キルヒ破綻の実情 - nozomu.net

2002 年 8 月 31 日
キルヒ破綻の実情
国際大学グローコムフェロー
電通総研客員研究員
吉田望事務所代表
yoshida@nozomu.net
<メディアバブルの終焉>
2002FIFA ワールドカップ
TM が無事終わり、日本や韓国チームの活躍により大成功と位
置づけられたことにスポーツ関係者は安堵の気持ちを隠せないでいる。なにしろ、今年初
頭にはワールドカップの開催が危ぶまれるかもしれない、というような経営的な危機が起
こったからだ。まず、90 年代半ばに 2002FIFA ワールドカップ TM を開催する FIFA とオフ
ィシャルパートナー契約を結んでいた ISL 社(International Sports Culture & Leisure
Marketing A.G.=五輪やサッカーワールドカップなど世界的に人気の高い世界選手権を扱
うスポーツ・マーケティング会社)が破綻した。それに続いて同社とともに FIFA のオフィ
シャルパートナーであり、ISL 破綻後に同社からアフリカ、アジア、アメリカのワールドカ
ップ放映権を買い取ったキルヒ・グループ破綻と、ワールドカップ直前に関係者の破綻が
続いた。
この破綻はここ数年起こったコンテンツバブル、なかんずくスポーツバブルの終焉の始
まりを意味している。それは1.冷戦終了後急速に進んだ TV メディアの世界的な普及拡大
(ワールドテレビの出現)2.デジタル化による新しいペイ TV(デジタル衛星放送)プラ
ットフォームの出現と競争の激化
3.それに伴う番組コンテンツ需給のタイト化
がそ
れぞれ一巡し、その反動が来たことを意味する。
ペイ TV の普及にとって、最大のキラーコンテンツはスポーツである。プレミアリーグの
放映を目玉にしたイギリスのBSkyB、地域スポーツ放映セットを目玉にしたアメリカのデ
ィレク TV の拡大で、その効果は実証されている。そして、それらスポーツコンテンツの高
騰は、スポーツ選手の年棒の高騰やスポーツクラブ経営の巨大化、株式会社化などに波及
していった。
キルヒ・グループの破綻を検証するため、この流れを簡単に振り返ってみる。94 年ごろ
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から始まった放送のデジタル化は、まずは最もフットプリント(放映地域)が広い衛星放
送で実現され、ペイ(有料)TV プラットフォームが世界的に本格化した。冷戦の終了は、
従来主として軍事産業に使われてきた通信衛星の使途を大きく変えた。グローバルな資本
主義を実現するマーケティングの手段=グローバル TV の実現のために、通信衛星と軌道位
置は使われ始めたのである。
地域ごとの細分化が起こるケーブルテレビ市場では、MSO(マルチプル・システム・オ
ペレータ)と呼ばれる大規模な事業者は長い合従連衡の歴史の末に出来上がってくるのに
対して、このデジタル衛星放送市場は、きわめて独占性が高い市場である。ゼロヨンのド
ラッグカーレースと同様、この勝負は短期で勝敗が鮮明になる。この数年の競争の末に明
らかになりつつあることは、デジタル衛星放送市場は、なんらかの規制がなければ同一地
域・同一言語市場ではおそらく 1 社独占に集約してしまうマーケットであるということだ。
去年秋には、小が大を呑む合併、衛星放送で全米 2 位のエコスター・コミュニケーション
ズ(DISH)が、傘下に衛星テレビ局ディレク TV を持つヒューズ・エレクトロニクス(GMH)
を買収する事件が起こった(上記の買収が成立すれば新会社は米国衛星テレビ市場の約
91%を独占することになり、この合併が最終的に FCC によって認められるかどうかはまだ
わからない)。
デジタル衛星放送市場をめぐってこの数年、ワールドワイドで、ヒューズ・エレクトロ
ニクス社と、ルーパート・マードック氏率いるニューズグループ(衛星放送局持ち株会社
スカイ・グローバル・ネットワークス(Sky Global Networks)
)、そして各地域資本を主体
とする勢力の 3 つが争った。例えば日本では、それぞれディレク TV、JSkyB、パーフェク
TV に相当する。結局、まずパーフェク TV!と JSkyB が合併してスカイパーフェク TV!
