化粧品におけるオイルの固化技術

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最新化粧品・ヘルスケア講座(第 XII 講)
J. Jpn. Soc. Colour Mater., 85〔8〕,339 – 342(2012)
化粧品におけるオイルの固化技術
柴 田 雅 史 *,†
* 東京工科大学応用生物学部 東京都八王子市片倉町 1404-1(〒 192-0982)
†Corresponding Author, E-mail : mshibata@bs.teu.ac.jp
(2011 年 11 月 8 日受付; 2012 年 1 月 29 日受理)
要 旨
油性ゲルはオイルを少量の固化剤を用いてスティックやペースト状にしたもので,おもにメイク化粧品の基剤として活用されてい
る。本解説では,油性ゲルの硬度の制御方法,シリコーンオイルやフッ素オイルの新しい固化方法,そしてゲルからのオイル分離現象
について,油性ゲルの固化機構に基づいて説明する。
キーワード:オイル,固化,ワックス,硬度,分離
表-1
1.はじめに
油性ゲルのタイプ
低分子型
網状
オルガノゲル
微粒子粉体型
有機溶剤(オイル)を少量の固化剤を用いて固形もしくは半
固形状にしたものは一般に油性ゲルと呼ばれ,化粧品において
は口紅,リップグロス,コンシーラー,制汗スティック,軟膏,
鉛筆状化粧品などメイクアップ化粧品を中心に幅広い製品の基
オリゴマー・
ポリマー型
架橋高分子型
剤として用いられている。本解説では,油性ゲルを化粧品へと
活用するうえで重要な技術として,油性ゲルの硬度の制御,固
化が難しいオイルとその固化方法,そして安定性の課題である
化粧品に用いられるおもな油性ゲル
オイルワックス
ゲル
固化剤の例
12-ヒドロキシステアリン酸,
金属セッケン
微粒子シリカ,
有機変性粘土鉱物
糖脂肪酸エステル
シリコーンエラストマー
パラフィンワックス,
植物ワックス,高級アルコール
オイル分離現象について述べる。
2.オイルの固化機構とゲルの性質
は攪拌分散させた後静置することにより行われる。
少量の固化剤でオイルを固化するためには,固化剤がオイル
二つのタイプの油性ゲルとも,少量の固化剤が形成する高次
中で三次元の高次構造をとり,その構造の隙間にオイルが保持
構造によってオイルの流動性が失われて固形またはペースト状
される必要がある。油性ゲルは固化機構によって二種類に大別
の性状になっていることと,塗布時のずり応力によって高次構
できる。オイル中に分散したコロイド粒子や分子が水素結合な
造が一部破壊されると再び液状に変化するという点では共通の
どの相互作用によって紐状に繋がり,網状組織を作ってゼリー
性質をもっている。しかしながら,高次構造の形成が分子間あ
状になる「網状オルガノゲル」と,板状の有機結晶が物理的に
るいは粒子間の相互作用によるものか,それとも結晶の物理的
組み合わさってできたカードハウス構造の空隙にオイルを保持
なかみ合わせによるものかという機構の差異に由来してゲルの
する「オイルワックスゲル(カードハウス構造)」である(表-
性質には違いが見られる。
1)。網状オルガノゲルでは糖脂肪酸エステル,金属セッケン,
違いの一つは油性ゲルの光学的性質である。網状オルガノゲ
有機変性粘土などが固化剤として用いられ,オイルワックスゲ
ルの骨格はサブミクロンサイズの紐状であることが多いのに対
ルではパラフィンワックスや植物性ワックスなどのワックス類
して,オイルワックスゲルの骨格はミクロンサイズの板状結晶
が用いられる。油性ゲルの形成はオイルと固化剤を加熱混合し
で,屈折率も高い。そのため前者は透明から半透明な外観にな
た後冷却することによって行われる。微粒子による固化の場合
りやすく,後者は通常透明性の低い白色となる。また塗布した
際も,オイルワックスゲルは塗膜の平滑性に劣り,つやは低い
〔氏名〕 しばた まさし
〔現職〕 東京工科大学応用生物学部 教授,博士(工
学)
〔趣味〕 フライフィッシング
〔経歴〕 1989 年京都大学大学院工学研究科石油化学
専攻,修士課程修了。1989 ∼ 2008 年花王㈱
研究員。1984 ∼ 1985 年ナミュール大学(ベ
ルギー)客員研究員。2008 年東京工科大学
応用生物学部准教授。2011 年より現職。
ものになりがちである。
2 点目は構造体の物性で,網状オルガノゲルは寒天のような
変形しやすい柔軟な固形物が得られるのに対して,オイルワッ
クスゲルはソリッドな物性のものを得ることができる。そのた
め化粧品分野では,前者はパレット状製品の保型や液状製品を
増粘させる技術として活用されており,後者はスティック化粧
品など「固い」製剤におもに活用されている。たとえば口唇化
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