小説「ネット小説」(その5--pdf)

(小説「ネット小説」その5)
5.
マユミは長時間モニターを見続けて疲れた目を指で揉んだ。
ふう、終わった。どっちも力の入った小説だったわね。続けて読んで疲れちゃった。
まずsalさん。なぜにスリラー?いきなりこの展開はないです。途中で続けられなくなった?そうとしか考えられ
ないわ。最終話で犯人が登場なんて稚拙すぎます。最初から最後まで考えて作らなくちゃ。
それからREIⅣさん。salさんに追随したわね。そっちがそれならこっちはこうよって訳ね。本当にそれでいい
んですか?健気な女の一大メロドラマじゃなかったの?読者を裏切って楽しいですか?
どっちも題名と内容がかけ離れてしまったじゃないの。「真実の愛を
」って題名のスリラーがあっていいはずが
ありません。「愛と自由への
」なんて題名のスパイアクションは騙しです。題名とは小説の内容を表すとても大事
なもの。どっちも何を考えて作ってるのっ!
興奮してしまったわ。とにかく、動機が不純だからこんなことになるのよ。相手を貶めて、自分はカッコ良く書
いて
、こういうものは本来発表すべきものじゃないでしょ。読まされる方も迷惑です。
マユミは呆れ返ってため息を吐いた。小説を閉じてメイン画面に戻り、BBSに入った。その最初の部分を見てマユ
ミは目を剥いた。
〔1098〕投稿者 sal 2028.11.3. 19:54
題 名 こんばんは
みなさん、mikeさん、今晩は。salです。
寒くなってきましたね。
私のデビュー作もひとまず完結となって清々しい気分の今日この頃です。
なんか変なものになっちゃったかなぁなんて思わなくもないですが(笑)。
次回はもうちょっとしっかりしたものを書きますね。
予定としては「真実の愛を求めて2」(2と書いてツーと読みます)
今回の作品の続編です。幸せな結婚生活を送るアヤカとシンジに新たな危機が迫る!
影のようにアヤカにつきまとう謎の人物は?てな感じの話にしようと思います。
ご期待ください。
RES:投稿者 mike 2028.11.12. 23:05
お疲れ様でした。
>私のデビュー作もひとまず完結となって清々しい気分の今日この頃です。
何かを成し遂げた後の爽快感。良く分かります。私もこれが楽しみで小説を書いています。
>なんか変なものになっちゃったかなぁなんて思わなくもないですが(笑)。
そうですねえ(苦笑)。今後は最初から最後までしっかりと構想を立てて書きましょう。
でもまあ、ちゃんと完結したのは立派なことです。
この界隈では未完のまま放置された小説が山ほどありますから(笑)。
次回作に期待します。
まだやるの?マユミは頭を抱えてしまう。この醜い小説合戦をさらに続けるつもりなのか。
マユミはううむと唸って腕組みをした。このままあの二人を放置しておいて良いものか。いや、良くないとマユミは
思った。アスカは誰にもばれてないと思っているようだが、現にこうしてばれている。いずれsalがアスカだという
噂が出回り、マスコミが嗅ぎつけたら、アスカにもマイナスになるだろう。
ここは友人として忠告してやるべきだわ。マユミはそう決意し、ブラウザを閉じた。
霧島マナは鼻歌まじりに元気良く歩道を歩いている。昨日突然レイから、今日是非会いたい、奢るからとあるファミ
レスに来ないかと電話があった。家計の厳しいマナにとって一食分浮くのは有難い。ほいほいと二つ返事で承諾し、今
こうしてファミレスに向かっているのだ。
ファミレスに入ると、すぐに奥の席にレイがいるのが見えた。
「やっほー。レイちゃん、今日はお招きありがとう」
「今日は、マナ。元気そうね」
マナは早速レイの向かいに座った。
「レイちゃんが奢ってくれるなんて珍しいねー。ね、ね、好きなもの注文していい?あたしここのメニューで好きなの
があるんだー」
「結構よ。その前にお話があるの。食事はその後にしましょう」
「ん?いいよ」マナの心中に疑念が湧く。どこか雲行きが怪しい。レイの態度にも固さが見える。
ウェイトレスが注文を取りに来た。マナはオレンジジュースを頼んだ。
レイが傍らの鞄から紙の束を取り出した。かなりの厚みがある束だ。どんとテーブルに乗った紙に書かれた文字を読
んで、マナは愕然とする。
『真実の愛を求めて』
