 費 で あ り 、 FS&T 相 当 部 分 は き わ め て わ ず か と 見 ら れ る 。 つ ま り 日 本 で は
95
防 衛 分 野 の 科 学 技 術 開 発 予 算 が 国 の 一 般 的 FS&T/S&T( 基 本 研 究 や 応 用 研 究 等 )に 寄 与 し
ている割合は極めて少ないと考えられる。従って日本の統計では、日本政府関係の研究開
発 費 の 中 で 防 衛 省 分 は 5%近 く あ り 結 構 大 き い 額 /割 合 で あ る と い う 見 方 は 誤 解 さ れ や す く 、
多 省 庁 分 に 相 当 す る FS&T/S&T に 相 当 す る も の で 比 較 せ ね ば 、 意 味 を あ ま り 持 た な い と
いえよう。全体的に国としてみた場合、他省庁のいう研究開発内容分類への寄与で比較す
れば、防衛省分は極めて少ない。
3 . 防 衛 省 の 科 学 技 術 研 究 開発 を 諸 外 国 、 特 に 米 国 と 比 較 す る
(1)防衛費と防衛の科学技術研究開発費
主 要 国 に お け る 防 衛 科 学 技 術 研 究 開 発 予 算 の 状 況 (平 成 19 年 )は 防 衛 庁 資 料 ( 平 成 21 年
3 月 26 日 ( 参 考 資 料 ) 防 衛 生 産 ・ 技 術 基 盤 に つ い て ) に よ れ ば 次 の よ う で あ る 。
米国
研究開発費
国防費
研 究 開 発 費 /国 防 費( % )
英国
仏国
独国
日本
$77.4B
$5.0B
$4.43B
$1.66B
$1.30B
$624.3B
$68.93B
$60.65B
$42.59B
$39.85B
12.4%
8.0%
7.3%
3.9%
3.3%
(注:米 国 の 国 防 費 に は イ ラ ク・ア フ ガ ン の い わ ゆ る 戦 争 経 費 が( $100B 以 上 )含 ま れ る 。)
日本の防衛科学技術研究開発費は防衛省の技術研究本部予算が記載されているが、その
防 衛 関 係 費 に 占 め る 割 合 は 1990 年 以 降 お お む ね 3 ∼ 4 % で 推 移 し て き て い る 。 こ れ は 諸
外国と比較すれば予算額・割合ともに低い。
この表とは別に、研究開発費のいわゆる装備購入費との比率がもう一つの興味深い指標
と な る 。Heritage 財 団 の Baker 氏 の 分 析 資 料( Backgrounder June 19, 2009)に よ れ ば 、
米 国 の 装 備 等 の 購 入 費 と 研 究 開 発 費 を 合 わ せ た 額 に 占 め る 、購 入 費 の 割 合 は 、1980 年 代 で
73%、 2005 年 で 62%と 研 究 開 発 費 の 割 合 が 増 え て い る 。 ち な み に 日 本 の 購 入 額 (思 い や り
経 費 等 を 除 く )を 約 2 兆 円 と す れ ば 、 我 が 国 の 場 合 こ の 比 率 は 約 90%と 研 究 開 発 分 は 極 め
て 少 な い 。英 国 の Defense Industry Strategy 2005 で「 研 究 開 発 費 と 装 備 品 の 質 の 間 に は
支出に比例して品質が向上する関係がある」と述べていることからみれば、絶対額及び経
費比率の双方からみて、米国はその政策と結果とでもたらされる装備品品質の点での優位
性においても、他国に抜きんでていることが分かる。防衛科学技術研究開発費を防衛費の
あるいは購入総経費のいくらの割合にまで投入すべきなのかは、難しい問題であるが、日
米の差を考えるときこの差はひとつの尺度と見ることができよう。
(2)米国の防衛科学技術研究開発の戦略と実施
米 国 で は 国 と し て の 科 学 技 術 開 発 戦 略 に は 、 NSF が 2006 年 6 月 に 発 表 し た NSF 戦 略
計 画 (2006-1011)等 が あ る 。一 方 国 防 省 と し て の 科 学 技 術 開 発 戦 略 は 、米 国 の 国 防 戦 略( 国
家 防 衛 戦 略 ND、 国 家 軍 事 戦 略 NMS、 4 年 毎 の 国 防 政 策 見 直 し QDR、 及 び 戦 略 的 計 画 ガ
イ ダ ン ス SPG) 等 が 基 本 と な り 、 さ ら に QDR か ら 導 か れ る 統 合 機 能 概 念 を 基 盤 と し た
JCIDS(Joint Capability Integration and Development System)プ ロ セ ス (要 求 の 生 成 )に
基 づ き 構 成 さ れ る 。具 体 的 に は 米 国 防 省 の Research & Engineering 戦 略 計 画( 2007 年 版
が 現 在 入 手 で き る 最 新 版 ) が あ る 。 こ れ は Research & Engineering の 投 資 と 管 理 の 優 先
度付が必要であり、そのためのガイドとなるものである。さらにそれの背景あるいはそれ
96
DRC 年報 2009
を 受 け る も の と し て 、 各 軍 の 科 学 技 術 開 発 戦 略 、 DARPA の 科 学 技 術 開 発 戦 略 、 及 び 防 衛
脅 威 縮 減 庁 DTRA の 技 術 投 資 戦 略 等 が あ る 。
( DARPA の 戦 略 に つ い て は 2007 年 版 に 続 き
こ の 2009 年 7 月 に 2009 年 版 が 発 表 さ れ て い る 。)
米 国 防 省 の 2007 年 版 Research & Engineering 戦 略 で は 、2006QDR に 示 さ れ る 4 項 目
の 所 望 能 力 ( Capabilities) に 対 応 す る 達 成 す べ き 機 能 と 可 能 性 を 与 え る 技 術 の 投 資 領 域
の 技 術 、 23 項 目 /分 野 が 示 さ れ 、 国 防 省 の 全 体 的 な R&E を ガ イ ド す る よ う に な っ て い る 。
さ ら に 具 体 的 な 例 え ば DARPA の 戦 略 2007/2009 を 見 れ ば 、推 進 す る 技 術 ス ラ ス ト と し て
9 項目が挙げられ、それぞれに具体的なこれまでの中間成果や目標が示されている。こう
し た 戦 略 に 基 づ い て 予 算 及 び POM( Program Objective Memorandum) が た て ら れ る 。
次に他省庁との関連を見る。現代に大切なことは防衛科学技術研究開発を国のそれに対
しどう位置づけるのかである。防衛分野の科学技術研究開発はかっては防衛分野特有のも
の が 多 く 、民 間 /商 用 技 術 等 と は 一 線 を 画 し た 時 代 が あ っ た が 、現 代 で は 防 衛 固 有 の 科 学 技
術 は わ ず か で あ り 、大 部 分 は 軍 民 共 用 で い わ ゆ る デ ュ ア ル ユ ー ス 技 術 と な っ て い る 。(ナ ノ
技術等はその典型であろう。)
こうした背景では国としての科学技術研究開発に対し、防衛科学技術研究開発も整合が取
れなくてはならず、そのための仕組みが必要である。米国では、短期的ないわゆる年度予
算としての資金投入については、省庁の重複投資を避けようとする仕組みがある。すなわ
ち国としての近未来の科学技術研究開発の在り方、優先度項目検討等を行い省庁間での重
複 研 究 開 発 を 防 ぎ 協 調 を 進 め る 組 織 と し て 、OSTP(科 学 技 術 政 策 局 )、OMB(行 政 管 理 予 算
局 )等 が あ り 、 ま た 多 く の 領 域 で の 政 策 勧 告 を 行 う 大 統 領 の 科 学 技 術 に 関 す る 助 言 評 議 会
( PCAST)が あ る 。つ ま り 国 と し て の 科 学 技 術 政 策 を 具 体 的 に 実 行 す る 元 に な る 各 年 度 の
予算を行政機関としての各省庁が計画立案していくのに先立ち、評議委員会等での議論に
基 づ き ト ッ プ ダ ウ ン で 優 先 度 等 の 基 本 方 針 が 定 め ら れ 、 OMBと OSTPか ら 通 達 さ れ る 。 具
体 的 例 を 示 せ ば 、 2009 年 8 月 4 日 に 、 OMB局 長 Orszag氏 及 び OSTP局 長 Holdren氏 の 連
名 で 、 各 行 政 機 関 の 長 あ て に FY2011 予 算 ( 2010 年 10 月 開 始 ) の た め の 科 学 技 術 優 先 度
( 米 国 Recovery and Reinvestment Act及 び FY2010 予 算 を 反 映 )な る メ モ ラ ン ダ ム が 通 知
さ れ て い る 。 FY2010 予 算 で は 、 米 国 の R&D予 算 全 体 で は ( FY2009 に 比 べ ) 0.4%の 伸 び
で あ る が ( 国 防 省 関 係 は 2.4%の 減 少 、 非 防 衛 部 分 は 3.6%の 増 大 ) 19 、 FS&T( 基 本 研 究
+ 応 用 研 究 ) 予 算 で は 0.6%の 伸 び ( 国 防 省 関 係 は 12.8%の 減 少 ) で あ る 。
(3)我が国における科学技術戦略
我 が 国 の 国 と し て の 科 学 技 術 研 究 開 発 費 投 入 は 、科 学 技 術 政 策 の 企 画 立 案 お よ び 総 合 調
整を行うことを目的に内閣府に設置された総合科学技術会議が中心となって検討され、全
体 的 に は 科 学 技 術 基 本 計 画 を 基 本 と し て い る 。現 在 は H18 年 3 月 28 日 閣 議 決 定 の H18-H22
にわたる第 3 期計画の途中にある。第 3 期では第 2 期からの 3 つの基本理念を引き継ぎ、
6 大 目 的 と そ れ を 構 成 す る 12 の 中 目 標 が 政 策 設 定 さ れ て い る 。こ れ ま で 防 衛 に 関 係 す る テ
ー マ は ほ と ん ど 見 当 た ら な か っ た が 、こ の 第 3 期 計 画 に は 大 目 標 6 と し て「 安 全 が 誇 り と
19
A Renewed Commitment to Science and Technology Federal R&D, Technology, and
STEM Education in the 2010 Budget、 OSTP
97
May 7, 2009
なる国のテーマ」が掲げられていることは注目すべきであろう。
一方防衛省としての科学技術戦略については、これまで作成され公表書類となったもの
は残念ながら見当たらず、毎年の防衛省予算要求書においてその片鱗がうかがわれる程度
である。また国の科学技術基本計画との整合や他省庁との協調をふまえた重複投資の防止
などの分析等はほとんど見られない。重点項目についても防衛省内の論理のみで設定され
ているようにみえる。
4.我が国の防衛関連科学技術研究開発の実態
我 が 国 に お け る 防 衛 関 連 科 学 技 術 の 研 究 開 発 は 、第 2 次 大 戦 後 の 軍 事 技 術 へ の ア レ ル ギ
ーもあって、大学や国の研究所においてはほとんど実施されてきておらず、ほとんどが防
衛省の技術研究本部で、一部は陸海空自衛隊の主として学校及試験評価を担当する研究開
発関連部隊にて行われている。そしてこの主体となる防衛省(かっての防衛庁)の技術研
究本部の組織・研究開発状況およびその特徴を、特に米軍のそれと比較して述べれば次の
ようになろう。
・防 衛 費 規 模 全 体 で は わ が 国 は 米 国 の 1/10 以 下 で あ る の に 対 し 、防 衛 関 連 技 術 開 発 予 算
の 重 み は 、米 軍 の 1/40 程 度 以 下 で あ る 。そ の う ち い わ ゆ る 開 発 そ の も の で は な い 米 軍
の い う S&T( 基 礎 研 究 、応 用 研 究 、及 び 先 端 技 術 研 究 )で は さ ら に ひ と ケ タ 以 上 少 な
い と み ら れ る (残 念 な が ら 統 計 公 表 値 が な い )。
・ 防 衛 関 連 技 術 開 発 要 員 は ( 約 1,000 人 + 学 校 や 部 隊 の 試 験 評 価 要 員 等 ) 規 模 で あ り 米
軍 の 1/100 以 下 と 見 ら れ る 。 そ れ に も ま し て 重 要 な 点 は 、 米 軍 は 外 部 中 立 組 織 で あ り
優 秀 な 頭 脳 を 有 す る 、 防 衛 関 連 の FFRDC ( Federally Funded Research and
Development Center、 そ の 特 徴 は Contractor Owned Contractor Operated に あ る )
をスポンサーとなって利用し、防衛関連研究開発について、調査研究委託及び時には
基 本 開 発 ま で 委 託 で き る 点 で あ る 。( 米 軍 は 第 2 次 大 戦 中 の マ ン ハ ッ タ ン 計 画 等 に よ
り集めた人材が戦後散逸することを恐れ、軍が資金スポンサーとなるシンクタンクや
FFRDC を 創 設 支 援 し 利 用 し て き た が 、 日 本 で は 戦 時 中 に 理 研 の 利 用 等 が あ っ た も の
の 、 戦 後 は 一 切 な く な っ て し ま っ て い る 。)
・ 自 衛 隊 発 足 と と も に 、第 2 次 大 戦 ま で の 教 訓 に 鑑 み 技 術 研 究 本 部 が 発 足 し た が 、そ の
歴史的な経緯、国民からの防衛研究の必要性に関する十分な理解が得られなかったこ
とから、日蔭者としての研究開発を強いられ、その活動は現在に至るまで防衛関連に
閉じたものといえる。大学や他の政府研究機関との交流も少ない。最近のデュアルユ
ー ス 技 術 に つ い て も 、大 学 や 政 府 研 究 機 関 (独 立 行 政 法 人 を 含 む )と の 協 力 ・協 調 に つ い
てはほとんど聞かれない状況である。実際には米軍の研究開発動向を追い、その傾向
に沿ってのわが国の装備品等の開発に主点を置かざるを得なかったと考えられる。従
って基礎研究や応用研究の類は少なく、予算と要員は大部分が開発官制度による開
発 ・ 試 験 評 価 に 充 て ら れ て い る 。( R&D 費 総 額 に 対 す る 基 礎 研 究 ・ 応 用 研 究 の 割 合 の
統 計 値 す ら ほ と ん ど な い と い う こ と が 端 的 に そ れ を 示 し て い る 。) 何 を 研 究 ・ 開 発 す
べきかが本来はもっとも重要であり困難なのであるが、皮肉な言い方をすれば米軍の
研究開発の基礎・応用研究や特に開発の成果を見て追試やその後追い開発ですんでき
た(あるいはそれが精いっぱいであった)のは、ある意味で幸せであったのかもしれ
98
DRC 年報 2009
な い 。( 辛 辣 な 表 現 を す れ ば 、 失 敗 を 恐 れ オ リ ジ ナ ル な ア イ デ ア に よ る 研 究 開 発 は ほ
とんどないから、防衛庁技術研究本部で開発したものが装備化されなかったのは正式
に は こ れ ま で 2 件 し か な い 、 ほ と ん ど 成 功 し て い る 、 と 揶 揄 す る 向 き も あ っ た 。)
・ 研 究 開 発 で は 、 基 礎 ・応 用 研 究 や 先 端 技 術 開 発 と い わ ゆ る 本 格 開 発 (プ ロ ト タ イ プ 作 成
や 実 証 試 験 )と の 間 に (米 軍 の 研 究 開 発 予 算 項 目 で 言 え ば 応 用 研 究 BA2 や 先 端 技 術 開 発
BA3 と 先 端 コ ン ポ ー ネ ン ト 開 発 及 び プ ロ ト タ イ プ の BA4 以 上 と の 間 に )、い わ ゆ る 死
の 谷 death valley
と い う 大 き な 境 目 (ギ ャ ッ プ : 実 行 上 の 難 し さ )が 存 在 す る 。 こ れ
を 乗 り 越 え 早 め に 研 究 成 果 を 実 用 化 (技 術 の 移 管 と も い わ れ る )す る こ と が 最 も 求 め ら
れ る 。そ し て こ れ ま で の わ が 国 の (防 衛 )技 術 研 究 本 部 の 業 務 (予 算 )は 、一 部 の 基 礎 応 用
研 究 や 先 端 技 術 開 発 ( ACTD な ど )は 見 ら れ る も の の 、 残 念 な が ら 多 く は 開 発 (米 軍 の
言 う BA4 以 上 )中 心 で あ っ た (そ う せ ざ る を 得 な か っ た )。 米 軍 に は 、 基 礎 ・応 用 研 究 を
基に先端技術開発から実用化の入り口までを必死に追求し、数多くの失敗を傍目にし
な が ら い く つ か の 大 き な 成 果 を 発 揮 し て き た DARPA と い う 組 織 と そ れ を 支 え る 仕 組
み が あ る 。DARPA は ス プ ー ト ニ ク シ ョ ッ ク に よ り 政 府 が 直 接 に 創 設 し た も の で あ り 、
現在でも最もその価値が認められ期待されている。我が国にでもかねて切望されては
いるが実現していない。
さ ら に 米 国 防 省 の R&D の 特 徴 と し て は 、 前 述 の ご と く 、 狭 義 の 開 発 の み で な く
FS&T/S&T と よ ば れ る 基 礎 ・ 応 用 研 究 等 へ の 投 資 の 大 き さ が あ る 。 さ ら に 踏 み 込 め ば 、
R&D の 中 身 で ア イ デ ア 探 求・追 求 に 相 当 す る 部 分 の 高 さ に 注 目 す る 必 要 が あ る 。そ の 中
心 が DARPA の 研 究 開 発 と い わ れ 、特 に DARPA の 予 算 投 入 の 大 き さ が 米 国 防 省 S&T 全
体 の 約 25%に 当 た り 、 こ れ は 民 間 企 業 で の R&D で ア イ デ ア や マ ー ケ テ ィ ン グ 追 求 の 費
用 が 全 体 の 25%あ る と い う こ と に 相 当 し て い る 。他 で や っ て い る か ら そ れ を 追 い か け る
と い う R&D と は 異 な る 難 し さ を 追 求 し て い る の で あ り 、 こ れ が 成 果 が 出 る 基 に な っ て
いることが重要であろう。
( 注 : DARPA 自 体 は 優 れ た 短 任 期 の プ ロ グ ラ ム マ ネ ー ジ ャ 100 人 強 の 集 団 で 実 用 化
へ の い わ ゆ る 死 の 谷 を 越 え る 研 究 開 発 の 計 画 ・ 実 行 ・ 推 進 の 部 隊 で あ り 、 DARPA
自身で研究開発しているわけではない。その仕組みの焦点は、トップダウンの実用
化 開 発 の 意 向 を 受 け 、 大 学 、 軍 や 国 ・公 共 (ひ い て は 外 国 )の 研 究 所 や 企 業 を 問 わ ず 、
研 究 成 果 を 基 に し た 実 用 化 ア イ デ ア を 募 集 し て 評 価 し 、年 $3B に も な る 潤 沢 な 予 算
を駆使投入して、実用化(本格開発の前段階)のめどをつけることである。その鍵
は投入資金の確保(トップの理解)と、能力と経験があり意欲のある優れたプロブ
ラ ム マ ネ ー ジ ャ の 確 保 、 に あ る 。)
・我が国政府としての科学技術政策、その基本になる科学技術基本計画では、防衛省の
研究開発はほとんど蚊帳の外であるように見える。すなわち防衛省の研究開発は、日
本の他省庁とは全くといていいほど切り離されている。関連があった数少ない例とし
て は 、 独 立 行 政 法 人 新 エ ネ ル ギ ー ・産 業 技 術 総 合 開 発 機 構 ( NEDO) で の 2 件 の 成 果
(ただし公式には当初からデュアルユース技術開発を目指した成果とは言われてい
な い よ う で あ る )、あ る い は 独 立 行 政 法 人 科 学 技 術 振 興 機 構( JST)で の 対 人 地 雷 探 知 ・
除 去 研 究 開 発 推 進( 防 衛 省 も 協 力 を 要 請 さ れ た が 結 果 は ?)な ど が あ る 程 度 で あ る 。そ
99
の ほ か で は 最 近 の 総 合 科 学 技 術 会 議 「 安 全 に 資 す る 科 学 技 術 推 進 PT」 に よ る 、 わ が
国の総合的な安全保障への貢献としてデュアルユース技術も含め安全に資する科学
技術のあり方を検討する、という動きが注目されたが、具体的には防衛関係者が専門
家として意見を求められるという参画程度であり、防衛技術と民間技術の融合や協調
を挙げるために、関係機関が一体となって実施するというようにはなってきていない。
(例 え ば 安 全 ・安 心 科 学 技 術 プ ロ ジ ェ ク ト 拡 充 の 予 算 要 求 や 実 施 (公 募 等 を 含 む )は 、 文
部 科 学 省 科 学 技 術 ・学 術 政 策 局 政 策 課 が す べ て 仕 切 っ て い る 。 )
・我が国の防衛基本政策、防衛大綱等から、防衛運用構想そして装備構想が作られ、さ
らにそこから防衛科学技術研究開発の在り方や要望が打ち出されるということがほ
と ん ど な い 。 2007 年 4 月 に 作 成 公 表 さ れ た 技 本 の 中 長 期 技 術 見 積 も り は 、 そ う し た
運用サイドからの要望(ニーズ)が明示されないことに対し、技術サイドつまりシー
ズ側からの想定による将来を示していると考えられる。これは防衛省としてはこれま
でほとんど行われてこなかったまとめの成果であるが、あくまでそれはニーズサイド
への提案であり、従って研究開発の優先順位等はつけるのが困難であり総花的になら
ざるを得なかったといえよう。
以上をまとめれば、残念ながらわが国では、国としての科学技術研究開発政策の基本方
針に防衛関連研究開発テーマを盛り込まれることはほとんどなかったし、防衛という閉じ
た 世 界 の 活 動 に 過 ぎ な か っ た 。 し か し 平 成 18 年 よ り の 第 3 期 科 学 技 術 基 本 計 画 で は 、 国
と し て の 大 き な 目 標 に「 安 全 が 誇 り と な る 国 の テ ー マ 」が 掲 げ ら れ 、国 と し て の 動 き で「 安
全 に 資 す る 科 学 技 術 推 進 PT」 が 組 織 化 さ れ た 。 こ れ に 関 連 し 、 な ぜ た と え ば 爆 発 物 探 知
の話が、防衛省、警察庁、その他の枠組みとしてより積極的で踏み込んだ横断的な話し合
い等が進められなかったものか、防衛省技術研究開発政策担当からのむしろ積極的なアプ
ローチがあってもよかったのではないかと思われるのである。
( 実 体 は 、防 衛 省 側 は 専 門 家
的 な 参 考 意 見 を 述 べ る に と ど ま っ て お り 、 安 全 ・安 心 科 学 技 術 プ ロ ジ ェ ク ト ( 拡 充 ) は 、
H20 年 H21 年 と も 文 部 科 学 省 が 予 算 を 取 り 遂 行 し て い る 。)残 念 な が ら 防 衛 研 究 開 発 側 と
しての体制が弱体であった、あるいは他の原因であきらめざるをえなかったということで
あろうか。しかし少しでも貢献しなければ、すなわち情報は開示しなければ入手もできな
い。現在対応できないのであれば、テーマの重要性からそれができるように体制組織も変
えていくべきなのではあるまいか。いつまでも内輪の組織に閉じこもりできるテーマしか
取り組まないのではなく、たとえばセキュリティ問題など、内閣調査室や警視庁に対して
防衛省こそ本家であるという訴えと実力の養成が望まれるのではなかろうか。
5 . 防 衛 省 の 科 学 技 術 研 究 開 発 費 ( 投入 ) の あ り 方 に つ い て の 一 提 案
防衛省の科学技術研究開発における最大の問題は、防衛政策及び防衛装備政策の中で、
どのようにあるいはどの程度まで科学技術研究開発が重要な意義を持っていると認識でき
る か で あ る 。 つ ま り 科 学 技 術 研 究 開 発 (政 策 )の 必 要 性 の 省 内 認 識 で あ る 。 国 内 的 な 必 要 性
の ほ か に 、国 際 協 力 、開 発 へ の 参 加 /貢 献 の 必 要 性 も 高 ま っ て い る 現 在 、国 と し て そ し て 防
衛関連分野として、科学技術開発分野でも防衛省関係者が(たとえ特定の分野に限られる
にしても)一流の研究開発を行うべきであると認識する必要性のコンセンサス作りが重要
100
DRC 年報 2009
である。防衛分野科学技術研究開発に閉じこもり、米国やその他の国の動向を追い、遅れ
ないよう追試・検証して国内開発のみ追いかけておけばよいとあきらめることから一歩踏
み出す時代に来ているのではあるまいか。すなわちテーマによるが、安全保障は外務省、
研究開発は文部科学省、産業政策は通産省という枠組みを超え、防衛省として主体性を発
揮する分野があるということが期待される。
この議論を行う前提としては、防衛省として防衛装備への要求及び優先度を明確にする
こ と 、す な わ ち 防 衛 装 備 調 達 に 関 し て( 米 軍 の PPBE に 見 ら れ る よ う な )要 求 設 定 と 計 画 ・
プ ロ グ ラ ミ ン グ と 調 達 の 3 機 能 プ ロ セ ス が 一 体 と な り 確 立 さ れ る こ と で あ る 。さ ら に 防 衛
省内の科学技術研究開発の位置付け、その中核となる技術研究本部のあり方、特にその予
算上の規模(投入研究員数規模を含めて)は本来どうあるべきなのか、予算についていえ
ば 現 在 の 技 術 研 究 本 部 年 間 予 算 が 防 衛 費 全 体 の 約 2.7%と い う の は 適 切 な の か ま で 含 め て
切り込む検討が必要である。ここではこれ以上は踏み込まない。
特 に 要 求 設 定 と 計 画 ・プ ロ グ ラ ミ ン グ と 調 達 の 3 機 能 プ ロ セ ス 一 体 化 は 防 衛 省 の こ れ か
らの課題である状況であるが、ここでは何らかの形でこれに類する施策が出され、調達品
への要求が出るものと仮定する。その上で防衛省として必要な、あるいは意義のある科学
技術研究開発テーマ及び実施の指針を、戦略的に(あるいは他省庁との協調という面で部
分 的 に は 戦 術 的 に も )決 定 す る こ と が 最 も 重 要 で あ る 。そ の た め に は 関 係 者 /有 識 者 に よ る
常設の評議委員会等が必要となろう。そして国としての防衛科学技術研究開発を認識して
も ら う た め に は 、そ の グ ル ー プ は 政 府 の 機 関 (例 え ば 総 合 科 学 技 術 会 議 や 文 部 科 学 省 関 連 委
員 会 )と の 積 極 的 な 交 流 が 必 要 で あ り 、国 と し て の 科 学 技 術 研 究 開 発 政 策 策 定 ・実 施 に 対 し 、
意 見 を 述 べ あ る い は 防 衛 科 学 技 術 研 究 開 発 を (成 果 を 含 め )訴 え る 必 要 が あ る 。
予 算 的 に 防 衛 予 算 の 科 学 技 術 研 究 開 発 へ の 投 入 割 合 を ど こ ま で に す る の か は 、(政 治 的 な
判 断 も あ る が )防 衛 省 ト ッ プ の 判 断 で も あ る 。も ち ろ ん 従 来 型 の 世 界 の 軍 事 技 術 や 装 備 の 動
向 を 見 た 、 追 い か け 方 の (国 内 で の 装 備 品 取 得 の た め の )開 発 主 体 研 究 開 発 も 必 要 で あ る 。
しかし防衛脅威や社会環境の変化の時代が到来したのであり、それにプラスして国の科学
技 術 研 究 開 発 の 方 向 付 け と 整 合 し か つ 防 衛 に 役 立 つ 分 野 の 研 究 開 発 へ の (予 算 の 関 係 か ら
重 点 項 目 投 資 と な る が )防 衛 省 と し て の 取 り 組 み が 必 要 で あ る こ と を 訴 え た い 。つ ま り そ の
判断をすること、その計画をすることがまず第 1 歩である。
こうしたあたらしい過程の一例を述べれば次のようになる。
・国の防衛の基本方針からの科学技術研究開発への要望・期待事項をまとめる。
そ の 要 望 ・ 期 待 事 項 ( Capability ベ ー ス ) を 科 学 技 術 研 究 開 発 項 目 に 整 理 す る 。
・研究開発項目の、国の科学技術基本計画との整合を図る。さらにいえば防衛がらみの項
目で国として一般的に利用できるものを国の計画に取り入れてもらう努力が必要であ
ろ う 。( 具 体 的 に は 科 学 技 術 基 本 計 画 へ の 盛 り 込 み へ の 努 力 が あ る 。)
・そのうえで防衛省ならではの必要事項と国の計画からみて他省庁との協調が可能である
ものについては、協調を図る。
・国際協力・協調が不可避の状況から、防衛省として何ができるのか、協力国とのすみ分
け重点項目と、バーゲニングパワーとして後追いでも研究開発を行う必要があるものと
を区別する。
101
・防衛省としての研究開発項目の優先度付を行う。特に従来のデュアルユース技術にとど
まらず、デュアルユース(サブ)システムともいうべき分野が重要であろう。たとえば
爆 発 物 探 知 と セ キ ュ リ テ ィ 対 策( 特 に サ イ バ ー 戦 や ハ ッ カ ー 対 策 対 応 )、衛 星 画 像 解 析 ・
分析(インテリジェンスの世界はいつまでも秘密の特殊部落の世界に閉じこもるのであ
ろ う か )、 ロ ボ テ ィ ッ ク ス と 関 連 無 人 セ ン サ ー 、 な ど は こ こ 数 年 本 当 に 防 衛 省 と し て 重
点項目として行うべきではなかったのか。これらの項目(あえてサブシステムと呼ぶ)
は、デュアルユース技術としての必要性のほかに、脅威の設定やニーズの背景、その性
能の試験評価等を実施するにあたり、防衛省がこれまで経験しまた有するノウハウ等が
活用できると思われるからである。つまり防衛省として研究開発のイニシアティブをと
りやすい分野であろう。
・応用研究成果を実用化に結びつける特別枠予算の設定と、提案の評価と研究開発を進め
る プ ロ グ ラ ム マ ネ ー ジ ャ 制 度 の 設 定 。現 在 行 わ れ て い る 先 端 技 術 開 発 ACTD/JCTD を 進
め て 米 国 の DARPA の 制 度 に 近 い 制 度 を 試 行 す る 。
(そうあって欲しいと望むより一歩踏
み 出 す こ と が 大 切 で あ る 。)
「付 録 」: 総 合 科 学 技 術 会 議 に つ い て (イ ン タ ー ネ ッ ト 解 説 記 事 等 か ら の 抜 粋 )
総合科学技術会議は 科学技術 政策の企画立案および総合調整を行うことを目的に内閣
府 に 設 置 さ れ た 「 重 要 政 策 に 関 す る 会 議 」。 総 合 科 学 技 術 会 議 は 、 内 閣 総 理 大 臣 を 議 長 と
し て 、14 人 の 議 員 を も っ て 構 成 す る こ と と し て い ま す 。有 識 者 議 員 の 任 期 は 2 年 と し て お
り、必要に応じて再任できることとなっています。また、2 年ごとに全て改選するのでは
な く 、ほ ぼ 半 数 ご と に 改 選 期 が 到 来 す る 内 閣 総 理 大 臣 及 び 国 務 大 臣 と 有 識 者 の 議 場 と し て 、
日本全体の 科学技術 を俯瞰し、各省より一段高い立場から、総合的・基本的な 科学技術
政 策 の 企 画 立 案 及 び 総 合 調 整 を 行 う こ と を 目 的 と す る 。会 議 の 議 長 は 内 閣 総 理 大 臣 。会 議
の 議 員 定 数 ( 議 長 を 除 く ) は 14 人 ..