が誕生し、それにディレク TV が吸収されることにより、日本での 3 グループ間での競争は
決着した。
キルヒ・グループもこの競争の真っ只中にいた。その破綻の詳細をこの後に述べるが、
キルヒ・グループ破綻の直接の引き金を引いたのは、同グループの中核のデジタル衛星放
送 PremiereWorld(KirchPayTV 傘下のデジタル衛星放送)
」からの膨大なキャッシュアウ
トであった。ペイ TV とコンテンツバブル急騰と崩壊のあおりで資金政策につまずいたこと
が、破綻の原因となったのである。
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<キルヒ・グループの歴史>
キルヒ・グループは 1956 年、Leo Kirch(以下キルヒ氏現在 75 歳)によって設立された。
当時、キルヒ氏は妻から 25,000 マルクを借りて、今でも人気がある Federico Fellini 監督
の「La Strada(道)」を購入し、放映権販売を始めた。キルヒ氏は 1959 年に United Artists/
Warner Brothers から 400 もの映画の権利を購入して事業の拡大を進め、次第に出版、映
画製作、放送業などに手を広げていった。
キルヒ氏は公の場に出ることを好まない人物のようである。過去インタビューを受けた
ことは3回しかないらしい。(この点では武富士の武井会長に会い通じるものを感じる)キ
ルヒ氏に会った人は、彼をすごいカリスマを感じさせる人物であると述べている。
前ドイツ首相のコール氏や、現バイエルン州の首相で今年のドイツ首相選挙に出馬予定
の Edmund Stoiber 氏など政治家の友人も多く、そのことが彼のカリスマ性を高め、また
彼のビジネスを謎に包んだものにしてきた。放送が免許事業であること、海外からの影響
力を排除して国内資本の権勢を高めるナショナルポリティクスが働いてきたこと、またそ
のパブリックオピニオンを形成する力や、政治家への資金供給が容易な点において、彼と
西ドイツ−なかでもバイエルン州の政治家−との利害は一致しており、彼は特異なる政商
として、西ドイツ随一の存在となった。
1984 年に西ドイツで商業放送が始まると、彼は保有する膨大な番組ストックと得意の政
治力を生かし、西ドイツ最大の商業放送グループをつくりあげた。キルグ・グループが保有
する ProSiebenSat 1 は ProSieben、Sat.1、Kabel 1、N24 などのチャンネルを持ち、47%
の市場シェアを持つドイツ最大の民間放送局に成長した。
1990 年代に入ると、キルヒ氏は有料放送事業の展開を開始した。96 年に開始した衛星デ
ジタル放送 DF1の不調でキルヒ・グループは 98 年から 99 年にかけて深刻な財政危機に直
面し始めた。競合する Premiere と合併し、イタリアのメディア王、シルビオ・ベルルスコ
ーニ氏傘下の Mediaset、マードック氏のニューズグループなどからの資本参加を得て、一
度は立ち直るかに見えた。しかし買収を含めた莫大な初期投資の大きさと、加入者が約 240
万人(ケーブルテレビ経由を含む)と予想を大幅に下回ったことにより、同社は毎日、230
万ユーロの赤字を垂れ流す状況に直面し、キルヒ・グループはキャッシュ・アウトの日を
迎えてしまったのである。
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<破綻直前のキルヒ・グループ>
キルヒ・グループは持ち株会社 Taurus Holding の下に3つの会社を持っている。それぞ
れが、さらに多くの子会社を傘下に持つ複雑な事業構造である。約 9,500 人の従業員がお
り、ワールドカップやF1、ブンデスリーガ(ドイツのプロ・サッカー・リーグ)などの
放映権を持っている。
組織図
http://www.kirchgruppe.de/neu/en/pub/qfinder.cfm?p=kirchholding/companies/companystructure.htm
① KirchMedia(Taurus Holding が 72.62%出資)
−フリーテレビの運営、番組制作、スポーツや映画の放送権販売
−4 月 8 日に破産手続き申請
② KrichPayTV(Taurus Holding が 69.75%出資)
