08I-tours de notre dame JAP:092006•PANTHEON_franc?ais 見学 ヴィクトル・ユゴー インフォメーション 8:46 歴史 Page 1 見学 ヴィクトル・ユゴー インフォメーション L L 歴史 見学 ヴィクトル・ユゴー インフォメーション L 日本語 ヴィクトル・ユゴーとノートルダム寺院 用語集 小説の舞台 大鐘:建造物中で最も大きい鐘 オジーブ:曲面天井の表面に張り出したアーチ で、支点からもう一方の支点まで頂点にある要 石を通って渡される キマイラ:怪物の一種で空想上の産物。装飾彫 刻であり、雨水を排出するための突出部である ガーゴイルとは別のもの 吸血鬼:「夜の鳥」を意味するギリシャ語の訳語 で、東洋の伝説では夜の悪霊とされる 鐘楼:鐘を支えるための骨組み構造 花形装飾:花に着想を得た装飾 広場:教会前の広場 ヴィクトル・ユゴーの有名な小説「ノートルダ ム・ド・パリ」は、1831年に出版されるやいな や大ベストセラーとなりました。これは当時、 中世やその建造物に対する興味が再熱したこと によるものです。ユゴーは、ノートルダムとい う歴史的な場所にメロドラマ風のストーリーを 組み合わせ、そのイマジネーションによってノ ートルダム寺院を驚くべき場所へと変えまし た。大聖堂を中心として、15世紀パリのごみご みとした生活が綴られています。 小説のストーリーの大部分はノートルダムの塔 において展開され、その鐘と、有名な鐘つき男 カジモドが中心をなしています。 文化遺産の擁護者 塔はノートルダム寺院において特別な場所で、 ヴィクトル・ユゴーはこの塔を「見事な建物全体 の中の、調和のとれた部分」と形容しています。 ユゴーは、ロマンチックで生き生きとした語り 口で、19世紀初頭の大聖堂のひどく荒廃した状 態にスポットを当てています。 「偉大な建築は、大きな山のように何世紀もかけ て築かれるものだ」と考えたユゴーは、ノートル ダム修復のための大キャンペーンに加担しま す。その結果、1845年に修復作業が開始されま した。この運動によって、文化遺産に対する関 心が促され、建造物修復のための政策が始めら れました。 役に立つ情報 見学に要する平均時間:50分 トイレなし。400段の階段、エレベーターなし。 身体の不自由な方向けの特別見学あり 国立モニュメントセンターは、フランスのモニュメントに関するガ イドシリーズを翻訳版で出版しています。文化・歴史遺産バージョ ンは書店ブティックにて販売しています。 Centre des monuments nationaux Tours de la cathédrale Notre-Dame de Paris 6 place du Parvis-Notre-Dame 75004 Paris tél. 01 53 10 07 00 tours-notre-dame@monuments-nationaux.fr www.monuments-nationaux.fr ノートルダム 寺院塔 crédits photos Arch. phot. © Centre des monuments nationaux, Paris. conception graphique Plein Sens, Anders. réalisation beau fixe. traduction Caractères et cætera. impression Néo-Typo, avril 2008. 歴史 26/03/08 中世パリの象徴 ゴシック建築の開花 1163年、モーリス・ド・シ ュリー司教によって、メロ ヴィング朝の大聖堂跡にパ リ・ノートルダム寺院の礎 石が築かれました。建築に 200年の歳月を要することに なった斬新な計画の始まり です。寺院の圧倒的な規模 は、1230年代にアミアンやランスの大聖堂が登 場するまで比類のないものでした。パリ・ノー トルダム寺院は、13世紀半ばまで、西洋で最大 級の宗教建築であることを誇っていました。非 常に近代的な設計で、身廊は5つの吹き抜け部分 に分かれ、張り出し交差廊を持ちません。内陣 には二つの周歩廊があります。 1220年代から1230年代には、上部に新様式であ ったレヨナン式ゴシックが導入され、内陣によ り多くの光が入るようになりました。 19世紀の修復 フランス革命期には、彫像が破損されました。 1845年から、ヴィオレ・ル・デュク やラシュス といった建築家によって、ノートルダム寺院が 修復作業に入り、彫刻装飾が再構成されていき ます。 