さ ら に 、平 成 7 年 1 1 月 に 施 行 さ れ た 科 学 技 術 基 本 法 ( 平 成 7 年 法 律 第 1 3 0 号 )に
お い て 、政 府 は 、 科 学 技 術 基 本 計 画 を 策 定 す る に 当 た っ て は 、あ ら か じ め 、科 学 技 術 会
議の議を経なければならないことと定められ、科学技術会議の役割はますます重要となっ
ている。
「参考文献」
1 . OSTP 局 長 Dr. Holdren の 米 国 上 院 で の 議 会 証 言
2009 年 2 月 12 日
2.科学技術白書
3 . A Renewed Commitment to Science and Technology Federal R&D, Technology, and
STEM Education in the 2010 Budget、 OSTP
May 7, 2009
4 . Baker Spring The FY2010 Defense Budget Request: Preclude to Another
Procurement Holiday
Heritage 財 団 Backgrounder
5 . (参 考 資 料 )防 衛 生 産 ・ 技 術 基 盤 に つ い て
June 19 2009
防 衛 省 H21 年 3 月 26 日
6.防衛庁の研究開発における産学官連携の可能性について
資する科学技術推進プロジェクトチーム第 3 回会合用資料
102
総合科学技術会議、安全に
防 衛 庁 H17 年 2 月 4 日
DRC 年報 2009
米陸軍におけるクラスター弾薬
―過去、現在そして将来―
( 財 ) DRC 研 究 委 員
池田
純一
1.はじめに
2008 年 12 月 、 ク ラ ス タ ー 弾 薬 禁 止 条 約 に 95 ヶ 国 が 調 印 し 、 来 年 に も 条 約 が 発 効 す
る見通しである。この条約には、米国、ロシア、中国、イスラエルなど大量のクラスタ
ー弾薬を保有、使用している諸国は参加していない。
し か し な が ら 、 米 国 防 省 は ク ラ ス タ ー 弾 薬 廃 絶 の 国 際 世 論 に 押 さ れ 、 2008 年 6 月 19
日 ク ラ ス タ ー 弾 薬 に 関 す る 新 た な る 指 針 20 ) を 出 し た 。こ の 指 針 は 、ク ラ ス タ ー 弾 薬 の 保
有 に 関 し 、「 米 国 軍 お よ び 民 間 人 の 生 命 、 資 産 の 犠 牲 を 少 な く す る た め に は ク ラ ス タ ー
弾 薬 が 必 要 」と の 従 来 の 方 針 を 堅 持 し つ つ 、10 年 間 の 猶 予 期 間 を お い て 2019 年 度 以 降
「 不 発 発 生 率 1%以 下 の 子 弾 」 を 搭 載 し た ク ラ ス タ ー 弾 薬 の み 保 有 す る こ と と し た も の
である。
米 4 軍 の 中 で 響 を 最 も 受 け る の は 、米 軍 保 有 の ク ラ ス タ ー 弾 薬 の 大 部 分 を 保 有 す る 米
陸軍である。米陸軍は、地上火器用クラスター弾薬を初めて実用化し、東西冷戦後期従
来の榴弾に代わる主力弾種として火砲用、ロケット用のクラスター弾薬を大量整備した。
しかしながら、湾岸戦争以降問題となった子弾の不発発生率を改善する目処が得られず、
現在高機能かつ大型の代替子弾開発にようやく着手しようとするところで、このまま指
針 通 り 進 め ば 2019 年 度 に は ク ラ ス タ ー 弾 薬 を 保 有 で き な く な る と い う ジ レ ン マ に 直 面
している。
以下、この米陸軍を中心とした地上火器用クラスター弾薬の出現、大量整備から現在
に至る経緯をについて概観する。
2.地上火器用クラスター弾薬の出現
多 数 の 子 弾 (Submunition あ る い は bomblet)を 内 蔵 し 目 標 上 空 で 散 布 、 広 い 地 域 を 破
壊 す る ク ラ ス タ ー 弾 薬 (Cluster Munition)は 、 第 2 次 大 戦 に お い て 航 空 機 搭 載 用 爆 弾 と
して出現し、朝鮮戦争においても米軍などで使用された。ベトナム戦争ではクラスター
爆弾が大々的に使用され、ソ連をはじめとする各国もまたクラスター爆弾の開発、導入
を図った。
(1)クラスター型式砲弾の出現
朝 鮮 戦 争 後 、野 戦 砲 用 弾 薬 の 主 力 弾 種 で あ る 榴 弾 (HE:High Explosive)の 威 力 に 不
20 )
MEMORANDUM FOR SECRETARIES OF THE MILITARY DEPARTMENTS,
CHAIRMAN OF JOINT CHIEFS OF STAFF, UNDER SECRETARY OF DEFENSE FOR
ACQUISITION, TECHNOLOGY AND LOGISTICS UNDER SECRETARY OF
DEFENSE FOR POLICY COMMANDERSOF THE COMBATANT COMMANDS
GENERAL COUNSEL OF THE DEPARTMENT OF DEFENSE, “DoD Policy on Cluster
Munitions and Unintended Harm to Civilians”, JUN 19 2008
103
足を感じた米陸軍は、クラスター爆弾に着目し、クラスター型式の野戦砲弾薬の開発
に 着 手 し 、 155mm 榴 弾 砲 用 の M449( 図 表 1) を 完 成 、 1968 年 に は ベ ト ナ ム で 使 用
した。
M449 は 、ク ラ ス タ ー 爆 弾 用 の 対 人 子 弾 を さ ら に 小 さ く し た よ う な 対 人 用 子 弾 M43
を 60 個 ( 6 個 ×10 段 ) 搭 載 し 、 目 標 上 空 で 時 限 信 管 の 作 動 に よ り 放 出 薬 が 燃 焼 、 こ
の 圧 力 に よ り M43 子 弾 が 弾 底 よ り 放 出 さ れ る 。 子 弾 は 、 砲 弾 の 旋 転 に よ る 遠 心 力 お
よび空気抵抗により楕円形の領域に落下する。子弾は、跳躍式対人地雷と同様の機能
を有しており、地上に弾着することにより撃針が作動し、球形の子弾本体を跳躍させ
る 。炸 薬 約 21g を 内 蔵 す る 子 弾 本 体 は 、跳 躍 高 1.3∼ 1.8m で 起 爆 、周 囲 に 鋼 球 を 飛 散
させる機能を持っている。
図表 1
155mm M449 ICM、 M43 子 弾 の 構 造 お よ び 子 弾 放 出 状 況 21 )
こ の 新 た に 開 発 さ れ た 155mm榴 弾 砲 用 M449 (後 に ICM (Improved Conventional
Munition)ま た は Anti Personnelを 意 味 す る APを 頭 に つ け て APICMと 称 し た 。) は 、
早 速 ベ ト ナ ム に 投 入 さ れ た が 、そ の 評 価 は 通 常 の 榴 弾 (155mm M107 HE)の 4∼ 6 倍 以
上 の 対 人 効 果 22 ) を 発 揮 す る と さ れ た 。
そ の た め 、 155m m M449 と 同 様 の 対 人 用 子 弾 を 使 用 す る 105mm 榴 弾 砲 用 M444
ICM(M39 対 人 子 弾 18 個 搭 載 )、 203mm 榴 弾 砲 用 M404
ICM (M43 対 人 子 弾 104 個
搭 載 )が 相 次 い で 開 発 さ れ 、155m m M449 と 共 に ベ ト ナ ム 戦 に 投 入 、対 人 殺 傷 に 大 き
な 効 果 を 挙 げ た 。こ の APICM の 生 産 数 は 不 明 で あ る が 、次 に 述 べ る M483A1 DPICM
などの新タイプのクラスター砲弾実用化に伴い生産は終了した模様で、その生産数は
決して多くはないと言える。
(2)クラスター砲弾の進化
ア
M483A1 DPICM の 開 発 、 装 備 化
21 )TM
43-0001-28 ”ARMY AMMUNITION DATA SHEETS, ARTILLERY
AMMUNITION GUNS, HOWITZERS, MORTARS, RECOILLESS RIFLES, GRENADE
LAUNCHERS, AND ARTILLERY FUZES”, HEADQUARTERS, DEPARTMENT OF
THE ARMY, APRIL 1994
22 ) Dominick De Mella, “THE EVOLUTION OF ARTILLERY FOR INCREASED
EFFECTIVENESS”, Precision Strike 2008 Summer Forum Presentation, June 10 -11,
2008
104
DRC 年報 2009
M449 な ど の APICMは 、対 人 効 果 に 限 定 さ れ る こ と の ほ か 、実 戦 で の 使 用 実 績 よ り
子 弾 の 作 動 信 頼 性 が 予 想 以 上 に 低 く 、不 発 発 生 率 (Dud Rate)が 155mmM449 で 約 5%、
105mmM444 で は 18%∼ 50%に も 達 す る 23 ) と い う 欠 点 が 明 ら か と な っ た 。
東西冷戦下ソ連を主力とするワルシャワ条約軍と対峙しているヨーロッパを主戦
場 と し て い る 米 陸 軍 は そ こ で 、1960 年 代 後 半 、対 人 だ け で な く 軽 装 甲 目 標 に 対 し て も
効果があり、かつ作動信頼性の高い子弾を搭載したクラスター型式砲弾を開発した。
そ の 結 果 誕 生 し た の が 、 M42/M46 対 軽 装 甲 対 人 両 用 (Dual Purpose)子 弾 88 個 ( 8 個
×11 段 )を 搭 載 し た 155mm M483 DPICM 24 ) ( 最 大 射 程 17.5km)で あ り 、そ の 後 小
改 良 さ れ M483A1( 図 表 2) と し て 1975 年 制 式 化 さ れ た 。
図表 2
155mm M483A1 DPICM 25 )
M483A1 に 搭 載 し た M42/M46 子 弾 は 、径 38mm、全 長 約 83mm、重 量 約 210gと 握
り 拳 大 の 大 き さ で 炸 薬 約 30gを 有 す る 成 形 炸 薬 (Shaped Charge)弾 頭 で あ る が 、 弾 着
す る と 装 甲 な ら 約 50mm以 上 貫 徹 す る と 共 に 弾 体 の 破 砕 に よ り 多 数 の 破 片 を 周 囲 に 飛
散 さ せ M449 ICMと ほ ぼ 同 等 の 対 人 効 果 を 発 揮 す る 。 ま た 子 弾 の 作 動 信 頼 性 も 、 射 撃
試 験 に お い て 不 発 発 生 率 1.5%以 下 と 優 れ た 結 果 を 示 し た 。 26 )
た だ し 、 量 産 時 の ロ ッ ト 確 認 試 験 ( Acceptance Testing: 領 収 試 験 に 相 当 ) で は 不
発 発 生 率 の 許 容 値 は 5%に 対 し 平 均 3%程 度 で あ っ た 。 27 ) な お 、 M42 子 弾 と M46 子 弾
の違いは、弾体内側に破片の生成調整用の溝が切ってあるかどうかの違いであり、溝
の な い M46 子 弾 は 発 射 Gに よ る 負 荷 の 大 き い 弾 底 側 の 3 段 分 ( 24 個 ) に 使 用 さ れ た 。
さ ら に 同 じ M42 子 弾 を 使 用 し た 203mm M509 DPICM( M42 子 弾 180 個 搭 載 、 最 大
射 程 約 24km) も 同 時 期 に 開 発 、 M483A1 と 同 様 1970 年 代 後 半 に は 装 備 化 さ れ た 。
イ
クラスター砲弾のバリエーション拡大
23 ) CPT William B. Hight, “FASCAM - An "UNconventional" Munition?” , FA Journal,
January-February 1998, p27
24 )M483 の 弾 体 は 、こ の ほ か 地 雷 砲 弾 、発 煙 弾 、照 明 弾 な ど 多 く の 弾 種 共 通 の も の で あ り 、
米 陸 軍 は こ の 新 し い 弾 薬 フ ァ ミ リ ー を ICM(Improved Conventional Munition) と 称 し た 。
し か し な が ら 、こ の 弾 薬 フ ァ ミ リ ー で も M483A1 が 特 に 有 名 と な り 、い つ の 間 に か ク ラ ス
タ ー 型 式 の 砲 弾 を ICMと 呼 称 す る こ と が 定 着 し 、さ ら に 対 人 対 軽 装 甲 の 両 用 子 弾 を 搭 載 す
る 砲 弾 に は ”Dual Purpose”を 意 味 す る DPを 付 し て DPICMと 称 す る よ う に な っ た 。
25 ) MAJ William Whelihan, “Submunitions of the Future”, FA Journal, May- June 1978,
p50-53
26 )CPT William B. Hight, “FASCAM - An "UNconventional" Munition?” , FA Journal,
January-February 1998, p27
27 )”Report to Congress: Cluster Munition” , The Office of Under Secretary of Defense
(Acquisition, Technology, & Logistics), Defense System/Land Warfare & Munitions,
October 2004
105
こ の 子 弾 散 布 方 式 の M483A1 の 成 功 に よ り 、米 陸 軍 は 子 弾 の 代 わ り に 地 上 に 散 布 す
る 地 雷 を 搭 載 し た 新 た な 弾 種 を 作 り 出 し た 。 こ の 地 雷 を 搭 載 し た 155mm 砲 弾 は 、
M483A1 の 弾 体 を 利 用 し て 1970 年 代 末 に 開 発 さ れ た 。155mm 地 雷 搭 載 砲 弾 に は 対 人
地 雷 を 搭 載 し た ADAM (Aerial Denial Artillery Munition)、 対 戦 車 地 雷 を 搭 載 し た
RAAM (Remote Anti-Armour Mine)に 分 類 さ れ る 。
こ の ADAM、 RAAM に 搭 載 す る 地 雷 に は 、 規 定 時 間 以 降 無 力 化 し て 友 軍 の 通 過 を
可 能 と す る 自 爆 機 構 が つ い て お り 、自 爆 時 間 が 24 時 間 以 上 の 長 時 間 タ イ プ (ADAM-L、
RAAM-L)と 24 時 間 以 下 の 短 時 間 タ イ プ (ADAM-S、 RAAM-S)が あ っ た 。 長 時 間 タ イ
プ は 、 M692 ADAM-L( 楔 型 の M67 対 人 地 雷 36 個 搭 載 )、 M718 RAAM-L( M73 対
戦 車 地 雷 9 個 搭 載 ) が あ り 、 短 時 間 タ イ プ に は M731 ADAM-S( 楔 型 の M72 対 人 地
雷 36 個 搭 載 )、M741 RAAM-S( M70 対 戦 車 地 雷 9 個 搭 載 )が あ っ た 。こ れ ら の 地 雷
搭 載 砲 弾 は 、ヘ リ 散 布 地 雷 、車 輌 散 布 地 雷 な ど と も に 散 布 地 雷 フ ァ ミ リ ー( FASCAM:
Family of Scatterable Mines) と 呼 ば れ 、 各 種 戦 場 に お け る 迅 速 な 地 雷 原 設 置 用 と し
て備蓄された。
こ の ほ か M483A1 の 弾 体 は 、照 明 弾( M485A2 ILLUMINATING)や 宣 伝 用 パ ン フ
レ ッ ト 散 布 弾( M951 LEAFLET)な ど 弾 底 放 出 型 の 砲 弾 弾 体 と し て 広 く 使 用 さ れ た 。
さ ら に 1980 年 代 後 半 に は 、 ベ ー ス ブ リ ー ド ( Base Bleed) 効 果 を 利 用 し た 砲 弾 の
長 射 程 化 技 術 実 用 化 に 伴 い 、 長 射 程 (Extended Range) DPICM の 開 発 が 行 わ れ 、
155mm M864 ER (Extended Range) DPICM( M42/M46 子 弾 72 個 搭 載 、最 大 射 程 約
28km)
( 図 表 4 28 ) )と し て 装 備 化 さ れ た 。M864 は 、当 初 1992∼ 1993 年 頃 装 備 化 の
計 画 で あ っ た 。し か し 、1990 年 湾 岸 戦 争 勃 発 に 伴 い 、地 上 戦 に 間 に 合 わ せ る た め 急 遽
生 産 計 画 を 繰 り 上 げ 、1991 年 初 頭 、イ ラ ク に 輸 送 し 、イ ラ ク 侵 攻 部 隊 に 3 万 発 の M864
を補給することができた。
米 陸 軍 は 、 こ の DPICM を ヨ ー ロ ッ パ の 平 原 に お い て 行 わ れ る 旧 ソ 連 軍 を 主 力 と
する装甲化された部隊に対する戦闘に
図表 3
155mm M864 ERDPICM
適 し た 野 戦 砲 弾 薬 と 判 断 、 従 来 の HE
(High Explosive:榴 弾 )に 代 わ る 主 力
弾種とする方針を決定した。
ウ
MLRS の 開 発 、 装 備 化
野 戦 砲 用 DPICM の 装 備 化 に 加 え 、
1975 年 か ら 開 発 を 開 始 し た 多 連 装 ロ
ケ ッ ト シ ス テ ム GSRS ( General
Support Rocket System: 全 般 支 援 ロ
ケ ッ ト シ ス テ ム 、 後 に MLRSと し て 制
式 化 )用 ロ ケ ッ ト 弾 の 弾 頭 に も M42 子
弾 を 改 修 し て 搭 載 す る こ と を 1977 年 決 定 29 ) し た 。1979 年 米 英 独 仏 4 ヶ 国 の 共 同 開 発 、
共 同 生 産 協 定 が 締 結 さ れ 、名 称 も GSRSか ら MLRS (Multiple-Launch Rocket System)
28 )GlobalSecurty.org, “M864 Base Burn DPICM”,
http://www.globalsecurity.org/military/systems/munitions/m864.htm
29 )Redstone Arsenal Historical Information, “MLRS- System chronology”
106
DRC 年報 2009
に 変 更 し 、 1983 年 MLRS用 M26 ロ ケ ッ ト 弾 と し て 装 備 化 さ れ た 。
こ の M26 ロ ケ ッ ト 弾 は M42 子 弾 の 信 管 を ロ ケ ッ ト 弾 用 信 管 に 改 修 し た M77 子 弾
644 個 を 搭 載 し て お り 、目 標 地 域 を 瞬 時 に 制 圧 で き る 弾 薬 と し て 期 待 さ れ た 。
( 図 表 4)
ま た M77 子 弾 の 代 わ り に 独 製 の 散 布 地 雷 AT2 (DM1399)を 搭 載 し た 地 雷 散 布 ロ ケ ッ
ト も 開 発 さ れ 、 1990 年 代 後 半 独 、 英 な ど で 装 備 さ れ た 。
そ の 後 、ロ ケ ッ ト 弾 の 改 良 が 続 け ら れ 、ロ ケ ッ ト モ ー タ を 代 え て 射 程 を M26 の 30km
か ら 45km に 伸 ば し た M26A1( M85 子 弾 518 個 搭 載 ) / M26A2( M77 子 弾 518 個
搭載)が開発、装備化されたが諸々の事情により少数整備に止まった。
こ の ほ か 1980 年 代 後 半 、 知 能 化 子 弾 SADARM (Sense and Destroy Armor)や 化 学
弾 頭 BCW (Binary Chemical Warhead)を 搭 載 し た モ デ ル も 開 発 さ れ た が 1990 年 代 早
期 に 開 発 中 止 と な っ た 。 同 時 期 、 米 英 仏 独 4 ヶ 国 共 同 開 発 の 終 末 誘 導 子 弾 TGW
(Terminal Guided Warhead) 、 先 進 的 な 知 能 化 子 弾 BAT (Brilliant Anti-Armor
Submunition)を 搭 載 し た モ デ ル も 計 画 さ れ た が 、い ず れ も 開 発 が 中 止 と な り 頓 挫 し た 。
図表 4
M26 ロ ケ ッ ト 弾 及 び M77 子 弾 30 )
2 .第 2 世 代 ICM の 普 及
( 1 )米 陸 軍 に お け る 各 種 ICM
の大量整備
ア . DPICM 製 造 施 設 の 整 備
DPICM を 榴 弾 に 代 わ る
野戦砲弾の主力弾種とし
た米陸軍は、莫大な量の
DPICM を 短 期 間 に 整 備 す る 必 要 に 迫 ら れ た 。 そ の た め 米 陸 軍 が 保 有 す る 弾 薬 工 場
(AAP: Army Ammunition Plant)に DPICM の 専 用 製 造 施 設 を 建 設 し た 。 こ の 製 造 施
設には完成弾組立施設、弾体製造(金属加工)施設、子弾組立施設、子弾の弾体(金
属加工)製造施設などが主要な施設であり、それぞれ可能な限り自動化された専用ラ
インであり、月産 1 万発(個)以上の生産能力を有していた。
こ の よ う な 製 造 設 備 は 、1970 年 代 後 半 か ら 1980 年 代 前 半 に か け て Scranton AAP、
Milan AAP、Lone Star AAP、Kansas AAP、Mississippi AAP な ど の 米 陸 軍 弾 薬 工 場
に 建 設 さ れ た 。特 に 、Mississippi AAP に は M483A1 専 用 の 子 弾 の 弾 体 製 造 か ら 子 弾
組 立 、弾 体 製 造 、完 成 弾 組 立 の 一 貫 製 造 施 設 が 設 け ら れ 月 産 最 大 3 万 発 の 製 造 能 力 を
有していた。
米陸軍は、これら弾薬工場を保有していたが、実際の運営は民間企業が担当する
GOCO( Government-Owned, Contractor-Operated:官 有 ・民 営 )方 式 を と っ て お り 、
こ れ ら DPICM 製 造 施 設 も Chamberlin 社 、Martin Marietts 社 、Dey and Zinmermann
社(いずれも当時の社名)などの民間企業が運営した。
30 )Directory
of U.S. Military Rockets and Missiles, Lockheed Martin (Vought) MLRS
Rockets (M26/M30/M31) , http://www.designation-systems.net/dusrm/app4/mlrs.html
107
イ . DPICM の 大 量 整 備
米 陸 軍 の DPICMに 対 す る 期 待 は 大 き く 、 1970 年 代 後 半 か ら 1980 年 代 を 通 じ 平 時
と は 思 え な い よ う な 大 量 整 備 を 行 っ た 。こ れ は 予 算 面 か ら も 窺 え る 。図 表 5 は 、FY79
∼ FY83 の 5 年 間 の 新 規 装 備 弾 薬 の 予 算 配 分 計 画 31 ) を 示 し た も の で あ る 。
図表 5
FY79∼ FY83 の 新 規 装 備 弾 薬 予 算 配 分 計 画
単位:百万$
項目
Ge neral Suppo rt
Ro cke t Syste m
Co ppe rhe ad
155-mm HE ICM
Projectile
8-inch HE ICM
Projectile
XM-1 tank
区分
研究開発
取得
研究開発
取得
研究開発
取得
研究開発
取得
研究開発
取得
FY 79
FY 80
FY 81
62.8
61.3
47.1
5.2
275.1
−
222.1
0.6
239.2
31.6
767.8
37.6
42.8
−
81.3
−
334.2
0.9
319.4
2.5
846.6
13.0
55.8
−
144.4
0.5
115.7
78.4
403.1
FY 82
FY 83
22.0 −
162.5
198.5
−
−
236.5
