日本の太陽電池製造装置メー カーの可能性

新規産業レポート 2009/春
日本の太陽電池製造装置メーカーの可能性
日本の太陽電池製造装置メー
カーの可能性
~急成長が期待される太陽電池市場に
おける製造装置メーカーの位置づけ~

太陽電池は環境に関する世界的な国策の1つとなっていることに加
えて、全発電における構成比が極めて小さいことから、太陽電池関連
ビジネスは長期間に亘って成長が見込める。

ここ数年間は政府の政策によって太陽光発電システムを購入するイ
ンセンティブが働こう。しかし、中長期的には設置補助金やフィード
インタリフが無くても、10 年以内で初期投資を回収できるようにシ
ステム価格を抑える必要がある。

製造装置メーカーに求められるものは、高変換効率の太陽電池やその
製造方法に適応した製造装置を提案・開発し、歩留まりや生産スピー
ドの向上をもたらすことである。高変換効率化はシステム価格の全体
的な引き下げが期待できるためである。

中長期的には日本の中小製造装置メーカーが太陽電池の製造装置業
界で活躍できるチャンスが広がると予想する。太陽電池市場の拡大が
期待されていることに加え、太陽電池メーカーはターンキー製造ライ
ンよりもプロセス毎の製造装置を重視する可能性が高いためである。

太陽電池市場の拡大に伴って太陽電池の製造装置市場も拡大する。少
なくとも太陽電池の生産量の増加分に対応するには新たな製造装置
が必要である。長期的には新しい太陽電池や製造方法が開発されるこ
とも期待されており、その場合には更に大きな市場規模に拡大しよう。

新しいビジネスのきっかけをつかむことで、大きな成長が期待できる
ような高い技術力を持った製造装置メーカーは日本に数多く存在す
る。今後も太陽電池関連市場は大きな成長が見込め、その中で急速な
成長を果たす中小製造装置メーカーが新たに誕生することに期待し
たい。
新規産業調査部
藤巻 潤一
Junichi.fujimaki@rc.dir.co.jp
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日本の太陽電池製造装置メーカーの可能性
新規産業レポート 2009/春
1. はじめに
太陽電池や太陽光発電は”環境”というキーワードにマッチしたもの
として世界中で注目されている。太陽電池とは光の持つエネルギーを
電力に変換する電力機器であり、太陽光発電とは太陽電池を使った発
電方法である。ドイツやスペインでは政府主導で住宅用を中心に太陽
光発電システムの導入量が大幅に増え、それに追従する形で米国や日
本では政府が太陽光発電システム普及に向けた政策を打ち出している。
太陽電池関連ビジネスも脚光を浴びている。
日本の中小製造装置メーカーの中にもこの時流に乗って事業を拡大
した企業が存在する。例えば、エヌ・ピー・シー(6625、東証マザー
ズ)は堅調に成長しており、2009年8月期第一四半期の売上高は前年同
期比4.0倍の55.9億円、営業利益は同21.7倍の15.6億円に達した。同社の
太陽電池製造装置は真空包装機で培ってきたノウハウが活かされてい
る。
日本には太陽電池関連でエヌ・ピー・シーと同様の成長が期待でき
る高い技術力を持つ中小製造装置メーカーが多く存在する。本稿では、
太陽光発電システムが普及するために必要な条件、太陽電池業界にお
ける製造装置の役割、日本の中小製造装置メーカーの将来展望、など
について報告する。
2. 太陽光発電システムの拡大
2-1
普及動向
世界の太陽光発電システムの導入スピードは急激に速まっている。
European Photovoltaic Industry Association (以下、EPIA)の「Solar
Generation V - 2008」によると、2007年における全世界での太陽光発電
システム導入量は前年比65.8%増の2.5ギガワット(以下、GW)であ
った。累積導入量は9.2GW に及ぶ。
2007年はドイツとスペインでの導入が一気に進んだ。これは、一般
消費者などが太陽電池システムを導入すると同時に、そのシステムか
ら供給される電力を電力会社が買い上げる価格を、政府が一定期間に
わたって保証するフィードインタリフ(固定価格買取)制度の導入に
よる影響が大きい。
エネルギー資源の枯渇や二酸化炭素の排出などの問題を解決する有
力な手段として、今後も太陽光発電システムの普及が進むと見られる。
ドイツとスペインでは電力の買い上げ価格が引き下げられるものの、
