新卒看護師の職業コミットメント 入職前後の 変動

The Journal of the Japan Academy of Nursing Administration and Policies Vol. 16, No. 1, PP 5-12, 2012
原著
新卒看護師の職業コミットメント─入職前後の
変動ならびに職業継続意欲との関連性─
Occupational Commitment among New Graduate Nurses: The Trends before and after
Employment, and the Relationship between the Willingness to Continue Nursing Profession
竹内朋子
1)
戸ヶ里泰典
2)
佐々木美奈子
3)
真田弘美
4)
Tomoko Takeuchi1) Taisuke Togari2) Minako Sasaki3) Hiromi Sanada1)
Key words : new graduate nurses, occupational commitment, willingness to continue nursing profession, longitudinal study
キーワード:新卒看護師,職業コミットメント,職業継続意欲,縦断研究
Abstract
The purpose of this study was to describe the trends in occupational commitment before and after
employment, and to examine the relationship between intentions to continue nursing profession. A longitudinal study with self-administered questionnaire survey was conducted. T1 was prior to employment,
T2 was three months and T3 was one year after employment. Data from 138 new graduate nurses for
whom no data were missing from T1 to T3 were analyzed. Affective commitment decreased from T1 to
T2 (p < .001), and increased form T2 to T3 (p < .001). Continuance commitment increased from T1 to
T2 (p < .001) and form T2 to T3 (p = .012). Normative commitment stayed flat from T1 to T2, and
decreased form T2 to T3 (p < .001). Not only all the three dimensions of occupational commitment, but
also were the increase of affective commitment (p < .001) and continuance commitment (p = .012) were
significantly correlated with the willingness to continue nursing profession of T3. This study suggests
the need of nursing organizations to consider with the condition and the conception of occupational commitment to support new graduate nurses.
要 旨
本研究は,3つの下位概念から構成される新卒看護師の職業コミットメントの入職前後にお
ける変動を記述すること,新卒看護師の職業コミットメントと職業継続意欲との関連性を明ら
かにすることを目的とした.新卒看護師138名を対象とし,入職前(T1)
,入職後3ヶ月(T2),
入職後1年(T3)の3時点における縦断調査を実施した結果,以下の2点が明らかになった.
第一に,情緒的職業コミットメントは T1から T2にかけて低下し(p < .001),T2から T3へ
かけて上昇した(p < .001).計算的職業コミットメントは T1から T2にかけて(p < .001),
T2から T3へかけて(p=.012)それぞれ有意に上昇した.規範的職業コミットメントは T1か
ら T2にかけては有意な変動はみられず,T2から T3へかけて低下した(p < .001).第二に,
T3の職業継続意欲には,T3の情緒的職業コミットメント(p < .001)
,T3の計算的職業コミッ
トメント(p=.010),T3の規範的職業コミットメント(p=.045)が関連した.さらに,情緒
的職業コミットメントの T1から T2(p=.001),T2から T3(< .001)への上昇,計算的職業
コミットメントの T2から T3への上昇(p=.022)もまた有意な関連性を示した.以上のこと
から,新卒看護師支援に際して,職業コミットメントの一時点の状態だけではなく,入職前後
における形成状況を考慮する重要性が示唆された.
受付日:2011年8月25日 受理日:2012年3月10日
1) 横浜市立大学 医学部 Yokohama City University
2) 放送大学 教養学部 The Open University of Japan
3) 東京医療保健大学 医療保健学部 Tokyo Health Care University
4) 東京大学大学院 医学系研究科 Tokyo University Graduate School of Medicine
日看管会誌 Vol. 16, No. 1, 2012
5
Ⅰ.はじめに
ら,働く意欲との関連性をより詳細に示すために
は,職業コミットメントの入職前後の変動が及ぼす
内発的動機づけの一形態にコミットメントがあ
影響を考慮した検討が必要と考えられる.
