卒業論文 ゲーム産業における海外展開のための製品開発

卒業論文
ゲーム産業における海外展開のための製品開発
― コンテンツ産業は国際的な競争力を持ちうるか? ―
平川 裕也
東京大学経済学部経済学科
(平成21年4月進学、学籍番号 07-090125)
E-mail: ayame.forward@gmail.com
1
ゲーム産業における海外展開のための製品開発
ゲーム産業における海外展開のための製品開発 ............................................................................. 1
1. はじめに ー競争産業としてのコンテンツ産業ー ................................................................ 3
2. ゲーム産業の概観 ...................................................................................................................... 5
2-1 ゲーム市場の概観 ................................................................................................................ 5
2-2 ゲームのビジネスモデル .................................................................................................... 6
2-3 ゲーム開発工程 .................................................................................................................... 7
2-4 ゲーム開発の変化 ................................................................................................................ 9
2-5 先行研究のレビュー ............................................................................................................ 9
2-6 仮説構築.............................................................................................................................. 11
3. ゲーム産業における海外展開への対応 ................................................................................ 12
3-1 ゲーム産業における海外展開 .......................................................................................... 12
3-2 海外市場を意識した製品開発 .......................................................................................... 16
3-3 ローカライズとは .............................................................................................................. 19
3-4 ローカライズ工程に対する二戦略 .................................................................................. 20
4. 結論 ............................................................................................................................................ 27
謝辞 ................................................................................................................................................. 29
参考文献 ......................................................................................................................................... 29
2
ゲーム産業における海外展開のための製品開発
1. はじめに ー競争産業としてのコンテンツ産業ー
「クールジャパン」という言葉をご存じの方も多いだろう。日本のコンテンツ 1 は世界
的にも非常に高く評価されている。文化としての高い評価と併せて、ビジネスとしてコン
テンツ産業も非常に高い期待をかけられている。2010 年 6 月に提出された『産業構造ビ
「医療・介護・
ジョン』において、
「文化産業 2 」は「インフラ輸出」「環境・エネルギー」
健康・子育てサービス」
「先端分野」と並び戦略5分野と認定されることとなった。
さらに、『コンテンツ産業の成長戦略に関する研究会報告書』では、以下のように述べ
られている。「コンテンツ産業において、制作と事業展開を担う人材を育成し、国内外市
場での違法コンテンツ対策を進め、海外市場の潜在的利益を現実化すること等により、2
020年には、コンテンツ産業の国内外の売上高は、現在の15兆円程度から20兆円程
度に増加すると見込まれる。また、海外売上高は現在の3倍以上となり、海外売上の割合
は全体の売上の1/8程度となり、米国の1/6程度に近づいていくと見込まれる。また
現在の海外売上高の上位5分野は、自動車、半導体、鉄鋼、自動車部品、船舶であるとこ
ろ、コンテンツ産業の海外売上高は現在の上位10分野圏外から上位5分野に入る規模に
なると見込まれる。
」このように産業面でもコンテンツ産業は重要視されつつある。
しかしながら、コンテンツ産業において海外展開を行うということについては課題も非
常に多い。2007 年に提出された『コンテンツグローバル戦略報告書 最終とりまとめ』で
はこう述べられている。「日本のコンテンツ産業の国内市場規模は米国に次いで世界第2
位である。しかしながら、ここ数年は微増に留まっている。 日本のコンテンツ産業の海
外市場依存度は1.9%と、米国の17.8% 3 に遠く及ばない。これまで国内需要に支
えられてきた結果、海外でのビジネス展開が不足しており、我が国コンテンツの潜在的な
価値の高さを海外市場の拡大に活かせていない。また、強いと思われていた日本のコンテ
ンツの競争力も、かつてのアドバンテージを失いつつあるとの指摘もあり、危機感の共有
が必要な状況となっている。」
1
「コンテンツ」とは、原義に従えば媒体に記される「中身」のこと。統一的な定義は見られず、や
や文献によってばらつきがあるが、
『コンテンツの創造、保護及び活用の促進に関する法律』の中
では、「映画、音楽、演劇、文芸、写真、漫画、アニメーション、コンピュータゲームその他の
文字、図形、色彩、音声、動作若しくは映像若しくはこれらを組み合わせたもの又はこれらに係
る情報を電子計算機を介して提供するためのプログラム(電子計算機に対する指令であって、一
の結果を得ることができるように組み合わせたものをいう。)であって、人間の創造的活動によ
り生み出されるもののうち、教養又は娯楽の範囲に属するものをいう。
」として定義されている。
2
「文化産業」とは、ポップカルチャーだけでなく、ファッション、食、建築、日用品、
工業デザイン、サービスを含めた幅広いものを総称する産業。
3
04 年時の日米比較。08 年では、4.3%まで上昇するが依然として低い数値にとどまっている。
3
ゲーム産業における海外展開のための製品開発
一方で、内需産業の状態であると言っても過言ではないコンテンツ産業において、ゲー
ム産業だけは例外的に輸出比率が7割を超えている。この数値は、比率の相対的に高いハ
ードウェアと相対的に低いソフトウェアが混ざっている数値であるが、コンテンツ産業の
中で、ゲーム産業が現状では最も輸出指向の産業であると言える。さらに、ゲーム産業は
そ の 市 場 の 成 立 か ら 20 年 以 上 に 渡 っ て 国 際 的 な 競 争 力 を 保 持 し 続 け て い る 。
コンテンツ産業全体の市場規模
160000
140000
120000
100000
市場規模
(単位:百万 80000
60000
円)
40000
20000
0
図書、新聞・画像、テキ
スト
ゲーム
音楽・音声
映像
『デジタルコンテンツ白書2008』より筆者作成
図 1 コンテンツ産業の市場規模
ゲーム産業における出荷額の推移
35000
30000
25000
ゲーム出荷額(単 20000
15000
位:億円)
10000
5000
0
