交渉エージェントのしぐさに関する印象調査 - Human

交渉エージェントのしぐさに関する印象調査
Gesture making and the impression evaluation of the negotiations
agent
池田祐輔 1∗
Yusuke Ikeda1
片上大輔 1
Daisuke Katagami1
新田克己 1
Katsumi Nitta1
1
1
東京工業大学 大学院総合理工学研究科
Interdisciplinary Graduate School of Science and Engineering,
Tokyo Institute of Technology
Abstract: In this study, I am aimed at recognizing feelings and the authorized individual from
the gesture of the partner at the time of negotiations and build an agent performing the gesture
that accepted talks contents at the time of negotiations and the situation. By the experiment, I
extracted a gesture from negotiations talks example between human beings and made the model of
the gesture of the agent based on quantity of the characteristic. I perform the impression evaluation
of the gesture by a questionnaire, and an agent works based on the result. I inspected whether a
subject could recognize feelings and an authorized individual by an evaluation experiment.
1
はじめに
交渉は日々様々なところで行われている.紛争解決
など国家間での交渉やプロ野球選手の契約時の交渉と
いった人々の注目を集めるようなものから,自動車や
家電をいくらで買うのか,あるいは夕食はどこで食べ
るのかなど身近なところでも交渉は行われている.交
渉は一人行うものではなく,他者との相互依存関係で
成り立っている.そのため交渉スキルを高めることは,
他者とのよりよい関係性を構築し交渉結果をよいもの
とするためにも重要である.
しかし,交渉スキルを高めるために交渉の練習を行
おうと思ってもすぐに練習相手が揃うわけではない.そ
こで我々の研究室では,その場で交渉相手が揃わなく
ても交渉練習が行える環境の実現のため,オンライン
で交渉練習を行えるシステムの開発を行ってきた [1][2].
交渉エージェントは,交渉の題材に関する背景知識と
過去の発言ログを持ち,交渉状況をモニタし,背景知
識と過去の類似場面を参照しながら,交渉状況に適し
た発言候補をリストアップし,自動的に発言させるこ
とが可能である [1].また,エージェントが発言する際
に複数の発言候補から,議論の収束性・発散性,利己
的・協調的,論理的・非論理的の三つの特性に応じた発
言を選択し,エージェントの特性を変えることで,同一
∗ 連絡先:
東京工業大学 大学院総合理工学研究科
知能システム科学専攻
〒 226-8502 神奈川県横浜市緑区長津田町 4259-J2-53
E-mail: ikeda@ntt.dis.titech.ac.jp
テーマに関する論争でもエージェントの多様な返答を
実現している [2].しかしこれらの研究は発言生成だけ
に着目しており,交渉中のエージェントのしぐさにつ
いての研究は行われていない.交渉を行う際は,論理
面が重要なのは言うまでもないが,感情面も非常に重
要な要素である [4]. 相手のしぐさや表情を見ることで
相手の感情 (心理状態) を認識し,交渉を円滑に進める
ことや交渉を有利に出来る可能性がある.表情に関す
る研究は既に行われており,オンライン交渉ではエー
ジェントの表情が意思決定に影響を与えることがわかっ
ている [3]. しぐさには発話の有無に関わらずその人の
心理状態が無意識に現れるため,交渉のように自分の
意図を隠している場合などにはしぐさから相手の感情
(心理状態) を認識することが重要となる.
そこで本研究では,エージェントのしぐさに着目し,
交渉時の対話内容と状況から引き起こされる感情に応じ
たしぐさを行うエージェントの開発を行うために,エー
ジェントが人間の交渉中のしぐさを真似ることでどれ
くらい感情が伝わるのか,またしぐさの違いにより観
察者の受ける印象が変化するのかについて調査するこ
とを目的とする.
本論文の構成は以下の通りである.2章では交渉エー
ジェントについて既存研究を概観する.3章では研究
の概要と,交渉対話事例の収集と分析方法,しぐさと
発言ログの登録,エージェントへのしぐさ実装方法に
ついて述べる.そして,4章で実験方法と結果を紹介
し考察を行う.最後に,本研究の結果をまとめる.
