ユーロ圏における最適通貨圏の再検討 * 小川英治 a ・川 健太郎 b 1st version: 2000 年 1 月 25 日 this version: 2000 年 6 月 19 日 本稿の作成に際して、日本金融学会 2000 年度春季大会における討論者の島野卓爾先生 及び経済企画庁欧州通貨統合研究会(座長:島野卓爾先生)のメンバーの諸先生と福田公 正氏(経済企画庁)より有益なコメントをいただいたことに感謝する。 a 一橋大学商学部、〒186-8601 国立市中 2-1、e-mail: ogawa.eiji@srv.cc.hit-u.ac.jp b 一橋大学大学院経済学研究科 * 1. 序 1999 年 1 月 1 日よりEU11 か国において共通の単一通貨ユーロが導入されて、ユーロ圏 が形成された。ユーロ圏が形成された状況において、EU諸国に何らかの経済ショックが発 生した場合に、これらの国がどのように対応することができるかが注目されている。とり わけ、金融政策に関して、欧州中央銀行の下でEU11 か国の中央銀行が統一的な金融政策 を運営するという状況において、非対称的ショックにどのように対応するかが今後の課題 となっている。 1 別の視点から見ると、EU 諸国が最適通貨圏であるかどうかが、ユーロ及びユーロ圏経 済の安定性に影響を及ぼす。EU11 か国の各国通貨が統合されて、ユーロという共通通貨 が導入されることは、各国で流通している通貨間の為替相場が恒久的に 1 に固定されるこ とを意味する。このような状況の下で、もし EU 諸国で非対称的ショックが発生したなら ば、通貨統合前とは異なり、もはや為替相場を利用して、各国経済間の不均衡を調整する ことはできない。したがって、EU 諸国における非対称的ショックの有無も含めて、非対 称的ショックに対する調整能力が、EU11 か国が最適通貨圏であるかどうかを決める要因 となる(小川(2000))。 最適通貨圏の基準としては、第一に、当該地域の中の各国において発生するショックの 対称性が挙げられる。次に、非対称的ショックが発生する傾向にある場合には、非対称的 ショックに対する調整能力として労働の移動性(Mundell(1961))や貿易面における開放 度 ( McKinnon(1963) ) や 財 政 移 転 に よ る 調 整 可 能 性 や 資 本 移 動 に よ る 調 整 可 能 性 (Frankel(1999))が最適通貨圏の基準として指摘されている。 本稿では、小川(1999)で行なった、通貨統合後における様々な経済ショックの影響に関 する理論的考察を受けて、最適通貨圏の基準の 1 つである経済ショックの対称性に焦点を 当てる。ユーロ圏において発生している経済ショックが対称的であるか、あるいは、非対 称的であるかについて、実証分析によって明らかにする。また、そのショックの対称性あ る い は 非 対 称 性 が 時 系 列 的 に ど の よ う な 変 化 を 起 こ し て い る か を 分 析 す る 。 特 に 、1979 年以降、欧州通貨制度(EMS)の為替相場メカニズム(ERM)が採用してきた為替バン ド制度(許容変動幅を有する一種の固定相場制度)の下で、経済ショックの非対称性がど のように変化したかを問題とする。 1 IMF (1997, 1998)のユーロに関する章を参照せよ。 1 小川(1999)で分析したように、経済ショックとして産出量ショックに焦点を当てた場合 に、産出量ショックにとっての本源的なショックとして、貨幣市場や財市場における需要 ショックや供給ショックが考えられる。本稿では、産出量ショックおよびその本源的なシ ョックとしての財市場における需要ショックと供給ショックについて、EU 諸国間の相関 を分析する。 このように産出量ショックと財需要・財供給ショックに分けて分析することには、二つ の理由がある。第一に、Bayoumi and Eichengreen (1993) 2 が指摘するように、自然失業 率仮説の下では、財需要ショックは短期的に産出量に影響を及ぼすとしても長期的には影 響を及ぼさない。一方、財供給ショックは恒久的に産出量に影響を及ぼすからである。ま た、小川(1999)で明らかにしたように、ある国の財供給ショックは自国経済と外国経済に 対して非対称的な影響を及ぼすからである。