「日本語-韓国語」の二言語話

予稿集原稿
研究発表:日本語教育/異文化研究と日本語教育
「日本語-韓国語」の二言語話者の接触場面におけるコードスイッチングの働き
-学生同士と社会人同士の会話分析を通して-
Japanese-Korean Bilingual speaker code-switching:
―Analysis of Code-switching from students and workers in group―
金貞美(桜美林大学大学院修了生)
キーワード: 日韓二言語話者;接触場面;コードスイッチング;会話分析
要旨
本研究は、日本語と韓国語の両言語の会話レベルがほぼ同じである(以下、二言語話者) 韓
国語母語話者(以下、KNS)と日本語母語話者(以下、JNS)を対象にし、コードスイッチン
グ(以下、CS)を分析した。調査対象者を学生と社会人に分け、異なる集団の性質がどのよ
うな影響を与えたかをCSの機能と目標言語使用に対する意識に着目して考察した。
1.コードスイッチング(CS)について
「CS」は、「二つの異なる文法システムあるいはサブシステムに属する会話の一節を、こと
ばの一連のやり取りの中で位置すること」(Gumperz 1982, 2004:73)と定義されており、
二言語が同じ発話内で言語交替され単語レベル、句・節レベル・文レベルで生起しているこ
とを意味する。CSを引き起こす原因としてナカミズ(2003)は、CSを引き起こす要因は多数あ
り、それらの要因を突き止めることによってCSの多面性を明らかにすることができると指摘
している。本研究では、二言語話者同士がコミュニケーションを達成するために、CSをどの
ように用いて参加しているのかに注目してCSの働きを探る。
2.日本語と韓国語のCSに関する研究
これまでの日本語と韓国語のCSの研究は、主に在日コリアンの一世から四世までを対象に
したものである (都 2000, 金1998)。 在日コリアンは、日本語と韓国語の両言語のバイリ
ンガル・コミュニティーに属しているので、彼らの言語使用にはアイデンティティ-が深く
関わっていることが指摘されてきた。また、都(2000)は「日本語と韓国語のコード切り替
えの視点による研究は、在日コリアンを対象としたもの以外、ほとんどなされていないのが
現状である」と指摘している。そこで本研究では、在日コリアン以外を対象とした研究を志
し,学習によって二言語話者となった者を対象とする。また、在日コリアンと二言語話者の
両言語能力には差があると考えられるので、これまでの研究とは同じ観点で分析を行うので
は不十分であり、多様な観点から考慮する必要があると考える。
3.研究課題
学生同士と社会人同士の2つのグループそれぞれのCSの働きを探った上で、学生と社会人
の異なる属性がCSにどのような影響を与えたかについて明らかにするために、本稿では以下
のように課題を設定する。
1.学生同士と社会人同士の二言語接触場面におけるCSの働きを明らかにする。
2.上記1.におけるCSが、学生同士と社会人同士に与える影響を明らかにする。
本研究のような自然会話は、教室内と社内という制限された場所での定型化した会話とは
異なり、互いの理解を促進させるため自然な雰囲気で意思伝達を理解する心構え、関係維
持・構築が重視されると考えられる。
4.分析対象と分析方法
本研究の調査協力者は、 東京在住の二言語話者で日本あるいは韓国での留学経験を持っ
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ている。談話データの収集は、2011年2月から7月にかけて実施したもので、学生ペア4組(
JNS4名、KNS4名)と社会人ペア4組(JNS4名、KNS4名)で、本稿の会話例はその一部である。
この談話の目的は、映像の内容について意見を話し合うことで、以下の「表1」に調査の概
要を示す。
順番
1
2
3
「表1.学生ペアと社会人ペアの会話の概要」
学生ペア
社会人ペア
上映時間
就職注1
韓流ブーム注2
10分程度
休憩
日本企業の優秀な外国人人材の受け入れに対
10分程度
する意見(韓国と比較)注3
会 話時間
15分程度
15分程度
20分程度
会話が終わった直後、協力者には映像や相手との会話についてフォローアップ・インタビ
ュー(以下、FUI)を行った。以上の談話とFUIは宇佐美(2007)のBTSJに従い文字化をし、作
成された談話資料を基にCSの機能を分析する。自然談話から得られた個々のCSの機能に関し
ては、服部(2001)を参考にして定義する。
5.結果と考察
5.1学生同士のコミュニケーションにみられるCS
(1)未習得語彙の補償
