小児難治性白血病の克服を目指して

山梨医科学誌 22(4),59 〜 69,2007
総
説
小児難治性白血病の克服を目指して
杉
田
完
爾
山梨大学大学院医学工学総合研究部小児科学講座
要
旨:小児急性リンパ性白血病(ALL)の予後は多剤併用化学療法の進歩によって著明に改善さ
れてきたが,Philadelphia 染色体を有する ALL や MLL 遺伝子の再構成を有する ALL は依然として
難治性である。この二大難治性 ALL を攻略するためには,白血病細胞の分子遺伝学的あるいは生
物学的特性を追求することによって,難治性白血病の『弁慶の泣き所』を探し出すことが重要とな
る。本総説では,小児二大難治性 ALL の分子遺伝学的・臨床的特性に関して現在までに分かって
いることを概説し,次に二大難治性 ALL の化学療法剤に対する感受性,サイトカイン受容体の発
現と機能,分子標的療法,細胞傷害分子に対する感受性について我々のデータを中心に紹介すると
ともに,臨床応用へ向けた現状について触れる。
キーワード
小児難治性白血病,Philadelphia 染色体,MLL 遺伝子
はじめに
果を目の当たりにした今,新規の治療アプロー
チは,実験室の試験管内でだけ再現される絵空
小児急性リンパ性白血病(acute lymphoblas-
事ではなく,すぐにでも臨床応用に繋がる現実
tic leukemia, ALL)の治療成績は,近年の多剤
味を帯びた治療法として認知されるようになっ
併用化学療法の進歩によって飛躍的に向上して
てきている。本総説では,最初に小児二大難治
きているが,Philadelphia 染色体陽性(Ph+)
性 ALL において明らかとなってきている分子
ALL や MLL(mixed lineage leukemia)遺伝子に
遺伝学的・臨床的特性に関して,共通点・相違
再構成のある(MLL+)ALL は,化学療法単独
点を対比させながら概説を試みたい。次に,
の治療では依然として難治性である。この二大
我々の研究室では,この二大難治性 ALL の生
難治性 ALL を攻略するためには,臨床像の解
物学的特性に関する追求を研究ターゲットの中
析や白血病の本態に迫る分子遺伝学的アプロー
心に据えて『弁慶の泣き所探し』を続けてきて
チに加えて白血病細胞の生物学的特性に関する
いるので,その成果の一端を紹介させていただ
アプローチによって難治性白血病細胞の『弁慶
くとともに,臨床応用へ向けた現状について解
の泣き所』を探し出すことが重要となる。その
説を試みたい。
泣き所を見いだせれば,新しい視点からの治療
アプローチが可能となる。慢性骨髄性白血病
I. Ph+ALL と MLL+ALL の
(chronic myeloid leukemia, CML)に対する分
分子遺伝学的・臨床的特性
子標的剤 imatinib の登場とその衝撃的臨床効
〒 409-3898 山梨県中央市下河東 1110
受付: 2008 年 3 月 5 日
受理: 2008 年 3 月 6 日
1.染色体転座,融合遺伝子,融合蛋白
Ph 染色体は,t(9;22)(q34;q11)によって
形成される小染色体で,22q11 に座位する bcr
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( breakpoint cluster region) 遺 伝 子 に 9q34 座
MLL-AF9 を検出することが重要である。しか
位する c-abl 遺伝子が融合している。bcr 遺伝子
し,他の遺伝子と融合している場合には検出さ
の切断部位は intron 1(minor bcr, m-bcr)あ
れないため,後述する臨床像や白血病細胞の抗
るいは intron 2 あるいは 3(major bcr, M-bcr)
原発現などから MLL+ALL が疑われる場合は,
に集中しており,c-abl の一部と head to tail で
MLL 遺伝子の再構成バンドを検出するサザー
融合する。m-bcr に切断点がある場合は exon 1
ンブロット解析が必須となる。MLL 遺伝子の
(B1)が c-abl の exon 2(a2)と連結した B1-a2
split signal を検出する FISH 法も有用である。
mRNA が転写され,融合蛋白 p190BCR-ABL が産
生される。一方,M-bcr に切断点がある場合は
2.白血病化(leukemogenesis)の機序
bcr exon 2(b2)あるいは exon 3(b3)が a2
Ph+ALL においては,強力なチロシンキナー
に連結した b2-a2 mRNA あるいは b3-a2 mRNA
ゼ活性を有する BCR-ABL 融合蛋白が産生され