したがって、産出量に影響を及ぼしている財 需要ショックと分離して、財供給ショックに焦点を当てなければならない。第二に、小川 (1999)で指摘したように、たとえ自国経済と外国経済に対称的な影響を及ぼす貨幣需要シ ョックや財需要ショックであっても、各国のマクロ経済モデルにおけるパラメータが異な れば、産出量に現れるショックの反応は異なるからである。 そこで、実証分析においては、第一に、EU 諸国間の産出量ショックの相関の変化を分 析する。そこでは、赤池の基準(AIC)によって次数を特定化した ARIMA モデルを利用 することによって導出される残差を各国の産出量ショックとしてみなして、産出量ショッ クの相関係数を計算する。第二に、EU 諸国間の財市場における供給ショックの相関の変 化を分析する。そこでは、Bayoumi and Eichengreen (1993)に倣って、Blanchard and Quah(1984)による構造 VAR アプローチを利用して、財供給ショックと財需要ショックに 分解して、これらのショックの相関係数を計算する。 分析の対象国は、データ上の制約のあったポルトガルを除く EU14 か国である。また、 分析期間は、EMS が導入された 1979 年 1 月から 1997 年 12 月までのデータが利用可能 で、かつ分析可能な時期までの全期間とこれらの時期を 4 等分した小期間とした。産出量 のデータとして、Bayoumi and Eichengreen (1993)が GDP を利用したが、本稿では標本 Bayoumi and Eichengreen (1993)は、1963−1988 年の期間についてEC諸国の供給ショ ックと需要ショックを分解して、分析した。その結果は、コア国(ドイツ、フランス、ベ ルギー、オランダ、デンマーク)における経済間の方が周辺国(英国、イタリア、スペイ ン、ポルトガル、アイルランド、ギリシア)における経済間よりも小さく、供給ショック も需要ショックも相関が高い。コア国と周辺国との間の収斂はそれほど見られなかった。 2 2 数をできる限り多く確保するために、月次データである鉱工業生産指数を利用した。 本稿の実証分析から得られた結果は以下のとおりである。産出量ショックについては、 全体的に見ると、EU14 か国間の相関が 1979 年から 1997 年にかけて、趨勢的には小幅な がら期間後半に上昇傾向が見受けられる。しかし、それほど大きな変動も趨勢も示してい なかった。財供給ショックについては、EU14 か国間の相関は全体的に見て、時系列的に 直近の 1994 年から 1997 年の時期に来て、低下した。しかしながら、相関が大きく低下し たもののもあるものの、一部の組合せでは大きな正の相関を持つ組合せもあり、そのばら つきが見られる。このように、1979 年以降の EMS 時代において、EU 諸国の間の産出量 ショックも財供給ショックもそれらの相関が全体的にそれほど大きく高まっているという 結果は得られなかった。むしろ、財供給ショックについては、直近の時期においては EU 諸国間の相関が低下していたという結果を得た。 本稿の構成は以下のとおりである。次節で、2 国マクロ経済モデルを利用して、通貨統 合 後 に お け る 様 々 な シ ョ ッ ク の 影 響 を 考 察 し た 小 川 (1999) の 議 論 に 、 Bayoumi and Eichengreen (1993)の財需要ショックと財供給ショックの長期的効果を加味して、産出量 ショックと財需要ショック・財供給ショックとの間の関係を整理する。第 3 節では、ARIMA モデルを利用して、EU 諸国間の産出量ショックの相関の変化を実証的に分析する。第 4 節では、Blanchard and Quah(1984)の方法で財需要ショックと財供給ショックを分解し て、EU 諸国間の供給ショックの相関の変化を分析する。最後に、結論を述べる。 2. 産出量ショックと財供給ショック (1)通貨同盟下にある 2 国マクロ経済モデル 本節では、2 国マクロ経済モデルを利用して、通貨統合後における様々なショックの影 響を考察した小川(1999)の議論に、Bayoumi and Eichengreen (1993)の財需要ショックと 財供給ショックの長期的効果を加味して、産出量ショックと財需要ショック・財供給ショ ックとの間の関係を整理する。 