2012年度「ファイナンス保険数理特論」 補足4

2012 年度「ファイナンス保険数理特論」
補足4
— Girsanov–丸山の定理について —
2012 年 7 月 23 日, 高岡浩一郎∗
【このファイルは4頁分です.
】
1
はじめに
講義でも説明するように,Brown 運動では,確率を変えることは「ドリフトを変える」という
操作に対応します.もう少し具体的に言うと,{ Wt }t∈[0,T ] が(元の確率 P の下で)Brown 運動
であり,また γ が定数であるとするとき,確率過程
Xt := Wt + γ t
(1)
は元の確率 P の下ではドリフト付き Brown 運動ですが,うまく確率 Q を選ぶとドリフト無し
Brown 運動になるというのが,Girsanov–丸山の定理 の骨子です.逆に,W 自身は
W t = Xt − γ t
と書けるので,新しい確率 Q の下ではドリフト付き Brown 運動になります.
それでは,新しい確率 Q の具体形は何でしょうか? それを説明するのが本稿の目的です.ま
た,末尾には上級者向けの注も記しておきました.
2
Radon-Nikodym density とは?
感覚をつかむために,離散時間のランダムウォークの話をしましょう.
∗ 一橋大学大学院商学研究科.E-mail:
k.takaoka@r.hit-u.ac.jp
1
現在 t = 0
t=1
*
©
©©
©
©
HH
HH
j
H
0
1
−1
t=2
*
©
©©
©
©
HH
HH
j
H
*
©
©
©
©
©
HH
H
H
j
H
2
0
−2
元の確率 P の下では,各 node における上昇確率は
3
4,
下落確率は
1
4
とします.この設定での計
4つのシナリオ
ω1 : 最初に上昇,次も上昇
ω2 : 最初に上昇,次に下落
ω3 : 最初に下落,次に上昇
ω4 : 最初に下落,次も下落
のそれぞれに対して
9
3
3
1
,
,
,
16
16
16
16
という確率を与えるのが,確率 P ということになります.
一方,この確率過程をマルチンゲールにするような確率 Q は,各 node における上昇確率が 21 ,
下落確率も
1
2
です.上記のシナリオ ω1 ∼ ω4 のそれぞれに対して
1
1
1
1
,
,
,
4
4
4
4
という確率を与えるのが,確率 Q ということになります.
確率 Q の P についての Radon-Nikodym density
dQ
dP
とは,各シナリオに対して,Q の重みを
P の重みで割ったものです.つまり
dQ
4
(ω1 ) = ,
dP
9
dQ
4
(ω2 ) = ,
dP
3
dQ
4
(ω3 ) = ,
dP
3
と定義される確率変数が,Radon-Nikodym density
dQ
dP
dQ
(ω4 ) = 4
dP
です.
元の確率 P が与えられている時,
「新しい確率 Q の具体形を与えること」と「Radon-Nikodym
density dQ
dP の具体形を与えること」とは完全に1対1に対応しています.この事実は任意の確率
空間について成立するので,今回,Girsanov–丸山の定理における新しい確率の具体形を考える時
も,対応する Radon-Nikodym density の具体形を考えましょう.
3
本論
本稿第1節で考えている設定において,Radon-Nikodym density
dQ
dP
の具体形は何でしょうか?
以下において,§3.1 では,確率 P と Q の下での W の密度を比較し,一方 §3.2 では X の密度を
2
比較します.両者の方法で最終的に得られる Radon-Nikodym density は同じです.