−衛星放送(デジタル放送中心)の PremiereWorld およびペイ TV を運営。
−5 月 8 日に破産手続き申請
③ KirchBeteiligung(Taurus Holding が 100%出資)
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−新聞、出版、映画製作・配給、F1などを扱う
−6 月 12 日に破産手続き申請
この複雑な事業構造のなかでキルヒ氏は、番組コンテンツの売買を中心にグループ内で
資金を回していた。その全てを長年キルヒ氏が個人的に掌握していたのであるが、巨大化
するビジネスサイズと必要とされる経営速度は、彼の経営力量や、政治家や銀行家との友
好関係で回復できる規模をはるかにを上回ってしまったようだ(このあたりは「そごう」
の水島広男前会長の経営者像にやや近いものを感じる)。メディア帝国をつくりあげた人々、
古くはロバート・マックスウェル氏やルーパート・マードック氏、あるいはテッド・ター
ナー氏がそうであるように、彼のメディア帝国も長年の事業拡大の間、常に新たな資本注
入を必要とした。
ドイツは日本と並んで間接金融(銀行金融制度)の最も発達した国家のひとつである。
キルヒ氏は常にビジネスの大部分をプライベート(私的)にしてきた。彼のメディア帝国
がロンドンやニューヨークにあったのであれば、その資金供給は主として直接金融―資本
市場からの資金調達−になっていたことだろう。しかし、彼が好んだのは銀行家を魅了し
て彼のやり方に協力させるやり方である。会社が公表した数字ではないが、最終的にはキ
ルヒ・グループは少なくても 65 億ユーロの負債があるとも言われている。
キルヒ・グループがかかえる金融機関からの負債
Bayerische Landesbank(半官銀行−バイエルン州政府)
19 億ユーロ
Deutsche Bank
7 億ユーロ
Hypo Vereinsbank(ドイツで二番目・バイエルン州最大の銀行) 4 億 6000 万ユーロ
Dresdner Bank(ドイツで三番目に大きな銀行)
4 億 6000 万ユーロ
DZ Bank
4 億ユーロ
Commerzbank
3 億 5000 万ユーロ
Lehman Brothers
2 億 5000 万−3 億ユーロ
JP Morgan Chase
2 億 5000 万−3 億ユーロ
出展:New Media Markets / Reuters
キルヒ氏は、最終的には膨大な衛星デジタル放送のキャッシュ・アウトをまかなうため
に株式上場をもくろんだが、彼の帝国は上場に必要なアカウンタビリティを備えていなか
ったし、またメディアバブルの崩壊が到来してそれは実現しなかった。
最終的にキルヒの資金繰りに大きな打撃を与えたのは put option と呼ばれるディール
である。 put option は、株主がキルヒに対して投資したお金を返すよう要求する権利であ
り、投資リスクを回避する事業融資に近い。キルヒの破綻を心配した各社、例えば Axel
Springer(ドイツのメディア・グループ)が ProSieben Sat 1(キルヒ・メディアの傘下の
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会社)へ投資した金額(7.67 億ユーロ)を返すよう要求し、また KirchPayTV の 22%を出
資している BSkyB も put option を行使し、キルヒ・グループに 18 億ユーロを要求した。
マードック氏も世界的なメディアバブルの崩壊でキャッシュが必要なポジションに追い込
まれていたように思える。そもそも、投資を受ける時点でこうしたオプションを提供しな
ければ投資が受けられない状況になっていた、という見方がおそらく正しく、いずれにせ
よ、衛星デジタル放送事業からの赤字の垂れ流しがある限り、キルヒ・グループの破綻は
避けられなかったであろう。
キルヒ氏は衛星デジタル放送を立ち上げるため、受信機などのプラットフォームに対す
るハード投資と、衛星デジタル放送のコンテンツ獲得に、グループ会社を駆使して両張り
を行った。これがもしどちらか一方のリスク負担であれば破綻は避けられたかもしれない。
例えばコンテンツ提供事業者に徹していたら、衛星デジタル放送の立ち上がりの悪さで衛
星放送事業の投資家の懐を痛めたであろうが、コンテンツ代金はある程度回収が出来、そ
れほどの致命傷にならなかったかもしれない。要するに欲深すぎたということである。