220.4
−
−
241.4
402.1
−
−
312.9
324.1
‒
‒
818.9
830.4
合計
備考
183.7
MLRS
450.9
18.2
M712
869.1
M439A1
1,344.2
2.0
M509
1,311.3
112.5
M1 Tank
3,666.8
こ こ で 、 155mm お よ び 203mm の ICM の 取 得 経 費 は 、 5 年 間 で 約 2,650 億 $ ( 約
3 千 億 円 ) に も の ぼ っ て い る 。 特 に FY83 は 、 ICM2 弾 種 だ け で 約 7 億 2 千 万 $ ( 約
835 億 円 ) と 陸 軍 の 弾 薬 予 算 全 体 の 半 分 近 く を 占 め て お り 、 米 陸 軍 の 期 待 の 大 き さ が
分 か る 。な お MLRS( 予 算 は 誘 導 弾 に 区 分 さ れ る 。)は 1983 年 装 備 化 が 始 ま っ た ば か
り で 、 野 戦 砲 用 ICM の 整 備 よ り ス タ ー ト が 遅 れ て い る 。 ま た 、 比 較 の た め 当 時 米 陸
軍 最 大 の プ ロ ジ ェ ク ト で あ っ た M1 戦 車 の 予 算 を 併 記 し て い る 。
実 際 に 155mm M483A1 お よ び 203mm M509A1 の 生 産 が 本 格 的 と な っ た の は 、 前
に 述 べ た 専 用 自 動 製 造 設 備 を 有 す る 5 箇 所 の 米 陸 軍 弾 薬 工 場 が 稼 働 し 始 め た 1980 年
代 は じ め 頃 か ら で あ り 、 155mm M483A1 お よ び 203mm M509A1 の 生 産 は こ れ ら の
工 場 に 集 約 さ れ た 。 5 箇 所 の 米 陸 軍 弾 薬 工 場 に お け る 1980 年 代 の 製 造 実 績 ( 推 定 )
を図表 6 に示す。
当 初 2 弾 種 併 せ 1985∼ 1987 年 の ピ ー ク 時 に は 100 万 発 / 年 に も 達 し た 。 1990 年
に は ほ ぼ 米 軍 の 所 要 数 を 見 た し 、一 部 は 長 射 程 版 の 155mm M864 ER-DPICM の 生 産
に 移 行 す る と 共 に 輸 出 用 を 主 と し て 生 産 し た が 、1980 年 代 の よ う な 大 量 生 産 は 行 わ れ
なかった。
生 産 数 は 、輸 出 用 を 含 め M483A1 500 万 発 以 上 、M509A1 100 万 発 以 上 に も 達 し た 。
長 射 程 版 の M864 は 上 記 2 弾 種 に 較 べ 少 な い が そ れ で も 50 万 発 以 上 を 生 産 し た 。
このような自動製造設備をフルに使用した大量生産は製造単価を大幅に引き下げ、
子 弾 88 個 を 内 蔵 し た M482A1 は 、 通 常 の 榴 弾 に 較 べ は る か に 複 雑 な 構 造 で あ る に も
か か わ ら ず 生 産 が ピ ー ク の 頃 で 約 400$( 約 9 万 円 )と 最 新 の 榴 弾 並 の 単 価 で あ っ た 。
ま た 内 蔵 子 弾 に 至 っ て は 1 個 僅 か 3$ ( 約 700 円 ) で し か な か っ た 。 た だ し 製 造 設 備
は、米陸軍が整備したためその原価償却費は製造単価に含まれていない。
31 )
“With Our Comrades In Arms: Materiel costs forecast”, FA Journal, Sep-Oct 1978,
p56
108
DRC 年報 2009
図表 6
年
1980
1981
1982
1983
1984
1985
1986
1987
1988
1989
合計
米 陸 軍 弾 薬 工 場 に お け る DPICM 製 造 実 績 ( 推 定 )
Scranton AAP Milan AAP Lone Star AAP Kansas AAP
M509A1
M483A1
M509A1
M483A1
1,800
200
9,231
15,980
50,722
178,000
48,266
130,804
10
199,000
50,302
248,056
96,084
192,000
75,864
314,595
147,473
224,000
70,098
318,591
90,040
285,000
89,076
354,515
88,553
230,000
71,076
287,256
87,301
23,699
23,356
446,361
1,737,126
509,461
1,308,000
Mississippi AAP
M483A1
240,000 (*)
240,000 (*)
240,000 (*)
240,000 (*)
960,000 (*)
単位:発
M509A1 M483A1
計
計
1,800
0
200
9,231
15,980
228,722
48,276
329,804
146,386
440,056
223,337
778,595
160,138
843,591
177,629
824,515
158,377
527,256
23,699
23,356
955,822 4,005,126
(注)M483A1 : 155mm M483A1 DPICM, M509A1 : 203mm M509A1 DPICM, AAP : Army Ammunition Plant
(*) : 推定値(最大3万発/月の製造能力から平均全力の2/3稼働として推定)
こ の DPICMの 生 産 進 捗 に 伴 い 、 通 常 の 榴 弾 の 代 わ り に DPICMを 主 力 弾 種 と す る 方
向 に 部 隊 の 携 行 定 数 (Basic Load)も 変 化 し た 。 実 際 に は 部 隊 の 特 性 、 装 備 火 砲 、 配 備
地域などにより部隊毎携行定数は異なるが、
1980 年 代 前 半 の 基 準 で は 、 155mm砲 で 携 行
弾 薬 の 52-60%、203mm砲( 8-inch)で 60-85%
が DPICMと さ れ た 。( 図 表 7) 32 ) こ の よ う
に 1980 年 代 後 半 に は DPICMは 名 実 共 に 米 陸
軍の主力野戦砲弾となった。
ウ . MLRS の 整 備
開 発 時 GSRS (General Support Rocket
System)と 称 し た が 、1979 年 英 仏 独 が 共 同 開
発 、 生 産 国 と し て 参 加 し た こ と か ら MLRS
(Multiple-Launch Rocket System)と 改 称 し
た 。こ の MLRS は 一 般 弾 薬 と 異 な り MICOM
(Missile Command)の 管 理 下 に あ り 、 生 産 も
基本的に民間企業が担当した。ただし、弾頭
に 使 用 す る M77 子 弾 に つ い て は 、 GOCO 方
式 で 陸 軍 が 管 理 す る AAP で M42/M46 子 弾 と
共 に 生 産 し 、MLRS 担 当 企 業 に 供 給 す る 方 式
を採った。
図表 7
野戦砲の携行弾薬配分比率
配分比率
155-mm 8-inch MLRS
HE
4-8%
3-20%
HE-RAP
6-24% 8-12%
APICM
2%
2-8%
DPICM
52-60% 60-85% 100%
Copperhead
2-4%
Smoke/WP
4-8%
ILL
2%
RAAM
5%
ADAM
6%
(注)弾種区分
HE
榴弾
HE-RAP
ロケット補助推進榴弾
APICM
対人用ICM
DPICM
対人対軽装甲両用ICM
Copperhead レーザホーミング誘導砲弾
Smoke/WP
HC/着色/WP発煙弾
ILL
照明弾
RAAM
地雷砲弾(対戦車用)
ADAM
地雷砲弾(対人用)
弾種
こ れ に よ り 、 Vought 社 ( 現 Lockheed
Martin 社 ) が 主 契 約 社 と な り 、 1983 年 よ り 本 格 的 な 生 産 に 入 っ た 。 ま た 、 独 、 仏 、
英 に お け る 生 産 も 開 始 さ れ た 。 米 国 内 に お け る M26 ロ ケ ッ ト 弾 の 生 産 数 は 輸 出 用 を
32 )"View
from the Blockhouse-FROM THE SCHOOL", Field Artillery Journal,
SEP-OCT 1983, P30
109
含 め 約 50 万 発 以 上 と 言 わ れ る 。一 方 長 射 程 版 の M26A1 の 生 産 数 は 約 4 千 発 に 止 ま っ
た。
( 2 ) 陸 上 火 器 用 ク ラ ス タ ー 弾 薬 (ICM)の 全 世 界 へ の 普 及
ク ラ ス タ ー 爆 弾 は 、第 2 次 世 界 大 戦 後 各 国 空 軍 で 採 用 さ れ 、1970 年 代 に は 既 に 普 通
爆弾とともに代表的な航空機搭載爆弾となり数十カ国の空軍で採用され、各種紛争で
使 用 さ れ て お り 、 現 在 で も 新 旧 取 り 混 ぜ 60 ヶ 国 以 上 が 保 有 し て い る 。 33 )
しかしながら、クラスター爆弾は航空機搭載のため小規模な攻撃が多く、近年で大
規 模 に 使 用 さ れ た の は 湾 岸 戦 争 (Gulf War: 1990-1991)く ら い で あ る 。 ち な み に 湾 岸
戦 争 で は 米 軍 だ け で 各 種 合 計 41 千 発 以 上 の ク ラ ス タ ー 爆 弾 が 投 下 さ れ た 。 34 )
ア
ICM 砲 弾 の 普 及
火 砲 用 ク ラ ス タ ー 弾 薬 (ICM 砲 弾 )が 世 界 各 国 に 拡 散 し た の は 大 分 遅 く ク ラ ス タ ー 砲
弾 の 標 準 と も 言 え る 155mm M483A1 DPICM、 203mm M509A1 DPICM の 生 産 基 盤
が 確 立 さ れ た 1980 年 代 半 ば 以 降 で あ り 、 カ ナ ダ 、 英 国 、 ベ ル ギ ー 、 イ ス ラ エ ル 、 ギ
リシャ、韓国などの同盟国やバーレーン、ヨルダンなどの友好諸国に輸出された。ま
た 、1980 年 オ ラ ン ダ と M483A1 の 生 産 に 関 す る MOU を 結 び 、同 国 の Eurometaal NV
社 が M483A1 DPICM の ラ イ セ ン ス 生 産 を 行 い 、NATO 諸 国 に 供 給 し た 。さ ら に 1994
年 Eurometaal NV 社 は ト ル コ の MKEK(Makina ve Kimya Endiistrisi Kurumu)社 と
の M483A1 DPICM の 共 同 生 産 を 公 表 し た 。ま た 、Eurometaal NV 社 は パ キ ス タ ン と
の共同生産も行った。
米 国 に よ る ICM 砲 弾 M483A1、M509A1 の 開 発 、装 備 化 に 対 し 、ソ 連( 現 ロ シ ア )、
中 国 な ど は 1980 年 代 後 半 よ り ICM 砲 弾 を 開 発 、122mm∼ 203mm の 各 種 口 径 の ICM
砲 弾 を 開 発 、 1990 年 代 に は 大 量 整 備 を 行 い 共 産 圏 や 中 東 等 に 輸 出 さ れ た 。 ま た 1980
年 代 後 半 、 米 国 製 子 弾 を 用 い た ICM 砲 弾 が ベ ル ギ ー 、 オ ラ ン ダ 、 フ ラ ン ス 、 イ タ リ
ア 、 ス ペ イ ン 、 ド イ ツ な ど の 西 欧 諸 国 で 行 わ れ 装 備 化 さ れ た 。 さ ら に 1990 年 代 に は
イ ス ラ エ ル 、ド イ ツ な ど で 独 自 開 発 の 子 弾 を 搭 載 し た ICM 砲 弾 が 出 現 、装 備 化 さ れ 、
西欧各国に輸出された。
こ の よ う に し て 1990 年 代 後 半 に は 様 々 な 型 式 の ICM 砲 弾 が 世 界 各 国 の 陸 軍 で 装 備
されるようになり、榴弾とともに野戦砲の標準的砲弾と言えるほど普及し、各国陸軍
は 数 万 発 オ ー ダ ー の 各 種 ICM 砲 弾 を 保 有 す る に 至 っ た 。 こ の 数 量 は 航 空 機 用 ク ラ ス
ター爆弾に比べ遙かに大きな数量である。
イ
ICM ロ ケ ッ ト 弾 の 普 及
1983 年 以 降 、MLRS は 米 英 仏 独 に よ る 共 同 生 産 が 進 め ら れ 、1980 年 代 後 半 か ら 1990
年代にはイスラエル、オランダ、デンマーク、ノルウェー、フィンランド、ギリシャ
など西欧各国やバーレーン、日本、韓国、トルコ、アラブ首長国連邦に輸出された。
一方、第2次世界大戦より多連装ロケットを多用していたソ連(現ロシア)は既存
の 122mm∼ 220mm 多 連 装 ロ ケ ッ ト 用 と し て 各 種 子 弾 を 搭 載 し た ICM 弾 頭 付 き ロ ケ
33 )Human
Right Watch, “Survey of Cluster Munition Policy and Practice”, February
2007, Number 1
34 )Wright, Gary W., “Scatterable Munitions = Unexploded Ordnance = Fratricide”,
ARMY WAR COLL CARLISLE BARRACKS PA, 22 MAR 1993
110
DRC 年報 2009
ット弾を開発して、ソ連(現ロシア)および東欧各国軍に配備、対抗した。さらに
MLRS を 上 回 る 性 能 を 目 指 し た 300mm Smerch 多 連 装 ロ ケ ッ ト を 開 発 、ウ ク ラ イ ナ 、
イ ン ド な ど 友 好 国 に 配 備 し た ほ か 、安 価 を セ ー ル ス ポ イ ン ト と し て 、MLRS と 競 合 に
勝ちクウェートなどにも輸出された。
中 国 も ま た 口 径 107mm∼ 320mm 多 連 装 ロ ケ ッ ト 用 と し て DPICM や 散 布 地 雷 を 搭
載したロケット弾を開発、ロシアと同様安価を武器として中東、アジア、アフリカ諸
国に輸出た。これらの輸出されたロケット弾の一部はパレスチナなどのゲリラ組織に
ま で 流 れ た 。 こ の こ と は Hezbollah に よ る イ ス ラ エ ル 攻 撃 に お い て 中 国 製 122mm
DPICM ロ ケ ッ ト が 使 用 さ れ た こ と に よ り 確 認 さ れ て い る 。
3 . 地 上 火 器 用 ICM の 使 用 と 問 題
( 1 ) 地 上 火 器 用 ICM の 使 用 実 績 と 効 果
クラスター爆弾は第2次世界大戦以来各地の紛争で使用されてきたが、地上火器用
ICM は 前 述 の よ う に ベ ト ナ ム 戦 争 に お い て 米 軍 が 使 用 し た の が 最 初 で あ っ た 。そ の 後 、
アフガニスタン、レバノン、ボスニアヘルツェゴビナ、クロアチア、チェチェン、イ
ラクなど各地の紛争で使用されたが、最も大規模に使用された湾岸戦争(多国籍軍に
よ る 空 爆 : 1991 年 1 月 17 日 ∼ 2 月 24 日 、 地 上 侵 攻 : 2 月 24 日 ∼ 3 月 3 日 ) で あ っ
た 。こ の 間 、ク ラ ス タ ー 爆 弾 だ け で 約 61 千 発( 子 弾 総 数 約 2 千 万 個 )が 使 用 さ れ た 。
地 上 火 器 用 ICM の 使 用 総 数 は 不 明 で あ る が 、NGO に よ れ ば 約 3 千 万 個 以 上 の 子 弾 が
散布されたと言われている。
米 軍 の 湾 岸 戦 争 に お け る 使 用 数 に 関 す る 報 告 は 公 表 35 ) さ れ て お り 、図 表 8 に ク ラ ス
タ ー 爆 弾 の 使 用 数 を 、図 表 9 に 地 上 火 器 用 ICMの 使 用 数( 戦 術 用 対 地 誘 導 弾 ATACMS
を 含 む 。)を 示 す 。1 ヶ 月 以 上 に わ た っ て 行 わ れ た 空 爆 で 約 41 千 発 の 各 種 ク ラ ス タ ー
爆 弾 が 使 用 さ れ た の に 対 し 、 約 1 週 間 の 地 上 戦 で は 発 数 で は 空 爆 を 上 回 る 約 45 千 発
の ICM砲 弾 、 ロ ケ ッ ト 弾 が 使 用 さ れ た 。
図表 8
図表 9
湾岸戦争における米軍の
地 上 火 器 用 ICM 使 用 状 況
クラスター爆弾使用状況
弾 種
弾数
Rockeye/CBU 59
12,149
CBU 87
10,035
CBU 52/58/71
17,800
子弾数/1発
子弾総数
247/717
Ave5,855,818
202
217/650/650
2,027,070
Ave9,000,867
CBU 89 GATOR
1,105
72
79,560
CBU 78 GATOR
148
60
8,880
67
60
CBU 78 GATOR
TOTAL
41,304
湾岸戦争における米軍の
4,020
弾 種
155 DPICM
8" DPICM
MLRS
ATACMS
TOTAL
弾数
子弾数/1発
子弾総数
25,368
88
2,102
180
378,360
17,286
644
11,132,184
32
950
44,788
2,232,384
30,040
13,772,968
16,976,215
地 上 火 器 用 の ICM砲 弾 や MLRSは 主 と し て 前 線 に 展 開 し て い る イ ラ ク 機 甲 部 隊 に 対
35 )ARMY
WAR COLL CARLISLE BARRACKS PA, “Scatterable Munitions =
Unexploded Ordnance = Fratricide” , 22 MAR 1993
111
し使用された。その威力はすさまじく子弾による戦車の撃破こそ1両しか確認されて
いないが、人員、砲兵陣地などの資材に対し多大の損害を与え、多国籍軍によるイラ
ク 軍 撃 破 に 大 い に 寄 与 し た 。 さ ら に こ の ICM弾 に よ る 攻 撃 を イ ラ ク 兵 は 「 鋼 鉄 の 雨
(Steel Rain)」 36 ) と 言 っ て 怖 れ た 心 理 的 効 果 も 無 視 で き な い 。
このように大きな威力を発揮したクラスター弾薬であるが、空中投下のクラスター
爆 弾 、 地 上 発 射 の DPICM 砲 弾 、 MLRS の い ず れ も 大 量 の 不 発 子 弾 (Dud)が 発 生 し 大
問題となった。
(2)湾岸戦争における不発子弾の発生状況
湾岸戦争を通じて、多国籍軍が使用した空中投下、地上発射の各種クラスター弾薬
に よ り 約 17 万 個 の 不 発 子 弾 が 発 生 し た と 言 わ れ る 。 た だ し 、 不 発 子 弾 に 関 す る 統 計
的 な 記 録 は な く 、こ の 17 万 個 と い う 数 字 は 単 に 米 軍 の 規 格 で あ る 作 動 率 95%以 上( ロ
ッ ト 認 定 試 験 の 合 格 基 準 )よ り 不 発 発 生 率 を 5%と 仮 定 し て 出 し た 推 定 値 に 過 ぎ な い 。
米軍の不発子弾に関する各種報告においても不発子弾に関する記述はまちまちで
不 発 子 弾 発 生 の 全 貌 を 明 ら か に す る こ と は で き な い 。 例 え ば 、 あ る 不 発 弾 ( UXO:
Unexploded Ordnance)に 関 す る 文 書 で は 湾 岸 戦 争 全 般 に お け る 子 弾 の 不 発 率 は 平 均
8%と 述 べ て い る 。 ま た 別 の 国 防 省 の 文 書 で は 、 あ る 不 発 弾 処 理 ( EOD: Explosive
Ordnance Disposal) 隊 長 が 、 第 24 師 団 戦 区 に お い て は DPICM砲 弾 、 MLRS等 の 子
弾 不 発 率 は 15∼ 20%で あ っ た と 述 べ 、さ ら に ク ラ ス タ ー 爆 弾 の 子 弾 は 、砂 地 な ど の 軟
弱 地 に 弾 着 し た 場 合 不 発 率 が 40%に も の ぼ っ た と 述 べ て い る 。さ ら に 別 の MLRSに 関
す る 文 書 で は 、 湾 岸 戦 争 に お け る M77 子 弾 ( MLRS M26 ロ ケ ッ ト 弾 搭 載 子 弾 ) の 不
発 発 生 率 は 10∼ 20%の 範 囲 に あ っ た と 述 べ て い る 。 37 )
いずれにしても湾岸戦争においては戦場となった地域に数十万個にものぼる不発
子弾が残されたことは間違いないようである。この不発子弾は、戦闘間、予期しない
地雷原となって友軍の機動を妨害し、さらには友軍兵士を死傷させる結果となった。
湾 岸 戦 争 で は 米 陸 海 空 海 兵 隊 合 計 で 1,364 名 の 死 傷 者 ( 死 亡 385 名 、 負 傷 979,名 )
の 損 害 を 被 っ た が 、 そ の う ち 80 名 ( 死 亡 22 名 、 負 傷 58 名 ) が 各 種 ク ラ ス タ ー 弾 薬
の 不 発 子 弾 の 爆 発 事 故 に よ る 死 傷 ( 全 体 の 6%) で あ り 、 敵 味 方 の 各 種 地 雷 に よ る 死
傷 81 名 ( 死 亡 12 名 、 負 傷 69 名 ) に 匹 敵 す る 犠 牲 を 生 じ た 。
戦後、この多数の不発子弾は民間人とりわけ多くの子供を犠牲とした。この不発子
弾を処理して戦場となった地域を安全化するため、多くの人員、期間と厖大な経費を
要した。
例 え ば 、ク ェ ー ト は 戦 場 と な っ た 地 域 を 7 つ の 区 域 に 分 け 、米 、英 、仏 、エ ジ プ ト 、
パキスタン、パングラデッシュなどの軍、企業が処理を請け負った。このうち、ジャ
ベ ル 空 軍 基 地 を 含 む 3,126km 2 の 最 も 広 い 地 域 は 、 米 国 の CMS ( Conventional
Munitions Systems) 社 が 134 百 万 $ (約 250 億 円 )で 受 注 し た 。 同 社 は 退 役 し た 軍 の
EOD技 能 者 約 150 名 を 中 心 と し た 約 500 名 の 要 員 を 投 入 し て 22 ヶ 月 で 処 理 を 終 了 し
36 )Donald
R. Kennedy& Wi11iam L. KincheIoe, “Steel Rain : Submunitions in the
Desert”, Army, January, p24-31
37 )GAO-02-1003, “MILITARY OPERATIONS : Information on U.S. Use of Land Mines
in the Persian Gulf War”, September 2002
112
DRC 年報 2009
た。この間発見処理した不発弾は厖大な数量であり、米国製の空中投下および地上発
射 ク ラ ス タ ー 弾 薬 の 不 発 子 弾 だ け で も 117,845 個 に も の ぼ っ た 。
一 方 こ の よ う な 不 発 子 弾 の 問 題 は 、 対 人 地 雷 廃 絶 運 動 を 展 開 し て い た HRW
(Human Right Watch)な ど の NGO を 活 気 づ か せ 、 第 2 の 対 人 地 雷 と し て ク ラ ス タ ー
弾薬廃絶のための国際世論を盛り上げる活動が活発化した。
(3)不発子弾の特性
ここで問題となっている不発子弾は、すべてが触れるだけで起爆するような危険な
不発子弾という訳ではない。
DPICM 砲 弾 を 例 に 取 る と 子 弾 が 不 発 と な る 場 合 は 3 種 類 に 大 別 で き る 。 一 つ は 、
子弾信管が安全解除せずに弾着した場合で、この場合は当然起爆しないため不発子弾
(Dud)と な る が 、 安 全 解 除 し て い な い た め 触 っ た ぐ ら い で は 起 爆 せ ず 、 通 常 の 不 発 弾
処 理 が 可 能 で あ る 。一 方 、安 全 解 除 し た 子 弾 が 、弾 着 の 姿 勢 が 横 向 き に な っ て い た り 、
地面が軟弱であったりして起爆しない場合で、この場合触れただけあるいは子弾が風
等 で 転 が っ た だ け で も 起 爆 す る 可 能 性 が あ る 危 険 な 子 弾 (Danger Dud)に 分 類 さ れ る 。
この他、砲弾から子弾が放出される際に子弾同士が衝突する場合がある。子弾が安
全解除していれば、衝突の衝撃で起爆し問題とならないが、安全解除していなければ