イタリアなどでは新たにフィードインタリフ制度が導入された。米国
政府は再生可能エネルギーの開発や導入に1,000億㌦を投資すると発
表し、Solar Energy Industries Association は2011年までに11万人の雇用
を生み出すと予想している。日本政府も国内の累積導入量を2010年度
2
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日本の太陽電池製造装置メーカーの可能性
に2007年度比2.5倍の4,820メガワット(以下、MW)まで増やすことを
目標として定め、太陽光発電システムの設置補助金制度とフィードイ
ンタリフ制度の導入に向けた動きが活発化している。太陽電池が環境
に関する世界的な国策の1つとなっていることに加えて、全発電にお
ける構成比が極めて小さいことから、太陽電池関連ビジネスは通常の
ビジネスよりも長期間に亘って成長が見込める。
太陽電池には様々な種類がある。現在は単結晶シリコン(以下、Si)
90%
(MW)
10,000
80%
9,000
70%
8,000
1,500
40%
1,000
20%
2,000
10%
1,000
0
1994
2007
2005
2003
2001
1999
1997
1995
4,000
3,000
0%
(出所)EPIA データより大和総研作成
(出所)EPIA データより大和総研作成
図表 3
5,000
30%
500
0
6,000
2006
50%
7,000
2004
60%
2,000
2002
2,500
太陽電池の累積導入量の推移
2000
新規導入量(左軸)
前年比伸び率(右軸)
図表 2
1998
(MW)
3,000
太陽電池の新規導入量の推移
1996
図表 1
太陽電池の種類(左端の数字は種類別シェア)
単結晶シリコン 45%
シリコン系
球状シリコン
結晶系
化合物系
太陽電池
多結晶シリコン 45%
シリコン系
薄膜系
化合物系
GaAs(単結晶)
CdTe(多結晶)
5%
アモルファスシリコン
5%
タンデムシリコン
CIGS
1%
色素増感
その他
有機薄膜
量子ドット
(注)CIGS は銅、インジウム、ガリウム、セレンから成る半導体材料
(出所)大和総研作成
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太陽電池と多結晶 Si 太陽電池が大半を占め、それぞれ45%程度のシェ
アを持っている。中期的には薄膜 Si 太陽電池や CIGS 太陽電池、長期
的には新しい種類の太陽電池への期待が大きい。
2-2
コスト構造
新エネルギー財団の「住宅用太陽光発電システム価格及び発電電力
量等について」によると、2007年度における日本の太陽光発電システ
ム価格は69.6万円/kW であった。内訳は、太陽電池モジュール代が43.6
万円/kW(構成比:62.6%、99年比:66.9%)、パワーコンディショナ
ーなどの付属機器代が16.3万円/kW(同:23.4%、同:62.4%)、設置
工事費が9.7万円万円/kW(同:14.0%、同:65.1%)である。
太陽電池モジュール代は、Si ウェハー(シランガス、基板ガラス)、
その他の部材、セルやモジュールの製造に関わる製造装置償却費や人
件費、などで構成されている。それぞれの構成比は太陽電池の種類に
よって異なっている。
結晶 Si 太陽電池の特徴としては Si ウェハーの構成比がシステム価
格の15~30%程度と高い点が挙げられる。薄膜 Si 太陽電池のシランガ
スと基板ガラスの費用の構成比はそれほど高くない。これは、結晶 Si
太陽電池の Si の厚みが180~200μm に対して、薄膜 Si 太陽電池の Si
の厚みが2μm 程度と薄いためである。また、太陽光発電システムの急
速な普及で Si の需要量が供給量を大幅に上回った影響もある。ただし、
足元では経済環境の悪化で半導体などの需要が減少し、Si の価格が下
がり始めている。
図表 4
図表 5
システム価格の推移
(万円
/kW)
設置工事
付属機器
太陽電池モジュール
120
システム価格に対するコスト構成(単位:%)
製造装置
償却
製造装置
償却
100
80
その他
その他
60
40
20
シリコン
ウェハー
(出所)新エネルギー財団より
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07年度
