KEIO/KYOTO JOINT GLOBAL CENTER OF EXCELLENCE PROGRAM Raising Market Quality-Integrated Design of “Market Infrastructure” KEIO/KYOTO GLOBAL COE DISCUSSION PAPER SERIES DP2010-015 IPO後の長期株価パフォーマンス 池田直史* 要旨 公開後の長期パフォーマンスの悪さ(Long-run Underperformance)は、IPOにおける特徴 的事実の一つとして挙げられている。日本においても、公開後の長期パフォーマンスの悪 さを指摘する研究が存在するが、それらは規模や簿価時価比率の効果を考慮していないだ けでなく、統計的検定が十分とはいえない。そこで、本稿では、ジャスダック市場に上場 したIPOを対象に、規模や簿価時価比率の効果を考慮しても、IPO企業の長期アンダーパフ ォーマンスが観察されるか否かを統計的に検証を行った。その結果、バイアンドホールド 異常収益率を用いた検証では、簿価時価比率の効果を考慮に入れれば、長期パフォーマン スが悪いとはいえないという結果を得た。また、カレンダーポートフォリオアプローチに よる検証でも、IPO企業のアンダーパフォーマンスは観察されなかった。 *池田直史 慶應義塾大学大学院商学研究科後期博士課程 KEIO/KYOTO JOINT GLOBAL COE PROGRAM Raising Market Quality-Integrated Design of “Market Infrastructure” Graduate School of Economics and Graduate School of Business and Commerce, Keio University 2-15-45 Mita, Minato-ku, Tokyo 108-8345, Japan Institute of Economic Research, Kyoto University Yoshida-honmachi, Sakyo-ku, Kyoto 606-8501, Japan IPO 後の長期株価パフォーマンス 池田直史∗ 概要 公開後の長期パフォーマンスの悪さ (Long-run Underperformance) は、IPO における特 徴的事実の一つとして挙げられている。日本においても、公開後の長期パフォーマンスの悪さ を指摘する研究が存在するが、それらは規模や簿価時価比率の効果を考慮していないだけでな く、統計的検定が十分とはいえない。そこで、本稿では、ジャスダック市場に上場した IPO を 対象に、規模や簿価時価比率の効果を考慮しても、IPO 企業の長期アンダーパフォーマンスが 観察されるか否かを統計的に検証を行った。その結果、バイアンドホールド異常収益率を用い た検証では、簿価時価比率の効果を考慮に入れれば、長期パフォーマンスが悪いとはいえない という結果を得た。また、カレンダーポートフォリオアプローチによる検証でも、IPO 企業の アンダーパフォーマンスは観察されなかった。 Keywords: 新規株式公開 (IPO)、長期パフォーマンス 1 はじめに Ritter (1991) の指摘を端緒として、今日、公開後の長期パフォーマンスの悪さ (Long-run Underperformance) は、アンダープライシング現象やホットイッシューマーケット現象と並んで、 IPO における特徴的事実の一つとして認識されている。そして、この現象を解明する試みが数多 くなされている。しかし、近年の米国を対象とした研究では、規模や簿価時価比率の効果を考慮 に入れれば、必ずしも IPO 企業の長期パフォーマンスが悪いとはいえないことが指摘されている (Brav and Gompers (1997)、Gompers and Lerner (2003))。果たして IPO 後の長期パフォーマ ンスの悪さは、本当に観察されるのだろうか。 我が国に目を向けると、米国と同様、公開後の長期パフォーマンスの悪さを指摘する論文が存在 する(阿部 (2005)、忽那 (2001)、テキ (2009))。しかし、これらの研究では、IPO 企業は市場イ ンデックスと比較して、パフォーマンスが悪いことを確認しただけであり、規模や簿価時価比率の 効果を考慮に入れた検証は行われていない。また、統計的な検定も不十分である。 一般に、規模が小さい銘柄や簿価時価比率の高い銘柄に対して、プレミアムが支払われている ことが指摘されている (Fama and French (1992))。もし規模や簿価時価比率が、投資家がプレミ アムを求める要因を反映しているならば、その効果をコントロールしなければ、IPO 株の長期パ フォーマンスが本当に悪いのかどうかを判断することはできない。そこで、本稿では、規模や簿価 ∗ 慶應義塾大学大学院商学研究科後期博士課程 Email: i-704@minos.ocn.ne.jp 1 時価比率の効果を考慮しても、IPO 企業の長期アンダーパフォーマンスが観察されるか否かを統計 的に検証する。 本稿では、ジャスダック市場に上場した IPO 企業を分析対象として、バイアンドホールド異常収 益率を用いた検証とカレンダータイムポートフォリオアプローチによる検証の 2 つを行った。本稿 の特徴は、以下のとおりである。まず、バイアンドホールド異常収益率を用いた検証では、規模や 簿価時価比率の効果を考慮したベンチマークを用いて検証を行っている。そこでは、Lyon Barber and Tsai (1999) がバイアスの少ない検定として推奨しているブートストラップ法による歪度修正 t 検定と Ikenberry, Lakonishok, and Vermaelen (1995) の経験分布による検定を採用している。 また、異常収益率のクロスセクションでの相関を考慮して、カレンダータイムポートフォリオアプ ローチによる検証も行っている。 分析の結果を先に述べるならば、以下のようになる。まず、バイアンドホールド異常収益率を用 いた検証では、簿価時価比率の効果を考慮に入れれば、長期パフォーマンスが悪いとはいえないと いう結果を得た。また、カレンダータイムポートフォリオアプローチによる検証でも、IPO 企業の アンダーパフォーマンスは観察されなかった。したがって、IPO における公開後の長期パフォー マンスの悪さを定型化された事実として受容れることはできないといえる。 本稿の残りの構成は以下の通りである。2 節で、長期パフォーマンスの検証方法を紹介した上で、 本稿で採用する方法を決定する。3 節で、日米の長期パフォーマンスを検証した先行研究について 述べる。4 節と 5 節で、実際に検証を行い、結果を述べる。そして、6 節で結論を述べる。 2 長期パフォーマンスの検証方法 2.1 バイアンドホールド収益率を用いた検証 バイアンドホールド異常収益率を用いた検証では、イベントを経験した企業とベンチマークとの バイアンドホールド収益率の差をバイアンドホールド異常収益率とする。そして、イベント企業と ベンチマークのバイアンドホールド収益率が統計的に有意に異なるかを検定する。 ベンチマークの選び方は、大別すると 2 つの方法がある。一つが単一企業をベンチマークとする 方法(以下、マッチングアプローチ)であり、もう一つが複数企業で構成されえるポートフォリオ をベンチマークとする手法(以下、レファレンスポートフォリオアプローチ)である。マッチング アプローチでは、ベンチマークとして、イベントを経験した企業と属性が似た企業が選択される。 ベンチマークの選択の基準となる属性は、Fama and French (1992) を論拠として、規模や簿価時 価比率が使用されることが多い。レファレンスポートフォリオアプローチでは、市場インデックス や属性が似た企業群からなるポートフォリオが選択される。ここでも、属性として、規模や簿価時 価比率が使用されることが多い。 さまざまなベンチマークと検定方法のうち、どの検定がバイアスが少ない検定になるかを評価し た研究に Barber and Lyon (1997) と Lyon et al. (1999) がある。Barber and Lyon (1997) は、 歪度バイアス、リバランスバイアス、新規公開企業バイアスによって、検定統計量にバイアスが生 2 *1 *2 そして、シミュレーションによって、経験的な棄却率が理論的な棄 じる可能性を指摘している。 却率(有意水準)と乖離するか否かを検証することで、さまざまなベンチマークを評価している。 その結果、マッチングアプローチが、バイアスが少ない検定統計量になることを示している。その 後、Lyon et al. (1999) は、レファレンスポートフォリオアプローチを採用して、ブートストラッ プ法による歪度修正 t 検定を行った場合と Ikenberry et al. (1995) のブートストラップ法で生成 した平均異常収益率の経験分布による検定を行った場合がバイアスが少ない検定になることを示し ている。また、同論文では、これらの検定方法がマッチングアプローチよりも、検定力が高いこと を示している。 2.2 カレンダータイムポートフォリオアプローチによる検証 カレンダータイムポートフォリオアプローチでは、イベントを経験した企業からなる単一のポー トフォリオの月次収益率を用いる。そして、Fama and French の 3 ファクターにそのポートフォ リオの月次収益率を時系列回帰する。その結果得られた切片の推定値が有意にゼロと異なるかを見 ることで、そのポートフォリオに有意に異常収益率が検出されるかを検証する。 2.3 本稿で採用する検証方法 Barber and Lyon (1997)、Lyon et al. (1999) が主張するように、バイアンドホールド収益率 は、投資家の経験する長期収益率であると考えられる。一方で、カレンダータイムポートフォリオ アプローチでの検定は、帰無仮説を「平均月次異常収益率がゼロ」とするものである。平均月次収 益率は、必ずしも投資家が経験する長期収益率とはいえず、本当に「長期」パフォーマンスといえ るのかは疑問が残る。*3 しかし、平均月次収益率を用いることにも利点は存在する。Fama (1998) や Mitchell and Stafford (2000) は、バイアンドホールド異常収益率では、もしベンチマークが不適切である場合、 複利計算によって、そのバイアスが大きくなると主張している。一方で、平均月次異常収益率は、 前提とする理論モデルが誤りであっても、バイアンドホールド異常収益率に比べれば、バイアスが 小さいと考えられる。 また、バイアンドホールド収益率を用いた検証では、異常収益率の独立性を仮定して検証を行う が、この前提が満たされていない可能性がある。企業の特定のイベントは、例えば産業などで集中 *1 歪度バイアスとは異常収益率が正の歪度をもつことによって生じるバイアス、リバランスバイアスとは等加重で銘 柄を組み入れたポートフォリオをベンチマークとした場合にその組み入れ比率を維持するために生じるバイアス、新 規公開バイアスとはベンチマークとなるポートフォリオに新規公開企業が含まれることによって生じるバイアスであ る。 *2 ただし、新規公開企業バイアスは、Ritter (1991) を論拠に新規公開企業が既公開企業と比してアンダーパフォーマ ンスすることを前提としたものである。本稿では、そもそも新規公開企業がアンダーパフォーマンスするか否かを分 析対象としているため新規公開バイアスは問題とならない。 *3 しかし、Mitchell and Stafford (2000) は、バイアンドホールド収益率も数ある投資家の経験する収益率の 1 つに 過ぎないと主張している。 3 する傾向にある。その結果、クロスセクションで異常収益率が相関する可能性がある。*4 これに対 して、カレンダータイムポートフォリオアプローチでは、イベントを経験した企業をポートフォ リオとしてまとめるため、クロスセクションでの相関が問題とならない(Fama (1998)、Mitchell and Stafford (2000))。 以上のように、2 つの検証方法は一長一短があり、どちらを採用すべきか判断することは難しい。 そのため、本稿では、バイアンドホールドリターンに基づく検証とカレンダータイムポートフォリ オアプローチによる検証の両方を行う。また、バイアンドホールドリターンに基づく検証では、レ ファレンスポートフォリオアプローチに加えてマッチングアプローチも採用する。マッチングアプ ローチは、レファレンスポートフォリオアプローチと比して検定力は劣るものの、バイアスの少な い検定となることが示されている。そのため、IPO 企業と規模が近いなど、同様なベンチマークの 選定基準であれば、レファレンスポートフォリオアプローチを採用するか、マッチングアプローチ を採用するかによって、原則的には結果は異ならないと推測される。*5 もし、異なる結果が観察さ れるならば、その理由の一つとして、いずれか(あるいは、両方)のベンチマークが適切でなく、 十分にリスクをコントロールできていない可能性が考えられる。この可能性を視野に入れて、レ ファレンスポートフォリオアプローチとの結果と比較する上で有用と考え、マッチングアプローチ も採用する。 3 先行研究 3.1 米国の先行研究 IPO 企業の長期的なアンダーパフォーマンスを指摘した代表的な研究に Ritter (1991) と Loughran and Ritter (1995) がある。Ritter (1991) は、1975 年から 1985 年までに米国で新規株 式公開した企業を対象に分析を行っている。ベンチマークは、IPO 企業と同一産業に属し、その 中で規模が最も近い企業としている。そして、公開後 36 ヶ月間の累積異常収益率(Cumulative abnormal return; CAR)が、有意に負となっていることを示している。Ritter (1991) では、 NASDAQ 時価加重インデックス (CRSP value-weighted NASDAQ index)、Amex-NYSE 時価 加重インデックス (CRSP value-weighted Amex-NYSE stocks)、NYSE 株式時価総額最小 10 分 位インデックス (lowest decile of NYSE market capitalization index) をレファレンスポートフォ リオとする分析も行っている。そして、採用したベンチマークによって結果は異なるが、どのベ ンチマークでも累積異常収益率は負となることを示している。Loughran and Ritter (1995) は、 1970 年から 1990 年までに新規株式公開した企業を対象に分析を行っている。*6 ベンチマークは、 IPO と規模が最も近い企業としている。*7 そして、5 年間のバイアンドホールド異常収益率が有意 *4 Brav (2000) もクロスセクションでの相関を問題視している。 *5 もちろん、レファレンスポートフォリオアプローチで有意な結果を得たとしても、検定力が低いためにマッチングア プローチでは有意にならない可能性はある。 *6 Loughran and Ritter (1995) は、既公開企業の株式発行(SEO)した企業の長期パフォーマンスも計測している。 *7 より正確には、IPO 企業より規模が大きい企業の中で最も近い企業である。 4 に負になることを示している。また、Loughran and Ritter (1995) では、カレンダータイムポー トフォリオアプローチによる検証も行っている。そして、新規公開企業は有意にアンダーパフォー マンスしているという結果を得ている。 しかし、Ritter (1991) と Loughran and Ritter (1995) に反して、必ずしも IPO 企業はアンダー パフォーマンスしているとはいえないことを示す論文も存在する。Brav and Gompers (1997) は、 ベンチャーキャピタルの出資を受けているか否かに着目して、IPO 企業の長期パフォーマンスを分 析している。Brav and Gompers (1997) は、1972 年から 1992 年までに新規株式公開した企業を 対象に、S & P500、NASDAQ 時価加重インデックス (Nasdaq value-weighted composit index)、 Amex-NYSE 時価加重インデックス (NYSE/AMEX value-weighted index)、産業ポートフォリ オ、規模-簿価時価比率 2 段階ソートポートフォリオをベンチマークとした検証を行っている。こ こで、規模-簿価時価比率 2 段階ソートポートフォリオとは、まず規模の大きさでクラス分けし、次 に同一の規模クラスの中で簿価時価比率の大きさでクラス分けすることで構成されるポートフォ リオである。*8 そして、規模-簿価時価比率 2 段階ソートポートフォリオをベンチマークとすると、 ベンチャーキャピタルの出資を受けている IPO 企業では、オーバーパフォーマンスをしているこ と、出資を受けていない IPO 企業では、ベンチマークのパフォーマンスと有意な差はないこと を示している。このことから、同様な規模と簿価時価比率を持つ既公開企業も、IPO と同様にパ フォーマンスが悪く、アンダーパフォーマンスは、IPO そのものの効果ではないとしている。*9 ま た、Gompers and Lerner (2003) は、1935 年から 1972 年までに米国で新規株式公開した企業を 対象に分析を行っている。ベンチマークは、時価加重市場インデックス (CRSP VW index)、及 び、IPO 企業と同様な規模と簿価時価比率を持つ企業で構成されるポートフォリオとして、バイア ンドホールド異常収益率を用いた検証と累積異常収益率を用いた検証の両方を行っている。後者 の検証では、Lyon et al. (1999) の推奨するブートストラップ法による歪度修正済み t 検定を使用 している。その結果、バイアンドホールド異常収益率を用いた検証では、IPO 企業は有意にアン ダーパフォーマンスする一方で、累積異常収益率を用いた検証では、アンダーパフォーマンスは確 認されないことを示している。また、Gompers and Lerner (2003) では、カレンダータイムポー トフォリオアプローチによる検証も行い、IPO 企業のアンダーパフォーマンスは観察されないこと を示している。 3.2 日本の先行研究 日本における長期パフォーマンスを検証した論文として、Cai and Wei (1997)、忽那 (2001)、阿 部 (2005)、テキ (2009) が挙げられる。ややデータが古いが、Cai and Wei (1997) は、1972 年か *8 *9 さまざまなベンチマークによる検証の結果、ベンチャーキャピタルの出資を受けている IPO 企業 (venture-backed IPOs) は、受けていない IPO 企業 (nonventure-backed IPOs) をオーバーパフォームしていることを示している。 ただし、統計的な検定は行っていない。 また、カレンダータイムポートフォリオアプローチによる検証の結果、ベンチャーキャピタルの出資を受けている IPO 企業では有意にアンダーパフォーマンスをしていないことを示している。一方で、出資を受けておらず、かつ 規模が小さい IPO 企業では、有意にアンダーパフォーマンスしていることを指摘している。 5 ら 92 年に東京証券取引所に新規株式公開した 180 社を対象とした分析を行っている。ベンチマー クには東証全市場銘柄からなるポートフォリオ(時価加重、等加重) 、産業ポートフォリオ(時価加 重、等加重) 、規模をマッチさせた企業、時価簿価比率をマッチさせた企業、規模と時価簿価比率を マッチさせた企業、資産総額簿価と産業をマッチさせた企業の 8 つを用いている。そして、公開後 1 年間、3 年間、5 年間のバイアンドホールド収益率を求め、公開後 1 年間と 3 年間では、8 つの ベンチマーク全てで、5 年間では、8 つのうち 6 つで統計的に有意に IPO 企業のアンダーパフォー マンスが観察されることを示している。忽那 (2001) は、1995 年と 1996 年に店頭市場(現ジャス ダック市場)に新規公開した企業を対象とした分析を行っている。忽那 (2001) は、日経店頭平均、 ジャスダック指数、日経平均株価をベンチマークとして、公開後 36 カ月間の累積異常収益率を算 出し、新規公開企業のアンダーパフォーマンスを確認している。また、阿部 (2005) は、1992 年か ら 2002 年にジャスダック市場に新規株式公開した企業を対象に、公開後の長期パフォーマンスと 財務パフォーマンスを分析している。阿部 (2005) は、ジャスダック指数、TOPIX、日経平均株価 をベンチマークとして、公開後 36 ヶ月の累積異常収益率を算出している。そして、TOPIX、日経 平均株価をベンチマークとした場合には、新規公開企業はオーバーパフォーマンスをしていること を示している。一方、ジャスダック指数をベンチマークとした場合には、新規公開企業のアンダー パフォーマンスを確認している。そして、後者の結果から、IPO 企業の長期パフォーマンスが平 均的に低いと主張している。*10 テキ (2006) は、2001 年から 2006 年に新規株式公開を行った企業 を対象とした分析を行っている。そして、ベンチマークをジャスダックインデックスとして、IPO 企業の長期パフォーマンスが低いことを確認している。ただし、忽那 (2001)、阿部 (2005)、テキ (2006) では、IPO 企業が有意にアンダーパフォーマンスしているか否か統計的に検定を行ってい ない。 やや分析期間が古い Cai and Wei (1997) を例外として、このように近年の日本の研究では、規 模や簿価時価比率の効果をコントロールしたものは存在しない。また、統計的な検定も十分とはい えない。そこで、本稿では、規模や簿価時価比率の効果も考慮したうえで、実際に IPO 企業は長 期的にアンダーパフォームするのかを統計的な検定を用いて検証する。 4 データと収益率の算出方法 4.1 データ 本稿では、3 年間を 756 営業日と定義して公開後 3 年間の株価パフォーマンスを計測する。採用 する検証方法は 2 つである。