が転写され,p210 BCR-ABL が産生される。CML
る。この融合蛋白は 4 量体を形成し,BCR-
の場合はほぼ例外無く p210BCR-ABL が産生される
ABL 自身を強くリン酸化することに加えて,
が,小児 Ph+ALL では p190BCR-ABL が産生される
通常はサイトカイン刺激で初めてリン酸化され
頻度が高い。Ph 染色体は通常の染色体検査で
る多くのサイトカイン受容体あるいはその下流
検出される頻度が高いため診断漏れは少ない
のシグナル伝達分子群をリン酸化することによ
が,B1-a2 mRNA, b2-a2 mRNA, b3-a2 mRNA を
って恒常的に活性化し,造血前駆細胞を不死化
検出する reverse transcription (RT)-polymerase
させる。BCR-ABL 融合蛋白が,Ph+ 白血病の
chain reaction( PCR) 法 を 用 い れ ば 1 日 で
leukemogenesis に直接的に係わっていること
Ph+ALL の診断が可能となる。稀に a2 がスプ
は,様々な実験系で証明されている 2)。例えば,
ライトアウトされた b2-a3 あるいは b3-a3
BCR-ABL が導入されると,サイトカイン依存
BCR-ABL
が産生される場合があ
性に増殖する細胞株はサイトカイン非依存性に
り 1),通常の RT-PCR 法では bcr-abl mRNA は検
増殖するようになり,正常線維芽細胞は腫瘤形
mRNA から p203
出されないため,bcr-abl の融合シグナルを検出
成能を獲得する。また,種々の方法で BCR-
できる fluorescence-in situ hybridization(FISH)
ABL が導入されたマウスは CML や急性白血病
法や bcr 遺伝子のサザーンブロット解析で診断
を発症する。
を確定する必要がある。また,ABL 蛋白に対
MLL+ 白血病の leukemogenesis の機序は完
する抗体を用いたウエスターンブロット法を行
全に解明された訳ではないが,少なくとも 2 つ
えば,異なる分子量の BCR-ABL 蛋白と正常
の機序の関与が明らかにされている 3,4)。ひと
ABL 蛋白(p145)の検出と鑑別が容易におこ
つの機序は, MLL 遺伝子の転写活性が転座パ
なえるため非常に有用である。
ートナー遺伝子の転写活性化ドメインによって
MLL 遺伝子は 11q23 に座位し,MLL+ 白血
活性化されることである。他の機序は,MLL
病では相互転座によって 30 種類以上の遺伝子
融合蛋白が転座パートナー遺伝子産物の多量体
と融合遺伝子を形成する。MLL+ALL で頻度の
形成能のために 2 量体化することである。両者
高い転座は t(4;11)(q21;q23),t(11;19)
とも MLL の標的遺伝子群(homeobox 遺伝子
(q23;p13),t(9;11)(p21;q23)で,それぞれ
の Hoxa9 など)が異常に活性化され,腫瘍化
AF4, ENL, AF9 と融合し,in-frame で転写・翻
のファーストステップとなる。MLL 蛋白は his-
訳され,融合蛋白を産生する。通常の染色体検
tone methyltransferase 活性を有し,多くの co-
査で転座の検出が難しい場合も多く(特に
factor 群と大きな complex を形成しているが,
11;19 転座),MLL+ALL の診断は RT-PCR 法で
そのひとつが癌抑制遺伝子 Men1(multiple en-
主 な 融 合 mRNA で あ る MLL-AF4, MLL-ENL,
docrine neoplasia type 1)にコードされている
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menin で,Hox 遺伝子の発現を正に制御して
myeloid leukemia, AML)に形質転換をする場
いる。Men 1 遺伝子を欠失させた造血細胞に
合がある。Ph+ALL では骨髄球系に,
MLL-AF9 融合遺伝子を導入しても Hoxa9 の発
MLL+ALL では単球系に転換することが特徴で
現が抑制されて transform されないため,
ある。両 ALL とも多能性造血幹細胞に近いレ
menin は Hox 遺伝子を介して MLL+ALL の
ベルでの白血病で,リンパ系にも骨髄系にも分
leukemogenesis に深く関与していると考えら
化可能なポテンシャルを有しているからと考え
れる 5,6)。最近,MLL+ALL で高発現している
られる。化学療法の進歩によって,両 ALL の
MEIS(mouse ecotropic virus integration site)