レイは表情も固くマナに言った。「これ、あなたが書いたものね?」
「ええーっ。どうして?これ、アスカが書いたんじゃない!」マナは慌てて打ち消そうとする。こめかみに冷たい汗が
浮かんだ。
「アスカではないわ。その証拠はここの部分。ここにプラズマテレビとあるわね。実際うちのテレビはプラズマ。うち
のことをよく知ってると思ったわ。でもね、アスカが最後にうちに来た時、うちのテレビはまだブラウン管だったの
よ」
「
!」
「私の知り合いでうちのテレビがプラズマだと知っているのは、マナ、あなただけなの」
「でも、それだけじゃ私だっていう証拠にならないわ」
「確かに。でも状況証拠ならまだあるわ。まず、あのサイトを教えてくれたのがあなただということ。それからアスカ
の証言」
「アスカが!」
「そうよ。もうアスカとは話がついてるの。アスカ、マユミさん。もういいわよ」
レイが後ろを振り返って、後方の席に座る二人組みに声を掛けた。その二人は共にサングラスを掛け、一人は髪を大
きなスカーフで包んでいる。二人は立ち上がってレイたちの席にやって来た。スカーフの方がサングラスをずらした。
青い瞳がきらりと光った。
「ア、アスカ
!それにマユミ
」
「マナ。この悪戯者」
惣流アスカはじろりとマナを睨み、マナの隣に座る。眼鏡を取り替えたマユミはレイの隣だ。
アスカはマナにぐいと顔を近づけ、凄む。「アンタ、アタシの振りして面白いことしてくれたじゃない。アタシがシ
ンジに不倫願望がある?はっ、見損なわないで。アタシはシンジより素敵な男性と一杯付き合ってるんだから」
「あたしはそんなことしてない。ア、アスカが書いたんでしょ」
「なにおう。いい加減にしないと、しばくわよ!」
アスカは拳を握り締めてマナに迫る。マナはひっとうめいてずり下がった。
山岸マユミは冷ややかにマナを見つめる。「マナ、もう観念しなさいよ。みんなあなたがやったことだって結論を出
してるの」
レイの氷のような視線がマナを射る。「最初の方に出てくる私の言葉も、アスカは以前あなたに喋ったそうよ。いい
かげんに認めることね」
三人に迫られてマナはたじたじとなった。言葉もなく視線を落としていたが、やがて小さく頷いた。
「ごめん。あたしがやったの」
「とうとう白状したわね」アスカは相変わらずマナを睨みながら言った。
マナはなぜアスカがあの小説を知ったのか、またなぜマユミまでがこの場にいるのかが疑問だった。
「どうしてアタシだって分かったの?」
マユミが答えた。「それは私が言うわ。私ね、前からあのサイトを知ってたの。問題の小説を読んで、作者はきっと
アスカとレイに違いないって思ったの。それで、こんなこと止めなさいって、まずアスカに言ったの」
「それで、結局ばれちゃったと」
「そういうこと。教えて。なぜあんなことをしたの?」と、レイが内に怒りを秘めて訊ねた。
「そ、それは
」
マナはなかなか言い出すことができない。三人の厳しい視線を浴びて縮こまるマナだったが、マユミに促されてよう
やく口を開いた。
「実は、シンジと不倫したいのはあたしなの」
「あなたが!」驚きの声を上げたのはレイだった。
「うん。あたしもシンジが好きだってこと。だっていい男なんだもん。中学時代からずっと想ってたの。他の男とも付
き合ったけど、シンジ以上の男はいなかった。レイちゃんって奥さんがいるけど、奪い取ってやりたくなった。それで
ね、レイちゃん、本当に申し訳ないんだけど、あたしたち二人だけで二三度会ったの」
「何ですって!」
レイはマナの言葉に深い衝撃を受けた。マナの告白は続いた。
「あ、でもアッチの方はないから。一緒に飲んだだけ。ホテルとか一切行ってないんで安心して。一方であたしたちは
今でもこうして付き合いがあるじゃない。ひょっとしたら何かのきっかけでレイちゃんに疑われるんじゃないかって
思ったの。そこであたしは考えた。疑いをアスカの方に向けておけばあたしは安全なんじゃないかって」
「それで、あんな手の込んだことを。ったく、バッカじゃないの」アスカがさも呆れ返ったように言った。
「ほんとは一話だけ書いて書き逃げするつもりだったの。まさか、レイちゃんがあんな風に反撃してくるとは思わな
かった。それで仕方なく続きを書いたわ。多分、アスカなら怒ってさらに追撃するだろうと思って」