2
オンライン交渉支援システムと交
渉エージェント
オンライン交渉支援システムとは,オンライン交渉
環境の提供と交渉者の支援や教育を行うことを目的と
したシステムである [1].オンライン交渉は,参加者が
論争インタフェースを用いて,インターネットを介し
サーバに接続することで行われる. 本システムの主
な機能としては,以下の2つである.
1. オンライン論争環境の提供:オンラインで論争
内容を交換し,論争状況 (合意・決裂・未決着) を
表示する.論争内容のダイアグラムに従って論争
グラフに変換する.アバタによる表情付けを行う.
2. 事例ベースの構築:論争の記録をXML文書と
して出力する.発言内容が含む話題 (論点) を抽出
し,ダイアグラム情報とともに記録に付加する.
また,構築した事例ベースから,類似する事例・
場面を検索する.
3
3.1
研究の流れ
本研究の流れは以下の通りである.まずは,エージェ
ントのしぐさモデルを作成するために,人間同士で交
渉実験を行い交渉対話事例の収集を行った.その後,収
集した交渉対話事例の分析を行い,発言ログとしぐさ
の特徴量の関連付けを行った.そして,しぐさの特徴量
に対応付けてエージェントのしぐさ作成を行った.作
成したエージェントの評価実験として,実際の人間同
士が交渉中に行ったしぐさの映像と,エージェントがそ
のしぐさを行ったデータを被験者に見てもらい,映像
中の人間およびエージェントが抱いていると思う感情
に関してアンケート調査を行った.これにより人間の
しぐさをアニメーションで再現することで感情が伝わ
るのかを調査する.また,しぐさにより観察者の印象
が変化するかを調べるために,同一の容姿をしたエー
ジェントに同一の発言を行わせ,しぐさのみを変化さ
せた場合の評価実験を行った.
3.2
類似場面検索の評価実験の結果,本機能によって過
去の交渉記録から類似場面が検索できることが示され
た. また,ユーザは本支援機能により,現在の論争状
況に適した複数の利用可能な回答候補を得ることがで
きることが示された.
しかし,オンライン交渉支援システムを交渉者の教
育支援として使用する場合,模擬交渉を行うためには
参加者を同時に集める必要があるため自分のやりたい
ときに交渉の練習を行うことができないという問題点
がある. 人数がそろわないと練習ができないというオンライ
ン交渉支援システムの問題点を解決するため,当事者
の一方をエージェントとし人間と論争を行う交渉エー
ジェントがある [2].交渉エージェントは,論争状況モ
ニタで交渉開始からの状況を認識し,戦略性を持ち発
言候補をリストアップする.リストアップした発言候
補から,キャラクタデータを基に発言を決定し,類似場
面検索またはテンプレートにより発言を生成する.キャ
ラクタデータには,交渉者にトレーニング効果のある,
議論の収束性・発散性,利己的・協調的,論理的・非
論理的の3つの特性を採用した.実験により,この3
つの特性の評価値を変えることで同一テーマでも多様
な論争ができることが示された.
しかし,これらの研究は交渉の発言生成だけに着目
しており,交渉中のエージェントのしぐさについては
研究されていない.
研究概要
交渉対話事例の収集と分析
交渉時の対話内容と状況から引き起こされる感情に
応じたしぐさについて調査するため,人間同士の交渉
対話事例の収集と分析を行う.
3.2.1
交渉対話事例の収集
交渉の題材として,交渉タスクの知識の有無による
有利不利が被験者に生じないように,どの被験者も実
際に行ったことがない交渉タスクを設定するため,プ
ロ野球選手の契約更新に関する交渉タスクを作成した.