またドイツでは州政府が独自の公共放送を行っており、すでに 30 以上の無料のチャンネ
ルが存在していた。ドイツにおける CATV の普及率は 60%弱と、ヨーロッパの主要国の中
では最も高いが、これも衛星デジタル放送の普及を妨げる大きな要因となった。
「ドイツ人
はテレビはただと思っている。」これは日本人にもややあい通じるメンタリティであるが、
この「真理的障壁」を打破するために過大な番組コンテンツの囲い込みを行わざるを得な
かったということも敗因の一つに挙げられる。
ヨーロッパ各国の普及率
人口
世帯数
テレビ普及率
CATV 普及率
衛星放送加入率
(千人)
(千世帯)
(%)
(%)
(%)
オーストラリア
8,094
3,182
98.2
39.0
78.0
ベルギー
10,213
4,538
95.0
91.6
96.1
デンマーク
5,313
2,410
99.8
61.6
77.8
フィンランド
5,171
2,236
94.7
34.0
45.0
フランス
60,186
24,180
99.2
9.9
20.8
ドイツ
82,037
37,795
99.9
56.0
89.0
ギリシャ
10,554
3,780
98.6
11.0
N.D.
アイルランド
3,704
1,235
99.0
50.0
55.0
イタリア
57,563
21,193
99.3
0.8
N.D.
オランダ
15,760
6,740
98.0
94.0
N.D.
ノルウェー
4,445
2,000
99.0
45.0
61.0
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ポルトガル
9,979
3,002
91.7
18.7
N.D.
スペイン
40,558
12,217
99.2
4.7
11.7
スウェーデン
8,861
4,095
100.0
43.0
68.0
スイス
7,123
3,161
98.0
76.0
98.0
イギリス
58,629
24,741
99.0
13.7
34.9
ロシア
146,693
51,652
90.4
16.3
5.5
ポーランド
38,661
13,219
94.9
32.1
47.6
チェコ
10,321
3,822
96.7
21.1
29.2
ハンガリー
10,044
3,869
89.3
45.6
62.8
出展:情報メディア白書
/
電通
以下がこの半年にキルヒが破綻に陥るまでの経緯である。
2001 年 12 月
・ マードックのニューズコープがキルヒ・グループに敵対的買収を仕掛けると
いう観測
→マードックは否定
・ (11 日)Dresdner Bank が年内の 9 億マルクの返済をキルヒに求める
・ スペインのテレビ・チャンネル「Telecinco」の 25%の株式を 10 億マルクで
売却を試みる
→その他にもフランスのチャンネル「Tele 5」や BetaResearch の売却計画あり
2002 年 1 月
・ 年が明け、キルヒ・グループの経営危機に対する懸念が強まる
・ (30 日)Axel Springer(出版社)が put option を行使し、7.67 億ユー
ロの三ヶ月以内の支払いを要求
→キルヒは Springer の要求に法的な拘束力はないとして支払いを拒否しようと
している
−法廷で争う姿勢さえ見せている
−しかし、裁判には長い年月がかかるが、支払いの延長は認められない
→キルヒは Springer に対して、2 億ユーロを現金で支払い、残りをキルヒ・メ
ディアの株で支払うことを提案したが、Springer は全額現金での支払いを要求
→Springer がこの機会を利用してキルヒを倒したいのだという噂あり
→マードックと Springer との接触もあった模様
−マードックはもっとドイツのメディア産業で影響力を持ちたいのだという
記事が Springer の発行する新聞に載る
−そのためにマードックはもっとキルヒの株式を買いたい
2002 年 2 月
・ (4 日)Bayerische Landesbank(バイエルン州政府が深く関わっている銀行)
が返済の延期に対して否定的な意思を表明
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→他の銀行も似たような立場
→政府は保守的なキルヒを超保守的なマードックより好むが、キルヒを助けられ