小川(1999)に従って、通貨統合後の 2 国経済をモデル化する。通貨同盟下にある自国と 外国では、共通の単一通貨が同一の通貨当局によって供給されると想定する。自国と外国 との間で資本移動は完全であるが、自国債券と外国債券が信用リスクの相違のために同質 的ではなく、金利平価式においてリスク・プレミアムが付される。なお、経済主体は、合 理的予想形成を行なうと仮定する。 3 2 国モデルが以下の体系によって表現される。 mt − pt = ϕ yt − α it + ε m,t (2.1) yt = γ (p*t − pt ) − λ (it − pte+1, t + pt ) + ε d ,t yt = y + θ (pt − pt,t −1 ) + ε s,t e (2.3) mt − pt = ϕ yt − α it + ε m,t * * * * * * * e * y*t = γ * (pt − p*t ) − λ* (it* − pt*+1,t + pt* ) + ε d,t e y*t = y * + θ * ( pt* − pt,t* −1 ) + ε *s,t it − it* = bt − ft β − σt β ω tmt + (1 − ω t )mt* = mt pte+1, t ≡ E ⎡⎣ pt +1 I t ⎤⎦ (2.2) (2.4) (2.5) (2.6) (2.7) (2.8) (2.9) e 但し、 m :名目貨幣供給残高、 p :物価水準、 p :予想物価水準、 y :GDP、 i :自国通 貨建て金利、 b :自国通貨建て自国債券残高、 f :外国通貨建て外国債券残高、 σ :自国 債券に対する外国債券の相対的リスク、 ω :貨幣供給残高全体( m )に占める自国で流通 している貨幣供給残高の比率、 ε m :貨幣需要ショック、 ε d :財需要ショック、 ε s :財供給 ショック、 I t :t 時点において利用可能な情報の集合、 E ⎡⎣ ⎤⎦ :条件付期待値の演算子。 金利以外の変数は対数の形で表されている。星印(*)が付されている変数は外国の変数を 表す。 (2.1)∼(2.3)式は、それぞれ自国経済の貨幣需要式、財需要式、財供給式を表す。(2.4)∼ (2.6)式は、それぞれ外国経済の貨幣需要式、財需要式、財供給式を表す。(2.7)式は、リス ク・プレミアムを考慮に入れた金利平価式を表す。なお、通貨同盟下において予想為替相 場変化率も外国為替リスクもゼロである。(2.8)式は、自国と外国との全体の貨幣供給残高 を表す。財需要式については、財需要は自国財と外国財の相対価格と実質金利の関数とし て表されている。また、財供給式については、財供給は予想されないインフレ率に比例し て、自然失業率に対応する国内産出量水準を上回る。(2.9)式は、物価に関する合理的期待 を表す。 (2)産出量に及ぼす一時的ショックの効果 上述したモデルを利用して、自国で貨幣需要ショック、財需要ショック、あるいは財供 給ショックが発生したときに、自国と外国の産出量(国内総生産)に対してどのような影 4 響を及ぼすかを分析する。まず、これらのショックが一時的である状況を想定して、それ らが自国と外国の産出量に及ぼす効果を考察する。 第一に、自国貨幣需要ショック( ε m )が自国と外国の産出量に及ぼす効果が次式のとお りに導出される。 但し、 A ≡ yˆ = −θ Aε m = −θ Aε m* (2.10) yˆ* = −θ * A* ε m = −θ * A* ε m* (2.11) λ (θ * + γ * + λ * ) + λ * (γ + λ ) λ (γ * + λ * ) + λ * (θ + γ + λ ) * 、A ≡ 、 α∆ α∆ ⎛ ⎝ θ + γ + λ ⎜1 + 1 + ϕθ ⎞ α ⎟⎠ −(γ + λ ) α * (1 + ϕθ ) α −(1 + ϕ *θ * ) λ * (1 + ϕθ ) * * −γ − λ α θ * + γ * + λ* ∆≡ − λ α ⎛ α* ⎞ − ⎜1 + ⎟ > 0 α ⎠ ⎝ − λ* α (2.10)・(2.11)式が示すように、自国と外国の貨幣需要ショックは自国と外国の産出量に 対して同方向の効果をもたらす。