衝突により子弾信管が損傷、変形し、安全解除しない、あるいは弾着しても撃針が起
爆筒を正常に刺突できなくて不発となる不具合を引き起こす。この場合、子弾は不発
で あ っ て も 、触 っ た ぐ ら い で 起 爆 す る 可 能 性 は 低 く 、危 険 な 子 弾 と な る 可 能 性 は 低 い 。
こ の 結 果 、 DPICM 砲 弾 の 射 撃 を 受 け た 地 帯 は 、 不 発 子 弾 (Dud)や 危 険 な 不 発 子 弾
(Danger Dud)が 混 在 し て 散 乱 す る 一 種 の 地 雷 原 と 化 し て し ま う 。し か も DPICM 砲 弾
や MLRS の 子 弾 は 径 4cm、 長 さ 7cm く ら い の 小 さ な 物 で あ り 、 草 や 岩 陰 に 隠 れ て い
れば肉眼で見つけるのが難しく、軟弱地などでは簡単に埋まってしまいまさに対人地
雷そのものとも言える。
次章ではこのような問題に対する米国および欧米の対応について述べる。
4 .ICM 子 弾 の 改 善 努 力
DPICM 砲 弾 に よ る 不 発 子 弾 大 量 発 生 と そ れ に よ る 友 軍 の 損 害 が 最 初 に 顕 在 化 し た の
は 1982 年 の イ ス ラ エ ル に よ る レ バ ノ ン 侵 攻 時 で あ っ た 。 イ ス ラ エ ル 軍 に よ っ て 使 用 さ
れ た M483A1 DPICM は 大 量 の 不 発 子 弾 を 生 じ た 。 こ れ ら の 不 発 子 弾 は 、 イ ス ラ エ ル 軍
の前進を阻害し、損害を与える結果となった。このことは、後述するようにイスラエル
軍に不発率の低い子弾開発を行う端緒となった。湾岸戦争における不発子弾問題は、こ
のレバノン侵攻時の問題を拡大したものに過ぎなかった。
そのため、米国をはじめイスラエル、ドイツなどの諸国では子弾不発率改善のための
研究が進められた。
( 1 ) 米 陸 軍 の 1990 年 代 に お け る 子 弾 改 善 動 向
ア
子弾作動率に関する米陸軍の認識と実際
米 陸 軍 は 、 M42/M46/M77 DPICM 子 弾 の 作 動 率 を 98%と 称 し た が 、 こ れ は 射 撃 試
験 に お け る 最 良 の 値 で あ り 、 各 ロ ッ ト 認 証 試 験 ( Lot Assurance Test: ロ ッ ト 保 証 の
た め の 試 験 で わ が 国 の 領 収 試 験 に あ た る 。) の 規 格 値 は 作 動 率 95%以 上 で あ る た め 、
113
米 陸 軍 は 子 弾 の 不 発 率 を 2-4%と 見 積 も っ て い た 。 一 般 の 信 管 付 砲 弾 の 作 動 率 が 93%
程度であり、ことさら子弾不発問題について言及することはなかった。
しかしながら、米陸軍は当初から危険な不発子弾の問題を認識しており、米本土お
よ び NATO 諸 国 内 で の DPICM 砲 弾 お よ び MLRS 実 弾 の 訓 練 射 撃 を 禁 止 し た の は そ
の 証 拠 と 言 え る 。 そ の た め 1980 年 代 末 、 米 陸 軍 は 子 弾 作 動 率 改 善 の た め の 研 究 に 着
手した。
この危険な不発子弾問題が顕在化した湾岸戦争後、米国防省当局が行った調査では
砲 弾 用 DPICM 子 弾 M42/M46 で は 生 産 さ れ た 1.649 ロ ッ ト 中 4 ロ ッ ト だ け が 作 動 率
の 規 格 を 外 れ て い た の に 対 し 、 MLRS 用 の M77 DPICM 子 弾 は 、 1984∼ 1989 年 に 生
産されたロットの半分が作動率の規格を外れていた。
さ ら に 、湾 岸 戦 争 で 使 用 し た 全 MLRS ロ ッ ト に つ い て 試 験 を 行 っ た 結 果 子 弾 の 不 発
発 生 率 は 2%か ら 23%と 大 き く ば ら つ い て お り 、 多 く の ロ ッ ト が 規 格 を 満 た し て い な
いことが判明、米陸軍の子弾改善研究はさらに加速された。
イ
子弾改善研究の状況
( ア ) 既 存 の DPICM 子 弾 ( M42/M46/M77) の 改 善 、 最 初 の ス テ ッ プ
米 陸 軍 は 子 弾 改 善 目 標 と し て 以 下 の 設 定 を 行 っ た 。 38 )
・ 子 弾 作 動 率 99%以 上 ( 不 発 率 1%以 下 )、 子 弾 信 管 単 価 1.5$ ( 約 300 円 ) 以 下
・現用火砲、ロケットで異常なく使用できること
・搭載子弾数、子弾威力が変わりないこと
米 陸 軍 は 、 こ の 目 標 を 達 成 す る た め 現 有 の 子 弾 信 管 M223( 着 発 機 構 の み ) の 改 善
で は 対 応 で き な い と 判 断 、 M223 信 管 に 自 爆 機 構 を 追 加 す る こ と に よ り 不 発 ( 着 発 も
自 爆 も し な い 場 合 ) を 1%以 下 と す る 方 針 を 決 定 、 改 善 信 管 の 目 標 性 能 を 着 発 作 動 率
97%以 上 、 自 爆 作 動 率 95%以 上 39 ) と し た 。
自爆機構としては、一般的な延期薬を使用する方式は信頼性に欠けるとして機械式
(XM233 信 管 )お よ び 電 子 式 (XM234 信 管 )を 採 用 、 1990∼ 1991 年 度 に 試 作 し 、 比 較 試
験に供した。
機 械 式 (XM233 信 管 )の 自 爆 機 構 は 小 型 の ダ ッ シ ュ ポ ッ ト( 液 体 式 緩 衝 装 置 )と 撃 針
バネ付の自爆撃針、自爆雷管を組み合わせたもので、子弾放出時の衝撃がダッシュポ
ッ ト を 介 し て 60 秒 後 に 自 爆 撃 針 を 開 放 、 自 爆 雷 管 を 刺 突 す る と い う 機 構 で あ っ た 。
一 方 、 電 子 式 (XM234 信 管 ) の 自 爆 機 構 は 、 超 小 型 電 子 タ イ マ ー 、 発 火 回 路 、 電 池
お よ び M55 電 気 起 爆 筒 か ら な り 、 子 弾 放 出 後 電 子 タ イ マ ー が ス タ ー ト し 3 分 で 自 爆
作動するものである。ただし、安全解除せず不発となった場合、自爆作動せず不発の
ままとなる機構であり、危険な不発子弾発生低減に主眼をおいた設計であった。
こ の 2 種 に つ い て 比 較 試 験 を 行 っ た が 、 い ず れ も 目 標 性 能 ( 子 弾 作 動 率 99%以 上 )
を 満 足 し な か っ た が 、米 陸 軍 は 、電 子 式 (XM234 信 管 )は 目 標 達 成 の 可 能 性 が あ る と 判
38 )Mr.
Ronald M. Corn, Fire Support Armaments Center, Picatinny Arsenal,
“Submunition Fuzing and Self Destruct (US/G E)”, 3 rd International Cannon
Firepower Symposium & Exhibition, 27-30 APRIL 1992
39 )こ の 目 標 性 能 を 達 成 で き れ ば 、 作 動 率 は 計 算 上 1-(1-097)(1-0.95)=0.9985 よ り 99.85%
となる。
114
DRC 年報 2009
断、電子式子自爆機構付き子弾の開発を進めることとした。
( イ ) 新 規 子 弾 ( XM80/XM85) の 開 発
子 弾 信 管 改 善 研 究 の 結 果 よ り 、米 陸 軍 は 2 種 の 電 子 自 爆 機 構 付 き 子 弾 の 開 発 に 着 手
し た 。 XM80 DPICM子 弾 は 、 XM234 電 子 自 爆 機 構 付 き 子 弾 信 管 を 有 す る 子 弾 で 、 従
来 の M42/M46 子 弾 に 対 し 寸 法 で 75%( M42/M46 子 弾 の 径 38.7mmに 対 し 30.7mm)、
威 力 で 85%減 じ て 、子 弾 搭 載 数 の 増 加( M864 ER-DPICMで M42/M46 子 弾 72 個 か ら
XM80 子 弾 108 個 ) を 図 り 威 力 範 囲 の 増 加 40 ) を 狙 っ た も の で あ る 。
こ の XM80 子 弾 は 、当 時 開 発 中 の 155mm XM982 Excalibur ER-DPICM 41 ) 、105mm
XM915/916 DPICMに 搭 載 を 予 定 し て お り 、 こ の ほ か 海 軍 の 長 射 程 誘 導 砲 弾 5inch
ERGM (Extended Range Guided Munitions)に も 搭 載 予 定 で あ り 、 将 来 的 に は 現 用
155mm M483A1/M864 の 改 修 も 考 慮 さ れ て い た 。
一 方 MLRS 用 XM85 子 弾 は 、 従 来 の M77 子 弾 に XM235 電 子 自 爆 機 構 付 き 信 管 を
装 着 し た も の で 、 当 面 M26A 長 射 程 ロ ケ ッ ト 弾 に 搭 載 を 予 定 し て い た 。
a
XM80 子 弾 /XM234 電 子 自 爆 機 構 付 き 信 管
着 発 作 動 率 97%以 上 、自 爆 を 含 む 総 合 作 動 率
図 表 10
M80 子 弾 / M234 信 管
99.8%以 上 、 放 出 後 6 分 で 自 爆 な ど を 要 求 性 能
と し て 開 発 、1997 年 の 時 点 で の 105mm XM915
DPICM 射 撃 試 験 の 結 果 で は 着 発 作 動 率 99.8%、
自 爆 を 含 む 総 合 作 動 率 99.65%を 得 て 、 105mm
XM915/XM916 DPICM の 装 備 化 に 向 け て の 本
格 開 発 に 移 行 、M80 子 弾 、M234 子 弾 信 管( 図
表 10)と な っ た が 、最 終 的 に 作 動 率 な ど の 要 求
を満足することができず、装備化に至らなかっ
た。
ま た 、 155mm XM982 Excalibur は 、 長 射 程
DPICM か ら 長 射 程 GPS 誘 導 砲 弾 に 開 発 目 標 を 大 き く 変 更 し 、 単 一 弾 頭 ( Unitary:
通 常 の 榴 弾 )、 DPICM ( 搭 載 子 弾 未 定 )、 SADARM ( Sense And Destroy Armor
Munitions: 目 標 検 知 対 装 甲 子 弾 ) の 3 種 と し て 開 発 続 行 し た 。
こ の ほ か M80 子 弾 開 発 に 付 随 し て 、 米 海 軍 主 導 で 近 接 作 動 機 能 付 き 子 弾 M80PIP
の開発も行われたが、同様に開発中止となった。
b
XM85 子 弾 /M235 電 子 自 爆 機 構 付 き 信 管
XM85 子 弾 は M77 子 弾 の 弾 体 に XM235 電 子 自 爆 機 構 付 き 信 管 を 装 着 し た 子 弾( 図 表 11)
で 、 1998 年 装 備 化 予 定 の M26A ER-MLRS( 最 大 射 程 45km) 搭 載 用 と し て 1992 年 開 発
に 着 手 し た 。 し か し な が ら 砲 弾 用 子 弾 と 同 様 開 発 は 決 し て 順 調 と は 言 え ず 1996 年 の 開 発
試 験 結 果 で は 着 発 不 作 動 率 12%( 要 求 5%)、 自 爆 不 作 動 率 2.63%( 要 求 1%) と 要 求 を 満
40 )米 陸 軍 は 湾 岸 戦 争 で の DPICMの 使 用 実 績 よ り 、 子 弾 の 装 甲 貫 徹 力 よ り 、 対 人 対 物 に 対
す る 効 果 を 評 価 、子 弾 単 体 の 威 力 よ り 子 弾 数 を 重 視 し た 。ま た 、将 来 的 に 砲 弾 の 長 射 程 化 、
知能化により子弾搭載数が減少することを見込んで子弾の小型化を計画した。
41 )現 在 M982 Excaliburは GPS/INSを 使 用 し た 精 密 誘 導 砲 弾 と し て 開 発 /装 備 化 中 で あ る
が 、 当 時 は BB/RAP併 用 の 長 射 程 (最 大 射 程 47km)DPICMと し て 開 発 中 で あ っ た 。
115
たせず設計改善の必要があると判断された。
図 表 11
M85 子 弾 /M235 信 管
そ こ で 1998 年 ER-MLRS装 備 化 の た め 、当 面 在 来
の M77 子 弾 を 搭 載 し た M26A2 の 生 産 を 開 始 す る と
と も に 、 XM85 子 弾 に つ い て は ER-MLRS実 戦 化 ま
でに開発完了を条件として、開発を継続した。ただ
し 、作 動 率 以 外 で も 単 価( 要 求 額 8.05$ に 対 し 10.54
$ )、生 産 性( 複 雑 な 自 爆 機 構 を 有 す る た め 全 自 動 生
産 シ ス テ ム で 全 工 程 を 生 産 で き な い 。)な ど の 課 題 が
あ っ た 。 42 )
結 局 、M85 子 弾 (M235 子 弾 信 管 )と し て LRIP (Low
Rate Initial Production: 低 率 初 期 生 産 ) に は こ ぎ
着 け た が 、作 動 率 の 信 頼 性 、価 格 な ど の 問 題 に よ り 、
本 格 的 な 生 産 に 移 行 で き ず に 打 ち 切 ら れ 、M85 子 弾
を 搭 載 し た M26A1 ER-MLRS の 生 産 も 約 1,000 発 で 打 ち 切 ら れ た 。( M26A1/A2 の
ER-MLRS全 生 産 数 も 4,128 発 に 終 わ っ た 。)こ の よ う な 状 況 に つ い て 、戦 術 ミ サ イ ル 計 画
管 理 室( Program Executive Office)の 担 当 者 は「 不 発 率 1%以 下 の 子 弾 開 発 の た め MLRS
だ け で 10 年 の 歳 月 と 64 百 万 $ ( 約 80 億 円 ) の 予 算 を 使 い 何 の 見 通 し も 得 る こ と が で き
な か っ た 。」 と 要 約 し て い る 。 43
(2)米国以外の諸国における子弾不発率改善の動向
米 国 製 DPICM の 不 発 率 の 高 さ に 、 イ ス ラ エ ル 、 独 な ど 各 国 は 独 自 に 不 発 率 の 低 い
子弾開発に着手、装備化した。以下代表的な子弾について紹介する。
ア
イスラエル、独
a
イ ス ラ エ ル 製 M85 子 弾
1982 年 の レ バ ノ ン 侵 攻 で 米 国 製 M483A1 DPICM の 不 発 子 弾 大 量 発 生 に よ り 被 害
を 被 っ た イ ス ラ エ ル は 、 不 発 率 の 低 い 子 弾 開 発 を 決 意 、 1980 年 代 後 半 に は M85 子 弾
を 装 備 化 し た 。 こ の M85 子 弾 は 、 米 M42/M46 子 弾 よ り 一 回 り 大 き い 径 42mm の 子
弾 で 、 信 管 に は 着 発 機 構 の 他 、 延 期 薬 を 使 用 し 放 出 後 15 秒 で 自 爆 す る 機 構 を 組 み 込
んでいる。さらに、着発作動も自爆作動もしなかった場合、撃針が起爆筒を刺突でき
な く な る 不 発 時 安 全 化 機 構 ( Pick-up Safety) を 備 え 、 触 れ る だ け で 起 爆 す る 可 能 性
のある危険な不発子弾発生の防止を図っている。
こ の M85 子 弾 は 、155mm M395 DPICM( M85 子 弾 63 個 )、M396 ER-DPICM( M85
子 弾 49 個 ) の ほ か 105mm、 122mm、 130mm、 152mm、 175mm お よ び 203mm 砲
用 DPICM と し て 採 用 さ れ た ほ か 、 迫 撃 砲 用 、 ロ ケ ッ ト 弾 用 、 爆 弾 用 子 弾 が 開 発 さ れ
120mm 迫 撃 砲 用 DPICM、160mm ロ ケ ッ ト 用 DPICM、500LB、1000LB ク ラ ス タ ー
42 )Col
Barry M. Ward, MLRS Project Manager, “HTI Fuze in Tactical Missiles”, 43rd
Annual Fuze Conference and Munitions Technology Symposium VI, 6-8 April 1999
43 Jody Maxwell, Director, System Integration & Operations, “PEO Tactical Missiles”,
DIA 45th Annual Fuze Conference, 17-18 April 2001
116
DRC 年報 2009
爆 弾 に も 使 用 さ れ 、 イ ス ラ エ ル IMI 社 は 6 千 万 個 の M85 子 弾 を 生 産 し た 。
イ ス ラ エ ル は こ の M85 子 弾 の 製 造 ラ イ セ ン ス を イ ン ド 、ア ル ゼ ン チ ン 、ト ル コ 、ス イ ス 、
イギリス、米国、独などの各国に供与した。
b
独
イ ス ラ エ ル と ほ ぼ 同 時 期 、 独 Rheinmetall 社 は DM1383 子 弾 を 開 発 し た 。 こ の
DM1383 子 弾 は イ ス ラ エ ル の M85 子 弾 に 非 常 に 類 似 し た 子 弾 44 ) で あ り 、 M85 子 弾 と
同 様 に 14 秒 延 期 薬 筒 に よ る 自 爆 機 構 、 不 発 時 安 全 化 機 構 を 備 え た 信 管 を 使 用 し て い
る。
こ の DM1383 子 弾 は 、 155mm DM362/DM642 DPICM( DM1383 子 弾 63 個 搭 載 )
お よ び DM652 ER-DPICM( DM1383 子 弾 49 個 搭 載 )に 使 用 さ れ 、DM642 だ け で も
独 国 内 用 と し て 12 万 発 以 上 生 産 さ れ た 。ま た 、イ タ リ ア で は DM632 を RB63 と し て
生 産 し た 。 こ の ほ か 独 は DM632/DM642/DM6652 を オ ー ス ト リ ア 、 デ ン マ ー ク 、 フ
ィ ン ラ ン ド 、ギ リ シ ャ 、ノ ル ウ ェ ー に 輸 出 し た 。ノ ル ウ ェ ー に は DM642 の ほ か DM662
を 輸 出 し た が 、 こ の DM662 は 、 独 の 子 弾 生 産 ラ イ ン が 閉 鎖 さ れ た た め 、 イ ス ラ エ ル
よ り M85 子 弾 部 品 を 輸 入 し 、 DM1385 子 弾 と し て DM652 ER-DPICM に 搭 載 し た も
の で あ る 。( 図 表 12)
図 表 12
DM1383 子 弾 お よ び
DM1385(M85)子 弾
こ の DN1383 子 弾 に つ い て は 、1991 年 米 ユ マ 試
験 場 で の 射 撃 試 験 結 果 が 公 表 さ れ て お り 45 ) 、こ の
報 告 に よ れ ば 229 発 射 撃 で 着 発 作 動 率 98.3%、自
爆 作 動 率 99.5%の 好 成 績 で あ り 、14,427 個 の 子 弾
の う ち 危 険 な 不 発 子 弾 と な っ た の は 6 個 (0.04%)
に過ぎなかった。
c M85/DM1383 子 弾 の 性 能
M85 子 弾 は 、不 発 率 が 低 い こ と を 特 徴 と し て 各 国 に も 普 及 し た が 、HRW( Human
Right Watch)な ど の NGOは 、レ バ ノ ン な ど に お け る 使 用 結 果 よ り 、米 国 製 M42/M46
子 弾 ほ ど で な い に し て も 10%前 後 の 高 い 不 発 率 で あ る と 主 張 し て お り 、イ ラ ク に お い
て 英 国 が M85 子 弾 を 使 用 し た 155mm L20A1 DPICMを 使 用 し た 際 に も 1 発 当 た り
2~3 個 、時 と し て 4 個 の 不 発 子 弾 が 発 生 す る と し て 、不 発 率 は 4∼ 8%に も 及 ぶ と 主 張
し て い る 46 ) が 、実 戦 環 境 下 に お い て 正 確 な 評 価 は 難 し く こ の 主 張 が 一 概 に 妥 当 と 言 う
ことはできない。
な お 、2006 年 ノ ル ウ ェ ー 国 防 省 が 保 有 す る 155mm DM642 DPICM (DM1383 子 弾 )
お よ び DM662 ER-DPICM (M1385 子 弾 =M85 子 弾 )の 作 動 信 頼 性 に 関 す る 試 験 を 実 施
し た 報 告 で は 、 各 種 射 撃 条 件 で DM1383 子 弾 9072 個 の 不 発 率 は 0.50%で 危 険 な 不 発
44 )独 と イ ス ラ エ ル の 間 で 何 ら か の 技 術 協 力 が あ っ た と 言 わ れ て い る 。
45 )
Dr. Volker Koch, “Submunition Fuzing and Self Destruction” , 3rd International
Cannon Artillery Firepower Symposium Exposition, April 1992
46 ) Colin King, C King Associates Ltd, “M85 An analysis of reliability”, Norwegian
People’s Aid, 2007
117
子 弾 は 発 生 し な か っ た 。 一 方 、 DM1385 (M85)子 弾 9408 個 の 不 発 率 は 1.11%で 危 険
な 不 発 子 弾 7 個 が 発 生 し た 。 47 ) こ の 結 果 か ら 断 定 は で き な い が 、 同 様 の 機 構 を 有 す
る子弾であるがドイツ製のほうが作動信頼性においてやや勝るようである。
イ
その他諸国における子弾開発状況
仏 は M46 子 弾 を 63 個 搭 載 し た 155mm cargo ERFB-BB
NR269B1 を 生 産 し て い た が 、 子 弾 不 発 率 低 減 の た め M46
子弾をベースとして延期薬を使用した自爆機構を有する子
弾( 図 表 13)を 開 発 48 ) 、こ の 子 弾 63 個 を 搭 載 し た 155mm
Type OGRE F1 cargoを 装 備 化 し た 。
こ の ほ か 日 本 も 当 初 は 米 国 製 M483A1/M509 の 導 入 を 計 画 、
試験用として参考品購入したが、試験結果より国内開発に
方針を転換した。子弾の安全性、作動性を重視して、延期
薬を使用した自爆機構、不発時安全化機構、さらに不発時
の子弾信管の状況を確認可能な点検窓付子弾を開発した。
こ の 子 弾 を 64 個 搭 載 し た 155mm 弾 は 、国 内 お よ び 米 ユ マ 試 験 場 で の 試 験 で 要 求 を 満 足 し
03 式 155mm 通 常 射 程 / 長 射 程 多 目 的 弾 と し て 装 備 化 し た 。
5.クラスター弾薬廃絶の高まりと米陸軍
(1)クラスター弾薬廃絶の高まりと米国防総省の対応
1997 年 対 人 地 雷 禁 止 条 約 (Convention on the Prohibition of the Use, Stockpiling,
Production and Transfer of Anti-Personnel Mines and on their Destruction)が 調 印
さ れ 意 気 あ が る 各 NGO は 、 次 の 目 標 を ク ラ ス タ ー 弾 薬 廃 絶 に 定 め 、 国 際 世 論 を 盛 り
上げるため精力的なキャンペーンを展開した。
こ の 国 際 世 論 高 ま り に 対 応 し て 2001 年 1 月 10 日 付 で ク ラ ス タ ー 弾 薬 に 関 す る 国 防
総 省 指 針 ( MEMORANDUM FOR THE SECRETARIES OF THE MILITARY
DEPARTMENTS ”DoD Policy on Submunition Reliability”) 49 ) を 出 し た 。 こ の 指 針
は、
「 今 後 作 動 率 99%以 上 の 子 弾 の み を 生 産 す る 。」こ と 、お よ び「 こ の 規 定 は 、2005
年 度 1/四 半 期 以 降 予 算 化 す る 子 弾 の 開 発 ( 量 産 プ ロ ト タ イ プ 段 階 以 降 )、 製 造 に 適 用
