この論文は、「Arterial Stiffness」WEBサイトに掲載されています。その他の論文はこちら Click "Arterial Stiffness" web site for more articles. Pulse of Asia 2010 招待講演 薬物療法による高血圧患者の Arterial Stiffness と中心血圧の改善 Azra Mahmud(St. James Hospital, Dublin, Ireland) 監修:小澤利男(高知大学名誉教授、東京都健康長寿医療センター名誉院長) 高血圧管理におけるPWV および 中心血圧測定の重要性 すれば、こうした若者が高血圧と誤診され、不要な治療 が施されるといったことも避けられよう。 心血管危険因子には、高血圧や糖尿病、高コレステロー なお、中心血圧測定によって得られる augmentation ル、喫煙などがあるが、高コレステロールと喫煙の 2 つは、 index(AI:駆出波が反射波によって押し上げられる割合 スタチンの普及と社会政策の徹底により、多くの先進国 を示す指数)は、しばしば PWV と同等の指標であるかの においてコントロール可能な存在となりつつある。これ ように誤解されているようである。しかし、両者がみて に対し、高血圧には多くの治療薬が存在し、降圧薬がよ いるものはまったく別物であり、一部の情報は共通する く処方されているにもかかわらず、コントロール状況は ものの、どちらか一方を測定すれば事足りるというもの 良好とは言い難い。 ではないことを強調しておきたい。 その原因の一つは、水銀血圧計の登場以来 100 年以上 にわたって踏襲されてきた上腕血圧の収縮期血圧(SBP) ・ 拡張期血圧(DBP)という 2 つの端的な数値を指標とした血 22 of youth)は、まさにその典型例である。中心血圧を測定 喫煙およびアルコール摂取が PWV、中心血圧に及ぼす影響 圧管理のありかたにあると私は考えている。いうまでも 本講演では、arterial stiffness と中心血圧に対する薬物 なく、血圧とは本来連続した「波形」であるが、ここでは 療法の効果について述べる予定であるが、その前に、私 その形については一切考慮されていない。特に、上腕な が以前から強い関心を抱いている喫煙およびアルコール どの末梢血管における血圧は、心臓の収縮とともに発生 摂取の影響について少々紹介する。 する血圧波形(駆出波)のピークがそのまま最高血圧とな まず喫煙についてであるが、実は喫煙による血管障害 り、末梢からの反射に伴う血圧波形(反射波)の変化は反 を鋭敏に反映するという面においても、中心血圧は末梢 映されないため、血圧上昇の原因が心拍出量の増加にあ 血圧より優れた指標である。われわれが以前、同レベル るのか、arterial stiffness の亢進にあるのか判断できない の上腕血圧値をもつ喫煙者群と非喫煙者群の中心血圧値 ことが大きな弱点である。 を比較したところ、喫煙者群では非喫煙者群に比して著 そこで、これを補足する手段となるものが脈波伝播速 明な中心血圧値の上昇が認められた。彼らの平均年齢は 度(PWV)と中心血圧である。PWV は arterial stiffness を 23 歳であり、喫煙歴はさほど長くないにもかかわらず、 反映し、その上昇は臓器障害の危険因子となることがわ 中心血圧にはすでに異変が生じていたわけである。 かっている。欧州高血圧学会(ESH)と欧州心臓病学会 逆に、長い喫煙歴をもつ人でも、禁煙により PWV や中 (ESC)の最新ガイドライン(2007)でも、PWV 測定は高血 心血圧は改善し、禁煙期間が長くなるほど効果が大きい 圧管理のゴールドスタンダードとして推奨されている。 ことがわかっている(図 1) 。長年の喫煙者であっても、禁 一方、心臓に近い大動脈起始部で測定する中心血圧は、 煙を始めるにはけっして手遅れではない。 駆出波が反射波で押し上げられたものが最高血圧となる また、中心血圧にはアルコール摂取の影響も強く反映 ため、これと末梢血圧を比較することによって血管障害 される。われわれは、約 200 例の未治療の男性高血圧患 の程度を類推することができる。例えば、末梢血圧がさ 者をアルコール非摂取群、少〜中量摂取群(1 〜 20 単位 / ほど高くなくても中心血圧が高ければ血管障害が進行し 週) 、大量摂取群(> 21 単位 / 週)の 3 群に分け、各群の中 ていると考え、相応の治療を考慮すべきである。逆に、 心血圧および PWV を比較した結果、中心血圧の SBP およ 著明な末梢血圧の上昇が認められるにもかかわらず、中 び DBP、AI には、いずれも摂取用量に依存した有意な増 心血圧はさほど高くない場合は、血管のダメージは比較 加が認められた(それぞれ p < 0 .05、p < 0 .01、p < 0 .01) 。 的小さいと考えることができる。長身の若年男性スポーツ この傾向は女性を対象とした検討でも同様に認められた。 選手にときおりみられる偽性高血圧 (spurious hypertension しかしながら、PWV は非摂取群で最も高く、少〜中量 この論文は、「Arterial Stiffness」WEBサイトに掲載されています。その他の論文はこちら Click "Arterial Stiffness" web site for more articles. 