08I-tours de notre dame JAP:092006•PANTHEON_franc?ais 歴史 見学 ヴィクトル・ユゴー 26/03/08 8:46 Page 4 インフォメーション L 見学にあたって 1 北塔の高層広間 はオルガン高壇と同じ高さにあ り、そのリブヴォールト(オジーブ*の天井) は、要石が地上14メートルの高さにあり、8つの 格間をもっています。広間の奥には、全体に飾 り間口が取られた小塔があり、内部には素晴ら しい螺旋階段が配されています。 7 A 受付 B 売店-書店 6 8 でスは、ヨハネがワシによって象徴され、聖ト マはヴィオレ・ル・デュクの相貌を持ち、デュ クの創作品を崇めるかのように尖塔側を向いて います。 8 南側 はセーヌ左岸で、カルチエ・ラタンで最も 古い住宅群が積み重なるようにして見えます。 サント・ジュヌヴィエーヴ山にはパンテオンが 姿を見せています。 西側には、サン・シュルピス教会の塔や廃兵院 (アンヴァリッド)の金色のドームが眺められ ます。 5 4 3 身廊 2 高層部分 2 キマイラ*の回廊は地上46メートルにあり、その 名は欄干の角部に飾られた彫像に由来していま す。19世紀にヴィオレ・ル・デュクによって、 架空の鳥、異形動物、架空の怪物といった創造 物がデザインされ、塔の高みに配置されまし た。入って右手にある最も有名な吸血鬼*は、塔 に留まって首都パリの変遷を見守っているかの ように見えます。彫刻装飾は回廊から見ること ができ、花形装飾*、ガーゴイル、渋面、釣り金 物など非常に種類が豊富です。キマイラの回廊 を支えている小円柱回廊には、アーケード状装 飾や非常に繊細な装飾が施されています。 3 教会前広場*には、パリと他の都市間の距離を測 るために用いられた印が見られます。舗装面に は、以前に存在した大聖堂の設計図の一部が描か れています。また、旧ヌーヴ・ノートル・ダム通 りの跡が、大きな敷石によって示されています。 この広場は、1860年代から1870年代にオスマン の都市計画工事によって整備されました。 4 南塔の鐘楼*には大聖堂最大の鐘が配置されてい ます。17世紀製のこの大鐘*は「エマニュエル」と 名づけられ、約13トンの重さを誇ります。その 鐘舌の重さは、500キロにのぼります。その音色 は、カトリック教の重要行事においてのみ耳に することができます。毎日数回鳴らされている のは、北塔の4つの鐘です。 教会前広場から望む西側正面 B クロワートル・ ノートル・ダム 通り側入り口 1 出口 9 11 10 A 教会前広場 南塔の最上部 ここではセーヌ川とその橋々を望む美しいパノ ラマが開かれ、パリの街を一望することができ ます。 5 西側 シテ島には、サント-シャペル、パリ市立 病院、裁判所が見られ、さらに先には、ルーヴ ル宮と凱旋門が、デファンスのグランド・アル シェと呼応して眺められます。 6 北側 サン-ジャック塔、モンマルトルの丘の上に は、サクレ-クール大聖堂が眺められます。 7 東側にはサン-ルイ島、フランス国立図書館が見 られます。 身廊の屋根上には、身廊と袖廊の交差部に配さ れた尖塔がみられます。フランス革命期に破壊 されたこれより小さなものに代わって、ヴィオ レ・ル・デュクによって造られたものです。3名 ずつ4つのグループに分けられた12使徒が、福音 書著者である寓意人物に付き添われて尖塔の両 側に降り立っています。福音書著者のグループ 正面は、垂直要素と水平要素の絶妙な組み合わ せによってバランスの取れたものとなってい ます。 4つの控え壁、塔、尖塔によって与えられた垂直 性と、イスラエル王とユダの回廊、およびその 上部にある小円柱の大回廊が生み出す水平性と が補い合っています。下部にある3つの正面入口 には、彫刻がふんだんに施されています。中央 には最後の審判(9)の扉口があり、そのタンパ ンには審判を行うキリスト、まぐさには魂の計 量が表されています。 左側は聖母マリアの扉(10)で、タンパンには 聖母マリアの戴冠がみられます。右側は、これ より古い聖アンナ(11)の扉で、タンパンには キリストを抱く聖母マリア像が、ロマネスク様 式を思わせる厳かさをもって表現されてい ます。 見学の際には、地下礼拝堂や大聖堂の中の傑作 品もご覧いただけます。 *裏面に解説あり
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