す る 。」 を 骨 子 と し て い た 。
こ の た め 米 陸 軍 は 、 国 内 外 の 技 術 を 投 入 し て 砲 弾 用 お よ び MLRS 用 の 作 動 率 99%
以上の子弾開発に取り組むこととなった。
一方、米連邦議会もクラスター弾薬の廃絶運動に関心を持ち、一部議員からはクラ
47 )Ove
Dullum, Div Protection, FFI, “Cluster Weapons – use and tests”, NDRF
Summer Conference, 22-24 AUG 2007
48 ) GIAT TECHNICAL DESCRIPTION, 018/6-TD-03, “PROJECTILE 155 mm CARGO
HEATIAPERS OGRE 155 G5”, 2003
49 ) MEMORANDUM FOR THE SECRETARIES OF THE MILITARY
DEPARTMENTS ”DoD Policy on Submunition Reliability”, JAN 10 2001
118
DRC 年報 2009
スター弾薬廃棄の動議が出るなどの動きが起きた。そのため、議会は国防総省に対し
クラスター弾薬の保有状況および今後の取得/廃棄に関する計画についての報告を
求 め た 。2004 年 10 月 、Report to Congress “Cluster Munitions”と し て 報 告 さ れ た 中
で 、 2004 年 9 月 現 在 の 陸 海 空 海 兵 4 軍 の 保 有 す る ク ラ ス タ ー 弾 薬 の 種 類 、 数 量 ( 図
表 14) お よ び 2004∼ 2011 年 9 月 の Cluster Munition 保 有 計 画 を 示 し た 。
図 表 14 よ り 、 要 廃 棄 弾 薬 を 含 め た ク ラ ス タ ー 弾 薬 総 数 は 555 万 発 以 上 と な る が 、
そ の う ち 474 万 発 (約 85%)を 陸 軍 の DPICM 砲 弾 や MLRS な ど で 占 め て お り 、海 兵 隊
分 を 含 め れ ば 537 万 発( 約 97%)に も な り 、ク ラ ス タ ー 弾 薬 問 題 が 陸 軍 / 海 兵 隊 に と
っていかに大きな問題であるか理解できる。
(2)米陸軍の子弾改善状況
米陸軍は、従来の電子式自爆機構付信管を放棄し延期薬を用いた一般的な自爆機構
を 有 す る 子 弾 信 管 の 開 発 に 移 行 し た 。 こ れ に 対 し L3 Communication (BT Fuze
Products)社 は 、延 期 薬 を 使 用 し た 子 弾 信 管 の 研 究 を 2000 年 か ら 開 始 し 、M80 子 弾 用
信 管 XM1160、 M42/M46 用 子 弾 信 管 XM1162 お よ び M77 子 弾 用 信 管 XM1161 の 開
発 を 進 め 、 2007 年 最 終 的 な 認 証 試 験 に 臨 む 計 画 で あ っ た 。 ま た 、 ATK 社 は イ ス ラ エ
ル IMI 社 か ら M85 子 弾 の ラ イ セ ン ス 供 与 を 受 け 、 2004 年 よ り M42/M46 子 弾 用 信 管
XM242 の 開 発 に 着 手 し 、 同 じ く 2007 年 最 終 的 な 認 証 試 験 に 臨 む 予 定 で あ っ た 。
し か し な が ら い ず れ の 信 管 も 要 求 を 満 足 す る こ と が で き ず 、 陸 軍 は 2008 年 現 用 子
弾用の自爆機構付信管の開発を中止した。
119
図 表 14
名称
陸軍
ATACMS Block I
ATACMS Block IA
M26 MLRS
M26A1/A2 ER-MLRS
155mm M449 APICM
155mm M449A1 APICM
155mm M483A1 DPICM
155mm M864 ER-DPICM
105mm M444 APICM
70mmASR M261 MPSM
海兵隊
M26 MLRS
155mm M483A1 DPICM
155mm M864 ER-DPICM
空軍
CBU-87 CEM
CBU-97 SFW
CBU-103 CEM WCMD
CBU-105 SFW WCMD
CBU-105 SFW P31 WCMD
海軍
Mk-20 Rockeys
AGM-154A(JSOW-A)*3
2004 年 9 月 現 在 の 米 4 軍 の ク ラ ス タ ー 弾 薬 保 有 状 況
子弾数 子弾型式
950
300
644
518
60
60
88
72
18
9
不発率 自爆 供用数*1
M74
M74
M77
M77 w/improved Fuze
M43
M43
M42(64)/M46(24)
M42(48)/M46(24)
M39
M73
644 M77
88 M42(64)/M46(24)
72 M42(48)/M46(24)
202
10
202
10
10
BLU-97
BLU-108
BLU-97
BLU-108
BLU-108 P31
247 Mk-118
145 BLU-97
保有総数*1
2%
2%
5%
3%
NA*2
NA*2
3%
3%
NA*2
6%
×
×
×
×
×
×
×
×
×
×
1,091
405
368,928
4,128
27
24
2,881,693
575,623
30,148
74,591
1,304
502
438,546
4,128
40
49
3,489,279
585,459
134,344
83,589
5%
3%
3%
×
×
×
648
455,173
172,386
648
458,494
174,282
4-6%
2.7%
4-6%
2.7%
0.8%
×
○
×
○
○
99,282
214
10,226
1,986
10,226
1,986
99,282
214
10,226
1,986
10,226
1,986
2%
4-6%
×
×
58,762
518
58,762
965
*1:2004年9月現在、但し同盟国向け戦時備蓄(WRSA:War Reserve Stock for Allies)を含まない
*2:不発率に関する信頼できる資料無し
*3:供用数は2004年末現在、また保有総数には納入予定の分も含む
(3)クラスター弾薬禁止条約の調印と米国の対応
2008 年 5 月 の ダ ブ リ ン 会 議 に お い て 米 露 中 イ ス ラ エ ル な ど を 除 く 107 ヶ 国 で ク ラ
ス タ ー 弾 薬 禁 止 の 条 約 が 採 択 さ れ 、 同 年 12 月 オ ス ロ で 94 ヶ 国 が 調 印 ( 現 在 は 95 ヶ
国)した。
こ の 流 れ に 対 応 し て 米 国 防 総 省 は 2008 年 6 月 19 日 新 た な る 指 針「 ク ラ ス タ ー 弾 薬
と こ の 使 用 に よ る 市 民 の 巻 き 添 え 被 害 に 関 す る 国 防 総 省 指 針( DoD Policy on Cluster
Munitions and Unintended Harm to Civilians)」 50 ) を 出 し た 。 こ の 指 針 に お い て 、
「クラスター弾薬は、軍用が明確である正統的な兵器であり、ある距離にある目標に
対し、通常のりゅう弾より明白に威力があり、周辺被害を少なく抑えることができる
効 果 的 な 弾 薬 で あ る 。」 と ク ラ ス タ ー 弾 薬 保 有 の 方 針 に 変 わ り な い こ と 示 す と と も に
50 )MEMORANDUM
FOR SECRETARIES OF THE MILITARY DEPARTMENTS
CHAIRMAN OF JOINT CHIEFS OF STAFF, UNDER SECRETARY OF DEFENSE FOR
ACQUISITION, TECHNOLOGY AND LOGISTICS UNDER SECRETARY OF
DEFENSE FOR POLICY COMMANDERS OF THE COMBATANT COMMANDS
GENERAL COUNSEL OF THE DEPARTMENT OF DEFENSE, “DoD Policy on Cluster
Munitions and Unintended Harm to Civilians” , JUN 19 2008
120
DRC 年報 2009
「国防総省は、クラスター弾薬からの不発子弾による民間人および民間人の財産に対
す る 意 図 し な い 被 害 を 最 小 に す る 必 要 性 を 認 識 し て い る 。」 と し て 「 作 戦 所 要 量 を 超
え る ク ラ ス タ ー 弾 薬 の 廃 棄 」お よ び「 2019 年 度 以 降 不 発 発 生 率 1%以 下 の ク ラ ス タ ー
弾 薬 の み 保 有 す る 。」 こ と を 規 定 し て い る 。
こ の 指 針 に よ り ク ラ ス タ ー 弾 薬 の 大 部 分 を 占 め る DPICM 砲 弾 お よ び MLRS に つ い
て は 、子 弾 改 善 計 画 が 中 止 と な っ た た め 、2019 年 度 以 降 保 有 で き る 可 能 性 が 無 く な っ
た こ と と な る 。 そ の た め 米 陸 軍 は 、 2008 年 9 月 DPICM 子 弾 に 代 わ る 代 替 子 弾 AWP
(Alternative Warhead Program)の 公 募 を 弾 薬 関 係 各 社 に 対 し て 行 っ た 。 こ の 代 替 子
弾 AWP は 、 作 動 率 99%以 上 の 要 求 を 最 優 先 と し 、 子 弾 自 体 の 寸 法 、 重 量 、 価 格 な ど
についての制限を緩めた仕様のものである。
こ の AWPに 対 し 、代 替 子 弾 の コ ン セ プ ト に は 種 々 あ る が 、公 表 さ れ た も の と し て は
CSS (Common Smart Submunition)、 PRAXIS (Proximity Initiated Submunition)
な ど が あ る 。 51 ) CSS( 図 表 15) は 、 LADAR( Laser Detection and Ranging: レ ー
ザ 探 知 測 距 機 能 を 有 す る レ ー ザ ・レ ー ダ ) /IRの 複 合 セ ン サ ー を 一 体 化 し 、 目 標 を 識 別
可 能 な 高 度 な 機 能 を 持 つ 子 弾 で あ る 。 CSS が SADARM 子 弾 程 度 の 大 き さ に 対 し
PRAXIS( 図 表 16)は や や 小 型 で 、信 頼 性 の 高 い 3 モ ー ド 近 接 信 管 を 組 み 込 ん だ 対 人
対 軽 装 甲 用 子 弾 で 、近 接 作 動 率 97%、着 発 作 動 率 98%、時 限( 自 爆 )作 動 率 98%を 目
標としている。
図 表 15
CSS の コ ン セ プ ト
図 表 16
PRAXIS の コ ン セ プ ト
な お 、最 近 の 報 道 に よ れ ば 、Aerojet社 , ATK社 , GD(General Dynamics)社 の 3 社 競
51 )Dominick
De Mella, “THE EVOLUTION OF ARTILLERY FOR INCREASED
EFFECTIVENESS”, Precision Strike 2008 Summer Forum, June 10 -11, 2008
121
合 と な っ た GMLRSの AWP(Alternative Warhead Program)で は Aerojet社 が 選 定 52 )
されたとのことである。
た だ し 、こ れ ら の 代 替 子 弾 の 開 発 に 成 功 し た と し て も 、実 際 に 新 し い GMLRSや ICM
砲 弾 と し て 実 戦 化 す る ま で 時 間 を 要 し 、2019 年 に は 間 に 合 わ な い と 言 わ れ て お り 、作
戦 上 の 要 求 を 満 た せ な い 状 態 に 陥 る 可 能 性 が 高 い 。 53 )
6.米陸軍の今後
国 防 総 省 指 針 の と お り と な れ ば 米 陸 軍 は 2019 年 以 降 ク ラ ス タ ー 弾 薬 を 保 持 で き な く
なる可能性が高く、果たして今後どのような方策を取るかは不明である。技術的な解決
を図ることが極めて困難と思われることから、国防総省指針の修正などの方法をとる可
能性も高いように思われる。
もう一点米陸軍にとって無視できない重荷が 5 百万発を越えるクラスター弾薬の廃棄
で あ り 、 DPICM の 大 量 生 産 時 の よ う に 最 新 の 廃 棄 設 備 の 大 量 整 備 が 必 要 と な る が 、 現
在の窮屈な予算下でどこまで実現できるか見通しのないのが現状と言える。
52 )
Aerojet News Release, “Aerojet Technology Chosen to Replace Dual-Purpose
Conventional Munition Submunitions”, SACRAMENTO, Calif., Oct. 14, 2009
53 )Steven L. Borden, “Guided Multiple Launch Rocket System (GMLRS) An
Alternative Warhead to address the DPICM Target Set”, Precision Strike Annual
Programs Review, 10 - 11 March 2009
122
DRC 年報 2009
スパイラル開発の終焉(?) − DoD I 5000.2 の 改 訂 と FCS−
( 財 ) DRC 研 究 委 員
池田
純一
1 . ス パ イ ラ ル 開 発(Spiral development)の 登 場
DoDI(Department of Defense Instruction: 国 防 総 省 指 示 ) 5000.02 “Operation of the
Defense Acquisition System( 国 防 装 備 品 取 得 シ ス テ ム の 運 用 )”は 、米 国 防 総 省 に お け る
軍用装備品の研究開発から、量産、廃棄までのライフサイクル全般にわたる運用を規定す
る文書である。
こ の DoDI 5000.02 は 、 関 連 す る DoDD( DoD Directive: 国 防 総 省 指 令 ) 5000.01 な ど
と と も に 2000 年 よ り 何 回 か 見 直 し が 行 わ れ 、 2003 年 5 月 12 日 「 取 得 お よ び 兵 站 の 過 程
における信頼性と効率の
図表 1
スパイラル開発の説明図
追 求 」、「 将 来 の 兵 器 シ ス
テムおよび戦略を創成す
るための高度な先進技術
の推進」などを目的とし
て全面改定された。この
改訂において、革新的取
得 方 法 (Evolutionary
Acquisition Strategy)を
実施するための開発技法
として、従来の段階的開
発
(Incremental
Development) と 共 に ス
パ イ ラ ル 開 発 (Spiral
Development)( 図 表 1)
54 )を 規 定 し 、ス パ イ ラ ル
開発を複雑な装備システ
ム開発における望ましい
手 法 と し て 推 奨 し た 。55 )
これが装備品システム開
発におけるスパイラル開
54 )Barry
Boehm, Wilfred J Hansen, editor, Software Engineering Institute Carnegie
Mellon University, “Spiral Development: Experience, Principles and Refinements”,
July 2000
55 ) “New Acquisition Policy Signed 12 May 2003”, Center for Program Management,
Defense Acquisition University, 30 May 2003
123
発公式の登場と言える。
こ の 背 景 に は 1890 年 か ら 開 発 中 で あ っ た 155mm自 走 榴 弾 砲 シ ス テ ム Crusador、 1980
年 よ り 開 発 中 で あ っ た 武 装 偵 察 ヘ リ RH-66 Comancheの 開 発 中 止 が あ っ た 。56 ) い ず れ も 先
進技術を駆使した世界最高の性能を目指す野心作であり、米陸軍の重要な大規模システム
開発であった。開発中止の理由は異なるが、両者とも開発期間の大幅な遅延とこれに伴う
価格の急騰がその背景にある。そして開発期間の大幅な遅延は、最も実用的でなければな
らない装備品に最先端の先進的を導入するには、時間的にも経費的にもあまりに楽観的な
開 発 計 画 に あ っ た 。 DoDI 5000.02 の 改 訂 は こ の よ う な 状 況 を 打 開 し 、 先 進 技 術 の 実 用 化
の促進する狙いであったと言える。
2 .FCS 開 発 の 遅 延 と ス パ イ ラ ル 開 発
DoDI 5000.02 の 改 訂 が 行 わ れ た 2003 年 5 月 、米 陸 軍 は 極 め て 野 心 的 な 大 規 模 シ ス テ ム
FCS( Future Combat System) の 開 発 ( SDD: System Development & Demonstration)
を 公 式 に 開 始 を 宣 言 し た 。 FCS は 、 陸 軍 近 代 化 計 画 ( United States Army's Principal
Modernization Program)に 基 づ い た 計 画 で 、旅 団 戦 闘 団( BCT:Brigade Combat Team)
を 構 成 す る 戦 場 ネ ッ ト ワ ー ク シ ス テ ム( FCS Network)に 連 接 し た 各 種 UGS( Unattended
Ground Sensors:遠 隔 地 上 セ ン サ ー )/UAV( Unmanned Aerial Vehicles:無 人 機 )/UGV
( Unmanned Ground Vehicles:無 人 車 )お よ び 8 種 の MGV( Manned Ground Vehicles:
有 人 車 両 ) 等 か ら な り 総 額 914 億 $ ( 約 9 兆 円 : 2003 年 見 積 ) に も の ぼ る 大 規 模 な シ ス
テムの開発プログラムであった。
( 図 表 2)こ の 開 発 に は 積 極 的 に ス パ イ ラ ル 開 発 技 法 が 導
入 さ れ た 。開 発 は 2 年 単 位 の 4 回 の ス パ イ ラ ル に よ り 構 成 さ れ 、最 初 の ス パ イ ラ ル( Spiral
1)は 、試 験 評 価 を 経 て 2008 年 装 備 化 さ れ プ ロ ト タ イ プ に よ る 運 用 評 価 が な さ れ る 計 画 で
あ っ た 。( 図 表 3)
しかしながら、当然と言うべきか計画の大幅遅延と経費急騰という問題に悩まされ、
2008 年 の 修 正 さ れ た 計 画 で は 、最 初 の FCS 旅 団 が 編 成 さ れ る の は 2015 年 ま で 遅 延 し た 。
こ の 遅 延 の 要 因 の 第 1 は 先 進 技 術( critical technologies)の 熟 成 不 足 で 、GAO( General
Accounting Office:会 計 検 査 院 )は 2008 年 末 現 在 FCSの 44 件 の 先 進 技 術 の う ち 、実 用 化
に 耐 え う る ま で 熟 成 し た 技 術 は 3 件 の み で あ り 、27 件 は ま だ 熟 成 の 途 上 に あ る と 評 価 し て
い る 。 残 る 14 件 に つ い て は こ れ か ら 各 種 試 験 を 通 じ て 熟 成 を 図 る 段 階 に 止 ま っ て お り 、
2013 年 の 生 産 開 始 決 定 ま で に 全 て の 先 進 技 術 が 熟 成 で き る 保 証 は な い と 評 価 し て い る 。
57 ) 遅 延 の 第
2 の 要 因 が 開 発 途 中 で の 使 用 者 側 に よ る 要 求 仕 様 の 変 更 に あ る 。そ の 代 表 例 が
MGVで 、当 初 計 画 で は 車 重 19tで あ っ た も の が 、イ ラ ク 等 の 戦 訓 に よ り 防 護 力 強 化 の た め
29tま で 増 大 さ れ 、 大 幅 な 設 計 変 更 が 必 要 と な っ た 。
56 )Crusadorは
2002 年 5 月 8 日 Rumsfeld国 防 長 官 に よ り 正 式 に 開 発 中 止 と な っ た 。
Comancheも ま た 2004 年 2 月 23 日 の ス ク ー メ ー カ ー 陸 軍 参 謀 長 の 声 明 に よ り 正 式 に 開 発
中止となった。
57 )GAO-09-326SP, “2009DEFENSE ACQUISITIONS : Assessments of Selected Weapon
Programs”, March 2009, p83-84
124
DRC 年報 2009
図表 2
図表 3
58 )BG
FCS主 要 構 成 品 ( 11 October 2004) 58 )
FCSの ス パ イ ラ ル 開 発 ( 11 October 2004) 59 )
John Bartley, “Future Combat Systems”, 2004 TACOM APBI, 15 October 2004
59 )同 上
125
経 費 の ア ッ プ も 著 し く GAOの 指 摘 に よ れ ば 2008 年 度 末 で 、当 初 計 画 の 74%ア ッ プ に あ
た る 1590 億 $ ( 約 16 兆 円 ) 60 ) に も 膨 れ あ が り 、 最 終 的 に は 2000 億 $ ( 約 20 兆 円 ) に
も達すると見積もられた。
こ の よ う に 開 発 期 間 の 遅 延 お よ び 経 費 の 急 騰 は 大 き な 問 題 と な り 、FCS 開 発 継 続 の 可 否
について国防総省内や議会で議論されるようになった。
3 . ス パ イ ラ ル 開 発 の 終 焉 と FCS 開 発 中 止
米 国 防 総 省 は 2008 年 12 月 8 日 再 び DoDI 5000.02 ”Operation of the Defense
Acquisition System”の 全 面 改 訂 を 行 っ た 。
この改訂は、近年の研究開発では多くのアイテムで、結果として計画の大幅遅延に繋が
る以下のような問題点が挙げられている。
① 技 術 開 発 段 階 ( TD: Technology Development) で 必 要 な 性 能 評 価 や 代 替 手 段 に
つ い て の 検 討 を 行 わ ず シ ス テ ム 開 発 実 証 段 階 ( SDD: System Development &
Demonstration) へ 移 行
②開発実施にあたり、技術の熟成度について十分な実証を行っていない。
③設計に起因する開発経費の増加、計画期間の遅延、不満足な性能などの問題
④計画進行を阻害するような無意味な要求事項
⑤システム開発実証段階において、管理機関が計画の進捗状況、要求および規則に
対する適合状況、計画変更の可否などに関する適正な審査を行う機会がない。
そ こ で こ の よ う な 問 題 を 是 正 し 適 正 な 開 発 を 行 う た め 改 訂 が 行 わ れ た 。 61 )
そ の た め 、研 究 開 発 ∼ 装 備 化 に お け る 各 段 階 で の 審 査 、提 出 文 書 な ど 多 く の 事 項 が 改 訂 、
追 加 さ れ て い る 。 そ の 中 で も 2003 年 の 改 訂 で 複 雑 な 装 備 シ ス テ ム 開 発 に お け る 望 ま し い
開発手法として登場したスパイラル開発は「開発の最終目標が技術の成熟度、要求元から
の フ ィ ー ド バ ッ ク に 左 右 さ れ 不 確 定 と な る 。」 と し て 否 定 さ れ 、 従 来 の 段 階 的 開 発
(Incremental Development)の み と な り 、 シ ス テ ム 開 発 の 成 功 は い か に 技 術 を 熟 成 さ せ 、
その技術をシステム構成品に組み込むかにかかっているとされた。
そ し て 2009 年 、国 防 省 予 算 編 成 に お い て FCS 開 発 の 可 否 が 問 題 と な り 、6 月 23 日 FCS
