【トレンド解説】802.11n、UWB、WiMax 2005 年のワイヤレスの行方を占う 鈴木淳也(Junya Suzuki) 2005/1/7 2004 年のトレンドを総括し、2005 年の無線/ブロードバンド・ネットワーク技術を展望する。 2005 年は無線技術刷新の年となりそうだ。2004 年中盤∼後半にかけて、次世代無線 LAN 規格をベース にした無線チップの出荷が開始され、ネットワーク機器メーカー各社から新製品が登場することが見込まれ るからだ。また同時に、2004 年に実験ベースで進んでいたブロードバンド接続技術の本格運用が開始され、 ラスト・ワン・マイル技術にさらなるバリエーションが増えることが予想される。 ■100Mbps は当たり前「IEEE 802.11n」 2005 年最大の期待のルーキーが 802.11n だ。802.11n は現在 IEEE の 802.11n ワーキング・グループで 審議が進められている、802.11b/g の後継に当たる規格で、上位互換性を実現しつつも、100∼500Mbps の通信速度が実現できることが見込まれる。標準化作業は、2005 年後半∼2006 年には完了の予定。 つまり正確にいうと、ここでいう「2005 年の 802.11n」とは、802.11n が標準化される前の規格をベースにし た製品群のことである。このプレ 802.11n とも呼べる規格の無線チップを世界で最初に出荷したのは米 Airgo Networks(以下、Airgo)だ。同社は 2004 年夏にチップ出荷を開始し、米 Belkin が世界で最初の製品 を 10 月に発売している。このほか、日本のプラネックス・コミュニケーションズが Airgo と提携しており、同社 からも近々802.11n の先駆けとなる製品がリリースされる見込みだ。 Airgo が出荷した無線チップは、MIMO OFDM と呼ばれ る技術をベースとしている。MIMO とは「Multiple-Input Multiple-Output」の頭文字を取ったもので、対向で複数 本のアンテナを使用することで通信効率をアップし、1 本 のみのときよりも高いパフォーマンスを実現する。OFDM (Orthogonal Frequency Division Multiplexing)は周波数 の分割と多重化を定義したもの、つまり通信方式のことで ある。同社は MIMO 技術の初の商用化に成功した業界 のパイオニアであり、802.11n においては重要な役割を果 写真 1 米 Airgo Networks が出荷した MIMO OFDM ベースのチップを搭載した製品群、すでに販売され たすことになる。なぜなら、現在 802.11n で審議されてい ている Belkin の製品も含まれる る 2 つの仕様候補は、どちらも MIMO をベースとしている 点で共通だからだ。 候補に挙がっているのは、Airgo や米 Broadcom、米 Motorola な どを中心とする WWiSE(World Wide Spectrum Efficiency)と、米 Agere systems や米 Atheros、米 Intel などを中心とする TGn Sync の 2 つである。Airgo の CEO であるグレッグ・ラレイ(Greg Raleigh) 氏によれば「どちらの規格も同じ MIMO がベースになっており、規 格の分裂はさしたる問題にはならない」という。つまり、現在 Airgo が出荷しているチップをベースにした製品を購入したとしても、標 準化完了後、ハードウェアなどの買い替えなしでファームウェアの アップグレードのみで対応が完了する可能性が高いということであ 写真 2 MIMO OFDM モジュールの拡大写真。 る。Airgo のライバル社から製品が登場しても、同じことがいえるだ 上がノート PC 用で、下がアクセス・ポイント用 1 ろう。このメッセージは、2005 年の 802.11n ブレイクへの追い風になると考えられる。 現在確認している範囲で、MIMO OFDM をベースにした Belkin の無線 LAN アクセス・ポイントの製品価 格は米国で 150 ドルほど。802.11g の製品が 100∼120 ドル程度であることを考えれば、値段的なハードル はほとんどない。この製品は MIMO OFDM の第 1 世代のチップをベースにしているため、理論上の最高速 度は 108Mbps となっており、54Mbps の 802.11g の約 2 倍だ。だが皆さんもよくご存じのように、802.11g の 実質的なパフォーマンスは十数 Mbps 程度であり、カタログ・パフォーマンスの半分も出ないのが普通だ。