る.コミットメントは,賞与や賞罰のような外発的
したがって本研究は,第一に新卒看護師の職業コ
動機づけと比較して,労働者のモチベーション管理
ミットメントの入職前後における変動を記述するこ
戦略としてより長期的で本質的な効果があるとされ
と,第二に新卒看護師の職業コミットメントと職業
ている(野田,2007).労働者のコミットメントの
継続意欲との関連性について,職業コミットメント
対象は職業,組織,キャリアなど多岐に亘るが,
“専
の変動を含めて明らかにすること,そしてそれらの
門職に従事する者はそうでない者に比べて,職業そ
結果から医療機関における新卒看護師支援に関する
のものにコミットする傾向が強い(田尾,2002)”
示唆を得ることを目的とした.
ため,専門職である看護職においては,職業に対す
るコミットメント(以下職業コミットメント)が特
に重視されている.日本の30歳代の看護師を対象と
Ⅱ.研究方法
した研究(酒井ら,2004)では,専門性や心理的
well-being への影響は,組織コミットメントよりも
1.研究デザイン
職業コミットメントの方が大きいことが示されてい
本研究は入職前の時点をベースラインにした,3
る.また,職業コミットメントの高い看護師ほど離
時点の縦断研究デザインを採用した.
職意図が低いこと(Chang, et al., 2007; Cohen, 1997;
Meyer, et al., 1993),バーンアウトを起こしにくい
2.調査対象
こと(澤田,2009),研修会への参加や学術雑誌の
機縁法により調査協力の得られた首都圏の看護基
購読など専門的な活動の頻度が多いこと(Meyer,
礎教育機関の最終学年に2010年1月の時点で在籍
et al., 1993)が示されており,専門職である看護師
し,2010年4月から病院施設で看護師として勤務を
にとって職業コミットメントは特に重要なコミット
開始する予定の者を調査対象とした.
メントと言える.
職業コミットメントは職業体験の蓄積と共に形成
されていくとされている(Meyer, et al., 1993).看
1)入職前(以下 T1)の調査
護師の職業コミットメントは,基礎教育期間から形
2010年1月に,調査協力施設(2大学,2専門学
成され始め,新卒看護師として臨床に入職して以
校)の学生のうち,研究対象の条件に該当する者に
降,実際の職業体験を通じて継続的に形成・強化さ
対して研究の趣旨・方法の説明を行い,同意の得ら
れていくものであり,看護学生から看護師への移行
れた学生256名を対象に,紙媒体での無記名自己記
期間は職業コミットメントが大きく変動する時期と
入式質問紙調査を実施した.追跡調査が可能になる
考えられる.看護師の職業コミットメントの形成に
よう,入職後に質問紙を送付することの可能なパソ
ついて,これまでの先行研究の多くは,基礎教育機
コンまたは携帯電話アドレスを記入してもらい,そ
関に在学する時期に限定した検討(矢野ら,2006;
れを ID 化した.
矢野ら,2005)や,看護学生と看護師をそれぞれ横
断的に比較した検討(Meyer, et al., 1993)にとど
2)入職後3ヶ月(以下 T2),入職後1年(以下
T3)の調査
まっており,入職前後で職業コミットメントがどの
2010年6月,2011年3月に,T1の調査に参加し
ように変動するのか充分に検証されていない.
た204名を対象に,クローズ型ネットリサーチ法に
また新卒看護師の職業コミットメントは,職務満
よる無記名自己回答式アンケート調査をそれぞれ実
足や転職希望など,看護師として働く意欲に関連す
施した.質問票は T1の調査の際に記入されたアド
る重要な概念であることが示されている(吾妻ら,
レスに宛てて配信した.調査票の配信,回収はイン
2007).しかし,新卒看護師の職業コミットメント
ターネット調査専門業者に委託した.
は入職前後に大きく変動する可能性があることか
6
3.データ収集方法
日看管会誌 Vol. 16, No. 1, 2012
4.調査項目
1)個人の基本属性
尺度構成は,原版と同様の3つの下位概念(各6項
目:range 6-42)から成り,全18項目(range 18-126)
年齢,性別,最終学歴を尋ねた.なお対象者の負
を7件法で尋ねた.
