航空機を安全に運航する、ということ

航空機を安全に運航する、ということ
株式会社 ANA 総合研究所 主席研究員
1. 緒 言 ~航空機は壊れる~
やまだけいいち
山田 圭 一
は特にその性格が強い。ANA はボーイング 787 の
壊れない航空機は現在の技術では作れない。人は
開発を決定づけたローンチ・エアラインであり、そ
ミスを犯す。その大前提の下、エアラインは様々な
の開発段階からボーイングに技術者を派遣して、エ
努力で安全・安心な運航を作り込んでいる。
アラインの立場から開発に関わってきた(Working
本稿ではその努力を、航空機を安全に使いこなす
Together)。そして就航後は、これまで誰も飛ばし
ための『信頼性管理』
、ヒューマンエラーに対する
たことのない新型機を高い現場力で運航品質良く使
『CRM / Assertion』
、そして新たな取組みとして、
いこなしつつ、航空機メーカーが知り得ない、実運
リスクを予測し低減する『変更管理』の 3 つの視点
航で発生する不具合(およびその改善策)を発信&
から紹介する。
協議することで、ボーイングが航空機の設計変更を
継続して行っている。
(これまでに約 400 件の改修
2. 信頼性管理を前提とした安全運航
航空機の設計上の安全性は、メーカーが開発国の
航空当局から「型式証明」を取得し、エアラインが
や技術指示が Service Bulletin としてボーイングか
ら発行された)
ローンチ・エアラインは運航時間やサイクルにお
定められた整備プログラムに基づいて保守するこ
いて常に先頭を走っており、787 で起きる不具合の
とで担保されるが、それはベースラインに過ぎない。
多くは ANA で初めて起きる。かくのごとく、航空
エアラインが実際の運航の中で経験した様々な不
機メーカーとローンチ・エアラインは緊密に協力し
具合事象を航空機メーカー等と共有し、整備プログ
て、より信頼性の高い航空機を作り込んでいる。
ラムや設計の変更を求めることを通じて、より信頼
性の高い航空機が作り込まれていくのである。
図2.Boeing787 就航初期の定時出発率
(787 を使いこなす ANA の現場力にボーイングも称賛)
初の国産ジェット旅客機となる MRJ においても
ANA はローンチ・エアラインである。日本独自の
図1.エアラインにおける信頼性管理
旅客機の開発は YS-11 以来、実に 50 年ぶりである
が、旅客機の開発は設計や製造に関わる技術力だけ
2-1.ローンチ・エアラインと航空機メーカーの関係
ではできない部分が尐なくなく、MRJ を開発してい
このように、安全な運航の実現においてエアライ
る三菱航空機に対して ANA は技術者を多数出向さ
ンと航空機メーカーはお互いに補完しあう関係にあ
せて、航空機のユーザーとして蓄積したノウハウを
る。新型機のローンチ・エアライン(最初の発注者)
提供することで国産旅客機の開発を支援している。
2-2. モニタリング法の最先端技術
航空機のエンジンやシステムには、その作動をモ
Resource Management (CRM))である。それぞれ
が個人としては優秀なスキルを持ちながら、コミュ
ニターする各種のセンサーが装備されている。モニ
ニケーションの失敗等により結果的に良好なパフ
ターしたデータはコックピットへの表示や航空機
ォーマンスをあげることに失敗する、という数々の
の最適な自動制御に活用するのみならず、一部のデ
教訓事例を踏まえ、コックピット内の運航乗務員や
ータについては地上にいる技術スタッフが活用し
各種機器や情報、客室乗務員や管制官、整備士など、
て、発生した不具合の早期把握や、劣化傾向を分
限られた環境下で利用できる全てのリソースを有
析・予測することで不具合が発生する前に対応を取
効かつ効果的に活用し、チームワークによって能力
る取組みに繋げている。
を最大限に発揮することを目指したものである。乗
これまでは、フライト中の空地間のデータ通信
員訓練として発達し、現在は整備士や客室乗務員な
(ACARS)による、事前に指定したデータのダウン
ど他の職種においてもコンセプトを活かした訓練
リンクが中心であったが、通信容量の制限が大きか
や啓発活動を行っている。
った。最近の機体では、ACARS によるリアルタイム
CRM の中でも、ANA グループが特に注力してい
の不具合レポートに加え、地上での Wi-Fi や電話回
るのが「Assertion」である。気付いたことは先輩
線を利用した大容量の通信(Gate Link 等)が可能
に対しても伝え、先輩は後輩が言いやすい環境を整
になり、技術対策の可能性が広がった。また、エン
える。これを仕事として確実に実践することを求め
ジンメーカー等において、世界中のエンジンのフラ
ている。チームワーク無くして安全はない。
イトデータを集積することで、より確度の高い劣化
傾向の予測が可能となっている。
図4.ANA グループにおける Assertion 活動
4. 「変更」に対するリスクの予測と低減
起きてしまったエラー事象は往々にして氷山(ハ
図3.航空機の状態をモニターし早期に対策
ザード)の一角である。重要なのはデータを収集し
て氷山の全体像を推定することであり、それがリス
クマネジメントである。マネジメントレベルを3段
3. CRM によるチームワーク強化
航空機自体の信頼性は設計の世代を経るごとに
階に分類すると、
①Re-active …類似のことが起きないようにする
高まる中、安全運航の実現のために相対的に重要度
②Pro-active…ヒヤリハット→予防処置
を増すのが、ヒューマンエラーをどのように防ぐか、
③Predictive…何もないところからハザードを特
ということである。
チーム力を高めよう、というアプローチが「Crew
定する
この中でも、Predictive の最たるものが「変更管理
(Change Management)
」である。
⑥ 予期せぬエラーが発生することを前提とした、
移
行期間の設定とバックアップ体制
変更管理とは、新しい事を行う時、これまで行っ
てきた事を変更する時、あるいは止める時など、結
果としてミスや失敗につながる可能性が高くなる
ことを予測し、予めリスクを低減(リスクマネジメ
ント)することで未然防止を行うことが狙いである。
変更管理は、現在、国際的にエアラインへの導入
が進められており、国内でも H27 年度から「安全
管理システム」の一部として義務化された。新しい
制度であるが、一方、ANA 整備部門などにおいて
は従来から行われてきた手法でもある。
変更管理の具体的な対象は、
①組織変更/拡大・縮小
②システム/プロセス/手順の変更
③組織の業務環境の変化
であり、過去の経験を記録に残し、変化に起因する
安全リスクをプロの目で特定して管理するプログ
ラムである。
変更管理の要点および取組み強化の視点を簡潔
にまとめたものを参考まで紹介する。
【変更管理「四箇条」 by ANA 安全推進センター】
一 変更管理は「プロ」の仕事、実務を知らねばリス
クが読めぬ。
二 変更管理は「ボス」の仕事、聞いてなかったでは
済まされぬ。
三 変更管理は「ヒト」の仕事、エラーはするもの守
るもの
四 変更管理は
「ミライ」
の仕事、
想定力が試される。
(取組み強化の視点)
① 変更管理プロセスを踏まえた、
標準フォーマット
の策定
② 変更管理に精通したリスクマネージャの育成に
よる全体の底上げ
③ 変更リスクを可視化し、
経営レベルで共有するプ
ロセスの確立
④ 現場の準備・理解を徹底的に高める
⑤ 事前のトライアルにより、
安全&顧客視点で評価
以上