1/5 謎の天体「宇宙竜巻」の駆動メカニズムを解明 分子雲衝突による

プレスリリース
2014 年 8 月 18 日
報道関係者各位
慶應義塾大学
謎の天体「
天体「宇宙竜巻」
宇宙竜巻」の駆動メカニズムを
駆動メカニズムを解明
メカニズムを解明
分子雲衝突によるブラックホールの
分子雲衝突によるブラックホールの活性化
によるブラックホールの活性化
慶應義塾大学理工学部2013年卒業の酒井大裕(現東京大学大学院修士課程)と同理工学部物理学科
岡 朋治 准教授らの研究チームは、宇宙竜巻「トルネード」について詳細な電波観測を行い、その駆
動メカニズムを解明しました。
宇宙竜巻「トルネード」は、螺旋状の特異な形態を有する電波天体であり、永らくその正体は不明
とされてきました。2011年、京都大学を中心とした研究チームによってトルネード両端にX線を放射
する高温プラズマの塊が検出され、それが回転ブラックホールからの双極ジェットによって形成され
たとする説が提唱されました。しかしながら、そのブラックホールは現在活動しておらず、一時的活
性化の原因は全く分かっていませんでした。
今回、慶應義塾の研究チームは、電波望遠鏡を用いてミリ波帯スペクトル線観測を行い、トルネー
ド方向に二つの分子雲を検出しました。これらはトルネードに付随しており、それと激しく衝突して
いる証拠も見出されました。また、これらが20 km/秒以上もの速度差を有し、かつ相補的な空間分布
をしている事から、この分子雲同士が過去に激しい衝突を起こしたものと推測されます。これらの新
しい事実から、トルネードの駆動源が、分子雲衝突で形成された衝撃波が30太陽質量以上のブラック
ホールを通過する際に発生するBondi-Hoyle-Lyttleton降着流による重力エネルギー開放であると考
えられます。
本研究成果は、8月20日発行の米国の天体物理学専門誌『The Astrophysical Journal』に掲載さ
れる予定です。
1.本研究のポイント
・螺旋状の電波天体「トルネード」方向の詳細な分子スペクトル線観測を行い、視線速度が異なる二
つの分子雲を検出。
・これらの二つの分子雲から、衝撃波起源のメーザー放射が行われている事を確認。「トルネード」
との激しい相互作用の証拠と結論。
・分子雲間の大きな速度差と相補的な空間分布から、これらが過去に衝突したものと推測。その際に
生じた衝撃波によって質量降着が促進され、ブラックホールが活性化されたという説を提唱。
2.研究背景
宇宙竜巻「トルネード」とは、螺旋状の電波天体です(図 1)。見かけの長さは 10 分角程度ですが、
このような不思議な形状の天体は他に例がありません。1960 年の発見以来、この正体を巡って「エキ
ゾチックな超新星残骸」
「遠方の巨大ブラックホールが放出するジェット」
「高速回転する中性子星」
など様々な説が提案されてきました。トルネードは「頭」と長い「尾」に分離されますが、1996 年に
この「頭」部分から視線速度注 1)-14 km/秒の OH 1720 MHz メーザー輝線が検出された事から、この天
体が太陽系から距離約 12 キロ・パーセク注 2)(約 4 万光年)に位置し、周囲の濃密な星間物質と激し
く衝突している事が判明しました。この距離では、トルネードの長さは 35 パーセク(110 光年)程度
になります。
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2011 年、京都大学の澤田真理氏を中心とする研究グループは、X 線衛星「すざく」による観測を
行い、トルネードの両端から温度・形状・大きさがほぼ等しい「双子プラズマ」を検出しました。こ
れは、「トルネードの中心に回転するブラックホールが存在し、このブラックホールに大量のガスが
降り注ぎ、その一部が高エネルギー粒子の双極ジェットとして放出された。このジェットは螺旋状の
電波源を形成し、周囲の星間雲と衝突して両先端に双子プラズマを生み出した」と解釈されました。
この成果は、50 年近く続いていたトルネードの正体についての論争に終止符を打つ画期的なものでし
た。しかしながら、問題のブラックホール候補天体が該当位置に検出されておらず、これを「一時的
に」活性化するメカニズムも解明されていませんでした。
図 1) (a)トルネードの 1.58 GHz 電波写真(Brogan & Goss 2003, AJ, 125, 272 より作成)。(b) 1.58 GHz
電波強度を表す等高線に 2-5 keV の X 線イメージを重ねたもの。(c) 1.58 GHz 電波強度の等高線に一酸