23445 23983
17951
10790
9721 8735
9614
7854 5645
4853 3889 3490 3447 3985 5533 5919 5342 4541
海外
国内
2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009
『CESAゲーム白書』より著者作成
図 2
ゲーム産業の出荷額の推移
本論文では、ゲーム産業に着目し、特に海外展開に向けてゲーム産業がどのような戦略
を取っているのかを調べることで他のコンテンツ産業にも有意義な知見が得られると考
え、ゲーム産業における海外展開の手法を調べる。
4
ゲーム産業における海外展開のための製品開発
2. ゲーム産業の概観
2-1 ゲーム市場の概観
ゲーム市場は、現在では大きく分けてアーケードゲーム 4 、家庭用ゲーム、オンラインゲ
ーム、ソーシャル・カジュアルゲーム 5 の4つのジャンルから成立している。しかし、ここ
では家庭用ゲーム 6 の市場について概観を紹介する。
まず、国内市場に関しては成熟してしまった市場であると捉えることができる。2005 年
以降新ハードや DS、Wii によるライトユーザー層の開拓などがあったが、ピークが 1997 年
であり、また 2001 年の市場規模と比較して 2009 年の規模が縮小している。しかし、海外市
場については、北米・ヨーロッパ市場はリーマンショックの手前の 2008 年まで伸び続けて
いる。現在では、市場比率は大まかに言って日本:アメリカ:ヨーロッパ=2:6:5であ
り、市場の中心は既に欧米に移ってしまったと言ってもいい。この市場規模のシフトに伴い、
欧米ソフトメーカーの存在感も増している。
国内ゲーム市場規模
(
8000
市 7000
場
規 6000
模 5000
4000
単
位 3000
: 2000
億 1000
円
0
2449
2665 3291 2600
1646
1372 1201 1824
2275
ハード
3685 3367 3091 3160 3141 4133 3823 3980 3341
ソフト
)
2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009
出典:「CESAゲーム白書」より
図 3 国内ゲーム市場の規模推移
4
ゲームセンターに置かれているゲームのような業務用ゲームのこと。
携帯電話を通じて遊び、主に人とのコミュニケーションにその軸足を持つゲームのこと。
6
オンラインゲームに関しては、十分な資料がないこと、ソーシャルゲームに関しては十分な歴史が
ないことを理由とする。
5
5
ゲーム産業における海外展開のための製品開発
世界ゲームソフト市場規模推移
14000
12000
10000
市場規模
(単位:億
円)
8000
6000
北米
4000
ヨーロッパ
2000
日本
0
『ファミ通ゲーム白書』より筆者作成
図 4 世界のゲームソフト市場規模推移
2-2 ゲームのビジネスモデル
ゲームのビジネスモデルを紹介する前に、まずコンテンツ産業全般に共通する特性につい
て述べる。 Shapiro and Varian[1998]によれば、一般的にコンテンツは情報財と呼ばれ、複製
が容易であり、生産そのものにかかるコストは非常に小さくむしろ製品を開発する段階に非
常に大きなコストがかかるという特徴を持っている。また、開発の段階ではかなり属人的な
要素が大きく、製品の品質にクリエーターの個性が非常に大きく反映される。そして、製品
の価値の複雑性が非常に高く、その結果としてビジネス的な成功・不成功も事前に判断する
ことが難しく不確実性が高い。逆にユーザー側から考えた場合、コンテンツは商品の価値が
事前には分かりづらく経験してみるまで商品の価値がわからない経験財としての性質が強
い。これらの性質は他のコンテンツ産業にもあてはまる。
ゲーム産業のビジネスモデルについて説明する。ゲーム産業に関わる企業は、大雑把にハ
ードメーカーかソフトメーカーか、そしてソフトメーカーの中でもパブリッシャーかディベ
ロッパーかという分類によって理解することができる。ハードメーカーとはいわゆるゲーム
機を製造している企業であり、任天堂、マイクロソフト、ソニー・コンピューター・エンタ
テインメント(以降SCE)が挙げられる 7 。これらの企業はただゲーム機を製造・販売する
だけではなく、ソフトの販売にも非常に強い力を持ち、ソフトメーカーからのロイヤリティ
からも収入を得ている。まず、ソフトメーカーにゲームの開発を行う際の機材を貸し出す。
7
以前は、セガ、松下電器、バンダイもゲームハードを販売していたが、撤退している。
6
ゲーム産業における海外展開のための製品開発
そしてソフトを発売する際にハードメーカーに生産委託が行われる。このような生産委託や
機材の貸し出しを通じて、ハードメーカーにはソフト定価の 5~15%が支払われるというビ
ジネスモデルが成立している。
ソフトメーカーに関しては、先述のとおり大雑把に分けてパブリッシャーとディベロッパ
ーの 2 種類の企業が存在する。パブリッシャーはゲームの販売元であり、開発を請け負うの
がディベロッパー 8 である。大手の企業であればその両者の機能を共に有している場合が多
く、どちらも自社で手がけることもある。一方で、大手企業であっても子会社として開発ス
タジオを分離しているケースもある。このような分業関係の例としてコナミの子会社に『メ
タルギアソリッド』シリーズを手がける小島プロダクションが挙げられる。この分業体制の
中には、大きなディベロッパーに製作そのものを委託する場合から、下請け的に扱う場合ま
で様々なパターンが見られる。
2-3 ゲーム開発工程
ゲームソフトウェアが製作されるまでに
は、企画・仕様策定・各パートの構築・発
売に向けた調整を経て、マスターアップを
行い販売に至るという流れが存在する。こ
の流れの中で期間にして 2~3 年、予算にし
て 10 億を越える非常に大きなリソースが消
費される。
まず、企画段階ではゲームの企画が提案
される。企画が承認された後に、仕様の設
計が行われる。ゲームの操作法やルール、
ゲーム中に生じる画像効果など「ゲームシ
ステムの内容の詳細」の他ステージ構成、
キャラクターのリストなどのすべて項目が
この段階で設計される。また、同時にコンピ
図 5 ゲームソフトの製作プロセス
ュータ上でのデータ構造やクラス構造など
のシステム設計が行われる。そして、仕様が出来上がった部分から具体的な開発へと移行す
る。この際に各パートは同時並行の形でプロジェクトが進行していく。開発段階においては、
8
パブリッシャーの子会社である場合、開発スタジオと呼ばれることも多い。
7
ゲーム産業における海外展開のための製品開発
ゲームの開発工程全般にわたって、感性的なインテグリティが要求されるため、度々相互調
整が行われる。このため、専門の技術者同士の分業と彼らのすりあわせを行うという組織能
力が要求される。
実際にゲームを作る作業にあたっては、まずα版の製作が目指される。α版とは「ゲーム
のイメージがつかめるよう、キャラクター・背景・効果音・BGMといったゲームとして必
要な要素が入っていて、とりあえず動くもの」を指す。しかしながら、すべての機能が入っ
ているわけではなく、シナリオや原画などは未完成な場合が多い。この段階で、改めて企画
の承認が行われるケースも存在する。この時点で、仕様の変更などの大胆な変更が加えられ
る可能性がある。その後、β版の製造が目指される。β版とはより詳しくシナリオなどの各
パートを完成させ、内容評価を行うためのものである。この開発過程においても、プログラ
ム相互の干渉が生じないかどうか、メモリ容量などを食い過ぎたりしないかどうかなどの数
度の結合テストがなされる。β版は半完成品であるが、デバッグ 9 や調整などがまだなされ
ておらず、ゲームが途中で止まってしまうバグ 10 などが残っている場合がある。しかし、こ
の状態でCERO(特定非営利活動法人コンピュータエンターテインメントトレーディング機
構)のレーティングとハードウェア会社の審査は行われる。そして、同時並行する形でデバ
ッグとCEROやハードウェア会社からの修正依頼への対応が行われる。その後、完成品を商
品版として確定させるマスターアップという処理をし、ハードウェア会社に納品し、ハード
ウェア会社側でコピー防止などの処理が施された上でプレスされ、製品版として出荷される。
ゲーム開発においてはプロジェクトの煩雑さと技術の進展から、3Dグラフィックが主流
となった 1990 年代後半からゲームエンジンやミドルウェアといった開発支援ツールが開発
され利用されている。ミドルウェアとはOSとアプリケーションの中間に位置するソフトウ
ェア群のことで、ライブラリやフレームワーク 11 といった形式で提供される。これらツール
群はゲーム開発の大規模化に伴い存在感を増している。このようなツール群をどのように構
成し、どのようにノウハウを培っていくのかが企業の競争力に直結する要素となっている。
また、ゲームを海外に展開する際には現地に規格や言語などを適合させるローカライズと
呼ばれる工程を経る必要がある。この工程は、2000 年以前については日本語版マスターア
ップ後に改めて行われていたが、現在では変化が生じている。ローカライズ工程については、
本論文の主題となる 3 章で扱う。
9
ゲームの進行上のエラー(バグ)の修正や難易度の調整などのチューニングのことを指す
プログラムの不具合のこと。
11
ライブラリとはある特定の機能を持ったプログラムを部品化した物、他のプログラムの一部として
動作する。フレームワークとは、アプリケーションを設計する際に土台となるソフトウェアのことで