「策士、策に溺るとはこのことだわ。いずればれるに決まってるじゃないの」と、マユミ。
アスカが言った。「アンタもアンタよ、レイ。回りくどいことしないで、直接アタシに言えば済んだことじゃない」
「
別にいいじゃない」レイはぶすっとしてそっぽを向いてしまう。
マユミがレイの肩に手を置いて言った。「レイは昔からそういう性格だからね」
アスカはさらに追求する。「それにしてもさー、随分アタシをひどく書いたものよね。どうせアタシは性格ブスです
よーだ」
「それについては謝ったでしょ
」
アスカに対し、とんだ負い目を背負ったレイは小さくなって視線を落とした。マユミは作り笑いを浮かべて取り成
す。
「あれは、かなり誇張があるわよ。実物とはかけ離れてるわ。こんなのアスカじゃないって思ったもの」
「そ、そうなのよ。あれはなんて言うか、戯画よね。創作上のテクニックなのよ」
レイはマユミの尻馬に乗り、必死に言い訳をする。アスカは苦笑いを浮かべた。
「はい、はい。そういうことにしておきましょう」
「さて、マナ」レイはマナに向かって厳しい視線を向けた。「こうなった以上、あなたとは絶交よ。シンジとは二度と
会わないで。私の前にも現れないで。いいわね」
「いいわ」マナはうちしおれ、捨てられた子猫のような哀れな風情だ。
「ごめんね、レイちゃん。ごめんね、みんな。もう迷惑かけないわ。許して。この通り」
マナはテーブルに手を着いて深々と頭を下げた。
アスカがそんなマナの背中を叩いた。「アンタもシンジのことなんか早く忘れて、いい男を見つけなさいよ。まだ若
いんだし、チャンスは無限にあるわよ」
「そうね。そうよね」マナは目頭を押さえてアスカの言葉に頷いた。
うつむいて洟を啜り上げるマナ。レイは相変わらず厳しい視線を向けていたが、他の二人は同情的だった。どちらも
マナのことが好きなのだ。やがてアスカがマナの顔を覗き込んで言った。
「ところでマナさあ。アンタが書いた緋柳アヤカ、結構良かったよ。アタシ、あれ演ってみたくなったの」
「へ?」
マナはきょとんとして、涙目でアスカを見た。アスカは何を言いたいのだろう。
「あれで一本2時間ドラマができるわ。シナリオライターにリライトしてもらわなきゃならないけどね。ね、これから
知り合いのプロデューサーの所に行かない?二人で売り込みしてみようよ!だめで元々。失うものは何もないわ!」
マナの瞳がきらきらと輝いた。これはひょっとしてチャンス?木造ワンルーム風呂なし家賃4万円のアパートから抜
け出るチャンス?
「行くわ。あたし行く。何事もチャレンジしなきゃ!」
「その意気よ。どうせアンタ暇でしょ?今日これから早速行くのよ」アスカは立ち上がってマナに手を差し伸べた。
「うん!」マナの立ち直りは速い。意欲を漲らせて立ち上がる。
「そのプリントもらっていいわよね?」
アスカがレイに訊ねた。レイは呆気に取られながら紙束を差し出した。「ど、どうぞ」
「じゃあねマユミ、レイ。アタシの次回作を楽しみにしていて」
「ごめんね、レイちゃん。さよなら」
二人はばたばたとファミレスを出て行く。マユミとレイは事態の急展開に呆然としながら背中を見送った。窓の向こ
うに並んで歩く二人の後ろ姿が見える。二人のしゃんと伸びた背筋は何かしら前途への希望を感じさせた。マナ、アス
カ、頑張って。マユミは心の中でエールを送った。
「行っちゃったね
」
「行ってしまったわ
」
レイはぬるくなったコーヒーを啜った。シンジのことが思い浮かんだ。シンジ、後で見なさい。浮気したことを後悔
させてやりますからね。
剣呑なレイの表情を見たマユミは、ここは宥めるところだろうと思う。
「あの、できるだけ穏やかに話し合ってね。旦那さん、そんなに深みにはまってるわけじゃないと思うから」
「分かってるわ」
そう答えたレイの表情は相変わらず険しい。密かにシンジの安全を祈るマユミであった。
「それで、あなた、私の小説どう思った?感想を聞かせて」
レイは気分を変え、瞳を輝かせてマユミに訊いた。ほめ言葉を期待しているようだ。マユミは返答に困った。面と向
かって悪口は言いにくかった。
「
そうねえ。ま、あれは本気で書いたものじゃないし、感想は控えるわ。今度、心から書きたいと思って書いたも
のを見せて。感想はその時に」
