DIST.NO.2530 創立 1951.1.1 承認 1951.3.23 登録番号 7734 福島ロータリー・クラブ WEEKLY REPORT http://www.fukushima-rotary.com/ E-mail:f-rotary@guitar.ocn.ne.jp 例会日■2011年9月1日 (木) 会場■ホテル[辰巳屋]8F 開会点鐘■12:30 第 9 回 会長挨拶 2011∼12年度 会長 後藤 忠久 本日は、今週 29 日月曜日 にご逝去されました、村井千 昭会員についてお話し申し上 げたいと思います。 私は、村井先生をロータリー・クラブに入会する以前 より存じ上げておりました。私の子供三人が、村井先生が 開業されておりました「柳町小児科医院」にお世話になっ ておりました。当時から先生の印象は、常に笑顔を絶やさ ない方で、やさしく子供たちに接してくださり、子供たち も安心して先生に診て頂いていた記憶があります。 09 2011-12 Vol. 本日のプログラム 「故 村井千昭会員を偲んで」 スピーチ 茂田士郎 会員、加藤桂一郎 会員、阿久津肇 PG 開会点鐘 後藤忠久 会長 ロータリー・ソング「奉仕の理想」 ソングリーダー 時任淳信 会員 SONG LEADER 4 つのテスト唱和 職業奉仕小委員会 古俣 猛 委員 お客様並びに来訪ロータリアン紹介 会長挨拶 また、積極的に町内会活動にも参加され、秋の福島稲 荷神社の例大祭の折には、柳町の山車の先頭を歩いてお られた思い出があります。 村井先生は、昭和 3 年のお生まれで、昭和 35 年に福島 県立医科大学をご卒業されておられます。昭和 52 年に 黙 祷 は、福島市内柳町に「柳町小児科医院」を開業され、長年 にわたり地域医療に貢献されてこられました。 福島ロータリー・クラブには、昭和 56 年 11 月に入会 され、1988 ∼ 89 年度 菊池四朗会長の下、クラブ幹事 をお務めになっておられます。 SAA、親睦委員長を歴任され、例会出席 100%を通算 27 回達成されておられます。また、ポールハリスフェロ ーの表彰も受けておられます。 本日のプログラム ロータリー・クラブでの村井先生の印象は、常に笑顔 を絶やさず、歌がお好きで、元応援団の経験を生かされ て、夜間例会の締めで応援団のエールを披露されたのも ■9月22日 (木) 印象的でした。 7 月の例会にご出席されたのが最後となりましたが、 いつも笑顔の村井先生を偲び、村井先生のご冥福をお祈 り申し上げます。 最後に、村井先生に対し、何かとご尽力を賜りました 茂田直前会長、加藤桂一郎先生に改めて御礼申し上げ、 本日の御挨拶といたします。 ■9月29日 (木) 後藤忠久 会長 幹事報告 紺野晴郎 幹事 各委員会報告 ●ニコニコ BOX 小委員会 田沼紀美子 委員 閉会点鐘 後藤忠久 会長 例会プログラムのご案内 ■9月15日 (木) 12:30∼ 「辰巳屋」 年間テーマ 「私の職業奉仕」 ① 日比野恒夫会員スピーチ 12:30∼ 「辰巳屋」 「新世代のための月間にちなんで」 スピーチ 菅野 晋新世代小委員長 12:30∼ 「辰巳屋」 理事会承認休会 (1回目) 幹事報告 紺野 晴郎 幹事 例会変更のお知らせ ●市内クラブ、来週再来週と変更 はありません。定時開催の予定 です。 その他のお知らせ ●ロータリーレート変更のお知らせ/今月より 1 $78 円に換算されます(8 月までは 80 円でした) 。 ●本日午後 6 時 30 分より辰巳屋にて 9 月理事会を開催 致します。役員・理事の皆様宜しくお願い致します。 1 本日のプログラム 故 村井 千昭会員を偲んで─ 村井 千昭 会員 ・1981 年 11 月入会 ・1988 ∼ 1989 年 クラブ幹事(菊池四郎会長) *ポールハリスフェロー SAA・親睦委員長さんを歴任されており、例会 100%出席は通算 27 回を達成されておりました。 村井千昭氏の逝去をしのんで 茂田 士郎 会員 昭和 31 年 4 月、福島医大専門課程に入学した私は、 明らかに年上の背の高い新入学生に会った。それが村井 千昭君だった。彼は旧制の第二高等学校を卒業し数年間 の時彼は、 「夜、あの電車を見ると銀河鉄道が走っている 様な気がする」と云ったのである。