一つは、バイアンドホールド異常収益率を用いた検証であり、もう一 つは、カレンダータイムポートフォリオアプローチによる検証である。分析対象は、1997 年 9 月 から 2009 年 3 月までにジャスダック上場にブックビルディング方式で新規株式公開した企業であ る。ただし、バイアンドホールド異常収益率を用いた検証では、2009 年 3 月までの株価データを 使用したため、3 年間のバイアンドホールド収益率が計測可能な 1997 年 9 月から 2006 年 2 月ま *10 阿部 (2005) は、月次の異常収益率で複利運用したものを累積異常収益率としている。 6 でに新規株式公開した企業を対象とする。ここで、全市場を対象とせずに、分析期間中で各市場の 中で IPO の件数が最も多いジャスダック市場に分析を限定している。これは、市場間の違いを完 全にコントロールすることは難しいと判断したためである。 IPO 企業と既公開企業ともに修正済み終値、終値、発行済株数は、日経 NEEDS 株価データか ら取得している。資本合計は、IPO 企業については日経ポートフォリオマスター付属データベー スから、その他の企業については日経 NEEDS 財務データから取得している。 4.2 収益率の算出方法 企業 i の公開日から t 営業日後の日次収益率を価格変化率で定義する。 Ri,t = Pt −1 Pt−1 (1) ここで、Pi,t は t 営業日後での終値である。株価には分割修正済み終値を使用する。値がつかない 場合は、直近の終値を使用している。*11 ポートフォリオの収益率は、個別銘柄の収益率を時価総額で加重平均して求める。すなわち、 ポートフォリオの収益率 Rp,t は、 Rp,t = ∑ wi,t Ri,t (2) i である。ここで Rit は t 営業日後の営業日ごとの収益率、wit はウエイトである。wit は前営業日 の終値(値がついていない場合は直近の終値)で算出した株式時価総額に基づいて求めている。た だし、ジャスダック市場から退出したために、Rit が算出できない銘柄は、ウエイトの算出対象銘 柄から除外する。 公開日を t = 0 として (公開日に値がつかない場合は、初めて値がついた日を t = 0 として)756 営業日間の収益率を求める。企業 i のバイアンドホールド収益率 BHRi は次のように求める。 BHRi = 756 ∏ (1 + Rit ) − 1 (3) t=1 ただし、ジャスダック市場から退出した場合は、それ以降の収益率 Rit を 0 としている。すなわ ち、このような企業は公開日から退出日までの収益率を求めていることになる。*12 ポートフォリオの 756 営業日間の収益率も同様に求める。すなわち、 BHRp = 756 ∏ (1 + Rip ) − 1 t=1 である。 *11 *12 本来なら配当込の収益率を使用すべきだが、データの制約上利用できなかった。 市場から退出しない銘柄は、Ri = Pt,756 /Pt,0 − 1 と等しい。 7 (4) また、企業 i の 3 年間のバイアンドホールド異常収益率 ARi は、IPO 企業の 3 年間の収益率 BHRi とベンチマークの 3 年間の収益率 BHRiBM との差で定義する。すなわち、 ARi ≡ BHRi − BHRiBM (5) である。なお、ベンチマークの収益率には、ジャスダック市場の市場収益率だけでなく、各 IPO 企業と企業特性が近い企業やポートフォリオを使用する。 5 バイアンドホールド収益率に基づく分析 5.1 ベンチマークの特定 5.1.1 マッチングアプローチ マッチングアプローチでは、IPO 企業と属性が近い単一企業をベンチマークとする。ベンチマー ク企業の特定には、IPO 企業の公開前直近の 8 月末(マッチング時点)の指標を使用する。ここ で、8 月末としたのは、日本企業は 3 月が決算期の企業が多く、それらの企業の決算データが完全 に利用可能になると考えられるためである。*13 マッチング対象企業は、マッチング時点で、公開後 756(21 × 36) 営業日を経過していて、マッ チングに用いる指標が算出可能で、かつ、マッチング時点と IPO 企業の初約定日において上場し ている企業をとする。 マッチング対象企業の株式時価総額は、IPO 企業の公開前直近の 8 月末の終値とその時の株式 総数の積で算出する。また、マッチング対象企業の簿価時価比率は、8 月末の株式時価総額をそれ 以前の直近期の資本合計で除して算出する。なお、簿価時価比率がベンチマークの選定基準になる 場合、8 月末時点で簿価時価比率が負の企業、すなわち、資本合計が負の企業はマッチング対象か ら除外する。 IPO 企業の株式時価総額は、公開日以降初めて約定した日の終値とその時の発行済株式数の積 で算出する。また、IPO 企業の簿価時価比率は、初約定日での株式時価総額を公開前直近期の資本 合計で除して算出する。ただし、簿価時価比率がベンチマークの選定基準になる場合、簿価時価比 率が負の IPO 企業はサンプルから除外する。 ここでは、ベンチマークとなるマッチング企業として、(1) 規模マッチング企業、(2) 産業規模 マッチング企業、(3) 簿価時価比率マッチング企業、(4) 規模-簿価時価比率マッチング企業の 4 つ を用意する。具体的には、以下の手順でマッチング企業を特定する。 (1) 規模マッチング企業: IPO 企業と株式時価総額が最も近い企業をマッチング企業とする。 (2) 産業-規模マッチング企業: IPO 企業と東証 33 業種分類が同一の企業の中から、IPO 企業と株式時価総額が最も近い企 業をマッチング企業とする。 *13 詳しくは、大久保・竹原 (2007) を参照されたい。 8 (3) 簿価時価比率マッチング企業: IPO 企業と時価比率が最も近い企業をマッチング企業とする。 (4) 規模-簿価時価比率マッチング企業: マッチング対象企業を株式時価総額によって 10 分位に分け、IPO 企業の株式時価総を含む 規模クラスを特定する。そして、そのクラスに属する企業の中から、IPO 企業と簿価時価比 率が最も近い企業をマッチング企業とする。 選ばれたマッチング企業がジャスダック市場から途中で退出した場合は、Loughran and Ritter (1995) に倣い、次にマッチする企業の収益率を欠損時点から補って、マッチング企業の 3 年間の収 益率を算出する。ただし、Loughran and Ritter (1995) とは異なり、候補は 5 番目までとし、そ れでも補えない場合は欠損値として扱う。 5.1.2 レファレンスポートフォリオアプローチ レファレンスポートフォリオアプローチでは、IPO 企業と属性の近い複数の企業からなるポー トフォリオをベンチマークとする。ベンチマークとなるポートフォリオの特定時点は、IPO 企業 の公開前直近の 8 月末である。また、ポートフォリオの組み換えは各年の 8 月末に行う。 ポートフォリオの構成銘柄の候補は、ポートフォリオの組み換え時点で、公開後 756(21 × 36) 営業日を経過していて、ベンチマークの特定に必要な指標が算出可能で、かつ、その時点で上場し ている企業である。 既公開企業の株式時価総額は、8 月末時点(組み換え時点)の終値とその時の株式総数の積で算 出する。また、既公開企業の簿価時価比率は、8 月末の株式時価総額をそれ以前の直近期の資本合 計で除して算出する。なお、レファレンスポートフォリオの選定基準に簿価時価比率が含まれる場 合、組み換え時点の簿価時価比率が、負の企業はポートフォリオの構成銘柄の候補から除外する。 IPO 企業の株式時価総額と簿価時価比率は、マッチングアプローチと同様に算出する。 ここでは、ベンチマークとなるレファレンスポートフォリオとして、(1) 規模ポートフォリオ、 (2) 簿価時価比率ポートフォリオ、(3) 規模簿価時価比率 2 段階ソートポートフォリオ、(4) 規模簿 価時価比率ポートフォリオ (5) 産業ポートフォリオ、(6) 全既公開企業ポートフォリオの 6 つを用 意する。具体的には、以下の手順でレファレンスポートフォリオを特定する。 (1) 規模ポートフォリオ: 株式時価総額を 10 分位に分け、それを基準にして IPO 企業の時株式価総額がどのクラスに 属するかを分類する。そして、IPO 企業が分類されたクラスをレファレンスポートフォリ オとする。 (2) 簿価時価比率ポートフォリオ: 簿価時価比率を 10 分位に分け、それを基準にして IPO 企業の簿価時価比率がどのクラスに 属するかを分類する。そして、IPO 企業が分類されたクラスをレファレンスポートフォリ オとする。 (3) 規模-簿価時価比率 2 段階ソートポートフォリオ: 9 まず、株式時価総額を 5 分位に分け、それを基準にして、IPO 企業の株式時価総額がどのク ラスに属するかを分類する。次に、IPO 企業が属する株式時価総額クラスをさらに簿価時 価比率で 5 分位に分け、それに基準にして、IPO 企業の簿価時価比率がどのクラスに属する かを分類する。その結果、IPO 企業が分類されたクラスをレファレンスポートフォリオと する。 (4) 規模-簿価時価比率ポートフォリオ: 株式時価総額を 5 分位に分ける。また、株式時価総額とは独立に簿価時価比率で 5 分位に分 ける。その結果、5×5 のクラスが構成される。そして、IPO 企業の株式時価総額と簿価時 価比率が、どのクラスに属するかを分類する。その結果、IPO 企業が分類されたクラスをレ ファレンスポートフォリオとする。 (5) 産業ポートフォリオ: IPO 企業が属する東証 33 業種分類に属する銘柄でポートフォリオを構成する。それをレ ファレンスポートフォリオとする。 (6) 全既公開企業ポートフォリオ: IPO 後 756 営業日を超えた全銘柄でポートフォリオを構成する。それをレファレンスポー トフォリオとする。 なお、IPO 企業の株式時価総額や簿価時価比率が、既公開企業のそれの最大値を上回った場合は 最大のクラスに、最小値を下回った場合は最小のクラスに当該 IPO を分類している。 表 1、表 2、表 3、表 4 はそれぞれ、規模ポートフォリオ、簿価時価比率ポートフォリオ、規模-簿 価時価比率 2 段階ソートポートフォリオ、規模-簿価時価比率ポートフォリオについて、IPO 企業 がどのクラスをベンチマークとするか件数とその割合を示したものである。この表を見ると、IPO 企業は既公開企業と比べて、規模が大きく、簿価時価比率が低いことがわかる。特に簿価時価比率 は、約 2/3 の企業が最も低い簿価時価比率ランクをレファレンスポートフォリオとすることがわ かる。 表1 各規模ポートフォリオをベンチマークとする IPO 件数とその割合 各クラスをベンチマークとする IPO の件数とその割合を示したものである。上段が件数、下段イ タリック体が割合である。規模が最も小さいクラスを 1、最も大きいクラスを 10 としている。 規模ランク: 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 26 30 46 51 46 46 57 76 116 138 632 % 4.1 4.7 7.3 8.1 7.3 7.3 9.0 12.0 18.4 21.8 100.0 合計 米国での先行研究では、IPO 企業は規模が小さいとされる。