□「ドイツのラグビー事情」 Vol.3 鹿児島県ラグビー協会大学委員長・鹿児島大学ラグビー部監督 鹿児島大学教育学部准教授 廣瀬 勝弘 今回は,現在,私の研修先であるハイデルベルク大学近くにある,ノイエンハイムラグビークラ ブ「Sportclub Neuenhaim 02」(以下 SCN02)の U-12 チーム(11 歳&10 歳の子どもたちが在籍)の 活動の様子を通じて,ドイツのスポーツライフについてご紹介ができればと思います. 前回ご紹介させていただいた通り,ハイデルベルク大学のラグビー授業の参加を通じて懇意にな った Claus-Peter Bach 氏(前ドイツラグビー協会会長・SCN02 チーム代表)に依頼をし,7 月 10 日 より, 私は, SCN02のU-12 チームの指導スタッフの1人として加えていただくことになりました. まず,SCN02 について,若干ご紹介をしたいと思います.このクラブの創設は,1902 年です. クラブ名称の終わりの数字である「02」は,このクラブ創設年度を意味するようです.日本でラグ ビーが始められたのが 1899 年であることを考えると,驚きの歴史です.ハイデルベルク市内では, 2 番目に古いクラブのようです.現在,クラブには,私が担当する U-12 チームを含め,幼稚園児, U-8,U-10,U-14,U-16,U-18,男子(トップチーム含),女子,O-35(35 歳以上)という各チーム が,2つの天然芝グラウンドを共有しながら,活動を行っています.実は,私は,O-35 チーム(こ ちらでは「オールディーズ」と呼ばれています)に所属し,毎週金曜日 19 時~20 時迄,練習に参加 をしています.その詳細については,後述したいと思います. チームが有する2つのグラウンドのうち,いつでも公式戦の実施が可能なスタンドを有するグラ ウンドの脇には, 「ドイツラグビー博物館」という,平屋建ての建物があります(写真 1).中には, これまでドイツと交流のあった国々との記念品で溢れていました(写真 2).残念ながら日本チームの ものは見あたりませんでした.ドイツ唯一のラグビー博物館が,首都ベルリンやフランクフルトで はなく,ハイデルベルクの本クラブ内に存在することには,大変驚かされると同時に,ここが「ド イツラグビーの中心地」であることを再確認させられました. [写真 1] グラウンド脇にある「ドイツラグビー博物館」 [写真 2] 交流の歴史を物語る記念品 SCN02 トップチームは,これまでにドイツ選手権に 9 度の優勝経験を有しているようです.2 回目の手記で紹介した通り,昨年度のシーズンは準優勝でした.勝っていれば 2004 年以来の優勝 であったようです.また,トップチームには,現ドイツ代表選手が 4 名在籍しているようです.加 えて,女子チームは,ドイツ選手権に 12 回優勝をしており,直近 10 年では優勝 2 回,準優勝 5 回 と抜群の成績です.女子チームの練習の様子を拝見すると,身体が大きく,スピードのある選手も 多く,鹿児島大学の学生たちと共に練習をやっても遜色がないのでは,と感じるほどです. 次に,私が担当している U-12 チームの日常の練習について,ご紹介をしたいと思います. U-12 チームの練習は,毎週水曜日と金曜日の 17 時半から 19 時迄実施しています.子どもたち は,練習場所であるクラブまで,親に送迎をしてもらうか,あるいは,自転車に乗り自宅から自力 で,練習開始時刻迄に集まります. ドイツの小学校は,毎日 13~14 時頃には全員下校となります.また,ドイツにおけるスポーツ 指導は,基本的かつ最低限の身体活動の確保は「学校(体育授業) 」で行い,スポーツ種目の上達は 「地域」で行うという「棲み分け」がされています.したがって,多くの子どもたちは,毎日,午 後は,スポーツや音楽,学習塾など,様々な活動に参加をしているようです.そして,そのような 活動場所の確保が制度として位置づけられています.