銀河鉄道に乗って夜 空に登るというロマンチックさ、弾圧や規制の枠に抵抗 する自由さを持ったまま、村井君は世を去って行ったの だと思う。 社会人生活をしてから医大に入学したのだった。彼は一 見、温厚な常識人であり(確かにそうであったが)同級 生の皆から信頼され慕われていたが、本質的には「自由 人でまたロマンチックな人」あったと思う。その頃、レ ジスタンス、リベラリズムという言葉が流行っていたが 一概にその枠にはめられないような、それでいて明らか に「規制の枠」にはめられることに反発するような考え 方を持っていた。 学生時代に彼と私は頻繁に本の貸し借りをしていた が、ある日 J. Steinbeck の「月は沈みぬ」という短編小 説を貸してくれた。これはノルウェイと思われる国の一 小都市をナチが占領し、その市長と市長の友人である医 2009年7月23日例会にて 師を監禁して市民の懐柔を計るが、市長らは静かにしか し断固としてナチの方針に抵抗する。そのうちに市民の 間にも抵抗も広がって行くという、一種のレジスタンス 文学である。40 年を過ぎて私はこの本がまだ私の本棚 にあったことを発見して村井君に返しに行ったのである が、彼は茂田君に貸してあったのかと喜び、 「この市長さ ん達はロータリー・クラブの人達に似ているね」と言っ たのである。つまり、民主的な方法で選ばれ、運営され ている団体は弾圧などでは方針がぶれることはないと云 いたかったのだろうと思う。 彼は柳町で小児科を開業していたが、クリスマスが近 づくと信夫橋のほとりの「ユリの木」に電飾をして大き なクリスマスツリーにする町内の活動に参加していた。 或る年、私はその木の点灯式に参加したことがあり、丁 度暗い荒川の鉄橋を東北線(在来線が)走ってきた。そ 2 2010年4月15日例会にて ∼村井先生との思い出∼ 加藤桂一郎 会員 先生に初めてお会い致しましたのは、昭和 31 年の春 であったかと存じます。 はるか昔、かれこれ 55 年近い年月が経ってしまいま した。杉妻町第二校舎階段教室の合同講義、三河北町体 育館で開催された医学祭などは年長者としての先生の立 場で良くクラスを纏められておられたものと思っており ました。 卒業後は故大原徳明教授(元福島 RC 会員)のもとで 小児科を専攻されましたが、私どものクラスでも先生同 様教師(小学校)から医学部に進み小児科を選ばれた先 生もおられました。その先生(故鈴木邦雄氏)も昨年他 界されました。今頃は、 「しばらく」といって歓談されて おられるかとも存じます。 卒業後の大きな出来事に「大学紛争(インターン闘争)」 があり、病院ストに発展致しました。小児科、眼科、皮膚 科、耳鼻咽喉科、放射線科などは、 「反スト派」として対 ここで、先生の今回の病状・経緯について触れさせて いただきますと、初発(食道病変)は数年前に遡るよう に推定されます。 「先生独特の、はさみ使用による食餌裁 断」は嚥下困難を緩和する目的であったこと、斜頚は腫 瘍の圧迫症状(鞭打ち症ではなかった!)であり、昨年 の秋、手術により腫瘍摘出で後者の症状は劇的に改善し たことで、説明がつくかと思われます。医師として症状 の改善が見られない場合には、いわゆる全体的に病状を 判断する必要性があることを改めて教えられたようにも 思った次第でした。 多くの会員の皆様に「お別れ会」に参席頂き、改めて 御礼申上げます。31 日には午後 9 時に「ご献体」のため、 ご遺体は大学病院に向かわれましたことをご報告してお きます。 村井先生のご冥福を祈り挙げます。 立、先生を含め診療放棄は医師としてあるまじき行為と してオルグに抵抗したものでした。 さて、先生との個人的再交流は、平成 4 年の県医師会 活動(常任理事)を担当してからでした。本宿 尚先生等 とも親しく酒を酌み交わすようになり、いつのまにか福 島 RC に入会することともなりました。先生は旧制二高 (仙台)を出られましたが、応援団長として活躍されたこ とは皆様ご承知のことと存じます。穏やかな性格と楽し い酒は終生忘れられない思い出となりました。先生の会 員スピーチの主なものを挙げますと「私の酒」 、 「思い出 の本」、最近では「私の食」 、 「わが青春」などがあります。 