完全寛解(complete remission, CR)導入率は
1 遺伝子が Hoxa9 遺伝子と協調して FLT3 発現
90 %以上に向上してきている。しかし,化学
を強く誘導することが明らかにされた。種々の
療法単独の治療を継続すると再発率が高く,
タイプの MLL 融合遺伝子を造血系細胞に導入
Ph+ALL の 5 年無再発生存率(event free sur-
すると,in vitro で造腫瘍性を示し,あるタイ
vival, EFS) は 約 30 % 10), MLL+ALL の 3–4 年
プの MLL 融合遺伝子においては knock-in 法 7)
EFS は 30–40 %と報告されており 11,12),依然と
や Cre-lox translocation 法
8)
でマウスに導入す
して予後不良である。第 1CR 期に同種造血幹
ると骨髄増殖性疾患や急性白血病を発生するこ
細胞移植(hematopoietic stem cell transplanta-
とが示されている。しかし,急性白血病を発症
tion, SCT)を行うことができれば,Ph+ALL で
するまでの期間が非常に長く,乳児期発症とい
は著明に予後が改善されることが知られてい
う MLL+ 白血病とは明らかに臨床像が異なる。
る 13)。一方,MLL+ALL では同種 SCT によって
Ono R ら 9) は,MLL-SEPT6 や MLL-ENL を造
予後は改善されるもののそれほど劇的ではな
血前駆細胞に導入すると不死化し,マウスに導
く,また移植合併症も多いため新しい治療アプ
入すると骨髄増殖性疾患を発症させるが急性白
ローチの開発が求められている。
血病は発症しないこと,MLL-SEPT6 や MLLENL と共に活性型 FLT3(internal tandem du-
4.白血病細胞の抗原発現
plication)を導入すると短い潜伏期間で様々な
両 ALL とも B 細胞系に特異性が非常に高い
lineage の急性白血病を発症させることを報告
CD19 や CD79a が陽性であることに加えて,
した。このことは,MLL+ 白血病の発症には,
CD13, CD33 などの骨髄系抗原の発現頻度が高
MLL 標的遺伝子群の活性化に加えて,二次的
いことが特徴である。Ph+ALL は小児 B-pre-
遺伝子異常の付加が重要なことを示唆して
cursor ALL の大部分で発現が認められる com-
いる。
mon ALL antigen(CALLA, CD10)がほぼ例外
3.臨床像
CD10 陰性の頻度が高いことが特徴である。
無く陽性であるのに対し,MLL+ALL では
成人 ALL の中で Ph+ 症例の占める割合は,
我々は,KOR-SA3544 というモノクローナル抗
高年齢になるにつれて増加することが知られて
体を作製し,この抗体が Ph+ALL に例外無く反
いる。小児 ALL においても,年長児に発症率
応陽性のため,Ph+ALL の一次スクリーニング
が高く,小児 ALL 全体の 1-5 %を占める。一方,
に非常に有用な抗体であることを報告した 14)。
MLL+ALL は乳児期発症が多く,乳児 ALL の
さらに,この抗体の標的抗原は,成熟顆粒球に
約 80 %を占め,ほとんどの症例が 3 歳までに
高発現している CEA(carcinoembrionic anti-
発症する。両 ALL とも発症時の白血球数が多
gen, CD66e)superfamily に属する nonspecific
いことが特徴で,MLL+ALL では中枢神経浸潤,
cross-reacting antigen(NCA)−50/90(CD66c)
皮膚浸潤の頻度が高い。また,両 ALL とも稀
であることを証明した 15)。
ではあるが経過中に急性骨髄性白血病(acute
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5.癌抑制遺伝子
完
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ある。
癌の発生・進展には種々の癌抑制遺伝子の不
ステロイド感受性は小児 ALL の予後を規定
活化が関与していると考えられている。代表的
する最も重要なリスク因子のひとつである。小
な癌抑制遺伝子のうち,p53 遺伝子や Rb 遺伝
児における ALL 治療はステロイド単独投与に
子の異常は小児 ALL 症例では比較的少ない。
よって開始され,末梢血芽球の減少率が悪い
一 方 , cyclin-dependent kinase( CDK) 4 と
(poor responder)症例は,芽球の減少率が良