05年度
03年度
01年度
99年度
97年度
0
シランガス、
ガラス基板
結晶
薄膜
(出所)各種資料より大和総研作成
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日本の太陽電池製造装置メーカーの可能性
薄膜 Si 太陽電池や CIGS 太陽電池の特徴としては製造装置の価格が
高い点が挙げられる。年間1MW のセルを製造するために必要な製造装
置への設備投資額は結晶 Si 太陽電池の場合が約5,000万円、薄膜 Si 太
陽電池の場合が約2億円、CIGS 太陽電池の場合が2.5億円と言われてい
る。ただし、薄膜 Si 太陽電池でも製造装置償却費はシステム価格の5
~10%程度に過ぎない。
これまで太陽光発電システムは着実に広がってきたが、一種のブー
ムから抜け出し、長期的な普及の進展が期待できるようになるには経
済合理性を成り立たせることが不可欠である。そこで、現時点におい
て、日本の一般住宅に太陽光発電システムを導入した場合と導入しな
かった場合の電力料金のシミュレーションを行った。
2-3
導入の経済合理性
今回は、太陽光発電システムの出力を4kW、出力1kW あたり発電電
力量を1,051kWh/年、電力の売買価格を24円/kW、消費電力量を
4,000kWh/年、メンテナンス費用を15年毎に15万円とした。太陽電池シ
ステムのシステム購入費は新エネルギー財団の「住宅用太陽光発電シ
ステム価格及び発電電力量等について」のデータから、新築の場合を
57.1万円/kW、既築の場合を74.1万円/kW として算出した。
上記の前提での投下資金の回収期間は、新築の場合が約25年であり、
既築の場合が30年を超える。太陽光発電システムの耐用年数などを考
慮すると現実的な水準とは言い難い。数年間は政府の政策によって太
陽光発電システムを購入するインセンティブが働こう。しかし、中長
図表 6
(千円)
4,000
電力料金のシミュレーション
太陽電池あり(既築)
3,500
3,000
2,500
太陽電池あり(新築)
2,000
1,500
1,000
太陽電池なし
500
34年目
32年目
30年目
28年目
26年目
24年目
22年目
20年目
18年目
16年目
14年目
12年目
10年目
8年目
6年目
4年目
2年目
0年目
0
(出所)大和総研作成
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日本の太陽電池製造装置メーカーの可能性
期的には設置補助金やフィードインタリフが無くても、10年以内で初
期投資を回収できるようにシステム価格を抑える必要がある。現在の
1/2~1/3がターゲットとなろう。
そのためには、太陽電池モジュール代、付属機器代、設置工事費の
全てでコスト削減が必要となる。太陽電池モジュールに関しては、新
しい太陽電池や製造方法で変換効率を向上すること、Si や関連部材の
改良で変換効率を向上すること、Si や関連部材の使用量を減らすこと、
安価な製造装置を開発すること、などの動きが見られる。
3. 太陽電池製造装置の発展
3-1
製造装置の種類
太陽電池産業は一定量の生産のために巨大な装置を要する装置産業
である。珪石からウェハー、ウェハーからセル、セルからモジュール
になる際に様々な製造装置が利用される。
以前は太陽電池の製造装置を半導体や液晶パネルの製造装置の補完
的なものと位置付けていたが、現在では太陽電池の製造装置に注力す
る製造装置メーカーが増えている。太陽電池が“環境”や“省エネ”
といった現在のキーワードにマッチしており、半導体や液晶パネルの
製造装置と比較して高い成長が期待できるためである。既存の技術や
ノウハウを応用できるという参入障壁の低さも背景にある。
図表 7
太陽電池のセル工程での製造装置
シリコンウェハー
シランガス、ガラス基板
テクスチャリング装置
拡散炉
PVD装置
PECVD装置
スクリーン印刷機
焼成炉
スクリーン印刷機
焼成炉
プラズマエッチング装置
ソーラーシミュレーター
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洗浄装置
レーザパターニング加工装置
洗浄装置
PECVD装置
レーザパターニング加工装置
スパッタリング装置
レーザパターニング加工装置
ソーラーシミュレーター
セル
セル
モジュール
