岡の家 鈴木三重吉 ひゃくしょう うち 岡の上に百姓のお家がありまし た。家がびんぼうで手つだいの人 をやとうことも出来ないので、小 とう さな男の子が、お父さんと一しょ にはたらいていました。男の子は、 まいにち野へ出たり、こくもつ小 屋の中で仕事をしたりして、いち んちじゅう休みなくはたらきまし た。そして、夕方になるとやっと 一時間だけ、かってにあそぶ時間 をもらいました。 そのときには、男の子は、いつ もきまって、もう一つうしろの岡 あが の上へ出かけました。そこへ上る きん と、何十町か向うの岡の上に、金 の窓のついたお家が見えました。 男の子は、まいにち、そのきれい な窓を見にいきました。窓はいつ も、しばらくの間きらきらと、ま ぶしいほど光っています。そのう ちに家の人が戸をしめると見えて、 きゅうに、ひょいと光がきえます。 そして、もう、ただのお家とちっ ともかわらなくなってしまいます。 男の子は、日ぐれだから金の窓も しめるのだなと思って、じぶんも お家へかえって、牛乳とパンを食 べて寝るのでした。 あるひ 或日お父さんは、男の子をよん で、 ﹁おまいはほんとによくはたらい ておくれだ。そのごほうびに、きょ うは一日おひまを上げるから、ど い こへでもいってお出で。ただ、こ のおやすみは、神さまが下さった のだということをわすれてはいけ ないよ。うかうかくらしてしまわ ないで、何かいいことをおぼえて 来なければ。﹂と言いました。 男の子はたいそうよろこびまし きょう た。では、今日こそは、あの金の 窓の家へいって見ようと思って、 お母さまから、パンを一きれもらっ て、それをポケットにおしこんで 出ていきました。 男の子にはたのしい遠足でした。 はだしのまま歩いていくと、往来 の白いほこりの上に足のあとがつ きました。うしろをふりかえって 見ると、じぶんのその足あとがな がくつづいています。足あとは、 どこまでもじぶんに、ついて来て くれるように見えました。それか かげぼうし ら、じぶんの影法師も、じぶんの するとおりに、一しょにおどり上っ たり、走ったりしてついて来まし た。男の子にはそれがゆかいでた まりませんでした。 そのうちに、だんだんにおなか がすいて来ました。男の子は道ば たのいけがきのまえを流れている、 小さな川のふちにすわって、パン を食べました。そして、すきとおっ た、きれいな水をすくって飲みま した。それから、食べあましたか たいパンの皮は、小さくくだいて、 あたりへふりまいておきました。 そうしておけば、小鳥が来て食べ ます。これはお母さんからおそわっ たことでした。 男の子はふたたびどんどん歩き ました。そして、ようやくのこと で、たかい、まっ青な、いつも見 る岡の下へつきました。男の子は その岡を上っていきますと、れい のお家がありました。しかしそば へ来て見ると、そのお家の窓はた だのガラス窓で、金なぞはどこに もはまってはいませんでした。男 の子はすっかりあてがはずれたの で、それこそ泣き出したいくらい にがっかりしました。 と、お家からおばさんが出て来 ました。そして何かご用ですかと、 やさしく聞いてくれました。男の 子は、 わたし うしろ ﹁私は、うちの後の岡の上から見 える、このお家の金の窓を見に来 たのです。でも、そんな窓はなく て、ただガラスがはまっているだ けですね。﹂と言いました。おば さんは、くびをふって、 ﹁私の家はびんぼうな百姓ですも の。金などが窓についているはず はありません。金よりもガラスの 方があかるくていいんですよ。﹂ こう言って笑いながら、男の子 ち を戸口の石だんにこしをかけさせ ち て、お牛乳を一ぱいと、パンを一 きれもって来てくれました。おば さんは、それから、男の子とちょ うどおない年ぐらいの女の子をよ び出しました。そして、二人でお あそびなさいというように、うな ずいて見せて、ふたたびお家へは いって仕事をしました。 