関 連 予 算 が 公 式 に キ ャ ン セ ル さ れ 、開 発 中 止 と な っ た 。FCS の 多 く の 構 成 品 の う ち 、開 発
の 進 ん で い る FCS Network、 UGS や UAV、 UGV の 一 部 は 他 ア イ テ ム に 移 管 さ れ 開 発 を
継 続 す る こ と と な っ た が 、 MGV は 開 発 中 止 と な っ た 。( 図 表 4) そ し て 米 陸 軍 は 新 た な る
旅 団 戦 闘 団 ( BCT) 用 装 備 シ ス テ ム 開 発 の 計 画 策 定 に 着 手 し た 。
60 )GAO-09-288,
“DEFENSE ACQUISITIONS : Decisions Needed to Shape Army’s
combat Systems for the Future”, March 2009
61 )Karen Byrd, Learning Capabilities Integration Center, “DoD Instruction 5000.02,
dated 8 December 2008 - Operation of the Defense Acquisition System, Statutory and
Regulatory Changes”, 44th Annual Gun & Missile Systems Conference & Exhibition, 6
April 2009
126
DRC 年報 2009
図表 4
FCS開 発 中 止 の 状 況 ( ×印 は 開 発 中 止 と な っ た 構 成 品 ) 62 )
4.結び
米国は、装備品研究開発に伴う共通的な問題「開発期間の遅延と経費の急騰」を解決す
るため、研究開発制度の改訂をたびたび行っている。そして多くの多くのアイテム特に海
空のシステムについて価格上昇という問題は解決できないものの、開発自体一応の成功を
収め装備化に進んでいる。
し か し な が ら 、こ こ に 例 を 挙 げ た FCSの よ う に 失 敗 し た( 開 発 中 止 ) 63 ) と な っ た ア イ テ
ムも少なくない。これらの失敗の原因は、余りにも高い性能とこれに対し余りにも楽観的
な 開 発 計 画( あ ま り に も 短 い 期 間 、あ ま り に も 少 な い 経 費 等 )に あ る の で は な い だ ろ う か 。
20 世 紀 末 以 降 米 陸 軍 が 行 っ た 大 型 シ ス テ ム 開 発 と し て 本 稿 で 挙 げ た Crusador 、
Comanche、 FCS な ど の 失 敗 例 は 全 て こ の 例 に 当 て は ま る よ う に 思 わ れ る 。
62 )Ezio
Bonsignore, “A Technology Too Far - "Reviewing" (or Terminating?) the FCS
Programme”, Military Technology 7/2008, p14
63 )米 国 で は 途 中 で 開 発 中 止 と な っ た 場 合 で も 、技 術 的 可 能 性 の あ る 構 成 品 に つ い て は 他 の
アイテムに移管して開発を続行する。また開発中止となった場合、その段階の試作品につ
いてデータ取得のための試験を行うことが慣例となっている。そのため開発中止による技
術的断絶は少ない。
127
東西冷戦終結によりソ連というライバルを失った米国の装備品開発は世界最高の性能
を目指さざるを得なくなった。一方、冷戦終結は国防予算の圧縮(近年はイラク、アフガ
ニ ス タ ン の 戦 費 に よ る 圧 縮 )、
図表 5
軍備縮小による装備数の削減
開発失敗の模式図
という問題を生じた。その結
目 標
「世界最高、最強」の性能
果、程度の差はあるが、いず
れのアイテムも最高の性能を
達成するための先進技術の多
開発プログラム
最新の先進技術等の導入
用と研究開発期間、予算の圧
縮という矛盾した条件の中で
開発せざるを得なくなり、最
終的には開発中止に至ったも
のと考えられる。
図表 5 はこれらの関係を模
・タイトな期間
・タイトな予算
国
防
予
算
の
縮
小
○ゴール不変
○開発計画の
・期間圧縮
・予算削減
・技術的問題多発
・対策、処置
・開発計画の遅延
・開発経費の大幅増大
式図としたものであり、新技
術投入による予期しない問題
・楽観的な開発期間
・極めて低めの予算
・装備計画数
の削減
・量産価格の急騰
発生∼対策処置とこれによる
計画遅延、経費増大の負のス
開発中止
パイラルにより最終的に開発
中止に至る過程が理解される
と思う。
大規模なシステム装備品開発に当たって、合理的、経済的な研究開発を行うため開発技
法を適用して計画を策定することは当然であるが、それは新技術、特にまだどこでも使わ
れていないような先進的技術導入など開発に伴うリスクを十分配慮するという前提がなけ
ればならない。
128
DRC 年報 2009
「ぢゃぼ」としての日本
―なぜ日本は近未来戦争の悪玉にされるのか―
( 財 ) DRC 専 任 研 究 委 員
玉眞
哲雄
總じてぢゃぼ(悪魔)と申すものは、
天が下の人間をも掌にのせて弄ぶ、
大力量のものでおぢゃる。
―芥川、きりしとほろ上人傳―
はじめに
安全保障分野に関わる者のはしくれとして先年来、欧米のいわゆる「近未来戦争もの」
小説のいくつかに目を通した。戦争ものには敵役・悪玉が必要である。冷戦中ならば敵役
は当然ソ連だったが、近年は日本を悪玉に仕立てたものが少なくないことに気付いた。
古代ギリシャ以来、錯綜した芝居を便利に解決してくれる機械仕掛けの神「デウス・エ
クス・マキナ」があった。対応して、話を面白くしてくれる便利な悪玉「ディアボロス・
エ ク ス・マ キ ナ 」
( ぢ ゃ ぼ )も 当 然 あ る の で は な い か 。日 本 が 正 に そ の 役 割 を 演 じ さ せ ら れ
ているいくつかの事例を紹介し、なぜ日本が「ぢゃぼ」に使われるのかを考察したい。
1.近未来戦争小説の5事例
ここで紹介する近未来戦争小説の事例は、刊行時期順に次の5つである。
事例①
ラ ル フ ・ ピ ー タ ー ズ 「 2020 年 の 戦 争 」( 1991 年 4 月 )
事例②
マ イ ケ ル ・ ク ラ イ ト ン 「 ラ イ ジ ン グ ・ サ ン 」( 1992 年 1 月 )
事例③
サ イ モ ン ・ ウ ィ ン チ ェ ス タ ー 「 太 平 洋 の 悪 夢 」( 1992 年 )
事例④
ト ム ・ ク ラ ン シ ー 「 デ ッ ト ・ オ ブ ・ オ ナ ー 」( 1994 年 )
事例⑤
ジ ョ ー ジ ・ フ リ ー ド マ ン 「 こ れ か ら の 百 年 」( 2009 年 1 月 )
いずれも米英の名のある作家であり、事例②、④のように世界的ベスト・セラーも少
なくない。
2 .「 大 悪 人 が 居 ら ん と 話 が お も ろ う な ら ん 」
(1)この種作品での「ぢゃぼ」の必要
遠くは「宝島」のシルヴァ船長やホウムズもののモリアティ教授、近くは江戸川乱
歩 の 怪 人 二 十 面 相 、「 大 悪 人 が 居 ら ん と 話 が お も ろ う な ら ん 」 の は 古 今 東 西 の 通 則 で
ある。古代ギリシャ以来、錯綜した芝居の筋を便利に解決してくれる機械仕掛けの神
Deus ex Machina
が あ っ た よ う に 、話 を 面 白 く し て く れ る 便 利 な
Diabolos ex
Machina ( 機 械 仕 掛 け の 悪 魔 、 「ぢ ゃ ぼ 」) も 当 然 あ る の で は な い か 。 *
――――――――――――――――――――
* 「ディアボロス・エクス・マキナ」の語はしかし聞いたことがない。筆者の造語か?
129
( 2 ) 10 年 ご と の 大 悪 人
以 下 に 掲 げ る の は 1992 年 当 時 に 見 か け た 漫 画 で あ る 。1940 年 代 の ナ チ に 始 ま り 各
10 年 代 の 大 悪 人 を 挙 げ た 中 で 、 1990 年 代 は 「 日 本 人 」 と な っ て い る 。 日 本 が 「 ぢ ゃ
ぼ」に使われる機運は既に明らかであった。
図1
10 年 ご と の 大 悪 人
( 3 )「 ぢ ゃ ぼ 日 本 」 機 運 の 胚 胎
1995 年 3 月 の さ る 講 演 1) の 中 で 、筆 者 は こ の 漫 画 を 示 し て 大 略 次 の よ う に 述 べ た 。
「マイケル・クライトンが『ライジング・サン』というのを書きました。全く個性の
ない日本人がにこにこ笑ってもみ手して、背後では大陰謀をしていると言うような話
130
DRC 年報 2009
で す ね 。『 レ ッ ド ・ オ ク ト ー バ ー 』 以 来 有 名 な ト ム ・ ク ラ ン シ ー 、 あ れ も ソ 連 が つ ぶ
れ ま し た の で 、 今 度 は 日 本 が 悪 者 で す ね 。『 デ ッ ト ・ オ ブ ・ オ ナ ー 』 と い う 長 編 が 出
ました。いよいよ日米戦争なんです。そういう大流行作家が日本をさかなにしてヒッ
ト 作 を 書 く 。」
14 年 余 り 前 の こ と な が ら 、 本 稿 に つ な が る 主 題 は 既 に 意 識 さ れ て い た こ と に な る 。
3.5事例の紹介
上記の背景を念頭に置きつつ、近未来戦争小説の5事例を刊行時期順に紹介しよう。
( 1 ) ラ ル フ ・ ピ ー タ ー ズ 「 2020 年 の 戦 争 」
ア.作
者
Ralph Pe ters 氏 は 米 陸 軍 出 身 の 多 作 な 軍 事 作 家 で 、 I T 技 術 の 「 エ ヴ ァ ン ジ ェ リ
スト」としても著名である。
イ.原著と訳本
The War in 2020
原著
2) ( 1991 年 1 月 刊 行 ) を か つ て 原 文 で 読 み 、「 2020
年ニッポンの野望」という和訳本も手にしたことがあるが既に手元にない。ここでは
ア マ ゾ ン 社 洋 書 目 録 中 の 「 商 品 の 説 明 」 及 び 英 文 書 評 3) に よ っ て 紹 介 す る 。
ウ.内容梗概
2020 年 、米 国 は 経 済 力 の 極 度 の 低 下 に よ っ て か つ て の 超 大 国 の 面 影 は な く 、ソ 連 は
ゴルバチョフ失脚後政治体制が二転三転し国民生活は疲弊しきって居り、ヨーロッパ
各国はEC域内にとじこもっていた。いまや日本だけがハイテク産業を中心として隆
盛をきわめ、軍事国家として世界の超大国たらんとしていた。
日本の支援するイスラム反乱軍により解体の危機に瀕したソ連を助けるため、アメ
リ カ は 伝 説 的 ヒ ー ロ ー の ジ ョ ー ジ・テ イ ラ ー 大 佐 指 揮 す る 秘 密 の M −100 型 ス ー パ ー ・
ヘリコプターを備えた第7騎兵隊を派遣して介入する。日本は、あまりの残虐さに使
用 者 も た め ら う 神 経 兵 器「 撹 乱 機( Scrambler)」を 以 て こ れ に 応 ず る 。し か し 第 7 騎
兵隊も驚異の電子兵器によって対抗するのであった。
エ.所
o
見
日本人の描き方は血肉感なく甚だ類型的で、それこそ便利な「ぢゃぼ」に過ぎな
かったと記憶する。
日 本 の 「 撹 乱 機 (Scrambler)」 と は 神 経 を 破 壊 し 意 識 は 残 る が 随 意 筋 を 一 切 動 か
o
せなくする残虐兵器。
o
反面、テイラー大佐は陸軍ヒーローの典型と描かれる等、陸軍出身作者の思い入
れを感じた。
作 中 で は ソ 連 が 依 然 存 続 し て い る 。 刊 行 ( 1991 年 4 月 ) は ソ 連 解 体 ( 同 12 月 )
o
の寸前で、危うく「小説が事実に追い越される」ところであった。
(2)マイケル・クライトン「ライジング・サン」
ア.作
者
Michael C richton 氏 ( 1942∼ 2008) は S F 基 調 の サ ス ペ ン ス で 多 く の ヒ ッ ト 作 を
生 ん だ 世 界 的 ベ ス ト ・ セ ラ ー 作 家 。「 ア ン ド ロ メ ダ 病 原 体 」 は 初 期 の 著 名 作 、「 ジ ュ ラ
シ ッ ク ・ パ ー ク 」 は 知 ら ぬ 人 は あ る ま い 。 著 作 総 売 上 げ は 1 .5 億 冊 と も 言 わ れ る 。
131
イ.原著と訳本
Rising Sun ( 1992 年 1 月 刊 行 ) 4) を 読 み か け た が 読 了 せ ず 、 和 訳 本 「 ラ
原著
イ ジ ン グ ・ サ ン 」 5) の あ る こ と が 知 ら れ る が 、 そ れ に も 接 し て い な い 。
以下は「ウィキペディア」の英文記事要訳及び和文の概要による紹介である。なお
本 作 は 1993 年 映 画 化 さ れ 、 シ ョ ー ン ・ コ ネ リ ー が 日 本 通 の コ ナ ー 警 部 役 を 演 じ た 。
ウ.内容梗概
日系企業ナカモトのロスアンジェルス新社屋お披露目パーティで貴顕紳士大集合
の中、シェリル某嬢が殺害され、捜査のため市警からピーター・J・スミス警部が派
遣される。在日歴があり日本文化に詳しいジョン・コナー退役警部も彼に加わる。
現場に到着した二人は、ナカモト社員石黒を初めとする日本人に捜査を妨害され、
現場防犯カメラのテイプはなぜか紛失しており、警備員も捜査に一切協力しない。
シェリルの知人らと面談するうち、二人は京都出身の裕福なプレイボーイのエディ
ー・作本を犯人と見て逮捕するが…
以後、石黒社員が真犯人と判明するまで波瀾万丈の展開だが、作品の本質はあらす
じ中の次の部分が言い表している。
「この事件は、米国電子産業を支配する日本に依存する米国というもっと遥かに大
きな政治的・経済的日米『戦争』の一部であり、自分たちはその盤上の『歩』に過ぎ
な い 、 と い う こ と を 二 人 は 悟 っ た の だ っ た 。」
エ.所
o
見
殺人ミステリーの外観のもとに、実は日米の文化、特に企業文化の相違を強調し
て論議を醸した国際的ベスト・セラー。
o
笑顔の裏で実は何を企んでいるかわからない日本企業。やはり便利な「ぢゃぼ」
の役割を演じている。
(3)サイモン・ウィンチェスター「太平洋の悪夢」
ア.作
者
Simon Wi nchester 氏 は 返 還 前 の 香 港 在 住 英 人 ジ ャ ー ナ リ ス ト で 、 ア ジ ア を 舞 台 と
する他の小説でも著名。
イ.原著と訳本
原著
Pacific Nightmare
6) ( 1992 年 刊 行 )を 原 文 で 興 味 深 く 読 ん だ 。和 訳 本
の存在は聞いていない。
ウ.内容梗概
1997 年 6 月 の 香 港 返 還 前 後 か ら の 大 動 乱 が 一 段 落 し た 2000 年 、作 者 が 京 都 北 郊 で
経過を振り返りつつ執筆した記録との設定。
中国では香港変換後南北対立で内戦、辺境部は無政府状態に。
日 米 間 は 相 互 反 感 で '94 年 安 保 条 約 廃 棄 。
'99 年 2 月 金 正 日 が 南 進 す る が 米 韓 軍 反 撃 で 降 伏 。
日 本 国 内 で 右 翼 国 粋 主 義 が 強 ま り 内 戦 下 の 在 中 国 日 系 企 業 保 護 の 名 目 で '99 年 11 月
自衛隊派遣を打診し、南北共にこれを拒否するが日本は派遣を強行。
日 本 阻 止 の た め 米 国 は '99 年 11 月 24 日 (水 )午 前 7 時 15 分 、東 京 湾 口 へ 50kt の「 き
れいな」小型原爆を投下。被害は比較的軽微だったが心理的効果は大きく、明仁天皇
132
DRC 年報 2009
は米国の条件受諾を表明する。
各国は驚愕し、国連総会は圧倒的多数で米国非難を可決する。米国家偵察局長が記
者会見し、ハルビン北方の中国ミサイル基地司令官が独断で対日核ミサイル一斉攻撃
を企てていたと信じられる旨を詳細衛星写真を用いて明らかにした。
米 国 で は 反 日 傾 向 が 消 え て 対 日 同 情 感 が 高 ま り 、 日 米 国 交 は 2000 年 初 頭 に 回 復 。
中国内戦調停のため日米露合同使節団派遣も検討されている。
エ.所
o
見
筆致は極めて巧みで感服した。香港在住の利を生かした中国事情の活写はまこと
に 熟達した
good writing
と思わせる。
し か し good writing で あ る こ と と 納 得 性 あ る こ と と は 必 ず し も 相 伴 わ な い 。 殊
o
に日本登場の辺からはいささか現実味を欠く。個々の日本人の描写は少ないが、日本
国家の行動としては結局先の大戦反復の域を出ず、ここでも便利な「ぢゃぼ」に使わ
れた感がある。
(4)トム・クランシー「デット・オブ・オナー」
ア.作
者
Tom Clanc y 氏 は 、Jack Ryan を 主 人 公 と す る 国 際 政 治・軍 事 小 説 シ リ ー ズ で 著 名 。
冷 戦 下 の 「 レ ッ ド ・ オ ク ト ー バ ー を 追 え 」( 1984 年 ) 以 来 、 現 実 を 拡 張 し た 国 際 危 機
状況を、時期は明示せずに巧みに描くベスト・セラー作家である。
イ.原著と訳本
Debt of Ho nor
7) ( 1994 年 刊 行 ) は ジ ャ ッ ク ・ ラ イ ア ン ・ シ リ ー ズ 既 刊 11
作 中 の 第 6 作 。 和 訳 本 「 日 米 開 戦 」 8) が あ る が 、 共 に 直 接 は 接 し て い な い 。
以下は「ウィキペディア」の英文記事要訳による紹介である。
ウ.内容梗概
日本の保護主義貿易に対する不満が米国内で高まり日米貿易交渉は決裂。米議会は
対米輸出国の貿易慣習を米国がそのまま反復する「貿易改革法」を成立させ、日本の
対米輸出の途を閉ざす。
日本の真の統治者である財閥は経済救済のため対米軍事行動を企て、中・印と呼応
して大東亜共栄圏を再建すべく意図する。まずサイパン、グアムはじめマリアナ諸島
はほぼ無血で占領される。
日米共同演習で日本は「誤って」米艦へ魚雷を発射し、米潜水艦2隻が沈没、空母
2隻が損傷して米戦力は減殺される。更に米国証券取引プログラムが破壊され全取引
記録が消えて米経済は大混乱に陥る。
日本は直ちに和平を申し入れると共に、核弾道ミサイル能力を保持したことを告げ
る。…
(以後ジャック・ライアン補佐官が登場してまず経済を、次いで軍事面を再建する
次第は省略する。日本は降伏して財閥支配者を逮捕し、米国の平和条件を受け入れ
る 。)
この間ダーリング米大統領は、キールティ副大統領の薬物使用レイプ事件に苦慮し
ていた。副大統領は辞任し、軍事危機が去った後、テレビ中継下の上下両院合同会議
で大統領はライアンを副大統領に指名した。
133
ところが直後、大平洋の戦闘で兄弟と息子を失った日本航空の一操縦士が、これを
恨 み と し て ボ ー イ ン グ 747 型 機 で 米 議 事 堂 へ 突 入 す る 。
大統領・議員の大部分・閣僚のほとんど全員・統合参謀本部長らが死亡する。副大
統領指名を受けたばかりのライアンは危うく難を免れ、直ちに大統領就任の宣誓を行
う。
エ.所
o
見
話としてはかなり乱暴、かつこれも先の大戦反復の域を少しも出ていない。この
シリーズは時期を明示しないが、未来記にしても現実性の乏しさが目立つ。日本はこ
こでも便利な「ぢゃぼ」の役回りである。
も っ と も Clancy 作 品 に 関 す る 限 り 、
「 ぢ ゃ ぼ 」は 日 本 に 限 ら な い 。第 9 作
o
The
Bear and the Dragon ( 2000 年 刊 行 、 和 訳 本 「 大 戦 勃 発 」) で は 中 国 が 露 へ 侵 入 、 米
とNATOとがこれを撃退し中国を民主化する。
な お 最 後 の 日 本 航 空 747 型 機 米 議 事 堂 突 入 は 、 9 /11 の 先 取 り と し て 話 題 に な っ
o
た。
(5)ジョージ・フリードマン「これからの百年」
ア.作
者
George F riedman 氏 は 政 治 学 者 、 作 家 、 ま た 戦 略 予 測 会 社 ( Strategic Forecast,
In c.)社 長 と し て 多 彩 に 活 動 。1991 年 の
Coming War with Japan
等 、論 争 を 辞
さぬ著書でも知られる。
イ.原著と訳本
同氏の最近作が、標題の
The Next 100 Years: A Forecast for the 21st Century
9) ( 2009 年 1 月 )で あ る 。最 近 和 訳 本 の 出 た こ と が 知 ら れ て い る 10) 。以 下 は 、The
Space Review 誌 電 子 版 2009− 8 − 10(月 )所 載 の 論 評 11) に よ る 紹 介 で あ る 。
ウ.内容梗概
2040 年 代 中 期 、地 域 大 国 た る 日 本 と ト ル コ は 米 国 の 全 球 軍 事 覇 権 を 終 わ ら せ ね ば な
らぬと感じる。両国は勝ち目のない正規戦を避け、米国軍事情報優越の根元たる合衆
国戦闘衛星に打撃を企てる。
こ れ は 米 軍 の 全 球 行 動 と す べ て の 衛 星 を 指 揮 管 制 ( command and control, C2) す
る3機の巨大静止衛星で、数百人の乗員を擁する米軍戦力の要であり、地上からの攻
撃に対して充分に防御されていた。
しかし宇宙からの攻撃に致命的弱点を持つことを見抜いた日本は感謝祭の3日前、
月の裏側の科学観測基地から攻撃を敢行する。月の岩石を搭載したロケットを静止軌
道へ発射し、感謝祭休暇もあって手薄の戦闘衛星はすべて破壊され数百人の犠牲者を
生ずる。C2機能喪失で他のすべての衛星も無能力となり、米国軍事力は1日で壊滅
する。
日・トルコ側の寛大な降伏勧告にも米国は応ぜず、真珠湾以来の憤激を以て反撃す
る。地上での英・ポーランド軍の善戦で時間を稼ぎ、やがて卓越した工業力で一層完
備した宇宙優越を構築して勝利に到るのであった。
エ.所
o
見
SFとしては面白い。対戦は米・英プラス(なぜか)ポーランドの同盟軍、対日
134
DRC 年報 2009
本プラス(なぜか)トルコの多国籍軍。
o
しかしよく見ると日本の奇襲と米国の反撃、これも先の大戦の域を一歩も出ない。
先記の諸事例同様、日本を便利な「ぢゃぼ」に用いたものと見える。
o
なお巨大衛星を破壊したら破片連鎖で宇宙利用完全不可能化の恐れ、その点はど
うなのか。
こ こ で は 逐 一 述 べ な い が 、 筆 者 に は 「 未 来 記 の 30 年 蜃 気 楼 現 象 」 と い う 持 論 が
o
あ り 、過 去 の 未 来 記 を 検 証 す る と い く つ か の 当 て は ま る 事 例 が あ る 。2040 年 代 宇 宙 戦
争もその類ではあるまいか。
4.5事例のまとめ
前節で紹介した近未来戦争小説の5事例を総括し、日本の役割と描かれ方を要約し
たものを表1「日本を敵役に仕立てた近未来戦争小説の事例」にまとめた。
5.日本はなぜ「ぢゃぼ」にされるのか
近 未 来 戦 争 小 説 で 、日 本 が 悪 玉・
「 ぢ ゃ ぼ 」と し て 便 利 に 使 わ れ る 理 由 を 考 察 す る 。
( 1 ) '90 年 代 前 半 の 「 ぢ ゃ ぼ 」 扱 い
事 例 ① ∼ ④ は 1990 年 代 前 半 刊 行 で あ る 。 こ の 時 期 は 次 の よ う に 特 色 付 け ら れ よ
う。
・ '85 年 、 ゴ ル バ チ ョ フ 書 記 長 登 場 以 来 の ソ 連 の 軟 化 、 '91 年 12 月 そ の 解 体 。
・ 日 本 の バ ブ ル 経 済 隆 盛 。 '91 年 初 頭 か ら し ぼ み 始 め た が 、 印 象 は 依 然 強 烈 だ っ た 。
先 に 紹 介 し た '95 年 3 月 の 講 演 中 1) で 、 ク ラ イ ト ン の 「 ラ イ ジ ン グ ・ サ ン 」、 ク ラ
ンシーの「デット・オブ・オナー」に言及した上、筆者は大略次のように述べた。
「そういう大流行作家が日本をさかなにしてヒット作を書く。それに対して日本か
ら発言や論評があったという話はあまり聞かない。ますますもって日本人というのは、
表面だけにこにこしていて何を考えているのかわからない、フェイスレスで感じよく
ないというイメイジが広がっているんぢゃないかと心配になる事態、日本の脅威を言
い 立 て て 、 思 惑 の 対 象 に し た ん ぢ ゃ な い か と 疑 わ れ る 事 態 が 多 々 あ っ た わ け で す 。」
「ぢゃぼ」の大先輩であった冷戦中のソ連に代わり、バブル経済隆盛の日本が格好
の後継者となった、ということは充分考えられる。
(2)近年も続く「ぢゃぼ」扱い
し か し 最 近 の 事 例 ⑤ に も 日 本 が 登 場 し 、「 ぢ ゃ ぼ 」 扱 い が 続 い て い る 。 な ぜ か ?
