ISSN 0289-8977 発行年月

ISSN 0289-8977
青森明の星短期大学
紀 要
第 25 号
1999
AOMORI AKENOHOSHI JUNIOR COLLEGE
RESEARCH BULLETIN
NUMBER 25
1999
目 次
フランスの「フォルマシオン・ミュジカル」の変遷と改革
― 1978 年以降のソルフェージュ教育の動向 ― …………………… 泉 谷 千 晶 1
CALL クラスへの市販ソフトウェア導入の原理と実際
…………………………………………………………………………… 坂 本 明 裕 31
青森県在住約 63 歳の人々にとっての音環境
― 青森県あすなろ尚学院生へのアンケート調査より ― …………… 原 沢 康 明 41
学 習 権:THE RIGHT TO LEARN
─ 教育法制基本用語・日英対訳 ─ ………………………………… 宮 崎 秀 一 63
ピアノ演奏における弛緩と音の効果
…………………………………………………………………………… 加 茂 葉 子 67
大学生の速読訓練に関する一考察
…………………………………………………………………………… 福 士 洋 子 73
CONTENTS
Sur l′
évolution de la pédagogie musicale en France;
du solfège à la formation musicale ………………………………… Chiaki Izumiya( 1)
A Theory and Practice of Introducing Commercially
Available Software to the CALL Class …………………… Akihiro Sakamoto(31)
The Sound Environment for the People Aged about 63 Living in Aomori Prefecture
─ From the Questionnaire Survey to the Students of Aomori Prefectural
Asunaro School for the Elderly ─ ……………………… Komei Harasawa(41)
Key Concepts of Japanese Education Law
─ The Right to Learn ─ ………………………………………… Shuichi Miyazaki(63)
Effect of Sound by Relaxation for Piano Performance
………………………………………………………………………………… Yoko Kamo(67)
,
Improving Japanese College Students Reading Speed in English
……………………………………………………………………………… Yoko Fukushi (73)
フランスの「フォルマシオン・ミュジカル」の変遷と改革
論 説
フランスの「フォルマシオン・ミュジカル」の変遷と改革
― 1978 年以降のソルフェージュ教育の動向 ―
泉 谷 千 晶
は じ め に
音楽の専門教育において「ソルフェージュ」が基礎科目として確立され完成されたのは、フラン
ス及びベルギーを中心に 19 世紀後半のことである。しかしその源流をたどれば 1722 年、フラン
スではアレッサンドロ・スカルラッティらによる『イタリアのソルフェージュ Solfège d'Italie』が
パリで出版された頃に遡るといえるであろう。
『イタリアのソルフェージュ』はフランスの音楽教
育において特別な意味を持つ出来事の一つとなり、
この教科書には今日のソルフェージュ教育の要
素が難易度順に体系的にプログラムされ、練習課題が多量に準備されたものであった 1)。さらにそ
の後、1795 年にはケルビーニをはじめとするパリ国立高等音楽院の教授たちによる『音楽院のソ
ルフェージュ、全 8 巻 Solfèges de Conservatoire』がパリで出版され、すでにこの教科書は、現代の
ソルフェージュの基礎といえる内容を備えるに至ったのである 2)。もともと「ソルフェージュ」の
意味は、イタリアのソルフェッジオ(solfeggio)
、すなわち声楽家のための歌唱訓練および練習曲
集に由来し、ヨーロッパでは中世から 18 世紀にかけて、声楽が音楽の中心的存在であったため、
組織的な音楽教育は声楽が基本とされていた背景があった。18世紀から19世紀にかけて器楽が発
達し普及した時代背景に伴い、ソルフェージュ教育の内容は大幅に変化し、器楽を中心とした「読
譜」が音楽教育の重要な要素になるのである。
1978年以降、フランスでは従来の
「ソルフェージュ」
から、
「フォルマシオン・ミュジカル formation musicale」に科目の名称を改め、その教授法も一新された 3)。その原因は、1968 年のパリ国
立高等音楽院の教育制度改革以来、フランスはソルフェージュ教育の徹底を重んじるあまり、ソル
フェージュ教育の内容を分断化しすぎ、
皮肉にも器楽教育との結びつきから遠ざかる結果を招いた
反省がこめられていた。つまり、分断化されたソルフェージュ能力がいかに高度で技術的に優れて
いたとしても、楽器の表現に直に活かされなければ本末転倒ではないかという疑問と反省である。
本論では、はじめにパリ国立高等音楽院が創立された1795年を基点とし、それ以前とそれ以降
のソルフェージュ教育の歴史を辿っていく。そして、なぜフランスが他の国に比べてソルフェー
ジュ教育に熱心であり、
今日まで栄えてきたのかという点についても考察を加えていくつもりであ
る。そして第二番目に、特殊ともいえるフランスの音楽教育システム 4)の中で生み出された、1978
1) テシュネ・ローラン「フランスにおけるソルフェージュ」
『昭和音楽大学・研究紀要』第 18 号、1998
年、 91 ∼ 93ページ。
2)永富正之「ソルフェージュ教育概説」
『東京芸術大学音楽学部・年誌』第一集、昭和49年、46∼47ペー
ジ。
3)野平多美「フランスの「フォルマシオン・ミュジカル−音楽家の基礎形成」の行方」
『国立音楽大学・
研究紀要』第 29 号、1994 年、191 ∼ 201 ページ。古曽志洋子「フランスにおけるソルフェージュ
教育の現状」『洗足論叢』第 18 号、平成元年、173 ∼ 181 ページ。
4)拙論「フランスの音楽教育とソルフェージュに関する一考察∼日本の音楽教育が抱える問題点につ
いて∼」『青森明の星短期大学・研究紀要』第 24 号、1998 年、2 ∼ 12 ページ。
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青森明の星短期大学紀要 第 25 号
年の改革以降に実施されたソルフェージュ教育の新体制、
「フォルマシオン・ミュジカル」
(新しい
ソルフェージュ教育)の「学習要項」を取り上げ、その動向と目的を考察する。これについては、
パリの国際音楽都市(主に教育メディア・ライブラリー)での文献収集(文化省発行の資料、フォ
ルマシオン・ミュジカル協会発行の専門誌、学会報告、他)
とフランスの各出版社
(Henry Lemoine,
Alphonse Leduc, Gérard Billaudot, Max Eschig、他)から出されているテキストの内容を参
考にした。また日仏の音楽教育関係者(主に桐朋学園大学関係者)に面会し、情報収集に当たった。
そして最後に、今日の日本の音楽教育におけるソルフェージュ教育の位置付けと問題点を提起し、
現代の音楽教育に必要なソルフェージュ教育とは何かを模索するものである。
1. フランスのソルフェージュ教育の変遷
1.1 フランスのソルフェージュ教育の歴史
1795年にパリ国立高等音楽院が創設されて以来、フランスの音楽教育の歴史は200年を経て今
日に至っている。フランス革命の末期に、それまでの王立歌唱学院(Ecole Royale de Chant)と
国立音楽学校(Institut National de Musique)が統合され、設立されたのが現在のパリ国立高
等音楽院(Conservatoire National Supérieur de Musique)である。フランス全土に根を張り
巡らせるように散在している国立地方音楽院(Conservatoire National de Région)や国立音楽
学校(Ecole Nationale de Musique)等、フランスの全ての音楽教育機関の到達すべき目標とし
て位置付けられている。世界で活躍する音楽家を輩出してきたともいえる、この国立高等音楽院の
方針は、音楽家を養成するための徹底した教育と訓練を目的とし、音楽家の育成に必要な教科を設
置し、その内容を吟味し充実させてきた。例えば、ピアノを専攻する学生でも作曲に関する知識、
書法の技術を習得し、作曲を専攻する学生と同等のレヴェルを要求され、また室内楽や初見を含め
たソルフェージュ一般の科目は一貫して義務付けられてきたことも、
この学校の特徴の一つに挙げ
られるだろう。しかし付け加えておくならば、国立高等音楽院で学ぶ以前の教育体制が充分である
からこそ、専門性の高い高等教育が成り立つ点を忘れてはならない。
さて、ここでフランスのソルフェージュ教育の歴史と現代までの移り変わりを見ていくにあた
り、このパリ国立高等音楽院の創設された年、1795年は重要な意味を待つことを前置きしておく。
なぜなら、今日でいうフランスの音楽教育とは、すなわちパリ国立高等音楽院で施行されてきた教
育そのものを指すといっても過言ではないからである。
1.1.1 1795 年以前;フランスでの「ソルフェージュ」の出現
フランスに於いて「ソルフェージュ」という言葉が現れ出したのは、1760 年頃からである 5)。そ
れまでソルフェージュとはイタリアに於いて声楽家のための練習曲として作曲された教則本を意味
していたことから、
フランスでもはじめはイタリアのソルフェージュの意味を模倣して使われてい
た。しかしその後間もなくフランスでは、
「ソルフェージュ」という言葉は「音楽の基礎的学習」と
しての意味に置き換えられ、独自の歩みを始める事になる。
,
5)Claude-Henry JOUBERT,《solfège:un mot, beaucoup d encre…》, Marsyas; revue de pédagogie
musicale et corégraphique, No.27-septembre 1993, p.14.
− 2 −
フランスの「フォルマシオン・ミュジカル」の変遷と改革
では、
「ソルフェージュ」が「音楽の基礎的学習」の意味に置き換えられる以前は、フランスで
はどのような状態だったのであろうか。ここで、17 ∼ 18 世紀に出版された(理論家や作曲家によ
り書かれた)音楽教育のための理論書の系譜を参考として取り上げたい。以下に主なものを年代順
に列記する。(以下、ローラン・テシュネ氏の論文6)、永富正之氏の論文7)、C.-H. JOUBERT 氏の
資料 8)を参照した。
)
− 17 世紀−
1636 年 メルセンヌ(Marin Mersenne)
、『音楽総論 Traité de l'harmonie universelle』
。
1639 年 パラン(Antoine Parran)
、『理論的実践的音楽論 Traité de la musique théorique et pratique』
。
1658 年 ド・クズュ(Antoine de Cousu)
、『音楽総論 La musique universelle』
。
1666 年 ラ・ヴォワ・ミニョ(De La Voye Mignaut)
、『音楽論 Traité de la musique』
。
1682 年 ニヴェール(Guillaume Gabriel Nivert)
、『歌唱法を学ぶための容易な方法 Méthode facile pour
apprendre à chanter』。
1696 年 ルリエ(Etienne Loulié)
、『音楽の諸要素或いは諸原則 Les Éléments ou principes de musique』
。
− 18 世紀−
1713 年 デュポン(Pierre Dupont)
、『音楽の諸原則 Principes de musique』
。
1718 年 モンテクレール(Michel Pignolet de Montéclair)
、『音楽のレッスン Les Leçons de musique』
。
1722 年 スカルラッティ、他(Alessandro Scarlatti)
、『イタリアのソルフェージュ Solfège d'Italie』
。 1728年 ドゥモス司祭(Prêtre Demoz de la Sall)
、
『新しい理論に基づく音楽教則本 Méthode de Musique selon
un nouveau système』。
1733 年 ヴァゲ(Vagué)
、『音楽学習法 L'art d'apprendre la musique』
。
1736 年 モンテクレール(Michel Pignolet de Montéclair)
、『音楽の諸原則 Principes de la musique』
。
1736 年 ラ・シャペル(Jacques Alexandre de La Chapelle)、『音楽の真の原則 Les vrais principes de la
musique』。
1737 年 ダヴィド(Francois David)
、
『音楽と歌唱法を容易に学ぶための新しい方法あるいは一般的原則 Méthode nouvelle ou principes généraux pour apprendre facilement la musique et l'art de chanter』。
1742 年 ジャン・ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau)、『わかり易いソルフェージュ Le sorfège
accessible à tous』。
1752 年 ド・ベルティジ(De Berthisy)
、『音楽の理論と実践について Exposition de la théorie et de la
pratique de la musique』。
1752 年 ダランベール(Jean Le Rond d'Alembert)
、
『ラモ−氏の原則に基づく理論的、実践的音楽の諸原
理 Éléments de musique théorique et pratique selon les principes de Rameau』
。
1760 年 ラモ−(Jean-Philippe Rameau)
、『実践的楽典 Code de musique pratique』
。
。
1769 年 ジャコブ(Jacob)
、『音楽の新しい方法 Nouvelle méthode de musique』
。
1769 年 ジベール(Paul-César Gibert)
、『ソルフェージュ Solfèges』
。
1772 年 カジョン(Antoine-François Cajon)
、『音楽の諸要素 Éléments de musique』
ooooooooooooooooooooo
ooooooooo
ooooooooooooooo
1777 年 レガ・ド・フュルシ(Antoine Légat de Furcy)
、『新しいソルフェージュ Nouveaux Solfèges』
。
oooooooooooooooooooooooo
1784 年 ロドルフ(Jean-Joseph Rodolphe)
、『ソルフェージュ Solfèges』
。
1795 年 ケルビーニ、他(Luigi Cherubini)
、『音楽院のソルフェージュ 全 8 巻 Solféges de Conservatoire
vol.1 ∼ 8』
。
6)テシュネ、前掲書、87 ∼ 90 ページ。
7)永富、前掲書、46 ∼ 48 ページ。
8)C.-H. JOUBERT, Ibid., p.14.
− 3 −
青森明の星短期大学紀要 第 25 号
以上が主な教育的理論書の数々であるが、最後に取り上げた『音楽院のソルフェージュ 全 8巻』
は、1795 年のパリ国立高等音楽院の創立と同年の出版であり、実際に音楽院で使用されるための
テキストとして、院長のケルビーニをはじめ、音楽院の教授陣により執筆されたものである。前述
の永富正之氏の論文に詳しいが、
このテキストはそれまでの歌唱訓練中心のソルフェージュの意味
を超えるものとして評価され、
「現代のソルフェージュの基礎がすでに出来上がっている」もので
あると評価されているが、反面それまでの独唱中心の練習教材の傾向を留めており、アンサンブル
に対する感覚の養成には充分ではない点が、永富氏により指摘されている 9)。
この 1795 年に出版されたケルビーニらによる『音楽院のソルフェージュ 全 8 巻』に至るまで
の流れをもう一度整理するならば、17世紀から18世紀にかけて出版された理論書の中で、最も重
要な意味を持つものとして第 1 番目に挙げられるのは、1722 年にパリで出版されたスカルラッ
ティらによる『イタリアのソルフェージュ』である。この教材についてローラン・テシュネ氏の論
文 10)を参照するところによれば、4部で構成された教則本であり、難易度順にプログラミングされ
ており、内容は音程や装飾音の練習、様々な音階や調性(転調を含む)の課題、リズムの一覧表、
低音付き課題等、練習課題が多量に網羅されているものである。この教則本が従来の歌唱訓練を目
的としたソルフェージュ練習帳に留まらず、それ以前と大きく異なる点は、
「音楽の諸原則や理論」
の学習にも視点が及んだ点にあり、現代でいう「ソルフェージュ教育」の萌芽が見られた点にある
といえるだろう。上記の 17 世紀から 18 世紀の主な理論書の一覧から、18 世紀半ば以降の理論書
の表題に於いても、
「ソルフェージュ」という言葉が使われ始めていることが認められるのである。
次に、フランスの音楽教育史上重要な意味を持つものとして第 2 番目に挙げられるのは、1784
年にパリで出版されたロドルフによる『ソルフェージュ』である。この本の副題は「2 部構成:第
1 部は音楽理論、第 2 部は難しい課題に到達するために必要な低音付き課題と段階的課題」11)と書
かれており、C.-H.JOUBERT によれば耳の教育というよりはむしろ楽譜を読む教育の方が比重が
重い内容であると指摘されている。また、この教則本は約 20 万部の売れ行きで、音楽の入門書と
してはかなりの成功を収めたといわれているが、
一方でその内容については厳しく批判された一面
もあり、ベルギーの音楽学者で作曲家のフェティス(François-Joseph FÉTIS)によれば、理論
性も方法論も無いこと、また段階付けも悪く声のためにも悪く書かれた教則本である、等々容赦無
くこき下ろされている 12)。しかしながら、ロドルフの『ソルフェージュ』が社会的な成功を収めた
要因には、当時の社会背景の影響を考える余地があると思われる。また、まさにその当時の社会背
景の中から、フランスのソルフェージュ教育の原型は形成されつつあったと言えるであろう。
まず、社会背景の一面としては、18 世紀はドイツ、オーストリア、イギリス、イタリアの音楽
家(作曲家)の台頭にフランスはおされ気味であり、また世界的にイタリアオペラが最も開花した
時代であり、その影響はフランスに於いても少なくなかった。1760 年頃からフランスでも「ソル
フェージュ」という言葉が使われ始めたことも、その影響の一部であると考えられる。フランスで
もオペラ等の舞台(宮廷や歌劇場、等)に立つ歌手の育成は重要な関心の一つであり、イタリアの
ソルフェージュは模倣され、フランスのそれまでの理論書の要素の中にも吸収されながら、その訓
9)永富、前掲書、46 ∼ 47 ページ。
10)テシュネ、前掲書、91 ∼ 93 ページ。
11)C.-H. JOUBERT, Ibid., p.14.
12)François-Joseph FÉTIS, Biographie universalle des musiciens et biographie générale de la musique en
8 volumes, 1837-1844. (フェティス著『音楽家伝記』の中での批判。
)
− 4 −
フランスの「フォルマシオン・ミュジカル」の変遷と改革
練方法をさらに発展させていくのである。
『イタリアのソルフェージュ』の 1722 年のパリでの出
版は、まさに 18 世紀のイタリアオペラの台頭を示唆しているといえるであろう。
次にもう一つの社会背景の一面としては、1795 年(パリ国立高等音楽院の設立)以前のフラン
スの音楽学校は、
はじめに述べた通り王立歌唱音楽院と国立音楽学校の2つであったことに関わる
のである。この2つの音楽学校が母体であり、合併する形で生まれたのがパリ国立高等音楽院であ
る。当時の王立歌唱音楽院が声楽家の養成ならば、一方の国立音楽学校はいわば軍楽隊を養成する
ことが主な役割りであり、
国の祝日や祝典で音楽を演奏することが国立音楽学校には義務付けられ
ていた。当時の音楽学校の器楽教育においては、
「楽器を演奏できること」と「読譜が容易にでき
ること」が、まず第一の課題であり、そのための訓練の手段として受け入れられ利用されたのが、
読譜の訓練の比重が大きかったロドルフの『ソルフェージュ』であったと推測される。
ロドルフの『ソルフェージュ』から 5 年後の 1789 年には、時代はフランスの歴史上最も大きな
出来事の一つである「フランス大革命」を迎えるのだが、大革命からさらに 6 年後に、パリ国立高
等音楽院は設立され、現代の音楽教育の夜明けが訪れるのである。
1.1.2 1795 年以降の音楽学校とソルフェージュ教育の整備
1795 年以降のパリ国立高等音楽院の設立以来、これに引き続き 19 世紀の初頭にイタリアをは
じめ、1817 年にウィーン、1822 年にロンドン、1826 年にデン・ハーグ、1833 年にブリュッセ
ル、1843 年にライプツィッヒ、1846 年にミュンヘン、1850 年にベルリン、ケルン、ドレスデン、
1862年にサンクト・ペテルスブルグ、19世紀末にはアメリカ合衆国へと世界各地に音楽学校が設
立された 13)。声楽だけでなく、作曲、器楽等の音楽全般の科目を設置した、現在でいう音楽学校が
開校されたのである。ちなみに 1887 年には、日本でも東京音楽学校(現、東京芸術大学)が設立
された。
19 世紀に入り、世界各地の音楽学校設立の広がりに伴い、音楽学校の組織、またカリキュラム
も整備されていく必要に迫られた。フランスでは、前述したスカルラッティらによる『イタリアの
ソルフェージュ』やケルビーニらによる『音楽院のソルフェージュ』が従来の歌唱訓練から抜け出
し、プログラム化された音楽理論の学習にまで発展した経緯に加え、さらに「聴音、楽典」の項目
が追加され、音楽の基礎教科の内容が次第に完成されていくのである。これらを総合し、従来の歌
唱訓練の意味を脱却し、新たな教科として誕生したのが今日でいう「ソルフェージュ」である。
ここで、19 世紀に入ってからの「ソルフェージュ」の定義の移り変わりを年代とともに見てい
きたい。以下に列記するソルフェージュの定義は、C.-H. JOUBERT 氏によりまとめられた資料
(Ibid., p.15)から参照した。
1836 年:ソルフェージュとはすなわち生徒に「ソルフィエ solfier」させるための、つまり音名で歌うための
練習課題集である。音楽の基礎原理とソルフィエするための体系的順序に整えられたレッスンを含ん
(In Revue musicale, paru
だ入門書に、一般的には「ソルフェージュ」という名称が与えられている。
chez Paulin, librairie, rue de Seine, numéro 6.)
1882年:ソルフェージュとは、音楽家に音程を把握させイントネーションをつける能力を発達させるための声
楽的な練習、あるいは読譜の練習のことである。フランス、ベルギー、スイスのコンセルヴァトワー
ソルフェージュを器楽のクラスと声楽のクラスの全ての生徒に必要不可欠な 基礎授業として
ルでは、
13)
《Conservatoire》, Encyclopédie de la musique, La pochothèque, Paris, 1992, p.175.
− 5 −
青森明の星短期大学紀要 第 25 号
考えているが、この教育は他の多くの国々では非常に軽視されている。
(In Musiklexicon de Hugo
Riemann, traduit en 1897, par Georges Humbert, éditions Payot, 1931.)
1962年:ソルフェージュ(ソとファの音の名前から形成された言葉)
。1.読譜とイントネーションの段階的な練
習課題をともなった音楽の基本原理のメソードまたは集成。2.ヴォカリーズとしっかりした発声の
練習。言葉をつけたものとつけないものでの歌の練習。はじめてソルフェージュという言葉が公にさ
れたのは 18 世紀に於いてであり、イタリアの学校で使用されていた。それらを模倣して『音楽院のソ
ルフェージュ』は 1795 年頃、パリ国立高等音楽院の初めの教授陣によって書かれたもので、そして
その時からフランスのその他のメソードの手本となった。
(In Dictionnaire pratique et historique de la
musique par Michel BRENET, librairie Armand Colin.)
1961年:若い音楽家の養成において不可欠な基礎教科の中でも、ソルフェージュは最も重要な位置の一つを占
めている。作曲家、指揮者、演奏家、舞踏家のいずれにせよソルフェージュの深い知識は不可欠であ
る。即ちそれは、しっかりした技術を構築するための基礎であるからである。この学習の基本原理と
は、耳の教育、リズムの感覚の教育、速度の調整、視覚的な、あるいは声での、器楽での読譜のすば
(In Encyclopédie de la musique en trois volumes,
やさと容易さ、そして音楽の基本理論の知識である。
éditions Fasquelle.)