これは、NYSE に上場している銘 柄の株式時価総額に基づいて、規模を分類しているためであると考えられる。一方、本稿の分析で は、分析対象をジャスダック市場に限定しているため、IPO 企業が既公開企業と比べても、規模が 大きいという結果になったと考えられる。 10 表2 各簿価時価比率ポートフォリオをベンチマークとする IPO 件数とその割合 各クラスをベンチマークとする IPO の件数とその割合を示したものである。上段が件数、下段イ タリック体が割合である。簿価時価比率が最も小さいクラスを 1、簿価時価比率が最も大きいクラ スが 10 である。 1 2 3 4 5 6 415 77 50 38 16 10 9 6 6 4 631 65.8 12.2 7.9 6.0 2.5 1.6 1.4 1.0 1.0 0.6 100.0 簿価時価比率ランク: % 表3 7 8 9 10 合計 各規模-簿価時価比率 2 段階ソートポートフォリオをベンチマークとする IPO 件数とその割合 各クラスをベンチマークとする IPO の件数とその割合を示したものである。上段が件数、下段イ タリック体が割合である。まず規模を 5 分位し、同一規模クラスを次に簿価時価比率で 5 分位し ている。規模は、最も小さいクラスを 1、最も大きいクラスを 5 としている。また、簿価時価比率 は、同一規模クラスの中で、最も小さいクラスを 1、最も大きいクラスを 5 としている。 簿価時価比率ランク 規模ランク 1 2 3 4 5 合計 1 37 10 4 4 3 58 % 5.9 1.6 0.6 0.6 0.5 9.2 2 78 9 4 5 0 96 % 12.4 1.4 0.6 0.8 0.0 15.2 3 78 5 4 2 2 91 % 12.4 0.8 0.6 0.3 0.3 14.4 4 110 16 5 2 0 133 % 17.4 2.5 0.8 0.3 0.0 21.1 5 209 27 11 5 1 253 % 33.1 4.3 1.7 0.8 0.2 40.1 合計 % 512 67 28 18 6 631 81.1 10.6 4.4 2.9 1.0 100.0 5.2 記述統計量 表 5 は、IPO 企業の 3 年間のバイアンドホールド収益率、各ベンチマークの 3 年間のバイアン ドホールド収益率、及び、バイアンドホールド異常収益率の記述統計量を示したものである。歪度 をみると、どのベンチマークであっても、Barber and Lyon (1997) が指摘している通り、異常収 益率の分布は正に大きく歪んでいることがわかる。順序統計量に着目すると、全観測数の 50% を 含む四分位範囲(IQR)に対して、25% を含む第 3 四分位数(Q3)から最大値までの範囲が大き いことがわかる。このことは、歪度と同様、正に歪んだ分布を表しているとも考えられるが、外れ 値が存在する可能性があるとも考えられる。そのため、本稿では、平均値を用いた検定だけでな く、外れ値に頑健な中央値を代表値とする検定を行う。また、もし外れ値が存在するならば、それ を排除して分析した方が適切であろう。そこで、(第 1 四分位数) − 3 × (四分位範囲) より小さい異 常収益率、(第 3 四分位数) + 3 × (四分位範囲) より大きい異常収益率を満たすサンプルを外れ値と 11 表4 規模-簿価時価比率ポートフォリオの分類 各クラスをベンチマークとする IPO の件数とその割合を示したものである。上段が件数、下段イ タリック体が割合である。規模と簿価時価比率は独立に 5 分位している。規模は、最も小さいク ラスを 1、最も大きいクラスを 5 としている。また、簿価時価比率は、最も小さいクラスを 1、最 も大きいクラスを 5 としている。 簿価時価比率ランク 1 2 1 20 20 7 4 7 58 % 3.2 3.2 1.1 0.6 1.1 9.2 2 49 31 7 7 2 96 % 7.8 4.9 1.1 1.1 0.3 15.2 3 69 11 6 4 1 91 % 10.9 1.7 1.0 0.6 0.2 14.4 4 110 18 5 0 0 133 % 17.4 2.9 0.8 0.0 0.0 21.1 5 244 8 1 0 0 253 % 38.7 1.3 0.2 0.0 0.0 40.1 492 88 26 15 10 631 78.0 13.9 4.1 2.4 1.6 100.0 規模ランク 合計 % 3 4 5 合計 みなし、それらを排除した分析も行う。なお、外れ値排除後の各変数の記述統計量は表 6 に示して いる。 5.3 検定方法 本稿では、Lyon et al. (1999) が推奨するブートストラップ法による歪度修正 t 検定と Ikenberry et al. (1995) の経験分布による検定を採用する。*14 なお、ノンパラメトリックな検定方法として、 Wilcoxon の符号付順位検定があるが、この検定は、Barber and Lyon (1997) で AR に正の歪度 がある場合バイアスをもつことが示されている。そのため、本稿では採用しない。 5.3.1 ブートストラップ法による歪度修正 t 検定 歪度修正 t 統計量 tsa は次のように求める。 tsa = √ ( ) 1 2 1 n S + γ̂S + γ̂ 3 6n (6) ここで、 AR sd(AR) ∑n (ARiτ − AR) γ̂ = i=1 nsd(AR)3 S= *14 以下の説明は、Lyon et al. (1999) に依拠している。 12 (7) (8) 表 5 収益率の記述統計量:全サンプル BHRIP O は IPO 企業の 3 年間のバイアンドホールドリターン、BHRBM はベンチマークの 3 年間のバイアンドホールドリターン、AR はバイアンドホールド異常収益率である。Q1 は第 1 四分位数、Q3 は第 3 四分位数、IQR は四分位範囲を表している。 観測数 平均値 標準偏差 最小値 Q1 中央値 Q3 最大値 IQR 歪度 規模マッチング企業 BHRIP O 628 0.696 3.523 -0.999 -0.589 -0.147 0.653 55.000 1.242 8.902 BHRBM 628 0.212 1.238 -0.998 -0.438 -0.065 0.400 13.841 0.838 4.756 AR 628 0.484 3.613 -13.432 -0.555 -0.066 0.618 55.993 1.172 8.431 産業-規模マッチング企業 BHRIP O 624 0.700 3.532 -0.999 -0.584 -0.146 0.649 55.000 1.233 8.888 BHRBM 624 0.200 1.045 -0.999 -0.382 -0.039 0.463 8.847 0.845 3.483 AR 624 0.500 3.535 -7.793 -0.564 -0.081 0.572 55.993 1.136 9.098 簿価時価比率マッチング企業 BHRIP O 628 0.696 3.523 -0.999 -0.589 -0.147 0.653 55.000 1.242 8.902 BHRBM 628 0.003 1.273 -1.000 -0.595 -0.240 0.162 21.629 0.757 8.853 AR 628 0.694 3.637 -20.290 -0.404 0.065 0.798 55.615 1.202 7.788 規模-簿価時価比率マッチング企業 BHRIP O 616 0.700 3.545 -0.999 -0.594 -0.146 0.653 55.000 1.246 8.896 BHRBM 616 -0.044 1.192 -1.000 -0.637 -0.299 0.119 18.355 0.756 7.075 AR 616 0.744 3.601 -18.178 -0.248 0.125 0.870 55.720 1.118 8.224 8.927 規模ポートフォリオ BHRIP O 632 0.690 3.513 -0.999 -0.594 -0.147 0.649 55.000 1.243 BHRBM 632 0.279 0.679 -0.709 -0.225 0.121 0.582 2.604 0.807 1.134 AR 632 0.411 3.394 -2.532 -0.609 -0.260 0.284 54.964 0.892 9.742 8.920 簿価時価比率ポートフォリオ BHRIP O 631 0.691 3.516 -0.999 -0.594 -0.148 0.650 55.000 1.244 BHRBM 631 0.369 0.887 -0.791 -0.341 0.114 0.915 3.862 1.256 1.006 AR 631 0.322 3.430 -2.826 -0.621 -0.225 0.279 54.883 0.899 9.444 規模-簿価時価比率 2 段階ソートポートフォリオ BHRIP O 631 0.691 3.516 -0.999 -0.594 -0.148 0.650 55.000 1.244 8.920 BHRBM 631 0.239 0.894 -0.780 -0.390 -0.046 0.452 3.260 0.842 1.483 AR 631 0.452 3.452 -3.560 -0.491 -0.160 0.456 54.864 0.948 9.286 規模-簿価時価比率ポートフォリオ BHRIP O 631 0.691 3.516 -0.999 -0.594 -0.148 0.650 55.000 1.244 8.920 BHRBM 631 0.198 0.840 -0.757 -0.385 -0.036 0.432 4.389 0.817 1.639 AR 631 0.493 3.451 -4.012 -0.505 -0.175 0.447 54.981 0.952 9.441 8.899 産業ポートフォリオ BHRIP O 626 0.696 3.527 -0.999 -0.586 -0.147 0.646 55.000 1.232 BHRBM 626 0.140 0.714 -0.966 -0.298 0.017 0.356 8.425 0.654 3.707 AR 626 0.556 3.391 -7.342 -0.475 -0.131 0.451 54.586 0.926 9.506 8.920 全既公開企業ポートフォリオ BHRIP O 631 0.691 3.516 -0.999 -0.594 -0.148 0.650 55.000 1.244 BHRBM 631 0.362 0.720 -0.683 -0.235 0.269 0.824 2.561 1.058 0.888 AR 631 0.329 3.388 -2.530 -0.658 -0.287 0.225 54.756 0.883 9.771 13 表6 収益率の記述統計量:外れ値排除サンプル BHRIP O は IPO 企業の 3 年間のバイアンドホールドリターン、BHRBM はベンチマークの 3 年間のバイアンドホールドリターン、AR はバイアンドホールド異常収益率である。