で は、MIMO OFDM ではどうなのだろうか。 Airgo が先日行ったデモストレーションの結果を参考にすれば、壁数枚を隔てた 10∼15m からの通信で 30Mbps 以上のパフォーマンスを実現していた。また同時にテストした 802.11a が 17Mbps 前後、802.11g で 3Mbps 程度である。近距離ならば、その効果はさらに出てくるだろう。また MIMO OFDM の特徴として、到 達距離が非常に長いのも特徴である。実験では、アクセス・ポイントから 1 つ上の階にあるノート PC と通信 を行ったが、802.11a と 802.11g は電波の圏外にあるにもかかわらず、MIMO OFDM では引き続き 10Mbps 以上で通信が行えていた。前出のラレイ氏によれば「MIMO の特徴は速度だけでなく、遠距離でも安定し たパフォーマンスで通信が行えること」だと説明する。 一方で、現状の MIMO OFDM の抱える課題が、チップのサイズだ。PC カードに内蔵可能なモジュールが現在提供されているが、ノート PC に 内蔵させるためには、さらに小型の mini-PCI 以下のサイズに収めなけ ればならない。携帯端末に搭載しようと考えた場合は、それよりもさらに 小型で低消費電力なモジュールの提供が要求される。802.11n の初期 フェイズでは、2×2 という送受信に 2 本のアンテナを使用する方式の利 用が想定されている。MIMO OFDM ではアンテナの感度をさらに良くす るため、受信側に 3 本のアンテナを使う 2×3 方式を提案している。つま 写真 3 米 Airgo Networks 創設者兼 CEO の グ レ ッ グ ・ ラ レ イ ( Greg り、モジュール内に最低でも 3 本以上のアンテナを組み込む必要がある Raleigh)氏。MIMO 技術が実現する のだ。無線 LAN の本格的なブレイクは、ノート PC に内蔵されるかが成 までは、その可能性を否定され続け 否を分けているともいえる。802.11a や 802.11g のケースでも、利用者が ていたという 大幅に増加したのはノート PC への内蔵モジュールが登場してからだ。 MIMO OFDM はパフォーマンスの増強とともに、さらなる小型化が急務だといえそうだ。 ■規格分裂をどう解決する?「UWB」 802.11n が比較的順調に歩を進める中、対抗と目される UWB(Ultra Wide Band)陣営はやや出遅れた印 象である。UWB は従来の無線 LAN などの Wi-Fi 技術とは異なり、幅広い帯域に微弱な電波を流して高速 通信を行う手法で、Wi-Fi ベースの無線 LAN とは互換性がない。ただ、10m という距離制限付きながら、 100Mbps クラスの通信速度を安定して実現できることが最大の特徴である。米 Motorola の子会社である米 Freescale Semiconductor(以下、Freescale)によれば、第 1 世代の製品で 110∼220Mbps、最終的には 1Gbps の通信速度を実現することが目標と説明している。 UWB 対応チップを業界で出荷し、米連邦通信委員会(FCC)から最初に認定を受けたのが、この Freescale だ。Freescale では 2004 年前半からサンプル・チップの出荷を行っており、8 月に晴れて FCC よ り正式に製品の認定を受けた。無線を用いる製品では、各国ごとに異なる電波法をクリアし、その認定を受 けなければならない。Freescale ではこれを受け、チップ製品の機器メーカーへの出荷を開始している。 2 チップ出荷のタイミング的こそ同じものの、UWB は 802.11n とは 異なり、規格の分裂という非常に大きな問題を抱えている。UWB の標準化を進めているのは IEEE 802.15.3a タスク・グループ (TG3a)であり、複数の業界団体が互いに仕様を提案し合い、議 論を重ねている。この中でも強い勢力を持つのが、米 Intel や米 Texas Instruments(TI)らが率いる MBOA(Multi-Band OFDM Alliance)と、Motorola と Freescale らが中心の DS-UWB(Direct 写真 4 2004 年 4 月に IDF Japan で開催さ Sequence UWB)である。一時、MBOA が TG3a とは別に標準化を れた、MBOA UWB のデモストレーション。 100Mbps 以上のパフォーマンスを実現し 進めると宣言したことで分裂の深刻化が心配されたが、その後 た。 WiMedia Alliance という別の団体が MBOA の支持に回ったことで、 この危機は回避されている。