別表に記した、各事例中での日本の役割を見ると次の点が認められる。
・事例③:中国内戦に乗じ日本が中国進出、米原爆で終結。
・事例④:財閥主導下の日本が大東亜共栄圏再建を意図して開戦、米は当初の打撃か
ら回復して勝利へ。
・事例⑤:米宇宙戦力を初動破壊したが米は一層完備した宇宙優越を構築して勝利。
いずれも、先の大戦のパターンを出ていない。作者の構想貧困に帰することもでき
ようが、それだけであろうか。
(3)他に「ぢゃぼ」はないのか
日本以外の他国を「ぢゃぼ」にしたらどうなのか、想定してみよう。
135
・同じ敗戦国のドイツ?
西欧諸国の「ぢゃぼ」は具合悪い、等の配慮が働くか?
それは別としても、事例④にならって、ネオ・ナチ主導下のドイツが第三帝国再建
を意図して対米開戦、等と想定し得るか。
・何かと話題の中国?
悪玉に仕立てては外交上煩わしい、等の配慮が働くか?
( ク ラ ン シ ー に 限 っ て は 中 国 の 対 露 進 出 を 叩 く 話 ま で 作 っ て い る が 。)
・やはり日本あたりが手頃ではないか。先の講演で述べたように「ぢゃぼ」扱いさ
れても特に発言も論評もしないようだし、といったところか。
(4)対日配慮は不要なのか
想 起 さ れ る の は 、 事 例 ① 関 連 で 紹 介 し た 英 文 書 評 3) 中 の 一 節 で あ る 。
「このハイテク・スリラーの中で、ピーターズはイスラム教徒を血に餓えた蛮族と
描く等の危険を冒しつつも、アフリカからメキシコからロシアの平原に到る物語の筋
を 着 実 に 捉 え 、 未 来 の 恐 る べ き 戦 争 場 面 を 抑 え た 筆 致 で 効 果 的 に 描 写 し て い る 。」
イスラム教徒を野蛮と描く危険を言いながら、日本を残虐兵器「撹乱機」使用者と
描くことについては言及がない。やはり日本は扱い易いと見られるのではないか。
(5)暫定結論及び対策
以上から、やや乱暴ながら次の二つのことが言えるかと思われる。
I
日 本 は 、 先 の 大 戦 を 清 算 し た と 見 ら れ て い な い ( 例 え ば ド イ ツ と 比 し て )。
II
日本を「ぢゃぼ」と描いても、発言や反論を受けるまいと感じられている。
もちろん先記のように、作者の構想貧困等を原因に挙げる所論もあり得ようが、そ
こへ行く前に我々としては、まず日本自身の反省点としてこれを考察すべきだと考え
る。
すなわち上記に対応して、下記の言動が必要である。
I'
大日本帝国と戦後の日本国との相違の明言。先の大戦での非を充分に認識し、
平 和 憲 法 の も と 60 年 余 に わ た り 武 力 行 使 で 1 人 を も 殺 さ な か っ た 日 本 国 の 実 情 主
張。
II'
非 現 実 的 日 本 イ メ イ ジ の 明 確 な 指 摘 。た と え フ ィ ク シ ョ ン で も 、財 閥 支 配・ 大
東亜共栄圏幻想・他国奇襲等の日本像にはその非現実性指摘の冷静発言が必要。
〔つけたり〕平和憲法ついて
現実情勢に日本国が平和憲法で対応できるのかを巡り種々論議がある。筆者は先に、
D R C 年 報 2007 で そ の 点 に 触 れ 12) 、い わ ゆ る 護 憲 平 和 論 も 現 実 の 安 全 保 障 情 勢 考
察を欠いては説得性を持ち得ないこと、及びこの考察を含めても護憲平和論は成り立
ち得ることを示唆した。本稿を閉じるにあたり想起しておきたい。
136
DRC 年報 2009
表1
日本を敵役に仕立てた近未来戦争小説の事例
事例
著者と標題
刊行年
(月 )
①
Ralph Peters:
The War in
2020
1991 年
4月
民生品を主導した日本が兵器でも世界をリード。
ソ連内のイスラム反乱軍を支援する日本と米陸軍特殊部隊との死闘。
②
Michael
Crichton:
Rising Sun
1992 年
1月
ロスアンジェルス日本企業内殺人事件捜査に立ちはだかる日本企業。
米国電子産業を支配する日本との政治的・経済的戦争の一局面。
③
S imo n
Winchester:
Pacific
Nightmare
1992 年
香港返還を機に中国で南北の内戦。これに乗じて日本が中国へ
自衛隊を派遣。米国が小型原爆で日本にお灸をすえて終結。
④
Tom Clancy:
Debt of Honor
⑤
George
Friedman:
The Next 100
Years
199 4 年
2009 年
1月
日
本
の
役
割
日米貿易摩擦が嵩じ財閥主導下の日本が中・印と語らい、大東亜
共栄圏再建を意図して対米開戦。米証券取引プログラムも破壊し
米 経 済 は 大 混 乱 。し か し 米 は 当 初 の 打 撃 か ら 回 復 し て 勝 利 に 到 っ た 。
2040 年 代 、米 一 極 支 配 に 抗 し 日 本 が 月 の 裏 側 か ら 静 止 軌 道 の 米 戦 闘
衛星を破壊し米戦力は壊滅したが、米は卓越した工業力で一層完備
した宇宙優越を構築して勝利を収める。
引用文献
1)
玉眞哲雄:米国政府報告書類に見る冷戦後の安全保障と技術産業基盤、日本工学アカ
デ ミ ー 講 演 1995 年 3 月 8 日 (水 )、 EAJ Information No. 49、 1995− 5 − 30(火 )
2)
Ralph Peters:
3)
The War in 2020, 1991,
www.amazon.co.jp/gp/product/product-de scription/0413452816/ref=dp_
4)
Michael Crichton:
Rising Sun, Alfred A. Knopf, 27 Jan 1992, ISBN 03945 89424,
http://en.wikipedia.org/wiki/Rising_Sun_(Novel)
5)
ラ イ ジ ン グ ・ サ ン 、 酒 井 昭 伸 訳 、 ハ ヤ カ ワ ・ ノ ヴ ェ ル ズ 、 1992 − 6 − 30 、
ISBN4-15-2077651-4、 http://homepage1.nifty.com/ta/sfc/crichton.htm
6)
Simon Winchester:
Pacific Nightmare, How Japan Starts World War III, A Future
History, A Birch Lane Press Book, 1992, ISBN 1-55972-136-7,
http://www.amazon.com/Pacific-Nightmare-Simon-Winchester /dp/0804112398
7)
Tom Clancy:
Debt of Honor, Putnam, 1994, ISBN 0-399-13954-0,
http://en.wikipedia.org/wiki/Debt_of_Honor
8)
日 米 開 戦 、 田 村 源 二 訳 、 新 潮 文 庫 、 1995− 11、 ISBN-10:
4102472019
9)
George Friedman: The Next 100 Years: A Forecast for the 21st Century, Doubleday,
2009, ISBN 0-385-51705-X,
http://en.wikipedia.org/wiki/G eorge_Friedman
10)
100 年 予 測 、 櫻 井 祐 子 訳 、 早 川 書 房 、 2009− 10− 15、
http://www.bookoffonline.co.jp/display/001,iscd=0016241126
137
11)
Brent Ziarnick: The Age of Great Battlestars, The Space Review, Mon 10 August,
2009,
12)
http://www.thespacereview.com/article/1438/1
玉 眞 哲 雄:い わ ゆ る 護 憲 平 和 論 の 主 張 に つ い て 、D R C 年 報 2007、A R − 11J 、2007
年 11 月 、 119∼ 126 頁
138
DRC 年報 2009
Prosecution side opening statement of sarin gas attack
on the Tokyo subway system
( 財 ) DRC 研 究 委 員
大島
紘二
こ の 記 事 は 、 1995 年 10 月 24 日 中 川 智 正 被 告 の 検 察 側 冒 頭 陳 述 を 、 一 部 加 筆 ・ 注 釈
して英訳したものである。
On the event of the subway sarin homicide and other crimes
Ⅰ Details which lead them to the crime
1.
Motivations of the crime
The pope Matsumoto directed Murai et al., to carry out so-called sarin gas attack
in Matsumoto city 64 of the Nagano prefecture, where a lot of residents were killed and
wounded on June 27th, 1994 by gushing sarin like the fog. Then other incidents
happened in 1995.
The Yomiuri Shimbun dated January 1st, 1995 reported as follows:
At a small village at the northern foot of Mt. Fuji something stank foully. 65
The
police
sampled
the
soils
and
grasses
of
the
area,
and
detected
organo-phosphoric compounds which were residuals of producing sarin. The same
residuals were also detected at the site of the Matsumoto incident, therefore the
police agency investigated the purchase route of the chemicals used for the sarin
production.
The pope Matsumoto learned about the report, and was afraid that the cause of the
smell might be exposed. In preparation for the search by the police to their facilities,
he directed Tsuchiya, who was keeping the remaining sarin after this event, through
Murai to clear all of remain evidences of producing sarin from their facilities. All of the
remained sarin was disposed in the facility called Cshitigalba building.
Afterwards, on February 28th, 1995, Matsumoto directed Inoue et al., to abduct
and to confine and finally to kill Kiyoshi Kariya, who was the Meguro notarization
public office head official. This incident came to light to the police immediately after
the crime, and Osaki police station of the Tokyo Metropolitan Police Department
started the investigation. After March 4th, 1995 many newspapers reported, "The
7 persons were killed, and 144 persons were wounded. The temperature was 20.4℃ ,
and the humidity was 95%, and it drizzled. It breezed from the south-west to the
north-east. The wind speed was 0.5m/s. They disperse sarin with a powered sprayer on
a small truck. The radius of suffered area was 70m.
65 There was a secret sarin factory of Aum Shinrikyo. The small production plant was
hidden behind a big Buddha statue. Its production capacity is not disclosed, but it is
believed to be the scale of kg/day.
64
139
criminal was a person of a new religion" and "Relation between the Kariya incident
and a person of the religious sorority" and "The rent-a-car that the suspects used
turned out and this car was confiscated by the police" and so on.
Afterwards, newspapers and weekly magazines grandly carried a lot of articles as
if Aum Shinrikyo was involved in this event, and some weekly magazines predicted
that the compulsion investigation of the police to the religious sorority was coming in
the beginning of April 1995.
These
situations
caused Matsumoto
afraid that
a
large-scale
compulsory
investigation was coming soon. Thus, he wanted to make the compulsory investigation
impossible in fact by hitting badly on the police organization and daring the event that
made the centre part of the capital to pandemonium. He determined to scatter sarin,
which it had been experimented on the effect at the attack in Matsumoto.
The determined scattering places were insides of the subway trains to murder a lot
of passengers that ran at the Kasumigaseki station under the Tokyo Metropolitan
Police Department and central government buildings. The sarin is an extremely high
poisonous.
2.
Conspiracy Matsumoto and his men
Matsumoto thought that the sarin which would be used for the next crime had to
newly produced, because Tsuchiya had disposed of all the sarin that remained in their
facilities around January, 1995 as mentioned above. Then, he ordered Murai to
materialize and to execute this crime plan, after making sure to Seiichi Endo in a car
on his way back from the meeting of the executive of the religious sorority around the
middle of March 1995 that they could produce new sarin. Then he ordered Endo to
produce new sarin for next use. Both Murai and Endo consented to the Matsumoto’s
direction. 66
3.
Sarin production by defendants
(1) Participation in sarin production of Nakagawa and Tsuchiya
Nakagawa produced sarin three times with Tsuchiya and others from November
1993 to February 1994 by the order of Murai, and helped Tsuchiya dispose of the
remaining sarin in January 1995. At that time Nakagawa found that about 1.4
kilograms of methylphosphonic acid di-fluoride (diflo)
67 remained,
which was one of
The Tokyo Metropolitan Police and Yamanashi Police investigated Aum Shinrikyo
secretly. Both agencies had no protective gears and decontamination apparatus, and
policemen were not trained. So the chemical corps of the ground self defence force gave
police agencies protective gears and trained thousands of policemen on March 18 th and
19 th secretly.
67 It is verified by the Police Scientific Investigation Agency the diflo was synthesized
by Aum Shinrikyo from trichloro Phosphin through dimethyl phophorous acid,
66
140
DRC 年報 2009
the intermediate compounds to produce sarin, and he knew that it was easy to produce
sarin from diflo. Thus he thought that diflo was too valuable to be disposed, and he
decided not to dispose it by his own decision, and concealed it on the premises and the
vicinity of the sixth Satyam (barrack). When Murai heard it from Nakagawa on March
18th, 1994, Murai directed him at Murai’s room in the sixth Satyam to give the diflo to
Endo and to produce sarin immediately with him using the diflo. At the same time,
Murai said "Sarin is to be used in the subway ….". Thus Nakagawa learned that
Matsumoto was planning to disperse sarin in subway trains to kill a lot of passengers,
and that he was ordered to produce sarin for the mass murder.
Nakagawa had participated in the sarin attack in Matsumoto city as not only
producer of sarin but also actual disperser. Therefore he felt that he might be
nominated as a sarin-disperser in a subway train. He made his mind to voluntarily join
the direct perpetrator's role at the site in that case, and then he obeyed Murai’s order
to produce sarin. He took the diflo that he kept to the Gevaca (barrack) and passed it to
Endo.
Endo had received the instruction from Tsuchiya how to produce sarin by the
method of reacting diflo with isopropyl alcohol. Nakagawa set up necessary apparatus
such as an oil bath, a flask with three necks, and etc. in the draft with a power exhaust
device in the laboratory of the Gevaca (barrack) on March 19th, 1994, and Tsuchiya
provided him with needed chemicals for producing sarin.
Then Nakagawa and Endo synthesized sarin, while protecting themselves by
putting on a plastic bag over their head and breathing oxygen through an inserted tube
which was connected to an oxygen cylinder. The synthesis was carried out under the
direction of Tsuchiya, and Nakagawa calculated needed chemicals to produce sarin.
Following the calculation Nakagawa put diflo into a flask with three necks and dipped
isopropyl alcohol on it, then controlled the reaction temperature. They ordered Seiji
Tashita to help until night. Finally they obtained 6~7 litre of about 30% sarin
mixture 68 . The obtained liquid was divided into two layers (a transparent part and a
pale brown part). When Tsuchiya asked Endo to analyze it, it was confirmed that the
sarin was included to both of the layers.
(2) Reporting sarin production to Matsumoto and Matsumoto's instruction
Endo wished to purify the product by distillation of the mixture because a lot of
impurities were contained, and asked Tsuchiya how long it took to purify it. Tsuchiya
replied that it took a half day or whole one day, thus Endo understood purifying within
the day was difficult. Therefore Endo decided to ask for Matsumoto's decision, so he
dimethyl phosphonic acid, and metyl phosphonic dichloride.
68 The chemical school of the Ground Self Defence Force verified that the
concentration was lower than 30 % after the subway incident by means of analyzing
samples taken in situ. The colour of the samples was dark brown.
141
went into the Matsumoto’s room in the sixth Satyam (barrack). He reported him that
the synthesis of sarin had finished but the sarin was not pure. When he asked
Matsumoto whether distillation was necessary or not, Matsumoto replied that impure
mixture was enough to be used.
( 3) Enclosure and delivery of sarin
Murai gave Nakagawa purpose-built Nylon/polyethylene bags at the 7 th Satyam
(barrack) which were about 50cm×70cm, and ordered him to enclose the sarin in them.
After receiving these bags, Nakagawa went into the Gevaca (barrack) and told Endo of
Murai’s directions. Then they cut the bag into the size of 20cm×20cm, and put together
the open parts under a heat and pressure by a sealer to make a bag for filling sarin.
Thereafter they cut a corner of the bag as a filling opening, and inserted a hose of a
fuel pump, then filled the bag with about 600g of the sarin mixture, then sealed the
filling opening by a sealer. They made 11 sarin-filled bags and covered the bags with
Nylon bags of 25cm×25cm to make double bags in order to prevent sarin from leakage
during delivery. Endo put the 11 sarin-filled Nylon bags into a cardboard box, and took
the box to the 7 th Satyam and gave it to Murai. Then Endo made the same 5 bags as
sarin-filled bags and filled them with water, and brought them to Murai who was in the
7 th Satyam. Endo requested Nakagawa 5 tablets of antidote against sarin after coming
back from Gevaca, thus Nakagawa inferred from his saying that 5 members of the Aum
Shinrikyo would go to the subway for scattering in sarin and that he himself was not
nominated for the direct perpetrator this time. Nakagawa gave Endo 5 tablets of
mestinon (pyridostigmine bromide), and Endo took them to the 7 th Satyam.
4. The Plot of Crime in the Murai's room
Murai selected 5 persons who executed the above-mentioned crime plan among
executives of the religious sorority by the consent and permission of Matsumoto. The
selected persons are scientists Yasuo Hayashi, Ken-ichi Hirose, Masato Yokoyama,
Toru Yokota, and medical doctor Ikuo Hayashi. Murai also selected Inoue as the team
commander/supporter, who provided them with accurate information and cars for use
at the crime and communicated concrete directions from Murai in order to ensure
accomplishment of their mission.
Murai confide to Inoue in Murai's own room on the 3rd floor in the 6 th Satyam
around early morning on March 18 th , 1995 that there was a plan of scattering sarin in
subway trains and Murai instructed Inoue to support the direct perpetrators in order
to achieve success in the plan. Murai also called Yasuo Hayashi, Hirose, Yokoyama,
Toyota, and Ikuo Hayashi into his room, and ordered to scatter sarin in subway trains
in Tokyo in the morning of March 20 th , in order to change a police’s attention before a
142
DRC 年報 2009
compulsory investigation. All of the 5 persons expressed their execution intention
clearly.
Murai, Yasuo Hayashi, and Hirose, Yokoyama, and Inoue gathered in the Murai's
room at about 3 PM of the March 18 th , and while seeing the subway map, examined
where suitable trains for scattering sarin were. Murai said to Yasuo Hayashi “Where is
an exit near the Tokyo Metropolitan Police Department? It should be near the Tokyo
Metropolitan Police Department when doing anyway”, and directed to scatter sarin on
Hibiya line, Marunouchi line, and Chiyoda line, which ran at "Kasumigaseki" station
near the Tokyo Metropolitan Police Department. 8 AM of the 20 th was selected to meet
the rush.
Thereafter Murai nominated Niimi, Sugimoto, Kitamura, Sotozaki, and Takahashi
as supporters who met and sent off perpetrators to the scene of the crime by car, and
decided the combinations of perpetrators and supporters. He told Inoue of the
combinations and ordered them directly or through Inoue to go to Tokyo.
5. Plot in Shibuya hideout and preliminary preview of the scene of the crime
(1) Plot in Shibuya hideout
Inoue, Yasuo Hayashi, Hirose, Yokoyama, Toyota, Ikuo Hayashi, Niimi, Kitamura,
Sotozaki, Sugimoto, and Takahashi (11 persons in total) gathered in an apartment
house (a hideout ) located at Udagawa-cho in Tokyo Shibuya Ward by about 9 PM on
March 19, 1995. Inoue led decided subway routes of which each perpetrator would take
charge. Inoue told also of the combinations of perpetrators and supporters which
Murai had decided, and directed them detail notes that undertook the execution of the
crime. Decided subway routes were as follows;
Yasuo Hayashi and Sugimoto: Hibiya line for Naka-Meguro
Toyota and Takahashi: Hibiya line for Kita-Senju
Hirose and Kitamura: Marunouchi line for Ogikubo
Ikuo Hayashi and Niimi: Chiyoda line for Yoyogi-Uehara
Yokoyama and Sotozaki: Marunouchi line for Ikebukuro
Sarin was due to be scattered at 8 AM on March 20 th , 1995 just before getting off
the train. It was decided that on that day perpetrators and supporters should leave the
Shibuya hideout at least 6 AM, and that the getting off station for Yasuo Hayashi was
Akihabara, that for Toyota was Ebisu, that for Hirose was Ochano-mizu, that for Ikuo
Hayashi was Shin- Ochano-mizu, that for Yokoyama was Yotsuya.
(2) Preliminary preview of the scenes of the crime and procurement of cars
143
The perpetrators and supporters left the Shibuya hideout about at 10 PM on
March 19 th , 1995 in several cars. Each person went to the getting off station that was
the crime place in the subway route in charge of each person. Each person returned to
the Shibuya hideout after the preliminary preview of the scene by actually getting on
the underground train, and the waiting position in the vicinity of the getting off
station immediately after the crime.
Inoue procured 5 necessary cars through layman believers, and directed
Takahashi and others to carry them to the vicinity of the Shibuya hideout.
