給与等支払に係る強制執行と使用者の源泉徴収義務に関する最高裁判決

ビジネス・タックス・ロー・ニューズレター
2011 年 8 月
給与等支払に係る強制執行と使用者の源泉徴
収義務に関する最高裁判決
も、X は、所得税法 183 条 1 項所定の源泉徴収義務を負
うと解するのが相当であると判示しました。
「法 183 条 1 項は、給与等〔筆者注:法 28 条 1 項に規定
する給与等〕の支払をする者は、その支払の際、その給与
等について所得税を徴収し、・・・これを国に納付しなけれ
ばならない旨を定めるところ、給与等の支払をする者が、
強制執行によりその回収を受ける場合であっても、それに
よって、上記の者の給与等の支払債務は消滅するのであ
るから、それが給与等の支払に当たると解するのが相当
であることに加え、同項は、給与等の支払が任意弁済によ
るのか、強制執行によるのかによって何らの区別も設けて
いないことからすれば、給与等の支払をする者は、上記の
場合であっても、源泉徴収義務を負うものというべきであ
る。上記の場合に、給与等の支払をする者がこれを支払う
際に源泉所得税を徴収することができないことは、所論の
指摘するとおりであるが、上記の者は、源泉所得税を納付
したときには、法 222 条に基づき、徴収をしていなかった源
泉所得税に相当する金額を、その徴収をされるべき者に
対して請求等することができるのであるから、所論の指摘
するところは、上記解釈を左右するものではない。」(下線
部は筆者による。)
今月のニューズレターでは、給与等の支払をする者に対
して判決に基づく強制執行が行われた際の使用者の給与
等の支払に係る源泉徴収義務の存否が争われた最高裁
第三小法廷平成 23 年 3 月 22 日判決(判例時報 2111 号
33 頁)(以下「本判決」といいます。)をご紹介します。本判決
は、これまで争いのあった給与等の支払に係る強制執行
の際の使用者の源泉徴収義務の有無について、当該義務
があることを明らかにしました。
1.
事案の概要
X は、懲戒解雇をした従業員 Y らにより懲戒解雇無効確
認訴訟及び未払賃金支払請求訴訟を提起され、当該懲戒
解雇の無効を確認し、当該懲戒解雇の日以降の賃金(以
下「本件賃金」といいます。)の全額(源泉所得税を控除しな
い金額)の支払を命じる旨の仮執行宣言付判決を受けまし
た。
X は、Y らにより上記判決に基づき強制執行が申し立て
られたため、当初、本件賃金の額から源泉所得税等1を控
除した残額を執行官に交付しましたが、上記判決に基づく
追加の強制執行の申立てにより、当該源泉所得税等相当
額についても執行官に交付しました。その後、X は、税務
署長から、本件賃金に係る源泉所得税額を納税するよう
告知を受けたため2、当該源泉所得税額を全額納付しまし
た。
上記により、X は、源泉所得税分につき、Y らと税務署に
二重に支払ったことになるため、X は、Y らに対し、所得税
法 222 条に基づく求償権により税務署に納付した源泉所
得税額相当額の支払を求める訴えを提起しました。
2.
3.
本判決の検討
(1) 給与等の支払と源泉徴収制度
所得税法 183 条は「給与等…の支払をする者」(雇用関
係における使用者)の所得税の源泉徴収義務について規
定していますが、使用者が給与等の支払にあたって所得
税の源泉徴収をしなかった場合においても、税務署長は
当該使用者から納付すべきであった額の所得税を徴収す
るものとされています(所得税法 221 条)。この場合、所得
税を徴収された使用者は、被用者に対し、その徴収をしな
かった所得税相当額を請求し、又は当該被用者に以後支
払うべき金額から控除することができるものとされています
(所得税法 222 条)。このように使用者から被用者に対する
求償権行使が可能であるとしても、使用者は、求償のため
の費用が発生する上、被用者が無資力である場合には
本判決の要旨
本判決は、以下の理由により、給与等の支払を命じる判
決に基づく強制執行によりその回収を受ける場合であって
本ニューズレターの執筆者
きたむら
みちと
うねき
としのり
まつい
ひろあき
北村 導人
采木 俊憲
松井 博昭
パートナー
弁護士
アソシエイト
弁護士
アソシエイト
弁護士
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ついては当該案件の個別の状況に応じ、弁護士・税理士の助言を求め
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-1-
二重払いリスクの負担が残ることとなるため、通常、任意
に給与等を支払う際には、源泉所得税を控除した金額を
被用者に支払っています。
(2)
強制執行による給与等の支払と源泉徴収義務の存
否~本判決の意義
本件では、使用者が任意に給与等の支払を行う場合で
はなく、強制執行による給与等の支払が行われた場合の
源泉徴収義務の有無が争点とされています。
強制執行により給与等の支払が行われる場合には、使