MBOA 優勢といわれた TG3a での議論だが、DS-UWB 側が大きく巻き返した ことで、標準化の行方は混とんとしてきている。 UWB 標準化における 1 つの問題は、両規格にまったく互換性 がないことである。上位レイヤでの細かい差異にとどまる 802.11n の規格争いに対し、UWB では物理層レベルで大きな食い違いを 見せている。現在、Freescale が先行して製品を出荷しているが、 もし MBOA 案や折衷案が採択されることになれば、この製品は 将来的な TG3a 標準とは互換性を維持できなくなる。つまり標準 が固まるまでは、製品の先行リリースはかえってユーザーに混乱 をもたらす結果になるのである。Freescale では、2005 年には米 写真 5 MBOA UWB のアンテナ(左)とチッ 国内で対応製品が登場すると説明しているが、具体的にどのよう プ(右下)の比較図 な形で製品に組み込まれるかは未知数だ。UWB は家電製品も ターゲットとしていることから、2005 年 1 月上旬に米カリフォルニア州ラスベガスで開催される International CES 会場にて、実際に製品を使ったデモンストレーションが行われる可能性がある。 ■「802.11n vs. UWB」の行方 対抗規格とみられている 802.11n と UWB だが、実際のところ、2005 年の段階では大きく競合しない可能 性が高いと考えられる。なぜなら、802.11n は従来の無線 LAN 規格の置き換えとして、PC を中心に広がっ ていくことが予想されるのに対し、UWB は Bluetooth の後継として PC から携帯、家電機器まで、幅広いレ ンジをカバーしていくなど、直接的に重なる部分が少ないからだ。次世代無線 LAN としては、上位互換性 のある 802.11n の方が圧倒的に有利で、おそらく初期の UWB でこの市場を崩すことはほぼ不可能だろう。 UWB は、前述のように携帯電話への搭載のほか、TV や DVR(Digital Video Recorder)、STB(Set Top Box)、そのほかの AV 関連機器を中心に採用が進むと考えられる。短距離での高速性を生かし、リビング ルームの AV 機器を配線なしで連携させるシステムが家電メーカーを中心に登場する可能性があり、 International CES 以降の各社の動きに注目したいところだ。 問題は、第 2・第 3 世代に移ったころで、速度的にも 200∼500Mbps クラスが普通になったころだ。 Freescale の 1Gbps チップがもし現実のものになるなら、ここで 802.11n と差をつけられる可能性がある。さら に実パフォーマンスで 1Gbps に近い値を出せるなら、802.11n と 2∼4 倍の差をつけることも可能になり、 UWB ベースでネットワークを組む価値も出てくると考えられる。Wi-Fi 陣営が、MIMO ベースのさらに高速な 次世代規格を提案してくる可能性もあるが、UWB のパフォーマンス成長カーブによっては、PC 向けの無線 LAN 市場に食い込むことも可能だ。 3 そのために UWB が解決しなければならない問題は、チップ(モジュール)の価格と仕様の早期標準化で ある。前述のように、802.11n はすでに従来製品と大差ない価格帯を実現しており、UWB が価格面で優位 に立つことは当面難しい。だが UWB がターゲットとする市場は、世界に 15 億人ユーザーがいるといわれる 携帯電話と誰もが利用する家電機器である。仕様の標準化で大量生産が進み、製造コストの引き下げが 可能になれば、大幅な製品価格引き下げも可能になる。モジュール単価が早々に数百円かそれ以下のレ ベルに低下しなければ、普及初期に数千円というモジュール単価の高さに泣いた Bluetooth の二の舞とな る。いまでこそ携帯電話への標準搭載が進んでいるものの、Bluetooth は標準化と本格生産開始のもたつ きが原因で、当初は各社の機器に採用される機会がほとんどなかった。 802.11n と UWB の本格的な戦いは、2006∼2007 年に幕を開けることになるだろう。 ■2006 年にはノート PC モジュールが登場「WiMAX」 802.11n や UWB と趣を異にする無線技術が WiMAX だ。802.11n や UWB が短 距離での高速通信を実現する技術に対して、WiMAX は 30 マイル(約 48km)の長 距離を最大 70Mbps でカバーする技術である。意味合いでいえば、周辺の機器同 士を接続する技術ではなく、ブロードバンド環境の恩恵にあずかれない地域に対 して別の接続手段を提供する、ラスト・ワン・マイルのためのオプションの 1 つであ る。 