モクレン属の薬用樹木 (森林科学研究所) 坂井至通 ●はじめに モクレン科の植物は、日本には2属(モクレン属、オガタマノキ属)約8種が見られ、 コブシ、タムシバ、ホオノキ、オオヤマレンゲ、シデコブシなどいずれも香り高い美しい 花をつける。タムシバは日本全土に分布し、初春になると冬の寒さに耐えた枝先に、 葉に先立って白い花を咲かせる。暦のない時代に奥羽地方では、枯れた樹林に白 い花が開くのを目安に水田作業を開始する樹木としていた。ホオノキは、開葉が先で 遅れて五月の連休頃に花を咲かせる。その香りは濃厚で、谷を隔てて見える数本の 木からも風に乗って甘い香りが漂ってくる。 ●園芸品種への利用 北アメリカ原産のタイサンボクは、日本でも庭木として植えられており、学名はマグ ノリア・グランデフローラという。明治12年にアメリカのグラント将軍が上野公園に栽 植したことに始まる。タイサンボクは常緑で樹形、葉形、花形などの変異の幅が大き く、セント・メアリーなど約50種が園芸品種として作出されている。マグノリアはヨーロ ッパやアメリカでは園芸交配が盛んでいろいろな品種が出回っているが、今から 50年も前にアメリカの国立樹木園では、シモクレンとシデコブシを親としてアン、ベティ ー、ジュディー、スーザン、ピンキーなど女性の名を付け、ガール・マグノリアとして交 配品種がいくつも作出された。しかし、日本ではモクレン科樹木の園芸品種の改良 はほとんど進んでいない。 ●漢方薬用への利用 さて、モクレン科植物で薬用に使われるのは、漢方薬名「厚朴:コウボク」としてホ オノキの樹皮が、「辛夷:シンイ」としてコブシまたはタムシバの花蕾がある。(図-1) 漢方薬は元来中国から伝わったもので、中国では厚朴というとシナホオノキの樹皮 を指し、日本ではホオノキを和厚朴、シナホオノキを唐厚朴として区別している。また 同様に辛夷についても、中国では、ハクモクレン、ボウシュンカ、マグノリア・スプレン ゲリ(いずれも中国原産)を使い、当時の日本ではこれらを入手できなかったことから コブシまたはタムシバの花蕾を代用としてきた。漢方薬名は同じでも、長い年月と地 理的要因から、それぞれの国によって異なる樹木を材料にしているのは興味深いも のがある。 図-1.厚朴:薬用部位樹皮、辛夷:薬用部位花蕾 【原色牧野和漢薬草大圖鑑(北隆社)】 ●岐阜県でも稀なシデコブシ コブシの枝を折ると香気があり、アイヌ民族の習慣では樹皮や枝を煎じて、お茶代 わりやかぜ薬として飲用していたとの記述が見られ、疫病を追い払うおまじない的な 意味があったようである。東海地方特有のシデコブシ(図-2)は生きた化石ともいわ れ、500万∼200万年も前の地層からこの仲間が発見された。日本でも岐阜を含め た限られた地域しか自生しておらず、花弁数が多くて花色の変異もあり観賞価値が 岐阜県森林科学研究所提供 http://www.cc.rd.pref.gifu.jp/forest/rd.html 高い有用樹木でもある。シデコブシの花蕾は辛夷として同じ様な薬効があると思わ れるが、最近は、道路、ゴルフ場、ゴミ捨て場などの造成で生育地が狭まり野生のも のは絶滅に瀕している。貴重な花蕾を摘んでしまっては種子も出来なくなるとお叱り を受けそうなので是非コブシ、タムシバをご利用いただきたい。 図-2.希少価値の高いシデコブシ 【Magnolias and their allies】 ●薬効成分 ホオノキ樹皮成分としてマグノロール、ホオノキオール、マグノクラリンが知られ、コ ブシ花蕾成分としてはマグノサリシンが単離されている。中枢神経抑制作用、筋肉弛 緩作用、殺菌作用などが確かめられ、健胃消化薬、整腸薬、腹部の膨満、腹痛や利 尿薬などに用いられている。また、漢方薬は単一の成分で用いるのでなく様々な薬 草を組み合わせて処方として利用する。そのため厚朴、辛夷の有効性を単純に説明 できないが、痙攣を伴う腹痛や神経性胃腸病などを目標にした処方「半夏厚朴湯」、 「大丞気湯」などに配合されている。最近、岐阜薬科大学(衛生学教室永瀬久光先 生)との共同研究で、マグノロール及びホオノキオールにガン転移抑制作用(図-3) があることが分かり、新しい抗ガン剤開発の糸口となっている。 図-3.マウスを使ったガン転移抑制実験モデル 【菅沼雅美・藤木博太(遺伝、43 (10),25,1989)の図を一部改変】 ●おわりに ホオノキの葉は、飛騨地方ではホオ葉味噌として、また端午節句にホオ葉に餅を 包んだり、田植えの時にご馳走をホオ葉に盛ったり、ホオ葉寿司など様々な料理に 利用する風習が今も広く残されている。 ホオノキ材は下駄の歯、木版材、製図板、ピアノの鍵盤さらには刀の鞘に珍重され てきた。モクレン属植物を香りや花を観賞するだけでなく、健康や養生に利用してき たのは先人の知恵であった。現代医学の立場から種々の疾病に有効な成分や効能 効果を解明するのは我々の役目であり、今後の研究が楽しみである。 岐阜県森林科学研究所提供 http://www.cc.rd.pref.gifu.jp/forest/rd.html
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