1 空調機定期点検の重要性 <ドレン水中におけるレジオネラ属菌の生息状況について> 日本水処理工業株式会社 1. はじめに 建築物衛生法において、 空調機ドレンパンの維持 管理については、 「使用開始時及び使用期間中の 1 ヶ月ごとに 1 回、定期的に点検し必要に応じて清掃 を行うこと」と定められている。また、2003 年 4 月よりビル管理法が一部改正され、 「病原体によって 室内の空気環境が汚染されることを防止する処置を 行うこと」が義務付けられた。 しかし、当社で 1 ヶ月間に洗浄した建築物衛生法 の個別式空調機 1,000 台のうち、法令に基づいた定 期点検・清掃として行った台数は45 台、 わずか4.5% の実施率であることが分かった。実施率が低い原因 として、下記のことが挙げられる。 ① 怠った際に罰則がないことによる意識の甘さ ② 対象の空調機全台数を法令通り行うと膨大な 作業時間がかかること ③ 作業時間に伴う多額のコスト 定期点検・清掃の重要性を再認識するため、今回 法令にも多く記述されていた「レジオネラ属菌」の 生息状況について調査し、室内の空気環境を把握す ることにした。 2. レジオネラ属菌とは レジオネラ属菌は 1976 年に米国フィラデルフィ アの在郷軍人会で集団肺炎が発症したことにより、 初めて認知された病原性細菌である。 日本では 1981 年に初めてレジネラ肺炎の発症例が報告され、 以後、 毎年のように多くの感染者が出ている。国立感染症 研究所感染症情報センターおよび厚生労働省発表の データによると一昨年(2009 年)の 1 年間に 717 例の発症届けが出されており、その内 58 人が亡く なっている。これは 1 日に 2 人が感染し、1 週間で 1 人亡くなっているペースである。同じ年に大流行 した「新型インフルエンザ」の感染者数及び死亡者 数と比較しても、感染者数はインフルエンザ感染者 ほど多くないものの死亡率は圧倒的に上回っている ことがわかる。 (第 1 表) 戸田 未希 Miki Toda 第 1 表 感染者数と死亡者数 ※1 レジオネラ属菌に関しては発症届出件数 ※2 基礎疾患者 145 人を含む ※3 パンデミック時:2009 年 7 月∼2010 年 3 月 尚、レジオネラ属菌の各患者数は 2011 年 7 月現在に国立感染 症研究所 感染症情報センターおよび厚生労働省により発表されて れている人数である。 レジオネラ属菌は自然界の水系(沼や池、河川、 温泉等)や土壌に広く存在する菌で、現在約 55 種 類ほどが確認されている。 主な感染ルートとしては、 レジオネラ属菌に汚染された人工環境水(冷却水や 給水、浴槽など)が感染源となり、そこから発生す るエアロゾルを吸引することで発症する。 近年、人気家電として注目されている「加湿機能 付き空気清浄機」や「加湿器」なども感染源となり うる。特に「超音波式加湿器」が最も危惧されてお り、過去にも超音波式加湿器が感染源と考えられる 死亡事例がいくつも報告されている。 3. 生息状況の把握 現状把握を行うため、空調機(空気調和設備)の ドレンパン(排水受け)に滞留しているドレン水中 のレジオネラ属菌の生息状況について調べることに した。 3−1 調査概要 建物に設置されている空調機は大きく分けて、 「個 別式空調」と「中央式空調」がある。今回、調査対 象とした空調機は「個別式空調」である。 (写真 1) 2 (a)個別式空調 (b)中央式空調 写真 1 空調機の種類 写真 5 複合遊戯施設 ドレンパン 某遊戯施設(パチンコ店・カラオケ…) 飲食店・理髪店・オフィスビル・遊戯施設(パチ ンコやカラオケ店など) ・医療施設(写真 2∼写真 6) など様々な環境で使用されている個別式空調機 写真 6 医療施設 ドレンパン(某医療施設) 写真 2 某テナントビル(飲食店)ドレンパン 採取現場の状況 写真 3 某テナントビル(理髪店)ドレンパン 採取現場の状況 写真 4 オフィスビル ドレンパン(某オフィスビル) 50 台を無作為にピックアップし、そこから採取した ドレン水及びスライム(生物膜=バイオフィルム) を調査対象検体とした。 なお、検体数については、分析が可能な検体量を 採取できたドレン水 24 検体、及びスライム 8 検体 である。 3−2 調査方法 今回の調査では、レジオネラ属菌の存在有無を調 べるため、また生菌・死菌の判別を行うため、LAMP 法(Loop-mediated isothermal amplification) と培 養法の2種類を併用した。 ①LAMP 法 LAMP 法とは遺伝子検査法であり、レジオネラ属 菌迅速検査法の一種である。検体中のレジオネラ属 菌由来の遺伝子(DNA)を増幅させることで、菌の 生死に係わらず定性的特定を行うことが出来る。 ②培養法 培養法とは、検体中のレジオネラ属菌の生菌を専 用培地で繁殖させる最も一般的な細菌検査法である。 