化炭素(CO)スペクトル線強度分布を重ねたもの。視線速度 0 km/秒から+15 km/秒の成分を赤で、-17 km/
秒から 0 km/秒の成分を青で表示している。(d) 1.58 GHz 電波強度の等高線にヒドロキシルラジカル(OH)
1720 MHz スペクトル線強度分布を重ねたもの。視線速度の色表示は (c)と同じ。
3.研究成果
研究チームは、トルネード周辺の星間物質の分布・運動を詳細に調べる目的で、電波望遠鏡を用い
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た観測研究を 2009 年から続けていました。これまでの観測によってトルネード両側に視線速度-14
km/秒の分子雲が確認されており、これが回転ブラックホールからの双極ジェットを止め「双子プラ
ズマ」を生成する要因となっていると解釈されていました。
今回研究チームは、国立天文台野辺山 45 m 電波望遠鏡を用いて同領域のミリ波帯分子スペクトル
線の高感度イメージング観測を行いました。観測するスペクトル線としては、星間分子雲全域から放
射される一酸化炭素(CO)J=1-0 回転遷移輝線(115.271 GHz)とその同位体分子 13CO J=1-0 回転遷
移輝線(110.201 GHz)、そして高密度領域から放射されるホルミルイオン(HCO+)J=1-0 回転遷移輝
線(89.1885 GHz)を採用しました。
観測の結果、一酸化炭素回転スペクトル線において、トルネード方向に二つの分子雲を検出しまし
た(図 1(c))。一方は、これまでも知られていた視線速度-14 km/秒の雲を含むもの(分子雲 A)、
もう一方はこれまで認識されていなかった視線速度+5 km/秒の雲でした(分子雲 B)。分子雲 A と B
の質量は、それぞれ 30 万太陽質量注 3)と 6 万太陽質量であり、分子雲 B の方にやや重力束縛度が高い
傾向が見られました。両者は天球面上で避け合うような空間分布をしています。さらに研究チームは、
Very Large Array 注 4)のアーカイブデータを詳細に解析し、トルネード方向の雲 A と B 双方の速度に
おいて空間的に広がったヒドロキシルラジカル(OH) 1720 MHz メーザー輝線放射を確認しました(図
1(d))。この事は、トルネードと分子雲 A, B とが激しく相互作用し、分子雲中に衝撃波が発生して
いる事を示しています。
これらの観測事実は、トルネードと分子雲 A、分子雲 B が全て、視線方向上で同じ距離にある事を
意味しています。また、分子雲 A と B の相補的な空間分布と、これらが約 20 km/秒という大きな速度
差を持つ事とを考え併せると、これらは過去に激しい衝突を起こしたものと推測されます。
以上の事を総合すると、次のようなトルネードの形成過程が描き出されます。
(1) 銀河系内で回転運動をしている分子雲 A に、
回転からやや外れた運動をしている分子雲 B が衝突。
(2) 分子雲 A 内に衝撃波が形成され、その後方の高密度層がブラックホールを高速で通過。
(3) 高密度層が通過する際に Bondi-Hoyle-Lyttleton 降着流注 5)が発生し、ブラックホールへの質量
降着率が一時的に増大。
(4) 降着物質が作る円盤から双極ジェットが発生し、これがトルネードを形成。トルネードは周囲の
分子雲と相互作用して衝撃波を誘起。
このシナリオはトルネードの形成過程と同時に、ブラックホールが一時的に活動し、かつ現在は輝
いていない理由も自然に説明します。この過程でトルネードが形成されたとするならば、双子プラズ
マの熱エネルギー1.6x1050 erg 注 6)を説明する為に、少なくとも 20 太陽質量のブラックホールが必要
という計算になります(図 2)。
図 2) 双子プラズマの持つ熱エネルギー1.6x1050 erg を説明する為に必要な、トルネード中心にあるブラ
ックホールの質量の下限値(実線)。横軸は衝撃波速度、灰色の部分が説明可能な質量範囲を示す。
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図 3)トルネード形成過程の模式図。
4.本研究成果の意味
今回の研究によって、謎の宇宙竜巻「トルネード」の駆動源が 20 太陽質量以上のブラックホール
である事と、そのブラックホールへ質量供給過程が分子雲衝突に伴う Bondi-Hoyle-Lyttleton 降着流
である可能性が濃厚になりました。私たちの銀河系の中には、太陽の数倍から数十倍のブラックホー
ルが多数存在すると考えられており、トルネードの中心にそれがあること自体は何ら不思議ではあり
