特集:企業内診断士たちのいま 第4章 北京診断士会の立ち上げ ―企業内診断士が海外に赴任, いったい何ができるのか? 井村 正規 東京都中小企業診断士協会中央支部 海外に在住する企業内診断士には,さまざ ⑴ 診断士合格で広がった世界 まな悩みがある。日本での仕事に比べ,任さ 診断士試験の合格通知を受領した直後の私 れる範囲が広い,出張が多いなどで非常に忙 にとって最初の診断士活動は,ブログの開設 しいという業務上の側面も,もちろんある。 で あ る。 「中小企業診断士一発合格道場 一方で,日本の診断士協会などで得られた (http://rmc–oden.com/blog/)」は,同期合格 ほかの診断士からのサポートが,基本的には の勉強仲間 4 人で立ち上げたブログで,受験 ないということもある。仕事が忙しいため, 機関とは異なる目線でのアドバイスや,自分 駐在中は診断士活動をいったん休止する方も たちが実践した学習法などの情報を紹介した 少なくないと思われる。 ものである。 私自身,診断士に登録して以来,多くの診 当初は 4 人で始めたブログも,年々新たな 断士の仲間と出会い,ともに活動することで 仲間が増え,現在は 4 代目の執筆陣が日々更 大きな力をもらっていた。協会や先輩診断士 新を続け,アクセス300万超の人気ブログに の先生方のサポートを,大いに享受していた 成長している。合格を果たして診断士となっ ものである。しかしながら,海外に駐在する たブログの読者と,一緒に活動することも多 ことで,有形無形の大きなサポートのない状 い。私としては,社外の関係を大きく広げた 況に置かれることとなった。 第一歩だった。 そして,サポートがない状況であれば,自 次に, 東京協会中央支部の研究会である 分自身で環境を作っていくしかないと気づき, 「フレッシュ診断士研究会」 ,「ビジネス連携 同様の悩みを抱える企業内診断士を集めて, 研究会」への参加,および同じく中央支部の 私の駐在地である北京で診断士の会を立ち上 マスターコース, 「経営革新のコンサルティ げることとなった。 ングアプローチ」への参画,中央支部国際部 本稿では,私が診断士に登録してからの活 への参加も,私にとって幅広い人間関係を構 動を振り返りつつ,北京で診断士会を設立す 築してくれた大きな要素だ。診断士になった るに至った経緯,および北京診断士会の今後 初年度は,社外に広がっていく人間関係を拡 の方向性について語りたいと思う。 大する 1 年であったと思う。 1 .合格から社内診断士会の立ち上げ この間,私の友人が経営する中小企業を, 仲間とともに診断させてもらう機会を数多く いただいた。このことが,後に北京診断士会 私が診断士に登録したのは2010年。自分に 立ち上げの際に重要なポイントとなったので とって,大きな変化を実感した年であった。 ある。 企業診断ニュース 2013.11 15 特集 ⑵ 双日診断士会の立ち上げ ることで,大きなことができないかという実 社外の結びつきばかりに目を向けていた私 験だったと思う。診断士が集まっての座談会 には,忘れていた一面があった。社内にも存 も,記事として取り上げていただいた。当時, 在する診断士との結びつきである。そのこと 放射能汚染などの風評被害で深刻な打撃を受 に気づき,さっそく私の勤務先である双日株 けていた焼肉店を題材としたことから,私た 式会社において,社内診断士会を立ち上げよ ちの間では,“焼肉プロジェクト”と称され うと考えた。 ている。 双日診断士会では,社内でもなかなか知る この体験は,異業種交流会から発展し,会 ことのできない各人の業務について紹介し合 社の異なる企業内診断士が集まることで,何 うことから始めた。皆で議論する中,社内の かができるという気持ちを強くした。 1 人ひ 品質管理の専門家が講師となるセミナーの開 とりの単独の企業内診断士では小さな力にす 催や,双日診断士会での実務診断など,さま ぎないが,集まれば力は大きい。そのことを ざまな「やりたいことリスト」ができ上がっ 実感したのである。 た。その中の 1 つが, 「異業種交流会に参加 したい」というものだった。 3 .北京への赴任 2 .異業種交流会と その後のプロジェクト 診断士活動も丸 2 年を迎え,私の診断士生 活は非常に充実し,楽しいものだった。その 後も,大きく活動の幅を広げていきたいと考 ⑴ 異業種交流会への参加 えていた矢先,北京に駐在することが決まっ 本特集の主体となっている社内診断士会に た。診断士としての活動が波に乗り始めたと よって,2010年に異業種交流会が開催された いう実感もあり,残念に思う気持ちと,海外 ことは,他社の診断士仲間からも聞いていた。 