CDK6 の inhibitor(CDKI)である p16/INK4a
い(good responder)症例より予後不良であり,
をコードする遺伝子の欠損は Ph+ALL や T 細
治療強度を高めたプロトコールが採用される。
胞性 ALL で高頻度に認められると報告されて
ALL におけるステロイド感受性は,基本的に
いる。我々は,MLL+ALL では p16 遺伝子が存
は白血病細胞が有するステロイド受容体数によ
在しているにもかかわらず p16 蛋白の発現が認
って規定されている。白血病細胞株を用いた
められないことを見いだし,p16 遺伝子がプロ
我々の検討では,ステロイド受容体数は感受性
モーター領域のメチル化により不活化されてい
株では 1-5 万/cell,耐性株では 500-5000/cell 程
ること,脱メチル化剤の 5-aza-2’ deoxycitidine
度であった。ステロイド受容体は細胞質内に存
を添加して培養すると p16 蛋白の発現が誘導さ
在し,heat shock protein-90(HSP-90)と複合
16)
。また,p16 遺伝子
体を形成しているが,ステロイドが受容体に結
領域 9p21 に転座や欠失が認められないにもか
合すると,HSP-90 から解離して,核内に移行
かわらず p16 遺伝子の欠失や再構成が認められ
し生物学的活性が発揮される。我々は,ステロ
る 7 細胞株の発症時 ALL 細胞を検討し,同様
イド受容体数が多いにもかかわらずステロイド
れることを明らかにした
の p16 遺伝子異常が発症時から認められること
抵抗性を示す細胞株(Ph+ 株と MLL+ 株の各 1
を明らかにした 17)。これは,発症時に p16 遺伝
株)を検討し,異常な HSP-90 を発現している
子異常が認められる ALL 症例は再発率が高く,
ことを見いだした。異常 HSP-90 と結合したステ
細胞株として樹立されやすいことを示唆してい
ロイド受容体は,核移行が障害されていた 22)。
る。Ph+ あるいは MLL+ALL では,メカニズム
が異なるものの p16 の機能が失われており,難
2.サイトカイン受容体の発現と機能
(1)顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)受容体
治性に関係していると考えられる。
G-CSF 受容体(G-CSFR)は顆粒球系細胞に
II. Ph+ALL と MLL+ALL に対する
発現され,その分化・増殖・機能に重要な働き
生物学的アプローチ
を果たしていることは周知の事実である。また,
多能性造血幹細胞にも発現が認められる。我々
1.化学療法剤に対する感受性
は,強化療法後の G-CSF 投与中に芽球の増加
ALL の寛解導入療法の key drugs は,pred-
が認められたが,G-CSF の中止で芽球が消失し
nisolone, L-asparaginase, vincristine であるが,
た MLL+ALL 症例を経験したことが契機となっ
20)
は 3 薬剤に感受性が低い ALL 細
て,MLL+ALL 細胞株の G-CSFR とその機能に
胞は他の 11 種類の抗白血病剤にも感受性が低
ついて解析を行った。全ての細胞株で G-CSFR
Hongo T ら
く,予後不良であることを示している。一般的
の発現が認められ,G-CSF の添加で増殖が刺激
に,Ph+ あるいは MLL+ALL は in vitro 薬剤感
されたが,骨髄系抗原を発現する細胞株で顕著
受性テストにおいて抗白血病剤に対する感受性
であった 23)。同様に Ph+ALL についても検討
が低いことが知られているが,約 40 %の
を行い,ほとんど全ての細胞株と新鮮白血病細
Ph+ALL 症例は比較的に高感受性を示し
21)
,こ
の群は化学療法単独でも治癒が望める可能性が
胞が G-CSFR を発現し,G-CSF の投与で増殖刺
激を受けることを明らかにした。増殖刺激は,
小児難治性白血病の克服を目指して
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MLL+ALL と同様に骨髄系抗原を発現する細胞
状態(quiescence)に誘導されていると考えら
株や新鮮 ALL 症例で顕著であった。興味深い
れた。抗白血病剤に耐性の休眠状態は,膜結合
ことに,Ph+AML 細胞株では G-CSF による増
型 FL を高発現している骨髄ストローマ細胞株
殖刺激がほとんどなく,抗 G-CSF 中和抗体の
との共培養でも誘導され,抗 FL 中和抗体で部
添加で増殖が阻害されたため,Ph+AML にお
分的に解除された 26)。成人 AML においては,