ある。
10
8
ゲーム産業における海外展開のための製品開発
2-4 ゲーム開発の変化
テレビゲームはファミリーコンピュータの発売以降、30 年近い歴史を経ており、その中
でゲーム開発は変化をしてきている。まず、特徴としてあげられるのが、開発の大規模化で
ある。ファミリーコンピュータの段階ではソフトウェアの開発に 12 人月 12 と言われており、
数名の人間で開発が行われていた。しかしながら、ハードウェアの高性能化に伴い、現在で
は 2000 人月を要する大プロジェクトとなっている。この変化の過程の中で、ミドルウェア・
ゲームエンジンといった開発支援ツール群が誕生し、広がっていった。これらは大規模化す
る開発の中で、製品のインテグリティを高める調整過程を軽減する役割を果たした。また、
ゲームソフトメーカー自体もM&Aなどを通じて大規模化が図られていった。例えば、スク
ウェアとエニックスは 2003 年に合併し、スクウェア・エニックスが成立した。また、2006
年にはナムコとバンダイのゲーム部門が統合する形でバンダイナムコゲームスが誕生した。
このような開発の大規模化と併せてゲーム開発費 13 も高騰を続けている。この開発費の高騰
がゲーム産業のリスクを高めている要因としてあげられる。しかしながら、国内市場の規模
は成熟してしまっており、伸びは海外市場が中心となっている。そのため非常に高額な開発
費の回収のため海外展開の必要性が高まっている。
表 1
ゲーム開発費の推移
一般的なアクションゲームの開発コスト・期間の例
世代
発売年
予算
工数(人月)
実期間
350 6 ヶ月
メディア
容量
CD
0.6G
PS
1994 2 億
PS2
2000 7~8 億
1000 2 年
DVD
4.7G
PS3
2005 14~16 億
2000 3 年
BD
50G
出典:デジタルコンテンツ制作の先端技術応用に関する調査研究(2010)
2-5 先行研究のレビュー
では、ゲーム産業についてどのような分析が行われていたのかについて先行文献をレビュ
ーする。藤本[2007]は、ゲームソフトの製品アーキテクチャを分類し、開発の過程を分析し
ている。ゲームソフトはまさに設計情報の創出の過程そのものであり、製品開発においてデ
12
『デジタルゲームの教科書』より。人月とは一人の人間を一ヶ月雇う仕事量のこと。
ゲームの開発費を表す統計には『CESA ゲーム白書』の統計とデジタルコンテンツ協会の統計の二
種類あり、それらの間で整合性が取れない。おそらく対象プロジェクトが異なるためであろう。
13
9
ゲーム産業における海外展開のための製品開発
ザイナーのコンセプトを一貫させることが重要であるためインテグラル型の製品であると
分類される。インテグラル型の製品であり、さらに量産するための生産ではなく、むしろそ
の開発でいかに優れた設計情報を生み出すかがキモであると述べられている。また、その中
で日本企業の強みはインテグラル型の製品を製造する際のすりあわせ能力にあると指摘し、
ゲームソフトは日本企業のすりあわせ能力を活かしやすい製品であると指摘している。
ゲーム産業の海外展開に絞った場合でも数は多くはないが、文献が散見される。飯田[2000]
では多国籍企業の行動理論である内部化理論と発展段階理論を用いて、日本のテレビゲーム
産業の分析を試みている。この内部化理論について、吉原[2002]では以下のように解説し
ている。企業は市場取引に任せるよりも、企業内に「内部化」を行ったほうが良い場合にそ
れを行う。そして多国籍企業においても同様であり、国際的な活動の取引費用が節約できる
場合に内部化が行われると分析する。内部化の根拠として、技術や知識などを所有すること
から来る所有特殊的優位、インフラや生産要素、関税などを勘案した際の立地特殊的優位、
政治リスクのある不完全な市場を迂回し取引コストを節約すること内部化インセンティブ
を挙げている。この結果、この 3 要素が揃った場合に企業は国際生産を選択し、欠落した場
合には輸出もしくはライセンシングを用いた海外展開が図られるとした。次に発展段階理論
とは企業の多国籍化を説明する際の段階を4段階に分けたモデルである。具体的には、本国
からの商品輸出を第一段階とし、海外販売子会社の設立、生産の現地化を経て、グローバル
なネットワーク体制が形成される。という考え方である。この段階の設定の仕方などは学説
によって異なる 14 が、この変化については概ねの流れは同じである。
その結果、日本のゲーム産業では海外展開のやり方としては海外の販売子会社段階にとど
まり、国内での集権的な開発体制が指向されているとした。また、その要因としてゲーム産
業が特殊な発展を経た要因として、各企業が熾烈なR&Dの競争にさらされていること、ゲ
ームのパッケージでは製品の移動が容易であり、現地の工場を必要としないことが挙げられ
ている。また飯田の検討が指摘するゲーム産業においては企業特殊優位要因として、任天
堂・セガ・SCE といった国内のハードメーカーと情報の交流を持つことが挙げられている。
また、海外進出を促す要因である企業立地特殊要因は存在せず、論文執筆以降もこの販社段
階で留まるだろうと指摘した。
また、近年では井上、山根[2007]が、アーキテクチャ論の観点からゲーム開発体制の国
際比較を行っている。そこでは、ゲーム開発の大規模化に伴う国内メーカーと海外メーカー
の対応の違いが指摘されている。近年の開発の変化に対して、大勢の人数を動員する大規模
14
初期段階に輸出商社を挟む前輸出段階を含めたケースや、多国籍段階とグローバル化を別のものと
して捉えるケースなどが見られた。
10
ゲーム産業における海外展開のための製品開発
開発は特に欧米圏を中心とするゲーム開発においては支配的なスタイルとなっており、ミド
ルウェアを核とした大規模開発がすすんでいる。このような開発スタイルは従来ではすり合
わせによって行われていたコンセプトの徹底をミドルウェア側で担保できるようにするも
のであり、ゲーム開発をモジュラー化していくものである。一方で、任天堂の開発スタイル
は、Activision Blizzard や Electronic Arts に比べると、小規模アジャイル型の開発が多い。ま
た、日本でも欧米が得意とするような大規模開発は行われていたが、統合型ミドルウェアが
開発されるという水準までは、ミドルウェア的な存在が大きく成長することはなかった。そ
の結果、日本のゲーム産業では、小規模アジャイル型開発によって競争優位を目指すという
選択が採られた。という形で日本企業におけるゲーム開発上の組織能力の構築をまとめてい
る。
ここで、国際研究開発の理論について触れる。先述のとおりゲームソフトにおいては生産
段階ではなく、開発段階が重要視されるため、国際研究開発の分野での理論を選択した。ま
ず、吉原[2002]では、国際研究開発の要因として以下のものを挙げている。現地のマーケ
ットに適合するための開発のための研究開発、世界中に偏在している最先端の知識を吸収す
るために研究開発である。特に、「ユニバーサルな機能を持つコンポーネント」のための基
礎研究や応用研究は本国で集約するにしても、「地域性の濃厚な文化的所産である感性」や
デザインについては現地の環境や法規制などローカルな事情がありローカルマーケットに
適応するために現地化を進める必要があると指摘している。
2-6 仮説構築
本論文では日本のゲーム産業の海外展開における組織能力の構築について扱い、その中で
日本企業の強みを発見し、同時に現在では海外企業に押されつつある要因について検討する。
今回は「ゲーム産業では日本型のモノづくりの強みであるすりあわせ能力を活かす形で海外
展開をする手法が取られた」という仮説を取り上げる。
この仮説のもと、日本企業の海外展開を検討し、そしてその上で近年の開発の大規模化が
製品アーキテクチャを変質させ日本のソフトメーカーの強みを失わせつつあるということ
にも触れる。本来であれば、企業の購買物流、オペレーション、出荷物流、マーケティング・
販売、サービスのバリューチェーン全体に渡った分析を行うべきであるが、今回は特に先述
の文献レビューで扱った内部化理論による分析とアーキテクチャ論による検討と相性のよ
い製品開発戦略について着目する。その中でも特に海外子会社への機能移転、製品の現地化
11
ゲーム産業における海外展開のための製品開発
(ローカライズ工程)と開発全体における戦略の変化について扱う。
3. ゲーム産業における海外展開への対応
3-1 ゲーム産業における海外展開
ゲーム産業においては、従来の国際経営戦略論で言われていた内部化理論、あるいは企業
は、輸出段階、販売子会社段階、現地生産段階を経てグローバル企業へと進展するという発
展段階説とは異なった進歩を遂げている(飯田[2000])と言われてきていた。この飯田の
内部化理論の再検討では、ゲーム産業が特殊な発展段階を経た要因として、産業内でのR&
D競争が熾烈であり、変化に適応するための柔軟性が要求されるためとしている。しかし、
先述の通り海外市場の発展と日本市場の停滞により市場の規模が逆転したこと、またマイク
ロソフトのゲームハードへの参入、さらに以前は大味と言われていた海外のゲームソフトの
高度化に伴い、2000 年以降急速に海外市場の重みが増している。そのため飯田の指摘した
ような販社段階でとどまるということがベストな選択であるということは成立しなくなっ
ていると考えられる。
このような状況に対し、日本のゲームメーカーはどのように対応をしていったのだろう
か?『デジタルコンテンツ白書 2010』の中では、ゲーム産業の海外への対応を 4 つの期間