モジュール
(出所)各種資料より大和総研作成
6
スパッタリング装置
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太陽電池のセル工程における製造装置は半導体や液晶パネルの製造
装置と比較すると少なくて済む。結晶 Si 太陽電池では、光を閉じ込め
る効果を高める処理を行うためのテクスチャリング装置、不純物をド
ーピング(添加)するための拡散炉、電気的に不安定な性質を抑える
パッシベーションのための PVD(物理蒸着)装置、反射防止膜を形成
するための PECVD(プラズマ化学気相成長)装置、電極を形成するた
めのスクリーン印刷機、電極を焼き付けるための焼成炉、セルの裏表
面の電気的接続を分離するエッジアイソレーションためのプラズマエ
ッチング装置、セルの特性を検査するためのソーラーシミュレーター、
などが挙げられる。薄膜 Si 太陽電池では、電極を成膜するためのスパ
ッタリング装置、基板上のゴミを取り除くための洗浄装置、電極やシ
リコン層をスクライブ(溝加工)するためのレーザパターニング加工
装置、シリコン層を成膜するための PECVD(プラズマ化学気相成長)
装置、セルの特性を検査するためのソーラーシミュレーター、などが
挙げられる。
3-2
製造装置メーカーへの期待
太陽光発電システムのコスト削減には製造装置も貢献する必要があ
る。太陽電池メーカーからは製造装置の価格引き下げに対するニーズ
があり、事実、インドや中国の製造装置メーカーが安価な製造装置を
開発している。しかしながら、システム価格を大幅に引き下げるよう
な効果はない。これはシステム価格に対する製造装置償却費の割合が
低いことから想像できる。
製造装置メーカーに求められるものは、高変換効率の太陽電池やそ
の製造方法に適応した製造装置を提案・開発し、歩留まりや生産スピ
ードの向上を提供もたらすことである。高変換効率化は、原材料や部
材の利用量を削減すること、製造に関わる人件費やランニング費用を
抑制すること、架台の製造コストや設置コストを削減すること、設置
図表 8
種類別の変換効率と製造コスト
図表 9
製造装置メーカーの高変換効率の
(高)
太陽電池への対応
発電効率
結晶シリコン
高変換効率
太陽電池
CIGS
(低)
薄膜シリコン
有機
(安)
製造コスト
(出所)大和総研作成
(高)
設置工事
量産化
歩留まり向上
生産スピードアップ
付属機器
製造装置
太陽電池モジュール
• 原材料や部材の利用量の削減
• 製造に関わる人件費やランニン
グ費用の抑制
• 架台の製造コストや設置コストの
削減
• 設置工事に関わる人件費の抑制
(出所)大和総研作成
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7
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工事に関わる人件費の抑制することなどにもつながり、システム価格
の全体的な引き下げが期待できるためである。新しい太陽電池の中に
は理論的な変換効率が非常に高いものがあり、今後も製造装置メーカ
ーに対する期待は大きい。
3-3
ターンキーというビジネスモデル
太陽電池業界の特徴としては数多くの企業が将来性の高さを見込ん
で新規参入していることが挙げられる。この新規参入を後押ししたの
が製造装置メーカーによるターンキービジネスである。ターンキービ
ジネスとは、キーを回せば(Turn the key)太陽電池の一貫製造ができ
るラインを一括供給するというものである。なお、ターンキーは以前
から様々な製造や開発の分野でも使われている概念である。
ターンキーのメリットとしては、太陽電池に関するノウハウや人材
が無くても資金さえあれば事業を開始できること、研究開発などを経
ないで数ヶ月間で量産設備を立ち上げられること、おおよその生産性
が分かるために収益モデルが構築しやすいこと、ターンキーメーカー
が変換効率を保障していることなどが挙げられる。太陽電池の製造工
程が半導体の製造工程と比較して単純なこともターンキーが広がった
要因の1つである。ただし、ターンキー製造ラインは稼動し始めて間
もないこともあり、太陽電池製造の主要プレーヤーの大半はターンキ
ー製造ラインを利用していない。
大手のターンキービジネスを標榜する製造装置メーカーとしては、
日本のアルバック、米国の Applied Materials 社、スイスの OC Oerlikon