球団側役と選手側役に分かれ2名1組で,年俸に関す
る交渉対話を行ってもらっている様子をビデオカメラ
で撮影録画した.交渉を行うための参考資料として,自
身の過去 3 年分の打撃と年俸に関するデータと,チー
ム内で役割が同じ選手と他チームで役割が同じ選手の
過去 3 年分のデータを同様に添付した.また,選手側・
球団側にそれぞれ自分しか知らない秘密情報と,要求
ポイント・妥協ポイント等の情報を提示し,それをも
とに交渉を進めてもらう.交渉タスクは,要求ポイン
ト・妥協ポイントの情報を変化させることで,合意形成
のしやすさ別に3種類用意し,各被験者にはすべての
交渉タスクを行ってもらった.交渉対話事例の収集は
被験者4名に協力してもらい,2名1組で2組のデー
タを収集した.1タスクの平均交渉時間は15分57
秒で,1人の平均発言回数は約52回であった.実験
の参加者は23歳から25歳の男性理系大学院生であ
る.交渉タスクの様子は1台のビデオカメラで2名が
映るように撮影しデータ収集を行う.
3.2.2
頭部
交渉対話事例の分析
まず,収集した録画データを利用し,交渉対話事例
の発言ログの書き起こしを行った.そして,書き起こ
した発言ログに対応させて特徴量のタグ付けを行った.
特徴量は,録画データを何度か見た上で被験者の動き
をもとに決定した.本研究で用意したタグセットは,交
渉中の状況と発言者としぐさ,交渉相手のしぐさであ
る.しぐさに関しては,頭部・胴体・腕部に分けて分
析を行った.
頭部については,[真っ直ぐ]・[左に傾く]・[右に傾く]・
[上を見る]・[下を見る]・[右上を見る]・[右下を見る]・
[左上を見る]・[左下を見る]・[うなづき] の10種類の
いずれかを付与し,胴体については,[真っ直ぐ]・[前
傾]・[後傾]・[右傾]・[左傾] の5種類のいずれかを付与
した.
腕部については,[腕組み]・[膝の上]・[手を前に出す
(縦)]・[手を前に出す (横)]・[手を斜めに動かす (左下か
ら右上)]・[手を斜めに動かす (左上から右下)]・[顎を触
る]・[顎をたたく]・[口を隠す]・[頭を触る (横)]・[頭を
触る (うしろ)] の11種類のいずれかを付与した.
しぐさに関しての細かい設定は不可能なので,設定
されていないしぐさが出てきた場合は,似たしぐさに
変換してタグ付けを行う、もしくはそのしぐさに関し
ての入力はしないこととした.
また,Wallbot[5] によると,感情としぐさの関係に
ついて検討する際,しぐさの頻度や累積時間だけでは
なく,しぐさの大きさや速さ,なめらかさといった特
徴も分析対象とする必要があるとされている.そこで,
本研究でもしぐさを分析する際に,しぐさの大きさと
速さについて考慮する.そのため,しぐさの大きさの
情報を [大]・[普通]・[小] の3段階,しぐさを行う速さの
情報を [速い]・[普通]・[遅い] の3段階で付与した.特
徴量リストを表1に示す.
また,交渉対話を行った 4 名の被験者に後日発言ログ
と撮影した映像を見てもらい,交渉中に感じていた感情
(心理状況) を発言ログに対応付けて記入してもらった.
感情に関しては,Ekman の感情分類 [9] を参考に交
渉時に出現しそうなものをあらかじめ抽出してその中
から選択してもらった.さらに,選択肢の中には無いが
自分で感じたていた感情 (心理状況) や思っていたこと
などがあれば自由に記入してもらうように頼んだ.今
回の自由記述で得られた新たな感情 (心理状況) は,ゆ
さぶり・さぐりであった.