3.1
確率 P と Q の下での W の密度を比較する方法
時刻の区間 [0, T ] を n 個に分割する
∆ : 0 = t 0 < t 1 < t 2 < · · · < tn = T
を考え,シナリオ ω を固定して
i = 1, · · · , n
wi := Wti (ω),
を定義します.確率 P の下で,時刻 ti で Wti = wi (ただし i = 1, · · · , n )となる同時密度関
数は
n
{
∏
(
)
1
(wi − wi−1 )2 }
P
√
fW
exp −
w1 , w2 , · · · , wn =
2 (ti − ti−1 )
2π(ti − ti−1 )
i=1
となり,一方,確率 Q の下での同時密度関数は
Q(
fW
w1 ,
w2 , · · · , wn
)
=
n
∏
√
i=1
{
1
2π(ti − ti−1 )
exp
(
wi − wi−1 + γ (ti − ti−1 )
−
2 (ti − ti−1 )
)2 }
となります.ゆえに,両者の比を取ると
)
n
Q(
{
}
∏
fW
w1 , w2 , · · · , wn
γ2
(
)
=
exp
−
γ
(w
−
w
)
−
(t
−
t
)
i
i−1
i
i−1
P w , w , ··· , w
2
fW
1
2
n
i=1
{
=
exp
=
exp
{
− γ wn −
γ2 }
tn
2
− γ WT (ω) −
γ2 }
T
2
となります.右辺は分割 ∆ に依らない値になっているので,左辺で ||∆|| → 0 【分割幅をゼロに収
束させる】時を考えても右辺は同じです.これが,シナリオ ω に対する Radon-Nikodym density
の値
dQ
dP (ω)
ということになります.よって
{
dQ
γ2 }
= exp − γ WT −
t
dP
2
3.2
確率 P と Q の下での X の密度を比較する方法
先程と同様に時刻の区間 [0, T ] を n 個に分割し,シナリオ ω を固定して
i = 1, · · · , n
xi := Xti (ω),
を定義します.確率 P の下で,時刻 ti で Xti = xi (ただし i = 1, · · · , n )となる同時密度関数は
(
)2
n
{
∏
(
)
xi − xi−1 − γ (ti − ti−1 ) }
1
P
√
exp −
fX
x1 , x2 , · · · , xn =
2 (ti − ti−1 )
2π(ti − ti−1 )
i=1
3
となり,一方,確率 Q の下での同時密度関数は
n
∏
)
Q(
√
fX
x1 , x2 , · · · , xn =
i=1
{
1
2π(ti − ti−1 )
exp
−
(xi − xi−1 )2 }
2 (ti − ti−1 )
となります.ゆえに,両者の比を取ると
)
n
Q(
{
}
∏
fX
x1 , x2 , · · · , xn
γ2
(
)
=
exp − γ (xi − xi−1 ) +
(ti − ti−1 )
P
2
fX x1 , x2 , · · · , xn
i=1
{
=
exp
=
exp
{
− γ xn +
γ2 }
tn
2
− γ XT (ω) +
γ2 }
T
2
となり,
{
dQ
γ2 }
= exp − γ XT +
t
dP
2
です.これは,本稿冒頭の式 (1) から,§3.1 の結果と一致します.
注
4
1.
本稿は,講義要綱にも載せた Baxter and Rennie の本の該当箇所を基に作成しました.よ
り厳密な議論は,Lamberton and Lapeyre(第4章や演習 19)等を参照して下さい.
2.
本稿のように Brown 運動に定数ドリフトを付けた確率過程に対しては,Radon-Nikodym
density つまり Q と P の確率の重みの比が
{
dQ
γ2 }
= exp − γ WT −
t
dP
2
となり,WT の値のみに依存します.ゆえに,ドリフト無し Brown 運動とドリフト付き Brown
運動は,最終時刻 T でどこの位置にいるかの確率だけが異なり,各実数 a に対して,
{
•
WT = a で条件付けたときの確率過程
•
WT + γT = a で条件付けたときの確率過程
Wt
}
t∈[0,T ]
{
Wt + γt
}
t∈[0,T ]
の両者は(定数 γ の値に関わらず)確率過程としての法則 (law) が等しくなる,という知見
を得ることができます.一例としては,各実数 c に対して
¯
¯
[
]
[
]
(
)
¯
¯
P max Wt ≤ c ¯ WT = a = P max Wt + γt ≤ c ¯ WT + γT = a
t∈[0,T ]
t∈[0,T ]
が成り立ちます.この性質を知っていると,Brown 運動に関する様々な確率変数の分布を計
算するときに,便利です.
4