初期フェイズでは、各家庭やオフィスに設置された固定アンテナから通信キャリ アが提供するアンテナへと接続し、インターネット接続サービスを利用する形態が 想定されている。この仕様は IEEE 802.16-2004 と呼ばれ、いわゆる従来からある 固定無線(FWA:Fixed Wireless Access)の延長である。IEEE 802.16-2004 は、そ れまで「802.16a」「802.16d」という別々のワーキング・グループで標準化が進めら れていた仕様を、新たに 802.16-2004 としてまとめたものだ。WiMAX が従来の FWA と大きく異なるのは、仕様を標準化させることでベンダー間での相互互換性 を実現し、機器やサービスの価格引き下げを狙った点である。 WiMAX の第 2 フェイズは、「802.16e」と呼ばれる移動体通信のサポートである。 写真 6 2004 年 9 月に 米国 IDF で公開された WiMAX のアンテナと 通信装置の試作品 802.16-2004 ではアンテナを固定することが前提だったが、802.16e ではノート PC などの可搬機器にアンテナを搭載することで、ある程度までの移動中での無線ア クセスを実現することを目指している。これにより、日本でいう PHS カードの感覚で ノート PC にモジュールを挿入するだけで、外出先などから気軽に無線アクセスが 可能になる。 ロードマップ的には比較的明るく、まず 2005 年に 802.16-2004 をベースにした製品が市場に登場し、そ の後 2005 後半∼2006 年初頭には 802.16e をベースにした製品が出荷される見込みだという。ノート PC 用 のモジュールは 2006 年には登場し、PDA や携帯電話向けの小型モジュールは 2007 年に登場すると、 WiMAX の普及に熱心な Intel では説明している。2004 年後半の現時点で、英 British Telecom や米国/イ ンド内の一部キャリアですでに実験サービスが開始されており、150 社近い通信キャリアが WiMAX の実証 実験に興味を示していると説明する。このペースでいけば、2005 年には欧米を中心に多数のキャリアがサ ービス提供を行っている可能性もある。 4 WiMAX に関しては、気になる点が 2 つある。1 つは機器価格の問題だ。 802.16-2004 ベースが最初に市場に登場した際の機器価格は「数百ド ル程度」と、Intel では予想している。これに通信サービスを受けるための 費用が加わり、最終的には初期費用で 400∼500 ドル・クラス、月々の料 金で 50∼100 ドル程度になると個人的には予想している。もし、これを 1.5Mbps の ADSL で代替しようとした場合、SBC Communications の例で、 初期費用が無料∼200 ドル、月額利用料が 30∼50 ドル程度である。 3Mbps のサービスを提供する CATV 事業者の Comcast でも、それに近 い水準の料金が掛かる。つまりコスト的には割高なのだが、ADSL や CATV インターネットを利用できないユーザーにしてみれば、享受できる メリットは大きいだろう。また、サービスの利用者が広まらなければ、価格 引き下げも起こらない。その意味での本格的な普及開始は、2006 年ご ろになるのではないかと予想している。 気になる問題の 2 つ目は、日本への展開である。前述のロードマップ は欧米の例であり、日本はその範ちゅうに入っていない。日本で難しい 写真 8 米 Intel で WiMAX 関連の 技術と戦略を統括する、同社コミュ ニケーション部門のバイスプレジデ ン ト の ジ ム ・ ジ ョ ン ソ ン ( Jim A. Johnson)氏。WiMAX の今後のロー ドマップや解決すべき課題を語った のは、PHS や第 3 世代携帯電話(3G)サービスとの競合だ。特に PHS は 高速化がどんどん進んできており、データ通信専用ネットワーク的性格を持ちつつある。WiMAX がどんな に便利だとしても、コストやパフォーマンスでのメリットを感じられないうちは広がることはないだろう。可能性 としては、欧米で本格普及が始まり、携帯電話向けのモジュールが搭載される 2007 年辺りに転機がやって 来るかもしれない。製品の低価格化が進み、ノート PC への搭載が標準化されれば、日本の通信キャリアも サービス提供に興味を持ってくるだろう。Intel 自身も、モジュールの小型化で Centrino に WiMAX をパッケ ージングする可能性を否定していない。 5
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