この最後の1961年のソルフェージュについての定義を書いた人物は、デュドネ女史 14)(Anette
Dieudonné)であり、この後に続く記述の中で興味深い事柄をいくつか追記すると、耳の教育は
できるだけ早くはじめなければならないということ、なぜならそれは5歳か6歳の年齢であれば毎
日の訓練の中で「絶対音感」が自然に身につくためであり、この「絶対音感」の能力がソルフェー
ジュ教育において(聴き取りや書取りにおいても)必要であると言及している。また、メロディー
のない単純なリズムの書取りは、特に抽象的な書取りであるため、記憶と集中のための素晴らしい
練習であると記述している。この 1961 年のソルフェージュの定義の中で、学習の基本原理が項目
ごとに列記されていることからも伺えるように、20 世紀(後半)のフランスのソルフェージュ教
育は、能率的な訓練方法を構築してきた側面が見られるのである。実際、1960 年以降の(その後
約 20 年間続く)パリ国立高等音楽院でのソルフェージュ教育のおおよその概要 15)は次の通りで
あった。
視唱)
・楽譜を正しく歌う、または読む(音程をつけずに一定のテンポで)
。
・音程、リズム、7 つの音部記号の練習。
・アンサンブルの楽譜に対応するため大譜表の和音を下から、または上から読む。
・伴奏に合わせて歌う。
聴音)
・音楽を聴き、それを正しく記譜する。
・単声、二声、三声、四声の書取り。
・ピアノに限らず、他の楽器も使用する。
楽典)
・基礎的な音楽理論。
リズム練習)・リズム打ち、リズム読み、リズム聴音を行う。
・声域を越えた音程の跳躍、加線などの初見練習。
和声)
・和声分析(和音記号、和音の数字付け)
。
。
・調性機能の分析(終止形の分析)
上の学習内容から、20 世紀に入りそれまでの時代以上に、理論的・分析的な能力が必要とされ、
より高い読譜の技術が要求される時代に突入し始めたと言えるのではないだろうか。18 世紀、19
14)作曲家(21 歳でローマ賞受賞)
、演奏家(ピアノ、オルガン)、指揮者、教育家(ソルフェージュ
教育も含む)として高名なナディア・ブーランジェ(1887 ∼ 1979)のもとで、長年の助手を勤め
た。
15)以下の2つの論文を参照した。永富、前掲書、49 ページ。野平、前掲書、194 ∼ 195 ページ。
− 6 −
フランスの「フォルマシオン・ミュジカル」の変遷と改革
世紀の音楽は作曲と演奏が結びついていた、いわば「完全な音楽家」
(musicien complet)が形
成されていた時代といえるであろう。また、この間の器楽のめざましい発達と普及は、記譜法をさ
らに完成させるに至った。
(とはいえ、作曲家にとって楽譜は、不完全な記号の集成であるが。
)そ
して今日でも、演奏家にとって器楽のレパートリーが最も花開いた 19 世紀の音楽は、言うまでも
無く圧倒的な部分を占めている現状であるが、過去の音楽作品の蓄積は「楽譜」に大きく委ねら
れ、今世紀まで引き継がれてきた。現代の音楽教育の場にとって、現代に至るレパートリーはあま
りにも広く、様式も多様化している。かつては一体化していた作曲家と演奏家の役割りさえ、今世
紀は次第に分業化の方向へ進み始めたといえるだろう。このような時代の要求の中で、楽譜からそ
の音楽作品の様式、構造、和声法等、を読み取り作曲家の意図を洞察し、そこから適切な音楽表現
を構築して再び作品の創造へと循環していくこと、
言い換えれば演奏により過去の作品に息を吹き
込むことは、今世紀の演奏家に課せられた高度な課題であるといえるだろう。生の演奏はもちろん
であるが、録音に残された数々の演奏を聴くことにより、今日の演奏家にとっての読譜は(その解
釈も含め)助けられている部分が少なくないと思われるが、それが重要ではあってもそれだけで乗
り切ることには限界があり、実際に 20 世紀以降の現代音楽には(特に日本では)対応しきれてい
ないのである。
フランスの音楽教育は、作曲家と演奏家の分業化ゆえに、演奏家にも作曲家同様に作曲の知識と
様々な書法を含めた理論の学習が不可欠であるという姿勢を打ち出し続けてきた。それに加えて、
今世紀の音楽教育が担わされた、上に挙げてきたような諸問題、特に読譜の技術を高め、器楽教育
を補い器楽教育と対を成す教育としてソルフェージュ教育に力を入れてきた。そして 20 世紀後半
以降(今世紀の前半に起こった2つの世界大戦;1914 ∼ 1918 年、1939 ∼ 1945 年、の爪痕から
の復興後)のフランスのソルフェージュ教育は、上述した概要に見てきた通り、プログラムを分化
させ、内容を精鋭化させていったのである。しかしその結果、新たな問題が浮上し、1978 年には
ソルフェージュという名称そのものが、科目の中から消えるのである。
次の項目では、1978 年に施行されたソルフェージュ教育の改革とは何であるのか、また 1978
年より前のソルフェージュ教育がなぜ改革されなければならなかったのか、
これらの点について詳
しく述べていきたい。
1.2 従来のソルフェージュから「フォルマシオン・ミュジカル」への移行
1978 年、5 月の政令により、従来の基礎科目であるソルフェージュは名称を改められ、
「フォル
マシオン・ミュジカル」
(総合的な音楽形成科目)に一新された。フランスの200 年を超える音楽教
育の歴史の中で、長年に渡り必修とされてきたソルフェージュ科目は、フランスの音楽教育の際
立った特徴の一つであったといえるだろう。そのカリキュラムは緻密に分化され、それぞれの訓練
の方法を完成させてきたのだが、しかしそこには改善を余儀なくされる理由があった。
この改革の要因となった問題については、概ね次のように語られてきている。それまでのソル
フェージュではそれぞれの訓練を目的としたカリキュラムの細分化が、
その指導法まで分断化の傾
向を強める方向に進んできてしまったこと、その結果、各種の訓練が高度になればなるほど本来器
楽の表現に生かされるべきソルフェージュの学習が、
反対に音楽から次第に離れた無味乾燥な特殊
訓練で完結してしまう心配が現実に見られるようになってきたことが挙げられている。
それがいか
に高度な知識や読譜技術であっても、音楽の全体性を見失い、一つ一つの訓練が切り離された「部
− 7 −
青森明の星短期大学紀要 第 25 号
分」の寄せ集めで完結する限り、実際の楽曲全体を把握し理解することや、器楽を用いた実技の表
現の中にソルフェージュで養った知識を生かしていく方向には直接結びついていかないことが、
今
までの指導上の大きな問題であり、今後の改善されるべき課題とされたのである。
上に述べた内容を、さらに詳しくオデット・ガルテンローブ(Odette GARTENLAUB 1922
∼)女史 16)が語っている。ガルテンローブ女史は、1959 ∼ 1990 年までの間、パリ国立高等音楽
院で教鞭をとり、
「ソルフェージュ科」を 9 年、
「ピアノ科のための初見視奏クラス」を 8 年、さら
に「音楽教育科」
、
「フォルマシオン・ミュジカルの教師養成科」を 14 年担当し、1978 年に改革
されたフォルマシオン・ミュジカルの検討委員会の中心人物であり、現在も「フォルマシオン・ミュ
ジカル協会」の会長である。以下、
「フォルマシオン・ミュジカル協会」が発行している専門誌に掲
載された女史のコメント 17)を抜粋して取り上げる。
1978 年までのソルフェージュ教育においては、ほとんど変化は見られなかった。それはできるだけ早
く音を読むこと、7つの音部記号を歌う練習、フレーズにおかまいなく2小節ずつピアノで弾かれる書取
り、である。理論の丸暗記は何の音楽的興味も与えないのである。また、古くからの視唱のための教材は、
魅力的な曲集もあるが読譜のための練習の目的で書かれたもので、実作品ではなく、今日の音楽からは遠
ざかっている。1959 年からパリ国立高等音楽院で 9 年間ソルフェージュを教えた経験から、学生たちは
ソルフェージュの訓練の中では高度な能力を示し、技巧的な読譜も、非常に複雑なリズムもこなすにもか
かわらず、ピアノの初見となると、8 分音符や 2 連符や 3 連符が正確に弾けないのである。バスを間違い、
フレーズ感もなく、自分達が何を演奏しているのか理解していないようだった。つまり、ソルフェージュ
と楽典との間に、何の関連性もなかったのである。元来ソルフェージュとは、最も器楽や歌、内的聴力の
学習に結びついたものであった。コンセルヴァトワールでリズム、視唱、読譜と分化して訓練するメリッ
トがあったとしても、
分化したためにこれらの関連性や音楽の到達目標の意味を見失わせてしまったので
ある。
こうした反省が原動力となり、これまでのソルフェージュは1978年の改革を境に、名称自体も
「フォルマシオン・ミュジカル」に改められ、新しいソルフェージュ教育への改善が始まったのであ
る。それは、これまでのソルフェージュ教育を根底から否定し覆すものではなく、ソルフェージュ
教育(知識)と器楽教育(表現)の間に広がった溝を回復することを大きな課題とし、また実作品
をソルフェージュ課題の中にできる限り取り上げることで、音楽作品の理解と表現をより深め、身
につけることを目標とした教授法の改善なのである。その強い願いと意志が「フォルマシオン・
ミュジカル=総合的な音楽形成科目」という名称に託されているのである。
16)パリ国立高等音楽院において、ソルフェージュ科、ピアノ科、和声科、対位法科、フーガ科、音楽
史科を卒業。作曲家としてローマ賞受賞(1948 年)
、またピアニストとしてフランス国立管弦楽団
と共にド ビュッシーのピアノの全作品を録音し、レコード・グランプリも受賞(1954 年)している。
17)Odette GARTENLAUB,《Comment enseigne-t-on le solfège aujourd'hui?》, Bulletin de
l'Association des Professeur de Formation Musicale, No.23 février 1994, pp.2 ∼ 5. Odette
Gartenlaub,《La Formation Musicale au bicentenaire du Conservatoire National Supérieur
de Musique de Paris》, Bulletin de l'Association des Professeur de Formation Musicale, No.30 juillet
1996, pp.2 ∼ 5.
− 8 −
フランスの「フォルマシオン・ミュジカル」の変遷と改革
1.3 フランス文化省が発表した「フォルマシオン・ミュジカル」のカリキュラム
以下のカリキュラムの内容は、1978 年の改名に伴い、フランス文化省により公表されたもので
ある 18)。次の表の「学習課程」については、専門課程の前までが大きく3段階に分かれており、第
1課程から順に修了していく仕組みになっている。この第3課程を修了していることが、少なくと
も国立高等音楽院の入学試験の受験資格を得るための条件である。
【第1課程】
学習段階
音楽覚醒
ク ラ ス
入 門 1
年齢
5歳
(=幼稚園
年長クラス)
6歳
(=小学校
第1学年)
入 門 2
1週間の時間割
定員
2×45分
8
2×45分+1時間
(自由選択)
2×45分+1時間
(自由選択)
2×60分+1時間
(自由選択)
入 門 3
選択科目
15
15
15
修学年限
1年
・器楽合奏又は合唱。
・既存の様々な教育
メソードによる身体
表現。
(1時間)
各々の生徒は最低1
年間の合唱入門クラ
スの参加が必修。
1∼4年
(飛び級ま
たは、
一つ
の段階を2
回までやり
直すことは
可能。
)
試験・賞
無し
無し
無し
次の課題への進
級試験
(合格・不合格)
【第2課程】
学習段階
準 備
年齢
9∼10歳
(=小学校の第4
又は第5学年)
1週間の時間割
2×60分(楽 器 に
定員
よる読譜入門を含む
+1時間の選択)
2×90分
初 級
(楽器による読譜を
含む+1時間の選択)
中 級
(楽器による読譜を
含む)
2×90分
選択科目
15
試験・賞
3∼5年
器楽合奏
15
修学年限
又は合唱
15
(飛 び 級 ま
たは、
一つ
の段階を2
回までやり
直すことは
可能。
)
無し
次の課題への進
級試験
(合格・不合格)
【第3課程】
学習段階
年齢
修 了
1週間の時間割
2×2時間
定員
選択科目
15
・合唱
・器楽合奏
・書法入門
修学年限
3年まで
試験・賞
フォルマシオン・
ミュジカル修了
証書
(優・良の成績付き
又は、
成績評価無
し)
【専門課程】
学習段階
上 級
年齢
1週間の時間割
2×2時間半
定員
10
選択科目
修学年限
試験・賞
(専門課程の)
・入学試験
・メダル取得
試験
(註1)
(註1:評価は、第1メダル、第2メダル、第3メダルがある。メダル獲得により、国立高等音楽院の試験科目免除に
相当するレヴェルが保証される。)
18)Études de Formation Musicale, Direction de la Musique et de la Dance, Ministère de la culture,
Paris, 1978.
− 9 −
青森明の星短期大学紀要 第 25 号
次に、これら各課程の詳細に渡る「学習要項」について説明していく。各課程の一般的な修学年
数は、飛び級と再履修の場合を除けば、第1課程=4年、第2課程= 4 年、第3課程=3年、専門
課程=3年であり、「学習要項」は 14 年間の学習内容として考案されているものである。
2. フォルマシオン・ミュジカルの「学習要項」の全容と解題
以下に取り上げる内容は、1978 年にフランス文化省により公表された「学習要項」を参照した
ものである
(Etudes de Formation Musicale, Direction de la Musique et de la Dance, Ministère de
la culture, Paris, 1978, pp.14 ∼ 38.)。また、この「学習要項」に記載されている骨子について
教材を調べ、いくつかの具体例の抽出を試みたものである。中でも興味深いことは、導入から初期
にかけての第 1 課程については最も詳しく記述されていることである。
2.1【第1課程】
2.1.1「1 年目」(5 歳):学習要項の内容と教材からのサンプリング
第 1 課程の「前書き」として、まず以下の3つの注意事項が挙げられている。
・この課程の3年間は、同じ教員かまたは同じ教育チームによって指導すること。
・このプログラムはひとりひとりの資質を考慮に入れて、いくらか柔軟性をもって行うことも可能である。
・このようなプログラムの説明の中で、音楽の要素(リズム、メロディー、他)の分離的学習が必要だと思え
たとしても、できるだけ音楽全体の中で音楽を生かすことを目指して学習されなければならない。
A‐声とメロディ
Ⅰ.音楽作品の主題とうたの練習による声の教育。
発声の遊び:a)腹式呼吸。
b)声を出す、止める(ジェスチュア=身振りと結びついて)
。
c)安定した音 (グループでの斉唱)
。
d)声域の開発。(柔軟体操)
(物まね)
(移調)
(用語:低い音、高い音)
(概念:音が隣り合わせか、離れているか)
e)子どもの前言語的音声表現(レロレロ音)と様々な擬音語:発声の仕方−唇の遊び。
f)表現:音色の変化、音の強弱の変化。
Ⅱ.段階的な沢山の旋律的フレーズによる、反復、記憶、そして移調。
:‐声による、または様々な楽器により与えられたフレーズの反復。
‐著名な歌による内的聴力の学習。
‐よく理解された(学習された)教材の移調。
・提示されたフレーズの様々な表現−ダイナミック、リズム、旋法か長短調か−にいつも心を配らなければ
ならない。
・音楽的フレーズの中に少しずつ高揚する感覚や、休止の感覚を生み出していかなければならない。
・様々な音程の感覚を徐々につくり出していくように、歌や旋律の実例を選択していかなければならない。
− 10 −
フランスの「フォルマシオン・ミュジカル」の変遷と改革
B‐即興 可能な限り自由に個々の表現を探し求めること。
‐様々な音響物を創造し探求する。
‐自由な声の表現。
‐質問と答えの概要:(完全終止の概念)
、単旋律の最後で終止形の終止音の前で立ち止まり、
質問する。
音符の読譜
準備段階: ‐身振りと音を結びつける。
(註1)
‐(楽譜の)表記法の意味と関係性のある遊び:はやし文句付きの音に合わせて横に移動する。
‐線と間に“まるいボンボン”を置く。
段階的に音の範囲は、以下の音域に広がっていく。
a)
b)移動する音部記号へ
(註 1)S. ALLERME, S. VILLEMIN, Dessine-moi une chanson, manuel d'éveil musical, volume 1, Henry Lemoine,
Paris, 1995, p.7.
1.笛(グリッサンドできるもの)で音が上昇する動きを聴かせる。
−どのように聴こえたか、腕を使って空中に音の動きを描く。
−うたってみる。
−腕の動きとうたと一緒に。
(私のドアを叩くのは誰?)のメロディーの動きを手で空中に描きなが
2.
《Qui frappe à ma porte ?》
ら歌う。
(もう一度教師のまねをしながらうたう。
)
以下の事項に留意すること。
‐楽譜の読み方と記譜の方法を関係付ける。
(註2)
‐心の中で読む時間を慎重に準備する。
‐グループ中の複数の音の名前を素早くつなげて読めるよう援助する。
(註3)
‐遊びながら視覚的に音の幅の感覚に慣れる。
‐1音1音だけで認識することは避ける。
‐重ねられて書かれた音を覚える。
− 11 −
青森明の星短期大学紀要 第 25 号
(註 2)Raoul CARPENTIER, La formation de l'oreille chez les débutants, Henry Lemoine, Paris,1968, p.3.
(註 3)Marie-Hélène SICILIANO, Ma 1ère année de Formation Musicale, H.Cube, Paris,1995, p.11. まず黙読して
から音名で読む。隣り合わせの音、そして間が離れた音。
リズム
‐1年目のはじめから拍とリズムを区別することが重要である。筋肉の充分な自立のためには、拍
とリズムを正確に表現するための身振りは、少なくともはじめの2課程の間は、同じ身振りのま
ま行なわなければならない。
‐唇の上で、声に出してリズムを表現することは、筋肉の一部分を使う利点があり、その筋肉はリ
ズムの読譜、歌、そして内的聴力の感覚においても同様に使われているからである。
‐次々につなげられた短い発音、または擬声音は、非常に短いフレーズと同様に最も多様なダイナ
ミックを示すことが可能である。とりわけ跳躍(満ち潮)のはじめの強調と、そして落下(引き
潮)の継続的な強調を表現する場合。別な言い方をすれば、
“弱拍・強拍”の解釈をともなった表
現をする場合。
‐子どもの“自然な速度(心拍数)
”(約 110 /1分間)の理解を踏まえておくことは、リズミカル
な表現の条件となる(大人は 75 /1分間)
。平均速度以下になると、リズムは活力が失われ、そ
の結果ダイナミズムが失われる。書くことや読むことは、まず身体感覚の開発の後に関与してく
る事柄である。単純なリズム譜は、書取りや読譜においては別個に理解される必要があるからで
ある。
‐楽器の響きによる音の長さと休符;
‐休符の概念。
‐強拍、支えの発見。
‐アウフタクト
‐強拍の周期性(小節線を予測する)
。
‐3拍子の感覚へのアプローチ。
‐同様にして、リズムの長さ自体が感覚の遊びにおいて活用され、またそれは不規則な強
拍(変拍子)についても同じである。
− 12 −
フランスの「フォルマシオン・ミュジカル」の変遷と改革
聴きとり
・こうした学習においては、注意の心理的な状況について、特に気を配らなければならない。
・聴きとりの遊びの様々な提示の仕方を通して、こうした注意力を促し維持していくよう配慮しなければな
らない。
‐音の動向の指導(身振りと結びつけて、著名な歌を参照して)
。
‐音の長さ(身振りと結びつけて)
。
‐音の強さと強さの様々な変化(身振りと結びつけて)
。
‐話し言葉・うた・楽器・様々な音響物、の音色の認識。
(註4)
‐口頭での即答(聴きとりを口頭表現で行う)
。
(ソルフェージュの授業の中で学んだことのある歌に関係があるもの。)
‐口頭でのリズムの即答:単純なリズム譜と完結したリズム譜で。
(リズムの聴きとりは、いろ
いろな響きの楽器や声、そしてできればいくつかの音、または音色によって与えられる。
)
‐記憶と内的聴力の学習(内的聴力の学習を容易にするために、学習の諸段階において音の名
前で即興する事も可能である)
。
‐微妙な音程(ピッチ)に対しての敏感さを養う。
(註 4)S. ALLERME, S. VILLEMIN, Déssine-moi une chanson, manuel d'éveil musical, volume 3, Henry Lemoine,
Paris, 1995, pp.27, 39, 51.
各楽器の実際の曲の抜粋を聴かせて、その音色の楽器を当てて聴いた順番に数字を書き入れる。
(この前段
階では何回かに分けて、各楽器を紹介し演奏を聴く。
)
2.1.2「2 年目」(6 歳):学習要項の内容と教材からのサンプリング A‐声とメロディ (1 年目の学習の続き。
)
Ⅰ.うたを通しての表現:a)スタッカート、レガート。
(註5)
b)言葉の可能性に結び付けられたダイナミックの探求。
声の遊び:a)身振りと結びつけて。
b)維持された音。
c)注意を引きつける。
(歌いながら同時に別々に与えられた合図に惑わされない;ある旋律に引
きずられないように他の音を保つ、別の旋律に引きずられないように別の旋律を保つ…。
)
d)柔軟性:次第に狭まる音程。一定の音程の中で制御されたグリッサンド。
e)子どもの前言語的音声表現
(レロレロ音)と様々な擬音語:アーティキュレーション、唇の遊び。
、> (ディミヌエンド)
、専門用語。この点については、音の
f)強さ:< (クレッシェンド)
強さ、高さ、動き、は別なものとしてとらえるように注意すること。
− 13 −
青森明の星短期大学紀要 第 25 号
g)オクターヴ高い(低い)
、または子どもの平均的声域外の音、またはモチーフの動きの再現。
(註 5)Marie-Hélène SICILIANO, op. cit., p.16.
スタッカートとレガート、テヌート、クレッシェンドの表現と反復記号の意味。記号の意味と言葉を覚える。
Ⅱ.段階的な沢山の旋律的フレーズによる反復、記憶、そして移調:初歩的なフレーズの即座の記憶と移調。
Ⅲ.音程の名称:聴覚の認識;子どもの声域の中で与えられたある一つの音をもとにして、音名なしで声で音
。和声的な音程の固有の響きと機能性。
程をとる育成、そして感覚的な移調(1 年で3つの音程)
B‐即興
‐対話のあらゆる型を通しての表現の探求。
(註6)
‐テキスト(自由な即興を続けていく)上での、リズミカルな構成での即興。
‐リズム的な、またはリズム=メロディ的なオスティナートの上での即興。
(註7)
‐質問と答え(半終止、または中断したフレーズの概念)
。
‐音響物、または楽器類での遊び方の洗練(結びつき:身振りと音)
。
(註 6)Marguerite LABROUSSE, Cours de Formation Musicale 1ère année, Henry Lemoine, Paris, 1993, p.56.
(1 曲目は知っている曲で。
)
歌ってから続きを即興しフレーズを終わらせる。
(註 7)Marguerite LABROUSSE, Cours de Formation Musicale 2ème année, Henry Lemoine, Paris, 1994, p.85.
何回か聴いた後で、声または楽器でメロディーを即興する。
− 14 −
フランスの「フォルマシオン・ミュジカル」の変遷と改革
音符の読譜 (1 年目の同じ学習方法の繰り返し。
)
‐単純なリズム譜を話す(音程をつけずに読む)読譜。
‐音の名前で歌う読譜。リズムなしで、短くて音楽的なフレーズでの。
‐休止符やフレージングと合図を結びつける。
リズム (1 年目の学習の続き。
)
‐リズムのカノン。
‐注意を引きつける遊び:同じテンポの中で、あるリズムグループが他のリズムグループにつられな
いようにする。
‐リズムの個別な特徴の感覚。
‐実作品の書取り(バルトーク参照)の形態での、不規則なリズムの長さの発見。
‐新しいリズムグループの聴きとりと読譜の認識。
‐いくつかのリズムグループの反復。
‐初歩のタイの活用(拍の上の)
。
‐いくつかのリズムグループ同士の結びつき。
‐口頭でなされた後で筆記する書取り。音符なしで短い単位で。休符や音の長さを含む。
聴きとり
‐様々な音の、長さ・強さ・音色・高さ・方向、のための身振りと関連づけられた聴きとりの継続。
‐実例の、さらに大きな多様性に取り組む。より敏感に様々な相違の判別を洗練させる。
‐表記法(書法)の要素:口頭での即答と関係して行なわれる。聴きとりは、よりすばやく行なわれ
るように、いかなる道具や書取りのテクニックも必要とはしない。リズムや音楽の流れの区切り(強
さやニュアンス)の同時的表記の訓練が必要である。
2.1.3「3 年目」
(7 ∼8歳)
:学習要項の内容と教材からのサンプリング
A‐声とメロディ (歌による2年目の学習の継続。
)
Ⅰ.歌を通しての表現:a)実作品に由来する、単純な主題に同時に取り組む。
(註8)
b)2声のカノンに取り組む。
声の遊び:a)声の育成の継続。
b)知覚と旋律的な発声の洗練。
c)次第に複雑なものに近づけていく。
d)あらゆる表現の変化のすばやさ。
e)音色や響きについて多様性のある学習。
Ⅱ.反復、記憶、移調:a)より長いフレーズ。
(註9)
..
。
b)様々な構成:二部形式、ロンド形式、etc.
(註 10)
c)限定することなく、調性の感覚を敏感にする。
d)変化(転調)と緊張の感覚を敏感にする。
Ⅲ.音程の名称;聴覚での、そして声の表現での認識。
− 15 −
青森明の星短期大学紀要 第 25 号
(註 8)Jean-Clément JOLLET, Formation Musicale volume 1, IM1-IM2(Débutants 1 et 2), Gérard Billaudot, Paris,
1988, p.30.(※スペースの都合上一部分の掲載のみ。
)
(註 9)M. GONZALES, A. Le FORESTIER, A. LOUVIER, Textes d'examen de Formation Musicale 1986, Alphonse
。
Leduc, Paris, 1986, p.11. メロディーの記憶(3 回聴く)
(註 10)Jean-Clément JOLLET, op, cit., p.53. 1 ∼ 4 小節まで伴奏付きで聴きながらメロディーを記憶する、または
全声部を聴きながら旋律を書き取る方法。
または5箇所の間違いを聴きながら指摘する方法。
旋法、
著名な曲で。
B‐即興 (2 年目と同様の学習の続行。
)
個々のまたはグループでの表現を、形式にあてはめて継続させる。
‐様々な構成:ABA、ロンド、主題と変奏、ジャズ・コーラス。このような学習は、後に楽器を用い
て行なわれる。
)
音符の読譜 (2 年目の継続。
‐単純なリズムと結合した読譜。
(註 11)
‐子どもの声域に応じた歌う読譜。
第 1 課程の終わりでの読譜の音域の見通し。
a)
b)移動する音部記号へ
− 16 −
フランスの「フォルマシオン・ミュジカル」の変遷と改革
(註 11)Marguerite LABROUSSE, Cours de Formation Musicale 2ème année, Henry Lemoine, Paris, 1994, p.85.
リズム (2 年目の学習の継続。
)
‐次第に長くなった形式のもの、3拍子で書かれたもの。
‐新しいリズムの獲得。
(註 12)
‐タイ、対応する休符。
‐学習されたリズムの書取り。
聴きとり はじめの 2 年間の学習は、同じ方針の下で続けられる。
少しずつ以下について探求していく:‐より長い注意力。
(註 13)
‐書取りの正確さとすばやさのテクニック。
‐次第に長い、そして複雑な音楽作品の一部分の記憶。
(註 12)Michel LAB, L'odyssée du Rythme, Alphonse Leduc, Paris,1989, p.15.(※スペースの都合上一部分の掲載
)
のみ。
(註 13)Réunies par J.-C.JOLLET, Dictées musicales volume 1:cycle 1-IM3, Paris, 1990, p.15.
(※スペースの都合上一部分の掲載のみ。
)
区切らず通して弾かれる。シシリエンヌのリズム。
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青森明の星短期大学紀要 第 25 号
2.2【第 2 課程】−各段階の指導内容と試験の項目−
2.2.1 第2課程に入るための通過試験の項目
口述
音 符 の 読 譜:ト音記号とヘ音記号の2つの音部記号の範囲で、水平(音程をつけず、一定のテンポで音名
で読む)と垂直(大譜表の和音等を上から、または下から音程をつけずに音名で読む)の読
み方で。
リ ズ ム の 読 譜:口頭で、叩いて、または音程をつけずに音名を読む。
歌 う 読 譜:ト音記号で、和声的または対位法の伴奏を伴ったもの。
記 憶:教師によって歌われた、または楽器で演奏された短いフレーズの記憶と、生徒による歌での
再現。
耳 か ら の 移 調:1つのフレーズ(音名なし)で。
音 色 の 認 識:例)フルート、オーボエ、ファゴット、チェロ。
2つの音の音程:長音程、短音程、完全音程。
(イントネーション。
音名を明確に述べないで。)
筆記 ・やさしい一声の書取り(調性の、または旋法のもの)
。
・やさしいリズムの書取り(短い部分的な)
。
・理論:フレーズの終わりのカデンツの基礎的知識。音楽作品を参照した質問。
この試験の項目については、第 1 課程の教育に携わっていた教師、または教育チームの承認付きの添付書類の中
で明確にされた指導内容と、必ず関係付けられて出題されなければならない。
2.2.2 準備コース(9 ∼ 10 歳)の指導内容
口述
音 符 の 読 譜:ト音記号とヘ音記号‐テノール記号又はアルト記号‐の水平と垂直の読譜。
リ ズ ム の 読 譜:口頭で、叩いて、または音程をつけずに音名を読む。
器 楽 の 読 譜:いくつかの音での、または打楽器でのリズムの読譜。
歌 う 読 譜:伴奏付き、二声で。
伴奏なしのイントネーション:全ての長音程、短音程、完全音程。加えて、増4度、減5度そして増2度。
記 憶:単純なものと複雑なもの。
移 調:短いフレーズの耳からの移調。
即 興:声と楽器(第1課程の学習の続き)
。実践により感覚を敏感にする。即興の様々な方法で(口
頭の伝統的な音楽、ジャズ、etc.
..
)。
教師のピアノでなされる転調の練習:2度の上行または下行、3度の上行または下行。
筆記
書 取 り:一声。二声の手ほどき(様々な楽器で)
。
リズムの書取り。
間違い探しの練習。
実 践 的 理 論:日常用いられる−長三和音、短三和音、属七−調性音楽の記号、etc.
..
。
分 析:旋律的フレーズ(特徴、アクセント)−基本的な形式−ロンド。
音色の認識。
録音されたものの聴き取り。
(6 ∼ 8 つ。1 年間に少なくとも。
)
− 18 −
フランスの「フォルマシオン・ミュジカル」の変遷と改革
2.2.3 初級コースの指導内容
口述
音程なしの読譜:ト音記号、へ音記号、テノール記号、アルト記号。
(トリオ、カルテット。
)
リ ズ ム の 読 譜:口頭で、叩いて、または音程をつけずに音名を読む。
器 楽 の 読 譜:(準備コースと同様。
)
読 む 移 調:変化(臨時)記号なしで、よく学習された音部記号で。
歌 う 読 譜:伴奏付きのもの、ト音記号とヘ音記号のもの、そして二声のもの。
(伴奏なしで、正しい音程で。
)
イントネーション:
記 憶:(フレーズ、またはリズムの)準備コースと同様に。
移 調:準備コースと同様に、耳からの移調。
即 興:準備コースと同様に。
筆記 ・一声の書取り、ト音記号とヘ音記号(ピアノ、または楽器で)
。
・単純な二声の書取り、ト音記号とヘ音記号、2つのト音記号又は2つのヘ音記号で。
・リズムの書取り。
・2つと3つの音の書取り‐長三和音と短三和音;基本形、属七を加えて。3つの音の寄せ集め(開離)
。
・間違い探し。
・記憶(書かれたフレーズの)
。
・転調の練習、準備コースと同様に。
・実践的な理論。
・分析。旋律的なフレーズ、基本的な形式(メヌエット)のもの。
・音色の認識。
・録音の聴きとり(少なくとも 6 ∼ 8 つ)
。
2.2.4 中級コースの指導内容
口述
音程なしの読譜:ト音記号、へ音記号、テノール記号、アルト記号、ソプラノ記号。
(準備コースと同様の方針で‐水平と垂直の読譜‐トリオとカルテット。
)
リ ズ ム の 読 譜:拍子の変化。5拍子と7拍子。
器楽の読譜。
読む移調と歌う移調。
歌 う 読 譜:一声と二声。
記 憶:(初級コースと同様に。
)
再 現:声での、そして器楽での。
即 興:(声と楽器)実践により感覚を磨く。
即興の様々な方法で(口頭の伝統的な音楽、ジャズ、etc.