2006年5月16日 茂田会員と故村井先生 2010年8月5日 例会にて 2009年8月6日 例会にて 2009年12月24日 例会にて 3 小冊子「ROTARY」 より ニコニコBOX報告 田沼紀美子 委員 本日のニコニコBOX投入額 ¥46,000 累計 ¥472,000 ▶後藤 忠久 会長 村井千昭会員のご冥福をお祈り申し上げます。い つも笑顔でやさしい先生でした。 ▶紺野 晴郎 幹事 がんばろう日本… 東日本大震災の被災者に手を差し伸べる 東日本大震災では、東北地方の太平洋沿岸部を中心に、 広範囲で大きな被害が発生し多くの方々が亡くなられま した。2011 年 3 月 11 日、地震と津波の起こった直後か ら、世界中のロータリー・クラブの会員から、被災地の 人々に対するお見舞いと支援の申し出がありました。海 外の会員は、これまでに縁のあった日本のロータリー・ クラブや国際ロータリーを通して、被災地にさまざまな 手を差し伸べています。 昨日マッチンググラントの件でマリキナRCのフ ァビーと話をしました。彼の元気溢れる声で圧倒さ れました。元気の源を福島 RC で創造したいと思い ました。 ▶氏川 守義 会員 村井千昭先生のご逝去を悼んで。あの豪快な中締 めの音頭、幼児をも惹きつける優しく爽やかな笑 顔、少しお酒が入ると「山の人気もの∼」と歌う明 るい歌声─。今、いろいろな思い出が脳裡に浮かん で来ます。 また、国内のロータリー・クラブでも、会員が震災直 後から毛布や衣服など必要な物資を送ったり、炊き出し ▶白岩 康夫 会員 をしたりといった緊急支援を実施しました。続いて日本 の各地へ避難されている方々の支援、地元で生活を立て 直すための支援を実施。さらには、これからの長期的な 支援に向けて活動を始めています。 週間前に新幹線福島駅でお会いしたのが最後でし 故村井千昭会員の元気な姿が思い出されます。数 た。お疲れの様子でしたが。つつしんでご冥福をお 祈り致します。 他に ●緊急に、そして息を長く 宮城県・仙台青葉ロータリー 内池 浩/幡 研一/安藤健次郎/安藤 静之 クラブは、支援が行き届かない 小さな避難所を支援。また、県 内女川町の女川総合体育館の 避難所にプライバシー保護の仕切りを設営したり、会員 の経営する旅館へ招待し、温泉と食事を楽しんでもらい ました。 児玉 健夫/甲賀 豊/古俣 猛/茂田 士郎 ●中古自転車 100 台を被災地へ 北海道・岩見沢ロータリーク ラブは、中古自転車 100 台を 調達し、岩手県の久慈ロータリ ークラブと大船渡西ロータリークラブを通して、同県の 野田村と大船渡市へ贈りました。 ●緊急支援 第 2640 地 区( 大 阪 府・ 和 歌 山県)では、地震発生の2時間 後に災害支援対策本部を設置。 早速、大阪南部の地場産業の毛 布 1,000 枚を確保し、道路が寸断された状況の中を、福 島県に届けました。 (一部抜粋しております) 今週号の編集長 4 増子 勉 会員 海野 卓哉/右近 八郎/大沼 健次/加藤 義朋 佐藤 英典/相良 元章/土屋 敦雄/村松 卓 増子 勉/渡辺 正樹/田沼紀美子 私のひとこと 渡邊 又夫 会員 村井先生が逝った。以前、長岡市を旅した。計画 を告げたら「長岡は僕の古里だ。信濃川の堤防に碑 がある。確かめて欲しい」と。米百俵の長岡藩、山 本五十六など見所一杯、時間を惜しんで探し回った。 やっと見つけた。「目をさますと窓外に大きな川の 姿が見えた。“ああ美しい、何という川だろう”…」 の書出しに始まる、海音寺潮五郎の紀行文であった。 目印の“赤い屋根の水道タンク”も見えた。先生に 碑文の報告をした。少年のような笑顔がはじけた。 「文書」 「写真」などの送付先:h.ukon@maxam-trust.co.jp(会報委員長) 事務所 : 福島市栄町 5 の 1 ホテル辰巳屋 7F TEL:024-524-1010 FAX:024-524-1011 例会日 : 木曜日 12:30 例会場 : ホテル辰巳屋 8F TEL:024-522-5111
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