胴体
腕部
表 1: 特徴量リスト
真っ直ぐ,左傾 +∗ ,右傾 +∗ ,上を見
る +∗ ,下を見る +∗ ,右上を見る +∗ ,
右下を見る +∗ ,左上を見る +∗ ,左下
を見る +∗ ,頷き +∗
真っ直ぐ,前傾 +∗ ,後傾 +∗ ,右傾 +∗ ,
左傾 +∗
腕 組 み ∗ ,膝 の 上 ,手 を 前 に 出 す
(縦)+∗ ,手を前に出す (横)+∗ ,手を斜
めに動かす (左下から右上)+∗ ,手を斜
めに動かす (左上から右下)+∗ ,あごを
触る ∗ ,あごを叩く ∗ ,口を隠す ∗ ,頭
を触る (横)∗ ,頭を触る (後)∗
表中の+は大きさ,*はスピードを考慮する動作を
表す
3.3
3.3.1
エージェントへの実装
使用するエージェント
本研究で使用するエージェントは TVML(TV program Making language)[6] と呼ばれるスクリプト言語
で記述されている.本研究で使用するエージェントを
しぐさ例とともに図1に示す.
3.3.2
エージェントへの実装
交渉対話事例を分析した結果,多く見られたしぐさ
を特徴量とし発言ログと対応付けて記録している.そ
の特徴量それぞれについて,特徴量に対応させたしぐ
さを個別に作成した.エージェントのしぐさの例を図
1に示す.左上が真っ直ぐ正面を向いている様子であ
る.中央上が手を前に出している様子である.手を前
に出す場合は縦に出す場合と横に出す場合とに区別し
ており,ここでは縦に出している.右上は手で口を押
さえている様子である.左下は頭を押さえている様子
である.中央下は顎を触る様子である.右下は横に振っ
て手を前に出す様子である.
評価実験
4
4.1
実験の目的
本実験の目的は,以下の2つを調査することである.
1. 人間が交渉時に行ったしぐさをエージェントに行
わせることは有効か.
しぐさ5 何度も手を横に前に出す [状況:有利]
しぐさ6 頭を下に向ける相手を見るの繰り返し [状況:
有利]
被験者の数は10名である.アンケートを答える順
番による公平性を保つために,5名ずつ人間のしぐさ
映像を先に見るグループとエージェントのしぐさを先
に見るグループに分けて調査を行った.
4.3
図 1: エージェントのしぐさ例
2. 発言内容が同じ場合にエージェントが異なるしぐ
さを行えば,観察者が受ける印象は変化するのか.
このことを調べるために以下の評価実験を行った.
4.2
実験1:人間のしぐさとエージェントの
しぐさの比較
人間が交渉時に行ったしぐさをエージェントに行わ
せることが有効であるかどうかを調査するために,交
渉中にしぐさを行っている人間の動画とそのしぐさの
特徴から作成したしぐさを行うエージェントの動画の
両方を見てもらい,画面上の人間もしくはエージェン
トがどのような感情を抱いていると思うかという内容
でアンケート調査を行った.アンケートの項目は,交
渉中に現れると思われる興奮・冷静,困惑・落ち着き,
悲しみ・喜び,満足・不満足,嫌悪・愛好,自信なし・
自信ありの6つの対義語をそれぞれ7段階で評価して
もらった.さらに,その他に感じたことなどがあれば
自由に意見や感想を書いてもらうように自由記述欄を
用意した.調査は交渉事例収集時の4名が行ったしぐ
さから, 9種類のシーンを選択して被験者に見てもらっ
た.今回の調査ではしぐさと対話の状況のみから,相
手の感情 (心理状況) を感じ取ってもらいたかったので,
音声情報は排除した.なぜなら,音声が入ってしまう
と音声情報から相手の感情を認識してしまう可能性が
あるからである.しかし,音声をのぞいてしまうと対
話の状況がわからなくなるので,要約したものを字幕
として表示した.
それぞれのシーンの説明を以下に簡単に行う.
しぐさ1 ゆっくり腕組みを行う [状況:不利]
しぐさ2 顎を数回たたく [状況:不利]
しぐさ3 何度も手を縦に前に出す [状況:普通]
しぐさ4 頭を触る [状況:不利]
実験1:結果と考察
エージェントと人間のそれぞれのしぐさで観察者が
受ける印象は同じであると仮説を立て,アンケート項
目に対してそれぞれのしぐさの組み合わせで t 検定を
行った.