担を軽減するため,T2以降変化しない性別,最終
なお,職業コミットメントは職業教育の段階から
学歴は T1でのみ尋ねた.
す で に 形 成 さ れ 始 め て お り, 原 作 者 ら の 研 究
2)仕事に関する基本属性
(Meyer, et al., 1993)においても看護大学の1年次
職業継続状況(同一施設・部署で看護職を継続中,
生と4年次生に対して原版の尺度を用いていること
勤務施設・所属部署を異動,退職,休職,看護職以
から,入職前の学生でも尺度への回答が可能と考
外に転職),勤務先の機能別病院分類(特定機能病
え,本研究でも T1から尋ねた.
院,地域医療支援病院,一般病院,診療所その他),
4)職業継続意欲
所属部署(病棟,外来,ER・OR・ICU などその他)
働く意欲の指標として,T3で「これからもでき
を尋ねた.なお,対象者は T1ではこれらの項目に
る限り看護職を続けたい」の質問項目に対して,
「と
該当しないため,T2以降でのみ尋ねた.また,職
てもよくあてはまる」から「全くあてはまらない」
業継続状況で「継続中」以外を選択した者には,そ
の間の7件法で尋ね,得点化した.
の時期と理由を尋ねる項目を用意した.
3)職業コミットメントの測定
5.分析方法
Meyer ら(1993)が開発し,カナダの看護師を
入職前後の職業コミットメントの変動を記述する
対象にした研究により信頼性の検証された“Occu-
ために,3つの下位概念ごとに,基本属性を共変量
pational Commitment Scale”を用いた.本研究で
とした一般線形モデルによる分散分析(反復測定)
の使用にあたって,原作者ならびに原作者の日本人
を行ない,その後 Bonferroni 法による多重比較を
研究協力者2名に使用許諾を得,英語圏への留学経
実施した.
験者を含む看護学研究者4名と医学系論文翻訳業者
また,職業コミットメントと職業継続意欲の関連
1名による日本語訳をもとに調査に使用する日本語
性を検討するために,T3の職業継続意図を従属変
統合訳を仮作した.さらに,日本語訳を作成した者
数とし,多重共線性を考慮した上で,T3の職業コ
とは別の,英語の原版を見ていない医学系論文翻訳
ミットメントの3つの下位概念と,3つの下位概念
業者1名に,仮作した日本語統合訳から英語への逆
の T1か ら T2へ の 変 動(T2と T1の 差 ) な ら び に
翻訳を依頼した.英語逆翻訳の内容について,原作
T2から T3への変動(T3と T2の差)を一括投入し
者と上記の2名の原作者の研究協力者によって原版
た重回帰分析を行なった.
との概念同一性の確認を得られたため,仮作であっ
解析には統計パッケージ SPSS 11.5 J for Windows
た日本語訳を最終版として使用した.
を使用し,有意水準は5%(両側)とした.
職業コミットメントは3つの下位概念から構成さ
れる(Meyer, et al., 1993).第一に,「看護師であ
6.倫理的配慮
ることに誇りを感じる」など,職業への情緒的な愛
本研究は著者および各調査対象機関の研究倫理委
着を表わす“情緒的職業コミットメント”,第二に,
員会からそれぞれ承認を得た上で実施した.対象者
「いま看護師以外の仕事に転職するとなると,色々
には,調査の趣旨と併せて,調査票は全て無記名で
な意味で損をするだろう」など,職業を換えること
あること,調査協力は任意であり,その可否が学業
に伴う損失を回避する意識に基づく“計算的職業コ
評価には全く影響しないことなどを充分説明した.
ミットメント”,そして第三に,「看護という職業へ
また,業務委託したインターネット調査業者とは厳
の忠誠心から仕事を続けている」など,職業への責
重な秘密保持規約を締結し,調査後はアドレスの一
任や義務感に由来する“規範的職業コミットメン
部を独自の原理で記号に変換した形で保存するな
ト”の3つである.職業コミットメントを多次元で
ど,データの取り扱いに際してアドレス情報が漏洩
捉えることにより,個人と職業の結びつきをより詳
しないよう,細心の注意を払った.3回の調査後,
細に理解できると考えられている.本研究で用いた
データクリーニングが終了した時点でアドレス情報
日看管会誌 Vol. 16, No. 1, 2012
7
は速やかに破棄した.
