大阪市立科学館研究報告 26, 43 - 46 (2016) インドネシア・スラウェシ島 皆既日食観測報告 江 越 航 * 概 要 2016 年 3 月 9 日 、インドネシアにおいて皆既 日食 が観 測された。皆既日 食は天文 現象の中 でも最も 神 秘 的 な現 象 として人 気 があるものであり、この現 象 を記 録 するため、現 地 スラウェシ島 にて観 測 を行 っ た。 観 測 した内 容 は、主 に今 後 のプラネタリウム投 影 における使 用 を想 定 した、高 倍 率 コンパクトデジタル カメラによる太 陽 の撮 影 、固 定 カメラと魚 眼 レンズコンバータによる全 天 の撮 影 、コンパクトデジタルカメラ による周 囲 の状 況 の撮 影 、簡 易 型 データロガによる気 温 ・日 照 時 間 の測 定 である。本 稿 では、その概 要 と結果を報告 する。 1.はじめに このため日 食 の時 間 帯 に降 雨 が生 じる可 能 性 が高 い 2016 年 3 月 9 日 、インドネシアにおいて皆 既 日食が 観 測 された。皆 既 日 食 は天 文 現 象 の中 でも最 も神 秘 ことから、過 去 、数 年 間 の同 時 期 の天 候 を検 討 し、晴 天率の高い観測場所を選定した。 的 なものと して、人 気 のある 現 象 である 。皆 既 日 食 自 写真1は、1 年前の 2015 年 3 月 9 日の、日食と同じ 体は年に 1 回程 度 起こる現 象 であるが、必ずしも観測 時 間 帯 のインドネシア付 近 の衛 星 画 像 である。この時 しやすい場 所 で 起 こる とは 限 らないた め、なか なか 観 期 は東 からの貿 易 風 が卓 越 しており、海 を通 って湿 っ 測 の機 会 に恵 まれない。しかし今 回 、インドネシアとい た空気が、山岳による強制上昇により、雲を作っている。 う日本から比較的 アクセスの良 い場 所 で起 きたことから、 特 にスマトラ島 、ボルネオ島 では地 形 上 、皆 既 日 食 帯 この現 象を記 録するため、私 費 ではあるが現 地にて観 で雲ができやすくなっているため、観測場所としては不 測を行った。 適と考えられた。スラウェシ島も南 部は雲ができやすい 観 測 した内 容は、高 倍 率 コンパクトデジタルカメラに よる太 陽 面 の 撮 影 以 外 に、固 定 カメラと 魚 眼 レ ンズコ が、北 部は山 岳に遮られ、比 較 的 晴れやすいと考えら れた。テルテナ島も比較的雲の影響が少なかった。 ンバータによる全 天の撮 影 、コンパクトデジタルカメラに よる周 囲 の状 況 撮 影 、 簡 易 型 データロガによる気 温 ・ 日 照 時 間 の 測 定 である 。以 下 で、実 施 した 観 測 の 概 要と結果を報告する。 2.観測場 所の選 定 今回の皆 既日 食 は、主 にインドネシアのスマトラ島 、 ボルネオ等 、スラウェシ島 、テルテナ島 で観 測 すること ができるものであった。また当 日 、日 本 でも全 国 で部分 日食となった。 インドネシアは赤 道 直 下 の熱 帯 性 気 候 の地 域であり、 写 真1 皆 既 日 食帯 と 1 年 前 の気 象 衛 星 画像 おおむね 5~10 月が乾 季 で、11~4 月が雨 季となる。 その他 、各 旅 行 会 社 の 現 地 調 査 状 況 も 考 慮 して、 * 大 阪 市 立 科 学 館 学 芸 グループ e-mail:egoshi@sci-museum.jp 最終 的に晴天が期 待できるスラウェシ島の都 市 パルに て観 測 することとした 。その 結 果 、当 日 は 快 晴 に 近 い - 43 - 江越 航 好 条 件 で、ほぼ全 経 過 を撮 影 することが可 能 であっ た。 3.