ここでは,有意水準 0.05 %以下で有意差があったも
ののみ結果と考察を行うこととする.しぐさ1∼しぐ
さ3では,エージェントと人間のどちらを先に見るか
に関わらず,すべての項目で有意差はなかった.
しぐさ4では,エージェントを先に見たグループの
不満足・満足で t(4)=2.24,p <.05 で有意差ありとなっ
た.また人間を先に見たグループでは,困惑・落ち着
きで t(4)=2.45,p < 0.05,不満足・満足で t(4)=2.45,p
< 0.5,嫌悪・愛好で t(4)=2.14,p < 0.05 で有意差あり
となった.まず,エージェントを先に見たグループで
不満足・満足で有意差がある原因は,本来人間は相手
の発言内容に不満があり手で後頭部を触る行為をした
のだが,エージェントの動きを見ると多くの被験者が
照れていると勘違いをしていた.そのため,エージェ
ントを見た時には満足と回答していたからである.ま
た,人間を先に見たグループでは,人間の動きを見て
何かに失敗して怒られているようだと感じたという意
見や手の動きでイラつきを感じたなど被験者の受け止
め方が様々だったことが原因だと考えられる.このよ
うな手で頭の後ろを触るという行為からは, 様々な受け
止められ方をしてしまうことがわかった.
しぐさ5ではすべての項目で有意差がなかった.
しぐさ6では,エージェントを先に見たグループの
自信あり・自信なしで t(4)=2.24,p < 0.05 で有意差あ
りとなった.また,人間先に見たグループでも自信あ
り・自信なしで t(4)=2.24,p < 0.05 で有意差ありとなっ
た.しぐさ6は相手と視線を合わしたりそらしたりす
るだけである.被験者は人間のしぐさを見た場合には
落ち着いているので自信があると回答しているのに対
し,エージェントのしぐさを見たときにはどちらとも
いえない,もしくは自信なしを選択している.この結
果は,エージェントが下を向いていると自信がないよ
うに見える,あるいはエージェントのしぐさが大きい
程自信があるように見えるといった自由回答にも関連
している.
4.4
実験2:エージェントのしぐさの違いに
よる印象の変化の調査
エージェントの外見と発言内容が同じ場合で,しぐ
さが異なる場合,観察者が受ける印象は変化するのか
を調査するために,外見が同じエージェントを用いて,
異なる4種類のしぐさのデータを見てもらい,4種類
のデータに対して先程と同じ項目のアンケートに答え
てもらった.また,どのような違いを感じたかなどを
自由記述欄に書いてもらった.なお,今回も先ほどと
同様に音声なしで,情報は字幕で表示した.
見てもらった映像の内容は,選手側が球団側に成績
が向上しているので年俸を上げるように主張している
シーンである.それぞれのシーンのしぐさについて簡
単に説明する.
シーン1 手を前に出し,小さく素早く横に振る
シーン2 手を前に出し,縦に振る
シーン3 手を前に出し,大きく横に振る
シーン4 手は動かさず,下を見て,たまに相手を見る
シーン別のエージェントのしぐさを図2に示す.
図 2: シーン別のエージェントのしぐさ
4.5
実験2:結果と考察
それぞれのシーンで観察者が受ける印象は同じであ
ると仮説を立て,各アンケート項目に対してそれぞれ
のシーンについて,分散分析・多重比較 (Bonferroni の
多重比較) を行った.
まず,興奮・冷静について行ったところ,有意水準
1 %未満で有意な差が見られた (F=5.75,P < 0.01).
そして,シーン1とシーン2で有意差あり (p < 0.01),
シーン1とシーン3で有意差あり (p < 0.05),シーン
1とシーン4で有意差あり (p < 0.05) であった.その
他のシーンでは有意差なしであった.つまり,シーン
1とその他のシーンで有意差があった.シーン1では,
手を前に出して素早く横に振るというしぐさを行って
いる.このしぐさを見て被験者はエージェントが興奮
していると判断したので,しぐさの大きさよりもしぐ
さのスピードを見て興奮していると判定していると考
えられる.