でもう一段の経験を積みたいという気持ちが 2011年度も開催予定という話を聞き,同年度 入り混じり,何とも複雑な気持ちであった。 の主幹事会社であるアサヒビールに勤務する 友人に,同社の社内診断士会の方をご紹介い ⑴ 在外診断士共通の悩み ただいた。そして,飛び込みで参加の意向を 海外に駐在する企業内診断士にとって,共 お伝えしたところ,幹事会での議論の結果, 通の悩みは資格更新である。実務診断30ポイ 参加を快諾していただいた。社内の仲間に連 ントの獲得と,理論政策更新研修 5 回の更新 絡したときの喜ぶ笑顔は,いまでも忘れられ 要件は,日本に在住しない診断士にとって, ないものである。 なかなか高いハードルである。日本にいれば, 診断士協会が主催する理論政策更新研修に参 ⑵ 発展したプロジェクト 加し,協会のアレンジによる実務従事で更新 異業種交流会で面識を得たアサヒビールの 要件は問題なくクリアできるが,協会による 診断士・松浦端氏から, 1 つの企画が持ち上 がった。 日経 BP オンラインに掲載される アレンジのない海外在住の診断士にとっては, 大きな悩みの 1 つである。 「大人の社会科実験」という連載企画に参加 しないか,というものである。これは,ビー ⑵ 北京での診断士との出会い ンスター株式会社代表の鶴野充茂氏が連載す る WEB の記事と Twitter を合体させて, 読 北京で最初に出会った診断士は,大手電信 者の声を広く集めようというものだった。雑 誌と WEB とソーシャルメディアを結びつけ 也氏と,損害保険会社の総代表(当時)を務 16 系の合弁リース会社の総経理であった中川卓 めていた堀内詳介氏である。彼らと初めて話 企業診断ニュース 2013.11 第 4 章 北京診断士会の立ち上げ ていただいた。 は,中小企業庁ホームページに記載の中小企 業診断士制度の Q&A 集で, 「海外に進出し 具体的には,どうやって実務診断ポイント た企業(現地での規模は問いません)が国内 を稼ぐかに悩み,一次帰国や出張を理論政策 中小企業の現地法人であれば,その事業所・ 更新研修の日程に合わせて設定するなどの苦 店舗等に対し,診断士として診断・助言(企 労をされていた。 業内診断を含む)した場合には,実務実績に 北京にいるそのほかの診断士の方々も,同 カウントすることは可能です」とある。つま 様の悩みを抱えているはずである。そもそも, り,困難ではあるが,できないことではない。 経営者の悩みを解決するのが診断士であるの 北京診断士会では,日本の中小企業の現地 だから,仲間の診断士の悩みを解決すること 法人経営者に依頼して,診断の場を設定し, も,やはり非常にやりがいのある仕事である 会員の資格更新の支援を行いたいと考えてい はずだと考えた。北京で診断士会を立ち上げ, る。すでに診断先の目処はついており,近々, 皆の悩みをまとめて解決しようという企画は, 現地法人経営者と面談し,今後の診断実施の ここから始まることとなった。 進め方について方向性を定める予定としてい をした際にも,ポイント獲得の悩みを聞かせ る。日本にいるときに,自分たちの手で実務 4 .北京診断士会の立ち上げ 従事を実施した経験が活きることとなったの である。 当初,私を含めて 3 人だった仲間は,北京 ②理論政策更新研修 大学に語学研修生として赴任した双日の若手 理論更新研修については,海外在住の診断 診断士・遠田和彰氏を迎えて 4 名となった。 士は一時的に帰国しなければならないという また,私の出身大学の北京同窓会で知り合っ 負担を感じている。論文審査の対応もあるが, た,中国で大活躍されているキャストコンサ 理論政策更新研修と比して,論文審査の情報 ルティング(www.cast–china.biz) のプロコ は協会ホームページでもきわめて少ない。ま ンサルタント・前川晃廣氏も診断士であるこ た,年 2 回しか受付が行われないため,時期 とを知り,“ダメ元”の気持ちで入会のお誘 を逸すると,すでに申し込みの締め切りが終 いをしたところ,非常に多忙な身にもかかわ わっている状況も多い。 らず,主旨に強く賛同して快く参加を表明し 本件については,国際部経由で協会に対し てくれた。さらに,北京に先駆けて2011年に て,E–learning 実施の提言を行った。これが 設立された上海診断士会を立ち上げた,アサ 実現すれば,海外在住診断士の日本に帰国す ヒビール勤務の小林伸之氏が北京に異動とな る負担を大きく軽減することができる。 ったことを知り,お誘いして強力なメンバー また,理論政策更新研修機関として中小企 として入会いただいた。 