ません。しかしながら、その存在を間接的に確認した事は、本研究の重要な成果の一つと言えます。
また本研究では、分子雲衝突に伴う Bondi-Hoyle-Lyttleton 降着流という、ブラックホールの新し
い活性化プロセスが提案されました。同種の天体は銀河系内、特に分子雲衝突が頻繁に起きている銀
河中心領域に多数存在すると考えられ、このような新種の天体研究の端緒が開かれたと言えます。
5.研究論文について
本研究成果は、8 月 20 日発行の米国の天体物理学専門誌『The Astrophysical Journal』に掲載さ
れます。論文の題目、および著者と研究当時の所属は以下の通りです。
"Millimeter-wave Molecular Line Observations of the Tornado Nebula"
酒井大裕(慶應義塾大学 理工学部 物理学科 2013 年卒業; 現東京大学 大学院理学系研究科 修士課
程 2 年)
岡 朋治(慶應義塾大学 理工学部 物理学科 准教授)
田中邦彦(慶應義塾大学 理工学部 物理学科 助教)
松村真司(慶應義塾大学 大学院理工学研究科 博士課程 3 年)
三浦昂大(慶應義塾大学 大学院理工学研究科 修士課程 2 年)
竹川俊也(慶應義塾大学 大学院理工学研究科 修士課程 2 年)
『The Astrophysical Journal』, August 20, 2014, vol.791-2 issue
電子版(プレプリント)URL:http://arxiv.org/abs/1407.3273
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<リンク>
国立天文台野辺山宇宙電波観測所
・45m 電波望遠鏡
慶應義塾大学理工学部 岡 朋治研究室
http://www.nro.nao.ac.jp
http://www.nro.nao.ac.jp/public/teles.html#45m
http://aysheaia.phys.keio.ac.jp/
<関連する研究発表>
京都大学プレスリリース「宇宙竜巻の正体−回転ブラックホールからの双極ジェットの痕跡−」
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/news_data/h/h1/news6/2011/111125_1.htm
<用語説明>
注 1)視線速度 :観測されるスペクトル線は、ドップラー効果により観測者との視線方向の相対速度
に応じて周波数が変化する。この視線速度は、遠ざかる方向を正として、太陽系近傍にある恒星の
平均速度を基準に表示される。
注 2)パーセク(pc) :天文学で使われる距離の単位。1 pc = 3.26 光年 = 3.09×1016 m。
注 3)太陽質量:天文学で使われる質量の単位。1 太陽質量 = 1.99×1030 kg。
注 4)Very Large Array:アメリカ合衆国、ニューメキシコ州ソコロにある、アメリカ国立電波天文
台(National Radio Observatory; NRAO)の電波干渉計。口径 25 m のパラボラアンテナ 27 基から
成る。
注 5)Bondi-Hoyle-Lyttleton 降着流:点状重力源が媒質中を運動する時、近くの媒質が後方の「航
跡」に集積された後、重力源へと降着する流れのこと。航跡において向かい合う流体素片同士が角
運動量を打ち消し合うため、効率的な質量降着が行われる。F. Hoyle & R. A. Lyttleton (1939)、
および H. Bondi & F. Hoyle (1944) によって定式化された。
注 6)erg (エルグ) :エネルギーの単位。1 erg = 10-7 J (ジュール)。
※ご取材の際には、事前に下記までご一報くださいますようお願い申し上げます。
※本リリースは文部科学記者会、科学記者会、各社科学部等に送信させていただいております。
・研究内容についてのお問い合わせ先
慶應義塾大学 理工学部 物理学科 准教授 岡 朋治(おか ともはる)
TEL:045-566-1833
E-mail:tomo@phys.keio.ac.jp
http://aysheaia.phys.keio.ac.jp/
・本リリースの配信元
慶應義塾広報室(竹内)
TEL:03-5427-1541 FAX:03-5441-7640
Email:m-koho@adst.keio.ac.jp
http://www.keio.ac.jp/
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