大阪市立科学館研究報告 25, 15 - 18 (2015) グッドイヤーの硬化ゴムに関する特許について 有 紀 子* 岳 川 概 要 天然 ゴムに硫 黄 を混 ぜてゴムを硬 化 させ特 許を取得 したチャールズ・グッドイヤーは、硬化 ゴムを含 むさ まざまな特許 を取 得 している。その中 から、硬化 ゴム「エボナイト」に関する特 許とその内容について まとめ る。 1.はじめに 筆者が担当している展 示 場 3階「プラスチック」コーナ という商 標 もある。展 示 資 料 の一 部 は図 2~5のとおり である。 ーでは、「半 合 成 プラスチック」として、セルロイド、エボ ナイト、カゼイン樹 脂の資 料 を展 示、解 説 している。 半 合 成 プラスチックとは、天 然 の高 分 子 材 料 に 化 学 薬 品 を 作 用 させ、プラスチックのような材 料 にしたもの をいう。セルロイドは、1869年 に誕 生 した半 合 成 プラス チックで、木 綿 由 来 のセルロースに硝 酸 と樟 脳 を作 用 させた材料で、合 成 プラスチックが誕 生 する以 前 、広く 使 われていた。カゼイン樹 脂 は、1876 年 に誕 生 し、牛 乳 などに含 まれるタンパク質 のカゼインにホルマリンを 加えて化学反応させた材 料 である。 エボナイトは、天 然のゴムから作られる。ゴムに硫黄を 図2.「半 合 成プラスチック」の展 示 加 えると(加 硫 )、化 学 反 応 が起 こり弾 力 が 増 す。さら に硫黄を大量に加 えてその割 合 を30%以 上 にすると、 硬く固まりプラスチックのようになる。もともと黒 いので着 色 はできず、熱 に比 較 的 強 い。エボナイトは、アメリカ のグッドイヤーが特 許を取 得 しており、ヴォルカナイトと 図3.エボナイト製ネックレス。1920年 頃、フランス製。 図1.「プラスチック」コーナー(一 部) * 大 阪 市 立 科 学 館 学 芸 員 /中 之 島 科 学 研 究 所 研 究 員 takegawa@sci-museum.jp 図4.フランス CHACOM社 製 。吸 口がエボナイト。 岳川 有紀子 は実 験 でゴムに硫 黄 を混 ぜ、それを加 熱 した(資 料 に よっては、誤 ってストーブに接 触 させたのだという)。加 熱 されたゴムは溶 解 せずに 革 のように 焼 け焦 げ、周 り に 乾 燥 した 弾 力 のあ る 褐 色 の 物 質 が 残 った 。彼 は 硫 黄 がゴムに耐 熱 性 を持 たせることを知 った。』『実 験 の 末 、彼 は 華 氏 約 270度 を 維 持 し、4 ~6 時 間 蒸 気 で圧 力 をかけた際 に一 定 の結 果 を得 られることを発 見 し 図 5.エボナイト製 の手 軽 な摩 擦 静 電 気 の実 験 道 具 。 別 の素 材と擦ると静 電 気を発 生 。現 代の理 科 実 験 用 具。 た。』 ※2 『1839年 アメリカのチャールズ・グッドイヤーにより生ゴ ムに硫黄を加えることで弾 性 や強 度を飛躍的に向上さ せ る 加 硫 工 程 ( US Patent No. 3,633 on June 15, 1844)が発 見され、1843年にイギリスのトーマス・ハンコ 図6.エボナイト製 万 年 筆 1923 年 頃 、 ア メ リ カ ックThomas Hancockにより、反応の仕組みが解明され ました。』 ※3 CONKLIN社 製。 といった 具 体 的 な時 期 や実 験 方 法 が 書 か れ ているも 2.チャールズ・グッドイヤーの業 績 のも少なくない。 アメリカの発 明 家 、チャールズ・グッドイヤー(Charles それでは、ということで、グッドイヤーの特 許 書 類 を調 Goodyear, 1800年 -1860年 )は、ゴムの加 硫 法 を発 明 べてみると、特許の数が多く、また、そうした記 述をスム した人 物 として知 られている。ただ、それらの加 硫 法 の ーズに 見 つけることも できず、 上 記 の 記 述 の 元 ネタは 特 許 について数 多 くの裁 判 が起 こり、グッドイヤーも渦 いったいどこにあるのか、よくわからなかった。 中 の 人 であった。