業庁に登録されている機関は,協会を除いて こうして,2013年 7 月のスタート時点で, 3 社あり,一部はホームページ上で論文審査 力強いメンバーが 6 人揃うこととなった。翌 を受け付けている。この夏,すでに私自身が 月には,精工社に勤務する鬼頭健一氏の参加 このうち 1 社の論文審査を受験し,その様子 を得て,現在は 7 名のメンバーとなっている。 を会員に伝えた。こうして会員は,帰国しな くとも理論政策更新研修の更新要件が取得可 ⑴ 北京診断士会で目指すこと 能なことを認識し,非常に感謝される結果と 北京診断士会でやろうとしていることは, なった。 以下のとおりである。 ここまでは,北京診断士会の会員である企 ①実務診断ポイント 業内診断士に対するメリットである。 資格更新要件の実務診断ポイントについて 企業診断ニュース 2013.11 17 特集 ③北京の日本人起業家の支援 とを願っている。 次に,更新要件にかかわらず,どうしても やりたいことがあった。北京の日本人起業家 ⑵ 北京診断士会の今後 の支援である。診断ポイントにはならないと 会員の募集は,既存会員からの紹介のほか しても,診断士として意気に感ずるところが に,北京で 4 ~ 5 誌存在するフリーペーパー あるはずだ。 での告知を利用することとした。フリーペー 海外には,夢を求めて起業しようとしてい パーは,北京の日本人レストランなどのエン る日本人が数多く存在する。そういった日本 トランスで無料配布されている月刊・週刊冊 人は北京にも多く,中国の人々のために何か 子である。各誌には,以下のような文面での をやりたいと考えて海を渡る若者は少なくな 告知が掲載されている。 い。これから起業しようという人や,起業し てはみたものの,なぜかうまく進められない せっかく取得した中小企業診断士の資格 といった人たちにとって,助けになっていき を中国でも活かしませんか⁉ 診断士相 たいと考えた。 互の連携と自己研鑽を目的とし,毎月 1 私の経験から言うと,日本では,企業内診 回の定例勉強会を中心に活動をしており 断士がこうした方々と出会う機会はほとんど ます。今後,診断士資格の更新要件を満 なかった。しかしながら北京では,日本人社 たす取組みも行う予定であります。当会 会の狭さが逆にメリットとなる。日本では参 にご参加いただけるのは,①診断士の方, 加することもなかった大学の同窓会や,出身 ②資格取得に向けて勉強中の方を対象と 地の県人会,種々のサークルなどが,自身の させていただいております。コンサルテ 生活を豊かにする場になるとともに,日本で ィング能力のブラッシュアップと,中国 は知り合うことすら難しかったような方々と で頑張っている中小企業のために我々の 力を活かしましょう! も出会う機会を与えてくれる。 ④講演・セミナーの開催 連絡先:beijingshindanshi@yahoogroups.jp 将来,北京診断士会で講演・セミナーなど ができれば,非常に面白いと考えている。現 企業内診断士には,勤務時間外しか活動で 在,月 1 回の月例会では,会員内でプレゼン きないという時間的制限をはじめ,できるこ テーションとプレゼン内容に対する議論を行 とに限界があるのは事実である。しかしなが っている。毎回,それぞれの経験を活かした ら,自分から求めていけば,できることが無 発表が行われており,きわめて興味深い。 限に広がっていくのもまた事実である。 ⑤執筆・出版 北京診断士会のこれからの活動で,企業内 会員の中には,執筆に挑戦したいという声 診断士の持つ可能性の具現化をすべく,ワク も多くある。今回,本稿への執筆が,北京診 ワクしながら挑戦していきたいと考えている。 断士会として初の試みとなった。私自身は, 前述のブログ一発合格道場の仲間と共同で, 同友館の月刊誌「企業診断」に連載した経験 がある。 伝えたいことがあり,それが伝えるに値す るものだと受け入れてもらえれば,執筆は企 業内診断士でも越えられないハードルではな い。本稿への執筆が,北京診断士会にとって 自分たちでもできるという実感につながるこ 18 井村 正規 (いむら まさのり) 慶應義塾大学卒業後,双日株式会社に勤 務。入社以来,一貫して財務畑だが,海 外勤務では,人事・会計・リスク管理な ど,非営業全般を担当するケースが多い。 2010年中小企業診断士登録。ニューヨー ク・シンガポール・香港・北京と豊富な 海外経験を後ろ盾に,中小企業の海外進出を支援したいと考え ている。 企業診断ニュース 2013.11
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