また、自国経済と外国経済のパラメータが同一であるな らば、 θ A = θ A となり、貨幣需要ショックは自国と外国の産出量に対して同一の効果を * * もたらす。 第二に、自国財需要ショック( ε d )が自国と外国の産出量に対して及ぼす効果が次式の とおりに導出される。 ⎧(α + α * )(θ * + γ * + λ* ) + λ* (1+ ϕ *θ * ) ⎫ yˆ = θ ⎨ ⎬ε d α∆ ⎩ ⎭ (2.12) ⎧(α + α * )(γ * + λ* ) − λ* (1 + ϕθ ) ⎫ yˆ* = θ * ⎨ ⎬ε d α∆ ⎩ ⎭ (2.13) (2.12)・(2.13)式より、自国の財需要ショックは、自国と外国の産出量に対して同方向の 効果をもたらす。なお、自国経済と外国経済のパラメータが同一であるとしても、外国の 産出量に対する効果よりも自国の産出量に対する効果の方が大きい。 第三に、自国財供給ショック( ε s )が自国と外国の産出量に及ぼす効果が次式のとおり に導出される。 yˆ = (1+ ϕ *θ * ){λ* (γ + λ ) + λ (γ * + λ* )}+ (γ + λ ){λ* + θ * (α + α * )}+ (θ * + γ * + λ* )λ α∆ 5 ε s (2.14) yˆ* = −θ * (α + α * + λϕ )γ * + λ* {(α + α * ) + ϕ (θ + γ + λ ) − 1} α∆ εs (2.15) (2.14)・(2.15)式より、自国の財供給ショックは、自国の産出量と外国の産出量に対して 反対方向の影響をもたらす。この理由は、たとえば自国において財供給に正のショックが 発生すると、自国財価格を低下させる効果をもたらす。これは、外国財に対する自国財の 相対価格を低下させるので、外国財に対する需要が減少させて、自国財に対する需要を増 加させる。そのために、財供給ショックは、自国と外国の産出量に対する効果が非対称的 となる。 (3)産出量に及ぼす恒久的ショックの効果 次に、自国で貨幣需要ショック、財需要ショック、あるいは財供給ショックが恒久的に 発生したときに、自国と外国の産出量に対してどのような影響を及ぼすかを分析する。合 理的期待の仮定の下で、恒久的ショックが発生した場合における自国と外国の産出量に対 する長期的効果は、(2.3)・(2.6)・(2.9)式より、次式のとおりに導出される。 y = y + εs * y* = y + ε s* (2.16) (2.17) (2.16)・(2.17)式より明らかなように、合理的期待の仮定の下において恒久的ショックが 自国と外国の産出量に対して及ぼす効果については、自国の財供給ショックのみが自国の 産出量に影響を及ぼす一方、外国の財供給ショックのみが外国の産出量に影響を及ぼす。 このように、長期的効果においては、財供給ショックのみが産出量に影響を及ぼし、さら に、非対称的な影響を及ぼすことになる。 本節の理論的分析より、財供給ショックが非対称的効果をもたらすために、ある国のみ で発生した場合には、産出量の変動が国際的に非対称的となる。また、対称的な影響をも たらす貨幣需要ショックや財需要ショックであっても、国際的に経済のパラメータが異な ると、産出量の変動に対して同一方向ではあるが、異なる影響をもたらす。以下の実証分 析では、前者の財供給ショックの産出量に対する非対称的効果に注目して、財供給ショッ クの非対称性の時系列的変化を分析する。 6 3. 産出量ショックの非対称性 (1)分析の方法 本節では、EU 各国間で発生している産出量ショックが対称的であるか、あるいは、非 対称的であるかを分析する。さらに、産出量ショックの対称性あるいは非対称性が時系列 的 に ど の よ う な 変 化 を 起 こ し て い る か を 分 析 す る 。 特 に 、 1979 年 以 降 、 欧 州 通 貨 制 度 (EMS)の為替相場メカニズム(ERM)が採用してきた為替バンド制度(許容変動幅を 有する一種の固定相場制度)の下で、産出量ショックの非対称性がどのように変化したか を問題とする。 分析方法としては、ARIMAモデルを利用することによって、産出量の時系列データから、 産出量のARIMAモデルで説明できる部分とそれでは説明できない部分(すなわち、ARIMA モデルの誤差項)とに分解する。