るような状況ではない
・ (9 日)政府の立場が一転。キルヒを助ける努力を開始。
→Hypo Vereinsbank がキルヒの Springer の 40%の株式を約 10 億ユーロで買うこ
とを提案
・ マードックも put option を行使して、18 億ユーロの支払いをキルヒに求
める考えがあることを表明
2002 年 3 月
・ キルヒ再編のアドバイザーと銀行側の最初の会合
→最大の問題は Premiere
・ キルヒのメイン・アドバイザーである Wolfgang van Betteray 弁護士はキル
ヒの関連会社をリストにして、必要なところと手放しても良いところを考え
ている
→重要な部分は手放したくない
−Sat 1、Pro Sieben、Kabel 1(TV チャンネル)
−映画、スポーツの権利
→手放しても良いもの
−Springer(出版)、Premiere、F1
・ (下旬)レオ・キルヒ代表が引退の意思を表明
2002 年 4 月
・ (上旬)銀行とマードックやベルルスコーニなど少数株主との交渉が決裂
→マードックとベルルスコーニなど株主同士でも対立があった
・ (上旬)7 億 6700 万ユーロの Springer への支払い迫る
・ Dresdner Bank への返済迫る
・ (8 日)キルヒ・メディアの破産申請
2002 年 5 月
・ (8 日)キルヒ・ペイ TV が破産手続き申請
・ (13 日)マードックが前倒しで put option を行使し、タウルス・ホール
ディングに対して 17 億ユーロを要求
→Premiere などに対しても圧力をかけている
2002 年 6 月
・ (12 日)持ち株会社タウルス・ホールディングとキルヒ・ベタイリグングが
破産手続き申請
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<キルヒ破綻の影響>
冒頭に書いたように、2002FIFA ワールドカップ
TM では、大きな影響は生じなかった。
ISL の放映権はキルヒの関連会社の KirchSport に権利を移され、ほとんどの番組はきちん
と放送された。しかし、例えば国立競技場で行われた日本戦のクローズドサーキットイベ
ント−私の友人が企画に参加−のように、直前に企画されたものは、相当な混乱が生じた
ようである。
最も大きな影響があると予想されるのは、ブンデスリーガである。同リーグに属する多
くのサッカーチームの経営はキルヒ・グループによって支払われる膨大な放映権料に頼っ
ており、中には収入の半分以上がキルヒの放映権料というチームもあるからである。ドイ
ツでサッカーは国技であり、シュレーダー首相は 2 億ユーロの援助を示唆するなど、政府
も状況の打開に積極的である。破綻前の契約では来シーズン−3.6 億ユーロ、その次のシー
ズン−4.6 億ユーロをそれぞれブンデスリーガに支払う予定になっていたが、キルヒ・メデ
ィアは破綻後 6 月 28 日、ドイツサッカー連盟(DFL)から 2 シーズンの放映権を 5 億 8000
万ユーロに値切って獲得した。
ブンデスリーガほどではないが、影響が生じる分野に F1 がある。自動車製造業者はスポ
ンサーとの関係上、無料放送での放映を確保したいと考えていたが、キルヒは F1 を有料で
放送することをもくろんでいた。キルヒは Slec 社(F1 の商業権を持つ会社)の株式の 75%
を保有してので、自動車製造業者はキルヒが F1 においてあまりに大きな影響力を発揮する
ことに懸念を表明していた。自動車製造会社は車体に掲載される広告スポンサーからの収
入に依存しているので、視聴者が多い公共・広告放送による放映を強く希望しているから
である。現在、この株式については自動車製造業者か F1のボスである Bernie Ecclestone
(Slec の株式の 25%を保有)がキルヒ・グループから買い取る案が浮上している。これに
より、キルヒ・グループと自動車製造業者の対立は終焉するだろう。自動車製造業者がレ
ースをコントロールするようになれば、ゲームの面白さを損なわないようにチーム数の減
少を防ぐ努力が行われるだろう、と考えられている。
Premiere はどうなるであろうか。キルヒ・グループのプレス・リリースによれば、
KirchPayTV の破産申請に関わらず、Premiere は、これまで通りの放送を行うとしている。