[会話例1-1]ではJSF2が、最近日本では海外を意識し英語を使う会社が増加しており、
日本のサラリーマンの英語学習も増えているという話からKSF2が日本と韓国を比べながら自
分の意見を述べている場面である。
[会話例1-1]「韓国と比べた日本の会社について」
→1-1 KSF2 逆に、私がまた聞いたのは(うん)、日本は/2秒/(うん)、えーっ時給率??,,
2
JSF2 うん、うーん。
→2-2 KSF2 高いからえー時給??、えー??/4秒/、え…。
3
KSF2 うーん、他の国になんか(うん)売って、売ってない/1.5秒/なくても(うん)、
えーできる??、行ける??、いき、行けることができる<笑いながら>。
4
JSF2 あー。
5
KSF2 何ていうか、がーい/間/、あ/間/、それは何ていうか。
6
KSF2 うーん、他の国になんか(うん)売って、売ってない/1.5秒/、なくても(うん)、
えーできる??、行ける??、いき、行けることができる<笑いながら>。
7
JSF2 あー。
8
KSF2 何ていうか、がーい/間/、あ/間/、それは何ていうか。
→9
KSF2 えー、해외…의존률(海外…依存率)。
→10 JSF2 うんうん(うん)、海外依存率、うんうん。
[会話例1-2]「韓国と比べた日本の会社について」
→15-1 KSF2 韓国人とか、中国人の立場でみっ…たら(うんうん)日本は時給が、
まあー、会社は時給じゃないけど…<笑いながら>,,
16
JSF2 うん。
15-2 KSF2 高いから(うんうん)本当に…。
KSF2は「給料」と伝えたかったが「時給」の語彙しか言えず自分の意図を伝えることがで
きなかった失敗から(1-1、1-2)、9行では「海外依存率」という未習得語彙を韓国語へのC
Sを使用して伝えた結果、自分の意図をうまく伝達できたと解釈できる。[会話例1-2]では、
表現したい語彙(給料)が伝えられず「時給」で終わってしまった発話が再度繰り返された。
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発話を途中でやめる事態が生じ、最後まで修正はできずに続けてやり取りをしている。以上
の[会話例1-1]と[会話例1-2]でKSF2のように、相手に伝えたい発話に対する消極的な態
度は、意図が伝えられずにそのまま終わってしまい、話題の展開を妨げることが分かった。
この場合、未習得語彙に対してはCSなどを動員しての積極的な対応が必要である。KSF2が未
習得語彙を補うために行った韓国語へのCSは、KSF2自身の語彙問題を解決すると共に、お互
いのやりとりを維持することに繋がったことがわかる。
(2)意味の再確認
[会話例2]の場面は、KSF1とJSF1が韓国語の発音について話をし、JSF1は韓国の留学当時
に交わした中国人韓国語学習者との会話から韓国語の発音の難しさについて話している。
[会話例2]「中国人との会話について」
1 KSF1 でも韓国語自体が、発音が難しくないですか、結構難しいっていう話が<笑い>。
2 JSF1 中国の人が難しいってなんか…。
3 KSF1 うんうん。
→4 JSF1 多分〝좋다(好き)″とかも言えなくて。
5 KSF1 うーん。
→6 JSF1 なになにが〝好き″も言えなくて(えー)、でも向こうはちゃんとできてるって
(うん)、思い込んでて(うん)通じてないって言う<笑い>。
7 KSF1 あー。
JSF1の「좋다(好き)」という韓国語へのCSを含んだ発話に対し、KSF1は「うーん」と発話
している(5)。このKSF2の反応からJSF1は自分の話が伝わったかどうか判断できず、JSF1で、
「좋다(好き)」と同様の意味である「好き」と日本語で再確認している(6)。JSF1 がCSで再
確認したところ、KSF1は「えー」と驚いている。 FUIでKSF1に反応について尋ねると、5行
「うーん」は、「좋다」(4行)が日本語のように聞き取れ、具体的に何が言えないのか把握
できないまま答えてしまったと述べた。また、次の6行の「好き」に対する反応「えー」は、
聞き取れなかった内容が把握でき、JSF1が中国人韓国語留学生と基本的な会話が通じなかっ
たことに驚いたと報告している。KSF1は、「좋다(好き)」という単語を聞き逃したかもしれ
なかったが、JSF1のCSを通した意味の再確認により、正しく理解することが可能になった。
聞き手と話し手が談話において相互理解を求めるためには、聞き手のあいづちが正確に理解
して行われたものなのか、単に聞いているというサインなのかについて話し手が自ら把握し、
やりとりを進めていくことが重要だと考えられる。
5.2 社会人のコミュニケーションにみられるCS
(1)相手発話に対するコメントの機能