..
)。
筆記 ・一声の書取り、ト音記号とヘ音記号、より広げられた音域で。
・二声の書取り(ピアノまたは他の楽器)
。
・和声の書取り。整理された(密集)2∼4つの音の。属七と転回形。
・3つの音の寄せ集め(開離)
。
・リズムの書取り:単声、次に二声。
・間違い探し。
・移調して書く。
− 19 −
青森明の星短期大学紀要 第 25 号
・記憶したものを書く。
・実践的な理論。
・分析。数字付き和声、基本形、属七そして転回形。作品の分析。
・録音の聴きとりと確認。
2.3【第 3 課程】−通過試験、指導内容と第 3 課程修了証書の取得試験−
2.3.1 第 3 課程に入るための通過試験の項目
口述
音程なしの読譜:5つの音部記号(作品のシークエンス)
。
リ ズ ム の 読 譜:口頭で、叩いて、または音程をつけずに音名を読む。
器 楽 の 読 譜:器楽によるリズムの読譜。
再 現:読譜、または聴きとりの後での、生徒の楽器による作品の断片の再現。
移 調:読む移調と歌う移調。
即 興:声または楽器で。
筆記 ・一声の書取り。非常に音域の広がったもの。ト音記号、ヘ音記号。
・二声の書取り。
・和音と寄せ集め(開離)の書取り。
・間違い探し。
・記憶。
・リズムの書取り。
・分析。カデンツ、数字付き和声。
・主題の認識。
・旋律と形式に関する分析。
2.3.2 修了コースの指導内容
口述
5つの音部記号の読譜:器楽の楽譜とオーケストラのスコアのシークエンス。
器 楽 の 読 譜:演奏の指示(テンポ、フレージング、etc.
..
)の有るものと無いもの。
リ ズ ム の 読 譜:器楽によるリズムの読譜。
2つの楽器による読譜。
記 憶:歌われた、または演奏された作品の一部分の。
再 現:作品の一部分の読譜の後に、器楽で再現する。
器楽の認識。
声または器楽の即興。
筆記 ・書取り:(ピアノ、または器楽の)作品から。一声、二声、そして三声の書取り。
・和音の寄せ集め(開離)
。
・間違い探し(作品からのシークエンス)
。
・認識と再現:(ソナタ、シンフォニー)の中のある主題の書取り再現する。
・実践的な理論。
・旋律と形式に関する分析。
− 20 −
フランスの「フォルマシオン・ミュジカル」の変遷と改革
・録音の聴きとりと確認。
2.3.3 第 3 課程修了証書の取得試験
口述 器楽と声による読譜は以下を含む:
a)指示(速度、フレージング)付きの読譜。
b)指示無しの読譜(生徒は速度やフレージングの復元を見つけ出すよう試みる)
。
c)フレーズの移調。
d)2つの楽器、または2つの声と結びついた多声的読譜。
e)短い楽譜の一部分の読譜により記憶し、楽器で再現する。
聴覚的テスト
・音色、高さ、ダイナミック、リズム、音の出し始めの調性(旋律的、
多声的、和声的)の認識。
・歌われた、または演奏された楽曲のフレーズの(生徒の楽器での)再現。
・多声的な作品の、声部の一つの再現。
・声、または楽器による即興。
筆記 a)第1、第2、第3課程で学習された内容を総括した(作品から抽出の)書取り。
b)間違い探し(作品の一節)
。
作品の2つの断片の分析:一つは読譜の後に、もう一つは聴きとりの後に。
2.4【専門課程】−入試、指導内容と試験−
2.4.1 専門課程への入試について
このコンクールの試験内容は、一方では第3課程の終了時の学習内容に応じたもの、またもう一
方では国立高等音楽院が定めたレヴェルの要求に応じたものが選択される。
2.4.2 上級コースの指導内容
口述 音程なしの読譜:7つの音部記号‐水平・垂直‐トリオ、カルテットの楽譜の読譜。
リ ズ ム の 読 譜:楽器と口頭で(あらゆる拍子、変拍子、現代音楽の表記法)
。
再 現:リズミカルで旋律的な形式の、口頭または楽器での再現。
移 調:読む移調と歌う移調。器楽と声での移調。移調楽器:
例)ヴァイオリンで B 管のクラリネットのパートを演奏、他。
歌 う 読 譜:ト音記号、またはヘ音記号。
筆記 ・一声の書取り。ト音記号、またはヘ音記号。
(非常に音域の広がった−あらゆる調性−小節線のある、または無いもの)
。
・二声と三声の器楽の書取り。
・整理された和音(密集)と寄せ集めの和音(開離)の書取り。
・間違い探し。
・作品から聴き取られた主題の認識と再現。
・リズムの書取り。
・理論:全体の復習(無調のもの、複調性のもの)
。
・分析:数字付き和声‐非和声音‐、作品の旋律と形式の分析。
− 21 −
青森明の星短期大学紀要 第 25 号
2.4.3 メダル取得試験の項目
口述 ・総譜の中での7つの音部記号を音程をつけずに読譜する。
・リズムの器楽による読譜。
・ト音記号とヘ音記号での歌う読譜。
・読む移調と歌う移調。
・記憶と再現。
筆記 ・非常に難しい、一声の書取り。
・器楽による三声(または二声と三声)の書取り。
・和音と3∼5つの音の寄せ集め(開離)
。
・間違い探し。
・リズムの書取り。
・主題の認識と移調。
・音楽作品から参照された理論。
・楽曲の分析。
以上が、フォルマシオン・ミュジカルの「学習要項」の全容である。これらの「学習要項」の内
容に合わせて、フランスでは 1978 年以降に「フォルマシオン・ミュジカル」のための新たな教材
として出版されたものだけでも、各社から数えきれないほどの教材が出版されている。その内容に
ついては、各学習段階の目的が整理され、学習項目も分類されているものから総合的に包括された
ものまで様々である。分類されているもので一例をあげれば、歌うためのテキスト、読譜のための
テキスト(歌に限らず器楽も含む)、手書きの楽譜に慣れるためのもの、リズムのもの、書取りの
もの、初見のためのもの、分析のためのもの等、いくつかのカテゴリーに教材の種類を分類するこ
ともできるが、かつてのソルフェージュの教材と大きく異なる点は、どのカテゴリーの教材におい
ても学習内容に融合性があり、音楽の総合的な学習を目指していることである。各カテゴリーが包
含している更に詳しい学習内容の項目については、上に取り上げた「学習要項」そのものの内容
が、各課題の学習の目的を明確に示しながら徹底的に整理されている。また、教材として取り上げ
られている作品は、そのほとんどが実作品からの引用であり、時代(18 世紀から現代のものまで)
や形式も様々に網羅されており、中には音楽史の内容も意識的に組み込まれたものも見うけられ
る。実作品の選択はインターナショナルであり偏りが無く、またピアノの作品に限らず、歌曲やそ
の他の楽器の作品、そして室内楽やオーケストラの作品にまで及んでいる。長短調や旋法も実作品
を引用して取り入れられ、
ソルフェージュ教育を通して様々な作曲家の実際の作品を学びながらそ
の書法に親しみ、音楽的な理解を深める下準備の狙いがあるものと思われる。歌の教材に関して付
け加えるならば、アーティキュレーションはかなり厳密に書きこまれており、また様々な国の音楽
はその国の言葉のまま歌詞を載せているものも見うけられる。
かつてのソルフェージュのために作
曲された課題集の跡は、現在ではほとんど皆無に近く、教材の素材はまさに演奏者のレパートリー
そのものである点が特徴として挙げられるだろう。また、読譜の例をひとつ取り上げるだけでも、
それは歌うだけではなく、読み、記憶し、楽器で表現し、移調し、分析する等、もはや一般的に理
解されている「視唱」
(単に初見で歌うこと)の領域に留まらない。
「視唱=ソルフェージュ」であ
ると簡単に片付けるわけにはいかないのである。
− 22 −
フランスの「フォルマシオン・ミュジカル」の変遷と改革
2.5 教員の2つの国家資格試験
上に参照してきた「学習要項」の細かい項目分けと長期(一般的に14年間)の展望の視野に立っ
た指導計画の実施が、フランスのソルフェージュ教育の現場では要求されているのである。そこで
さらに重要なことは、これらの「学習要項」の内容を指導できる教員の育成である。フォルマシオ
ン・ミュジカルへの改革は、即ち「教授法の見なおし」と言い換えても過言では無いだろう。した
がって指導者の能力の保証を意味する、教員資格試験の見なおしと更なる充実は必須の課題であ
る。以下に記述する「教員資格試験のための2つの国家試験」の内容は、1994 年にリル市とアミ
アン市で実施されたものであり、参考のためあえて取り上げた。以下、野平多美氏の論文 19) を参
照した。
【フォルマシオン・ミュジカル 第1課程・第2課程、教員資格国家試験】
(Diplôme d'Etat de Formation Musicale)
第一次試験 ・一声部が空白になっている聴音。例)ハイドンの弦楽四重奏のある 15 小節。
・聴きとりの分析(楽譜を見ないで楽曲を聴き分析する)
。主題のチェック、数字付き低音による和
声分析、使用楽器について述べる。例)プロコフィエフ「キージェ中尉」の曲頭部分。
・比較分析(2時間)
。例)C.ドビュッシーとG.ロパルツの同じ詩による作品についての比較分析。
「冬よおまえは嫌なだけ」(
「シャルル・ドルレアンの三つの歌」より)
。
・編曲(小編成、6∼7つの楽器のための編曲、3時間。
)
本試験 ・専門楽器の演奏。
・初見視唱。例)プーランク、ラヴェルの歌曲。
・ピアノの初見演奏(歌曲の伴奏)
。例)プーランクかシューマン。
・旋律にピアノで和声付け(キーボード・ハーモニー)
。例)ヘンデル、ハイドン、ベートーベン。
・教育法− 45 分の教育実習−。
(専門課程を含まない全ての課程を対象として。
)
・審査員との 15 分間の面接。
以上の試験に合格すれば、フォルマシオン・ミュジカルの第1課程と第2課程を教えることがで
きる資格が、国から与えられるのである。この資格を取得した上で、2 つ目の国家試験を受験する
ことができる。以下が、第3課程と専門課程を教えることができる資格の、国家試験の内容である。
【フォルマシオン・ミュジカル 第 3 課程・専門課程、教員資格国家試験】
(Certificat d'aptitude de Formation Musicale)
第一次試験 ・聴きとりによる分析。
・ある作品の一部分の分析(1時間)
。20 分間、審査員の前で曲の分析をし、その曲を授業で実践的
に扱うことの意味や、興味のあることがらを示す。
・ピアノでの初見の弾き歌い。
・6時間の実施時間で、文学作品から引用されたテキストにより歌曲を作曲する。条件として、一つ
か二つの楽器を使用する。
・歌曲の視唱。
19)野平、前掲書、198 ∼ 200 ページ。
− 23 −
青森明の星短期大学紀要 第 25 号
本試験 ・専門楽器の演奏。
・即興:①旋律に伴奏をつける、②二声の曲の即興、③リズムの即興。
・教育法(25 分の実際の授業を審査員の前で行う)
。①小さい子どもに対する教育実習。
②第 3 課程から専門課程に対する教育実習。
・合唱の指揮と指導(12 人の生徒の合唱団で行う)
。
・審査員との面接。
以上の試験項目は、年々若干の変化が見られ、固定されたものではない。過去に割愛された項目
の中には、
「読譜をして記憶し(楽器に触れずに)、短い時間でイメージ・トレーニングをした後楽
器で再現する」項目や、「楽譜を見ながら演奏を聴き、演奏者が故意に間違えた個所を指摘する」
間違い探しの項目も見られた。この内容によれば、フォルマシオン・ミュジカルの教師には演奏家
でもあり、理論家でもあることが求められている。むしろ理論の内容の比重は、非常に大きい。
3. 日本の音楽教育の轍
日本のソルフェージュ教育は、
1960年頃からその教授法を模索しつつ始まったといえるだろう。
それ以前の音楽教育の状況は、概ね以下の通りであった 20)。
1941 年(昭和 16 年)
国民学校において移動ド唱法から日本音名「ハニホヘトイロハ」を用いる音名唱法を文
部省は採用した。軍部の強い圧力によるものであった。
1946 年(昭和 21 年)
終戦後、日本の音名唱法は歌いにくく、派生音の扱いにも困ったため東京音楽学校にお
いて読譜唱法協議会が開催され、移動ド唱法の採用が決議された。
このような状況から、大きく進展しはじめるのは、1953 年(昭和 28 年)以降の「国際音楽教
育会議」
(International Society for Music Education、以下 I.S.M.E. と略称)が音楽教育の国際
交流の役割を大きく果たしたためであった。以下に重要な出来事を列記していく。
1953 年(昭和 28 年)
第 1 回 I.S.M.E. ベルギー(ブリュッセル)大会。テーマは「学校及び社会教育における音
楽の位置と役割」
。62 カ国の招請に対し出席は 40 カ国から 400 名。日本から代表 3 名が
送られた。武蔵野音楽大学音楽学部長、福井直弘、東京芸術大学音楽学部教授、池内友次
郎、声楽家 松田トシ。
1963 年(昭和 38 年) 第 5 回 I.S.M.E. 日本(東京)大会。テーマは「音楽と音楽教育の世界における東洋と西
洋」
。44 の研究発表の中には以下のものも含まれた 21)。
「フランスにおける音楽教育について」Pierre Auclert(フランス)
「ハンガリーにおける音楽教員の養成」Szonyi Erzsebet(ハンガリー)
「音楽教育への新しい道」Dr. Egen Kraus(ドイツ)
「音楽教育における創造性」Vanett Lawler(アメリカ)
海外の音楽教育についての情報が、日本の大会により東京で発表された意味は大きいであろう。
一方、この第 5 回 I.S.M.E. 東京大会の 1 年前にはカール・オルフが来日している。
20)木村信之、
『昭和戦後 日本音楽教育史』
、音楽之友社、
1993年、25∼26、
188∼213ページから参照。
21)木村、前掲書、191 ∼ 192 ページ。
− 24 −
フランスの「フォルマシオン・ミュジカル」の変遷と改革
1962 年(昭和 37 年) オルフによる講演、実演、また映画等により「子どものための音楽」の成立や理念及び
実際を紹介し聴衆に強い感銘を与えた。この状況はテレビでも放送された。東京、名古
屋、大坂、福岡、札幌、仙台の 6 箇所で行なわれた。
1963年(昭和38年)
ハンガリー大使館に於いて「コダーイ・システム」の講演、東京の日仏会館に於いても「コ
ダーイ・システム」
についての講演が行なわれ、映画
「子どもらは歌う」も上映された。
1964 年(昭和 39 年)
I.S.M.E. ハンガリー(ブダペスト)大会では日本からツアーで 30 名参加し、コダーイ・シ
ステムについて認識を深めた。
これらの他に、戦後の音楽教育の特徴として以下の音楽教室の創設と発展があげられる。
1945 年(昭和 20 年)
ヴァイオリンの鈴木鎮一氏による「才能教育研究会」創立。
1954 年(昭和 29 年)
日本楽器製造株式会社(現ヤマハ)の「音楽教室」設立。
1956 年(昭和 31 年)
河合楽器製造株式会社(現カワイ)の「音楽教室」設立。
1961 年(昭和 36 年)
カワイでは、グループ・レッスンや、技術の習得だけでなく歌唱、鑑賞、また合奏も取
り入れられた。1967 年(昭和 42 年)にはその成果を『音楽教育学』
(カワイ楽譜)にま
とめて刊行し、更に昭和 45 年にはアンサンブル重視、技術的観点からの教材の整備、遊
びの学習形態の導入などによる、教育法の改訂が行なわれた 22)。
ちなみに現在の桐朋学園大学の母体である、附属「子供のための音楽教室」は、1948 年(昭和
23 年)に開設され、器楽教育の他に聴音、視唱、音楽史、後には合奏のクラス授業を実施した 23)。
前述したオルフやコダーイのメソードは、日本で応用する限界(自国の歌は他国のものとは別個
であること、母国語のイントネーションとリズムの問題、等々)を指摘されながら、結果的には音
楽教育の手法として部分的に活用される範囲にとどまっているといえよう。一方、音楽教育研究の
分野では、
「日本音楽教育学会」の設立により、1970 年(昭和 45 年)の第 1 回総会・研究発表以
降、日本に於ける音楽教育研究の取り組みがようやくはじまったとされている。
ここで、日本の音楽大学に視点を移せば、一般的な音楽学校が 4 年制大学(音楽学部)として組
織が拡大され、そのカリキュラムが(声楽の他に器楽、作曲、等の学科を設置して)整備されはじ
めたのは、ほぼ 1960 年前後からといえるであろう。それから約 40 年を経た現在の状況は、音楽
科を設置している高校・短大を含めればかなりの数の音楽学校が設立されるに至った。しかし、日
本の音楽教育の特徴ともいえるが、日本の音楽大学(高校、短大も同様)は、組織の面から見れば
ピアノ専攻と声楽専攻の学生が圧倒的大多数を占め、その他の専攻(弦・管・打・作曲・指揮・音
楽学等)とのバランスは保たれていない。フランスの音楽学校でのピアノ専攻の学生数も近年上昇
しつつあり最も多いとはいえ、それでも全国平均で全体の 17%である 24)。フランスの場合、室内
楽の学習は成り立つが、日本の状況では困難と言えよう。また音楽教育の重要な基礎科目の面から
見れば、理論やソルフェージュの科目は充分に機能し実践的であるといえるだろうか。また、研究
者同士(音楽教育家、演奏家、作曲家、音楽学関係者等)の交流や教授法の研究は活発に成されて
きたであろうか。一例としてあげれば、『音楽大学学校案内』(音楽之友社)の 1982 年(昭和 57
22)木村、前掲書、221 ∼ 222 ページ。
23)
「桐朋学園大学」『ニューグローブ 世界音楽大事典 11』
、講談社、1993 年、442 ページ。
24)Notes de documentation; le piano, Cité de la musique, Paris, 1997, p.2.
− 25 −
青森明の星短期大学紀要 第 25 号
年)∼ 1999 年までの 18 年間の入学試験のソルフェージュと楽典(理論)の入試問題では、各音
楽大学の出題傾向のパターンは固定化し、ほぼ変化がみられないことがあげられる。パターンがあ
ること自体は問題ではないと思われるが、器楽(声楽も含めて)の課題のレヴェルとソルフェー
ジュの課題のレヴェルがかけ離れて意味を成すのだろうかという一つの疑問が出てくるのである。
また受験者にとって、ソルフェージュ教育の目的の大部分は、受験校の出題パターン(または一部
分)を訓練することに集約されてはいないだろうか、という疑問である。今日においても、器楽の
訓練の中でのソルフェージュ教育は、いわば副科であり器楽教育から分離し、常に楽器(主にピア
ノ)が中心であるのが日本の現状である。しかしフランスの音楽教育の現状は別の内容を包含して
いることも事実である。最後にまとめとして、器楽教育に必要なソルフェージュ教育とは何か、ま
たその原点(目的)は何であるかを確認していきたい。
お わ り に
永富氏は、今から 18 年前に出版された《ピアノとソルフェージュ》
(
『最新 ピアノ講座Ⅲ』
、音
楽之友社、昭和 56 年、67 ∼ 70 ページ)の項目の中で次のようにソルフェージュ教育の必要性を
語っている。
「ピアノ教本の冒頭の部分は、ピアノを用いてソルフェージュの勉強をしているのに
他ならない。
(中略)最も基本的な意味におけるソルフェージュとは、ヨーロッパ音楽の原理を学
び(楽典)
、楽譜の読み方(読譜)とその正しい表現(演奏)を学ぶものである。」と定義している。
また「ピアノという楽器の特徴から生じる長所・短所をよく見極めて、その短所を補うソルフェー
ジュの訓練が、ピアノの授業を補完する形で行なわれるべきであろう。
」と器楽教育との不可欠な
関わりを記述し、更に「ピアノを学びながら、常にピアノ以外の世界を経験し、つながりをもつこ
とは、偏りのない基礎をもつ音楽家に成長することに道を開くだけでなく、ピアノの演奏そのもの
を、豊かな、ニュアンスに富んだ、幅広い表現力をもつものにするのである。
」と音楽教育の総合
性の必要を述べているのである。われわれはこれらの言葉の意味をよくかみしめねばならない。
一方ヒンデミットによれば、その著書 25)のまえがきの中で、
「音楽家が、その専門にすぐれてい
たり、あるいは声楽的な技術に卓越しているだけで、音楽の微妙なメカニズムについての完全な知
識をもたない人々を、すぐれた音楽家とした時代は過ぎ去ってしまった。今日の大家の中で、リス
トやルービンシュテイン、もしくはヨアキムといった人々の理論的知識に匹敵するだけのものを
持っている人が、どれほどいるだろうか。
(中略)理論的な知識は、たしかに、バイオリニストの
指の技術を直接には改良しないだろうが、彼の音楽上の視野を拡大したり、作品を再現する能力に
影響を与えないといえるだろうか。
」と演奏者の音楽的基礎が弱いことに端を発し、
『音楽家の基礎
練習』を必要に迫られて書き下ろした経緯を述べている。そしてヒンデミットとアメリカ滞在中に
つながりをもっていたナディア・ブーランジェの言葉を借りれば、
「文法を知らなくても言葉は喋
れるが、より高度で豊かな表現は望めない。
」と優れた音楽家であるためには優れた理論家である
必要を説き 26) 演奏者への批判は痛烈である。また、ブーランジェの教え子の一人でもあったセイ
モア・バーンスタインによれば、
「訓練を積んだ耳を持っていれば、詩人や俳優が母国語を熟知し
ているように、音楽家も音楽言語を知っている。音楽家にとって、あるフレーズは身体中の体験で
25)パウル・ヒンデミット、
『新訂 音楽家の基礎練習』
、音楽之友社、1946 年、1 ∼ 8 ページ。
26)ブルノー・モンサンジャン、『ナディア・ブーランジェとの対話』、音楽之友社、1992 年。
− 26 −
フランスの「フォルマシオン・ミュジカル」の変遷と改革
あり、聴くばかりでなく、筋肉の中でフレーズを感じる事もできるのである。
」と経験を語り、さ
らには「私の場合は、ピアノで弾かれるものすべてを〈声帯〉で体験している。
(中略)音楽表現
とは、つまるところ人間の声から始まったものなので、歌うことは音楽表現を伝えるもっとも自然
な手段なのである。」と歌と器楽の表現との密接な関わりを自らの体験を通して語っている 27)。ソ
ルフェージュ教育における「歌うことの重要性」の核心に触れる発言であろう。
フランスのソルフェージュ教育が過去の定型から抜け出すために、音楽の総合性に立ち戻るべ
く、その教授法と教材の選択の見なおしを進め実践に移したことは、現代の音楽教育にとって無視
することのできない警鐘として、われわれは受け止める必要があるのではないだろうか。フランス
では、ソルフェージュ教育の教授法や教材研究が組織的になされ(フォルマシオン・ミュジカル協
会、他)いくつかのソルフェージュ教育の専門誌上での活発な発表や、教員同士の公開講座等の機
会を持ち、その中で実践方法を発表し交流をもつ等、開かれた教育を実践している。その研究の多
様さと実行に移す原動力は表面的ではなく、
実質を伴ったソルフェージュ教育の歴史の中から生み
出されたと言うほかあるまい。理論や歴史の知識を持ち、自ら表現し、教育者としての手法と資質
を兼ね備えることはひとりの人間にとって容易なことではないが、
その必要性は無視されてはなら
ないであろう。そして日本の音楽教育のさらなる発展のためには、ソルフェージュ教育がその分野
に限定されることなく、演奏家、作曲家、音楽学関係者等においても「ソルフェージュ教育=音
楽」であることへの理解と認識をもつ必要があるのではないだろうか。しかしそれ以前の問題とし
て、日本におけるソルフェージュ教育の研究の必要性が待たれるといえるのではないだろうか。今
回は紙面の都合上、具体的な方法論と教材の研究にまでは論述が及ばなかったが、次の機会にさら
にまとめていきたい。
参考文献
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31.Marsyas - Revue de pédagogie musicale et chorégraphique - No.7 septembre 1988, Institut de pédagogie
musicale et chorégraphique la Villette, Paris, 1988.
32.Marsyas- Revue de pédagogie musicale et chorégraphique - No.19 septembre 1991, Institut de pédagogie
musicale et chorégraphique la Villette, Paris, 1991.
33.Marsyas - Revue de pédagogie musicale et chorégraphique - No.20 septembre 1991, Institut de pédagogie
musicale et chorégraphique la Villette, Paris, 1991.
34.Marsyas - Revue de pédagogie musicale et chorégraphique - No.27 septembre 1993, Institut de pédagogie
musicale et chorégraphique la Villette, Paris, 1993.
35.
Marsyas - Revue de pédagogie musicale et chorégraphique − hors série décembre 1997, Institut de pédagogie
musicale et chorégraphique la Villette, Paris, 1997.
36.
Crescendo; étude et pratique du solfège, nouvelle version 3.4 - Formation musicale assistée par ordinateur; CDROM, Musicom/Everest, Paris, 1998.
37.Solfégis; Version élève, CD-ROM, Art World Media, Paris, 1999.
38.ALLERME. S., Villemin S., Déssine-moi une chanson, manuel d'éveil musical, volume 1, Henry Lemoine,
Paris, 1995.
39.ALLERME. S., Villemin S., Déssine-moi une chanson, manuel d'éveil musical, volume 3, Henry Lemoine,
Paris, 1995.
40.CARPENTIER R., La formation de l'oreille chez les débutants, Henry Lemoine, Paris,1968.
− 28 −
フランスの「フォルマシオン・ミュジカル」の変遷と改革
41.
GONZALES M., Le Forestier A., Louvier A., Textes d'examen de Formation Musicale, Alphonse Leduc,
Paris, 1986.
42.JOLLET J.-C., Formation Musicale volume 1, IM1-IM2 (Débutants 1 et 2), Gerard Billaudot, Paris,
1988.
43.LAB M., L'odyssée du Rythme, Paris, Alphonse Leduc, 1989.
44.LABROUSSE M., Cours de Formation Musicale 1ère année, Henry Lemoine, Paris, 1993.
45.LABROUSSE M., Cours de Formation Musicale 2ème année, Henry Lemoine, Paris, 1994.
46.Réunies par J.-C.JOLLET, Dictées musicales volume 1:cycle 1-IM3, Gérard Billaudot, Paris, 1990.
47.SICILIANO M.-H., Ma 1ère année de Formation Musicale, H.CUBE, Paris, 1995.