社が挙げられる。これらの企業は主にターンキー方式の薄膜 Si 太陽電
図表 10 代表的なターンキーメーカー
社名
ULVAC(日本)
Applied Materials(米)
NexPower Technologies(台)
T-Solar(スペイン)
Baoding Tianwei(台)
Sunner Solar(台)
Monser Baer(インド)
Gadir Solar(スペイン)
China Solar Power(中)
主な顧客
Sun Film(ドイツ)
Chintsolar(中)
Signet Solar(米)
Sun Well Solar(台)
Green Energy Technology(台)
API(ドイツ)
Brilliant 234(ドイツ)
Ersol Thin Film(ドイツ)
Malibu(ドイツ)
Schott Solar(ドイツ)
Solar Morph(シンガポール)
Inventux Technologies(台)
ENN Solar(中)
Pramac(イタリア)
Moncada Energy(イタリア)
Next Solar(ギリシャ)
Best Solar(中)
XinAo Group(中)
(出所)各種資料より DIR 作成
8
Oerlikon Solar(スイス)
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池の製造ラインを世界各国の企業に提供している。経済状況と比較し
て受注は堅調と見られる。
ただし、今後もターンキービジネスが安泰とは言う訳ではない。1
ライン目はターンキー方式で製造装置を導入して、2ライン目以降は
自社でプロセス毎に価格面や性能面で優れた製造装置を集めることを
考えている太陽電池メーカーが少なくないためである。これらの企業
はターンキーを製造方法や製造装置に関する知識やノウハウを得るた
めの手段と位置づけているのである。また、太陽電池メーカーから見
るとターンキー製造ラインでは同業他社との差別化が難しいという課
題もある。
こういった課題を抱えているとは言え、ターンキービジネスは太陽
電池メーカーの新規参入を促すという点で非常に有効な手段である。
今後も、プロセス毎ではなくライン全体を最適化したターンキー製造
ラインを開発すること、新しい太陽電池や製造方法が発明された際に
短期間で初期ラインを提供することなどにより、太陽光発電システム
価格の引き下げに貢献できる。プロセス毎の製造装置との競争が厳し
くなることは否めないが、ターンキービジネスが広がる余地は残って
いると言えよう。
3-4
中小製造装置メーカーの参入余地
中長期的には日本の中小製造装置メーカーが太陽電池の製造装置業
界で活躍できるチャンスが広がると予想する。太陽電池市場の拡大が
期待されていることに加え、太陽電池メーカーはターンキー製造ライ
ンよりもプロセス毎の製造装置を重視する可能性が高いためである。
変換効率の向上や製造コストの削減による競合他社との差別化につな
がる。また、新しい太陽電池や製造方法が開発され、これまでとは異
なる新たな製造装置が必要となるといったことも十分に想定される。
日本の太陽電池メーカーに対して新規で製造装置を販売するのは難
しい。日本の太陽電池メーカーは技術やノウハウが外部に流出しない
ように製造装置を内製する垂直統合の傾向が強いためである。外部か
ら製造装置を購入することもあるが、共同研究のパートナーの製造装
置を除くと、独自でチューニングを施した上で利用していることが多
い。これでは安定的な受注が期待できない。
日本の太陽電池メーカーに対しては共同研究を行う機会を開拓すべ
きであろう。日本の太陽電池メーカーは先進的な太陽電池や製造方法
の開発を目的に、積極的に中小製造装置メーカーと共同研究を行って
いると見られる。日本の太陽電池メーカーにとっては、製造装置メー
カーの高い開発力を利用して、短期間かつ低コストで新しい太陽電池
や製造方法を開発できる確率が高まる。製造装置メーカーにとっては、
日本の太陽電池メーカー経由で太陽電池に関する新しい情報を早い段
階で入手でき、世界トップレベルの技術力やプロセス技術を蓄積する
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機会が得られる。しかも、日本の太陽電池メーカーとのつながりが強
固となれば、将来的に安定的な受注が期待できるようになる。
