「宗教学通論」ハンドアウト(11) 「宗教学通論」ハンドアウト(11):宗教の諸類型(宗教類型論) Ⅰ 進化論的・発展論的類型論 Ⅱ 有神的宗教と無神的宗教 Ⅲ 権威主義的宗教と人間主義的宗教 Ⅳ 神秘主義的宗教と預言者的宗教 Ⅴ 汎神的宗教 Ⅵ 救い型・悟り型・つながり型 Ⅶ 民族宗教と世界宗教 Ⅷ ロバート・N・ベラーによる宗教進化の5類型 Ⅸ ジョン・ヒックによる基本的分類 X ハンス・キュンクのビデオにおける類型 XI 成立宗教・民間宗教(民俗宗教)・未開宗教:堀越知巳の場合 参考文献) 脇本平也『宗教学入門』(講談社、1997 年)、pp.80-103. 小口偉一・堀一郎(監修)『宗教学辞典』(東京大学出版会、1973 年)、該当する諸項目 星野英紀他(編)『宗教学事典』(丸善株式会社、2010 年)、第Ⅳ章「宗教学の基礎用語(2)宗教類型論」 pp.271-317. 飯田篤司「自然宗教」、星野英紀他(編)『宗教学事典』(丸善株式会社、2010 年)pp.62-63. 星野英紀「宗教類型論」、星野英紀他(編)『宗教学事典』(丸善株式会社、2010 年)pp.176-179. 宮島俊一「汎神論」、星野英紀他(編)『宗教学事典』(丸善株式会社、2010 年)pp.366-367. 堀越知巳「ドイツ宗教民俗学の諸相」(早稲田商学同攻会(編)『早稲田商学』第 312 号、1985 年 7 月)、 pp.17-39. Ⅰ 進化論的・発展論的類型論(反対方向の退化論的類型論も同様) 《キリスト教は世界中の宗教の中で最も進歩発達した最高段階の宗教であり、その要は 唯一絶対の人格的存在としての神の観念である》と考え、これをモデルとして類型に区分 するとどうなるか、というように考える。→神のあり方や神の数に焦点を合わせる分類法 例 1:精霊崇拝 → デーモン崇拝 → =(拝一神教)→ 唯一神教 多神教 → 例 2:精霊崇拝 → デーモン崇拝 (拝一神教)→ 唯一神教 → 単一神教・交替神教 例 3:フェティシズム(物神崇拝) → 多神教 → 単一神教(・交替神教) → 多神教 → 一神教(唯一神教) 注(例 1 と例 2 について): 「単一神教(henotheism)」「交替神教(kathenotheism)」は本来、最高神として讃歌が献 げられる神が交替しているところのヴェーダ聖典の宗教を一つの類型として立てるために M・ミュラーが作った術語で、彼においては、「単一神教」も、「交替神教」の別名でしか ない。 ところが、例えば、脇本平也(わきもと・つねや 1921-2008)は、M・ミュラーのオリジ ナルの用法に従わず、「単一神教」を独自の意味で使用し、一柱の最高神が多神の世界を -1- 「宗教学通論」ハンドアウト(11) 統括する最高神の地位に定着した形態と理解しているため、「単一神教」は、一般に理解 されている「多神教(polytheism)」と区別がつかなくなっている。脇本が明確に述べてい るわけではないが、彼の説明を拡張すると、まだ神統が定まっておらず、最高神のもとに 諸神が統括されるに至っていない無秩序な多神状態を「多神教」と呼ぶか(この場合、神 道や古代ギリシャの宗教など、古代文明の諸宗教の多くは、「単一神教」ではあっても、 もはや「多神教」ではない)、あるいは、「単一神教」も「交替神教」もともに「多神教」 の下位のカテゴリーであると見るか、何れかでなければならないであろう。(脇本の説明 は曖昧ではっきりしないが、後者の理解を取っていると解釈するのが妥当なように思われ る。) これによく似た解釈は、ヨーロッパの宗教研究者によってもなされてきた。例えば、 「単 一神教」を、民族的・相対的な「唯一神教(monotheism)」とする解釈が、ドイツの宗教 哲学者オットー・プフライデラー(Otto Pfleiderer, 1839-1908)によって始められたとされ ており、これによって、「単一神教」は、ユリウス・ヴェルハウゼン(Julius Wellhausen, 1844-1918) に よ っ て 古 代 イ ス ラ エ ル の 宗 教 に つ い て 初 め て 用 い ら れ た 「 拝 一 神 教 (monolatry)」の同義語と解され、「多神教」から真の「唯一神教」への移行期の宗教類 型と解されることになる。(なお、グスタフ・メンシング(Gustav Mensching, 1908-1978) は、 「一時的単一神教(akuter Henotheismus)」と「永続的単一神教(parmanenter Henotheismus)」 とを区別し、後者を「拝一神教」と同義としている。) これに対して、M・ミュラーは、先にも書いたとおり、「単一神教」を「交替神教」の 別称とし、これを神統組織が確立し、最高の主宰神が定まっている「多神教」に至る前段 階の類型としている。 