Q1 は第 1 四分位数、Q3 は第 3 四分位数、経験分布 IQR は四分位範囲を表している。 平均値 標準偏差 最小値 Q1 中央値 Q3 最大値 IQR 歪度 590 0.132 1.136 -0.999 -0.623 -0.204 0.463 7.951 1.086 2.313 590 0.120 0.880 -0.998 -0.451 -0.075 0.379 5.733 0.830 2.102 590 0.012 1.126 -3.340 -0.560 -0.097 0.468 3.917 1.027 0.502 観測数 規模マッチング企業 BHRIP O BHR BM AR 産業-規模マッチング企業 BHRIP O 586 0.127 1.121 -0.999 -0.619 -0.201 0.461 7.951 1.081 2.347 BHRBM 586 0.124 0.826 -0.999 -0.401 -0.063 0.408 4.978 0.809 2.052 AR 586 0.003 1.048 -3.554 -0.585 -0.112 0.380 3.924 0.966 0.683 簿価時価比率マッチング企業 BHRIP O 596 0.155 1.152 -0.999 -0.614 -0.200 0.466 6.217 1.080 2.021 BHRBM 596 -0.056 0.861 -1.000 -0.597 -0.240 0.139 4.396 0.736 2.227 AR 596 0.211 1.149 -3.636 -0.419 0.034 0.653 4.347 1.072 0.835 規模-簿価時価比率マッチング企業 BHRIP O 578 0.132 1.114 -0.999 -0.623 -0.200 0.464 6.818 1.088 2.057 BHRBM 578 -0.122 0.839 -1.000 -0.645 -0.312 0.085 4.417 0.730 2.126 AR 578 0.254 1.026 -3.447 -0.265 0.085 0.693 4.108 0.958 0.384 1.814 規模ポートフォリオ BHRIP O 593 0.083 1.012 -0.999 -0.624 -0.209 0.441 4.733 1.065 BHRBM 593 0.244 0.659 -0.709 -0.240 0.094 0.528 2.604 0.768 1.150 AR 593 -0.161 0.835 -2.532 -0.627 -0.294 0.170 2.795 0.797 1.014 1.914 簿価時価比率ポートフォリオ BHRIP O 591 0.077 1.009 -0.999 -0.625 -0.213 0.441 6.217 1.065 BHRBM 591 0.337 0.880 -0.791 -0.363 0.077 0.832 3.862 1.196 1.041 AR 591 -0.260 0.953 -2.826 -0.670 -0.264 0.131 2.954 0.801 0.329 1.985 規模-簿価時価比率 2 段階ソートポートフォリオ BHRIP O 594 0.105 1.064 -0.999 -0.623 -0.204 0.457 6.217 1.081 BHRBM 594 0.207 0.882 -0.780 -0.402 -0.087 0.412 3.260 0.814 1.527 AR 594 -0.102 1.017 -3.153 -0.529 -0.193 0.278 3.227 0.807 0.363 規模-簿価時価比率ポートフォリオ BHRIP O 591 0.087 1.031 -0.999 -0.625 -0.209 0.444 6.217 1.069 1.962 BHRBM 591 0.165 0.811 -0.757 -0.400 -0.061 0.411 3.505 0.811 1.584 AR 591 -0.079 0.925 -3.096 -0.517 -0.226 0.275 3.232 0.792 0.732 1.733 産業ポートフォリオ BHRIP O 587 0.081 0.999 -0.999 -0.623 -0.209 0.441 4.670 1.063 BHRBM 587 0.083 0.592 -0.966 -0.315 -0.025 0.310 2.892 0.625 1.818 AR 587 -0.002 0.852 -2.478 -0.490 -0.195 0.323 3.217 0.813 1.089 1.785 全既公開企業ポートフォリオ BHRIP O 592 0.081 1.007 -0.999 -0.624 -0.211 0.443 4.733 1.067 BHRBM 592 0.325 0.702 -0.683 -0.260 0.253 0.803 2.561 1.063 0.906 AR 592 -0.244 0.817 -2.530 -0.675 -0.337 0.060 2.747 0.735 0.961 14 である。n はサンプルサイズ、AR は異常収益率の標本平均、sd(AR) 異常収益率の標準偏差を表 す。そして、元のサンプルからサイズ n(b) = n/4 の再サンプルを行い、次の統計量を計算する。 t(b) sa = ( ) √ 1 1 n(b) S (b) + γ̂ (b) S (b)2 + (b) γ̂ (b) 3 6n (9) ここで、 S (b) = γ̂ (b) = AR (b) − AR (10) (b) sd (AR) ∑n(b) (b) (b) i=1 (ARiτ − AR ) (11) n(b) sd(b) (AR)3 (b) である。再サンプルは 10000 回繰り返し、そこから得られた tsa の分布から臨界値を算出する。有 意水準 α の臨界値は、次の式を満たす (xl , xu ) である。 (b) P rob[t(b) sa ≤ xl ] = P rob[tsa ≥ xu ] = α 2 (12) この臨界値 (xl , xu ) と歪度修正 t 統計量 tsa を比較することで両側検定を行う。 5.3.2 Ikenberry et al. (1995) の経験分布による検定 Ikenberry et al. (1995) の経験分布による検定は、帰無仮説の下での長期異常収益率の経験分布 を生成し、その経験分布に基づいて検定を行う手法である。具体的には、次のような手順をとる。 各 IPO 企業のベンチマークポートフォリオを構成する企業をランダムに選び、その企業について 当該 IPO の公開日から 3 年間の異常収益率を IPO 企業と同様に算出する。その結果、各 IPO 企 業に対して計測時点と特性がマッチした観測数が同一の異常収益率のサンプルができる。この作業 を 10000 回繰り返し、各サンプルに対して異常収益率の平均値を算出する。そこから得られた平均 e 値の経験分布から臨界値を算出する。この平均値 AR と記すと、有意水準 α の臨界値は、次の式 を満たす (yl , yu ) である。 e e P rob[AR ≤ yl ] = P rob[AR ≥ yu ] = α 2 (13) この臨界値 (yl , yu ) と実際のサンプルから求めた異常収益率の標本平均 AR を比較することで両側 検定を行う。 この手法は、中央値にも応用可能であると考えられる。そこで、中央値についても同様の手法で 検定を行う。 なお、この検定はベンチマークがポートフォリオのときに利用可能な手法である。マッチングア プローチでは使用できない。 5.4 検定結果 全サンプルを対象にしたときの検定結果は表 7 に、外れ値を除いたサンプルを対象にしたときの 検定結果は表 8 に示している。以下では、マッチングアプローチの結果とレファレンスポートフォ 15 リオアプローチの結果を順にみていく。その上で、両者の結果の比較を行う。 5.4.1 マッチングアプローチの結果 まず、マッチングアプローチの結果をみる。なお、マッチングアプローチでは、経験分布による 検定はできないため、歪度修正 t 検定のみを行っている。全サンプルを対象にした結果(表 7 左) をみると、すべてのベンチマークに対して、異常収益率の平均値は有意に正であることがわかる。 これは IPO 企業がベンチマークのマッチング企業をオーバーパフォーマンスしていることを意味 する。 しかし、これは平均値が正の外れ値の影響を受けたからかもしれない。そこで、外れ値を排除し たサンプルを対象にした結果(表 8 左)をみると、ベンチマークが規模マッチング企業の場合と産 業-規模マッチング企業の場合では有意ではないが、ベンチマークが簿価時価比率マッチング企業 の場合と規模-簿価時価マッチング企業の場合では、依然として有意にオーバーパフォーマンスし ていることがわかる。 以上をまとめると、一部の IPO 企業がベンチマークを大きくオーバーパフォーマンスし、また、 その他の大多数の IPO 企業もベンチマークのパフォーマンスと差がないか、あるいは、オーバー パフォーマンスするといえる。 5.4.2 レファレンスポートフォリオアプローチの結果 次に、レファレンスポートフォリオアプローチの結果をみる。歪度修正 t 検定(表 7 左)では、 すべてのベンチマークに対して、有意に正であることがわかる。また、平均値に関する経験分布に よる検定結果(表 7 中央)では、ベンチマークが規模-簿価時価比率 2 段階ポートフォリオの場合 は有意ではないものの、その他の場合は有意に正であることがわかる。これは IPO 企業がベンチ マークのポートフォリオを有意にオーバーパフォーマンスしていることを意味する。 しかし、マッチングアプローチの結果と同様、平均値が正の外れ値の影響を受けている可能性が ある。そこで、まず、中央値に関する経験分布による検定結果(表 7 右)をみる。ベンチマークが 簿価時価比率ポートフォリオの場合では有意ではないが、それ以外の場合では有意に負であること がわかる。次に、外れ値を排除したサンプルに対する検証結果をみる。歪度修正 t 検定(表 8 左) では、ベンチマークが産業ポートフォリオの場合を除いて、有意に負であることがわかる。平均値 に関する経験分布による検定(表 8 右)では、ベンチマークが簿価時価比率ポートフォリオの場 合と規模-簿価時価比率ポートフォリオの場合で有意ではないものの、そのほかの結果は有意に負 である。したがって、外れ値を排除したサンプルを分析対象とする場合は、総じて言えば、ベンチ マークのポートフォリオを有意にアンダーパフォームしていることを意味する。 以上をまとめると、一部の IPO 企業がベンチマークを大きくオーバーパフォーマンスしている が、その他の大多数 IPO 企業はベンチマークをアンダーパフォーマンスしているといえる。 