いては,G-CSF が autocrine mechanism で増殖
接着分子インテグリンに属する VLA-4 を発現
に関与していることが示された 24)。MLL+ なら
する AML 細胞が骨髄ストローマ細胞上に発現
びに Ph+ALL 細胞は G-CSF の投与で増殖刺激
される細胞外マトリックスであるフィブロネク
を受けることが判明したため,これらの症例に
チンに接着することで抗白血病剤に対し抵抗性
同種 SCT を行う場合,我々の施設では前処置
を 獲 得 し , 微 小 残 存 病 変 ( minimal residual
中に抗白血病剤の感受性を高めるために G-CSF
disease, MRD)の形成に関与することが証明さ
を投与して細胞回転を刺激し,移植後は感染症
れ注目を集めている 27)。骨髄ストローマ細胞
が重症化しないかぎり G-CSF の投与を控えて
は膜結合型あるいは分泌型 FL を高発現してい
いる。
ることが知られているため,骨髄ストローマ細
(2)thrombopoietin(TPO)受容体
胞に接着した MLL+ALL 細胞は化学療法に抵抗
TPO 受容体は膜結合型チロシンキナーゼで
性の休眠状態に誘導されることで MRD を形成
c-Mpl である。c-Mpl 欠損は先天性無巨核球性
することが予想され,MLL+ALL の早期再発の
血小板減少症を発症させるように,巨核球系細
一因である可能性がある(図 1)。
胞の分化・増殖に重要な働きをしている。また,
G-CSFR と同様に造血幹細胞にも発現が認めら
3.分子標的療法
れる。我々は,MLL+ あるいは Ph+ALL におい
通常の抗白血病薬は程度の差こそあれ,白血
て c-Mpl の発現を検討し,全ての細胞株,新鮮
病細胞だけでなく正常細胞も攻撃の対象となる
白血病細胞が c-Mpl を発現し,TPO の添加で
ため,ある程度以上の副作用は不可避である。
種々の程度に増殖刺激を受けることを明らかに
分子標的療法は,白血病細胞に特異的に存在す
した 25)。
る,あるいは白血病細胞だけで特異的に活性化
(3)Fms-like tyrosine kinase 3(FLT3)
FLT3 はクラス 3 の受容体チロシンキナーゼ
している分子を介して白血病細胞を攻撃する治
療法で,理論的には副作用が極めて少ない治療
で,MLL+ALL 細胞は FLT3 を高発現している
法である。
ことが明らかとなった。我々は,各種の B-pre-
1)BCR-ABL 阻害剤
cursor ALL 細胞株に FLT3 ligand(FL)を添加
強いチロシンキナーゼ活性を有する BCR-
したところ,Ph+ALL や 1;19 転座 ALL 細胞株
ABL 融合蛋白が Ph+ 白血病の leukemogenesis
では増殖刺激を受けるのに対し,MLL+ALL 細
に直接的に関与しており,分子創薬された
胞株では増殖抑制を受けることを見いだした。
BCR-ABL 阻害剤 imatinib(STI571,商品名グ
この増殖抑制はアポトーシスではなく細胞回転
リベック)を Ph+ 白血病細胞に添加すると,
停止(G1 arrest)が誘導されるためで,CDKI
効率的に増殖停止とアポトーシスが誘導され
である p27/Kip1 の転写後修飾による著しい発
る。最初に慢性期 CML 症例に対する驚異的な
現増強と MLL+ALL で構成的にリン酸化されて
有効性が報告され,続いて移行期 CML や
いる転写因子 STAT(signal transducer and ac-
Ph+ALL 症例に対する有効性が検討された。小
tivator of transcription)5 の脱リン酸化を伴っ
児 Ph+ALL 症 例 に 対 す る phase 1 study で は ,
ていた。また,FL 刺激を受けた MLL+ALL 細
10 例中 8 例に有効性が確認され,成人におけ
胞は,放射線や抗白血病剤に耐性を示し,休眠
る 1 日投与量の 400 mg と 600 mg に相当する薬
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図 1.MLL+ALL の MRD 形成に FL/FLT3 interaction が関与している可能性
を示す仮説
膜型ならびに分泌型 FL を大量に産生する骨髄ストローマ細胞に接着し
た MLL+ALL 細胞は,FL/FLT3 interaction によって休眠期に導入され,
抗白血病剤に抵抗性を獲得し,MRD を形成する。FLT3 阻害剤は,直
接 的 に MLL+ALL 細 胞 に ア ポ ト ー シ ス を 誘 導 す る だ け で な く ,
FL/FLT3 interaction をブロックすることで,MLL+ALL 細胞を覚醒さ