つまり その頃 、同 じような研 究 をして いた化 学 者 や発 明 家 は、グッドイヤー以 外 にも何 人 も いたということである。 そうしたとき、チャールズ・グッドイヤーの特 許 を集 め た論文に出会った。 ※4 本 稿では、その論 文 で挙 げられているグッドイヤーの 特 許 書 類 において、上 記 の 「よく紹 介 されていること」 を検証した。 3.チャールズ・グッドイヤーの特許 その論 文 によると、チャールズ・グッドイヤーは、28の 特 許 をアメリカで取得 している。ただし、1836年にアメリ カ特 許 庁 で火災 が起こり、それまでのすべての特 許 書 類を消 失した。グッドイヤーの特 許も2件はリカバリでき、 6件はタイトルが判明したが、いくつかの特許書 類が復 図7.チャールズ・グッドイヤーの肖像画。(出典 元 で き な い で い る 。 28 の 特 許 の う ち 、 タ イ ト ル に ゴ ム Wikipedia) (gum, elastic, rubber, caoutchuc)が含 まれている 特 許は21件だった(表1)。 天 然 ゴムの 加 硫 法 に つ いて は 、 化 学 反 応 上 、また 高 分 子 化 学 の発 展 において重 要 なターニングポイント 表1.グッドイヤーに交 付 された特 許(一 部 抜 粋 ) であるため、書 籍 やインターネットで取 り上 げられること patent No. Date issued が多い。 849 1838/7/24 そうした解説の中では、 Improvement in the manufacture of gum-elastic shoes 『1839年 に加 硫 法 を発 明 。ある日 、誤 ってラテックス 弾 性ゴム靴の製 造における改 良 と硫黄の混合物を熱 いストーブの上にこぼしてしまいま 1090 した。それを削 り落 とし、さめるまで放 置 しておきました。 Improvement in the mode of preparing caoutchouc そのときその物質 がもはやべたつくこともなく、伸ばした with sulfur for the manufacture of various articles. りねじったりしてもすぐにもとの形 にもどり、 低 温 でも弾 さまざまな製 品 を製 造 するための、天 然 ゴムと硫 黄 の調 力を失 わず、高 温 でも固 体 のままで、化 学 薬 品 にも強 合 方 法の改 良 いことを発見しました』 ※1 『重 要 な発 見 は1839年 の冬 になされた。グッドイヤー 1839/2/24 グッドイヤーの硬化ゴムに関する特許について 3461 1844/3/9 表2.特 許 No.1090におけるキーワードの有無 下線のキーワード India rubber fabric 天 然ゴム素 材 記述 1839年 ○ ゴムに硫黄を混ぜ、それを加熱 ○ Improvement in India rubber fabrics ストーブに接触 × 天 然ゴム素 材の改 良 弾力のある物質 × 3633 化学薬品に強い × Improvement in India rubber fabrics 耐熱性 × 天 然ゴム素 材の改 良 華 氏 約270度 × 3633 3462 1844/3/9 1844/6/15 1849/12/25 4~6時 間 蒸気で圧力 × Process for the manufacture of India rubber 強度 × 天 然ゴムの製 造 過 程 No. 3,633 × 3633 1849/12/25 Felting India rubber with cotton fiber は書 かれているが、それ以 外 のキーワードは記 述 がな 木 綿 繊 維を添 加した天 然ゴムのフェルト化 かった。 3633 1860/11/20 Improvement in the manufacture caoutchouc. 天 然ゴム製 造における改 良 3633 1860/11/20 Improvement in the preparing caoutchouc 天 然ゴムの調 合における改 善 3-2.1844年(No.3633)の特許 前 述 の『加 硫 工 程 (US Patent No. 3,633 on June 15, 1844)が発見』の記述にしたがって、該当する特 許 No.3633を調べた(図9)。 