16 17 検定結果:全サンプル 0.744 規模-簿価時価比率マッチング企業 5.264 6.299 3.279 0.493 0.555 0.329 規模-簿価時価比率ポートフォリオ 産業ポートフォリオ 全既公開企業ポートフォリオ 3.118 4.685 0.322 0.452 簿価時価比率ポートフォリオ(10 分位) 4.310 0.411 規模-簿価時価比率 2 段階ソートポートフォリオ 規模ポートフォリオ(10 分位) レファレンスポートフォリオアプローチ: 7.200 0.694 8.084 5.122 0.500 4.683 簿価時価比率マッチング企業 0.484 歪度修正 t 統計量 産業-規模マッチング企業 規模マッチング企業 マッチングアプローチ: 平均値 [-2.621, 1.834]*** [-2.446, 1.842]*** [-2.855, 1.871]*** [-2.624, 1.808]*** [-2.513, 1.835]*** [-2.684, 1.834]*** [-2.852, 1.914]*** [-2.964, 1.853]*** [-2.959, 1.849]*** [-2.887, 1.864]*** 5% 水準 両側臨界値 ブートストラップ法による歪度調整 t 検定 0.329 0.555 0.493 0.452 0.322 0.411 平均値 [0.057, 0.243]*** [-0.196, -0.018]*** [0.211, 0.740] [-0.172, 0.002]*** [-0.130, 0.050]*** [-0.366, -0.184]*** 5% 水準 両側臨界値 -0.287 -0.130 -0.175 -0.160 -0.225 -0.260 中央値 経験分布による検定 [-0.040, 0.052]*** [-0.243, -0.140]*** [-0.291, -0.189] [-0.151, -0.048]** [-0.154, -0.054]*** [-0.189, -0.099]*** 5% 水準 両側臨界値 各ベンチマークに対する検定結果を示している。ブートストラップ法による歪度修正 t 検定、経験分布による検定ともに、有意水準を 5% としたときの臨界値 のみを記している。***、**、*はそれぞれ 1% 水準、5% 水準、10% 水準有意を表す。 表7 18 検定結果:外れ値排除サンプル 0.211 0.254 簿価時価比率マッチング企業 規模-簿価時価比率マッチング企業 -2.026 -0.017 -6.558 -0.102 -0.079 -0.001 -0.243 規模-簿価時価比率 2 段階ソートポートフォリオ 規模-簿価時価比率ポートフォリオ 産業ポートフォリオ 全既公開企業ポートフォリオ -2.407 -6.440 -0.260 簿価時価比率ポートフォリオ(10 分位) -4.389 -0.161 規模ポートフォリオ(10 分位) レファレンスポートフォリオアプローチ: 4.718 0.004 6.136 0.088 0.012 産業-規模マッチング企業 0.274 歪度修正 t 統計量 規模マッチング企業 マッチングアプローチ: 平均値 [-2.003, 1.918] [-2.036, 1.985]*** [-2.007, 2.098]** [-1.973, 1.963]** [-2.017, 1.981]*** [-2.000, 2.047]*** [-1.996, 2.068]*** [-2.017, 1.946] [-1.970, 1.982]*** [-2.004, 1.967] 5% 水準 両側臨界値 ブートストラップ法による歪度調整 t 検定 -0.243 -0.001 -0.079 -0.102 -0.260 -0.161 平均値 [-0.186, -0.005]*** [-0.168, 0.012] [0.056, 0.234]*** [-0.362, -0.178] [0.208, 0.760]*** [-0.121, 0.056]*** 5% 水準 両側臨界値 経験分布による検定 各ベンチマークに対する検定結果を示している。ブートストラップ法による歪度修正 t 検定、経験分布による検定ともに、 有意水準を 5% としたときの臨界値のみを記している。***、**、*はそれぞれ 1% 水準、5% 水準、10% 水準有意を表す。 表8 5.4.3 2 つアプローチの結果の比較と追加的な検証 ここでは、マッチングアプローチとレファレンスポートフォリオアプローチの歪度修正 t 検定の 結果を比較する。 全サンプルを対象としたとき、マッチングアプローチとレファレンスポートフォリオアプローチ ともにすべてのベンチマークで有意に正である。これは、両アプローチに結果の違いはない。 外れ値を除いたサンプルを対象としたとき、マッチングアプローチでは、規模マッチング企業と 産業-規模マッチング企業をベンチマークとする場合、有意ではない。一方、レファレンスポート フォリオアプローチでは、規模ポートフォリオをベンチマークとする場合、有意に負である。これ は、Lyon et al. (1999) が指摘するように、レファレンスポートフォリオアプローチよりもマッチ ングアプローチの検定力が低いからかもしれない。 しかし、検定力の差では説明できない違いも存在する。簿価時価比率マッチング企業と規模-簿 価時価比率マッチング企業をベンチマークとする場合、異常収益率の平均値は有意に正である。一 方で、簿価時価比率を選定基準にするポートフォリオでは、有意に負である。なぜこのような違い が生じるのだろうか。 表 2 をみてもわかるように、IPO 企業のほとんどは、簿価時価比率が最も小さいクラスに分類 される。同じクラスに属する IPO 企業のベンチマークは、同一のポートフォリオである。これで は、十分に簿価時価比率の効果をコントロールしているとはいえないかもしれない。そこで、マッ チングを応用して、より IPO 企業と簿価時価比率が近いポートフォリオ構成し、そのポートフォ リオをベンチマークとする検証を行う。また、規模についても同様にポートフォリオを構成して検 証を行う。これは、規模マッチング企業と産業-規模マッチング企業をベンチマークとしたとき有 意な結果が得られなかったのは、マッチングアプローチの検定力の低さに起因するのどうかを確認 するためである。 具体的には、以下のポートフォリオを構成する。 (1) 規模マッチングポートフォリオ: 株式時価総額が IPO 企業と近い上位 10 社の企業でポートフォリオを構成する。これをレ ファレンスポートフォリオとする。 (2) 産業-規模マッチングポートフォリオ: IPO 企業と同一産業に属し、株式時価総額が IPO 企業と近い上位 10 社でポートフォリオ を構成する。これをレファレンスポートフォリオとする。なお、同一産業に属する企業が 10 社に満たない場合は、その産業の全銘柄をポートフォリオ構成銘柄とする。 (3) 簿価時価比率マッチングポートフォリオ: 簿価時価比率が IPO 企業と近い上位 10 社の企業でポートフォリオを構成する。これをレ ファレンスポートフォリオとする。 (4) 規模-簿価時価比率マッチングポートフォリオ: 株式時価総額を 10 分位に分け、それを基準にして IPO 企業の時株式価総額がどのクラスに 19 属するかを分類する。そして、IPO 企業が分類されたクラスの中で、簿価時価比率が IPO 企業と近い上位 10 社でポートフォリオを構成する。 以下では、これらのポートフォリオをマッチングポートフォリオと呼ぶ。マッチングポートフォリ オをベンチマークとしたときの記述統計量は、表 9 と表 10 にまとめている。 表9 ベンチマークをマッチングポートフォリオとしたときの記述統計量:全サンプル BHRIP O は IPO 企業の 3 年間のバイアンドホールドリターン、BHRBM はベンチマークの 3 年間のバイアンドホールドリターン、AR はバイアンドホールド異常収益率である。Q1 は第 1 四分位数、Q3 は第 3 四分位数、IQR は四分位範囲を表している。 観測数 平均値 標準偏差 最小値 Q1 中央値 Q3 最大値 IQR 歪度 規模マッチングポートフォリオ BHRIP O 631 0.691 3.516 -0.999 -0.594 -0.148 0.650 55.000 1.244 8.920 BHRBM 631 0.201 0.740 -0.855 -0.301 -0.019 0.542 4.008 0.844 1.774 AR 631 0.490 3.450 -3.883 -0.559 -0.174 0.443 55.464 1.002 9.538 産業-規模マッチングポートフォリオ BHRIP O 625 0.698 3.530 -0.999 -0.582 -0.146 0.649 55.000 1.231 8.894 BHRBM 625 0.231 0.815 -0.930 -0.261 0.033 0.459 8.511 0.720 3.074 AR 625 0.467 3.449 -7.428 -0.522 -0.172 0.393 55.191 0.915 9.434 簿価時価比率マッチングポートフォリオ BHRIP O 631 0.691 3.516 -0.999 -0.594 -0.148 0.650 55.000 1.244 8.920 BHRBM 631 0.130 1.012 -0.915 -0.437 -0.106 0.303 6.012 0.740 2.723 AR 631 0.561 3.558 -5.670 -0.411 -0.069 0.548 55.764 0.959 8.706 規模-簿価時価比率マッチングポートフォリオ BHRIP O 631 0.691 3.516 -0.999 -0.594 -0.148 0.650 55.000 1.244 8.920 BHRBM 631 0.042 0.810 -1.000 -0.433 -0.119 0.234 5.102 0.666 2.505 AR 631 0.649 3.490 -4.749 -0.361 -0.043 0.589 55.542 0.950 9.186 マッチングポートフォリオをベンチマークとしたときの全サンプルを対象に検定を行った結果は 表 11 に、外れ値を排除したサンプルを対象に検定を行った結果は表 12 にまとめている。 全サンプルの結果をみると、歪度修正 t 検定の結果(表 11 左)と平均値に関する経験分布によ る検定の結果(表 11 中央) 、すべてのベンチマークで有意で正である。この結果は、平均値が外れ 値の影響を受けたためであると考えられる。 そこで、まず、中央値に関する検定結果(表 11 右)をみる。ベンチマークが規模マッチングポー トフォリオの場合と産業-規模マッチングポートフォリオの場合では、IPO 企業は有意にアンダー パフォーマンスしていることがわかる。一方、ベンチマークが簿価時価比率マッチングポートフォ リオの場合と規模-簿価時価比率マッチングポートフォリオの場合では有意ではない。 次に、外れ値排除サンプルを対象にした検定結果をみる。歪度修正 t 検定(表 12 左)では、ベ ンチマークが規模-マッチングポートフォリオの場合で 10% 水準有意で負、ベンチマークが産業規模マッチングポートフォリオの場合で 5 % 水準有意で負となっている。しかし、ベンチマーク が簿価時価比率マッチングポートフォリオの場合と規模-簿価時価比率マッチングポートフォリオ の場合では 1% 水準で有意に正となっている。