収数は181(回収率88.7%)
,T3の配布数は204に対
し回収数は142(回収率79.6%),T1から T2への追
跡率は88.7%,T1から T3への追跡率は69.6%であっ
Ⅲ.結 果
た.このうち3時点全てに有効回答であった138名
を分析対象とした.
1.回答状況および対象者の属性(表1)
対 象 者 の 平 均 年 齢 は T1で24.0±2.7歳, 女 性 が
T1で配布した調査票は256票に対し,回収数は
92.7%,大学卒者が52.2%,勤務先の機能別病院分
208票(回収率81.3%)
,T2の配布数は204に対し回
類は特定機能病院が最も多い71.1%,全ての対象者
表1 対象者の基本属性
1)
n=138
入職前(T1)
入職後3ヶ月(T2)
入職後1年(T3)
個人の基本属性
年齢
24.0(±2.7)
24.3(±2.9)
25.0(±2.8)
性別
女性
128(92.7)
―
―
男性
10(7.3)
―
―
大学
72(52.2)
―
―
専門学校
66(47.8)
―
―
最終学歴
仕事に関する基本属性
就業状況
看護職継続中
―
138(100.0)
138(100.0)
離職・休職・転職その他
―
0(0.0)
0(0.0)
特定機能病院
―
98(71.1)
98(71.1)
地域医療支援病院
―
22(15.9)
22(15.9)
18(13.0)
18(13.0)
―
0(0.0)
0(0.0)
病棟
―
138(100.0)
138(100.0)
外来、その他
―
0(0.0)
0(0.0)
―
―
機能別病院分類
一般病院
診療所
所属部署
職業継続意欲(range: 1-7)
4.9(±1.3)
1)表中の数値は n(%)または mean(± SD)
表2 新卒看護師の職業コミットメントの変動
n=138
平均値1)
SD
F値
p1)
入職前(T1)
30.8
±6.2
6.311
.002
入職後3ヶ月(T2)
27.3
±5.5
入職後1年(T3)
33.2
±6.1
入職前(T1)
27.3
±6.1 7.305
入職後3ヶ月(T2)
30.0
±6.2
入職後1年(T3)
32.1
±5.9
入職前(T1)
25.4
±5.8
入職後3ヶ月(T2)
26.3
±6.0
入職後1年(T3)
21.4
±5.9
p2)
情緒的職業コミットメント
< .001
< .001
< .001
計算的職業コミットメント
.001
< .001
< .001
.012
規範的職業コミットメント
8.014
.001
1)一般線形モデルによる分散分析(反復測定),共変量:年齢,性別,学歴
2)Bonferroni 法による多重比較
8
日看管会誌 Vol. 16, No. 1, 2012
.214
< .001
< .001
が病棟に所属しており,T3の職業継続意欲は4.9±
1.3であった.なお,本研究では離職・休職者など
(score)
35
も調査に参加できるようにデザインしていたが,分
30
析対象者は全て T3まで看護職を継続していた.
25
また,本研究で用いた職業コミットメント尺度の
20
Cronbach のα係数は,尺度全体で T1で .891,T2
15
で .835,T3で .833であった.下位概念ごとには,
10
情緒的職業コミットメントは T1で .825,T2で .836,
T3で .830,計算的職業コミットメントは T1で .798,
T2で .784,T3で .789,規範的職業コミットメント
は T1で .89,T2で .884,T3で .879であった.