AICによってARIMAモデルの最適な次数を選択すること によって、その誤差項がホワイト・ノイズ(独立かつ同一の確率分布(i.i.d.))となって いる。このようにして得られたARIMAモデルの誤差項を産出量ショックとしてみなすこと ができる。ARIMAモデルにおいては変数が定常となる和分の次数が決定されている必要が あり、次数の決定については単位根検定(ADFテストとKPSSテスト)を実施している。 単位根検定では各国の変数がI(1) 3 であることが確認されている。単位根検定の結果につい ては表1を参照。なお、AICによって選択されたARIMAモデルの最適な次数は表2にまと められている。 このようにして得られた産出量ショックが各国間でどのような相関係数となっている かを計算する。相関係数の導出に際しては、1979 年 1 月から 1997 年 12 月までの全期間 及び、この全期間を機械的に 4 等分した小期間(1979 年 1 月∼1983 年 12 月、1984 年 1 月∼1988 年 12 月、1989 年∼1993 年 12 月、1994 年 1 月∼1997 年 12 月)においてそれ ぞれ相関係数を計算する。そして、小期間の間で、産出量ショックの相関係数がどのよう ADFテストは、AICによって選択された自己回帰モデルの適切なラグ次数に基づき、推 計を行っている。その結果、95%有意水準でギリシアとイギリスを除く 12 ヶ国で、水準 での定常性は棄却され、一階差の検証で単位根の存在が棄却可能となった。ギリシアとイ ギリスは水準で単位根の帰無仮説が棄却されたため、水準でも可能性がある。一方で変数 が定常であるとする帰無仮説の検証行うKPSSテストにおいてはそれとは異なる結果が得 られている。トレンド項を含む最大ラグ期数 10 までについて、それを含まないケースで は 12 期までいずれも 95%の有意水準で、変数の水準での定常性は棄却された。本編では 後者の検定結果を考慮に入れ、ギリシアとイギリスの変数もI(1)であるとしてARIMAモデ ルの推計を行うこととした。 3 7 に変化してきたかを見る。 (2)データ 対象とする国は、データに欠損値が見られるポルトガルを除く EU14 か国である。表3に 示されているように、産出量として利用するデータは、季節調整済みの鉱工業生産指数で、 月次データである。なお、ギリシアは製造業生産指数である。ベルギーとルクセンブルグ のデータには、季節調整が施されていない。したがって、2国のデータは季節調整の処理 を行った。データ・ソースは、IMF, International Financial Statist i cs (CD-ROM)である。 (3)分析の結果 図 1 には、EU14 か国の各国について、ARIMA モデルの残差が産出量ショックとして 図示されている。 表 4 には、産出量ショックの EU14 か国間の相関行列が示されている。1979 年 1 月か ら 1997 年 12 月にかけての全期間について、相関係数が 0.25 を超えた組合せは、ベルギ ーとドイツ(0273)、フランスとドイツ(0.296)、ドイツとデンマーク(0.279)、オラン ダとイギリス(0.302)である。一方、産出量ショックが 0 に近いものの負の相関となっ ている組合せは、14 組あった。このように、一部に産出量ショックの相関が負となってい る組合せがいくつか見られる一方、正の相関となっている組合せにおいてもそれらの相関 係数の値はそれほど高くない。 表 5 には、EU 諸国の国別に他の 13 か国との相関係数の単純平均値が示されている。1979 年から 1997 年にかけての全期間については、ドイツとデンマークとイギリスが 0.1 を超 えていた。オーストリア、ベルギー、オランダがそれに次ぐ相関係数 0.09 をもっていた。 一方で他の国はきわめて低い値となっている。 これらの相関を時系列的に見ると、国別に見た他の 13 か国との相関係数の単純平均値の 14 か国平均は、1979 年から 1997 年にかけて 0.055 から 0.092 の狭い範囲にあり、趨勢的 には小幅ながら期間後半に上昇傾向が見受けられる。しかしその変動はあまり大きなもの とは言えない。