に分けて以下のように分析している。ここでは、その 4 分類に従いながら紹介していく。
<第 1 期
日本のゲーム産業の黎明期>
1972 年にアメリカでアタリ社が『ポン』をヒットさせ、ゲームが初めて商業的な成功
をおさめる。同社は家庭用ゲーム機(ATARI VCS)も発売し、80 年代初頭まで世界のゲー
ム市場をリードする。しかし、ソフトが乱造されたため、アメリカではゲーム市場は成立し
なかった。この時期に日本のゲーム産業は黎明期を迎えた。
<第 2 期
日本のゲームの黄金期>
1988 年のファミリーコンピュータの米国版(Nintendo Entertainment System)が本格発売さ
れる。以後、ゲームボーイ、スーパーファミコン、ソニー・コンピュータエンタテインメン
トが発売したプレイステーション(北米・欧州では 1995 年に発売)も世界市場を席巻した。
この時代の特徴としてセガが発売したものも含めて、世界で売られているゲーム機のほぼ
100%が日本ブランドだった。また、これらに対応するゲームソフトの過半は日本で開発さ
れたものであった。この時代は海外ゲームが大味として低い評価を受け、日本のゲームの細
やかな仕様設計や品質評価が高い評価を受けていた。(先述の飯田[2000]が対象としてい
12
ゲーム産業における海外展開のための製品開発
たのは主にこの時代である。)
この時点では、市場規模で見ると相対的に日本の市場規模が大きく、輸出比率も3割程度
であった。また、企業としても意識は国内の顧客の方を向いており大手企業であってもゲー
ムの海外展開はあくまで国内市場の余剰リソースで取り組んでいるような状態であった。例
えば、スクウェアは 15 、常に内部スタッフでローカライズを行ない、開発チームのすぐ隣に
席を置くなど、開発に密着した体制を敷いてきたが、エニックスはローカライズ作業を外注
に出すことで、低コストでローカライズを行なってきていた。また、このことを示すように
エニックスの有価証券報告書には海外売上比率が記載されていない 16 。
<第 3 期 競争の時代>
2000 年以降は海外のソフトウェアの企業の台頭が目覚しくなる。ハードの高性能化はソ
フト開発の高度化・大規模化を要求していた。日本企業の強みであるすりあわせ型の物づく
り、すなわちカリスマ性を持つゲームクリエイターと少人数のチームで作る職人芸が通用し
にくくなり、逆にプロジェクトマネジメントなどの技術がゲーム開発において重要になって
いった。数百人にも及ぶ開発スタッフを管理するプロジェクトマネジメント、市場の好みと
適合を意識したマーケティング、そしてプログラミングの技術力を持った企業が欧米に現れ
てきた。特にアメリカではM&Aによる規模の集積やフランチャイズによりブランドを形式
知化する動きが図られている。また、市場が異なるとヒットタイトルの好みも分かれるよう
になってきた。FPS(First Person Shooting)17 と呼ばれる一人称視点のシューティングゲーム
の人気が海外では高い。一方で、日本では漫画タッチのキャラクターのRPGゲームが高く
評価される傾向があった。このような市場の好みの違いは新宅[2001]によって指摘されて
いる。また、ハードの描画能力の向上により、以前はドット絵のため気にならなかったキャ
ラクターの肌の色や体格、音声の違和感など文化的な差異が際立つようになってきた。また、
海外市場は急速に発展を遂げ、世界における日本のゲームソフト市場の占有率は大きく落ち
込むようになった。
このような状態の中で日本企業も海外への機能移転や共同開発などの施策を検討してい
る。大野[2002]の調査 18 によれば、日本のゲームソフトメーカーは、2002 年のその大半が
海外市場向けの製品を出している。そして、ソフト本数の比率でも海外版が出された製品は
15
GameDevelopersConference2007 のスクウェア・エニックスローカライズ部 Localization Director の
Richard Mark Honeywood 氏と、Localization Editor の Colin Willamson 氏の講演による。
16
2002 年の有価証券報告書において海外売上比率は 10%以下であるために記載されていない。
17
『Grand Theft Auto』シリーズなど、主人公が銃を持ち、ミッションをこなしていく類のゲーム。
18
CESA 会員会社およびその子会社に対して行われた調査である。回答数は 32 件であった。
13
ゲーム産業における海外展開のための製品開発
日本版製品の 22.5% にも相当し、この意味でゲームソフトの開発・製作においてはグロー
バル下でのマーケティング、開発・製作が重要となると指摘している。しかし、その一方で、
海外との共同による開発・製作は企業数ベースで 25%、ソフト本数ベースでは海外版製品
に対する比率で 13% とそれほど多くはない。今後の意向で見ても海外市場への積極展開を
狙っている企業は 60% を超えるが、海外との共同開発・製作を積極的に進めようとしてい
る企業は半数に過ぎない。その原因として、異なる言語・文化圏と共同作業において意図が
うまく通じない難しさが課題として指摘されていることおよびコンテンツの共同開発・製作
は今回の調査ではほとんど行っていなかったこと等が指摘されている。このような形で、海
外展開自体は指向されつつも、あまり踏み込んだ施策がなされていない状況にあったことが
調査から分かっている。
<第 4 期 日本企業の海外への適応>
日本企業がグローバル戦略を掲げだした 2005 年頃からを第 4 期として定義する。以前は
国内市場向けの開発がメインであったが、あくまでソフトウェアの開発当初から海外的な展
開を意識した開発を行うようになりつつある。
コナミでは、海外展開を意識して作ったタイトルをグローバル・ある国のみにフォーカス
を絞ったタイトルをローカルと区分けした上で、開発戦略を構築している。コナミのグロー
バルタイトルとして挙げられるのは『Pro Evolution Soccer(ウィニングイレブン)
』シリーズ
や『METAL GEAR SOLID(メタルギアソリッド)
』シリーズである。特に『Pro Evolution Soccer』
は欧州でサッカー人気が非常に高いこともあり、売り上げの八割近くを欧州で上げている。
(このケースについては、3-3 で詳述する。
)逆にローカルのタイトルとして挙げられるのは
北米市場における音楽ゲーム『Dance Dance Revolution』シリーズなどである。また、開発体
制についても北米において、いち早く現地開発体制を構築している。2007 年度にはサンフ
ランシスコの拠点をロサンゼルスに集約した。
次に、カプコンでは 2005 年度以降海外を意識した本格的な改革が行われたことが示唆さ
れている。まず、組織的な施策として米国でゲーム業界の経験豊富なマネジメントを招聘し
組織体制の刷新を行うとともに、現地主導により直販体制への転換を進めた。営業活動は代
理店経由の販売体制から、大手小売企業を中心に直販体制への切り替えを進めた結果、北米
市場での直販売上比率は約 7 割を占めるに至った。また、開発上の転換として海外市場のデ
ータを本社の開発現場にも届け、海外ユーザーに好まれる内容を盛り込んだタイトル開発を
行うことが可能になった。これら各種の改革の結果、『デッドライジング』シリーズや『ロ
スト プラネット』といったタイトルを販売することが可能となった。加えて、2009 年発売
14
ゲーム産業における海外展開のための製品開発
された『バイオハザード 5』では、単なる海外スタジオへの外注ということではなく高度に
海外と協業する手法が取られている。
また、海外への機能移転は特にスクウェア・エニックスで進められている。スクウェア・
エニックスは、2009 年に英国のゲーム開発会社Eidosを買収した。その結果として、開発拠
点が日本国内のみではなくアメリカとヨーロッパに広がることとなった。
【図 6】19 はスクウ
ェア・エニックスがEidos買収後にどのような機能分担を行うのかについて示したものであ
る。また、その経営についてはグローバルかローカルかの両極端ではなく、トランスナショ
ナルな組織を目指している。経営・管理部門はグループ内で統合していくものの、顧客と直
接接する販売・流通部門は国・地域ごとに設置し、顧客の嗜好や商習慣の違いを捉えてビジ
ネス機会を最大化し、商品・サービスの開発部門は、開発技術やノウハウの共有を進める一
方で、地域性などに関係なく、各開発スタジオの個性を活かしたモノづくりを行う。
図 6 スクウェア・エニックスの Eidos 買収後の機能分担
19
スクウェア・エニックスグループ説明会資料(2009 年 4 月開催)
(http://www.square-enix.com/jpn/pdf/explanatory_20090422_02.pdf)より引用
15
ゲーム産業における海外展開のための製品開発
こうすることで、
「スクウェア・エニックス」
「タイトー」
「Eidos」の 3 ブランドの個性を
活かした展開を指向している 20 。2010 年現在では、イベントの企画や出向させての共同開発
などの形で知識の共有が図られている。
しかしながら、このような海外展開については見直す動きもある。バンダイナムコゲーム
スでは、2008 年に特に欧米市場における開発および販売体制の強化を図り、従来の日本発
のグローバル展開に加えて、今後は米国発のグローバル展開を強化し、日本が全体を統括す
る形で欧米との連携を高めるという形で開発体制の強化が図られた。しかし、2010 年 12 月
に開発体制の変更を打ち出し、海外での開発は止め、海外スタッフの発案を日本の本社側が