招待講演 図 1 ● PWV、AI に対する禁煙の効果(Jatoi NA, Jerrard-Dunne P, Feely J, Mahmud A. Hypertension 2007 ; 49 : 981 -5 . より引用) p<0.001 11.00 10.50 p<0.001 31.00 AI(%) PWV(m/sec) 32.00 30.00 29.00 10.00 28.00 喫煙者 禁煙 禁煙後 禁煙後 非喫煙者 1年未満 2∼10年 10 年以上 喫煙者 禁煙 禁煙後 禁煙後 非喫煙者 1年未満 2∼10年 10 年以上 年齢、性別、平均動脈血圧、平均心拍数、BMI で補正。 摂取群で最も低値となった。PWV とアルコールの関係に 短期的な効果ということであれば、まず筆頭にあげら ついては、さらなる検討が必要であろう。 れるのは、一酸化窒素(NO)量の増加やバイオアビリティ PWVや中心血圧を改善する治療は 心血管イベントを抑制する の向上をもたらす薬剤である。例えば硝酸薬は、収縮期 後期血圧の著明な低下をもたらすことが 19 世紀から認知 されていたが、硝酸薬は NO の前駆体にほかならない。ま 今日では、心血管イベント予防における降圧療法の有 た、 「バイアグラ」の商品名で知られるシルデナフィルも、 用性を疑う者はない。では、それと同じように、PWV や NO 産生を高めることにより同様の短期的変化をもたらす 中心血圧を改善する治療により、実際に心血管イベント ことがわかっている。 を抑制することができるのだろうか? 図 2 は、その答え しかし、効果がより長期的で、しかも豊富なエビデン が「Yes」であることを明確に示したランドマーク的な 2 つ スをもつ薬剤といえば、やはりレニン - アンジオテンシン の研究報告である。 系(RAS)に作用する ARB や ACE 阻害薬の右に出るものは Guerin ら(2001)は、必要に応じて降圧薬を投与された ない。しかも、ARB と ACE 阻害薬の両者を併用した場合 末期腎不全患者 150 例を対象に、PWV の変化と生命予後 には、その効果はいっそう増強される。またわれわれは、 の関係を検討した。その結果、降圧治療によって PWV の RAS の最下流で産生されるアルドステロンに対する拮抗 増加が抑制された患者群に比べ、PWV の増加が抑制でき 薬にも中心血圧の低下作用があることを見出している。 なかった患者群の死亡リスクは実に 2 .59 倍も高率であっ 一方、β遮断薬については、さきほども触れた ASCOT た (図 2 A)。 試験や ARB との比較試験である LIFE において、いずれも また、約 20 ,000 例のハイリスク高血圧患者を対象に、 対照薬より劣る中心血圧低下作用と低心血管イベント抑 Ca 拮抗薬+ ACE 阻害薬群とβ遮断薬+利尿薬群の心血管 制効果が認められたことから、β遮断薬を第一選択薬と イベント抑制効果を比較した ASCOT 試験(2005)では、 することには否定的な意見が多い。しかし、これらの試 両群の末梢血圧低下度は同等であったにもかかわらず、 験で使用されたβ遮断薬は、いずれも血管拡張作用をも イベント抑制効果は前者が有意に優っていたが、両群の たないアテノロールであった。そこでわれわれは、40 例 中心血圧低下度には SBP で 4 .3 mmHg、脈圧で 3 .6 mmHg の本態性高血圧患者を対象に、アテノロールと血管拡張 の差(ともに p < 0 .0001)が生じていたことが翌年のサブ 性β遮断薬である nebivolol が中心血圧と PWV に及ぼす 解析・CAFE 試験(2006)によって明らかにされている 影響を比較するクロスオーバー試験を行った。 (図 2 B) 。すなわち、心血管イベントの抑制には末梢血圧 その結果、それぞれ 4 週間の治療により、患者の PWV の低下以上に PWV や中心血圧の低下が重要であり、これ にはいずれも若干の上昇がみられたが、それにもかかわ をターゲットとした治療こそが必要だといえる。 らず、nebivolol 投与後には AI の低下と中心血圧脈圧増幅 どのような薬剤がPWV や 中心血圧を改善するのか? の亢進が認められた。これに対し、アテノロール投与後 には、AI の上昇と中心血圧脈圧増幅の減弱というまった く逆の変化が認められた(図 3) 。 では、具体的にどのような薬剤を用いれば、PWV や中 このように、一口にβ遮断薬といってもその作用は一 心血圧の改善が得られるのだろうか? 律ではない。一方で、高血圧患者、特に若年の患者のな 23 この論文は、「Arterial Stiffness」WEBサイトに掲載されています。その他の論文はこちら Click "Arterial Stiffness" web site for more articles. 図 2 ● PWV と中心血圧は上腕血圧より良好に予後を反映する(A:Guerin AP, et al. Circulation 2001 ; 103 : 987 -92 .