ドイツ国内に数多く存在する総合型地域スポ ーツクラブは,その象徴的な位置づけであるといえます. U-12 チームは,指導チーフのアンディとアンディの息子であるヤコ(SCN02 トップチームの正 SH,生物工学を専攻する 22 歳の大学生,元 U-18 ドイツ代表主将),そして私を含めた 3 人の指導 体制で子どもたちの対応を行っています(写真 3&4) . [写真 3] 指導チーフのアンディ(右から 2 番目) [写真 4] アンディの息子のヤコ(左端) アンディの指導は,ラグビー特有の動きに繫がることを念頭に置きながら, 「基本的な運動能力を 高めること」に主眼が置かれています.練習時間の半分以上は,子どもたちがボールを数多く触る 機会を確保した簡易なゲーム,ラダーやポール等を活用した敏捷性を高めるための内容,相撲に類 するような身体操作を総合的に高めるような活動等を実施することに費やされています(写真 5&6). 練習の後半では,状況判断を要求するミニゲームを実施しています. [写真 5] 敏捷性を高めるための練習 [写真 6] U-12 チームの子どもたちと私(中央) 彼は,このような基本的な運動能力を高めることが,次の U-14,U-16 チームに移った際に不可 欠であると考えており, 「この年代(U-12)には,チーム戦術は必要ない」と述べています.私も全く 同様に考えているので,とても共感することができました.ある日,彼から,U-12 チームの練習 内容について「どう思うか?」と問われた際に,私は「アンディと全く同じ考えだ」と即答しました. ドイツは,日本と同様に,子どもの体力低下や基本的な身体操作が稚拙であるなどの課題を抱え ています.ジュニア期の指導では,技術・戦術の指導に特化することなく,体幹の維持&操作,相 手をかわすための身のこなしなど,ラグビー特有の技術や戦術の習得を深めるユース期に,容易に 学習ができる「下準備」として「 『賢い身体』の習得と定着」を目ざすべきであると,改めて感じて いるところです. さて,日常の練習は,試合(ゲーム)をするためにあり,ラグビーに必要なスキルは,ゲームに数 多く参加し, 「トライ&エラー」を繰り返す中から練り上がっていくものです.日本と同様,ドイツ でも,ジュニア期のチームでは,定期的(毎月 1 回程度の頻度)に近隣チームとの交流戦やトーナメ ント大会が行われています. ドイツでは,U-12 チームの試合は 10 人制で実施されています.日本との違いは,スクラムを 5 名で組むこと(1 列目が 3 名,2 列目が 2 名.プッシュ無し.写真 7),ヘッドキャップ&マウスピー スの着用が任意であることです(SCN02 チームは,マウスピースは強制).どこの試合会場も,深い 絨毯のような天然芝であるため,安心なプレイ実施が可能ではありますが,倒れ方などのスキルが 定着していないジュニア期の子どもたちには,頭部を保護するためのヘッドキャップの着用は強制 にしてもらいたいと考えるところです(写真 8). [写真 7] 5 人 vs5 人のスクラム [写真 9] 試合後のエール交換 [写真 8] ヘッドキャップは全員が未着(U-10 試合) [写真 10] ケーキ販売に活躍するお母さん方 試合が終わると,各チームは味方同士で肩を組み整列し,相手と相互に向き合いながら,エール の交換を行います.簡易なアフターマッチファンクションであるかと考えます.この試合後の儀式 は,全ての大会,全ての試合で必ず実施されており,ラグビー文化を子どもたちに平易に伝えるた めには,よい習慣であると感じました(写真 9). また,大会や試合は,通常,主催するクラブのグラウンドで行われるため,グラウンド脇では, 子どもたちのお母さん方が手作りケーキなどを販売し,活躍する姿が見られます(いずれの会場にお いて「1 ピース=1 ユーロ」であるので概ねボランティアといえるでしょう).このことは, 「無駄に お金をかけない」というドイツ人気質の表れのように個人的には感じています(写真 10). 続いて,ドイツ人のスポーツライフを充実させるための重要な機能を含む「クラブハウス」につ いてご紹介をしたいと思います.いわゆる総合型の地域スポーツクラブには,必ず更衣室やシャワ ールームなどを備えたクラブハウスと呼ばれる建物があります.