日食の概要 日 食 による 月 の 影 は 西 から東 に 移 動 することから、 各 地 での日 食 の起 こる時 間 は異 なり、東 に行 くほど遅 い時 刻 に起 こることになる。今 回 観 測 したスラウェシ島 パルでの、現 地 時 間における日 食の経 過は、表 1 に示 すとおりである 。日 食 の中 心 線 からは離 れた場 所 であ 写 真 2 撮 影の様子 るため、皆既日食 の時 間は約 2 分 程 度 であった。なお 日本との時差は-1 時 間 で、日 本の方 が 1 時 間進んで 表3 設 定 項 目をまとめた一 覧 表の一 部 いる。 表 1 日 食の経 過 時 刻(現地時間) 内容 6:05 日の出 7:27:52 部 分 日 食の始 まり(第 一 接触) 8:37:45 皆 既 日 食の始 まり(第 二 接触) 8:38:53 食の最 大 8:39:57 皆 既 日 食の終 わり(第 三 接触) 10:00:47 部 分 日 食の終 わり(第 四 接触) 5.高倍率 コンパクトカメラによる撮影 4.観測計 画の策 定 今 回 の 観 測 では 、 主 に 表 2 に 示 す 機 材 を 用 いた 。 日食の経過は、光学 60 倍ズーム可能な超望遠コン 撮 影 の 目 的 に 応 じて機 材 を選 定 するとともに、限 られ パクトデジタルカメラ Nikon P610 を用いて、原則 1 分ご た時 間 で同 時 に対 応 可 能 なこと、移 動 の際 の航 空 機 とに撮 影 した 。この倍 率 で撮 影 すると、太 陽 を導 入 す の重量制限等を考 慮 して選 んだ。 ることが難 しくなるため、三 脚 とカメラの間 にビクセン製 の微動雲台を挟んでいる。 さらに使 用に当 たっては、事 前 に太 陽 を撮 影して機 材 の操 作 を確 認 をするとともに、自 動 撮 影 を行 う機 材 太 陽 の 撮 影 は 、部 分 日 食 については 、レ ンズ部 分 については、実際に想 定される時 間の間 、電 池 が持つ にマルミ光機 製の太陽 観 測 用 ND100000(58mm)を、 か、同じ時間撮影 して確 認 した。 ステップアップリングを用いて取り付けて行った。 カメラのモードは、測光 方式 は中央部 重点とし、絞り また、設 定 項 目 を一 覧 にまとめ、時 系 列 で表 にする 値 ・ シャッター速 度 は 自 動 のプログ ラムオート モード、 ことで、漏れがないように準 備 した。 基本的には、部 分 日 食 の間 は定 期 的 に撮 影を行い、 ISO 感 度 の設定も AUTO とした。ただしオートブラケット 皆既となる 2 分前からは全 て動 画 で自 動 撮 影とし、実 撮 影により、±1 の露出 補 正を加えた写 真を連 続して 際の雰囲気を体感することを主 眼とした。 撮影している。また、このカメラはレリーズが使用できな 表2 使 用 機 材 機材 Nikon P610 内容 高 倍 率コンパクトデジタルカメラ 太 陽 面の撮 影 用 Nikon D5100 魚 眼 レ ン ズコ ンバ ー タ と 組 み 合 わ せて、全 天 周 画 像 の撮 影 Nikon AW120 日 食の最 中 の周 囲の状 況 撮影用 Panasonic TZ3 皆 既の瞬 間 の周 囲の音 声 録音用 データロガ 周辺環境測定用 エコログ XL 写 真3 皆 既 日 食の様 子 - 44 - インドネシア・スラウェシ島 皆既日食観測報告 いため、手ぶれの影 響を避 けた 2 秒 のセルフタイマー いないため、あまり周 囲の雰 囲 気を感じられるものには モードを用いた撮 影を別 途 行った。 なっていない。 皆既となる 2 分 前には、ND フィルターを外して、動 画撮影のモードとした。この後 、皆 既 終 了 後 2 分後ま では、そのまま動画 での自 動 撮 影とした。写 真 3 は、動 画から切り出した、皆 既 日 食 の様 子の写 真 である。 