[会話例3]では相手の意見を受け取ってコメントをする場面が観察された。そのコメント
が会話の流れに影響を与えることもわかった。
[会話例3]「KWMの日本生活の大変さについて」
1 KWM4 四時間バイトして生活できるんですか、一ヶ月で…。
2 KWM4 お金どんだけもらえるんだろう。
3 JWM4 ま-、でもたぶん好きでも嫌いでも…。
4 JWM4 どうなるか分からないけど…。
5 KWM4 結局。
→6 JWM4 앞으로 많이 달라 질 거에요.(これからだいぶ変わってくると思います)
7 KWM4 そうっですね。
→8 JWM4 달라질 수 밖에 없을 거에요.(変わるしかありませんね)
9 KWM4 まあ、とりあえず、今は…。
10 KWM4 今はまあ、日本…が好きで日本…に来る人/2秒/ですよね。
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KWM4は就職問題の他、高い日本の物価により生活面での負担を感じており、苦情のような
発話をしている(1、2)。その後JWM4は、KWM4の意見に対し、韓国語へのCSを通してKWM4と
のやりとりの流れの変化を図ろうとしている(6)。その後、KWM4も肯定的な反応として受け
取っており(7)、JWM4は続けて発した韓国語の発話(8)が前に述べた肯定的な感情のコメント
をいっそう高めて表出している。JWM4の韓国語の発話には、「大まかに言えば、これからは
留学生や外国人が日本に住みやすいように変わるだろう」という意味のメッセージが含まれ
ていると考えられる。このような肯定的な働きがKWM4の発話にも変化をさせ、KWM4の立場の
変化が起きていることがわかる(10)。JWM4の韓国語へのCSを用いた発言が、お互いのコメ
ントや意見の流れに変化を与え、肯定的な反応を引き出してその後のやりとりに繋がったと
考えられる。
(2)話題や会話の枠組みの表示
[会話例4]では、JWF1が映像資料で提示された優秀な外国人留学生を積極的に受け入れる
日本の大学や会社の状況について述べている場面である。
[会話例4]「日本で日本語が重要な理由について」
1
JWF1 その語学、留学、大学なり合わせて全部で、30万人計画があって…。
2
JWF1 その中でも、その大学の/間/、その全部、オール英語(うんうん)クラスを作っ
て、外国人を呼び込もうって、さっき書いて、言ってたじゃん。
3
JWF1 もそうすると〝やっぱ就職先との差が出るかなー″って、やっぱり思う。
4
KWF1 うーん。
5-1 JWF1 日本語能力絶対で,,
6
KWF1 うーん。
→5-2 JWF1 外側がどんなに賢くても、日本語能力ができて、왜냐면…(なぜなら…)。
→6 JWF1 일본사람이 이야기 못하니까。(日本人は、[英語、韓国語]会話できないから)
7
KWF1 그렇죠。(そうですね)
8
JWF1 일본어 능력시험이 있어야 되고, 그 다음에 또, 다른 그 자격증이나 그런
거 있어야 되기 때문에…。(日本語能力試験がないといけないし、それから、
他の資格とか、そのようなものがないといけないから)
9
KWF1 응, 영어라든지 다르거나…。(うん、英語とか、他のも…)
JWF1は、外国人留学生の日本語能力が必要である理由を述べる際に、「왜냐면…(なぜな
ら…)」(5-2)と日本語での説明を中断して韓国語を使用し自分の発話に注意を向けさせてい
る。このようなCSの用い方が次の発話にまで影響を与え、6行からの韓国語での談話の発展
に繋がっている。FUIでJWF1は、KWF1が日本語のみでの日本社会での生活は難しいと意識し
ているがわかっていたことから、韓国語へのCSを通して内容を補足し話題を発展させたと述
べていた。また、KWF1に韓国語で答えていることについてFUIで尋ねたところ、相手が韓国
語を使用したので相手に合わせて会話をしたと述べ、配慮として韓国語を使ったことがわか
った。KWF1の配慮としてのCSは、JWF1の談話の構成に関わるCSと同時に生起しJWF1の発話に
影響を受けつつやりとりを進めていることがわかった。
7.まとめと今後の課題
本研究では、二言語話者である日本語母語話者と韓国語母語話者の学生同士と社会人同士
の日本語と韓国語の二言語使用におけるCSの機能を明らかにすることを試みた。その結果、
次のことが明らかになった。学生同士の CSの機能では、「未習得語彙の補償」、「意味の
再確認」が用いられていた。本研究では、語彙確認を中心に「補償的機能」として、「海外
依存率」、「好き」のような、名詞の単語のみのCSが観察された。これまでの未習得語彙の
補償のためCSを用いることは否定的に捉えられてい面もあるが、本稿で見られた「時給」の