2.新卒看護師の職業コミットメントの変動
1)情緒的職業コミットメントの変動(表2,図1)
(score)
35
±6.2,T2で27.3±5.5,T3で33.2±6.1で あ っ た(F
25
値=6.311,p=.002).多重比較の結果,T1から T2
20
にかけて有意に低下し(p < .001),T2から T3にか
15
けて有意に上昇しており(p < .001),T3の値は T1
10
よりも有意に高かった(p < .001).これらのことか
て入職前よりも高い水準にまで上昇することが示さ
T2
T3
T1
(入職前) (入職後3ヶ月)(入職後1年)
図1 情緒的職業コミットメントの変動
30
けて一度大きく落ち込むものの,入職後1年へかけ
<.001
<.001
1)一般線形モデル(反復測定),共変量:年齢,性別,学歴
2)Bonferroni法による多重比較(図中の数値はp値)
情緒的職業コミットメントの平均値は T1で30.8
ら,情緒的職業コミットメントは入職後3ヶ月にか
<.001
1)2)
<.001
<.012
<.001
T2
T3
T1
(入職前) (入職後3ヶ月)(入職後1年)
1)一般線形モデル(反復測定),共変量:年齢,性別,学歴
2)Bonferroni法による多重比較(図中の数値はp値)
図2 計算的職業コミットメントの変動
1)2)
れた.
2)計算的職業コミットメントの変動(表2,図2)
計算的職業コミットメントの平均値は T1で27.3
(score)
35
±6.1,T2で30.0±6.2,T3で32.1±5.9で あ っ た(F
30
値=7.035,p=.001).多重比較の結果,T1から T2
25
にかけて(p < .001),T2から T3へかけて(p=.012)
20
それぞれ有意に上昇し,T3の値は T1よりも有意に
15
高かった(p < .001).これらのことから,計算的職
10
業コミットメントは入職前から入職後1年へかけて
ほぼ直線状に上昇していくことが示された.
3)規範的職業コミットメントの変動(表2,図3)
規範的職業コミットメントの平均値は T1で25.4
<.001
.214
<.001
T2
T3
T1
(入職前) (入職後3ヶ月)(入職後1年)
1)一般線形モデル(反復測定),共変量:年齢,性別,学歴
2)Bonferroni法による多重比較(図中の数値はp値)
図3 規範的職業コミットメントの変動
1)2)
±5.8,T2で26.3±6.0,T3で21.4±5.9で あ っ た(F
値=8.014,p=.001).多重比較の結果,T1から T2
にかけては有意な変動はみられず(p=.214),T2か
3.新卒看護師の職業コミットメントと職業継続意
欲との関連性(表3)
ら T3へかけて有意に低下し(p < .001),T3の値は
T3の職業継続意欲に対して,T3の情緒的職業コ
T1よりも有意に低かった(p < .001).これらのこ
ミットメント(β=.561,p < .001)
,T3の計算的職
とから,規範的職業コミットメントは入職前から入
業コミットメント(β=.394,p=.010),T3の規範
職後1年へかけて徐々に低下していくことが示され
的職業コミットメント(β=.301,p=.045)と,
た.
T3の3つの下位概念全てが有意に関連していた.
日看管会誌 Vol. 16, No. 1, 2012
9
表3 新卒看護師の職業コミットメントと職業継続意欲
の関連 1)
n=138
づく過程で生じる現象と考えられている.
本研究でみられた結果もこのような先行研究の理
p
論を支持するものであり,情緒的職業コミットメン
.212
.098
トの入職後3ヶ月時点の大きな落ち込みは,入職
性別2)
−.102
.286
後,新卒看護師が職業上の様々な困難や,基礎教育
3)
−.092
.387
期間中には認識することのなかった,看護職の現実
T3情緒的職業コミットメント
.561
< .001
T3計算的職業コミットメント
.394
.010
T3規範的職業コミットメント
.301
.045
T1→ T2情緒的職業コミットメント4)
.513
.001
困難に対処でき,看護の楽しさややりがいを実感で
T1→ T2計算的職業コミットメント4)
.018
.490
きるようになるに伴い,情緒的職業コミットメント
T1→ T2規範的職業コミットメント
4)
.255
.078
は再び強化されていくものと考えられた.