ハイデルベルク市内のスポーツク ラブでは,その多くにレストランが併設されています.そこは一般の店舗であるので,スポーツク ラブ員でなくても,誰もが自由に出入りをすることができるようになっています. 写真 11 は,SCN02 のグラウンドに隣接しているクラブハウスです. 入口付近がテラスになっており,テーブル席が複数設置されています.奥の平屋状の部分がレス トラン(イタリアン)です.手前の 2 階建ての 2 階の部分は,ミーティング等が可能な部屋があり, 地下にはシャワールームがあります.レストラン横には,地下に繫がる外階段があるため,練習後 は,グラウンドから直接シャワールームに行くことが可能です.シャワー後は,更衣などを済ませ, 建物内の階段を使い, 地下から 1 階に上がると, レストランやテラスで過ごすことができるという, 使用者(選手)には,大変便利な構造になっています. [写真 11] SCN02 のクラブハウス [写真 12] U-12 チームによるピザパーティ 写真 12 は,ある日の練習後,レストランにおける,U-12 チームのピザパーティの様子です. 彼らの隣のテーブルでは,一般の方々が普通に食事をされていました.地域の大人が,地域の子 どもたちのスポーツ活動を,日常的に垣間見ることができるということは,相互にとって「素晴ら しい場」であると痛感しました. 子どもたち以上に,クラブハウスは,大人たちの「濃密な交流の場(?!)」になっています.前述し た通り,私は,35 歳以上のチーム(「オールディーズ」)の練習に,毎週金曜日,担当する U-12 チ ームの練習後である 19 時~20 時迄,参加をしています.練習後は,他のメンバーと共にシャワー を浴び,その後は,レストランでビールやパスタを頂いています(毎週金曜日の私の夕食場所は,こ のレストランです).ビールを飲みながら,練習や日常の出来事,ラグビーの話題など,様々な情報 交換の場所となっています.当然ながら,そこは,週末を迎える「大人の楽しい時間」であること は言うまでもありません.既に,私自身も,毎週金曜日の「この時間」が待ち遠しい感じになって います(笑). オールディーズの練習に,参加者が少ない場合には,当日グラウンドで練習のあった U-16 チー ムのメンバーや女子チームのメンバー,あるいは,トップチームのメンバーらが「助っ人」として, 私たちの練習に参加をし,共に「1 時間のタッチフット(46 歳の私には,かなり厳しいメニューで はありますが…笑)」を楽しみます. U-16 のメンバーは,日本で言えば中学生に該当します.彼らが,トップチームのメンバーと共 にタッチフットができるということは,大変恵まれた環境であるといえます.加えて,有り難いこ とにトップチームのメンバーたちは,毎回,中学生に対しても真剣に相手をしてくれます.練習後, 中学生である彼らは,私たちと共にジュース(大人はもちろんビールです!)を飲みながら, 「大人のラ グビー談義」へ参加をしています.このことは,彼らのラグビーに対する考え方を高め深める一助 になるに違いないと考えるところです. さらに,U-12 チームの指導チーフであるアンディが,クラブハウス内のテラス席で,U-10 チー ムやトップチーム等,他の指導チーフとラグビー談義をしている姿を,私は,度々見かけることが あります.つまり,このことは,指導者間で「縦の連係」を相互に取りながら確認を行い,クラブ として子ども(選手)の成長を支える姿が日常化していることを意味します.指導にとって大切とな る「一貫指導のコンセプトの確認」を容易にしているのは,クラブハウスというグラウンドに隣接 する場所と空間の存在が大きいといえそうです. このことは,日本で言えば,小学校と中学校の指導者が,あるいは,中学校と高校や大学の指導 者が,日常的に連係を取りながら,子どもたちの指導に向き合っているということを表します.日 本では, 「スポーツは学校の部活動で実施をすること」が一般的であるため,異校種間による指導者 の連係は,なかなか取りづらい実情があるかと考えます.