せ,抗白血病剤に対する感受性を回復させる。
理学的な小児投与量は それぞれ 260 mg/m2 と
2
340 mg/m と推定された
28)
較的長い期間を経て変異を獲得する場合が多い
。成人 Ph+ALL 症
が,Ph+ALL においては変異を有する白血病細
例 ( n = 92) に お い て 化 学 療 法 と imatinib
胞が診断時から minor clone として存在する症
(400-600 mg/day)を併用して寛解導入療法を
例があり,この場合は imatinib 治療によって
行 っ た 最 近 の 報 告 29) で は , CR 率 が 95 % ,
minor clone が選択・増幅されて比較的短期間
PCR 法による BCR-ABL 陰性化率が 52 %と極
で耐性化を来すと考えられている 30)。現在,
めて高い臨床効果を示し,77 %の症例が第
imatinib に耐性化した Ph+ 白血病にも有効な薬
1CR 期に同種 SCT を施行できている。小児
剤の開発が進んでおり,ATP 結合部位とは異
Ph+ALL においても imatinib は front-line thera-
なる部位に結合する ONO12380,imatinib より
py として広く用いられるようになるであろう。
AT P 結 合 部 位 に a f f i n i t y が 高 い n i l o t i n i b
一方。imatinib が広く臨床的に用いられるにつ
(AMN107)や dasatinib,Lyn 阻害活性がある
れて,imatinib に対する耐性が問題となってき
NS-187(CNS-9)などが用いられている 31-34)。
ている。imatinib は ABL キナーゼドメイン内
また,T315I 変異にも有効な AG490 類似
の ATP 結合部位に ATP と競合的に結合するこ
tryphostin 誘導体 WP1130 や Aurora キナーゼ
とで BCR-ABL 活性を阻害するが,ATP 結合部
阻害剤 MK-0457 が注目されており,臨床治験
位のアミノ酸変異によって imatinib の結合能
も始まっている。
が失われると imatinib に耐性となる。多くの
2)JAK2(Janus kinase 2)阻害剤
変異が報告されているが,主な点変異部位は
JAK2 は数多くのサイトカイン受容体に結合
Glu255 と Thr315 である。CML においては比
している非受容体型チロシンキナーゼで,転写
小児難治性白血病の克服を目指して
因子 STATs の活性化を通じて,サイトカイン
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して開発された CEP-701(Cephalon 社),PKC
のシグナル伝達に重要な役割を担っている。特
阻害剤として開発された PKC412(Novartis 社),
に,interferon-γ,erythropoietin,TPO,IL-3,
血管形成を抑制する VEGF 受容体阻害剤として
GM-CSF のシグナル伝達には必須の分子である
開発された SU11248(Sugen 社)などが FLT3
ことが知られている。AG490 は合成チロシン
キナーゼ活性を著明に抑制することが判明し,
キナーゼ阻害剤 tryphostin 誘導体で,正常造血
活性型 FLT3(ITD)を有する AML 症例を中心
を抑制することなしに B-precursor ALL 細胞に
として臨床治験が開始されている。現在までの
アポトーシスを誘導する JAK2 阻害剤として報
ところ,副作用は少なく,有効性も確認できる
告された 35)。我々は,様々な B-precursor ALL
が,期待されていたような劇的な効果は得られ
細胞株において JAK2 の構成的リン酸化を検討
ていない。MLL+ALL 細胞は FLT3 の発現が非
し,Ph+ALL と MLL+ALL では強くリン酸化さ
常に高く,FLT3 の第二キナーゼドメイン内に
れていることを見いだした。また,臍帯血単核
D835 変 異 を 有 す る 頻 度 も 高 い 40)。 我 々 は ,
球のコロニー形成能を抑制しない濃度で
MLL+ 細胞株を用いた検討を行い,D835 変異
Ph+ALL,MLL+ALL 細胞に高率よくアポトー
を有する場合は非常に強く,wild-type の場合
シ ス を 誘 導 し た の で , 自 家 SCT 時 の ex vivo
もかなり強く FLT3 とその下流シグナル分子群
purging には有用な薬剤として報告した
36)
。