T2→ T3情緒的職業コミットメント5)
.556
< .001
T2→ T3計算的職業コミットメント5)
.313
.022
T2→ T3規範的職業コミットメント5)
.132
.254
Adjusted R2 value
.488
β
年齢
学歴
1)従属変数:入職後1年(T3)の職業継続意欲
2)女性:1,男性:0
3)大学卒:1,専門学校卒:0
4)T2と T1の差,値がプラス方向に大きいほど T1から T2への上昇が大
きいことを表わす
5)T3と T2の差,値がプラス方向に大きいほど T2から T3への上昇が大
きいことを表わす
的な側面に直面することで生じる現象と考えられ
た.そして,入職後1年にかけて,徐々にこれらの
2)計算的職業コミットメントの変動
計算的職業コミットメントは,時間,経済,労力
など,職業に対する投資が累積されることによって
強化すると言われている(Meyer, et al., 1993).看
護学生を対象にした縦断研究では,使用した尺度構
成が原版とは一部異なるものの,3つの下位概念の
うち,計算的職業コミットメントだけは入学後の2
年間に一度も低下せずに推移していた(矢野ら,
2006).また,看護大学の1年次生と4年次生,平
さらに,T3の一時点における職業コミットメン
均年齢39.9歳の看護師を対象にした横断研究では,
トだけでなく,情緒的職業コミットメントの T1か
計算的職業コミットメントのスコアは看護師が最も
ら T2への上昇(β=.513,p=.001)と T2から T3
高く,さらに学生の計算的職業コミットメントは看
への上昇(β=.556,p < .001),計算的職業コミッ
護教育期間の長さと正の相関を示していた(Meyer,
トメントの T2から T3への上昇(β=.313,p=.022)
et al., 1993).
もまた,T3の職業継続意欲に対して有意な関連性
本研究においても,計算的職業コミットメントは
を示した.
入職前後でほぼ直線状に上昇しており,先行研究で
みられる傾向と一致していた.入職前は看護師の資
格を獲得するために,そして入職後は一人前の看護
Ⅳ.考 察
師として成熟するために,時間,経済,労力などの
様々な投資が継続的に必要であるため,新卒看護師
1.新卒看護師の職業コミットメントの変動
1)情緒的職業コミットメントの変動
看 護 大 学 の 学 生 を 対 象 に し た 研 究( 矢 野 ら,
2006)では,入学後の2年間で情緒的職業コミット
10
の計算的職業コミットメントは,入職前後の1年間
という短いキャリアの中でも経時的に形成されてい
くものと考えられた.
3)規範的職業コミットメントの変動
メントは経時的に低下しており,また,1年次生と
職業に対する義務感や責任感に由来する規範的職
4年次生を横断的に比較した研究(Meyer, et al.,
業コミットメントは,基礎教育期間の長さや臨床で
1993)でも,情緒的職業コミットメントのスコアは
のキャリアを経るにつれて低下する傾向が示されて
4年次生の方が低い傾向にあった.看護学生のこの
いる(Meyer, et al., 1993; 矢野ら,2006)
.これら
ような傾向は,学年が進むにつれて学習や実習の困
の先行研究は入職前後の断片的な知見ではあった
難さに直面し,看護の楽しさややりがいを充分に実
が,入職前後の変動を連続的に検討した本研究の結
感できていないためと考察されており,漠然と抱い
果から,これまで推察されてきた傾向が実証され
ていた職業像が,実践を通して現実的な職業像に近
た.
日看管会誌 Vol. 16, No. 1, 2012
「規範(norm)
」とは元来,文化社会的に付与さ
一方で規範的職業コミットメントのみは,新卒看
れる行動様式の準則を指す(森岡,1993)ことから,
護師の働く意欲に対して,過去からの変動は影響せ
規範的職業コミットメント自体は内発的動機づけの
ず,入職後1年の状態だけが関連することが明らか
一形態であるものの,情緒的職業コミットメントや
になった.情緒的職業コミットメントや計算的職業
計算的職業コミットメントと比べた場合,受動的な
コミットメントと比較して,責任感・義務感のよう
性質を帯びている.新卒看護師においても,職業経
な外的に付与される価値観に基づく規範的職業コ
験を蓄積し,職業に対する価値基準を主体的に設け
ミットメントは,内発的動機づけでありながらもよ
られるようになるにつれ,外的に決定される価値基
り受動的な性質が強く,働く意欲という主体的な意
準に依拠した性質を含む規範的職業コミットメント
思に対する関連性は短期的である可能性が考えられ
は,徐々に弱まっていくものと考えられた.
