運用負担軽減した大学主導でのクラウドメール移行プロセスの報告 大山 章博*1,今岡 義明*1,福森 貢*2,石橋 冬木 *1 *4 正彦*3,植木 裕之*2,関 大治郎*2 泰博*4 畿央大学 情報化推進室,*2 畿央大学 情報センター,*3 畿央大学 ニュータイプシステムズ株式会社 a.ohyama@kio.ac.jp 教育学部 概要:畿央大学において平成 25 年 1 月より,従来は学内に設置していたメールサーバを業者のアド バイスを受けながら大学主導でクラウド上のサーバに移行した.約 1 年間の運用実績を通じて,実 現できた運用コスト削減(ハードウェア、ソフトウェア、人的コストなど),信頼性の向上,移行手 順や発生した問題の解決手法を具体的に紹介する. はじめに 1 2 畿央大学において平成 24 年末に学内メールシ 導入の背景とねらい 従来,畿央大学においては約 2,300 名の学生教 ステムをマイクロソフト社のクラウドメールシス 職員に対し,大学構内サーバ室で運用する テム(Microsoft Office365 for Education)に全面 Microsoft Exchange Server によりメールサービ 移行した.新メールシステムの全学導入作業およ スを提供していた.しかし,一人当たりのメール び全面移行作業に関しては,外部業者に委託する サーバ容量拡大への要望やメールサービスの信頼 ことなく日本マイクロソフト社の技術アドバイス 性向上さらには運用費用削減などの新たなニーズ のもと,畿央大学内部の情報部門スタッフにおい に新たに対応するため,マイクロソフト社のクラ てほぼ全てを担当した.ここでは導入の背景とね ウドメールシステム(Microsoft Office365 for らい,マイクロソフト社 Office365 for Education Education)を導入することを計画し,結果とし を採用した理由,移行作業の手順,約1年間の運 て表1に示すように,多くのサービス項目におい 用実績の中で発生した困難点や経験したいくつか て従来のメールサービスと比較して質量両面で良 の障害内容,および実現できた運用コスト削減や 好なサービスを享受することが可能となった. 信頼性向上などについて述べる. 表1 No. 従来メールサービスと Microsoft Office365 for Education サービスの比較一覧 機能項目 従来メールシステム Microsoft Office365 online 新しいメールシステムの補足説明 学内 クラウド Microsoft 社運用のクラウドシステム 1 メールサーバ場所 2 メール送受信ツール(学内) Outlook、OWA Outlook、OWA Microsoft Outlook 接続可能 3 メール送受信ツール(学外) OWA Outlook、OWA Microsoft Outlook 接続可能 4 1人のメール容量(教職員) 500MB(教職員) 25GB(教職員) 従来の 50 倍 5 1人のメール容量(学生) 100MB(学生) 25GB(学生) 従来の 250 倍 6 メール1通の容量制限 2MB 25MB 従来の 12.5 倍 7 メールアドレス 例)a.ohyama@kio.ac.jp 例)a.ohyama@kio.ac.jp メールアドレスは変化しない 8 メールサービス 在学期間 卒業後も継続 卒業後もメールサービス継続可能 表 2 は Office365 online システムへの移行工程 学内情報部門スタッフによる移行 3 表である.Office365 online への全面移行を決定 3.1 マイクロソフト社 Office365 for Education を採用した理由 (2012 年 10 月下旬)してから約 3 か月間で既存 メールアイテムの新メールシステムへのデータ移 クラウドメールシステムには,世界規模でサー 行を終えることができた.このことが可能となっ ビスを提供するいくつかの企業と商品があるが, た要因として,①新旧メールシステム切り替え日 畿央大学が Microsoft Office365 for Education(以 2012 年 12 月 29 日に約 24 時間メールサービス停 降は Office365 online と呼ぶ)を選択した理由と 止 して,契約の準拠法と管轄裁判所が日本国である ②メールアイテム移行を学生教職員各自で実 施,について全学の意思決定を得ることができた ことが大きい.従来,畿央大学ではマイクロソフ ことが大きい.特に今回はドメイン名(@kio.ac.jp) ト社と School Agreement 包括契約を締結してお を変更せず新旧メールシステムを切り替える方針 り,Operating System や Office Application であったので,既存オンプレミス Exchange Software を学内標準システムとして多くの学生 server から新規クラウド Exchange server に移 や教職員がすでに導入済であり,Office365 for 行すべき約 2,300 個のメールアイテム移行作業は Education 契約によりクラウドコンピューティ 管理者側で Power Shell コマンドを使って一斉に ングサービスに移行することが,学内端末側の従 移行するには約 3 日間程度メールサービス停止が 来環境との整合性がよく合理的であると判断した. 