− 29 −
論 説
CALLクラスへの市販ソフトウェア導入の原理と実際
坂
本
明
裕
1.はじめに
本稿は、英語学習のクラスへ市販ソフトウェアを導入する際の評価基準を考察し、さらに、短期
大学での実践に基づいて、今後の導入についての留意点を提案することを目的としている。1
コンピュータを言語教育に利用する試みCALL (Computer Assisted Language Learning) は、
以前から行われてきているが、
最近のマルチメディアに対応したハードウェアの進歩とソフトウェ
アの開発、さらには、LANやインターネットなどのネットワーク、通信環境の整備によって、こ
れまでにない形での利用が可能になってきた。
クラスルーム環境でコンピュータを利用する場合、どのようなスキルを高めるかによって、市販
のソフトウェアを利用するか、自作のソフトウェアを開発するかの2通りが考えられる。
自作のソフトウェアを開発する場合は、
最初から何を目的にしてコンピュータを利用するのかに
ついての明確なコンセプトがあり、その目的を達成するようなソフトウェア作りを目指す。この場
合、学習者についての情報(年齢、レベル、学習目的)などがあらかじめ分かっているので、教材
として用いられるマテリアルや、ソフトウェアに組み込むべき活動、学習者がコンピュータを操作
する上で重要なインターフェイスなどを効果的に選択でき、相当の効果が期待できる。
しかし、自作のソフトウェアを利用する場合には、幾つかの条件を満たす必要がある。まず、ソ
フトウェアを開発する能力を持ったスタッフが必要なことがあげられる。
ソフトウェア開発には高
度な専門知識が求められるので、言語教師にそれを求めることは非常に困難である。その場合、言
語教師とソフトウェア開発の専門家が共同で開発することになるが、
専門家を学内から求めること
は難しく、外注することになるとかなりの費用が必要となる。また、ソフトウェア開発にはある程
度の時間を要するが、今日のハードウェア等を含む使用環境の状況変化の早さにより、開発を始め
たときには適切だった設計が、実際に使用する際には、遅れたものになってしまう可能性も否定で
きない。
上記のような自作ソフトウェア開発が簡単ではない状況を考えると、
市販のソフトウェアを利用
することも一つの選択肢である。本稿では、市販の対話型ソフトウェアである ‘Native World'
を利用した授業を取り上げるが、まず、市販のソフトウェアをクラスルーム単位で利用する場合、
どのような条件が必要なのかを考察する。さらに、実際に‘Native World’2を短期大学のリスニ
ングのクラスで用いた実践例を報告し、学生へのアンケートを基に、その効果を検討する。最後に、
今後のCALLの可能性についての私見を述べる。
2.市販ソフトウェア導入の原則
2.1.市販ソフトウェアと自作ソフトウェアの特徴
本稿は、市販ソフトウェアの利用に限って考察しているが、自作ソフトウェアとの特徴を比較す
ることによって、市販ソフトウェア導入の際の問題点を浮き彫りにすることができる。次の表1は
幾つかの観点について、その特徴を比較したものである。
− 31 −
青森明の星短期大学紀要 第25号
市販ソフトウェア
自作ソフトウェア
想定される学習者
一般的な学習者を想定して作ら
れている
特定の学習者を想定している
使用目的との合致性
必要な条件
(年齢、レベル、タス
ク、
価格など)
を満たしたソフト
ウェアを見つけることは難しい
予め必要な条件が決まっている
ので、それに合致するように開
発できる
ソフトウェアの開
発・選択
市販されている中から、必要な
条件を満たすソフトウェアを選
択することになる
自ら開発しなければならないの
で、ソフトウェア開発の技術を
持った人材が必要、または、外
部に発注する必要がある
費 用
クライアント数に応じて費用が
かかるので、クラスルームでの
使用だと、購入価格がかなりの
金額になる
外注する場合は、多額の費用が
必要だが、クライアント数が増
えてもかかる費用は一定である
使用後の改善
利用者の意見は次のバージョン
アップの時に生かされる可能性
があるが、意見は反映されにく
い
実際に使用してみて、不都合な
点などを改善することが可能で
ある
ネットワーク対応
ネットワークでの使用に対応し
ていない場合もある
ネットワークでの使用を前提に
している
開発の時間
ソフトウェアによって異なる
ソフトウェアの開発には、かな
りの時間を要する
表1 市販ソフトウェアと自作ソフトウェアの比較
市販ソフトウェアの多くは、一般の学習者が個人で利用することを想定して開発されているの
で、ある特定の学習目標を持った大学の一斉授業で利用しようとしたとき、不都合がでてくる。こ
れは、一般の学習者向けの場合は、利用者の多用な要望を想定し、総花的に機能を持たせているか
らである。また、クラスでの学習目標のすべてを、開発目的が必ずしも一致していない市販のソフ
トウェアで達成することは非常に困難である。
したがって、利用目的にある程度合致する特定の市販ソフトウェアを利用する場合でも、利用す
る側が、そのソフトウェアの特性をよく見極め、実際の使用の段階で様々な工夫を凝らす、言わば
「カスタムメイド」が必要となってくる。
2.2.ハードウェア条件と利用環境
これまではソフトウェアに関する議論を進めてきたが、実際に使用する場合は、ハードウェアと
その利用環境も重要な要素である。Warschauer(1996)によれば、CALLは言語習得についての考
え方やコンピュータの発達段階によって次の3段階に分類できる。
①behavioristic CALLの段階
ドリル学習による、主に言語形式の学習
②communicative CALLの段階
言語形式そのものではなく、インターアクティブな活動を取り入れる
③integrative CALLの段階
− 32 −
CALL クラスへの市販ソフトウェア導入の原理と実際
マルチメディア機能を備えたパソコンの登場により、テキスト、画像、音声、アニメーション、
ビデオなど様々なメディアを利用した学習が可能になった。また、ハイパーメディアと呼ばれる技
術により、メディア間を行き来した学習も可能になった。
従来までのMS-DOSパソコンでのCALLは、テキストベースの活動に限定されていたが、マルチ
メディア機能を備えたパソコンとマルチメディアを扱うことができるオペレーションシステムやソ
フトウェアの登場により、CALLの可能性が大きく広がったのである。3
教室場面での使用には、上記のマルチメディアに対応したハードウェア上の要件のほかに、幾つ
か不可欠な使用環境がある。それらを次にあげてみる。
①マルチメディア対応
グラフィックボードのほかに、MPEG対応という動画を視聴することができる条件が必要であ
る。
②LAN対応
学習者の学習履歴管理など、サーバでクライアントを管理するためは不可欠な機能である。
③インターネット対応
ホームページからの情報収集や電子メールなどのやり取りに欠かせない。
④音声認識機能
学習をインターアクティブなものにするためには、パソコンが学習者の音声を認識し、その反応
により学習を進めていくことも必要な条件である。
⑤教材提示機能
パソコンを使って画面上で学習を進めていくためには、パソコン自体やソフトウェアの操作に関
するある程度の知識が前提となる。そのためには、教師が学習者に操作手順を示したり、学習者
の操作を教師がチェックする教材提示システムが必要となる。
(図1、図2)
図1 クライアント・サーバシステム/教材提示システム
・サーバ機(WindowsNT):PentiumII 400MHz, 128MB, 4.3GB、ミラーリング
・クライアント機(Windows98: 36台):PentiumII 300MHz, 96MB, 4.3GB
・ソフトウェアMPEG
・教材提示機、教材提示モニター
・WWWサーバ、メールサーバ(Unix)
図2 CALLシステムとして必要なハードウェア要件4
− 33 −
青森明の星短期大学紀要 第25号
2.3.ソフトウェア選定の要件
ここでは、市販ソフトウェアを導入するにあたって、どのような点を考慮しなければならないか
を考察する。ソフトウェアに求められる要件は、その目的によって異なることがあるが、一般的に
は次のような機能を備えていることが求められる。
①マルチメディア、ハイパーメディア対応
前項で述べたように、言語の学習には必ず何らかの言語活動が伴うので、
「聞く、話す、読む、
書く」という言語の4技能に対応するマルチメディア機能が望まれる。また、例えば、リーディ
ングの活動を目的としたソフトウェアであっても、学習者が必要な時に、ヒントが表示された
り、瞬時に辞書を参照したりすることができるハイパーメディアの機能も不可欠である。
②音声認識機能
単に音声を再現するだけではなく、学習者の音声を認識し、その音声を画面上で視覚的に表示し
たり、その音声に対して何らかのリアクションをすることで学習を進めていく機能である。
③LAN対応
CALLのシステム構成がクライアント・サーバシステムになっていたとしても、ソフトウェアの
側がLANでの使用に対応していなければ、サーバシステムの特徴は生かせない。
④レベル対応
教室場面であっても学習者の習熟レベルは様々である。一斉授業の場合、学習者が自分のレベル
に応じて自由に学習できることがCALLでの最大の利点の一つである。
⑤活動のバリエーション
CALL学習のメリットを生かし学習効果を上げるためには、
マルチメディアやハイパーメディア
の特徴を十分に生かすような様々なバリエーションを持った活動が必要である。
⑥学習履歴管理機能
クラスでの一斉授業では、
学習者が実際にそのソフトウェアを用いて学習した時間やタスクにつ
いての成績など学習者の学習記録が必要となる。
何を評価するかは、
学習目標によって異なるが、
学生が自らの学習履歴をチェックしながら学習を進めることは、
学生の学習意欲を高めることに
もつながる。これらの情報は、教師にとっても、学習の途中段階で学習者に適切なアドバイスを
する形成的評価の面からも、
最終的に学習者の達成度を評価する総括的評価の観点からも不可欠
なものである。
⑦学習者の思考様式を反映するもの
ハイパーメディアなどを用いて、異なるメディア間を移動したりする活動の場合、学習者の認知
5
的な能力を超えた活動では学習の効果は減少してしまう。
また、
学習の手順や活動の順序などが
学習者の思考様式から逸脱したものも同様である。
⑧導入のコスト
現実的な問題としてあげられるのが導入する際のコストである。教室で用いられる場合は、少な
くとも30∼40程度のライセンスは必要なので、購入費用はかなりの金額になる。サイトライセ
ンス契約やアカデミック版などによって、
教育機関での使用の際のコストが十分に低く設定され
ることが望まれる。
3.‘Native World' 使用の実際
この章では、市販ソフトウェアである‘Native World’を短期大学のクラスルーム場面で実際
− 34 −
CALL クラスへの市販ソフトウェア導入の原理と実際
に用いた実践について述べていく。
3.1.‘Native World’の特徴
前述のように ‘Native World' (以下NW)は、コンピュータが学習者の音声を自動認識するこ
とによって、学習者とコンピュータが対話を進めていくソフトウェアである。NWのシラバスは場
面シラバスに基づいていて、例えば、
「レンタカーを借りる」といった場面設定で予想される応答
を学習することを目指している。
勤務校でこのソフトウェアを導入したのは、前項であげたような機能の点で優れていたことと、
主にリスニング力の育成を目的とした授業の目的に合致したからである。
次に、NWの機能として特に優れていると思われる点をあげてみる。
①学生の学習履歴が学生毎に、また、項目別にサーバに記録されるので、学習履歴によって学生の
学習の進捗状況を把握し、指導できる。
(図3)
②LANに対応しているので、どのパソコンを使用しても、サーバ上の自分の学習履歴を参照する
ことができる。
③パソコンのCUPの性能がある程度以上であれば、ソフトMPEGでも画像のコマ落ちがなく、リ
アルな映像を見ながら学習できる。6
④キーボードからの入力の必要はなく全てマウスでの操作なので、
学習者は思考を中断されずにす
む。
⑤各タクス間の関連性がよく取られていて、中心となる活動からそれることはない。
図3 サーバに表示される学習履歴(各個人の項目別)
3.2.実際の使用状況
(1) 概要
NWは英語学科の専門科目である「Structural English Practice Ⅰ・Ⅱ」で用いている。この
科目は通年科目で、主にリスニングスキルと定型表現の習得を目的としている。NWの使用は、90
− 35 −
青森明の星短期大学紀要 第25号
分中60分程度で、同じ時間に、
‘Michigan Active English’をリスニング教材として使用してい
る。1クラスの人数は20名程度で、最初の数時間は、パソコンの操作指導のために情報処理の係り
がサポートとして付く。
(2) 授業方法
授業の方法は、学習の進捗状況によって異なるが、一般的な手順を次に示す。学生がNWでの学
習に慣れるまでは、ある一定の活動を一斉に行い、慣れるにしたがって、学生自身の学習ペースに
合わせた個別の学習の割合を増やしている。
①シーンの概要の視聴(一斉)
②Vocabularyの発音練習(個別)
③ビデオの視聴(一斉、個別)(図4)
字幕を隠しての視聴→一方の字幕を見ながらの視聴→スクリプトのディクテーション
④練習ステージでの発話練習(個別)
⑤会話ステージでの応用会話練習(個別)
図4 ‘Native World' のビデオ視聴画面
(3) 評価方法
学生にはあらかじめ評価の方法と項目を伝えている。学生は授業時間に加えて、授業時間以外の
空き時間を利用して目標を達成するように学習することが求められている。
①学習記録(サーバへ保存)
次のような達成目標を設定し(表2)
、学生にはその目標以上の目標達成を求める。学生はシー
ンやスキットの学習が終わるたび自分の学習記録をチェックし(図5)
、それを基に次の学習を
進めていく。この場合、シーンの順番に沿った学習は求めず、ある期間を区切って、その期間で
目標を達成すればいいことにしている。これは、学習者のレベルや達成度に合った学習が可能で
あることがCALLでの学習の特質の一つだからである。
− 36 −
CALL クラスへの市販ソフトウェア導入の原理と実際
練習時間
(各スキット毎)
総合評価
ルート達成度
Video
Exercise
Conversation
練習ステージ
15分
15分
10分
80点
―
会話ステージ
―
―
―
80点
70点
表2 ‘Native World' 学習の達成目標
②ロールプレイ
学生を2人一組のペアにしてスキットを実演させる。ビデオ画面での Learner と Partner との
役を交代で実演するが、学生はあらかじめスキットの内容を暗記しておくことが求められる。
③ディクテーション
ロールプレイと同様、幾つかのシーンの学習が終わった時点で、それまで学習したシーンについ
て、ディクテーションを行う。このディクテーションは、学習活動の中にも課題として与えられて
いる。
図5 ‘Native World' の個別評価の表示
3.3.使用に関する学生のアンケート
授業開始から約1ヶ月経過した時点で、学生に対して NW を用いた授業についてのアンケート
を実施した。質問は、
「 ‘Native World' を使った英語学習は、一般の学習方法と比較したとき、
次の点についてどう思いますか。」という内容で、回答数は履修者のほぼ全員の53名であった。
3.3.1.アンケート結果についての考察
表3のアンケートの結果からは、次のような点が指摘できる。
①ソフトの操作性については、好評である。
②同じ個所を自分が納得できるまで繰り返し学習できることを利点としてあげている学生が多い。
− 37 −
青森明の星短期大学紀要 第25号
これは、一斉学習では困難な点である。
③表現のバリエーションを学ぶ利点をあげる学生も多い。
④効果がある項目として、リスニングとスピーキングのスキルをあげている。
⑤NWを使った学習については、83%が今後も続けたいとしている。
⑥NW以外のコンピュータを利用した英語学習も88%が望んでいる。学生は、CALL学習の可能性
に期待を表明していると考えることができる。
⑦学習の楽しさという点では、予想よりも肯定的回答が少なかったが、同じ観点についてのその
後のアンケートでは否定的回答がかなり少なくなったことから、音声を認識させる際のコン
ピュータ操作などの不慣れが要因だったと考えられる。
①そう思う ②ややそう思う ③あまりそう思わない ④そう思わない (数字は%)
①
②
③
④
1.自分のペースで学習できる。
37
48
12
3
2.同じ個所を繰り返して、学習することができる。
62
33
5
0
3.操作を覚えるまでに時間がかかる。
12
15
33
40
4.操作そのものは簡単である。
63
35
2
0
5.同じ状況での異なった表現を学ぶことができる。
52
35
13
0
6.学習が楽しい。
25
46
27
2
7.学習すべきタスク(技能)がはっきりしている。
25
56
15
4
①リスニング
40
42
15
3
②スピーキング
48
35
15
2
③語彙力
21
58
21
0
④発音
40
42
16
2
9. NW を使った学習を今後も続けたい。
37
46
12
5
10. NW の他にもコンピュータを利用した学習をしたい。
65
23
8
4
質 問 項 目
8. NWの学習は次のスキルについて効果があると思うか。
表3 ‘Native World’を用いた授業に関するアンケート結果
4.今後のCALLの可能性
4.1.‘Native World’を使用してみて
前節では、アンケートに基づいてNWの効果等について考察したが、ここではその結果を踏まえ
た上で、その問題点と市販ソフトウェア導入にあたっての留意点を指摘してみたい。
(1) NWの問題点
①音声認識の精度に今一歩の感がある。実際に、発音レベルがネイティブ・スピーカーに最も近い
「5」のレベルの設定で、ネイティブ・スピーカーの発音が必ずしも期待する結果にならないこ
とがある。
②「会話ステージ」での応用会話では幾つかのバリエーションが用意されているが、学習者の発話
が正確に認識されないために、ちぐはぐに会話が進んでいくことがある。
③音声認識によるパターン練習に学習目的が特化されているために、
それ以外の練習問題が用意さ
れていないが、本来の目的を妨げない範囲で、内容理解や語彙などについての理解度を確認する
− 38 −
CALL クラスへの市販ソフトウェア導入の原理と実際
ような練習問題のバリエーションがあってもいい。
(2) 市販ソフトウェア導入のあたっての留意点
前章において市販ソフトウェアを導入する際に考慮すべき事項を検討したが、ここでは、実際に
NWを使用した結果を踏まえた上で、一般的に留意すべき事項を述べたい。
①コンピュータ・リテラシーの育成
CALL全般について言えることであるが、
CALL学習のソフトウェアを利用する前提技能として、
コンピュータの起動と終了の方法、LANへのログイン操作、マウスの使用方法(クリックの仕
方や左ボタン、右ボタンの使い方)などは必須の要件である。コンピュータ自体の操作が全くの
初歩の場合は、コンピュータの操作が壁になり、CALL学習がうまく進まないという可能性もあ
る。
②柔軟なグレードアップの可能性
最近のハードウェア環境の進歩に合わせてOSもバージョンアップしていくが、CALL学習用の
ソフトウェアの場合、新しいハードウェア環境やOSへの対応が遅れる傾向にある。この原因と
しては、オフィス向けのソフトウェアと比べて販売数が少ないので、新しい環境への対応がしに
くいことがあげられるが、速やかな対応が求められる。
③利用者の意見を反映したソフトウェア開発
市販ソフトウェアの中には、十分な機能を備えているが、実際に使う側の使用法が反映されてい
ない場合がある。開発段階、また、その後のバージョンアップの際に、利用する側の意見を十分
に反映したソフトウェア開発が望まれる。
4.2.今後のCALLの可能性
今後のCALLの可能性を市販のソフトウェアに限って考えたとき、
ある特定のスキルの育成を目
指した完全なパッケージ・ソフトウェアとしての利用と、利用する側がテキストや画像、ビデオ、
音声などの教材を自由に組み合わせて扱うことができるツールを提供するオーサリング・ツールと
してのソフトウェアの利用の2通りが考えられる。
これまで見てきたように、パッケージ・ソフトウェアを利用する場合は、利用者側の使用目的や
条件に完全に合うものを選択できる可能性は極めて少ない。したがって、この場合は、他のCALL
教材やCALL以外の教材を適宜組み合わせて用いることが求められる。
これに対して、オーサリング機能を備えたソフトウェアの場合、利用者は自分の使用目的や学生
のレベルなどに応じて使用する材料を選んだり、ソフトウェア上での操作を選択することができ
る。利用する側のソフトウェア設計での負担を最小限に留め、その一方で、利用する側の目的を実
現することができるソフトウェアとして、その可能性は非常に大きい。しかしならが、オーサリン
グ用のソフトウェアは、まだ提供されている種類が少なく、また、その実践報告も少ない。ユーザ・
インターフェイスに優れたオーサリング・ツールの開発とそのソフトウェアを用いた授業の実践
が、今後のCALL研究の重要な課題である。
− 39 −
青森明の星短期大学紀要 第25号
参考文献
北尾謙治、北尾S.キャスリーン 1997.『英語教育のためのパソコンとインターネット』(洋販出版)
北尾謙治監修 1993.『コンピュータ利用の外国語教育』(英潮社)
文部省情報教育研究会監修 1991∼1997.『コンピュータを教育に活かす実践事例アイディア集:Vol.1∼
Vol.5』
(日本教育工学振興会)
Barnbrook, G. 1996. Language and Computers. Edinburgh University Press.
Fotos, S. (ed.) 1996. Multimedia Language Teaching. Logos International.
Sperling, D. 1997. The Internet Guide for English Language Teachers. Prentice Hall.
Warschauer, M. 1996. "Computer-Assisted Language Learning: An Introduction." in Fotos, S. (ed.)
1996.