「単一神教」という言葉が、「拝一神教」と混同されることを避けるため、ミュラーの 立てた類型には「交替神教」の方を当てることが多くなったという。 Cf. 「有神論(theism)」 「無神論(atheism)」 「理神論(deism)」 「汎神論(pantheism)」 「万有在神論(panentheism)」 Ⅱ 有神的宗教と無神的宗教(有神論的宗教と無神論的宗教) 世界に散在する原始宗教や東洋で古くから独自の発展を遂げてきた宗教に関する知識を 通しての新しい類型化(超歴史的・横断的比較に基づく)。この場合の「無神論的宗教」 「無心的宗教」が、いわゆる「無神論」、つまり唯物論的な宗教否定論とは異なる意味内 容を有することに注意が必要。 「無神(論)的宗教」の例: 1)「マナイズム」(マナ/タブー) 2)「原始仏教」や「禅」 3)「ヒューマニズムの宗教」: 例えば、ジョン・デューイ(John Dewey, 1859-1952) 『誰でもの信仰 Common Faith』 (1934) -2- 「宗教学通論」ハンドアウト(11) Ⅲ 権威主義的宗教と人間主義的宗教 エーリヒ・フロム(Erich Seligmann Fromm, 1900-1980)『精神分析と宗教 Psychoanalysis and Religion』(1950) 「権威主義的宗教」: 何か人間自身とは異なったもの、外的世界における絶対的権威を認め、この外在的権 威にいわば盲目的に従っていく態度。宗教の世界では「偶像崇拝」などとして現出する。 「人間主義的宗教」(「ヒューマニズムの宗教」とも関連あり) 外在的権威への盲従を排して、人間自身のうちに真に尊ぶべき権威を見出す立場。例 えば、理性・愛・自由・創造性といった人間の本性に目覚め、このような人間性の尊厳 を育て上げ、守り抜こうとする生き方こそが、人間主義的宗教の生活態度である。 ─→「人間主義的宗教」は「神秘主義」の流れと深く関わっている。 Ⅳ 神秘主義的宗教(mystische Religion)と預言者的宗教(prophetische Religion) フリードリヒ・ハイラー(Friedrich Johann Heiler, 1892-1967) 洋の東西を問わず、さまざまな宗教に現れてくる「神秘主義的宗教」を一つのタイプと して立て、これと対照的なものを「預言者的宗教」と呼んで、一対の類型とする立場。 「神秘主義的宗教」: キリスト教の場合であれば、絶対者との合一、禅仏教の場合であれば、宇宙の究極的 な理法を豁然大悟するなどという神秘体験を中心として展開する宗教をいう。 (禅からは、 自らは「神秘主義」ではないという批判もあるが。) 「預言者的宗教」: 神の呼びかけを受けて神の言葉を預かり、これを民に宣べ伝えて神の意志を実現しな ければならないという召命体験を中心とする宗教である。ユダヤ教、キリスト教、イスラ ームなど、唯一なる人格神を信仰する宗教によく見られるタイプである。 両者の特徴の対比 ⅰ) 超倫理的──倫理的 ⅱ) 個人主義的・非歴史的──共同体的・歴史的 ⅲ) 寛容的傾向──不寛容的傾向 これは、「神の容器」であるか「神の道具」であるかによって預言者自身を分類してい る、マックス・ウェーバー(Karl Emil Maximillian (called Max) Weber, 1864-1920)の類 型化に相当する。 ─→「模範預言(exemplarische Prophetie)」と「使命預言(Sendungsprophetie)」(「倫理 預言」) -3- 「宗教学通論」ハンドアウト(11) Ⅴ 汎神的宗教、汎神論(pantheism) 「預言者的宗教」はおよそ「唯一神教」の立場であるから、「有神的宗教」であると言 える。一方、「神秘主義的宗教」は、「有神的・無神的」という基準では割り切れない。 そこで、有神的/無神的に対する、いわば第三の類型が考えられる。 この宇宙・万物・存在の一切の内に、神が宿っている、絶対者が内在している、森羅万 象が全体としてさながら仏を実現している(例えば大日如来の実現である)などと考える 立場である。換言すると、神的絶対的な存在や理法が宇宙一切の存在にあまねく行き渡っ ている、あるいはそれが宇宙全体と一致しているというような立場である。 Cf.「万有在神論 panentheism」 Ⅵ 救い型・悟り型・つながり型 岸本英夫(1903-1964)による類型化 「救い型」: キリスト教に代表されるタイプ。 「悟り型」: 仏教に代表されるタイプ。 ただし、キリスト教にも「悟り型」が、また仏教にも「救い型」が見られるので あり、これらの宗教は、両タイプをともに含むと考えられる。 「つながり型」: 神道に代表されるタイプ。