現実に銀行からのつなぎ融資によって放送は継続している。
KirchPayTV の破産により、同事業のコストを現在の市場価値に適応させ、過去の負債から
解放されることが可能になり、破産は一挙に過去の負債を追い払う事業再生の良い機会だ
という考えも生じている。
同社は1年で約5億ユーロの削減を目標としており、2002 年の上半期は 2001 年の上半
期と比較して、約 1.5 億ユーロのコスト削減を実現した(このコスト削減は社内での改革の
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みで生み出され、他社との契約の再交渉などは含まれていない)。人員削減により同社の人
員数は、2,400 人(2002 年 1 月)→1,800 人(2002 年 6 月)→1,400 人(2002 年末予定)
と減少している。また、これまで d-box というデジタルテレビ受信機(STB)を独占して
いたが、これを市場開放し、販売価格やインセンティブの削減を目指している。
また新しいプログラムとして PREMIERE START を 5 月 1 日に開始した。これは次のよ
うなチャンネル編成である。
・24 時間チャンネル
・人気映画(毎晩午後 8 時 15 分)
・アダルト番組(深夜)
・サッカー生中継(土曜の午後)
・エンターテイメント
・ドキュメンタリー
5 月最初の 5 日間(土・日・祝日は除く)で獲得した 7,000 人の新規加入者のうち 1/3 以
上は PREMIERE START を選択している。23%(2001 年上半期)→17%以下(2002 年上
半期)と解約率も減少している(プレス・リリースであるから、いい事ばかりが書いてあ
るのは当然である)。
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<キルヒ・グループの今後>
キルヒ・グループの今後の再編の手法としては、
① レスキュー・カンパニーの設立によりキルヒ・メディアの重要な部分をこのレ
スキュー・カンパニーに移し、新しい投資家から資金を募る
② これまでの会社のままで資金の再注入を行う
が考えられる。
まず行われるのは資産価値の高いキルヒ・メディアのオークションである。
キルヒ・メディアの持つ資産の価値は、キルヒの ProSiebenSat.1 の 52.5%の株式、キル
ヒの持っている数々の映画、スポーツ放映権(ワールドカップなど)などである。8 月に入
り、キルヒ・メディアは ProSiebenSat.1 の 52.5%の株式を中心とする資産を最高値に近い
26 億ユーロでオファーした。入札グループには、落札した場合に負担することになる債務
につての危惧も生じており、この金額はラウンドのスタートというより上限ではないか、
という見方もある。この種の取引ではよくあることだが、債権者自体が入札に参加し買収
価格を上げるテクニックが使われている、という見方もできる。
しかしいずれにせよ、ドイツの商業放送は①ProSiebenSat.1、②ベルテルスマンの RTL
Group に二分されており、キルヒ・グループの資産や商権の購入はドイツ市場で大きな力を
発揮するポジションを得るまれに見る大きなチャンスであることは間違いない。
その後いくつかの入札グループは脱落し、現在次の 3 グループが入札を継続している。
過去数週間、アメリカ、日本、フランス、ドイツのメディア企業の重役や顧問達が集まり、
精査したり情報交換を行ってきた。
「全員がお互いに話し合っているが、何社かの応札者は
経営をコントロールしたいと考えておりお互いの関係については合意に達していない」と
関係者は述べている。
① Commerzbank AG、Columiba TriStar(ソニー)
② Axel Springer Verlag AG、Heinrich Bauer Verlag KG、Spiegel-Verlag Rudolf
Augstein GmbH、HVB Group(ミュンヘンの銀行)
③ News Crop.、Lehman Brothers Holdings Inc.、Mediaset SpA(これまでの
KirchMedia の少数株主)
またこれ以外にも次のような外国企業が、ドイツ国内の外国企業によるドイツ・メディ
アの支配に対する懸念を考慮し、ドイツ国内の企業と手を組んで入札に参加しようとして
いる。
① Viacom Inc.