1
本稿は、
1999年6月27日の東北英語教育学会第19回研究大会(山形大学)での研究発表に加筆したもの
である。
2
‘Native World’ は、
「沖ソフトウェア開発」製の音声認識機能がある対話型シミュレーションソフ
トで、教材の基本的な考え方は、場面シラバスである。
「日常会話編」
「海外渡航編」など数種類のパッ
ケージが用意されているが、ここでは、「日常会話Ⅰ」
「日常会話Ⅱ」を使用している。
3
マルチメディア的な機能は、Machintosh パソコンのハイパーカード機能を利用することにより、あ
る程度は実現されていた。
4
このハードウェア構成は、勤務校での構成である。
5
このようなハイパーメディア学習に伴う学習者の認知的な負荷については、研究が始まったばかりで
6
Pentium II以上のCUPを備えたパソコンであれば、ハードウェアMPEGでなくともソフトウェア
ある。
MPEGが導入されていれば、十分な画質のビデオ画像を視聴できる。
− 40 −
論 説
青森県在住約 63 歳の人々にとっての音環境
青森県在住約 63 歳の人々にとっての音環境
−青森県あすなろ尚学院生へのアンケート調査より−
原
沢
康
明
は じ め に
高齢者の生涯学習を目的とした「青森県あすなろ尚学院」の在学生に音についてのアンケートを
1998年7月に実施した。
「懐かしい音」
、
「思い出のある音」、
「心をなごまされる音」
、
「好きな音」、
「嫌いな音」について 224名からの回答があり、これを音の種類別に分類し、考察した。この論説
は、音環境がなぜ重要視されてきたかをまず示し、それからアンケート調査の集計結果と考察に移
る。
I.なぜ音環境か
近年、音環境についての研究が盛んになされている。ラジオや新聞、雑誌、単行本などのメディ
アでも音環境、あるいはサウンドスケープといった言葉をよく見聞きするようになってきた。これ
は何故だろうか。
「地球にやさしい」と言った言葉に象徴されるような環境を見直す最近の全世界
的傾向の一環として音環境が重要視されているのであろうか。それとも、ストレス解消のための療
法的手段として音環境が見直されてきたのだろうか。これは「音楽」という語と「音」という語と
の接点を考察してみると分かりやすいかもしれない。現代社会における「音楽」という語は多様化
していて、その定義もまちまちである。つまり、どこからどこまでの枠を「音楽」というかは各「音
楽」のジャンルによって異なるし、究極的に議論すれば各個人によって「音楽」の定義は異なるだ
ろう。しかし、
「音楽」の定義がどのようなものであれ、
「音楽」は「音」にすっぽりと含まれてし
まうことだけは確かである。つまり、
「音楽」が「音」の世界よりも大きなることは物理的に不可
能なのである。
まず、
「音楽」の誕生から現代までの潮流を考えてみることにする。
「音楽」がいつ、どのように
して生まれたかはここでは問題にしないが、初期の「音楽」は人間社会の生活環境に深く密接して
いた。それは儀礼としての要素、伝達としての要素、など様々な役割をしていたが、時代が経るご
とにその「音楽」は多様化していく。その1つの方向が「音楽」を密室の空間、つまり、教会やコ
ンサートホールに閉じ込める動きであった。特に、ヨーロッパのバロック期、古典派、ロマン派と
進む音楽の歴史の流れはこの「密室」の中で行われ、それに何の疑問も抱かなかったと言ってよい
だろう。ところが、それに続く近代の作曲家、音楽家達はヨーロッパ以外の音楽の要素を求めたり、
それまでなかった音や楽器を求めたりし、やがてその「密室」自体に疑問を抱き始める。特に第二
次世界大戦直後、この傾向は顕著になる。この時期の作曲家の「新しい音」に対する探求は、電子
楽器の発達もあって、目をみはるものがあるが、同時にそれまで「音楽」とみなされていなかった
− 41 −
青森明の星短期大学紀要 第25号
「音」も作品の中に取り込もうとするようになった。この時期の革新的な「音楽」の例がアメリカ
合衆国の作曲家、ジョン=ケージの「4分33秒」
(1952)1 に見られる。この曲では演奏者は楽器を
演奏することはしない。観客がその間に聴こえた「音」すべてを知覚することを意図しているから
だ。
「音楽」は「音」の領域を越えることはできないが、ケージにとって「音楽」は「音」に限り
なく近いものであった。このような彼の「音楽」観は世界中の作曲家に影響を及ぼした。カナダの
作曲家、R.マリー=シェーファーは湖上の船に歌手を、対岸に楽団をそれぞれ配置したオペラ「星
の王女」(1981)2 を作曲した。
一方、日本の伝統音楽には、例えば薪能のように戸外で音楽や舞いを楽しむといった要素もあっ
て、西洋ほどは音楽を個室に閉じ込める傾向は見られなかった。これは、日本の建築物が西洋のも
のとは根本的に異なることも重要な一因である。つまり、石やガラスの壁より木や和紙の壁は音を
通しやすいため、家の中にも戸外の音は遮断されずに入ってきたのである。ところが、明治時代か
らの急激な近代化と呼ばれる政策によって、建造物、そして何より音楽そのものが大きく西欧化し
た。
「音楽」と「音」について論じるとき、日本ではこの特殊な事情を考慮する必要がある。
このように近年の潮流として「音楽」の概念が見直され、そこに「音」の重要性が入り込んでき
たことがわかる。さらに民族音楽の研究者達の歩みもこの傾向と一致する。藤井知昭は「人をめぐ
る音の世界」と題した小論で、次のように述べている。
1978年、
『
「音楽」以前』という小著を日本放送出版協会から出版した。
「音楽」をカッ
コでくくったのは二つの意味をこめたからである。
第一は、日本で用いられる音楽という概念は、音楽教育、音楽大学など教育の体系に象
徴されるように、
欧米で発達した芸術音楽───いわゆるクラシック音楽を意味すること
が主流であった。
(中略)出版当時の状況のなかで、それらの「音楽」の枠組みに対する
批判を意図したものであった。
第二に、民族音楽学においても、メロディーやリズムの分析や比較研究など、音楽とし
て成り立つ基盤としての音そのものをも対象にすべきであるという主張の表明であった。
人間諸集団をめぐって存在するさまざまな音を、
人々はどのように認知してきたのだろう
か、という問題である。
いままで、人間の聴覚機能は、客観的に存在する物理的な現象である音を、普遍的に共
通した機能として知覚するという原理ですべてが語られていた。
だが、
私は鳴り響く音を、
はたしてあらゆる文化に属する人間が共通して同じものとして聴くかどうかという疑問を
もっていた。
それには二つの側面がある。第一は、まさに聴覚器官として、すべての人々が機能的に
同一に聴くものか否かという可聴限界など知覚の領域の側面である。異なる自然や歴史、
社会や文化を背景にした人々が、
まったく同一な知覚の構造をもつという原理への疑問で
ある。知覚の能力に文化の問題としての視点をあてると、生理学的機能をこえて、文化や
文明の特性として音の知覚が変わるという事例が数多く見出されるのである。
1
John Cage, 4'33'' (1952)
2
R. Murray Schafer, The Princess of the Stars (1981)
− 42 −
青森県在住約 63 歳の人々にとっての音環境
また、第二の問題として、知覚から認知の体系へと視点を一歩進めると、さらに深く大
きく文化の問題が浮上する。マリー・シェーファーのサウンドスケープ論も、その一翼に
あっての成果であり、スティーブン・フェルドのように、音を通してその背景にある世界
観や宇宙観にまで掘り下げた成果もある。
鳴り響く音を、どのように聴き、どのように認知するかはまさに、文化の問題であり、
この背景なくして音楽そのものの本源的特性に迫ることは至難といえよう。3
このように「音」そのものの重要性を強調し、そこに文化や文明による違いを考慮しなければな
らないと藤井は言っている。これが今の民族音楽学を代表する考え方であり、この研究の方向は将
来さらに続いていくことであろう。さて、上記の引用にも出てきたサウンドスケープとは何かを次
に考察してみることにする。
サウンドスケープ(音風景)とはR.マリー・シェーファーによる造語で、ランドスケープ(風
景)とサウンド(音)とを合成させたものである。つまり、ランドスケープが視覚的空間であるの
に対し、サウンドスケープは聴覚的空間である。シェーファーはこの聴覚的空間をただ眺めるので
はなく、文化的、歴史的、分類別といった側面から総合的に研究してきたが、その考察方法自体は
西欧内に限らず、世界中のどの国、地方でも適応が可能なものである。このために、サウンドスケー
プという言葉は今や世界的に使われるようになった。従って、サウンドスケープ研究とは文化人類
学的視点から見た聴覚的空間の研究であると言っても差し支えないであろう。もともとシェー
ファーがこの分野に興味を持ったのは、騒音に悩まされるようになったのがきっかけで、彼のサウ
ンドスケープ研究の代表的著書「世界の調律」
(1977)の序章に次のような記述がある。
世界のサウンドスケープは変化しつつある。現代人はこれまでとは本質的に異なった音環
境の世界に暮らし始めている。これらの新しい音は、質においても強さにおいても過去の
音とは異なっており、
ひときわたくさんの大きな音が人間生活のあらゆる場所に帝国主義
的にみさかいなく蔓延する危険を多くの研究者たちに警告している。
騒音公害は今や世界
的な問題である。
どうやらわれわれの時代に至って世界のサウンドスケープは劣悪の極み
に達したようだ。多くの専門家がすでに、この問題に直ちに手を打たなければ最終的には
世界中の人間の耳がおかしくなると予告している。4
そして、この騒音社会に対する改善策としてシェーファーは「サウンドスケープ・デザイン」を
提唱する。
今やわれわれもまた、
〈サウンドスケープ・デザイン〉と呼べるような分野を創始するこ
とになる。それは、音楽家、音響学者、心理学者、社会学者、その他の分野の人々が音環
3
藤井知昭「人をめぐる音の世界−音の認知体系をさぐる」(1991)、東京書籍、民族音楽叢書7、
『環境
4
R.マリー・シェーファー著、鳥越けい子・小川博司・庄野泰子・田中直子・若尾裕 訳「世界の調
と音楽』p.12-14
律」(1986)平凡社 p. 21
− 43 −
青森明の星短期大学紀要 第25号
境を改善するために知力を尽くした提案を出し合うため、
世界のサウンドスケープを共に
研究する学際領域である。この領域は、サウンドスケープの重要な特徴を記録し、その相
違、類似、傾向を書き留め、絶滅に瀕している音を収集し、新しい音が環境の中に野放図
に解き放たれるまえにそれらの影響を調べ、音が人間に対して持っている豊かな象徴性を
研究し、異なった音環境における人間の行動パターンを研究することなどから成り立ち、
こうした知識を人類の未来環境の設計に用いようとするものである。
異なった文化に基づ
いた実例が、世界中から注意深く収集され、その意味が明らかにされなければならない。
また、環境音の重要性について一般市民を教育する方法が開発されなければならない。そ
して、最終的に問うべきことは、世界のサウンドスケープはわれわれが手を下すことので
きない不確定な作品であるのか、
それともわれわれこそがそれに形式や美を与える責任を
担う作曲家であり演奏家であるのか、ということである。5
「世界の調律」はこの「サウンドスケープ・デザイン」をめぐるシェーファーの研究の要約と言っ
てよいだろう。この本の中で紹介されているフィールドワークの場は西欧が多いが、これはカナダ
人であるシェーファーがたどった自然な行動であり、
その方法さえ理解すれば地球上のどこでもサ
ウンドスケープ研究の応用は可能である。全世界的な音環境への関心が盛り上がり、1993年に世
界音環境フォーラム6 という組織が発足した。同年に日本では日本サウンドスケープ協会7 が創立
され、活発な活動を繰り広げている。上の引用にもあるように「サウンドスケープ・デザイン」に
は様々な分野からの人材が参加可能であることもあって、
日本の企業の中にはこの研究に積極的に
協力したり、
さらに自治体の中にはその地域特有の音を集めたCDを制作するところ8 も出現した。
もともと、日本の文化には音に対する繊細で独特な対処の仕方があった。例えば、日本庭園にお
ける「獅子おどし」や「水琴窟」の扱いを見ても、庭園という空間にこれらの音を加えることによ
る観る側の感覚への相乗効果はまさに「サウンドスケープ・デザイン」の一例として挙げられるで
あろう。
さらに季節感と音の環境とが密接に結びついていることも文学に繊細な表現として現れて
いる。芭蕉の有名な句「古池や蛙飛び込む水の音」や「閑さや岩にしみ入る蝉の声」はある音環境
を短く、しかも的確に表現した例として世界にも稀にみる文学的表現であろう。従って、日本には
サウンドスケープという概念はすでに存在していたのである。ただし、それを情緒的にとらえるこ
とはあっても、論理的に、科学的に考察する傾向は見られなかった。現在「サウンドスケープ」と
いう語やそのデザインに興味を持つ人々が多くいるのも、
このような日本の時代的背景もあるだろ
5
R.マリー・シェーファー著、鳥越けい子・小川博司・庄野泰子・田中直子・若尾裕 訳「世界の調
6
World Forum for Acoustic Ecology
律」(1986)平凡社 p. 23
Simon Fraser University, School of Communication/Burnaby, BC, Canada, V5A 1S6
Homepage: http://interact.uoregon.edu/Medialit/WFAEHomePage, E-mail: wfae@sfu.ca
7
日本サウンドスケープ協会 (Soundscape Association of Japan)事務局
〒921-8501石川県石川郡野々市町扇が丘7-1 (TEL)/FAX 076-294-6759
Homepage: http://www02.so-net.ne.jp/-saj/,E-mail: saj@pb3.so-net.ne.jp
8
例えば山形県環境保健部環境保全課によるCD「山形の音風景」など。
− 44 −
青森県在住約 63 歳の人々にとっての音環境
う。そして、日本独特なサウンドスケープをさらに深く考察したり、あるいはより総合的に研究し
たりする例も出てきた。
しかし、
「サウンドスケープ」が多くの人々に受け入れられているとはいっても、その数はまだ
少数だ。サウンドスケープ協会の会員も1999年3月31日の時点で396名に過ぎない。しかし、
「サ
ウンドスケープ・デザイン」をめぐる著書は年々多く出版されているし、新しい建築物への応用な
どもなされてきている。建築物への応用の一例として、吉村弘が「都市の音」で紹介している西鶴
屋橋を挙げてみよう。この橋は1988年、JR横浜駅西口近くに建造されたが、その橋を走る自動
車の振動によって、橋に据えつけられたカプセルから「星屑の音」
(吉村)が発生する仕組みになっ
ている。ここは交通量の多い、従って騒音量の多い所だ。
あえてこのような場所に音を仕掛けたのは、サウンドスケープデザイン研究機構の鳥越け
い子、田中直子、庄野泰子の三氏である。
「どこにでもある都市の典型だからこそ、音を
とおして生きる場を改めてとらえ返す契機を提供したかった」と庄野泰子は言う。
(中略)
一方、鳥越けい子は「人々が耳を閉ざし、風景を失いがちな空間だからこそ、都市の環境
に対して人々の感性を開いていく場をつくりたかった」という。いずれにせよ、西鶴屋橋
をとおして音環境へ挑戦する試みは、
サウンドスケープという新たな視点を我々の眼前に
示してくれた好例といえるだろう。9
このような「サウンドスケープ・デザイン」の応用例はこれからも増えていくであろう。しかし、
音環境を改善するには教育的啓蒙運動も必要だ。シェーファー自身も「サウンド・エデュケーショ
ン」などの著作によって、この分野に力を入れている。音楽の授業でも従来の音楽だけではなく、
音そのものへの感性を磨くような時間を増やす必要がある。
すでに実際に学校の中でこのような教
育的活動を実践している先生方10も存在する。音の教育は新しい分野だけに、実践的な教授法など
の技術、アイディアを交換する場を多く持つことが必要となる。
II.青森の音環境へ
青森は自然の豊かな県であり、特にその多様性は顕著である。北、西、東の三方を海に囲まれ、
その海岸の性格はそれぞれに異なる。内陸部には山地があり、豊かな森林と水資源を持つ。気候は
日本海側と太平洋側とで異なり、特に冬の日本海側の豪雪はその風景を一変させる。県政が始まる
以前は、野辺地と十和田をむすぶ線をほぼ境にして東側を南部藩、西側を津軽藩が統治し、その文
化的相違は現在でも例えば方言の差によって見ることができる。
この多様性を持った青森県の音環境を調査しようとするとき、二通りのアプローチが考えられ
る。まず、全体を総合的に観察する方法、つまり音環境の中の何らかの要素を決めて、青森県各地
域におけるその要素がどのように異なっているか、あるいは似ているかを考察する方法が一つ。そ
9
吉村弘「都市の音」春秋社 p.6-7
10
例えばサウンドスケープ協会第29回例会(1998年7月31日、石川県金沢市)で金沢辰巳丘高校教諭、
大久保譲が「感性豊かな心で見る学校の中の音風景」という発表をしている。内容報告:日本サウン
ドスケープ協会報 No. 13,1998, p. 12
− 45 −
青森明の星短期大学紀要 第25号
して、青森県内の一地域に視点を限定し、そこにおける音環境を様々な側面から考察する方法が他
方の一つとして挙げられる。前者が「広く浅く」、後者は「狭く深く」追求する方法であると言っ
てもよい。筆者にとって、青森での音環境研究は初めてなこともあり、今回の研究は前者の方法を
取り、県民の方々の音環境への意識調査を行いたかった。そのために、音環境についての簡単なア
ンケートをなるべく多くの地域に実施したいと考えていたところ、
幸いにして青森県あすなろ尚学
院のご協力を得ることが出来た。
III.青森県あすなろ尚学院11
高齢者の生涯学習と社会参加活動による生きがいの創造の推進をめざし、50歳以上の県民を対
象とした「青森県あすなろ尚学院」が開設されたのは1990年度であった。本校は青森県総合社会
教育センター内にあるが、これとは別に6つの地区校を青森県内に持っている。今回アンケートを
お願いした各地区校ならびに本校の受講生数は次のようになっている。
青森校(青森市松原:青森中央市民センター)…………………………
77名
五所川原校(五所川原市鎌谷町:五所川原市中央公民館)……………
31名
弘前校(弘前市下白銀町:弘前市立中央公民館)………………………
71名
十和田校(十和田市西三番町:十和田市民文化センター)……………
32名
むつ校(むつ市大湊浜町:むつ市公民館)………………………………
35名
八戸校(八戸市類家:八戸市立中央公民館)…………………………… 147名
本 校(青森市荒川:青森県総合社会教育センター)………………… 112名
計505名
受講者は地区校で2年間、基礎課程の健康、文化、歴史、産業経済などの科目を受けたのち、本
校で専門課程(郷土文化コースまたは生活・福祉コース)の各種講座を2年間受講し、卒業とな
る。具体的な講座名としては、基礎課程では「高齢期の余暇利用」
、
「青森県人気質と文化」
、
「白神
山地を知る」、
「秋田雨雀」など、専門課程の郷土文化コースでは「遺跡から学ぶ郷土」
、
「津軽藩の
歴史」、
「南部藩の歴史」
、
「衣・食・住生活の民具」など、同生活・福祉コースでは「医療・老人保
険制度」
、
「社会福祉施設と機関」
、
「看護実習」、
「高齢者の病気と薬の知識」といった実用的な講座
が多い。講師陣も各分野に長年携わってきた専門家がそろっている。1998年度が終わった時点で、
基礎課程では176名、専門課程では27名の学院生が修了し、開講以来9年間ののべ修了者数は基礎
過程では1085名、専門過程では338名となっている。
11
青森県あすなろ尚学院
〒030-0111青森市荒川字藤戸119-7 青森県総合社会教育センター
TEL 0177-39-1251 FAX 0177-39-1279
この部分は青森県総合社会教育センター編集・発行の『平成10年度「青森あすなろ尚学院」実績報告
書−生きがいの創造』を主に参考とした。
− 46 −
青森県在住約 63 歳の人々にとっての音環境
IV.調査方法
アンケート調査の項目は次のようにする。記入者の情報としては①性別、②年齢、③居住の市町
村名のみとし、無記名とする。質問内容は、次の5点に絞った。
1.過去を振り返ってみて、あなたにとって懐かしい音は何でしょうか。
2.特に思い出のある音があれば、その音とその思い出とをお書きください。
3.これまでに聞いた様々な音のなかで、心をなごまされる音は何でしょうか。
4.あなたの好きな音を挙げてください。
5.あなたの嫌いな音を挙げてください。
青森の音環境研究の第一歩として、なるべく一般的な、しかも答えやすい設問にとどめたかった
のがこの5問に限定した理由である。さらに、5問とも複数の解答が可能で、また異なる問いに対
して解答が重複してもかまわないこととした。
このアンケート解答用紙に研究の趣旨を説明した手
紙を添えたものを青森県総合社会教育センターの協力により、
すべての青森県あすなろ尚学院生に
配付していただいた。
V.アンケート回収率、平均年齢、回答の分類法について
まず、
アンケートの回収率だが、
上述した青森県あすなろ尚学院生受講者数のうち、
本校の欄には
専門過程として青森県内各地から受講生が集まっている。
本研究はできるだけ地域による差を見た
いために、
この専門過程受講者を住居地に一番近い地区校に振り分けた地域別の人数が必要になっ
てくる。
青森県総合社会教育センターの資料に基づいて地区別の人数を求めると次のようになる。
青森地区(青森市、平内町、平舘村、など)…………………………… 136名
五所川原地区(五所川原市、車力村、など)……………………………
39名
弘前地区(弘前市、黒石市、常盤村、など)…………………………… 88名
十和田地区(十和田市、天馬林村、など)………………………………
41名
むつ地区(むつ市、横浜町、風間浦村、など)…………………………
46名
八戸地区(八戸市、階上町、福地村、など)…………………………… 155名
計505名
回収したアンケートの方も住居地の市町村によって一番近い地区に振り分けた。これより、回答
者数と回収率、さらに平均年齢は次のようになった。年齢はすべて1998年7月1日現在のもので
ある。
地区別受講者数
回答者数
回収率
平均年齢
青森地区………………… 136名 ……………68名 …………50.0% ………65.5歳
五所川原地区…………… 39名 ……………22名 …………56.4% ………55.1歳
弘前地区………………… 88名 ……………37名 …………42.1% ………64.6歳
十和田地区……………… 41名 ……………29名 …………70.7% ………61.5歳
むつ地区………………… 46名 ……………17名 …………37.0% ………61.2歳
− 47 −
青森明の星短期大学紀要 第25号
八戸地区………………… 155名 ……………51名 …………32.9% ………63.1歳
計505名
計224名
44.4%
62.9歳
以上のように各地区によって回収率に差があるが、これは関心の有無ばかりはなく、アンケート
を手渡されたときの状況(落ちついて記入する時間と場所があったか)も影響されたためと考えら
れる。
アンケート回収後、各回答を種類別にまとめる作業に移った。しかし、音の分類法は現在の段階
では研究者によって異なるので、本研究では次のようにまとめることにした。
A.人為的な音
汽車の音、物売りの声、祭りの音、音楽、楽器の音、鐘の音、など
B.自然の音
鳥の鳴き声、川の音、波の音、風の音、動物の声、虫の声、など
この中には境が微妙なものもある。例えば、
「ギターによる『ふるさと』の演奏」といった回答が
あったときは「音楽」なのだろうか、
「楽器」なのだろうか。ここでは具体的な曲名あるいはカテ
ゴリー(歌謡曲、クラシック、など)が明記されていれば「音楽」
、とくにそれらが記されておら
ず、単に楽器名が書いてあれば「楽器」とした。
「音楽」の一種でも、例えば「祭りのお囃子」と
いった祭りのほうに強く結びつくものは「祭り」とした。人間以外の生き物の鳴き声はすべて「自
然の音」に含めることとした。犬や猫、豚、馬などのペット、家畜は人為的色彩が濃いが、混乱を
避けるためにこれらはすべて「自然の音」に入ることにした。複数の回答は繰り返し記載した。例
えば「祭りのお囃子と物売りの声」といった回答は「祭りの音」と「物売りの声」のどちらにも記
した。
VI.集計結果と考察1.回答者全体の各設問に対する答え
考察はすべて音の種類別に各設問をまとめたものを用いる。まず、各地区の答えを合計して、回
答者全体としての各設問の答えを見ることにする。回答者数を全体( 224名)からのパーセンテー
ジで示し、大きいものから並べ、順位を①②③... で示す。順位は最低2人までの答えに付け、1人
のみの答えは「その他」にまとめた。この中の特に順位の高いものについて考察していくことにす
る。
設問1「過去を振り返ってみて、あなたにとって懐かしい音は何でしょうか。
」の回答は次のよ
うになった。
A.人為的な音
B.自然の音
①17.0%物売りの声
①15.6%川の音
②15.6%楽器の音
②14.3%鳥の鳴き声
15.6%汽車の音
③8.5%虫の声
③10.7%祭りの音
④7.6%波の音
④8.0%連絡船の音
⑤5.4%蛙の鳴き声
− 48 −
青森県在住約 63 歳の人々にとっての音環境
⑤7.1%音楽
⑥2.2%風の音
⑥5.4%風鈴の音
⑦1.8%滝の音
⑦4.5%人間の声
1.8%動物の鳴き声
⑧4.0%台所の音
⑧1.3%水の音
⑨3.6%鐘の音
1.3%波の音
⑩3.1%時計の音
1.3%雪の音
⑪2.2%サイレン
⑨0.9%自然の音
2.2%船の音
その他
⑫1.8%職人の音
⑬1.3%機械の音
1.3%下駄の音
1.3%鈴の音
⑭0.9%花火の音
0.9%馬の音
0.9%拍子木の音
0.9%午砲の音
その他
一番「懐かしい音」と感じるのは「物売りの声」
(17.0 %) である。その中の種類として19の例
が挙がっているが、特に「金魚売りの声」
(6.3%−全体 224名からのパーセンテージ、以下同様)と
「豆腐屋の声(ラッパの音も含む)
」(4.0%) の答が多かった。
「物売りの音」は現在ではもはやほと
んど聴くことがない。聴くことがあっても、それは拡声器の大きな音である。経済的に現在ではこ
のような職が成り立たない理由もあろうが、
拡声器なしの声では環境音に消されてしまうほどに騒
音公害は広まったという証拠でもあろう。
次に多い「懐かしい音」として、人為的な音では「楽器の音」と「汽車の音」、自然の音では「川
の音」( 以上すべて15.6%) が挙がった。
「楽器の音」としては7種挙がったが、特に多いのは琴(4.5
%) 、ピアノ(3.1%) 、尺八(3.1%) 、ヴァイオリン(2.7%) の4つである。
・琴(4.5 %)
・ピアノ(3.1 %)
・尺八、ヴァイオリン(それぞれ 2.7%)
・ラッパ(1.3 %)
・オルガン、太鼓、草笛、三味線、鼓(それぞれ 0.9%)
・大正琴、マンドリン、ハーモニカ、トランペット、オルゴール、電子オルガン、ビオラ、ねぶ
たの笛、鳩笛、竹笛、指笛、土笛(それぞれ 0.5%)
これらの和楽器、洋楽器は現在でもそれぞれ代表的なものだが、習い事などで演奏している人口
は琴や尺八よりもピアノやヴァイオリンのほうが多いであろう。
このアンケートを回答した平均年
齢62.9歳の人々が幼児期、青年期であった頃には琴や尺八の音を身近に聴くことができたのであ
ろう。
「汽車の音」も、もはや日常的には聴かれなくなった音である。汽車に乗車したときの音ば
− 49 −
青森明の星短期大学紀要 第25号
かりでなく、遠くから聴く汽笛や蒸気の音も「懐かしい音」に入る。
「川の音」は自然の音で一番
「懐かしい音」であり、しかもその中でも「せせらぎ」との回答が圧倒的に多い。
(9.4%)古代から
人々は川の近くに集落を作り、そこから自然の恵みを受けてきた。浅瀬の小さな流れや小川などは
特に人の生活に大きく結びついていた。小さい頃から「せせらぎ」の音を聴いてきた人にとって、
現在では自動車などの音に消されやすい、この小さな音に郷愁を覚えるのであろう。
次に「祭りの音」
(10.7 %) が来る。その中の音として特に多いのが「囃子」である。
「ねぶた囃
子」
、
「ねぷた囃子」など具体的なものも含めると、 8.9%もの人が「囃子」と回答している。
「祭り
の音」はこれまでの音とは異なり、日常的に聴くことはできない。しかし、年に1度、限られた期
間しか開かれない祭りの場は、そこに住む人にとって社交の場であり、感情を爆発させる場であ
り、ハレの場として大切なものである。そこで聴かれる「囃子」やさまざまな音はその当時の思い
出と共に「懐かしい音」になっているのであろう。
次に、自然の音では「虫の音」
(8.5%)
、
「波の音」
(7.6%)
、人為的な音では「連絡船の音」
(8.0
%)
、
「音楽」
(7.1%) と続く。
「連絡船の音」は青森独特の音だが、その中の種類として次の3種が
挙がっている。
・ドラの音(5.4%)
・汽笛の音(3.6%)
・蛍の光(0.5%)
設問2「特に思い出のある音があれば、その音とその思い出とをお書きください。
」の回答は次
のようになった。
A.人為的な音
B.自然の音
①12.1%楽器の音
①8.9%川の音
②8.0%音楽
②6.3%鳥の鳴き声
③7.6%汽車の音
③2.2%波の音
④7.1%物売りの音
④1.3%虫の声
7.1%祭りの音
⑤0.9%氷の音
⑤6.3%爆撃の音
⑥0.9%動物の鳴き声
⑥2.2%連絡船の音
その他
2.2%サイレン
2.2%船の音
2.2%人間の声
⑦1.8%鐘の音
1.8%職人の音
1.8%鈴の音
⑧1.3%風鈴の音
⑨0.9%下駄の音
0.9%時計の音
0.9%電車の音
− 50 −
青森県在住約 63 歳の人々にとっての音環境
その他
「思い出のある音」としては「楽器の音」(12.1 %) が一番多かった。楽器名は次のように16種挙
がった。
・ヴァイオリン、琴(それぞれ2.2 %)
・尺八(1.8%)
・ピアノ(1.3%)
・ラッパ(0.9%)
・琵琶、オルガン、木琴、ギター、鼓、大正琴、バンジョー、オルゴール、太鼓、笛、三味線 (それぞれ 0.5%)
その楽器に付随する思い出も、戦争に関するものから小学校時代のものまでさまざまだ。一例をこ
こに紹介する。
「尺八の音−終戦時、満州からソ連に拘留の身となり、中央アジア、ウズベックスタンの世界の
屋根と言われているパミール高原の一角で苦しい重労働の日々。
何時の日か訪れるであろうダモイ
(帰国)の日を唯一の楽しみにしながらも、毎日のように死んでゆく戦友の姿。時には絶望感にさ
いなまれ、自決さえ考える時、戦友の吹く尺八の音に故郷の山河を思い、歯をくいしばって耐え忍
んだ当時のことが今更ながら懐かしく思い出される。命を救ってくれた尺八の音よ有り難う。
(
」80
歳男性)
次に「川の音」
(8.9%) が続く。その中の種類としては、ここでも「せせらぎ」と「小川」
(どち
らも 2.7%)が多かった。思い出の内容としては、生活の中に川があった時の思い出と、川に旅行
などで行った時の思い出との2つが大きく分けてある。前者の例としては次のようなものがある。
「さらさら流れる小川の音−小学校4∼5年の頃、近くを流れる清く澄んだ小川での洗濯がよき
思い出となり、
『春の小川はサラサラいくよ』と口ずさんでしまいます。もう一度あの小川を孫達
に与えたいですね。」
(70歳女性)
一方、後者の例としては、次のようなものがある。
「川のせせらぎ−戦時に青森に遠足に行きましたが、ナベ、カマを持って一泊しました。夜、川
のせせらぎを聞きながらランプの灯りで女学生時代友達といつまでもいつまでも語り合った。
遠い
思い出」(67歳女性)
次に「音楽」(8.0%) が続くが、その中にはシャンソン、歌謡曲、童謡、唱歌、子守歌など17種
類のさまざまな音楽が挙がり、その思い出も多様である。
「小学校のころから合唱をして居たので、小学校唱歌。慰問に軍病院などを訪ねた事が思い出さ
− 51 −
青森明の星短期大学紀要 第25号
れます。
」(65歳男性)
「成人してからどうしても欲しくて、1年間着るものを我慢して買ったステレオで聞いた悲愴交
響曲。ステレオは処分しましたが、レコードは処分しきれず持っています。」
(65歳女性)
「汽車の音」
(7.6%) が次に位置する。
「汽車の音」の中でも特に回答が多かったのが「汽笛」
(4.5%)
で、この音は「汽車の音」の代表であるし、遠隔地まで聞こえたのがその理由と考えられる。
「4才の頃、北海道より青森に着き、南部にある母親の実家に向かう貨物列車の中で石炭の煙に
吐き気を感じながら聴いた貨物列車の汽笛。
」
(56歳女性)
「大学時代、恐山から薬研温泉へ山越えした(友人2人と)
。ところが、途中で路に迷い、山中を
さまよった。そのとき、列車が走るような音が聴こえた。その音をたよりに進むと崖下に線路が見
え、走っている列車は営林局の森林鉄道であり、線路沿いに進み、目的地に着くことができた。そ
のときの音を時々思い出します。」
(66歳男性)
次に続くのが、
「物売りの声」と「祭りの音」
(いずれも 7.1%) である。
「物売りの声」は設問1
で一番多かったが、ここでは人為的な音の中では4番目、人為的と自然の音とを合わせた中では5
番目となった。設問1と同様、設問2でも「金魚売りの声」が一番多かった。
(2.7%)二番目に「豆
腐屋の音」
「虫売りの声」
「焼き芋売りの声」が同数(0.9%) で並んだ。思い出としては、物売りの
売り声を聴いていた頃の情景を思い出すものが多い。
「物売りの声(金魚屋さんの)−売った金魚を金魚屋さんが池まで持って行って、そこにしゃが
んで父といろいろ話し合っていた光景をなつかしく思い出します。
(のんびりしていた時代)」
(63
歳女性)
「祭りの音」も同様に、昔の祭りの頃の情景を思い出すものが多い。
「ネブタのタイコの音―子供の頃、ネブタといえば家族全員でジャガイモの収穫とダイコン植え