「そう。残念だわ」
「あ、一つだけ忠告しとく」
「何、なに?」
「パクリはほどほどにしたほうがいいわ」
「分かってたのね」レイは顔を赤くして口を噤んだ。
気まずい沈黙が続いた。やがてレイの方から口を開いた。「でも、マナが小説とは意外だったわ。人って分からない
ものね」
「そうよね。あの鋼鉄さんだもんね」
「そういうのはあなたの領分だと思うわ。あなた、何か書いてないの?」
良くぞ訊いてくれました、とマユミは内心嬉しかった。「うん、実はね、まだ書いてないんだけど、すごいSF大作
の構想を練っているところなの」
「ふうん。それはどんな?誰にも言わないから聞かせて」
「絶対内緒よ。意見があったら言ってね。まずね、冒頭は一人の大人しい中学生の少年が、ある町にやって来るところ
から始まるの。鉄道の駅で降りたんだけど、辺りには誰もいないわけ。変だなって思ってると、突然地響きが!なんと
物凄い大きさの怪獣が現れたわ。軍隊が攻撃するんだけど全然効かないの。もう少しで踏み潰されそうになるところ
へ、青いスポーツカーがやって来て、その子を助けるの。運転してるのはすごく色っぽいおねえさん」
「なんだか面白そうね。それで」
「二人は大急ぎで地下の秘密基地に向かうの。いろいろあってから二人は地下の倉庫に行く。少年がそこで見たのは巨
大なロボットよ!」
「うんうん」
「そこで少年の頭上から声が掛かる。『お前がこれに乗ってあの怪獣を倒すのだ!』それは少年の父親だったのよ。こ
の親子、すっごく仲が悪いの。少年はそんなこといきなり言われてびっくり仰天。『そんなの無理だよ!』当たり前よ
ね。乗れ乗らないの押し問答があって、そのうち業を煮やした父親は言うの。『もう一人を連れて来い』そこで現れた
のはあっちこっちに包帯をした美少女だったの。そのうち、怪獣が基地を攻撃するの。ぐらぐら揺れて上から釣り物が
落 ち て 来 る わ 。 少 年 と 美 少 女 が 潰 さ れ る ! と 、 思 っ た ら な ん と 、 な ん と !
あっ、誤変換がある。
碇シンジは小説の見直しをしていて、誤植に気づいた。
『そのうち、怪獣が基地を攻撃するの。ぐらぐら揺れて上から釣り物が落ちて来るわ。少年と美少女が潰される!
と、思ったらなんと、なんと!』
『吊り物』が『釣り物』になってしまっている。早速カーソルを合わせて、入力し直した。『ぐらぐら揺れて上から
吊り物が落ちて来るわ』これで良し。
これでほぼ出来上がり。長かったと思う。予定ではもっと短いはずだったが、興に乗って書き進むうちにかなりのボ
リュームになった。
だけど、まだやることがある、とシンジは思う。固有名詞がこのままでは、発表できない。それを入れ替える作業を
思うとため息を吐きたくなる。ハンドルネームも考えていない。それは大した問題ではないが。どのみち、投稿するの
は当分先のことだ。
題名はどうだろう。『小説「ネット小説」』地味すぎないか?もっとこう、ド派手な題名の方がアピールするので
は?などと思いながら時計を見た。午前0時が近い。もう寝なければサラリーマンのシンジにとって明日が厳しい。ま
た明日以降考えようと思い、パソコンの電源を落とした。
洗面台の前に行き、歯磨きを始めた。明日は水曜、資源ゴミの日。きちんと分別していないゴミ箱を見て眉を顰め
た。明日の朝半分だけでも取り分けて出してしまおう。そうしないとゴミがあふれてしまう。
それにつけてもしみじみ思う。あーあ、結婚したいなあ。
来年はもう30だよ。同期の連中はみんな結婚したのに、僕だけ縁がないのはどうしてかな。結構いい顔してるんだ
けどね。このシャイな性格なんとかならないかな。今さらどうにもならないよな。
歯を磨き終わったシンジはベッドに潜り込んだ。来週は上司が見合いの席をセットしてくれるそうだ。写真ではまあ
十人並み。女は気立てだよね、うん。
蛍光灯から長く伸びた紐を引っ張って明かりを消した。見合いの時、どんなことを言おう。小説のことは内緒にして
おいた方が無難だな。そんなことを考えるうちにだんだんと眠気が忍び寄り、夢の世界に旅立って行った。
その夢は父の顔をした豚の大群に追い回されるという、何ともへんてこりんなものだった。
(小説「ネット小説」終わり。 by間部瀬博士)