② Haim Saban(アメリカの億万長者)
③ TF1
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8 月上旬でのオークションでは、次の2つのコンソーシアムがキルヒ・メディアにより選
ばれたようである。
① Commerzbank AG、Columiba TriStar (preliminary offer:2.3Billion euro)
② Haim Saban with TF1(preliminary offer: 2.6Billion euro)
この2グループは現在キルヒ・メディアの帳簿を閲覧中である。どのグループが入札
するかは 11 月に決まると予想されている。
Premiere に つ い て も 近 々 の 入 札 が 予 想 さ れ て い る 。 Morgan Stanley は
Hick,MuseTate/First,(投資グループ)、マードック氏など 25 の潜在的な入札者に対して 8
月末までに態度表明を行うべく経営資料を送付した、と伝えらえている。
現在、キルヒ・グループの救済に力を入れている大立者として、現バイエルン州の首相で
あり今年のドイツ首相選挙に出馬する予定の Edmund Stoiber 氏が挙げられる。キルヒ氏
は長年彼のスポンサーであり、一方 Stoiber 氏はキルヒ氏の事業拡大を支援する関係にあっ
た。また同氏はドイツ首相選挙へむけて、他の多くの州が経済的に苦しむ中で、バイエル
ン州の経済が比較的健全であることをアピールしている。しかし、キルヒ・グループが崩
壊してしまうと多くの人が職を失い、バイエルン州の経済、そして Stoiber 氏の政治力に大
きな悪影響を与えると見られている。Bayerische Landesbank がキルヒ・グループへ 20 億
ユーロのローンを行った背景には、バイエルン州政府の影響力が見え隠れしている。ドイ
ツとしてはやはり、国内のプレーヤーがキルヒを救うのが望ましいと考えており、政治家
や銀行などが懸命に努力している様子が見受けられる。しかし、2001 年にはドイツ国内で
32,000 社ものの破産が生じたという不況下で、ドイツ国内のプレーヤーだけでキルヒのよ
うな巨大なメディアを救えるのか、という論議も一方では起こっている。
一見すると、ドイツは外国企業にとって極めて魅力的なメディア市場に見受けられる。な
ぜなら、市場の規模は約 8,000 万人以上と欧州では極めて大きいうえ、公的には法によっ
て外国の企業の参入が制限されていないからである。またドイツ語圏市場はさらに大きく、
スイス、オーストリアから、チェコなど中欧への大きな足がかりが獲得できるからである。
しかし、一見するほど外国企業のドイツ・メディア市場への参入は容易ではないようであ
る。連邦制を取るドイツの行政機構は極めて複雑であり、11 ものメディアの規制管理機関・
調整機関との交渉が必要である。法的な規制がなくても日本同様、様々な行政指導を通し
て、政府や政治家が介入してくると言われている。ドイツのメディアが強力なロビー活動
を行い、政治に働きかけている背景もあるだろう。その実例としてアメリカのリバティ・
メディア社(Liberty Media)のケースがある。同社はドイツテレコム(Deutsche Telekom)
の地域ケーブルテレビ事業子会社 6 社の買収を申し出、リバティ社は買収によりドイツの
ケーブルテレビ加入世帯の 60%を獲得することになるはずであったが、たが、これをドイ
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ツのカルテル庁が差し止めた。
以上がキルヒ・グループ破綻の経緯と現状である。こうして書いてみると、キルヒの破綻
には世界的なメディアバブル、スポーツバブルの破綻という側面と、ドイツならでは−そ
れはドイツ商法や間接金融制度を取り入れた日本にもあい通じるものであるが−の側面の
二つがあるように感じられる。またメディア企業には、まったく同じ夢を見るかのごとく、
カリスマ経営者の偶像化とエゴの増大、複雑化するメディア経営と政治の介入、コンテン
ツシナジーへの期待と失望、膨張と破綻の流れがあるようである。今後の日本の放送市場
を予測し、対処するうえでの一助となれば幸いである。
取材協力
電通ビジネスディベロップメントヨーロッパ SA(デュッセルドルフ)
スカイパーフェクト・コミュニケーションズ
慶應義塾大学法学部政治学科
メディア調査室長
長谷川肇氏
和多真理氏
佐々一渡氏
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