なつかしさを伴うエピソード記憶想起と未来思考 ○川口潤・仙田恵・伊藤友一 (名古屋大学環境学研究科・心理学講座) キーワード:なつかしさ,エピソード記憶,未来思考 The relationship between remembering of episodic memory with nostalgia and episodic future thinking Jun KAWAGUCHI, Megumi SENDA and Yuichi ITO (Department of Psychology, Graduate School of Environmental Studies, Nagoya Univ.) Key Words: nostalgia, episodic memory, episodic future thinking 目 的 過去の体験の記憶であるエピソード記憶の想起は,再体験 感を伴うことが重要な特徴であり,そのような想起意識は autonoetic consciousness,あるいはメンタルタイムトラベル (mental time travel)と呼ばれる(Tulving, 2005)。一方,近年,エ ピソード記憶が未来の出来事の詳細なプランニングを行うこ との基礎になっていることが示されている(e.g., Szpunar, 2010)。さて,このような強い再体験感をともなって過去の出 来事を思い出す最も代表的な状況として,なつかしさ (nostalgia)をともなった想起がある(川口, 2014)。このような 状態では,当時の出来事の詳細が思い出され,メンタルタイ ムトラベルの典型的な事態であると考えられる。 そこで本研究では,なつかしさを伴うエピソード記憶の想 起意識状態の特徴を明らかにするとともに,未来思考への影 響に違いがあるかどうかを検討した。 方 法 参加者はなつかしさを感じるあるいは感じない過去の出来 事の想起を求められた後,その出来事の想起に関する質問紙 に答えた。続いて,未来におこりそうな出来事の想像および 質問紙に答えた。 参加者 大学生 116 名(なつかしさ喚起条件 50 名(男性 7 名,女性 43 名),過去想起条件 66 名(男性 21 名,女性 45 名)).平均年齢 20.95 歳(SD=2.681) 質問紙 表 1.今の気分や状態についての質 Wildschut et al. (2006) , 問:7 段階評定(非常に強く感じて D’Argembeau,A. & Van いたら 7,まったく感じていなけれ der Linden,M. (2006) の ば 1)。以下は過去の出来事を聞く場 合であり,未来の出来事について聞 項目を参考に,視覚的詳 く場合は,文章表現をそれに合わせ 細さ,自己との関連など るように変更した。 を問う質問項目を用意 1 今,なつかしい気分がしている 2 当時の出来事を再体験している した(表 1). ような気分がしている 課題 以下の順序で課 3 視覚的イメージが鮮明だ 題を実施した。 4 聴覚的イメージが鮮明だ 5 においや食感が鮮明だ 1)自分の過去の出来事 D'Argembeau, A., & Van der Linden, M. (2006). Consciousness and Cognition, 15, 342–350. 川口潤 (2014) 人はなぜなつかしさを感じるのか. 楠見孝(編) 日心 叢書2:なつかしさの心理学. 誠信書房. Szpunar, K. K. (2010). Perspectives on Psychological Science, 5, 142–162. Tulving, E. (2005). In H. S. Terrace & J. Metcalfe (Eds.), The missing link in cognition: Origins of self-reflective consciousness. Oxford UP Wildschut, T., Sedikides, C., Arndt, J., & Routledge, C. (2006). Journal of Personality and Social Psychology, 91, 975–993. 7 Mean rating score of past events 6 その出来事がどこで起こったか がはっきりわかる 7 ものの位置がはっきりわかる 8 人の位置がはっきりわかる 9 一日の何時頃の出来事かがはっ きりわかる 10 これまでに何度も思い出した ことがある 11 思い出したとおりに実際の出 来事が起こっていたと思う 12 楽しい気分がする 13 悲しい気分がする 14 この出来事は私にとって重要 だと感じる 15 他の人から愛されている,守ら れている感じがする 16 自分の価値を高めるような出 来事だと感じる の想起: 参加者は過去の出来事を一つ思い出すことを求めら れた.その際,なつかしさ喚起の有無について以下の 2 群を 設けた。a)なつかしさ喚起群: 「過去の出来事の中で,最も なつかしいと感じる出来事を思い浮かべてください」という 教示を行った。b)過去想起群: 「あなたの過去の出来事で, 先週起こった日常の出来事を一つ思い浮かべてください」と いう教示を行った。 2)過去の出来事の自由記述,3)質問項 目への回答,4)未来の出来事の想像:参加者は未来(1 年以 内)におこりそうな出来事の想像を求められた。5)自由記述, 6)質問項目への回答。 結 果 と 考 察 過去想起に関する質問回答について(表 1),なつかしさ強度 (項目 1),もの・人物の位置などの知覚情報(7,8,10), 楽しい気分(12),自己に関する項目群(14〜16)でなつかし さ喚起条件の値が高かった(p<.05)。因子分析の結果 6 因子が 得られ(説明率 67.9%),そのうち自己の価値(14 など),再体 験感(2 など),なつかしさ強度(1 など)に関する因子で 2 群の 差がみられた。未来の出来事の想像段階での質問紙分析を行 ったところ,なつかしさ喚起項目評定値になつかしさ喚起条 件(1.78)と過去想起条件(1.46)に差がみられず,また他の質問 項目でも有意な差はみられなかった。これは,なつかしさ喚 起後,未来の出来事を想像している間になつかしさ感情が低 下していたことが考えられ,今後,なつかしさ喚起手法を改 善し,なつかしさの未来予測への影響を検討する必要がある。 引用文献 6 5 4 3 2 1 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 図 1 なつかしさ喚起,過去想起群別の想起状態に関する各質問項目の平均評定値 Correspondence to Jun Kawaguchi (kawaguchijun@nagoya-u.jp)
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