直近の 1994 年∼1997 年の小期間において、フィンランド、ドイツ、イタ リア、ルクセンブルグ、オランダ、スペイン、デンマークのように他の 13 か国との相関係 数の単純平均値が上昇した国もあれば、一方で、ギリシアについては、きわめて 0 に近い 値であるが、他の 13 か国との相関係数の単純平均値が負となっている。 8 4. 財需要ショック・財供給ショックの非対称性 (1)分析の方法 この節では、Bayoumi and Eichengreen (1993)に倣って、Blanchard and Quah (1984) の分析方法に従って、この産出量ショックを、財需要ショックと財供給ショックに分解し た上で、財需要ショックと財供給ショックのそれぞれの各国間の相関係数の変化を考察す る。 Bayoumi and Eichengreen (1993)に従って、財需要ショック・財供給ショックのモデル を次式で表現することができる。 ⎡ yt ⎤ ∞ ⎡ a11 ⎢ p ⎥ = ∑ Li ⎢ a ⎣ t ⎦ i =0 ⎣ 21 a12i ⎤ ⎡ε dt ⎤ a22i ⎥⎦ ⎢⎣ ε st ⎥⎦ (4.1) 但し、 y :産出量の変化率、 p :物価の変化率、 L :ラグ演算子。 財供給ショックは産出量に対して恒久的効果をもたらすが、財需要ショックは産出量に 対して一時的効果しかもたらさない。一方、物価に対しては財需要ショックも財供給ショ ックも恒久的効果をもたらす。したがって、財需要ショックが産出量に及ぼす恒久的効果 がないことから、財需要ショックに起因する産出量の変化率( y )の累積値はゼロとなら なければならい。次式の制約が課せられる。 ∞ ∑a i =0 11i =0 (4.2) (4.1)・(4.2)式から成るモデルを次式で表されるように VAR によって推定することがで きる。 ⎡ yt ⎤ ⎡ yt −1 ⎤ ⎡ yt − 2 ⎤ ⎡ yt − n ⎤ ⎡ eyt ⎤ ⎢ p ⎥ = B1 ⎢ p ⎥ + B2 ⎢ p ⎥ + " + Bn ⎢ p ⎥ + ⎢e ⎥ ⎣ t⎦ ⎣ t −1 ⎦ ⎣ t −2 ⎦ ⎣ t − n ⎦ ⎣ pt ⎦ ⎡ e yt ⎤ ⎡ e yt −1 ⎤ ⎡ eyt − 2 ⎤ ⎡ e yt −3 ⎤ = ⎢ ⎥ + D1 ⎢ + + D D ⎥ ⎥ ⎥ +" 2 ⎢ 3⎢ ⎣ e pt ⎦ ⎣e pt −1 ⎦ ⎣ e pt − 2 ⎦ ⎣ e pt −3 ⎦ (4.3) ⎡ e yt ⎤ ⎥ は VAR モデルにおける残差を表す。 e pt ⎣ ⎦ 但し、 ⎢ ⎡ e yt ⎤ ⎡ c11 c12 ⎤ ⎡ε dt ⎤ ⎢e ⎥ = ⎢ ⎥ ⎢ ⎥ と表し、財需要ショックと財供給ショックが直交していること及 ⎣ pt ⎦ ⎣c21 c22 ⎦ ⎣ε st ⎦ び財需要ショックが産出量に対して一時的効果しかもたらさないことを制約に課す。すな 9 わち、 ∞ ⎡ d11i i =1 ⎣ ∑ ⎢d 21i d12i ⎤ ⎡ c11 c12 ⎤ ⎡0 ⋅⎤ = d 22i ⎥⎦ ⎢⎣ c21 c22 ⎥⎦ ⎢⎣ ⋅ ⋅⎥⎦ (4.4) ⎡ c11 c12 ⎤ ⎥ が一意に定義でき、財需要ショックと財供給ショ ⎣ c21 c22 ⎦ これらの制約によって行列 ⎢ ックを同定することができる。 このようにして得られた財需要ショックと財供給ショックが各国間でどのような相関 係数となっているかを計算する。相関係数の導出に際しては、1979 年 1 月から 1997 年 12 月にかけての全期間及び、この全期間を機械的に 4 等分した小期間(1979 年 1 月∼1983 年 12 月、1984 年 1 月∼1988 年 12 月、1989 年∼1993 年 12 月、1994 年 1 月∼1997 年 12 月)においてそれぞれ相関係数を計算する。そして、小期間の間で、財需要ショックと 財供給ショックの相関係数がどのように変化してきたかを見る。 (2)データ ここでも、対象とする国は、データに欠損値が見られたポルトガルを除く EU14 か国で あ る 。 各 国 の 産 出 量 と 物 価 の デ ー タ は 表 3 に 示 さ れ て い る 。 デ ー タ ・ ソ ー ス は 、 IMF, International Financial Statistics (CD-ROM)である。 (3)分析の結果 図 2 には、EU14 か国の各国について、Blanchard and Quah (1984)の分析方法に従っ て、産出量ショックから分解された財需要ショックと財供給ショックの両方が図示されて いる。また、ショックに対する 2 変数のインパルス応答関数を図3に示している。 表6a には、財需要ショックの EU14 か国間の相関行列が示されている。1979 年 5 月か ら 1997 年 12 月にかけての全期間について、相関係数が 0.3 を超えた組合せは、わずかに ドイツとギリシア(0.301)だけであった。一方、相関が負となっている組合せは、0 にき わめて近い値であったが、18 組あった。 一方、表 6b には、財供給ショックの EU14 か国間の相関行列が示されている。1979 年 5 月から 1997 年 12 月にかけての全期間について、相関係数が 0.3 を超えた組合せは、オ ーストリアと英国(0.314)、フィンランドとアイルランド(0.348)、アイルランドとデン マーク(0.446)、アイルランドとスウェーデン(0.399)、デンマークとスウェーデン(0.402) 10 であった。一方、相関が負となっている組合せは、0 にきわめて近い値であったが、4 組 あった。 表 7a には、財需要ショックについて、EU 諸国の国別に他の 13 か国との相関係数の単 純平均値が示されている。1979 年から 1997 年にかけての全期間については、フィンラン ドのみがわずか 0.1 を超えているだけである。他の国はきわめて低い値となっていた。 これらの相関を時系列的に見ると、国別に見た他の 13 か国との相関係数の単純平均値の 14 か国平均は、1979 年から 1997 年にかけての 4 小期間にわたって、低水準でそれほど大 きな変化を起こしていなかった。1979 年から 1983 年の時期にドイツとイタリアとルクセ ンブルグの各国の他の 13 か国との相関係数の単純平均値が負となっていた。また、1989 年から 1993 年の時期にフランスの他の 13 か国との相関係数の単純平均値が負となってい た。 表 7b には、財供給ショックについて、EU 諸国の国別に他の 13 か国との相関係数の単 純平均値が示されている。1979 年から 1997 年 12 月にかけての全期間については、アイ ルランドとデンマークとスウェーデンについてその値が 0.2 を超えていた。フィンランド と英国についてはおおよそ 0.18 であった。他の国はきわめて低い値となっていた。 これらの相関を時系列的に見ると、国別に見た他の 13 か国との相関係数の単純平均値の 14 か国平均は、1979 年から 1997 年にかけての 4 小期間の中で、1989 年から 1993 年の 期間に 0.211 に上昇したが、1994 年から 1997 年の期間においては 0.078 まで低下した。 この時期にベルギーとオランダとスペインの各国の他の 13 か国との相関係数の単純平均 値が負となっている。 表 6b から、直近の 1994 年から 1997 年の期間について、財供給ショックが負となって いる国の組合せが、30 組あった。オーストリアとスウェーデン(-0.303)、フランスとオ ランダ(-0.359)、アイルランドとルクセンブルグ(-0.371)は、-0.3 を下回っていた。一 方、オーストリアとフランス(0.430)、フィンランドとイタリア(0.420)、フィンランド とデンマーク(0.513)、イタリアと英国(0.415)が 0.4 を超える正の相関係数となってい た。 このように、EU14 か国間の財供給ショックの相関は、全体的に見て、時系列的に直近 の 1994 年から 1997 年の時期に来て、低下した。しかしながら、相関が大きく低下したも ののもあるものの、一部の組合せでは大きな正の相関を持つ組合せもあり、そのばらつき が見られる。 11 5. 結論 本稿は、経済ショックの対称性という最適通貨圏の 1 要因に焦点を当てて、EMS 時代 において EU 諸国が最適通貨圏としてどのように変化してきたかを実証的に分析した。