分析し『これならいける』と踏んだタイトルしかやらない体制を敷き、タイトルの絞り込み
を図っている。
このような形で、現在では日本企業であっても、海外市場への展開を強く意識し、そのた
めの製品開発戦略が取られている。特に、スクウェア・エニックスやカプコンに見られる生
産の現地化については飯田[2000]では検討されていなかった現象であり、ゲーム産業が新
たな段階へと進みつつあることを示している。
3-2 海外市場を意識した製品開発
先述のとおりゲームソフトにおいては感性的な価値が重要視され、
「地域性の濃厚な文化
的所産である感性」やデザインについては現地の環境や法規制などローカルな事情が比較的
重要になってくる。例えば、CERO や ESRB などの地域によって異なるレーティング規制や
宗教的なタブーなどの客観的なものだけではなく、難易度やテイストといった非常に細かい
要件にもゲームの売上げは左右される。ここで【図 7】ゲームソフトの地域別売上比率を検
討することでも理解できるが、地域ごとにヒットタイトルは大きく異なる。特に『ドラゴン
クエスト 9』のようなキラータイトルが売上のほとんどを国内で挙げる一方で、
『Metal Gear
Solid 4』のようなタイトルは売上げをバランスよく海外市場で挙げていることが分かる。ま
た、
『Call of Duty』のような海外向けタイトルはまだ、日本では十分に浸透していないとい
うことが分かる。しかしながら、地域ごとに大きな差異がある一方で【表 2】の通り、ゲー
ムソフトの総売上で見た場合、やはり国内市場よりも海外市場で売ることができる事の方が
重要である。つまり、国内で空前のヒットを挙げた『ドラゴンクエスト 9』よりも『バイオ
ハザード 5(Resident Evil 5)』の方が販売本数を伸ばすことが可能であるということである。
このようにゲームの売上において海外市場での売上を伸ばしていくことは重要であり、特に、
20
スクウェア・エニックスホームページ
(http://www.square-enix.com/jpn/ir/irinterview/conversation_090525_1.html)より
16
ゲーム産業における海外展開のための製品開発
大がかりな開発を要する据え置き型のハードウェアのソフトではこの傾向が顕著に現れて
来る。
海外市場に適応するためには、大きく分けて二つの製品開発戦略が考えられる。まず、企
画や生産そのものを現地化していく手法である。例えば、海外スタジオに依頼することで細
かいテイストやゲーム開発のノウハウなどの情報を得ることができる。具体的には、開発拠
点の展開を通じて行われる。カプコンをはじめ多くの日本企業でこのスタイルの開発が見ら
れる。これらの施策は『Dead Rising』などのタイトルを産み出し、一定の成果を上げている。
しかし、バンダイナムコゲームスやカプコンは既にこのような開発体制の中での見直しを図
るなど日本企業と現地スタジオの協働の面で課題が残る。
そして、もうひとつの戦略として、日本で作った製品を高度に現地適応させるという戦略
が考えられる。ゲームソフトは、感性的な価値が要求され最終的な作り込みの過程の中で商
品の価値が大きく変わってくる。このため、ローカライズ工程をしっかり踏むことでゲーム
の違和感などを消すことができる。ただし、ローカライズという工程に関しては単純な工期
短縮という意味だけではなく、販売戦略から期間短縮されることが望ましい。その理由とし
ていくつか挙げられるが、まず全世界的な商機に合わせることができるということである。
年末商戦など重要なタイミングで全世界販売できることにはメリットがある。また、レビュ
ーサイトなどを通じた情報の流通はマーケティングの効果を減らす恐れが有るため、この意
味でもほぼ同時の販売が望ましい。また、海賊版ソフトは発売からの期間に応じて流通のリ
スクが高まるため、世界でほぼ同時に販売できない場合逸失する売上げが存在する。最後に、
近年のソフトはネットワーク対戦やネットワークを通じたアイテム販売の機能を持つもの
が多く発売当初からプレイヤーを増やしておくことで製品の価値の最大化が図れる。
もちろん先述したこの二つの戦略は同時並行で行うことが可能であるが、この市場の好み
の偏りを見る限り前者の戦略では売上が海外で偏っていくという形になるだろう。そのため、
どの市場でもある程度受け入れられるような製品の現地化、つまりローカライズ工程が必要
になるだろう。次節以降ではこのローカライズ工程を中心にどのような製品開発戦略が行わ
れているのかについて検討する。
17
ゲーム産業における海外展開のための製品開発
ゲームソフトの地域別売上比率
100%
90%
80%
70%
60%
売上比率 50%
40%
30%
20%
10%
0%
EMEAA
日本
アメリカ
vg charts データベースより筆者作成
図 7 ゲームソフトの地域別売上比率
ゲームタイトル
総売上本数(本)
ドラゴンクエスト 9
5,363,243
Pro Evolution Soccer 2010
4,557,708
Metal Gear Solid 4
5,084,107
New Super Mario Bros. Wii
21,252,316
Final Fantasy XIII
6,165,781
Grand Theft Auto IV
15,379,239
Call of Duty: Modern Warfare 2
21,083,071
Resident Evil 5
6,559,218
Pokémon Diamond / Pearl
17,715,868
Dead Rising 2
1,730,654
Gears of War 2
6,076,286
表 2 ゲームソフトの全世界総売上本数
18
ゲーム産業における海外展開のための製品開発
3-3 ローカライズとは
以降、より具体的に製品開発においてどのような変化が生じているのかについて分析して
いきたい。ゲームを海外に展開するためには先述したとおり、ローカライズと呼ばれる工程
を経る必要がある。ローカライズとは製品を海外に適合させる工程のことである。実際にゲ
ームの海外販売を行う企業は、パブリッシャーあるいはその現地法人の場合もライセンスを
受けて販売する別の企業の場合もあるが、ローカライズ作業自体は各スタジオに外注がなさ
れ、その販売と手がける企業のマネージャーが統括するという形式で行われることが多い。
単純な作業のようではあるが、非常に細かい調整が多く組織能力を要し、大規模プロジェク
トの場合は半年を要するケースもある 21 。また、ゲームの品質に直接関わるため、近年では
この工程の重要性が認知されている。
ローカライズ工程に関しては大きく分けて、技術的なローカライズ、言語的なローカライ
ズ、文化的なローカライズの 3 種類がある。まず、技術的なローカライズに関しては、テレ
ビの規格などへの適応が挙げられる。例えば、ハイビジョン対応のHD規格なのかどうかと
いうことがあり、それに合わせてフレームレート 22 を下げるなどの処理が必要になる。次に
言語的なローカライズに関しては翻訳のことである。ゲーム上のテキスト、音声などを翻訳
する作業である。一般的にローカライズというとこの作業を指すことが多い。ローカライズ
の対象となるのはテキストファイルだけではなく、グラフィックでできた文字ファイルなど
も含まれる。文化的なローカライズはカルチャライズと呼ばれ、レーティングなどはもちろ
ん宗教や好みなど文化的な差異に適合させるための作業である。近年ではハードの描画能力
が向上しムービーが多用されることから、キャラクターの唇の動きや身振り手振りなども重
要視されてきている。また、キャラクターの名前、アイテムの名前などもローカライズする
際に商標などの問題から重要になってくることがある。加えて、キャラクターの肌やグラフ
ィックスを変えるケースもある。このような細かいゲームのテイストを確認するためにフォ
ーカステストが行われる場合もある。特に海外のゲームなどでは、テスターを通じて対象の
市場に受け入れられるかどうかの確認が行われる。しかし、日本企業のローカライズにおい
ては指摘される程度であり、一般的に行われているとは言えない。
最後に、レーティングの問題がある。日本では CERO、アメリカの ESRB などゲームの販
売には国ごとに規制があり、これを乗り越えるためにゲームにカスタマイズが加えられるこ
21
CESA Developers Conference 2009 パネルディスカッションより(
『Pro Evolution Soccer』のケース)。
(http://www.gamebusiness.jp/article.php?id=316)
22
画面に 1 秒間に表示される画像のコマ数。国内の TV では 30fps だが、海外では 25fps の地域があ
る。
19
ゲーム産業における海外展開のための製品開発
とがある。日本は一般的に暴力表現に厳しく、性表現に寛容であるため、海外のゲームの日
本版を製作する際には出血や死体などの暴力描写が削除される。例えば、『アサシンクリー
ド』は出血の描写が控えられている。逆に、アメリカでは暴力表現に寛容で、性表現に厳し
いという特徴がある。そのため、
『バイオハザード 4(Resident Evil 4)
』では、残虐表現の幅
を広げるという変更が加えられている。また、『龍が如く』では、性表現にあたるとされ、
キャバクラのイベントが削除されている。また、宗教的な表現や歴史的な表現もローカライ
ズの際に削除されることがある。このような文化的な差異の部分に関しては、地域別に非常