が年中行事でした。ちょっと高い所にある畑はネブタのタイコの音がよく聞こえ、うずうずしなが
ら、なぜネブタにこんなことをしなければならないのかとうらめしく思ったものです。
」
(53歳女
性)
次に人為的な音「爆撃の音」と自然の音「鳥の鳴き声」が同数(6.3%) で続く。
「爆撃の音」とは
空襲の音や艦砲射撃の音など、つまり戦争中の音である。太平洋戦争が終結した1945年は、この
アンケートを回答した平均年齢62.9歳の人々は約 9.9歳であった。
つまり小学校4年生の頃に終戦
を迎えた世代が多い。いまだに空襲や爆撃の音を覚えているというのは、よほどその印象が強烈
だったに違いない。事実、その「思い出」とは恐怖、驚愕に関するものである。
「これは悪い音。小学校の頃、疎開途中でアメリカの B29の爆音を聞いた時、生きた心地がしな
− 52 −
青森県在住約 63 歳の人々にとっての音環境
かった。もう爆撃されて死ぬと思った。今でも音の響きと飛行機が目に見える(低空飛行であっ
た)
。
」(64歳女性)
一方、
「鳥の鳴き声」の種類としては「ウグイス」や「小鳥」などが多く、その思い出もすがす
がしさ、爽快な気分を喚起させるものが多い。
「学校時代の遠足(山)で聞いたカッコーの鳴き声。さわやかな声に疲れを忘れて聞き入ったの
が思い出されます。」
(75歳女性)
設問3「これまでに聞いた音のなかで、心をなごまされる音は何でしょうか。
」に対する回答は
次のようになった。
A.人為的な音
B.自然の音
①25.9%楽器の音
①26.3%川の音
②14.7%音楽
②25.9%鳥の鳴き声
③12.1%風鈴の音
③7.6%虫の声
④5.4%鐘の音
④7.1%波の音
⑤3.1%人間の声
⑤4.5%風の音
3.1%物売りの声
⑥2.7%雨の音
⑥2.2%茶の湯の音
⑦1.8%蛙の声
⑦1.3%祭りの音
⑧1.3%自然の音
1.3%時計の音
⑨0.9%水の音
⑧0.9%連絡船の音
0.9%滝の音
0.9%台所の音
その他
0.9%船の音
0.9%寝息の音
0.9%獅子おどし
0.9%鈴の音
0.9%汽車の音
その他
一番多かったのは「川の音」で、これらは自然の音としても全設問中この設問3が一番多い。
「川
の音」の種類を見てみると、やはり「せせらぎ」(17.4 %) が圧倒的に多く、次に「川」(5.4%) が
続く。
「川の音」の次に「鳥の鳴き声」と「楽器の音」
(25.9%)が続く。
「鳥の鳴き声」の種類は
次のように12種挙がった。
・小鳥(10.7%)
・カッコウ( 8.0%)
・ウグイス( 7.1%)
・鳥( 5.4%)
・ヤマバト、トンビ、スズメ(それぞれ 0.9%)
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青森明の星短期大学紀要 第25号
・コマドリ、ヨタカ、コノハズク、ヤマセミ(それぞれ 0.5%)
「小鳥」の類が多く、固有の種としてはカッコウとウグイスが特に多いことがわかる。
「楽器の音」の種類は多様で、次のように26種挙がった。
・三味線(津軽三味線を含む)
、琴(それぞれ 3.6%)
・ヴァイオリン、ピアノ(それぞれ 3.1%)
・オルゴール(2.7 %)
・尺八(2.2 %)
・笛、オカリナ(それぞれ 1.8%)
・鼓、ギター(それぞれ 1.3%)
・フルート、ハープ、オーケストラ(それぞれ 0.9%)
・胡弓、土鈴、土笛、笙、横笛、木琴、オルガン、ドラム、クラリネット、トランペット、カ リヨン、古代の楽器、木管楽器(それぞれ 0.5%)
設問2で一番多かった「楽器の音」の種類として多かったヴァイオリン、琴、尺八、ピアノにここ
では三味線とオルゴールが加わる。
3番目に「音楽」
(14.7%)が位置しているが、
「心をなぐさめられる」音楽は人によって異なる
ことが、その種類の多さからも理解できる。
・クラシック(3.6 %)
・童謡、シャンソン(それぞれ 0.9%)
・セミクラシック、ミサ曲、雅楽、軽音楽、音楽、ナツメロ、女性コーラス、コーラス、唱歌、
交響曲、テレビのBGM、ラジオ放送の開始・終了の音楽、小学校1年生の学校音楽、レコー
ド、母の歌声、
「富士山」
、
「荒城の月」、
「さくら貝の唄」
、
「浜辺のうた」
、谷村新司のサウンド、
フランク永井、森進一、姫神、一流音楽家、良い音楽、好きな曲、素敵な音楽(それぞれ0.5
%)
クラシックが一番多いが、
「音楽」全体からすると約1/4であり、それほど際立って多いわけで
はない。セミクラシック以下はすべて1名の回答(0.5%)であり、音楽の好みの多様な個人差が
うかがえる。
第4位は「風鈴の音」
(12.1%)である。風にまかせて音を出す風鈴は「人為的な音」の範疇に
入れたが、風鈴そのものは人が作るものであっても、その音はすべて風まかせであり、自然の力に
よって音を作りだすといってよいだろう。ほとんどの回答は「風鈴」であったが、中には次のよう
に材質まで特定したものも見られた。
・風鈴(10.3%)
・南部鉄の風鈴、ガラスの風鈴(それぞれ 0.9%)
次に自然の音「虫の声」(7.1 %)が続く。固有の種類としては、コオロギ、スズムシ、キリギ
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青森県在住約 63 歳の人々にとっての音環境
リスなど秋の虫が多い。
・虫(3.1 %)
・コオロギ、スズムシ(それぞれ 1.8%)
・蝉、ヒグラシ(それぞれ 1.3%)
・キリギリス、秋の虫(それぞれ 0.9%)
「波の音」
(7.1 %)がそのあとに続く。湖か海か不明なものも若干あるが、ほとんどが海の波で
ある。
・波(4.5 %)
・さざなみ、静かな波(それぞれ 0.9%)
・浜辺の波、海の水音、海鳴り(それぞれ 0.5%)
設問4の「あなたの好きな音を挙げてください。」に対する回答は次のようになった。
A.人為的な音
B.自然の音
①32.6%楽器の音
①21.0%鳥の鳴き声
②13.0%風鈴の音
②19.6%川の音
③12.5%音楽
③8.9%風の音
④3.1%人間の声
8.9%波の音
3.1%祭りの音
④5.8%虫の音
⑤2.2%鐘の音
⑤4.5%自然の音
2.2%汽車の音
⑥2.2%水の声
⑥1.8%連絡船の音
⑦1.8%滝の音
⑦1.3%物売りの声
1.8%雨の音
⑧0.9%栓を抜く音
⑧0.9%蛙の鳴き声
0.9%水琴窟の音
0.9%鳥の羽ばたきの音
0.9%大工の音
その他
その他
ここで圧倒的に多いのは「楽器の音」
(32.6%)である。種類を見てみるとピアノ、ヴァイオリ
ン、琴、三味線、太鼓が数の上で上位に位置し、設問3の「心をなごまされる音」の「楽器の音」
とよく似ていることがわかる。
・ピアノ(6.3 %)
・琴(5.4 %)
・ヴァイオリン(4.9 %)
・三味線、太鼓、楽器(それぞれ 2.7%)
・尺八、ギター、ハープ(それぞれ 1.8%)
− 55 −
青森明の星短期大学紀要 第25号
・フルート、オルゴール、笛(それぞれ 1.3%)
・大正琴、木琴、オカリナ、トランペット、オルガン、ハーモニカ、サックス、チャイム、弦楽
器(それぞれ 0.9%)
・和太鼓、胡弓、横笛、木魚、雅楽楽器、バンジョウ、チェロ、ヴィオラ、ラッパ、ホルン、エ
レクトーン、ハモンドオルガン、シンセサイザー、カリオン(それぞれ 0.5%)
次に多いのは「鳥の鳴き声」
(21.0%)だ。その種類は設問3に似ている。
・小鳥(11.2%)
・鳥(4.0 %)
・カッコウ、ウグイス(それぞれ2.7 %)
・ヤマバト(0.9 %)
・スズメ、ヨタカ、トンビ、ブッポウソウ、野鳥(0.5 %)
「川の音」
(19.6%)が僅少差で続く。設問3で一番多かったこの音は「好みの音」でも回答数が
多い。内容は圧倒的に「せせらぎ」が多い。
・せせらぎ(14.3%)
・川、流れ(それぞれ 1.8%)
・小川(0.9 %)
・水音、奥入瀬清流(それぞれ 0.5%)
次に「風鈴の音」
(13.0%)が多い。設問3でも4番目に回答の多かったこの音は、
「好きな音」
でも4位に位置し、代表的なものに数えられる。
「風鈴の音」とほぼ同数なのが「音楽」
(12.5%)で、これも設問3同様、さまざまな回答が見ら
れる。
・クラシック(3.1 %)
・音楽、歌曲、好きな音楽、ナツメロ(それぞれ0.9 %)
・ジャズ、ラテン、シャンソン、童謡、宗次郎、ダンス音楽、山・川がテーマの音楽、良い音楽、
ゆっくりした音楽、コーラス、和音、音楽隊、ステレオで音楽、ポールモーリア、谷村新司、
姉の歌(それぞれ0.5 %)
次に同点で「風の音」と「波の音」
(8.9 %)が並ぶ。
「風の音」の種類としては、風速の弱いも
のが多い。
・風、そよ風(それぞれ 2.2%)
・山の風、木の葉の風(それぞれ 0.9%)
・松風、若葉の風、稲の風、森の風、林の風、高地の風、草原の風、木々の風(それぞれ 0.5%)
− 56 −
青森県在住約 63 歳の人々にとっての音環境
「波の音」はここでもほとんどが海のものと解してよい。種類としては次のようなものがある。穏
やかな波のものが多い。
・波(2.2 %)
・潮騒(0.9 %)
・海辺、砂浜の波、静かな波、波打ち際の小石の摩擦音、海鳴り、さざ波、海の水音(それぞれ
0.5%)
設問5の「あなたの嫌いな音を挙げてください。」に対する回答は次のようになった。
A.人為的な音
B.自然の音
①29.0%自動車の音
①6.1%風の音
②20.1%オートバイの音
②4.5%雷の音
③15.6%工事の音
③3.6%動物の鳴き声
④11.2%サイレン
④3.1%雨の音
⑤9.8%金属の音
⑤1.3%地震の音
⑥9.4%人間の声
⑥0.9%波の音
⑦7.6%拡声器
その他
⑧7.1%飛行機の音
⑨4.5%音楽
⑩4.0%ガラスの音
⑪2.7%歯科医の音
⑫2.2%機械の音
2.2%軋み音
⑬1.8%いびき
⑭1.3%ピストルの音
1.3%汽車・電車の音
1.3%人間の歩行音
1.3%雑踏の音
⑮0.9%楽器の音
0.9%電話のベル音
0.9%爆撃の音
0.9%花火の音
0.9%チョークの音
0.9%歯ぎしり
0.9%耳鳴り
その他
上の表より、人為的な音の種類が自然の音に較べて非常に多いことがわかる。さらに、パーセン
テージも人為的な音のほうが高い。つまり、人為的な音には自然の音よりも「嫌い」な音が多く、
− 57 −
青森明の星短期大学紀要 第25号
その種類も多いのである。
一番多いのは「自動車の音」
(29.0%)で、そのブレーキ音、排気音、クラクションなどの音に
特に嫌悪感を覚えるようだ。
・急ブレーキ(6.3 %)
・騒音、停止音(それぞれ 3.6%)
・クラクション(3.1 %)
・エンジン音(2.7 %)
・車、排気音(それぞれ 2.2%)
・タイヤ(1.3 %)
・衝突、自動車(それぞれ 0.9%)
・スピード(摩擦)
、発車音、急発進、タイヤ、走行、交通、ダンプカ−(それぞれ 0.5%)
2位は「オートバイの音」
(20.1%)で、その種類として「暴走族」という回答も2番目に登場
する。
・オートバイ(バイク)
(10.3%)
・暴走族(4.5 %)
・排気音(1.8 %)
・騒音、改造バイク、夜中のバイク(それぞれ 0.9%)
・音、ブレーキ、スクーター、爆音、スピード(それぞれ 0.5%)
上位2つが交通関係の音だが、次に「工事の音」
(15.6%)が多い。町が都会化するにつれ、道
路、鉄道、建築等の騒音量は増してゆく。戦後の復興期からいわゆる「高度成長時代」をくぐり抜
けてきた回答者層にとって、これらの騒音は、「嫌いな音」であって当然であろう。
・現場(3.1 %)
・機械、コンクリート粉砕機(それぞれ 1.8%)
・建設現場、ドリル、杭打(それぞれ 1.3%)
・道路工事、工事、重機、騒音(それぞれ 0.9%)
・破裂音、高層建築現場、振動、金属音、ブルドーザー(それぞれ 0.5%)
「サイレン」
(11.2%)が次に多い。特に「嫌いな音」は救急車と消防車のサイレンであることが
わかる。
・救急車、消防車(それぞれ4.0 %)
・空襲警報、サイレン(それぞれ2.2 %)
・パトカー(1.3 %)
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青森県在住約 63 歳の人々にとっての音環境
次に多いのは「金属の音」(9.8 %)である。
・金属音(4.0 %)
・金属と金属の摩擦音(2.2 %)
・軋み音(1.3 %)
・ブリキ板と釘、金切り、鉄工、鉄板を叩く、切削音、ブリキと火箸、農機具の金属音(それぞ
れ 0.5%)
少しの差で次に多いのが「人間の声」である。設問3や設問4で挙がった「人間の声」を見てみ
ると、
「孫の声」や「こどもの笑い声」などが多い。それに対し、今回の「嫌いな音」としての「人
間の声」は内容が大きく変わる。
・怒鳴り声(2.2 %)
・高い声、キンキン声、泣き声、大声(それぞれ 0.9%)
・叫び声、ドラ声、叱る人、不快な声、金切り声、わめき声、かん高い声、きんきら声、私語(そ
れぞれ 0.5%)
「拡声器」
(7.6 %)が次に位置する。肉声で歩き回る「物売りの声」と自動車に強力なアンプを
付けて走り回る「宣伝の音」とは根本的に異なる。それを聞きたくない人にとっては、内容がどん
なものであっても、それは騒音に過ぎない。
・宣伝カー(5.4 %)
・街頭演説、拡声器(それぞれ 0.9%)
・パチンコ、物売り(それぞれ 0.5%)
次は再び交通の音で、
「飛行機の音」
(7.1 %)である。航空路の発達、飛行機の発達によって人々
は各地を短時間で移動できるようになったが、その一方で航空機の騒音が問題になってきた。とく
に滑走路周辺では日常的な問題である。
・飛行機(3.6 %)
・ジェット機(1.3 %)
・爆音、B29、ヘリコプター(それぞれ 0.9%)
以上はすべて人為的な音であったが、次に第9位として自然の音「風の音」が登場する。ここで
は風力の強いものが多い。
・風(1.8 %)
・強風(1.3 %)
・風雨、台風、嵐、(それぞれ 0.9%)
・窓やドアの隙間風、うねり(それぞれ 0.5%)
− 59 −
青森明の星短期大学紀要 第25号
以上のことから、次のようなことがわかる。
「思い出のある音」、
「心をなごまされる音」
、
「好き
な音」のどれにも「楽器の音」と「音楽」が人為的な音として、
「川の音」と「鳥の鳴き声」が自
然の音として第1位、第2位に挙がっている。また、
「懐かしい音」には「楽器の音」の代わりに
「物売りの声」が挙がっている。一方、
「嫌いな音」の上位は人為的な音で、
「自動車の音」が第1
位、「オートバイ」の音が第2位である。
Ⅶ.集計結果と考察2. 各地区による回答の差
地区別の各回答の集計も取り、比較してみた。ここでは、限られた紙面のため、簡単に説明する。
それから、
平均年齢62.9歳の方々が何年その市町村に住んでいるかが今回のアンケートではわから
ない。従って、回答者のその土地への密着度がはたしてどの位か判断できないこともここに付け加
えておかねばならない。
設問1の「過去を振り返って、あなたにとって懐かしい音は何でしょうか。
」ではすべての地区
で「汽車の音」、
「物売りの声」
、
「楽器の音」、
「川の音」などが上位を占めた。ただ、青森地区(青
森市とその周辺)のみ、第1位が「連絡船の音」である。弘前、十和田、八戸の各地区でも「連絡
船の音」は登場するが、順位はそれぞれ第7位、第6位、第6位である。
設問2の「特に思い出のある音があれば、その音とその思い出とをお書きください。
」では、青
森地区で「音楽」が第6位であるのに、他の地区では第1位∼第4位であった。
設問3の「これまでに聞いた様々な音のなかで、心をなごまされる音は何でしょうか。
」につい
ては、第1位から第4位までの回答はどの地区もほとんど同様で、従って全体の第4位までの回答
と同じである。
設問4の「あなたの好きな音を挙げてください。」では「風鈴の音」が弘前地区で第1位、五所
川原地区と八戸地区で第3位であるのに対し、青森地区は第5位、十和田地区とむつ地区では1例
もなかった。
設問5の「あなたの嫌いな音を挙げてください。」については、ほとんどすべての地区で「自動
車の音」
、
「オートバイの音」、
「工事の音」が第1位から第3位を占めているが、十和田地区の第1
位が「飛行機の音」となり、むつ地区の第2位に「音楽」
(ポップス、ロック、店内放送)が挙がっ
た。
お わ り に
以上のように、主に多くの人々が回答した音についてアンケートの考察を行ったが、少数派の回
答の中にもユニークで見落としがちな音があった。
今回それらを紹介できなかったのは残念である。
また、今回のアンケートの対象者は平均年齢62.9歳の方々である。同じアンケートを異なる世代の
人々に回答していただいたらどのような結果になるだろうか。例えば、今の中学校生、高校生だっ
たらどのように答えるだろうか。これは大いに興味のある問題である。こういった世代別の音環境
に対する意識調査はこれからの課題としたい。
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青森県在住約 63 歳の人々にとっての音環境
参 考 文 献
I.音環境関連
内田芳明、1992『風景とは何か−構想力としての都市』朝日新聞社
小川博司:他著、1986『波の記譜法−環境音楽とはなにか』時事通信社
小川博司、1988『音楽する社会』勁草書房
J.ケージ:著、青山マミ:訳、1982『小鳥たちのために』青土社
佐野清彦、1998『音の文化誌−東西比較文化考』雄山閣
R.マリー・シェーファー:著、鳥越けい子、小川博司、庄野泰子、田中直子、若尾裕:訳、1986『世界の
調律−サウンドスケープとはなにか』平凡社
R.マリー・シェーファー:著、鳥越けい子、若尾裕、今田匡彦:訳、1992『サウンド・エデュケーション』
春秋社
R.マリー・シェーファー:著、今田匡彦:訳、1996『音さがしの本−リトル・サウンド・エデュケーショ
ン』春秋社
柴田南雄、1994『日本の音を聴く』青土社
瀬尾文彰、1981『意味の環境論−人間活性化の舞台としての都市へ』彰国社
高梨明:他著、1991『日本人はロバの耳』青峰社
谷山晃、山口修、畑路也:編、1991『音は生きている−芸術学フォーラム−6』勁草書房
鳥越けい子、1997『サウンドスケープ−その思想と実戦』鹿島出版会
中川真:編、1997『小さな音風景へ』時事通信社
中川真、1992『平安京 音の宇宙』平凡社
中川真、1997『音は風にのって』平凡社
永田穂、1986『静けさ よい音 よい響き』彰国社
難波精一郎:他著、1989『音の科学』朝倉書店
日本音響学会編、1996『音のなんでも小事典−脳が音を聴くしくみから超音波顕微鏡まで』ブルーバック
ス B1150、講談社
長谷川有機子、1998『心の耳を育てる−音からの教育「イヤー・ゲーム」』音楽之友社
早坂寿雄、1989『音の歴史』電子情報通信学会
F.V.ハント:著、平松幸三:訳、1984『音の科学文化史−ピタゴラスからニュートンまで』海青社
M.ピカート:著、佐野利勝:訳、1964『沈黙の世界』みすず書房
D.ポコック、J.D.ポーティウス:著、米田巌、潟山健一:訳、1992『心のなかの景観』古今書院
水野信夫、1998『地球音楽紀行−音の風景』音楽之友社
山下充康、1989『音戯話』コロナ社
山本和郎:編、1985『生活環境とストレス』垣内出版
山田宗睦:他著、1989『耳は何のためにあるか』風人社
山田陽一、1991『霊のうたが聴こえる』春秋社
吉村弘、1990『都市の音』春秋社
若尾裕、1990『モア・ザン・ミュージック−ミュージック・セラピーからサウンドスケープまで』勁草書
房
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青森明の星短期大学紀要 第25号
II.青森県関連
あおもり施設ガイダンス制作委員会:編、1992『悠遊倶楽部 青森県市町村施設ガイダンス』青森県総務
部地方課、青森県市町村振興協会
青森県ふるさと同好会:編、1991『ふるさと探訪−あおもりの風物と歴史』北の街社
青森県ふるさと同好会:編、1995『ふるさと青森−歴史とロマンを訪ねて』北の街社
市川健夫:監修、1988『青森県−ビジュアルワイド新日本風土記2』
(株)ぎょうせい
井上隆雄、1984『みちのく風土記』佼成出版社
トラベルメイツ社:編、1984『青森県風土記−年表・人国記・文化財一覧』東京堂出版
トラベルメイツ社:編、1984『青森県風土記 美しいふるさと』東京堂出版
奈良本辰也:監修、渡部まなぶ:写真、北小路健:文、1982『青森 天と地の旅−日本の山河46』
国書
刊行会
平田貞雄、1990『
「みちのく」人と自然』津軽書房
北條秀司:文、薗部澄:写真、1976『カラー津軽路の魅力』淡交社
三好京三:著、薗部澄:写真、1982『陽だまりの里津軽』桐原書店
るるぶ社、国内ガイド:編、1997『JTBポケットガイド 十和田 青森 秋田』JTB
− 62 −
学習権:THE RIGHT TO LEARN
研究資料
学習権:THE RIGHT TO LEARN
―教育法制基本用語・日英対訳
:Key Concepts of Japanese Education Law ―
宮 崎 秀 一
Ⅰ
学習権
人間が、自己の成長をはかり種々の能力を向上させまた真理を探求するために、自由に学習し、
また学習活動に必要な条件を要求する法的権利。特に未成熟な子ども(乳幼児、児童、青少年)が
一人前の大人になるために必要な学習条件・学習環境を、親、教師、教育行政機関など教育の実施
主体に求める権利をいう。
日本国憲法上の根拠は「ひとしく教育を受ける権利」
(26 条1項)に求められるが、この表現は
外から一定の教育プログラムを与えられるとのニュアンスが強い。1960 年代後半以降、教育法学
の分野においては、教育学の成果も踏まえ、人間の発達過程においては学びつつ成長する主体の自
主性・自発性が不可欠であることを重視して、この権利を「学習する権利」と能動的概念にとらえ
直した。以後、この解釈は学説・判例上定着し、最高裁判所も「この規定[憲法 26 条]の背後に
は、国民各自が、一個の人間として、また、一市民として、成長、発達し、自己の人格を完成、実
現するために必要な学習をする固有の権利を有すること、特に、みずから学習することのできない
子どもは、
その学習要求を充足するための教育を自己に施すことを大人一般に対して要求する権利
を有するとの観念が存在していると考えられる」と述べるに至った(旭川学力テスト事件大法廷判
決1976年5月21日)
。
戦後、高等学校や大学の進学率向上に象徴されるように、教育は量的に著しく拡大したが、反面、
「落ちこぼれ」
、体罰や行き過ぎた管理主義的生徒指導、受験競争の過熱、校内暴力、いじめ、不登
校、高校中退、家庭と地域社会の教育力低下など教育をめぐる多くの課題が現出した。これはまさ
に子どもの学習権が侵害されている状況であり、
その個々の解決により学習権保障の実を回復しな
ければならない。
「公の性質をもつ」
(教育基本法6条1項)学校における教育について「国民は、その保護する子
女に、9年の普通教育を受けさせる義務を負う」
(同4条1項)ことから、現代公教育制度下にあっ
ては子どもの学習権保障に果たす学校の役割は重大である。しかし、近年の不登校児童・生徒の著
しい増加に伴い、いわゆるフリースクールや家庭におけるホームスクーリングなど、そもそも学校
以外の場において教育義務を履行する親の自由、
子の立場からは学習する場や形態を選択する自由
が主張されている。これら「教育・学習選択権」の憲法上の根拠は、子どもの学習権に含まれる自
由権的側面としての「学習の自由」に求められ、
「幸福追求権」(憲法 13 条)及び「学問の自由」
(同 23 条)からも導かれるとされる。
一方、今後、学歴偏重社会から脱却し、真に生涯学習社会の実現を志向してゆく以上、学習権は
子どもにとってのみならず、大人にとっても一層重要な意義をもってくる。この点では教育基本法
− 63 −
青森明の星短期大学紀要 第 25 号
が、すでに戦後教育改革時に、
「教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現され
ねばならない」
(2条)
、また「家庭教育及び勤労の場所その他社会において行われる教育は、国及
び地方公共団体によって奨励されなければならない」
(7条1項)と謳っていたことは注目に値す
る。国際的には、1985 年(昭和 60)の第4回ユネスコ国際成人教育会議において「学習権」に関
する宣言が表明されている。そこでは「食糧の生産」
、
「健康な生活」から「戦争を避け」ることに
至るまで、
「学習権は人間の生存にとって不可欠な手段である」と述べられ、生存権、労働権、参
政権など他の基本的人権保障の前提をなすという意味で、学習権が「人権中の人権」であるといわ
れる所以が明瞭に説かれている。また、同宣言は、学習権を、
「人々を、なりゆきまかせの客体か
ら、自らの歴史をつくる主体にかえていく」ための「基本的人権の一つ」であると述べ、これがい
わば「自己教育権」としての本質を内包していることも示唆している。
− 64 −
学習権:THE RIGHT TO LEARN
Ⅱ THE RIGHT TO LEARN
It is the legal right of a human being to be free to learn, and to have access to the
conditions necessary for the purposes of attaining growth, improving his abilities in various fields, and searching for truth.
This right is especially embodied in the rights of children, from infants to adolescents,
to all the essential learning environments and conditions required to reach maturity as an
educated person. Those responsible for educating children, including parents, teachers
and educational administrators, must always honor these rights.
Although this right derives from “the right to receive an equal education”, provided
in Article 26, Section 1 of the Constitution of Japan, this provision seems to confuse many
people as to the meaning of“equal education”. They might think that the people would
be assigned certain standardized education program.
In the late 1960s, this right came to be reshaped into the positive concept“the right to
learn” through studies in education law supported by the educational research,emphasizing that independence and spontaneity are essential for the child’
s mental development.
Since that time this interpretation of the Constitution has been widely accepted as a
general theory and supported by case law.In fact,the Supreme Court has held that
there exists behind this provision (Article 26) the idea that each person, as a human being
and a citizen,has an inherent right to obtain sufficient learning opportunities to develop
both academically and in terms of personal character, and the child in particular, who
cannot learn by himself without others’help,is entitled to require society as a whole to
provide him with the education that meets his needs. (See the decision by the Supreme
Court in banc in the case of the National Achievement Test suit in Asahikawa : May 21,
1976.
)
Since 1945, when the war ended, education in Japan has expanded tremendously in
quantity, as shown by the high rates of students who go on to upper secondary schools
and those who go on to colleges and universities. At the same time various sorts of
educational problems have emerged, problems including an increasing number of school
dropouts, the use of corporal punishment, overregulation of the students’behavior, too
severe competition in entering upper-grade schools, school violence, incidents of bullying,
refusal to attend school, and leaving senior high school halfway. On the other hand, the
lack or decline of ability of family and community to educate children is becoming a grave
problem.
This means that we are in the very situation where the children’
s right to learn is
being infringed not in terms of formal legal changes but in terms of actual experience. It
is time that we should restore the full guarantee of the right to learn through the solution
of each of these problems.
Now that school is“of public nature”(The Fundamental Law of Education, Article 6,
− 65 −
青森明の星短期大学紀要 第 25 号
Section 1), and that “The people shall be obliged to have boys and girls under their
protection receive nine year’
s general education” (ibid.Article 4,Section 1), under the
modern public school system, school education indeed plays an important role in guaranteeing the children’s right to learn.
But as the number of students who do not attend elementary or lower secondary
schools has been increasing remarkably in recent years, more claims are being made by
parents regarding their rights to choose alternative ways of meeting their educational
duty, and indeed by children themselves regarding their choice of the place and the manner in which they learn. So-called“free schools”or home-schooling play a primary role
among these claims.
This alleged“right to choose regarding education and learning”could be based either
upon the“freedom of learning”implied as a civil liberty in the children’
s right to learn,
or deduced from the right to“the pursuit of happiness” (Constitution,Article 13), and
“[a]cademic freedom”(ibid. Article 23)
.