皆既日食終了 後は、再び ND フィルターを取り付け、 同様の条件で、部 分 日 食 終 了まで原 則 1 分ごとに撮 影した。 6.全天周 画像の撮 影 日 食 の際 に全 周 魚 眼 レンズを用 いて、空 全 体 の様 子 も記 録 した。これは、全 周 魚 眼 で撮 影 された写 真 を プラネ タリウムド ーム全 体 に 投 影 すると 、あたかもその 場にいるような雰 囲 気 を与 えることができることから、今 後のプラネタリウム番 組 において使 用 することを念頭に 撮 影 したものである。 使用した機材は、カメラが NIKON D5100(レンズ付 写 真5 皆 既 食での空の様 子 属 VR 18-55mm F3.5-5.6G)で、このカメラのレンズに 魚 眼 コ ンバージョンレ ンズ( トダ精 光 DIGITAL KING TF510)を取り付けて撮 影 した。 図 1 はカメラの測光モードが測定した明るさの変化 をグラフにしたものである。シャッター速度 1/1000 秒 、 絞り値 f16、ISO 感 度 100 の状態を基準に、自動で変 化 した そ れ ぞれ の 数 値 を 掛 け合 わせて 明 る さ の 相 対 値を算出した。 最 初 は早 朝 で少 しずつ明 るくなるが、皆 既 日 食 とな る 8 時 39 分 頃 に近づくとともに明るさが減少し、その後 は再 び太 陽 が現 れるとともに、高 度 が高 まることと相 ま って、どんどん明 るくなる様 子 が 測 定 されている。 この 値 に、撮 影 した空 の明 るさを数 値 化 してその値 を 掛 け れば、さらに正 確 に 空 の 明 るさ変 化 が算 出 できると考 えられる。 写 真4 魚 眼コンバージョンレンズを取り付けたカメラ カメラのモードは、明 るさが大 きく変 化 することから、 測 光 方 式 は 中 央 部 重 点 と し、絞 り 値 ・シャッター速 度 は自動のプログラムオートモードとした。ISO 感 度の設 定は 100 に固定したが、シャッター速 度が 1 秒を越え たときは、自動的に ISO 感 度を上げる設 定とした。また、 ピントは固 定 し、オートフォーカス、手 ぶれ防 止 機 能 は いずれも解除した。 撮 影 は 、カメラを 天 頂 方 向 に 向 けて、内 臓 の インタ 図1 カメラの測 光モードによる空の明るさの変 化 ーバルタイマーを用 いて、部 分 日 食 開 始 直 前 の 7 時 25 分から 10 秒ごとに行った。撮 影した例が、写真 5 で 今 回 全 天 周 画 像 は、カメラをちょうど天 頂 方 向 に向 ある。皆 既 日 食 が最 大 となった時 間 での様 子 であるが、 けて撮影したが、周囲の雰 囲気を感じられるようにする カメラの自 動 調 整 により、絞 り値 は最 小 の f3.5、シャッ ためには、むしろやや傾 けてもっと風 景 を入 れて撮 影 ター速度 1 秒 、ISO 感 度 280 に設 定され、明るく写っ した方がよかったと思われる。また、カメラの設定に関し ている。また、太 陽 の位 置 がかなり低 く、風 景 も写 って ても、皆 既 日 食 の最 中 の空 の暗 さがあまり表 現 されて - 45 - 江越 航 いないことから、実 際 の様 子 を再 現 するには さらにカメ 図 2 はその測定結果である。照度をみると、当初は ラの撮影モードの検 討が必 要 である。 センサーに直 接 日 光 が当 たらなかったためか、徐々に 明るくなっていたが、7 時 50 分ごろ以降は最大感度の 7.周囲の状況の撮 影 5000lx を越え、値が振り切れた。しかし、8 時 24 分ごろ プラネタリウム番 組 を制 作 するにあたっては、皆既日 から再び 5000lx を下回るようになり、直線的に明るさが 食 の 太 陽 の 画 像 だ けでなく 、その 時 の 周 囲 の 状 況 の 減少して、皆既日食の最中は 5lx 以下となった。