に細かい感性が要求されるため、暗黙知が必要とされる。そして、多くの場合経験によって
ノウハウの蓄積が行われる。
3-4 ローカライズ工程に対する二戦略
企業にとって、ローカライズに対する戦略的な意味を経営学的に考える際には、先述した
ようにそもそもどの程度のローカライズを要する製品を作るか。あるいはどれだけの資源を
投入してローカライズを行うか。という 2 つの視点がある。その中でも後者に関しては以下
の 3 点の要素を検討する必要が生じてくる。
1,品質
2,コスト
3,納期
これは、生産技術論で使われる一般的な QCD(Quality、Cost、Delivery)の枠組みであるが、
それぞれゲームのローカライズを分析するに当たっての定義を行う。まず、品質については、
藤本[2001]によれば総合品質を作り上げるものとして、以下によく設計されているかを示
す設計品質とそれをいかに正確に製造できているかを示す製造品質の 2 種類があるとされ
ている。しかし、今回は設計品質にあたる物がないため、以下のように定義する。製造品質
にあたるものとして、翻訳としての精度(バグや誤訳などがなく正確に翻訳ができているこ
と)を検討する。その上で、先述のカルチャライズに当たる部分(ブラックジョークなどの
高度な翻訳・難易度などゲーム内容調整)を造り込み品質とし、この二つの要素が総合品質
を構成していると考える。
次に、コストに関しては単純にローカライズにかかる費用として定義する。ただし、実際
のコストを計算することは難しく、ここでは単純にローカライズにかかる人月に応じてコス
トが決まってくるという前提を置く。そのため、プロセスの効率化によりローカライズにか
20
ゲーム産業における海外展開のための製品開発
かる期間が短縮されることそのものがコストに影響を与えると考える。 23
最後に納期であるが、ローカライズに要する期間として定義する。また、企業自体が複数
のタイトルを効率よく開発するために開発サイクルの短縮化を行っている、ネットワーク対
戦などの機能を持つために世界で同時に展開する必要がある、ある特定の時期(クリスマス
前)などに展開したいといった理由からパブリッシャーは納期を短縮する理由を持つ。ただ
し、実際には必要なのはローカライズの期間そのものではなく、開発期間全体の短縮であり
その面も含めて検討していく。
以上の 3 要素を検討した際に、企業は具体的にどのようなローカライズ戦略をとっている
のかについて検討する。
【図 8】24 はシリーズ物タイトルにおける海外版発売までの期間のグ
ラフを取ったものである。このグラフから読み取れることとして,まず全体的な傾向として
海外版発売までの期間は短縮傾向にあるということだ。このグラフの始点と終点を見た場合
に概して6カ月以上かかっていた期間が場合によっては一週間以内にまで短縮している。実
際には同日発売のタイトルも近年では見られる。また、いくつかのタイトルで山なりの軌跡
を描いているのが見られるが、これは 3-3 で述べたようなローカライズの重視と 3-1 の項で
述べたような企業の海外展開に対する姿勢の変化を重ねて考えると、開発の複雑化から期間
が伸びる現象が見られたが 2005 年度以降急速に海外を指向した製品開発がなされるように
なったと解釈できる。つまり、以前はマスターアップを行い日本語版を発売した後に、ロー
カライズをしていたが、次第に同時並行的に作業が行われるようになってきている。後ほど
検討するが、もちろんこの過程は高度な組織能力が要求されるため、その蓄積も図られてい
るだろう。また、このグラフでは表現することが出来ていないが、米国版の発売が日本版発
売に先立つタイトルがいくつか存在する。これは開発過程において、日本語版と英語版がほ
ぼ同時に進んでいることを示している。例えば、『バイオハザード5』などのタイトルはた
だスケジュールに組み込まれるだけではなく、海外スタジオをメインとして製作したタイト
ルは米国版が基準となって製作が進んでいる。
次に、もう一点注目したいのが、未だにいくつかのタイトルで 3 ヶ月~1 年近いローカラ
イズの期間を置く場合があるということである。今回のグラフでそのような傾向の見られる
『ドラゴンクエスト』と『ポケットモンスター』であるが、パブリッシャーのスクウェア・
エニックスおよび任天堂において、他のタイトルでは 1 週間以内のズレで販売しているタイ
トルも多く、これらのタイトルについて戦略的に期間を遅らせていることが考えられる。
23
実際には観察出来ていないが、単純な人月の集中投入によって納期を短縮した場合はもちろんコス
トの減少ではない。
24
選定したタイトルに関しては、各タイトルの正式なナンバータイトルを採用した。(番外編のよう
なタイトルに関しては除いた。)
21
ゲーム産業における海外展開のための製品開発
シリーズタイトルにおける海外版発売日ま
での経過期間
25
メタルギアソリッド(コナ
ミ)
バイオハザード(カプコ
ン)
ファイナルファンタジー
(スクエニ)
ポケモン(任天堂)
20
タイトルの欧州版
15
発売までの経過期
間
10
(単位:カ月)
ドラゴンクエスト(スクエ
ニ)
マリオシリーズ(任天堂)
5
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
0
各社HPより著者作成
ウイニングイレブン(コナ
ミ)
スターオーシャン(スクエ
ニ)
図 8 シリーズタイトルにおける海外版発売日までの経過期間
この 2 つの結果から、以下のような可能性が読み取れる。まず、海外展開に際し、ローカ
ライズの効率化と世界同時発売が指向している企業に関しては、ローカライズのコスト・納
期を優先し、組織能力の構築を通じてこのような販売が可能になっているという可能性であ
る。そして、ある種のタイトルは海外版の発売時期を遅らせているが、このタイトル群につ
いてはローカライズの品質を高めているという可能性である。
以下では、具体的なタイトルをあげながらこのような 2 種類の戦略が存在するということ
について検証する。
<1, マイクロソフトにおけるローカライズの効率化>
Game Developers Conference2009 の Localization Summit において、マイクロソフトゲームス
タジオのローカライズ担当のマネージャーが如何にしてローカライズプロセスを効率化し
たかについて『Fable2』というタイトルは Xbox360 向けに 2008 年に発売されたRPGを事
例に講演を行なっている。
『Fable2』については 15 言語にローカライズされ、完全ローカラ
イズは 7 言語、部分ローカライズは 5 言語、説明書とパッケージのみの限定ローカライズは
3 言語で行われた。ソフト全体で 42 万ワードを翻訳し、48,000 個のオーディオファイルを
言語ごとに録音するという非常に大きなプロセスであった。言語ごとに 54 名の声優がおり、
22
ゲーム産業における海外展開のための製品開発
ゲーム内に 50 クエストあり、ローカライズの過程で1つの言語版ごとに 238 時間のテスト
を要するものであった。しかし、10 の現地の業者と協力しながら各地域で同時発売を目指
してプロジェクトは進められた。
このプロジェクトの中で、成功要因として紹介されたのは、スタッフ間でのコミュニケー
ションとツールによる支援の 2 つである。具体的には、開発チームとローカライズ担当がし
っかりとコミュニケーションを図り、情報のやりとりのルールを決めておくこと、非常に多
岐に渡る関係者の間で齟齬が生じないようにルールやバッファーを持たせておくことがコ
ミュニケーションのやり方として重要であると指摘している。また、ビルドが効率的に行え
るようなツールを作ることやテキストやスクリプトを効率よく管理できるデータベースの
設計の重要性も指摘されている。
この事例は、海外企業の事例であるが、ローカライズにおいて高度な調整能力やノウハウ
が重要であり、また工数の管理の面でも高度なマネジメント能力が要求されることを示して
いる。
<2, Sony Online Entertainment(以下 SOE) におけるローカライズプロセスの標準化 >
SOE では能力成熟度モデル統合というモデルを用いて、自社の組織プロセスの改善に取り
組んでいる。
CMMI は、米国カーネギーメロン大学のソフトウェア工学研究所で考案された組織がプロ
セスをより適切に管理できるようになることを目的として遵守するべき指針を体系化した
もので、組織に 5 段階のプロセス成熟度レベルに照らして等級をつけて評価するモデルであ
る。 まず、初期段階の組織では、プロセスは場当たり的であり、超過労働、危機に対処す
るプロセスの欠如、過去の成功を繰り返す能力の欠如、によって特徴づけられる。次の管理
化段階の組織では、何らかの基本的なプロジェクト管理を行い、費用と予定 (スケジュール)
を管理しているという特徴がある。この段階では過去の類似した分野と範囲をもつプロジェ
クトの成功を反復することはできている。そして、定義化段階へと至り、組織の標準プロセ
スが確立し、時が経つにつれ標準プロセスは改善されるという体制が整うようになる。さら
に、定量化段階へと移行し正確な測定を行うことで、管理者はソフトウェア開発などの有効
性を効果的に制御することができる。最終的に、最適化段階し絶えず、プロセスの改善が行
われるような組織能力を得るとされている。
SOE の場合、翻訳エンジンの欠如、対訳 ID の欠如、その場限りのデータワークフローな
ど標準化されていない状態であり、具体的には、ゲーム内でのセリフの位置づけがわからず
不完全な訳になってしまう。翻訳そのものよりも問題解決に費やす時間のほうが多いなどの