その小さな女の子も、じぶんと うわぎ おなじように、はだしのままで、 もめん 黒っ茶けた木綿の上着を着ていま した。しかし、その髪の毛は、ちょ うど、男の子がいつも見ている光っ た窓のように、きれいな金色をし ていました。それから目は、ま昼 の空のようにまっ青にすんでいま した。 女の子は、にこにこしながら、 男の子をさそって、お家の牛を見 せてくれました。それは、ひたい に白い星のある、黒い小牛でした。 よ 男の子はじぶんのお家の、四つ足 の白い、栗の皮のような赤い色の 牛のことを話しました。女の子は、 そこいらになっているりんごを一 つもいで、二人で食べました。二 人はすっかりなかよしになりまし た。 男の子は、金の窓のことを女の 子に話しました。女の子は、 ﹁ええ、私もまいにち見ています わ。でも、それは、あっちの方に あるんですよ。あなたはあべこべ の方へ来たんですわ。﹂といいま した。 ﹁いらっしゃい。こっちへ来ると 見えるのよ。﹂と、女の子はお家 のそばの、すこしたかいところへ 男の子をつれていきました。そし て、金の窓は見えるときがきまっ ているのだといいました。男の子 は、ああきまっている、お日さま がはいるときに見えるのだと答え ました。 二人は小だかいところへ上りま した。女の子は、 ﹁ああ、今ちょうど見えます。ほ ら、ごらんなさい。﹂といいなが ら、向うの岡の方をゆびさしまし た。 ﹁ああ、あんなところにもある。﹂ と男の子はびっくりして見入りま した。しかし、よく見ると、それ は岡の上のじぶんの家でした。男 の子はびっくりして、私はもうお 家へかえるといい出しました。そ して、もう一年もだいじにポケッ トにしまっていた、赤いすじが一 すじはいった、白い、きれいな小 さな石を、女の子にやりました。 それから、とちの実を三つ、びろ うどのようなつやのある、赤いの と、ぽちぽちのついたのと、牛乳 のような白い色をしたのと、その 三つをやりました。そして、また こんどくるからといって、おおい そぎで走ってかえりました。女の 子は、男の子があわててかけてか えるのを、びっくりして見おくっ ていました。きらきらした夕日の 中に、いつまでも立って見ていま した。 男の子は、息をもやすめないで、 どんどん走ってかえりました。し かし道がずいぶんとおいのでお家 へついたときには、もうすっかり 暗くなっていました。 じぶんのお家の窓からは、ラン ・ プのあかりと、ろのたき火とが、 黄色く赤く見えていました。ちょ うど、さっき岡の上から見たとき とおなじように、きれいにかがや いていました。男の子は、戸をあ けてはいりました。お母さんは立っ ほお て来て、頬ずりをしてむかえまし た。小さな妹も、よちよちかけて ・ 来ました。お父さんはろのそばに すわったまま、にこにこしていま した。お母さんは、 ﹁どこへいって来たの? おもし ろかった?﹂と聞きました。 ﹁ええ、ずいぶんゆかいでした よ。﹂と男の子は、うれしそうに いいました。 ﹁何かいいことをおぼえて来たか い?﹂とお父さんが聞きました。 ﹁私は、じぶんたちのこのお家に も、金の窓がついているというこ とをおそわって来ました。﹂と、 男の子はこたえました。 底本:﹁鈴木三重吉童話集﹂岩波 文庫、岩波書店 1996︵平成8︶年11 月18日第1刷発行 底本の親本:﹁鈴木三重吉童話全 集﹂文泉堂書店 1975︵昭和50︶年 初出:﹁赤い鳥﹂ 1921︵大正10︶年1 2月 入力:鈴木厚司 校正:佳代子 2004年1月27日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネット の図書館、青空文庫︵http: //www.aozora.gr. jp/︶で作られました。入力、 校正、制作にあたったのは、ボラ ンティアの皆さんです。
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