必要であったが,メールアイテム移行を学生およ び教職員の作業として各自実行することにより, 3.2 メールアイテムの移行 作業期間を(約 2 週間の期間へと)分散すること 新規メールシステムを学内スタッフが理解し, ができたので,移行時のメールサービス停止期間 自分たちで利用するメールシステムをブラックボ を数時間にすることができた. ックス化しないことを目的として,旧メールシス テム内の受信済メールや送信済メールさらには個 3.3 メールシステム移行工程 人登録したアドレス帳など各種のメールアイテム 日本マイクロソフト社と協議しながら数回の机 移行作業や,新規メールシステム立ち上げ作業を 上シミュレーションを行い,移行詳細スケジュー 外部業者に委託することなく日本マイクロソフト ル(表2 Office365 新メールシステムへの移行工 社の技術アドバイスのもと,畿央大学内部の情報 程表)を決定した.2012 年 12 月初旬より学生お 部門スタッフにおいてほぼ全てを担当することと よび教職員にメール移行スケジュールを事前告知 した. した. 表2 Office365 新メールシステムへの移行工程表 2012年11月 No 1 1-1 1 2 3 4 5 6 7 1-2 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 2 2-1 Office365 クラウドメール移行作業項目 本番移行前作業(第1フェーズ) Office365環境設定 Office365申請ドメイン 管理者アカウント ドメイン設定 移行までの暫定ドメイン名=@kio8.microsoftcom.jp DNSのTXTレコード追加 @kio.ac.jpドメインの所有者確認用txtレコード サーバ信頼性のtxtレコード 上記環境設定確認 アカウント作成 アカウント作成 アカウント情報提供(メールアドレス、ディスプレイネーム、パスワード) アカウント登録用CSVファイル作成 PowerShellによるユーザ登録 事前準備 アクセス許可設定 Exchange2010にテスト用アカウント作成 Exchange2010に特権アカウント作成 Exchange2010へのIMAP接続数を増やす 移行テスト Office365の動作確認 テスト(検証)計画策定 PowerShellによるメール移行テスト マニュアル作成 教職員向けマニュアル作成(メールデータ移行マニュアルを含む) 学生向けマニュアル作成(メールデータ移行マニュアルを含む) 本番移行(第2フェーズ) メールデータ移行(個人で移行) 21 PowerShellによるメールデータの移行(大学既存のグローバルグループ移行) ExchangeServerとOffice365同期処理開始 22 (MXレコード切り替え後のQA対応も含む) 23 DNS MXレコードの切り替え 24 DNS Outlook自動検出のautodiscover設定 25 エンドユーザ 参照先メールサーバ切り替え(既存EcchangeServer→Office365) 26 学内ExchangeServerとOffice365同期処理停止 27 既存ExchangeServerのシャットダウン 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 1 2012年12月 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 1 2013年1月 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 火水木金土日月火水木金土日月火水木金土日月火水木金土日月火水木金土日月火水木金土日月火水木金土日月火水木金土日月火水木金 Office365申請 管理アカウント申請 暫定ドメイン申請 TXTレコード記載 ドメイン確認 ベリサイン社へ申請(認証) 全教職員・学生アカウント情報入手 アカウントcsvファイル作成 ユーザ登録検証 アクセス許可設定 特権アカウント設定 Office365 online 動作検証 PowerShellによるアイテム移行作業 教職員用マニュアル作成 学生用マニュアル作成 グローバル配布グループ移行 DNS MXレコード切り替え DNS Outlook自動検出のautodiscover設定 メールサーバ切り替え(学内Server→Office365) 既存ExchangeServerシャットダウン 3/31 2012 年 12 月 28 日午後 19 時に DNS MX レコ これらの対応は, Power Shell コマンドでメー ードを書き換え,約 48 時間後には新メールシス ルアイテム移行を管理者側が代行した.また, テムへの切り替えを終了させた.メール移行後は Macintosh など Windows 以外の OS や 新旧メールシステムの OWA アドレスへのリンク Thunderbird などマイクロソフト社以外のメーラ を大学ホームページに併存させ,2013 年 3 月末ま 使用教員への個別サポートも多数発生した. では OWA にて旧メールシステムのメールボック スアイテム閲覧を可能にする処置を講じた.