海外の太陽電池メーカーに対して新規で製造装置を販売するのは若
干の可能性がある。海外の太陽電池メーカーは製造装置を外部調達に
依存し、様々な製造装置メーカーに対して入札を行うためある。日本
の製造装置は機能面で優れているという評価を受けており、海外の太
陽電池メーカーの中には競合製品と比較して高価であっても購入を決
める企業もある。プロセス技術のある太陽電池メーカーに対しては完
成度の高い製造装置、プロセス技術のない太陽電池メーカーには製造
装置に加えてプロセス技術を提供することになろう。
海外の太陽電池メーカーは日本での実績を評価ポイントの1つとし
ている点には注意が必要である。アジア圏では特にこの傾向が強いと
推測される。日本の太陽電池メーカーが導入している製造装置の情報
は秘密保持の関係で一般に公表されていないが、多くの海外の太陽電
池メーカーはその情報を徹底的に収集している。
課題としてはプロセス毎の製造装置では評価が難しい点が挙げられ
る。仮に、変換効率や生産性で一定の成果が得られても、実際にはど
の製造装置の影響が最も大きかったのか判断することは難しいためで
ある。また、製造装置間に相性の良し悪しもあり、各プロセスで最高
レベルの製造装置を揃えたとしても、全体として最高レベルのライン
になるとは限らない。これに対して、日本の中小製造装置メーカーの
中には関連の深いプロセスのみをライン化してミニターンキーとして
販売するという動きも見られる。
太陽電池メーカーの撤退リスクが高い点も課題である。昨今の経済
環境の悪化で、既に参入の撤回や延期を公表した海外の太陽電池メー
カーが多く存在する。太陽電池を金融商品と捉えて太陽電池業界への
参入を決めた企業の割合が高いと見られる。その影響を受けた代表例
が2008年11月に民事再生法の適用を申請したエバテック社(現在は事
業を継続中)である。同社は2008年9月に中国企業から約71億円の太陽
電池製造装置の受注を受けた。2008年9月末までに21億円(受注総額の
30%分)を前受金として受け取る予定だったが、最終的にその資金回
収ができずに資金繰りに支障が生じてしまった。
当面は太陽電池メーカーの撤退が続くと予想される。競争環境が厳
しくなる中で、品質やコストで差別化できなければ、業界からの撤退
を余儀なくされる。製造装置メーカーも太陽電池のノウハウの蓄積が
進んでいる、あるいは将来的にノウハウの蓄積が見込める太陽電池メ
ーカーとの関係を構築する必要がある。
10
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日本の太陽電池製造装置メーカーの可能性
3-5
中小製造装置メーカーの動向
a ) 株式会社 天谷製作所
http://www.amaya-cvd.co.jp/
住所:東京都中央区日本橋室町4-2-16
代表取締役社長:吉岡 献太郎
同社は、従来の半導体市場以外に、結晶シリコン太陽電池のシリコ
ン酸化膜を成膜する常圧 CVD 装置の製造・販売も行っている。この成
膜は表面の電気的な不安定さを抑えるためのパッシベーションを目的
としている。成膜プロセスは半導体用と全く同じだが、太陽電池用の
駆動部分は処理枚数が2倍になるように改良されている。これまでに日
本の大手太陽電池メーカーなどへの販売実績がある。
09年末には駆動スピードとヘッド幅を改良して処理枚数を大幅に増
やし結晶シリコン太陽電池用のタクトに合わせた常圧 CVD 装置を販
売する予定である。新たに開発される太陽電池や製造プロセスでは同
装置の需要が高まると期待している。価格は現有製品とほぼ同等で、
成膜の均一性、処理枚数の多さ、メンテナンス性の高さなどを差別化
を図る。また、昨年8月には半導体製造用製品の総合商社である渡辺商
行の傘下に入り、現在は渡辺商行の販売力を活用した営業活動を行っ
ている。
b ) 武井電機工業 株式会社
http://www.takei-ele.co.jp/
住所:佐賀県三養基郡みやき町江口2617
代表取締役社長:武井 邦雄
同社は、薄膜シリコン太陽電池用の透明電極、発電層、裏面電極の
レーザパターニング加工装置を製造している。加工テーブルの精度は
±30μm で、透明電極、発電層、裏面電極の3つのパターニングのライ
ン加工幅を合計で250μm に納められ、かつ1μm 単位での設定が可能
となっている。また、加工ダストの回収を行う集塵機構を搭載し、加