困惑・落ち着きについては,それぞれのシーンの間
で有意差は見られなかった.
悲しみ・喜びについては,有意水準 1 %未満で有意
な差が見られた (F=5.65,P¡0.01).シーン1とシーン
4で有意差あり (p < 0.05),シーン2とシーン4で有
意差あり (p < 0.05),シーン3とシーン4で有意差あ
り (p < 0.05) であった.その他のシーンでは有意差が
出なかった.つまり,悲しみに関してはシーン4だけ
が異なる印象を受けていた.シーン4以外シーンでは
すべての被験者が,どちらともいえないを選択してい
た.他のシーンと違いシーン4では腕によるしぐさは
なく,頭が下を向いたり相手を見たりするだけである.
自由記述で,顔が下を向いていると悲しそうな印象を
受けるという意見もあり,エージェントが話している
ときに顔を下に向けると人間は悲しいという印象を抱
く可能性が考えられる.
不満足・満足については,有意水準 1 %未満で有意
な差が見られた (F=10.89,P¡0.01).シーン1とシーン
2で有意差あり (p < 0.01),シーン1とシーン3で有
意差あり (p < 0.01) であった.シーン2とシーン3は,
縦と横に振るという違いはあるがどちらも手を前に出
すしぐさを比較的大きく行う.それに対してしぐさ1
は同じ手を前に出すというしぐさでも小さく素早く行
う.この結果から,しぐさの大きさや速度により不満
足・満足を表せる可能性がある.
嫌悪・愛好については,有意差がなかった. 自信
なし・自信ありについては,有意水準 1 %未満で有意
な差が見られた (F=7.09,P¡0.01).シーン1とシーン
3で有意差あり (p < 0.01),シーン2とシーン3で有
意差あり (p < 0.05),シーン3とシーン4で有意差あ
り (p < 0.01).つまり自信の有無については,シーン
3とその他で異なることがわかる.シーン3はその他
のシーンと比べて腕部のしぐさが非常に大きい.よっ
て,人間はエージェントのしぐさの動きの大きさによ
り自信度を判定していると考えられる.
5
まとめ
本研究では交渉中のしぐさに着目し,エージェント
が人間の交渉中のしぐさを真似ることでどれくらい感
情が伝わるのか,またしぐさによって,観察者が受ける
印象がどのように変化するのかを調査することを目的
としている.そこで人間同士の交渉対話事例の収集を
行い,交渉対話事例から交渉時に表出するしぐさを抽
出し,その特徴量をもとにエージェントのしぐさを作
成した.作成したエージェントのしぐさと人間のしぐ
さを見比べてもらい,エージェントと人間それぞれが
抱いている印象についてアンケートにより評価を行っ
た.その結果,ゆっくり腕を組む・顎を数回たたく・何
度も手を縦に前に出す・何度も手を横に前に出すとい
うしぐさの場合は,人間のしぐさを見た場合でもエー
ジェントのしぐさを見た場合でも観察者は同じ感情を
抱いていた.
また,交渉時におけるしぐさの影響量を調査するた
め,同一の発言内容と同一の容姿のエージェントに異
なるしぐさを行わせ,観察者が受ける印象が変化する
のかどうかを調査した.その結果,エージェント手の
動きが速い場合,観察者はエージェントに対して興奮
しているあるいは不満足だという印象を持つことがわ
かった.エージェントが話すときに下を向いていると
悲しいという印象を抱くことがわかった.また,エー
ジェントのしぐさの大きさが大きいと自信があると感
じることがわかった.
今後は,これらの知見を利用し人間と交渉する際に,
発言内容や交渉状況に応じたしぐさを出力するエージェ
ントの作成を行っていきたいと考えている.
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