3)peroxisome proliferator-activated receptor
(STAT5, MAPK, Akt)が構成的にリン酸化され
ており 40),FLT3 阻害剤 PKC412 を添加すると
(PPAR)刺激剤
シグナル分子群が完全に脱リン酸化されて細胞
PPAR は核内受容体スーパーファミリーに属
周期停止とアポトーシスが誘導されることを見
し , PPARα, PPARβ, PPARγ が 知 ら れ て い る 。
いだした 41)。現在,そのメカニズムを詳細に
PPARγ は特に脂肪組織に発現が高く,脂肪細
検討中である。図 1 に示すように,FLT3 阻害
胞の分化に重要な役割を担っている。Troglita-
剤は MLL+ALL に直接的作用を持つだけでな
zone(TGZ)は,チアゾリジン誘導体に属す
く,骨髄ストローマ細胞との FLT3/FL interac-
る合成 PPARγ リガンドで,インスリン抵抗性
tion をブロックすることで,抗白血病剤に感受
糖尿病に対する新薬(商品名ノスカール)とし
性の低い休眠状態から覚醒させる作用を発揮す
て既に臨床使用されていたが,大腸がんにアポ
る可能性がある。欧米では MLL+ALL 症例に対
トーシスを誘導するとの報告がなされた 37)。
し CEP-701 を組み込んだプロトコールが計画
我々は,TGZ が糖尿病の治療域濃度で種々の
されており,劇的な治療効果を期待したい。
白血病細胞に効率よくアポトーシスを誘導でき
5)histon deacetylase(HDAC)阻害剤
ること,そのメカニズムが転写因子 Tcf-4 の抑
ヒストンのアセチル化と脱アセチル化は遺伝
制を介する c-Myc 発現の消失によることを報告
子の発現制御に重要であり,その制御異常と
した 38)。TGZ は副作用として劇症肝炎を発症
leukemogenesis との関連が一部の転座型白血
する場合があるとの緊急情報が出されて発売中
病で示唆されている。一般的にヒストンのリジ
止となったため,残念ながら,白血病治療に関
ン残基が histon acetyltransferase(HAT)によ
する臨床応用は頓挫してしまっている。最近,
ってアセチル化されると転写が亢進し,histon
PPAR α と PPAR γ の 刺 激 薬 で あ る TZD18 が
deacetylase(HDAC)によって脱アセチル化さ
Ph+ALL に非常に低濃度で増殖停止とアポトー
れると転写が抑制される。HDAC 阻害剤
シスを誘導することが示され,注目されてい
(HDACI)は,各種の腫瘍細胞に細胞回転停止,
る 39)。
アポトーシス,分化を誘導することが報告され,
4)FLT3 阻害剤
AML や MDS への臨床応用も始まっているが,
神経成長因子 NGF の受容体 TrkA の阻害剤と
小児 ALL に対する作用を検討した報告はほと
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んどない。我々は HDACI のひとつである trichostatin A(TSA)を用いて各種の ALL 細胞
株に対する作用を検討し,Ph+ あるいは
MLL+ALL 細胞株では非常に低濃度で細胞回転
停止とアポトーシスが誘導されることを見いだ
した 42)。HSP-90 は HDAC6(class IIb HDAC)
によって脱アセチル化されていることが知られ
ているが,HDACI の投与で高アセチル化され
て機能を喪失し,HSP-90 のシャペロン機能に
依存している蛋白質群(HSP-90 client proteins
と呼称され,BCR-ABL と FLT3 が含まれる)が
多価ユビキチン化されて,proteasome 依存性
に処理される 43)。小児難治性 ALL に対する耐
性克服剤としての役割が期待される。
4.細胞傷害分子に対する感受性
Fas ligand(FasL)と TNF-related apoptosisinducing ligand(TRAIL)は共に TNF スーパ
ーファミリーに属し,それぞれの受容体である
Fas あるいは DR4/DR5 に結合すると受容体発
図 2.細胞傷害性 T 細胞(CTL)と NK 細胞の細
胞傷害活性に関与する分子群とその受容体
活性化 CTL と NK 細胞は細胞表面に FasL
and/or TRAIL を発現し,それらの受容体
Fas and/or DR4/DR5 を発現している標的
細胞に接着すると死シグナルが伝達され,
アポトーシスを誘導する。パーフォリンは
CTL や NK 細胞の細胞内顆粒から分泌され
る細胞傷害分子で,標的細胞にアポトーシ
スを誘導する。
現細胞のカスペース群が活性化されてアポトー