学生 3.5 学内への周知徹底 および教職員には 2013 年 3 月末までに,①新旧 そもそも何故クラウドメールシステムに移行す メールシステムのアカウントに接続し,Outlook るのか?という教職員からの問い合わせも多く, 画面上でドラッグアンドドロップ操作によって各 ①多くの大学や企業とシェアして大学単独規模で 自メールアイテムを移動させる は投資や運営が困難な大規模システムが利用でき ②Outlook 個 人用フォルダ(.PST)ファイルを新旧メールシス ることによる信頼性向上や安全性向上のメリット テム間でエクスポート・インポートすることによ ②インターネット環境下でのファイル共有手段が りメールボックスアイテムを移動させる 提供されること という ③情報発信手段やコミュニケー 2種類の移行手法マニュアルを準備し,学生およ ション手段など,各種の新しいサービスが活用可 び教職員各自がメールアイテムを各自で移行させ 能であること る手順とした.こうすることにより,メール移行 などの投資コストや運用コストなどが大幅に削減 時に Exchange Server 間で管理者が一括して多量 可能であること のメールアイテムデータを移行させる必要がなく スを利用できること,などを説明した. ④サーバ機器やネットワーク機器 ⑤学生は卒業後もメールサービ なり,メールサービス停止期間を最短に抑えるこ 現時点において,学生および教職員からの操作 とができた.また,管理者側作業であるユーザー 方法についての問い合わせ以外に,新メールシス アカウント登録やグローバル配布グループ登録な テム運用に支障が生じるような大きな障害やトラ ど一連の新メールシステム管理側作業は移行前 2 ブルは発生していない. 週間で作業を完了させることができた. 3.6 メール配信遅延の問題 Office365online クラウドメールシステムに移 3.4 経験した障害や発生した困難点 メール移行後約 1 か月間での管理者側への問い 行後,教職員からクライアント側アプリケーショ 合わせは,150 件であった.学生からの最も多か ンソフトである Microsoft Outlook(以降は った問い合わせ内容は,パスワード忘れであった. Outlook と呼ぶ)のメール送受信が非常に遅くな 従来,学内情報システは一つのアカウントであっ ったという多くの指摘が発生した.大学構内のパ たのが,学務システム系とメールシステム系で別 ソコンからだけではなく,家庭のパソコンでも同 個のアカウント使い分けが必要となったので学生 様に送受信の遅延が発生しており,移行前は同じ に混乱が生じたようである.教員側からの問い合 回線,同じパソコン環境で遅延の問題は無かった わせ内容では,準備したマニュアルでは移行操作 ので原因が Office365online メールサービスその が困難な教員からの質問が多かった. ものにあるのではないかという指摘である. 表 3 情報化推進室への問い合わせ集計[1] 問い合わせ 独自設定 操作ミス マニュア ル読まず パスワー ド忘れ アイテム 移行依頼 その他 合計 学生 4 8 0 38 0 4 54 職員 3 6 5 0 4 11 29 教員 10 9 13 5 30 0 67 合計 17 23 18 43 34 15 150 40 20 0 教員 職員 学生 学生 職員 問い合わせ内容別集計 図 1 情報化推進室への問い合わせ集計[1] 教員 これらメール送受信遅延クレーム指摘者の共通 点が,メールボックスに大量のメールアイテムを 蓄積している教職員であったことから,メールボ ックスに蓄積されているアイテム量とメール送受 信遅延になんらかの関連があるものと推定された. クラウドサーバとユーザ側パソコンの両者間の メールボックス内アイテムデータ同期のため,大 量のデータのやりとりがクラウドサーバとパソコ ン間に発生するので,大量のメールを送受信する ユーザでは同期しなければならないメールアイテ ムのデータ量が必然的に大きくなり,メールツー 図 2 メールトラッフィックの管理者画面例 ルを起動した直後から大量の同期データ送受信が 自動的に始まってしまうので,見かけ上,メール 送受信が非常に遅くなるという不都合が発生して いることが次第に判明してきた. 3.8 運用コスト削減と信頼性向上 従来と比較して Office365online 導入後約1年 この不都合に対しては,ユーザ自身がメールの 間での運用コストは表 5 のようにサーバのハード アイテムデータの整理必要性を明確に意識し,送 ウエア償却費用(ソフトウエア含む)と人的コス 受信するメールデータ量の削減への努力や. トの合計で年間約 190 万円のコスト削減が見込ま Outlook の送受信設定を「ヘッダーのみダウンロ れる.また,システム運用の信頼性面では,従来 ードする」設定に変更するなどの対処が有効であ では年間約 3 回の定期点検を含み平均年間で約4 ることもわかってきた. 回メールサービスを停止していた稼働率が,2013 年 1 月 1 日から 2013 年 10 月 30 日現在までの実 績でメールサービス停止事象は 1 回も発生せず, 表 4 送受信遅延発生者のメールボックス容量 稼働率 100%を達成している. 