神道のみならず、次に見る民族宗教のたい ていはこのタイプに分類できる。 Ⅶ 民族宗教(Volksreligion)と世界宗教(Weltreligion) 「世界宗教」という言葉は、19 世紀前半のカトリック神学者 J・S・ドライの用語 Weltreligion にまで遡るもので、19 世紀末にティーレ(Cornelius Petrus Tiele, 1830-1902)が world religions という英語訳を用いたことで、ドイツ語圏・オランダ語圏から英語圏に持 ち込まれた。地域的限定を超えた普遍性がこの概念の核心と見られており、universal religions, universalistic religions といった訳語も用いられていた。 しかし、M・ウェーバーなどは多数の信者を集めた宗教の意でこの「世界宗教」の語を 用い、ヒンドゥー教や儒教、さらにユダヤ教をもこの語のもとで論じており、さまざまな 理解が存在する。 また「民族宗教」という言葉についても、「自然宗教」や「民俗宗教」などを含む広い 意味で用いられることもあれば、これらとは区別して論じられることもある。 G・メンシングが、両者の間に伝播範囲に留まらない深い構造的相違があると見て、宗 教史上の二つの根本構造と見なしたことによって、有名な総合的類型として定着した。 この類型化は、ヤスパース(Karl Theodor Jaspers, 1883-1969)の「軸の時代」の概念や、 これを前提した J・ヒックの「pre-axial religions」対「post-axial religions」や、R・N・ベラ ーの類型論とも深く関連するが、これについては後述する。以下には、メンシングの理解 を中心に多くの研究者のおよその共通理解と思われる事柄を記す。 「民族宗教」の例:原始宗教? 古代宗教、日本民族の神道、イスラエル民族のユダヤ教、 南アジアの民族宗教としてのヒンドゥー教など -4- 「宗教学通論」ハンドアウト(11) 「世界宗教」の例:仏教、キリスト教、イスラーム 両者の特徴の比較 1)メンバーの広がり 民族宗教:特定民族、特定地域に限定される 世界宗教:民族、地域に限定されない。大なり小なり世界中の諸民族にあまねく広が っている。その意味で、一応、普遍的であるという特徴をもつので「普遍宗教」とも呼ば れる。 この現実的広がりの相違は、その背後にある原理の相違の結果であると考えられる。 2)原理の差 民族宗教:当の民族の血縁的・地縁的な繋がりに基礎をおいて成立する。→現世志向 世界宗教:特定の民族や階級などの左右されず、いわば一個の独立の人間としての個 人を対象として、法の真理や神の救いが告げられる。→現世拒否 3)発生の仕方 民族宗教:多くの場合、自然に発生。民族の営む社会的・集団的生活の間から自ずと 生まれてきたもの。「自然宗教*」 世界宗教:教祖によって唱え出されたもの。特定の創唱者が存在する。「創唱宗教」 *「自然宗教」という言葉は、さまざまな意味で用いられるので注意が必要。 4)組織の差 民族宗教:専門の司祭者と一般の平信徒から構成される教団組織といったものが、全 体社会の中で十分に分化していないのが普通。司祭者の宗教的権威が民族社会統括の政治 的権威と未分化。社会の成員が生まれながらにして信徒であり、個人に選択の余地はない (「合致集団」)。つまり、社会集団と宗教集団とが未分化である。 世界宗教:平信徒と司祭者がそれぞれの役割を分担して、はっきり分化し組織立てら れる。このような組織からなる教団が全体社会の中の「特殊集団」として分化・形成され る。そして、この教団に成員として加わるか否かは、個人の信仰、個人の決断に委ねられ る。 5)政治と宗教 民族宗教:政治と宗教が一致する傾向がある。 世界宗教:宗教が政治から独立する傾向がある。 以上の分類のうち、「権威主義 VS 人間主義」という類型化は、真に価値のある宗教は 「人間主義」でなければならないという価値判断を含んでいるが、それ以外のものは価値 判断を下すことなく、客観的に分類しようとする宗教学的類型論としての分を守っている。 -5- 「宗教学通論」ハンドアウト(11) Ⅷ ロバート・N・ベラーによる宗教進化の 5 類型 進化:evolution 進歩:progress/advance/improvement ロバ−ト・N・ベラー(Robert Neelly Bellah,1927- )、主著:Tokugawa Religion: the Values of Pre-industrial Japan (Falcon, 1957)《堀一郎・池田昭訳『日本近代化と宗教倫理――日本近 世宗教論』(未來社, 1962 年)、池田昭訳『徳川時代の宗教』(岩波書店[岩波文庫], 1996 年)》 Beyond Belief: Essays on Religion in a Post-Traditional World (New York, 1970) アメリカの宗教社会学者 R・N・ベラーの「宗教進化論」(1)キリスト教中心ではない。 (2)「進化」と「進歩」とを区別する(Cf. ダーウィン(Charles Robert Darwin, 1809-1882) もスペンサー(Herbert Spencer, 1820-1903)も「進化」を「進歩」としている)。「進化」:宗 教的象徴の体系や宗教的組織の構造などが次第に分化し、「単純」なものが漸次分かれて 「複雑」さを増すということ。 ベラーは、宗教の「進化」は、理論的な図式として 5 つの段階から構成されると論じて いる。これは、歴史の契機を視野に入れながら、同時にこれまで提出されてきた宗教類型 論をも統合するような趣を有する。 ベラーは、c.1000B.C.からその後約 2000 年、c.1000A.D.までの間に高度な文明を有する 世界各地で宗教的な現世拒否の思想が成立し、展開したという。彼は、これらを一括して 「有史宗教」(「歴史宗教」)と名づけて、その前後に 2 つずつの段階を置き、合計して 5 つの宗教類型を立てる。 「原始宗教 primitive religion」/「古代宗教 archaic religion」/「有 史宗教 historic religion」/「近代宗教 early modern religion」/「現代宗教 modern religion」 ベラーは、上の 5 類型の特徴を、次の 4 つの局面から分析する。 ⅰ)象徴体系:それぞれの宗教が依って立つ世界観・神観・人間観 ⅱ)宗教的行動:信徒たる者の行うべき生活実践や広い意味での宗教的儀礼 ⅲ)宗教的組織:教会や教団と呼ばれる宗教組織の構成や変化などの問題 ⅳ)社会的意味合い:それぞれの宗教が社会に対して有する意味や機能 Ⅸ ジョン・ヒックによる基本的分類 ジョン・ヒック(John Hick, 1922- ) John Hick: A Interpretation of Religion, New Haven and London: Yale University Press 1989. (ジョン・ヒック『宗教の解釈』) Chapter 2: The Soteriological Character of Post-Axial Religion, pp.21-35. Pre-Axial Religion と Post-Axial Religion 「軸の時代」の設定:ヤスパース『歴史の起源と目標』 《「世界宗教」と「民族宗教」》という分類との関係 「偉大な世界信仰」「偉大な(世界)宗教伝統」という表現 「家族的類似性 Family resemblance」 -6- 「宗教学通論」ハンドアウト(11) X ハンス・キュンクのビデオにおける類型 ハンス・キュンク(Hans Küng, 1928- ) ハンス・キューング(著)、久保田浩・吉田収(訳)『世界宗教の道──平和をもとめて』 世界聖典刊行協会、2001 年 キュンクによる宗教の諸類型 0)部族宗教 i)智恵重視的宗教〈聖賢宗教〉(中国起源:儒教、道教)、模範的人間像:賢者・智者 ii)神秘主義的宗教(インド起源:ヒンドゥー教、仏教)、模範的人間像:神秘家(神秘主義者) iii)預言者的宗教(近東起源:ユダヤ教、キリスト教、イスラーム)、模範的人間像:預言者 XI 成立宗教・民間宗教(民俗宗教)・未開宗教:堀越知巳の場合 堀越知巳(ほりこし・ともみ) 「ドイツ宗教民俗学の諸相」 (早稲田商学同攻会(編) 『早 稲田商学』第 312 号(1985 年 7 月)pp.17-39 所収) 聖 俗 《表層》 成立宗教(positive religion): 普遍宗教 成立宗教(positive religion): 民族宗教 民間宗教 未開宗教 《基層》(宗教基礎現象):無文字、無意識 堀越はこの理解をもって、宗教学における「比較」という方法に新しい視点を開こうと している。 -7- 壕狙知む「打移敬軋停学の錫凋∫一晩細長動捕食錫) −了腎矧摘孝。(紬2号、√?紆苧7日−′直上珊瑚 P▲うFtF・ブ日ソ寂甲 ドイツ宗教民俗学の諸相 図1. 表 層 聖 成立宗教 民間宗教 俗 未開宗教 基 層 (宗教基礎現象) 一一一一・■一丁汀←1・一■一一一二==,一一†一 ,・、−{一一三=ヒー▲一一1LY一一‥・一・一一・■ニー ̄一一 ̄二 ̄一 二二 ̄−‘1 ̄■・→1・・ ■ ̄ ̄  ̄⊥ ̄二■‘二■ ̄■一一■−−1−ト」■ ̄1JU ̄− ̄ ̄二二一 早稲田商学第312号 36 図2. 35
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