On the other hand, as long as we are going to restructure our society in which the
school career is emphasized too much, and to realize a lifelong learning society, the right
to learn bears a great significance not only for children but also for adults.
In this relation,
it is notable that the Fundamental Law of Education provided as early
as the immediate postwar period,
“The aim of education shall be realized on all occasions
and in all places” (Article 2), and “The state and local public bodies shall encourage
education carried out at home, in places of work and elsewhere in society.” (Article 7,
Section 1)
From international point of view,“The Right to Learn”was proclaimed at the UNESCO
International Conference on Adult Education in Paris, in March 1985.
This declaration states that“the right to learn is an indispensable tool for the survival
of humanity”,if we are not only“to be self-sufficient in food production”,and “to
enjoy better health”but“to avoid war”.It shows us that the right to learn is worth
calling “a basic human right” in the sense that it provides the fundamental premise for
other human rights, including“the right to exist”
,“the right to work”,and“political
rights”
.
Also this declaration describes the right to learn as “one of the fundamental rights”
,
since“the act of learning…changes human beings from objects at the mercy of events to
subjects who create their own history”
,suggesting that this right embraces so to speak
the essense of “the right to self-education”
.
(付記)第Ⅰ部「学習権」の用語解説は、拙稿「学習権」
『CD-ROM 版 日本大百科全書+国語大
辞典』(Windows 対応版 小学館 近刊)に若干加筆したものである。
− 66 −
ピアノ演奏における弛緩と音の効果
研究ノート
ピアノ演奏における弛緩と音の効果
加 茂 葉 子
1 はじめに
ピアノを演奏する際に、演奏者はピアノ音楽作品の美しさをあらゆる角度から探求し、表現し
ていくことが必要である。例えば、作曲家や作品の音楽史的価値の認識、作品の様式や形式その
細部にわたる分析、又鍵盤楽器としてのピアノの構造や歴史について熟知することも重要である。
更に音楽的センス、個性等様々な要素も要求されるのではないだろうか。そして、ピアノという
楽器を通して表現するための、練磨された演奏技術の必要性は言うまでもない。そこで、技術の
視点−特に弛緩−から音の効果について考察を試みることが、今回の目的である。身体の構造と
働き等は、多岐の分野に渡る研究課題であろうが、ここではピアノ演奏に必要な角度から考察し
ていきたい。更に、ピアノのタッチにおけるアフタ−タッチの意識と弛緩の関連を検討し、アフ
タ−タッチの意識が実際の演奏音に与える効果を、測定法1)を用いて判断する。
2 腕の弛緩について
2.1
弛緩の意味について
2)と
ピアノ演奏技術の視点から弛緩(又は力を抜く)という言葉を使う際、
“無駄な力を抜く”
いう意味に捉えて使用していくことにする。身体全体の力を抜く、或いは完全に腕の力を抜くな
どという表現は、初心者にとって実体が掴みにくいことが多い3)ので、“無駄な力を抜く”と言っ
た方が、いくらか理解しやすいと思われる。身体の動きは、中枢神経系の司令によって筋肉が働
き、その結果、骨・関節・靱帯・軟骨の複雑な相互作用によって成立する4)。無駄な力が入る場
合、初心者の多くは無意識にそうなっている3)場合が多く、力を抜くことは力が入らないように
することでもあり、第一段階では意識的に無駄な力が入らないようにすることが大切である5)。
尚、後述する筋肉の収縮(緊張)
・弛緩という言葉は、解剖学上の対語として使用する。
2.2 腕の関節等の構造
弛緩の考察の初めに、高橋長雄著『からだの地図帳』
、及び同著『関節の不思議』を主に用いて
(2.3にも使用)、解剖学上の関節等の構造に少し触れる。人体の骨は、互いに繋がりあって多くの
関節を形成する。骨は、筋肉や脂肪組織、血管、臓器等、身体の中の軟らかい組織の支えとして
姿勢を維持し、筋肉の収縮・弛緩を骨と関節のテコの動きに変換する役割をする。肩、肘、手首、
指それぞれの関節の構造は次のようである。肩の関節は、狭い意味では上腕骨頭と肩甲骨の関節
窩(関節内のくぼみ)との間の肩甲上腕関節を指すが、球関節6)で、多軸性7)であり、実際には
肩鎖関節、上腕上関節、胸鎖関節を含むことが多く、その場合屈曲・伸展、外転・内転、外旋・
内旋8)等の動きが可能である。肩関節は、人体の関節中最も可動域が大きい。肘関節は上腕と前
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青森明の星短期大学紀要 第 25 号
腕の連結器で3個の骨(上腕骨、前腕の尺骨・撓骨)から成る複関節(腕尺関節、腕橈関節、橈尺
関節)であり、総合して柔軟な屈曲・伸展、外転・内転運動ができる。手首は4つの骨(撓骨遠位
端、舟状骨、月状骨、三角骨)より成る複関節(橈骨手根関節、下橈尺関節、豆状三角骨関節)で
ある。更に手関節は8個から成る手根骨と撓骨遠位端の間の関節を総称して手関節と呼び、中央に
手根中手関節を持ち、手首、手関節全体で屈曲・伸展、外転・内転運動を可能とする。指は末節
骨、中節骨、基節骨、中手骨のそれぞれの間に、片手に9個の指節間関節、同じく5個の中手指節
間関節があり、屈伸が可能。しかし母指だけは、屈曲・伸展と外転・内転運動ができる。関節は、
軟骨におおわれて守られている。関節の潤滑油的働きをするものが関節包内の関節液で、関節の円
滑な動きを助ける。更に補強役をするのは多くの靱帯や腱で、靱帯は関節包を取り囲んでいる。筋
肉は収縮によって身体を動かすが、骨格についてそれを動かす働きをする横紋筋は骨格筋とも呼ば
れ、自由意志で収縮・緊張をおこさせることができる随意筋である。因に筋肉は、全体重の約33.8
%、骨は13.5%、脂肪組織は34.6%、皮膚は5.6%、血液他13.5%の割合から成る9)。ピアノを演
奏する際、直接鍵盤に触れる指先の動きは、中枢神経系の促進と抑制(腕全体の筋肉、関節、靱帯
等の運動の制御機構)の働きによって培われる10)。
2.3 筋肉の強化について
拮抗筋の機能を認識することは、関節の働きを理解し、弛緩を行なう上でも大切なことであると
思われる。関節の動きは、それを取り巻く筋肉や靱帯等と強く関わっているので、関節の動きをコ
ントロールする際には、以下のことに留意が必要である。屈伸ができる関節は、拮抗筋(伸筋、屈
筋)と直接関連しあう。関節を強く曲げる時、屈筋は出来るだけの力を出して強く収縮するが、拮
抗筋である伸筋は、最大限に力を抜いている必要がある。訓練によって拮抗筋の発達は大きな可能
性がある。又、関節の可動範囲の拡大も、関節を構成する骨や筋肉、靱帯、関節包等が軟らかく緩
むことによってできるのではなく、拮抗筋等の筋肉や補強役の靱帯の絶えざる強化によって、安定
性を失わない状態を保ちながら、関節構造等の可動性を一定方向に拡大させることが可能になる
。
11)
2.4 動作と筋肉の緊張・弛緩
演奏時、音楽と無関係な大袈裟な動作は、無意味である12)。動作は、一般的に筋肉の緊張が多
き過ぎれば、ぎこちないものになり、少なすぎれば、動作は力のないものになる。従って、自然な
動作には筋肉の緊張の調整が必要であり、緊張と弛緩の適切な配分を心がける必要がある13)。更
に、1つの新しい動作をする時、初めのうちは全身の筋肉が緊張しているが、日を経るにつれ、必
要な筋肉と不必要な筋肉の活動が区別され、部分的に弛緩が成立してくる。つまり、経験を積むこ
とによって弛緩の部位が拡大される13)。
2.5 野口三千三著『原初生命体としての人間』にみる身体の弛緩
野口氏は、その著書の中で −仕事(動作)をする準備のために休むとか、仕事をしたから疲労
回復のために休むとかのように、仕事に対立する概念として弛緩を捉えるのは本質的に不十分であ
る14)−と述べている。又、−筋肉に限らず脳細胞に至るまで、開放されている部分が多ければ多
いほど、そこにそれだけ新しい可能性を多く持つことができる。次の瞬間に、新しい仕事をするこ
とのできる筋肉は、今休んでいる筋肉だけである。休んでいるとは、「ぶら下げ」られているか、
− 68 −
ピアノ演奏における弛緩と音の効果
「ぶら上げ」られている状態である15)−と述べている。
2.6 腕の弛緩とは
前述した事柄をふまえて腕の弛緩の状態についてまとめてみたい。ピアノ演奏時、直接鍵盤に触
れる指先は、直接音を作る部位であり鋭敏さが必要である16)。又、指先は身体全体の緊張と弛緩
の影響を受ける16)。そこで、指先の適切な状態を用意するため、身体の状態はどうあるべきであ
ろうか。ピアノ演奏時の姿勢は、演奏者の体格によって椅子の高さ、椅子とピアノとの距離等が決
まり個人差がある。しかし椅子に座る際は、上半身の体重を乗せて座る17)ため、身体の弛緩が前
以て充分なされていなければならない。野口氏に倣えば、頭部は「ぶら上げ」られ、肩から下は
「ぶら下げ」られているのが良いということになる。腕の弛緩は、肩、肘、手首・手、指の骨、関
節、筋肉、靱帯等の安定を保ちながら(筋肉等の強化)
、それぞれの関節から「ぶら下げ」られてい
るつもりで、無駄な力を抜く状態といえる。特に初心者は、それらを意識的に行なわなければなら
ない。
3
ピアノのしくみについて
3.1 エスケープメント機構
ピアノの発明と改良の歴史は、エスケープメントの歴史18)といわれる。エスケープメントは、
鍵盤を押し下げるタッチ約10㍉(鍵盤の深さ)と連動するアクション中、最も重要な機構である。
鍵盤をゆっくり押し下げていくと、ジャックの頭部がハンマ−の軸(シャンク)についているロー
ラーを押していく。キーがある深さまで下がるとジャックの右端がレギュレーチングボタンに接触
して、ローラーからはずれる。その時点でハンマーはキー及びアクションから切り離され(エス
ケープ)、弦を打つ19)20)。ハンマーが自由になる瞬間をレット・オフと呼ぶ21)。
3.2 アフタータッチ
ジャックがローラーから外れる時、指先に抵抗感が感じられるが、これ以降のタッチはアフター
タッチと呼ばれ、音色を作る上でピアニストにとって重要なタッチである22)23)。ハンマーはエス
ケープの後弦を打ち、バックチェックによって保持される。その直後鍵盤を僅かに上げるとハン
マーはバックチェックから離れ、再び打鍵できる状態になる。これによって速い同音連打が可能に
なる。これは、グランドピアノにのみ備わっている機構である24)。
3.3 アフタータッチのための弛緩の重要性
現在までピアノの教育に携わり、腕の弛緩が不十分な演奏者は指先の鋭敏さに欠け、前述のアフ
タータッチを指先が十分意識できないため、音の響きが乏しく、音の質が固くなると感じてきた。
イタリアのピアニスト、ミケランジェリは、演奏会前ピアノ調律師に、エスケープメント以降の鍵
盤の深さを全部揃えることを要求した25)そうである。
ピアノを演奏する上で大切なことは、冒頭でも述べたように音楽作品の美を様々な角度から探究
し、音楽を想像(及び創造)することである。そして、音楽を表現するためのピアノという楽器の
介在は、楽器自体が持つ音色的魅力をも引き出すべく、技術の練磨を要求する。「弘法筆を選ば
ず」ということばがあるが、技術の研究をする中で、ピアノ演奏上最も良い身体の状態を捜し、そ
れが究極の弛緩であると考える。つまり身体、腕の全体的な弛緩は、指先の鋭敏さを強めることに
− 69 −
青森明の星短期大学紀要 第 25 号
繋がり16)、アフタータッチを含め、音楽に同化する自在なタッチ26)を生み出す重要な鍵であろ
う。そこで次の4では、アフタータッチが音に与える効果を、実験によって一部検証する。
4 弛緩と音の効果
4.1 音の評価の心理的測定
身体、腕の弛緩のもと、指先がアフタータッチを意識した演奏音の効果に関して、心理分析の立
場から実験を試みた。現在心理測定方法は数多くあるが、今回は実験の内容から一対比較法
(method of paired comparison)27)にヒントを得て実験を試みた。
4.2 実験の内容について
音楽演奏音の好みについて、一対比較法を用いて実験を行なった。ピアニストが演奏した音を1
つは指先がアフタータッチを意識したもの、1つはアフタータッチを意識しないものの刺激2種を
一対でランダムに聴かせた。1回目は速いリズム音型、2回目はゆっくりなリズム音型で行なっ
た。
(1) ○ → ● ● → ○ (2) □ → ■ ■ → □
○…アフタータッチを意識
□…アフタータッチを意識
●…アフタータッチを意識しない
■…アフタータッチを意識しない
1回目、2回目とも上記のようにアフタ−タッチを意識するか、しないかの任意な10対の音型
を、規則的に1秒感覚の繰り返しで被験者全員に同じミニラジカセを使用して、聞いて頂いた。被
験者は、18歳から46歳までの22名の男女で行なった。被験者に、次のような教示をした。
【被験者への教示】
スピーカーからピアノで2種類の音を任意にお聞かせいたします。音の響きを比較して、より響
きが美しい方に+を、美しくない方に−を記入して下さい。
人
数
↑
16
15
14
13
12
11
10
9
8
7
6
5
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
→ 実験順
図1 演奏音の好ましさの―対比較法による実験結果
− 70 −
ピアノ演奏における弛緩と音の効果
4.3 実験結果
前頁、図1の実験結果では、時間の経過の中で1回目と2回目に、ほぼ同様な傾向がみられた。
中間の時点(5∼7対目)で、一対の差を感じるレヴェルが減少する傾向を示し、殆ど差がない。
次に、1回目の速いリズムより、2回目のゆっくりなリズムの方が、指先がアフタータッチを意識
した方に、音の美しさを認知しやすいことがわかった。更に、全体の割合では、アフタータッチを
意識した方が美しいと感じた割合(57.5%)が、アフタータッチを意識しない方が美しいと感じた
割合(42.5%)を上回る結果をみた。一対比較法は、差異の微妙な比較に関して信頼度の高い結果
が出、簡単に行なえる27)理由で今回試みたのだが、音の美しさに関しての評価には個人差があり、
持続時間の影響があることがわかった。しかしながら、全体の割合ではアフタータッチを意識した
方に傾きが大きかった点で、興味深い結果となった。
5 おわりに
本研究は、ピアノ演奏における技術の視点−特に弛緩−から、音に与える効果を出来るだけ論理
的に検証したいという意向で行なったものである。身体や腕の弛緩という言葉は、現在多くの著書
等28)で使用されている。本稿では、身体の構造の理解と弛緩のあり方を、筆者なりに考察してみ
たが、弛緩は、筋肉の収縮・弛緩の働きや、筋肉の強化による関節可動域の拡大と関連があり、今
後綿密な調査が必要である。又、ピアノ演奏上の重要なタッチであるアフタータッチについては、
腕の弛緩の習熟と、指先がアフタータッチを意識できるか否かのタッチとの間に、相関関係がある
と考え、実際にアフタータッチの意識がピアノ演奏音に与える効果について、一対比較法にヒント
を得て実験を試みた。この結果は興味深く、機会があれば他の測定方法も行ないたいと思う。この
ように今回は、研究内容と結論の大筋を述べることにとどまった。次回は更に音響の分析や神経系
と弛緩との関係等にも踏み込みながら、詳細を調査したい。
引用文献
1)難波精一郎,桑野園子,“音の評価のための心理学的測定法”コロナ社,17(1998).
2)トバイス・マティ,“ピアノ演奏弛緩の技法”黒川武訳,全音楽譜出版社,12,15(1993)
3)ベアタ・ツィーグラー,“ツィーグラー”長岡敏夫・水野信男共訳,音楽之友社,29(1964)
4)Lulu E. Sweigard,“動きの教育”村井孝子・神崎典子・江尻美穂子・山口順子訳,杏林書院,
8(1981)
5)成瀬悟策,“姿勢の不思議”講談社,150−156(1998)
6)球関節は関節頭が球の一部の形をし関節窩がおわんの内側のようにくぼんでいる。
7)球関節は多軸性関節であり,球の中心を通る線が全て軸になるので,ねじる動きも可能である。
8)外旋、内旋運動は体の外(内)にねじる運動。
9)吉岡郁夫,“人体の不思議”講談社現代新書,23(1986)
10)・11)猪飼道夫,“身体運動の生理学”杏林書院,85(1973)
12)鴈部一浩,“ピアノの知識と演奏”音楽之友社,60(1999)
13)猪飼道夫,前掲書,332(1972)
14)野口三千三,“原初生命体としての人間”三笠書房,29(1972)
15)野口三千三,前掲書,17(1972)
16)藤本雅美,“ピアノのためのフィンガートレーニング”音楽之友社,7(1986)
17)ヨーゼフ・ガート,“ピアノ演奏のテクニック”大宮真琴訳,音楽之友社,52(1974)
18)吉川茂,“ピアノの音色はタッチで変わるか”日経サイエンス社,17∼18(1997)
19)安藤由典,“楽器の音響学”音楽之友社,163∼167(1996)
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青森明の星短期大学紀要 第 25 号
20)トバイス・マティ,“ピアノ演奏の根本原理”大久保鎭一訳,中央アート出版社69∼71(1993)
21)吉川茂,前掲書,20(1997)
22)斎藤義孝,“調律師からの贈物”音楽之友社,42(1984)
23)吉川茂,前掲書,21(1997)
24)中谷孝男,“ピアノの技術と歴史”音楽之友社,92∼93(1965)
25)杵淵直知,“ピアノ知識アラカルト”音楽之友社,185(1981)
26)加茂葉子,“書評:藤本雅美著『ピアノのためのフィンガートレーニング』
”本学紀要第17号,
31(1991)
27)難波精一郎,桑野園子,前掲書,86∼107(1998)
28)例えば前掲書,トバイス・マティ,“ピアノ演奏弛緩の技法”
,藤本雅美,“ピアノのための
フィンガートレーニング”等
参考文献
1.アビー・ホワイトサイド,“ピアノ技法をさぐる”佐々木正嘉訳,音楽之友社,(1984)
2.エリザベト・カラント,“デッペのピアノ奏法理論”原田吉雄訳,全音楽譜出版社,(1988)
3.パウル・ローレンツ,“ピアニストの歴史”田畑智世訳,芸術現代社,(1990)
4.市田儀一郎,“タッチ,このすばらしい手”全音楽譜出版社,(1990)
5.高橋長雄,“からだの地図帳”講談社,(1989)
6.高橋長雄,“関節は不思議”講談社,(1993)
− 72 −
Improving Japanese College Students' Reading Speed in English
研究ノート
Improving Japanese College Students' Reading
Speed in English
大学生の速読訓練に関する一考察
Yoko Fukushi
Introduction
"Reading is boring," "I'm not interested in reading," "Reading makes me sleepy," "It's a
waste of time." These are some of the comments extracted from a survey1 I made in my
second-year junior college English reading class. Unfortunately, nearly half of the students showed no interest in reading. Apparently, for some students reading is a painful,
distressful activity, too far from an activity of any enjoyment or accomplishment.
"Is it possible for me to alter their attitudes towards reading?" After pondering for a
while, I decided to espouse speed reading training in my reading class, using commercially
available computer software as part of my approach. I thought that if students experience
a certain degree of improvement in speed, they might have a different view toward reading. Furthermore, I thought that students might find using computers in a reading course
something new and stimulating. As a result, I hoped to have a few more students who say
"I like reading."
A number of studies have been done in the field of speed reading in English education
in Japan. Consequently, speed reading training has been widely recognized and adopted
in English classrooms. In fact, it has been included in English classrooms in Japanese
junior high schools and high schools, using materials designed just for that purpose. However, the inclusion of speed reading training seems to have had very little actual effect on
the students in terms of their reading speed (Taniguchi 1992).
What are the reasons for this seeming contradiction? One reason, as Taniguchi (1992)
states, is that it has been included without paying enough attention to clarifying its purpose and using appropriate materials, methods, and means of evaluation. Another reason
might be extracted from Takanashi and Takahashi's remarks (1987): the importance of
speed reading has been emphasized among people in language teaching; however, students are not really expected to read English at a high rate of speed in Japan. One other
reason might be, as Brown (1994: 292) states, that speed reading training should not be
applied for beginning level students because of their limited vocabulary and lack of linguistic knowledge. Harris and Sipay (1975: 547) also agree with this, stating that "speed
should not be emphasized at all until there is adequate basis for reading with understanding." These statements lead me to conclude that speed reading training, based on a firm,
− 73 −
青森明の星短期大学紀要 第 25 号
defined goal, using suitable materials, methodology, and evaluation, should be espoused as
a later-stage strategy; "in college level classrooms as one of the final goals in language
learning" (Ando 1972: 59).
The purposes of this paper are to attempt to provide an overview of the area of speed
reading, and to evaluate whether or not the inclusion of commercially available software
in speed reading training is recommended. In addition, I will describe some of the most
common problems ESL readers have, and a variety of methods used to address these
problems, focusing on the more modern method of using speed reading software in the
computer lab. I will also describe the process of the in-class research I conducted, touching
upon students' opinions about using PCs to improve their reading speed, and finally offer
my conclusion.
Establishing the goal of speed reading
At the beginning of a course of speed training, it is essential for us to measure students'
reading speed (Fry 1963: 6) and comprehension as accurately as possible, and then to
discuss with them the goal of speed reading training. By doing so, at the end of the course
we can confirm students' progress.
Measuring their reading speed is relatively easy. What we need is a chart on the blackboard, a timing device such as a stopwatch, and a simple equation2. What we have to bear
in mind is performing a trial run with a short text before the first real test (Nuttall 1996),
for students might face confusion arising from the unfamiliarity of such an attempt.
Ando (1972: 58), based on his work, concludes that the average reading speed of Japanese college students is 70-90 words per minute (wpm). Fujieda (1986: 8) also made a
survey and obtained a considerably similar result: his students' average reading speed
was 78 wpm before training. Bearing this in mind, I made an attempt to measure my
students' reading speed using commercially published reading material; as a result, I also
attained almost the same result3.
Ando (1979: 106-107) considers students at less than 100 wpm as slow readers, 100150 wpm as normal readers, 150-200 wpm as fast readers, and more than 200 wpm as
faster readers4. Ando (1972: 59) claims that 200 wpm should be the goal for Japanese
college students. I agree with this goal. However, the question is whether or not this goal
can really be reached by my students. According to Ando's classification, the students in
my class are considered slow readers, so it seems quite unrealistic for me to ask them to
pursue a speed of more than 200 wpm after training. Referring to the data collected by
Fujieda (1986), I believe that a reading speed of 150 wpm is an appropriate goal for most
of my students, while some of them might realistically aim toward 150-200 wpm.
What about reading comprehension? No matter how fast people can read, if they read
without understanding, it cannot be considered "reading" at all. Tinker (1965: 39) states
that "comprehension is the objective of all reading." However, as far as speed reading is
− 74 −
Improving Japanese College Students' Reading Speed in English
concerned, a score of about 70 percent in comprehension appears to be acceptable. Fry
(1963: 32) states that "it is not necessary for students to get 100 percent on most of their
reading." After explaining this, he suggests that teachers should "explain to the few students with constantly too high scores in comprehension that it is better for them to read
faster so that they can cover more materials" (ibid. 33). However, the question is whether
or not we language teachers who often expect our students' full understanding of a text
can be satisfied with this less than 100 percent score. This is one of the problems we, who
have been devoted to the grammar-translation method, have to face and eventually overcome.
Another problem we have to face is, as Nuttall (1996) states, the further reduction of
comprehension, which can be quite noticeable during training. Since reading speed seems
to "increase with a certain degree of independence from comprehension" (Kump 1999), it
cannot be avoided. Fry (ibid. 34) points out that "when each student first increases his
reading speed it is quite frequently accompanied by a drop in comprehension." However,
as long as our goal is to significantly increase our students' reading speed with 70 percent
comprehension after the training, we should not worry so much about this sort of "temporary" reduction during the training.
Choosing appropriate materials
To start speed training, we have to be very careful about selecting materials for students. Ando (1972: 62-63) states that if students are not confident about reading, teachers
should choose materials which are easier than their best tested level. He continues "students should try expanding vocabulary as well as knowledge about the world, and most
of all, they should make an effort to improve their reading ability." Paulston and Bruder
(1976: 193) also agree with this, stressing students' motivation. They state that "if materials are easy enough, speed reading training increases students' confidence in their ability
to read." These statements lead me to conclude that choosing easy materials is relevant,
for it makes a contribution toward not only improving students' reading speed but also
increasing their confidence in reading.
There appear to be many ways to choose materials at about the right level for the
students. However, the most reliable method is probably the use of a "readability scale", the
term which is often used to refer to the combination of structural and lexical difficulties
(Nuttall 1996). Taniguchi (1992)), using the scale developed by Fry (1977) and Roygor
(1977), analyzed materials used for speed reading in Japanese high schools, and concluded
that they are usually not arranged in appropriate order, and therefore not suitable for the
students. He suggests further improvement, adding that the materials should be arranged
"scientifically", not aimlessly.
Aside from the complexity of structure and vocabulary, the content of materials also
plays a crucial role in the students' reading speed. That is to say, if materials are interest− 75 −
青森明の星短期大学紀要 第 25 号
ing enough, they are likely to stimulate their curiosity and to attract their interest while
reading. Aebersold and Field (1997: 37) state that "the most reliable way of finding out
what students think they need is to ask them." After suggesting various ways to do so,
they mentioned a brief survey as one easy and useful way. One might simply ask an
open-ended question such as "What kind of stories do you like?", or one might provide a list
of categories ("current topics", "biographies", "novels", "short stories" and so on) and tell the
students to check their preferences.
Yes, choosing right materials based on an adequate readability scale and a brief survey
is the key if we really want students to increase their reading speed.
Teaching reading strategies
In order for students to read fast with a certain degree of comprehension, discussing
reading strategies seems to be quite effective. Richards (1997:95) states that "reading teachers
are responsible for helping their students use every possible strategy and ability available
to them during the act of reading." Therefore, we teachers have to teach these strategies,
helping students recognize how they actually read. Here are some examples of strategies
which I think are quite effective for students.
(1) Guessing
Guessing meaning is one of the strategies from which students benefit a great deal
when they encounter unfamiliar words or phrases. Therefore, it is important to mention
the value of simply guessing when in doubt. However, the following comment from an
ESL learner seems to say it all. "I used to believe that I have to know all the words in the
English readings in order to understand the readings. Therefore, I read in English with
the dictionary beside me all the time." (Auerbach and Paxton: 1997). In fact, quite a number of the students in my class, who were often encouraged to do so in the past, always
try to rely too much on a dictionary whenever facing a lexical problem. Undoubtedly, this
mind-boggling, time consuming activity sometimes leads them to a state of frustration
and irritation, bringing their reading speed down far below the intended goal. To avoid
this, they should be trained to form a rough idea of the meaning of unfamiliar lexical
items, inferring context by neighboring words or phrases.
(2) Understanding paragraph organization
In order to read faster, it is crucial to focus upon paragraph organization. Students often
have no idea about how to organize a paragraph unless they are taught. Katayama (1995)
made a survey and found that more than 90% of the students he taught had no knowledge
about paragraph organization. What the topic sentence, supporting sentences, and the concluding sentence respectively do, and where to find the topic sentence of each paragraph,
should be taught in class through various exercises.
− 76 −
Improving Japanese College Students' Reading Speed in English
(3) Shifting reading speed
Reading speed should be shifted depending on what part of the text is being read. In
other words, if one part of the text is more important (knowledge about paragraph organization would help students judge which parts are important), we should read it more
carefully. Taniguchi (1992) states that shifting reading speed is one skill to be acquired in
order to read faster.