表 5 年間の運用費用削減効果 4 課題と今後の展望 Office365online 導入にあたっては,既存 Exchange Server を並行稼働しつつクラウド側 3.7 スパムメールへの対応 Exchange Server に学生および教職員が各自でメ メールシステムを Office365online に移行した ールアイテム移行したが,まだ事例が少なくやっ 利点のひとつに,メールトラッフィックデータを てみるまでは分からないこと多かった.管理者側 管理者側から web ブラウザー画面で比較的容易に は約 1 年間の運用を通じて Office365online の利 把握できることが挙げられる.管理者はスパムメ 点や短所がかなり理解できるようになったが,一 ール受信状況をほぼリアルタイムで把握できるの 方でクラウドコンピューティングシステムへの理 で,個々の状況に合わせて教職員や学生にリアル 解不足,メールシステムそのものへの学生の理解 タイムで注意喚起できることは従来にない大きな 不足を痛感するきっかけともなった. 利点であると考えられる. SharePoint Online ( 共 有 フ ォ ル ダ 、 個 人 用 フ ォ ル ダ 、 フ ァ イ ル 共 有 、 webサ ー ビ ス ) Lync Online (電子会議システム、遠隔講義システム) 1 基本記憶容量 学生一人あたり約20倍の容量 1 電子会議同時出席者数 同時250人同時参加可能 2 畿央大学利用総容量 約2,000倍の総容量 2 動画映像(双方向) 映像による電子会議可能 3 フォルダへの同時接続数 従来の10倍 3,000人同時アクセス可能 3 音声(双方向) 音声会議可能 4 公開用webサイト HP構築可能(大学ホームページなど) 4 デスクトップ共有 P P T 、 W o r d 、 E x c e l のリアルタイム共有可能 5 個人用webサイト 個人用HP提供可能 5 ホワイトボード共有 「電 子 白 板 」のリアルタイム共有可能 6 出席者全員のミュート ハウリング時の瞬時シャットオフ可能 7 個々の出席者の音声制御 発言者以外ミュート可能 8 出席者の権限設定 パネラー/オーディエンス設定可能 9 メディア暗号化 セキュリティレベルの高い秘密会議可能 表6 Office365 online クラウドコンピューティングサービス項目一覧 Twitter や Line などクラウドコンピューティン Exchange online サービスを含め,SharePoint グが学生に身近なものとして深く浸透してきてい online,Lync online(表 6 Office365 online ク るが,自分のデータがどこにどのように格納され ラウドコンピューティングサービス項目一覧表) ているのか?という基本知識を理解していない学 など Office365online サブスクリプション契約で 生が多数であることに危機を感じた.今後は学生 はこれらのサービスが無償で提供されているので, がセキュリティ確保の大切さを自覚し,メールシ さらなる活用推進を考えたい. ステムのしくみそのものや,自分のデータが格納 されている場所などへの確固たる理解を持たせる ことが必要である.今後社会に出てゆく学生にと ってシェアの大きい Microsoft Exchange Server の各種機能(特にグループウエアとしての機能) 謝辞 今回のクラウドメールシステム移行に際しては 新日鉄住金ソリューションズ株式会社より を学生時代に体験しておくことの利点は大きいも Office365 online 導入を最初に提案頂き全学導入 のと考える. 決断へのきっかけを作って頂いた.また導入作業 Office365online への移行に際して,メールア に際して発生した多くの課題解決には日本マイク カウントやグローバル配布グループの再登録が必 ロソフト株式会社の技術支援に負ったところが大 要であったが,学年や学科およびクラスなどの配 布グループを階層的に構造化して再整理するきっ かけになったという副次的なメリットがあった. きい.通常は外部業者に委託し相応のコスト負担 が必要であるメールシステム移行作業であったが, これは学生および教職員についても同様であり, 日本マイクロソフト社の迅速かつ丁寧な技術サポ 新旧メールシステム移行が自分のメールアイテム ート体制が存在したおかげで,全学移行作業を学 整理や,メールアイテムの整理ルール見直しなど 内情報部門スタッフで無事に完了することができ のきっかけになったという面も利点と考えられ た. る. 現在未活用である多くの機能(Office365 online のグループウエアとしての機能やコミュニケーシ ョン機能など)の活用推進が今後の課題である. ここに新日鉄住金ソリューションズ株式会社関 係者各位および,日本マイクロソフト株式会社関 係者各位に謝辞を表する. 具体的には,インターネットを経由した学生同士 あるいは学生と教職員間のファイル共有への 参考文献 SharePoint online 活用,学生と教員間の音声や [1] 大山章博,福森貢,石橋裕之,関大治郎,今 動画でのコミュニケーション手段(たとえば,学 岡義明,西端律子,冬木美智子「大学スタッ 外実習時の学生と教員のコミュニケーション手段) フによるクラウドメールシステムへの全面移 としての Lync online の活用検討に着手している. 行」 ,大学 e ラーニング協議会 2012 年度年次 大会論文集 CD-ROM,2012 年
© Copyright 2024 Paperzz