平均値に関する経験分布による検定(表 12 右)で は、ベンチマークが規模-マッチングポートフォリオの場合と産業-規模マッチングポートフォリオ 20 表 10 ベンチマークをマッチングポートフォリオとしたときの記述統計量:外れ値排除サンプル BHRIP O は IPO 企業の 3 年間のバイアンドホールドリターン、BHRBM はベンチマークの 3 年間のバイアンドホールドリターン、AR はバイアンドホールド異常収益率である。Q1 は第 1 四分位数、Q3 は第 3 四分位数、IQR は四分位範囲を表している。 観測数 平均値 標準偏差 最小値 Q1 中央値 Q3 最大値 IQR 歪度 規模マッチングポートフォリオ BHRIP O 592 0.091 1.021 -0.999 -0.624 -0.207 0.457 4.733 1.081 1.749 BHRBM 592 0.158 0.684 -0.855 -0.312 -0.040 0.498 3.814 0.810 1.594 AR 592 -0.067 0.920 -3.012 -0.576 -0.211 0.267 3.402 0.843 0.915 1.895 産業-規模マッチングポートフォリオ BHRIP O 586 0.097 1.037 -0.999 -0.619 -0.204 0.446 5.600 1.065 BHRBM 586 0.183 0.717 -0.930 -0.276 0.011 0.411 4.273 0.687 1.947 AR 586 -0.086 0.892 -2.882 -0.537 -0.209 0.208 3.054 0.744 0.826 簿価時価比率マッチングポートフォリオ BHRIP O 576 0.087 1.004 -0.999 -0.627 -0.211 0.457 4.209 1.083 1.643 BHRBM 576 -0.014 0.701 -0.915 -0.471 -0.156 0.234 4.248 0.705 1.883 AR 576 0.101 0.893 -3.165 -0.408 -0.088 0.451 3.410 0.859 1.092 規模-簿価時価比率マッチングポートフォリオ BHRIP O 585 0.078 0.996 -0.999 -0.626 -0.216 0.457 4.317 1.082 1.684 BHRBM 585 -0.029 0.703 -1.000 -0.449 -0.162 0.149 4.150 0.598 2.333 AR 585 0.107 0.934 -3.204 -0.370 -0.073 0.392 3.408 0.762 0.625 の場合で 5% 水準で有意に負となっている。ベンチマークが簿価時価比率マッチングポートフォリ オの場合と規模-簿価時価比率マッチングポートフォリオの場合では有意ではない。 以上をまとめると、ベンチマークを規模マッチングポートフォリオや産業規模マッチングポート フォリオとしたとき、ベンチマークを規模ポートフォリオとしたときと同様、IPO 企業は有意に アンダーパフォーマンスしているといえる。このため、ベンチマークが規模-マッチング企業の場 合と産業-規模マッチング場合で有意に負とならなかったのは、マッチングアプローチの検定力の 低さが原因かもしれない。これに対して、ベンチマークを簿価時価比率マッチングポートフォリオ や規模-簿価時価比率マッチングポートフォリオとしたとき、歪度修正 t 検定に着目すると、ベン チマークを簿価時価比率マッチング企業や規模-簿価時価比率マッチング企業としたときと同様、 IPO 企業は有意にオーバーパフォームしているといえる。しかし、経験分布による検定をみると、 ベンチマークの収益率と有意な差はない。この結果は、十分に簿価時価比率の効果をコントロール すると少なくとも IPO 企業はアンダーパフォーマンスは観察されないことを示唆している。 では、実際に、ベンチマークが簿価時価比率マッチング企業の場合、規模-簿価時価比率マッチ ング企業の場合、簿価時価比率マッチングポートフォリオの場合、及び、規模-簿価時価比率マッ チングポートフォリオの場合は、簿価時価比率の効果が十分コントロールされているのだろうか。 また、その他のベンチマークでは、たとえ、簿価時価比率ポートフォリオがベンチマークであって も、簿価時価比率の効果が十分コントロールされていないのだろうか。 このことを調べるために、外れ値を除いたサンプルを対象として、異常収益率を被説明変数、 IPO 企業の簿価時価比率を説明変数とする線形の回帰を行う。もし、簿価時価比率の効果がコン 21 22 5.248 4.902 5.829 0.490 0.467 0.561 0.649 規模マッチングポートフォリオ 産業-規模マッチングポートフォリオ 簿価時価比率マッチングポートフォリオ 規模-簿価時価比率マッチングポートフォリオ 7.392 歪度修正 t 統計量 平均値 [-2.844, 1.857]*** [-2.715, 1.801]*** [-2.580, 1.804]*** [-2.725, 1.792]*** 5% 水準 両側臨界値 ブートストラップ法による歪度調整 t 検定 0.649 0.561 0.467 0.490 平均値 [-0.143, 0.020]*** [-0.025, 0.159]*** [-0.055, 0.136]*** [-0.052, 0.109]*** 5% 水準 両側臨界値 -0.043 -0.069 -0.171 -0.174 中央値 経験分布による検定 [-0.069, 0.016] [-0.106, -0.026] [-0.106, -0.015]*** [-0.098, 0.000]*** 5% 水準 両側臨界値 各ベンチマークに対する検定結果を示している。ブートストラップ法による歪度修正 t 検定、経験分布による検定ともに、有意水準を 5% としたときの臨界値 のみを記している。***、**、*はそれぞれ 1% 水準、5% 水準、10% 水準有意を表す。 表 11 検定結果:全サンプル 23 検定結果:外れ値排除サンプル -1.711 -2.256 2.831 -0.066 -0.085 0.101 0.107 規模マッチングポートフォリオ 産業-規模マッチングポートフォリオ 簿価時価比率マッチングポートフォリオ 規模-簿価時価比率マッチングポートフォリオ 2.838 歪度修正 t 統計量 平均値 [-2.013, 1.963]*** [-2.060, 1.991]*** [-2.055, 1.925]* [-2.004, 1.978]** 5% 水準 両側臨界値 ブートストラップ法による歪度調整 t 検定 0.107 0.101 -0.085 -0.066 平均値 [0.007, 0.184] [-0.034, 0.131] [-0.047, 0.132]*** [-0.050, 0.111]*** 5% 水準 両側臨界値 経験分布による検定 各ベンチマークに対する検定結果を示している。ブートストラップ法による歪度修正 t 検定、経験分布による検定ともに、 有意水準を 5% としたときの臨界値のみを記している。***、**、*はそれぞれ 1% 水準、5% 水準、10% 水準有意を表す。 表 12 トロールされていれば、簿価時価比率の係数はゼロと異ならないと考えられる。逆にコントロール されていなければ、簿価時価比率の係数は有意となると考えられる。コントロールされていない場 合、簿価時価率の効果から考えて、予想される符号は正である。 表 13 回帰分析の結果 被説明変数は AR、説明変数を簿価時価比率とする回帰分析の結果である。上段が推定された係数 を表し、下段カッコ内が t 値を表す。***、**、*はそれぞれ 1% 水準、5% 水準、10% 水準有意 を表す。 (Intercept) 簿価時価比率 adj.R2 観測数 マッチングアプローチ: 規模マッチング企業 -0.143 [-2.325]** 0.362 [3.781]*** 0.022 590 産業-規模マッチング企業 -0.130 [-2.253]** 0.309 [3.443]*** 0.018 586 -0.001 596 -0.001 578 簿価時価比率マッチング企業 規模-簿価時価比率マッチング企業 0.184 [2.895]*** [0.635] 0.064 0.233 [4.069]*** [0.527] 0.047 レファレンスポートフォリオアプローチ: 規模ポートフォリオ -0.266 [-5.835]*** 0.245 [3.434]*** 0.018 592 簿価時価比率ポートフォリオ -0.389 [-7.516]*** 0.305 [3.755]*** 0.022 591 規模-簿価時価比率 2 段階ソートポートフォリオ -0.204 [-3.663]*** 0.240 [2.754]*** 0.011 594 規模-簿価時価比率ポートフォリオ -0.154 [-3.033]*** 0.177 [2.223]** 0.007 591 産業ポートフォリオ -0.107 [-2.280]** 0.247 [3.372]*** 0.017 587 全既公開企業ポートフォリオ -0.314 [-7.011]*** 0.165 [2.350]** 0.008 592 規模マッチングポートフォリオ -0.177 [-3.520]*** 0.263 [3.298]*** 0.016 592 産業-規模マッチングポートフォリオ -0.178 [-3.626]*** 0.216 [2.807]*** 0.012 586 -0.124 0.003 576 0.003 585 0.155 [3.085]*** 簿価時価比率マッチングポートフォリオ 規模-簿価時価比率マッチングポートフォリオ 0.047 [0.918] [-1.598] 0.139 [1.725]* 回帰分析の結果は表 13 にまとめている。ベンチマークが簿価時価比率マッチング企業の場合、 規模-簿価時価比率マッチング企業の場合、簿価時価比率マッチングポートフォリオの場合は、簿価 時価比率の係数は、有意にゼロと異ならない。このことは、簿価時価比率の効果がコントロールさ れていること示すものと考えられる。規模-簿価時価比率マッチングポートフォリオをベンチマー クとした場合は、係数の符号は正で 10% 水準で有意である。これは、同一規模クラスという制約 の中で、簿価時価比率が近い企業 10 社を選択したためであろう。ただし、係数が有意なその他の 24 ベンチマークと比べれば有意性は低い。この意味で、十分とはいえないものの、ある程度は簿価時 価比率の効果をコントロールしていると考えられる。 一方で、上に挙げた 4 つのベンチマーク以外では、係数の符号は正で、1% 水準、あるいは 5% 水準で有意である。たとえ簿価時価比率ポートフォリオがベンチマークであっても、簿価時価比率 の効果を十分にコントロールしていないといえる。ここから、レファレンスポートフォリオアプ ローチでは、簿価時価比率の効果が十分にコントロールされていないベンチマークで、アンダーパ フォーマンスが観察されていることがわかる。