実 証分析においては、第一に、ARIMA モデルを利用することによって導出される残差を各 国の産出量ショックとしてみなして、EU 諸国間の産出量ショックの相関の変化を分析し た。第二に、Bayoumi and Eichengreen (1993)に倣って、Blanchard and Quah(1984)に よる構造 VAR アプローチを利用して、財供給ショックと財需要ショックに分解して、EU 諸国間の財市場における供給ショックの相関の変化を分析した。 本稿の実証分析から得られた結果は以下のとおりである。産出量ショックについては、 EU14 か国間の相関が 1979 年から 1997 年にかけて、それほどの変動も趨勢も示していな かった。一方、財供給ショックについては、EU14 か国間の相関は、全体的に見て、時系 列的に直近の 1994 年∼1997 年の小期間において、低下した。しかしながら、相関が大き く低下したものもあるものの、一部の組合せでは大きな正の相関を持つ組合せもあり、そ のばらつきが見られる。 このように、1979 年以降の EMS 時代において、EU 諸国の間の産出量ショックも財供 給ショックもそれらの相関が高まっているという結果は得られなかった。むしろ、財供給 ショックについては、直近の時期において EU 諸国間の相関が低下していたという結果を 得た。したがって、産出量ショックや財供給ショックの観点から、EMS 時代において EU 諸国が最適通貨圏の形成に向かって順調に進んできてはいないことが明らかとなった。 本稿では、データの制約のために、ユーロが導入されるまでの EMS 時代について実証 分析を行なった。しかしながら、ユーロが導入された後に、ユーロの導入によってユーロ 圏における最適通貨圏の 1 要因である経済ショックの対称性が影響を受けているかもしれ ない。ユーロ導入によって EU 諸国の間の経済ショックの対称性に構造的に変化が見られ るかどうかは、現時点においてはデータの制約があることから、将来の研究課題として残 される。 【参考文献】 Bayoumi, Tamim and Barry Eichengreen, (1993) “Shocking aspects of European monetary integration,” in Francisco 12 Torres and Francesco Givavazzi eds., Adjustment and Growth in the European Monetary Union, Cambridge University Press, 193-229. Blanchard, Oliver Jean and Danny Quah, (1989) “The Dynamic Effects of Aggregate Demand and Supply Disturbances,” American Economic Review, vol. 79, no. 4, 655-673. Frankel, Jeffrey A., (1999) “No single currency regime is right for all countries or at all times,” NBER Working Paper , no. 7338. IMF, (1997) World Economic Outlook, October. IMF, (1998) World Economic Outlook, October. McKinnon, Ronald I. (1963) “Optimum currency areas,” American Economic Review, vol.53. no.4, 717-725. Mundell, Robert A. (1961) “A theory of optimum currency areas,” American Economic Review, vol. 51, no.4, 657-665. 小川英治 (1999) 「通貨統合の金融市場への影響(理論的側面)」『ユーロ誕生と欧州経済 のゆくえ』経済企画庁調査局,3 月. 小川英治 (2000) 「通貨統合」藤原秀夫・小川英治・地主敏樹『国際金融論』有斐閣,( 予定). 13
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