た.
3.新卒看護師の職業コミットメントと職業継続意
4.実践への示唆
欲との関連性
本研究の結果から,新卒看護師の働く意欲を向上
新卒看護師の職業継続意欲には,先行研究で示さ
させるために,職業コミットメントの形成を促進す
れてきた職業コミットメントの3つの下位概念の一
る働きかけが有効である可能性が示唆された.特
時 点 の 高 さ(Chang, et al., 2007; Meyer, et al.,
に,職業継続意欲との関連が強い情緒的職業コミッ
1993)だけでなく,その時点に至るまでの変動もま
トメントは,入職後1年の時点に高い状態であるこ
た関連することが明らかになった.新卒看護師支援
とはもちろんであるが,その時点に至るまでにいか
に際しては,職業コミットメントの一時点の状態だ
に強化されるかも重要である.情緒的職業コミット
けではなく,入職前後の変動,つまり職業コミット
メントは入職後3ヶ月で有意に低下する傾向を考慮
メントの形成状況を考慮する必要があると言える.
すると,看護管理者は第一にこの時点の低下を極力
特に情緒的職業コミットメントの関連性は強く,
緩和させること,第二に入職後1年へ向けて充分に
入職前から入職後3ヶ月へかけての変動が,入職後
再強化するよう介入していくことが必要と考えられ
1年の職業継続意欲にまで関連することが明らかに
る.情緒的職業コミットメントの形成に関する実証
なったことから,入職後の卒後教育において,情緒
研究は報告されておらず,本研究の結果からも具体
的職業コミットメントの形成・強化を促進する支援
的な介入施策までは明らかにならないが,現在多く
の必要性が高いと考えられた.看護を楽しめる,あ
の医療機関で実施されている新卒看護師対象の知識
るいは看護職に誇りを感じられるような情操教育
や技術研修等に加え,新卒看護師が看護という職業
は,専ら基礎教育機関でのみ行なわれているが,情
の意義を振り返り,看護職への思いを再認識できる
緒的職業コミットメントの低下しやすい入職後も,
ような機会を設けることも有効と考えられる.
引き続き卒後教育の一部に取り入れることにより職
業への愛着の促進に役立つと考えられる.
5.本研究の限界と今後の課題
また計算的職業コミットメントも,入職後3ヶ月
本研究はサンプルサイズが比較的小さく,対象者
から1年へかけての上昇が職業継続意欲に関連して
全員が病棟に所属していた.また,退職者,休職者
おり,過去からの投資の累積によって決定されるコ
などの参加も可能な調査デザインであったものの,
ミットメント形態の特徴を反映していた.計算的職
実際の調査参加者は全て入職後1年間就労を継続し
業コミットメントは,職業継続のモチベーションと
ていたことなど,対象者の偏りの点においていくつ
しては一見消極的な印象でもあるが,特に専門職に
かの限界があり,結果の一般化に注意を要する.今
おいては,職業人として大成するためにより多くの
後は退職者も含めてサンプリングの範囲を拡大し,
時間,労力,経済的投資を必要とするため,職業継
今日の日本の新卒看護師の実態により即した知見を
続意欲と職業コミットメントは相互的な関係にあ
獲得していくことが望ましい.また,本研究では職
り,新卒看護師にとっても重要なコミットメント形
業継続意欲の指標に独自に作成した項目を用いてお
態のひとつと考えられる.
り,調査項目の妥当性が不明瞭であり,また他の研
日看管会誌 Vol. 16, No. 1, 2012
11
究結果との照合が困難である.看護職の職業継続意
理学会で口演発表した.
欲を適切に測定できる尺度を用いた上で,結果の一
般化を検討する必要がある.