特 許 No.3633は2ページで構 成されている。2章 で紹 介 したよくある解 説 のキーワード(下 線 )について記 述 3-1.1839年(No.1090)の特 許 前 述 の『重 要 な発 見 は1839年 』という記 述 にしたが って、該当する特 許No.1090を調べた(図8)。 を調べると、表3の結果となった。 特 許 No.1090と比 較 して、加 熱 する際 の 温 度 が 記 さ れており、強 度 のある素 材 ができることが書 かれている。 特 許 No.1090 は 1 ペ ー ジ で 構 成 さ れ ている 。 2 章 で また、1839年に取 得した特 許 No.1090を参 照する内 容 紹 介 したよくある解 説 のキーワード(下 線 )について記 も書 かれている。しかし、それ以 外 のキーワードについ 述を調べた(表2)。 ては記述がなかった。 その結果、1839年 の特 許 No.1090では、ゴムに硫黄 を加 えて、熱 したシリンダー を使 って加 熱 していること 図9.1844年6月15日に交 付 された特 許 No.3633の1ペー ジ目。 図8.1839年2月24に交付 された特 許 No.1090。 岳川 有紀子 ATIONAL CONTRIBUTIONS TO THE RUBBER 表3.特 許 No.3633のキーワードの有 無 記述 INDUSTRY,Rubber Chemistry and Technology 1839年 ○ September 2010, Vol. 83, No. 3, pp. 303 -321 ゴムに硫黄を混ぜ、それを加 熱 ○ ストーブに接触 × 弾力のある物質 × 化学薬品に強い × 耐熱性 ○ 華 氏 約270度 ○ 4~6時 間 蒸 気で圧 力 × 強度 ○ No. 3,633 ○ 下線 のキーワード 以上のように、今 回の調 査 では、グッドイヤーの加硫 法の紹 介の中でキーワードとしてよく見 る記 述 は、少 な くとも、グッドイヤーのよく知 られた2件 の特 許 だけでは、 加 硫 化 の具 体 的 な方 法 や、加 硫 ゴムの特 性 などは理 解できないという結 論となった。 これらのキーワードは、どこに書 かれているのだろう か。グ ッド イヤーの 他 の 特 許 のほか に 、 論 文 や手 紙 、 日記などで記録しているとも考えられるので、今 後は範 囲を広げて調査を進めたいと考えている。 5.おわりに タイヤでよく知られているグッドイヤーという名 前 の会 社 のおかげで、実 際 にはタイヤメーカーのグッドイヤー は、チャールズ・グッドイヤーとは関 係 がないのだが、グ ッドイヤーという名 前 とゴムとがつながって連 想 する人 は少なくないと思う。 展示「半合成プラスチック」の充 実をはかるため、より 詳 しい解 説 が できるように 、文 献 の 調 査 に ついても 進 めていきたい。 参考文 献 1)ハーマン・F・マーク著 、野 口 達 弥 翻 訳 監 修 ,「高 分 子のはなし」,昭和47年(4版)発 行 2) ウ ィ キ ペ デ ィ ア 「 チ ャ ー ル ズ ・ グ ッ ド イ ヤ ー 」 , http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3 %E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%8 2%B0%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%A4%E 3%83%BC 3)ホームページ「電 気の歴 史 イラスト館 プラスチック以 前の絶縁物」,http://www.geocities.jp/ hiroyuki062 0785/zairyou/plastichistorypuri.htm 4)Jo Ann Calzonetti Christopher J. Laursen, PATENTS OF CHARLES GOODYEAR: HIS INTERN
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