もし日本のラグビーチームや地域におい て, 本手記で紹介をしたような機能を含むクラブハウスに類した存在を独自に持つことができれば, 異校種間の指導者の「縦と横の連係」が容易に構築することができ,その結果,子どもたちに,よ りよいスポーツ環境を供することができるのでないか,と感じているところです.つまり,クラブ ハウスという独自の空間には,当該競技を発展させるための多様な要因が含み込まれているように 強く感じるところです. 今しばらく,ドイツにおける「クラブハウスでの出来事」を「内側」から確認をしながら,その 機能や意義について考えてみたいと思います. 最後に,ドイツ人のスポーツとの接し方について感じたことをご紹介させていただき,本手記を 終えたいと思います. [写真 13] 日曜日に家族でサイクリング [写真 14] ホームチームを支える人々 写真 13 は,ある日曜日に,ハイデルベルク市近郊の自転車専用道路で撮影したものです. ドイツでは,基本的に日曜日&祝日は全ての店舗は休業です.そのため,週末等は,家族や夫婦 でサイクリングをする姿が数多く見られます.そして,自転車で出向いた場所で,持参したお弁当 などを広げ(もちろん飲食店も閉店・コンビニは皆無!),楽しく過ごしている様子は,とても新鮮で 微笑ましく感じています.日本では,週末の飲食店に入るために長蛇の列で無為に時間を過ごし, 結果として家族全員が疲れてしまった~という経験は, 誰しもが持っているのではないでしょうか. そのようなものとは無縁なドイツ人の時間の持ち方と使い方に,ある意味,尊敬の念を持つところ です. 私自身も,こちらでは,中古ながら自転車を購入し,天気が良ければ,週末は自転車で散歩をす ることが習慣となりました. 「自転車散歩」という新しい趣味を得たことは,ここだけの話ではあり ますが,実は一番の今回の研修成果ではないかと感じている程です(笑). 写真 14 は,ハイデルベルクをホームとするハンドボール・ブンデスリーガ 1 に所属する「ライ ンネッカーレベン」というチームを応援する人たちを,試合会場である SAP アリーナ内の売店前 で撮影したものです. 多くのチームサポーターが,黄色のホームチームのジャージを着用し,首からはチームタオルを 掛け,試合開始を待っています.当然のように,ここでも大人はビールを飲んでいます(売店では「コ ーラとビールが同じ値段」で販売されています!?笑).試合が始まると,子どもから大人までが,ア リーナ内で一斉に声援を送る姿勢には驚かされます.また,多くのサポーターがこの「黄色の姿」 で,自宅から登場されているようです(試合開催日の会場に向かう電車内は「異様な明るさ」です). 恥ずかしながら,私は,これまでハンドボールの公式戦観戦の経験がなく,このドイツのブンデ スリーガ 1 の観戦が初めてになります.身長 2m 近くの大きな選手たち(その多くはヨーロッパの 国々の代表選手)が,素早い動きで相手をかわし,シュートを決める様は,かなり興奮をさせられま す.したがって,ドイツ人が年齢を問わず,ハンドボールに熱中・没頭する姿は,当然であると感 じているところです. このように,スポーツを「する・みる・ささえる・つたえる」ことを,日本人以上に,無理なく, 自然に実践をしているドイツ人の姿には,共感する部分が多々あります.豊かなスポーツライフの 実践に向けて,ドイツ人のスポーツとの接し方には,見習うべきものが数多く隠されているようで す.私のドイツ・ハイデルベルクでの研修滞在は,残すところ 3 ヶ月となりました.可能な限り, この点については,注意を払いたいと考えています. 以上をもって,私の「ドイツのラグビー事情(全 3 回)」の報告を終えたいと思います. 1 回目の冒頭に申し述べたことではありますが,ここに記した内容は,あくまでも「私の感想」 に過ぎません.情報の信頼性や取り扱いには,くれぐれもご注意頂きますよう,重ねてお願い申し 上げます. また,この「最後の行」まで,拙い内容を読み進めていただき,ありがとうございました. Vielen Dank!!! (2013 年 11 月 1 日)
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