23
ゲーム産業における海外展開のための製品開発
非効率が生じていた。その結果として修正プロセスで数万ドルのロスが生じることもあった。
しかし、ローカライズプロセスのそれぞれの段階で現場のノウハウ蓄積により、自然と上手
な手段が構築され、管理化段階への移行がなされた。プロセスの標準化・データ形式の標準
化・ツール群の標準化が行われた。その結果、翻訳作業における仕事量が大きく減ることと
なった。さらにその後、作業手順の文書化、改善目標の数値化など深層の競争能力を構築す
ることで最適化段階へと移行していった。
この事例においては、単純な翻訳のみであってもノウハウの構築を企業が行っていったこ
と、またこの最適化段階の概念は藤本[2001]の指摘する深層の競争力の概念と酷似してお
り、組織能力を自ら高めていったことが示唆されている。
<3,『Pro Evolution Soccer(ウイニングイレブン)
』シリーズの海外展開ノウハウの構築>
CESA Game Developers Conference2010 において、株式会社コナミデジタルエンタテインメン
ト ウイニンフイレブンプロダクションの統括プロデューサー寺田敏之が講演を行い『Pro
Evolution Soccer』シリーズの海外展開について述べている。
『ウイニングイレブン』シリーズは第一作が発売されたのが 1995 年であり、その後、
『Pro
Evolution Soccer』というタイトルで世界に向けて発売されることになった。最初は北米、西
ヨーロッパでの販売をメインとして展開が行われたが、香港、シンガポール、マレーシアと
いった東南アジア、そしてロシアを中心とする東ヨーロッパ、さらにはメキシコを含めた南
米をも販売エリアとして広げてきた。現在では 17 ヵ国語にローカライズされ、売り上げの
8 割を海外市場で売り上げるシリーズとなっている。
日本で作られたサッカーゲームが、サッカーの本場であるヨーロッパで受け入れられた理
由のひとつとして、サッカーを題材としたゲームであるということを挙げている。また、当
時は日本製のゲームは何か違うという空気が世界にあり、CG の精度やユーザーインターフ
ェースの細やかな気配りなどの行き届いた作りは、日本製ならではだと振り返っている。こ
れは時期的に日本のゲームソフトの品質が評価されていた時期のことであり、この時期の進
出が『Pro Evolution Soccer』シリーズのブランド構築に重要であったことを示唆している。
その一方で、展開当初は文化的な差異による混乱があり、それを一つ一つノウハウとして
学習していったということが述べられる。まず、「ピッチ脇のベンチにキャラクターが誰も
いない」や「主審や線審も配置していない」という細かい演出が不評を買う一因となったと
いう事例が挙げられる。また、音楽についても「子供っぽい」として受け入れられなかった。
そして、海外展開をする上で選手のライセンスの問題も浮上してきた。海外では独占契約が
当たり前であり、実在する選手やチーム、ロゴなどが向こう数年間使えないといった事態が
24
ゲーム産業における海外展開のための製品開発
生じるということが述べられた。
また、ローカライズそのものについても、「上がれ!」や「サイドをえぐる」などのサッ
カー独特の言い回しが混乱を招いた。スペインで闘牛のモチーフを背景としたらいまいち受
け入れられなかったといった事例が紹介された。
この『Pro Evolution Soccer』の事例が示すことは、海外展開やローカライズにおいて、文
化的な違和感をきちんとなくすためにはノウハウの蓄積が非常に重要であるということで
ある。本シリーズは、市場の成長に併せて売上を伸ばしており、他の日本のゲームタイトル
と比較して安定して海外展開に成功している。この種のノウハウは非常に細かく、また多岐
に渡ることから容易な模倣は不可能であると考えられる。
<4, 『ポケットモンスター』に見る「造りこみ」ローカライズ>
『ポケットモンスター』のローカライズについては、任天堂ではなく株式会社ポケモンと
いう子会社が行っている。この会社はポケモン全体に関連したブランドのマネジメントを行
う企業であり、他にもポケモンに関連したグッズのライセンス管理などを手がけている。
『ポ
ケットモンスター』シリーズは【図 8】で見られるように、海外版発売までに非常に長い期
間をとるタイトルである。ポケモンのローカライズについて、Kotaku というブログメディア
の取材に対して、『ポケモン』シリーズのクリエイター/ゲームフリーク取締役開発部長の
増田順一氏は「北米のプレイヤーも日本のプレイヤーと同じくらいの時期にゲームが遊べる
ように努力はしていますが、だからといってローカライズ版の品質は無視したくありません。
北米のプレイヤーが楽しく、親しみやすいポケモンで遊べるために各アイテムの名前を慎重
に決めたり、テキストのローカライズをしたり、レイアウトの改変をしたりしています。常
に高品質のゲームで遊んでほしいのである程度の時間が必要なのです。」という形で答えて
いる。また、株式会社ポケモン代表取締役社長の石原恒和氏は、2010 年 11 月に東京大学駒
場キャンパスで開催された講演会で、「ローカライズでは、ポケモンの一体一体の名前に至
るまで慎重に検討しながら決めている。」と発言している。また、ポケモンコリアの長谷川
裕史氏は「ローカライズ業務はゲームにしろ、アニメにしろ、日本語の内容をそのまま韓国
語に翻訳するという単純な作業ではありません。例えばポケモンの名前にはそれぞれ由来や
背景があります。ですから、日本の名前をそのまま使ったとしても、韓国のユーザーには意
味や語感が伝わらず、ピンと来ないものもあります。やはり名前ひとつでゲームやコンテン
ツすべてに対する親近感が変わってきますから、韓国にあった名前をひとつひとつ考えなが
ら作っています。」と答えている。実際にそれらを示すように『ポケットモンスター』では
25
ゲーム産業における海外展開のための製品開発
ポケモンの名前だけではなく、アイテムの名前に至るまで、非常に極め細やかなローカライ
ズが施されている。
この事例が示すことは、ローカライズにおいて、ただ単純に効率化のみを追求するのでは
なく、品質や文化的な違和感にいたるまで造りこむローカライズの手法があるということで
ある。
<5, ドラゴンクエスト 8 に見る「造りこみ」ローカライズ>
同じく「造りこむ」スタイルのローカライズを行うタイトルとして、
『ドラゴンクエスト』
シリーズが挙げられる。『ドラゴンクエスト』シリーズは日本では非常に高い人気を誇るタ
イトルであるが、海外市場においてはRPGというジャンル自体の人気がそれほどではない。
同シリーズは初回作から極め細やかなローカライズを行っている。日本語版は 1986 年に
発売され、海外版は 1989 年に発売されているこの際にタイトルは『Dragon Warrior』と改め
られている。この背景にあったのは海外版ではより大容量の ROM が使えるようになったと
いうことである。このため、タイトルロゴ、オープニングデモ、キャラクターのアニメーシ
ョンパターンなどが追加され、インターフェースもブラッシュアップされるなど国内版に比
べ豪華な作りになっている。使われている英語フォントも筆記体に近く、さらに文体も古語
が使われており(「You shall」が「Thou shalt」になるなど)
、限られたハード性能の中、中世
の荘厳な雰囲気を上手く演出するためのローカライズが行われた。しかし、その結果はあま
り芳しいものではなく、ドラゴンクエストシリーズは国内での圧倒的な人気と比較すると海
外では非常に苦戦している。そのため、ドラゴンクエスト 4、5、6 については海外版の発売
は見送られている。また、ローカライズに対する組織体制も外注がメインとなる組織体制が
形成された。
一方、『ドラゴンクエスト 8』においては、ユーザーインターフェース周りのローカライ
ズに力を入れておりシリーズ通してテキストオンリーだったイベントシーンの展開に、フル
ボイスを加える。また、メニュー表示も一新し、装備やアイテムがアイコン化されたほか、
英語表記するとどうしても長くなる“危ない水着”といったドラクエならではのアイテム名
を略称抜きで表示し、さらに解説も加えるなどしてニュアンスを伝える努力がなされている。
その結果として、『ドラゴンクエスト』シリーズは新たに海外展開がスタートした7以降9
にいたるまで、着実に販売本数を伸ばしている。
以上の 5 事例を比較すると、明らかにローカライズは高度な組織能力を要求される作業で
あり、効率化の手法が必要であるということが分かる。また、日本企業においても、英語版
26
ゲーム産業における海外展開のための製品開発
を基準に作られるタイトルがあるなど、ローカライズ作業の効率化が指向されている。
一方で、『ポケットモンスター』や『ドラゴンクエスト 8』の事例に見るように、ローカ
ライズを入念に造り込むやり方も行われている。また、
『Pro Evolution Soccer』の事例は期間
を経ることで複数製品間での造りこみが行われた事例である。
ローカライズを手がける企業の方にインタビュー調査を行ったところ、ローカライズの成
否が売り上げに与える影響については、短期的には限定的であり広告宣伝などの手法のほう
が有効だが、長期的にはブランド形成などの面で重要になってくるという回答であった。
また今回、ローカライズにおいて「造りこみ」ローカライズという方式でなかった企業で
あっても、最初の仕様設計の段階で海外のテイストを取り入れられるような体制を整えてお
り、生産も現地生産に近い手法が取られている。
4. 結論