6
Rehearsal of the crime and delivery of sarin
At about 1:30 AM March 20 th , 1995 Murai called Yasuo Hayashi who was in the
Shibuya hideout where perpetrators and supporters gathered. Murai directed to come
back for receiving sarin to 7 th Satyam as sarin was ready to be used, and to tell all
perpetrators a concrete method of scattering sarin.
Yasuo Hayashi immediately told Murai's each instruction to 4 perpetrators, and
he asked Sugimoto and Sotozaki to drive for 7 th Satyam. Yasuo Hayashi and 4
perpetrators rode 2 cars separately, left the Shibuya hideout at once, and arrived at
the 7 th Satyam at about 3 AM. They left Sugimoto and Sotozaki in the cars, and 5
perpetrators entered into 7 th Satyam.
Murai received 11 sarin-filled nylon bags from Endo. Then he directed Inoue to
buy umbrellas with a metallic head in order to break through the nylon bags, who had
returned to 7 th Satyam a little earlier than Yasuo Hayashi and others came back.
Inoue bought seven vinyl umbrellas in the Seven Eleven in Fujinomiya city of Shizuoka
Prefecture at about 2:30 AM and returned to the 7th Satyam. Murai received them,
and ordered scientist Kazuyoshi Takizawa to grind the metallic parts of the umbrellas
to sharpen the point.
Murai directed 5 returned perpetrators (Yasuo Hayashi and others) the concrete
method of scattering sarin at 7th Satyam under Inoue's attendance as follows:
The scattering method is to break the sarin-filled nylon bags with an umbrella
point and to leak and evaporate sarin. The nylon bags are double layer bags, thus
outer layer of the bags must be removed before bringing them trains in order to be
broken easily. When sarin-filled nylon bag was pierced with an umbrella point,
put it beforehand on the floor of the train for sarin to leak easily from a nylon bag,
and thrust it several times. Then get off the train at once and escape.
144
DRC 年報 2009
Endo, at that time, brought 5 water-filled nylon bags that Endo had made
according to Murai's instructions. Murai directed perpetrators to rehearse the action
of thrusting the bag by an umbrella point. Some one offered an idea that it had better
to wrap the nylon bag with a newspaper because passengers would not suspect them.
They had 11 sarin-filled bags, thus Murai decided that Yasuo Hayashi would
scatter 3 bags by his proposal, and the other 4 persons would scatter 2 bags each. Then
Murai handed them 11 sarin-filled bags and 5 vinyl umbrellas, and Toyota put them in
his shoulder bag. Thereafter Murai had Endo fetching Mestinon tablets, and delivering
them to perpetrators by 1 tablet per one person. Endo explained that the tablet should
be taken just before executing the plan. Then perpetrators left the 7 th Satyam in two
cars about 5 o’clock for the Shibuya hideout.
7
Preparations immediately before crime
After arriving at the Shibuya hideout, they distributed the 11 bags sarin-filled bags
and 5 vinyl umbrellas, which Toyota brought with him, and took a Mestinon tablet.
Ikuo Hayashi handed out a syringe of 2 ampoules atropine-sulfate (2ml) to each
perpetrator, saying “Inject the syringe when you receive damage of sarin”
After the immediate preparation, perpetrators and supporters left the Shibuya
hideout about 6 AM in the procured cars, carrying sarin-filled bags and vinyl
umbrellas.
Ⅱ
1
Courses of the Crime
On a train of Hibiya line from Kita-Senju to Naka-Meguro
About 6 AM on March 20 th , 1995, Yasuo Hayashi rode in Sugimoto’s car for Ueno
station of Hibiya line. On the way to Ueno station Sugimoto bought the Yomiuri
Shinbun (a newspaper) and scissors. Yasuo Hayashi cut the outer bags off with scissors
in the car, of which sarin did not leak from the inner bags, and then piled up 3 bags and
wrapped them with the newspaper.
About 7 AM on March 20 th , 1995, Yasuo Hayashi got off the car, which Sugimoto
drove, near the entrance of Ueno station on Hibiya line. He went down into the station,
carrying 3 sarin-filled Nylon bags and an umbrella, and etc. He took then A720S train
to Nakameguro, which departed from Kitasenju at 7:46 and was made up of 8 carriages.
He took a seat in the 3 rd carriage, and then put 3 paper-wrapped sarin-filled bags
under foot. Just before arriving at Akihabara station he thrusted the bags several
145
times with the vinyl umbrella and rushed out of the carriage. Sarin leaked out from the
bags and scattered.
2
On the train of Hibiya Line from Naka-Meguro to Tobu Zoological Garden
About 6 : 30 AM on March 20 th , 1995, Toyota rode in Takahashi’s car for
Nakameguro station of the Hibiya line. On the way to Nakameguro station Toyota
bought the Hohchi Shinbun (a newspaper). He cut the outer bags off with scissors in
the car, and then piled up 2 bags and wrapped them with the newspaper.
About 7 AM on March 20 th , 1995, Toyota got off the car near Nakameguro station,
which Sugimoto drove, then passed the time around the station carrying the 2
paper-wrapped bags and the umbrella, and etc. Then went down into the station and
took B711T train to the Tobu Zoological Garden, which departed from Nakameguro at
7:59 and was made up of 8 carriages. He took a seat near a door in the 1st carriage, and
then soon after departure he put 2 paper-wrapped sarin-filled bags under foot. Just
before arriving at Ebisu station, it was about 8:01 AM, he thrusted the bags several
times with the vinyl umbrella and rushed out of the carriage. Sarin leaked out from the
bags and scattered.
3
On the train of Marunouchi line from Ogikubo to Ikebukuro
About 6 AM on March 20 th , 1995, Hirose left the Shibuya hideout riding in
Kitamura’s car and got off the car in front of Yotsuya station of the East Japan
Railway Company (JR). He took the Chuo line and changed the train to the Saikyo line.
He arrived at the JR Ikebukuro station about 7 AM and passed the time. Then he
entered into a men’s room and took out 2 sarin-filled nylon bags from his shoulder bag.
Then he cut the outer bags with a cutter knife and removed them, and wrapped them
with a sport newspaper and thereafter put them into his shoulder bag again.
Hirose went down into Ikebukuro station of the Marunouchi line at about 7:40,
and took A777 train to Ogikubo, which departed from Ikebukuro at 7:47 and was made
up of 6 carriages. He took a seat near in the 2nd carriage, and changed his seat from
the 2nd carriage to the 3 rd carriage when the train briefly stopped at Myougadani
station or at Korakuen station. When he stood toward an exit door in the crowded
carriage and tried to take out 2 paper-wrapped sarin-filled bags of his shoulder bag,
the 2 bags slipped off from the newspaper. Thus he kicked them toward the nearest
seat. At the moment when the train arrived at Ochanomizu station and the door just
opened, he thrusted the bags on the floor several times with the vinyl umbrella and
rushed out of the carriage. It was 7:59 AM. Sarin leaked out from the bags and
scattered.
146
DRC 年報 2009
4
On the train of Chiyoda line from Abiko to Yoyogi-Uehara
Just before 6 AM on March 20 th , 1995, Ikuo Hayashi left the Shibuya hideout in
Niimi’s car and bought Akahata Shinbun on his way. He cut the outer bags in his car,
took out inner bags and wrapped them with the newspaper.
He got off the car in front of Sendagi station of the Chiyoda line went down into
the station. He passed the time riding to Ayase station and/or Kitasenju station. Then
he took the A725K train to Yoyogi-Uehara, which was made up of 8 carriages and
originated at Abiko and departed at Kitasenju at 7:48 AM. He took a seat in the 1 st
carriage.
When
the
train
approached
Shin-Ochanomizu
station,
and
began
decelerating, he dropped the 2 sarin-filled bags under foot, and thrusted the bags with
the umbrella several times. But the broken bag was only one. He rushed out of the
carriage.
5
On the train of Marunouchi line from Ogikubo to Ikebukuro
About 6 AM on March 20 th , 1995, Yokoyama left the Shibuya hideout in
Sotozaki-driving car and bought Nihonkeizai Shinbun on his way. He cut the outer
bags in his car, and took inner bags out and wrapped them with the newspaper.
About 7 AM he got off the car near the west exit of Shinjuku station of JR lines and
passed the time for a while. And then he went down into Shinjuku station of the
Marunouchi line. Thereafter he took the B701 train to Ikebukuro, which was made up
of 6 carriages and departed at Ogikubo at 7:39 AM. He took a seat in the 5th carriage.
After the train left Yotsuya-3-choume station, he dropped the 2 paper-wrapped
sarin-filled nylon bags under foot, and when the train began decelerating to go into
Yotsuya station at 8:01, he thrusted the bags with the umbrella from right above
several times. But the broken bag was only one. He rushed out of the carriage.
Ⅲ
1
Situations in the trains and the stations
At Kotenma-cho station and Tsukiji station
The A720S train for Nakameguro, where Yasuo Hayashi put the 3 paper-wrapped
sarin-filled nylon bags, departed from Akihabara station of the Hibiya Line at about 8
AM on March 20 th , 1995, and arrived at Kotenma-cho station at 8:02 AM. Meanwhile
sarin leaked out of the nylon bags that had open holes, and leaked sarin spread out on
the floor of the 3 rd carriage, and evaporated sarin extended in the carriage and caused
foul odour. A male passenger kick the paper-wrapped nylon bags out from the carriage
to the platform No1, then he moved them near a prop on the platform with his foot.
While the train was stopping at the station, a man and a woman collapsed on the
platform near the prop.
The train departed at about 8:03 from the Kotenma-cho station, in which the sarin
leaked and effused, and adhered to the floor and the evaporating sarin drifted. The
147
train continued to run while stopping briefly at Ningyou-cho station, Kayaba-cho
station, and Hacchoubori station. At the Kayaba-cho station a station staff found a
woman hanging on a man’s shoulder and being in convulsions for the whole body on the
platform near the 3 rd carriage, and he requested an ambulance. The other station staff
found a man and 2 women couching on a bench on the platform, therefore he took them
into the station office in order to take care of them.
Afterwards, the emergency report buzzer in the 3rd carriage sounded soon after
the train had started from Hatchobori station. At about 8:10 the train stopped at Tukiji
station and all doors opened, the passengers dashed out onto the platform No1 all
together at soon as doors opened. 3 passengers fell on the platform and 5 people fell on
the floor of the car by the sarin poisoning, and in addition many persons who
complained of illness came out one after another. Then, ambulances were requested to
several fire stations, and all passengers of the train were made get off at Tsukiji
station, and the train was discontinued to run. At 8:14 AM the transportation control
director ordered the whole Hibiya Line waiting and at 8:41 the director ordered all
passengers and subway staffs to leave Kotenma-cho station and Tsukiji station. Until
all passengers and subway staffs got away, all sarin (about 1,800ml in mixture liquid)
in the 3 nylon bags flowed over the to 3 rd
carriage floor and flowed to the vicinity of
the prop on the platform No1 at Kotenma-cho station and evaporated, in addition,
evaporated sarin drifted in premises of Kotenma-cho station and Tsukiji station.
2
At Kasumigaseki station
The B711 train for Tobu Zoological Garden, where Toyota put the 2 paper-wrapped
sarin-filled nylon bags, departed from Ebisu station of the Hibiya Line at about 8:02
AM on March 20 th , 1995, and then briefly stopped at Hiroo station and Roppongi
station. Meanwhile, sarin leaked out of the nylon bags that had open holes, and leaked
sarin spread out on the floor of the 1 st carriage, and evaporated sarin extended in the
carriage. Just after the train left Ebisu station, evaporated sarin caused several
passengers to cough. Afterward the train arrived at Kamiya-cho station at around 8:11,
a subway staff found that several persons fell on the floor of the 1 st carriage and also
several passengers flopped down on the platform. The staff requested ambulances to
fire stations, and moved all passengers in the carriage to the other carriage. But, still,
a lot of passengers who appealed for disorder of the body appeared one after another.
Afterwards, the train departed from Kamiya-cho station at about 8:18 AM, which
was 7 minutes later, and it arrived at Kasumigaseki station at around 8:20 AM, then it
was discontinued to run after all passengers had got off the train.
All sarin (about 1,200ml in mixed liquid) in the 2 nylon bag bags went out and
flowed in the 1 st carriage and evaporated, and the evaporated sarin drifted in the
station premises.
3
At Ogikubo station
148
DRC 年報 2009
The A777 train for Ogikubo (B877 train for Ikebukuro after turn), where Hirose
put the 2 paper-wrapped sarin-filled nylon bags, departed from Ochanomizu station of
the Marunouchi Line at about 7:59 AM on March 20 th , 1995, and then briefly stopped
at Awaji-cho station, Oote-machi station, Tokyo station, Ginza station and Shinjuku
station. At 8:25 AM the train arrived at Nakano-Sakaue station, and stayed there for 5
minutes for driver's alternation.
Meanwhile, sarin leaked out of the nylon bags that had open holes, and leaked
sarin effused to the floor in the 3 rd carriage, and evaporated sarin extended in the
carriage. Just after the train departed from Awaji-cho station, evaporated sarin caused
foul odour.
When the train arrived at Nakano-Sakaue station, a subway staff found that a
man collapsed on the floor of the 3 rd carriage and a woman was almost fallen from the
seat putting out bubbles from the mouth. Thus he took relief measures and requested
ambulances to fire stations.
The deputy stationmaster Shizuka Nagayama found two nylon bags on the floor in
the 3 rd carriage, and he confirmed that one bag was empty and about half of the sarin
mixture was left in the other bag. Afterwards he wrapped the nylon bag with
newspapers scattering near the bag, because sarin mixture leaked from the bags. Then
he took them out from the 3 rd carriage to the platform, thereafter the deputy
stationmaster Koumei Shimamura put them into a vinyl bag and carried it to the
station office. Afterwards the vinyl bag was preceded to Nakano Police Station.
The train afterwards departed from Nakano-Sakaue station at about 8:30 AM, and
arrived at Ogikubo station at about 8:40 AM through Minami-Asagaya station etc. At
Ogikubo station, station staffs wiped and cleaned the adhering sarin with mops.
The train turned from Ogikubo station at 8:42 AM and arrived at Shin-Koenji
station through Minami-Asagaya station at about 8:47 AM. Thereafter, the train was
discontinued running after all passengers were made to get off.
A part of sarin (about 900ml in mixture) in the two nylon bags flowed and
evaporated in the 3 rd carriage, and the evaporating sarin drifted in the station
premises.
4
At the Houses-of-Parliament station
The A725K train for Yoyogi-Uehara, where Ikuo Hayashi put the 2 paper-wrapped
sarin-filled nylon bags, departed from Shin-Ochanomizu station of the Chiyoda Line at
about 8:04 AM on March 20 th , 1995, and then briefly stopped at Ootemachi station,
Nijuubasi-mae station, and Hibiya station and arrived at Kasumigaseki station at 8:12
AM. Meanwhile, at Shin-Ochanomizu a sarin-filled nylon bag put on the floor of the 1 st
carriage was trod by passengers when they got on and got off the train. Sarin flowed
out of the nylon bags that had open holes to the floor in the carriage. Sarin evaporated
and passengers who had a fit of coughing had come out, when the train approached to
149
Hibiya station.
At Kasumigaseki station the deputy stationmaster Kazumasa Takahashi carried
the paper-wrapped sarin-filled nylon bags with his both hands with white gloves on to
the platform after receiving a report from a passenger that strange things were found.
In addition he wiped the floor of the carriage with unnecessary newspapers, and then
deputy stationmaster Tuneo Hishinuma, deputy stationmaster Toshiaki Toyota, and he
put them into vinyl bags and carried them to the station office. Holes did not open on
one of the 2 paper-wrapped sarin-filled nylon bags, and sarin mixture of about 615ml
remained in the bag. But, the other one had broken and all of the sarin packed had
leaked and flowed over the floor of the 3 rd carriage and evaporated.
Thereafter the train departed from the Kasumigaseki station at about 8:14 AM,
which was about 2 minutes later. When the train arrived at the Houses-of-Parliament
station, it was discontinued running after all passengers were made to get off. Then
the station staffs washed and wiped the floor of the 1 st carriage with mops.
Meanwhile all of the sarin packed in one nylon bag (about 600ml in mixture)
flowed and vaporized over the floor of the 1 st carriage, and evaporated sarin drifted in
the station premises.
5
At Yotsuya station
The B701 train for Ikebukuro, where Yokoyama put the 2 paper-wrapped
sarin-filled nylon bags, departed from Yotsuya station of the Marunouchi Line at about
8:02 AM on March 20 th , 1995, and then briefly stopped at Akasaka-Mitsukei station,
Kasumigaseki station, Ootemachi station and etc., and arrived at Ikebukuro station at
8:30 AM. Meanwhile, soon after it departed from Yotsuya station sarin leaked from one
nylon bag with holes, and flowed over the floor of the 5 th carriage and evaporated, the
evaporated sarin spread out in the carriage.
Afterwards the train was turned at the Ikebukuro station and run again as A801
train for Shinjuku. It departed form Ikebukuro station at 8:32 and arrived at Hongo 3
chome station at 8:42. When the train arrived at Kourakuen station which was just
before Hongo 3 chome station, a passenger complained of stinking suspicious things
and requested a station staff to remove them. Thus the station staff communicated it
to the next Hongo 3 chome station. At Hongo 3 chome the deputy stationmaster
Yoshimasa Suzuki removed paper-wrapped sarin-filled nylon bags with a broom and a
dustpan from the 5 th carriage (the 2 nd carriage after turn), afterwards a station staff
wiped away the floor where sarin adhered in the carriage with newspapers, clothes,
and mops.
One of the remained bags had no hole on it, in which about 630ml of sarin mixture
was packed, and in the other one 50ml of sarin mixture was remained.
150
DRC 年報 2009
The train departed from Hongo 3 chome station at 8:44 AM and arrived at
Shinjuku station at 9:09 AM through Tokyo station and Ootemachi station, then
turned and departed from Shinjuku station at 9:13 AM as B901 train for Ikebukuro. It
arrived at the Houses-of-Parliament station at around 9:27 AM, and then was
discontinued to run after all passengers were made to get off the train. Meanwhile, a
part of sarin in one nylon bag (about 550ml) leaked and flowed over the carriage floor
and evaporated, and evaporated sarin drifted in the station premises.
Ⅳ
Damages
(1) The A720S train for Nakameguro station: dead 7, injuries 2,475
(2) The B711T train for Tobu Zoological Garden: dead 1, injuries 532
(3) The B777 train for Ogikubo: dead 1, injuries 358
(4) The B901 train for Ikebukuro: injuries 200
(5) The B701 train for Yoyogi-Uehara: dead 2, injuries 231
In total: dead 11, injuries 3,796
Ⅴ
Other Information
NHK television broadcasted a special news flash from around 8:50. I was
assigned in the military chemical school of the ground self defence force. Thus I
immediately realized that Aum Shinrikyo scattered sarin. Staffs of the military
chemical school prepared for being mobilized. The disaster dispatch order was
officially announced at 12:30. And the mission was decontamination of carriages and
stations. Five teams were dispatched; to Tsukiji station, Kasumigaseki station,
Houses-of-Parliament station, Ogikubo station. The team consisted of officers and
non-commissioned officer, who were instructors and researchers of the military
chemical school.
The Tokyo Fire Department was not prepared for NBC disaster. It dispatched 340
rescue teams in total, but they rescued only 688 causalities within 3,796. The rest of
the causalities went to hospitals by themselves, on foot or by taxies or by cars
passing-by. 450 were carried by ambulance teams, 11 were carried by reserve
ambulance teams, 2 were carried by special rescue teams, and 225 were carried by
other cars.
The dispatched teams are as follows; 69
Ambulance teams: 131 teams
Fire engine teams: 68 teams
Command teams: 19 teams
Haz Mat units: 16 units
69
中 沢 昭 、「 暗 く な っ た 朝 − 3・ 20 地 下 鉄 サ リ ン 事 件 」、 近 代 消 防 社
151
Ladder truck teams: 6 teams
Special rescue teams: 10 teams
Material carrying teams: 7 teams
Spotlight teams: 5 teams
Command support teams: 5 teams
Air supply teams: 3 teams
Emergency mobilized teams: 70 teams
In total: 340 teams
Carried causalities are as follows; 70
Dead: 1
Grave: 17
Serious: 32
Intermediate: 254
Mild: 369
Unknown: 15
In total: 688
Participated fire personnel: 1,364 71
Injured fire personnel: 135 (about 10%)
Injured fire personnel with a respirator: 75
Injured fire personnel without a respirator: 30
Unknown: 30
After the incident the Tokyo Fire Department have had the ability to respond to
the special incidents caused by radioactive materials, biological agents, hazardous
materials and toxic substances. In the 3rd Fire District, the Fire Rescue Task Forces
are deployed to tackle disasters in a professional manner, using a special incident van
(with high-technology tools like a mass spectrometer) and a firefighting robot. There
are also the Hazardous Materials Units for chemical emergencies. These forces and
units determine on-scene chemical substances, perform rescue operations and conduct
decontamination.
Tokyo Subway System:
http://www.kotsu.metro.tokyo.jp/english/images/pdf/german.pdf
70
71
中 沢 昭 、「 暗 く な っ た 朝 − 3・ 20 地 下 鉄 サ リ ン 事 件 」、 近 代 消 防 社
中 沢 昭 、「 暗 く な っ た 朝 − 3・ 20 地 下 鉄 サ リ ン 事 件 」、 近 代 消 防 社
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DRC 年報 2009
財団法人ディフェンス
リサーチ センター の概要
デ ィ フ ェ ン ス リ サ ー チ セ ン タ ー( DRC)は わ が 国 の 安 全 保 障 戦 略 、防 衛 政 策 等 に つ き 、
世界的に大きく変化する安全保障環境、技術進歩に即応して、危機管理、防衛産業等を含
む 幅 広 い 見 地 か ら 調 査 、 研 究 と 提 言 を 行 う 公 益 法 人 シ ン ク タ ン ク と し と て 1991 年 に 設 立
されました。
研究活動は、これまで防衛を直接担当してきた実務経験豊かな陸、海、空、シビリアン
等 研 究 調 査 に 意 欲 的 な 防 衛 OB を 主 体 に 、 産 業 界 、 大 学 等 で 安 全 保 障 問 題 に か か わ っ て き
た47名の研究委員により奉仕的に進められています。具体的な活動として毎年数次にわ
たり、テーマ毎のチームを編成し、海外研究調査団を派遣して資料の収集、現地での安全
保障討議を行っています。これまでに米国をはじめ、英、独、仏、スエーデン等の欧州諸
国、中、韓、台、豪のほか、東南アジア諸国等21ヶ国の国防省、戦略研究所、技術研究
機 関 、大 学 等 計 140 ヶ 所 を 訪 ね て 研 究 討 議 を 行 っ て き ま し た 。海 外 研 究 調 査 団 派 遣( 各 回
3∼ 8 名 ) は 平 成 21 年 末 ま で に 通 算 117 回 に な り ま す 。
主要な事業内容は下記の通りです。
1
安全保障の基本に関する調査・研究
・ 世界的に新しい安全保障環境、軍事情勢 、技術進歩と安全保障との関係等につ
いて調査・分析
・ 国内の健全な安全保障基盤醸成に関し先進諸外国と対比した調査研究と提言
・ 今後わが国がとるべき安全保障の基本的な考え方、防衛戦略、防衛政策等に関し
理論にとどまらず実務に直結した具体的な研究と提言
2
海外の特定研究機関との常続的安全保障討議、世界主要国への研究調査団の派遣及び
現地での研究討議、来日する外国研究員等との討議
3
政府関係機関よりの受託研究、研修生等の受託教育及び防衛実務担当者との討議並び
に会員の海外調査等への参画受入れ
4
安全保障、防衛技術に関する講演会、セミナー、国際会議等の定期的開催及び広く民
間レベルを含む安全保障に関する研究会等の主催、講師派遣
5
安全保障及び関連技術に関する研究論文、DRC年報及び単行本の発刊
6
会 員 制 に よ り 、大 学 、企 業 等 の 研 究 員 等 と の 共 同 研 究 、合 同 海 外 調 査 、委 託 研 究 受 託 、
委 託 教 育 受 託 等 部 外 と の 研 究 交 流 を 促 進 し 、 防 衛 力 の 充 実 に 寄 与 、( 会 員 募 集 中 )
財団法人ディフェンスリサーチセンター事務局
〒 101 ー 0054
東 京 都 千 代 田 区 神 田 錦 町 3− 20
彰徳ビル2F
TEL
(03)
3233
5721(代)
EAX
(03)
3233
5731
URL
e-mail
http: //www.drc-jpn.org
office@drc-jpn.org
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