この 2 種類の方法を用いることで、ドレン水およ びスライム中のレジオネラ属菌の存在有無及び生 菌・死菌の特定を行った。 3−3 調査結果 LAMP 法によりドレン水で 58%、スライムで 75%、レジオネラ属菌の存在(=陽性)を確認する ことが出来た。 (第 1 図) 3 レジオネラ属菌が生息していることが分かった。 (第 2 図) 第 1 図 LAMP 法による分析結果 しかし培養法では、レジオネラ属菌の繁殖スピー ドが他の菌(細菌や真菌等)より遅いことから阻害 を受け、生菌・死菌の特定を行うことが出来なかっ た(写真 7:レジオネラ属菌見本写真、写真 8:検 体写真) 。 写真 7 レジオネラ属菌見本写真 第 2 図 空調機内のレジオネラ属菌生息状況 4. 課題と対策事例 冒頭で挙げた点検・清掃の低実施率の原因点を踏 まえ、対策事例として納入台数 500 台の A ビルを例 に 2 パターンのシミュレーションを行った。 4−1 A ビル概要 ◎空調機納入台数 … 500 台 ◎階数 … 20 階建て ◎1 フロアあたりの台数 … 25 台 4−2 点検方法を変える 通常、全台数を分解点検(写真 9)した場合、約 1,000 時間もの作業時間を要する。日数にして、1 日 10 時間 10 人で約 2 週間かかることになる。 写真 9 分解点検の工程 写真 8 培養後の写真 以上の結果より、定量および生菌・死菌の特定は 出来なかったものの、レジオネラ属菌の存在を確認 することが出来た。また空調機ごとでみると、調査 不可であった空調機を除き、約 70%の空調機でドレ ン水又はスライムのどちらか、もしくは両方ともに しかし、点検方法を「分解点検」から「内視鏡点 検」へ変更した場合、内視鏡点検は小型カメラを空 調機の隙間から差し込むだけの点検方法なので、作 業時間は約 250 時間と 1/4 に短縮され、作業日数も 3 日程度で完了する。 (写真 10) 4 難しい中、最低限 4−2「選定機分解点検」を行い、 更に選定機以外を 4−3「内視鏡点検」することを提 案する。 写真 10 内視鏡点検の様子 4−3 点検台数を見直す 通常、点検とは全台数行うものであるが、点検台 数を「全台数分解点検」から「選定機分解点検」に 変更した場合のシミュレーションを行った。 「選定機分解点検」とは、フロアごとに最も汚れ ていると予想される空調機を 1 台選定し、代表で分 解点検する方法をいう。この方法を用いると、20 階 建ての A ビルの場合、点検台数はわずか 20 台とな り、作業時間も約 40 時間と大幅に削減することが 可能である。 (第 3 図) 6. おわりに 仕事中やショッピング中、授業中、旅先のホテル で、ふと、建物の天井を見上げると必ずと言って良 いほど空調機が存在する。室内環境を快適に保つた めに重要かつ、身近にある設備である。 今回の結果より、その空調機内部にレジオネラ属 菌が存在することは明らかとなった。今回の調査結 果はあくまで死菌を含む結果であり、必ずしも生菌 が生息しているとは限らない。しかし、死菌が存在 するということは過去に生菌が存在していたことの 証である。 レジオネラ属菌といえば、冷却水や浴槽、給湯に 目を向けられがちだが、実は私たちの身近にある空 調機にも危険因子は多く潜んでいることを認識しな ければならない。罰則が無いからといって点検・清 掃の義務を怠ると、空調機内部で繁殖したレジオネ ラ属菌が室内に蔓延し、集団感染を引き起こしかね ない。それを防止する為の点検・清掃であり、法令 であると、私はこの調査を通じて痛感している。 当社でもこの調査結果をもとに、空調機の点検・ 清掃実施を広めていきたいと考えている。 <参考文献> ・ 厚生労働省: 建築物における衛生的環境の確保に関する法律 ・ 厚生労働省:厚生労働統計一覧 ・ 国立感染症研究所感染症情報センター: 『感染症発生動向調査事業年報』 2009 年第 1-1 表 第 3 図 選定機分解点検の流れ しかしこの方法を採用した場合、不安要素が 1 点 ある。選定した空調機がたまたま「キレイ・清掃の 必要なし」と判断された場合、清掃が必要な他の空 調機があったとしても見落すことになる。この点を 十分に考慮しなければならない。 <筆者紹介> 戸田 未希 日本水処理工業株式会社 環境サービス 水質検査グループ 〒530-0046 大阪市北区菅原町 8-14 5. まとめ 今回の調査結果より、 「空調ドレン水及びスライム 中にはレジオネラ属菌が存在する」 ことが分かった。 点検・清掃の実施率については、本来対象となる 空調機全台数を分解点検するべきである。しかし、 実際ドレンパン点検の実施率は非常に低く、改善が TEL:06-6363-6370 FAX:06-6363-5883 E-Mail:kensa@mizu-shori.com URL:http://www.mizu-shori.com
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