本論文では、日本のゲーム産業の海外展開における組織能力の構築について扱った。今回
は仮説として「日本型のものづくりの強みであるすりあわせ能力を活かす形で海外展開をす
る手法が取られた」というものを採用した。まず、日本企業全体で海外への機能移転と海外
子会社との協働が模索されていることを確認した。その上で、ローカライズ工程に着目し、
一般的に指向されている「効率的な」ローカライズの他に特に任天堂などの企業で「造り込
み」ローカライズの 2 戦略が観察されることを指摘した。また『Pro Evolution Soccer』のケ
ースも長期間にわたって細かいノウハウが蓄積されているケースであり、「造りこみ」の過
程が製品間で移転していると考えることができる。この製品戦略については、従来日本企業
の強みとして言われてきたすりあわせ能力と整合性のとれたものである。この点で仮説は立
証された。しかし、このような「造りこみ」型のローカライズに関しては任天堂という企業
は規模が大きく、またハード会社であるという特殊性やゲームジャンルがたまたまサッカー
だったという特殊性も影響していることが考えられる。
一方で、欧米企業と同じくローカライズ工程を高度に効率化させていく方向の戦略をとっ
た日本企業も多い。特に海外への機能移転と協働を進め、トランスナショナル組織を指向す
るスクウェア・エニックスと自社でゲームエンジンを開発し欧米型の大規模な開発を取り入
れたカプコンがこの効率的な戦略をとっている企業の中心であると考えられる。これらの企
業群においては、海外スタジオを中心とした開発が行われるなどあらかじめ海外市場をター
ゲットにした製品開発体制が見られる。つまり、3-2 で指摘した両戦略は「造りこみ」を重
視し製品の現地化をすすめる製品群と、「効率的な」ローカライズと海外スタジオ開発を組
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ゲーム産業における海外展開のための製品開発
み合わせ、生産の現地化をすすめる製品群が存在することから、どちらも行われていたとい
うことができるだろう。
これらの成果については、任天堂の海外市場での成功とカプコンの『デッドライジング』
シリーズなど海外向けタイトルの成功から判断してどちらも成果があったと考えられる。し
かし、「効率的な」ローカライズ戦略では、言語的なハンディが少ない海外企業が有利にな
ることとバンダイナムコゲームスでは海外での発売タイトルの見直しを図るなどの失敗事
例があることから現時点では「造りこみ」ローカライズが成功しているように見える。
しかしながら、大規模開発においては欧米が取ったようなゲームエンジンなどの統合型開
発環境の優位性が高く、ゲームソフト自体の製品アーキテクチャもモジュラー化が進んでい
る。その結果、日本企業のすりあわせ能力といった強みは発揮しづらい製品となり日本企業
の競争力は減耗しつつある。たとえ現時点では日本企業の「造りこみ」ローカライズが優位
であるとしても、今後技術の進展が「効率的な」ローカライズを容易としていく中で「効率
的な」ローカライズ戦略の優位性は高まるだろう。
最後に、本論文の目的であったコンテンツ産業全体への示唆について述べる。まず海外展
開のためのノウハウはかなりの程度組織能力的なものであり蓄積が必要であるということ
である。ゲーム産業の場合、2000 年以前から既に曲がりなりにも海外展開がなされており、
本格的な体制の構築が 2005 年以降であったとしても、それ以前からのブランドの構築など
が有効に働いた可能性がある。その上で、プロジェクト管理面・海外への対応を意識した製
品企画など開発面での強化を行っていく必要がある。特に、国内での製品を文化的な違和感
なく海外へ移転するローカライズの工程は重要視されていくだろう。
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ゲーム産業における海外展開のための製品開発
謝辞
本論文は筆者が東京大学経済学部経済学科に在籍中の研究成果をまとめたものである。東
京大学大学院経済学研究科の新宅純二郎 准教授には指導教官として本研究の実施の機会を
与えて戴き、その遂行にあたって終始、ご指導を戴いた。ここに深謝の意を表する。また、
芝浦工業大学システム理工学部の小山友介 准教授には、ゲームのローカライズに関して、
非常に詳しいアドバイスを戴いた。ここに感謝の意を表する。文京学院大学経営学部の生稲
史彦 准教授には、コンテンツビジネス研究会で何度もお世話になると同時に、論文に関し
て非常に貴重な助言を戴いた。ここに感謝の意を表する。また、ゲームのローカライズを手
がけるとある企業の方には年の瀬で非常にお忙しい時間を割いていただき、インタビュー調
査にご協力戴いた。ここに感謝の意を表する。
最後に、数回の発表に際し、貴重な助言をくれた新宅ゼミの学友たち、東京大学大学院情
報学環教育部の研究生たちにも大きな謝意を表する。
ここに書いた皆様、非常に残念ながら書くことのできなかった皆様方のご協力のもと、拙
いものではあるが本論文が完成したものであり、ここに深く御礼を申し上げて本論文の謝辞
としたい。
参考文献
■書籍
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章、3 章、12 章、13 章より)
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日本経済新聞社
日本経済新聞出版社
新宅 純二郎、柳川 範之、田中 辰雄 (2003)『ゲーム産業の経済分析―コンテンツ産業発展の構造と戦略』
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山崎清、竹田志郎(1997)『テキストブック国際経営』
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吉原英樹(2002)『国際経営論への招待』 有斐閣ブックス
藤本隆宏 東京大学 21 世紀 COE ものづくり経営研究センター(2007)『ものづくり経営学』 光文社新書
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(邦
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デジタルコンテンツ協会(2007-2010)『デジタルコンテンツ白書』
■報告書
経済産業省(2007)『コンテンツグローバル戦略報告書』
経済産業省(2010)『コンテンツ産業の成長戦略に関する研究会 報告書』
経済産業省(2006)『ゲーム産業戦略~ゲーム産業の発展と未来像~』
デジタルコンテンツ協会(2010)『デジタルコンテンツ制作の先端技術応用に関する調査研究報告書』
■論文
飯田健雄(2000)『ゲーム産業における内部化理論の再検討試論』
井上明人、山根信二(2007)
『デジタルゲームの産業構造:日本のゲームの開発体制はいかにして選択され
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大野満秀(2002)『日本におけるゲームソフト開発プロセスと海外共同開発・製作の状況』
新宅 純二郎、生稲史彦(2001)『アメリカにおける家庭用ゲームソフトの市場と企業戦略』
生稲 史彦、新宅 純二郎、田中 辰雄(1999)『家庭用ゲームソフトにおける開発戦略の比較-開発者抱え
込み戦略と外部制作者活用戦略-』
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デビット=キム
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http://www.gamebusiness.jp/article.php?id=316
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エニックス有価証券報告書(2000-2002)
スクウェア・エニックスアニュアルレポート(2005-2009)
任天堂有価証券報告書(2000-2009)
任天堂アニュアルレポート(2005-2009)
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コナミアニュアルレポート(2005-2009)
バンダイ・ナムコアニュアルレポート(2007-2009)
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『『ポケモン』はなんで世界同時リリースじゃないの?』
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『CMMI の概観』 ソフトウェア工学研究所/カーネギーメロン大学
http://www.sei.cmu.edu/cmmi/
『スクウェア・エニックス社長インタビュー』スクウェア・エニックスホームページ
http://www.square-enix.com/jpn/ir/irinterview/conversation_090525_1.html
『バンナムH社長:開発体制を日本に回帰、苦戦受けて海外投入を厳選』bloomberg
http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=jp09_conewsstory&tkr=7832:JP&sid=awiPU9h5R1uE
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