用者は、強制執行に係る判決において命ぜられた給与等
の全額、すなわち源泉所得税額を控除しない金額を被用
者に対して支払わなければなりません。したがって、使用
者としては、このような強制執行に係る給与等の支払につ
いても源泉徴収義務が課せられるという場合には、所得税
法 222 条所定の求償権を行使して被用者に対して源泉所
得税額相当額を請求することができますが、上記(1)で述
べたとおり、使用者は、求償のための費用負担や被用者
の無資力による二重払いリスクを負担することとなります。
この強制執行による給与等の支払に係る源泉徴収義務
の有無については、過去の下級審裁判例、学説では判断
又は見解が分かれていました。
例えば、源泉徴収義務を否定するものとして、高松高裁
昭和 44 年 9 月 4 日判決(高民 22 巻 4 号 615 頁)は、「源
泉徴収は、その事務の性質上、使用者が任意に賃金を支
払う場合において負担する義務であり、その意に反して強
制執行により取立を受ける場合においてまで負担する義
務ではないと解するのが相当である。」と判示しています。
また、源泉徴収制度において、一般私人に第三者の租税
債務の徴収義務を負わせることが許容されるのは、それ
が給与からの天引という簡便な方法により得る限りにおい
て、徴税方法として能率的かつ合理的であり 3 、社会通念
上受忍すべき程度のものであるなどとして、強制執行の場
合には天引という方法を採ることはできず、むしろ被用者
の「無資力についてもリスクの負担を余儀なくされるという
過酷な結果が招来される」ため、源泉徴収義務を課すべき
ではないとする見解4があります。
これに対して、仮処分裁判に基づいて使用者から受け取
る仮払金は所得税法 28 条 1 項所定の給与等に該当する
金員以外のなにものでもないとして源泉徴収義務を肯定し
た岐阜地裁昭和 58 年 2 月 28 日判決(判例時報 1079 号
38 頁)をはじめとして、肯定説を相当とする見解5がありま
す。
本判決は、この問題について、最高裁として強制執行を
受けた場合も「給与等…の支払」に当たるとして、源泉徴収
義務を肯定する判断をしたという点で、実務上重要な意義
があると考えられます。なお、本判決は、給与等の支払を
命じる仮執行宣言付判決に関するものですが、その説示
は、判決以外の債務名義を利用した強制執行の場合で
も、同様に当てはまるものと考えられます。
(3) 本判決を踏まえた使用者の対応
以下では、本判決を踏まえて、使用者に給与等の支払を
命じる判決を言い渡された場合、どのように対応すべきか
という点について検討します。
まず、使用者としては、判決後強制執行に至る前に、任
意に給与等の支払を行うことで二重払いリスクを回避する
ことが可能です。すなわち、その支払時には、使用者に源
泉徴収義務が成立し、この義務の履行のために被用者に
は源泉徴収を受忍することとなると解されますから、源泉
所得税を控除した金額の支払により、判決が命じた全額に
ついて債務が消滅すると思われます。
次に、強制執行が開始した後は、使用者は被用者の無
資力による二重払いリスクを負担することになりますが、田
原裁判官の補足意見の指摘に従えば、被用者による強制
執行手続が複数回に亘る場合には、使用者が「第 1 回目
の強制執行手続に基づいて支払った給与等に係る所得税
の源泉徴収義務は、その支払によって具体的に発生する
ことになるから、同税相当額はそれ以後に支払うべき金額
から控除することができ」、第 2 回目以降の強制執行に対
して請求異議の訴え(民事執行法 35 条)における請求異議
事由として主張することで、二重払いを回避することができ
るものと考えられます。
1
2
源泉所得税、社会保険料の個人負担分及び Y らが加入している私的
年金の個人負担部分
所得税法 221 条、国税通則法 36 条 1 項 2 号
3
最高裁大法廷昭和 37 年 2 月 28 日判決(刑集 16 巻 2 号 212 頁)参照
4
桐山昌己「破産管財人の源泉徴収義務-大阪地判平成 18・10・25 に
ついて-」銀行法務 21 676 号 46 頁参照
渡辺章「労働判例研究第 274 回」ジュリスト 462 号 135 頁、宮谷俊胤
「源泉徴収制度の概要と問題点」日税研論集 15 巻 55 頁等参照
5
当事務所は、旧興銀税務訴訟、東京都外形標準課税訴訟をはじめ、税務争訟・訴訟において多数の実績を上げ、現在も複数の移転価格案件、
国際金融取引に関する大型税務訴訟等において、クライアントに助言しています。本ニューズレターは、当事務所に所属し、国内・国際取引
に関わる税務訴訟・争訟・税務アドバイスに携わる弁護士・税理士から構成されるビジネス・タックス・ロー研究会により定期的に発行され
る予定です。当事務所のビジネス・タックス・ロー研究会は、当事務所の弁護士・税理士が、クライアントに対しより一層的確なサービスを
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