工時間の短縮を実現するマルチビームヘッドやリニア駆動を備えてい
る。
同装置の技術は大手電機メーカーとの液晶パネル用カラーフィルタ
のレーザパターニング技術の共同研究を基礎としている。さらに、経
済産業省の補助事業において大阪大学と九州大学と共に装置の実用化
に向けた開発を行い、レーザパターニング加工装置を完成させた。そ
の後、スペックの最適化を図った上で薄膜シリコン系太陽電池用の製
造装置として販売を行っている。
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日本の太陽電池製造装置メーカーの可能性
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これまでに日本の大手太陽電池メーカーを中心に数十台の販売実績
がある。なお、販売窓口は日立ハイテクノロジーズの100%子会社であ
る日立ハイテクトレーディングが行っている。
今後は既存製品の製造に加えて、CIGS 太陽電池の裏面電極用レーザ
パターニング加工装置の製造・販売を行う。さらに、より高品質な裏
面電極基板を生産するために、真空装置メーカーとターゲットメーカ
ー、洗浄装置メーカーと提携し、成膜からレーザー加工、洗浄が可能
なラインを製造・販売する予定である。価格は合計で8億円程度となる
見通しである。既に台湾の中でも技術力の高い太陽電池メーカーに対
してサンプルの提供を行っている。
c ) マイクロ・テック 株式会社
住所:千葉県浦安市鉄鋼通り1-2-7
代表取締役社長:田上 義明
http://www.e-microtec.co.jp/
同社は、結晶シリコン太陽電池用の電極印刷を行うスクリーン印刷
機の製造・販売を行っている。電子部品用のスクリーン印刷機をベー
スとしており、ウェハーのハンドリングとアスペクト比の大きさなど
に工夫が施されている。同装置の印刷方法は印刷物の厚みに対して高
さ制御するのではなく、エアーバランスで圧力制御し、必要な印圧を
かけながら印刷する仕組みを採用している。ウェハーへの印圧を常時
一定に保つことで、ウェハーの厚みのバラツキにも安定した印刷がで
き、印刷ミスやウェハー割れを防いでいる。また、版の上からインク
を擦り付けるスキージも特殊なものとなっている。これらにより、同
装置ではテストサンプルで幅68μm かつ高さ25μm の電極印刷が可能
となっている。
約10年前に高精度な印刷技術を必要としていた日本の大手太陽電池
メーカーに納入し採用されたことが参入のきっかけである。約5年前に
は同メーカー以外への製造装置の販売を開始した。その当時はイタリ
アのバッチーニ(アプライド マテリアルズが07年11月に現金2.25億ユ
ーロで買収)が同製造装置の大半のシェアを取っていた。
これまでに日本、中国、韓国、台湾の太陽電池メーカー、ターンキ
ーメーカーを中心に数十台の販売実績がある。販売価格はバッチーニ
の同規模の製造装置の約1.5倍であるが、変換効率の向上のために高精
度な印刷をしており、高変換効率を必要としている太陽電池メーカー
から評価されている。海外では決済の関係で販売代理店を経由するケ
ースもあるが、直接販売を基本としている。
現在でもペーストメーカーや製版メーカーと共に、結晶シリコン太
陽電池の電極印刷で更なる高アスペクト比に向けた研究を継続してい
る。さらに、09年中には他社と一部協業して結晶シリコン太陽電池の
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新規産業レポート 2009/春
日本の太陽電池製造装置メーカーの可能性
電極形成ライン(裏面 Ag 印刷→乾燥→裏面 Al 刷→乾燥→表面 Ag 印
刷→乾燥焼成→冷却→テスティング→ソーティング)の製造・販売を
計画している。また、色素増感型太陽電池や薄膜シリコン太陽電池の
製造装置の開発も進める予定である。
d ) 株式会社 ヤマザキ電機
住所:埼玉県坂戸市小山123
社長名:山下昇
http://www.yamazaki-denki.co.jp/
同社は、結晶シリコン太陽電池用の拡散炉や焼成炉の開発・製造・
販売を行っている。拡散炉は p 型のシリコンウェハー上に n 型層を形
成するため、焼成炉は電極をウェハーに焼付けるための装置である。
特徴としては、50年以上の製造実績に裏付けられた電気炉をベースに、
炉内雰囲気制御、精密な温度制御、クリーンな搬送などが高度にバラ