(4) Building up knowledge about the world
Perhaps few of us realize just how much prior knowledge about the content of a text
helps us to read faster. When we are faced with a new text, we should take a little time to
connect what we already know about the topic with what we are about to learn. It helps
us understand and learn new materials more easily. However, unless it is taught in class,
students might end up thinking that linguistic knowledge is the only sort of knowledge
they need so as to read faster. Therefore, it is important for us to encourage them to be
curious about what is going on around the world.
Describing "bad" reading habits
In order for students to increase their reading speed, it is extremely important for them
to be aware of their own reading habits before speed training. Some of these habits
actually hinder them from reading faster. These "bad" habits, acquired in early stages of
language learning, include subvocalization, regression, and reading only one word at a
time. Let's describe the nature of these habits, considering whether or not there is any
possibility of eliminating or reducing them.
Subvocalization can be generally defined as "pronouncing each word in your mind
while reading". Fry (1963: 14) states that "since most students learn to read either after
learning to speak or at the same time, there is a natural tendency to relate the printed
word to its speech-sound." He also mentions that subvocalization is encouraged by teachers who instruct students to read aloud all their lessons (ibid. 15). Not surprisingly, almost
all the students in my class persist in this habit while reading a text. This implies that as
long as they "say" the words inwardly to themselves, they can never reach a speed of
more than 150 wpm, for the average reading rate when people read aloud is approximately 130 wpm and even at maximum speed is 150 wpm (Ando 1972: 65).
Thus, if we want them to read faster than this, eliminating this habit is essential. Fry
(ibid. 14) states that this undesirable habit is "difficult, but not impossible, to cure", and
presents ways to eliminate it. Ando (1972: 66), however, based on his survey5, claims that
it is "probably impossible" to eliminate this habit completely. He suggests that we should
make an effort to have students eliminate not all but some subvocalization through training.
"Another often-criticized habit is regressions, the occurrence of regressive eye move− 77 −
青森明の星短期大学紀要 第 25 号
ment, that is, the eye moving back to check previous words instead of sweeping steadily
forwards" (Nuttall 1996). "Regressions are the eye-movement equivalents of repetitions in
oral reading" (Harris and Sipay 1975). This happens when readers encounter linguistic
difficulties, or particularly complicated words, or when they attempt to interpret very
difficult ideas. Making regressions for these purposes is justifiable and even essential in
some reading (Fry 1963: 20; Tinker 1965: 76; Nuttall 1996: 59). However, excessive regression is problematic for some students, particularly lower level ones, who have a habit
of making many more regressions than they need. Fry thinks this is caused by the use of
materials inappropriate for them. He states that if we "give students ample amounts of
easy reading6," these unnecessary regressions will be cured, which Nuttall (ibid. 59) also
agrees with, stating that "pointless regressions can probably be eliminated by practice
with easy materials."
As actual training methods to reduce the frequency of regressive movements, the use
of the index finger as a reading pacer, the use of "a cover card" to block the text below the
line being read, and "cross-line exercises", which "serve to convince students that the eyes
can go smoothly across lines without looking back" (Harris and Sipay 1975) seem to have
been successful.
The last undesirable habit to mention is that of reading only one word at a time. To
eliminate this habit, it is necessary for us to understand something of the nature of eye
movement7(See Fig. 1).
Fig. 1 Eye movement pattern of a normal reader reading a sentence
(Underwood and Everatt 1992: 158)
When the eyes are reading a line of text, they do not move smoothly in a left-to-right
fashion. Instead, they make a series of short jerky movements along the line. Occasionally
moving back to previous words (a regression), they stop to inspect a word (a fixation) for
a very brief pause8 (Fry 1963: 17), where our brain processes visual as well as non-visual
information contained in a text. However, "not every word is fixated, and not for a consistent duration of time" (Underwood and Batt 1996: 144).
If our eyes move as stated above, widening the visual span − being able to see two or
three words at a time − seems to help us read faster. Well-known methods to widen visual
capacity are flashing words on a screen, showing flash cards, and exposing words for a
fraction of second by some mechanical means (Harris and Sipay 1975; Leeuw, E. and
− 78 −
Improving Japanese College Students' Reading Speed in English
Leeuw, M. 1965). These methods are considered to be quite effective to stretch our visual
span.
However, one thing we have to keep in mind here is that being able to see words is
different from being able to understand words especially for ESL learners. In other words,
being able to understand several words at a time cannot be fully achieved unless we make
some effort to increase the number of "sight words"9, for it is not our eyes but our brains
that change printed words into meanings.
To summarize, reducing these bad reading habits by training is vitally important for
students to improve their reading speed. So far, various kinds of methods, some of which
were mentioned above, have been used to deal with these problems. But now, computers
are available to replace them.
Using software to improve reading speed
There are some commercially available computer software programs designed to improve reading speed. Instead of using hands, cards, slides, or more sophisticated machines
such as tachistoscopes10, computers can play an effective role in helping students read
faster. Since a computer room in our college has been updated with a system facilitating
the Windows platform, it allows us to use a wider array of software.
One program I obtained to improve students' reading speed is "AceReader", which was
created by StepWare Inc. (1996-1998)11, a screenshot of which is shown in Figure 2.
Figure 2 The main menu of AceReader
There are several advantages offered by AceReader. The first is that this software has
been programmed to eliminate or reduce the three bad habits mentioned above:
subvocalization, regression, and reading words individually. AceReader's on-screen selfdescription says "AceReader paces you to read at higher speeds. At these higher speeds it
becomes physically impossible to subvocalize." It also says that "Because AceReader displays text by flashing word sets (in the main screen mode), you will be forced to read
ahead and will not have the opportunity to re-read." Using it once on a trial basis, I was
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青森明の星短期大学紀要 第 25 号
convinced that this software could be used to help break the habit of reading word by
word, especially because the number of words in the sets is changeable, from one to five.
The next advantage is that the stories already part of AceReader are arranged in "easy"
to "more difficult" order. That is to say, they are properly arranged by grade levels 1 to 12
(grade level accords with grades in U.S. schools)12. The story name itself shows the grade
level; for example, Story G01-S01 means Grade level 1, Story 1. This grade arrangement,
I believe, is extremely important because it stimulates students' desire to move up to a
higher grade level to read.
Another advantage is that we can keep track of each student's progress. In other
words, after taking reading comprehension tests following each story, the result will remain as data in the computer, so that not only the students but we teachers can check
upon their progress whenever we desire.
One other advantage of AceReader is that a whole text can be displayed on the screen
(in the normal reading mode). Whenever students feel absolutely puzzled about what they
read in the main screen mode, they can display an entire story on the screen and reassure
themselves about its meaning using a dictionary at their own pace and time.
For these reasons, I thought that AceReader would probably be a good help to my
students, increasing their reading speed and reducing their bad reading habits. At the
same time, however, I knew that this had to be verified somehow or other, before making
it part of my course curriculum.
Evaluating speed reading software before wider use
I evaluated AceReader by having some of my students use it and asking their opinions
about it. If there was anything inappropriate or ineffective in this program, I knew I would
have to either make some modifications, if possible, or consider some other non-computerrelated alternatives before starting the class-wide speed training.
Eight students participated in this experimental study. They were all in their second
year at Aomori Akenohoshi Junior College. They used AceReader for approximately 45
minutes once a week for at least three weeks. None of them had any previous experience
in speed reading training.
Before having them use AceReader, I explained the objectives and procedures of this
research, and also the goals and methods of speed reading training. In addition, I measured
the students' reading speed. Measuring their improvements in speed was not a main
objective here, but I wanted to provide the students with a realistic training atmosphere.
Also, each student had to decide which setting to start at. Lastly, I explained how to use
AceReader, which was completely new to them13.
After their experimental use, I conducted a casual interview with each student, asking
a number of questions14 in an attempt to identify any problems in using this software. As
a result, several problems became apparent, yet I found that most of these could be solved
− 80 −
Improving Japanese College Students' Reading Speed in English
without too much trouble.
The greatest difficulty that emerged in the interviews was my students' insufficient
proficiency in English. This software has been created mostly for the use of native speakers, whose average reading speed is more than 200 wpm, not for Japanese college students, whose average speed is far below that. This means that the software may function
just fine for native speakers, but not as well for those of us who still possess lexical and
grammatical problems in reading English. In fact, the interviews revealed that some of the
students found the stories even at grade level 1 difficult to comprehend. If they do not
understand what they are reading, how can they reduce their bad reading habits, using
this software?
To deal with this problem, I decided to type and enter into the computer program some
other stories15 which are linguistically less complicated than those in grade level 1, before
starting the actual training. As a result, the students, especially the low-level ones, would
be able to start with the stories most suitable for their level. These stories, of course,
should be chosen by means of a readability scale16, and then arranged carefully from
"easy" to "more difficult" order.
Another problem was the speed bar setting. Adjusting the speed bar is not so difficult
(all we have to do is to click on the correct setting), but the problem was figuring out
which setting stood for which speed. Therefore, just to find the setting most suitable for
their level, students had to run the first story several times. This problem, however, can
be solved easily if teachers provide a handout which shows the speed of each setting in
words per minute before training.
One other problem, which I believe is not so serious, was the letter font when entire
stories were displayed in the normal reading mode. It should be a little larger, so that we
can see it with less eyestrain.
The next three points are suggestions for the author of the program17. One student
mentioned that AceReader would be better if it featured penalties, such as the overall
reading speed score being dropped when the comprehension score is low. Another student stated that it would be better if she could listen to each story, when desired. Improving listening skills is not the goal here; however, listening to a story might be beneficial to
students whose reading speed is less than 150 wpm (Ando 1979). Lastly, the lack of
printing capability was a drawback. One student mentioned that if she could print out
each story in the normal reading mode, it would be convenient to scan quickly or write
Japanese equivalents where necessary.
The last three were problems more instructional in nature than linguistical or technical.
One problem that arose was exposure time. Because of the flashing screen, students felt
a little dizzy after awhile, and they could not continue reading. Therefore, it is necessary
for us teachers to limit the exposure time at first, and then to extend it gradually, acclimating students and confirming how they are doing.
Another problem is that AceReader fails to prompt the user to preview the whole story
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青森明の星短期大学紀要 第 25 号
in the normal reading mode before reading it in the main screen mode. Some students
mentioned that they wanted to glance over the entire story before reading it in flashing
word sets. Scanning the whole story in a quick preview is important, for by doing so,
readers can obtain some idea of what to expect.
One other problem, although easily correctable, was my insufficient explanation of this
software. I was surprised when some students mentioned that they did not understand
the desired effects of the program. Unless they understand what they are doing, they can
hardly get positive results. Therefore, it is necessary for teachers to spend enough time
explaining the features of any software application, repeating the most important points,
before having students use it on their own.
I conclude that the inclusion of this software in the training is recommended, but only
when the effort is made to avoid all of the pitfalls stated above. Even though not all of the
problems can be solved perfectly, the following comments from the interviews18 definitely
give me encouragement to continue using this software: "I want to keep using it because
I feel it helps me read better," "I think this helps my eyes move smoothly," "I don't know
why, but I enjoyed using it."
Conclusion
Researchers have long studied the area of speed reading, considering its possible applications in language teaching. Owing to their work, there are a great number of handbooks, drill books, and even computer software programs available. Consequently, it appears that adopting speed training in English classrooms has become easier than ever
before.
However, one thing we always have to bear in mind is that speed reading training
cannot fully succeed unless we pay full attention to clarifying our goals and using appropriate materials, methods, and means of evaluation. Therefore, before adopting speed training
in the classroom, we have to make careful preparations.
For my own English speed reading class, which will last 90 minutes once a week for
one semester, the training will be performed using two different methods: the more traditional method using two different drill books containing exercises designed to increase the
number of sight words, including timed readings and comprehension tests and introducing reading strategies, and also a more modern method utilizing speed reading software in
the PC lab. After incorporating these two methods for one semester, and monitoring the
students' progress throughout that period, I will evaluate the results and then make further modifications.
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Improving Japanese College Students' Reading Speed in English
Notes
1. The subjects were thirty-four students at Akenohoshi Junior College. They were given
a written questionnaire by the author.
2. There are several ways to determine reading speed. The method I used follows the
equation:
x ÷ y × 60 = Z, where
x is the number of words in the text,
y is the reading time in seconds,
60 is the number of seconds in a minute, and
z is the reading speed in words per minute (wpm).
3. I measured the reading speed of twenty students in my reading class at Akenohoshi
Junior College, using timed reading passages from the textbook "Independent Reader"
(Macmillan: 1998). Their average reading speed was 76 wpm.
4. Agardy (1981:42) has rated the reading speeds of native speakers as follows:
Words per Minute:
Rating:
Better than 600
Superior
Between 300 and 600
A little above average for college students
Between 180 and 300
Average
Between 100 and 180
Below average
Less than 100
Poor
5. Ando (1975:125) attained the following result at the end of a training exercise, in which
96 students participated:
8.3%
Pronounce every word
Pronounce partially
80.2%
Do not pronounce at all
11.5%
6. Fry (1963) states that if there is only one unfamiliar word every twenty words, the book
can be considered easy reading, while, Ando (1975) claims that a text which contains
less than one unfamiliar word every forty words qualifies as easy.
7. The first account of systematic observations of eye movements during reading was
made by a French physician in 1878 (Harris and Sipay p. 550). M.A. Tinker is famous
for reviews of the literature on eye movements (Gibson and Levin p. 352).
8. The total proportion of reading time taken up by eye movements is about 6 per cent and
fixation pauses 94 per cent in most readings (Gibson and Levin p. 354).
9. "A Dictionary of Reading and Related Terms" (1981) defines "sight word" as "a word that
is immediately recognized as a whole and does not require word analysis for identification".
10. A tachistoscope is "a device that allows the presentation of visual material for brief
intervals of time" (Harris and Sipay p. 562).
11. The E-mail address of StepWare Inc. is http://www.stepware.com.
12. According to the author of the software, Mr. Bernie Marasco, "these stories were determined by running the texts through a word processor that ranks the level of the text."
13. Fortunately, all of them were already familiar with computer basics, so I did not need to
explain those points.
14. I have to admit that the sample size is too small for me to draw any solid conclusions
here, but I believe that their opinions have served well in the process of deciding if the
inclusion of software in the training is recommended or not.
15. This software has been programmed to make it possible.
16. Now software programs are available to judge the readability of reading materials.
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青森明の星短期大学紀要 第 25 号
17. The author of this software seems to welcome suggestions on modifying the program.
18. Of course, there were a few comments which did not support the inclusion of AceReader,
because of the complexity of the vocabulary and structure or students' unfamiliarity
with CALL, computer assisted language learning.
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『大学英語教育学会』No. 3, 55 − 68
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要』14, p.28 − 34.
藤枝 宏壽 1986「大学生の英語速読力修得の実態と問題点」
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高梨 庸雄・高橋正夫 1987 『英語のリーデイング指導の基礎』研究社出版
谷口賢一郎 1992 『英語のニューリーデイング』 大修館書店
山田 純 1984 「速読と速読指導」『英語のリーデイング』p.89 − 104 大修館書店
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1998 年度
本学専任教員の研究業績および活動に関する報告
Ⅰ.著書 a)単独 b)共著 c)分担執筆(辞書、叢書、ハンドブック等)
d)翻訳 e)共訳
氏 名
区分 書 名
発 行 所 名
発行年月日
泉 谷 千 晶
c
表現のためのやさしいピアノ即興演奏
ドレミ楽譜出版社
1998.12.30
木 村 博 子
b
子どもに大人気「手あそび指あそび」
ドレミ楽譜出版社
1998.12.30
b
表現のために「やさしいピアノ即興演奏」
〃
〃
Ⅱ.学術雑誌に収載された論文
氏 名
論 文 名
収 載 雑 誌 名
発 行 所 名
発行年月日
泉 谷 千 晶
青森明の星短期大学 1998.12.15
フランスの音楽教育とソルフェー 青森明の星短期大学紀要
(第24号)
創立35周年記念号
ジュに関する一考察
井 上 ま や
パウル・ツェランとハイデガー
上 原 健 二
青森明の星短期大学 1998.12.15
精神障害の生活における重視項目 青森明の星短期大学紀要
創立35周年記念号
と社会参加の意欲に関する研究 (第24号)
木 村 博 子
子どものためのオペレッタ
ゆめときぼうのまちブレーメン
―ブレーメンの音楽隊より―
青森明の星短期大学 1998.12.15
青森明の星短期大学紀要
(第24号)
創立35周年記念号
青森明の星短期大学 1998.12.15
青森明の星短期大学紀要
(第24号)
創立35周年記念号
青森明の星短期大学 1998.12.15
日 下 昭 夫 「
『音楽雑誌』に見る四竃訥治の啓 青森明の星短期大学紀要
(第24号)
創立35周年記念号
蒙思想とその広がり」
―受容の視点から(その1)―
坂 本 明 裕
青森明の星短期大学 1998.12.15
ハイパーテキストとインターネット 青森明の星短期大学紀要
(第24号)
創立35周年記念号
情報検索
笹 森 建 英
物語る歌の構造
―津軽民謡における口説節―
清 水 薫
青森明の星短期大学 1998.12.15
青森明の星短期大学紀要
韓国残留日本女性の実態
創立35周年記念号
―慶州ナザレ園のイルボンハルモニ― (第24号)
成 田 育 男
カタリの publicity
成 田 恵 子
青森明の星短期大学 1998.12.15
小学校における英語導入に関す 青森明の星短期大学紀要
(第24号)
創立35周年記念号
る考察
原 沢 康 明
青森明の星短期大学 1998.12.15
ストラヴィンスキー作曲
『洪水』
に 青森明の星短期大学紀要
(第24号)
創立35周年記念号
更に見られる対称的構造
宮 崎 秀 一
青森明の星短期大学 1998.12.15
アメリカのホームスクール関連 青森明の星短期大学紀要
創立35周年記念号
判例:スワンソン事件連邦控訴裁 (第24号)
判決―公立学校
「部分履修」
拒否の
信教の自由・親の教育権適合性―
1999.3.31
アメリカ判例法にみるホームス 近代教育の変容過程と今後 国立教育研究所
の展望に関する総合的研究・
クーリング選択の法理
中間報告書
青森明の星短期大学 1998.12.15
青森明の星短期大学紀要
(第24号)
創立35周年記念号
青森明の星短期大学 1998.12.15
青森明の星短期大学紀要
(第24号)
創立35周年記念号
− 85 −
氏 名
論 文 名
収 載 雑 誌 名
発 行 所 名
発行年月日
三 好 迪
旧約律法又は古代ユダヤ教諸法 青森明の星短期大学紀要
青森明の星短期大学 1998.12.15
から見た福音伝承―マルコ 4 章 (第24号)
創立35周年記念号
35 ∼ 5 章 43 について
山 田 恵 子
日本の声楽界が求めて来たベル・ 青森明の星短期大学紀要
青森明の星短期大学 1998.12.15
カント
(第24号)
創立35周年記念号
―日本歌曲の歴史に現れていた
ベルカントの認識の違いを演奏
者の視点から考察―
Ⅲ.学会における研究発表
氏 名
題 名
学 会 名
開 催 場 所
発表年月日
上 原 健 二
精神障害回復者の医療に対する姿 日本社会福祉学会
勢と社会参加の意欲に関する研究
∼仙台市近郊の精神障害者通所援
産施設・小規模作業所の利用者の
アンケート調査をもとに∼
明治学院大学
木 村 博 子
全国大学音楽教育学会
手あそび指あそびに関する研究
―東京以北の保育者を対象とした
調査を基に―
札幌ガーデンパレス 1998.9.3
『音楽雑誌』広告に見る明治20年 日本音楽学会
日 下 昭 夫 「
代の世相」
成 田 育 男
宮 崎 秀 一
大学教育における公共圏の構築 大学教育学会
(学会誌に「提案」が掲載される)
判例にみるアメリカの学校選択
国立教育研究所・特別研
―ホームスクーリング争訟事例を 究「近代教育 の変容過
中心に―
程」
学校選択と学校参加
研究部会
− 86 −
1998.10.17
秋田大学教育文化学 1998.12.5
部
亜細亜大学
1998.11.29
国立教育研究所
1998.11.27
Ⅳ.音楽会(演奏及び作曲等)
、展覧会等における発表
氏 名
題 名
主 催 者
開 催 場 所
発表年月日
泉 谷 千 晶 「フランス音楽の夕べ」泉谷千晶
ピアノリサイタル
青森ビブレ友の会
シュトラウス
1999.2.5
加 茂 葉 子 クラシックとジャズピアノジョイ
ントリサイタル
函館ピアノ音楽研究会
金森ホール
1999.2.13
木 村 博 子 第22回青森県声楽研究会ヴォーカ
ルコンサート
第17回愉しい歌の夕べ
青森県声楽研究会
八戸市公民館ホール 1998.5.31
青森麦の会
青森市民文化ホール 1998.7.4
(伴奏)
笹 森 誠 山谷常雄リサイタル
青森県立青森北高等学校芸術鑑賞会(伴奏)
第22回青森県声楽研究会
(伴奏)
愉しい歌の夕べ第17回コンサート(伴奏)
青森東高等学校音楽部発表会
(伴奏)
第21回日本歌曲の夕べ「橋本國彦
作品集」
(伴奏)
ジョイントリサイタル(独奏、二重奏)
青森市制100年
上浪明子、小渡恵利子、諏訪才
子、ジョイントコンサート
(伴奏)
第6回“鈴”コンサート(独奏)
東北の作曲家'99 in 青森∼山田恵
子リサイタル∼(伴奏)
青の会
青森北高等学校
青森県声楽研究会
麦の会青森支部
青森東高等学校
青の会
シュトラウス
青森市文化会館
八戸市公民館
青森市民文化ホール
青森市民文化ホール
八戸市公民館
(自主公演)
(財)青森市文化スポーツ
振興公社
青森市民文化ホール 1998.9.30
1998.10.20
青森市文化会館
“鈴”実行委員会
( 社) 日本作曲家協議会
JFC東北
1998.11.15
八戸市公民館
青森市民文化ホール 1999.1.9
原 沢 康 明 作曲:ヴィブラフォンとアルト
サックスのための「暗愁」
作曲:フルート、リコーダー、ソ
プラノサックス、アルトサック
ス、打楽器、ピアノのための「虹
色のデコボコ道」
演奏:第24回県民の集い「小さな親切」
フィルハーモニーオーケストラの
シンセサイザー担当
青森県作曲家協会
スペースアストロ
1998.9.19
青森明の星短期大学学
友会(学園祭)
明の星ホール
1998.10.23
「小さな親切」運動青
森県本部
青森公立大学講堂
1998.11.28
藤 田 佳律子 童謡の会
童謡の会、かげぼうし
青森市民文化ホール 1998.5.17
三 上 ゆかり ジョイントリサイタル
武蔵野音楽大学同窓会演奏会
清水江理子 矢野吉晴
三上ゆかり 笹森 誠
武蔵野音楽大学同窓会
青森県支部
青森市民文化ホール 1998.9.30
青森市民文化ホール 1999.3.26
「音楽展」
に出演
山 田 恵 子 青森県作曲家協会
山田恵子ソプラノリサイタル
第8回ミュージックレストランス
ケルツォスペシャルプラン《クリ
スマスってな∼に?》山田恵子
(ソプラノ)サロンコンサート
東北の作曲家'99 in 青森
山田恵子ソプラノ・リサイタル
青森市制100周年記念事業
国際交流フェスティバル・イン青森
第2部
「世界の音楽と踊り」
で演奏
青森県作曲家協会
ビブレ友の会
ミュージックレストラ
ンスケルツォ
1998.9.19
弘前市デネガ
1998.11.6
シュトラウス
ミュージックレスト 1998.12.19
ランスケルツォ
日本作曲家協議会
青森市民文化ホール 1998.1.9
(財)日本国際連合協会青
森県本部・青森市支部
青森県民福祉プラザ 1998.1.31
4F
− 87 −
1998.4.17
1998.5.8
1998.5.13
1998.7.4
1998.7.22
1998.9.19
Ⅴ.その他 a)書評・論評 b)依頼作詞・作曲 c)講演・講座 d)研究調査 e)主宰等活動
氏 名
区分 項 目
年月日
c
大人から始めるピアノ(本学公開講座1998年度第Ⅰ期)
c
大人から始めるピアノ( 同上 1998年度第Ⅱ期)
木 村 博 子
c
c
青森市保育連合会主催「オペレッタと手あそび指あそび指導」
三沢市幼稚園教育研究会主催「すぐ子どもに教えられるオペレッタ指導」
日 下 昭 夫
c
大作曲家シリーズ・その5「ブラームス」
―ベートーヴェン的堅固さとシューベルト的軽やかさ―
於 青森明の星短期大学
1998.4.27
c
同名で 於 宮古市立図書館
1998.6.18
c
同名で 於 弘前文化ホール
1998.9.20
a
「英語科教育におけるコンピュータ利用の実態と今後の可能性」
私学研修会平成9年度国内研修報告書
1998.5
d
「学校教育における教科書の態様とその教育効果に関する調査研究」
実践グループ研究協力者(財)教科書研究センター
1997.9∼
1998.6
笹 森 誠
e
カワイピアノコンクール(八戸)審査員
1999.2.11
竹 岡 洋 子
e
東北英文学会評議員
1996.4.1∼
d
T. S. EI : otとダンテについて
英国、イタリア旅行(10日間)中、調査研究を行う
1998.8.16∼
8.27
中 原 ナカ子
c
「育つ、育つ場としての家族」(於:本学・公開講座)
1998.7.8
成 田 恵 子
c
講座「子どもための英会話」青森明の星短大公開講座
1998.6∼7.9
c
講座「小学生の英語」RAB学苑
1998.4∼現在
c
青森明の星短期大学公開講座第Ⅰ期「音楽療法入門」(4回シリーズ)
1998.6.13・27
7.11・25
c
七戸町教育委員会・青森明の星短期大学共催公開講座「音楽療法入門」
(2回シリーズ)
1998.9.12・26
c
青森明の星短期大学公開講座第Ⅱ期「続・音楽療法入門」(4回シリーズ) 1998.10.7・
14・21・28
青森県総合社会教育センター主催、生涯学習フェア・大学公開講座祭り
1998.10.29
「音楽療法入門」
泉 谷 千 晶
坂 本 明 裕
原 沢 康 明
c
宮 崎 秀 一
C. Fitzpatrick
1998.6.10∼7.8
(全5回)
1998.10.7∼
11.18(全6回)
1998.11.25
1999.1.13
c
全日本エレクトーン指導者協会研修会
(於:ヤマハ八戸店)
「音楽療法入門」
1998.12.21
c
全日本エレクトーン指導者協会研修会
(於:ヤマハ青森店)
「音楽療法入門」
1998.12.24
e
青森県リカレント教育推進検討委員会委員
d
私学研修福祉会国内研修員(於:仙台白百合女子大学人間学部)
研究テーマ「教育課程編成法制及び改革動向に関する日米比較研究」
1998.6.29∼
1999.3.31
1998.8.1∼
1999.3.31
e
English version of an internet website on Osamu Dazai http:// 1998.9.22∼
www.sphere.ad.jp/aomori/wnn/dazai
10.7
e
English version of an internet website for the Aomori Convention 1999.2.22∼
Promotion Association http://www.acpa.gr.jp/
3.16
− 88 −
青森明の星短期大学紀要 第25号
1999年12月10日 印刷
1999年12月15日 発行
〒030−0961 青森市浪打二丁目6番32号
編集兼
青 森 明 の 星 短 期 大 学
発行者
電話(0177)41−0123
〒036−8173 弘前市富田町52
印刷者
㈲ 小 野 印 刷 所
電話(0172)32−7471
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