その 画 像 もあると、より当 時 の雰 囲 気 を再 現 することができ 後 、再び直線的に明るさが増加して、8 時 53 分ごろに る。そこで、コンパクトデジタルカメラ Nikon AW120 を用 は 5000lx を越えている。 いて、周 囲 の風 景 と共 に撮 影 した太 陽 や、周 りの観 測 また、気温も夜明けの時 点 で 24 度程度だったが、 者 、ピンホール方 式 による影 の変 化 等 、様 々な状 況を その後太陽高 度が増すにつれ徐々に気温が上がり、8 撮 影 した。特 に 皆 既 日 食 の 間 は、周 囲 の 状 況 と 太 陽 時ごろには 34 度となった。しかし空が暗くなり始めるの を合わせて動画として撮 影 した。 と同 じくして気 温 が 下 がり始 め、皆 既 日 食 が終 わる少 さらに、皆 既 と なる 瞬 間 は、別 のコ ンパクトデジタル し後の 8 時 48 分にかけて 28 度まで下がった。しかし、 カメラ Panasonic TZ3 でも動 画を撮 影した。これは主に、 その後 は再 び上 昇していった。相対 湿 度に関しても同 その時の音声を録 音することを目 的としたものである。 様 で、気 温 が下がるにつれて一 旦 湿 度も上 昇 したが、 その後再び下降した。 8.環境変 化 皆 既 日 食 の 際 に は 、太 陽 が 隠 される ことに より 、 気 温 が下 がったり、辺 りが暗 くなったりという変 化 がある 。 そこで、周囲の環 境 変 化 を測 定 するために、株 式会社 ナリカより販 売 されている「エコログ XL」を利 用 した測 定を行った。 エコログ XL は、小 中 学 校の理 科 教 育 向 けに作られ た教材用データロガ(イスラエル製 )で、温 度 ・湿度・気 圧・光・音の 5 つのセンサーが内 蔵されている。 大きさは 10.5cm×6cm×2cm の小 型のデータロガで あるが、一 旦 充 電 してしまえば、本 体 の内 蔵 電 池 だけ 図2 エコログ XL による測 定 結 果 で動 作 させることができる。そのため、外 部 に持 ち出 し、 自由な場所で測定 することができる。 9.おわりに 今回 、インドネシアで皆既 日 食 が観 測されることから、 様 々な 方 法 でこ の 日 食 を 記 録 した 。 通 常 、 日 食 の 記 録 は欠 けていく太 陽 を写 真 に残 すこと が多 いが、プラ ネタリウム番 組を制 作するにあたっては、それだけでは なく空 全 体 の雰 囲 気 や、周 辺 の様 子 の記 録 が残 って いると役 に 立 つことが多 いた め、合 わせて撮 影 を 行 っ た。 また、日 食 の際 には空 の明 るさや気 温 、周 りの雰 囲 気 など 様 々なものが変 化 することから、簡 易 的 なデー タロガを用 いて周 辺 環 境 を記 録 した。その結 果 、確 か に周囲の明るさや温度が変化する様子 が確認 できた。 写 真6 エコログ XL こうした記 録 は、将 来 プラネタリウム番 組 を制 作 する このエコログ XL を、直 接 、太 陽の光が当たる地面の に当たっても、貴重な資料になると考えている。 上において、日食が始まる前の午 前 6 時より 15 秒 間 今 回 は 初 めての 経 験 だ っ た こと も あり 、期 待 通 り に 隔ごとに測 定 した。このインターバルだと、日 食 が終 了 撮 影 でき なかった もの も 多 かった。次 回 、 機 会 が あれ する午前 10 時まで、4 時 間 の間 、測 定することが可能 ば、今 回の結 果をもとに、より効果 的な記 録を取 りたい になる。 と考えている。 - 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