シスが誘導される。FasL や TRAIL は細胞傷害
性 T 細胞(CTL)や活性化 NK 細胞の細胞表面
に発現が認められ,ウイルス感染細胞や腫瘍細
胞のアポトーシス誘導に重要な機能を果たして
いる。同種 SCT 後に移植片対白血病(graftversus-leukemia, GVL)効果が発揮されるため
には,ドナーリンパ球が白血病細胞を kill する
ために用いる細胞傷害分子(FasL,TRAIL,パ
ーフォリンなど)に対する白血病細胞の感受性
が重要である(図 2)。我々は,Ph+ALL 細胞は
Fas を発現しているにもかかわらず recombinant soluble FasL(化学修飾によって agonistic
に改変されている)の添加に耐性を示すのに対
し,DR4/DR5 を発現し,recombinant soluble
TRAIL の添加で効率よくアポトーシスが誘導
されることを見いだした 44)。一方,MLL+ALL
図 3.B-precursor 白血病細胞株の TRAIL に対す
る感受性
MLL+ALL 細胞株は,FLT3-D835 変異を有
する細胞株(*)以外は TRAIL に耐性であ
った。新鮮 MLL+ALL 細胞も同様の耐性を
示した。
細胞は FasL にかなり耐性であることに加えて,
SCT 後の高い GVL 効果と関連があると考えら
DR4/DR5 の発現が低いために TRAIL に耐性で
れる。一方,MLL+ALL 細胞の FasL と TRAIL
あることを見いだした
45)
(図 3)。Ph+ALL 細胞
の TRAIL に対する極めて高い感受性は,同種
の両者に対する耐性は,同種 SCT 後に GVL 効
果が低いことと関連がある可能性がある。
67
小児難治性白血病の克服を目指して
NK 細胞は,NK 細胞受容体を介して自己
よって白血病の治療成績の向上を目指す大規模
MHC を認識すると抑制シグナルが伝達されて
治療研究は極めて重要である。多数の優れた治
細胞障害活性を示さないが,同種 SCT 後にお
療研究によって,小児 ALL の予後はこの 20 数
いてはドナー NK 細胞受容体に患者(レシピエ
年で劇的に改善された。しかし,未だに難治性
ント)細胞から抑制シグナルが伝達されない場
白血病は存在しており,この難物を攻略してゆ
合にドナー NK 細胞が主に perforin を介して同
くためには,様々な見地からの新しいアプロー
種 NK 活性を発揮する。主要な NK 細胞受容体
チ法によって『弁慶の泣き所』を探し出し,臨
で あ る KIRs( killer-cell immunoglobulin-like
床応用を目指していくことが求められている。
receptors)のうち CD158b(KIR2DL2/3)は
group 1 に属する HLA-C(Cw1,Cw3 など)を,
CD158a(KIR2DL1)は group 2 に属する HLAC(Cw2,Cw4 など)を ligand として認識する 46)。
日 本 人 の HLA-C ア レ ル 頻 度 は group 1 が
90 % , group 2 が 10 % で あ る た め , 患 者 は
group 1 ホ モ の 場 合 が 多 く , ド ナ ー が group
1/group 2 ヘ テ ロ の 場 合 , ド ナ ー NK 細 胞 の
CD158a に抑制シグナルが伝達されないために
ドナー NK 細胞が患者白血病細胞を攻撃する。
同種 NK 細胞が関与する GVL 効果は,AML の
一部でのみ認められると考えられてきたが,最
近,HLA 一致同胞ドナーからの同種 SCT 後に
再発した非寛解期 MLL+ALL 症例に,同種 NK
細胞活性が発揮される HLA-C タイプの父親を
ドナーとして SCT を行い,1 年以上完全寛解が
維持されている症例が報告された 47)。臍帯血
バンクから同種 NK 細胞活性を期待できる臍帯
血を選別し,MLL+ALL に対して臍帯血移植を
行う治療戦略を基礎的に検証するために,
MLL+ALL 細胞株に対する臍帯血由来 NK 細胞
の細胞障害活性を検討したところ,MLL+ALL
の HLA-C が group 1 ホモで,臍帯血の HLA-C
が group 1/group 2 へテロである場合に,臍帯
血 NK 細胞は MLL+ALL 細胞に対して高い細胞
傷害活性を示した。同種 NK 細胞活性を利用し
た臨床的に有用な GVL 効果の誘導が可能にな
るかもしれない。
おわりに
既存(あるいは新規)の抗白血病剤の投与量,
投与方法,投与スケジュールを工夫することに
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