■引用文献
Ⅴ.結 論
新卒看護師の職業コミットメントについて,入職
前,入職後3ヶ月,入職後1年の3時点における縦
断調査を実施した結果,以下の2点が明らかになっ
た.
1)新卒看護師の職業コミットメントは,3つの下
位概念ごとにそれぞれ異なる変動を示した.情緒
的職業コミットメントは,入職後3ヶ月にかけて
一度大きく落ち込むものの,入職後1年へかけて
入職前よりも高い水準にまで上昇した.計算的職
業コミットメントは,入職前から入職後1年へか
けてほぼ直線状に上昇した.規範的職業コミット
メントは,入職前から入職後1年へかけて徐々に
低下した.
2)新卒看護師の職業継続意欲には,職業コミット
メントの3つの下位概念の入職後1年時点の高さ
だけでなく,その時点に至るまでの変動もまた関
連した.
以上から,新卒看護師支援に際して,職業コミッ
トメントの一時点の状態だけではなく,入職前にお
ける職業コミットメントの形成状況を考慮する必要
性が示唆された.特に新卒看護師の働く意欲との関
連性の高い情緒的職業コミットメントについて,卒
後教育において形成を促進する支援の重要性が示唆
された.
謝辞:3回に及ぶ調査にご協力いただいた対象者の
皆様および各教育施設の研究担当の先生方に厚くお
礼申し上げます.
なお,本研究は平成21年度文部科学省科学研究費
基盤研究(A)
(課題番号21243033)の一部として
行なわれた.また,結果の一部を第15回日本看護管
12
日看管会誌 Vol. 16, No. 1, 2012
吾妻知美,鈴木英子(2007).大学病院に勤務する新卒看護師の
職業コミットメントに影響する要因:日本看護管理学会誌,
11(1),30-40.
Chang, H. T., Chi, N. W., Miao, M. C.(2007). Testing the relationship between three-component organizational/
occupational commitment and organizational/occupational
turnover intention using non-recursive model: Journal of
Vocational Behavior, 70, 352-368.
Cohen, A.(1998)
. An examination of relationship between work
commitment and work outcomes among hospital nurses:
Scandinavian Journal of Management, 1(2),1-17.
Meyer, J. P., Allen, N. J., Smith, C. A.(1993). Commitment to
organizations and occupations: extension and test of a
three-component conceptualizations: Journal of Applied
Psychology, 78(4),538-551.
森岡清美(1993)/山根常夫,森岡清美,本間康平,他編,.社
会と人間:テキストブック社会学(1):有斐閣,東京.
野田稔(2007).内発的動機づけと外発的動機づけ:組織論再入
門:ダイヤモンド社,東京.
酒井淳子,矢野紀子,羽田野花美,他(2004)
.30歳代女性看護
師の専門性と心理的 well-being:組織コミットメントおよび
職業コミットメントのタイプによる検討:愛媛県立医療技
術大学紀要,1(1),9-15.
澤田忠幸(2009).看護師の職業・組織コミットメントと専門職
者行動,バーンアウトとの関連性:心理学研究,80(2),
131-137.
田尾雅夫(2002).プロフェッショナリズム:組織の心理学:有
斐閣,東京.
矢野紀子,羽田野花美,酒井淳子,他(2006).看護大学生の職
業コミットメント:入学後2年間における経時的変化:愛
媛県立医療技術大学紀要,3(1),59-66.
矢野紀子,羽田野花美,酒井淳子,他(2005).看護大学生の職
業コミットメントと特性的自己効力感 最終学年の一年間
の経時変化に注目して:日本看護学会論文集:看護教育,
36,260-262.
責任著者 竹内朋子
横浜市立大学医学部看護学科
〒236−0004 神奈川県横浜市金沢区福浦 3−9
E-mail takeuchi@yokohama-cu.ac.jp
Correspondence: Tomoko Takeuchi
Yokohama City University, School of Medicine
College of Nursing, Department of Fundamental Nursing
3-9, Fukuura, Kanazawa-ku, Yokohama, Kanagawa 236-0004
Japan