、B:Williams B, et al. Circulation 2006 ;113 : 1213 -25 . より引用) A Guerin らの検討 B ASCOT-CAFE 研究より 1.00 収縮期血圧 末梢血圧 140 Diff Mean(AUC)=0.7(−0.4∼1.7)mmHg 135 (mmHg) 累積生存率 0.75 130 125 0.50 120 0.25 中心血圧 Diff Mean(AUC)=4.3(3.3∼5.4)mmHg 115 0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5 4 4.5 5 5.5 6 追跡期間(年) 0.00 0 35 70 105 140 100 91 82 77 76 50 32 18 16 15 β遮断薬+利尿薬群の末梢血圧変化 Ca 拮抗薬+ACE 阻害薬群の末梢血圧変化 β遮断薬+利尿薬群の中心血圧変化 Ca 拮抗薬+ACE 阻害薬群の中心血圧変化 脈圧 追跡期間(月) PWV 増加なし PWV 増加あり 15 Diff Mean(AUC)=−3.6(−4∼−3.3)mmHg 14 (mmHg) 13 12 11 10 9 8 7 6 0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5 4 4.5 5 5.5 6 追跡期間(年) β遮断薬+利尿薬群 86 243 324 356 445 372 462 270 339 128 85 Ca 拮抗薬+ACE 阻害薬群 88 248 329 369 475 406 508 278 390 126 101 Ca 拮抗薬+ACE 阻害薬群の脈圧変化 β遮断薬+利尿薬群の脈圧変化 かにはβ遮断薬を第一選択薬として用いるべき高心拍出 用を有する薬剤であり、PWV の低下が得られた機序も降 量の患者が少なくない。エビデンスの一面だけをみてβ 圧を介したものと考えられる。しかし、PWV の上昇、す 遮断薬を不当に忌避することなく、適切な薬剤選択を心 なわち arterial stiffness の亢進をもたらす危険因子は血圧 がけるべきであろう。 だけではない。近年では、そうした血圧以外の因子を修 降圧を介さずにarterial stiffness を 改善する薬物療法の展望 これまで述べてきた薬剤はいずれも中心血圧の低下作 24 飾することにより、降圧を介さずに PWV の低下を図る戦 略も模索されている。 例えば、炎症マーカーである C 反応性蛋白(CRP) は、さ まざまな心血管危険因子と密接に相関することが知られ この論文は、「Arterial Stiffness」WEBサイトに掲載されています。その他の論文はこちら Click "Arterial Stiffness" web site for more articles. 招待講演 図 3 ● 中心血圧・PWV に対するアテノロールと nebivolol の作用の比較(Mahmud A, et al. Am J Hypertens 2008 ; 21 : 663 -7 . より 引用) 110 130 120 110 100 100 200 400 600 800 1,000 (msec) アテノロール 50mg 投与 4 週後 (mmHg) 110 100 90 80 SP 110 DP 71 MP 85 PP 39 0 200 400 600 800 1,000 (msec) アテノロール 50mg 投与 4 週後 SP 106 DP 71 MP 85 PP 35 110 100 90 80 70 70 0 200 400 600 800 1,000 (msec) nebivolol 5mg 投与 4 週後 110 (mmHg) (mmHg) 0 100 90 SP 109 DP 70 MP 83 PP 39 0 200 400 600 800 1,000 (msec) SP 98 DP 70 MP 83 PP 28 110 100 90 80 70 70 200 400 600 800 1,000 (msec) 10 0 200 400 600 800 1,000 (msec) アテノロール 50mg 投与 4 週後 nebivolol 5mg 投与 4 週後投与 p<0.01 5 0 −5 −10 nebivolol 5mg 投与 4 週後 80 0 5.0 2.5 0.0 −2.5 −5.0 −7.5 −10.0 AI 変化率(%) 120 p<0.01 140 中心血圧脈圧の増幅(mmHg) 130 投与前 SP 140 DP 97 MP 119 PP 43 (mmHg) (mmHg) 140 SP 142 DP 96 MP 119 PP 46 C AI、中心血圧脈圧、PWV の変化 (mmHg) 投与前 B 中心血圧波形の変化 PWV 低下(m/sec) A 末梢血圧波形の変化 nebivolol 5mg 投与 4 週後 アテノロール 50mg 投与 4 週後 2.5 ns 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 アテノロール 50mg 投与 4 週後 nebivolol 5mg 投与 4 週後 ているが、その上昇は PWV の上昇とも強力に相関してい また、同じく PWV と高い正の相関をもつことが明らか ることが報告されている。また、 「善玉サイトカイン」と にされている終末糖化産物(AGE)については、数年前よ して知られるアディポネクチン値と PWV の間には負の相 りその生成を阻害する薬剤の開発が進められている。こ 関が、Ⅰ型コラーゲン分解と PWV の間には正の相関があ の試みが成功すれば、われわれは降圧を介さずに血管性 ることもわかっており、CRP 低下薬やアディポネクチン 状を直接修飾する初めての薬剤を手にすることになるだ 増加薬、Ⅰ型コラーゲン分解抑制薬などが PWV 改善をも ろう。 たらす候補薬剤としてあがっている。 25
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