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場合はCSを使用しなかったことが結局、やりとりの流れを妨げることなった。この結果から
未習得語彙のCSに対する否定的観点は、非母語話者の言語習得のみ注目した見方なので、参
加者の相互理解達成の成否にも注目することが重要であると考える。社会人同士のCSの機能
では「相手発話に対するコメントの機能」「話題や会話の枠組みの表示」も観察された。談
話上のCSが単に、語彙の意味を伝達する機能を持つだけでなく、談話の内容を中心に、聞き
手への配慮の表明や参加者間の心理的変化をもたらす上でも働いていることがわかった。CS
を用いた意図を把握するためには、話し手の発話の文脈の流れの中で正しく解釈することが
重要であると考える。
学生同士と社会人同士、それぞれのCS機能の目標言語に対する影響としては、まず、学生
同士の場合、「生活言語」と「留学経験」が挙げられる。CS以外は全て日本語で会話してお
り、日本における生活言語が日本語であることが影響したと考えられる。また、留学経験を
共有していることにより、目標言語を目的とする相互理解が使用言語の選択やCSに影響を与
えた結果だと言える。社会人同士の場合は、「言語使用機会の維持」と「社交手段」が挙げ
られる。まず、「言語使用機会の維持」として目標言語を積極的に用いることは、お互いの
目標言語使用に肯定的な影響を与えたと考える。CSは二言語を使用しながらコミュニケーシ
ョンを図る、効果的な手段となったのであろう。次に、「社交手段」として用いる日本語と
韓国語は、社会人の「職場場面」で行われる「実質行動」や「社会言語能力」(ネウストプ
ニー 1995,宮副ウォン 2003)が二言語使用に反映された結果で、彼らの念頭には常にコミ
ュニケーション上の「正確な意思伝達」という意識があることが分かった。その結果、それ
ぞれの目標言語を補うだけでないCSの機能が見いだされたと考える。
以上の結果から、異なる環境は、目標言語の使用意識と関わっており、これがCSの使用に
影響したことが示された。そのため、CSそのものだけに注目するのではなく、参加者の所属
背景、目標言語能力や使用意識考慮する必要がある。今後、二言語話者のコミュニケーショ
ンにおいて、個々の目標言語に関する背景やコミュニケーションの状況を考慮した上で、CS
の働きについての研究を深めていきたい。
【参考文献】
宇佐美まゆみ(2007)『改訂版:基本的な文字化の原則(Basic Transcription System For
Japanese: BTSJ)2007年3月31日 改訂版』
Gumperz, John(1982)Discourse Strategies, Cambridge: Cambridge University Press
(井上逸兵・出原健一・花崎美紀・荒木瑞未・多々良直弘(訳) 2004『認知と相互行為の社会
言語学』) 松栢社
金美善(1998)「在日コリアン一世の日本語-大阪市生野区に居住する一世の事例-」大阪
大学日本学報 17券 pp.71-83
都恩珍(2000)「日本語-韓国語バイリンガルによるコード切り替え-在日コリアン3世を
通して-」日本学報第45券 pp.19-32
ナカミズ・エレン(2003)「コード切り替えを引き起こすのは何か」『月刊言語』32(6)
大修館書店 pp.53-61
ネウストプ二―,J.V.(1995)『新しい日本語教育のために』大修館書店
服部圭子(2001)「接触場面における日本語非母語話者のコードスイッチング-機能を中心
に-」『大阪大学留学生センター研究論集 多文化社会と留学生交流』第5号pp.39-58
宮副ウォン裕子(2003)「多言語職場の同僚たちは何を伝えあったか-仕事関連外話題にお
ける会話上の交渉-」『接触場面と日本語教育』ヘレンマリオットpp.165-183
注1:『超就職氷河期、学生を取り巻く就職環境』http://www.youtube.com/watch?v=x3IhLTxWjEg&NR=1(2011年
7月12日参照)
注2:『ネオ韓流~マスコミが捏造する韓国ブーム1/2』http://www.youtube.com/watch?v=KDypt1oW2HU(2011年7月12日
参照)
注3:『NHKシリーズアジア新戦略・アジアの“人材を呼び込め”(2010年4月6日放送)』NHKクローズアップ現代
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>番組検索> NO.2871
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