ンスされた駆動装置となっていることなどが挙げられる。
同社は02年より太陽電池用の製造装置の開発に着手した。太陽電池
製造工程中で電気炉が使われていたこと、“環境”というキーワード
にマッチしていたことなども参入を後押しした。液晶パネル用の製造
装置をベースとしており、ウェハーの強度、焼成や冷却の温度やスピ
ードなどの相違点を中心に調整して完成させた。
これまでに国内のターンキーメーカー、セルメーカー、ペーストメ
ーカーなどに対して数台の製造装置を販売した実績を持つ。07年10月
にはエス・イー・エス(09年1月に民事再生手続き申し立て、業務は継
続中)と太陽光発電セル製造用ベルト式拡散装置に関する OEM 契約
を締結した。これにより、エス・イー・エスはフルターンキーでの太
陽電池製造装置の提供が可能となった。
今後も結晶シリコン太陽電池用の拡散炉や焼成炉に特化する計画で
ある。販売先としては、海外の太陽電池メーカーや国内外のターンキ
ーメーカーを想定している。海外の太陽電池メーカーに対しては他社
との連携も視野に入れて営業活動を行う予定である。温度制御のし易
さ、処理枚数の多さ、省スペース、省エネ、メンテナンス性の良さ、
耐用年数の長さ、低価格などを差別化のポイントとしていく。
3-6
今後の展望
足元では経済状況の悪化の影響を受けているが、今後も太陽電池市
場は大幅に拡大すると予想される。EPIA は「Solar Generation V - 2008」
の中で2030年における累積導入量を政策推進シナリオで1,800GW、標
準シナリオで900GW と予想している。2007年から2030年の年平均成長
率(CAGR)は政策推進シナリオが26.0%、標準シナリオが22.1%であ
る。
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日本の太陽電池製造装置メーカーの可能性
図表 11 太陽電池の累積導入量の推移(対数グラフ)
(MW)
10,000,000
政策推進シナリオ
CAGR:26.0%
標準シナリオ
1,000,000
100,000
CAGR:22.1%
10,000
1,000
(実績)
(予想)
2030
2027
2024
2021
2018
2015
2012
2009
2006
2003
2000
1997
1994
100
(出所)EPIA データより大和総研作成
太陽電池市場の拡大に伴って太陽電池の製造装置市場も拡大する。
少なくとも太陽電池の生産量の増加分に対応するには新たな製造装置
が必要である。長期的には新しい太陽電池や製造方法が開発されるこ
とも期待されており、これが実現した場合には更に大きな市場規模に
拡大しよう。太陽電池の製造装置の市場規模は数年以内に1兆円に達す
る可能性がある。
日本の中小製造装置メーカーが成功を収めるには、情報発信や情報
収集を行うことが不可欠である。絶えず自社の技術が何に利用できる
のかアンテナを張り、どのような技術が必要なのかを知るためのネッ
トワークを持つことが重要である。自社の技術やノウハウを利用でき
る場面が何らかの拍子に見つけられるためである。
太陽電池メーカーと接点を持つことは大きなアドバンテージとなる。
太陽電池産業で中心的な役割を担うのは太陽電池メーカーであり、新
しい技術動向や素材などの情報の集積地となっている。特に、日本の
太陽電池メーカーは世界的にも先進的な開発を行っている。日本の製
造装置メーカーは地理的にも有利と言えよう。
本レポートでは特別な記載がないが、エヌ・ピー・シーは太陽電池
をモジュール化するための製造装置の事業化で成功し、2007年6月には
株式公開を果たした。同社は包装機械や荷造機械で培ってきた包装に
関する技術力に加えて、海外への展開力、新たな製造装置の開発力、
情報を見分ける洞察力や判断力、なども優れていた。
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日本の太陽電池製造装置メーカーの可能性
新しいビジネスのきっかけをつかむことで、大きな成長が期待でき
るような高い技術力を持った製造装置メーカーは日本に数多く存在す
る。今後も太陽電池関連市場は大きな成長が見込め、その中で急速な
成長を果たす中小製造装置メーカーが新たに誕生することに期待した
い。
以上
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