IPO 企業は、簿価時価比率が既公開企業に比べて 低い。一般に、簿価時価比率が低い企業は、低いパフォーマンスとなることが知られている。その ため、これらのベンチマークで IPO 企業の長期のアンダーパフォーマンスが観察されたのは、簿 価時価比率の効果を十分にコントロールできていなかったことに起因する可能性がある。 5.4.4 結果のまとめ まず、全サンプルを対象にした平均値に関する検定結果から、一部の IPO 企業の長期パフォー マンスがベンチマークを大きく上回るといえる。 全サンプルを対象にした中央値に関する検定結果と外れ値を排除したサンプルを対象にした平 均値に関する検定結果から、規模属性の類似性を優先したレファレンスポートフォリオや産業・市 場全体からなるポートフォリオをベンチマークとする場合は、大多数の企業で平均的にアンダー パフォーマンスが観察されるといえる。しかし、その結果は、簿価時価比率の効果を十分にコント ロールできていないことが原因で生じた可能性がある。簿価時価比率の効果を十分にコントロー ルすれば、少なくともアンダーパフォーマンスは観察されない。このことは、IPO のアンダーパ フォーマンスは、IPO 単独の効果ではないという Brav and Gompers (1997) の帰結と整合的で ある。 6 カレンダータイムポートフォリオアプローチによる検証 6.1 検定方法 カレンダータイムポートフォリオアプローチでは、IPO 企業で構成されるポートフォリオの 収益率を Fama-French の 3 ファクターに回帰し、切片の係数の推定値を異常収益率とみなす。 Fama-French の 3 ファクターモデルは、次の式で表される。 Rp,τ − Rf,τ = α + β(Rm,τ − Rf,τ ) + sSM Bτ + hHM Lτ + ϵt (14) ここで、Rp,τ は IPO 企業で構成されるポートフォリオの月次収益率、Rm,τ は市場の月次収益率、 Rf,τ は安全資産の月次収益率、SM Bt は規模が小さい企業から構成されるポートフォリオの月次 収益率から規模が大きい企業から構成されるポートフォリオの月次収益率を減じたもの、HM Lt は簿価時価比率が高い企業から構成されるポートフォリオの月次収益率から規模が低い企業から構 成されるポートフォリオの月次収益率を減じたもの、ϵt は誤差項である。 IPO 企業で構成されるポートフォリオの月次収益率は次のように求める。まず、公開後 756 営 25 業日間以内の企業からなる時価加重平均ポートフォリオを構成し、営業日ごとの収益率を求める。 このとき、公開後 756 営業日を経過した銘柄、その前にジャスダック市場から退出した銘柄は、 ポートフォリオの構成銘柄から除外する。τ 月の月次収益率は、その月の営業日ごとの収益率(グ ロスの収益率)の積から 1 を減じて算出する。 市場の月次収益率は次のように求める。ジャスダック市場に属する公開後 756 営業を経過した すべての企業からなる時価加重平均ポートフォリオを構成し営業日ごとの収益率を求める。月次の 市場収益率は、その月の営業日ごとの収益率(グロスの収益率)の積から 1 を減じて算出する。安 全資産の収益率は、有担保翌日物コールレートの月中平均値を 12 で除したものを使用する。 SM B と HM L は次のように求める。ジャスダック市場に属する簿価時価比率が負でない IPO 後 756 営業日を経過した企業を対象にして、株式時価総額を 50 % 分類 (中央値) で分け、規模が 大きいポートフォリオと規模が小さいポートフォリオを構成する。それとは独立に、簿価時価比率 を 30% 分位点と 70% 分位点で分け、簿価時価比率が高位、中位、低位のポートフォリオを構成す る。以上の操作で、規模小・簿価時価比率低 (BH)、規模小・簿価時価比率中 (BM)、規模小・簿価 時価比率高 (BL)、規模大・簿価時価比率低 (SH)、規模大・簿価時価比率中 (SM)、規模大・簿価 時価比率高 (SH) の 6 つのポートフォリオができる。そして、各ポートフォリオに対して、市場収 益率と同様に月次収益率を算出する。SM B は、SH、SM、SL ポートフォリオの月次収益率の算 出平均から BH、BM、BL ポートフォリオの月次収益率の算出平均を減じたもので求める。HM L は、SH、BH ポートフォリオの月次収益率の算出平均から SL、BL ポートフォリオの月次収益率 の算出平均を減じたもので求める。ポートフォリオの組み換えは 8 月末の株式時価総額と簿価時価 比率に応じて行う。 回帰分析によって得られた α の推定値が、Fama-French の 3 ファクターモデルでは、説明する ことのできない異常収益率である。α の推定値が負で有意ならば、IPO 企業はアンダーパフォーマ ンスしていることになる。検定統計量は通常の t 値である。すなわち、 α̂ S.E.(α̂) (15) である。ここで、α̂ は α の推定値、S.E.(α̂) は α̂ の標準誤差の推定値である。本稿では、Fama- French の 3 ファクターモデルに基づく計測だけでなく、説明変数から SM B と HM L を除いて、 CAPM に基づく計測も同様に行う。分析期間は、IPO 企業で構成されるポートフォリオの銘柄数 が少ない 1997 年は除き、1998 年 1 月からを対象とする。分析に使用する変数の記述統計量は、表 14 にまとめている。 ただし、2 節でも述べたとおり、この手法は IPO 企業からなるポートフォリオの平均月次異常収 益率がゼロから異なっているかを検定するものである。3 年間の平均異常収益率がゼロから異なっ ているという検定ではない。その点に留意が必要である。 26 表 14 カレンダータイムポートフォリオアプローチで使用する変数の記述統計量 Rp − Rf は、IPO 企業で構成されるポートフォリオの月次収益率から安全資産の収益率を減じたもの、 Rm − Rf は市場の月次収益率から安全資産の月次収益率を減じたもの、SM B は規模が小さい企業から構成 されるポートフォリオの月次収益率から規模が大きい企業から構成されるポートフォリオの月次収益率を減じ たもの、HM L は簿価時価率が高い企業から構成されるポートフォリオの月次収益率から規模が低い企業か ら構成されるポートフォリオの月次収益率を減じたものである。Q1 は第 1 四分位数、Q3 は第 3 四分位数、 IQR は四分位範囲を表している。 観測数 平均値 標準偏差 最小値 Q1 中央値 Q3 最大値 IQR Rp − Rf 135 0.009 0.115 -0.290 -0.063 -0.005 0.065 0.454 0.128 Rm − Rf 135 0.004 0.071 -0.164 -0.041 -0.005 0.044 0.305 0.085 SM B 135 -0.002 0.031 -0.099 -0.021 0.001 0.015 0.098 0.036 HM L 135 0.005 0.046 -0.183 -0.014 0.007 0.029 0.198 0.042 表 15 カレンダータイムポートフォリオアプローチの検証結果 被説明変数 Rp − Rf は、IPO 企業で構成されるポートフォリオの月次収益率から安全資産の収益率を減じた ものである。Fama-French の 3 ファクターモデルに基づく計測では、Rm − Rf 、SM B 、HM L が説明変 数である。CAPM に基づく計測では、Rm − Rf が説明変数である。Rm − Rf は市場の月次収益率から安 全資産の月次収益率を減じたもの、SM B は規模が小さい企業から構成されるポートフォリオの月次収益率か ら規模が大きい企業から構成されるポートフォリオの月次収益率を減じたもの、HM L は簿価時価率が高い企 業から構成されるポートフォリオの月次収益率から規模が低い企業から構成されるポートフォリオの月次収益 率を減じたものである。上段が推定された係数を表し、下段カッコ内が t 値を表す。***、**、*はそれぞれ 1% 水準、5% 水準、10% 水準有意を表す。 (Intercept) Fama-French 0.005 [0.974] CAPM 0.003 [0.673] Rm − Rf 1.312 [15.618]*** SM B HM L adj.R2 -0.111 -0.265 [-2.145]** 0.748 133.595*** 135 0.743 388.528*** 135 [-0.639] 1.398 [19.711]*** F-stat. 観測数 6.2 検証結果 結果は、表 15 に示している。これをみると、Fama-French の 3 ファクターモデルに基づく計 測でも、CAPM に基づく計測でも、切片の係数は有意ではない。したがって、カレンダータイム ポートフォリオアプローチであっても、異常収益率が有意に検出されず、IPO 企業がアンダーパ フォームするとはいえない。 ただし、前提とする理論モデルが誤っている可能性や定式化の誤りの可能性があるかもしれな い。また、サンプルサイズが小さく、検定力が低いために有意差を検出できなかった可能性もある。 27 7 結語 IPO 企業の長期パフォーマンスの悪さは、IPO をめぐる定型化された事実の 1 つとして認識さ れている。しかし、近年の米国の研究では、必ずしも IPO 企業の長期パフォーマンスは悪いとは いえないことが指摘されている。このため、そもそも長期パフォーマンスの悪さは観察されるの か、議論の余地が大きいといえる。 そこで、本稿では、ジャスダック市場の IPO を対象に、実際に長期パフォーマンスの悪さが観 察されるのか否かを 2 つの方法で検証した。一つは、バイアンドホールド収益率による検証、もう 一つは、カレンダータイムポートフォリオによる検証である。 バイアンドホールド収益率による検証では、簿価時価比率の効果をコントロールすれば、IPO 後 の長期アンダーパフォーマンスの効果は観察されないという結果を得た。また、カレンダータイム ポートフォリオによる検証でも、アンダーパフォーマンスは観察されないという結果を得た。すな わち、本稿で対象とするサンプルでは、アンダーパフォーマンスは観察されないと結論付けられ る。したがって、長期パフォーマンスの悪さは、パズル現象として扱われるべきものではないとい える。 参考文献 [1] Barber, and Lyon, 1997, “Detecting Long-Run Abnormal Returns: The empirical power and Specification of Test Statistics,” Journal of Financial Economics, 43, 341-372, [2] Brav, 2000, “Inference in Long-Horizon Event Studies: A Bayesian Approach with Application to Initial Public Offerings,” Journal of Finance, 55, 1979-2016. 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