ナノ・フォレンシック・ニュースvol.9(2014.7.14)

ナノ・フォレンシック・サイエンス・ニュース
Nano Forensic Science News
NFSN, vol.9
真実を照らすナノの光“放射光”で
安全・安心な社会を守る
巨大な顕微鏡:SPring-8
【特集】ユネスコ世界結晶年
1 それは1895年 新しい光「X線」の発見から始まった
2 X線で結晶を照らすと、斑点が見える それから原子
の並びを解明した
3 ブラッグと同じ頃、日本では、もっと複雑なスピネルの
構造を解明した科学者がいた
4 1953年 X線データがライフサイエンスの扉を開いた
5 そして、SPring-8、SACLAが生まれた
フォレンシック・サイエンス(Forensic Science):
“法科学”と訳され、一般的に警察の科学捜査よりも広い意味を持ち、裁判(法)に関係するあらゆる
サイエンス(科学)を扱う学問として欧米では定着しています。
NFSN, Vol.9 (2014)
Summer
2014.7.14
【特集】ユネスコ世界結晶年
およそ100年前、西川正治博士(東京帝大・理研)は、恩師である長岡半太郎博士(理研)のルビー
の指輪と偽のルビーに、また本物の真珠と貝殻を磨いただけの偽造真珠にX線をあて、非破壊で
真贋の識別を実施しました。これこそ、X線回折のフォレンシック・サイエンス分野での幕開けとなっ
たのです。
本年は現代結晶学の誕生から100年となる記念すべき年で、ユネスコから世界結晶年に指定さ
れています。 したがって、今回はX線分析の歴史について触れてみます。
長岡半太郎(理研)
1865-1950
1 それは1895年 新しい光「X線」の発見から始
まった
ドイツのウィルヘルム・レントゲンは、ガラス管の中に
電極を封入し、真空放電の実験を行っている最中に、離
れた場所に置いてある蛍光塗料を塗った紙が光ってい
る事に気が付きました。1895年のことです。
未知の電磁波の影響である事を見抜き、未知を意味す
る「X」を冠してX線と呼びました。X線があらゆる物を通
過する事に気が付き、自分の手をX線にかざしてみると、
できた影には自分の骨が映し出されていたのです。
2 X線で結晶を照らすと、斑点が見える それから原子の並びを
解明した
ドイツのマックス・フォン・ラウエは、X線を硫化亜鉛の結晶に照射し、その
軌跡を写真乾板を使って観測しました。結晶内の原子構造が回折格子とし
て働くと考えたラウエの予想通り、結晶を通過したX線は回折され、写真乾
板上に点々のパターンを作りました。これをラウエ斑点と呼びます。
この実験を通じて、X線の正体が電磁波であることと、結晶が空間格子構
造を持っていることが確認されました。回折波の進行方向と結晶中の原子
の配列を関係づけるラウエ条件という条件式を導き、これを満たすときに斑
点が現れるので、これを解析することにより結晶の中の原子の並びを見よ
うとするものです。
ラウエは、これらの業績により、1914年、つまりちょうど100年前に、ノーベ
ル物理学賞を受賞しました。
ヘンリー・ブラッグ(父)及びローレンス・ブラッグ(子)は、英国の科学者です。23年にわたるオーストラ
リア生活から帰国したヘンリーは、X線分光器を発明しました。ケンブリッジ大学の学生だった息子の
ローレンスと共に岩塩にX線を照射し、ナトリウムと塩素が並んだ結晶であることを決定したのです。
1913年には、結晶間隔とX線の回折の関係を定式化した「ブラッグの法則」を発見します。回折パターン
の生じ方を法則化し、X線回折による結晶構造解析に理論的な裏付けを与えました。これらの功績によ
り、ブラッグ父子は1915年にノーベル物理学賞を受賞しました。
Proc. R. Soc. Lond. A 1913 89
3 ブラッグと同じ頃、日本では、もっと複雑なスピネルの構造を解明した科学者がいた
日本でも、2人の先駆的な科学者によって結晶学の扉が、ラウエやブラッグとほぼ同時期の1914年に
開かれました。寺田寅彦と西川正治(いずれも東京帝大・理研)によるX線回折の研究です。
西川正治は、岩塩よりもっと複雑なスピネル(MgAl2O3) の構造を解明したのです。寺田寅彦は、X線
回折の実験を行い、ヘンリー・ブラッグと同じ「X線と結晶」と題する手紙(Nature, 91, 135-136, (1913))
を1913年に英国科学雑誌Natureに送っています。
そして西川正治は、繊維・薄板・粒状のX線回
折図形について報告し(Proc. Tokyo Math-Phys.
Soc., II-7, 131-138 (1913))、日本における近代
結晶学の扉を開きました。
冒頭に示した、長岡博士のルビーや真珠を分
析したのも、この頃です。
1913年以降、西川は実に様々な物質にX線
を照らし、観察しています。絹糸、麻、竹、髪の
毛、等々です。
左の図14は、さまざまなものについて撮影し
た写真乾板を収納した木箱です。
これらに記録されたX線データが、その後に
発展することになる日本の鉄鋼、エレクトロニ
クス、ナノテク、ソフトマターなど、先端作業の
礎となっていったのです。
4 1953年 X線データがライフサイエンスの扉
を開いた
DNAの扉を開いたのも、やはりX線回折でした。
1953年にロザリンド・フランクリンが撮影したDNAの
X線写真を基に、ワトソン、クリックによるDNAの二
重らせん構造発見が成し遂げられたのです。
1962年にワトソン、クリック他1名はノーベル生理
学・医学賞を受賞しましたが、そこにフランクリンの
名前はありません。彼女は、1958年に37歳の若さ
で癌により逝去していたのです。
5 そして、SPring-8、SACLAが生まれた
19世紀末に発見されたレントゲンのX線は、ちょうど100年前にラウエやブラッグ父子により結晶学の
誕生に発展しました。日本でも同時期に西川正治が結晶学の扉を開き、そこから輩出した人材が
SPring-8をつくり、さらにSACLAを創りあげたのです。
モノに光をあてて、モノを壊さず、モノにモノを言わせる。この100年の成果の恩恵をもっとも大きく受け
ているのは、ナノ・フォレンシック・サイエンスなのかもしれません。
犯罪捜査における証拠物の分析についての相談先:
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